――港湾都市ラ・ロシェール上空に展開したアルビオン艦隊旗艦『レキシントン』号の後甲板で、総軍指令ホーキンス将軍は自軍の被害状況を確認していた。「損害は?」「巡洋艦3隻が敵艦の突撃に巻き込まれ爆沈。降下作戦のため、艦へ乗り合わせていた中隊のうち、2つの脱出が間に合わず、全滅です。申し訳ございません……皇帝閣下からお預かりした大切な兵を、大勢無駄死にさせてしまいました」 項垂れるボーウッド艦長に、将軍は労いの言葉をかけた。「いや、想定していた以上に敵軍の動きが速かった。これは、貴族議会及び作戦本部、ひいては私が負うべき責任だ。君は、よくやってくれた」「身に余る御言葉です」 そこへ、ひとりの下士官が飛び込んできた。「タルブ方面へ偵察に出ていた部隊からの報告です。敵軍はタルブ周辺の草原に陣を敷き、街道沿いに巡回兵を配備。砲亀兵(ほうきへい)の姿も確認されております」 砲亀兵とは、甲長約4メイルほどの巨大陸ガメの背に、青銅製のカノン砲を装備させた兵科のことである。もちろん砲を背負ったまま移動が可能で、ハルケギニア大陸においてはさほど珍しくもない存在なのだが、アルビオンにはこの陸ガメが生息していないため、交戦記録がほとんどない。ホーキンスは形良く整えられた眉をしかめた。「やはり、タルブを足がかりにしての侵攻は諦めるべきか……」 ラ・ロシェール近郊の村タルブは、アストン伯の治めるトリステイン国内最大のワイン産地である。そのため、近隣の街道は全て商用の馬車往来に不便が無いよう道幅が広く、路面の整備も行き届いている。長期に渡り村に滞在して商取引を行う者も多いことから、街と呼んで差し支えないほどに大きく、かつ宿泊施設なども整っている。 よってタルブを占拠、策源地とした上で、トリスタニアへと続く街道を進撃路として利用できれば、王都侵攻は容易だっただろう。しかしトリステイン側も当然その事実には気付いており、アルビオンの革命戦争終了以前から、街道周辺と村に防衛戦力を割いている。 国を挙げての結婚式で、トリステイン国民が揃って浮かれ騒いでいるこの時期に兵を動かせば、あるいはその防衛の隙を突くことができるのではないか、というのが上層部――貴族議会の目論見であったのだが、残念ながらそう上手く事は運ばぬようだ。 ホーキンス将軍は手元の地形図を眺めながら、連絡将校に訊ねた。「北西部に向かった偵察隊から連絡は?」「はッ。障害となる建物、及び兵の姿は確認できずとの報告が届いております」 ホーキンスは、タルブへの未練を断ち切るように頭を振ると、命令を下した。「作戦をプランBに切り替える――当該ポイントへの降下作戦を開始せよ」 ――そんな中、先行していたフリゲート艦の中で、ひとりの女性が苦悩していた。「あの場所を、軍靴で踏み荒らせというのか……よりにもよって、このわたしに!」 彼女――アニエスの様子を見たマチルダは、そっと肩に手を載せて言った。「無理しなくていいんだよ? わたしたちはトリステインの地理に明るいから、先遣隊に任じられはしたけど……」 しばし顔を伏せていたアニエスは、小さく肩を振るわせながら言葉を紡ぐ。「皮肉なものだな。まさか、わたしたちがこのような任務を請け負うことになるとは」 と……外の鐘楼から鐘の音が鳴り響いてきた。「出発の時刻になった。行かなければ」 アニエスは立ち上がると、荷物を背負う。「ねえ、やっぱりおよしよ。なんなら、わたしから直接皇帝にとりなしてもいいわ」 マチルダの勧めに、しかしアニエスは首を振った。「駄目だ。わたしは行かなければならない。復讐を為し得るために。あいつらの足跡を辿るには、それしか方法がないんだ。だから……」「……あんたも強情だね。でも、苦しくなったら遠慮なく言いなさいよ?」 その声に、アニエスは努力の末に小さな笑みを浮かべた。それは、どこまでも苦しそうな微笑みであった。「やっぱり、お前は『家族』の長女なんだな」「もう、馬鹿なこと言うんじゃないよ。だいたい、あんたとわたし、たいして変わらない歳だろ!?」「それでも……だ。ところで、お前の雇い主は大丈夫なのか?」 肩をすくめて、マチルダは答えた。「それが……作戦行動前だからって、フクロウの中継所が全部抑えられててね。警告を送れなかったんだよ。あの男のことだから、自分で何とかできるとは思うんだけど」 それを聞いたアニエスは、形の良い眉根を寄せて言った。「いいのか? わたしよりも、そっちのほうが大問題だろうに」「あの男なら大丈夫よ。このくらいで死ぬようなタマじゃないから。いいえ、そうあってもらわないと、わたしたち家族が困るの」○●○●○●○● ――国賓歓迎のため、ラ・ロシェール上空に停泊していたトリステイン艦隊が、アルビオン艦隊の攻撃により全滅。アルビオン政府はこの攻撃を正当防衛とし、次いで自衛のためと称してトリステイン王政府へ向けて宣戦を布告。 降って湧いたようなこの報せに、アンリエッタ姫の出立準備でおおわらわになっていたトリステインの王宮は混乱を極めた。そのため、緊急対策議会を招集するだけで貴重な数時間が浪費されてしまった。 ようやく開かれた緊急議会も、紛糾するばかりであった。穏健派の大臣たちや、高等法院に所属する参事官らが、「アルビオン側は、我が艦隊が先に攻撃したと言い張っておる。しかしながら、我が方は礼砲を発射しただけというではないか。つまり、偶然の事故が誤解を生んだのだ」「その通り、これは何かの間違いです。まずは、アルビオンに会議を打診しましょう。早急に双方の誤解を正すことが肝要です」 このように慎重論を唱えれば、グラモン元帥を始めとする王軍所属の将軍たちが、「誤解? どのような偶然が重なれば、我が軍の艦隊が全滅させられるというのだ! アルビオンには、明確な侵攻の意志があったに違いない。我々は、不可侵条約などという連中の甘言に騙されたのだ」「左様。急ぎゲルマニアへ特使を派遣し、同盟に基づいた軍の派遣を要請すべきだ」 などとこれに反対。場は混迷を極め、一向に纏まる様子がない。そして、貴重な時間はさらに過ぎ去ってゆく――。 議長を務めるマザリーニ枢機卿は、正直どちらにもつきかねていた。 もちろん彼は、アルビオンの言い分を馬鹿正直に信じるような愚か者ではない。だが、トリステイン国内の軍備はまだ整っていないのだ。今、全面戦争に突入すれば……まず勝ち目はないだろう。それを理解しているが為に、たとえ小を切ってでも負ける戦はしたくない。可能であれば、外交で時間を稼ぎたいというのが枢機卿の本心だった。 会議室には、アンリエッタ姫の姿も見えた。本縫いが済んだばかりの眩いウェディングドレスに身を包み、呆然とした表情で椅子に腰掛けている。この麗しき姫君は、飾り立てられた馬車へと乗り込み、いざゲルマニアへ向かうというところで急報を受けたのだ。 その姿は、まるで会議室の隅に咲いた一輪の花のようであったが、彼女に気を留める者は――今はまだ、誰もいない。 そんなところへ、伝書フクロウによってもたらされた書簡を手にした伝令が、息せききって飛び込んできた。「急報です! アルビオン艦隊は、降下作戦を開始した模様!」「場所はどこだ?」「ラ・ロシェール北西部の沿岸! アングル地方(ダングルテール)の砂浜です!」 それを聞いたグラモン元帥が、立ち上がった。「竜騎士隊を出す。全機をもって、上空から攻撃させる」 しかし、参事官たちがそれを引き留める。「そのように事を荒立てては、アルビオンに全面戦争の口実を与えることに……」「全くです。我が方から不可侵条約を破ると仰るのですか!?」 グラモン元帥は、顔を赤くして叫んだ。「口実もなにも、連中はトリステインの国土を犯しているのだぞ! 不可侵条約など、とうに紙くず同然に破られているのだ。貴君らは、何故それを理解できんのかね!?」 と、そこへ豪奢な装束に身を包んだ初老の貴族が駆け込んできた。ラ・ヴァリエール公爵である。彼は国境の自領で姫君の馬車を迎えるため待機していたのだが、マザリーニから急報を受け、すぐさま竜籠に乗り込み、文字通り王宮へ飛び込んできたのであった。「グラモン元帥の言う通りだ。いったい何をしておるのだ! 早急に兵を挙げ、敵軍を排除することこそ、我らが成すべきことではないのか」「しかし、公爵! あくまでこれは、誤解から生じた事故で……」「誤解? 事故!? 君は、大砲の射程外を飛んでいた軍艦を、弾の込められていない礼砲によって、撃沈してしまったとでも言うのかね。いったいどうやって? それとも、アルビオン空軍のフネは、まともに空を飛ぶことすらできない脆弱な造りであると?」「そ、それは、たまたま偶然が重なって……」「そんな馬鹿げた偶然があってたまるか! このまま敵軍の侵攻を許せば、防衛陣地を築かれ、そこを足がかりに王都へ攻め込まれるだろう。それがわからんのかね!?」 公爵の言葉に、マザリーニはようやく目が覚めた。彼が行おうとした外交努力は、築こうとする以前に空振りで終わっているのだ。今回の侵攻を小さな傷と侮れば、テューダー王家の二の舞となりかねない。このまま放置すれば、致命傷になりうると気が付いた。 しかし、それでもなお高等法院の参事官を始めとした高級官僚たちは、自説を曲げようとはしなかった。「ですが、我々は不可侵条約を結んでいるのです。これは不幸な事故なのです」「その通り。下手に相手を刺激するよりも、まずは両国で話し合いをですな……」「……もういい。君たちはここで好きなだけ会議を続けたまえ。グラモン元帥、わしと共に動員可能な兵員の確認をだな……」 席を立ち、不毛な論争を続ける会議室を後にしようとした公爵と元帥であったが、そんな彼らを押し留めた者がいた。それはトリステインの司法全般を牛耳る高等法院の長、リッシュモン高等法院長だった。「ラ・ヴァリエール公爵。失礼ながらあなたの行動は、国法を逸脱しています」「それはどういう意味ですかな? リッシュモン卿」 老練の政治家は、生真面目そうな顔で言葉を続けた。「どうもこうも、そのままの意味ですよ。トリステイン軍におけるあなたの地位は、ゲルマニア方面国境防衛軍総司令です。あ、いやそれは名ばかりと言っても過言ではありませんでしたな。ここ数年は年齢を理由に、第一線を退いて部下に任せておられるのですから」「何が言いたいのだ? はっきりと口にしてくれ。事態は差し迫っているのでね」 顔に微かな笑みを浮かべながら、リッシュモンは告げた。「あなたの役職は、ゲルマニア方面国境防衛軍総司令で間違いありませんな?」「……相違ない」「つまりですな、あなたには王軍を動かす権限など無いということですよ。ついでに申し上げておきますが、グラモン元帥閣下は『王都防衛責任者』であって、王軍総司令ではありません。たとえ総司令の立場にあったとしても、アルビオン軍への対応を考え、最終決定を行うのは我が王政府議会の役割であり、彼の仕事ではないのです」 リッシュモン高等法院長の言葉によって、騒然とする議会会場。確かにその通りだ、などという意見と、今は国家の存続に関わる緊急時であり、そのような些細な事を論じている場合ではないという反論とが渦を巻き、会議室内で延々と木霊している。 ラ・ヴァリエール公爵は即座に理解した。対策会議が遅々として進まないのは、やはりこの男とその取り巻きどもが、わざわざそのように仕向けているからだ。 何故なら、トリステインが取るべき方針の決定が遅れれば遅れるほど、アルビオンにとっての利益に繋がるからだ。公爵が想定していた以上に、彼ら『レコン・キスタ』は、この国の内臓深くまで食い込んでいたのだ。 公爵は悔いた。リッシュモンは正真正銘の毒虫だ。泳がせておき、巧く利用するなどと悠長なことを言っている場合ではなかった。早急に排除すべき存在だったのだと。 公爵はぎりと歯を食いしばり、まるで真冬の湖面のような冷たい表情で言った。「貴様……このような真似をして、恥ずかしくないのか?」「恥ずかしい? これは異なことを仰る。私は法の番人として、自分に任された仕事を正しく遂行しているだけに過ぎませんが」 そんな一触即発の空気を破ったのは、希代の宰相でも、勇猛果敢な元帥でもなかった。それは、この場の誰もが存在を忘れかけていた……ひとりの少女だった。 自身が信頼を置くふたりの老臣――ラ・ヴァリエール公爵とリッシュモン高等法院長がやりあう様を黙って眺めていたアンリエッタは、ふとした拍子に公爵が人差し指に填めていた『水のルビー』に目を留めた。彼女が、手ずから下賜した指輪だ。 ――あの指輪を渡す前、ラ・ヴァリエール公爵は、嘆いていたではないか。『自分に、もっと<力>があれば』 ……と。 そして彼は今、祖国の危機を前に、己の無力を噛み締めている。 ――かつてわたくしは、マザリーニ枢機卿からこう言われたのではないか?『姫殿下の声は、国を滅ぼすことすら可能な……強大な<力>なのです』 今、祖国は滅亡の危機に瀕している。軍事に疎いわたくしにも、それくらいはわかる。枢機卿の言葉を信じるならば――わたくしには、とてつもなく大きな<力>があるのだ。 国を滅ぼすことすら可能なその<力>を、正しく用いれば……危難の淵から救うこともできるのではないだろうか。 アンリエッタ姫は、ここまでの現状を慎重に精査し――自身の脳細胞をフル回転させて最適解を探り出す。そして、手元にいた小姓に美麗な文字を記したメモを手渡すと、一言二言何事かを囁いた。小姓は頷くと、大切そうに姫君から託されたメモを持ち、静かな足取りで会議室の反対側に陣取っていたデムリ財務卿の元へと急いだ。 受け取ったメモを見た財務卿は、思わず目を剥いたが――視線の先でアンリエッタ姫が自分に目を合わせて頷いたのを見るやいなや、大慌てで会議室を後にした。 アンリエッタ姫は大きく深呼吸をすると、挙手をして立ち上がり、声を上げた。「王政府議会議長に対し、質問があります」 鈴を転がしたような美しい声が、会議室に響き渡った。「姫殿下におかれましては、何かご不明な点がございましたでしょうか」 マザリーニ枢機卿――王政府議会議長の問いかけに、アンリエッタは頷いた。「さきほど、高等法院長が『アルビオン軍への対応を考え、最終決定を下すのは、王政府議会の役割である』と言いました。これは、まことですか?」 姫君から為された質問の意図を掴めぬまま、マザリーニは答えた。「はい。しかし、正確に申せば『現状では王政府議会の役割である』と、したほうが、より正しい法解釈となります」 それを聞いたアンリエッタ姫は、我が意を得たりとばかりに頷いた。「つまり、あくまで『現状では』という但し書きがつくのですね」「左様です」「では『本来の状態』において、いったい誰が、この困難な役目を負うのですか?」 マザリーニは、思わず目を見開いた。アンリエッタが、この可憐な姫君が……これから何を為さんとしているのか、彼は即座に気が付いたからだ。 トリステイン希代の宰相は、静かに姫の御下問に答えた。「それは勿論――上座の奥におわすべきお方が、全てを決定する立場にございます」 それを聞いた姫君は、満足げに頷いた。「ありがとう。なるほど、現在トリステインの王座が空位であるために、王政府議会が全てを裁決している。わたくしの解釈は、どこか間違っているかしら?」「いいえ、相違ございません」 姫君に言葉に耳を傾けていたラ・ヴァリエール公爵が、挙手をして意見を述べた。「姫殿下の仰る通り、現在我が国の王座に在るべきお方はここにはおられません。先帝陛下の喪に服し、部屋に籠もられたままです」 ラ・ヴァリエール公爵の言葉に頷くと、アンリエッタは視線を別の者へ向けた。「それでは次に、リッシュモン高等法院長。あなたに伺います」「はい、何なりと」「今、ラ・ヴァリエール公爵が仰ったように、我が母后マリアンヌはここ数年の間、先帝の喪に服し、自室に籠もっておられます。宮廷付きの医師の話では、健康状態に問題があり、到底政務に携わることのできる状態ではないと。これに相違ありませんか」「は、はい、それは事実です。しかし……」 ここに至って、リッシュモンにもようやく姫君の意図が理解できた。しかし、一端走り始めてしまったものを止めるのは、最早難しい。「質問を続けます。父――先帝が崩御して以後、多くの有力貴族たちが、幾度となく母后に対し、女王への即位を申し述べてきましたが……母はその全てを拒否してきました。女王陛下という呼びかけにも一切答えず『自分はトリステインの母であり、女王ではない』と公言しておられます。国法的に鑑みるならば、母后は既に、王位継承権を放棄していると考えて差し支えないと思われますが、如何かしら?」 会議室に、しばしの静寂が訪れた。それも無理はない。これは、王室における禁忌。誰もが理解しつつも、この数年間口に出さずに来た最大のタブーなのだから。 その沈黙を打ち破ったのは、よく通る女性の――しかし、か細き声であった。「相違ありませぬ。わたくしは、元より王位継承権を放棄しています」「女王陛下!」「マリアンヌさま……!」「何故ここへ……」 会議室はざわめいた。傷心にやつれた大后マリアンヌの後ろには、黒木の箱を手にした財務卿デムリの姿も見える。彼は、先程アンリエッタから手渡されたメモの指示に従い、暗い自室に閉じ籠もっていたマリアンヌを、表舞台へ連れ出して来たのだ。 アンリエッタ姫は自ら壇上から降りてそっと母の手を取ると、静かに着座を促した。「母さま。お身体の加減が悪い中、ご足労いただき誠に申し訳ございません」 頭を下げる娘に、母は鷹揚に頷いた。「いいえ。王国の母として、当然のことをしたまでです。さあ、わたくしの身体のことよりも、会議を続けなさい」「……ありがとうございます」 母の元を去ったアンリエッタ姫は、再び壇上に戻ると、口を開いた。「ここに、母后マリアンヌの王位継承権放棄が、本人の口から正式に認められました。書記官、先程の発言を記録していますか? ……あ、と。ごめんなさいねマザリーニ議長。今の書記官への確認は、あなたの役割を奪うものでしたわね」 マザリーニはくそ真面目な顔で頷くと、書記官に、姫君が行った指示を改めて与えた。それから、彼は改めてアンリエッタに続きを促した。「姫殿下におかれましては、ここで発言を終わられますか?」「いいえ、まだですわ」 アンリエッタ姫の顔には、断固とした表情が浮かんでいた。「まずは、この火急の折に、わたくしの言葉に耳を傾けてくださった皆さま方に感謝を。さて、ここまでの話で、第1位の王位継承者がその権利を放棄したことが明らかになったわけですが……リッシュモン高等法院長」「はい、姫殿下」「第1位の継承者が王位継承権を放棄した場合……その権利は第2の継承者へと移る。この解釈で、法的に間違いはありませんか」「間違いございません」 リッシュモン高等法院長や、宮廷内に巣喰う腐敗した貴族どもは思わずほくそ笑んだ。やはりこの小娘は、自ら王座に就き、場を収めるつもりなのだと。 しかし、所詮は世間知らずの子供。影から操るのは容易い――そう考えたのだが。その後に続いた姫君の言動は、彼らの予測を遙かに超えていた。「現在、トリステインは空からの脅威に晒され、民は文字通り不安に押し潰されそうな日々を過ごしています。この問題を解決するために、隣国のゲルマニアと軍事防衛同盟を結んだわけですが――議長。いえ、ブリミル教司教枢機卿マザリーニ猊下に確認します」「何なりと」「この同盟締結の条件として、わたくしがゲルマニアの皇室へ降嫁することが求められていますが……そもそもこの『降嫁』とはどういうものなのか、詳しく説明願います」 やはりそうだ。これこそが、姫の狙いなのだ。教え子の思わぬ成長ぶりを目の当たりにしたマザリーニ枢機卿は、そんな感慨をおくびにも出さず、慎重な受け答えを行った。「はい。『降嫁』とは――王侯貴族の娘が、格下の家へ嫁ぐことを差します。文字通り『家から降りる』ことになるため、元の家に付随していた地位や権利の全てが失われることになります」「全ての権利。つまり、わたくしの持つ王位継承権も失われたということですわね」「左様です」 ここに至って、ようやくリッシュモンやその取り巻きも、姫君の真意に気が付いた。「いや、それはまだ……」 慌てふためいた様子で彼女の行動を遮ろうとするが、しかし。それは議長マザリーニによって押し止められる。「姫殿下のお話はまだ続いておられる。姫殿下の発言終了後に、改めて挙手願いたい」「し、しかしだな」「リッシュモン高等法院長は、法を逸脱しておられる。定例に拠らぬ方法で、議会の進行を妨げることは許されません」 そんな彼らの小競り合いを横目に、眩いばかりのウェディングドレスの裾を摘むと、アンリエッタ姫は可愛らしい声で告げた。「困りましたわ。王位継承権第1位の母后はそれを拒否。そして第2位のわたくしは、同盟締結の条件として降嫁をすることにより、その権利を失いました。では――この国の王座に就くべき人物とは、今どこにいる、どなたになるのかしら? こちらにおいでの皆さま方には、当然おわかりですわよね」 会議室の奥にある豪奢な椅子を指差しながら、言葉とは裏腹に、輝くような笑顔でそう言い放ったアンリエッタ姫の瞳は、彼女が最も信頼する忠臣にして、遠縁の伯父――王位継承権第3位を持つ、ラ・ヴァリエール公爵に向けられていた。 姫君の元へ、黒木の箱を持ったデムリ財務卿がそろそろと歩み寄った。そして、姫の机に箱を置くと、礼をする。「ありがとう、デムリ財務卿」 礼を言うと、アンリエッタは箱の中身を取り出した。それは、立派な襟飾りのついた漆黒のマントだった。その裏地は紫色で、全面に金糸で百合の紋章が縫い込まれている。 そのマントを見た会議室中がどよめいた。「あれは、まさか……」「国王陛下の……!」 突然の事態に呆然と立ち尽くすラ・ヴァリエール公爵の元へ、アンリエッタ姫はしずしずと歩み寄ると、手にしたマントを彼に差し出した。「これは、先々代国王『英雄王』フィリップ三世陛下が戦場で纏っていたという王家のマントです。受け取ってもらえますね? 王位継承権第3位――いいえ、第1位継承者のラ・ヴァリエール公爵。わたくしたちは、この混乱を乗り切るために『強き王』を必要としているのです」 半年前の彼がこんな不意打ちを受けていれば――畏れおののき、その場で腰を抜かしていただろう。それを纏うのは姫さまの役目であると、突き返していたかもしれない。 ――このマントを受け取るということは、これすなわちトリステインの国王として即位するに等しいからだ。 しかし、今の彼は腰を抜かしたりしなかった。愛娘ルイズの<虚無>覚醒と、これまで積み重ねてきた経緯によって、彼は既に、国を背負うための準備と覚悟ができていた。 ラ・ヴァリエール公爵は、姫君の前に恭しく跪くと、頭を垂れた。アンリエッタ姫は、彼の側へそっと近寄り、手にしたマントを公爵の広い背にかける。「ラ・ヴァリエール公爵。いいえ、あなたはもう公爵ではありませんわね。さあ、立ち上がって皆にその御姿を見せてくださいまし」 英雄王のマントを身に纏い、立ち上がったラ・ヴァリエール公爵の背を――始祖の祝福であろうか、偶然ガラス窓から差し込んだ光が眩く照らし、後光のように輝きを放った。 マザリーニ枢機卿は臣下の礼をとり、杖を持つ手を天にかざした。「新国王陛下、万歳。陛下の御代に栄光あれ」 その声は、さざ波のように会議室を渡って広がっていった。「新国王陛下万歳!」「トリステインに、新たな国王陛下が誕生された!」「トリステイン国王陛下万歳!」 会議室の熱狂は、外まで広がっていった。善き報せは王宮を駆けめぐり、やがて城外にまで鳴り響いた。 だが、そんな熱狂とは対極にあるリッシュモン高等法院長は、震えながら席を立った。その顔からは血の気が失せ、深雪のように白くなっている。「こ、こんな、こんなことが……」 声を震わせる高等法院長に対し、アンリエッタは不思議そうな顔で訊ねた。「どうなさいました? リッシュモン高等法院長。わたくしは、法に則った発言をしただけですわ。法を司るのは、あなたの役目ではありませんか。何か問題があるのなら、政府議会の定例に則り、挙手の後に改めて発言なさればよろしいのではありませんこと?」 しかしリッシュモンは姫君の言葉には耳を貸さず、足を踏み鳴らして会議室を後にしようとした。彼の部下である参事官たちと、複数の高級官僚がその後に続く。だが、彼らの足よりも新国王の手のほうが早かった。「近衛! 今外へ出ようとした者たち全員を拘束せよ」 命令を受けた近衛兵たちが、リッシュモン他一同の前に立ち塞がる。「おのれ、このような無法……許されることではないぞ!」 歯をむき出して怒るリッシュモンに、新国王は静かな湖面の如き表情で告げた。「卿らの言い分は、アルビオン軍を追い払ってからじっくりと聞くことにしよう。それまでは、地下の特別室で余暇を過ごしたまえ。お世辞にも居心地よい部屋とは言えんが、これからの展望について深く考えるのには相応しい場所だろう。鉄格子の外には、実に興味深い道具類が並んでいることだしな。おっと、近衛兵諸君。言うまでもないことだが、彼らの持ち物は全て取り上げるように。不幸な事故があってはいけないからな」 リッシュモン高等法院長以下が地下牢へと引っ立てられていく間、マザリーニは今しがた起きた一連の――姫君が仕組んだ新王誕生劇から、宮廷に巣食う害虫退治に至る出来事を思い起こし、彼としては珍しくも、ただただ呆然としていた。 なんとアンリエッタ姫は、外敵の侵攻という混乱を最大限に利用し、多くの証人たちの前へ病身の母親を引きずり出してきたばかりか、太后が持つ王位継承権の放棄を自ら口に出させ、さらには宝物庫の奥で埃をかぶっていた古いマントを1枚取り出すことで、国を割ることなく公爵を王座に就けてしまった。 法的な観点からも、全く文句の付け所がない、完璧なる新王の誕生劇。わずか17歳の姫君が、たったひとりでこれを考え、成し遂げてしまったのだ。自分では、ここまで巧く事を運ぶことはできなかっただろう。 そんな枢機卿の様子に気付いたアンリエッタ姫は、まるで煌めく春の陽光のような微笑みを浮かべながら言った。「『使えるものは、なんでも使う。それが政治の基本』これはあなたの口癖でしたわね、マザリーニ先生」 マザリーニは、思わず熱くなった目頭を押さえた。避けられているとばかり思っていた己の言葉は、しっかりと姫君に届いていたのだ。「姫殿下のご成長、まこと嬉しく存じます……」 帽子を取って礼をした枢機卿に、アンリエッタは言った。「枢機卿。いまはわたくしのことよりも、なすべきことをなさってくださいな」 アンリエッタ姫に促され、マザリーニは静かに頷いた。そして未だ正式な手順を踏んではいないとはいえ、新たに国王となった人物の前に跪いて質問した。「現在の状況がゆえに、戴冠式諸々の儀式については後回しにせねばなりませんが……国王陛下におかれましては、統治名は如何なさいますか? トリステインの伝統に則り『ピエール一世』もしくは『ヴァリエール一世』陛下とお呼びしても?」 新国王は顎髭に手をやり、少し考えると口を開いた。「いや。わし……余は『サンドリオン一世』を名乗ることとする」 再び会議室内が騒然とした。それはそうだろう、サンドリオン(灰かぶり)などという名前が国王に相応しいものとは到底思えない。しかし、自ら灰をかぶるなどと言い出した新しき王は、静かに響き渡る声で、こう宣言した。「これから、余は多くの灰をかぶることになるだろう。それは戦禍によるものなのか、長きに渡る王座空位によって降り積もった悪しき慣習を破壊することにより生じるものなのかはわからない。だが、先頭に立ち、その役割を負うべきは……国王なのだ。余は、その困難から逃げることなく職務を遂行することを、ここに誓うものである」 会議室が水を打ったように静まり返った。この統治名は、まぎれもなく新王の決意表明なのだ。それを理解した宮廷貴族たちは揃って席を立ち、絨毯敷きの床へ跪いた。「さて。これより先、為すべきことは山ほどある。よって、これからの諸君らの助力に大いに期待する。現在我がトリステインは、大いなる危難に見舞われている。余の国王として最初の仕事は、外敵を排除することだ。これは恥知らずにも不可侵条約を一方的に破り捨て、我が国に侵攻を開始したアルビオンの軍勢を打ち破るまで続くものとする」 静寂に支配された会議室の中で、再びラ・ヴァリエール公爵改め、トリステイン新国王サンドリオン一世の声が響いた。それは、獅子身中の虫どもにより堰き止められていた、川の流れを解放する一撃となった。「マザリーニ枢機卿」「はい、陛下」「まずは、軍事防衛同盟に基づいた援軍の派遣を、ゲルマニア大使館へ向けて打診するように。その後、速やかに国内の情報統制を行うこと。毒虫の炙り出しも卿に任せる」「かしこまりました」「それから……グラモン卿」「はッ」「王軍は、余が自ら率いる。卿には、補佐役を頼みたい」「ありがたき幸せ」 もはや偶然の事故だの、不可侵条約がどうこうなどという馬鹿な讒言を口にする者は、誰もいない。出陣の準備は、着々と進んでゆく。「マンティコア隊隊長、これへ」 ごつい身体に厳しい髭面の隊長ド・ゼッサールが、国王の前へ進み出てきた。「『アテナイス』の様子はどうだ?」 隊長は、その顔に戸惑いの表情を浮かべた。「年齢のせいか、日々気難しくなってきております。最近では、気が向いた時しか隊員の騎乗を許そうとしません」「能力については?」「30年前より、一度たりとて『最強』の名を譲り渡しておりません」 それを聞いたサンドリオン一世は、強く頷いた。「『アテナイス』に騎乗の上で、余が全軍の指揮を執る。中庭へ引いて参れ」 国王の御下命に、隊長は慌てた。「いえ、ですが先程申し上げました通り、かの幻獣は」「サンドリオンが騎乗すると言え。あやつならば、それだけで飛んでくる」 そこまで言うと、国王は会議室を出て中庭へと向かった。ド・ゼッサールは、大慌てで厩舎へ向けて駆け出した。国王の後にはグラモン元帥――そして、花嫁姿のアンリエッタ姫が続く。彼女がついてきたことに気付いた王は、歩きながら振り返ると言った。「姫殿下。ここから先は、我々の仕事です」 しかし、アンリエッタは頷かなかった。「わたくしは、もう姫ではありませんわ」「お輿入れを控えた、大切なお身体ですぞ」「わたくしには『始祖』より受け継いだ魔法があります。どうかお連れくださいまし」「戦場に女が立ち入るなど、聞いたことがございませぬ」「いいえ、そんなはずはありません。だって、わたくしは母后から聞いて知っているのですよ。王国魔法近衛衛士隊の『伝説』について」 アンリエッタがそこまで言ったところで、一同は中庭へ到着した。すると、そこではちょっとした小競り合いが起きていた。年老いたマンティコアと、その横に立つ魔法衛士隊の制服を着て、顔の下半分を鉄仮面で隠した人物を、グリフォン隊の隊員たちがぐるりと取り囲んでいる。「どうなさいました? 隊長殿」 アンリエッタは、件の人物を目に留めて、驚きの声をあげた。「まあ。彼はマンティコア隊の衛士ではないのですか? どうしてこんなことになっているのです?」 その疑問に、グリフォン隊の隊長ワルドが答えた。「それが……王宮上空の飛行禁止令を無視して、この中庭へ飛び込んで参りまして」「ここへ至るまで、足止めができなかったと? 空で最速を誇る、グリフォン隊ともあろうものが?」「は、はあ……」 なんとも歯切れの悪いワルドに助け船を出したのは、国王サンドリオン一世だった。「かの人物を呼び寄せたのは、余が為したことなのだ。どうか、彼を責めないでやって欲しい。それに、たとえ魔法衛士隊が全力を持って取り囲んだとしても、足止めなど到底不可能だっただろう」 顔中に疑問符を浮かべているアンリエッタ姫とは対照的に、グラモン元帥は両手を広げ、満面の笑みで件の人物を迎えた。「カリン! まさかきみが来てくれるとは。まさしく千人力を得たに等しいよ」 グラモン元帥の発言に、周囲は騒然となった。「カリン? カリンですと!?」「まさか、あれが伝説の『烈風』殿とな……!?」 アンリエッタはぽかんと口を開けて、伝説と謳われた騎士を見つめた。カリンはつかつかと姫君の前へ歩み寄ると、膝をついた。「先代マンティコア隊隊長カリン・ド・マイヤールにございます。ラ・ヴァリエール公爵の命により、参上仕りました。王家に変わらぬ忠誠を」「まあ、まあ! あなたが、あの『烈風』カリン殿なのね?」「はい。その名をご存じとは、光栄にございます」「ご存じもなにも、有名ではありませんか! 王国魔法衛士隊の伝説! あなたの数々の武勇伝を聞きながら、わたくしは育ったのですわ!」 アンリエッタはおてんば姫だった頃の表情に戻り、カリンの手を取った。「それにしても、あなたが陛下に所縁の人物だっただなんて。30年ほど前、突然風のように王宮を去ったと聞いていましたが、ヴァリエール領にいらしたのね」「陛下……?」 事情がわからぬといった目をしたカリンに、アンリエッタは説明した。「つい先程、この国に新たな国王陛下が誕生したのですわ。そうですわね? サンドリオン一世陛下」 その名を聞いて、カリンの目が大きく見開かれた。そして、一瞬だけ柔らかな光が宿った後、静かに消えた。「ここへ来る前に、ちょうど陛下にあなたの話をしようとしていたところだったのです。実はわたくし、母からあなたの秘密を聞かされておりますのよ! 本当は女性。そうよね? そして名を偽り、男として魔法衛士隊で働いていた。違いまして?」 姫君の言葉に、周囲がざわついた。「女性……カリン殿が!?」「そんな馬鹿な、魔法衛士隊は女人禁制だぞ」 カリンは、困ったように夫の顔をちらりと見た。サンドリオン一世は頷くと、鉄仮面を外すよう、妻に命じた。ゆっくりと、彼女の素顔が露わになる。 仮面の下に隠されていた顔を見て、アンリエッタは目を丸くした。ワルド子爵やグラモン元帥など、事情を知る一部の者を除いた宮廷人たちも、これには驚いた。「公爵夫人! ラ・ヴァリエール公爵夫人ではありませんか!!」 カリーヌ夫人は、微笑みながら言った。「夫との結婚を機に、わたくしは近衛衛士隊の隊服を脱いだのです。その時のことは、話せば長くなりますゆえ、今はご容赦願います」 と、そんな混乱に満ちた中庭へ、さらなる混乱が飛来した。『アテナイス』こと、年老いた巨体のマンティコアがド・ゼッサールの制止を振り切り、飛び込んできたのだ。 老成したマンティコアは、サンドリオン王の前に降り立つと、愉快げに笑った。「ホホホホ、マンティコア隊伝説の四衛士のうち3人が揃っているとは、面白いわえ。今度の敵は、アルビオン人とな? 腕が鳴るわえ」「久しいな、アテナイス。おまえは相変わらずのようだが」「そういうお前はずいぶんと老けたわえ、サンドリオン」「当然だ。あれから30年以上経っているのだからな」 そう言うと、サンドリオン王はアテナイスの手綱を取った。 それを見たアンリエッタは、大声で叫んだ。「誰か! わたくしの馬車をここへ!」 姫君の命で、聖獣ユニコーンが繋がれた馬車が引かれてきた。「姫殿下……」 心底困り果てたようなサンドリオン王に向けて、アンリエッタは微笑み返した。「奥方……いいえ、王妃殿下とお呼びしたほうが相応しいですわね。カリンさまが出陣するんですもの、わたくしが同行したところで、ちっともおかしくありませんわ」 言いながらアンリエッタは、馬車からユニコーンを一頭外し、その背に跨ろうとした。だが、それをサンドリオン王が止めた。どうにもまだ臣下としての感覚が抜けきっていない彼は、ほとほと参ったといわんばかりの顔で、姫君に声をかけた。「姫さまの決意の程はわかりました。しかしながら、花嫁衣装を着たまま戦場へ向かうというのは、さすがにどうかと思うのですが」「……着替えのお時間をいただけますの?」「できうる限り、早急に願います」「その隙に出陣するのは、おやめいただけますわよね?」「『始祖』に誓って、そのような不埒な真似はいたしませぬ」 ウェディングドレスの裾をたくし上げ、大急ぎで宮殿の中へと駆け戻っていくアンリエッタを見送りながら、サンドリオン王はがっくりと肩を落とした。「わし……余が中心になって指揮を執ろうとすると、昔からこう毎回のように締まりがなくなるのは、何故なのだろうか」 それを聞いたグラモン元帥が、思わず吹き出した。「まあ、いいんじゃないか? ボクたちらしくて」 若き日のような物言いをしたグラモン元帥は、王となった盟友の肩をぽんと叩いた。 気を取り直すようかのように新王はアテナイスに飛び乗ると、杖を天高く掲げた。「これより、余が全軍の指揮を執る。近衛! 各連隊を集めよ!!」 中庭に揃っていた魔法衛士隊の面々が一斉に敬礼し、四方へ向かって駆け出した。 アルビオンの宣戦布告から新国王即位、伝説の再来、勇気に満ちあふれた姫君の同行。たったの一日で、目まぐるしく状況の変わったトリステインであったが、王軍の士気はすこぶる高かった。 ――こうして。後の世にまで語り継がれる『ユグドラシル戦役』の火蓋は切られた。