「ん・・・」
目を開いて最初に見えたのは天井。
どうやら、布団に寝かされているようだ。妹紅ははっきりしない頭のまま上体を起こした。
(えーと・・・どうしたんだっけ、私・・・確か、博麗神社に行こうとしてて・・・あ!)
そこで、自分がアンデッドに襲われた事を思い出した。
自分の腹を見てみると、アンデッドの頭突きを受けた所は多少赤いだけで、もう痛くなかった。
見回すと、四方は壁と障子。ようやく頭がはっきりして来たのか、部屋の外に人の気配を感じた。妹紅は布団から起き上がり、部屋を出た。
縁側に出ると、男女が並んで座っている。2人ともこちらに気づいて顔を向けた。
黒い髪に赤いリボンを結わえ、肩の辺りが露出した赤い服を着た妹紅より年下の風体の少女と、シャツにジーンズの男。少女の方は博麗神社の巫女、博麗霊夢(はくれい れいむ)だ。男の方は、先ほどアンデッドから自分を助けてくれた者だった。
「あ! 気がついたのか!」
男が縁側から勢いよく立ち上がる。
「大丈夫か? 体、痛くないか?」
「あ・・・うん、大丈夫。おかげ様で」
そう答えると男は、ほっとした表情で安堵の声を上げた。
「よかった・・・本当に死んじまうんじゃないかって心配したんだぞ。携帯は圏外だし、この神社に運び込んでも誰もいないし」
「だから言ったじゃない。そいつ死なないって」
縁側に手をついて安堵する男に、お茶をすすりながら言う霊夢。色々と言いたい事があるが、妹紅はとりあえず現状の把握を優先した。
「ここ、博麗神社?」
「そうよ。帰ってみたら驚いたわ。この人が、死にそうな人がいるから助けて、なんて言うもんだから」
状況が大体わかった所で、男が顔を上げた。
「それにしても・・・霊夢から聞いたけど君、本当に不老不死なのか?」
男は非常に背が高く、縁側に立っている妹紅が地面に立っている彼よりわずかに高い程度だ。
「・・・話したの?」
霊夢をにらむ妹紅。霊夢はにべもなく、
「ええ。ホントにテンパってたもの、彼。だから、放っといても死なないからって言い聞かせたの。聞いたわよ。アンデッドとかいう怪物に襲われたんですってね」
言い終わって空になった湯飲みを置く霊夢。
「あんたもお茶飲む?」
「いや、いい。私はどれくらい気を失っていたのかな?」
霊夢は男を指して、
「私が、あなたを抱えて右往左往してる彼を見つけて1時間って所ね」
妹紅はその男の方に向き直る。
「さっきはありがとう。おかげで助かった」
素直に頭を下げると、男はにっこりと笑った。
「ああ、いいんだ。無事でよかった」
その笑顔に釣られて、妹紅もつい微笑む。
「私は藤原妹紅。あんたは?」
「俺は剣崎一真。よろしく」
笑顔で自己紹介など、幻想郷では慧音に初めて会った時以来だ。自分を助けるために戦った姿を見ているからだろう。それに、彼――一真は善人だと今までの言動から十分わかる。
「あなたが寝ている間に話を聞いたんだけど、彼は外の世界の人間よ」
霊夢の言葉に、一真が頷く。
「聞いた時は驚いたよ。ここは妖怪と人間が住む異世界だって言われて。アンデッドも非常識だけど、もっと非常識なものがあったんだな」
「同感だね。私も最初にここに来た時はそう思った」
「最初は?」
「ああ。私は元々あんたと同じ外の世界の出身だ」
へー、と頷く一真。妹紅は続いて疑問を投げかける。
「でも、どうして幻想郷に?」
自分や一真のように、人間が外からやって来るのは極めて稀だ。
「アンデッドを追って来たんだ。ヤツらを探していたら、ここにいた」
「アンデッドを?」
霊夢がそれに答えた。
「彼、アンデッド退治を生業にしているそうよ。仕事の名前は・・・なんて言ったっけ?」
「ああ、『仮面ライダー』だ」
「仮面・・・?」
アンデッドを倒す事が仕事ならば合点はいくが、その職業名は聞いた事がない。
「ボードっていう組織がアンデッドに対抗するために作ったライダーシステムで変身するのが仮面ライダーだ。君も見てたろ? 俺が変身して戦う所」
「ああ・・・あれが仮面ライダー?」
一真が変化した青い剣士の姿を思い出す。
「そう。俺が変身するのは『仮面ライダーブレイド』。あと3人いるんだけど、それはここにはいない」
聞いて納得する。そのブレイドとやらが強い事はすでにわかっているが、それでも53体いるというアンデッドと1人で戦うのは無理だ。
「それであなたどうするの、一真?」
「もちろん、アンデッドを探し出して封印するさ。他にもこの世界にいるはずなんだ」
「他にも? 何体かわかるか?」
すでに妹紅は2体のアンデッドと遭遇している。だが、その2体だけとは限らない。
「俺は6体のアンデッドを追っていた。多分そいつらもここに逃げ込んだと思うんだ」
案の定。ならば重要な情報はしっかり明かさねばなるまい。
「1体見たよ。翼の生えたやつだった」
「本当か!?」
「それ、本当にアンデッド?」
身を乗り出す一真と対称的に、冷静につっこむ霊夢。
「本人・・・いや、人間じゃないか。自分でアンデッドだって言ってたからな」
「そいつはイーグルアンデッドだ。俺が追っていた中で翼があるのはそいつしかいない」
名前までわかっているらしい。
「さっき私を襲ったのは?」
「あれはバッファローアンデッドだ。それはもう封印したから、あと5体だ」
「でも、本当に6体とは限らないわよ? 幻想郷に来なかったやつがいるかもしれないし、逆にもっと多いかも」
「それは・・・」
霊夢にそう言われて、言葉に詰まる一真。妹紅は幻想郷内のアンデッドの数を正確に把握する方法を思案した。
「慧音ならわかるはずだ」
「けーね?」
「あのワーハクタクね。確かにあいつならわかるかも」
霊夢は納得しているが、一真は首を傾げている。
「ワーハクタクって何?」
「ハクタクっていう妖怪と人間のハーフよ。詳しくは妹紅に聞くのね」
「・・・・・・」
妹紅は、霊夢が落ち着き払っているのがずっと気になっていた。
「いいのか? そんなに落ち着いていて」
「何が?」
あっけらかんとしている霊夢。
いい加減、苛々(いらいら)しはじめて来たので聞く。
「あのな、アンデッドの話聞いたんだろ? こういう時はあんたの出番じゃないのか?」
「確かにそうなんだけど、私じゃ無理なのよ」
指で頬をかく霊夢。
「アンデッドは死なないから、倒すには封印する以外ないって言うじゃない。私にはそれを封印する手段なんかないもの。ここは封印する方法を知ってる専門家がいるんだから、彼に任せるのが最善手だわ」
「だけど、お前・・・」
霊夢の言う事はもっともである。だが、だからといって何もしなくていいのか。そう反論しようとすると、
「何もしないとは言ってないわよ。幻想郷のあちこちに警告をしに行くくらいできるわ。だけど、封印をするのはあなた」
そう言って一真を指差すと縁側から降り、今度は妹紅を指差す。
「そうだ。そう言うんならあんた、彼に手を貸してあげれば?」
カチンと来て、言い返す。
「言われなくてもそうするさ。助けてもらった恩もある事だしな」
「いや、ちょ、ちょっと待ってくれ」
と、一真が妹紅の顔をのぞきこむように回りこむ。
「気持ちは嬉しいけど、アンデッドは危険だ。不死身だからってやつらと戦うのは・・・」
「ああ、言ってなかったけど、そいつ強いわよ。十分役に立つでしょ」
一真にそのつもりはないのだろうが、見くびられているようで少し不愉快になった。
「私がただ死なないだけだと思ったのか?」
「そんな事言ったってねえ、瀕死の重傷負わされて助けてもらったんじゃ絶対そうは思わないわよ」
「うっ・・・」
痛い所を突かれ、口ごもる妹紅。反論したかったが言い訳にしかならないので沈黙せざるを得なかった。
「強いって、例の弾幕ってのを彼女も使えるって事か?」
「そ。ま、手伝わせて損になる事はないでしょ。死なないから無理もきくしね」
そう言うと霊夢は歩き出した。
「どこ行くんだ?」
「まず紫の所へ行って来るわ。あいつ、体調が悪いって言ってるから様子を見に行ってあげてたのよ。多分アンデッドが幻想郷に入り込んだのは、それで結界が弱まったせいね」
神社を不在にしていたのはそういう用事だったらしい。
「それから、色んな所へ警告して来るから。あなた達も頑張ってよね。それじゃ」
霊夢の体は宙に浮き、彼方へと飛んでいった。飛び立った霊夢を見る一真は驚いていないようだった。
「驚かないのか? 人が空を飛んだのを見て」
「ああ、それなら君が寝ている間に見せてもらったから」
「弾幕も?」
「ああ」
どうやら、幻想郷の事や幻想郷におけるルールなどについてはちゃんと説明していたようだ。
「なあ、ユカリって誰なんだ?」
今度は一真が尋ねてくる。
「八雲紫。霊夢と一緒に、幻想郷を外の世界から隔てる博麗大結界を維持しているスキマ妖怪だ」
スキマ妖怪とは物事の境界を支配する能力を持つ妖怪で、その種族は現在紫ただ1人しかいない。その力を駆使して、幻想郷と外の世界の境界『博麗大結界』を作り上げている。さらにその博麗大結界には博麗の巫女、即ち霊夢の存在も不可欠という。
「その紫の調子が悪い・・・」
一真は妹紅の言葉を聞いて少し考え込んだ。
「・・・それって、メッチャやばくないか?」
「ああ。だからあいつ、わざわざ出向いて様子を見に行ったんだよ」
霊夢は基本的にものぐさな性格だ。その霊夢が自分から見舞いに行く事など相手が親しい友人か、土産でも用意されていなければまずない。妹紅は霊夢とは親しいという間柄ではないが、人々の評判ではそういう人物である。
「霊夢から、弾幕ごっこの事も聞いた?」
縁側に腰掛けながら聞く妹紅。一真もその隣に座る。
「ああ。揉め事を解決する時にやる競技みたいなやつだって。ヤクザが利権をかけて麻雀で勝負するようなもんだろ?」
「・・・何、その例え」
「いや、スペルカードっていうのを持ってれば普通の人間と強い妖怪だって対等の条件での勝負になるんだろ? 麻雀もケンカの強さとか組織の大きさとか関係ないから、そういう所が似ているかなって」
「・・・・・・」
ひどい例えだと思ったが、そこまで理解しての事だったようだ。
弾幕ごっこのルールを制定したのは他ならぬ霊夢であり、その目的は一真が言った通り、人間と妖怪の間でのいさかいと干渉を最小限に抑える事である。
幻想郷では弾幕ごっこ以外の戦闘行為は禁止されており、もし違反する妖怪がいた場合は霊夢に退治される事になる。人間よりも妖怪の方が力が強いので違反するとしたら妖怪の方、という理屈である。しかし、妖怪も妖怪で強すぎるがゆえの肩身の狭い思いをしている所があり、それが弾幕ごっこで解消されているという一面もある。なにより弾幕ごっこ自体が楽しいのか、実際に違反する妖怪などはほぼ皆無である。
(ほぼ・・・ね)
実は妹紅自身、幻想郷で本気の殺し合いをした事が幾度となくある。スペルカードを使っての戦いではあるが、その際は殺傷目的での使用ばかりで広義での弾幕ごっこの範疇を逸脱した戦闘である。
「カードで戦うって、なんとなくライダーシステムでラウズカードを使うのに似てるな。あ、そういえば」
一真は妹紅に体ごと向き直った。
「あのさ、藤原。君は・・・」
「妹紅でいいよ。それに、君ってのもやめてくれ。お前でいいから、一真」
必要以上に丁寧に接されるのは好きではない。そういう意思表示のつもりで、妹紅は一真の名を呼んだ。
一真は頷き、
「わかった、妹紅。お前に聞きたい事があるんだ」
「何?」
「カードで思い出したんだけど、お前なんで『FIRE』のカードを持ってたんだ?」
「さっき、アンデッドを見たって言ったろ? イーグルアンデッドだったっけ? そいつと戦った時、やつが落としていったんだよ」
「・・・そうだったのか」
それを聞いて、一真はまた頷いた。
「あれさ、やつが俺の先輩から奪っていったものだったんだ」
「それであの時、驚いていたんだ」
妹紅も頷き、それからふと思った事が口をついて出た。
「私がやつの仲間だとか思わなかったのか?」
「いや・・・正直、一瞬そんな事考えたけど、アンデッドに襲われてるんだからそれはないって思ったんだ。ただ単にわからなかっただけで」
申し訳なさそうな一真。だが、そう考えてしかるべきだ。
それでも一真は、
「だからさ、あんな状況で見ず知らずの俺にカードを渡してくれた時、いい人間に違いないって確信したんだ。だから、絶対に守ってみせるって思ったんだ」
妹紅を真っ直ぐ見てそう言う一真。その言葉と目に、妹紅はあの時どうしてカードを渡すべきだと直感したか理解した。
一真は自分を守るために戦っていた。妹紅の意識が一真とアンデッドの戦いそのものに向いていた中で、その事を頭のどこかで理解していたからだ。あの時初めて会ったにも関わらず、妹紅は一真を信頼していたのだ。
「お前・・・だまされやすいだろ」
「うん・・・」
悲しそうに頷く一真。
妹紅は一真に対して大いに好感を抱いていたが、一真の真っ直ぐな目に、それを直接言うのはかえって躊躇われた。我ながらひねくれていると思う。だからこそ、一真の真っ正直さが羨ましかった。
「まあ、私がついてるんだ。大船に乗ったつもりで任せてくれ」
ポンポンと一真の肩を叩いて、靴を履く。
「とりあえず、慧音の所へ行こう。私が案内するからついて来て」
「ありがたいけど、体はもう大丈夫なのか?」
さすがにあの重傷を目の当たりにしては、気づかうのも当然だろう。妹紅は軽く飛び跳ねながら歩く。
「大丈夫。言ったろ? 私は不死身だって」
しかし一真は真剣な顔をして、
「だけど、死なないからって痛くないわけじゃないんだろ? 不死身だからって無理はしてほしくないんだ」
「・・・・・・」
妹紅は少し考えると、一真に向き直り、深呼吸をした。
そして。
「よっ」
後ろ宙返り。タッ、と綺麗に着地して、一真に笑いかける。痛みどころか違和感も無い。完全に傷は癒えている。
「言ってるじゃない、大丈夫って。これでも信じられない?」
それを見た一真も、にっこり微笑んだ。
「わかったよ」
そして立ち上がり、2人並んで神社の境内の方に出た。
「ん?」
鳥居の付近に、黒い車輪が前後に2つついた見慣れない物があった。先端部には青い半透明な素材でスペードのマークがあしらわれている。
「何これ?」
「ああ、これ、俺が乗ってきたバイクだよ。ブルースペイダーっていうんだ」
妹紅が声を上げると横を歩いていた一真がそれに答えた。
「ばいく?」
3回連続の疑問符。
「え、知らない?」
意外そうに驚く一真。
幻想郷が博麗大結界で外界から完全に隔絶されたのは明治時代であり、そのため幻想郷の文明も明治時代の日本と同等である。それ以前から結界そのものはあったが、その頃は外側から見えないという程度のものだった。妹紅はその時期に幻想郷に来ている。ただし、まれに現れる外来人によって外の世界の文化が伝えられる事はある。なお、その初期の結界を作ったのも八雲紫であるという。
「何なの、これ?」
「えーと、乗り物だよ」
「乗り物・・・?」
妹紅はそのブルースペイダーとやらの周りをぐるぐる動きながら観察した。外の世界とは文明が違う事はわかっているが正直、乗り物には見えない。
そうしていると一真はブルースペイダーにまたがり、前の方に引っ掛けていた丸い物を手に取ると頭にかぶった。
「乗ってみるか?」
丸い物は穴が開かれていて、そこから一真の目元が露出している。
「・・・どう乗るんだ?」
「ここ」
一真は顔の開いている部分に透明なカバーを下ろしながらそう言って、自分の座っている部分のすぐ後ろをポンポンと叩いた。
妹紅は少し考えて、ある乗り物との類似性に気づいた。
「あ、あれか。馬に乗るのと同じ感じか」
「ああ、そんな感じ。ほら、乗れよ」
促されるままに一真の後ろにまたがる妹紅。馬ならば不老不死になる前、父に乗せてもらった事がある。
(また、ずいぶん懐かしい事を思い出したな・・・)
思わず感慨に浸っていると、ブルースペイダーからブォンと大きな音がした。驚いていると、ブルースペイダーが小刻みに震えだした。
「しっかりつかまっていろよ」
一言かけて、一真はブルースペイダーを走らせた。慌てて一真にしがみつく。体を密着させる事になるが、気にならなかった。
ブルースペイダーは石段の方へ進み、石段のすぐ横を下り始めた。石段を下りるとガタガタと揺れるから避けたのだろう。下り出すとだいぶスピードが出た。揺れは思ったほどではないが、下り坂をけっこうな速度で走るのは少々緊張する。
ほどなく山を下りきり、平坦な地面に辿り着いて止まる。
「どっちに行けばいいんだ?」
「ああ、この道を行ってくれ」
肩越しに聞く一真に道の先を指差すと、ブルースペイダーは再び走り出した。道といっても一面草が生えた大地に、露出した砂地が筋状に地平線まで続いているだけである。
一真にしがみついてみて、妹紅は一真の体の細さに驚いた。さすがに妹紅よりはがっしりしているが、背の高さに比べれば華奢とさえ言える。こんな体でよくアンデッドに勝てたものだと感心する。
砂煙を巻き上げながら幻想郷を疾駆するブルースペイダー。
見慣れているはずの景色が違うものに見えた。歩いている時より速く後ろへ流れていく。この道を飛行した事もあるが、より地面に近いのでスピード感が違う。自分の長い髪が後ろへたなびいている。飛んでいない時にそうなった事はない。
「一真!」
「なんだ?」
ブルースペイダーのたてる音が大きいため、くっついているのに大声でないと会話も出来ない。
「これ、速いな!」
「もっと出せるぞ!」
そう言ったと思うと、ブルースペイダーがさらに加速した。
「わぁ!?」
思わず声を上げてしまう。髪が風に呑まれてはためく。
(うわあ、速い速い!)
妹紅は内心ではしゃいでいた。自分が飛行する時よりも速い。景色がこんなに早く流れていくのを見た事がない。1000年以上生きてきて初めての体験だった。
やがて塀に囲まれた土地が見えてきた。
「一真、あそこだよ!」
歩くより遥かに早い時間で人里に着いてしまった。神社から人里まで移動しただけでこんなに楽しかったのは初めてだ。
(これだけでも、一真に会えた価値はあったかも知れないな)
◇ ◆ ◇
妹紅と一真が人里に着いた頃、人里を彼らとは反対側から見る者があった。丘の上に立つそれは、里の中の人影1つ1つをなめるように観察し、やがて丘を下りて人里へ向かった。
その丘には、無残に噛み殺された数体の死体だけが残された。
◇ ◆ ◇
「まるで時代劇に出てくる街みたいだな」
塀に囲まれた人里の中を見た、一真の第一印象がそれだった。木造の家々が立ち並んでいて、人々の着る服は着流しのような和装ばかりだった。
「これはここに置いておけ」
ブルースペイダーから降りながら妹紅。一真もヘルメットを外してハンドルに引っ掛け、下車する。
入り口付近にいる人々が珍しそうに自分とブルースペイダーを見ている。さっきの妹紅の反応からしても、この世界ではバイクは珍しいようだ。
「で、その慧音って人は?」
「ああ、案内するよ。こっち」
一真は妹紅に連れられて街の中へ入り、少しして振り返るとブルースペイダーの周りに人が集まっていた。興味はあるが近づけないでいるようだ。
(・・・壊されたり、しないよな?)
一抹の不安を抱えながら、一真は妹紅の後についていった。
◇ ◆ ◇
「そういう事になっていましたか・・・」
慧音は神妙な表情で腕を組んだ。
「それで、慧音にアンデッドの正確な数を調べて欲しいんだ。幻想郷の歴史を調べればわかると思って」
と、妹紅。
程なく慧音の家に着いた2人は、彼女にアンデッドに関する事を話した。妹紅が一真に助けられたと聞いて、慧音は妹紅を助けてくれてありがとうと一真に頭を下げ、一真に協力する事を約束した。そして3人で卓を囲み、現在に至る。
「アンデッドサーチャーに頼れないから、本当にわかるんだったらすごくありがたいんだけど」
「アンデッドサーチャー?」
「アンデッドを探すレーダーだ。いつもは俺の仲間がそれで探してくれるんだけど、今は連絡が取れないから」
妹紅に説明する一真を見て、慧音も一真に尋ねた。
「一真、君の言うライダーシステムについて詳しく教えて欲しい。アンデッドとの戦いにおいては、君の存在そのものが切り札と言える。こちらも君の力をなるべく知っておきたいのだ」
慧音は妹紅に対しては丁寧語で話すが、それ以外に対しては中性的な――男らしくも女らしくもない――口調である。半獣である彼女は数百年生きているが、妹紅の方が遥かに長く生きているからだ。妹紅は一真の時同様、そういう接され方は好きではないと言ったが慧音はまったく改めようとしない。結局、慧音の場合は妹紅に対してだけ丁寧なので、それはそれで悪くないと妥協(だきょう)してしまったのだ。
「ああ、わかった」
一真は慧音の話し方の違いなど意に介さず、ポケットから持ち物を出して卓に広げた。妹紅が見た、ベルトのバックルと数枚のラウズカードだ。
一真はその中から、青いカブトムシの絵と『♠A CHANGE』という字が描かれたカードとバックルを手に取り、
「この『ブレイバックル』にカテゴリーAのカードを差し込む事で、俺はこのカテゴリーAと融合してブレイドに変身するんだ」
「アンデッドと融合?」
妹紅が身を乗り出す。
「そう。アンデッドはカードの状態でも特殊な装置を使えばその力を引き出すことが出来るんだ。特にこのカテゴリーAと融合すれば人間が強力な力を得る事ができる。これを利用したのがライダーシステムだ」
「でも、何の目的でそんなものを?」
「解放されたアンデッドと戦うためだ。普通の人間ではアンデッドに太刀打ちできない。幸い、カテゴリーAが2体封印されたままだったから、それを使ってライダーシステムを作ったんだ」
「すると、アンデッドを倒すためにアンデッドの力を利用する事にしたわけ?」
「そうだな。毒を持って毒を・・・なんだっけ?」
言葉に詰まり、首を傾げる一真。
「毒を制す?」
妹紅が後を続けると一真は妹紅を指差し、
「そうそう、それそれ。そういう事だ」
「・・・・・・」
恥ずかしそうに笑う一真。慧音が妹紅に耳打ちする。
(妹紅、大丈夫なんですか、この人?)
(し、心配いらないよ・・・多分)
ちょっぴり不安になったのは妹紅も同様だが連れてきた手前、そんな事は言えない。
「そういえば、戦っている時にカード使ってるみたいだったけど、あれどうなってるんだ?」
とりあえず、話の続きを促す妹紅。
「ああ。あれはラウザーっていう装置を使ってカードの力を引き出しているんだ」
「もしかして、あの剣の事?」
「そうそう」
頷きながら一真はラウズカードを卓の上に広げる。カードは8枚。
青いカブトムシの絵が描かれた『♠A CHANGE』。これはブレイドへの変身に使うカードだ。それから『♠2 SLASH』『♠3 BEAT』『♠4 TACKLE』『♠5 KICK』『♠Q ABSORB』、そして妹紅が一真に渡した『♦6 FIRE』。
「さっき封印したのは?」
「あれはバッファローアンデッド。これだ」
一真は『♠7 MAGNET』のカードを妹紅へ押しやる。磁石形の角が生えたバッファローが描かれている。
「マグネット・・・磁石か。なるほど」
幻想郷には外国から来た妖怪もいるため、英語もある程度は浸透している。『MAGNET』の字で、妹紅はあのアンデッドの妖術について納得した。
『CHANGE』は変身に使うもの、『SLASH』と『BEAT』は先の戦いで見た感じでは、それぞれ剣とパンチの強化のようだった。『TACKLE』『KICK』『FIRE』は名前の通りだろう。
そのカードの並びを見て、ふと妹紅は気づいた。
「これって、肉弾攻撃用のカードばっかりなんじゃないのか?」
「そうなんだよ。この中で遠くから攻撃できるのは『FIRE』だけだ」
確かに、さっきの戦いでは接近戦ばかりだった。それならば、誰かが弾幕で援護すれば戦いの幅は広がると妹紅は考えた。
「この『ABSORB』というのは? 『吸収』や『同化』という意味だが」
慧音は上下に2つのヤギの頭が描かれた『ABSORB』のカードに指で触れた。
「それは別のカードと組み合わせて使うものなんだ。単体で使うとAPがチャージされる」
「エーピー?」
「ラウザーでカードの力を使う時に消費するポイントだよ。APがなくなるとラウズカードが使えなくなる」
「つまり、使用には制限があるって事か」
正規の弾幕ごっこにおいても最初にスペルカードの使用回数を宣言する必要があり、スペルカードをその回数使っても相手を降参させられなかった場合が負けとなる。若干形式は違えど、スペルカードとラウズカードのシステムは近いようだと慧音と妹紅は感じた。
「そのカードに封印されているのは、アンデッドの中でも強力な『上級アンデッド』だ。お前が見たっていうイーグルアンデッドもそうだ。こいつらは知能が高くて、人間の姿に変身する事もできる」
「人間の姿に?」
「ああ。そうすれば、この街の中に潜む事もできるはずだ。ヘタすると、もういるかも知れない」
その言葉に妹紅と慧音は顔を見合わせた。もしそうなれば里の人間を守り抜く事は不可能に近くなる。
「その上級アンデッドの数は?」
「2体だ。イーグルアンデッドとウルフアンデッド」
「後で、そいつらが人間の姿になった時の特徴を教えてくれるか?」
一真は頷いた。
「それから、これが封印用のカードだ」
今度は絵柄の部分に鎖しか描かれていないカードが卓に出される。
「アンデッドを封印できるのは、弱らせてベルトのバックルが開いた時だけだ。そこにカードを投げつければ封印できる」
妹紅はバックルなど開いていたかどうか思い出そうとしたが、あの時はそこまで見られる状況ではなかった。
慧音は腕を組んで少し考え、
「それでは一真、次は君が幻想郷に来た時の事を詳しく話してもらえないだろうか? なるべく詳細に知っておきたいのだ」
「ああ、わかった」
◇ ◆ ◇
関東のある山の中。
その日、一真が戦っていたのはアンデッドではなかった。
「やめろ、睦月(むつき)!」
「うおおぉっ!」
次々に迫る刃をかわすブレイド。
その相手は、仮面ライダーレンゲル。上条睦月という少年が変身する一真の仲間の仮面ライダーの1体である。
「よせ睦月! カテゴリーAなんかに支配されるな!」
レンゲルに後ろから組みついたのは、一真の先輩である橘朔也が変身する仮面ライダーギャレン。
「うるさいっ!」
しかしレンゲルは仲間のはずのギャレンを振りほどき、先端に三つ葉型の刃が着いた錫杖型の武器『醒杖レンゲルラウザー』でギャレンを斬りつける。
「橘さん!」
レンゲルはアンデッドの1体・ピーコックUが自分の手駒とするべく作り出したライダーシステムであり、カテゴリーA・スパイダーUが変身者の精神を支配するように作られたものである。睦月は心の中に闇を抱えており、その闇につけこまれてスパイダーUに心を蝕まれてしまっていた。
倒れこむギャレンを尻目に、レンゲルは右腰のラウズカードホルダーに手を伸ばす。やむなくブレイドも『醒剣ブレイラウザー』のカードトレイを扇状に開く。
『 Remote 』
「!?」
その瞬間、レンゲルラウザーから音声が響き、レンゲルの手に握られたカードから光がブレイラウザーのトレイ目がけて放たれる。直後、その光を受けたカードの中からアンデッドが数体現れた。
『REMOTE』はカードに封印されたアンデッドを解放し、自分の意のままに操るカードである。一真もそのカードを最も警戒していたが、まだホルダーからカードは抜いていなかったはず。恐らく、いつの間にか『REMOTE』を手に持っていて、こちらにトレイを開かせるためにホルダーからカードを取るフリをしたのだ。
「剣崎!」
ギャレンが起き上がり、拳銃型の『醒銃ギャレンラウザー』からトレイを開き、カードを取り出す。
『 Bullet 』
ギャレンラウザーのカードリーダーにカードを読み込ませ、続いて『FIRE』を通そうとした時、その手を解放されたイーグルUにつかまれた。
「くっ!?」
「これはいただいていくぞ」
イーグルUはギャレンの手から『FIRE』をもぎ取るとギャレンを爪で斬り伏せる。
「橘さん!?」
橘を助けに行きたいが、数体のアンデッドに囲まれて身動きが取れない。これでは橘を助けるどころか自分がやられてしまう。
と、急にレンゲルの体から火花が飛んだ。
「うあっ!?」
ギャレンがイーグルUに組み伏せられた状態から、レンゲルをギャレンラウザーで撃ったのだ。『BULLET』を使ったため威力は増しており、その拍子に『REMOTE』の支配が解けた。
アンデッド達は困惑気味だったが、やがて全員逃げ出した。
「剣崎! 睦月は俺に任せて、お前は逃げたアンデッドを追え!」
レンゲルにタックルし、もつれこむギャレン。
「わかりました、橘さん!」
ブレイドは2人を置いてその場を離れ、変身を解除して携帯を取る。
「広瀬さん! アンデッドはどっちに!?」
『剣崎くん、アンデッド達はそこから北東の方へ向かってるわ!』
「了解!」
電話の向こうからの仲間の指示に従い、ブルースペイダーにまたがってアンデッドを追う。東は山地の奥の方へ入り込む方角だった。ブルースペイダーは悪路での走行にも強く、山の中でさえ問題なく走る事ができる。
しばらく上ったり下ったりと走り続けたがアンデッドの姿はない。携帯が鳴り、ブルースペイダーを止めて出る。
「広瀬さん、アンデッドは?」
『それが、アンデッドの反応が途中で消えたの』
「消えた?」
アンデッドサーチャーはアンデッドの発するエネルギーを感知するシステムだ。しかし、非戦闘時などアンデッドがエネルギーを発していない時はその位置を特定する事ができない。これまでも、それで逃げられてしまった事は多々ある。
『でもおかしいの。6体のアンデッドが固まって移動してたんだけど、それが一斉に全部消えたのよ』
「固まって?」
アンデッドにとって、他のアンデッドは敵である。実際、一真はアンデッド同士が戦う所を見た事もある。だが逆に、アンデッドが協力して自分達を襲ってきた事もあり、その時は上級アンデッドが下級のアンデッドを従えているという場合が多かった。さっき解放された中に上級アンデッドがいたので、それらによって従わされていたかもしれない。力の差による従属もあるだろうが、アンデッド達にとってライダーは共通の敵といえる。それを討つ為に手を組んだのだろう。今回もそういうケースではないかと一真は考えた。
「その反応が消えた場所は?」
『さっき剣崎くんが睦月くんと戦ってた所から北北東8kmの所よ』
「わかった。行ってみる」
自分が走った方向と距離からすると、ここから北2kmという所か。携帯を閉じ、ブルースペイダーを走らせる。
さらに山の奥深い所へ分け入り、そろそろ言われたポイントだと思った頃。
さすがにブルースペイダーで進むのも苦しいと感じ始めた時、古い建物が現れた。鳥居が建っている事から神社と思われたが、打ち捨てられて長いらしく社殿も鳥居も朽ち果てかけている。もしかすると社殿の中にアンデッドが潜んでいるかもしれないと考え、一真は鳥居をくぐった所でブルースペイダーを停めた。
エンジンを停めてヘルメットを外し、ハンドルに引っかけてブルースペイダーを降りた所で顔を上げると――
「あれっ?」
目前の社殿が綺麗になっていた。
さっき見た時はボロボロで蹴りでも入れれば倒壊するのではないかと思われるほどだったものが、立派なものに変わっていた。自分の頭上を見上げると鳥居も真っ白で奇麗なものだった。『博麗神社』と神社の名前もはっきり読める。
さらに周囲を見回すと、辺りの景色自体も違うような気がする。草や木が群生していたはずだが、今のこの場所はちゃんと人の手が加えられ管理されている感じがした。キョロキョロしていて、山の上から見える景色に気づく。
山際に立つと、下界の様子が一望できた。山、森、川、湖。そのいずれもが人の手がほとんど加えられておらず、この世のものとは思えないほど美しい景観を作り出していた。
「こんな所に、こんな場所が・・・?」
こんな山奥にこれほど美しい場所があった事に驚きながら一真は、それよりもアンデッドの事が気がかりでその景色に背を向けた。再び見回すと、下へ降りる石段を見つけた。結構長いが、とりあえず下へ降りてみる事にした。
しばらく降りて石段の半ばを過ぎた辺りで、下の方から何か聞こえた。石段を外れて様子を伺うと、見覚えのある異形の姿があった。
「アンデッド!」
さっきレンゲルに解放されたアンデッドの1体・バッファローUだった。倒れている少女に迫っている。
それを見て一真は反射的に駆け出し、バッファローUに飛びかかっていた。
「待て! 相手は俺だ!」
◇ ◆ ◇
「・・・というわけだ」
話し終わり、出されたお茶を一気に飲み干す一真。慧音は腕を組んだまま、じっと話を聞いていた。
「その古い神社というのは恐らく、そちらの世界の博麗神社だろう」
「こっちの世界の?」
「博麗神社は幻想郷と外の世界に、その存在の半分ずつを分けている。そうやって、2つの世界の門のような役割を果たしているんだ」
「そういえば、神社の鳥居って境内と外の境い目を表すって聞いた事があるな」
毒をもって毒を制すがわからなかったのに、どうしてそういう事は知っているのだろうと妹紅と慧音は不思議だったが、それは気にしない事にした。
「とはいえ、そう簡単に幻想郷には入れないはずだが・・・」
「そういえば今、結界が不安定だって言ってたな。そのせいでしょ」
「ああ・・・」
そして3人とも黙り込んでしまう。
(この世界でまでアンデッドの犠牲者を出したくない・・・俺がしっかりしないと)
一真は手元のラウズカードを眺めながら改めて決意した。
(複数のアンデッドが同時に幻想郷に入り込んだ・・・結界が不安定とはいえ、偶然にしては出来すぎている。作為的な匂いさえ感じるな・・・)
慧音はアンデッドが幻想郷に入り込んだ状況について考えを巡らせる。
そして妹紅は、2人とは違う事を考えていた。
(あっちの世界の博麗神社か・・・私もあそこから幻想郷に来たんだっけ。まだちゃんとあったんだ・・・)
一真が幻想郷に来た話を聞いて、妹紅は自分が幻想郷に来る以前の事を思い返していた。
不老不死になってから、彼女は各地を転々と渡り歩いた。10代のまま成長が止まったため、1年以上も一所(ひとところ)に留まっていれば外見が変わらないのを不審に思われてしまう。不老不死になって最初に住み着いた村落では妖怪と思われ、村を追われた。長くて半年。ずっと住む場所を頻繁に替え続け、そんな生活が300年も続いた。
そうしていくうちに神経はすり減ってしまい、人里で暮らす事にすっかり嫌気が差してしまった。それで山に分け入り、ひたすら山奥へ向かった。そこで博麗神社を見つけ――当時はまだそれほど古くはなかった――、鳥居をくぐった所で幻想郷に入ってしまったのだ。直後に幻想郷内の博麗神社から見た幻想郷の景色が、ささくれだった心に爽やかな感動をもたらした。
一真の、状況はだいぶ違うがまるで自分の追体験のような話を聞いて、その頃の事を思い出した。
(昔の事なんて思い出したくないけど・・・それでも懐かしいものなのね)
妹紅は思わず今の状況も忘れて、ノスタルジックな気分に浸っていた。
そうして3人が各々、物思いにふけっている時――
「きゃああああああ!!!」
「うわああああっ!!?」
外からのつんざくような悲鳴に思考を中断され、3人は家の外へ飛び出した。
人々が門の方角から慌てふためいて逃げ惑っている。
「おい、どうした!?」
慧音がその中の1人を捕まえて尋ねる。
「よ、妖怪だ! 見た事のない妖怪が襲ってきて・・・」
その言葉に、3人の間に緊張が走る。
「まさか・・・!」
妹紅らは人の流れに逆らって門の方へ向かった。
そして最後の角を曲がった時。
「!!」
彼らの目に飛び込んだものは、怪物が人の喉笛を噛み切る凄惨な光景だった。怪物はヒョウのような体色で顔に黒い仮面をつけたような姿をしている。
「アンデッド!」
その怪物――ジャガーUをにらむ一真。
辺りにはすでに数名が血まみれで倒れている。ジャガーUは噛みついた男を手放すと、近くで腰を抜かして震えている女に狙いを定めた。噛まれた男がドサリと倒れ、それを見て女が後ずさろうとするが家の外壁で後がない。
「やめろ!」
一真は逃げ惑う人々の流れに逆らってジャガーUへと駆け出し、ブレイバックルに『CHANGE』のカードを差し入れ、腰に装着する。その動作を手早く済ませ、バックルのハンドルを引いた。
「変身!」
『 Turn up 』
カード型の光の壁『オリハルコンエレメント』が現れ、それを通過すると一真の姿は青き剣士・仮面ライダーブレイドへ変じた。
「おおぉっ!」
女に迫るジャガーUに走った勢いから拳を叩き込むブレイド。横っ面にパンチをくらったジャガーUがよろけ、ブレイドがさらに蹴りを見舞う。怯ませた所でブレイドはジャガーUに体当たりし、腕を抑えつけつつ門の外の方へ押しやる。
ブレイドがジャガーUを遠ざけた隙に、妹紅は襲われかけた女を助け起こす。
「大丈夫か!?」
「あ、あ、あわわ・・・」
全身震えてしゃべる事もできないようだ。
「早く逃げて!」
そう言うと女は足をもつれさせながら里の奥の方へ走っていった。その女が角を曲がったのを見届けて、妹紅はその近くに倒れている男へ駆け寄った。
「おい、大丈夫か? おい!」
その体に触れて、右手にぬるりとした感触がした。爪か何かで切り裂かれた背中に触れた手が、赤い血に塗れていた。一瞬、背筋に寒気が走るが、血に触れるのに構わずその体を揺する。だが反応はない。血溜まりに突っ伏すように倒れている男の首筋に触ろうとして、その首が大きく抉れているのに気づいて思わず手を引っ込めてしまった。
他の倒れている者は3人。同じように血だらけで微動だにしない。慧音も倒れた人を見ていたがこちらを向き、首を横に振った。
妹紅は呆然と血の着いた自分の手を見た。わずかな時間で4人もの人が命を絶たれた。場所もあろうに幻想郷の人間の里の中で。
赤く染まった手を強く握り締める。こんな事が許されていいはずがない。自分の心に、怒りの炎が激しく燃え上がるのがわかった。
心の中にその熱を自覚した瞬間、妹紅は走り出していた。
◇ ◆ ◇
「でええぃ!」
組み合ってジャガーUを門の外まで連れ出した一真――ブレイドは、ジャガーUを投げ飛ばしブレイラウザーを腰から引き抜いた。
「ガアアッ!」
ジャガーUは地に伏せた状態からしなやかに跳ね上がり、振り下ろされた刃は大地を削っただけだ。
「でいっ! たあっ!」
ブレイドは距離を詰め斬撃を浴びせるが、ことごとく紙一重でかわされる。
「グッ!」
「!」
ジャガーUが反撃に転じようとしたのを気配で察し、屈んで足払いをかける。見事に転倒するが、またも飛び上がって距離を取るジャガーU。そこから再び跳躍、ブレイドに爪を振り下ろす。しかしブレイドは後ろへ飛び退きながら爪をかわし、ジャガーUの胸を切り裂いた。
着地際、動きが一瞬止まった所に踏み込みブレイラウザーを突き込む。腹にまともに突きを受けたジャガーUに更に袈裟懸けの一撃を加え、ジャガーUは三度地面に転がった。
ジャガーUのすばしっこさには一真も苦しめられたが、それを破って一度は封印した事がある。動きはあらかた読めている。
ブレイラウザーのカードトレイを開き、体の各所にトゲの生えたイノシシが描かれた『TACKLE』のカードを引き抜いてカードリーダーに読み込む。
『 Tackle 』
ブレイラウザーから電子音声が発せられ、カードリーダーの横に表示されたAPの数値が減少する。
<ブレイド初期AP 5000>
<『TACKLE』消費AP 800>
<ブレイド残りAP 4200>
ブレイラウザーの切っ先に手を添えるように構え、ジャガーUへ突進する。しかしジャガーUはギリギリの所でブレイドの体当たりを飛び越え、そのまま逃走しようとする。
「逃がさないぞ!」
ブレイドはブルースペイダーへ走る。野放しにしておいたら、またいつ人を襲うかわからない。絶対に封印しなければならない。
「待って、一真! 私も行く!」
ブルースペイダーにまたがった所に妹紅もやって来て一真の後ろに乗る。
「妹紅、襲われた人達は?」
聞くと、妹紅は俯いた。
「もう、みんな・・・手遅れだった」
悔しそうに自分の右手を見る妹紅。その手には血がついていた。
「・・・・・・」
この世界でまでアンデッドの犠牲者を出さない――ついさっき、そう決意したはずなのに。なぜ止められなかった。なぜ救えなかった。悲しみと怒りが一真の心に去来する。
ふと、妹紅とブレイドの目が合う。
仮面越しでも、互いが全く同じ気持ちである事を2人とも理解した。自分達がするべき事は、アンデッドを封印し幻想郷から脅威をなくす事だ。
ブレイドはブルースペイダーを走らせ、妹紅はブレイドの体にしがみついた。
どこまでも続く平原を尋常ではない速さで疾走するジャガーUと、それを追うブルースペイダー。ブルースペイダーも普通のバイクの速さではないが、それでもジャガーUとの距離を詰められない。先ほどブレイドに受けたダメージで全力で走れないでいるようだが、じきにそれも回復するだろう。
「妹紅、もっとスピード上げてもいいか!?」
「私に構うな! 重くて追いつけないっていうなら私を捨てていってもいい!」
その言葉に頼もしささえ感じて、一真はブレイドの仮面の下で笑みをこぼした。
「よし、飛ばすぞ! しっかりつかまってろ!」
一気にアクセルを吹かし、加速する。妹紅が小さくうめきながら全力でブレイドに抱きつく。ほどなく速度計が最大速度の時速340kmに達した。
ブルースペイダーの左右を蝶や鳥が凄まじい速度ですれ違っていく。妖怪や妖精も混じっていたが、ブレイドも妹紅もジャガーUさえそんな事を気にしている場合ではなかった。やがてジャガーUとの距離がじりじりと狭まる。
しかし、ジャガーUは急に90度右に方向転換した。
「!」
一瞬遅れてブレイドもハンドルを切る。横滑りに地面を削るように止まり、再度アクセルを全開にして走り出す。妹紅は危うくブルースペイダーの上から投げ出されそうになったが、辛うじて堪えた。
今ので距離をまた離されてしまった。距離を詰めれば、かえって急な方向転換についていけない。このままでは逃げ切られてしまうかもしれない。
「一真、私に任せてくれ!」
そう言って妹紅は左腕だけで一真にしがみつき、右手でポケットのスペルカードに触れた。取り出そうとすると、叩きつける猛烈な風に持っていかれてしまいそうだ。
「滅罪『正直者の死』!」
スペルカードの宣言はカードの名前を詠唱する必要は無いが、妹紅は性格的にカードの名前を言うのを好んでいる。
宣言し、ジャガーUへ右手で人差し指と中指を突きつけるとその指先から光が放たれた。光はレーザーのようにジャガーUの右側の地面をえぐり、じわじわとジャガーUへ迫っていく。ジャガーUはそれに気づき、左の方へ避けようとする。そこに、左からゆっくり飛んできた火の玉がジャガーUに命中した。
「グォッ!?」
死角からの攻撃にジャガーUは悲鳴を上げた。レーザーは囮、それを避けようとすれば逆方向からの火の玉に当たる。『正直者の死』とはそういう意味だ。
火の玉はジャガーUの胸と足に当たり、足に衝撃を受けた事でたたらを踏んでスピードが弱まった。
「今だ!」
チャンスと見るやブレイドは両手をハンドルから離し、ブレイラウザーからカードを取り出す。
そしてそのカードをブルースペイダーのパネルにあるカードリーダーに読み込ませた。
『 Fire 』
ブルースペイダーから電子音声が流れ、ブルースペイダーの先端から炎が吹き出す。
<『FIRE』消費AP 1000>
<ブレイド残りAP 3200>
「うおおおおおぉぉぉっ!」
ブレイドは炎に包まれたブルースペイダーごとジャガーUに体当たりした。ジャガーUは咄嗟に身をよじったが避けきれず、炎に包まれながらきりもみ回転して地面に叩きつけられた。タイヤを滑らせブルースペイダーが止まりきるまで、ジャガーUは地面を転がり続けていた。
「・・・結構えげつない事するんだな、お前」
呆れたようにつぶやく妹紅。あんなスピードで衝突すれば誰だろうとただで済むわけがない。だからといって、アンデッドに同情する気などお互い全くなかったが。
「グウゥ・・・」
2人はブルースペイダーから降り、ブレイドはブレイラウザーを抜いてよろめきながら立ち上がるジャガーUに刃を浴びせる。
「でぃっ! やあっ!」
滅多斬りにされていたジャガーUだったが、数回目の斬撃をブレイドごと飛び越えた。
空中で宙返りするジャガーUに火球が命中する。
「グワ!?」
ブレイドの後ろで様子を伺っていた妹紅に迎撃され、またも倒れこむジャガーU。そこへさらに妹紅が火炎を浴びせ続ける。
ジャガーUは地面を転がりながらそれをしのぎ、弾幕の合間を縫って立ち上がった。さらに撃ち込まれた火球を飛び越え、妹紅へ飛びかかる。
「う!?」
しかしその背中にブレイドが投げつけたブレイラウザーが命中し、ジャガーUはバランスを崩して妹紅の目の前にうつ伏せに落下した。
「この!」
妹紅はジャガーUの顔面を思い切り蹴りつけ、投げたブレイラウザーを回収したブレイドの横へ並んだ。
そして2人は同時にカードを手に取る。
「不死『火の鳥・鳳翼天翔』!」
妹紅が宣言すると同時に、ブレイドは尻尾が巨大な剣になっているトカゲの絵の『SLASH』と『FIRE』を続けて読み込ませた。
『 Slash 』
『 Fire 』
『 Burning Slash 』
妹紅の両手とブレイラウザーの刀身が炎に包まれる。
ラウズカードは特定の組み合わせで2枚以上を同時に使う事で、より効果の高いコンボ技を繰り出す事ができる。
ブレイドが左手から右手に持ち替えながら振るうブレイラウザーの切っ先が炎の円を描く。
<『SLASH』消費AP 400>
<『FIRE』消費AP 1000>
<ブレイド残りAP 1800>
「はああっ!」
妹紅が突き出した両手から巨大な火の鳥が現れた。火の鳥は大きく翼を広げ、ジャガーUへ向かって飛翔する。ジャガーUはジャンプで火の鳥をかわした。しかしそれは妹紅の狙い通り。
飛び上がったジャガーUの目前で、その動きを読んでほぼ同時に跳躍したブレイドが右腕で炎の剣を振りかぶっていた。
「ウェェェェェイ!」
振り下ろされたブレイラウザーがジャガーUを縦に切り裂く。
ブレイドが剣を振り下ろした姿勢のまま着地した背後にジャガーUが墜落、直後に爆発した。仰向けに倒れたジャガーUのベルトのバックルが開き、『♠9』の文字が見える。
ブレイドは封印用のカード『プロパーブランク』をジャガーUに投げつけ、ジャガーUの体はカードに吸い込まれていった。そして一真の手元へ戻ってきたカードには『♠9 MACH』と書かれていた。
◇ ◆ ◇
ジャガーUが封印されるのを、遥か上空から見る影があった。
「ブレイド・・・まさかこの世界まで来るとはな」
イーグルUは腕を組んで唸る。
平原を飛行していた所に高速で走っているジャガーUとそれを追うブレイドを遠くから見かけ、追ってきたのだが着いた時にはもう勝負はついていた。全てのアンデッドにとっての脅威といえる存在が、幻想郷とかいうこの世界まで現れた事に驚いていた。
「しかも、あの不死の娘と組んだか・・・厄介だな」
娘の実力も侮れないものである事がわかっている。しかも今の戦いで2人は息の合った連携を見せ、手傷を負っていたとはいえジャガーUを封殺してみせた。自分が幻想郷に来る前後の状況からすれば、2人は今日会ったばかりのはずだ。
「ふ・・・」
しかし、イーグルUは笑った。
「例え何者が立ちはだかろうと、勝ち残るのは人間でもどのアンデッドでもない。私だ」
戦うために、勝ち残るために自分は存在している。仮面ライダーもアンデッドも、全てが自分の獲物。あの娘だけはどうにも出来ないとしても、ライダーさえいなくなれば自分が封印される事はない。
バトルファイトに勝利すれば自分の眷属が世界を席巻する。そうなれば不老不死とはいえ人間1人には何も出来まい。
「そして・・・カリス」
全アンデッドの中で友と認めた存在。だが彼はすでに封印されていた。その意趣返しもしなければならない。
まずはブレイドからだ。
「見ていろ・・・」
それまでは夢を見せてやろう。
イーグルUはその場を飛び去っていった。
◇ ◆ ◇
ジャガーUが封印されるのを見届けた妹紅は、自分の右手を見た。もう血は乾ききっている。
アンデッドは封印したが、この血を流した人は帰って来ない。
これまでも自分を置いて逝った人は数え切れないほどいる。死ぬ事のない自分にとって、死とは他者のそれ以外に意味を持つ事はない。きっと自分は誰よりも多く“死”を目撃する事しかできない定めの人間だ。
だが1300年以上生きてきても、誰かが死ぬ事はどうしても慣れる事が出来ない。
不老不死になって数十年後、風の噂に両親の死を知った。その頃になると両親の事など忘れかけていたが、死んだと聞くと涙が溢れて止まらなかった。帰るに帰れなかったとはいえ、行方をくらませた自分の顔を見せることのないまま、みすみす死なせてしまった。もし余命幾ばくもないとわかっていれば、危険を冒してでも会いに行ったのに。
自分は最低の親不孝者だ。
人が寄りつかない山の中で、両親に謝りながらずっと泣き続けた。
そんな経験があれば誰の死を見ても、その遺族らの悲しみは他人事には思えない。多少でも関わりを持った人なら尚の事。
いつまで経っても死は悲しいもの。だからこそ、こんな理不尽極まりない人の死に方は許せない。
幻想郷は人間と妖怪の最後の楽園。輪廻の輪から外れた自分をさえ受け入れてくれた世界。その地で誰かが殺される事は、絶対に許してはならない。
妹紅は血に染まった右手を握り締めた。
「一真・・・私、決めた」
変身を解除して元の姿に戻った一真に告げる。
「アンデッドを全て封印してやる。そして誰もが笑って暮らせる幻想郷を取り戻す」
妹紅は、右手を染める血に誓った。これほど強く何かを決意したのは不老不死になって以来初めてだろう。自分は、自分で思っていたよりも人間と幻想郷が好きなのだと気づいた。
手を開いてもう一度血を見ていると、その手を大きな手がつかんだ。
「えっ・・・」
見上げると、一真が真剣な顔で立っていた。
「妹紅。必ず平和を取り戻そう。俺達の手で」
血の着いた妹紅の右手を握り、瞳に強い意志を宿らせている。
その手に妹紅は、一真が自分の気持ちを正確に理解してくれているのが、そして彼もまた同じ決意を持っている事がわかった。そうでなければ血のついた手を触る者などいまい。
「よろしく頼むぜ、妹紅」
そして一真は優しく微笑んだ。その笑顔に、妹紅の顔からも笑みがこぼれる。
「よろしく、一真」
2人は笑顔で、組んだ手を改めてぐっと握った。
――――つづく
次回の「東方永醒剣」は・・・
「あなたが剣崎一真ね?」
「挨拶なら、せめて玄関から入ってきてくれないか」
「似てるとか本人に言うなよ」
「えっ!? い、言わないって!」
「私は・・・本当に人間じゃなくなってしまうような気がしてさ」
「俺もさ、いるんだ。お前達みたいな関係だった奴が」
「お前・・・っ! なんでここに!?」
「お前を・・・もう一度封印する!」
「あなたを殺しに行くわ・・・妹紅」
第3話「不死者の望むもの」