見渡す限り何もない広大な荒野。地平線の果てまで人影どころか草一つ生えていない死の世界。まるで大破壊によって消滅したシンフォニア大陸を彷彿とさせる場所にどこか呆然と立ち尽くしている一人の少年がいた。
(どうしてこうなった……?)
魂が抜けかかっているかのような形容しがたい表情を浮かべたままルシアはただ自らがおかれた状況の理解が追いつかずフリーズしたまま。放っておけばいつまででもつっ立っているのでは思えるほど酷い有様。だがそれは無理のないこと。何故ならつい先ほどまでルシアはここから遠く離れたメギドの城にいたのだから。ジェロの迎えから始まった魔界探検ツアー。VIP待遇として四天魔王と面会できる特典付きの業火プラン。だがそれをルシアは何とか順調に消化していった。内心ビビりながらもメギドとアスラとのにらめっこにも耐えようやく終わりが近づいてきたと安堵した時にそれは訪れた。文字通り物理的な終わりが。それは
「さて……ここならば問題はあるまい。どれだけ暴れようが周囲には何もない。思う存分暴れられるというわけだ」
ルシアと対面するように存在している一人の男によるもの。男はどこか待ちきれない、高揚した姿を隠すこともなくルシアに向かって告げる。それはさながら待ちに待ったプレゼントを前にした子供のよう。だがそんな微笑ましさすら消し飛ばしてしまうような圧倒的な存在感と強者の風格。黒髪に角のような物が生えていることからも人間ではないことは明らか。だが何よりも男が持っている剣がその証拠。数十メートルを超えるほどの巨大な剣。およそ剣と呼ぶことすら躊躇ってしまうほどの巨大な物体をこともなげに扱っているまさに怪物。
四天魔王 『永遠のウタ』
それが今からルシアが儀式の名の下に戦わんとしている男の名だった。
ルシアはまるで機械人形のようにギギギという擬音が聞こえかねないような動きでゆっくりとある方向を見つめる。そこには自分とウタから離れた場所にいるメギド、ジェロ、アスラの姿がある。今ルシア達は共に瞬間移動によってこの場所へと移動してきていた。言うまでもなくそれは儀式を行うため。だがその意味を知らなかったのはその場でルシアだけ。薄々本能でよからぬことが待ち受けていることを察知していたものの想像を遥かに超えるレベルの危機。
『四天魔王の一人を下し、バルドルを手に入れる』
それがジェロがルシアを迎えに来た真の理由。バルドルが最も手に入れることが困難なシンクレアとされている所以だった。
(いやいやいや……あり得んでしょ……何で俺がこいつと戦うことになってんの? だってこの人四天魔王ですよ……? 魔界一の剣の使い手ですよ? 何のドッキリ? しかもバルドルを賭けて? 誰だよこんな儀式考えた奴!? 誰もこんな儀式合格できるわきゃねえだろうが!?)
ルシアはその場から脱出したい衝動を必死に抑えながらも心の中で悲痛な叫びを上げるしかない。魔界という場所に連れてこられた時点で何かがあるとは思っていたもののまさかここまでの悪夢が待ち受けているなどと流石のルシアも想定していなかった。ジェロの件もあり既に自分は大魔王の器として認められているのだと思っていたからこそ。だがそれが仮の物であったことをジェロによって先程あっさりとルシアは聞かされた。つまり本物の儀式はこれからなのだということ。そして何よりも今から始まらんとしている儀式は手加減など無い全力の四天魔王を相手にした戦いだということ。
「ふむ、たしかにここなら問題なさそうだな。もっとも周囲に住民がいないのは元々だが……」
「そうだったかしら。確かここはいくつかの山があった場所で暮らしていた民族もいた筈だけれど……」
「ホム」
「うむ、だが一年前からウタがここを修行場に選んでからは誰も近づくことはなくなったのだ。ここに住んでいた者達には悪いが別の所に移ってもらった」
「そう……ウタらしいといえばらしいけれど少しやりすぎじゃないかしら。何も残ってないわ……」
「…………」
まるで日常茶飯事だと言わんばかりの調子で三人の魔王が話している内容にルシアは戦慄するしかない。つまりここ一帯は元々は山脈だったということ。だが今は山どころか草一本残っていない。完全な荒野。大破壊もかくやという惨状。それをウタはやってのけたということ。しかも修行の余波のみで。何よりもその修行は自分と戦うため。ルシアはどうしてこんなことになってしまったのか考えるも後の祭り。もはや退路はない。何故なら
『くくく……どうした主様よ。もっと喜んではどうだ。せっかく四天魔王がここまでお主を待ちわびていたのだぞ、これ以上にない名誉なことではないか』
全ての元凶たる闇の使者がルシアの逃げ道を全て塞いでしまっていたのだから。
『っ!? マ、マザー……てめえ、一体どういうつもりだ!? 俺を殺す気か!?』
『何を人聞きが悪いことを。我がお主を殺すなどあり得ぬ。それにここは感謝してほしいぐらいだぞ。我がジェロに話をつけなければ一年経たずに迎えが来ていたのかもしれんのだからな。そうなればお主もあのドリューとかいうのと同じ末路だったであろう。それともその方がよかったのかの?』
『ぐっ……そ、それとこれとは話が別だ! ならそれを俺にも教えろよ! そうしてりゃこんなことには……』
『ふん。それでもよかったのだがそうなれば主はどうやって逃げるかに躍起になる可能性が高かったからの。なら直前まで黙っておいた方がよいと判断した。もっともその方が楽しそうだったというのもあるがの……ま、仕方あるまい。遅かれ早かれ避けては通れぬ道。万全とはいえぬが準備は整っておる。あとはお主が男を見せるだけよ』
ルシアは自分の胸元でどこか満足気にしているマザーの姿に怒り狂うしかない。今ルシアが右往左往しているのは間違いなくマザーのせい。今の今まで四天魔王の迎えのこともバルドルの儀式のことも黙っていたのだから。だがマザーとてルシアに不利になることは行わない。ジェロに模擬戦を行わせたのもルシアに実戦を積ませる意味もあったがそれ以上にジェロにルシアの才能の片鱗を見せつけ一年間四天魔王に手出しをさせないようにすることが一番の目的。その甲斐もありルシアは何とか儀式に耐えうるであろうの強さを得ることができた。もしそれがなければドリューと同じように呆気なく氷漬けにされていただろう。迎えが来ることを教えなかったのもルシアの性格を考慮してのこと。自らの命の危機に無我夢中で修行させるという選択肢もあったがそれでは一年間精神的に持たないだろうというマザーの計算によるもの。現実逃避をされるほうがリスクが高かったためマザーは今までそれを告げることはなかった。もっと本人も白状したように半分以上はマザーの趣味によるものだったのだが。
『まったく……いい加減覚悟を決めんか。わざわざ主のために我もここで見守っておる。何の心配もあるまい』
『何が見守っているだ!? バルドルのせいでてめえは役立たずなんだろうが! アナスタシスを見習っててめえもさっさとジェロの所に行きやがれ! 邪魔なんだよ!』
ルシアはついに我慢の限界だとばかりにジェロを指さしながら激昂する。ジェロの胸元には既にアナスタシスが控えている。それは儀式においてはバルドルによってシンクレアの力が封じられてしまうため。主に余計な負担がかからないようにアナスタシスは自らジェロの元に移動したのだがマザーは移動するどころかジェロの元からルシアの元に戻ってくる始末。ルシアにとっては今のマザーはしゃべるだけしか能がない石。ウタとの戦いにおいては何の役にも立たない存在だった。
『な、何を言う! 能力は使えなくともお主の傍におるという内助の功が分からぬのか!? お主はいつもいつも我がいなければなんにもできんくせによくもそんなことを』
『内助の功? アナスタシスならまだしもてめえが口にできるような言葉じゃねえっつーの……それに役に立たないのは事実だろうが。全く肝心な時にいつもいつも……』
『き、聞き捨てならんぞ! それではまるで我がいつも役立たずであるかのようではないか!?』
『今更気づいたのかよ……気づくのが十年遅いんじゃねえか……?』
まるで子供同士の喧嘩のようにルシアとマザーは言い争うも結局それは不毛なもの。ルシアにとっては一種の現実逃避。だがその様子をメギドたちもどこか怪訝な様子で見つめることしかできない。今すぐにでも儀式が始まらんとしているにもかかわらず担い手とシンクレアが言い争うなど前代未聞。
「何か問題が起こったのか。先程から何かを言い争っているようだが……」
『それはきっとあれよ……担い手があたしを手に入れるために戦うって聞いてマザーが嫉妬してるのよ! もう、マザーったら心配しなくてもあたしはマザー一筋だっていうのに……』
「……違うわ。きっとウタではなく私と戦いたいと言っているのよ。今からでも代わってもいいのだけれど……」
『……どこから突っ込んだらいいのか分かりませんが御心配なく。あれはいつものことですから……』
溜息を吐きながらもアナスタシスはどこか的外れな解釈をしている二人を嗜めるしかない。マザーがいなくともシンクレアにおいて唯一の常識人であるアナスタシスの苦労が絶えることはない。
「どうした、器よ。シンクレアを使えないことがそんなに気になるのか?」
「っ!? い、いや……それは……」
今まで黙って静観するだけだったウタがまるでもう我慢ができないといった風にルシアへと問いかける。その問いにルシアはびくんと体を反応させるも言葉を詰まらせてしまう。だが
「フン、オレは構わんぞ。何ならジェロに預けているシンクレアも使えばいい。オレにとってはどうでもいいことだ」
「…………え?」
ルシアはウタが続けた言葉によって本当に言葉を失ってしまう。当たり前だ。儀式の根幹であるシンクレアの使用禁止を破っても構わないと言うのだから。だがルシアが驚愕しているのはそのことではない。
ウタはルシアが持っている二つのシンクレアの能力を知っている。
マザーの『空間消滅』とその極みである『次元崩壊』
アナスタシスの『再生』
どちらもシンクレアの名に相応しい強力無比な、場合によっては反則にも近い特性を持つ能力。だがそれを知っていながらもウタは全く意に介することなく使用すればいいと言い放った。それはつまり
例えルシアがシンクレアを使用してもウタにとっては何の問題もないということ。
そんなあり得ない、にわかには信じられない言葉にルシアが固まっている中
『ちょ、ちょとウタ! それはいくら何でもルール違反よ! これは担い手の力を試す試験、あたしたちは抜きなんだから! あたしの役目を無視しないでよ!』
「フン……オレは儀式などどうでもいいんだがな。いいだろう。だが今更儀式を中止する気も先延ばしする気もないぞ。やっとまともに戦える担い手が現れたんだからな……」
『あれ……? またあたし無視されてる? 何であたしこんな扱いなの?』
「さて……余計なおしゃべりはここまでだ。悪いがそろそろ儀式とやらを始めさせてもらうぞ、担い手よ……」
バルドルの悲痛な訴えを全く気にすることなくウタは一歩一歩静かに、それでも力強い足取りでルシアへと向かってくる。それはまるで巨人が近づいてくるかのような揺れと音を生み出していく。逃れられない死の足音に、光景にルシアの表情がこわばるも既に先程までの空気は微塵も残っていない。これから始まるのはルシアにとっては儀式ではなく命を賭けた真剣勝負なのだから。
『ふん、どうやらようやくその気になったようだな……いつも手間をかけさせおって。バルドル分かっておるな。封じるのは我の能力だけだ。よいな』
『え、ええ……構わないわ。流石に全てのDBを封じるのは酷だしね。もう一つの方も配慮しとくわ。でもあなたもモノ好きなことするわよねー。ま、そこがあなたらしいといえばあなたらしいけど』
『……余計な御世話だ。アキよ、聞いた通りだ。残念ながら我は今回は力になれん。だが忠告だけさせてもらうぞ』
『な、なんだよ……』
ルシアは既にその手にネオ・デカログスを手にしながらもマザーの声に思わず気圧されてしまう。何故ならそこには先程までの無邪気さや甘さは全くない。どこかエンドレスを彷彿とさせるほどの凄味がある。
『全力で戦え。手加減も容赦も必要ない。四天魔王に対してそれは無意味だ。一瞬たりとも油断をするな。さもなければ……死ぬぞ』
ルシアはマザーの今までに聞いたことのない忠告に息を飲む。これまでマザーは自らの力を、ルシアの力を誇示することはあっても卑下することはなかった。自分達は勝っても当たり前。マザーの自信過剰ぶりにルシアが言い返すのがお約束。だが今のマザーの言葉にはそれがない。それはつまりマザーにとってもこの戦いは博打に近いリスクがある、敗北の可能性がある戦いだということ。それを理解した上で
『それと勝手に死ぬことは許さん。まだ我はお主から契約の内容を聞いておらぬのだからな』
マザーはあえてルシアが忘れているようなどうでもいいことを口にする。自分達の契約。どんな願いでも一つだけ叶えるという怪しさ満点の約束。それ故にルシアがまだ内容を決めていないもの。
『てめえ……ここでそんなこと言いだすなんて俺を殺す気か? 悪いが俺は自分で死亡フラグを立てる気なんてねえからな……』
ルシアは溜息を吐きながらも気を引き締めながらウタと向かい合う。その瞳に既に迷いはない。これはいつも通りのやりとり。戦闘前に自分をマザーが鼓舞する。ダークブリングマスターとシンクレアの関係。その本当の意味を知らぬままルシアは動き出す。その瞬間、バルドルの光が全てを照らし出す。シンクレアを統べるシンクレアである力。
今、金髪の悪魔ルシア・レアグローブと永遠のウタの戦いの火蓋が切って落とされた――――
先に動いたのはルシアだった。手にするは自らの相棒とでも言える愛剣、ネオ・デカログス。シンクレアを封じられてしまったルシアにとってはそれこそが切り札にして最後の生命線。もしそれが通用しなければ勝機はない。わずかな躊躇いを覚えながらもルシアはデカログスの形態を切り替えながらウタへと疾走する。
『闇の音速剣』
十剣中最速を誇る形態でありかつてはライトニングを持つルナールとの戦いでも活躍した第三の剣。限りなく光速に近い音速の如き速さでルシアはウタに斬りかかる。先手必勝などという考えがあったわけではない。あるのはただの直感。この相手に対して後手に回れば勝ち目はない。今までの戦闘経験から導き出したルシアの直感。だがそれは
「中々の速さだ。ならオレも応えるとしよう」
戦王の名を冠する男の一言によって無残にも砕け散る。
「なっ――――!?」
ルシアは咄嗟に剣の形態を音速剣から鉄の剣に切り替える。瞬間、凄まじい轟音と暴風が辺りを支配していく。まるで竜巻が起こったかのような事態。だがそれは天変地異ではなく紛れもなく人の手、ウタという男によって引き起こされている人災だった。
ルシアは一瞬で思考を切り替えながら自らに襲いかかってくる暴力を紙一重のところで躱していく。だがただルシアはそのあり得ない光景に目を奪われるしかない。
(マジかよ……!? 本当にあの馬鹿でかい剣を振り回してやがるっ!?)
もはや悪い冗談としか思えないような光景。数十メートルを超える超巨大な剣をウタはまるで意に介することなく凄まじい速度で振り回し始める。さながらそれは独楽。遠心力を利用するかのような人間業を超越した絶技。もちろんそのことを知識としてルシアは知っていた。だが知っているのと実際に目の当たりにするのとでは天と地の差がある。
『神の剣』
それがウタが持つ剣の名。争い続ける人々に神が裁きとして落としたとされるもの。一説には巨人が扱っていたのではされる伝説の武具の一つ。その名に相応しい人だろうが亜人であろうが扱うことができないような超巨大な剣。だがそれを為し得る担い手がここにいる。
『魔界一の剣の使い手』
それがもう一つのウタの二つ名。いわば剣聖を示す称号。人間界での剣聖は初代レイヴマスターであるシバ・ローゼス。そしてここ魔界での剣聖は四天魔王である永遠のウタ。彼が神の剣を扱うことによって魔界には今新たな嵐が巻き起こる。ウタは自らの周囲を回転させるように剣を振り回しているだけ。神の剣には特殊な能力は何も備わっていない。あるのはその巨大さと頑丈さだけ。だがそれだけで十分だった。否、それだけだからこその破壊力。その証拠にウタの周りの大地は既に斬り裂かれ、吹き飛ばされ、蹂躙されていく。
(ちくしょう……!! 全く隙がねえ……!!)
その刃の嵐の真っただ中に飲み込まれてしまったルシアはただ全身全霊を以てウタの剣を避け続けるしかない。音速剣の速度であれば一瞬の隙をついてウタ自身に斬りかかることも不可能ではなかった。だが既に剣を振り回しているウタには音速剣は通用しない。
風圧。巨大な剣を扱っているからこそ生じる真空剣にも匹敵しかねない暴風が発生している以上体が極端に軽くなる音速剣では近づくことは愚か使った瞬間に空高く吹き飛ばされかねない。無論そのことは戦う前からルシアは分かっていた。だからこそウタが剣を振るうよりも早く先制したかったのだがまるでそれを先読みしていたかのようにウタは信じられない速さで剣を振るい始めてしまった。危惧していた後手に回ってしまう展開。だがそれだけならまだ対処のしようもあった。遠距離から戦う選択肢もあったのだから。それすらも許さないと言わんばかりにウタは既に剣の間合いにルシアを捉えている。剣の結界とでもいうべき呪縛。そこから逃れる術がルシアにはない。もし離脱しようとすればその瞬間隙が生じ真っ二つにされてしまう。いや、そんな物ではすまない。バラバラに、粉微塵にされてあまりある圧倒的な物理攻撃。
(この剣撃じゃあ大技は使えねえ……! なら……!)
これ以上にないほど不利な状況に陥りながらもルシアにはまだあきらめはない。相手はあの四天魔王。これぐらいの苦戦は計算の内。確かに神の剣の質量による嵐は脅威。もし持っていたのがデカログスであったならこの時点で詰みだったはず。だが今ルシアの手にあるのはただのデカログスではない。かつてキングが持っていたもう一つのデカログスから力を受け継いだ真の魔剣。今まではその強力さから全力を出すことがなかったその能力をルシアは解放する。
「闇の爆発剣――――!!」
斬った物を爆発させる第二の剣。かつては相手を殺さずに制することができた威力だったが今のネオ・デカログスはその比ではない。一突きで大地を崩壊させる程の威力がある。ルシアは爆発剣を以てウタの神の剣の一撃に対抗せんとする。瞬間、剣同士の接触によって凄まじい爆発が巻き起こる。ルシアは爆発と神の剣の衝撃に備えながらも確かな手ごたえを感じ取る。間違いなくウタの剣を破壊して余りある威力。例え剣を破壊することが敵わなくともウタの動きを鈍らすことはできる。その隙に音速剣で斬り込む。だがそんなルシアの狙いは
「ほう。中々面白い剣だな。少し驚かされたぞ」
「――――っ!?」
全く動じることがないウタの声によって無に帰す。瞬間、ルシアの瞳が開かれ時間が止まる。それは自分のすぐ真横。目と鼻の先に神の剣が迫っていたから。だが理解できない事態にルシアは反応が一瞬遅れる。当たり前だ。何故なら先程確かにルシアは神の剣の一撃を捌いた。にも関わらずその剣閃が既に自分を襲いつつある。まさに条件反射といってもいい無意識の動きでルシアは間一髪のところで剣撃を躱すも剣圧によって甲冑が砕け傷を負ってしまう。戦闘には支障がないレベルの物だが痛みによって逆に落ち着きを取り戻したルシアはようやく悟る。先程一体何が起こったのかを。
(まさか……咄嗟に回転方向を逆にして爆発の威力を受け流したってのか……!?)
自らの剣が爆発剣によって爆破される前に回転を逆にし、その威力を受け流しそのまま反撃に転じてきた。言葉にすれば簡単な至極当たり前の対処法。だがそれがどれだけ化け物じみた剣技であるかをルシアは知っている。
確かに爆発剣の威力を受け流すことは不可能ではない。現にルシアもハルの爆発剣を剣技によって受け流したことがある。だがそれはルシアが十剣を知り尽くしているからこそ。その能力と弱点、爆発のタイミングその全てを理解しているからこそできる技術。
だがそれを初見でウタはやってのけた。ルシアが持っている剣の能力など知るはずもないというのに。加えてあの巨大な神の剣を使ってそれをやってのけ、受け流すどころかそのまま反撃に転じてくる。『剣聖』の名すらも霞みかねない武の極致。
「流石だな……ならそろそろ本気で行かせてもらう」
だがそれに感嘆する時間はルシアにはない。先程のルシアの反応に気を良くしたのかウタは笑みを浮かべながら剣の回転を一気に早めて行く。その全てがルシアの一挙一動を見逃すまいとするかのような完璧な剣舞。一瞬で気を抜けばその瞬間、叩きつぶされてしまう死の舞踏。今はまだ対応できるもののこれ以上続けば体力が削られいずれは力尽きてしまう。終わりが見えている戦い。同じ爆発剣の攻撃は通用しない。大技使う隙もない。だがルシアにはまだ手段が残されている。博打にも近い賭け。だがそれを以てしかこの神の剣の嵐から逃れる術はない。
「――――む」
瞬間、初めてウタが困惑の声を出す。それはルシアの剣の形態が変化したことによるもの。だがそれは一番最初に見せた恐らくは速度を上げるための剣。しかしこれまで使用しなかったことからこの状況では使用できない弱点があるとウタは見抜いていた。それを今ここに至って使用することの意味を探るもその解を得るよりも早くルシアは剣舞の風圧によって空高く舞いあげられてしまう。当然の帰結。ネオ・デカログスになったことによってその特性である重さの喪失もまた顕著になっているのだから。それによってルシアは体の自由を奪われ後は落下するしかない。あまりにも無防備な姿を晒しながらも身動きをすることすらできない。
ウタはどこか落胆にも似た表情を見せながらも剣を振り上げながら宙に舞ったルシアを叩きつぶさんとする。先程までの攻防からすればあまりにもあっけない決着。だがその中にあってもウタには油断も容赦もない。これまでも数えきれないほどの戦いの中で強者を葬ってきたウタにとってはこの戦いもなんら変わらない。自分を本気にさせてくれる相手にまためぐり会うことができなかった。ただそれだけ。だがそれは
「ああああああ―――――!!」
咆哮を上げながら己が剣を振り下ろすルシアによって終わりを告げる。
瞬間、凄まじい金属音が辺りを支配する。剣と剣のぶつかり合い。鍔迫り合いとはとても言えないような大きさの差。自分の体の十倍以上の大きさを誇る剣に向かってルシアはその剣を振り落とす。まるでその剣の重さを誇示するかのように。
同時に地震が起きたかのような衝撃が大地を揺るがす。余波と砂煙によって全ての視界が遮られまるで砂漠の砂嵐が巻き起こったかと差隠してしまうほどの光景。だが次第に視界が晴れてくる。その先には
「ハアッ……ハアッ……!」
肩で息をしながら自らの剣を地面に振り落としているルシアの姿と
「…………」
無言のまま自らの剣であった物を見つめているウタの姿があった。
ウタの視線の先には巨大な神の剣の刀身だけが無残にも地面にめり込んでいる。手にあるのは柄だけ。それだけでも優に人間数人分の大きさがあるのだが先程までの神の剣を担いでいた姿からすればその違いは一目瞭然。それは先のルシアの一撃が神の剣を両断したことを意味していた。
(な、何とかなったか……これでダメならマジでヤバかった……!)
ルシアは息を整えながら自らが握っているネオ・デカログスに目を向ける。それは先の音速剣ではない。
『闇の重力剣』
十剣中最高の物理攻撃力を誇る剣。爆発剣が通用しなかった以上ルシアにはこの剣しか選択肢には残されていなかった。問題は重さ故にあまりにも重力剣は扱いが難しいということ。普通に振るえば剣を合わせることすらできないことは先程の攻防から明らか。本来なら音速剣と組み合わせることでようやく扱うことができるものなのだから。だがその音速剣もウタの剣の嵐の前には使用できない。そこで逆にルシアはそれを利用する策に出る。空中からの重力下に向けての斬撃なら扱いやすいこと。何よりも空中の敵に対するためにはウタといえども剣の動きは制限される。巨大な神の剣ならばなおのこと。いくらウタといえども物理法則までもは変えられない。その読み通りにウタはそれまでの回転の動きではなく叩きつぶす上下の剣の動きを見せた。後はそれにタイミングを合わせるだけ。もっともそれも容易なことではなく、もし重力剣よりも神の剣の強度が高かった場合はルシアの剣の方が折られる可能性もあった。しかし結果はルシアの勝利。ウタは剣を失い、ルシアは優位にたった。端から見ればそれは誰の目にも明らか。だが
「なるほど……流石にお主が見定めたことはある。ウタの剣を壊すとは」
「ええ……でも問題はここからね……」
「ホム……」
両者の戦いを観戦している三人の魔王の表情には全く変化はない。それどころかその険しさが増しているのでは思えるほど。その意味を知るアナスタシスとバルドルもまた声を上げることなく静かに戦況を見守っているだけ。マザーもそれは変わらない。これは神聖な儀式。故に四天魔王の情報をルシアに伝えることはできない。共に戦うことができないもどかしさに耐えながらマザーは自らの主の身を案じるのみ。
静寂があたりを支配する。その異様さに流れでいえば優位に立ったはずのルシアですら知らず息を飲む。まるで自分が犯してはいけない、破ってはいけない領域に踏み込んでしまったかのよう。
「……いいぞ、こうでなくては面白くない。準備運動はこれぐらいでいいだろう」
「…………え?」
思わずルシアは疑問の声をあげてしまう。それはまるでここが戦場であることを忘れてしまうかのような感覚。それほどにウタの言葉はルシアにとっては理解できないものだった。
『準備運動』
そうウタは口にした。先程までの攻防。神技とでもいうべき剣の腕を見せた戦いを目の前の男は準備運動と切り捨てた。その意味を理解するよりも早くウタはその手にある巨大な柄を何の未練もなく無造作に投げ捨てる。まるでそんな物など最初から必要なかったのだと告げるかのように。
何故数ある剣の中でウタが神の剣を使用していたのか。そこには大きく二つの理由があった。
一つがその強度。並みの武器ではウタの力に耐えきることができず壊れてしまう。だがかつて神によって造られたとされる神の剣であればウタが扱っても簡単に壊れることはない。だがそれだけなら他にも剣の選択肢はある。にも関わらずわざわざウタがこの剣を使っている理由。
それが二つ目。この剣が魔界で最も扱いにくい剣であったこと。大きさなど二次的な話。ただ扱いづらいことがその理由。もし普通の大きさの剣であったなら楽しむ間もなく敵を葬り去ってしまう。戦いを楽しむウタにとってそれは絶対に避けなければならないこと。
つまりウタにとって先程までの戦いは自ら枷を、ハンデをつけての物だったということ。
ゆっくりとウタはその両拳を動かしていく。自らの胸の前までゆっくりと。それに合わせるように腰も落とされ、両足も広がって行く。まるで走馬灯を見ているかのようにルシアにはウタの動きがスローモーションに見える。
「何万年振りだろうか……感謝するぞ、器よ。さあ、本気のオレを楽しませてくれ」
それが徒手空拳の構えだと理解するも早くウタの姿がルシアの視界から消え去った。
『何を気を抜いておる!? 来るぞ、アキ――――!!』
知らずルシアは真横に飛んでいた。狙いも何もないただ純粋な回避。マザーの叫びに反応するかのようにその手には既に音速剣がある。己が持つ最大速度での回避運動。それが動き始めた刹那
音が世界から消失した――――
「がっ―――!?」
ルシアは何が起こったのか分からないままただ自分に襲いかかってくる衝撃波に耐えるしかない。まるでミサイルが落ちたかのような爆音と衝撃が全てを支配していく。理解できない事態の連続に混乱しながらもルシアは瞬時に受け身を取りながら顔をあげる。そこには
隕石が落下したかのように見渡す限り辺り一面がクレーターのように隆起している地面だったモノがあった。
その中心には拳を振り落としているウタの姿がある。そこは先程までルシアがいた場所。その意味を理解したルシアは戦慄し恐怖する。もしそのままあの場にいればどうなっていたか。間違いなくその拳によって粉々にされてしまっていただろう。
(じょ、冗談だろ……? 何でさっきの剣よりも拳の威力の方が上なんだよ……?)
ルシアは目の前のあり得ない光景によってただ立ち尽くすことしかできない。その拳の威力は天変地異を遥かに凌駕するほど。その衝撃だけでルシアは既に数百メートル以上吹き飛ばされてしまっている。クレーターの規模に至ってはもはや口にすることもできない。ルシアは理解する。何故ウタが自分にシンクレアを使用しても構わないと言ってのけたのか。アナスタシスについてはこの拳の威力が全て。もしこれをまともに受ければ一撃で致命傷となる。奇しくも原作でレットがハードナーに対して行った対策と同じ。一撃で倒せば再生はできないという単純な答え。だがウタの攻撃はその比ではない。渾身の一撃ではない唯の拳でこの威力。避け損なえば、防御し損なえばその瞬間ルシアはこの世から消滅する。そしてもう一つが
(それにさっきの速さは何だ!? 下手したらルナールよりも……!?)
ウタの目にも映らないような速さ。自分の目の前に瞬間移動したのではないかと疑ってしまうような事態。だがそれが間違いなく純粋な移動である証拠が残っている。それはウタの足元。そこにまるでショベルカーが抉ったかのような痕が続いている。その起点は先程までウタがいた場所。つまり瞬間移動ではない物理移動でウタは襲いかかってきたということ。しかもその速度はかつてのルナールと同等かそれ以上。音速剣を使っていたルシアですら反応しきれないような超高速移動。その意味を思い出すより早く
「どうした。来ないならこちらから行くぞ」
ウタが再びその場から爆発するかのような激しさを以てルシアへ向かって突進してくる。その拳でルシアを破砕するために。ようやくルシアは本当の意味で理解する。ウタは魔界一の剣の使い手であると同時に魔界一の拳士であることを。ウタにとっては徒手空拳こそが最も得意な、本来のスタイルなのだと。
「くっ!!」
ルシアは瞬時に意識を切り替えながら自らが持つDBに力を込める。それはワープロード。ルシアの狙いはその瞬間移動によってウタから距離を取ること。近接戦闘はあまりにも危険が大きすぎる。威力もだがその速度がもっとも厄介な点。かつてのルナールは戦斧であり一撃を回避さえすれば第二撃の心配はなかった。だがウタは違う。拳で戦うウタにはその常識は通用しない。密着した状態では剣では拳の速度、手数には敵わない。ならば遠距離戦で勝機を掴むしかない。既にルシアは先の剣での戦いの段階でワープロードのマーキングを行っていた。もっともルシアではなくワープロード自身によるもの。ダークブリングマスターであるルシアだからこそできるDBとの連携。ウタは数百メートあった距離をほんの数秒の間に零にせんと迫ってくる。その恐怖に凍りつきながらもルシアはワープロードによってその場から瞬間移動する。位置はウタから見て正反対。そこまで移動すれば大技を使用するまでの隙は稼げると踏んだ判断。だがそれは
「――――は?」
ウタが見せたあり得ない動きによって崩壊する。それはルシアがワープロードを使用せんとした刹那。間違いなくまだルシアが瞬間移動していない段階。にも関わらずウタはまるで何かを察知したかのように動きを止めそのまま逆方向に向かって跳躍した。
次の瞬間、ルシアは目の前にする。瞬間移動して背後を取った、距離を取ったにもかかわらずその相手が目と鼻の先にいるという悪夢。既にウタの拳はルシアに向かって放たれている。
ルシアは理解することができない。否、誰であったとしてもそれを前にすれば絶望するしかない。それはウタの直感とでもいうべきもの。数多の戦いを潜り抜けてきた戦士のみが辿り着く感覚。戦うために生まれてきたウタだからこそ持ち得る本能。それがルシアの動きとDBの気配を先読みする。もはや未来予知に近い奇跡。
それを理解できないままそれでもルシアは残された意識の全てを総動員してウタの拳を剣で受け止める。瞬間、デカログスが悲鳴を上げる。鈍い金属音が響き渡るもデカログスはただ耐える。その形態は重力剣。攻撃力だけでなく防御力も十剣中最高であるいわば盾としても使える形態。それによって何とか直撃はさけるものの衝撃を殺し切ることができずルシアは遥か彼方へと吹き飛ばされていく。重力剣であるにも関わらずまるで音速剣を使っているかのように軽々と木の葉のように。
「あ……がっ……!!」
何とか剣を地面に突き立てながらルシアはそれ以上吹き飛ばされるのを防ぎ、立ち上がるも少なくないダメージを負ってしまっている。外傷はないものの剣を突破した衝撃ですらダメージを受けてしまう。それが戦王の拳。防御されたとしても相手を倒すことができる無慈悲な一撃。その衝撃と痛みによって悶絶しながらもルシアはすぐさま剣を構える。目論見通りとはいかなかったものの結果的には先の攻撃によってウタとの間には大きな距離ができている。ウタもルシアの様子をうかがっているかのようにまだ動きを見せていない。千載一遇のチャンス。ルシアは力を振り絞りながら己が持つ最大範囲の攻撃を放つ。それは
「闇の真空剣――――!!」
一振りで大地を切り裂き崖を生み出してしまうほどの暴風。例えルナールを超える速度を持っていたとしても躱すことは敵わない範囲攻撃。その威力もかつてのハードナー戦の比ではない。手加減も容赦もない。奇しくも戦闘の前にマザーから受けた忠告通り。ウタを相手に、四天魔王相手に手加減などできるわけがない。その意味を理解したが故の全力の攻撃。その真空波が全てを飲み混む、全てを消し去った――――はずだった。
「…………え?」
ルシアはただ呆然とその光景に目を奪われる。辺りは既に崩壊寸前。これ以上荒廃するはずがないほどの荒れ地をさらに崩して余りある天変地異にも似た真空剣の一撃。だがその中を
「悪くはなかったぞ。だがまだオレには届かん……まさかこれで終わりではないだろうな」
悠然と歩いてくる戦王の姿がある。だがその体には傷一つ付いていない。それどころか服に汚れ一つついていない。あり得ないような事態。だが間違いなく攻撃は直撃したはず。そんな中、ようやくルシアは気づく。ウタの体からまるでオーラのような光が生まれ出ていることに。まるでそれはマザーの絶対領域にも似た光。ウタが本気の時にしか見せない能力であり数万年以上使われることのなかった禁忌の力。それが真空剣を受けてもなお無傷でいられた理由だった。
その圧倒的な力の奔流と絶望感にルシアは膝を突きかけるもデカログスからの叱責によって何とか踏みとどまる。このまま何もしなければ死ぬだけなのだから。
(そうだ……こんなところで死んでたまるか! なんのために今まで必死に足掻いてきたんだ……! 生き延びるためだろうが……!!)
歯を食いしばりながらルシアは剣を握りしめながら音速剣の速度によってウタに向かって疾走していく。距離を取ったとしてもウタの方が速度は上。ワープロードを使ったとしても先の焼き回しになることは必至。イリュージョンによる幻影も同じ。ジェロに通用しなかった手がウタに通用するはずもない。なら立ち向かうしかルシアには手はない。何よりもあの光をどうにかしない限り攻撃は届かない。ウタはこれまでとは違い向かってくるルシアを迎撃する構え。その瞳は歓喜に満ちている。自分の全力を前にして尚も立ち向かってくる相手。それこそがウタが待ち望んだ存在なのだから。
ルシアはそのまま風となりながらウタに向かって剣を振るう。だがその剣閃は二つ。左右からの同時攻撃。二刀剣である闇の双竜剣だからこそ可能な物。しかしその剣は通常の炎と氷の二刀剣ではなかった。それは
「二重の封印剣――――!!」
闇の封印剣の二刀剣。ハルが使用していた二重大爆破の応用技。それこそがルシアの狙い。斬れない物を斬る封印剣で光を切り裂き可能ならばその力を封印する。物理攻撃では封印剣は防げない。逆を言えば封印剣ではウタの攻撃は防げないもののルシアにとってはあの光をどうにかしなければ勝ち目はない。相打ちになったとしても挑まなければならない決死の特攻。だがそれは
「二刀剣か……確かに面白い着眼点だがその程度ではオレには届かんぞ、器よ」
ウタの静かな、それでも重苦しい宣告によって終わりを告げる。
(嘘……だろ……?)
ルシアは声を上げることもできずに体を震わすしかない。だがその震えが剣に伝わることはない。何故なら二本の封印剣はその両方がウタの両手によって掴まれているのだから。
『片手による白羽取り』
例え剣聖であったとしても、それ以外の存在であったとしても為し得ないような絶技。それを両手同時。しかもルシアは間違いなくキングに匹敵凌駕する剣の使い手。その剣閃をこともなげに防ぐなど正気の沙汰ではない。だがそれだけならルシアはここまで動揺することはない。これまでも信じられないような技を見せつけられたのだから。問題は
(封印剣を防ぐなんて……そんなことが……!?)
ウタが封印剣を掴んでいる。その一点。本来触れることができないはずの封印剣を防ぐことができるなどあり得ない。だがその不可能を可能にする力がウタにはある。
『戦気』
それは物理も魔法も超越した数多の戦いを乗り越えたウタでしか持ち得ない究極の闘気。ウタにはいかなる物理も魔法も通用しない。逆にウタの攻撃は物理無効でも魔法無効でも無効化できない。それを突破するにはたった一つの方法しかない。
『ウタよりも強いこと』
ウタの強さを上回る攻撃でなければ戦気を破ることはできない。そこに例外はない。例え次元崩壊でも、魔導精霊力でも、DBでも、レイヴでも関係はない。一撃死のような能力も、状態異常を起こすような特殊能力も全て同じ。『強さ』という基準でウタを超えない限りどんな能力も物量もウタには通用しない。
それがウタが『戦王』と呼ばれる所以。強さを極めてしまったがゆえに辿り着いてしまった孤独な王の称号。四天魔王の中で最も大魔王に近い男の真の力。
「っ!!あ……ああああああ!!」
ダークブリングマスターとしての感覚が、戦士としての感覚がルシアを恐怖させ、理解させる。目の前の男、ウタには小細工は通用しないのだと。ただ純粋に強さで上回らなければ勝機はないのだと。ある意味何よりも分かりすい、そして絶望的な事実。それを振り払うかのようにルシアは二刀剣を瞬時に解除しワープロードによって距離を取る。だがウタはそれを追うことはない。それは直感。ルシアが己が持ち得る最高の攻撃を繰り出さんとしていることを見抜いたからこそ。
ルシアは天高く剣を掲げる。瞬間、凄まじいDBの力がネオ・デカログスに注がれていく。見えない力がそこに集まって行くかのように火花が散り、空気が乾燥し、大地が震えだす。その全てがルシアが放とうとしている技に反応しての事態。
ネオ・デカログスもまた主の力に応えんとその力を振り絞る。生まれ変わってから初めてと思えるような全力に震える。
ルシアはついに振り下ろす。その名を告げながら。
「闇の爆撃波――――!!」
死の爆撃波。かつてキングが得意としていた爆発剣舞であり奥義。それをさらなる高みまで昇華したまさに最後の切り札。その名の通り全てを灰に、死の世界に変えてしまうほどの圧倒的な爆発の波。逃げ場もない、防ぐことできない究極技。だがそれを前にして
「それがお前の全力か……ならオレもそれに応えよう」
戦王はただゆっくりとその右の拳を腰にためる。何のことはない、ただの正拳の構え。だがそれだけで十分だった。特別な技術などウタにとってはお遊びに過ぎない。彼にとってはその拳を全力で振り抜くだけで事足りる。
「受け取れ。これがオレの全力だ――――」
せめてもの立向け、まるで礼を告げるようにウタはその拳を振り抜く。その拳は光の拳、戦気を纏いながら押し寄せてくる爆発の波を切り裂いて行く。その拳の速さも、威力も爆撃波は抑えることができない。できるのはその道を明け渡すことだけ。
ルシアはただその光に拳が迫ってくるのを見つめることしかできない。一体何故自分がここにいるのか、何をしていたのかも忘れてしまうような刹那
「アキ―――――っ!!」
そんな聞き慣れた誰かの声を聞きながらルシアは意識を失った―――――