「わしは夕飯食って風呂入ったらすぐに寝るぞ」「同じく」 ハルケギニアの常識では考えられないほどの強行軍で、トリステイン魔法学院へと戻ってきたタバサと太公望のふたりは、一旦部屋に戻って上着だけを替えると、その足でアルヴィーズの食堂へと向かった。 『約束』を守るためとはいえ、さすがに無理をしすぎた。今日のところはもう何も考えず、ゆっくりしたい……そんな思いでいっぱいだった太公望の期待を最初に裏切ったのは、食堂の入り口に立った瞬間に飛んできた、少女の金切り声だった。「あ、あ、あんた、い、い、今までどこ行ってたのよーっ!!」 ――それは、約束の相手。ルイズによる魂の叫び声。「まあ落ち着け、ルイズ」「お、お、落ち着けるわけ、な、な、ないでしょう!?」 わたしがどれだけ気をもんでいたか――そう口にしようとしたルイズを制し、太公望は喉の奥から心底疲れ切った声を絞り出す。「例の件であろう? ちゃんと覚えておったから、こうして急いで帰ってきたのだ。約束は守る、だから今日のところは静かに休ませてはくれんかのう」 そう言われてよくよく太公望の姿を見たルイズは、彼が羽織っているローブと一体化したようなマント以外が微妙に薄汚れており、さらにその顔には深い疲れの色が刻まれていることに気がついた。そして、それは傍らに立つタバサにも当てはまっている。 タバサに関係することで、何か急な用事でもあったのか。にも関わらず、ちゃんと約束を覚えていてくれた。そんな相手に、これ以上何かを言うのは、貴族の子女としてあるまじき態度だろう。 一言謝罪の言葉を述べたルイズは、その後――周囲の注目を集めてしまったことにようやく気がつくと、顔を真っ赤にしたまま着席する。 その後、早々に席についたタバサの元には、キュルケが近寄ってきた。「あなた、その格好はどうしたのよ? ずいぶん疲れてるみたいだから、今日のところは何も聞かないけど……たくさん食べて、早くお休みなさいな」 そう言って、自分の料理の一部――タバサの大好物であるハシバミ草のサラダと、鳥のあぶり焼きを、青髪の少女の前へと押しやる。「ありがとう」「いいのよ。そのかわり、落ち着いたらいろいろ聞かせてもらうから」 そう言ってウィンクしたキュルケの心遣いに、タバサは心から感謝した。 ――そして夕食が済み。食堂から出ようとしたふたり……正確には、太公望に声をかけてきた者がいた。コルベールであった。「ミスタ・タイコーボー。お疲れのところ大変に申し訳ない! ですが、取り急ぎお話をしなければならないことがありまして……その、学院長を交えて」「それは何名で、かのう?」 太公望はまずコルベールを見、次いでタバサに目をやった後……再び視線を目の前に立つ男に戻す。「ミス・タバサには申し訳ないのですが、3人で」「……わかった。タバサ、先に戻っていてくれ。もしやすると遅くなるやもしれぬから、そのときは窓だけ開けておいてくれればよい」 コクリと頷いたタバサは、側にいたキュルケと共に寮塔へ続く廊下へと歩き出す。その後ろ姿を見送った太公望は、ふっとため息をつくと、コルベールに向き直った。「では、参りますかのう。学院長室へ」 くだらない用事だったら、ただじゃおかんぞあの狸ジジイ。と、いう内心の声を必死で抑えながら。 ――その後、学院長室で聞いた話は……確かに急いで耳にいれておくべき内容だった。ただし、善悪に関係するようなものではなく、明日の『約束』に関連した、非常に有益な情報だったからだ。 一時間ほどそれらについて学院長たちと話し合った太公望は、ようやく念願の入浴を果たすべく、まずはタバサの部屋に戻ろうとした。だが、今度は扉の前で才人が待ちかまえていた。「さっき帰ってきたって聞いてさ! なあなあ、例の武器の件だけど……」 興奮してまくし立てる才人をとりあえず落ち着かせると、さっき食堂でルイズにしたのとほぼ同様の説明を行い、休み明けの昼に改めて聞かせてもらうから今日はもう……と、自室へ帰らせた。 それから30分後。これでようやく休める――そう呟きながら、軽い入浴を済ませて部屋に戻ってきた途端、窓から飛び込んできた茶色い羽根の伝書フクロウ――おそらくフーケが寄越したものであろうそれを見た太公望は、この世界に来てはじめて、本気でハルケギニアの『始祖』とやらを呪い、そして誓った。 もしも顔を合わせることがあったなら……『打神鞭』の最大出力でもって、次元の彼方へ吹き飛ばしてくれるわ――と。○●○●○●○● ――明けた翌日、虚無の曜日。 学院から馬で15分ほどの距離にある、周囲を背の高い木立に囲まれた平原。その中央に、彼らは集っていた。 この場にいるのは、太公望をはじめとしたタバサ、ルイズ、才人、ギーシュ、キュルケという、例の模擬戦騒ぎの一件で、ルイズの『約束』を知る者たち。そして、コルベールと学院長のオスマン氏。 オスマン氏が<錬金>で作った簡素な教壇風の台座を前に、太公望とオスマン学院長、そしてコルベールが立ち――その向かい側、1メイルほど距離をあけた位置に、これまた魔法によって作られたベンチが並んでいる。そこに生徒たちが座る姿は、端から見ても、特別な課外授業といって差し支えないものであった。 教壇から『生徒』たちを見渡した太公望は、教鞭のように『打神鞭』を――もしも先端に『太極図』がついていなければ、まさに教鞭そのものな形をしているのだが――振るいながら、説明を開始した。「さて、ここに集まった者たちは、わしがこれからルイズが魔法を<爆発>させてしまう件について、独自の技術的観点から調査を行うことを知っておる。それを前提として話を進めていくわけだが、その前に……」 太公望は、横に立つコルベールに弁を向ける。「昨夜、こちらのコルベール殿から、大変に興味深い話を伺ったのだ。これは、ルイズの魔法だけでなく、それ以外の者たちにとっても非常に有益、かつ画期的なものであったため、学院長殿の立ち会いの下、特別に公開してもらいたいと思い、同席を依頼した」 そう言って演壇を降りた太公望。学院長がわざわざ立ち会うようなレベルの話を、他の生徒を差し置いて優先的に聞ける。期待に胸を膨らませるメイジ達の前に、コルベールが立った。「ミス・ヴァリエールとミス・タバサ、そしてサイト君については、すでに聞いている内容となってしまいますが、まずはそこから話をしないと、何故この発見に繋がったのかがわかりませんので、簡単にですが説明させてもらいますぞ」 と、前置きしたコルベールは、以前太公望が行ったように<サモン・サーヴァント>が、いかにとんでもない魔法であるのかについて説明した――もちろん、異世界云々の話は除いて、だが。 汎用(コモン)とされている魔法が、実は『無意識に空間を接続する』という、とてつもない<精神力容量>と、広大な空間を把握するための『感覚』を必要とする技術であったこと。その話を聞いたコルベールが、日頃簡単に扱っている<コモン・マジック>というものについて改めて着目したこと。そして――。「私は、ついにその記述を見つけたのです。3000年前の魔法書から。そして知ったのです。なんと当時、コモン・マジックは……<念力>と<サモン・サーヴァント><コントラクト・サーヴァント>の3つしか存在しなかったことを!!」 ――一瞬の間を置いた後。「ええええええぇぇぇぇええええええ―――っ!!!」 平原に、驚愕の大合唱が響き渡った。「ど、どういうことなんですかっ」「<光源(ライト)>とか、後からできた魔法なんですか!?」「昔は手で<施錠(ロック)>していたんですの!? ヴァリエールみたいに」「一言余計なのよあんたはっ!」 はいはいはい! と、手を挙げながら、指される前に我先にと質問する――一部例外はあったものの――生徒達を前に、してやったりといわんばかりの笑みを浮かべたコルベール。太公望とオスマンも実に満足げである。「皆さんの疑問は当然だと思いますぞ。私も、そう考えました。そこで、次は今現在コモンとされている魔法が、かつて存在したのかどうかを確認するため、改めてその魔法書を紐解いてみたのです」 ゴホン。と、咳払いをしてコルベールは先を続ける。「結論から言うと、今あるコモン・マジックは、全て<系統魔法>の初歩の初歩の初歩として扱われていました。たとえば<光源>。これは<火>の系統魔法のページに記されており……<ロック><アンロック>は<土>に属する魔法というように」 驚きのあまり声も出ない生徒を尻目に、コルベールの演説は続く。 曰く『流れ』を探知・分析する<魔法探知(ディテクト・マジック)>は<水>に属すること。 曰く<固定化>の魔法と同様、土系統の『スクウェア』メイジが強固に施した<ロック>を<アンロック>で解除するのが、別系統のメイジにとっては非常に難しいことを例に挙げ、また、さらに古い魔法書でも同様の扱いがなされていたことから、これはほぼ間違いのない事実。歴史的な大発見である……と。なお、「<風>の初歩の初歩の初歩とされる魔法は存在しないのですか?」 と、いうタバサの質問には、「<ウインド>がそれに相当するらしい……のですが、書物によってはそれが<レビテーション>だったり<魔法の矢>であったりと実に曖昧でして。残念ながら、確定までには至りませんでした」 と、答えた。「と、いうことでしてな。昨日、これをミスタ・タイコーボーにお話ししたところ、ミス・ヴァリエールが練習する魔法を、まずはコモンの基礎である<念力>に絞るべき、という意見で一致しました。また、この発表は学院長立ち会いのもとで行うべきとのことで、今日このような機会を持たせていただいたわけです」 発表内容を締め、演壇から降りたコルベールに、集まった生徒達は惜しみない拍手を送る。照れたように頭を掻くコルベールに、オスマン氏が笑みを浮かべながら右手を差し出した。その意味に気がついたコルベールは、嬉しさを隠しきれないように、その手を強く握り返した。 場が落ち着いたところで、再び太公望が教壇の前に立つ。「では、基本的な方針が決まったところで、いよいよ実験に入りたいと思う。一旦全員こちらへ来てくれぬか? ……オスマン殿」 全員が立ち上がって教壇の側へ近づいてきたのを確認すると、太公望はオスマン氏へ向き直って頷く。すると、先程まであったベンチが全て消え去った。「オスマン殿に立ち会いをお願いしているのは、実はもうひとつ理由があるのだ。これからわしがしようとしていることは、ハルケギニアでは『異端』すれすれである可能性があると聞いてしまってのう」 『異端』という言葉を聞いて、タバサと才人を除く全員がビクリと身体を震わせた。 ハルケギニアに住む人間たちの間では、かつてこの世界に魔法をもたらしたとされる『始祖』ブリミルが『唯一神』として広く崇められ、人々の信仰を集めている。女神や巨神などの伝承も存在するが、それらはお伽噺として語り継がれているに過ぎない。 実質無宗教に近い日本で育った才人にはいまいち理解できないことなのであるが、この『ブリミル教』と呼ばれる一神教の世界ハルケギニアにおいて、その教えから外れる行為、つまり『異端』認定されるのは、重大な『罪』であると考えられているのだ。 それに関しては、一神教の概念どころか神話そのものからやって来た太公望にとっても同様なのであるが、ハルケギニアの歴史を学ぶ過程で、「そういう考え方があるのか」 というレベルで理解していた彼は、魔法とは必ず『杖』と『魔法語』を組み合わせて用いるものであり、それ以外は『異端』とされ、最悪の場合、迫害されることを知り得た結果、何らかの<力>を行使する際には必ず『打神鞭』を取り出していたし、また、魔法らしく見せかけるためわざわざルーンを覚えることまでしてのけている。 タバサについては、幼い頃から過酷な運命を強いられ続けてきたせいで、ブリミル教に対する信仰心が非常に薄く、神の存在自体についても否定的だ。もっとも、聡い彼女はそれを表立って表明するようなことはないが。「そういうわけで、学院長の『異端ではない』という承認があれば、理屈をつけて通せる。うっかり口を滑らせた者については……」 ――どうなるかわかるよな? そう言いたげな顔で全員を見る太公望。「有用性については、学院長としてこのわしが保障する。わしらは昨日のうちに実際に見せてもらっているのじゃが、これを利用すれば、君たちのメイジとしてのランクアップがほぼ間違いなく望める。それだけの価値があるものと判断した」 最初の言葉で及び腰になりかけていた者も、そうでない者も――オスマンの言葉を聞いて表情を変えた。メイジとしてランクアップできる……つまり『ドット』なら『ライン』に、『トライアングル』なら『スクウェア』への近道が示されるということだ。「才人よ、さっきから自分には関係ないといったような顔をしておるが、これはおぬしにとっても役に立つことだからな。しっかり見て、覚えておくのだ」「え、俺は魔法使えないのに……って、もしかして!」 期待に顔を輝かせた才人であったが、「残念ながらおぬしが『魔法を使える』ようになるわけではない。その逆で『使えない』からこそ、見て知っておく必要があるのだよ」 その言葉で、奈落へ叩き落とされかけた。だが、それでも見て知っておけとは、いったいどういうことだろう? 持ち前の好奇心のおかげで、才人はすぐに復活を果たす。「それでは、始めるとしようかのう」 そう言って太公望は、懐からコインが詰まった革袋を取り出す。その中から1枚の銅貨をつまみ取ると、台座の中央に置いた。「それ、わしの銅貨なんじゃからな。あんまり消費せんでくれよ」 哀願するオスマンに。「ダァホ。学院長ともあろうものがケチくさいこと抜かすでないわ! それに、その言葉はわしではなくルイズに言ってくれ」 やっぱり失敗前提にされてるー! ウガー!! と、興奮するルイズをなだめつつ、太公望は全員に台座から数メイル横へ移動するように指示すると、自分はそこから見て90度――台座を時計の中心と見立て、その針の位置でいう6時の位置にルイズたち、3時の場所に太公望が行ったと考えていただきたい――の場所へ移動すると、半跏趺坐(はんかふざ)の形で地面に座り込む。 そして『打神鞭』を構えたまま、声を出す。「ギーシュ。まずはおぬしから始めるぞ。実験については聞いておるな?」「ああ、聞いているよ。だから今週はできるだけ<精神力>を温存しておいたのさ」「気が利くのう! 実に助かる。よいか、これは必ずおぬしの役に立つものとなる。よって、しっかりと『感覚』を掴むのだぞ!」 ギーシュの細やかな気遣いに、こやつは思わぬ拾いものだったかのう? と、内心の評価を上げた太公望は、全員に聞こえるように注意点を述べる。「さて……今からわしが行う『あること』によって、おぬしたち全員が一時的に、これまで『見えなかった』ものが『視える』ようになる。だが、これはわし自身も相当な集中力を必要とする<技術>なので、静かに見守ってもらいたい。うっかり声を出しそうな者は、前もって手なりなんなりで口を塞いでおいてほしい。特に、才人に背負われた剣」「へへ……わかったぜ」 カチカチと鍔を鳴らすデルフリンガー。そして全員がそれぞれ納得したと見て取ると、太公望は精神を集中する。 と……太公望を中心に、ぴん――と、空気が張り詰める。そして『それ』は、輪のように広がっていった。「ではギーシュよ……一歩前へ出るのだ」 言われた通り、ギーシュは黙って台座の方向へ一歩進んだ。「わしが『始め』と言ったら<念力>で、台座の上の銅貨を1メイルほど上まで持ち上げるのだ。キーワードは自由だ。ただし、できるだけゆっくりと唱えてもらいたい」 黙ったまま頷くギーシュを見て、同じように頷き返した太公望。そして。「始め!」 その言葉と共に、ギーシュは<念力>をできるだけゆっくりと紡ぎ始める。すると……彼の周囲に、うっすらと光の靄(もや)のようなものが立ち上がる。それを驚きの目で見守る観客たち。 その靄は薔薇の『杖』の先に集まり、まるで一本の糸のようにすっ……と、銅貨目指して伸びてゆく。そしてそれは魔法の完成と同時に銅貨に到達すると、その周囲をまるで繭(まゆ)のように包み込んだ。 ふわりと宙に浮かぶ銅貨。だが――傍目には、それはまるで『杖』の先から出た一本の<糸>によって、支えられているようであった。「よし。そのまま、今度は50サントほどゆっくりと下へ降ろしてみてくれぬか」 言われた通りにギーシュは<念力>を続ける。と、<糸>が繋がったそのままに、銅貨がゆるゆると降りてゆく。上下の動きを何度か繰り返した後、太公望はギーシュに銅貨を台座へ戻し、魔法を止めるように伝える。 ギーシュが<念力>を使い終えると同時に<糸>は霧散するように消えた。「うむ、では次に……」 太公望がさらなる指示を出そうとした、だがその前に。「ちょっと、何なの今の!」「なにかがぼくの身体から伸びて」「おおー、魔法ってあんなふうに<力>が出てるんだ」「おでれーた!」「あたしも! あたしにもやらせて!!」「わたしも興味ある」「だーっ! だから黙ってろと言うとっただろうがっ!!」 ――大声を上げながら駆け寄ってきた彼らの為に、作業は中断を余儀なくされた。「ようは、おぬしらの<力>を『感覚』で捉えることができるような<フィールド>を周囲に作り出していたのだ。目に見えるように思えたであろうが、実際にはそうではなく『感覚』がそのように受け止めておっただけのこと」 また張り直さなければならん、まったく面倒な……そう、グチグチと文句を垂れながら太公望は説明する。どういう理屈でああなるんだ、との問いには、これは自分たちの国の特殊技術の結晶で、それらを基礎から全て学ばねば実現できない。そもそもすぐに教えて理解できるような内容では絶対にない! と答えていた。「まあよい。タバサとキュルケについても、ルイズと比較するために同じことを試してみよう。ただし、今度同じことをやらかしおったら、わしは帰るからな」「お願いだから、それだけはやめて!」 珍しく半泣きで懇願するルイズに、タバサと才人、そしてイジリ大好きなキュルケも、名指しで注意されていたにも関わらずうっかり声を出してしまったデルフリンガーもさすがに悪いと思ったのだろう、きちんと謝罪する。 ……そして、実験は再開された。 キュルケ、タバサの順に行われたその結果。キュルケについては、ギーシュの3倍ほど厚い靄が身体の周囲に立ちのぼり、杖の先から出たのは<糸>ではなく『荒縄』と形容すべきものであった。 タバサについては、キュルケよりもさらに大きい――ギーシュの5倍程度の量の靄と、<糸>ではなく『紐』……ちょうどギーシュとキュルケの中間程度の太さのそれが確認された。 今度は自らフィールドを解いた太公望が、全員に向けて解説を始める。「この結果わかったのは」「あたしの実力がスゴイってことよね」 得意げに髪を掻き上げたキュルケであったが。「この中で、ギーシュが最も巧みに<力>を扱えているということだ」 太公望の言葉に、彼女はええーっ! と、不満の声を上げた。「どうしてなの? どう見てもあたしがいちばん力強かったじゃないの!」 キュルケの意見に異を唱えたのは、オスマン氏であった。「皆全く同じことをしているのに、君の<力>がいちばん強かった。つまり、それだけ<精神力>の使い方に無駄があるということじゃ。これで間違いないかの?」 オスマンの言葉に、太公望が頷く。「そういうことだ。キュルケよ、おぬしより上の<精神力量>があると思われるタバサの<糸>が細かったことから考えても、それは一目瞭然。つまりだ、<力>のコントロールという意味において、3人のうち最もセンスがあるのは、現時点ではギーシュということになる」 自分よりも圧倒的に<力>が上であると思っていたふたりよりもセンスがある。そう言われたギーシュは、まさに天にも昇る心地であった。逆にキュルケはがっくりと肩を落とす。そんな彼らに、太公望は苦笑しつつ声をかける。「もともとギーシュは、ゴーレムの複数操作などというとんでもない技能を持っておったからのう。これについては別の機会に説明するが……キュルケ、それにタバサ。逆に考えるのだ。コントロールさえ身につければ、今よりもさらに手数が増やせるということなのだから、落ち込む必要などないのだと」 ――言われてみればその通り。異端すれすれと言われたこれは、確かにランクアップへの近道だ。それを悟ったキュルケとタバサは、思わずぎゅっと拳を握り締めた。「さて、それではいよいよ本番……ルイズ、おぬしの<力>を見せてみるのだ」 頷くルイズ。だが、その手が僅かに震えているのを見て取った太公望は、彼女にまず深呼吸をさせて落ち着かせる。「緊張するな……と、言われても、正直まあ難しいであろう。よいか、ルイズ。いつも通りにやればよいのだ。失敗してはいけない、などと余計なことは考えるな。ただ、思ったままに魔法を使うのだ。いつもと同じようにやる、それだけを心がけるのだぞ」 そして、ふたりはそれぞれの位置についた。「では……始め!」 そして、ルイズは<精神力>を集中しはじめた……のだが。 ――でかい。太公望の顔が引きつった。正直、内心の動揺を隠すだけで精一杯であった。これは……崑崙の幹部クラス――いや、最高幹部『崑崙12仙』並だと……!? ルイズから立ち上った『それ』は……例えるならば1本の大樹。先程試した3人のそれとは比べようもないほどに強大なもの。昨日見たコルベール、そしてオスマンですら比較にならないレベルの<力>。 太公望は、内心で頭を抱えてしまった。前に見たときは、そこまで注意を払っていなかったとはいえ……これほどの<力>を感知しきれなかったとは、我ながら寝ぼけていたのではあるまいかと。 あえて言い訳をするならば、そもそもの<力>の根幹が<精神力>と<生命力>で異なっていたためだという理由がつけられるかもしれないが、それにしても――。 いっぽう太公望以外の面々はというと、こちらは驚愕のあまり声が出ない状況であった。だが……オスマンとコルベール、そしてタバサの3人は、そんな中あることに気がついた。もちろん太公望も。 ――ルイズの杖から<糸>が出ていない。その代わり、銅貨のある位置に<光の玉>と形容すべきモノが出現している。 その光は、魔法が紡がれるたびに大きくなってゆき――そして、終了間際、いっきに収縮を始めた。太公望の顔色が変わる。「そ、総員待避―――ッ!!!!!!!」 一斉に逃げ出す関係者。そして。 ドッゴオォォォォォォォォォオ……ン。 轟音とともに、銅貨であったものは砕け散った――。