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No.32502の一覧
[0] 【チラ裏より】東方永醒剣~Imperishable Brave.(東方Project×仮面ライダー剣)【連載中】[紅蓮丸](2012/11/17 13:06)
[1] 第1話「青き剣士と不死の少女」[紅蓮丸](2012/10/27 16:57)
[2] 第2話「幻想郷の仮面ライダー」[紅蓮丸](2012/03/29 21:23)
[3] 第3話「不死者の望むもの」[紅蓮丸](2012/04/04 00:20)
[4] 第4話「人造アンデッド・トライアルC」[紅蓮丸](2012/03/31 20:45)
[5] 第5話「『幻想』の真実」[紅蓮丸](2012/10/26 11:53)
[6] 第6話「宿命~Inevitable destiny」[紅蓮丸](2012/10/26 11:47)
[7] 第7話「心の形、強さの形」[紅蓮丸](2012/11/17 13:06)
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[32502] 第4話「人造アンデッド・トライアルC」
Name: 紅蓮丸◆234380f5 ID:d3c4d111 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/03/31 20:45
「なるほどね」

 そうつぶやき、レミリア=スカーレットは小さい右手に持ったティーカップを口につけた。

「アンデッドに仮面ライダー・・・面白そうじゃない」

 姿は10歳にも満たない少女に見える。霞のかかった月に照らされている、背中に生えた黒い翼さえ除けば。薄ピンク色のドレスを纏った彼女の、その幼い顔立ちの肌は血が通っていないかのように白く、透き通っているのではないかと錯覚するほどだ。その容姿に似合わぬ落ち着いた雰囲気は吸血鬼という血統ゆえであろうか。

「私はちっとも面白くないわ」

 レミリアの向かいに座る霊夢が半眼を返しながらこぼす。
 壁も絨毯も天井もテーブルクロスに椅子、扉まで全面赤色の部屋の中はテラスの窓から差し込む月光に照らし出され、かとなく不気味な雰囲気を醸し出している。だが霊夢が不機嫌そうな表情なのは、その雰囲気のせいとばかりは言えなかった。

「こっちはそのおかげで、こんな時間まで働かなきゃいけないんだから。報酬も出ないのに、やってらんないわよ」

 彼女達はレミリアの居城である『紅魔館こうまかん』の一室にいた。
 夜回りをした霊夢は休憩ついでにアンデッドの事を教えておこうとここを訪ねた。時刻は草木も眠るといわれる丑三つ時(午前2時から2時半)ごろだったが、吸血鬼なので深夜なら起きていると考えたのだ。そして館の中に案内され、レミリアと対面してアンデッドについて知っている事を話していたのである。

「だらしがないわね。少しはうちの咲夜さくやを見習いなさい」

 レミリアが意地の悪い笑みを浮かべながらソーサーに乗せた空のカップをテーブルの脇へ押しやると、彼女の傍らに立っていたメイド服の少女がポットから赤い液体をそのカップに注いだ。年齢は霊夢より少し上ほど。肩にかかる長さの銀色の髪をこめかみのあたりから三つ編みのおさげにしている。

「恐れ入ります、お嬢様」

 メイドの少女――十六夜いざよい咲夜さくやはカップをレミリアに差し出しながら折り目正しくおじぎした。

「あんたは人使い荒そうだものね」

 いかにも気だるそうな態度の霊夢は、目前に置かれた紅茶を一気に飲み干した。

「咲夜、私もおかわりもらえる?」
「人使いがどうのと言っておいてそれ?」
「私は客なのよ。お茶のおかわりくらいいいじゃない」

 やれやれと椅子の手すりに頬杖をつくレミリア。咲夜はワゴンの上からレミリアのカップに注いだのとは別のティーポットを取った。

「そういえば、妖怪の山に幻想郷では見かけない妖怪が出たって噂を聞いたわ」

 霊夢のカップに紅茶を注ぎながら言う咲夜に、霊夢は少し身を乗り出した。

「どんな妖怪だったの?」
「聞いただけだけど・・・雷の妖術を使っていたらしいわ。天狗や河童も見た事のない、鹿のような角を持った、まったく可愛げのない姿だったって。見つかるなりいきなり攻撃してきて、天狗が撃退したらしいけどそっち側にも負傷者が出たっていう話よ」
「それが霊夢の言うアンデッドだと思うの?」

 レミリアの問いかけに、咲夜はポットをワゴンに戻しながら、

「可能性は高いと思われます。幻想郷で妖怪の山に入り、まして天狗に攻撃する者など余程の命知らずでもなければいません」

 妖怪の山に天狗や河童をはじめとする多数の妖怪が暮らしている事は、幻想郷に住むほとんどの人間や妖怪が知っている。幻想郷で『山』といえばこの妖怪の山の事を指すほどである。侵入者の存在を認めれば、人間など相手にもならないほどの力を持った多数の妖怪が排除にかかる。それゆえ、人間はもちろん妖怪でさえその山には近づけないのだ。

「ですが、山の事を知らないのであれば話は別です。外の世界から来たのなら、知らなくて当然です」
「なるほどね」

 湯気の立つ紅茶に息を吹きかけながら霊夢は頷いた。と、不意に顔を上げ、

「って事は、そいつ今この近くにいるんじゃない?」
「そうかも知れないわね」

 さらりと答える咲夜。この紅魔館は妖怪の山から程近い所にある。

「それはそれで楽しそうね。やって来たら迎え入れて、もてなしてあげなきゃ」

 レミリアがくっくっと笑い、彼女が吊り上げた口の端から鋭い歯がのぞく。

「アンデッドの血はどんな味がするのかしら」

 悪魔のような笑顔を――実際悪魔だが――浮かべるレミリアを見て、霊夢は宙を見上げる。

「確か、アンデッドの血は緑色だって一真が言ってたわね」
「・・・なんか不味そうね」

 霊夢に言われて、笑みを引っ込めたレミリアに咲夜は、

「お嬢様、案外健康にいいかもしれませんよ。青汁のようなものかも」
「尚更嫌だわ。青汁って飲んだ事ないけど」

 半眼になるレミリアと、それを見て薄く微笑む咲夜。主従関係でありながら、咲夜はレミリアに対して軽口を叩くことが多い。と言っても、プライドの高いレミリアの性格をしっかり理解した上でちゃんと度をわきまえた事しか言わないので、当のレミリアもそれを楽しんでさえいるようだ。人間でありながら――普通の、とは言いがたいが――吸血鬼に仕える瀟洒(しょうしゃ)なメイドとしてそれなりに名は通っている。それゆえ他の人間とは親交が非常に薄いが、本人はやむなしと気にしていないようだ。

「白玉楼で聞いたんだけど、実は昼、人里も襲われたらしいの」

 その言葉に、レミリアと咲夜は同時に顔を上げた。

「里の外で3人、中で4人。幽々子ゆゆこは断言しなかったけど、多分アンデッドの仕業ね」

 西行寺さいぎょうじ幽々子ゆゆこは白玉楼で死者の魂の管理をしており、幻想郷での死者の人数くらいはわかる。

「今日、里へ行って詳しく聞いてみるつもりよ。ろくに何もしてない上に人が殺されたのも知らないなんて、馬鹿みたいだし」

 そう吐き捨て、まだ湯気の香る紅茶をぐいとあおる。無表情を取り繕おうとしているが、レミリアと咲夜はその顔からにじみ出る悔しさを感じ取っていた。感情をあまり表に出さない霊夢には珍しい表情だった。
 と、

「私もつきあわせてもらおうかな」

 不意に響いた声に3人が一斉に振り向くと、いつの間にかドアが開け放たれていた部屋の入り口に、黒のとんがり帽子を目深にかぶり、白と黒の典型的な魔法使いの服を着た人物が腕を組んで寄りかかっていた。その人物が部屋の注目を集めてから帽子を人差し指で押し上げると、金髪の少女の不敵そうな笑みがのぞいた。

魔理沙まりさ!」
「話は聞かせてもらったぜ」

 箒を持って部屋へ入ってくる少女――霧雨きりさめ魔理沙まりさに咲夜が鋭い目を向ける。

「どうせまたうちの図書館から本を盗みに来たんでしょう。こそ泥」
「盗んでないって。ただ借りてるだけだぜ」
「返す気がないなら、それは盗みなのよ」
「ちゃんと返すって。いつになるか私も知らんけど」

 にこやかな魔理沙とそれを睨む咲夜に、レミリアはまたもややれやれと肩をすくめた。

「相変わらずね」
「お前もな」

 あっけらかんと返事した魔理沙は、霊夢の肩に手を置いた。

「霊夢、そこまで好き勝手されて何もしないでいられるほど、お前は温厚篤実(おんこうとくじつ)じゃないだろ?」
「魔理沙・・・」
「私だってそうだ。そういうふざけた奴には一発がつんとぶちかましてやらないとな」

 霊夢に見せつけるようにぐっと拳を握る魔理沙。それに霊夢はふっと笑みを浮かべ、

「そうよね。不死身だろうと何だろうと、私が幻想郷のルールだって事を思い知らせてやらないと気が済まないわ」
「そう来なきゃな!」

 ぱん、と霊夢の肩を叩く魔理沙。

「じゃ、さっそく行くか。今夜は私の家に泊まっていけよ」
「それじゃ、お言葉に甘えるわね」

 霊夢は立ち上がり、魔理沙は残った紅茶を飲み干してから揃ってドアへ足を向ける。

「ご馳走様。それじゃあね」
「邪魔したな!」

 2人が連れ立って部屋を後にし、咲夜は空のカップをワゴンに乗せる。

「嵐のように去っていくって、ああいうのを言うんでしょうか」
「私が幻想郷のルール、ねえ・・・」

 頬杖をつくレミリア。

「ま、ああでないと霊夢らしくないわね」
「だから魔理沙はああ言ったんでしょうね。まったくいいコンビです事」

 人間・妖怪関わらず公平に接するが、さして誰かと親密にもならない霊夢にとって最も親しい人物が魔理沙である。頻繁に神社へ遊びに来る珍しい人間であり、異変が起こったときは彼女ら2人でそれを解決する事がほとんどだ。
 かつてレミリアが幻想郷に紅い霧を立ちこめさせ、日光を遮(さえぎ)って昼でも自分が出歩けるようにしようとした際もこの2人によって阻止されてしまった。現在『紅霧(こうむ)異変』と呼ばれている事件である。レミリアは霊夢らと対決するにあたり、当時制定されたばかりのスペルカードルール、即ち弾幕ごっこでの勝負を挑んだ。それが幻想郷の歴史上初めて行われた妖怪と博麗の巫女の弾幕ごっこであり、弾幕ごっこが幻想郷で一気に流行するきっかけとなった。
 現在は、さっきのように霊夢がレミリアを訪ねてきたり、魔理沙が勝手に上がりこんで本を持って帰ったりする程度の仲に落ち着いている(後者に関しては大いに迷惑を被っているのだが)。
 異変を起こしたり人間をみだりに襲ったりしない限りは、このように人間と妖怪が悪くない関係を構築する事ができる。レミリアらは幻想郷の妖怪にとって、その見本となった形になる。

「あの2人をその気にさせるなんて、アンデッドが可哀相(かわいそう)になりますよ」

 言っている事の割には面白がっているような咲夜の言葉を聞きつつ、頬杖をついたままカップを手に取るレミリア。

「まあ・・・」

 つぶやき、カップになみなみと満たされた深紅の液体に目を落とす。

「アンデッドのお手並み拝見と洒落こもうかしらね」

 にやりと笑い、レミリアは赤い液体――人間の血を飲み下した。


◇ ◆ ◇


 人間の里では深夜になっても門や櫓の炎は絶やされず、人間が柵の外の暗闇に目を光らせていた。しかし柵の外に目は行っても、上空までは目は回らない。
 イーグルUは里の中央あたりの路地の中に降り立ち、自分の姿を変えた。背広を着てメガネをかけた20代ほどの男性。この人間の姿では高原と名乗っている。イーグルU――高原はメガネを指で押し上げながら路地を進んだ。
 この地は色々と勝手が違うのを肌で感じていた高原は、ここで人間がどんな生活をしているのか興味を持った。元々、理知的な性格ゆえ新しい知識に興味を持つタイプであり、人間の文化の中で多くの知識を得ている。この幻想郷なる世界に暮らす人間の文化はどのようなものなのか。遠目に見た感じでは、相当古い時代の服装をしているようだった。自分の服装では浮いてしまうだろうし余所者がいればすぐに気づく可能性もあるので、まず夜中に様子を見る事にしたのだ。
 路地から通りへ出ようとして、家の影に身を潜める。直後、数名の人間が通りを歩いていった。男のみ、武器のつもりだろう、棒や何やらに松明を持っている。里の様子を伺っていた時から気になっていたが、ここは今厳戒態勢下にある。そういえば、昼間にブレイドに封印されたジャガーUの気配は最初、この辺りから感じ取られた。どうも、先を越されたようだと高原は推測した。
 男たちが過ぎ去り、誰もいなくなったのを確認して通りに出た。
 月に照らし出される町並みも数百年も昔の様式のようだ。山奥だからといって、ここまで文化レベルが遅れる事など有り得るだろうか。まるでこの辺りだけ時間の流れが止まったかのようだ。

(まさかな・・・)

 馬鹿な事を、と思うが完全には否定しきれない自分がいた。ここが変わった場所である事がわかっているからだ。舗装されていない道の砂を踏みしめながら歩いていると、立て札が目に入った。

「これは・・・」

 そこには『人食い妖怪』と書かれ、人相書きが2つ並んでいた。その顔の1つは今自分が化けている高原の顔だった。

「・・・ブレイドか」

 この世界では異邦人である自分の顔を知っている者は彼しかいない。上級アンデッドの事を知っているなら当然の対策だ。もう1人の顔は、恐らく自分と同時に解放されたウルフUのものだろう。

「・・・・・・」

 高原は先ほど出てきた路地へ再び足を向けた。面が割れているなら長居は無用だ。指名手配犯が自分のポスターを見るのはこういう気分なのだろうとどうでもいい事を考えながらアンデッド態に戻り、夜空へ飛び立つ。
 それより『人食い妖怪』と書かれていた事が気になった。アンデッドと書かないのはわかるが、書くならそれこそ犯罪者とでも書くだろう。事実と異なっても、人に害をなすものとして世間に広く認識されているものだと言えば警戒するからだ。ところがここでは妖怪ときた。ここではそういうものとしては犯罪者より妖怪という認識が浸透しているという事だろうか。自分でもこれまた馬鹿な理屈だと思うが、やはりこの世界では有り得るような気がした。

「それだけでも収穫があったと考えるべきか・・・」

 独りごち、イーグルUの姿は闇夜に吸い込まれていった。


◇ ◆ ◇


 どんなものにも、朝は平等にやって来る。
 晴天に輝く太陽の光が地上の万物を明るく照らす。大半の生物と違い、人間が活動し始める時間帯である。それは剣崎一真にとっても例外ではない。

「♪~♪~」

 朝日が差し込む台所に立って鼻歌など歌いながら、おにぎりと沢庵を筍の皮で包んで紐で縛る。すでに朝食を済ませ、昼に食べる弁当を用意していた。と言っても中身は先に述べたものしかないが。

「まるで時代劇みたいだよな、この弁当」

 それでも、一真にとって2人分の弁当を作るのは彼の22年の人生で初めての経験だったため、朝から妙に浮かれ気分であった。弁当の、時代劇でしか見た事がないような古風さも愉快な理由の1つだ。

「そんな事でそんなに嬉しそうにしてるなんておめでたいよ、お前は」

 とは妹紅の弁である。

「妹紅、弁当の用意できたぞ。そろそろ行こうか」

 弁当を風呂敷に包みながら、家の中にいるその相棒に声をかける。

「あ、もうちょっと待って」

 台所から顔を出して家の中を覗きこむと、妹紅が鏡の前に座って頭にリボンを結んでいる所だった。一真に背を向けて座っており、傍らには櫛(くし)が置いてある。何をやっているのかと思えば、髪に櫛を入れていたらしい。時間からして恐らく、入念に。
 結びつけたリボンを両手で広げ、鏡に近づけた顔を左右に傾けてリボンの角度を確認しながら調整している。鏡越しに見える彼女の表情は割と真剣だ。
 顔を鏡から離して「よし」と頷き、今度は髪を数本まとめて小さいリボンを結びつけ始めた。櫛の近くに置かれたリボンはあと5つある。もうしばらくかかりそうだ。
 と、鏡越しに2人の目が合った。

「・・・何?」

 にやにやしていた鏡の中の一真に半眼を向ける妹紅。

「そうしてると、お前も普通の女の子なんだなって」
「お前・・・私を何だと思ってたのさ?」

 振り向いた妹紅に、一真は手を横に振り、

「いや、気にするなって。ゆっくりしてていいから」

 そう言って台所へ引っ込んだ。
 妹紅は頬を膨らませて軽く唸っていたが、程なく作業を再開した。一真は笑顔を絶やさず、壁に背を預けて腕を組んだ。
 彼の同居人の広瀬も身だしなみにはそこそこ気を使っていたようだった。彼女の部屋に入った事は一度も無いが(もし入ったら鉄拳制裁が待っているだろう)多分、妹紅のようによく髪を梳いていたのだろう。華美に着飾ったりはしないが、いつも薄い化粧はしているし(時々ノーメイクの顔を見かけるのでわかる)、たまに枝毛がどうとかぼやいていたのを覚えている。
 一真は姉や妹もおらず女性と交際した事もないので、さっきのようなシーンは新鮮だった。同時に、不老不死でも妹紅には普通の少女らしい面があるのだと安心した。

「お待たせ」

 程なく妹紅が台所へやって来て、弁当を包んだ風呂敷を腰へ後ろ向きに巻いて竹の水筒をポケットに入れた。その間に一真は手持ちのラウズカードを手元で広げて確認している。

「ん?」

 妹紅がふと一真の手元を覗き込むと、昨日見せてもらった中には無かったカードがある事に気づいた。
 両前足を高く上げた金色の象が描かれ、『10 FUSION』と書かれているが、スート――スペードやダイヤなどのトランプのマーク――の部分にはそういったマークがなく、代わりに丸と十字を重ねたようなマークが描かれている。

「そんなカード持ってたっけ?」

 そのカードを指す妹紅に答える一真。

「ああ、これカテゴリージャックなんだけど、使えないんだ。プライムベスタじゃなくてワイルドベスタだから」
「・・・何それ?」

 聞かれて一真はポケットから『A CHANGE』を含めて数枚のカードを取り出した。

「封印用のカードは2種類あるんだ。『プロパーブランク』と」

 中央に鎖の絵が描かれた『6』『J』『K』のカードを示し、

「『コモンブランク』」

 続いて、鎖の部分はプロパーブランクと同じだがスートの部分が丸と十字になっていて、数字が書かれていないカードを見せる。

「プロパーブランクはスートと数字が一致するアンデッドだけを封印できるカードで、コモンブランクはどんなアンデッドでも封印できる。プロパーブランクにアンデッドを封印したカードを『プライムベスタ』」

 今度は『CHANGE』を見せ、そして『FUSION』を出す。

「コモンブランクに封印したのを『ワイルドベスタ』って言うんだ」
「それなら、そっちだけ持ってればいいんじゃないの?」

 コモンブランクを指す妹紅に、一真は困ったように眉をひそめた。

「それが、ワイルドベスタはラウザーに通しても効果が出ないんだ。一度、対応するスートのラウザーに通してプロパーブランクにしないと使えない」
「対応するラウザーって・・・」
「他のライダーに使わせるって事だ。これはクラブのカードだから、レンゲルのラウザーに通さないといけない」
「レンゲルって確か、アンデッドを解放したやつだろ?」
「そうなんだよ。だから渡すに渡せなくてさ。睦月がカテゴリーAから解放されたら渡してもいいんだけど・・・」

 ぼやきつつ、カードを仕舞う一真。

「なんで昨日、それ見せなかったの?」
「いや、ちょっと難しいからさ。話がややこしくなりそうだからと思って省いたんだ」
「あー・・・ま、妥当な判断だろうね」

 確かに、この情報量で一気に説明されてもよくわからないだろう。

「じゃ、行こうか」
「ああ」

 2人は家を後にし、ブルースペイダーにまたがった。
 オフロード用バイクをベースにしたブルースペイダーにはトランクがないため、荷物は乗る者が身に着けねばならない。弁当を一真の腰に巻いた場合、妹紅が後ろに乗ると2人の体で挟む形になってしまうし、ブレイバックルを装着するのに邪魔になるので、妹紅が腰に巻く事にしたのだ。
 手袋とヘルメットを装着した一真に妹紅がしがみつき、エンジン音を立てるブルースペイダーは竹林を出て一路妖怪の山へ向かって走り出した。
 山へ通じる道はなく、草原をブルースペイダーで突っ切っていく。葉が赤や黄に染まった樹木やすすきが所々に見受けられ、秋の気配を感じられる風景が流れていく。滅多に竹林の外を出歩かず季節感に疎い生活をしている妹紅はようやく今は秋である事を実感した。昨日、博麗神社へ行った時はアンデッドの事を考えながら歩いて行ったため風景はほとんど気にとめていなかったが、今日はブルースペイダーのスピードに慣れてきたためか早く流れる景色に目が行く。

「もうすっかり秋だな」

 次々に通り過ぎていく風景をぼうっと眺めている妹紅に一真が話しかけた。ブルースペイダーの音が大きいので結構大声だが。

「ああ、そうだな。竹林の中じゃ季節ってあんまりわからないから」

 妹紅も大声で返す。こうやって誰かと出歩く事は(今はバイクに乗っているが)慧音から強引に誘われた時くらいしかない。
 一真もアンデッドと戦いに行く以外に外出する事は少なく、幻想郷という見知らぬ土地という事と目的地までけっこう時間がかかる事も手伝って少しツーリング気分になっていた。
 そうして時々言葉を交わしながらブルースペイダーを走らせた所で、一真が腕時計を見ると出発しておよそ40分が経っていた。近くにあった川の近くにブルースペイダーを停め、ヘルメットを取る。

「どうした?」

 横から顔を出す妹紅に、肩越しに振り向く。

「ちょっと休憩しよう。揺られ続けて疲れたろ?」
「大丈夫だよ。まだ行けるって」
「無理はするなって。先はまだ長いんだし」

 だいぶ大きく見えてきたがまだ遠い妖怪の山を親指で示し、グローブを外しながら川へ足を向ける一真。

「・・・そうね」

 つぶやき、大きく伸びをする妹紅。ずっと同じ姿勢でいるとやはり体が固くなる。一真は川面に身を屈めて顔を洗った。

「はー、冷てえ!」

 天を仰ぐ一真。

「一度やってみたかったんだよな、こういうの」
「こういうのって?」
「川で顔洗ったり」

 今度は水を両手ですくって飲んだ。

「川の水飲んだりさ!」
「ふーん・・・ほんとおめでたいやつ」

 呆れる妹紅を尻目に一真ははしゃいでいる。その日暮らしの経験が長い妹紅からするとそういう生活は普通なのだが、不老不死になる以前はそんな暮らしとは縁がない程度の環境にはいたので一真の気持ちはわからなくもない。

「にしても、いい所だよな。水も紅葉もキレイだし」
「そうだね」

 それなりの幅がある川と色づいた木々が織り成す風景と、川のせせらぎしか聞こえない静けさは確かに、誰もが穏やかな心持ちになるだろう情緒を感じさせた。

「少なくなっちまったからなー、こういう所」
「・・・そうなの?」

 何気なくこぼした一真の言葉に、妹紅は聞き返した。

「ん? あ、そうか。お前、何百年もここにいるんだっけ」

 一真は川原に腰を下ろし、

「街中の川はほとんど護岸工事とかして川原なんて見かけないし、排水流してるから水とか飲んだら腹壊しちまう。色々便利になってるんだけど、こういう田舎暮らししたがる人も多いらしいぞ」
「ふうん・・・」

 妹紅も座って頷いた。外の世界では自然が少なくなっているという話は幻想郷でも聞かれる。それこそが幻想郷という異世界が生まれた原因だからだ。

(・・・長くなるから、その話はしないほうがいいかな)

 速やかに自己完結させて、うんうんと頷く。一真に幻想郷の事で変に気を揉ませたくないし――妹紅にその気がなくとも、彼の性格からすれば大いに有り得る事だ――、なによりアンデッドの事に集中しなければならない。

「あれ?」

 と、一真は水面の異常に気づいた。よく見ると、何か透明なものが上流から漂ってきている。一真は冷たい水からそれを拾い上げた。非常に薄く固いそれは一真の指の中でやがて消えてしまった。

「・・・氷?」

 そう思い至ったが、そんな事は有り得ない。そう思ったが、考えてみればいくら秋だといっても水が冷たすぎる。しばらく指をつけていてかじかんできたくらいだ。

「・・・そういえば、ちょっと寒すぎるな」

 一真の肩越しに川を眺めていた妹紅が両腕を抱く。やはり秋にしては冷たい風が肌寒く、それは上流の方から吹いている。

「ひょっとすると・・・」
「なんだ?」

 つぶやいた妹紅が上流の方に目を凝らす。一真もそっちを見ると、上流から白い空気が流れ込んできている。次第にそれが風に乗って一真らの所へ達すると、さらに気温が下がった。冷気だ、と2人とも気づいた。

「なんでこんなに寒いんだ・・・?」
「・・・あいつのせいだ」

 見通しが悪くなった白んだ空間の中、妹紅が指を差した先に青い影が見えた。

「ふっふっふ・・・」

 その方向から、笑い声が響いた。

「久しぶりの獲物発見!」

 冷気の中から、宙に浮いて腕組みをした10歳前後くらいの幼い少女が現れた。水色の髪を青いリボンで結び、青いワンピースの背中から氷の結晶のような羽をぱたつかせている。

「さあ、あたいと勝負しろ!」

 びし、と2人に指を突きつける少女。

「やっぱりお前か・・・」

 それを見て頭を抱える妹紅。

「知ってる娘か?」
「まあな・・・一度、弾幕ごっこにつき合ってやった事が。誰彼構わずふっかけてくるんだよ、こいつ」
「あれ? お前と弾幕ごっこした事あったっけ?」

 かくん、と肩をコケさせる妹紅と首を傾げる少女。
 と、少女の後ろからひょこっと別の少女が顔を出した。やはり10歳ほどで背中には虫のような羽が生え、緑の髪をポニーテールにしている。

「ち、チルノちゃん。その人、以前チルノちゃんが溶かされそうになった人だよ」
「ん?」

 チルノと呼ばれた青髪の少女は腕を組んだまま目線を上げて考え込んだ。右上へ向けた目線を左へ少しずつ動かしながら考える事およそ10秒。青い瞳が左上へ到達した所でまた妹紅に指を突きつけた。

「あー、思い出した! あの時はよくもやってくれたな!」
「・・・まあいいけど」

 疲れたような顔で、こめかみのあたりを指でかく妹紅。

「ええと、君は誰なんだ?」
「何ー!? お前、あたいを知らないのか!?」

 一真が妹紅とチルノの2人を交互に見ながら言うとチルノは大声を上げ、一真へ飛びかかって上半身に組みつき、顔を目一杯に近づけた。

「あたいは最強の氷の妖精チルノだ! あたいを知らないなんて、お前引きこもりか!」
「よ、妖精?」
「そいつは昨日外の世界から来たんだよ。知らなくて当然だろ」
「外の世界?」

 仰け反った一真に取りついた姿勢のまま妹紅を見やるチルノ。もう一度、一真の顔をのぞきこみ、

「お前、外の世界から来たのか?」
「う、うん」

 一真が頷くとチルノは一真から離れた。

「よーし。お前、今からあたいと勝負しろ!」
「は?」

 ぽかんと口を開ける一真。

「あたいと弾幕ごっこするの! 外の人間にも、あたいは強いんだって体で教えてあげるわ!」
「やめとけ、こいつは強いぞ」

 妹紅がたしなめるが、チルノは空中で――登場してからずっと浮いている――両手を腰に当ててふんぞり返った。

「ふん! どれだけ強くてもあたいに勝てるわけないわ! あたいが最強だもの!」

 それを緑髪の少女が止めに入る。

「チルノちゃん、この間もそう言ってその人に溶かされかかったじゃない・・・」
「大妖精ちゃんは黙ってて! あの時は足がかゆくて集中できなかっただけなんだから!」

 明らかな負け惜しみを言いながら緑髪の少女――大妖精の腕を振り払い、チルノは一真に指を突きつける。

「逃げようってもそうはいかないわよ! さあ、勝負!」
「・・・どうしよう?」

 一真は困ったように妹紅に聞いた。妹紅はやれやれと肩をすくめる。

「しょうがないから相手してやれば? 実際は大して強くないから適当にあしらってやれば逃げるだろ」
「でも俺、スペルカードとか持ってないぞ?」
「カードならあるだろ」
「いや、変身なんかできるわけないだろ!? 女の子相手に!」
「大丈夫、妖精は死なないから。ある意味、蓬莱人と同じようなもんだ。煮てよし焼いてよし斬ってよし」
「いいのかよ!?」
「氷の妖精だから焼くのが手っ取り早く片づくぞ。私もそうしたし」
「容赦なさすぎないか?」
「幻想郷ってのはそういう所だ」
「過酷すぎんだろ・・・」

 頭を抱える一真。

「おいっ! あたいを無視するな! なんでもいいから戦えー!」

 2人のやりとりを見ていたチルノが両腕を振り上げながら叫んだ。妹紅は一真の背中を叩き、

「ほら。時間ないからさっさと済ませちゃってよ」
「そうは言ったって・・・」
「あーもう! そっちがかかって来ないならこっちから行くぞーっ!」

 とうとう痺れを切らしたチルノは頭上に掲げた左手に氷柱を作り出した。

「え? ちょっと――」
「てやーっ!」

 一真目がけて撃ち出された氷柱はとっさに横へ飛んだ妹紅と一真の脇を過ぎ去り、川原の石を数個弾いて突き刺さった。

「何すんだよ! 危ないだろ!?」

 さすがに怒鳴る一真。だがチルノは頭上へさらに冷気を集中させている。

「ふーんだ! お前なんか濠太剌利オーストラリア牛と一緒に冷凍保存してやる!」
「ほら一真、変身して! さもないと下手したら死ぬよ!」
「あんまり強くないって言ってなかったか!?」
「ごめん、あれ私基準」
「お前は不死身だろ!?」
「でも変身すれば大丈夫だから! 早く!」

 焦れったそうに一真のポケットに手を突っ込み、取り出したブレイバックルと『CHANGE』のカードを押しつける妹紅。

「お、おい」
「ほら、やっつけて来い!」

 妹紅は一真の肩をぽんと叩き、そそくさと彼から離れてしまった。

「覚悟ーっ!」

 一真がブレイバックルと妹紅とチルノを見比べながら慌てふためいていると、チルノが冷気と複数の氷柱を飛ばした。彼はそれに身の危険を感じ、とっさにブレイバックルにカードを挿入して装着し、ハンドルを引いた。

『 Turn up 』

 オリハルコンエレメントが一真の正面に現れ、冷気と氷柱は全て阻まれ霧散した。

「な、なんだー!?」

 大きな目を見開き、驚いて大声を上げるチルノ。一真は渋い顔で首を傾げていたが、結局意を決し、

「へ・・・変身」

 オリハルコンエレメントへ走って突っ込み、ブレイドへ変身した。チルノはさらに目をむいて、

「お、お前、妖怪だったのか!?」
「安心しろ、そいつは普通の人間だよ。それはなんていうか・・・変身しただけだ」
「よくわからないんですけど・・・」

 妹紅の言葉に大妖精がつぶやく。

「と、とにかく!」

 気を取り直し、チルノはスペルカードを掲げる。

「これでもくらえ! 『アイシクルフォール』!」

 宣言した直後、チルノの左右に出現した氷塊から氷柱が次々に発射される。

「はっ!」

 抜き放たれたブレイラウザーが氷柱を切り裂き、ブレイドに当たる軌道にあったものはすべて払われ、それ以外は川原に次々刺さっていく。

「や、やるな! それじゃ本気を出しちゃうぞ!」

 チルノはさらに突き出した両手から数個の冷気弾を撃ち出す。ブレイドは氷柱に当たらない様に、冷気弾が拡散して広がった隙間を抜けるように位置を変えてやり過ごす。弾もあまり早くなく、チルノの弾幕は一真に全く当たらない。

(でも避けてるだけなんだよなあ・・・)

 妹紅は頭をかきながら考えた。
 なかなか上手くかわしてはいるが、ブレイドからは攻撃しないので防戦一方になっている。幻想郷に来たのは昨日だし、相手は少女だからしょうがないと言えばそうだが・・・

「一真。その弾幕、懐に飛び込めば楽だよ」
「懐?」

 そう言われてよく弾幕を観察すると、確かにチルノの両脇から放たれる氷柱弾幕はチルノの近くならばやり過ごせるだろう。チルノ自身が放つ冷気弾も、近づいても十分かわせそうだ。ブレイドは意を決し、弾幕の中へ飛び込――

「って、近づいてどうすりゃいいんだよ!?」

 もうとして、踏みとどまった。妹紅はずるっと足を滑らせてしまった。

「あー、『Fire』でもぶちこんでくれば?」
「できないって!」
「ったく・・・」

 しゃがんで頭を抱える妹紅。

「えーと・・・スペルカードは時間制限があるから、避け続けてれば一応終わるけど・・・」
「ひたすら避けてればいいんだな!?」

 それを聞いた一真は弾幕を避ける事に専念しだした。

「はあ、まったく・・・」

 だるそうに川原に胡坐をかいて膝に頬杖をつく妹紅。

「あの、なんだかすいません・・・」

 そこに大妖精がおずおずと謝ってきた。

「いや、いいんだけどね・・・大変だな、お前も」
「はい・・・」

 ちょっとやるせなさそうに下を向く大妖精。

「そうだ。ところでさ、昨日から変な妖怪みたいのを見てないか?」
「変な妖怪ですか?」
「獣が2本足で歩いてるような、ちょっとでかくて、体が黒っぽいやつ」
「ん~・・・そんなのは見てないです」
「そうか。山の近くにいるらしくて、私達はそいつを探しに来たんだ。もし見たら私達に教えてくれ」
「はあ・・・」

 生返事を返す大妖精から外した目線をブレイドの方へ向けると、チルノの左右の氷塊が消えた所だった。スペルカードの効果が切れたのだ。
 チルノは氷塊が消えた左右の空間に何度か顔を往復させていたが、腕を組んでふんぞり返ると、

「や、やるな! 時間切れまで粘ったのはお前が初めてだ!」
(そりゃ、そこまで待つより近づいて叩きのめした方が手っ取り早いからな)

 半眼の妹紅に気づかず、チルノはもう1枚カードを取り出し、

「よーし、次はこれだ!」
「ま、まだあるのか!?」
「何言ってんの! 勝負はこれからよ!」

 妹紅はため息をついて立ち上がり、どうしようと立ちすくむ一真の肩を叩いた。

「しょうがない。私がやるよ」
「え」
「時間ないし、ちゃっちゃと終わらせてもらうよ」

 前に進み出る妹紅にチルノは指を突きつけ、

「おい! 今そいつとやってたんだぞ!」
「いいのか? また時間切れまで粘られるぞ」
「むー・・・」

 そう言われてチルノが口ごもっている間に、妹紅は右のポケットからスペルカードを全て取り出して広げた。

「ええと・・・これでいいか」

 その中から1枚を選んで、残りをポケットに押し込む。

「よーし、じゃあこないだのリベンジだ。行くぞー! 『ダイアモンドブリザード』!」
「一真、下がってて。藤原『滅罪寺院傷めつざいじいんしょう』!」

 互いに宣言して弾幕を展開する2人。
 チルノは小さい氷柱を大量に撒き散らし、妹紅が左のポケットから取り出した札を宙に投げる。札はVの字に並んでチルノへ向かって飛んでいった。
 チルノの弾幕は速度と角度が変則的だが全体的に遅いので妹紅は落ち着いてかわしている。
 対してチルノは妹紅の札の弾幕を飛び越えた。

「ふんだ! こんなのに当たるわけ――」

 言いかけた台詞はUターンした札が後頭部に当たった事で中断された。

「あだだっ!?」

 さらに他の札がチルノに前から後ろから立て続けに当たりまくる。

「いだっ、こ、このブッ!?」

 それまでチルノの弾幕を全て避けきっていた妹紅は1つ嘆息すると左手をかざし、チルノに火の玉を1発見舞った。

「あぢぢぢぢ!?」
「あ! 待ってよチルノちゃーん!」

 まとわりついていた札ごと炎に包まれたチルノは足をばたつかせながら飛び去っていき、大妖精もそれを追って飛んでいった。

「・・・ふう」

 静けさを取り戻した川原には、せせらぎと妹紅のため息だけが響いた。

「大丈夫かな? あの娘」

 変身を解除した一真は不安そうな表情を浮かべている。

「大丈夫って言ってるのに。一真がぐずぐずしてるせいで余計な時間喰っちゃったじゃない」
「・・・ごめん」

 頭に手を当てる一真。妹紅はまたため息をついて、

「まあ、しょうがないけどね。一真だから」
「?」

 一真はそう言われて首を傾げた。

「ところでさ、さっきの札はなんだ?」
「自作の魔除けのお札。昔、妖怪退治してた頃があってね。最近あまり使ってなかったんだけど、アンデッド以外に力を消費したくないから」
「へー。どういう作りになってるんだ?」
「まあ簡単に言うと」

 左のポケットから赤・青・紫と色とりどりの大量の札を取り出す。

「これに妖力を注入して飛ばして、当たると妖力が弾けて衝撃が出るんだ。炎ほどの威力はないけど、加減しやすいし火事を起こす心配もないしね。さっきみたいにこれを使ったスペルカードもあるよ」

 へー、と頷く一真。

「しかし、妖精なんて初めて見たよ俺。あんなだったんだな」
「あいつは妖精の中でも変わり者だよ。妖精としては桁外れに強い力を持ってて、そのせいか生意気なんだ」

 札をポケットに押し込む妹紅。

「外の世界じゃ少なくなったらしいね。ほら、さっきお前、外の世界は自然が少なくなったって言ってたろ? 妖精は自然から生まれるものだから、それが少ないと妖精も少なくなるんだ」
「なるほどなー。幻想郷は自然が一杯だから多いのか」

 腕組みしてしきりに頷く一真。

(それだけじゃないんだけどな・・・)

 胸中で独りごちつつ、妹紅はきびすを返した。

「そろそろ行こう。あんまり時間つぶしちゃいられないからね」
「あ、ああ」

 そうして彼らは川原を後にした。


◇ ◆ ◇


 朝の里はいつもと違う空気が流れていた。
つもならば活気に溢れている通りは人もまばら、その少ない人々もどこか浮かない顔をしてそそくさと道を急ぐ。開いている店も客が少なく、店の者もどことなく元気がないが、その原因は客が少ないというだけではあるまい。
 ジャガーUの襲撃から一夜明けたが、その影響は誰の目にも明らかなほど里の雰囲気を一変させていた。ずっと平和だった里の人々にとって、白昼に人が殺されるという事件の衝撃はあまりに大きかった。里の門や櫓の見張りは昨日から絶えず監視の目を張り巡らせ、武器を持った男達が里の中を見回っている。
 慧音も、買い物で家と店を往復する間だけでその空気を敏感に感じ取っていた。いつもなら寺子屋で子供達に勉強させているはずの時間。その時間に手持ち無沙汰でいる事に、ついため息を漏らしてしまう。歴史を識る者としてわかっていたつもりではあったが、平和というものはかくももろいものだったのか。こうしてみると、人間と妖怪が暮らす幻想郷の平穏は奇跡的なバランスで保たれていたのかもしれない。妖怪がその気になれば、これ以上の被害を出すくらいは造作もないはずだ。当然自分は人間のために戦うが、それもどれほど通用するかわからない。昨日のジャガーUにしても、一真がいなければどうなっていただろうか――

「・・・うん?」

 ふと顔を上げると、自分の家の前に2人の少女がいた。

「ねー、いないのー?」
「どうも留守みたいだぜ」

 戸をどんどんと叩く赤と白の服の少女に、背伸びして窓から中を覗き込んでいた白と黒の服の少女が言う。どちらも見知っている。彼女達こそが、幻想郷の平穏の均衡を支えている少女達なのだ。

「お前達、私に用か?」

 話しかけられた2人の少女――霊夢と魔理沙は同時に振り返った。



「なんだ、もう半分も片づいたのかよ。ならもう出番は無いんじゃないか、霊夢?」

 家に2人を上がらせ、慧音は一真が里に来てからの事を彼女らに話していた。

「だが上級アンデッドが2体いるし、妖怪の山から戻ってこれるようなやつも残っているからまだ安心できない」
「だけど、その一真ってやつ以外にはアンデッドは封印できないんだろ?」

 卓に肘をついて、出されたお茶をすする魔理沙。それとは対照的に霊夢は眉根をひそめ、

「確かに私もそう思って彼に任せたんだけど・・・でも、あの2人だけで本当に大丈夫かしら?」
「うむ・・・」

 慧音は腕を組んで霊夢の表情を見る。里で死人が出たと聞いて居ても立ってもいられなくなったという話だったが、どうも本当のようだ。日頃やる気が感じられないと評判の霊夢だが、博麗の巫女としてのプライドはあるらしい。
 慧音は霊夢に微笑みを返した。

「2人ともちょうどいい時に来てくれたな。お前達に頼みたい事があるんだ」

 言われて顔を見合わせる2人。

「実は、里の外で殺されてしまった人達の遺体はまだ回収していないんだ。アンデッドがいるとなると迂闊に里の外を出歩くわけにいかない。そこで、お前達について来てもらいたいんだ」
「私達は用心棒ってわけか?」
「そういう事だ。もちろん私も行くぞ。言いだしっぺだし、遺体の場所がわかるのは私だけだ」
「里に誰かいなくていいの?」
「私達が出る間、里の歴史を食っておけばいいだろう」

 ワーハクタクとしての能力として慧音は『歴史を食う程度の能力』を持っており、『歴史を食う』事ができる。食われた歴史は誰にも認識できなくなるが、実物はもちろん、人々の記憶を消すというわけではない。食った歴史はちゃんと元に戻す事ができる。
 例えば慧音が『剣崎一真が幻想郷へやって来た』という歴史を食ったとしても、一真が幻想郷から消えるわけではないし、妹紅や霊夢が一真の事を忘れるわけではない。だが幻想郷の中では誰も一真を認識する事ができなくなり、一真が視界にいても見えず、一真の声が届く所に居ても聞こえない。言うなれば、全ての生物に対してそんな歴史は存在しなかったと暗示をかけるようなものである。もし、この能力を使って1人の人間の歴史を食い尽くしたならば、その人間は慧音と本人以外には認識できなくなり、実質世界から抹消される事になる。
 使いようによってはそれこそ歴史を変える事さえ可能な能力だが本人もそれは十分承知しており、使う際は細心の注意を払っている。

「あー・・・それならまあ大丈夫ね」

 目線を上に向けながら霊夢が頷く。彼女は一度、慧音が里の歴史を食ったのを見た事があるのだ。
 かつて満月が出るはずの夜に、異常な妖気を発する待宵月――満月になる直前の月――が現れ、月を元に戻すために八雲紫が夜空を停止させた『永夜異変』の際、里の近くに来た霊夢と紫を警戒して慧音が歴史を食った。満月にハクタクの力を発揮できる慧音は当然月の異常に気づき、歪んだ月の妖力で妖怪が活性化する事を予想しており、里が襲われるかもしれないと注意していたのだ。実際、霊夢らによればかなりの数の妖怪や妖精が活発になっていたらしい。結局それは慧音の杞憂であったが、その際も霊夢は里の事は覚えていたのに里は見えていなかった。ただし強大な力を持った妖怪である紫には通用しなかったようである。
 なお、永夜異変の黒幕は蓬莱山輝夜の一味だった。
 ・・・正確には人々が言う永夜異変は『夜空が止まった異変』でそれは紫の仕業であり、『満月を隠した』のが輝夜達であるがそれに気づいた人間は1人もいなかった(霊夢でさえ、紫から言われるまで気づかなかった)。月の住民が地上へやって来るという情報を得たため、満月を偽りの月で覆って月と地球の間を行き来できないようにしたのだ。もっとも、遮断された空間である幻想郷には外から誰かが入ってくる事は基本的に不可能だったのだが、輝夜達がその事を知ったのは霊夢らに打ち負かされた後だったという。

「でもさ、だったらずっと里の歴史を隠しっぱなしにしてりゃいいんじゃないか?」
「そんな事をしたら妹紅やお前達が里に入れなくなるだろう」
「あ、それもそうか」

 笑ってごまかしながら頭の後ろに手をやる魔理沙を横目に、湯飲みを口にやる霊夢。

「でも、遺体って私達3人で運ぶのはさすがにきついんじゃない? 確か里の外で死んだ人は3人って話だったけど」
「台車とかあるだろうけど、運んでて疲れた所を襲撃とか勘弁してもらいたいな」
「里の男達に手伝わせる?」
「それもちょっとな。不意打ちでも受けたら殺されてしまうかもしれない」
「運ぶ死体を増やされるのは困るな」

 不謹慎な事を言って霊夢と慧音ににらまれる魔理沙。視線に気づいて目を逸らす。

「まったく・・・」

 顔をしかめて頭を振る慧音。軽口を叩く性格なのは知っているが、さすがに今のは気持ちのいいものではない。と、霊夢が手をぱんと叩いた。

「あ。いるわよ、ちょうどいいのが。1人で遺体3体楽に運べて、襲われても大丈夫そうなやつ」
「へ?」

 異口同音に声を上げる魔理沙と慧音。

「あいつ、今どこにいるかしらね。神社かもしれないけど」
「・・・あー、あいつか」

 顎に手を当てて考える霊夢の言葉に、何度か頷く魔理沙。

「じゃ、手分けして探そう。2時間経ったらここに集合な」
「うん、わかったわ」

 簡単に打ち合わせ、立ち上がる2人。

「慧音、ちょっと助っ人をもう1人呼んでくる。2時間待ってくれ」
「ああ、構わないが・・・誰を連れてくるつもりだ?」
「さあね。あ、そうだ」

 靴を履きながら振り返る魔理沙。

「台車じゃなく、戸板を3枚用意しといてくれ。あいつの場合、そっちの方が運びやすいはずだ」
「戸板? ああ、わかった」
「それと、酒も用意しておいてくれない? あいつ酒に目がないから、あげれば喜んで手を貸してくれるわ」

 魔理沙に続いて霊夢。

「酒?」
「ていうか、酒がないと動かないかもしれないぜ。あいつ」
「だからよ。慧音、よろしくね」

 口々に言うだけ言って、2人は玄関を飛び出していった。静まり返った家の中、慧音は腕を組んでふう、と息をついた。

「・・・まあ、いいか」

 誰なのか教えてもらえなかったのはちょっと収まりが悪いが、ともかく協力してもらえるだけありがたいと考えるべきだろう。確か、酒屋の店主から寺子屋で子供が世話になっているからともらった清酒があったはずだ。今度、妹紅と一緒に飲もうと思っていたものだがしょうがない。慧音は押入れを探し始めた。


◇ ◆ ◇


 平原の真っ只中を青い鉄騎が駆け抜けていく。見上げると、そびえ立つ妖怪の山は威圧感さえ感じられるほどに近づいている。
 一真は近くの丘をブルースペイダーで駆け上った。丘の上にブルースペイダーを停め、ヘルメットを取る。

「この辺かな」

 起伏と色に富んだ大地を丘から見下ろし、つぶやく。山を覆う色づいた木々は麓まで広がり、その手前の平原には風が黄色がかった緑の波を走らせている。

「手分けして探そう。私は空から、お前は地上な」
「ああ。アンデッドを見つけたら、そうだな・・・大きな音を立てて知らせられるか?」
「大丈夫。でも、ちょっと火事が心配かな」

 『フジヤマヴォルケイノ』のスペルカードを見せながら笑う妹紅。

「妖精や妖怪に襲われたら、ちゃんと変身して戦えよ」
「ああ、わかってる」

 妹紅がブルースペイダーから降り、一真は再びヘルメットをかぶった。

「正午ごろにここで落ち合おう。じゃ、気をつけてな」

 そう言うと妹紅は炎の翼を広げて丘から滑空し、一真もブルースペイダーで丘を下っていった。


~少女&青年探索中・・・~


 太陽が真上辺りまで昇り切った頃、2人は丘の上に戻ってきた。

「どうだった?」

 ヘルメットを外しながらブルースペイダーから降りる一真に、妹紅は両腕を広げ、

「見つからないね。出くわした妖精に聞いてみたけど、昨日山を出て行ってからこの辺りでは見られていないみたい」
「そうか・・・」

 真剣な顔でつぶやく一真。と思ったら急に顔をしかめて腹を押さえた。

「はあ、腹減ったな。メシにしようか」
「・・・おいおい」

 思わず半眼になる妹紅だった。

「だってさあ、神経張りながら走り回って探したのに見つからなくて、なんか変に疲れたっていうか」
「・・・そうだね」

 その気持ちはまあわからないでもない。妹紅は腰に巻いていた風呂敷包みをほどき、弁当を出した。

「じゃ、食べようか」

 2人はスタンドを立てたブルースペイダーに寄りかかるように並んで座った。

「いただきます!」

 一真はグローブを外した両手を合わせてそう言った直後、猛烈な勢いでおにぎりにかぶりついた。

「うめぇ! やっぱ外で食うと美味いな」
「食べながらしゃべるなよ」

 聞いているのかいないのか、一真は満面の笑顔でおにぎりを食べながら漬け物を口に放り込んだ。

「しかし、本当に美味しそうに食べるね」

 あっさりと1個食べきり、2つ目に手を伸ばした所でポケットから竹の水筒を取り出す一真。見ていて食い気を誘われた妹紅もおにぎりを頬張りだした。

「これがただのピクニックだったら楽しかったんだけどな」
「・・・そうだね」

 おにぎりを持った手を下ろし、一緒に空を見上げる。明るい日差しと穏やかな風が心地よく、出かけるのにぴったりな日和だ。竹林の中よりは遥かに気持ちのいい気候には違いない。

「そういえばさ」

 と、一真があごを上げた状態のまま横に顔を向ける。

「1つ気になってたんだけど、普通の弾幕とスペルカードってどう違うんだ?」
「ああ・・・」

 おおかた、さっきのチルノとの戦い(と呼べないような一方的な結果だったが)で疑問を持ったのだろう。

「スペカ・・・スペルカードの利点はどんな法則の弾幕を放つか最初に決定できる事で、複雑なパターンでも簡単に発射できるんだ。ある程度弾の多さとかも加減できる。ただ、スペカの弾幕は必ず回避可能なものでないといけない。絶対かわせない弾幕は、弾幕ごっこでの反則になる。言うなれば、競技用の弾幕って所かな。でも、限りなく不可能に近いのはありだ」
「ふーん・・・」

 2人ともおにぎりはすでに食べきって、時折水筒を口に運んでいる。

「逆に、かわされる事前提で破壊力を重視した弾幕もある。私のフジヤマヴォルケイノがそうだ。あんなもん直撃するような馬鹿はいないからね」
「確かに、あんなんくらったら絶対死ぬな」

 昨夜トリロバイトUを無防備にした妹紅の弾幕――というより一真には爆撃に見えた――は、まともに当たればアンデッドも木っ端微塵にできるのではないかと思われた。

「それに、あれ撃った所に別の弾幕を重ねて動きを抑制するととってもスリリングになるんだ」
「・・・えげつないな、それ」

 昨日、妹紅に言われた事をそっくり返す一真。

「あと、スペカで重要視されるのが見た目の美しさだ。弾の形、色、飛ばす軌跡と速度。色々な要素が絡み合う分、作る者のセンスを反映しやすいからね。幻想郷で特に美しい弾幕を使うと言われているのが・・・輝夜だ」

 最後の一言を口に出す時、一瞬目を逸らしてしまう。
 実際、彼女の弾幕をよく見る妹紅からすれば、やはりその美しさは認めざるを得ない。ただ、妹紅の弾幕を知る者からは、彼女の炎を用いた弾幕もかっこいいと評価されているようだ。

「・・・・・・」

 一真は妹紅の態度に気づいたものの、かける言葉がわからなかった。妹紅は再び顔を上げて説明を続ける。

「普通の弾幕ならスペカ以上に自由に撃てるんだけど、どういう構成で撃つかいちいち考えないといけないからちょっと面倒ではあるね。その代わり、逃げられないような弾幕も撃てる」

 昨晩の戦いでウルフUを竹林からおびき出した後、スペルカードを使わなかったのはそういう理由だ。

「その代わり、そんなもん使ったら向こうもそういう弾幕ぶっぱなしてくるだろうけどね。ま、弾幕についてはこんな所かな。わかった?」
「ああ、サンキュ」

 笑顔を見せる一真にうなずき、水を飲む妹紅。一息ついてふと地面に視線を落とすと、赤い花が咲いているのに気づいた。

「あ、吾亦紅われもこうだ」
「われもこう?」

 きょとんとする一真に、妹紅は花を指し示す。茎の先に暗い赤色の小さな花が密集して咲いたような外見で、よく見ないと花とわからないだろう。一真は地面に両手をついてその花に顔を近づけてしげしげと見た。

「へー、変わった花だな」
「だろ? 私の妹紅って名前はこれからとったらしい」
「そうなんだ?」

 顔を上げる一真に、立てた膝に頬杖をついて微笑む妹紅。

「変わった名前だと思ったろ?」
「まあな」

 あははは、と2人で笑い合う。

「しかし、本当に変わった名前だよな」
「何でも『我もこうありたい』が語源っていう話だけど」
「それで『われもこう』か。でも、こうありたいってどういう意味だろ?」
「なんかこう、花のようにひっそりと、とかそんな感じじゃない? ま、私の場合は」

 広げた手の平の上にぼっと炎を灯らせ、

「この赤い花のように真っ赤に燃えろ、って意味だと思ってるけどね」

 自分の出した炎を自虐的な笑みで見る妹紅。この身を炎で燃やし尽くしたとしても、何度でも蘇る。自分の身を焦がしながら、それでも死ぬ事が許されない。誇り高い不死鳥に重ねてみても、結局はこうやって己れを皮肉って笑うしかできないのだ。
 一真はそんな妹紅の思惑をなんとなく感じ取った。

「お前は今、燃えてるか?」
「ああ、燃えてるよ。アンデッド退治にね」

 炎を消し、さっきよりは柔らかい笑顔を向ける妹紅。口下手なので不安だったが、一真は妹紅の気分を切り替えさせるのが上手くいった事に内心ほっとして笑顔を返す。

「じゃ、そろそろ行こうか」
「ああ。でも、どこを探す?」

 立ち上がる妹紅を見上げて一真が言う。

「どこか、この近くでそういうのがいそうな場所とかあるか?」
「そうね・・・」

 顎に手を当てて考え込む妹紅。

「『霧の湖』って所がある。生き物は水辺に集まるものだから、やつもそこにいるかも」
「標的が集まるからって事か?」
「それにアンデッドだって水は飲むかもしれないし」
「・・・ああ、するみたいだ」

 アンデッドに食事を与えた事があるのでわかる。
 妹紅は筍の皮を風呂敷に包んでブルースペイダー後部の側面にある取っ手のような部分に結びつけ、ブルースペイダーにまたがった一真の後ろに座った。

「方角は?」
「あっち」

 妹紅が指し示す方へ、ブルースペイダーは機首を向けて走り出した。


◇ ◆ ◇


 妖怪の山から川の水が流れ込む湖は常に霧が立ち込めている。それゆえ幻想郷の人々はそこを『霧の湖』と呼んだ。その湖畔(こはん)に、2人の妖精が座っていた。

「はー。ようやく元の大きさに戻った」
「チルノちゃん、大丈夫? 溶けてだいぶちっちゃくなってたけど」

 チルノと大妖精は妹紅に追い返された後、この湖へ来ていた。湖と言ってもさほど大きいものではないが、濃い霧に阻まれて対岸どころか数十メートル先も見えない。霧のせいで日光はあまり地上に届かないためか、地面を覆う草は黄色くなっている。

「まったくあの紅白2号、あたいを溶かしちゃうなんて1号よりとんでもないわ」
「1号って、巫女の事?」


「っくしゅん!」
「どした霊夢? 風邪か? 年中、腋を丸出しにしてるからだろ」
「うっさい」


「あいつもおーぼーだけど、2号の方は熱い分もっとたち悪いわね」


「はっくしょん!」
「? 寒いか?」
「いや、そうじゃないけど・・・蓬莱人は風邪なんかひかないし」


「わかってて勝負しかけるチルノちゃんもチルノちゃんだと思うよ・・・」
「ふんだ。あいつらをやっつけてあたいが最強になるんだから」

 腕組みしてふんぞり返るチルノに大妖精は小さくため息をついた。
 向こう見ず極まりないチルノと一緒にいるといつもハラハラさせられ通しだ。そういう彼女もいたずらは好きだが、相手は選ぶ。チルノときたら強い妖怪や人間でもお構いなし、むしろそういう手合いに無謀な挑戦をしたがる傾向にある。自分が最強だと信じて疑わないチルノはその証明のために様々な相手に挑み続けている。のだが、結果は散々なものである。友達だからあんまり心配はかけて欲しくないのだが、止めても全然聞いてくれない。チルノには自分以外にも気の合ういたずら仲間がいるが、彼女らは夜に活動する妖怪なので今はいない。いたらいたで煽るのだろうが。
 空を見上げると太陽は直接見えず、白い天蓋のように立ち込める霧が明るく光っている。

「あー、思い出したらまたむかついてきたわ。紅魔館の門番でもからかってやろうかな」
「あ、それいいね」

 大妖精が食いついてきた事で、しかめっ面だったチルノは得意げに笑った。

「よーし、じゃどうしようか。居眠りしてるあいつの帽子を盗んでくるとか。それか、背中に凍らせた蛙を入れて来る?」
「けっこうひどいね、チルノちゃん・・・泥で顔に髭の落書きするとかどうかな。口に泥団子放り込むのも面白いかも」
「大ちゃんもあたいの事言えないじゃん」

 きゃははは、と嬉々としていたずらの相談をする妖精2人。
 と。

「フゥゥゥ・・・」
「ん? チルノちゃん、今何か聞こえなかった?」
「え? さあ」

 きょろきょろと辺りを見回す大妖精。

「シュゥゥゥ・・・」
「あ、ほら。また」

 耳に手を当てる大妖精。チルノも両耳に手を当てる。

「ハァァァ・・・」

 耳を澄ませてよく聞くと、その音はすぐ近くからしているようだ。ざっ、ざっ、と人間が歩くような音も聞こえた。
 チルノと大妖精は一度顔を見合わせ、同時に横を向いた。霧の中からうっすらと何かの影が浮かび上がっている。その影は次第に2人に近づき、やがてまともに見える距離に達した。現れたのは見た事もない妖怪だった。黒い体で肩から腕にかけてと顔の一部は黄色く、鹿のような枝分かれした大きな角が頭に生えている。

「獣みたいで、2本足で、おっきくて、黒っぽい・・・」

 その姿は紅白2号が言っていた特徴と一致する。これが彼女が言っていた変な妖怪だろう。

「なんだお前! あたいにけんか売ってるのか!?」
「ち、チルノちゃん」

 そうとは知らないチルノは立ち上がって妖怪に指を突きつける。

「フゥゥ・・・」

 と、妖怪の角に筋状の光が走る。

「え?」

 次の瞬間――
 霧の中に閃光と轟音が轟いた。


◇ ◆ ◇


「妹紅、今・・・」
「ああ、雷かな?」

 ブルースペイダーを走らせていた一真は雷鳴のような音を聞いてブレーキをかけ、バイザーを上げて妹紅へ振り向いた。
 ちょうど進行方向――霧の湖の方から聞こえたようだった。

「ディアーアンデッドは雷を操るアンデッドなんだ。自在に落雷を起こす事ができる」
「って事は・・・」

 一真はバイザーを下げ、ブルースペイダーを急発進させた。


◇ ◆ ◇


「チルノちゃん、しっかり!」
「はらほろひれはれ~」

 真っ黒に焦げて体から煙を立ち上らせるチルノの腕を引っ張る大妖精。
 いきなり雷がチルノに直撃、それは今彼女らにゆっくり歩いて距離を詰めてくる妖怪の仕業だと直感した。タフなチルノだからこの程度で済んだが、普通の人間なら即死しているかもしれない。ふらつきながら大妖精に引っ張られて歩いていたチルノだったが、とうとう倒れこんでしまった。

「も、もうだめ~・・・」
「チルノちゃん、しっかりしてよ! チルノちゃん!」

 両腕でチルノを引っ張る大妖精。だが彼女の小さい体にはチルノを引きずる力はない。

「だ、誰か助けて~!」

 破れかぶれで叫ぶが、そうこうしている内にあと数歩の所まで妖怪は近づいていた。

「あ・・・」

 目の前で見ると妖怪は非常に大柄で、へたりこんだ大妖精には巨人のように大きく感じられた。自分達を見下ろす妖怪の姿は逆光で少し暗く見え、それが不気味さを引き立てている 威圧的な姿と自分達を射抜く矢のような視線に強烈な恐怖を感じ、大妖精の体は震えだした。

「い・・・いや・・・」

 蛇ににらまれた蛙のように動けない。恐くて今にも泣き出しそうな顔で大妖精はつぶやいたが、震える口からは思うように言葉が出ない。
 妖怪はさらに一歩、足を踏み出した。

「ひ・・・!」

 息を呑んだ瞬間――

 ぼん!

「きゃあ!?」

 妖怪の背中で炎が爆ぜた。大きな音に、大妖精は思わず両手で頭を抱え込んだ。
 と、

「一真、こっちだ!」

 聞き覚えのある声。顔を上げると、妖怪は空を見上げていた。大妖精も上を見ると、赤い光に包まれた人影が霧の中に見えた。
 妖怪がその人影に向かって一歩踏み出した時、遠くから何かの音が聞こえた。だんだんその音は大きくなり――
 そして霧の中から青いものが猛スピードで現れ、妖怪に激突した。

「グワァァ!?」

 妖怪は大きく吹き飛び、大きな水音を立てて湖の中に落ちた。

「君達!」

 声の方を向くと、車輪が2つついた大きなものにまたがった者が頭にかぶっていたボールのようなものを取った。さっきチルノの弾幕をかわしていた男だった。

「あなたは・・・」
「大丈夫か、お前達?」

 もう1人、空から降りてきたのは紅白2号こと妹紅だった。

「こいつは私達に任せて、早く逃げろ!」
「う、うん」

 まだ妖怪に迫られた恐怖は抜けていなかったがどうにかチルノを助け起こし、大妖精はその場から逃げ出した。


◇ ◆ ◇


 大妖精とチルノが霧の中に消えたのを見届けた妹紅と一真は、湖の中から起き上がった妖怪――ディアーUを睨みすえた。

「本当にここにいるとはね」
「お前の読み通りだったな」

 湖の近くまで来たが霧でどこにディアーUがいるかわからないでいる時に、大妖精の助けを呼ぶ声が聞こえた。それを聞きつけた妹紅が火炎弾を撃ち込み、それが炸裂した時の赤い光目がけてブルースペイダーで突っ込んだのだった。
 一真はブレイバックルに『CHANGE』を挿し込んで装着した。

「ウォォォッ!」

 水を飛び散らせ、一真目がけて飛びかかるディアーU。

「変身!」

『 Turn up 』

 ブレイバックルから飛び出したオリハルコンエレメントに真正面から衝突し、ディアーUは再び湖に着水した。
 一真は青い光を駆け抜けてブレイドに変身、ブレイラウザーを抜き放って跳躍した。

「ウェイ!」

 水の中に倒れこんだディアーU目がけて最上段に振りかぶった醒剣が振り下ろされ、大きく水飛沫が舞う。しかし刃は空と水を切り、ディアーUは直前に横へ飛び退っていた。
 ブレイドはブレイラウザーを振り下ろした体勢からすぐに立ち上がり、距離を詰めようとしたがひざ上あたりまである水のせいで歩きにくい。もたつく間にディアーUは鹿の角のように枝分かれした2本の七支刀を両手に持ち、ブレイドに飛びかかった。
 ブレイラウザーを横に向けて、振り下ろされる2本の剣を受け止めるが、水に足を取られてバランスを崩し水中に倒れこんだ。その機を逃すまいとディアーUが再び剣を振り上げる。

「一真!」

 それを見て、湖岸から妹紅が炎を飛ばす。ディアーUは跳躍してそれを回避。なんとかブレイドから引き離した。
 次々と炎の弾幕を打ち込むが、ことごとくジャンプで避けられてしまう。こうやって跳ぶのであれば動きが水に制限される事はない。地の利は一真に不利だ。

(なら私が何とかしないと・・・!)
「一真、陸に上がってて!」

 炎の翼で飛翔し、空中から狙い撃つ。空を飛べば地の利など関係ない。有利なのは自分の方だ。
 ディアーUはやはり跳躍して弾をかわす。その着地――いや着水か――する場所を予測、そこに弾幕を集中的に撃ち込む。妹紅の読み通り、湖面に降り立ったディアーUは炎に包まれた。

「今だ! 『鳳翼天昇』!」

 スペルカードを宣言、炎が鳳凰を形作って具現した。本当は『フジヤマヴォルケイノ』を叩き込みたいところだったが、ブレイドがまだ湖から上がっていないので巻き込みかねない。
 水煙と水蒸気と霧が立ち込める湖面に火の鳥が頭から突っ込み、爆音と共に激烈な衝撃を生み出した。発生した水蒸気爆発が水を高く巻き上げ、妹紅の頬まで水滴がかかった。

「ふふん」

 妹紅はにやりと笑って、まだうねりの収まらない水面を見下ろす。今の爆発で気温が多少上がったのか、霧が少し薄くなった気がする。

「妹紅、仕留めたのか?」

 岸に上がったブレイドが声を上げる。

「多分・・・でも参ったな」

 バラバラになっても封印はできるだろうか、などと考えつつ困ったように笑いながら頭をかく妹紅。視界に映る限りに湖を見渡すが、ディアーUの影は見当たらない。水没しているのだろうか。
 ブレイドはブレイラウザーのトレイを開いてプロパーブランクを見た。

「・・・!」

 仮面の下で一真は目を見開いた。
 プロパーブランクは封印対象のアンデッドが封印可能な状態だった場合、それに反応して輝きを放つ。しかし、ディアーUを封印できるスペード6のプロパーブランクは光っていない。

「妹紅! ヤツはまだ倒れていない!」
「え?」

 一真が叫んだ刹那――
 ざばぁっ、と水音が響き、ディアーUが水中から姿を現した。

「!?」

 2人が驚いている隙に、ディアーUは角を光らせ――
 空に浮かぶ妹紅の背中に天から稲妻が突き刺さり、火花が飛び散った。

「ぐあっ!?」
「妹紅っ!?」

 衝撃に妹紅の意識は一瞬で暗転し、炎の翼が霧散した体は真っ逆さまに落下していく。

「妹紅!」

 重力に引かれるまま湖面へ落ちた妹紅へ向かって、ブレイドは湖へ飛び込んだ。ディアーUはその隙に湖から飛び出し、霧の中へ消えていったが、ブレイドはそんなものに目もくれずに水をかき分けるように妹紅の元へ急ぎ、うつ伏せに浮かぶ妹紅を抱え上げた。彼女の背中は服どころか皮膚まで焼け焦げていた。

「妹紅! しっかりしろ!」

 叫ぶが、妹紅はぐったりしたまま微動だにしない。
 両腕で抱え上げて岸まで運び上げる。

「妹紅! 妹紅!」

 濡れた髪が貼りつく頬を何度か軽く叩きながら呼びかける。

「く・・・ぅっ」
「妹紅!」

 苦しそうにうめきながら、妹紅が小さく目を開いた。

「大丈夫か、妹紅!?」
「う・・・一真・・・?・・・あうっ!?」

 身じろぎしようとした妹紅の顔が歪んだ。

「動くな! 無理するんじゃない!」
「つ・・・あ、アンデッドは?」

 言われて辺りを見渡す。ディアーUの姿はどこにもなかったが、黄色い草地の上に緑の液体が点々と続いている。妹紅の攻撃で負傷したディアーUの血だろう。

「追うんだ、一真・・・」
「だけど――」
「私なら大丈夫だから! 私が死なないの、知ってるだろう・・・もしやつを逃がしたら、あとでぶん殴ってやるからな・・・!」
「・・・わかった。すぐに戻るからな」

 一真は妹紅をその場に残し、ブルースペイダーで緑の血痕に沿って走っていった。
 1人取り残された妹紅は深く息をつき――
 次の瞬間、妹紅の体が炎に包まれた。
 真紅の炎が体を飲み込み、灰も残さず焼き尽くす。やがて妹紅の体は全て炎に変わり、立ち昇る炎の中から妹紅の新しい体が生まれ出でた。たっ、と大地に降り立ち、もう1度息をついた。

「ふう・・・っと」

 しかし立ち上がろうとしてふらついてしまい、尻餅をついてしまった。

「てて・・・ああ、駄目だ」

 頭の中がぐらりと傾いて倒れこみ、地面に四肢を投げ出した。
 『リザレクション』で傷は完全に消えたが、精神へのダメージは残ってしまう。一瞬で気絶してしまうほどの衝撃を受けたのだから動けないのも無理はない。妹紅自身、体は頑丈なわけではない。

「はあ・・・」

 情けなさに、ため息がもれた。
 ディアーUを倒したと思って油断してしまった。恐らく、咄嗟に水中に潜って炎を凌いだのだろう。出血している事から無傷では済まなかったようだが、倒すには至らなかった。
 妹紅の実力は幻想郷内でも高い方に位置づけられるレベルだが、その長い経験のほとんどは竹林内での輝夜との戦いが占めている。そのため今回のような水辺での戦いはほとんど経験がなく、それがこういう事態を招いた。

(一真も一真だよ。私なんてほっといてやつを倒せばよかったのにさ・・・)

 内心でぼやくが、一真がそんな事をするわけがないに決まっている。だからこそ、ここまで手を貸しているのだ。

「情けないな・・・手助けするつもりが逆に足引っ張るなんて」
「それはへこむわよね」
「!? 誰?」

 独り言に不意の相槌を打たれて顔を起こす妹紅。

「聞き覚えのある声ね」

 霧の中から女の声。妹紅も聞いた覚えがあった。やがて白いもやをかき分け、メイド服を着た銀髪の少女が姿を現した。

「あんた確か、吸血鬼の娘の従者の・・・名前は確か・・・十六夜咲夜?」
「覚えていてくれて嬉しいわ、藤原妹紅。いつかの肝試し以来かしら」

 無表情に腕組みする少女――咲夜。

「なんであんたがここに?」
「こっちの台詞なのだけど・・・うちの近くで爆発やら雷鳴やら聞こえたから、様子を見に行くようにお嬢様から仰せつかったのよ」

 歩いて妹紅に近づきながら返事を返す咲夜。

「そういえば、この湖の辺りに悪魔の館があるって噂を聞いた事があるけど・・・あんた達の事だったのか」
「そういう事。それよりあなた、大丈夫?」
「・・・私が死ぬわけないだろ。知ってるくせに」

 咲夜の皮肉に聞こえる言葉と、傍らに立って見下ろす態度に少々不愉快になったがそれは口に出さずに答える。

「まあ、倒れている人に対する社交辞令というものよ。誰にやられたの?」

 そんな社交辞令があるか、と内心毒づきながら、

「アンデッドっていう、外の世界から来た怪物だ」
「アンデッド・・・話は霊夢から聞いているわ。それを追ってきたハンターに手を貸しているらしいわね」
「まあな・・・それなら話が早いや。今、そいつが逃げたアンデッドを追ってる。私も行きたいんだけど、肩を貸してくれないか」
「そこまで指示はされていないけど・・・いいわ。お嬢様も仮面ライダーとやらに興味を持たれたようだから」

 妹紅は咲夜に助け起こされながら立ち上がった。

「で、そのアンデッドはどっちに行ったの?」

 妹紅は咲夜に肩を抱えられながら空いた手で地面を指し、

「その緑の液体を辿って行ってくれ。それはアンデッドの血だ」
「そういえば血が緑色だって言っていたわね。青汁みたいな味がするって本当かしら?」
「・・・・・・」

 精神的疲労が一気に増した気がした。突っ込む気力も失せ、妹紅は片手で顔を覆いながらため息をついた。


◇ ◆ ◇


 霧の湖から遠ざかるにつれて霧は薄くなり、やがて完全に視界が開けた。
 血痕は正面の木々の中へ続いているようだが、草の色も緑が濃くなってきてアンデッドの緑の血はわかりにくくなっている。ブレイドは地面に目を凝らしながら、遅めの速度でブルースペイダーを走らせていた。

「・・・・・・」

 一真の苦渋の表情は仮面に隠れて見えない。今はアンデッドを追わなければならないとわかっていても、どうしても妹紅の事が気にかかって仕方がなかった。
 彼女の言う通り、妹紅が死なない事は理解しているが、それでも彼女が目の前で傷つけられた事が容認できるわけがない。妹紅が狙われたのは、水辺での自分の不利を補おうとしたからだ。自分のせいだ。自分を信頼してくれ、危険を顧みず一緒にアンデッドと戦ってくれる、幻想郷で出来た大切な仲間。
 自分への不甲斐なさと怒りで、ハンドルを握る手に力がこもる。

「俺の仲間を傷つけて・・・許さない!」

 草地から木立の中へ入った時――

「ガアアァッ!?」
「うわっ!?」

 雄たけびを上げて横から飛びかかってきた何かに突き飛ばされ、地面に打ちつけられた。
 どうにか受け身を取って身を起こす。ブルースペイダーは草と落ち葉の上を滑り、木に衝突して止まった。

「今、何が・・・?」
「ハァァァァ――」

 異音が聞こえた方へ顔を向けると、そこには異形がいた。緑色の皮膚に黒い仮面をつけたような顔、背中には4枚の翼がついており、腰にベルトのようなものが見える。

「別のアンデッド!?」
「カァァァッ!」

 アンデッドは両腕に折りたたまれていた刃を伸ばし、突進しながらそれを振り回してきた。ブレイラウザーを抜くのが間に合わず、1撃目は身を屈め、2撃目は上体を反らしてかわす。しかしアンデッドの攻撃は素早く、斬撃を2回胸に受けてしまった。

「ぐぅっ!」

 火花を散らしながら倒れこむブレイド。突きこまれる刃を身をひねって避け、腹に蹴りこむ。後退した隙にブレイラウザーを抜刀しながら立ち上がり、反撃する。
 アンデッドは2本の刃を巧みに操って一真の攻撃を受けつつ切りかかってくる。再度蹴りを腹に打ち込み、間合いを取った。

「く・・・こんな時に」

 これではディアーUを追うどころではない。とにかく、こうなったらこいつを倒して封印しなければならない。
 目前のアンデッドを睨みつけ――

(・・・待てよ?)

 一瞬、はたと思考が止まった。
 幻想郷に入り込んだアンデッドは6体。うち3体はすでに封印し、残るはイーグルU・ウルフU・ディアーUの3体だけのはず。
 しかし目前の怪人は見た事がない。だが外見にはアンデッドの特徴が認められる。人造アンデッドの事など知る由もないブレイドが思い当たった可能性は1つしかなかった。

「まさか・・・7体目のアンデッド!?」
「グッ!」

 アンデッド――トライアルCは左腕の刃を折りたたんで一真に突きつけた。

「!」

 反射的に横に跳んだ瞬間、手首の部分から真紅の炎が噴き出した。炎はブレイドがいた場所のすぐ後ろの木をあっさり炎上させた。
 ブレイドが立ち上がるより早く、トライアルCは背中の4枚の翼を広げて飛び上がり、口から白いエネルギーの弾丸を発射した。再び横に跳んでそれを避ける。エネルギー弾は地面に触れると炸裂し、地面のえぐれた跡から煙が昇った。さらにエネルギー弾は2発、3発とブレイド目がけて放たれ、地面や木を穿つ。
 ブレイドは逃げつつ、木の陰でエネルギー弾をやり過ごしながらブレイラウザーのトレイからカードを抜いた。

『 Fire 』

「はっ!」

 木の陰から飛び出し、ブレイラウザーを振るって炎を放つ。

<『FIRE』消費AP 1000>
<ブレイド残りAP 4000>

 しかしトライアルCは空中で横に体をずらすように動いて炎を避け、エネルギー弾を撃ち返す。エネルギー弾がブレイドの足元に着弾し、弾けた衝撃で足がもつれる。

「くっ!」

 続いて撃ち込まれたエネルギー弾を地面を転がってかわし、体勢を立て直して歯がゆさをかみしめた。
 空を飛ぶトライアルCに攻撃できる方法は『Fire』しかない。ジャンプすれば届くかもしれないが、あっさり迎撃されるのは目に見えている。だがAPからいって、あと4回しか撃てない。全部当たったとしても倒せるとは思えないし、そもそも当たるかどうかさえ怪しい。

(くそっ・・・他に手はないのか?)

 妹紅がいれば状況は違っただろうが――

(・・・甘ったれるな! 俺のせいで妹紅は死ぬような目に合ったんだぞ! 最初に会った時だって・・・そうだ!)

 ある考えが浮かび、再びトレイからカードを2枚取り出す。

「ウオォォッ!」

 トライアルCの口の中に白い光が見えた瞬間、ブレイドはラウザーにカードを滑らせた。

『 Magnet 』

「グッ!?」

 不意に強力な引力に引き寄せられたトライアルCは驚いたような声を上げ、ブレイドの方へ一直線に飛んで行く。
 妹紅がバッファローUに飛んでいる所を引き寄せられて攻撃されたと昨日話していたのを思い出し、同じ事を試してみたのだ。
 手足をばたつかせながら迫るトライアルCを睨み、もう1枚のカードをラウザーに通す。

『 Slash 』

「ウェイッ!」

 輝く刃を振り下ろし、トライアルCの右側の翼2枚を根元から切り落とした。

<『MAGNET』消費AP 1400>
<『SLASH』消費AP 400>
<ブレイド残りAP 2200>

 ブレイドとすれ違うように地面に頭から墜落したトライアルCは切断された翼を腕で押さえながら立ち上がろうとした。そこへブレイドが素早く走り寄り、光が消えたブレイラウザーを振るった。

「でやぁっ!」
「グワァッ!?」

 トライアルCの皮膚へ刃が振り下ろされ、薙ぎ払われ、突き込まれ、振り上げられ、その度に火花が散る。ぐらついたトライアルCの肩に剣を食い込ませ、蹴り倒してカードを出した。

『 Tackle 』
『 Fire 』

『 Burning Break 』

 刀身に手を添えて構え、ブレイドアーマーの上半身が炎で覆われる。

<『TACKLE』消費AP 800>
<『FIRE』消費AP 1000>
<ブレイド残りAP 400>

「でいっ!」

 立ち上がるトライアルCが踏ん張った右足に、逆手に持ち替えたブレイラウザーを投げつける。

「ガッ!?」

 ブレイラウザーに右足を切り裂かれ、バランスを崩したトライアルCは右ひざをついた。
 そこに突進するブレイド。

「ウェェェェェイ!」

 避けきれず、まともに炎の体当たりを受けたトライアルCは体を焼かれながら轟音と共に吹き飛び、衝突した木を真っ二つにへし折って地面に落ちた。
 大の字になって倒れたトライアルCのバックルが開く。よく見ると横に長い六角形でアンデッドのそれとは形が違う。人工的な感じのデザインだし、スートや数字も書かれていない。
 不審に思いながらも投げたブレイラウザーを拾い、スートと数字がわからないのでとりあえずコモンブランクを投げつけた。
 しかしコモンブランクが胸に突き刺さったトライアルCはカードに吸い込まれず、逆にカードの方がトライアルCの体に吸収されてしまった。

「な!?」

 声を上げて驚く間に、トライアルCは傷ついた体も切断された翼も回復してブレイドに襲いかかる。

「うぐっ!?」

 動揺したブレイドはまともにトライアルCの拳を顔に受けてしまう。続けて両腕の刃を展開して斬りかかってくるが、浮き足立ってしまって凌ぎきれない。

(一体どうなってるんだ!? 封印できないなんて――)

 混乱するブレイドを、打って変わって攻め立てるトライアルC。ブレイドは何度も斬撃を受け、草の上に倒れこんだ。

「く!」

 刃を収納した左腕をブレイドへ向けるトライアルC。まだ頭の整理が追いつかないが、ともかく起き上がろうと地面に手をついた瞬間。

「立ち上がらないで」

 不意に冷静な声が響き、はっとした。
 直後。
 トライアルCに四方から大量のナイフが飛来した。

「!?」

 ナイフの大半はトライアルCの硬い皮膚に弾かれたが、顔に飛んだものが目に刺さった。

「ガアアッ!?」

 顔を両手で押さえるトライアルC。

「でやっ!」

 ブレイドは倒れた姿勢から素早く膝をついて、トライアルCの腹にブレイラウザーの突きを食らわせた。

「グウッ!」

 ブレイドが立ち上がるとほぼ同時にトライアルCは飛び上がり、そのまま彼方へと飛び去ってしまった。

「・・・・・・」
「一真!」

 トライアルCが飛んでいった方向を眺めていたブレイドが声に振り返ると、妹紅が小走りで駆け寄ってきていた。

「妹紅! もう大丈夫なのか?」
「言ったじゃない、大丈夫だって。お前こそ、怪我はないか?」

 変身を解いた一真の前で止まった妹紅はそう言うが、まだ顔が青い。
 それを見て、一真は非常に申し訳ない気持ちになった。

「妹紅、さっきはごめんな。俺のせいで・・・」
「いいってば。それより、さっきのやつもアンデッドなのか? 私達が追っている6体とは違うだろ?」
「ああ、俺もよくわからないんだけど・・・」
「お話中、申し訳ないのだけど」

 2人が声の方へ向くと、メイド服を着た少女が両手にナイフを持って半眼を投げかけてきていた。

「私を無視って言うのはつれないんじゃない? 誰かさんをここまで連れてきてあげたり、援護してあげたりしたのに」
「あー・・・いや、そういうつもりじゃなかったんだけどさ」
「知り合い?」

 困ったように頭の後ろに手をやる妹紅に訊ねる。

「まあね」

 こちらを見上げてくる妹紅から少女――咲夜に視線を戻す。

「そのナイフ・・・さっきのは君か?」
「そうよ。あなたが剣崎一真ね。私は十六夜咲夜よ」
「さくや?」
「私の名前が何か?」

 オウム返しにされて、咲夜が眉をひそめた。一真は慌てて手の平を咲夜に向けて振り、

「あ、いや、俺の先輩と同じ名前だったから、つい・・・」
「もしかして、橘?」

 と、妹紅。

「そうそう。たちばな朔也さくやっていうんだ」
「ふうん、それは奇遇ね」

 それを聞いて咲夜の表情が少し和らいだ。

「ありがとうな。おかげで助かったよ。それにしても、さっきのは一体どうやったんだ?」
「時間を止めてからナイフを投げたのよ。止まった時間を動かせばああいう風に一斉に飛んで行くわ」
「時間を止める? そんな事ができるのか? すごいな・・・」

 一真はすっかり感心して頷いた。不老不死に歴史を見る半獣、実在したかぐや姫に妖精まで見たが、幻想郷はまだ広いらしい。

「それであなた達、これからどうするの?」

 聞かれて、腕組みして考え込む一真と妹紅。

「うーん・・・ディアーアンデッドにはもう追いつけないだろうし・・・」
「それなら、2人とも紅魔館へいらっしゃい」
「こうまかん?」
「ええ。お嬢様があなたに会いたがっているわ」


◇ ◆ ◇


 さざ波と風だけが音を立てる霧の湖。全てを覆いつくさんばかりの真っ白な霧の奥、かすかに赤い色が垣間見える。霧が風に流され、その中から現れた館は、吸血鬼の住処に相応しい造形といえるだろう。全てが赤で彩られた館は、幻想的でさえある白い霧の中にあって不気味な空間を演出していた。
 隠れるように、あるいは閉じ込められたように、紅魔館は霧で白む空間にそびえ立っていた。




――――つづく




次回の「東方永醒剣」は・・・

「2人がかりはあれだろ? 順番にいこうぜ」
「人間ごときが私に勝つつもりか?」
「本当、呆れを通り越して笑っちゃうわ」
「ね、私と遊ぼ?」
「多分私は・・・あいつが羨ましいんだ」
「夢想封――」
「そんなの可哀相じゃないか」
(まさか、アンデッドが幻想郷に侵入したのは――)
「幻想郷は全てを受け入れるわ。だけどそれは、とても残酷な事なのよ」

第5話「『幻想』の真実」


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