――ニィドの月、フレイヤの週、ユルの曜日。 ハルケギニアが最も暑くなる、8月の開始直後。太公望たち『治療チーム』の一行が、トリステイン魔法学院へと帰還する日がやってきた。 夏休みの間はそのまま実家に残ると思われていたキュルケも、彼らと共に魔法学院へ戻ることになった。 これは、タバサたち母娘が療養をしている間に、ゲルマニアの首府ヴィンドボナの観光を――もちろんキュルケの案内、しかも二人っきりでしてきたコルベールが、そこで目にした冶金技術に大いに触発され、一刻も早く魔法学院に戻り『ゼロ戦』をより詳しく研究したいと言い始めたからである。そう、彼女は燃える想いを胸に、彼の後についてゆくことを選んだのだ。 ちなみにその間、太公望はなにをしていたのかというと……あてがわれた部屋に籠もり、借り受けた本を片手にだらだらしていた。彼が観光に出なかったのは、キュルケの持つ雰囲気を察していたことと――万が一にも、他者にフーケとの繋がりを割り出されたくなかったがために、出来る限り街へ姿を現さないようにしようと考えていたからだ。 ……単純に面倒だったという説もあるが、あえてここは前者を推す。 太公望にとって、三食昼寝付きに加え、徹底的に気を抜くことができたこの療養期間は、久しぶりに獲得できた、最高の休日であった。もうひとりの使い魔がこれを聞いたら、血の涙を流すこと請け合いである。 なお、オルレアン公夫人と従僕のペルスランは、フォン・ツェルプストーの城に残ったままだ。未だに新居や、移住のために必要な準備が整っていないからだ。 とはいえ、直接タバサたちが動くと数々の不都合が生じるため、現在『夏休みを貰って海外旅行中』である、太公望の秘書が戻ってくるのを待つ手はずになっている。それまで、彼ら元ガリア王族の主従ふたりは、この城へ滞在することが決まっていた。 愛する母と抱擁を交わし、涙を流す従僕の手を取って再会を約束したタバサは、改めてキュルケと彼女の家族たちへ礼を述べると、フォン・ツェルプストー家で用意してくれた火竜の背に乗り込んだ。 ――それから数時間後。 現在いる場所が空の上という、ほぼ完全なる『プライベートを保てる空間』ということを鑑み、一行は今後のために情報の交換を行った。 まずは、例の<夢渡り>の件である。太公望本人としては、あまり明かしたくない内容であったのだが――技術の話題に飢えているコルベールが、期待に顔中を輝かせているのを見た太公望は、自分の『罪』を明かしてまで今回の依頼を受けてくれた『対価』として、話せる部分のみを開示することにした。「もともと、あの<夢渡り>は、わしの師匠の同僚が開発したものなのだ。誰か、わしがタバサの母を治療している最中に口にした言葉を覚えておるかのう? 例の<意志>を封じ込んだときの話なのだが」 コルベールは少し考え、関連しそうな内容を思い出した。「それは『夢とは、無限の宇宙に例えられるほどに広大な別世界である』と、いうあれのことですか?」 太公望は頷きながら言った。「そうだ。そもそも『夢』とは、意志を持つ生物が、自らの持つ想像力と、自己の根幹たる魂魄を結びつけて無意識に構築する、現実とは異なる<別世界>なのだ。そこに干渉するための技術を生み出したのが、先程挙げた人物なのだが……」「だが?」「三度の飯より寝るのが好きという困った人物でな、隙を見てはすぐに眠ってしまうのだ。しかも、一旦寝てしまうと、起こすのがとにかく大変で……まあ、それはさておき。そんな彼が『究極の眠り』を追求するために生み出したのが、あの技術なのだ」「何か、問題でも?」「あたしは、素晴らしい技術だと思うんだけど」「同じく」 げんなりした顔でぼやく太公望を、不思議そうな顔で見つめる一同。「あの<フィールド>はな……前に、タバサとキュルケにはちらっと話したと思うのだが、自在に操れるようになると、ものすごく面白いのだ。そのせいで、放っとくと<夢世界>の中にいる者は、永遠に眠り続けてしまう。結果、周囲が大迷惑を被るのだ」 それを聞いたコルベールが、研究者らしい疑問をぶつけてきた。「寝ている間の食事や、その他の生理現象についてはどうなるのですか?」「そこがまたうまいこと出来ておってな、あそこにいる間は、生命維持のために必要なエネルギーの消費が、普通に眠っている時の数千分の一以下にまで抑えられるため、なんと1年近くもの間、完全に飲まず食わずのままでいられるのだ。筋力が落ちるなどの弊害もほとんどない。だからこそ質が悪いのだよ」「もしかして、過去に何かあったんですか?」 そう問われた太公望は、がっくりと肩を落とした。「わし、その<フィールド>に巻き込まれて、うっかり半年近く眠ってしまったことがあってな。危うく何年もかけて準備していた最終決戦に、遅刻するところだったのだよ……」「誰か、起こしに来てくれなかったんですか……?」 額の汗を拭きながら尋ねてきたコルベールに、太公望は苦々しげに答えた。「不幸中の幸い、もとい不幸中の不幸というか。その『開発者』の住居は、秘中の秘とされておってな。居場所を知る者が、誰もいなかったのだ。前もって知らせることすら禁じられておったしのう。おまけに周の外であるため、通信機の圏外で……わしの居場所を逆探知することすらできなかったらしい」 実際には、必死の思いで彼を起こそうと努力していた者が、すぐ側にいたのだが――完全に<夢世界>の中に閉じこもっていた太公望は、その声で目覚めることはなかった。たとえ他の人物がいたとしても、それは変わらなかっただろう。「自分で起きようとは思わなかったの?」 首をかしげながらタバサは問うてきたタバサに、太公望は答えた。「それなのだが。あの<フィールド>に巻き込まれてしまうと、そこが『夢』であることをなかなか自覚できないのだよ。しかも、時間の経過が一切わからなくなる」「そういえば、あたしも最初、あれが夢だとは思わなかったわ」「私もです。もっともあそこは、別の意味で夢の世界でしたが」 ハルケギニアよりも遙かに進んだ技術によって造られているとおぼしき大都市を、彼方に見下ろす不可思議な『窓』や、奇妙奇天烈な家具たち。青白い炎を吹きながら、星の海を目掛けて飛んでゆくフネの姿。『伏羲の部屋』は、新技術に目がないコルベールにとって、まさしく夢の光景そのものであっただろう。「そうであろう? おまけに、わしは例の『開発者』から、助力と技術の提供を請うために彼の居た国へ赴いていたため、自分が巻き添えで長期間眠ってしまっていたことに、全く気付けなかったのだ」 直接的な助力を得られなかった代わりに、超宝貝『太極図』を授けられ――くどいようだが、カツアゲしたと言ってはいけない――自分用にカスタマイズされたそれを使いこなすため、太公望は<夢世界>の中で激しい修行を行うことになったのだが……その際、外でどれほどの時間が経過しているのか、一切わからなかった。 その後<夢>の支配者に『安眠妨害になる』という理由で外へ叩き出されるまで、なんと6ヶ月も眠り込んでしまったというのだから、怖ろしい話である。「まあ、その夢の中で<夢渡り>を含む各種フィールドや『解析』のために有用な技術を教えてもらえたので、修行期間だと割り切ることにしたのだが……周軍に戻った直後は、部下たちからは愚痴られまくるわ、国王陛下の視線が痛いわで、もの凄く面倒だったのだ」 それを聞いたキュルケが、苦笑した。「半年近くも王軍元帥、しかも参謀総長が、大きな戦争の前に行方不明になったりしたら、ねえ……」「もう少し帰還が遅れていたら、危うく副官に主役の座を奪われるところであったわ!」 大口を開けて叫んだ太公望に、なんともいえない視線を向ける一同。それに気付いた太公望は、こほんと小さく咳払いをすると、話を戻す。「ともかくだ、そういうわけなので、わしがアレを使うときは、必ず近くに起こしてくれる者を配置するようにしておるのだ。見張りにもなるしのう」 タバサは、納得したといわんばかりに頷いた。「いくら生死に関わらないとはいえ、それほどの長期間寝たきりになってしまうというのは怖い。あなたが<遍在>を出せと言う理由が、改めてよくわかった」「もしも、また<夢世界>を体験したいというのであれば、再び展開しても構わぬ。わしの都合がつく時に限るがのう。ただ……あまりやりすぎると、夢と現実の区別がつかなくなるため、もうしばらく時間を置いたほうがよい」「なるほど、了解しました。ところで、もうひとつお伺いしたいことが……」 コルベールの申し出に、太公望はニヤリと笑った。「例の<先住魔法>を封じたアレの件について、であろう?」「その通りです。もちろん、軍の機密に関わるというのであれば結構です」「あれは、このハルケギニアではまず間違いなく『異端』とされる技術であることと、いまコルベール殿が言ったように、軍事機密に関わることでもあるので、申し訳ないが、詳しく教えることはできぬ。ただ、これだけは言っておく。現時点のわしでは<夢世界>の中にいる時しか、あの<技>を使うことができぬのだ」「つまり、以前は夢の中以外でもできていた……と、いうことですな?」「そうだ。ただし……あれを『現実世界』で実際に行うためには、既にタバサには話してある、とある人物の助力が必須となるのだ。本来、わしひとりでやれるものではない」 タバサは、もちろんその人物について思い当たった。今後のことを考えると、念のためキュルケとコルベール先生にも話しておいてもらったほうがいい。そう考えた彼女は、小声で太公望に耳打ちした。 いっぽう、タバサの助言を聞いた太公望も、彼女と同様、事情を話しておいたほうがよいと判断した。彼の危険性を知らせるため、さらに――これまでに生じた、年齢その他に関する情報の齟齬を何とか誤魔化すといった意味あいで。 ――そして、太公望は自分の『兄』王天君について語り始めた。最悪の場合、その人物が現ガリア王家の使い魔になっている可能性があることも含めて。「ミスタ・タイコーボーにも、双子の兄弟がいただなんて……」「お互いの関係を知らずに、命の取り合いとは……なんという……」 既に、タバサから現在行方不明となっている双子の妹について教えられていたキュルケとコルベールは、<サモン・サーヴァント>によって巡り会ったふたりの間に存在する、あまりにも多くの共通点に、驚きを隠しきれなかった。 特にコルベールは、タバサについては事情を教えられていたものの、太公望が歩んできた『復讐の道』については初耳だったため、驚愕した。そして、これを聞いた彼らは、タバサの選択についても大いに納得がいった。 だが、コルベールはひとつ疑問にを覚えたため、それを素直に口にした。「しかし、双子であるからには、自然と姿形が似通うものだと思うのですが」「普通はな。だが、わしと兄が初めて出逢った時、わしは既に今の姿になっていた。そのため、見た目と年齢が合わなかった。いっぽう、帝国軍によって肉体改造実験を施され、妖魔に変えられてしまった王天君に残っていたのは、人間であった頃の……わずかな面影だけだった。これでは、互いに気付けなかったのも無理はない」 それを聞いたコルベールは、ごくりと唾を飲み込んだ。「有能な水メイジが、死者の肉体の一部を、別の者へ移植することに成功したという話は、<魔法実験小隊>に所属していた頃に、何度か聞いたことがありますが……身体そのものを別種の生物に『改造』してしまうなどという、神をも畏れぬ所行については――さすがの私も、初めて耳にしました」 コルベールの声は、恐怖に震えていた。無理もない、彼はこの世界における科学者の走り的な存在ではあるが、専門はあくまで自然科学と機械工学系である。生物に対してそのような行いをするなど、考えたことすらなかったのだから。「戦争というものは、人間をどこまでも残虐なものに変えてしまうのですな」 吐き出すように紡がれた恩師の言葉を聞いて、タバサは思った。人間ではないモノに肉体を変えられる。それがいったいどれほどの恐怖を伴うものであるのか、想像もつかない。だからこそ、太公望の兄はそれに耐えきれず『心』が壊れてしまったのだろうと。 それから、しばらくして。ずっと黙り込んでいたキュルケが、ぽつりと呟いた。「あたし、ずっと疑問に思っていたんだけれど……今の話を聞いて、ほとんど確信に変わったわ。ねえ、ミスタ。例の『女狐』さんって、間違いなく妖魔か――エルフだったんじゃありませんこと?」 キュルケの発言に、タバサとコルベールはぎょっとした。しかし、太公望は動じるどころか、小さく笑って頷いてみせた。「さすがだな、キュルケ。その通り、かの『女狐』めは数千年の刻を生きる上級妖魔だ。しかし、何故そう思った?」 キュルケは、その顔に、どこか悲しげな笑みを浮かべながら答えた。「だって、そうでもなきゃ説明がつかないんだもの。年齢のことはもちろんだけど、あの『烈風』カリンと互角に撃ち合えるほどの技術があって、しかも本物じゃないとはいえ、エルフを前にして怖がるどころか、完封しちゃったミスタが手も足も出ずに負けるような相手なんて……人間であるはずがないじゃない」 太公望は、キュルケの発したこの言葉を受けて、露骨に顔を顰めた。「失礼な! よりにもよって、このわしを化け物呼ばわりかい!!」「え~、だって……」「キュルケよ。おぬし、どうもおかしな誤解をしておるようだが……本物の妖魔である、かの女狐はともかくとしてだな! わしや『烈風』殿は、状況の持っていきかた次第で、いくらでも普通の人間が対抗しうる相手だぞ? それこそ、平民でもな」 そんな馬鹿な! そう言い募るキュルケとタバサに、太公望は思わず苦笑してしまった。実際、彼の言葉は嘘でもなんでもないからだ。「そう難しいことではないよ。コルベール殿なら、わかると思うがのう」 話を振られたコルベールは、頷いた。「あの『試合』のような、真っ向勝負を仕掛けなければいいだけの話です」「その通りだ。そういう意味では、わしはおぬしとは間違っても敵対したくない。ある意味おぬしは『烈風』殿よりも、数段厄介だからのう」 トリステインの暗部である<特殊部隊>の元指揮官、つまり『裏側』の戦い方に精通している。おまけに自然科学の一部を理解し、それを魔法に生かすことのできる、ハルケギニアでは非常に珍しい類のメイジ。それがコルベールの正体だ。 そう――太公望の中で、現時点におけるコルベールの戦闘面に関する総合評価は、なんとあの『烈風』カリンよりも高かったのだ。 もちろん<力>に関しては、比べるまでもなくにカリンのほうが上だ。しかし騎士道精神に溢れ、真正面から堂々と仕掛けてくる彼女とは異なり、言い方は悪いが平然と『汚い』戦い方ができ、かつ、静かに這い寄って即死級の<火>を放てるコルベールのほうが、1対1という状況下においては数段怖ろしい。そう判断しているのだ。 と、そこへタバサがボソリと追従した。「先生の杖2本同時持ちも、凄かった……」 タバサの言う『2本同時持ち』とは、例の治療時にコルベールが行った、メインの杖とスペアの杖を用いて、左右両手に<炎の刃>を出現させたことである。「いやいや、あれは文字通り『夢中』だったからで、普段からできるようなことではありませんぞ」 慌てふためいたコルベールに、彼にとっては思いもよらぬ言葉が飛んできた。「そんなことはないぞ、あそこでやれたことは、現実世界でも実際にできる。わしのように特別な制限がない限りはな。おそらく、あの手術を切っ掛けとして、コルベール殿は『複数同時展開』に目覚めたのであろう。それができるだけの素養は、充分にあったからのう」 太公望からそう告げられて、コルベールは自分の両手をまじまじと見つめた。と、そこへさらなる追い打ちが来た。「おそらくだが、今、コルベール殿が杖を両方の手に1本ずつ持った状態で<フレイム・ボール>を唱えたとしたら――2個同時に<火球>が飛んでいくと思うぞ。しかも、それぞれ思い通りの場所へ、個別にな」「ええーッ! なにそれ!!」「……コルベール先生も、やっぱり規格外だった」 驚きのあまり、あんぐりと口を開けた女子生徒ふたりに、太公望は言った。「いや、規格外云々ではない。もともと『複数同時展開』とはそういう技術なのだよ。もっともコルベール殿は、わしと同じで戦いを好まぬ質であるし、そもそも魔法は戦闘だけに使うものではない」 魔法は、戦いのためだけに存在しているわけではない。その言葉を受けたコルベールは、改めて件の『2本同時持ち』について考え――そして、すぐさま自分にとって最善の解答に辿り着いた。「そうか! 例えば、同時に複数の<レビテーション>を扱うことができれば……宙に浮かんでの観察中に、1本目の杖を使って自分を浮かせながら、2本目の杖で同時に、遠くに置いてある資料を手元へ引き寄せたりできます。複数同時展開か! これは、頼りになる助手がひとり、手元についたようなものですな!!」 それを聞いた太公望は、嬉しげに頷いた。やはり彼は根っからの技術者なのだと。「その通りだ、コルベール殿。ただし、杖2本ということは……当然、消費する<精神力>も2倍になる。そういった意味では1本での同時展開を覚えたほうが、ずっと効率がいい。もちろん、両方使いこなせれば選択の幅が広がるので、便利ではあるがのう」 <炎の嵐(ファイア・ストーム)>のような、属性を重ねる必要のある――『同時展開』が非常に難しい類の魔法を複数個、それも容易に操れるというのは、とてつもなく貴重な技能だ。この太公望の言葉を聞いたキュルケは、思わず口を開いた。「ねえ、ミスタ? 前に、あたしは一撃の威力を上げる才能があるから『複数同時展開』は諦めたほうがいいって仰ってましたけど……コルベール先生みたいな方法でも、やっぱり難しいんですの?」 キュルケの問いに、太公望は難しい顔をして答えた。「残念だが、本来『二刀流』は、習得までに相当な努力を必要とされる技能なのだ。展開へ導くための知識と技術、その上『複数思考』が要求されるだけではない。杖との複数同時契約と、体内における力流の分割という別種の技まで必要となる。ハッキリ言うが、今から練習を始めたとして……身に付けるまでには、最低でも10年はかかるぞ」 キュルケの肩が、がっくりと落ちた。何故かタバサまでうなだれた。「……やっぱり、コルベール先生は規格外だった」「これ、タバサよ。そのような誤解をしては、彼に対して失礼だ。あれは、コルベール殿がこれまで積み重ねてきた経験があってこそ、可能となった技術なのだ。才能だけでどうにかなる程度のものではない」「ちなみに、ミスタは『二刀流』が可能ですの?」「いや、無理だ。そもそも、わしは杖1本での『複数展開』ができる上に、使える<術>の種類が少ない。よって、習得する意味がないのだ」「ああ、そういえばそうでしたわね……」「なるほど、理解できた。コルベール先生、申し訳ありません」「いや、ミス・タバサ。気にしないでよろしい」 ――太公望が『二刀流』を扱えない理由。それは、単に『打神鞭』が1本しかないというだけのことなのだが、もちろんそんなことは口に出さない。「代わりといってはなんだが、キュルケには『込める』才能がある。これは、あえて通常より多くの<精神力>を魔法につぎ込むことにより、威力を大幅に増強するための技術だ。以前と比べて<力>のコントロールが格段に巧くなっておるので、そろそろそっちへ修行内容を移行しようと考えておったところなのだが、夏休み中に試してみるか?」「もちろん!」 キラキラと瞳を輝かせ、即答した親友を羨ましそうな顔で見つめていたタバサは、ちらと己のパートナーを見た。すると、そこには……待ってましたと言わんばかりに視線を投げかけてくる、太公望の姿があった。 あの目。彼は、間違いなく何かを企んでいる――それに気付いたタバサであったが、しかし。続いて太公望から出てきた言葉によって、彼女は完全に我を忘れてしまった。「タバサには、いよいよ次の段階――『空間座標指定』と『複数同時展開』習得用の課題を渡す。『烈風』殿と同様に、わしの『使い分け』をほぼ完璧に見切ることができていたということは、すなわち! それをするための準備が整ったに等しいからだ」 遂に来た! タバサの両手に力が籠もる。これで、例の『天使の羽衣』を存分に生かすことができる。おまけに、彼女にとっての憧れであった『空間座標指定』つきだ。喜ばないほうがおかしい。 ――周囲の者たちが強くなってくれれば、そのぶんだけ自分の負担が減る。つまり、ぐうたらできる時間が増える。相変わらず、将来の平和と怠惰のために、今の努力……現在の仲間育成に余念がない太公望であった。○●○●○●○● ――その翌日。 道中、眼下にあったそれなりに設備の整った宿屋で一泊し、その後ものんびりと空の旅を楽しみつつ魔法学院の玄関前に降り立った一同を出迎えたのは、太公望を見た途端、何故か慌てふためいてすっ飛んできたメイドの少女、ローラであった。「みみみ、ミスタ・タイコーボー! お、お客さまが! 学院長室で……」 どうやら、太公望ひとりで来いということらしい。狸ジジイめ、また何かやらかしおったか!? 太公望はそんな風に考えつつ、タバサたちへ先に部屋へ戻っているよう伝えると、ローラの案内で学院長室へと出向いた。 ……そこで待ち受けていたのは。「わた、わた、わたし、ま、魔法が……つつ、使えなくなっちゃったの!!」 泣きながら飛びついてきたルイズと、困惑げに立ち尽くす学院長、そして恐縮した様子で自分を見つめてくるルイズの姉エレオノールであった。 ――それから30分ほどして。 どうにかルイズを落ち着かせ、詳しく話を聞いた太公望は、学院長室のソファーの上で腕を抱え込みながら思案に暮れていた。 ルイズの話はこうだ。 遂に<虚無>に目覚め、その際に最初の魔法として<瞬間移動>を習得した。そして、今まで毎日練習を繰り返していたのだが、今朝になって突然<瞬間移動>が一切発動しなくなったというのだ。おまけに<念力>まで、ほとんど使えないらしい。「具体的に、今<念力>で、どの程度のことができる? たとえば……学院長の机に置いてある、羽根ペンを持ち上げるくらいのことは?」「全然ダメ。持ち上がらないの。せいぜいカタカタ揺れるくらい」「なるほど。と、いうことはだ。つまり、全く魔法が使えなくなったというわけではなく、何らかの原因で、極端に<力>が弱まっているということかのう」 今朝になって突然なのか。それとも、以前から予兆があったのであろうか。太公望は、魔法について詳しく、かつずっとルイズの側についていたというエレオノールから、より詳しい事情を聞いてみることにした。「エレオノール殿。ここ数日間で<虚無>に目覚めたこと以外で、何か変わったことはありましたか? たとえば生活習慣を極端に変えたとか、特に重い荷物を<念力>で運んだといったような?」「いえ、特には。せいぜい、朝起きる時間を1時間ほど早めただけで……って、まさか! この子、極端に寝起きが悪いから、それが影響したなどということが?」「ねねね姉さまこんなところでそんな恥ずかしい話をしないでくださいわたしどうしたらいいのかわからないじゃないですか」 ……と、息継ぎ無しで長姉に抗議した直後に頬をつねり上げられたルイズを見遣りつつ、太公望は呟いた。「就寝時間は変わらず、ですか。しかし、睡眠時間の減少程度で魔法が使えなくなるというのはおかしい。どれ、ちょっとルイズ殿を診てみましょうか……と、学院長、それにエレオノール殿。ここで、例の<フィールド>を使っても?」 例のフィールド。確か、異端すれすれと言っていたアレのことか。即座に思い当たったエレオノールは、内心でほんの少しだけ葛藤したのだが――研究者としての好奇心と、末妹への心配がそれを上回った。「わしは構わん。むしろ頼む」「わたくしもです。どうか、お願いします」「了解した。では、ルイズ。以前の<フィールド>を展開するので、わしが『はじめ』と言ったら、あの羽根ペンに向かって<念力>を唱えるのだ」 その言葉にコクリと頷いたルイズ。そして太公望は『打神鞭』を構えると、床に半跏趺坐(はんかふざ)の姿勢で座り込み、例の『見えないものが視えるようになる』場を創り出したのだが――。「なんだこれは! <器>の中身が、ほとんどなくなっておるではないか!!」 そう――何故か、以前は『大樹』と表現して差し支えないほどに揺らめき、立ち上っていた<力>が、ほとんど消えてしまっているのだ。「う~む。これでは、魔法が使えなくなったのも無理はない。何故こんなことになったのじゃ!?」 オスマン氏が、立派な髭をしごきながら呟いている側で、エレオノールは顎に手を当て、何かを考えている。ルイズに至っては、再び半泣き状態だ。「普通ならば<精神力>は、眠ることで徐々に回復するものなのじゃが……」 オスマン氏の言葉に、エレオノールが補足意見を述べた。「オールド・オスマン。それには日常生活で魔法を使った程度なら、という但し書きをつける必要がありますわ。さらに、気絶する程大きな魔法を立て続けに使用した場合、完全に回復するまでに数週間、場合によっては1ヶ月以上かかることが判明しております。これは、以前我が王立アカデミーで実証された研究内容ですから、確かですわ」 これを聞いて、太公望は閃いた。ひょっとすると――。「ルイズよ。まさかとは思うが、毎日<瞬間移動>を多用しておったのか? それも……短距離ではなく、長い距離を跳躍し続けていたなどということは?」「え、ええ……練習しなきゃって思ったから……」 太公望は、片手で顔を覆った。なるほど、そういうことか……。「あのな、前に<サモン・サーヴァント>の説明をしたのを覚えておるか? そこで、わしはおぬしにとんでもない素質があるという話をしたと思うのだが」「ええ。よく覚えてるわ」「でだ。その際に『空間ゲート』同士の距離が長ければ長いほど、それらを接続するためには多大な<力>を必要とする……と、いう説明をしたはずだ」 太公望の言葉に、ルイズはハッとした顔を見せた。「つ、つまり……長い距離を飛び続けていたから、<精神力>の回復が、眠っただけじゃ間に合わなくなっちゃった。そういうこと?」「おそらくそうだ。『空間移動』は、とんでもなく疲れる技術だからのう」 やれやれと、苦笑いをしながら太公望は肩をすくめた。それを聞いて、居心地の悪い思いをしていたのはオスマン氏だ。なにせ、ルイズに虚無魔法の練習をしろと勧めたのは、彼だったのだから。「自分と目的地までの『距離』を無理矢理ねじ曲げ、縮める。もしくは、対象物を粒体に変換した後に『亜空間通路』を通じて目的地へ超高速で移送し、移動後に再構築するのが『空間移動』の主流だ。こんなとんでもない真似をするわけだから、当然必要とする<力>は多くなる。ちなみに、わしの師匠がこれを利用した<魔法具>の開発に成功しておる」 彼の国では、そんなアイテムまで造り出されているのか! と、驚くオスマン氏とエレオノール。いっぽうのルイズはというと、聞いた内容を反芻しながら、自分の魔法についての見解を述べた。「わたしの<瞬間移動>は、あとのほうに近い感じがするわ。うまく言えないんだけど、何か全身と行き先に『流れ』みたいなものを感じるというか……でも、何かを曲げているような感覚もあるから……どっちなのかって言われると、少し困るかも」「ほほう! それは興味深いな。ちなみに『空間移動』は、通常の<移動系>技術と比べ、圧倒的な速度と距離を稼げるのだが、先に述べた通り、極端に<力>を消耗するという欠点がある。しかし、どうもルイズの場合は、それだけではないように思えるのう」「確かに。普通でしたら、睡眠をとることによって<念力>が使える程度には<精神力>が回復していてしかるべきなのです。なのに、おちび……いえ、ルイズのそれは、正しく回復していない」「エレオノール君の言うとおりじゃ。確かに、これはおかしい」 揃って頭を抱えてしまった研究者たちを見ていたルイズは、既に涙目である。「他に<精神力>を回復する手段と言えば……」 腕を組み、片手で顎を抑えながら考え込む太公望の横では、エレオノールがこめかみを抑えつつ、次善案の検討を行っていた。「そうですわね……やはり『感情の爆発』でしょうか。怒り、喜び、悲しみ。これらの感情と<精神力>は、深く結びついていますから」 太公望は、ポンと手を叩いた。「そうか! エレオノール殿の言う通りだ。うまく、いずれかの感情をコントロールすることができれば、あるいは……」 だが、その意見にオスマン氏が異を唱える。「いやしかし、心を落ち着かせて冷静になる……というならばともかくじゃな、その他の感情をわざと爆発させるのは難しいじゃろうて。いくらミス・ヴァリエールが爆発の名人だとしてもじゃ」「ば、ばば、爆発の名人って酷い! 酷すぎるわ! 学院長、それはあんまりです!!」 思わず、大口を開けガーッとオスマン学院長に喰ってかかったルイズであったが、そのすぐ側では、太公望が再び床に座り込んでいた。「ルイズ。ちと<念力>を使ってみるのだ」「いい、今は、そ、それどころじゃ……!」「いいから、あの羽根ペンを浮かせてみろと言っておるのだ!」 その剣幕に気圧されたルイズは、素直に<念力>を唱えた……すると。「う、浮いた!?」 いつもの通り、ぷかぷかと浮かんだ羽根ペン――そして。「ふたりとも見てみろ、さっきよりも明らかに<器>の中身が増えておる」「ええ……少しだけですが回復、していますわね」「フォフォフォ、思った通りじゃ。怒りの爆発で<精神力>が戻ったか」「さすがは狸ジジイ。自然かつ、実に見事な怒らせ方であった」 そこには――ルイズ本人に気付かれぬよう、こっそりと<フィールド>を再構築し、冷静に観察している研究者たちがいた。「わわ、わざと!? あ、あれ、わざとだったんですか学院長!? し、しかも、これってみんな、わたしが絶対怒るって、わかってやってたってことよね!?」「ほれ見ろ、また<力>が溜まってきておる。母君もそうであったが、ルイズは感情を爆発させることで、体内を巡る<精神力>の回復速度を、一般的なメイジよりも極端に上昇させるという特質があるようだのう。怒りっぽい性格で得をしておるという、ある意味非常に珍しいケースだ」 言葉を用いて、さらにルイズを煽る太公望。他人を挑発させたら、この男の右に出る者はそうはいまい。あまり威張れたことではないが。「ぐぬぬぬぬ……」 怒れる末妹の横で、彼女の姉エレオノールは『東方』の技術に魅入っていた。「これが<フィールド>。たしかに、興味深い技術ですわね」 異端すれすれどころか、これをロマリアの神官が見たら、聖堂騎士団を引き連れ、異端審問状を片手に魔法学院へと乗り込んでくる可能性すらある。それほどに異質な技術だ。ブリミル教の敬虔な信者にして研究者たる彼女は、そう判断した。 しかし――この技術が自分たちにあれば、今回のような異変の察知や才能の発掘など、間違いなく国の発展に繋げることができる。実際に自分の目で見て、オスマン氏がこれを欲しがる理由が、エレオノールにはよくわかった。 もしも、これを見たのが数ヶ月前の彼女であったなら、ここまで冷静な目で分析をすることなどできなかっただろう。だが、末の妹が<虚無>に覚醒したという危機と、新たに『魔法科学者』として目覚めた者としての見識が、これまでエレオノール女史の中に存在していた、進歩と成長を阻害する束縛を徐々に打ち消しつつあった。 エレオノールは嘆息した。何故この『西方』ハルケギニアには『異端』などという概念が存在するのだろう……と。だが、彼女はすぐさまぶんぶんと頭を振り、その罰当たりな考えを外へ追い遣った。そして、心の中で『始祖』ブリミルに懺悔した。 いっぽう、太公望はさらに分析を続けていた。「ルイズよ。ひょっとして、おぬし……ここ最近ほとんど怒ったり、極端に喜ぶようなことがなかったのではないか?」「そういえば……」 ルイズは、改めてここ半月あまりの生活を思い起こしてみた。 規則正しい生活に、両親との触れ合い。姉たちとの楽しいお茶会と、才人とふたりだけの気の休まる会話。『伝説』に目覚めてしまったという使命感からくるプレッシャーはあったものの、家族に囲まれ、穏やかな生活を送っていたおかげで、ルイズはそれをほとんど感じずに済んでいた。よって、感情が爆発するような出来事も、一切起きなかった。「だが、それ以前に……」 太公望は、ジロリとルイズを見据え、言い放った。「おぬし、帰省してから『瞑想』をサボっておるだろう? ついでに言うと、今朝も間違いなくやっておらぬな。どうだ?」「な、なんでわかる……あ!」「気付いたようだのう。そうだ、毎日ちゃんと『瞑想』をしておれば、ここまで極端に<精神力>が減る前に、自分で<器>の異変に気付けたはずなのだ!」 ここで、エレオノールが割り込んできた。片手で縁なし眼鏡の端をついと持ち上げ、太公望へ向き直る。「失礼、ミスタ。その『メイソウ』というのは、いったいなんですの?」「それをお教えするのはやぶさかではないのですが、ひとつ条件があります」「条件……とは?」 途端に、太公望の顔が暗く陰った。「絶対、他者には内緒に……特に、母君には秘密にしておいてください……」 ルイズの表情まで沈んだ。どうやら、彼女は問題点に気付いたらしい。 だが、エレオノールとオスマン氏には、彼らがそんな顔をする理由がわからない。顔中に疑問符を浮かべている長姉と学院長に、ルイズが解答した。「母さまが……今よりも、ずっと強くなってしまう危険性があるの……」 その言葉を最後に、黙り込んでしまった妹を見たエレオノールは、呆然とした。「つ、つまり……せせ、精神力を、お、大幅に回復するだけではなく……増強する効果のある技術。そ、そういうことかしら?」 揃って、震えながらカクカクと頭を上下に動かすふたりを見て、エレオノールとオスマン氏は思わず怯んだ。確かに、それを『烈風』に教えたら、大変なことになる。おもに、周囲の人間が苦労する的な意味で。最も被害を被る人物は、ほぼ間違いなく彼女の夫であるラ・ヴァリエール公爵だ。それだけはなんとしても避けねばならない。 そんなふたりの思惑を知ってか知らずか、太公望がぽつりと呟いた。「もしも夫人に知られてしまったら……このわしの<風>と<技>の全力をもってしても、反撃はおろか、捌くことすらできなくなってしまうやもしれぬ」「そこまでかい!」「ぜ……絶対内緒にしますわ。『始祖』に誓って」「それを聞いて、安心しました。ちょうどこの部屋は<力>が集う『中央塔』にございますので、エレオノール殿にもお教えしましょう。王立図書館への口利きをして下さるお礼の、前渡しということで。そうそう、念のため聞いておいてやるが、狸ジジイはどうする?」「ずいぶんと扱いが違うのう、このガキジジイめが! まあええわい、ようは他に漏らさねばいいということじゃろう?」「その通りだ。この技術は間違っても他者へは漏らさないで欲しい。将来的に、コルベール殿への伝達は検討しておるが、それ以外の場所へ流出すると、色々と問題があるからのう。それと……」「桃りんごのタルト1ホールでどうじゃ? 季節モノだから美味いぞ」「タルブのいいやつがついたりはしないのかのう?」「それは、おぬしが厨房への土産に買ってきたやつじゃろうが! アルビオンの古いので手を打たんかい。あ、ボトルではなくグラスじゃからな?」「トリステイン魔法学院の長ともあろうものが、ケチくさいこと抜かすでない!」「誰のせいで倹約生活を強いられとると思っとるんじゃ!」「元はと言えば、おぬしの自業自得であろうが!!」 さっぱり事情のわからない姉妹をよそに、丁々発止の喧嘩漫才的な『交渉』を繰り広げるふたり。その決着がつき、実際に『瞑想』のレクチャーが行われたのは、それから数十分後のことであった――。 ――数時間後。 『瞑想』を行ってみたものの、本来の10分の1にも満たぬ程度しか<精神力>が戻らなかったルイズは、今夜は魔法学院に残り、明日改めて回復を行うことになった。 既に『始祖の祈祷書』の返却期限が過ぎており、王室の宝物庫へ戻されていたのも、帰宅せずに残留した理由のひとつだ。 エレオノールは、妹の魔法が明日以降回復する見込みであるということを、不安な心持ちで待ち続けている家族に報告するため、竜籠に乗ってヴァリエール領へと戻っていった。覚えたばかりの『瞑想』を、籠の中で練習しながら。 ――ちょうどそのころ。 ラ・ヴァリエール公爵家の城では、平賀才人が呻き声を上げていた。今日に限って、何故か極端に身体が重く、いつものように動けなかった。そのせいで、カリーヌ夫人の剣戟を全く捌くことができず、まともに受けてしまったのだ。 稽古の後、ズタボロになった身体を引き摺りながら自室へと戻った才人を出迎えたのは、カチカチと鍔を鳴らしながら相棒の帰りを待っていたデルフリンガーであった。 彼は、才人が部屋に入ってきた瞬間、こうのたまった。「よう相棒、こりゃまたひでェ状態だね。ああ、そうか! 嬢ちゃんがすぐ近くにいなかったせいで<ガンダールヴ>の能力が弱まってたのか」「は!?」「いやあ、すっかり忘れてたぜ。<ガンダールヴ>は、もともと『担い手』を護るために存在するんだ。だから、誰かを護るって気持ちが強まれば強まっただけ、誰かのために戦うんだって、心が震えれば震えただけ<力>が上がるんだ」「へ!?」「護る対象がいなけりゃ、当然<ガンダールヴ>は弱くなる。そんで、心が震えてなきゃ最悪の場合、発動しない。そうだった、そうだった。やっと思い出した。まァ、嬢ちゃんが近くにいない上に、ただの稽古だかんね。<力>が弱まるのも仕方ないやね」 才人は、両手をぷるぷると震わせ、デルフリンガーを引っ掴んだ。「そういうことは、早く言え――ッ! ルイズゥ、カムバァ――――ック!!」 ――ラ・ヴァリエール公爵家城内で、才人のせつない叫びが響き渡った――。