銀の炎が舞い踊る陽炎の世界……空に包まれた瓦礫の戦場で、何かに背中を預けている。
「(温かい……)」
右腕は喰い千切られて、存在が火の粉となって零れ、身体は輪郭を失って薄れ始めている。
逃れられない死の確信。課せられた使命に殉ずるわけでもない、無為なる消滅。
―――それが、何故だか少しも怖くなかった。
僅かな力で、左手を動かす。そうする事が当然であるかのように、背中を預ける誰かを求めた。
向こうも同じ気持ちだったのか、二つの掌は容易く互いを見つけだし、その指を絡ませた。
「(温かい……)」
眼を閉じる。
もう何が見えなくても構わない。この手に繋がれたものを感じられれば、それで良い。
「(………あ)」
そう思えた温かさが不意に広がり、包まれた。十分だった筈の安らぎが濁流のように溢れて、突き抜けた。
温かい……を通り越して、熱い。熱くて、何だかフワフワと落ち着かない。落ち着かないのに、嫌だとは思わない。
「(ここは……)」
目を開けると、変わらず銀炎の世界。でも場所が違う。今度は空に囲まれた廃墟ではなく、蹂躙された市街地に居た。
温かさに包まれているのに周囲の景色が解る……という矛盾に、少女は気付かない。
―――顔を、上げる。
「……悠二」
息が掛かるほどに近く、少年の顔があった。
憧れるように、見守るように、慈しむように、穏やかな微笑を浮かべて。
「っ……」
無意識に喉を鳴らす。
脳裏に過るのは、自分を毛嫌いしていた一人の少女。不可解なまでの想いの強さで、死の瞬間までたった一人に己を捧げた小さな徒。
―――その彼女の、行為。
「(唇と、唇を……)」
流されるように目を閉じて、身を伸ばす………と、
「ぴ……!?」
“ベッドの上から転がり落ちた”。
「…………………」
気付けば見慣れた天井、愛用のタオルケット、自分と一緒にベッドから落ちたらしい種々のぬいぐるみ。
夢だった、と即座に気付く。
その事実に、安心とも不満ともつかぬ複雑な想いが胸を満たす。
「っ~~~……」
良く解らない。
だけど何だか恥ずかしい。
自分しかいない部屋の中、“頂の座”ヘカテーは一人うつむいて赤くなった。
『………………』
期末試験に向けて勉強会を開こう、という事になった翌日の放課後。いつものメンバーは学校からそのままシャナの家へと足を運び……揃って言葉を失っていた(ヘカテーと平井、シャナを除く)。
デカい。佐藤の家が“スゴい”という話は時折きいていたが、それとはまた雰囲気が違う。佐藤の家を機能重視の高級住宅とするなら、シャナの家は時代に取り残された洋館とでも呼ぶべき壮観さだった。
「……ここ、小学生の頃オバケ屋敷とか言われてなかった?」
「言われてた言われてた。オレ昔、忍び込んで探検とかしたし」
「っバカ! いま住んでるシャナちゃんの前でそんなコト言うなって」
長らく買い手のつかなかった古びた豪邸だが、いま目に映る屋敷はそんな風情を微塵も感じさせない光沢を放っていた。
これは、極めて有能なメイドたるヴィルヘルミナの手腕である。フレイムヘイズとしての力を隠したまま広大な『天道宮』を清潔に保っていた彼女にとって、こんな屋敷を掃除する事など造作も無い。
「ほらほら、いつまでも眺めてないで入ろう。今日は勉強しに来てるんだから」
「シャナちゃんって何者?」という池、吉田、田中、佐藤、緒方の無言の疑問を遮るように、悠二がシャナの背中を押して促す。そして、さりげなく小声で訊ねる。
「メリヒムは?」
「バイトは6時に終わるって言ってた。……シロが居たら何かマズいの?」
「いや、何となく……」
紅世に関わる事を一般人に話してはいけない、というのは、初対面の時ヘカテーがしつこく言い聞かせている。メリヒムが復活してそれなりに経つ今さらになって心配するというのもお門違いな気もするのだが、そこはかとなく嫌な予感がする悠二である。
そんな悠二とは対称的に、ポーカーフェイスの下で安堵の吐息を漏らす少年が二人。
「(けど実際、助かったよな)」
「(うまい言い訳も無かったし、危ないトコだった)」
佐藤啓作と田中栄太だ。
緒方が勉強会を提案した時はまだ頭が回っていなかったが、もしあそこで平井が「シャナん家」と言いださなければ、間違いなく緒方は「佐藤の家」と言い出した事だろう。
広い上に御家族に気を遣わせる心配が無く、普通に考えればこれ以上条件が良い場所も無い。……が、二人にとっては大いに不都合だった。
今も佐藤家に滞在しているマージョリー・ドーを、何も知らないクラスメイトと鉢合わせさせるワケにはいかない。事実は絶対に教えられないし、それっぽい嘘も全く思いつかないからだ。
そんな、似通った悩みを抱える少年らを余所に、他の者もそれぞれ平和に気合いを入れる。
「(夏休み入ったら、理由なしで誘わないといけなくなるもんね。よ~し、この一週間が勝負よ)」
発案者たる緒方は、この期に及んで尻込みする事もなく密かに拳を握り締め、
「(坂井君の隣、坂井君の隣、ゼッタイ坂井君の隣に座る……!)」
吉田一美は控え目な目標に決死の覚悟を固め、
「シャナー、今日泊まってって良いー?」
平井は意味もなくスキップでヘカテーの手を引き、
「………………」
ヘカテーは悠二から微妙に距離を取って歩き、
「……あれ?」
最後尾を歩く池速人は、何となしに鉄格子の門の横に目を向けて……それを見つけた。
シャナこと大上準子の住む家の表札。そこにははっきりと、『虹野』という珍妙な名字が刻まれていた。
館の中を進み、一同は広々とした一室に辿り着いた。ドラマや映画の貴族が使っているような長いテーブルに、純白のテーブルクロスが皺一つなく被せられている。部屋の隅にまとめられた燃えないゴミ袋が異様なまでに浮いて見える。
「適当に座って」
シャナは皆の騒がしいリアクションに特に反応を示さない。素っ気なく言って歩き出し、自分はテーブルの辺が短い場所……誰も隣に座れない席に着いた。
直後、両脇から抱え上げるように立たされる。
「……なに?」
「何の為の勉強『会』と思ってるのかね。先生は生徒の隣に座んないと意味ないの!」
困惑するシャナは然る後に持ち運ばれ、長い辺に座らされる。シャナ相手にこんな真似をしているのは、言うまでもなく平井である。
平井はそのままシャナの隣に着席し、自分専用の教師を確保した。
「どうせシャナは今さら勉強する必要ないんだろ。なら、教える側に回っても良いじゃないか」
何も考えずその隣に座る悠二。
この瞬間、吉田の中で熾烈極まる椅子取りゲームの火蓋が切って落とされた。
「(あと一つ!)」
悠二の左は既に平井が座っている。残る『隣』は右席のみ。迅速に、かつさりげなく座らんと意気込む吉田は………
「ひゃうん!?」
自らの足を縺れさせて、前のめりに転倒した。
「吉田さんっ、大丈夫!?」
すぐ傍で池の慌てた声が聞こえる。皆の心配げな視線を感じる。それほど痛くもなかったが、あまりの情けなさに顔を上げられない。
「(私って、いつも肝心な所で……)」
臆病風に吹かれてグズグズと悩み、勇気を出せば空回り。これはもう、ダメなパターンだ。顔を上げれば、水色の少女が無邪気な無表情で少年の隣に座っているパターンだ。
「だ、大丈夫……そんなに痛くありませんでしたから……」
恥ずかしさや虚しさを必死に押し隠し、それでも赤くなる顔を俯けて立ち上がる。内心はともかく、皆に心配を掛けるワケにはいかない。
もう何処でもいいから座ってしまおうと顔を上げて……
「………え?」
一瞬、目を疑った。
自分が転ぶほど焦って座ろうとしていた席が、当たり前のように空いている。
「(何で……いや、それよりも)」
未だ困惑から立ち直れないまま、吉田は取り敢えず急いだ。こけた恥ずかしさのせいにして、そそくさと小走りで悠二の隣に着席する。
「吉田さん、本当に大丈夫?」
「は、はい! ホントに、大丈夫です、はい!」
心配までして貰ってしまった。
………おかしい。
こういう時、わざとかどうか知らないが、必ずと言って良いほど割って入って来る少女が静かだ。
一体どういう事なのかと視線を巡らせて……自分の右席、悠二から隠れるように座るヘカテーを見つけた。
「…………………」
最初から椅子取りゲームなど始まってすらいなかった、という事実を正確に把握して、吉田は自分の空回りっぷりに再び悶えた。
平井にはシャナが、佐藤には池が、悠二には吉田が専属教師に就き、田中と、ちゃっかりその隣席を押さえた緒方は、互いに世界史などの暗記科目で問題を出し合うという構図で、予想以上に順調に勉強会は進んでいく。
いつもならついつい怠けてしまう者でも、一対一で付き合ってくれている相手が居る状況では弱音などそうそう吐けないものだ。
「うぇ! そんなのあったか?」
「あったわよ。授業中に赤線引いとけって言ってたじゃない」
緒方に至っては、やたらと嬉しそうだ。当初の目論見が予想以上の形で達成されて完全に舞い上がっている。
もっとも、先生役は緒方の事情を概ね解っている池と吉田、田中に積極的に教える理由の無いシャナとヘカテーなので、この二人の組み合わせはむしろ必然と言える。
そして、吉田。
「吉田さんごめん、ここにさっきの解を代入して、その後どうするんだっけ」
「(ち、ちちち、近い近い近い近いーーー!!)」
見ていて面白いほどにテンパっていた。
学校で隣の席に座るのとはワケが違う。好きな男の子に頼られている実感、同じ時を共有できる喜び、二人の間でノートを眺める歳の、肩が触れ合うどころではない近さ。
それら、自分の予想を大きく越えたシチュエーションに目を回している。
「…………………」
一人教科書を読み耽るヘカテーは、そんな二人を盗み見るように眺めていた。
放課後になれば皆でシャナの家に足を運び、勉強。終わってから適当にダベって帰る。その際、先生役に宿題を渡され、翌日までに仕上げなければならない。そんな調子で勉強会は繰り返された。
緒方が田中の隣に座るのも いつも通り、吉田が悠二の隣に座るのも いつも通り、そして……ヘカテーが誰かに隠れて悠二を見るのも いつも通り。
「何か最近、ヘカテーに避けられてる気がする」
そして悠二も、流石にヘカテーの異変に気付いていた。勉強会に限らず、家でも学校でも朝夜の鍛練でも距離を取られているのだから当然ではある。
「怒らせるような事はしてないつもりなんだけど……平井さん、何か聞いてない?」
因みに今は土曜日の朝、鍛練も朝食も済んだ坂井悠二の自室。相談を受けているのは、悠二のベッドでゴロゴロと寛ぐ平井ゆかりである。
「聞いてないけど……ん〜、確かに怒ってるような感じはしないね」
仮にも異性の部屋だと言うのに、平井はハーフパンツにTシャツという部屋着全開な格好だ。殆ど半日居候みたいな生活を送っているのだから、今更ではあるのだが。
「どっちかって言うと、戸惑ってる感じかな。距離感つかみかねてる、みたいな」
「距離感………」
うつぶせでパタパタと足を振る平井の言葉を、悠二は小さく反芻する。
事実だとすれば、それは本来ヘカテーだけが悩むべき問題ではない。
「(僕にとって……ヘカテーって何だ?)」
今や、単なる人喰いの怪物では決してない。
街を救ってくれた恩人であり、学校のクラスメイトであり、容赦ない指導者であり、挙動不審で放っておけない妹の様な存在でもある。
………そのどれもが間違ってはいない筈なのに、どれも正解には程遠いものであるように思えた。
今の関係が、成り行きに流された不安定なものである事は解っている。解っているからこそ頭を悩ませる悠二に……
「まっ、坂井君がアレコレ悩む事でもないよ。ヘカテーが自分の気持ちに向き合う事だから」
平井は、あっけらかんとそう言った。意図が読めずに顔を向けるも、平井はベッドからピョンと降りて悠二に背中を見せている。
「坂井君に対してどう接するべきなのか、どう接したいのか、どうなりたいのか。他人の気持ちなんて解らなくて当たり前だけど、こんなのそれ以前の問題だよ」
背中越しに放られるのは実に彼女らしい……眩しいほど力強い言葉。悠二が思い悩む形の無いモノを“そんなもの”と言い切る、羨望さえ覚える姿。
「ヘカテーが坂井君を避けてるのは悩んでる証拠。ちゃんと向き合ってるんだから、遠くない内に解を出すよ。坂井君が心配する事じゃない」
ヘカテーの悩みは悠二にも当て嵌まるという事に気付いているのかいないのか、平井はそう言って部屋を出て行った。
「……向き合う、か」
誰もいなくなった部屋の中で、悠二は自分の掌を見つめ、握る。
人間、徒、フレイムヘイズ、そしてミステス。普通ではありえない背景がある事を、言い訳にはしたくない。
そして、それを前提に自分の心を顧みれば………
―――やはり、ちっぽけなままの少年がそこに居た。
「(ふー……)」
悠二の部屋から出た平井は階段を降りるでもなく、閉めたばかりのドアにそのまま背中を預ける。
ヘカテーは、子供だ。
巫女としての本質のせいか、引きこもりとしての年月のせいか、他者に深く関わる事にあまりに不慣れ。純粋にして無垢、それゆえに時として―――残酷。
「……あんまり急がせないでよ」
少年と自分を隔てるのは僅かな距離と一枚のドアだけ。小声とは言え聞こえてしまっているかも知れないが……まあ、どちらでも構わない。
「……追いつけなくなっちゃうじゃない」
少女の道を阻む壁は、少年の枷より遥かに高く、遠い。
土曜日と言えど勉強会は開かれる。期末試験直前の土日だ。むしろ今までより本腰を入れ、正午には集合し、夜は宿泊。そのまま日曜も勉強会に持ち込む運びである。
勉強に集中する、という事自体に変わりは無いのに、道を歩く池速人はこの新鮮な状況を楽しんでいた。
『ファミレスに集まって皆で勉強する』などという話をクラスメイトがしているのを耳にして、「どうせ勉強にならないだろう」と内心で決め付けていたが、何事もやってみるものだ。……いや、あの面子だからなのか(無論、佐藤や田中の事ではない)。
「(難を言えばヘカテーちゃんの様子が変な事くらいだけど……いや、吉田さんの事を考えたら、あれくらいで丁度良いのかな)」
順調、な筈だ。とっくに手遅れでもない限り、あれだけ判りやすく好意を示してくれる可愛い少女だ。如何な朴念仁とて意識していないワケが無い。
………のだが、それを素直に喜ぶ気になれないのは何故だろうか。
「(吉田さんの成功が、僕の助力によるものじゃないから? それじゃ本末転倒だろ)」
もしそうなら、笑ってしまうほど滑稽だ。吉田の恋が実るのが肝心なのであり、池の助力はその過程で“必要かも知れないもの”に過ぎないのだから。
自嘲めいた苦笑を漏らして、池は指先でメガネを直す。……当たり前のように吉田の味方をしている事については、もう考えるまでもない。はっきりと認めて、池速人は吉田一美を“贔屓”していた。
「(今から別の娘に肩入れするのも、裏切りみたいで気分良くないしね)」
結果的に悠二が幸せになれば、誰も文句は言わないだろう。そして、吉田ならそれが出来ると池は思う。
………そこまで考えて、何だか酷く言い訳くさいなと自分で思った。
「ん?」
あと二つ角を曲がれば……と思う間に一つ曲がってみると、奇妙なものが視界に入る。
背負った大きなバッグに圧し潰されそうな、両膝に両手を突いて荒い呼吸を繰り返す……少女。
「吉田さん?」
前傾姿勢の後ろ姿、しかもバッグで頭が見えないのに、何故か一目で吉田一美だと判った。
「はあっ……はあっ……あれ? 池君?」
横に並んで覗き込むと、汗だくの顔から疲れ切った瞳が見つめ返して来た。
今は七月。さほど長い距離ではないとは言っても、体育の授業で倒れてしまう少女が大荷物を持ち運ぶのは無謀だったのだろう。
「女の子の荷物が多くなるのは何となく解るけど、いくら何でも大き過ぎない?」
言って、吉田の背中から荷物を持ち上げる。普段の彼女なら遠慮して然るべき場面だが、よほど余裕が無かったのか、大人しくバッグから腕を抜いた。
「あり、がとう……ちょっと、無理だったみたい……」
「まったく、それこそ坂井に頼めば良かったのに。あいつならそれくらい喜んで痛っ!」
体力不足ではなく、無理をしてしまう性格の方に呆れてバッグを背負う池……の腰の辺りに、勉強道具やお泊まりセットではあり得ない硬く尖った何かが当たる。
流石に気になった池のメガネに見つめられて、吉田は恥ずかしそうに顔を背けた。
「えっと……、ここ何日か勉強会してて気付いたんだけど、シャナちゃんの家ってヤカンくらいしか料理器具が置いてなくて……で、でもっ、こんな機会なんて二度と無いと思うし、やっぱり私………!」
ボソボソと、消え入りそうな声で言い訳する吉田。
要約すると、せっかくだから皆(悠二)に料理を作りたい。でもシャナの家には料理器具が無いから、已むなく自分の家の物を持って来た、という事らしい。
因みに、先ほど池の腰に刺さったのはフライパンの柄である。
バッグのインパクトのせいで気付かなかったが、彼女の両脇にはパンパンに膨れたスーパーのビニール袋が二つ置かれていた。……これは、吉田でなくとも少しばかり辛い。何せ十人分以上の食材である。
「とにかく行こう。こんな所で立ってても、疲れなんて抜けやしない」
両方と言えれば格好良かったのだろうが、池にも自分のカバンがある。片方のビニール袋だけ持って、返事も待たず歩き出した。
それが『断らせない為の』少年の気遣いであると察して、吉田も食い下がらずに続く。もちろん、追い付いてからもう一度「ありがとう」と言うのは忘れない。
「………………」
呆れられている。そう思い込んで、吉田は一方的に居心地の悪さを感じる。
しかし、今さら取り繕っても恥の上塗りだ。
「……焦ってるんだと、思うの」
悩んだ末に吉田は……胸の内をそのまま明かす事にした。
「ヘカテーちゃんも、シャナちゃんも、凄く可愛くて、格好良くて……私には無いものばかり持ってる。あんな女の子が坂井君を好きならって思うと、ホントは凄く怖い」
自分の弱さを晒す事に躊躇いが無いわけではないが、自分を心配してくれている(と解っている)少年に対して、それが礼儀であるように思えたのだ。
「でも、これで良いの」
本人に、はまだ無理だけど、友達になら打ち明けられる。それが、とても嬉しい。
「もう、坂井君に話し掛ける事も出来ない私じゃない。ヘカテーちゃんが転校して来なかったら、ここまで頑張れなかったと思う」
出会ったのは入学式の前……一目惚れだった。ずっと好きだったのに、まともに話す事も出来なかった。
仲立ちをしてくれた平井が居なければ、友達にすらなれたかどうか判らない。
「…………………」
今の自分を誇るように、本当に嬉しそうな笑顔を浮かべる吉田を見て、池は自分でも気付かぬ内に足を止めていた。
「でもヘカテーちゃん達の気持ちなんて、ホントは私も知らないんだけどね」
流石に恥ずかしくなったのか、誤魔化すように空気を変えようとする吉田を、一瞬だけ止まった池が、気付かれる前に追い抜いた。
「もし好きだとしても、驚かないよ」
何故そんな事をするのか、池自身も良く解っていない。何となく、どうしても、今だけは顔を見せたくなかった。
「吉田さんが好きになったんだ。誰が好きになっても、不思議だとは思わない」
―――気付けば、そんな事を口走っていた。