かつては栄華を誇った威容も既に無く、ボロボロに朽ち果て解体を待つばかりの廃墟が一軒。
いわゆる廃墟マニアの好みそうな物々しい建物は、今、日常と切り離された異世界と化していた。
建物の内部の空間は歪み狂い、魑魅魍魎が跳梁跋扈する地獄だ。
そしてその廃屋の一角。
そこには大量の火の悪魔ウィルオウィスプや、悪霊のポルターガイストがたむろしていた。
生あるものに怨嗟を上げる悪鬼共が呻きを上げて蠢く。冒涜的な光景である。
しかしその前に立ちふさがる二つの影もまたあり。
二つの影はウィルオウィスプを見かけるや否や先制攻撃を繰り出す。
まず大きいほうの影は走りながらナイフを振りかぶった。
「ギャァァッ!!??」
まさに問答無用。ウィルオウィスプの頭(?)にナイフを振り下ろした長身の影はあまりに素早く、躊躇が無い。
ウィルオウィスプが気付いた時にはもう既に頭が真っ二つである。
ナイフにこめられた祝福の力場が悪霊を焼いて白煙があがった。
そしてその後ろには、さらにもう一人の小さな影。
「ジオッ!」
小さな指先から放たれる雷光がポルターガイストを焼く。
悲鳴を上げて逃げ惑うポルターガイストを尻目に、さらに人間と一匹の妖精は攻勢を続けた。
「死ね。」
淡々と、ただ淡々と作業を行う様に悪魔を殺す。
憎悪に歪んだ表情でもなく、雄叫びを上げる戦士でもなく、路傍の石を眺めるが如くの眼光。
さしもの悪鬼羅刹も、これには慄いた。
もうビビるビビる。
反撃は無意味だった。作業をするように的確に全ての攻勢を封じられ、為す術も無い。
「ギィィィィイ!?」
「ギャギャァ!?」
徐々に恐怖に飲み込まれてゆく悪魔の群れ。
そして最初の一匹が背を向けたことで、辛うじて保たれていた集団の秩序が乱れ崩壊する。
集団ヒステリー的に心理的恐慌に飲み込まれた彼らにはもはや、選択肢の幅が無い。
これまで運悪く迷い込んできた獲物を嬲り殺してきた悪逆非道の悪魔の群れが背を向けて逃げ出した。
我先にとホールから逃げ出そうと、細い路地に殺到して行く。
「こらっ、逃げるな!」
男が叫ぶ。無茶を言うな。口がきければ悪魔もそう言いたかっただろう。
それは正しく虐殺。悪魔と人間の食物連鎖がまるっと逆転した異様な光景である。
そしてそれはこのご時世、この業界でも割と珍しい光景だった。
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とあるデビルサマナーの事件簿
(女神転生シリーズ二次創作)
三話 業界裏話。
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虐殺された悪魔の怨念が渦巻く廃墟の一角、倒れた廃材の上に腰掛けながら葵は呟いた。
「チッ、これっぽっちか。」
取り合えず一帯の悪魔を駆逐した後、COMPをカチカチやりながら不活性MAGの蓄積量を確認。
流石に最下級の悪魔だけあって、しょっぱいものである。
「───こわっ!サマナーさん怖いよ!?」
その姿にピクシーが慄く。自らの作り出した血の池の上で戦利品を確認し、それをしょっぱいと罵る。
何処の魔王だと言う話だ。怨念すらも避けて通るだろう。
世紀末(2000年なので特に)の血生臭い環境に瞬く間に適応した葵は、最近は近所の悪魔の虐殺に勤しんでいた。
葵はDDS-NETに接続して情報収集を続ける傍ら、
DDS-BBS(掲示板)で遠藤市内の悪魔関連業者の所在も確認したのでバイトも止めてしまう。
正直不活性MAGを換金した方がよっぽど利回りがいいので、自給ウン百円のバイトなどやってられないのだ。
特に霊障物件の除霊依頼が美味しい。一石二鳥にも程がある。
近頃葵はもう、元の世界に戻らなくてもいいかなーーー?・・・・とか考えていた。
が、しかしこういうスカを引く事も時にはある。
最近は金に目が眩んで異界を見つけるたびに喜び勇んで突撃する葵だが、
(もちろん仲介所に報告して依頼になってから)
別に作業ゲーが好きと言うわけでもないのである。
ぺっと唾を吐き捨て黒い笑みを浮かべるサマナーに、流石のピクシーもガクガクと震えた。
「そんじゃそこらの悪魔なんかよりよっぽど悪魔らしいホー。尊敬するホー。
オイラはマスターに一生ついて行くホー。」
「アンタは良いわよね、気楽で。
私はうっかりしたらあの夜、あの赤い斧の餌食になっていたらと思うとゾッとするわ・・・。」
げんなりとジャックフロストに呟くピクシーは、どうにも言動が妖精らしくなかった。
あの夜にも思ったが、悪魔の癖に曲がりなりにも飢餓に耐えうるそのあり方は、かなりLAW寄りの固体のようだ。
現在思想がCHAOSに傾きかけている葵の相棒には、丁度いいのかもしれない。
・・・・そして、そのサマナーと言えばコレである。
「うーん、どうにもおかしいな。この異界は悪魔の雑魚さに比べて大きすぎる・・・。」
うんうんと唸るサモナーに、ジャックフロストとピクシーはまた始まったかと言う目を向けた。
このサモナーはどうにも常識がおかしくて、人間の癖にこの量の悪魔を虐殺しても雑魚と罵る狂人だった。
はじめはピクシーもついて行く人の人選を誤ったかと思ったものだ。
なにせ、ピクシーを仲魔にした後の初仕事では20を越える外道スライムに突撃させられたのだから。
幾ら雑魚と言っても数が纏まれば脅威である。
しかもその後普通に「ちょっと疲れたな」とかのたまうサマナーは明らかに頭がおかしい。
想像して見て欲しいが、例えば野生動物の群れを虐殺するのがそんなに易しい仕事なわけが無いのだ。
それが悪魔なら尚更である。
しかも外道スライムとは最近増えてきた、実体化にしくじってド低脳になってしまった憐れな悪魔だが、
逆に言うと元々のレベルがそれなりに高かったために実体化に必要なMAGが足りなかったのである。
決して雑魚と括れる者ばかりではない。
「サマナーさん?普通この程度の異界に湧く悪魔なんてこんなものですよ~。むしろ数が多すぎませんか?」
ピクシーの癖に敬語、よっぽど葵に恐れを為したと見える。
こんな心優しい悪魔が葵の仲魔にされてしまったのは、なんたる奇縁だろうか。
ま、それはともかく。
「そんな事は無いだろ。
本当ならこのくらいの悪魔の溜まり場が、この規模の異界ならあと5~6個あってもいい筈だ。」
「・・・・・。」
このサマナーはいままで一体どんな地獄で生きてきたのだろう。
ジャックフロストとピクシーはもとより、COMPの中で話を聞いていた他の悪魔もそう思った。
「ぶつぶつ・・・湧き場が少なすぎだろ常識的に考えて・・・・これっぽっちで俺にどうしろと・・・・。」
尚もぶちぶちと文句を言いながらも、よっこいせと腰を上げて葵は異界の中心部を目指して歩き出した。
DARK悪魔にも匹敵する闘争心だと仲魔達は戦慄する。
(コイツ、やっぱりヤバクない?)
(こうも立て続けに闘わされては身が持たないよ・・・・・。)
(現代にこんなサマナーがいるなんて・・・、今の人間界ってもっとぬるい所だって言うから来たのにぃ!)
(悪魔合体しても記憶が無くなる訳じゃないんだよね・・・。
生まれる前からサマナーさんはこうだったけど、異常だとわかるよ!不思議!)
阿鼻叫喚。最近COMPの中はいつもこの調子だった。どう言う訳かLAW寄りの悪魔が多いので尚更だ。
ホーホー言って笑っているのはジャックフロストくらいのものである。
だがそれもその筈だ。
何せ葵が事の基準としているのは基本的に"大破壊後"の世界や、怪異真っ只中の活性化した悪魔達の生態である。
不穏な空気が漂ってきたとは言え、まだまだ安定しているこの時代の人間界の常識ではない。
考えて見れば解ると思うのだが、そもそもこの日本に葛葉ライドウのような高位サマナーが何人も居るわけでは無い。
ペルソナ使い、異能者や超人なんかも高位の連中はかなり希少種だ。・・・・数だけはそれなりにいるのだが。
そして当然ながらこんな、人間辞めちゃったような奴等が必要とされる規模の霊害なんてものもそうそう起きない。
起きて、地方で年に数回。・・・・これでも多いほうだ。
つまりはゲームの基準での対悪魔戦と言うのは本来なら、ベリーハード状態もいい所なのである。
・・・・。この世界の一般的な人間達にとって。
──で。
そうとも知らず葵は今日もゲーム基準の感覚で悪魔を虐殺する。まあ本人が良いならそれは良いことだ。
人間界から悪魔が駆逐されるのは人間にとって決して悪い事ではないし、仲魔にとっては強くなれるチャンスである。
合理的に考えたならなにも悪い事は無いかった。俺によし、お前によしである。
そうしてしばらく適当に異界を歩き回った葵は、ついに異界の主"幽鬼ガキ"と対面した。
「おっ、金づる見っけ。」
───たかがガキ、と皆さんメガテンをやって事のある人は思うだろう。
が、実は平和な世の中だと普通の悪魔と言うのはこんなモノが一般的なのだ。
むしろ、このレベル以上の悪魔が発生し始めている現状が極めて異常なのである。
考えて見れば解ると思うけれど、世の中天使で溢れかえればキリ○ト教の連中が大喜びだし、
アスモデウスなんかの分霊が現れだしたらサタニストが狂喜乱舞だ。
つまりは平和な人間界で基本的に問題となるレベルの悪魔とは大体、
"悪霊""幽鬼""外道""妖精"等の類となってしまうのだ。
それもその中でも比較的低級とされる連中である。
そもそもそのくらいの雑魚しか人間界に積極的に出てこないと言うのもあるが・・・。
まあ長々と説明してしまったが、つまりここのガキはともすれば序盤ボスくらいは張れるくらい強いのだ。
しかもガキで異界の主とも成ると、明らかに突然変異種のガキである。
これの相手と成ると、業界でもそれなりの一流とされる霊能者の仕事となる。
(もちろん大破壊の後なんかだと、そこそこの傭兵が殺せるレベルだが。)
しかしその強さを目の当たりにしてさえ葵はこれだった。
鈍いわけではない、ギリギリの戦闘に慣れきってしまったのだ。
初体験が多分悪かったのだろう・・・ゲームの感覚を正してくれる大人もいないものだから尚悪い。
「サマナーさんっ!ボスよ、気をつけて!普通のガキじゃないわ、多分また変な人間に弄くられて変異してる!」
「・・・・コイツがボス?ここの異界の主は変異種の幽鬼ガキかぁ。・・・・ぬるいなぁ。」
「・・・・・・・えぇーー。」
取り合えずピクシーを中心にレベルを上げる事を考えているので、葵は編成をジャックフロストとピクシーで臨んだ。
そしてオート戦闘と罵られるのを覚悟で言うと─────ガッシボカ、変異種ガキは死んだ。
アッサリ風味だった。
確かにガキより強かったし、スキルや耐性も違っていたがそういう時は物理で殴るに限る。
所詮はガキ。それでも、効率最重視の指示を出されたジャックフロストとピクシーは息も絶え絶えであった。
「とりあえず、アナライズして情報は送ったし、分析はDDS-NETの向こうの誰かさんに任せるか。」
葵はこのDDS-NETの向こう側で謎のサイトを運営している個人もしくは集団・・・は、
あのスティーブン何某と関係があると個人的には思っていた。
変異種となればいいデータになるか、あるいはデータに修正を迫られデスマーチになるか。
どちらにせよそれなりに価値ある情報だ。
当然葵も変異種の個体差程度の知識は既に仕入れている。
召喚師や霊能者の中には、自分より程度の低い悪魔を改造する技術を持つ一派も居る。
そういうタイプの術者に改造された悪魔が、所謂"式神"と言われるものの一つだ。
「今日はほんとにぬるかったな。仲間も呼ばないし、増殖しないし今日は赤字だ。」
「十分黒字じゃない。何時もが異常なだけで・・・・・。」
「精神的にだよ。仕事は充実感が第一なんだよ。」
「さいですか・・・。」
ガキの死は無駄にはならない。不活性MAGとなって、きっと葵の懐を暖めるだろう。
加えてMAG許容量の増強にもなり一石二鳥であると葵は嘯く。
「あーあ。異界消えた。もう少し稼いで起きたかったのだけれどな。」
景色がぐにゃりと歪んだかと思うと、迷路と化していた廃墟は元通りの陰鬱なボロ屋と化していた。
葵は悪魔をCOMPに戻し、帰路に付く。その後姿はまさしくバイト帰りの兄ちゃんであった。
こんなノリで霊障物件の除霊が行われるとは仲介所の爺さんも思うまい。
こんな物で30万円とは、ボロイ商売だと葵は思った。
・・・・・・・・・・
・・・・・・
ところで。魔界に話が移るのだが、魔界といえば読者諸兄はどんな世界を連想されただろうか?
血みどろの戦乱の世界を想像された方も多いだろう。それもまた間違いではない。
だが今現在は弱肉強食ではあるが魔界は以外にも、それなりに平和だ。
と言うのも、そもそも悪魔と言うのは平均すればそう驚異的な強さではないのだ。
それでも人間と比べればかなり強いのだが、そのレベルなら武器や工夫、鍛錬で対抗のしようがあると言うもの。
問題はそういう小細工が全く通じない真の強者が、上のほうにはゴロゴロ居ると言う事。コレに尽きる。
恐ろしいのは極一部の実力者だけと言うのは何処の世界も変わらないものである。
一般的な悪魔の中には人間界の一般人にも負けてしまうような奴も(極稀に)いるのだ。
だからこそ、強くなるためにデビルサマナーと言う職業や悪魔合体なる所行が成立すると言えるだろう。
悪魔の本当の恐ろしさは、人間に化けて社会に潜む狡猾さや、その特殊能力にある。
身体能力の高さと知能の組み合わせも勿論脅威だが、それはサマナーや異能者達も同じだ。
そう。対悪魔戦と言うのは属性・生態・習性等を熟知していて且つ対抗手段を持っているる人間にとって、
正面切ってぶつかり合うかぎりはあまり怖いものでは無いのだ。
怖いのは契約で騙された時や、人の皮を被った奴や不意打ち上等の奴が相手の時だと言えよう。
特に、その悪魔の力を利用する事のできるデビルサマナーはその傾向がある。COMPとはやはり偉大なのである。
まあ兎にも角にも、デビルサマナーやデビルバスターとか言う連中は悪魔を殺していけばすぐ強くなる。
そこだけはゲーム準拠である。つまりは結構無茶が効いてしまうのだ。
葵の成長速度はそういう意味では何も不思議なものではなかった。
とは言え、この時代の平穏に慣れた一般的なサマナーやデビルバスターの感覚ではやはりそれは異端思想だった。
悪魔にとってすらそうなのだから、その血生臭さは推して知るべし。
ここまで突っ走った感覚を持つ奴は、この時代では珍しいのだ。
メガテンシリーズの主人公がどれほど極端な連中だったかと言う事が良くわかるだろう。
それに加えて、葵は業界の玄人が唸るような知識を持っている。物足りなさを感じるには十分だった。
もちろん何度もいうがこの世界はゲームと全く同じではないし、それはもう大きく違う部分も多い。
しかしそれでもこの知識は意外とアドバンテージになるのだ。
大雑把な見通しがつくと言うだけで、細かな所の裏を取っていけば良いだけなのだから後は楽と言うもの。
ただその"大雑把な見通し"が世紀末状態の荒廃した日本であったりするので、
このようなこの世界の常識とのギャップが生まれてしまうのである。
そしてそのような事はピクシー達に解ろう筈も無く、ピクシーはただCOMPの中でガタガタ震えていた。
可愛い・・・いや、可愛そうに。ピクシー。
@@@@
タバコの煙と酒の臭いが充満する路地裏の雀荘、そこの裏口から仲介所に入った少女は開口一番こう言い放った。
「おっさん、仕事終わった。」
始めはその仕事の速さにぎょっとしていた面々だが、近頃は最早驚きも無い。
疑う者とて既に居なかった。期待のスーパールーキーの噂は市内を超え県を超え、関西圏では有名になりつつある。
「相変わらず早ぇな、オイ。除霊が終わったんなら結界は敷いて来たか?」
「そんな上等なのまだ出来るわけ無いだろ。最近訓練はしてるんだけどなぁ。何時もの坊さん呼んで置いてくれよ。」
仲介所のオヤジ、阿賀浦はなんともアンバランスな奴だとつくづく思った。
この年で一端のデビルサマナーなんてやっている奴は、大抵霊能の名家の出身か、
幼少の頃から才能を見出されて修行を受けた奴だ。
そうであるならば、この程度の事は朝飯前だと思ったいたのだが、どうも見立てが違うらしかった。
「・・・・まー良いけどよ。それ込みの代金だ。ホレ、30万。」
「ひぃふぅみぃ・・・・確かに。」
手早く数え終わると、葵は次の話題を切り出した。
「ああ、それと今回の異界もボスが式神だったよ。どうにも多いね。・・・・術者は特定できた?」
「いや、まだだ。・・・ふむ。無差別召喚に、式の乱造。これは悪魔に取り憑かれた術者の仕業かも知らんね。」
「ふーん。やっぱり、県内に居そう?」
「ああ、この傾向はここいらだけだからな。そろそろクズノハかヤタガラスが動くだろ。」
阿賀浦はここで聞いても居ない薀蓄を垂れ流し始める。
その阿賀浦の話ではなんでも、現在関西圏はヤタガラス、関東圏はクズノハの影響が強いらしい。
昔は逆(クズノハの拠点は京都にあった)だったらしいのだが、
クズノハの活動が帝都に移ってからはヤタガラスと住み分けが起こり始めたようだ。
阿賀浦に適当に報告した少女はどうにも、興味なさげだったが。
「ふーん。まあいいや。・・・じゃあな、帰るわ。」
用事は済んだと、すぐに踵を返してしまう少女。
「ああ、オイ!もう帰るのか?一つ打っていかねぇか?アオイちゃんよ。」
「・・・・ルール知らないから。悪いね。」
アオイ、と呼ばれた少女はパタパタと手を振るとそのまま去っていった。パタン、と閉められるドア。
伸ばされた親父の腕は宙を切った。
雀荘でマージャンに興じる霊能関係者の間から失笑が起こる。
「げははははは、年甲斐も無く色気出してんじゃねえよオッサン。相手女子高生だろ?」
「うっせ、そんなんじゃねぇよ。だれが乳臭い小娘に手を出すって?」
「いいっていいって、照れなくて。手ぇ出したら臭い飯食ってもらうけどな。」
くわえタバコの警察官らしき男が、対霊能者用の手錠をぷらぷらさせると今度こそ大笑いだ。
雀荘の店主、阿賀浦はもう馬鹿な客は無視して報告書の作成に専念する事にしたらしい。
下を向いてペンをカリカリやる。
近頃はパソコンだと電霊が通達中のメールを食ってしまう事もあるので、前時代的な紙の報告書に逆戻りしていた。
電脳結界の敷設が急がれているが、そもそも理論の段階から躓いているので何時になるやら、とオヤジは溜息を吐く。
「経歴不明の謎の凄腕デビルサマナーか・・・、わかってるのは年齢と職業(高校生)と、"アオイ"と言う名前だけ。」
どう報告しろってんだ。阿賀浦は毒づく。と、そこで肩に後ろから軽い衝撃を感じた。
振り向きもせず、阿賀浦は鬱陶しげに払いのけようとする。
「しかも、加えて美少女・・・と来れば、この業界でもゴシップ的価値は満載だな。
ああ~、是非取材したいねぇ。彼女。」
阿賀浦の様子は全く気にもかけずに、記者の杭橋は後ろから肩に肘掛ながら呟いた。
この男もまた業界関係者である。それもこの世代の大人では珍しいペルソナ使いだ。
いかにも記者風の探偵帽のような物を店内でもかぶり、骨董品の加えパイプのぷかぷかやっている。
・・・実はパイプの中に詰まっているのは安物の紙タバコをばらした物であり、
パイプの口側にはそのばらしたタバコのフィルターが詰めてあるのだが。
「馬鹿いえ。この業界の不文律を知らんとは言わさんぞ。長生きしたいなら、やめておけ。」
「いやだなぁ、おやッさん。それくらいわきまえてますよ。
・・・ただ、それでもこの溢れる知的好奇心は押さえ切れないもんでしてね。へへっ。」
それをわきまえていないと言うのだ。と思いはしたが、阿賀浦はもう無駄なので口には出さなかった。
「なんせ、電撃のように現れてからと言うもの、依頼達成率100%。しかも業界の常識破りのそのスピード。
尋常じゃない凄腕だ。で、ありながら異能も使えなきゃ術も無理。これは気になるよね。」
「仲魔が優秀だとも考えられる。実際、あのジャックフロストとピクシーは中々に練られていた。
エンジェルみたいな珍しいのも連れてるしな。」
とは言うが、阿賀浦が知っている彼女の仲魔はその三体だけなのだが。
「仲魔もデビルサマナーの実力の内でしょ。なにせ、それを従えるだけの力を持っているわけなんだから。」
「それはそうだが・・・・。」
「ま、家族関係とか個人の背景とかは追いませんって。そうゆうの調べる奴はいつのまにかドロン・・・ですからね。
あっしが興味があるのは人間性とか趣味とか、依頼の好みとかですよ。後はもっと正確な実力とか・・・かな?
下世話な週刊誌みたいな真似はしませんから安心してくだせぇ。」
「ふん。それだってグレーゾーンだ。まぁ止めろと言って聞くお前でもあるまいし、俺は責任とらんからな。
問題起こす時は、この仲介所と縁切ってからにしてくれよ。」
そういって、阿賀浦は書類の作成に戻った。
杭橋はそれを見て、もう話をする気は無いと見て引き下がる。
杭橋はしばらく安物の、消毒液のようなウィスキーをやりながらマージャンに興じた後、一つ伸びをして清算した。
カランカランとベルの鳴るドアから、外へ出る。トントン、とタップダンスをするような足取りだった。
この男が獲物を見つけたときの癖である。
「へっへ。みんな気になるアオイちゃんってのはどんな娘なんでしょうね。これは売れるぜ?」
主に禿ヅラの、霊能関係の依頼主とかにな。内心でそう呟く。
こういう記事は業界関係者もそこそこ食いつくが、もっと食いつきのいいのは成金の社長さんとかだ。
特に少女の業界関係者はそれなりにいるが、
どういうわけかそういう脂ぎった連中はそういう少女の拝み屋に熱を上げる奴が多いのは困り者だった。
貴重な霊能の因子をそんな連中に掻っ攫われると日本の血脈が維持できない。
けっして女の子の霊能者が特別優秀とか、そういう事は無いのだが杭端には少し理解に苦しむ趣向だ。
ま、老いて尚下半身がご立派なのだろうと思えば違和感も消えるが、それはそれで嫌悪感がぞわぞわと。
「おお・・・怖い怖い。」
さらに解せないのはそういう霊能関係者には初心な娘が多いので、
ころっとこまされて愛人になってしまう者もそれなりの数に上ると言う事だった。
それで、大抵後で泣きを見るのが常だ。
霊能関係者の子女や子弟は師匠が大抵過保護なのでそう言う事になるのだ。男をあまりに近づけないから免疫が無い。
本末転倒だった。
「その点あの娘は隙が無さそうで良いな。そう言う事にはならんでしょうから、罪悪感も無くて済む。」
剛(こわ)そうな女だ。
杭橋はそう呟くと、ホシの"葵"と言う人間にどうやってコンタクトを取ろうか考えていた。
あのすげない態度に大抵の連中はもうやられてしまっているから、別の戦略をとる必要があるだろう。
まぁ記者とかなんとか言ったって、結局は本人に会って宥めすかして聞きたい事を聞きだすのが一番である。
尾行とか隠し撮りなんてのは下の下策もいい所、本当にどうしようもない時にだけするものだ。
そこを最近の若いのはわかって無いんだよなぁ・・・。
と自分もそんなに年食っているわけでもないのに思う杭橋だった。
くわえタバコにペルソナのアギで火を落とすと、上手い事煙で輪っかを作ろうとして失敗した。
どうにも、成功したためしがなかった。
・・・・・・・・
・・・・・
・・・
所変わって、最近雨が多かったため「若干」ひんやりとして「少しだけ」涼しい夜道を行く葵。つまり暑い。
「くしゅっ!・・・・っ。これは・・・"誰か噂"って奴なのかな?」
「ああ、日本にはそういう諺?・・・見たいなのがあるのよね。」
下ろした髪の中に包まって、ピクシーが答えた。
髪の中で肩の上をゴロゴロと転がる。
最近はここがピクシーのお気に入りの場所と化していた。
ただ手触りと言うか肌触りは好きだが汗臭いのは嫌なので、彼女自ら念入りにシャンプーで洗ってはいた。
さっきまでガタガタ震えていた割りに鳥頭と言うか、ふてぶてしい奴である。
まあ妖精とはこういう連中なのだ。
「ホーホー!マスターの噂なんて今頃あちこちでやってる筈だホー!悪魔の連中に知られて無いのが不思議だホー!」
何だかんだいって、葵は悪魔達から好かれる性質と言うかなんと言うか。これもまた、サマナーの才能の一つであろう。
悪魔に親しみを感じさせることの出来るサマナーは多いが、畏怖させることの出来るサマナーは少ない。
そういう意味では、葵の原作知識(と言う名の間違った常識)は有効に作用している。
「ああ、それは理由、わかるわよ。」
げんなりとピクシーが呟く。
「なんだホー?」
「サマナーさんが出会った悪魔は皆、皆殺しか仲魔かでしょ?悪魔の世界に知れる訳が無いわ。」
「ホー!」
合点がいったとばかり、ジャックフロストは短い手を叩いた。背筋の寒くなる話だ。
遭遇したが最後、魔界に戻れないのなら噂になることも無い。目撃者は封じると言う古典的な手段だ。
ただし、・・・実行不可能であると言うのも古典的なのだが。
それをそうとも考えず実現していると言うのが尚更恐ろしい。
「なるほどな。・・・・でもそうじゃなくても、俺みたいな平凡なサマナーが噂になるわけ無いだろ?ははは。」
な?と聞き返す葵。
「・・・・。」
「・・・・。」
しかし、何言ってるの?この人?見たいな目でピクシーとジャックフロストはサマナーを見ていた。
葵はそれに気付かない。
それはこれが葵にとっては普通であり日常だからだ。
基本的には、現在市内で湧いている悪魔は全て悪霊とかゾンビとかばかりなので生かしておく理由が無い。
ピクシーやジャックフロストなら見逃さない事も無いが、人間を襲いかねないようならやはり皆殺しだ。
そこには難しい理屈も狂気も要らない。極々単純なロジックだけがある。効率厨だ。
とは言え本来なら無駄な戦いは極力避けるのが常道と言うものである。
わざわざ皆殺しにしてMAG稼ぐぜ!と言う奴は少ない、っていうかほぼ居ない。・・・・・現代では。
過去にはいたし、未来にも多分居るだろう。人間とはつくづく環境であると知らされる思いだ。
「ああ、ジャックフロストは冷たくて気持ちいいな。デビルサマナーに成って良かった。」
「ホー!ホー!」
ぎゅうとジャックフロストに抱きつく葵は、旗から見れば人形に頬擦りする可憐な少女そのものだった。
本人は気付いていないし、これからも気づく事は難しいだろうが。
ジャックフロストが抱きしめられて照れた声を出す。
「えー、サマナーさん。私は?私は?」
ピクシーが髪をくいくいと引っ張った。可愛い。
「ピクシーは可愛いなぁ。ディアじゃ重宝してるし、意外と頭いいし。仲魔にしてよかったよ。」
「えへへ・・・・。」
自分自身の顔と言うのはどうしても評価し難い。
それが例え他人の顔だったとしても、自分の顔だとなると途端に無頓着になってしまう。
特に男性はそういう傾向があるった。
そのためいまいちわかっていないが、この伊織葵というのはそもそも美少年だった。
ただつい先月くらいまで非常に不摂生で非健康的生活を徹底していた上、
精神的な平衡を欠いていたせいで全て台無しになっていたのだ。
(ジャックフロストが居ればクーラー要らずだ。かわいいし、最高だな。サマナー。)
かつては積年の不摂生が祟り頬はこけ、目元には隈が濃く刻まれ、皮膚はガサガサで唇は薄く蒼かった。
それが今や健康を取り戻し、過摂取とも言えるMAGの供給で肉体は活性化している。
外見も変わろうというものだ。
危ない所に出入りするためにせめてもの変装として、髪型を変えて目元を深く隠すようにしているのも、
女性的な印象に一役買っていた。
ちなみに首輪は特徴的過ぎるので、仕事の際は包帯を巻いている。
ただ普段のときは怪我を疑われるし暑いので、しぶしぶお洒落で通せる首輪を使っているのだが。
「それにしても、あー重い。この服いろいろギミック付いてるのはいいけど重いなぁ・・・。」
「それ特注なんだっけ?いろいろ武器入ってて物騒なの。」
「勝手に特注になったんだよ。あの商売上手に上手い具合に嵌められて。
・・・・混乱の魔法でも使われたのかも知れん。」
「ナイナイ。もしそうなら、最低でもエンジェルが気付くよ。あの娘状態異常には耐性持ってるし。」
葵が今着ている服はDDS-BBSで知った防具屋で仕立てた戦闘服だ。
男物だと言われればそう見えなくも無い程度に布が盛ってあってヒラヒラしてた。
仕立て屋の女主人は当然、葵が男である事を知っているし、この服がどんな印象をもたらすか解っていた。
確信犯である。
中性的と言えなくも無いが、どちらかというと女性側に偏ってしまっている感じだ。つまり女装?である。
「でも、結構良い服だよな。」
「うん、カッコイイと思うよ。魔界に持っていったら流行るかも。人間にしては良いセンスしてるわ。」
柔らかそうな布で出来た黒いコートともワンピースとも取れる戦闘服。
それはファッションとコスプレ、中二病と常識のギリギリの境界の上にあるような際どいデザインだ。
たまたま葵がそれなりに見れる容姿だったから良かったものの、下手な奴が着ると大三次(誤字に非ず)もいい所である。
それを中々気に入ってしまっている葵も中々にお年頃であった。
まぁ男なんてものは一生涯中二病の業からは逃れられないものだが。
そもそもピクシーの言う魔界とはストレンジジャーニーのエンジェルみたいなのがゴロゴロいる所だ。
そこで気に入られそうなデザインと言えば大体予想は付くだろう。
そういうこともあって情報屋の連中は葵の性別をまるで誤解していた。
もちろん情報撹乱と言う意味では大成功である。
「それにしても、今日も日本は平和だな。今日みたいな日がずっと続いてくれれば良いのだけどな。」
葵はしみじみと呟いた。
あの日DDSを手にとって覚悟を決めた葵にとっては、肩透かしもいい所なこの日常。
まさに平和そのものである。
「えっ?」
「ホー?」
ところが、仲魔達にとってはそうではない。
いくら雑魚相手とは言え多勢に無勢の連戦、連戦。まさに地獄の風を浴びてきたばかりである。
これが平和と言うなら魔界ですらが涅槃に等しい。
理解不能なモノに出会った時、不思議な目をするものだ。人にあらずとも、悪魔にあらずとも。
そしてそこには不思議な目をした悪魔が二体いた。・・・・・・・まさに、平和であると言えよう。
おまけ
人間 伊織 葵 LV 13
NEUTRAL-NEUTRAL(CHAOS寄り)
HP 300/300 所持金:約100万円
MP 0/0(未覚醒) MAG:1万
力 19
知力 18
魔力 22
速さ 24
体力 22
運 ??
機械 29
剣 お祓い済みナイフ
鎧 遠藤西高校制服
装飾 大型犬用首輪・赤色
COMP——ノートパソコン
ディスプレイ:液晶画面
仲魔ストック数:12
インストールソフト容量:6
インストールソフト一覧
エネミー・ソナー
デビルアナライザー(未完成)
フォルマキャプチャー
前世のとあるゲームの影響で、かなり歪んだ常識を持っている。
世紀末を想定した適応が予想外に上手くいき、
現在は悪魔でさえ裸足で逃げ惑う真のN-N状態。
体力が高い
首に首つり自殺の跡が残っているため、首輪で隠している。
ピクシー涙目。
謎の美少女サマナー アオイ LV 13
NEUTRAL-NEUTRAL(CHAOS寄り)
HP 300/300 所持金:約100万円
MP 0/0(未覚醒) MAG:1万
力 19
知力 18
魔力 22
速さ 24
体力 22
運 ??
機械 29
剣 お祓い済みナイフ
鎧 戦闘用コートドレス
装飾 包帯(首)
関西霊能業界に旋風の如く現れた謎の美少女サマナー。
多くの業界人が彼女との接触を目論むも成功せず、謎は謎を呼ぶ。
その実力は未知数だが、高い依頼達成率と尋常ではない除霊スピードから、相当のものと目されている。
今、業界で一番ホットは話題を提供してくれている彼女はいったい何者なのだろうか?
あとがき
厨設定のオンパレード。こんな自慰小説が、正直書いてみたかったんですすいません。
あと感想での世界観の質問ですが、この世界は設定だけ借りたオリジナル世界ということで一つ。
あ、あと今はネット環境が悪いのでコメ返しは後でします。
感想は随時募集中です。