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No.32502の一覧
[0] 【チラ裏より】東方永醒剣~Imperishable Brave.(東方Project×仮面ライダー剣)【連載中】[紅蓮丸](2012/11/17 13:06)
[1] 第1話「青き剣士と不死の少女」[紅蓮丸](2012/10/27 16:57)
[2] 第2話「幻想郷の仮面ライダー」[紅蓮丸](2012/03/29 21:23)
[3] 第3話「不死者の望むもの」[紅蓮丸](2012/04/04 00:20)
[4] 第4話「人造アンデッド・トライアルC」[紅蓮丸](2012/03/31 20:45)
[5] 第5話「『幻想』の真実」[紅蓮丸](2012/10/26 11:53)
[6] 第6話「宿命~Inevitable destiny」[紅蓮丸](2012/10/26 11:47)
[7] 第7話「心の形、強さの形」[紅蓮丸](2012/11/17 13:06)
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[32502] 第7話「心の形、強さの形」
Name: 紅蓮丸◆234380f5 ID:d3c4d111 前を表示する
Date: 2012/11/17 13:06
 月を見ていた。
 群生する竹の葉の隙間からかすかにこぼれる月光は、光と呼ぶには暗く、闇と呼ぶには明るい。
 竹の根元に腰掛け、風に揺れる竹の葉越しにその淡い輝きが見え隠れする夜空を見上げる輝夜は所在なさげにため息をついた。
 何より退屈を嫌う自分がこうしてただ月を眺めているだけなのが原因なのは自分でもわかっていた。
 家でやる事と言えば兎達とおしゃべりをするか、彼らの遊びにつき合うくらいなのだが、今日はそんな気分ではない。もう何百年とそんな生活を続けているのに。
 家では月から持ってきた優曇華うどんげの花を管理するのが日課だが、それも今日の分は終わり、その気分転換に夜の散歩に出たのだった。
 そして月を見るのによさそうな場所を見つくろい、そこに腰掛けて月を眺めていたのだ。
 竹に体重を預け、息を吐き出す。
 まだ花の観察を始めていなかった頃は兎の相手に飽き、する事がなくなって困った事も何度かある。
 それは実に久しぶりの事で――
 では、それまで何をして過ごしてきたのか?
 その解答もすでに自ら心得ている。
 妹紅と戦う事。
 戦いそれ自体は回を重ねるごとに頻度は少なくなっていったが、その合間に前回の内容を思い返したり、次回はどう戦おうかと、戦っていない時間にも戦いの事を考えるようになっていった。
 妹紅の体を完膚なきまでに破壊し尽くした事もあるが、自分自身がただの炭になるまで焼き尽くされた事もある。
 彼女が妹紅と戦う理由。
 戦いが好きだったわけではない。蓬莱人とて痛覚はあるし、血を見るのが好きな性分でもない。そうしてまで押し通すような大層な主義主張も持ち合わせていない。
 きっかけは簡単だ。自分が殺されたので怒りに任せて反撃しただけ。その後も腹の虫は治まらず、それが彼女との戦いを持続させた要因である。あの時の事は、未だに思い出しただけで体が燃えそうなほどの怒りを覚える。
 その怒りと憎しみだけだったならば、話は簡単だったのだろう。
 妹紅からぶつけられた彼女の過去。自分を罪人と断じる告発。最初は、頭に血が上ってまともに理解する気もなかった。しかし何度も妹紅と殺し合う内に、少しずつ彼女の内面を垣間見て、輝夜の妹紅に対する感情は次第に変化していった。
 彼女と出会っておよそ300年経った現在――
 正直、妹紅に対して罪悪感がないわけではない。
 蓬莱の薬を彼女が飲んだのは自業自得だと切り捨てる事は簡単だが、容易くそうできるほど輝夜は冷酷になれなかった。蓬莱の薬を地上に持ち込んだのも、それを奪う動機を作ったのも自分である事は事実として認めざるを得ない。
 その後、普通の人間として生活できなくなった事についても、逃亡生活を続けてきた輝夜は少なからぬ共感を覚えた。妹紅本人の言によれば、むしろ彼女は自分よりも辛い生活を強いられてきたようだ。
 戦ってばかりだが、妹紅という少女は根は悪人ではない。すり切れているが本当は優しい面もある人物だと次第に分かってきた。妙な因縁さえ無ければ、もっと好感を抱く可能性もあったかもしれない。
 蓬莱人にならなければ、こんなにも誰かを強く憎む事なく、平凡でもそれなりに幸福な普通の生活をしていたのではないか、と考えると無性に悲しい思いにとらわれた。
 妹紅に同情してしまった輝夜には、自分が彼女の運命を狂わせた事に対する罪の意識が植えつけられてしまった。自分の罪を認めてしまったならば、責任を取らなければならない。
 それが――彼女を殺す理由だ。
 蓬莱人を元の死すべき定めの人間に戻す事はできない。その永遠の命を絶ち切る事もできない。ならば自分が彼女にできる事は、彼女の望み通りに戦う事だけだ。
 妹紅は輝夜を憎み、輝夜は妹紅にやり返す。
 これでいい。
 謝るつもりはない。謝った所で何も変わらないし、そうしたら妹紅と自分が戦う理由が無くなってしまう。
 彼女達をつなぐものは憎悪だ。これが消えてしまうと2人の間には何もない。

「・・・はあ」

 輝夜はため息をついて頭に手をやった。自分の考えている事に自分で呆れたのだ。
 2日前の夜、アンデッドと遭遇した後から、なぜか妹紅との関係をじっくり考えるようになっている。
 あの時も、そろそろまた戦う頃合いかなどと思っていたが、考えてみればそれこそ妹紅の事をかなり意識していると自分で思い始めた。
 しかし当の妹紅は一真なる人物とアンデッド退治に熱中しているらしい。
 今日の昼、霊夢が訪ねてきて、その時にアンデッドや一真の事、さらにはアンデッドの狙いが幻想郷の滅亡かもしれないという話をしていった。それから妹紅がアンデッドに深手を負わされ、そこを一真に助けられた事や、里が襲われたという話も聞いて、それでアンデッド退治かと納得した。
 納得はしたが、自分よりそちらを優先させている風なのが少々面白くなかった。あいつは自分が憎いんじゃなかったのか。
 自分は、妹紅と殺し合っていないと落ち着かない体になってしまったのだろうか?

(馬鹿みたい)

 さっきから思案に暮れていて視界には入っていたが見ていなかった月を見つめ直し、変な考えを振り払う。そんな考えが浮かぶのは、単に手持ち無沙汰で困っているだけだ。
 どうせ、アンデッドがいなくなればまた妹紅と殺し合いを繰り返す日常に戻るだけだ。合間がちょっと広くなるだけだと考えればいい。

「故郷が恋しくなった?」
「悪い冗談ね」

 唐突に掛けられた声に即答する。直前に気配は感じ取っていた。

「あらそう。てっきりホームシックかと」

 振り返ると、夜の闇の中に口を開けた、もっと黒い空間から顔がのぞいていた。金髪の女が空間のふちに肘を立て、組んだ指の上にあごを置いている。
 輝夜は特に驚きもせず、口元に袖を当てながら冷ややかな視線を返した。

「何か用?」
「用がなければ顔を見せてはいけないのかしら」

 その女――紫は余裕を見せるように妖しく微笑んでいる。

「別に用もないのに顔を見せに来たという事?」
「いいえ。幻想郷の出来事を知る機会に乏しいあなたに、最新のニュースをお届けしようと思って」
「・・・気が利くのね」

 それは自分が引きこもりがちな事への皮肉かと、隠した口元をわずかにひくつかせながら――そう思っている時点でもはや図星なのだが――返事をすると、紫は微笑んだまま少し首を傾げさせた。

「それほどでも」

 このスキマ妖怪には全部見透かされているようで、どうにも居心地が悪い。

「で、どんなニュースかしら? 天狗の新聞よりは信憑性がある事を期待するわ」

 そう言うと、紫はスキマから腕をどけ、背筋を伸ばした。

「本日正午過ぎ、外の世界から幻想郷に仮面ライダーがもう一人やって来ました」

 いかにもアナウンサーのような口調ですらすらとしゃべる紫。

「仮面ライダー?・・・ああ、アンデッド退治の」
「そうそう。彼の名前は相川始。ダークなヒーロー、仮面ライダーカリスに変身するそうよ」
「ダークなのね。って、あなたこそ伝聞?」
「そうなんだけどね。情報提供者は、あなたもよく知ってる寺子屋の先生」
「あー・・・まあ、情報源としては信用できるわね」

 慧音の里での評判は知っているし、何回か口を聞いた事はある。主に妹紅絡みで。なので心象は今一つよくない――正しくは、相手が自分に抱いた心象が悪そう、だが。

「彼女によると、やって来てさっそくアンデッドを1体封印したの。頼りになりそうなんですって」
「そう」
「あなたのライバルと協力して、らしいけど」
「・・・ふうん」

 もう一度半眼を突き刺す。いちいち妹紅の事を強調するあたり、悪意しか感じられない。

「幻想郷に入ってきたアンデッドを全て封印するつもりみたい。それまでは人間の里に滞在するらしいわ。やる気に満ち溢れてる。素晴らしいと思わない?」
「そうね」

 さっきまで時間を持て余していた自分への当てつけに聞こえる。
 どうにも言葉の端々に棘があるような気がしてならない。過剰に意識しているのかも知れないが、それこそ見透かされているようで気に入らない。

「一度、お話しするのもいいんじゃないかしら」
「・・・なんで私がそんな事しなきゃいけないのよ」

 妙に話が飛躍して、心から疑問が生じた。

「どうせやる事ないんでしょ? ライバルもアンデッド退治に夢中で構ってくれないし」
「言う事はそれだけ?」
「それだけ。じゃあね」

 これ以上神経を逆撫でするようならスペカ切ろうかと思って言うと、あっさりスキマを閉じた。

「何だったのよ・・・」

 紫が退場し、元の薄い闇に戻った竹林に輝夜のつぶやきが吸い込まれた。
 どうも今回は終始内心を見透かされ、転がされていたような気がする。
 とりあえず月を見上げる。

「・・・・・・」

 さっきと変わらず夜空に輝いているそれをぼんやりと眺めながら、紫に言われた事に意識を向けた。
 アンデッドやライダーとやらに別段興味はないが、実際やる事はない。
 そういえば、明日の十五夜に食べる団子の材料が足りないので里へ買いに行くと兎達が話していた。それなら、それについて行ってみよう。ついでに他にも何か買っていいし、相川始なる人物にも会えるかもしれない。
 ならばさっそく兎達に話をしなければと腰を上げた。結局まんまと紫に乗せられた気もするが。
 空いていた予定が埋まった事で輝夜は少し上機嫌になって帰って行った。


◇ ◆ ◇


 秋の夜は風が冷たい。
 その冷たい空気を切り裂く白い影。
 八雲藍は自慢の尻尾をふわりと広げつつ、霧の湖付近の木立の中へ降り立った。

「さて・・・」

 そうつぶやいて頭を巡らす。
 慧音に聞いた話では、昨日、剣崎一真は正体不明な怪人とここで戦ったらしい。何か手がかりはないかとその現場に足を運んだのである。
 木々が月明かりを遮って暗いが、妖獣・九尾の狐の目には、その程度の明るさで十分だった。
 少し歩くと、木々が穿たれたり燃やされたりへし折られたりしている所があった。
 それらの周りに視点を巡らすと草地に染み込んだ緑の液体――そんなものさえ見逃さない――、そして切断された長大な緑色の翼を2枚見つけた。
 翼を持ち、緑の体色をしていたという話だったから、これらはその正体不明のものに違いない。

「ふむ・・・」

 予想以上に大きな証拠品が見つかった事に拍子抜けさえしつつ、藍は袖の中から取り出したケースに血液を吸い込んだ土を地面からもぎ取って放り込んだ。
 そのケースを袖の中へ戻し、翼を拾い上げる。これらを調べれば、かの存在の正体が明らかになるに違いない。



「ふわ~ぁ・・・」
「紫様! どちらへおいでだったのですか!?」

 紫の屋敷に戻った藍は、姿が見えないので探していた主が廊下で大きく口を開けているのを見つけるや否や大声を上げた。

「ちょっとね、アンデッドによって日常に変化が現れた人の様子を見に」
「こんな時に何をされているのですか! 紫様は今、力が発揮できない状態なんですから、スキマを使うのは控えていただかないと」

 まくし立てる藍と、それを尻目に欠伸しながら部屋へ足を向ける紫。

「なんかこうしたら面白い事になりそうだから」
「は?」

 明かりもない真っ暗な廊下の角を正確に曲がる紫の後に、藍は大きな尻尾を押さえながら続いて曲がった。

「幻想郷で私がちょっかいを出さないなんて考えられないわよ」
「いやあの紫様」
「困ったちゃんでごめんね」
「何言ってるんですあなたは!? まったく、こんな時まで勝手な事をなされては――!」
「はいはい、わかったから。それよりあなた、頼んだ件は?」
「え? ああ、例の正体不明ですね。昨日、剣崎一真が戦ったという場所で、それらしい血液と切断された翼を回収してきました。これを調べればわかるでしょう」
「ご苦労様。じゃ、お休み」

 最後にそう言い残し、スキマ妖怪は襖の奥へ姿を消した。

「・・・はあ」

 藍はため息をつき、体を尻尾より小さく丸めたのだった。


◇ ◆ ◇


 闇の妖魔が、月夜に舞う異形の姿を捉えていた。

「うふふふ」

 その幼い体を包む漆黒のワンピースが溶け込んでしまいそうなほどに深い闇の中で、ルーミアは短めの金髪をなびかせ、幼い顔だからこそ恐怖を感じさせるような笑みを浮かべていた。
 彼女の笑い声は周囲の暗黒の中に響き、そして消えた。

「獲物だ獲物♪ どうやって食べよっかな」

 嬉しそうに両腕を広げながら闇と共に素早く飛び立ち、獲物まですぐに到達した。

「えいっ!」

 標的を暗い空間で包み込む。これで獲物は何も見えなくなったはずだ。
 闇を操る程度の能力を持つ妖怪・ルーミアにとって夜は正しく彼女の時間。闇に隠れて接近し、闇で覆い尽くして視界を奪う。この方法ならば逃げられる者はいまいと考えて初めて使った作戦だ。どうして今までこんな素晴らしい戦法を思いつかなかったのか。
 スペルカードを使わず人を襲うのは本来ルール違反だが、ルーミアはそういう事はあまり気にしない性格だ。それに今度の標的は人間ではなさそうだ。

「ふふ・・・いただきまーす!」

 猟奇的な笑顔で、長い爪の生えた腕を力一杯突きこんだ。
 ガキン!

「・・・あれ?」

 爪から腕に伝わってきたのは、期待していた、柔らかい肉を引きちぎる感触ではなく、硬い物同士がぶつかるような手ごたえと音。

「?」

 ルーミアが不思議がっていると、目前の丸い暗闇の中から突然、高熱を持った赤い光が噴き出した。

「あちっ!?」

 突然の炎をまともに浴びたルーミアは動転し、服についた炎の尾を宙に引っ張るように急速降下していった。

「あちち、熱い熱い!」

 森の中の地面に後ろから突っ込む。ルーミアの尻についた火は、柔らかい土に覆われた事でしばらくすると消えた。

「はぁ~、助か――」

 安堵の声を上げるルーミアの前に、何かが降り立った。今しがたルーミアが襲った怪人だった。
 異形の顔と緑の皮膚が月明かりを鈍く反射させ、妖怪であるルーミアでさえ不気味だと思った。
 おもむろに怪人は無言で両腕をルーミアへ向けた。尻餅をついた姿勢のままよく見ると、手首の部分に穴のようなものがあり、そこから煙が立ち上り、熱気を発していた。

「・・・らないのかー?」

 ひきつりまくった顔でルーミアがつぶやいた次の瞬間、怪人は両腕から炎の奔流を解き放つ。

「きゃ――」

 ――よりも一瞬早く、高速で飛来した霊気の刃が、怪人がいた場所に突き刺さった。
 紙一重でそれをかわした怪人は、立て続けに撃ち込まれた多量の針の雨から逃れるべく、低空を滑るように飛んだ。

「・・・?」

 体を縮こまらせて頭を両手で覆っていたルーミアは、いつまで経っても自分が何もされないので恐る恐る顔を上げ、ようやく状況の変化に気づいた。
 目前にいたはずの緑の巨体は忽然と消え、きょろきょろと見回したが姿が見えない。と、上方から羽ばたきのような音が聞こえたので空を見上げた。
 赤と緑、夜天を駆け巡る2つの影が月光に浮かび上がる。待宵月の明かりは、結構はっきりと両者の姿を照らし出していた。そのうち赤い方にはルーミアは見覚えがあった。あの巫女だ。
 上空でお札やら針やらが飛び交い、火炎が空を焼いている。

「・・・助かったのかな?」

 突如現れ、目まぐるしい空中戦を繰り広げる霊夢を、ルーミアはほっと胸を撫で下ろしながら見上げていた。
 両者とも動きが非常に素早いが、霊夢がルーミアも呆れるほどの超人的な動きで命中と回避を両立させているのに対して、怪人の方は霊夢に肉薄しようとするものの彼女についていけないでいる。しかし陰陽玉から吐き出される大量のホーミングアミュレットやパスウェイジョンニードル、更には先ほどの刃状の大型弾『エクスターミネーション』を受け続けているが、まともなダメージにはなっていないようだった。
 すると霊夢は他の攻撃は動きを制限させることに使い、エクスターミネーションを当てる事に重点を置くように戦法を変えてきた。
 怪人は避けようとするものの、それでも霊夢は順調に弾幕を当て続けた。多少の回避運動も、彼女の勘の前には意味がないとさえ言える。だが、やはり有効打にはなっていない。

「もう、手間かけさせてくれるわね! じゃあ、これでどう!」

 巫女がポケットからカードを取り出していた。怪人はそれを見てピクッと反応していた。

「『夢想封印むそうふういん』!」

 闇夜の隅々まではっきり響き渡る声で高らかに霊夢が宣言すると、彼女の周囲に眩いばかりに輝く大きな光の球体が8つ、周りながら現れた。
 光の尾を引いて夜の世界を真っ白に浮かび上がらせる、流星のような――いや、それ以上に幻想的な光の奔流を、ルーミアはただじっと見ていた。
 怪人が身を翻すのと、8つの光弾が一斉に怪人に向かっていくのは同時だった。
 怪人は上下左右に動き回るが、夢想封印はその動きをぴったりと正確に追いかける。
 やがて1発が怪人の背中で炸裂、空が一瞬明るくなるほどの強烈な閃光と衝撃音を発した。
 残りの7発も次々に命中し、夜という巨大な暗闇の全てを打ち消さんばかりに世界が照らし出した。
 そして光が消えて闇が戻った空に浮いて、霊夢はしばらく夢想封印が炸裂した辺りを見つめていたが、やがて地上へ降り立ち、ルーミアの所へ歩み寄ってきた。

「ああ、あんたか。暗いからよくわからなかったわ」

 何の感動も興味もないという表情でルーミアに声をかけてくる霊夢。

「やっぱり目悪いんじゃないの?」
「だから私は鳥目なんかじゃないっての」

 助けられた事ですっかり気を緩めるルーミアと、片眉を吊り上げる霊夢。

「じゃあ、さっきのヤツ、どんなだった?」
「どんなって・・・」

 口ごもる霊夢ににやにやと笑みを向ける。

「姿もよく見えないのにやっつけちゃったんだ」
「そ、そんな事はないわよ! 今のはアンデッドに違いないわ!」

 霊夢は腕をわたつかせながら反論した。

「あんでっど?」
「外の世界から幻想郷に来た怪物よ。不死身で倒す方法が限られてるから手を焼いてるの。今のも綺麗に当たってたけど死んでないはずよ」
「そーなのかー。私、やばいのを襲っちゃったんだ」
「そういう事ね」

 へー、とあどけない表情を見せるルーミア。先ほどまでの緊迫した空気はもうなかった。
 と、霊夢が口を開いた。

「・・・襲った、って言った?」
「あ」

 顔を引きつらせるルーミア。霊夢は半眼で彼女をにらみつけてポケットに手を入れた。

「無闇に襲うなって言ってるでしょ? そんな悪い妖怪は退治しなくっちゃね」
「・・・やっぱり助からないのかー」

 霊夢がカードを取り出しながらにやりと笑ったのを見て、ルーミアはだらだらと汗を流した。

「安心しなさい。今回は特別に手加減してあげるから」

 そう言って、カードを上に掲げた。

「『夢想封印・散』!」
「みゃー!」

 先程のものよりは小さめの光弾が八方へ飛び散り、ルーミアはそれをまともにくらって吹き飛んだ。

「まったくもう、余計な事をするからこうなんのよ。ちょっとは反省しなさい」

 すでに目を回して聞こえていないルーミアにそう言葉をかけて、なかなかぶつける機会がなかったストレスを発散できた霊夢は開放的な表情で神社へ帰るべく宙に浮いた。

「はあ、ちょっとすっきりしたわ」

 緩んだ顔が月に照らされる。そのまま飛行していたが、時間が経過するにつれて段々その表情は失せて行った。

「・・・むぅ」

 月光に紅葉や銀杏の赤色と黄色が浮かび上がる大地を見下ろして飛びながら、うめく。
 八つ当たりをしてすっきりしたはいいが、結局の所、根本的な問題の解決にはなっていない。幻想郷一暢気と言われる霊夢といえど、現実から目を背け続けるほど間抜けではない。
 スペルカードはある程度威力の調整ができるが、今の夢想封印は出せる限りでかなり強いパワーをつぎ込んだものだった。さらに言えば、夢想封印は彼女が昔から愛用している技で何度も改良を加えていて精度も高い。
 アンデッドに憤慨を覚えていた事と、相手が不死身だから手加減しなくていいという考えからだが、さっきのアンデッドを夢想封印で仕留め損ねたのは霊夢にとって計算違いだった。
 手応えは十分にあったから動けなくなるくらいのダメージは見込めると思っていたが、逃げる余力は残っていたようだ。
 それが腹立たしかったから八つ当たりなどしたのだが、単に倒し損ねたのが悔しいだけではなく、夢想封印を受けて逃げ切れるような危険な存在を逃がした事の焦りもある。
 危険だとわかっていたからこそ、いきなり切り札を使ったのだ。なのに倒せなかった。加減などしたつもりはなかったが、弾幕ごっこばかりしているが故の甘さがあったのだろうか。それを振り払いきれないでいる自分がとてももどかしい。

(そんな事、悩んでもどうにもならないわ。今日はもう寝よ・・・)

 余計な事を考えていては上手くいかない。
 月に照らされた神社が視界に入り、霊夢はそう切り替えた。


◇ ◆ ◇


 トライアルCは考えていた。
 自分が負ったダメージは非常に大きい。胴・腕・足・翼と全身から激痛が走る。今も飛行のためのバランスを取る事も苦しいほどだ。
 朝、2人組の少女らと戦ってから、妖怪と妖精と人間の区別もないまま見つけた者を次々に襲い、1日中戦いに明け暮れていた。
 まったく抵抗できずに動かなくなった者もいれば、激しく反撃してきた者、逃げおおせた者もいた。
 その『激しい反撃』について、1つ気づいた事がある。
 朝の少女ら、そして先ほどの赤い服の少女もそうだったように、そういう者らは攻撃の時にカードを示し、その後に多量のエネルギーの弾のようなものを撃ち出す。さっき赤い服の少女の攻撃も、カードを見た事で強力な攻撃が来る事を予測したので後退したのだ。その結果、強力な攻撃を受けながらも逃げ切れたのだから、その判断は正しかった事になる。
 トライアルCは考えていた。
 先ほどの赤服の少女は今日戦った中でも一番の強敵だった。あるいは剣崎一真よりもやりにくかったかも知れない。結局敗走してしまったが、昨日の自分であればもっと悲惨な結果だっただろう。
 1日戦い続けて、その経験から自らの動きがより効率的なものになった事を感じつつある。が、今日戦った少女らや剣崎一真などに勝つにはまだ厳しいだろう。まだまだ戦わなければならない。
 そしてもう1つ気づいていた。この世界に新たな脅威が出現した事を。
 感じたのは昼ごろ。その気配に、トライアルCは強い恐れを抱いた。畏怖を感じつつも、倒さねばならないと本能が激しく訴えていた。
 トライアルCは考えていた。
 いつでも最大の力を発揮できるように、ベストの状態を維持しなければならない。今の負傷が癒えるまで身を潜めるべきだろうと。
 そして、自分の使命を全うしなければならない。
 剣崎一真を抹殺しなければ。


◇ ◆ ◇


 太陽と月は地球に最も大きな影響を及ぼす天体である。昼は太陽が、夜は月が天を支配する時間とされている。
 月は満月の時に最も強い力を持つ。その力が満ち足りるまであとわずか。
 幻想郷の夜を照らした、真円に限りなく近づいた月は地平の彼方へその姿を隠し、太陽が支配する時間が訪れる。
 そして幻想郷は満月の日を迎えた。


◇ ◆ ◇


「遅いな、一真のやつ・・・」

 妹紅は縁側であぐらをかきながら独りごちた。
 膝に頬杖をつき、太陽を見上げる。大体、の刻(午前10時ごろ)といった所だろう。
 昨夜、紅魔館に行くと言って出ていった一真は朝になっても戻ってこない。朝食後も縁側でぼーっとしながら彼を待っていて今に至る。

「うーん・・・」

 ぼりぼりと頭をかき、溜め息を1つ漏らした。

「しょうがない、行くか。ったく人の仕事増やしてあいつは」

 ぶつくさと文句をこぼしながら、妹紅は腰を上げた。


~少女移動中・・・


 霧の中を鳳凰が飛ぶ。
 炎の翼を持つ赤い影が霧の湖の上空を、水面も見えないほどの霧を切り裂いていく。飛翔していた火の鳥はやがて湖の中心へと降りていく。
 背中の赤い翼を一度羽ばたかせ、妹紅は島に着地した。彼女の目の前には門。そして女が一人、そこで寝ていた。
 美鈴とかいう門番が、門のすぐ横の塀に寄りかかって、器用に立ったまま眠っている。

「・・・・・・」

 ひどいものを見たという目で彼女に一瞥いちべつをくれてやりながらポケットに手を入れ、妹紅はつかつかと門へ歩み寄る。美鈴は気づくどころか目を覚ます気配さえない。
 門に両手を押しつけ、音を立てるのも構わずに門を押し開ける。数秒かけて門が開き切っても、美鈴は目覚めない。

「ん~、んふふ・・・」

 なにやら寝言でむにゃむにゃと言いつつ、美鈴の寝顔が幸せそうににやける。
 その様が何故か異常にイラっと来たので、妹紅は美鈴を蹴り倒した。

「きゃいん!?」

 犬のような悲鳴を上げながら、美鈴は顔から地面に両手足を投げ出して倒れ込んだ。

「す、すいません咲夜さん! あ、あの、もう居眠りしないのでそんなに怒らないで――」

 顔を押さえながら慌ててまくしたてながら、あたふたと手をついて振り向いた美鈴と、それをポケットに手を入れたまま半眼で見ていた妹紅の目が合った。
 美鈴は土で汚れた顔で数秒間きょとんとしていた。

「な、なんだ、あなただったんですか」

 美鈴はほっとした様子で息をつくと座り直し、ハンカチを取り出して顔を拭き始めた。

「もう、驚かさないで下さいよ。ひどいじゃないですか」
「むしろ私の方が驚いたわい。門番が寝ててどうするんだよ」
「たははは・・・」

 笑って誤魔化しながら、美鈴は立ち上がって服を払う。

「え~っと、あなたは確か・・・」

 人差し指を口元に当てながら目線を上に向ける美鈴。

蒙古もうこさんでしたっけ」
「妹紅だ! 私はモンゴル人か!」

 思わず怒鳴る。

「す、すいません。なんか親近感を覚える名前だなーって思ってたんですけど」
「意味わかんないし」

 困ったような笑顔で頭に手をやる美鈴を、顔をしかめながらにらみつける。

「それより、一真来てるだろ? どうしてるんだ?」

 言いながら、門の近くに停めてあるブルースペイダーを見やる。

「あ、一真さんでしたら昨夜はお泊りになりましたよ。妹様とお遊びになって、お疲れだったみたいです」
「ケガとかしてないだろうな」

 今度は美鈴に流し目を向ける。美鈴は落ちた帽子を拾い上げつつ、

「大丈夫ですよ。ちゃんと治療はしましたから」
「してるんじゃないか!」

 また怒鳴る。迫られた美鈴は両手を上げながら、ぶんぶんと首を左右に振った。

「いえ、傷の方は完治してるんですが疲労でまだお目覚めにならないってさっき咲夜さんが・・・」
「ったく、だからやめとけって言ったんだよ・・・」

 顔をしかめ、右手で頭をかきむしる妹紅に美鈴が頭を下げる。

「すいません」
「お前に謝られてもな・・・とにかく入らせてもらうよ」
「あ、ちょっと待って下さい」
「あん?」

 門をくぐろうとする妹紅を呼び止め、美鈴は足を内股にしながら恥ずかしそうに言った。

「あの、トイレ行きたいんで、ちょっとここにいてもらえませんか?」

 妹紅は無視してずんずんと中庭を突っ切り、後ろから聞こえるわめき声を後にして館へ入ってばたんと扉を締め切った。

「いらっしゃい」
「わっ」

 急に声をかけられ、軽く驚きながら薄暗い館の中を振り返ると、咲夜が腕組みして立っていた。扉を開けた時はいなかったと思うが。

「・・・ずっといたのか?」

 ちょっと引いた姿勢で聞く。

「いいえ。誰か来た気配がしたから時間を止めて歩いてきたの」

 臆面もなく答える咲夜。妹紅はそれを聞いて一筋の汗を頬に垂らした。
 確かに来客への対応は素早いのだが、素早すぎて恐い。もうちょっと出迎えられる側の気持ちも考えてもらいたいものだ。

「・・・なんか不気味だからあんまりやらない方がいいと思うぞ」
「考えておくわ」

 素直に思った事を述べると、咲夜もすんなり返した。
 やっぱりこいつはペースがつかめないと思いつつ、何か言おうかと口を開きかけた所で、咲夜が先に言葉を発した。

「それで、ご用件は?」

 ああ、これはあれだ。確信犯だ。外の世界ではもはや誤った意味の方が広く浸透しているという単語の、その誤った意味が今まさにぴったりだ。なんで自分がそんな事を知っているのか、自分でもわからないが。多分、慧音が言っていたのだろう。他に情報源の心当たりはない。
 彼女は他者の気持ちに対してとても気が回るメイドのかがみだ。それを最大限に活かして相手の考えを先読みし、常に自分のペースで事を進めようとしているのだ、このメイドは。
 勝手に納得して内心うんざりしつつ、とりあえず小さく嘆息して心のペースを整えようとした。

「わかってるだろ。一真はどこにいるんだ?」

 顎を引き、にらむように咲夜を見る。冷たい瞳で悠然と妹紅の視線を受け止め、咲夜は身を翻した。

「部屋で休んでいるわ。ついて来て」

 歩き出し、それに妹紅も続く。
 玄関ホールから数分程度進んだ部屋のドアを咲夜はノックした。

「パチュリー様、いらっしゃいますか?」
「入って」
「失礼いたします」

 ドアの向こうから女性の声が小さく聞こえ、ドアを押し開いた咲夜に続いて、妹紅はその部屋へと入った。
 2日前にあてがわれたのと同じ造りの客室に、2人の人物がいた。
 ベッドに横たわっている長身の男。言うまでもなく一真だ。こっちに背を向けて眠っているようだが、昨夜と服が違う。
 しかし一真よりも、その手前の椅子に腰かけているピンクの服の人物に、妹紅は真っ先に目を引かれた。
 ローブのようなゆったりとした長いピンクの服と紫色の髪、そして三日月の飾りがついた帽子、さらには靴にまで赤・青・黄と色とりどりのリボンがついている。
 全身ピンクにリボンだらけという可愛らしく目立つ服装とは対照的に、彼女は入ってきた妹紅らにすら目も向けず、無表情に膝の上に広げられた本に視線を固定させている。伏し目がちに下を向いたままの横顔は、感情というものが欠落しているようにさえ思われた。
 暗いやつだ。妹紅はそう感じた。

「失礼いたします、パチュリー様。彼女が藤原妹紅です」
「そう」

 咲夜が紹介して、ようやく彼女は目だけ妹紅に向けた。

「こちらはパチュリー様。一真を魔法で治療して、ずっと様子を見て下さっているの」
「・・・藤原妹紅だ」

 妹紅は彼女――パチュリーにあまりいい印象を抱かなかったものの取りあえず名乗った。
 すると彼女は顔を上げ、妹紅に向けた。

「パチュリー=ノーレッジよ」

 たった一言。小さめの声でそういってパチュリーはまた本に目を落とし、妹紅は半眼になった。

「ごめんなさいね。パチュリー様は本を読む事以外にはあまり興味がないの」
「お前に謝られてもなぁ・・・」

 妹紅の顔色を見て、咲夜が頬を指でかきながらフォローにならないフォローを入れた(というより、フォローする気など毛頭なかったろうと妹紅は思った)。
 そんなこんなで、妹紅がパチュリーに抱いた第一印象は悪いものだった。



「それでは、ごゆっくり」

 紅茶を運んできた咲夜が退室し、部屋には3人が残されたが一真は依然眠っているので、実質、妹紅とパチュリーの2人きりである。

「・・・・・・」

 紅茶が目の前にあるにも関わらず、パチュリーは本を読みふけり続けている。
 妹紅はパチュリーが紅茶に手をつけるのを待っていたが、彼女の動きといえばページをめくるだけだった。
 小さいテーブルを挟み合ったままでの沈黙に耐えられなくなって、妹紅は口を開いた。

「その、一真を治療してくれたそうだな。ありがとう」
「お嬢様の指示だからね」

 暗く低い声でそう答えたきり、本から目を離さない。なんかやりにくいと思いつつ、妹紅はカップに指を伸ばしてみた。

「なあ、一真の具合どうなんだ?」

 カップを指でちょんちょんと回しながら尋ねると、パチュリーはやはり本から目を上げないまま、

「今は治癒魔法で回復して消耗した後だから眠っているだけ。傷自体は完全に治っているわ」

 淡々と答えるパチュリー。それだけ言って黙ってしまったので、会話をつなごうと妹紅は口を開いた。

「魔法で回復した後って、消耗するの?」
「治癒魔法は魔力によって人体の再生力を早めるもの。傷が早く治るという事は、体内のたんぱく質等の物質を急激に消費し、損傷した肉体組織を修復するために修復機能を盛んに活動させるという事。それに加えて妹様との『遊び』の疲れも重なって体の機能効率が落ちる。だから、体内物質の補給と体の休息が必要になるわ」

 妹紅は思わず半眼を向けた。ようやく彼女からまともな台詞を聞く事が出来たのはいいが、声が小さい上にやや早口なので言っている事が聞き取りづらい。

「・・・つまり、食事と睡眠?」

 ジト目になりながらも、なんとか言葉をひねり出した。

「そう。眠る前に食事を取ったから、次に目覚めた時は平常の状態に戻っていると思うわ」

 聞きながら思った。解説になると口がよく回る所は慧音に似ている。正直、ちょっと面倒で損をするタイプだな、とも。彼女と同じでパチュリーも知識に対してこだわりを持つタイプだろうか。

「ふうん、そうならいいけど・・・」

 テーブルに頬杖を突きながら妹紅がそう言うと、パチュリーはぱたんと本を閉じ、紅茶を飲み始めた。

「しゃべって喉が渇いたか?」
「まあね」

 妹紅の表情が緩んだ。
 パチュリーが紅茶に口をつけたのを見て、妹紅もようやくカップに手をつけた。先ほどから紅茶の香りが鼻をくすぐり、とても飲みたかったのだが、パチュリーより先に飲み始めるわけにいかないと思っていた。

「それにしても、妹様の遊び相手なんて実に無茶な事をしたわね。彼女はとても嬉しそうだったけど」
「人が喜ぶなら無茶をするヤツなんだよ。なんていうか馬鹿なんだ、こいつは」

 まだだいぶ熱い紅茶をゆっくりと喉に流し込む。

「蓬莱人はどうなの?」
「えっ?」

 急に聞かれて、妹紅はぱっとカップから顔を上げた。

「蓬莱人は肉体をすぐに新しいものに替えられるそうだけど、魔法で回復するのとは違うのかしら? 蓬莱の薬について書かれた本も少ないけど蓬莱人の記述ってもっと少ないのよ。せっかくだから教えて」
「いや、その・・・」
「ねえ、どうなの?」

 パチュリーがずいっと身を乗り出してきたのに思わず身を引きながら、少し考えて答えた。

「魔法で回復された事がないから比較のしようがないけど、リザレクションした後も疲労や精神的ダメージは抜けないな。筋肉痛とか次の日まで残るし」
「ふうん。さっき私が言った事と概ね同じようね。やはり魔力的なものかしら」
「・・・まあある意味、魔法とか呪いとかそんなようなもんかもな」

 パチュリーが椅子に身を戻したのに胸をなで下ろし、2人は同時に紅茶をすすった。

「っていうか、何で私が蓬莱人だって知ってんの?」
「咲夜から大体の事は聞いているわ。一昨日の事も肝試しの事も」
「あっそ・・・」

 また同時に口をつける。

「そういうお前はどうなんだ?」
「私が何?」
「お前こそ、昔は人間だったんじゃないのか? 魔法使いだろ、お前」

 妹紅にその言葉を投げかけられても、パチュリーは何ら動じる事なく紅茶を飲んだ。

「咲夜からでも聞いたの?」
「いや。さっきから魔法って言ってるし、魔法使いなら1人見た事があるからな」

 最初見た時点で、彼女が妖怪である事は気配からわかっていた。それと似た雰囲気を持った人物と肝試しで戦った事がある。それに、悪魔の館の図書館には強大な力を持つ魔法使いがいるという噂も聞いた事があった。

「アリス=マーガトロイドね?」
「ああ。あいつも蓬莱の薬に興味があったみたいだったし」
「あれは人間だったけれど、私は生まれついての魔法使いよ」
「ふうん」

 魔法使いには2種類あると慧音から聞かされた事がある。知識を得る事に貪欲であるとも。

「お前も不老不死に興味があるのか? それならやめとけ。悪い事は言わない」

 つっけんどんに告げる。自分の経験則からの台詞だった。

「さっき咲夜は間違った事を言ったわ」

 パチュリーがつぶやく。
 妹紅はカップを口に運ぼうとした手を止めて、ぴくりと眉をひそめた。

「私は本を読む事に興味があるのではなく、知識を得る事に興味があるの。蓬莱人についても、欲しいのは知識だけ。知る事が出来るだけで十分よ」
「・・・できたら知的好奇心も持たない方がいいと思うぞ」

 先ほどとは逆に、妹紅は話を打ち切ろうと思ってそう言った。不老不死の話などしたくない。

「どうして人間を捨てて魔法使いになる者が後を絶たないか知ってる?」

 しかし、そんな妹紅の気持ちも知らず、パチュリーはかんさわる話を続ける。

「人間は何の知識も持たずに生まれてくる。生きていく内に経験と共に脳に蓄えた知識も、死んでしまえば消えてしまう。伝える事は出来ても、知識そのものを他人の脳に移す事は出来ない。それでも、いや、だからこそ、できるだけたくさんの知識を後世の者に伝えるために本はある」

 カップを持ったまま、妹紅はパチュリーをきつく睨みつけていた。ここからどういう話に進むか、予想できたからだ。
 気が乗ってきたのか、パチュリーはカップを置いて更に話を続ける。

「だけど人間は勘違いをしたり、自分の都合で事実を歪めたりする。だから、時に誤った知識が伝えられてしまう場合がある」
「寺子屋の先生やってる知り合いもそんな事を言ってたよ。正しい知識を伝える事は大事だって」

 平静を装って絞り出した声は少し震えていた。
 教育の重要性について一晩中熱く語る慧音を見ていれば、パチュリーの言わんとする事は最もだとは思う。それでも、越えてはいけない一線というものがある。

「正しい知識、誤った知識の取捨選択には甚大な時間が必要になる。得るにせよ与えるにせよ。ならば、寿命をもっと長く――」
「やめろ!」

 両手をテーブルに叩きつけながら妹紅は叫んでしまっていた。ガシャンと大きな音を立てて2枚のソーサーが一瞬浮いた。妹紅が手放したカップは床に落ちて絨毯に染みを作り、パチュリーのカップも倒れて澄んだ色の液体がテーブルに広がった。
 言葉を乱暴に遮られてもパチュリーは特に驚きもせず、ただ紅茶がこぼれたテーブルに視線を落としただけだった。彼女が顔を上げた時、妹紅は憎悪の込もった凄まじい形相でパチュリーを睨みつけていた。

「私や慧音がどんな気持ちで生きてきたか、お前にはわからないだろ!」

 パチュリーの涼しい目と、妹紅のぎらついた視線が交錯したまま、数秒の静寂が部屋を支配した。

「う~ん・・・」

 その静寂は、ベッドに眠っていた男に破られた。
 妹紅がはっとその音の方向に目を向けると、一真がベッドからのっそりと上体を起こしていた。

「ふぁ~」

 大きな欠伸と共に伸びをする一真。妹紅は慌てて口を開いた。

「わ、悪い。起こしちゃったか?」
「・・・ん? 何?」

 目をこする一真。

「な、なあ。もしかしてさっきの聞いてた?」
「何の話だよ? なんか大きな音がしたような気がしたけど」
「い、いや、なんでもないんだ。なんでも」
「体の具合はどう?」

 引きつった表情で汗をかいている妹紅を尻目に、パチュリーが何もなかったように尋ねる。一真はそれに寝ぼけ眼を返した。

「あ、うん。なんともないよ、パチュリー。悪いな」
「いいのよ。気にしないで」
「あー、その、そうだ! 咲夜呼んで来ないと! 一真起きたし、紅茶こぼしちゃったから、あはは・・・」

 おどおどと挙動不審だった妹紅はまくし立てて部屋を後にした。ドアがばたんと閉まり、数秒の沈黙が流れた。

「本当は聞いてたんでしょ」
「えっ?」

 頭をかいていた一真は驚きの声を上げた。パチュリーは座ったまま一真に顔だけを向けている。

「・・・き、気づいてた?」
「ええ」

 半眼を向けられた一真はベッドの上でシーツを脇に押しのける。

「いやその、話し中だったから、なんか起きたよって自己申告できなくて」
「あのわざとらしい『う~ん』はそういう事?」
「だってさあ、色々気まずかったから」
「そうね。むしろあのタイミングでよかったと思うわ。あんなに怒るとは思わなかったから」

 そう言ってパチュリーは紅茶が広がったテーブルに目をやる。一真はそれを見ながら少し考え、ベッドの上で座り直した。

「なあ、パチュリー。妹紅には人間を捨てるとか寿命がどうとか、そういう話はしないでくれないかな」

 胡坐をかいた一真はそう切り出した。

「あいつ、蓬莱人になってしまった事ですごく苦しんだんだ。不老不死になんてならなければよかったって。だから、これ以上あいつの心をえぐるよう事は聞かないでやってくれ。頼むからさ」
「私はもっと蓬莱人についていろいろ聞きたいのに」
「頼む! この通り!」

 両手を合わせる一真に、パチュリーは一度嘆息した。

「いいわ。レミィの客で妹様の友達からのお願いだから」
「すまない! 恩に着る!」

 両手を合わせたまま、一真は頭を深く下げた。

「・・・レミィって、レミリアの事?」
「忘れなさい」

 ん?と顔を上げる一真に素っ気なく答えると、パチュリーは本を持って席を立った。

「どこ行くんだ?」
「あなたの体に異常がないなら、私の仕事はおしまい。図書館に戻るわ」

 彼女がそう言い残してドアから出ていき、それと入れ違いに妹紅と咲夜が入ってくるのを一真はベッドで胡坐をかいて両手を合わせた姿勢のまま見ていた。


◇ ◆ ◇


「若いのに慣れてるのね」
「はい」

 台所に立って皿を洗う始は、隣に立ってやはり皿を洗っている女性ににこやかな表情を向けた。

「悪いわねえ、始さん。後片付けまで手伝ってもらっちゃって」

 満面の笑みを返す女性。年齢は60代ほど、簡素な着物の上から割烹着かっぽうぎを着て、大半が白くなった長い髪を後ろで束ねている。多くの皺が刻まれた笑顔は、老人特有の穏やかさを醸し出している。

「いえ、これくらいは。いつもやっていますし」

 小さく笑って頷く。こういう時にこういう表情を作る程度には人間の中での生活は経験している。

「気が利く男の人はもてるわよ。始さんはきっといい旦那さんになれるわね。あたしの勘に間違いはないんだから」
「はあ・・・」

 生返事を返し、始が積み上げた皿を女性が拭く。

「あ~、今日は早く終わった。助かったよ、始さん。後は私がやっとくから、休んどいで」
「はい、それでは」

 後を任せて始が居間へ戻ると、散歩に出かけていたこの家の主人が座っていた。

「お帰りなさい」
「おお、始さん。すいませんな、手伝わせて」

 年齢はやはり60代くらい。短い白髪を撫でながらそう声をかけてきた主人に、始は微笑みかけながら畳に腰を下ろした。

「いえ、泊まらせていただくんですからこれくらいは当然です」
「若いのに感心だねえ。ウチの息子より出来がいいや」

 主人はたもとに手を入れると小さい箱を取り出し、その箱から小さい粒を手に乗せて始に差し出してみせた。

仁丹じんたん、食うかい?」
「あ、いえ。どうぞおかまいなく」
「遠慮なんかしなくていいん――」
「ちょっとあんた、やたらと仁丹を勧めるんじゃないって今朝も言ったじゃないか」

 居間に入ってきた女房に言われ、主人は手をしぶしぶ引っ込める。

「うまいのに・・・」

 そうぼやいてから仁丹を口に放り込み、箱を袖にしまった。
 慧音に紹介されて下宿する事になったこの家の夫婦はどちらもおおらかな人物で、始は内心胸をなで下ろしていた。詮索でもされるのは困る所だ。

「ところで、十五夜の団子はできてるのか? もう今から楽しみでな」
「それがねえ、始さんの分がないから材料を買いに行かないといけないのよ」
「あーそうか、儂ら2人分しか用意していなかったからな」
「そうなのよ。ねえ始さん、買い物つきあってもらえない?」
「いいですよ」

 始が正座してそう答えると、女房は顔をほころばせた。

「助かるわ~。この人ったら、こういう時は一緒に来てくれないんだもの」
「しょうがないだろう。怪物への対策の話し合いに行かなきゃならんのだから」
「わかってるわよ。そこの味噌屋の人も殺されたんでしょ? 恐いわ~。もう1人で出歩けないじゃないの」

 眉をひそめた顔が始に向けられる。

「始さんも気をつけないといけないわよ。万が一、怪物が出たって言われたら、すぐに逃げるんだからね」
「・・・わかりました」

 うなずく。本心では逃げるつもりなど一切ないが。

「じゃあ行ってくる」

 そう言って立ち上がる主人に女房が声をかける。

「行ってらっしゃい。気をつけるんだよ」
「お前もな」
「大丈夫よ。始さんがいれば心配いらないわ。あたしの勘に間違いはないんだから」
「お前はいつもそれだな。まともに当たった試しはないが」

 居間を後にする主人に、女房は顔を膨れさせた。

「さてと、それじゃこっちもぼちぼち行きましょ」
「はい」

 割烹着を脱ぎながら腰を上げる女房に、始も返事と共に立ち上がった。


◇ ◆ ◇


「失礼いたします、パチュリー様」

 紅魔館の図書館に落ち着き払った調子の声が響く。

「何?」

 広大な図書館の奥に鎮座する机で本を読んでいたパチュリーは、目を落としたまま低い声を出した。

「妹紅と一真は今帰りました」
「そう。今何時くらい?」
「2時くらいです。あの2人には昼食も出したので」

 淡々と答える咲夜。主が西洋出身であり、時計塔まである紅魔館では時刻は現代と同じスタイルを使っている。

「フランは今どうしてる?」
「お休みです。はしゃいでいらっしゃいましたから、お疲れだったんでしょう」
「そう。ご苦労様。それで?」

 ページをめくりながら言うパチュリー。
 レミリアとフランを妹紅の前では「お嬢様」「妹様」と呼んだのは彼女が客人だからで、いつもは「レミィ」「フラン」と呼んでいる。

「パチュリー様、妹紅と何かありましたか?」
「何かって?」
「彼女の様子がちょっと変だったので。心当たりといえばパチュリー様しか」
「ちょっと蓬莱人の事について聞こうとしてキレられただけよ」
「・・・そうではないかと思いました」

 咲夜は小さく嘆息した。

「それからどうなったのです?」
「別に。一真からそういう話はもうしないでくれって頼まれたくらいだわ」
「妹紅に謝ったりはされていないんですね?」
「まあね」

 咲夜は立ったまま、パチュリーは本を見たまましばし沈黙し、ややあってパチュリーは横目を向けた。

「・・・咲夜、私にどうしろって言うの?」

 咲夜は再び小さくため息をついた。

「妹紅に一言詫びていただけませんか」

 先代の主人――レミリアの母から招かれた客人であり、それ以来紅魔館お抱えの魔法使いであるパチュリーに対して口にするにははっきりした苦言を呈する。

「彼女は幻想郷における一真の実質的な後見人です。お嬢様が彼を妹様の友人として受け入れた以上、彼が外へ帰った後も妹紅と交流を持つ可能性は高いです。ですから、妹紅と私達の間に溝が生じる事は避けた方がいいと思います」
「一度客人として迎えた人物と疎遠になったりすると、レミィの権威に関わるって事?」
「そう考えていただいて結構です」

 パチュリーははあとため息をつきながら本を机に置いた。

「じゃあ今度会ったらなんとか言っておくわ」
「お願いします」
「ところで咲夜」

 頬杖をついて目を咲夜から離す。

「またネズミがいるようなんだけど」
「申し訳ありません」

 咲夜はどこからかナイフを2本取り出し、パチュリーの視線と同じ方向へきっと顔を向けた。

「ストップストップ! 投げるな!」

 今にもナイフを投げようとしていた咲夜を制止したのは、本棚の陰から姿を現した魔理沙だった。

「また魔理沙か」
「ああ、また私だぜ」
「堂々としすぎ」

 両手を腰に当てる魔理沙の後ろから顔を出したアリスは半眼だった。

「一緒に忍び込んでおいて何言ってるのよ」

 そのアリスに咲夜が更に半眼を突き刺す。ナイフは左手に構えたままだ。

「一応、玄関から普通に入ってきたのよ」
「門番はどうしたの」
「なんかトイレに駆け込んでたな。我慢してたんだろ」
「まったくもう・・・」

 咲夜は右手で頭を抱えた。

「トイレ休憩くらい与えてやれよ。労働環境が悪いとやる気がなくなるぞ」
「いや、わかってるけど」

 咲夜は左手を下ろして大きくため息をついた。頬杖をついた姿勢のままその様子を眺めていたパチュリーが口を開く。

「で、何しに来たのよ。もうこれ以上本はあげないわよ」
「なんだよ、まだこんなにあるじゃないか。あと何百冊かくらい構わないだろ」
「ホントいい根性してるわ、あなた」

 アリスが指で額をかきながら言うと、彼女のそばを飛んでいる人形も同じような表情で額をかいていた。

「真面目な話、アンデッドの事で相談に来たのよ」
「魔法使いならこういう時頼るのはやっぱ知識人って事だ」
「生憎だけど、アンデッドの本なんてないわ。それらしい伝承とかなら少しだけあるけど参考になるものじゃないし」

 椅子を引いて勝手に座る魔理沙とアリスに、パチュリーは口を曲げてみせた。

「大体、ここにいたら現在の状況って全然わからないわ」
「じゃあ私が教えてやるよ」

 魔理沙はパチュリーの半眼も意に介さず、彼女の向かいの椅子にどっかと腰を下ろした。

「慧音によるとアンデッドはあと2体いて、それからアンデッドなのか何なのかわからないヤツもいるらしい。昨日、私達が戦った緑で羽根が4枚のがそのわからないヤツみたいだ」
「アンデッドの事を聞きに行ったのに、逆に私達の方が根掘り葉掘り聞かれたのよ。その正体不明について」

 やれやれという風に両腕を広げるアリスと人形。と、

「それなら私もゆうべ見たわよ」

 不意に聞こえた声に全員が目を向けた先には、霊夢が立っていた。

「なんだ、お前もか?」
「うん。夢想封印を叩き込んでやったんだけど逃がしちゃった」
「まあ。本当に頑丈なのね、あいつ」
「一応聞くけど・・・あなた、どうやって入って来たの?」

 魔理沙らの座る机に歩み寄る霊夢に、咲夜が腕を組んで声をかける。

「門からよ?」
「門番は?」
「いなかったわ」
「それで、なんであなたもここに?」

 目を険しく吊り上げる咲夜を無視して、パチュリーは霊夢に聞いた。

「うん、ちょっと見せたいものがあってね。なんかここに集まってそうな気がしたから」
「出た、巫女の勘」
「見せたいものって何?」

 大げさに腕を広げる魔理沙と、対照的に冷静なアリス。霊夢は懐から紙を取り出した。

「いや、大したものじゃないんだけど・・・」

 畳んであった紙を広げ、机に置く。『花果子念報』と書かれていた。

「何これ?」
「天狗の新聞よ。2日前の」
「何だよ、そんなのか。あてになる事なんて書かれちゃ・・・」

 と、霊夢以外全員が同時に覗き込んだ。

「おりょ?」
「あら」
「まあ」
「へえ」

 順に魔理沙、咲夜、アリス、パチュリーが声を上げる。

「ふーん、こういう事だったのね。ちょっと意外だったわ」
「こいつが噂のあいつか。顔まで映ってるな。あ、おい、よく見せろよ」
「まだ何枚もあるわよ」

 霊夢が出した新聞数枚は瞬く間に少女らの手に行き渡った。

「あ、この写真、文が撮影したのを念写したって書いてるな。あのカメラごとダメにされたフィルムの事か?」
「燃えたと思った写真があるんだからよかったじゃない」
「他人の新聞に使われてるんだけどな」
「あの子、以前見た時はこういう事には縁がなさそうって思ってたけどねえ。でも慧音が、この2人がアンデッドと戦ってるって言ってたわね」
「今日も帰りが遅いからって迎えに来てたわよ」
「おいおい、もしかしてこりゃあマジネタかぁ?」
「多分、半分くらいは正しいと思うわ」
「あなた、そういう事にも勘が働くわけ?」
「ねえ、お嬢様に見せる分、ある?」

 少女達が新聞でしばらく盛り上がり、アンデッドの事を思い出すのはそれから30分後である。


◇ ◆ ◇


 人間の里は幻想郷で一番規模の大きい集落で、店などの施設は充実している。幻想郷が外界から隔絶された世界である事も要因の1つである。閉ざされた世界の中の閉ざされた生活空間という見方もでき、それゆえに大抵の品物は里の中で手に入る。
 もっとも、始がそんな事を知る由もない。

「割と人が少ないですね」
「ほら、例の怪物騒ぎよ。あれでみんな恐がって家の外に出ないのよ」

 団子の材料を買いに出かけた始と妻は人気のない道を並んで歩いていた。

「恐くないんですか」
「そりゃ恐いけど、恐がってたら始さんのお団子が作れないもの」

 笑顔を見せる妻。

「慧音先生の話じゃ怪物は外の世界から来たらしいけど、始さん知ってる? 始さんも外の人でしょ?」
「ああいうのがいるらしいという噂は聞いた事ありますが、ちゃんとした情報はありません」
「そうなのかい?」

 始はなんら表情を変えず答える。アンデッドの事は知らないどころではないが、そんな事を彼女に教える必要はない。

「人間は理解できないものの存在を認めたくないんです。ないという事にしておきたいんですよ」

 淡々と言う。この言葉には始が人を観察して得た経験則も含まれていた。

「うーん、確かに私も妖怪ってよくわからないから恐いって思った事ないのよねえ。この年になっても妖怪に襲われた事ってないから。それと同じかしら?」
「・・・まあ、認めない事と、わからないから気にしない事は似ているかも知れませんね」

 妻ののんきさに呆れつつ、むしろ助かったかも知れないと思う。これなら余計な詮索はされなそうだ。

「始さんは妖怪を見た事ある?」
「いえ、ありません」

 始は即座に否定した。アンデッドは妖怪ではない。変身した慧音については妖怪なのか何なのかよくわからない。

「私はあるわよ。時々、里に買い物に来るのよ」
「そうなんですか?」
「うん。案外可愛らしいのが多いみたいよ」

 人を襲うというから妖怪はアンデッドと同じようなものだろうかと思っていた始は意外に感じた。里の人々は妖怪をアンデッドほど恐がっていないようだ。

「あ、あそこの店よ・・・あら?」

 指差そうと手を上げかけた妻は何かに気づいたように声を上げた。

「ねえ始さんほら。店の所にいるの、兎の妖怪よ」
「えっ?」

 言われて見ると、白く長い耳が生えた子供が何人か店の前でしゃべっている。流石に驚いて、つい凝視してしまった。

「多分、永遠亭って所の子達よ。兎の妖怪がたくさん住んでるらしいのよ」
「はあ・・・」

 生返事しか出て来ない。2人は入り口をくぐって店内に入った。粉末が一杯に詰められた大きな桶が並べられていて、それを量り売りする店のようだ。

「始さん、ちょっと待っててね。すいません、団子の粉くださいな」

 店の者に声をかける妻から目を離す。
 店の中にも兎の妖怪が何人かおり、店先と同じようにおしゃべりをして笑い合っている。と、隅にしつらえられたベンチに兎の耳がない黒髪の美しい少女が腰かけているのが目に入った。
 その時、彼女の方も始に顔を向け、目が合った。彼女は妖怪ではないのだろうかと考えているとその少女は立ち上がり、始に近づいて声をかけてきた。

「あなた、外来人?」
「・・・ええ、そうですが」

 丁寧語で返す。妙な印象を残さないようにと意識しているからだ。

「もしかして相川始ってあなた?」

 ピクッと反応してしまう。初対面なのに、なぜ名前を知っている。

「知り合いから聞いてるわよ。あなた、仮面ライダーなんでしょ?」
「・・・ええ」
「大変ね。外からこんな辺鄙へんぴなとこまでアンデッドを追いかけて」
「仕方ないです。アンデッドを倒さないといけないので」
「そう」

 兎達の笑い声は途切れない。
 少女は少し怒ったような表情を作り、腕を組んでみせた。

「でも早い所なんとかしてもらいたいものだわ。あいつらのせいでこの里に入るのもチェックが厳しいし、妖怪を連れてきてるからって変な目で見られたし」
「しょうがないですよ。自分の身に危険が及ぶと不気味なものや危険そうなものは遠ざける。人間はそういうものです」
「まったくその通りよね。人間なんだからしょうがないけど」

 うんうんと頷く少女。
 ついさっき妻に同じような事を言った時と違う反応に、始は少し興味を引かれた。

「あなたはアンデッドが恐くないんですか?」
「私は自分の身くらい自分で守れるわよ。一昨日出くわした時もなんてことなかったし」
「弾幕ですか?」
「そうよ。よく知ってるわね」
「大体は博麗から聞いていますから」
「博麗・・・ああ、霊夢の事ね」
「それに昨日、その弾幕というのを実際に見ました」
「誰かに弾幕ごっこをしかけられたの?」
「いえ、アンデッド相手に上白沢と藤原が使っていました」
「ああ、妹紅か・・・」

 そうつぶやくと、彼女は目を横にそらして口元を隠した。

「藤原と知り合いですか?」
「まあね。言っとくけど、あなたの話を聞いた知り合いってそいつじゃないわよ」
「はあ」

 ちょっと言い訳がましい言い方にも聞こえたが、適当に聞き流す事にした。

「しかし妹紅も物好きよね。あの一真とかいう男につき合ってアンデッド退治なんて」

 知っている名前が出て、始の眉がわずかに動いた。

「剣崎も知っているんですか?」
「まあね。あなたの仲間なんでしょ?」
「仲間なんかじゃありませんよ、あんな奴」

 吐き捨てて顔を背ける。

「ふうん・・・」

 少女が始の顔を覗き込んできて、2人の目が合う。

「ぷっ・・・」

 ちょっと沈黙を挟み、彼女が突然噴き出した。

「ふふふふ」

 少女は両手の袖で口元を隠して笑っている。

「何がおかしいんです?」
「だって・・・ふふふ」
「・・・?」
「あなた、鈍いのね」

 顔に疑問符を浮かべていると、彼女は始の顔を指差した。

「私の妹紅に対する感情と、あなたがその一真って人に抱いてる感情が同じだからよ」
「同じ?」
「最初はすごく気に入らないって思ってたのにだんだん憎めなくなってきて、今、ちょっとどっちつかずな感じなんでしょ?」
「・・・・・・」

 表情には出さなかったが、言葉に窮した。昨夜考えていた事だったからだ。

「こういう時に黙ってると、肯定してるって思われちゃうわよ」
「・・・・・・」
「それも否定しないのね」

 彼女は店の奥の方へ目を向けた。始もそちらを見ると、袋を担いだ兎達が店の奥から姿を現していた。

「ねえ。もしかして妹紅、今、この里にいるのかしら?」
「昨日は家に帰ったようですが、今はわかりませんね」
「そう。じゃ出くわす前に早く帰ろうかしら。あなたの顔は見られたし」
「なぜ俺に?」
「まあ暇だったし・・・うーん、あのスキマ妖怪、何を企んでるのかしら」
「?」
「こっちの話よ。それより今の、妹紅には内緒だからね。私も一真って人には言わないでおいてあげるから」
「はあ――」

 要領を得ないまま返事をしようとした時――

「――!」

 体に走ったその刺激は、馴染み深い感覚だった。

「あ、ちょっと!?」

 少女が呼び止めるのも聞かず、店の外へ飛び出す。
 本能が導くままに走っていると、行く手から何かが壊される音と悲鳴が上がった。里を覆う塀の付近からのようだ。何が起こっているのか、逃げ惑う人々を見つつ冷静に理解していた。
 人の波に逆らいながら進んだ先に見えたのは、傾いた家の下で震えている女とそれにすがる子供、そして七支刀を構えたディアーUが彼らに迫る光景だった。武器を持った数名の男達が遠巻きにディアーUを囲んでいるが、一様に腰が引けていた。
 ディアーUを鋭く睨みつけて駆ける始の腰に白と赤のベルトが現れる。

「変身」

 ポケットから取り出した『A CHANGE』のラウズカードをベルトに通す。

『 Change 』

 始の姿が瞬時にカリスに変化する。
 カリスは逡巡している男達を飛び越え、右手に出現させたカリスアローをディアーU目がけて振り下ろした。直前で気づいたディアーUは飛び退いてそれを避けた。カリスの姿を見た人々が更に声を上げるが、戦いに集中し始めたカリスの耳には入らない。
 素早く懐へ潜り込み、振るったカリスアローを七支刀が阻む。

「早く逃げろ!」

 鍔迫り合いをしつつ、女に声を飛ばす。
 七支刀を力ずくで弾き返し、カリスアローを横に薙ぐがディアーUはさっと後ろへ身を引いて刃から逃れると塀へ走り寄り、それを飛び越えた。
 カリスをそれを追って塀を飛び越えると、ディアーUは里から飛び跳ねるように走り去ろうとしていた。

「逃がさん!」

 彼方からシャドウチェイサーがカリスへ向かって自走してくる。このマシンはカリスの脳波で遠隔操作する事が出来る。
 カリスはシャドウチェイサーへ飛び乗り、ディアーUを追跡し始めた。


◇ ◆ ◇


「始さん、お待たせ・・・あら?」

 包みを持って店の奥から出てきた女性が店内をきょろきょろと見回す。

「どこ行っちゃったのかしら、始さん」

 その様子を見ていた輝夜ははあとため息をついた。彼女が捜している人物ならば、話をしていたと思ったら今しがた急に飛び出していったばかりだ。

「・・・何よ、もう」

 と、むくれっ面をしていると店の外がにわかに騒がしくなった。

「?」

 気になって暖簾から外へ顔を出す。
 往来は多数の人々でごった返し、大声が飛び交っている。外出している人は少なかったはずだが。里の中で何かが起こったらしい事を察した輝夜の脳裏に、ある推測が浮かんだ。

(もしかして・・・アンデッド?)

 数日前に里が襲われたという噂、そして行き交う人々の引きつった顔で、輝夜は直感的にそうではないかと思った。
 群衆の多数が一方向を指差しながら口々に叫んでいる。その方向へ、輝夜は走り出した。もう1つの推測を確かめるためだ。人の波に飲まれないように気をつけて進むと人垣ができている一角があった。人をかき分けていくと目に入ったのは、柱が折れたのか傾いた家と、人々に囲まれ慰められて泣いている母子だった。

「おい、何があったんだよ!?」
「化け物だ! 角の生えた化け物が塀を飛び越えて入って来て、家を壊してあの2人を襲おうとしてたら別の黒い化け物が現れたんだ!」
「またこの間のと同じのか!? 2体も出たのかよ!」
「だけどそいつら、仲間割れでもしてたみたいだったぜ。黒いのが角のある方に襲いかかって、それから一緒に里の外へ逃げてったんだ」

 雑多な状況で聞き取りにくかったが、男達の話に耳を傾けてその時の状況がようやくわかってきた。
 あわや襲われる所だったという母親は地面にへたり込んで両手で顔を覆って泣いている。子供の方は泣いてはおらず、困惑しているような顔をしている。状況がわかっていないのだろう。
 輝夜は子供にゆっくり近づき、しゃがみこんで話しかけた。この状況なら、気に留める者もいまい。

「大丈夫? 恐かった?」
「うん・・・」

 あまりはっきりしない返事を返す子供の頭を撫でてやる。ちゃんと話を聞けるだろうか、と少々不安を感じつつ、

「ねえ、黒いやつってどんなだった? 何か言ってなかった?」
「あのね・・・」

 そう聞くと、子供は顔を上げて案外はっきりと答えた。

「早く逃げろ、って言ってた」
「黒い方が?」
「うん」

 輝夜の頭に浮かんでいた推測は確信に変わった。
 黒い怪物というのは、ライダーに変身した始の事だ。一真とやらが変身した姿を見た事があるのでそう見当をつけた。さっき話の最中に店を飛び出していったのも、アンデッドの気配か何かを感じたからだろう。輝夜は何も感じ取れなかったが。そして彼はアンデッドからこの母子を守ったのだ。
 周りの喧騒から状況を聞き取るに、間一髪だったようだ。さっきは素っ気ない感じで答えていたが行動は非常に素早かった事に、輝夜は内心素直に感心していた。
 しかし。

「黒いやつって、いつの間に里に入って来たんだ!? 誰かそいつにやられたやつはいないか!?」
「見張りは何してたんだよ! 2匹も入って来るなんて!」
「ちくしょう、女子供を狙いやがって、許せねえ!」

 口々に悪態をつく男達を横目に、輝夜は子供の頭を撫でながらこっそりと嘆息した。
 助けられたと思うどころか、アンデッドの同類だと考えている者ばかりのようだ。彼は『逃げろ』と言ったらしいが、この子以外には誰にも聞こえていなかったのだろう。こんな状況では1人や2人が擁護しようとしても耳を貸す者はいまい。

――しょうがないですよ。自分の身に危険が及ぶと不気味なものや危険そうなものは遠ざける。人間はそういうものです

 さっき始が言った言葉が頭に蘇る。確かにその通りだ。人を助けたというのになんとも理不尽な話だと輝夜は始に同情した。
 遥かな昔、かつて輝夜に求婚してきた男達は彼女の要求した難題を本気で手に入れようとして、結局全員が大損をするだけで終わり、その内1人に至っては命を落とした。視野の狭くなった人間の愚かしさは昔から全く変わっていない。
 この場にいても何をどうする事も出来ないと判断した輝夜はその場を後にしようとした。さっきの店へ戻ろうとしていると、駆けつけてきた見知った女性と目が合った。上白沢慧音だった。

「お前か。こんな所にいるとは珍しいな」

 慧音は輝夜に意外そうな表情を見せた。

「まあね」
「騒がしいが、何があった?」
「怪物が襲ってきたんですって。アンデッドじゃないかしら」
「何だと? やはり・・・」
「でも始が撃退したみたいよ」
「始が? 見たのか? というかなぜ始を知っている?」
「さっきちょっと話したのよ。彼もライダーなんでしょ? 黒い姿の」
「ああ、まあそうだが・・・」
「ここの人達、変身した始の事もアンデッドだと思ってるみたいよ。変身した所を見た人はいないみたいだから、正体はばれていないようだけど」
「何だと? それはいかんな・・・」
「頭に血が上って冷静に話を聞く人はいなさそうだから、ちゃんと理解させるのは骨が折れるわよ、きっと」

 輝夜は両手を腰に当ててため息をついた。

「まったく、思い込んだ人間ほど危なっかしいものはないわね」
「だからこそ、誤解というものはなくしていかなければならない」
「すると、本当の事を言うつもり?」

 慧音の真面目な顔を真っ直ぐ見返す。

「間違った思い込みは悲しい結末を招く。お前はわかっていると思うのだが」
「わかってるから、私はずっと隠れ住んでたのよ」

 睨みつけるように眉根を険しくさせる。
 月の使者から逃げた後は人間と関わりを絶たなければならなかった。ただでさえ月人であるというのに更に蓬莱人であるから、地上の人間の中でまともに暮らせるはずがないと考えたからだ。それに、目立ってしまえば追っ手に見つかりやすい。
 妹紅はそれがわかっていなかったから、何百年も苦しんできたのだ。

「言うの? あなた達が見た黒いのは怪物じゃなくて人間の味方で、今この里に滞在してる相川始だって。人間の味方だってのはまあいいとして、それが始だって事は伏せておいた方がいいんじゃない? 言ったでしょ、冷静に話を聞く人はいないって。どこに住んでるか知らないけど、下手したら彼は里にいられなくなるわよ」
「む・・・」

 口ごもる慧音に輝夜はさらに畳みかける。この生真面目で堅物な女にはこういう事はしっかり言ってやらなければわからないだろう。

「世の中にはね、言わない方がいい事もあるの。それが万事において最善と言うつもりはないけど、事実は時として障害物になるのよ」
「うむぅ・・・」

 慧音は考え込むように腕を組んでうつむいた。

「ま、せいぜい上手に立ち回る事ね。じゃ、頑張ってね。センセイ」

 最後の一言に皮肉を込めつつ、輝夜はその場から立ち去ろうとした。と、

「輝夜」

 呼び止められて振り返ると、慧音が両手に腰を当てて、なんというか少し悔しそうな感じの笑みを浮かべていた。

「案外お節介なんだな。ちょっと意外だったぞ」
「何の話だかわからないわね」

 お節介と言われた意味がわからず、そう言う。

「脱帽だよ。この場合はお前のやり方の方が利口だと言わざるを得ない。それが始の事を一番よく考えていると私も思う」
「・・・素直に認めるのはいい事よ」

 実際、感心していた。対立した時に自分の意見を引っ込めるのは難しい。それができるという事は、慧音は本当の意味で聡い。

「ならお前も、素直に認めるんだな」
「・・・何をよ?」

 そう言い残して、今度こそ輝夜はその場を後にした。
 慧音が言った、素直になれとは妹紅の事だろう。慧音の真意はともかく、少なくとも輝夜自身はそう考えた。
 これは最後に自分が一本取られた。聡くないのは自分の方だったようだ。

――最初はすごく気に入らないって思ってたのにだんだん憎めなくなってきて、今、ちょっとどっちつかずな感じなんでしょ?

 今度は自分が始に言った言葉が頭に浮かぶ。始にああ言ったのは、それこそ彼が素直じゃないのがわかったからだ。自分の心境の変化を認めきれない、それが自分と同じなのだと彼の顔色を見て直観的に感じたのだ。
 慧音が『お節介』と言ったのは、始の事は黙っておいた方がいいと提案した理由が始の身の安全を考えての事だという意味だろう。考えてみれば、そんな事に世話を焼くような義理はない。やはりそれは、彼にシンパシーを抱いたからであろう。
 今日の一連の出来事で、輝夜は始に少しばかり興味を抱いていた。また会って話ができないだろうか、と思う。

(・・・ま、機会があればね。忙しそうだから邪魔しちゃ悪いし)

 とりあえず今日はもう帰ろうと、兎達と合流すべく歩を進めた。


◇ ◆ ◇


 ウルフUは興奮を必死に抑えつつ、息を潜めていた。
 昂ぶった精神を落ち着かせるように、ウルフUは素早く竹を駆け上った。ややまばらに林立する竹の間から集落がある方向に鋭い目を凝らす。
 迷いの竹林にわずかばかり入った地点で、竹上の狼より後ろは竹の密度が次第に高くなっている。

「まだか・・・?」

 神経を張り巡らせるがディアーUはまだ来ない。もどかしさから指をぼきぼきと鳴らす。
 ジョーカーが集落にいる事はつかんでいる。それをディアーUを使ってここにおびき出させて自分が不意打ちをかけ、2対1で倒すという作戦だ。
 ブレイドも倒さなければならない敵だが強敵には違いないし、炎を操る娘が一緒となると尚更迂闊には手が出せない。ジョーカーもアンデッドとして最大級の脅威だが、2対1であると考えればまだ有利ではないかと思われた。実際そんな甘い話ではない事はわかっていたが、戦って勝つためならずる賢い事も平気でやるウルフUには戦わないという選択肢だけはなかった。アンデッドなのだから当然だ。
 と、集落とは別の方角から音が聞こえて、そちらを見やると青いバイクが走っていた。

「む、ブレイド?」

 距離はかなり遠いが、ヘルメットをかぶった男の姿とたなびく長い髪はしっかりと見えた。
 ウルフUは顎に手を当てて思案する。

(どうする? ジョーカーより先にこちらからやってしまうか、それとも見過ごしてジョーカーを・・・いや、待て!?)

 そこまで考えてはっとした。ブレイドのバイクは集落の方へ向かっている。このままだと、ジョーカーをおびき出す囮になってこっちへ向かっているはずのディアーUがブレイドと鉢合わせる恐れがある。そうなれば、ディアーUはブレイドとジョーカーを同時に相手しなければならなくなる。

(おのれ、まずいタイミングで・・・!)

 両手をわななかせて腹立ちを募らせる。
 もしかすると、アンデッドサーチャーでディアーUの反応を感知しているのかもしれない――ウルフUは一真がアンデッドサーチャーに頼れない事を知らないのだ。

(こうなれば・・・やるしかない)

 決意を固めて、竹の上から地上へと降り立ったウルフUは自分の気分が高揚するのを感じていた。やはり戦いは胸が躍る。じっと待つのは性に合わない。


◇ ◆ ◇


 妹紅と一真は一路人間の里を目指して青いバイクの上にいた。いつものように一真の後ろから妹紅が両腕でしがみついている。

「この辺りからは道はわかるな?」
「うん、大丈夫だ」

 ヘルメット越しに妹紅に横顔を見せる一真。紅魔館から里への道程は妹紅が指示を出していた。
 道がわかる所まで来たからと内心でちょっと気を緩ませた彼女は一真の背に頬を寄せた。パチュリーの治療で、ついでに背中の怪我も治してもらったらしい。
 秋めいてきたとはいえまだ寒くはないがスピードがある分、風が少し冷たく感じる。顔を押しつけた背中はほんのり暖かく、紅魔館でもらった新品のシャツからの糊の臭いがした。一真の背中に身を預けたまま、空を見上げる。今日もいい天気だ。
 ふと、さっきの紅魔館での事を思い出す。
 パチュリーの言葉に対して思わず激昂してしまったが、今になって考えてみると短慮だったかもしれないと思ってきた。
 一般論として他人の家でいさかいを起こすのはよくない。たとえ、相手の方に非があるとしてもだ。自分はもちろん、一真への心象も悪くしかねない。紅魔館には客として迎えられた手前があるから尚更だ。
 それに、誰しも永遠の命があったらと思う。パチュリーのように知的好奇心が非常に強い者は尚の事だ。そういう欲求を蓬莱人の前で口にするというのは腹を立てて然るべきとは思うが、たとえ蓬莱人でもその考え自体を否定する権利は果たしてあるのだろうか。
 これが他の者だったら、どうしただろう。慧音だったら自分と同じように怒っただろうか。彼女も割と短気だから有り得る気がする。それとも、冷静に理知的に反論するのだろうか。
 イーグルUだったら鼻で笑ってみせただろうか。始はどうしただろう。
 輝夜だったら。

「・・・・・・」

 向ける対象もいないのに半眼になる。この際、仇敵の名前が浮かんだからと言って腹立たしくなるのは無視して考えを進める。
 さっきパチュリーと話したのが輝夜だったら、どう反応したろうか。彼女も、自分と同じように不愉快に感じただろうか。有り得るようにも思えるし、有り得ないようにも思える。あの女が自分と同じような感情を抱くだろうか。余裕ぶって笑い飛ばしてみせるかも知れない。
 ふと思う。それはどちらかというと輝夜の性格を顧みた上での推測ではなく、輝夜という人物はそうあって欲しいという願望なのではないか。
 彼女がそういう、意地の悪い女であれば彼女への殺意を今後も継続させられる。殺し合いを続けたくてそう解釈させたがっているのではないか、自分を。しかしそう思っている反面、自分と同じような感情を持っていて欲しいとも、心のどこかで希望している。
 はっきりとではなく、漠然とそんな考えが妹紅の頭をよぎった。自分は輝夜をどうしたいのか、何となくわからなくなってきた。今までそんな事を気にした事はなかったのに、なぜだろう。
 それは多分、イーグルUと始、そしてこいつのせいだ。目の前の背中を睨む。
 昨日、彼らを取り巻く因縁や感情をまざまざと見せつけられた。それに自分自身を重ね合わせ身につまされた妹紅は、ずっと目をつむってきた、輝夜への複雑な感情を無視し続ける事が出来なくなってきたのだ。

(・・・とはいえなあ)

 しかしその一方で、そういった感情への反発もある。これまで散々殺し合った輝夜にすんなり歩み寄る事が出来るほど素直な気性ではない。相反する感情がないまぜになって、どうすればいいかわからず、混乱した。
 と、また目前の細い背中に目を向ける。
 この迷いを生じさせた元凶の1つである一真。それは、彼と自分が似た悩みを共有しているからだ。彼が答えを見出す事が出来たなら、あるいはそれが自分の迷いに対する答えにもなるのではないか。つと、そんな期待を抱いた。
 色々とありすぎて考えがひねくれた自分よりも、真っ直ぐな性格の一真こそがその答えを出すのに相応しいのではないか、と思ったのだ。問題があるとしたら、それは他人の考えに乗っかろうとしているような気がする事と、一真が答えを見つけられたとしてそれを妹紅が実行できるかどうかだろう。
 ああ、また自分の感情に自分で反発している。どうして自分はこうも素直になれないのだろう。輝夜はともかく、一真は信じられる人間なのに。永遠の命という運命に翻弄されてきた事で、流れに身を任せる事に対して抵抗があるのだろうか。我ながら、なんと難儀な事だろう。
 悩んだ妹紅が思考の袋小路に入り込んでため息をついたその時――
 視界の隅に灰色の物体が見えた。

「!」
「カァァッ!」

 一瞬で距離を詰めてきたそれの手を逃れて2人はブルースペイダーから身を投げ出した。
 飛び降りた2人は勢いよく地面を転がり、乗り手を失ったブルースペイダーは倒れて大地を滑っていった。
 飛びかかってきたそれ――ウルフUが一真へ迫ろうとした。

「死ねっ!」
「この!」

 奇襲に際して考えていた事が全て吹き飛んだ妹紅は、倒れたままでほとんど反射的に炎弾を放った。

「ムゥッ!?」

 左腕で炎を防いだウルフUは、手を突き出した妹紅を睨んだ。
 妹紅はそれを睨み返し、ポケットから無数の札を投げた。

「一真!」

 その牽制の隙に、一真は倒れたままブレイバックルを装着している。

「変身!」

『 Turn up 』

 妹紅の弾幕にさらされながらもその身に迫るオリハルコンエレメントを飛び越え、ウルフUは一真に爪を振り下ろした。
 素早く立て直した一真は前方へ身を投げ出して爪をかいくぐり、転がりながらオリハルコンエレメントをすり抜けてブレイドへ変身した。

「チィッ!」

 はっきり聞こえるほど大きな舌打ちをして、ウルフUは炎や札を爪で打ち払う。瞬時に終わらせてしまうつもりだったが、ウルフUの想像以上に2人は連携が取れていた。
 ブレイドはブレイラウザーを抜きながら立ち上がり、そのラウザーを振るう。

「ウェイ!」
「クッ!」

 爪を交差させて刃を受け止める。その間に妹紅はいったん射撃を止め、空を飛んでウルフUの上空に位置取った。

「ちょこざいっ――!」

 彼女に気を取られた一瞬を突き、ブレイドがウルフUの爪を跳ね上げる。振り下ろされるブレイラウザーを避け、蹴りを肘で防ぐ。
 左、右と軌跡を描く剣筋をかわしたウルフUは屈みこみながら踏み込む。ブレイドは横へ身を翻して爪撃をやりすごして側面へ回り込み、キックを肩口の辺りへ見舞った。
 ウルフUが振り向くのと、ブレイドが一歩下がるのと、妹紅が弾幕を放ったのは同時だった。
 上空からの炎の雨に一瞬怯んだウルフUだったが、大きく飛び退って弾幕を逃れる。そこへブレイドがジャンプからブレイラウザーを振り下ろす。
 咄嗟にウルフUが自分から踏み込んだ瞬間、鈍い音が響いた。
 ブレイドとウルフUの手首がこすれ合い、切っ先はまだ天へ向かっている。
 拮抗した状態は数秒と続かなかった。

「クゥゥッ・・・ハァッ!」

 ブレイラウザーが横へ弾かれ、ウルフUの腕の刃がブレイドアーマーの胸部を抉った。

「うわっ!?」
「ムンッ!」

 左右の腕の刃が数度ブレイドアーマーから火花を散らせた。

「一真!」

 両腕を振り回すように連続攻撃を繰り出すウルフUの足元に妹紅が炎を撃つ。迂闊に狙えばブレイドに当たりかねないので牽制をしたのだが、地面に着弾するより早くウルフUはブレイドを蹴って飛び退いた。
 ブレイドはダウンし、妹紅はそれ以上の追撃をさせまいと弾幕を張る。しかしウルフUは果敢にダッシュして炎の弾が降り注ぐ中を駆け抜ける。

「!」

 起き上がりきっていないブレイドに猛然と突っ込み、ウルフUは右腕を突き出す。
 咄嗟にブレイラウザーでそれを受けようとしたブレイドの腕から、キィンと高い音とともにブレイラウザーが飛んだ。

「くっ!」

 剣を落とされてもブレイドは怯まず、しゃがんだ姿勢からウルフUの腹にパンチを打ち込む。低く呻いてウルフUの動きが一瞬止まる。その隙に素早く立ち上がったブレイドはワンツーを狼の顔に叩きつけた。
 ウルフUはそれを殴り返す。
 打たれながらもブレイドはウルフUの胸に右拳を打ちつけ、左腕を顔面へ振るうがそれはさばかれる。
 妹紅は何度も弾を撃とうとしてはそれを押し留まった。殴り合って互いに肉薄したこの状況では手など出せない。
 ボクシング以上に激しいインファイトは5秒も続いたろうか。
 ブレイドとウルフUの拳が互いの胸を同時に穿ち、その直後に出したパンチはウルフUの方が一瞬早かった。

「うっ!?」

 ぐらついたブレイドの顔面を怪人の拳が打ち据えた。ウルフUは更に畳み込もうとするがブレイドは次の攻撃を何とか防ぎ、蹴りを返して距離を開けた。
 たたらを踏むブレイドの眼前で、ウルフUが後ろへ飛ぶ。直後に炎が地面をえぐり、黒く焦がした。
 ウルフUは妹紅が続けざまに放った弾幕をしゃがんでやり過ごし、その間にブレイドはブレイラウザーを拾い上げていた。

「フーッ、フーッ・・・」
「はぁ、はぁ・・・」

 互いに激しく肩を上下させながら睨みあうブレイドとウルフU。そのブレイドの元へ妹紅が高度を下げる。

「一真、大丈夫か?」
「なんとかな・・・」
「フッフッフッ・・・」

 笑うウルフU。どこか満足そうにも聞こえる。

「さすがと言っておこう、ブレイド。だが、勝つのはこのオレだ」

 口を腕で拭う仕草をしてゆっくり踏み出す。

「妹紅、一瞬でいいから時間を稼いでくれ」

 身構えた妹紅にブレイドがつぶやく。

「・・・わかった。何とかする」

 妹紅は短く答え、ポケットからスペルカードを出した。

「ウォォォォッ!」

 正に狼のような咆哮を上げ、ウルフUが駆け出す。
 ブレイドは左腕のラウズアブゾーバーのホルダーを開き、妹紅は飛翔してウルフUの横へ回り込んだ。

「藤原『滅罪寺院傷』!」

 炎の弾を撃ちながら宣言する妹紅。ラウズアブゾーバーから2枚のカードを取り出すブレイド。

「こんなもので!」

 炎と札を機敏に体を振ってかわすウルフUはブレイドに迫ろうとしたが、避けた札が戻ってきたのに驚き、反射的に身を捻ったが当たってしまう。

『 Absorbアブゾーブ Queenクィーン 』

 ブレイドが『Q ABSORB』をラウズアブゾーバーに差し入れ、音声が響く。
 往復する滅罪寺院傷の札に続き炎弾に飲み込まれていたウルフUは、ブレイドがカードを使っているのを見て慌てて飛びかかった。

「ウオォッ!」
「させるか!」
「ウォッ!?」

 妹紅の手から放たれた炎の塊がウルフUの横っ面と腹に炸裂した。ウルフUが膝を崩して倒れ込む。
 その間にブレイドは右手に握っていたもう1枚のカード『J FUSION』をラウズアブゾーバーのカードリーダーに滑らせた。

『 Fusionフュージョン Jackジャック 』

 すると、ラウズアブゾーバーから『FUSION』のカードに描かれていた大きく羽を広げた金色の鷲のビジョンが羽のような光を撒き散らしながら現れ、ブレイドのボディに重なった。
 鷲のビジョンはブレイドアーマーの背中で6枚の細い翼へと変化し、折りたたまれてマント状になった。ブレイドアーマーは頭から足まで全身が金色に変わり、胸部にはビジョンと同じ鷲のエンブレムが出現していた。ラウズアブゾーバーにも鳥型の意匠が現れ、そしてブレイラウザーの切っ先に黄金の刃が追加されていた。

「な、何!?」
「これは・・・!?」

 ブレイドの体に起こった変化に驚愕するウルフUと妹紅。
 ラウズアブゾーバーは上級カテゴリーのラウズカードの力を引き出すために作られた装置であり、カテゴリーJとカテゴリーQを組み合わせる事で装着者を更にカテゴリーJと融合させることができる。その形態が『ジャックフォーム』である。
 ジャックフォームへの変身を終えたブレイドは、静かにウルフUを睨みつけた。

<『ABSORB』 AP2000回復>
<『FUSION』 AP2400回復>
<ブレイド残りAP 9400>

「クッ・・・ウオオッ!」

 己を奮い立たせるように叫び、ウルフUがブレイドへ突進する。
 妹紅は弾幕を撃とうとしたが、ブレイドから無言のプレッシャーを感じて手を止めた。

「はっ!」

 素早くブレイラウザーが振り上げられ、走っていたウルフUの胸から激しい火花が飛ぶ。

「ウグッ!?」
「ウェイ!」

 黄金の刃『ディアマンテエッジ』によってリーチが長くなったブレイラウザーが2度閃き、ウルフUの身に浴びせられる。
 まともに防御もできなかったウルフUはがくりと膝をついた。見た目以上に重い攻撃だったのが妹紅にもわかった。

「ク・・・!」

 ウルフUは立ち上がり、迫る黄金の刃を肩にかすらせながらも間合いを詰めようとする。

「オォッ!」

 繰り出した腕をブレイドは右半身を後ろに半歩ずらして避け、左腕で殴り返す。
 怯まされながらもウルフUが振るった右腕はブレイドの左腕で押さえられ、剣のナックルガードで殴られたウルフUの顔が横へ弾かれる。
 ブレイドが続けざまに振るった刃は辛うじてかわしたもののサイドキックを腹にもらい、横薙ぎが腹に刻まれ、袈裟懸けの一閃が胸を切り裂く。

「ウ、クッ・・・」

 よろよろと数歩後退するウルフUを唖然と見つめる妹紅。パワーもスピードも、それまでのブレイドよりも強化されている事に感嘆していた。
 ブレイドはウルフUをきっと睨みつけ、ブレイラウザーのトレイを開いた。

『 Slashスラッシュ 』
『 Fireファイア 』

 2枚のカードがラウザーに通される。ウルフUはまだふらついている。

『 Burningバーニング Slashスラッシュ 』

 直立し、腕をゆっくりと回してブレイラウザーを下へ向けるブレイドの体に、2つの光のビジョンが吸い込まれる。

<『SLASH』消費AP 400>
<『FIRE』消費AP 1000>
<ブレイド残りAP 8000>

「ウ・・・ウオオォォッ!」

 刃の跡が残る胸を押さえていたウルフUは雄叫びと共にブレイドに向かっていく。
 見えないほどの速さで振り抜かれた爪を、ブレイドは上へと飛んで逃れた。

「何ッ!?」

 背中の6枚の翼を広げ、ブレイドの体は天高く飛翔してくるりと回った。そして急速に高度を下げ、低空からウルフUに向かって凄まじいスピードで飛来する。
 ウルフUは身を低くしてブレイドを待ち受ける。カウンターを狙う算段だ。
 炎をまとったブレイラウザーを携えたブレイドと、両腕を腰だめに構えたウルフUが接触する――
 と思われた直前、妹紅の炎がウルフUを包み込んだ。

「ウッ!?」

 飛散した炎で、ウルフUからブレイドの姿が見えなくなった。

「!」

 視界からブレイドが消えたのは正に一瞬――

「ウェェェェェイ!」

 炎が消えた後、気づいた時には、ブレイドはウルフUの真上から炎の剣を振り下ろしていた。

「グワァァァァッ!」

 火花と炎、緑の血、そして絶叫。グレーの巨体が背中から大地に倒れ伏し、そして爆発した。
 左肩から腰まで縦一文字に大きく切り裂かれた狼の始祖の体は、四肢を力なく投げ出して燃え上がっていた。ベルトのバックルがカチンと音を立てて開き、『J』の刻印が見えた。
 コモンブランクがブレイドの手で投げつけられ、炎上する体に突き刺さる。

「お――」

 ウルフUは緑の光に変化しつつある右手をブレイドへと伸ばした。

「おのれぇぇぇぇぇ――」

 伸ばした手も断末魔の叫びも、光となってカードの中へ消えていった。
 カードがしきりに回転しながらブレイドの手へ戻る。その右手に握られたのは『FUSION』のワイルドベスタだった。
 バックルのハンドルを引いて変身を解除した一真に、妹紅が着地して駆け寄ってきた。

「一真、やったな!」
「いてっ」

 言いながら一真の背中に肘からぶつかる。一真は後ろから押されて軽く驚いたが、すぐに笑みを返した。

「なあ、さっきの何なんだ? なんか金色になって空飛んでたけど」
「ああ、ジャックフォームだよ。どうだった?」
「うん、あいつを簡単にやっつけちまって驚いた。すごいじゃないか」

 高揚している妹紅はついまくしたててしまう。一真はそれに気分を良くしたのか、笑顔で手の中の『FUSION』に目を落とした。

「ああ。ようやくヤツを封印できてよかった」

 こぼれた笑みからは強敵を倒せた事の嬉しさがにじみ出ていた。

「これで残るアンデッドはあと1体!・・・いや、緑のヤツもいるか。でも、もう少しだな」

 カードをポケットに入れ、一真は妹紅に向かってぐっと拳を握りしめて見せた。

「妹紅、もうすぐ幻想郷は平和になる。あともう少しだ!」
「ああ・・・!」

 妹紅も笑顔で頷き返した。

「よし、妹紅、行こう!」

 一真は屈託なく笑い、離れた所に倒れているブルースペイダーへ足を向けた。
 妹紅は両手をポケットに入れ、笑みを浮かべて一真を眺めながらゆっくり後について行く。軽い足取りでバイクに駆け寄る彼の背中は本当に嬉しそうだ。
 幻想郷での一真とウルフUの3度に渡る戦いを間近で見てきて、一真が苦戦を強いられた相手である事をよく知っているし、妹紅自身も戦って身に染みているから倒した事の感慨はひとしおだ。だが、一真が喜んでいるのはそういう事ではなく、ウルフUを倒した事で人々の安全が守れるからだ。さっきの『もうすぐ幻想郷は平和になる』という言葉でわかる。
 人々を守るために戦う。その純粋な願いを持って戦いに臨む一真が眩しく映る。彼は己の戦うべき理由を見失わない。迷わず、剣のように真っ直ぐ。それこそが彼の強さなのだろう。

「ふっ・・・」

 思わず、穏やかな声が漏れる。
 一真の戦う理由は単純明快、至ってわかりやすい。だからだろう、自分もそれに乗せられている。
 剣崎一真と共にアンデッドと戦う。こんなに明確な目的を持って生きるのは輝夜への復讐以外では初めてだ。この4日間、あれほど憎んだ輝夜の事さえ忘れて集中している。
 考えてみれば、この熱に似た感覚は竹林で輝夜を見つけた直後の、彼女を殺す事しか頭になかったあの頃の感情に似ている。しかし、当時のそれが自分さえ焼き尽くす程の炎のような激情だったのに対し、今のこの感覚はもっと穏やかで爽やかで、時には強く吹く暖かい風のようだ。
 殺すためだけの戦いと、誰かを守るための――そして、一真と共に挑んだ戦い。どちらも自分の心から強く湧き上がる望みから来るものなのに、どうしてこうも性質が異なるのだろうか。
 蓬莱の薬を飲んで以降、遥かな時をずっと1人で生きてきた妹紅にとって、同じ願いを抱いた仲間と呼べる人物に出会えた事には強く心を突き動かすものがある。
 誰かと何かを成し遂げる事の喜びは、かつて人の中で生きる事に絶望した妹紅の心に、輝夜と戦っていた時とは性質の違う強い充足感を与えていた。
 その感情に従う事に一切の迷いや躊躇いはない。むしろ強い爽快感さえもたらしていた。
 彼に出会えて本当に良かった。今、心からそう思う。
 残るアンデッドは後わずか。彼と共に戦う時間も終わりが近いと思うと一抹の寂しささえ感じてしまう。そう思うのもこの情熱――恐らくは生の喜びというもののおかげだろう。
 もちろん、アンデッドを倒すための戦いなのだからアンデッドがいなくなれば終わるに決まっているが、きっとそういう、始まりと終わりがあるという状況が心の琴線に触れたのだ。
 わずかな期間だけ心血を注ぐ事と、その終わり――疑似的な死を享受する事。それは人間らしい行為だ。
 蓬莱人としての永遠の命と、同じ宿命の輝夜との戦いと、終わりの存在しない世界で生きてきたから、本来ならば誰でも経験するその機会がなく、そして今まさにそれを体験している事が刺激的で――
 言ってしまえば、楽しいのだ。
 自分は今、人間らしく生きている。その事に満足している。
 戦いはもうすぐ終わる。ならば、最良の形で終わらせる。そのために力を尽くす事が人間らしい生き方だ。

「一真」

 その事を教えてくれた背中に声をかける。

「ん?」

 足を止めて振り返った一真に微笑みかける。

「生きているって素晴らしいな」
「え?」

 小首を傾げて聞き返す一真。妹紅は照れくさくなって顔を逸らした。

「何でもない」
「何だよ、急に?」

 そう言いながら笑い、一真は再び歩き出す。妹紅は小走りで、歩幅の差によって開いた距離を縮める。

「待てよ。お前、もっとゆっくり歩けよ」

 追いつき、横に並ぶ。一真は自分に歩調を合わせて早歩きする妹紅を見下ろし、妹紅も軽やかに歩く一真を見上げる。目が合い、一緒に破顔した。
 ――その時、強い風が木や竹の葉を鳴らした。

「――!?」

 その瞬間、感じる気配。2人が同時に顔を向けた先には、巨体を揺らして跳躍しながら近づくディアーUの姿。

「一真!」

 妹紅の声を聞くよりも早く一真はポケットに手を入れ――ようとするよりも早くディアーUの角が光る。

「!」

 妹紅と一真が左右に身を躍らせた直後、2人の間に雷が落とされた。

「うっ!?」

 閃光と同時に発生した衝撃を受け、2人とも地面に倒れ込んだ。

「く・・・!」

 妹紅が身を起こそうとすると、ディアーUが妹紅に狙いをつけ、再度角を輝かせたのが見えた。

「妹紅ーっ!」

 一真が叫びながら素早く身を起こし、妹紅に走り寄って彼女の体を突き飛ばした刹那――
 妹紅の目の前で雷光と火花が炸裂した。
 倒れ、再び顔を起こした妹紅の目に飛び込んだのは、背中が焼け焦げ、倒れ伏したまま動かない一真の姿だった。

「か・・・」

 一瞬、パニックになりそうになる。何が起こったのか、頭の整理が追いつかなかった。

「一真っ!?」

 頭がごちゃごちゃになりながらも、倒れた一真に駆け寄る。

「一真っ・・・おい、一真!」

 一真の体を揺さぶるが、ぴくりとも動かない。そうしているうちにディアーUが迫って来ていた。

「っ!」

 動揺しきった妹紅はどうすればいいかわからず、歩いてくるディアーUに炎を撃つ事もできなかった。
 その時、ディアーUの背中から火花が3度飛んだ。

「!?」

 ディアーUの後方に目を向けると、疾駆するシャドーチェイサーの上で流鏑馬やぶさめのように両手でカリスアローを構えているカリスの姿を認めた。

「始!」

 カリスはシャドーチェイサーから跳躍し、カリスアローをディアーU目がけて振り下ろす。七支刀を出現させるも防ぐのが間に合わず、カリスの一撃をまともにくらったディアーUはたじろいだ。
 その次の攻撃は受け止め、鍔迫り合いになる。その状態でカリスは妹紅の方へ顔を向けた。

「剣崎・・・!?」

 驚きが混じった声を上げるカリスをディアーUが押し返し、七支刀を振るう。カリスはその1振り目をしゃがんで避け、2振り目を弾いて懐へ潜り込む。

「剣崎を連れて逃げろ!」

 ディアーUの腕を抑えつけながら、妹紅へ声を飛ばすカリス。その言葉に我に返った妹紅は一真を抱え上げようとする。

「一真、しっかりしろ!」

 微動だにしない一真の腕を肩に回して体を支え、立ち上がった妹紅は、カリスがディアーUの動きを抑えているのを見て竹林の方へ向かった。
 背後からの剣戟を聞きながら、その音が小さくなるまで竹林の奥へと分け入る。

「一真っ・・・」

 薄暗い竹林の中、一真を地面に下ろすが、彼は目を閉じたままぐったりとしている。
 嫌な予感に背筋が凍る。
 恐る恐る首筋に指を押し当てる。すると、弱いが脈を感じた。
 そして口元に耳を近づける。やはりかすかながら呼吸の音が聞こえた。
 辛うじて彼はまだ生きている。しかし、このままでは力尽きてしまうのも時間の問題だろう。

「馬鹿野郎、なんで私なんか・・・」

 急激に胸が締めつけられる。
 まさか不老不死である自分をかばうなんて。
 この男が大変なお人好しである事はわかっているつもりだったが、これほどまでとは思わなかった。

「本当に・・・馬鹿だよ、お前・・・!」

 堪え切れず、涙が溢れた。
 自分が死なないと知っているのに、それを助けて死にそうになるなんて。
 どうしようもない馬鹿だ。

「死なせない・・・!」

 一真は虫の息。もう時間がない。しかし、彼を助けられる可能性が1つだけある。

「絶対にお前を死なせないからな・・・!」

 この男はこんな所で死ぬべきではない。絶対に死なせてはならない。
 涙をぬぐい、妹紅は一真の体を両腕で抱え込んで背中に炎の翼を出現させる。
 幻想郷で唯一、一真を助けられる場所を目指して、妹紅は竹林の更に奥へ飛翔した。




――――つづく




次回の「東方永醒剣」は・・・

Spinningスピニング Danceダンス
「俺のせいなのか」
「無鉄砲は私でも治せないわ」
「輝夜ぁぁぁっ!」
「やっぱり私達には、こういう生き方が合っているのよ」
「なぜ戦う?」
「約束してくれ、妹紅」

第8話「月夜に狂う」


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