『六祈将軍』
DC最高幹部でありキングに選ばれし六人の戦士。それぞれが六星DBとよばれる自然の力を操る特別なDBを装備している者たち。その力は一人一人で一国に匹敵するといわれるほどのもの。まさにDCの切り札。
『無限のハジャ』 『悪魔候伯ベリアル』 『龍使いジェガン』 『銀術師レイナ』 『氷の魔法剣士ユリウス』
シュダを失っているため一人欠けるものの残る五人の六祈将軍が今、キングの手によって混沌の地、ルカ大陸にあるジンの塔に召喚される――――はずだった。
「なんだここは? 何もねえじゃねえか。キングの奴もいねえしよ」
一際大きな身体を持つ魔界の住人、べリアルがきょろきょろと辺りを見渡しながらもどこか不満げに愚痴を漏らしていく。だがそれは無理のないこと。何故なら今、べリアルを含めた六祈将軍のメンバーの全員が同じ心境だったのだから。
何もない荒野。それが今六祈将軍たちがいる場所。自分達を呼びだしたはずのキングの姿も近くにはみられない。ワープロードの力によって間違いなく呼び出されたにもかかわらず理解できない不可解な状況。
「おかしいね。でも間違いなくこれはキングの呼び出しだったはず。いかに美しすぎる僕でもこの状況は理解できないよ。ああ、なんて罪な男なんだ、僕は……」
「それはどうでもいいとして……ハジャ。確かキングは今、エンクレイムを行っていたはずよね?」
「左様。今日は九月九日。一年に一度、この日のみ暗黒の儀式エンクレイムが行われている」
「そうよね。てっきりジンの塔に呼び出されたのだとばかり思ってたのに……どういうこと? それに本部に待機命令を出しておいて急に呼び出すなんて……何かあったのかしら?」
レイナは今の不可解な状況に首をかしげることしかできない。今、六祈将軍には本部にて待機命令が出されていた。しかも一人ではなく五人全員に。滅多に招集されることがない六祈将軍を集めておきながらも待機命令。明らかに不自然な命令にレイナ達は疑問を感じ、本部からは離れ別の場所で待機していた。そしてその矢先のこの事態。何かは分からないが大きな事態、問題が起きているのは間違いない。
「がはははっ! あのキングがやられるようなタマかよ! 殺しても死なねえような奴じゃねえか!」
「…………」
「確かにキングがやられるなんて想像もできないよ。それはともかくみんなあれを見てごらん。かなり遠いけどあれはジンの塔じゃないかい?」
そしてそんな中、自らの額に手を当てながらも陶酔している黒髪の美青年のユリウスが指を差しながらある方向を指さす。そこには微かに見える程度ではあるがジンの塔があった。それはつまり間違いなく自分たちがルカ大陸に呼び出されたのだということ。
「なんだ、やっぱりジンの塔に呼び出したんじゃねえか。キングの奴、DBの操作を間違えたんじゃねえのか?」
「ちょっと考えにくいけどそれしかないね。よっぽど焦っていたのかな?」
「ともかくジンの塔に行きましょう。キングの意図もそれで分かるでしょ。でもちょっと距離があるわね……ジェガン、いつもの龍は一緒に来てないの?」
「…………」
「なんだ、いつもくっついてる龍は連れてこれなかったのかよ。使えねえ奴だな」
「べリアル、そこまでにしなさい。仕方ないわね……ハジャ、あんたの魔法で何とかならない?」
自分の持つ龍を侮辱されたことでジェガンが殺気を持った目で睨みつけるもべリアルは楽しげにそれを煽っている。そんな状況に溜息を吐きながらもレイナはハジャへと声をかける。ハジャは六祈将軍でも最強の存在でありリーダー。加えて魔導士でもある男。ハジャならばジンの塔まですぐに移動できる手段があるのではという考えだった。だが
「…………」
ハジャはそんなレイナの言葉が聞こえていないかのように黙り込んだまま。全く反応を示さない。同時にその視線もある方向に向けられたまま。だがそれはジンの塔へのものではない。何もない荒野に向かって。レイナはそんなハジャの不可解な行動に首を傾げるしかない。
「なんだ、ジジイも使えねえのかよ。仕方ねえ、オレ様の力で一気に移動してやる。お前らさっさと集まりな」
「やれやれ……美しくない言葉ばかり使うね。少しは僕を見習ったらどうなんだい」
「…………」
「全く……ハジャ、早く来なさいよ。置いておかれるわよ?」
べリアルの力によってジンの塔まで移動することが決まり皆がその周りに集まり今にも出発せんとしたその時、それは現れた。
「……? 何だ、ありゃあ?」
それは一つの人影だった。
ローブを纏っている一人の人物。それがべリアル達の前に現れる。その光景にべリアル達は驚きの表情をみせる。何故ならその人物はいきなりその場に現れたのだから。だがそれはあり得ない。ここは見晴らしがいい荒野。先程までここには自分以外誰もいなかったのだから。だがそれを可能にする力を、DBをその人物は持っていた。
「おお! 誰かと思えば君はアキじゃないか! 驚いたよ、まさかこんなところで会えるなんて! これも僕達の美しい友情の為せる技!」
「アキ……? 本当にアキなの? 何でこんなところに……」
「売人のアキかよ。なんだ、てめえもキングに呼び出されたってわけか?」
レイナ達はそのローブの人物がアキであることに気づき声をかけてくる。その背丈、そしてローブの間から垣間見える顔から間違いなくそれはアキ。DBをDCに供給する幹部の一人。何故かは分からないがアキもキングによって自分達同様呼び出されたのだと六祈将軍たちは考える。たった一人、ハジャを除いては。
「…………」
「…………」
アキとハジャ。大人と子供ほどに背丈も違う二人は互いに視線を交わす。まるで互いに相手の思惑を探り合うかのように。他の者たちはそんな二人の姿に疑問を感じるもののすぐに動き始める。ジンの塔、キングの元へと向かうために。だが
「お前達をこの先には行かせねえ……」
それを妨げるように六祈将軍の前に少年、アキは立ちふさがる。まるでこの先に触れてはならない物があるといわんばかりに。
六祈将軍たちはそんなアキの言葉と行動に呆気にとられるしかない。当たり前だ。それはまさに命令違反。DCに反逆するに等しい行為。気が触れてしまったと思われても仕方ないほどの愚かな言葉。
「ああ? しばらく見ねえ間に頭がどうかしちまったのか? オレ様達を止める? 六祈将軍でもねえ非戦闘員のお前が?」
「そうだよ。アキ、冗談にしてももっと美しい冗談をつくべきだよ。ほら、今なら間に合うよ。早くそこをのいて僕達と共にキングの元に行こう」
「…………」
べリアルは笑いながら、ユリウスは子供を宥めるように、ジェガンは無言のままアキと対面する。だが三人には全く恐れも動揺もない。何故なら三人にとってアキは幹部でありながらも戦闘員ではない。気にかけるほどもない存在なのだから。だが
「…………」
そんな三人の思惑を知りながらもアキはその手に大剣を掴む。身の丈ほどもあるのではないかという巨大な剣。その光景に六祈将軍全員の表情が変わる。先程までの言葉だけではない明確な敵対行為。剣を抜くというこれ以上ない意志表示。それを前にしたことでようやく六祈将軍は悟る。アキが本気で自分達を相手にするつもりなのだと。
「本気なの……アキ? 冗談じゃすまされないわよ」
レイナがどこか冷酷さを感じさせる声色で告げる。最終通告。もしここで前言を撤回しないならば容赦はしないという意志。レイナは他の三人とは違いアキが戦えることは知っていた。恐らくは自分たち六祈将軍と同等の実力の持ち主。『金髪の悪魔』の名を持つ少年。だがそれでも正気を疑うしかない。確かにアキが六祈将軍を超える力を持っている可能性もゼロではない。だがこの場には自分を含め五人の六祈将軍がいる。そんな状況で戦闘を仕掛けるなど狂気の沙汰。
そしてレイナ個人としてはアキは有用な人物、パートナーといってもいい存在。これからも自分の探し物についても力を貸してもらうつもりだった存在。できるならこんなところでそれを失いたくはない。レイナはそのままアキの答えを待つ。冗談だったと、そういつものように慌てながら弁明するアキの姿を。だがそれはいつまでたっても訪れない。あるのは明確な敵意だけ。その剣が、ローブの中から垣間見える瞳が先の言葉に偽りは無いと物語っている。
「そう……残念だわ。あなたのこと、嫌いじゃなかったのにね」
レイナはそのまま自らの腕にある銀に、DBに力を込める。いかなアキといえどもDCに牙をむくのなら容赦はしない。裏切り者を生かしておくほどDCは甘くは無いと示すように。
「どうやら本気みてえだな。それに何だその剣は? キングの真似事のつもりか?」
「落ち着きなよ、二人とも。ここは僕に任せてくれ。僕が美しく友人であるアキを止めてみせるよ」
髪をかきあげ、自分に酔いながらも一人ユリウスはアキへと近づいて行く。同時にその手に先程までなかった物体が現れる。それは魔法剣。氷の属性を持つユリウスが持つ六星DB『アマ・デトワール』
「さあ、アキ。心配しなくてもいいよ。僕が美しく君の正気を取り戻してあげよう」
ユリウスはそのまま魔法剣に力を込めながらもアキに振るう。
『行動停止』
それがその能力の名。その名の通り相手を行動不能にしその場に縛り付ける氷の力。どんな相手でも数秒間動きを止めることができるという反則に近いもの。六祈将軍の一人たるユリウスの力。だが
「え?」
ユリウスは呆気にとられたような声を上げることしかできない。何故なら自分の目の前にいた筈のアキが忽然と姿を消してしまったのだから。だがユリウスは混乱するしかない。確かに余裕は見せていたが敵から目を離すほど甘くは無い。しかも自分が力を使おうとしたその瞬間にいなくなってしまっている。まるで
「――――っ!?」
瞬間、凄まじい衝撃がユリウスを襲う。それは拳。何者かの拳が凄まじい勢いでユリウスの顔面に突き刺さる。理解できない事態にユリウスはそのままその鉄拳によって吹き飛ばされる。
「な……顔が……僕の美しい顔が……!?」
ユリウスには一体何が起きたのか分からずただされるがまま。そのまま痛みによって悶絶しその場に蹲ってしまう。あるのはただ自分の美しい顔が傷つけられしまったことに対する心配だけ。
「ちっ……馬鹿が。油断しやがって……」
べリアルはそんなユリウスの醜態を見ながらも先の攻防を見抜いていた。ユリウスが力を使おうとした瞬間アキの姿が消え、突然ユリウスの背後に現れたのを。べリアルは看破する。恐らくは瞬間移動に属する能力のDBをアキが持っているであろうことに。だがべリアルに焦りや恐れは無い。確かに厄介な能力だがそれでも対応できないほどではない。何よりもこのままなめられっぱなしでは六祈将軍の名に関わる。
「しょうがねえ……オレ様が相手をしてやる。光栄に思えよ、アキ。お前には特別にオレ様のDBの力を見せてやる」
邪悪な笑みを浮かべながらもべリアルは自らの指を鳴らす。何かの合図のように。瞬間、あり得ないようなことが起こる。
それはまさに地震。
まるでこの場だけが地震に襲われてしまったかのような振動が起こり始める。それだけではない。辺り一帯の地面がべリアルの合図に合わせるように隆起し、形を変えながらもアキに向かって襲いかかっていく。まるで雪崩のように。意志があるかのように。その規模は地面や岩といったものではない。
大地。
人が生きる上で欠かすことができないもの。それを操ることがべリアルにはできる。それこそがべリアルが持つ六星DB『ジ・アース』の力。その名の通り大地を意のままに操ることができる強力な無比な力だった。
だがそれを覆すことができる存在がいた。
「何っ!?」
驚きはべリアルだけのもの。それは目の前の光景。自分に向かって接近してくるアキの姿。だがあり得ないことが二つあった。
一つはその速度。とても人間とは思えないような速度でアキは動いている。まるで風のように。音速すら超えているのではないかと思えるようなスピード。べリアルの目を以てしても後を追うのが精一杯である程の高速移動。
もう一つがその軌道。いかに速度で優れていようとアキは地面を移動している。ならば大地を操り攻撃を仕掛けるべリアルの敵ではない。だがその全ての攻撃が当たらない。その岩の挟撃も、地面の崩壊も、押しつぶさんばかりの土の雪崩も。アキは難なくそれを躱しながらべリアルへと向かってくる。完璧なタイミングと判断によって。まるでその全ての攻撃を見切っているかのように。
(野郎……調子に乗りやがって……!)
べリアルは予想以外の事態にいらだち、顔を歪ませながらもそのままアキを迎え撃たんとする。だがその姿はまるで無防備そのもの。それはべリアルの自らの身体への自信。魔界の住人であるべリアルは人間とは違いその身体の強靭さも桁外れ。極端な話DBがなくともその肉体だけでも並みの相手ではかすり傷一つ負わせられない程の力を持っている。べリアルはそのまま腕を組みながら自分に迫って来るアキを待つ。剣での攻撃を無傷で受け、そのまま驚愕したアキをDBの力によって打ちのめさんとするために。だがアキが目の前にまで迫った時、べリアルは目にする。それはアキの持つ剣。その形態が先程とは大きく変わっている。瞬間、べリアルは己の全力、最速の対応でアキと自分の間に大地の壁を造り上げる。べリアルも自分が何故そんな行動をしたのか分からぬまま。まさに直感、本能の様なもの。そう、そのままあの剣を受けてはいけないという――――
瞬間、大地が崩れ去った――――
「ぐあっ!!」
べリアルは声を漏らしながらもそのまま遥か後方に吹き飛ばされる。その刹那、べリアルは目にする。自分を守るために造り上げた大地の盾が跡形もなく砕かれてしまっている光景を。同時に悟る。先の剣の一撃の際に凄まじい規模の爆発が起こったことを。大地すら破壊して余りある力を持つ爆発。もし盾を作っていなければ先の一撃で自分が敗北していたであろうことを。だがそんなべリアルの隙を見逃さんとばかりにアキはさらなる追撃を加えんとする。全く油断も隙もない戦士の姿。べリアルは何とかその場から離脱しようとするも間に合わない。だが
「そこまでよ、アキ」
そんなアキの行く手を阻むように銀の塊がアキの周囲を一瞬で包囲する。その数は優に五十を超える。その全てがアキに矛先を向けている。まさに絶対包囲。逃げ場もなく防御も不可能な攻撃。それこそがレイナの持つ六星DB『ホワイトキス』の力。
「卑怯とは思わないでね。こんな状況で戦いを挑んだ自分の愚かさを呪いなさい」
宣告と共に銀の槍の雨がアキに向かって容赦なく降り注ぐ。その矛によってアキを文字通り串刺しにせんと。いかにアキが力を持っていたとしてもここまで。確かに六祈将軍に匹敵、凌駕する実力を持ってはいたようだがここには全ての六祈将軍がいる五対一という状況。一対一の尋常な勝負を許すほどレイナは甘くない。DCに反逆した時点でアキは六祈将軍全員にとっての敵なのだから。レイナがそのまま自らの勝利を確信したその瞬間、
全ての槍は空を切ったかのように地面へと突き刺さってしまう。まるで幻を貫いたかのように。
(これは……!?)
レイナは目の前で起こった事態に戦慄する。だがそれはアキが幻になってしまったからではない。その力をレイナはこれまでのアキとの接触から知っている。ジークによれば偽装する力。だが今の状況でそれがあり得るのか。間違いなく先程までアキはべリアルと抗戦していた。つまり本物、幻ではない。それはつまりべリアルに追撃せんとした時から既にアキは幻と入れ替わっていたのだということ。それは奇しくも自分がDBによってアキを包囲せんとした瞬間。その事実にレイナは自分の背中に嫌な汗が滲んでいることに気づく。
まるでアキに自分の動きが全て読まれているかのようなあり得ない感覚。
レイナとべリアルは体勢を整えながらもアキの姿を捉える。先のレイナの攻撃から離れた場所にアキはいた。その手に剣を持ったまま、息一つ乱すことなく。先程の攻防などなかったのだといわんばかりの姿。知らずレイナとべリアルは息を飲んでいた。ローブによって表情は伺えないものの発せられる雰囲気が先程とは全く違う。そこにいるだけで身がすくんでしまうようなあり得ない重圧。それはまるで――――
「てめえ殺すぞ、このクソガキがあああああっ!!」
そんな空気を壊すかのように絶叫しながらユリウスがアキに向かって突進していく。その表情はまさに鬼その物。先程までの優男の姿は欠片も残っていない。完全にキレてしまっている姿。二重人格と言ってもおかしくないような豹変。自らの美の象徴たる顔を傷つけられてしまった怒りによってユリウスは完全に逆上しアキに向かっていく。
「死ねえええええっ!!」
ユリウスは怒りのままに魔法剣をアキに向かって振るう。同時にその剣から凄まじい冷気が生まれ辺りを凍らせながらアキへと迫って行く。その力によって空気までが氷り、アキへと降り注がんとする。それが六星DBアマ・デトワールの真の力。先の行動停止のような擬似的なものではない。本物の氷の力による凍結。触れれば一瞬で氷漬けになってしまうほどの力。だがそれは
「…………」
アキの持つ剣の一振りによって防がれてしまう。それは唯の剣ではない。そこからあり得ないような規模の炎が生まれている。まるでユリウスの攻撃を、力を知っているかのように完璧なタイミングで紅蓮の炎が氷の力を防いでいく。その光景にユリウスは我を取り戻し驚愕する。自らの全力の攻撃が防がれてしまっている事実に。
「ば、馬鹿な……!?」
それはアキの持つ『双竜の剣』の内の一つ、炎の剣の力。今のアキのそれは六星DBであるアマ・デトワールにも匹敵するもの。
アキはそのまま双剣によってユリウスに斬りかかる。ユリウスはあり得ないような事態を前に身動きをとることができない。非戦闘員のはずのアキに、しかも自らの全力の攻撃を防がれてしまうという悪夢のような状況。そしてそのままユリウスが切り捨てられんとしたときまるでそこに割って入るかのように一人の男がアキの剣を受け止める。
「す、すまない……ジェガン……」
ジェガンは無表情のまま己が大剣でアキの双剣を受け止める。そのままアキとジェガンは互いに睨みあいながら鍔迫り合いを続ける。両者の剣の交差と摩擦によって金属音が辺りに響き渡るも互いに一歩も譲らない。両者の力は拮抗しているように見えた。そう、アキとジェガン以外にとっては。
「…………!」
決して表情を変えることのないジェガンの顔に変化が生じる。わずかな変化だがそれはジェガンにとっては焦りと驚愕を示すもの。確かに単純な剣、腕力という点では拮抗しているといってもいい。だがそれ以外の要素が今まさにジェガンを追い詰めていた。
炎と氷。
アキが持つ双剣の力が鍔迫り合いをしているにも関わらずジェガンへと襲いかかって来る。その証拠にジェガンの両手は凍傷と火傷によって蝕まれていく。だがそれはジェガンだからこそできること。
『ユグドラシル』
ジェガンが持つ六星DBであり大いなる樹の力を操るもの。それはいかなる力も吸収し無力化してしまうもの。今、ジェガンはその力をも以てアキの持つ双剣に対抗している。だがそれでもその力を吸収しきることができず徐々にではあるが手が蝕まれていく。もしユグドラシルがなければ一瞬で両手が使い物にならなくなってしまう規模の力。
「ちっ……!!」
初めて苦悶の声を上げながらもジェガンは全力で剣に力を込め強引にアキと距離を取る。だがそれは拮抗状態から脱するためだけのものではない。ユグドラシルのもう一つの力を解放するためのもの。
ジェガンが手を振るった瞬間、アキの足元から無数の植物が次々と生まれてくる。小さな花のつぼみのようなもの。だがそれはただの植物ではない。ユグドラシルの力によってのみ操ることができる植物。それが一斉に花開きその種を弾丸のようにアキに向かって放って行く。まさにマシンガンのような弾雨。先のレイナの槍の雨にも匹敵する弾幕。
『種子砲』
もしその種の一つでもその身に受ければその瞬間、大いなる樹の力に取り込まれてしまうまさに一撃必殺の技。既にアキに逃げ場は無く幻ではないことは先の攻防で確認しているジェガンは己が勝利を確信する。だがそれは先のユリウス同様、剣の一振りによって破られてしまう。
「なっ――――!?」
「うあああああっ!?」
ジェガンとユリウスはそのまま木の葉のようにその場からはじき出される。圧倒的な暴風、風の力によって。同時にアキを襲うはずだった種子もそれを生み出す花達も為すすべなく吹き飛ばされ力を失ってしまう。
『真空の剣』
その力によってアキは種子に触れることなくその全てを無力化する。さらにはその力によってジェガンとユリウスは吹き飛ばされるもののレイナとべリアルの力によって何とか受け止められる。四人はそのまま並びながらも目を向ける。そこにはまた先程とは異なる剣を持つアキの姿があった。
既に六祈将軍たちに先程までの余裕も自信もない。そんなものはとうに木っ端微塵に砕け散ってしまっていた。まるで自分達の力を全て見抜かれているかのような事態の連続に。しかも相手は全くの無傷。それどころかローブに触れることすらできていない。
それがアキの力。ルナールとの、ジークとの戦いによって王の域に到達した証。そしてもう一つがダークブリングマスターとしての力。
魔石を持つ者では魔石使いには敵わない。
それが母なる闇の使者でない限り。
ある感覚が四人を支配していく。まるでそう、自分達が戦っているのがアキではなくキングなのではないか。そう思ってしまうほどのあり得ない事態。四人はそのまましばらくアキと対面しながらも何とか意識を切り替える。既に先程までの油断や慢心はない。全力でアキを殺りにいくという意志を持って六祈将軍たちはアキと向かい合う。だがその瞬間、あることにようやく四人は気づく。それはアキの視線。それが自分たちではなく全く違う所に向けられていることに。
「…………」
『無限のハジャ』
アキはハジャに向けて視線を向けたまま。同時に他の四人はようやく気づく。今まで自分達が覚えていた違和感。まるで片手間に自分達を相手にしているかのようなアキの余裕とその理由。それはつまり自分達と戦いながらもアキはずっとハジャのみを警戒していたのだということ。つまりは今までの戦いはアキにとって全力ではなかったということ。あり得ない、そして四人にとっては許すことができない侮辱だった。
「てめえ……舐めやがって……今すぐぶち殺してやる!!」
べリアルの怒号と共に四人の六祈将軍が自らの全力を以てアキを葬らんと襲いかかる。
べリアルは自らの持つDB『ジ・アース』の力を限界まで行使し、一帯の大地全てをまとめ、アキを押しつぶさんとする。天変地異にも匹敵する規模の攻撃。
レイナは『ホワイトキス』の力を解放し、銀によって一体の白銀の戦士を作り上げる。『白銀の帝』と呼ばれる銀によって生み出された変幻自在の戦士。ホワイトキスによる力とレイナの銀術師の力が合わさることによって可能な奥義。
ジェガンは自らの腕にあるユグドラシルによって再び樹の力を解放する。先の種子砲だけではなく、もう一つの力も加えながら。ユグドラシルの力によって数えきれないほどの樹が生まれてくる。『王樹の刃』その名の通り樹の王たる樹木による刃のごとき攻撃を可能にする技。二つの技による絶対包囲。
ユリウスは魔法剣アマ・デトワールによって辺りの空気を凍結させながらアキに向かって放つ。それはまさに氷塊。人間一人など容易く押しつぶして余りある圧倒的な質量による攻撃。
それぞれが一国に匹敵する規模の攻撃。避けることも防ぐこともできないもの。それが四つ。だがその状況の中で彼らは聞いた。その声を。
「爆発剣舞……」
瞬間、四人は戦慄する。既に自分達の攻撃は放たれている。もはや勝負は決した。そう断ずるしかない状況。にも関わらず得も言えない感覚が彼らを支配する。アキが剣を振りかぶる動き。それがスローモーションのように映る。そう、まるで走馬灯のように――――
「ま……まずいっ!!」
ジェガンが悲鳴に似た声を上げるもそれは振るわれる。全てを破壊し尽くす剣の一振り。自らの王が持つ最高の攻撃。死の爆撃波。
『デスペラードボム』
その瞬間、全てが消え去った―――――
凄まじい爆音と衝撃が収まった荒野。後には無残な破壊の爪痕が残っているだけ。焼け野原という表現すら生ぬるいほどの爆撃。それがアキの放った奥義。キングが得意としている技だった。それは六祈将軍四人の奥義をまとめて吹き飛ばして余りある規模。だがそんな中、ふらつきながらも何とか立ち上がる四つの影があった。
「ど……どうなってんだ……明らかにオレ達より強えんじゃねえか……!?」
「ジェガン! あんたのDBで吸収してもなおこの威力だっていうの……!?」
「…………!」
「あ、あり得ないよ……アキがこんなに美しく強いなんて……!」
四人は既に満身創痍となってしまっている身体に鞭打ちながらも何とか立ち上がる。だがそれで精一杯。もはや戦う力は残ってはいない。それでもこれはジェガンのユグドラシルの力によって軽減されたおかげ。もしそれがなければ一撃で戦闘不能にされていたに違いない力。その持ち主が凄まじい爆煙から現れる。一歩一歩確実に。まるで悪夢のような光景。知らず四人は後ずさりをしてしまう。それは恐怖。目の前にいるアキへの。その力への。そして四人が完全に戦意を失いかけてしまったその瞬間
『星夜』
そんなどこかで聞いたことのある老人の声が、呪文が響き渡る。瞬間、星が降り注いだ。
それはまるで夜の星空。そう思えるほどの光の星がアキを取り囲み同時に爆発を起こしていく。その規模は先のデスペラードボムに匹敵するもの。星の爆発の波にアキは飲み込まれ姿を失う。凄まじい爆音と衝撃によって四人は視界を奪われ何が起こっているのか分からない。ただ分かるのは自分達も下手をすればその攻撃、魔法に巻き込まれかねないということだけ。だがそれだけでは終わらなかった。
『英雄達の船』
もう一つの呪文と共に遥か上空に船が現れる。海を渡るための船。だがその大きさと風貌がそれがただの船ではないことを示している。何よりも船が空に浮かんでいるなどあり得ない。だがそんなことすら些細なことだといわんばかりにさらなる衝撃が砲撃が船から放たれる。船の直下、アキがいるであろう場所に向かって。その瞬間、まるでこの世のものとは思えないような爆発が巻き起こる。それまでの星の爆発すらかき消してしまうほどの圧倒的な砲撃。
それこそが『無限のハジャ』の力。
ジークが持つ七星剣を上回る宇宙魔法。その二連撃によってアキはその姿を消してしまった―――――
「じ、ジジイ……てめえやるならやるって言いやがれ! オレ達まで殺す気か!?」
「ほんとよ……! 巻き込まれて死ぬなんて冗談じゃないわ!」
「…………」
「でも助かったよ……出来ればもう少し控えめにしてくれると助かったんだけど……」
四人は息も絶え絶えにそれぞれ上空に浮かんでいるハジャに向かって抗議する。何の断りもなしにあれだけの大魔法を連発してきたのだから。自分達を狙ったものではないしてもその余波だけでも死にかねないもの。だが同時に四人は安堵していた。経過はどうであれ目の前の脅威は消え去ったのだから。ようやく訳が分からない、あり得ない事態の連続から解放されたと思った瞬間に四人は気づく。
ハジャが全くその場から動かないことに。そしてその表情が全く変わっていないことに。その視線がある一点を見つめていることに。
瞬間、『力』が辺りを包み込んだ。
まるでこの世の不吉の全てを孕んでいるのではと思えるほどの邪悪な力が生まれてくる。六祈将軍たちはその中心、ハジャの魔法によってクレーターのようになってしまっているその爆心地に目を奪われる。
そこには光の玉があった。人一人程の大きさの光の玉。だがその光からあり得ない程の力が発せられている。背筋が凍るどころではない。その場に倒れ込んでしまい様な圧倒的な力。それが何なのかレイナたちには分からない。だがその光景にハジャでさえ驚愕の表情を浮かべている。そしてその光の玉が徐々にその力を解除していく。
『空間消滅』
それがその力の名。空間さえも歪ませ消し去る禁忌の力。そして今の光の玉はその極み。その力と範囲を操ることによって自らの周囲に張る技。絶対防御とでも言うべき奥義。その前ではハジャの魔法すら通用しない究極の一。
そしてその中から一人の少年が姿を現す。だがその姿は六祈将軍たちが知るものとは違っていた。
金髪。それは王者の証。呪われた血を持つ者である証拠。
顔には大きな切傷がある。だがそれすらもその少年にとっては意味があるもの。その身体の本来の持ち主が受けた心の傷の証。
圧倒的な威風と風格にその場にいる者は誰ひとり言葉を発することができない。だがその胸中はたった一つの言葉に支配されていた。
『金髪の悪魔』
世界中が恐れ忌むべき名。それがこの少年なのだと。
だがそんな中であっても六祈将軍たちは何とか我を保ちながら自分達がどうするべきか思考する。戦うべきか、逃げるべきか。そんな単純な二択。だがそんな選択肢すら金髪の悪魔を前にしては残されてはいなかった。
「「「「―――――っ!?」」」」
瞬間、驚愕が、絶望が四人の六祈将軍を包み込む。それはある事態によるもの。四人共同時に自らが持つDBに目を向ける。何故ならその全てが自分達の命令を受け付けなくなってしまったのだから。
「ど、どうなってんだこりゃ!?」
「そ、そんな……!?」
「………!?」
「な、何故僕の言うことを聞いてくれないんだい、アマ・デトワール!?」
あり得ない事態に四人は焦り狼狽するしかない。当たり前だ。自分たち力の源たるDBが使えなくなってしまったのだから。それも全て同時に。四人はようやく気づく。アキの胸元に一つのDBが掛けられていることに。その不吉な光が、力が辺りを支配していることに。
『母なる闇の使者シンクレア』
この世にあるDBの中の頂点に立つ五つのDBの母。その一つが今、金髪の悪魔が持っているDBの正体なのだと。その前ではDBは何の力も持たない。その子供である六星DBに抗う術は無い絶対的な存在。
絶望的な状況にその場に立ち尽くすことしかできない四人にさらなる衝撃が襲う。それは光。この場から遥かに遠くから光が生まれてくる。目の前にあるシンクレアの光に酷似した光が。
「皆の者……聞くがよい。今、この瞬間、キングは死んだ」
それを見届けた後上空から舞い降りながらハジャが告げる。ジンの塔で行われていた戦いが終わり、そしてキングが死んだことを。
「「「「―――――」」」」
その宣言に四人は言葉を失う。それはハジャの言葉が真実だと悟ったからこそ。魔導士であるハジャであればキングの安否を探ることなど容易いと知っているからこそ。
「そしてキングは我らDCを裏切った……先の光は大破壊。それをキングはDC本部で起こした。我々は最初から嵌められていたのだ……」
さらにハジャは続ける。事の顛末を。キングの裏切り、そしてDC本部の壊滅。度重なる信じられない事態の連続にレイナ達はただ呆然とするしかない。そんな中、ハジャは一歩一歩静かに金髪の悪魔に近づいて行く。四人はその光景に息を飲む。自分達は満身創痍に加えDBも使用不可。もはや自分たちの中で金髪の悪魔に対抗しうるのはハジャのみ。もしハジャが敗北すればこの場にいる全員の命は無い。そう悟るに十分な力と風格を金髪の悪魔とシンクレアは持っている。そしてついにその二人が接触するかに思えた時
ハジャはそのまま膝を突き、首を垂れる。まるで忠誠を誓う騎士のごとく。金髪の悪魔に向かって。
「何やってんだジジイ!? 怖気づいちまったのかよっ!?」
信じられない光景にべリアルは声を上げることしかできない。それは他の者たちも同じ。六祈将軍の中でも最強の、リーダー足る男が命乞いをするなど。だがハジャは全く動じることなく告げる。
「案ずることは無い……全ては定められたこと……」
ハジャはそのまま面を上げる。そこには一人の少年がいた。無表情のままハジャを見下ろしている、六祈将軍を見据えている少年、アキ。金髪の悪魔の二つ名を持つ存在。だが彼にはもう一つの名があった。それは
「新たなる王……『ルシア・レアグローブ』」
呪われた血を受け告ぐ名。まさにDCを受け継ぐに相応しい存在。キングの血を引くもう一人の、新たな王。
『ルシア・レアグローブ』
この瞬間、六祈将軍との戦いの幕が落ちる。
『監督 マザー』 『主演 アキ』 『助演 デカログス、ワープロード』 『効果、演出 イリュージョン』 『番外 ハイド』
そして新たな王の誕生と共に次の幕が上がる。
少年は踊り続ける。今までと変わらず。新たな役を演じきるために。それが何をもたらすのか知らぬまま―――――