何一つ残っていないシンフォニアの大地で今、二人の少年が対峙している。銀髪と金髪。シンフォニアとレアグローブ。レイヴとDB。レイヴマスターとダークブリングマスター。光と闇。あらゆる点で対照的な存在。ハル・グローリーとルシア・レアグローブの戦いがまさに始まらんとしていた――――
ハルは自らの武器であるTCMを手にしながら改めてルシアに向かって構える。既に先程までの戸惑いも迷いも見られない。ルシアとは戦いたくないという本心は変わらないもののハルは戦う決意を固めた。ルシアがシンクレアを持っている以上避けることができない戦い。だがそれ以上に先程ルシアによって言われた言葉、それが全て。ハルは臨戦態勢に入りながらルシアがその手に持つ剣を構える姿を捉える。そしてようやくハルは気づく。ルシアが持つ剣が以前とは大きく形を変えていることを。
「アキ……それはやっぱりデカログスなのか……?」
ハルは緊張状態を維持したままルシアに問う。ルシアが手にしている黒い大剣の正体。かつてハルはガラージュ島、エクスペリメントと二度ルシアが黒剣を持っているのを見ていた。その能力がTCMと酷似していることも。そして半年前のジンの塔での戦いでハルはその名を知った。
『デカログス』
TCMと全く同じ能力を持つ最上級DB。キングもまた同じDBを持っていたのだから。だが今ルシアが持っている剣は姿と形が大きく異なっている。刃の形も、何よりもその刀身には十個のDBと思われる物が埋め込まれている。まだ戦ってもいないのに圧倒的な力をレイヴマスターとしての力でハルは感じ取っていた。
「そうか……そういえばお前の前で見せるのは初めてだったな。確かにこいつはデカログスだ。だがキングが持ってた物とは比べ物にならない力を持っている……『ネオ・デカログス』それがこのDBの名前だ」
「ネオ・デカログス……?」
「そうだ、デカログスはお前が持つそのTCMと対を為す存在。だがこいつは違う。完全な上の存在だ」
ルシアはまるで見せつけるかのようにネオ・デカログスの切っ先をハルに向ける。知らずハルは息を飲んでいた。自らの持つTCMにハルは全幅の信頼を寄せている。鍛冶屋ムジカがシバのため作り上げた世界の剣。そしてシバから託された意志。これまでの戦いを切り抜けられたのもTCMがあったからこそ。だがその自信があってもなおハルは感じ取るしかない。ルシアが持つネオ・デカログスがこれまで戦って来たどんなDBよりも強力なものであることを。だがそれは
「だが心配する必要はないぜ。俺はこいつの能力をお前に使う気は全くねえ」
「え……?」
ルシアの理解できない宣言によって消し飛ばされてしまう。ハルは呆気にとられた表情でルシアを見つめ続けることしかできない。当たり前だ。今、ルシアは確かにネオ・デカログスを使う気がないと口にしたのだから。だがそれだけでは終わらなかった。
「それだけじゃねえ……シンクレアも他のDBも使う気もねえ。お前の相手はこの鉄の剣だけで十分だ」
自らの持つ全てのDBを使わない。つまりただの剣一本でハルを相手にするとルシアは告げる。そんなあまりにも信じがたい言葉にハルは驚愕したままその場に磔にされるもすぐに表情が一気に強張って行く。瞳には確かな怒りがあった。ルシアの言葉。それはつまりダークブリングマスターとしての力を自分相手には使う必要がないといわれたに等しいのだから。同時にかつてのエクスペリメントでのレイナとの戦いが蘇る。奇しくも今のルシアの言葉と同じDBなしのレイナとの戦いで手も足も出なかった苦渋の記憶。
「……後悔するなよ、アキ! オレだって半年前より強くなってるんだ!」
ハルは咆哮と共に弾けるようにルシアに向かって疾走する。既にその手にあるTCMが形態を変えつつある。ハルの怒りに、戦う意志に反応するかのように。それはハルが最も得意とする形態。相手を殺さずに制することができる第二の剣。
「爆発の剣!!」
斬った物を爆発させる爆発の剣。これまでの戦いで何度も相手を倒して来た十八番。その一刀がルシアに向かって振り下ろされる。ルシアはその場から動くことなく斬りかかってくるハルを見据えているだけ。躱すことができない完璧なタイミング。ハルはそのまま爆発の剣によって起こる爆発に備えて手に力を込める。そして爆発の剣がルシアに触れようとした瞬間、ルシアはネオ・デカログスによってハルの一閃を受け止める。ハルはそれを目にしながらも気圧されることなく力を解放する。ただの剣であったなら受け止められればそこまで。だが今ハルが握っているのは爆発の剣。例え受け止められたとしても爆発の威力によって相手にダメージを負わすことができる。だがハルはまだ気づいていなかった。今、自分が相手にしているのがルシアであること。その意味を。
「なっ――!?」
ハルは目の前で起こった事態に驚愕の声を上げるしかない。自らの爆発の剣が爆発を巻き起こしルシアを襲わんとした瞬間、まるでルシアはその力を利用するかのように体を逸らしその全てを受け流してしまう。冗談としか思えないような妙技。だがかつて同じ動きをハルは目にしたことがあった。それはガラージュ島でのシュダとの戦い。その時のシュダと同じ動きを今、ルシアが見せている。いや、同じではない。その身のこなしはシュダの比ではない。まるでそう、ハルが爆発の剣を使ってくるのを見越していたかのような完璧なタイミング。
だが驚愕する間もなくハルは咄嗟に自らの剣を構える。それは本能に近い動き。ただ己の身を守るためのもの。ルシアが爆発の剣を受け流したまますぐさま反撃に転じてきた一撃を防ぐため。
「ぐっ!!」
だがそのままハルはその剣撃を受け止めきれずに大きくその場から弾き飛ばされてしまう。凄まじい金属音と衝撃が辺りを支配する中、ハルは体勢を整えんとするも顔を上げた瞬間、すぐさまルシアがその距離を詰め剣を振るってくる。その速度と威力にハルは防戦一方。だが捌き切れない剣撃によって体には少しずつではあるが切傷が生まれていく。ハルは一瞬で悟る。ルシアと自分の間にある力量の差を。かつてのキングとの戦いの時に感じたものを上回りかねない実力差。だが
「……! ならこれならどうだ!」
ハルは渾身の力でルシアの剣を防ぎながら一瞬の隙を突き、その場から姿を消す。いや、まるで姿が消えたかのように凄まじい速度でルシアに向かって駆ける。文字通り風になったかのような速さ。
『音速の剣』
持つ者に音速のような速さを与える第三の剣。ルシアの攻撃を捌き切ることができないと判断し、速度によって剣閃を潜り抜けるためのもの。ハルはそのまま一瞬でルシアの背後へと回りこみ斬りかかっていく。先の攻防によってルシアは咄嗟に剣を振るうことができないタイミング。ハルは自らの勝利を確信するも
「遅え」
それはルシアの感情を感じさせないような声と共に砕け散る。
「ガッ……!?」
ハルは何が起こったのか分からない。あるのは腹部にある凄まじい衝撃と鈍い痛み。気づけばハルは地面の上に蹲っていた。ハルは何とか意識を繋ぎとめながら立ち上がることでようやく何が起こったのか悟る。それは自分とルシアの間にある距離と地面の爪痕。ハルが音速の剣で攻撃しようとした瞬間、ルシアによって蹴り飛ばされたという単純な事実。だがそれ故にハルは驚愕するしかない。隙を突いたはずにも関わらず音速の剣の速度を見抜き、あろうことか剣ではなく蹴りによって反撃をしてくる。まるでそれは――――
「はあああっ!」
ハルは自らの迷いを振り来るかのように再び音速の剣によって疾走する。だがそれは先のそれとは目的が違っていた。速度だけではルシアを捉えることができない。ならさらにもう一つ能力を加えるだけ。TCMだからこそできる複数の形態を駆使した連携技。
「爆…速…連携……シルファードライ……!!」
速さと爆発を組み合わせた音速の爆発剣。だがそれは
「甘い」
「っ!?」
一瞬で目の前に現れたルシアの一閃によって弾き飛ばされてしまう。ハルはそのまま遥か後方まで吹き飛ばされる。まるで木の葉のように。それは使用者の体重を軽くする音速の剣の特性。それによってハルは地面を転がりながらも何とか剣を突き立てることによってようやく止まることに成功する。だがハルは息を切らし、混乱状態にあった。先の連携技。爆発を起こすことなく音速の剣の状態のまま破られてしまった。すなわちそれは音速の剣と爆発の剣の接続の瞬間を狙われたということ。その事実にハルは自らの背中に冷たい汗が流れていることを感じ取る。だがそんな暇すら与えないとばかりにルシアが再びハルに向かって駆けてくる。ハルは咄嗟にTCMを新たな形態に変化させる。自分が落ち着くまでの時間を稼ぐために。
「真空の……!!」
だがそれは寸でのところでルシアの剣によって無効化されてしまう。真空の剣の能力が発生する隙すら与えないといわんばかりに。
「っ! 双竜の……!!」
自らの思考が読まれてしまっている状況に混乱しながらハルは残された最後の剣をみせんとするもそれもこともなげにルシアは切り払う。それどころか二刀剣に変化させることすらできない。分離する瞬間を見切ったかのような一閃。まさに全てを見通しているかのような一撃によってついにハルは吹き飛ばされ地面へと這いつくばる。息は乱れているもののまだダメージ自体は大したものではない。だがハルはその場から立ち上がることができない。あるのはただ一つの感情だけ。
(な……何も通用しねえ……!)
自分の力が、TCMの能力が何一つ通用しなかった。そんなあり得ない事態。これまでの自分の戦いが、自信が粉々に吹き飛んで余りある衝撃。同じ十剣の能力によって相殺されるならまだ分かる。だがルシアが使っているのは何の力ももたない鉄の剣。だがその剣によってハルはTCMの全てを封じられてしまっている。それはつまり特別なのは剣ではなくルシア自身であるということ。ようやくハルは悟る。その理由を。
「ようやく分かったか? TCMは俺には通用しねえ。同じ剣を俺も使ってきてるんだからな」
ルシアは悠然と告げる。自分にはTCMは通用しないと。同じ剣を使っていること。それがハルのTCMが通用しない最大の理由。ハルは思い出す。まるで自分が使う剣を見抜いたかのようなルシアの動きと、隙を狙った攻撃。それは圧倒的な経験の差。
今この世界でもっともTCMを理解しているのは初代レイヴマスターである剣聖シバ。その年月は五十年以上。それには至らないもののルシアもまた長い年月デカログスを使い続けている。故にルシアには手に取るように分かる。
いつ、どんな能力を使うのか。
どの瞬間に隙が生じるのか。
幻とはいえ同じ能力を持つシバと戦い続けてきた経験、デカログス自身による修行。何よりも今ハルが持つTCMの力であればルシアには全く通用しない。覆しようがない絶対的な差だった。
「……どうした、もう終わりか?」
「…………」
ルシアの言葉を聞きながらもハルは俯いたままその場から動くことは無い。自らの持つ力のすべてを否定されたに等しいショックがハルの中を駆け巡る。しかもルシアはまだ何のDBも使っていない。まさに天と地ほどに離れた場所にルシアがいることを突きつけられた形。同時にハルの中に暗い感情が生まれてくる。
『何をやってもアキには敵わない』
一緒に暮らし始めてからずっと抱いていた感情。自分ではアキには勝てない。それでもレイヴを手に入れて旅を続け、確かな自信が生まれつつあった。だがそれは木っ端微塵に打ち砕かれた。やはり自分では敵わない。レイヴとDBの差ではない。レイヴマスターとダークブリングマスターとしての差でもない。自分とアキ。その間にはやはり覆しようのない壁があるのだとハルがあきらめかけた時
「……本当にその剣は飾りだったみてえだな」
そんなルシアの言葉によってハルの折れかけた心が繋ぎとめられる。ハルは顔を上げながら自らが持つ剣に目を奪われる。TCM。五十年間、世界のために戦い続けたシバの魂。レイヴマスターとしての意志の象徴。同時にハルは思い出す。この剣を託された日のことを。その重さを。シバの言葉を。
「ああああああ!!」
全てを振り切るようにハルはTCMを手にしながらルシアへと向かって行く。だがその形態は変化していない。鉄の剣。何の力も持たない剣。だがそれは決して意味のない剣ではない。何故鉄の剣が十剣に含まれているのか。そこには二つの意味があった。
一つが対魔導士のため。全てが特別な魔力持った剣であれば魔導士によって無効化されてしまう危険がある。魔導士は魔力なき物は防げない。封印の剣が魔導士のための防御の剣だとすれば鉄の剣は攻撃の剣。
それが形式以上の理由。だが真の理由は別にある。鍛冶屋ムジカが託した意味はたった一つ。あまりにも単純であるがゆえに気づけない答え。それは
TCMが世界のための『剣』であるということ。
「はああああ!!」
ハルは呼吸を乱しながらもその手にある剣を振るう。何の能力もない唯の剣の一振り。今のハルに残されたのは純粋な剣技のみ。剣士としての力を以てハルはルシアに立ち向かって行く。だがそれはこともなげに防がれ、反撃によってハルは傷を負い、吹き飛ばされる。
「ぐっ……! ま、まだだ……オレはまだ……!!」
みっともなく地面を転がりながらもすぐさま立ち上がりハルは剣を振るう。その姿に一瞬、ルシアの動きが止まるもそれだけ。ルシアも再び容赦のない剣技によってハルを迎え撃つ。ルシアの一撃は大地を揺るがしかねないもの。速さも、技術も今のハルでは及ばない。
『純粋な剣技』
それが今のハルとルシアの間にあるもう一つの差。今のルシアはかつてのキング、ゲイルと同じ領域にある。そしてそれを遥かに超えた頂きこそが剣聖と呼ばれる称号。世界でただ一人、初代レイヴマスターシバ・ローゼスのみに許されたもの。そしてそれこそがムジカが鉄の剣をTCMに組み込んだ理由。
十剣という能力に囚われてしまう危険。ただその力に頼り切ってしまうことを戒めるための、原点回帰のための存在。あくまでTCMは剣であるということ。その根本は剣技であり、それがあって初めて他の剣を扱うことができる。力を持つ者への、シバへのメッセージ。
だがそれを理解したところでルシアとハルの間にある実力差は覆らない。そんなご都合主義は決してあり得ない。既にハルは満身創痍。対するルシアは全くの無傷。どんなにあがいても変わりのようのない結果。今のハルの力では逆立ちしても敵わない。しかしそんなことはハル自身が誰よりも理解している。それでもハルは向かい続ける。そしてそれに全く容赦することなくルシアは応える。手を抜くことなく全力で。そして徐々にだが変化が訪れる。
(これは……?)
ハルは今にも途切れそうな意識の中でも感じ取る。まるで自分が剣と、TCMと一つになって行くかのような感覚。その証拠に最初は一撃すら耐えることができなかったルシアの剣撃に少しずつだが対応できてきている。既に体力は限界、すぐその場に倒れてもおかしくない状態にもかかわらず不思議とハルの心は落ち着いていた。いや、そうではない。まるで自分の力が引き出されていくかのような感覚に昂ぶっていた。それをハルは覚えている。
かつて幼い頃、自分が追いついてくるのをぶっきらぼうに待っていてくれたアキの背中。
「ああああああああ!!」
ハルは残された全てを込めながら最後の一撃を振るわんとする。対するルシアの応えるように大きく剣を振りかぶる。ハルとルシア。二人の距離が一瞬で縮まり零になる。秒にも満たない刹那。だがそのさなかにハルの脳裏にシバの言葉が蘇る。何故シバは五十年もの間戦い続けてきたのか、そんな自分の問いへの答え。一人の少女のために。たった一つの約束を守るために。それがシバの根底にあるもの。なら自分は何なのか。その答えをハルはまだもたない。だが一瞬であるがそれが頭に浮かぶ。それは――――
「……! ハル、大丈夫!?」
「……エ、エリー……?」
ハルは虚ろな意識を取り戻しながら自分を必死に呼ぶエリーの声によって何とか体を起こす。一体何が起こったのか分からなかったもののすぐにハルは気づく。自分が最後の攻防に破れ倒れてしまったのだと。その証拠にTCMは弾き飛ばされ、ルシアはただ倒れている自分を少し離れた場所から見下ろしてるだけ。
「そうか……やっぱオレ、負けちまったのか……」
ハルは呟きながら自らの敗北を悟る。自分の渾身の一撃を以てしてもルシアを倒すことができなかったのだから。確かにそれは間違いではない。その意味ではハルはルシアに敗北しただろう。だがもう一つの意味では勝利していた。それは
「なるほど……ちょっとはマシになったようだな、ハル」
ルシアの頬。そこに確かな切り傷ができていたこと。とても傷とは言えないような小さな物。だがそれでも確かにハルの一撃が届いた証だった。それを前にしながらハルとエリーがルシアに声を掛けようとした瞬間
「あら、そっちも勝負はついたのかしら?」
「…………」
どこか場違いなレイナの声が響き渡る。レイナだけではない。無言ではあるがジェガンもまたその手に剣を担ぎ、巨大な黒龍と共にルシアへと近づいて行く。それはすなわち二人の戦いもルシア同様終わったことを意味するものだった。
「そ、そんな……ムジカさんとレットさんも負けてしまうなんて……」
『プーン……』
「だだだ大丈夫ポヨ……! まだ僕たちも戦えるポヨ……!」
ハルに続き、ムジカとレットまでも敗北してしまうという絶体絶命の事態にグリフ達は焦り狼狽するもどうすることもできない。それほどまでに圧倒的な力を目の前の三人は持っているのだから。ムジカは傷ついたまま倒れ伏し、レットは姿が人間のように変わってしまっているもののまるで樹に取り込まれてしまったように変わってしまっている。加えてハルもまた満身創痍。もはや詰みに近い状況だった。
「レイナ……そっちはもう終わったのか」
「ええ、心配しなくても止めは刺してないわ。そんなことする必要もないくらいだったし、シルバーレイのことも本当に知らないみたいだったわ」
「そうか……」
「ジェガンの方も似たようなもんね。もっともユグドラシルの力で樹にされちゃってるけど。で、どうするわけ? エリーちゃんを奪って行くつもり?」
レイナはどこかからかうような態度でルシアを捲し立てる。まるで面白いことが起こりそうだといわんばかりの表情。ジェガンは無表情のままただそのままルシアの指示を待つだけ。だがそんな二人に対して
「……レイナ、ジェガン。俺から離れるんじゃねえぞ」
そんな理解できない言葉を口にした。
「え? 一体何の……」
こと、とレイナが口走ろうとした瞬間、それは現れた。凄まじい音と共に光がレイナ達を取り囲む。それは七つの光の柱。だがそれはただの光ではない。レイナとジェガンは瞬時それが何なのか感じ取る。魔法。圧倒的な魔力が七つの光の柱一つ一つに込められている。何とかその場から離脱しなければと思考するも完璧な不意打ち、そして光の柱の結界によって身動きが取れない。ハル達は目の前で起こっている理解できない事態に呆気にとられるだけ。だがそんな中、エリーだけ知っていた。ルシア達を襲わんとしている魔法が何であるかを。瞬間、七つの光が降り注ぎ、大地を崩壊させる。一つ一つが大魔法に匹敵するほどの威力。宇宙魔法と呼ばれるもの。
『七星剣』
それがその魔法の名。大魔道である時の番人、ジークハルトが得意とする魔法だった――――
「あ、あんたは……」
「だ、誰ポヨ!? 一体何が起こったポヨ!?」
「お、落ち着いてください! 近づいては危険です!」
エリーは倒れ込んでいるハルを守るように庇いながらもいきなり自分たちの前に現れたジークハルトに対面する。蒼い髪に顔の刺青。白いコート。見間違うことのない容姿。知らずエリーの体は震えていた。当たり前だ。かつて自分の命を狙っていた男が突然自分の前に現れたのだから。だがジークはそのまま一度エリーの姿を見つめた後すぐさま視線を外し、七星剣の着弾地点に向ける。瞬間、エリーは思い出す。間違いなく先の攻撃にルシアが巻き込まれたことを。
「あ、あんた一体どういうつもりなの!? どうしてアキを……!」
「ジ……ジークハルト……どうしてお前がここに……」
「……話は後だ。今はじっとしていろ」
エリーと息も絶え絶えなハルの疑問に答えることなくジークは厳しい表情のまま爆心地を見据えているだけ。エリーたちは一体何が起こっているのか分からないまま。その場を動くこともできない。そんな中次第に魔法による煙が消え去っていく。そこには
「……久しぶりだな、時の番人」
傷一つ負っていないどころか息一つ乱していないルシアの姿があった。そんなあり得ない事態にルシアの身を案じていたはずのエリーたちでさえ言葉を失ってしまう。だが自らの魔法が全く通用していない事態を前にしながらもジークは眉ひとつ動かすことは無い。まるでこうなることは分かり切っていたかのように。
「ゲホッ……ゲホッ……ジ、ジーク……!? 何であんたがこんなところに……!?」
「…………!」
煙によってむせながらもルシア同様無傷のままレイナとジェガンは混乱しながら目の前にいるジークに対面する。二人が無傷なのはルシアが持つネオ・デカログスの力。封印の剣。かつてのエクスペリメントでの戦いと同じくそれによってルシアは七星剣を無効化したのだった。
だがレイナ達を前にしてもジークは無言のままエリーとハルの前に出るだけ。まるで二人を守ろうとするかのように。そんな理解できない事態にレイナ達はもちろんエリーたちも困惑するしかない。
「……あんたの目的はそのエリーちゃんを殺すことじゃなかったのかしら? 一体どういう風の吹き回し?」
「……オレは何も変わっていない。時を守ることがオレの使命だ。そのためにエリー達を守りに来た。それだけだ」
ジークはレイナの挑発とも取れる言葉を聞きながらも一切の迷いなく応える。自らの目的を。そこには以前とは全く違う決意がある。誰かに強制されたわけではない自らの意志が。
「すまなかった……エリー。あの時、オレは魔導精霊力の暴走を恐れるあまりにお前を傷つけてしまった……他にも方法はあったというのに……」
「え……?」
ジークは一度目を伏せながらエリーに謝罪する。かつての自分の行動が過ちだったと。時を守るためという理由に振り回されてしまっていた自分を恥じる言葉。だが今のジークには迷いはない。この半年、自らの目と耳で真実を確かめてきたことによるもの。
「その償いとこの星の未来のためにオレはお前を守る……この命に代えてでもな」
ジークの決意の言葉によってレイナ達もまた戦闘態勢を取り、エリー達はその場に留まることしかできない。ジークの視線はレイナでもジェガンでもなく唯一人に向けられている。金髪の悪魔、新生DC最高司令官ルシア・レアグローブ。かつてのキングと同等、それ以上の時を狂わす可能性を持つ存在。ルシアはそんなジークを見ながらも一言も言葉を発することなく無表情に見つめ返しているだけ。一体何を考えているのか、その場の誰にも分からない。
「そう……相変わらずよく分からない男ね。でも今の状況が分かってるのかしら。私達も含めてルシアもいるこの状況で勝てるとでも?」
「…………」
レイナは呆れかえった表情を見せるしかない。だがそれはレイナが決してジークを侮っているわけではない。その証拠にレイナはルシアの傍から離れてはいない。それは先程の魔法の威力。ルシアによって無力化されたもののそれが下手をすればハジャに匹敵しかねないものであることを感じ取ったからこそ。かつてのジークの強さは六祈将軍と同等のもの。だが今のジークはあきらかにそれを超えている。それは今、レイナ達の上空に描かれている天空魔法陣と呼ばれるものによるもの。その下であれば一時的に何倍もの魔力をジークは得ることができる。レイナとジェガンはその事実は知らないものの恐れはなかった。もしこの場が二人だけであったなら退却を選ばざるをえない状況。だがこの場にはルシアがいる。いかな今のジークといえどもどうにかできる相手ではない。
「言っただろう……例えこの身に代えてでもとな」
だがジークとてそのことは誰よりも理解していた。実際に半年前ルシアと戦い敗れているのだから。その時から実力をあげたものの天空魔法陣の加護があったとしても今のジークではルシアには敵わない。加えて六祈将軍も二人。どうあがいても勝機はない。しかしジークはそれを承知でこの場に現れていた。その言葉通りエリー達を逃がすことだけがジークの狙い。そのための手段を用意した上で。ジークはその手にある小さな魔法石に力を込める。
それはある用途だけのために造られたマジックアイテム。空間転移という大魔法を可能にするもの。半年の間にジークが用意していた切り札の一つ。戦うためでなく誰かを逃がすための手段。その使用には途方もない魔力が必要であるため半年をかけてもジークはそれを一つしか用意できなかった。そしてその発動には一定の時間が必要。そのためには誰かがこの場を足止めする必要がある。例え命を落としてでも。
「…………」
静寂があたりを支配する。ジーク、レイヴの騎士たち、六祈将軍。全ての勢力がまさに一触即発の空気に包まれある一点を見つめている。ずっと沈黙を守っているルシア。彼がどう動くかで一気に状況は動く。ルシアの一挙一動を見逃すまいとジークが構え、それに合わせんと六祈将軍も構える。既に動くことができないハルとそれを支えているエリーは状況を見つめているだけ。そしてついにルシアが何かを口にしようとした瞬間、それは起こった。
「…………え?」
それは誰の声だったのか。それが分からない程の刹那。光が空を支配する。だがそれはジークの魔法ではない。何故ならその光は空に描かれた天空魔法陣を切り裂いてしまったのだから。ジークにとっての補助の魔法を彼が自ら壊すことなどあり得ない。ならルシアなのか。だがそれもあり得ない。ルシアは全く身動きをしていない。そんな隙はなかった。故に残る答えは一つ。
今この場にいる以外の新たな乱入者が現れたということ。
その場にいる全員の視線がその人影に注がれる。だがそれはあり得ない光景。何故ならそこは空中。決して人が立つことができない空間。だが確かにその人物はそこに立っていた、いや座っていた。それは老人。しかしその存在感は常軌を逸している。遥か上空にいるはずにもかかわらず息を飲んでしまうほどの圧倒的強者の風格。
金髪の髪と長い髭。見る者を恐怖させる程の形相。何よりも異質なこと。それは老人が杖の上に乗っているということ。魔導士であるからこそ可能な技。だが老人はただの魔導士ではない。
『超魔導』
大魔道を超える、世界最強の魔導士の称号を持つ男、シャクマ・レアグローブ。
今、さらなる混迷にシンフォニア大陸は包まれんとしていた――――