「なあおい、ご主人さまよ! なんだよあれ。デカすぎとかってレベルじゃねェぞ!? あれじゃ、爆発すんの当たり前だろ!!」「う、うるさいわねっ! わたしだって知らなかったのよっ!!」 爆発の余波が収まった後。例の<力>を見てぎゃんぎゃん騒ぐ主従をよそに、教師陣は素直な感想と、結論をまとめていた。「ミスタ・タイコーボーの仰る通り、ミス・ヴァリエールは<力>が強すぎたがために、あのような<失敗>を起こしていたのですな」「う~む……正直あそこまでの大きさとは」 タバサやキュルケ、そしてギーシュも、あまりのことに呆然としていた。だが……そんな中、太公望だけが、ひとりで頭……もとい、膝を抱えて座り込んでいた。左手の人差し指で地面になにやら文字を書き、小声でブツブツと呟きながら。「素の状態で『12仙』クラス……正直ありえんわ。しかも空間ピンポイント……あれで無能扱い!? ならわしの立場って……」 どんよりと黒い空気を纏っている彼の姿は、傍目に見ているだけでも正直怖い。だが、そんな太公望の様子に気がつかない……と、いうよりも。まさしく『場の空気が読めない』者が、そばに寄ってきた。 ――この<フィールド>を作り出した張本人、ルイズである。「ね、ねえミスタ・タイコーボー。それで、コントロールについてなんだけど」 ピタリ……と、太公望の手が止まる。そして、ギギギ……と、ルイズに向き直ると、眉根を寄せ、口の端を歪ませながら、ケッ……と吐き捨てた。「知らぬ。おぬしはもういっそ<爆発>だけ極めとけばいいのと違うか?」 そして。フン、と鼻を鳴らすと……その場でごろりと横になってしまった。「え、ちょ、ど、どうしたのよっ」「わしは知らぬ。知らーぬ」 ――それから。理由はよくわからないが、完全にへそを曲げてしまったらしい太公望の機嫌を直す『作業』に全員でもって取りかかり、それが終了するまで……約30分ほどの時間を要した――。「わしとしては正直不本意極まりないのだが、結論を言わせてもらう」 太公望は、顔を激しく歪めながら、先程の現象について語り始めた。「ルイズが魔法に失敗していた理由は、やはり<力>そのものが大きすぎたせいだ。例えて言うならば、コップへ水を入れるために、バケツの中身をそのままひっくり返しておったのだよ。そんなことをすればどうなるか……わかるであろう?」 オスマンの手によって再生された台座の上へ、再び銅貨を1枚乗せながら、不承不承といった風情で太公望は語る。「あふれて、こぼれ出しちゃう。そういうことよね」 キュルケの答えに、うむ。と頷く太公望。 ……ちなみに、現在ルイズの口には太公望の頭に巻かれていた布――何故か最近やたらと出番の多いそれ――で、封印が施されている。これ以上空気読めない発言されたら面倒だ。そう考えたキュルケの発案によるものだ。 当初、本人は猛烈に抗議しようとした……のだが。いつものそれとは違う、とてつもない迫力を伴った太公望のひと睨みによって、大人しく受け入れていた。「おまけに、本人が自覚していない、とんでもない特性を秘めておる」「それは<糸>のこと?」 そのタバサの質問に、よく見ていたな。そう答えた太公望は、スタスタとルイズの前へと歩み寄る。「よいか? わしが、いいと言うまで絶対に口を開くな。わかったか? それが守れなかった場合、わしはすぐさま部屋に戻って寝るからな。本気だぞ」 ドスの利いた声に、コクコクコクコクと頷くルイズ。「では一旦、その封印を解く。その布を持ったまま、先程の位置へ立つのだ」 言われた通り、ルイズは布を持ったまま位置につく。「この銅貨がちゃんと見えているか? 見えるなら首を縦に振れ」 ルイズが頷くのを確認した太公望は、台座から離れて他の全員が集まっている場所まで移動すると、新たな指示を出す。「よし。ではその布を縛って、自分の目を隠せ。そののち、わしの『始め』の合図が聞こえたら銅貨に向けて<念力>を唱えるのだ」 ――何故そんなことを。うっかり、そう口に出しそうになったルイズであったが、太公望から立ち上っている――彼女にもようやく見えた――どす黒い何かに気圧され、大人しく目隠しをする。 ……と、ここで。太公望が全員のほうに向き直ると、自分の口の前へ指を1本立てて見せた。黙っていろということだろう。全員が首を縦に振るのを確認した太公望は『打神鞭』を一振りする。すると、台座からふわりと浮かび上がった銅貨が、ルイズの後方約20メイルほど先まで飛んでゆき、静かに地面に置かれた。「始め!」 太公望の合図と共に、ルイズが<念力>の魔法を紡ぎ出す。そしてそれが完成した――その瞬間。彼女の後方、20メイルほどに位置していた銅貨が爆発した。 思わぬ方向からの爆音に声を上げそうになったルイズだったが、必死にそれを抑える。見ていた観客たちも同様であった。そして。「全員、口を開いていいぞ。ルイズもな」 そう太公望が告げた直後。「ええええええぇぇぇぇええええええ―――っ!!!」 平原に、再び驚愕の大合唱が響き渡った。○●○●○●○●「あの<糸>は、いわば<力>を誘導するための『道』なのだ」 なんとか少し落ち着いたのだろう。ようやく通常運転を再開した太公望は、再び持論を披露し始める。「普通のメイジは、あの<糸>によって対象の位置まで<力>を運び、そして効果を発動させる。ところが、ルイズの場合はその『誘導するための道』を必要としていない。直接『発動したい場所』に<力>を展開することができるのだよ」「それのどこがすごいの?」 ルイズの言葉に――本人はあくまで無邪気に、そして素直な感想を口に出したに過ぎないのであるが――太公望の口端がピクッと動いた。こめかみがひくついている。 いやいやいや、これとんでもないから。そう答えた者たち――オスマン氏、コルベール、タバサ、そして才人の取りなしで、なんとか微妙になりかかった空気が元に戻った。「まったく、これだから天才というやつは……!」 ギリギリと『打神鞭』を握り締めた太公望は、今度は才人に言を向ける。「……のう才人よ。おぬしはご主人サマと違ってちゃんと気がついたようだが……仮にだぞ、もしもおぬしが、ルイズと戦うことになったとする。もちろんデルフリンガーは持っている状態でだ」 ――その時、おぬしはどうやって挑む? その太公望の問いに。「物陰からこっそり近づいて、後ろから斬りかかる」 と、答えた。「それは、何故だ?」「見られたら死ぬ」「どどどどういう意味よ、この、犬―――ッ!!!」 主人を視線で殺すバケモノ扱いするなんて! そう叫んだと同時に、ルイズの見事なまでに美しい軌跡を描いた回転蹴りが、才人の顔面を捉える。なおその際に、当然発生する事象によってめくれあがった物体の奥がチラリと見えた。 それに対して。「昨日おろしたばっかりのアレだネ」という感慨を持った直後、意識が暗闇の淵へと引きずり込まれていった者が1名。 快哉を叫ぶのを必死に堪え、心の中だけで「白かった! 白かったであります!!」と打ち震えた者が1名。「お子ちゃまね」と、鼻で笑った者が1名。 思わぬ役得に目尻が下がった者が1名に、俯きつつゴホンと咳払いをした者が1名、何の感慨も持たなかった者が3名。 ――どれが誰であるのかは、あえて記さずにおいておくこととする。○●○●○●○● ――才人再起動後。「どうやら、本当にわかっておらぬようだのう」 左手に『打神鞭』を持ち、それで右手のひらをポンポンと叩きながら、太公望はルイズに視線を向ける。そして、空き地の中央付近を指すと、そこへ移動するように促す。 指定された位置にルイズが立ったのを確認した太公望は、彼女に対して『杖』を向ける。どよめく観客たちを静かにさせると、言葉を紡いだ。「それならば仕方がない。身体でもってわからせてやる。なに、痛い目にあわせたりはせぬから、その点については安心するがよい」「あら、ミスタ。その発言はちょっとどうかと」「よしキュルケおぬしもルイズの隣へ行け」「ええーっ!」 余計なことを言うから――そういいたげな他メンバーの視線を背に受けながら、キュルケはがっくりと肩を落とし、ルイズの隣へと向かう。「さて。これからわしが、あのふたりへ向けて<風の槌(エア・ハンマー)>を唱える」「ちょ」「待って」「怪我などさせぬと言っておるだろうが! 今度は<力>の流れが見えるように、わしの周囲を調整する。全員黙って見ているのだぞ。そうそう、ルイズとキュルケは、もちろん安全のために身構えておいてよいからな」 その言葉に、即刻防御態勢をとるふたり。「まずは、一般的なメイジと同様、<糸>による誘導形式で放つ」 そう言って太公望は、まっすぐルイズたちに『打神鞭』を構えると<風の槌>のルーンを紡ぎはじめる――当然これは「ふり」である――と、彼の周囲に、例の薄い靄――抑えに抑えてタバサとほぼ同等のそれが、ゆらりと立ちのぼる。 ……と、<糸>がぴーっと彼女たちの数メイル手前までまっすぐ伸びてゆく。そして一定距離まで伸びた糸が拡散し、雪崩のように周囲の空気を押し出すと、風の槌となってふたりに襲いかかる。当然太公望は手加減をしているので、少し後ろへ押しやられた程度で済んだが。「今度は、ルイズのように『空間座標指定』で<力>を解放する」 今度も、先程同様まっすぐルイズたちに『杖』を向け<風の槌>の詠唱を開始した太公望の姿を見ていた観客たちは、すぐに大きな違いに気がついた。 薄い靄が現れたところまでは一緒……だが<糸>が出ていない。代わりに、ルイズとキュルケの『真横』数メイルの位置に、光点が発生し……詠唱終了と同時に拡散。突如発生した<風>が、前方以外は完全に無防備となっていた彼女たちふたりを、真横から吹き飛ばした。「こういうことだ、わかったか」 宙をくるくると廻ったルイズとキュルケを、浮かせたまま手前まで引き寄せ、ゆっくりと着地させた後――太公望は訊ねた。「普通のメイジは『杖』の向いている方向にしか魔法を放てない」「それは<糸>で<力>を流してあげる必要があるから、よね」「けれど、ルイズにとっては杖の向きなんか関係ないんだ」「そう。さらに一度『それに<力>を送りたい』と認識したモノの中心に、自動で<力>を発生させることが可能」「しかも! それが途中でどこか別の場所へ行ってしまったとしても……ですぞ」 口々に、ルイズの<力>について語るメイジたちへ、才人が補足する。「オールレンジ対応、どこから来るか全く予測できない。しかも、使った本人がその気になったら自動追尾が付いてくる<爆発>だぞ? シャレにならんだろこれ。だから俺は言ったんだよ『見られたら死ぬ』って」 と、いう才人の締めの言葉に、うわあ……と、改めてその脅威に気がついた面々と、ようやく自分がどれほど普通ではない<力>を持っているのかを認識しはじめたルイズ。「修行なしで『空間把握』だけでなく『座標指定』に『自動誘導』までやってのけるだと!? わしが、この太公望が……それができるようになるまで、どれだけ苦労したか。ルイズ、おぬしには理解できぬであろう?」 肩をわななかせ、きつく握り締めた両手の拳をぷるぷると震わせながら、太公望のある意味魂の叫びといってもいいそれがルイズに向けて炸裂している。彼の黒い情念を真正面から受けたルイズは、訳もわからず後じさる。「冗談でも誇張でもなく血を吐き、何度も何度も死にかけて、ようやく手に入れた<力>が持って生まれたものとか……うぬぬぬぬ……これだからわしは『天才』が嫌いなのだ!! わかったかルイズ、だからわしはああ言ったのだ。他の魔法なんぞ知らぬ、もういっそ<爆発>を極めろ、と!!!」「そんなの嫌ああぁぁぁあッ!! わたしは、わたしは普通のメイジになりたいのよおおおおおッ!!!!」 ――魂の奥底から生まれたふたりの絶叫が、平原に響き渡った――○●○●○●○● ……それからいったん食事休憩を挟んだ、1時間後。「う~む、当初は例の<フィールド>を展開しながら見て教えるつもりだったのだが、あれほどの『感覚』持ちならば……そうだ! もっといい方法があった」 ぽん! と手を叩いた太公望は、再度台座の上へ銅貨を1枚置くと、ルイズに『杖』を持ったままベンチへ腰掛けるよう促す。 ……ちなみに、彼のご機嫌が直ったのは、ルイズが自身のデザートにと用意させていたクッキーを全てお供えしたからである。 そして太公望はルイズの後ろ側に立つと、両手を彼女の肩へと乗せる。思わずビクッと身体を震わせてしまったルイズに、落ち着くように指示をすると、周囲、そして目の前に座る少女に対して、これから行うことについての説明を開始する。「これは、本来わしらが行う修行方法のひとつなのだ。体内を<循環>する<力>の流れを教えるために、これからわしがルイズに対してそれを試してみようと思う」 ほうっ、という感心の声を上げたその他の――ルイズの横・数メイル離れた位置に集まった観客たちは一様に興味を示す。「ただし、これは通常のメイジには合わない可能性が高い。あくまでルイズが特殊であることを前提に行うものであるため、申し訳ないが同じことを試したいという者がいても、その点については一切期待しないでもらいたい」 そして全員へ静かにするよう告げた太公望は、今度はルイズに対してこう言った。「これから、わしは『あること』をする。これは、内容を言ってしまったら効果が薄れてしまうため、あえて伏せさせてもらうぞ。よいか、まずは目を閉じて……そしてゆっくりと肺の中いっぱいに息を吸い込み、その倍の時間をかけて吐き出す。これを3回繰り返すのだ」 言われた通り、深呼吸を行うルイズ。「では、いつも通りの呼吸に戻し……自分の『中』に意識を集中するのだ。わかっていると思うが、わしが良いと言うまで声を出してはいかんぞ」 その直後――傍目から見ているものには、何をしているのかさっぱりわからなかったが――ルイズには、自分の肩……太公望が手を置いているあたりから、何かが……例えるならば、細い細い『糸』のようなものが流れ込んでくるのがわかった。 それは、まるで血液のようにルイズの体内を循環し、やがて下腹部のほうへと集まると、1個の『珠』となり、その後――ちょうど背骨に沿うような形で、ぐるぐると移動し始めた。例えるならば、そう……まるで、螺旋を描くように。「ルイズよ、何か感じぬかのう?」「えっと……何か『糸』みたいなものが肩から流れ込んできて、そのあと……1つになって、背中でぐるぐる廻っているみたい」「よし、やはり掴めたな! では次の段階にゆくぞ。まだ目は閉じたままでおれよ」 これは、なんだろう。ルイズは、不思議な『感覚』に囚われていた。さっきまで背中で廻っていた『珠』が、再び複数本の『糸』になり――全身を満たしてゆく。 と、身体がふうっと温かくなったと思うと『糸』は再び1箇所へと集い、また『珠』となる。そして『珠』は右手に持った『杖』に向けて移動してゆくと……その先で、ふいに消えた。「今度はどうかのう?」「何か『珠』みたいなものが杖のところまで来たけど、消えちゃったわ」 その答えを聞いた太公望は、満面の笑みを浮かべると、ルイズに告げた。「今の『感覚』を覚えておるな?」「ええ」「では、それを忘れないうちに<念力>を使う。よいか、おぬしの内に流れる<力>を、あの『糸』と『珠』のように巡らせることを想像するのだ。そして魔法を紡ぎ終えるまでに同じように廻し、巡らせ、集め……『珠』を『杖の先』に移動させ終えたと同時に、唱え終えるのだ。くどいようだが、イメージが大切だからな」 さあ、やってみるのだ。そう促されたルイズは、立ち上がって『杖』を構え、銅貨へと向ける。イメージ……そう、イメージするのよ……と、呟きながら。 ――そして周囲が見守る中。ルイズは<念力>を唱え始める。 ルイズの中を、不思議なリズムが巡っていた。いつしか神経は研ぎ澄まされ、周囲の音は一切耳に入ってこなくなっていた。自分の身体の中で、何かが生まれ、廻っていく感じ。そしてそれを『杖』へと送り込み――魔法を完成させる。 その瞬間――銅貨は凄まじい勢いで空を目指して飛んでゆき……何処かへ消えた。「うーむ、ま~だ<力>が入りすぎだのう」 という暢気な太公望の声をきっかけに、静まりかえっていた観衆が沸き立った。「ちょっと、何よ今の!!」「すごい威力」「飛んだ! 飛んだよ!!」「銅貨の急上昇を確認したであります!!」「わしの銅貨は星になったのじゃ……」「おでれーた!」 そんな中、固まっていたルイズの側に駆け寄ってきたのはコルベールであった。「ミス・ヴァリエール! 見ましたか!? 爆発しませんでしたぞ!!」 その言葉に。自分が何をやったのか、やりとげたのか。それをようやく理解したルイズは――ぽつりと一言呟いた。「成……功……!?」「その通りです! 確かに<力>加減は強すぎましたが、きみは間違いなく<念力>で銅貨を浮かせることに成功したのだよ!!」「わ、わ、わた、わたし……」 全員が、わっとルイズの周りへ集まってくる。ルイズは、台座の上を見る。銅貨はない。でも、台座はどこも壊れていない。ふと太公望を見ると……彼は、にっこりと笑って、頷いた。「やったぁああああ――っ!!」 ルイズの喜びに溢れた声と大きな拍手が、平原に響き渡った。○●○●○●○●「ふむ、ほぼ掴みかけてきたようだの」 その後、30枚ほどオスマン氏の銅貨が行方不明となったのちに――ルイズは、台座の上の銅貨を、ある程度自由に上げ下げできる程度までには<念力>を扱えるようになっていた。「ね、ね、次はいよいよ系統魔法よね!?」 期待に胸を膨らませたルイズであったが、太公望の言葉はそれを裏切った。「いや。おぬしには、まず徹底的にこの<念力>を極めてもらう」 どうしてよ!? そう詰め寄る彼女を制したのは、オスマン氏であった。「ミス・ヴァリエール。彼の言うとおりじゃ。嬉しい気持ちはよくわかる。だが、君はあくまでスタートラインに立てたに過ぎない。よって、基礎から学びなおす必要がある」 その言葉に頷いた太公望は、さらに補足を行う。「この<念力>という魔法は、純粋な<力>のみで行われるものだ。他の者たちよりも圧倒的に<力>で勝るおぬしがこれを極めることによって、新たな『道』が切り開かれるであろう」「新たな『道』?」「そうだ。ルイズを含む、メイジの皆に確認したい。この<念力>は、普段はどのように使う魔法であるのか」 その太公望の問いに、次々と解答が寄せられた。曰く「窓の開け閉め」「箪笥の引き出しを開く」「棚を横にズラす」等々……主に、日常に即した答えが全てであった。「と、いう身近な使い方をされている魔法だが、さて……他に、これを使ってできることはないのかのう?」 その問いに、首をかしげるメイジたち。おぬしら頭固いの~、さっき見たばかりであろう? と、やや呆れ声で言う太公望の言葉によって、気がついた者がひとり。コルベールである。「<レビテーション>と同様の効果が見込める。そうですな!?」 あ……と、声をあげる彼らに、追撃をかける太公望。「そう、銅貨を浮かせることができるのだから、そのまま動かせば……ほれ<レビテーション>の完成だ。<力>の使い方が違うだけで同じことができる。だが……まだだぞ? もう一歩踏み込んでみるのだ。『モノ』に拘る必要はないのだよ」 才人はふと思いついた。<念力>かあ。そういや、マンガとかでよく……。「あーっ、わかった!!!」 そして、才人は声を上げた。答えてみよ。そう言った太公望へ、才人は、ある意味ハルケギニアの常識では考えられない解答を出した。「自分に<念力>かけて、空を飛べる!!」 いやいやそれは無理だから……そう言おうとした彼らが見たモノは。「その通り……正解だ」 満面の笑みでもって答えると、自ら『杖』を振り<念力>と唱えた太公望が、ふわり……と、宙へと浮いた、その姿であった。「わしがこれまで『空を飛ぶ』ために使ってきたもの。それは<念力>なのだ。<フライ>などでは断じて、ない!!」 ――実際のところは、ちょっとだけ違うのだが。そこは黙っておく太公望。「確かに、普通のメイジにとって、これは難しい、いや、できないことなのであろう。だが、ある意味<力>と『空間把握』そして『座標指定』能力に特化しているルイズにとってはどうかな?」 そう言ってさらに高く浮き上がった彼は、お得意の<高速フライ>を全員に見せつける。わっはっはっは……と、笑い声を上げながら通常の<フライ>では到底実現できない速度で飛び回る太公望に、あぜんとした視線を向ける観客たち。 そしてルイズの前へと舞い降りると『打神鞭』を彼女の前に突き出した。「どうだルイズ。おぬしには、わしと同じことができる可能性がある。前に、わしの背に乗ったとき、どう思った?」「風竜より……はや……い……」「どうだ? <念力>はつまらない魔法だと思うか?」 一瞬だけぽけっとした顔を見せたルイズであったが……すぐさま、ぶんぶんと首を横に振る。「<念力>は、全ての基本……いわばコモンの初歩の初歩の初歩だ。まずは、銅貨を自在に宙で操れるようになるまで練習するのだ。よいか、わしの見ていないところで、間違っても空を飛ぼうなどとは考えるなよ? まだ爆発の可能性がゼロではないおぬしが、うっかりコントロールに失敗したらどうなるか……わかるであろう?」 コクコクと、今度は首を縦に振るルイズ。その顔は、抑えようにも抑えきれない歓喜に満ちあふれている。「これが、わしがおぬしに示す最初の『道』だ。そして――その行き着いた先に『空間制御』が存在する。例えて言うならば<サモン・サーヴァント>の上位だ。自分の前に『入り口』を作り、自分の行きたいと考えた場所に『出口』を作る。その間に存在する『空間』を曲げ『扉』同士を繋げられるようになる。どうだ、考えただけでわくわくしてこんか?」 おぬしの持つ、その強大な<力>と『空間把握』『座標指定』『感覚』をもってすれば、必ずやそれは実現できるであろう。そう断言した太公望の言葉に、ルイズは強く頷いた。「それとだ。才人とよく話し『念力でやれそうなこと』の案を出し合うのだ。才人は、さっきのようにハルケギニアの常識からかけ離れた考えかたができる。そういう意味では、案外わしよりも面白い<念力>の使い方が浮かんでくるやもしれぬ」 おぬしもそれで構わぬか? そう問うた太公望に対し、才人はというと。「ああ、もちろん。見て知っておけっていう意味がやっとわかったよ。俺は、メイジのことを知らない。魔法がどんな仕組みで動いているのかを知るってことは、つまり」 例の仮定――ルイズと戦うとしたら、どうする? といったそれのような、たとえばメイジと敵対しなければいけないような事態が、実際に発生した時に非常に役立つ。そして、協力を誓っていたルイズの『練習』。その、役に立てる。そういうことだろ? そう聞いた才人に、太公望は笑みでもって応えた。「そういうわけだ、頑張ろうぜご主人さま!」 手を差し出した才人。その手を見つめながらルイズは思った。 ――<念力>……これが、わたしにとっての『入り口』なんだ。 ……そして、彼女は才人の手を取り……歩きはじめるべき道を決めた。