「すごいポヨー! 綺麗ポヨー!」
まるで新しいおもちゃを手にした子供のようなはしゃいだ声が辺りに響き渡る。だがその声の主は人間ではなかった。見た目は小さなペンギン。それが服を着、その手にはベルのようなものが握られている。その姿からも彼が人間ではなく亜人と呼ばれる存在であることは明らか。
「確かに……まるで空の上にあるトンネルを通ってるみてえだな」
「うむ、言い得て妙かもしれんな」
「その通りポヨ。やっぱり買ってみて良かったポヨ!」
ぱたぱたとはしゃぎながらペンギンのような亜人は甲板を走り回っている。そんな光景を短髪のピアスをした男、ムジカは煙草をふかしながら、竜の顔をした竜人レットは腕を組みながら眺めている。今、ムジカ達はムジカがリーダーを務める盗賊団銀の律動の飛行船シルバーナイツでシンフォニアへと向かっている途中。だがその道中にはどうしても避けて通れない問題があった。
『デスストーム』
それはシンフォニアの周辺に発生している大嵐。五十年前の大破壊によって生まれた異常気象でありとても普通の船で突破できるようなものではない。そこでムジカ達は今、それを突破するためにある手段を使っていた。
『帝国門』
それはシンフォニアの周辺に発生している大嵐デスストームを安全に突破するために帝国が建設した巨大な空のトンネル。その証拠にムジカ達の船はデスストームに晒されることなく飛行することができている。だが本来なら通行料として百万エーデルという大金を払わなければならずムジカ達は資金の問題に頭を痛ませていたのだが幸か不幸か問題を解決することができていた。それは
「しっかし金持ちが考えることは分かんねーな。普通、こんなもん買うか? しかも今まで一度も通ったことがないなんてよ」
「ワシに聞かれても知らん。だが結果的には助かったじゃろう。ルビーがおらねばここを通ることはできなかったのじゃからな」
新たに仲間に加わったルビーの存在があってこそ。ルビーは空中カジノであるエーデルレイクのオーナーであり巨万の富を持つ大金持ち。そして珍しい物を集めることが趣味のコレクターでもあった。旅の途中に偶然そこに立ち寄ったムジカ達は揉め事に巻き込まれながらもルビーを保護することになり、ルビーもまた珍しい秘宝であるレイヴを集める旅をしているムジカ達に同行することになったのだった。
「まあそうだな……これで資金面の心配をする必要はなさそうだが……問題があるとすればあのドリュー幽撃団とかいう連中に目を付けられちまったってことだな」
甲板の柵にもたれかかり、大きな溜息と共に煙を吐きながらムジカは思い返す。それは空中カジノでの出来事。ルビーの資産を狙うドリュー幽撃団のメンバーとのいざこざ。本格的な戦闘が始まろうとした瞬間に正体不明のガスによってその場にいた全員が気を失い有耶無耶になったもののムジカ達はルビーを匿う者として標的にされてしまったのだった。
「ウム。だがあれから奴らが追ってこんのは不可解じゃな。あのままあきらめるような連中ではないはずじゃが……」
「確かに妙だな……何かトラブルでもあったのかね。追ってくるなら借りを返してやるつもりだったんだけどな」
「いや……むしろ助かったのはワシらの方かもしれん。あの三人はともかくドリューに出てこられれば今のワシらでは太刀打ちできん」
返り討ちにしてやるといわんばかりの不敵な笑みを見せているムジカとは対照的にレットは真剣そのもの。それにあてられてしまったかのようにムジカもまた真剣な表情を、戦士としての顔を見せる。何故ならレットは自分たちの中ではもっとも博識であり同時に戦闘を好んでいる人物。そんなレットが戦わずに済んだと言っているのだから。
「……カジノでも同じようなこと言ってたな。そのドリューって奴はそんなにヤバいのか?」
「嘘をついて何の意味がある。事実じゃ。ドリューは恐らくキングに匹敵する強者。今のワシらが束になってかかっても勝つことはできん」
「束にもなっても……か。ハルがいてもか? あいつはキングを倒してるんだぜ?」
「それはハルの父であるゲイル・グローリーがいたからこそ。そのことはハル自身がよく分かっておる。じゃからこそハルも修行を積んでおる。ワシもこのまま黙っているつもりはないが今は認めざるをえん」
「なるほど……でもどうもピンと来ねえんだよな。オレ、実際にキングを見たわけじゃねえし」
「主は六祈将軍とは一度戦ったことがあると言っておったな。分かりやすく言えばそれを六人束ねることができる強さということじゃ」
「…………笑えねえ話だな」
知らず息を飲みながらムジカは思い出す。かつてエクスペリメントで戦った六祈将軍の一人、レイナ。自分と同じ銀術師でありDBを装備している、自分より遥か上の存在。撤退してくれたからこそ助かったもののあのまま戦闘を続けていれば間違いなく敗北していたことをムジカは理解していた。同時にそんなレイナを命令だけで怯えさせることができる程の存在がキング。それと同格の実力をドリューが持つというなら確かに助かったのは自分たちかもしれないとムジカは溜息を吐く。だがそれはドリューだけのことではない。これまでの、そしてこれからのことを憂いてのこと。
「ドリューって奴といいハードナーって奴といいほんとに化け物だらけだな……ま、BGについてはもう心配はねえが……もっと厄介なことになっちまったな」
「……DCが復活したという話のことじゃな」
ムジカとレットは重苦しい空気を纏いながらもその言葉を、事態を口にする。半年前に壊滅したはずのDC。それが復活したという信じられない情報。それをムジカ達はドリュー幽撃団との接触によって知ることとなった。しかも自分たちを、正確にはエリーを狙っていたBGを壊滅させたというおまけつき。実際に大怪我を負ってまでDCとジンの塔で戦ったムジカの胸中は穏やかな物ではなかった。
「BGの連中が追ってこなくなったのは助かったが……それ以上にヤバいことになっちまったんじゃねえか?」
「ウム……じゃがDCはまだ表立っては動いてはおらぬようじゃ。復活を知っておるのは帝国か闇の組織ぐらいじゃろう」
「妙な話だな。何で復活を宣言しねえんだ? BGってのはDC以外の組織で言えば一番でかい組織なんだろ。それを潰したってのに……」
「ワシにもそれは分からぬが……何にせよ用心するしかない。戦うにせよ逃げるにせよDCは避けては通れぬ敵じゃ」
「ああ……六祈将軍の連中も生きてたらしいしな」
「…………」
ムジカとレットはそのまま難しい顔をしたまま黙り込んでしまう。奇しくもそれは同じ言葉、存在によるもの。
『六祈将軍』
(レイナ……あの女、一体何を知ってるってんだ?)
ムジカはそのままかつて戦ったレイナの姿と言葉を思い出す。シルバーレイという自分にとっての大きな目的と同じものを追っている存在。リゼの弟子である自分を目の仇にする理由も結局分からぬまま死んでしまったと思っていたレイナが生きている。ならば遠からず接触は避けられないはず。互いにシルバーレイを探す限り。
(……まだ生きておったとはな、ジェガン……今度こそ貴様はワシの手で……)
レットはその拳を握りしめながら凄まじい憤怒を抑える。自らが愛した女性を殺された男の執念。半年前に仇であるジェガンが死んだことで果たされなかった復讐。だが再びその機会が与えられた。ならば今度こそ自らの手でジェガンを葬り去る。本当ならすぐにでもジェガンを探し出したいところだがDCは身を潜めたまま。闇雲に動いても見つけ出せはしない。ならばレイヴを探す中で間違いなくDCと接触する機会が巡ってくる。レットはその時に全てを賭けんと誓う。
それぞれが己の因縁によって決意を新たにしたその時
「レットさん、ムジカさん! 見てください、もうシンフォニアに着きますよ!」
「本当ポヨ! 太陽の光が見えてきたポヨ!」
『プーン!』
グリフ、ルビー、プルー。三人(?)の不思議生物たちの騒がしい声によってムジカとレットは現実へと引き戻される。その視線の先には確かな日の光がある。長かった帝国門が終わった証。間もなくシンフォニアへと到着するということで騒がしい雰囲気が船内を支配するもののレットはふと気づく。それは
「そういえばハルはどこに行ったのじゃ? 一番に喜びそうなものを……」
自分たちの中で恐らく最もシンフォニアに行くことを楽しみにしていたはずのハルの姿がどこにも見当たらない。エリーは調子が悪いと部屋に戻ったのは知っていたが初めは甲板にいた筈のハルがいつのまにかいなくなってしまっていたことにレットは首を傾げるしかない。
「ハルか……ちょっと考え事があるって船の中に入っていったままだ」
「考え事……? 珍しいの……ハルなら騒がしくこの場でしゃべりそうなものじゃが……やはりDCが復活したことがショックじゃったのか」
「いや……それもあるだろうがきっと本命は別だと思うぜ」
「……本命? 何の事じゃ?」
「新しいDCのキングになったっていう金髪の悪魔のことだ。そのことで悩んでるんだろ」
やれやれと言った風に肩を鳴らしながらムジカは新たな煙草を手に取る。だが事情が分からないレットはそれを黙って見つめているだけ。
「金髪の悪魔……確か十年以上前にメガユニットから脱獄した男だったか……だが何故ハルがそれを気にする必要があるんじゃ?」
「そういえばお前はまだ知らなかったか……ハルは金髪の悪魔……じゃねえ、アキってやつと小さい頃一緒に暮らしてたらしい。兄弟みたいなもんだってな」
「まことか? 確か金髪の悪魔は邪念の塊、世界を滅ぼしかねない存在だとされていたはずじゃが……」
「詳しいことはオレも知らねえがハルが言うにはいい奴だったらしい。エクスペリメントで一度再会したらしいがその時には助けてもらったって話だ……そういえばエリーも面識があるって言ってたな」
「フム……複雑な事情があるということか。だが油断は禁物じゃ。本当に新しいDCのキングがそのアキという男なのだとしたら戦う必要があるかもしれん」
「まあな……オレも直接会ったことはねえから何とも言えねえが用心しておくに越したことはねえ。よし……ルビー、ハルとエリーを呼んできてくれ。後で呼ばなかったって知ったら怒るかもしれねえからな」
「分かったポヨ! プルー、一緒に行くポヨ!」
『プーン!』
話はここまでだと判断し、ムジカはルビーに向かってハルを連れてくるように頼むことにする。子供のようにはしゃいでいるルビーはプルーと共にそのまま探検をするよう船内へと突入していく。賑やかさにあてられながらもムジカとレットはそのままで出口から差してくる日の光を見つめながらもハルとエリーがやってくるのを待つことにするのだった――――
シルバーナイツの船内、その廊下のベンチに銀髪の少年が一人、腰をおろしていた。だがその表情は曇り、沈んでしまっている。いつも明るさを振りまいている普段の姿とは対照的な姿。ハル・グローリー。それが少年の名前。レイヴマスターの称号を持つ存在だった。
(DCが復活した……か。親父と一緒に戦って、キングを倒してやっと世界が平和になったと思ったのにな……)
肩を落としながらハルは自らの手の中にある三つのレイヴを見つめ、かつてのジンの塔での戦いを思い返す。生まれてすぐ離れ離れになってしまった父、ゲイルとの再会。DC最高司令官キングとの死闘。そして父との死別。ハルにとっては忘れることができない出来事。それによってDCは壊滅し世界は平和になったのだとハルは思っていた。だが現実はそう上手くはいかなかった。
『闇の組織の権力争い』
DCがいなくなったこと新たな闇の組織同士の争いが始まってしまった。中でも巨大な勢力を誇る三つの組織であるドリュー幽撃団、鬼神、BGの存在はまさに三すくみ近い睨みあいを続けていたものの最近、その勢力が激変した。それが新生DCの存在。それによりBGが壊滅させられたことで闇の権力争いはさらなる混迷を見せようとしていた。もちろんハルは新生DCの復活に驚いた。自分たちの戦いがまだ終わっていなかったことを意味するのだから。だがそれ以上にハルの心を惑わせる事実があった。それは
(アキ……本当にお前がDCの新しいキングになったっていうのか……?)
金髪の悪魔の異名を持つアキが新生DCのトップ、キングになったという情報をハルは聞かされたこと。ハルにとっては想像だにしなかった事態。確かにDCに所属していたことは知っていたものの本部が消滅してからはアキもまたDCを離脱したのだとばかりハルは考えていた。万が一の可能性として本部の消滅に巻き込まれたことも考えていたので無事であることは喜ぶべきこと。しかしその喜びを吹き飛ばして余りあるショックがその情報にはあった。
初めは何かの間違いだと思いたかったものの考えれば考えるほどハルはそれを否定することができない。まずこの情報がドリュー幽撃団から得られたものだということ。敵である彼らがわざわざハル達にそんな嘘をつく意味は無い。ドリュー幽撃団にとってもDCの復活は恐るべきものなのだから。何よりも金髪の悪魔という言葉。それは間違いなくアキを示すもの。エクスペリメントでのジークやレイナとの接触からハルは認めたくないもののアキがほぼ間違いなく金髪の悪魔なのだと思い知らされていた。そんな異名が知れ渡っている以上、その情報が間違いである可能性は低い。つまりほぼ間違いなくアキが新生DCのトップになっているということ。
(アキ……一体何を考えてるんだ? やっぱりDBのせいでおかしくなっちまってるのか……? でも……)
ハルは頭を抱えながら出るはずのない答えを必死に探す。アキが持っていたDB。ジーク曰くそれは全てのDBの頂点に立つ存在、母なる闇の使者シンクレア。幼いころからアキが肌身離さず持っていた存在。ハルはそのシンクレアのせいでアキがおかしくなってしまっているのだと、そうずっと考えていた。だがハルは知らずそれが間違っているのではないかと思い始めていた。
一つはアキはシンクレアをハルが出会った十年前から既に持っていたこと。本当にシンクレアによって操られているならその頃から操られてしまっているはず。だが記憶の中でアキは特におかしい行動は取ってはいなかった。
もう一つはエクスペリメントでの共闘。自分を攻撃してきた時のアキの表情、そしてエリーを救うための行動。それは間違いなくアキ本人の意志。六年間ずっと一緒に暮らしてきたハルにはそれが分かる。だがだからこそハルには分からない。
アキが一体何を目的に動いているのか。何故シンクレアを持っているのか。何故自分たちから距離を取っているのか。何故助けてくれたのにいなくなってしまったのか。考えれば考えれるほど不可解な状況。何よりも
(本当にDCの新しいキングにアキがなってたら……オレ、アキと戦わなきゃいけないのかな……)
アキと戦うこと。それがハルがずっと悩んでいることの正体。自分と兄弟のように育ってきた親友。本人には恥ずかしくて言ったことはないが本当の兄だと思っている存在。それと戦わなければいけないかもしれない。その事実がハルの心を惑わせる。アキとは戦いたくない。そんな当たり前の感情。
そして今の自分にアキを止めることができるかどうか。そんな不安。エクスペリメントでの戦いの際にジークから聞き及んだアキの実力。恐らくはキングに匹敵するもの。父であるゲイルと二人がかりで倒したキングと同格だとすれば今の自分では到底敵わない。半年間腕を磨いてきたもののまだ父の域に到達できていないことをハルは身を以て知っている。何よりも根本的な意識がハルにある。
『自分は何をやってもアキには勝てない』
それがハルの中の深層意識、コンプレックスと言ってもいいもの。幼いころから遊び、運動、勉強およそ思いつく限りのことでハルはアキに勝てたことがない。同い年であるはずなのにそれは結局アキが島を出て行くまで変わることは無かった。いや島を出てからもそれは変わらない。自分が手も足も出なかった六祈将軍と同等の強さを持つジークを退ける強さ。そしてもっとも気にかかって仕方ないこと。それは―――
「ハル大丈夫? 何だか元気がないけど……」
いきなり声を掛けられたことでビクンと体を震わせながらもハルは何とか声の主に向かって顔を上げる。タンクトップにミニスカートというラフな格好と長い金髪をした少女、エリーがどこか不思議そうにハルを見下ろしている。
「っ!? エ、エリー!? も、もう体は大丈夫なのか……!?」
「うん。ごめんね、心配かけちゃって。もうすっかり良くなったみたい」
「そ、そっか……よかった」
「ハルこそどうしたのこんなところで。何だか元気がないけど……」
「そ、それは……」
先程までちょうどエリーのことを考えていたことから顔を赤くしながらもハルはあたふたするしかない。純情な少年そのものといった風。もしこの場にムジカがいれば間違いなくからかわれるであろう醜態を晒しながらもハルはどう答えたものかと迷ってしまう。そんなハルの姿がおかしかったのかクスクスと笑いながらエリーはすぐに見抜く。ハルが考えていたこと内容を。
「分かった、ハルが何を考えてたか当ててあげる!」
「えっ!? ちょ、ちょっと待てよエリー……それは」
自分の気持ちがバレてしまったのではないか。そんな事態に体を熱くし、汗を流しながらもハルがその場を誤魔化そうとするも
「アキのことで悩んでたんでしょ? ほんとにハルは分かりやすいんだから。そんなにアキのことばかり気にしてたらカトレアさんに笑われちゃうよ」
それが全くの杞憂であったことでハルは思わずその場に蹲ってしまう。エリーはそんなハルの姿にきょとんとしているだけ。もっとも考えていたことの半分は当たりではあったのだが。
「あれ? 違ってた? てっきりカジノであいつらから聞いた話を気にしてるのかと思ったのに……」
「い、いや……間違っちゃいないさ。だけど何でそこで姉ちゃんの話が出てくるんだよ?」
「え? だってハルってあれでしょ、シスコンってやつなんでしょ。アキの場合はブラコンになるのかな?」
「な、何だそれ!? そんなこと誰が言ってたんだ!?」
「違うの? ムジカが絶対そうだって言ってたんだけど……兄弟で仲が良いっていう意味なんでしょ?」
「うっ……ま、まあそうだけどさ……」
顔を引きつかせながらも何とかハルは平静を装う。だが内心は既にムジカにどう落とし前を付けてもらうかで一杯だった。だがそんなハルの顔に向かって突然柔らかい何かが触れる。それはエリーの両手。しかもそれがハルの顔を抑え込んでしまう。まるで福笑いのような顔にされながらもハルは呆気にとられてしまう。
「そうそう。難しい顔ばっかりしてたら疲れちゃうよ。アキのことならきっと心配いらないよ。ママさんも付いてるんだから! あたしたちもちゃんとアキのこと信じてあげなきゃ、ね?」
満面の笑みを見せながらエリーはハルの顔を引っ張って遊び始めてしまう。本当なら恥ずかしさからすぐに振り払う所なのだがハルはされるがまま。単純にエリーの笑顔に見惚れてしまったのが一つの理由。もう一つはエリーがアキを信頼していることが言葉以上に伝わってきたからこそ。だが同時にハルは胸のどこかに居心地に悪さを覚える。まるで胸が締め付けられるような感覚。ハルはまだ知らない。それが嫉妬という感情であることに。
「あ、二人ともこんなところにいたポヨ! 早く甲板に来るポヨ!」
「もうすぐシンフォニアに着きますよ、ハルさん、エリーさん!」
『プーン!』
「え、ほんと!? ハル、早く行こ! きっと豪華なカジノなんかが一杯あるんだよ!」
「そ、そういうところじゃないと思いますけど……」
そんなハルの心境など知らないとばかりに騒がしさのまま三人の迎えが現れ、そのままエリーに引っ張られる形でハルは甲板へと足を向ける。ハルは頭を振りながらひとまずは目的地であるシンフォニアへと向かって行く。
王国戦争。レイヴ。リーシャ。シバ。蒼天四戦士。大破壊。全ての始まりの地であるシンフォニアへ――――
そしてハル達は初めてシンフォニアへと辿り着くもそこはハル達の想像を遥かに超えた場所だった。一言でいえば荒野。地平線の果てまで限りなく続く何もない大地。建物どころか植物一つない無の世界。それが今のシンフォニアの大地、大破壊の真の威力を示すもの。途方に暮れるもののハル達はエリーに導かれるように歩きだす。エリーは頭痛に襲われながらもその先へと進み続ける。レイヴの関連する何かがその先あることを知っているかのように。だがついにエリーが力尽きた瞬間、それは起こった。
「これは……!」
その場にいる全員がその光景に目を奪われる。それは光の世界地図。プルーがその角を地面に突き立てた瞬間、辺りの地面が光り出し光の映像を映し出す。ハル達が今いるこの星の世界地図。だが重要なのはそれだけではない。その地図の中に五つの白い光の柱が生まれていく。それは
「間違いねえ。レイヴの位置だ!」
興奮を抑えきれないままハルは声をあげる。その言葉を証明するかのように光の柱は間違いなくレイヴの位置を示していた。三つの光がシンフォニアを示しているのが何よりも証拠。ハルが持つシバのレイヴ、知識のレイヴ、闘争のレイヴの三つがここシンフォニアに集まっている。そして残る二つの光がそのまま残りのレイヴの位置を示していた。
「二つともここからは距離があるの……」
「南の果てと東の果てか……グリフ、どんな場所か分かるか?」
「サザンベルク大陸とイーマ大陸ですが……すいません、まだそこは未開の地ですから詳細な場所までは……」
「そっかー……でも大体の場所は分かったよね。どっちから行こうか?」
「すごいポヨ! やっぱり付いてきてよかったポヨ!」
今まで不明であった残りのレイヴの場所がおおよそとはいえ判明したことでハル達は喜びはしゃぐしかない。問題は二つの内どちらから先行くか。その議題に移ろうとしたその瞬間、
黒い光が全てを支配した。
「なっ!? 何だこれ……!?」
「黒い光……? 一体これは……」
「レイヴの光が消えちゃったよ!? どうして……」
ハル達は突然の事態に困惑することしかできない。ハル達がレイヴの場所を特定できた瞬間、それを邪魔するかのように黒い光の柱が浮かび上がりレイヴの光を消し去ってしまう。まるでレイヴそのものを否定するかのように。その証拠に世界地図全体が白い光から紫の光を放っている。明らかに異常な、不吉な事態にハル達は息を飲む。
「五つの黒い光……レイヴと同じ数じゃが……」
「明らかにさっきとは雰囲気が違うな……どうなってんだこりゃ」
『プーン……』
「どうしたの、プルー? この黒いのが怖いの?」
そんな中、プルーだけが何が起こっているかを悟りいつも以上に震えながらエリーの足にしがみつく。まるで何かに怯えているかのように。その姿によってようやくハルは悟る。その黒い光の正体を。
「……シンクレアだ。これはきっとシンクレアの位置を示してるんだ」
「シンクレア……? 確かDBを生むDBじゃったか……」
「何でそんなことが分かるんだ、ハル?」
「島を出る時にシバに教えてもらったんだ。レイヴと同じようにDBにも五つの親玉がいるんだって……きっとこの黒い光がそうなんだ」
「なるほど……じゃからプルーがそんなに怯えておるということか……」
「…………」
ハルは思い出す。一年前、島を出る際にシバから聞かされたシンクレアの存在を。王国戦争によって五つに分かれてしまったDBの母。それを破壊しない限りDBは増え続ける。いわばレイヴマスターが倒さなければならない最大の敵。それがこの五つの黒い光の正体。だがそれはハルと、そしてエリーにとってもう一つの意味を持つもの。
「シンクレアねえ……こいつらもレイヴと同じように三ヵ所に別れてんな……」
「ウム、二組の光が二か所と一つだけの光が一か所か……」
ハルとエリーの表情の変化に気づくことなくムジカとレットはそのまま五つのシンクレアの位置を確認する。
まずは一つの黒い光。それは二組の光どちらからも離れた位置にある。
二組の内の一つは南の果てのレイヴの位置と同じ、サザンベルク大陸にある。
そして最後の一組の場所は
「あの……なんか私達のいるところも二つ光ってるんですけど……」
ハル達がいる場所、シンフォニアを示していた。
「――――――」
グリフの言葉と共に沈黙が辺りを支配する。いや違う。まるでその場の空気が止まってしまったかのような感覚。その場にいるだけで金縛りに会ってしまうような重圧がハル達の動きを封じてしまう。それに恐れを為したかのように光を放っていた世界地図は消え去ってしまう。もう役目は果たしたのだと伝えるかのように。
極限状態の中、確かな足音が一歩一歩。静かに、それでも圧倒的な存在感を以て迫ってくる。足音の主からすれば何でもないこと。ただ歩いているだけ。だがそれだけでハル達は体を振るわせる。
ハルはそれが何なのか理解できないまま。まるで突然現れた幽霊と対峙するかのように体に力を込めながらゆっくりと振り返って行く。自分に向かって近づいてくる足音へ向かって。だがそれが誰なのか心のどこかでハルは分かっていた。いや、分かっていても認めたくなかった。
黒い光、シンクレアの光。ハルとエリーは気づいていた。そのどれかがアキが持つシンクレアなのだと。
ハルはそのまま息を飲み、体を震わせながら自分の前にいる男を視界に収める。
全身黒づくめ。黒い甲冑にマント。そこには確かなDCの称号が刻まれている。
背中には身の丈ほどもある大きな剣。かつてハルがエクスペリメントで見た物とは大きく形が変わっているもの。
その胸には確かな輝きを放つ魔石がある。だが以前とは違うこと。それはその数が二つになっていること。
何よりも目を引くのがその金髪。王者を示す、呪われた血を継ぐ証。ハルにとっては六年前、別れた時と全く同じ黄金の光。違うのは
「久しぶりだな、ハル……いやレイヴマスター……」
二人はレイヴマスターとダークブリングマスター。レイヴとDB。シンフォニアとレアグローブ。対極に位置する存在になってしまっているということだけ。
今、ハルにとっては運命の、ルシアにとっては一世一代の舞台が始まらんとしていた――――