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No.32362の一覧
[0] コードギアス「罪と罰」[めい](2014/08/23 10:31)
[1] 第2話[めい](2013/05/10 17:43)
[2] 第3話[めい](2013/05/10 17:44)
[3] 第4話[めい](2013/05/10 17:46)
[4] 第5話[めい](2013/05/13 14:35)
[5] 第6話[めい](2013/10/08 09:33)
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[32362] 第3話
Name: めい◆cd990f2a ID:5691f6d1 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/05/10 17:44
 勇ましい軍服に身を包んだ銀髪の美女、ヴィレッタ・ヌゥは、現在のところ、上官の命令に忠実に従っていた。腕組みをして仁王立ちする正面には、ジェレミアが入っていったドアがある。
 しかし、微動だにしない立ち姿とは裏腹に、眉間には深い皺が刻まれ、瞳には苛立ちが浮かんでいる。彼女が上官の命令に不服を感じていることは明らかだった。
 突入に備えて、油断無くドアを窺う隊員達の表情にも、戸惑いが見て取れる。
 それも無理はなかった。
 ジェレミアにヴィレッタたち随行が部屋を追い出されてから、かれこれ十分ほども経つ。部屋の中にいるのは、ジェレミアと、テロリストの疑いのある瀕死の少年と、その妹らしき足の不自由な少女で、抵抗する力があるとは思われない。だが、相手がテロリストだとしたら、どんな武器を隠しもっているかも知れず、最悪の場合は自爆しないとも限らない。賢明な方法とは思えなかった。
 ドアの向こうからは、時折微かな声が漏れ聞こえはするものの、内容が分かるほど明瞭なものではなかった。まさかヴィレッタがドアに耳をつけて盗み聞きするわけにもいかない。
 一人で尋問を行うということは、上官は二人が余程重要な情報を握っていると判断しているらしい。……ならば、用が済んだ後は二人を抹殺するつもりなのかもしれない。
 それは、余り愉快な想像ではなかった。ヴィレッタは特段情け深い性質ではないし、戦場で人を殺すことに躊躇いなどない。だが、さすがに病院で、無抵抗な足の不自由な少女を撃ち殺すのは、後味が悪い。

(軍命とあらばやむを得ないが……)

 先程の車椅子の少女の様子を思い出し、ヴィレッタは眉間の皺を深くする。
 不快な想像は、待ちかねたドアの開閉音に中断された。すわ二人の射殺命令か、と身構えたヴィレッタだったが、そこに現れた上官の姿に、眉をひそめる。

「ジェレミア卿……?」

 ジェレミア・ゴッドバルト。名門ゴッドバルト辺境伯の位を持つ、れっきとした貴族であり、総督直属のナイトメアフレームの一隊を率いる男。軍人としても輝かしい経歴を誇る彼は、まるでたった今まで泣いていたかのような顔をしている。目と鼻はわずかに赤く、頬も紅潮している。
 催涙ガスの攻撃でも受けたのだろうか。それにしては、室内から騒乱の気配は無かった。そして、上官の全身から、のまれるようなエネルギーが発散されているのが、ひどく奇妙だった。

「私はこれよりただちに総督府に戻って総督閣下にお会いする。お前達はこのままここに残り、お二方の警護に当たれ」

 ただでさえ疑問符でいっぱいだったヴィレッタの頭は、さらに混乱する。

「警護……で、ありますか」

 一体何を? 何故? そもそも、ヴィレッタたちは総督直属のナイトメアフレームに騎乗する騎士候であり、警護などは完全に範囲外の任務だ。よしんば警護するとしても、それは、総督やそれに準ずる相手以外には考えられない。それを誰よりも承知し、また誇りに思っているはずの彼女の上官は、ヴィレッタの言葉にあっさりと頷く。

「そうだ。中の少年たちを目標に何者が来ても、決して中に通すな。親衛隊がきたとしてもだ」
「しかし、それでは……」

 親衛隊とナイトメアフレーム隊は、指揮系統が違うから、お互いに命令はできない。だが、バトレー将軍を通して命令が来たら、反抗は許されない。疑問が顔に出ていたのだろう、ジェレミアはふっと笑いを浮かべた。

「バトレー将軍の命令であってもだ。そのときは、クロヴィス殿下のお名前をお出しせよ」

 とんでもない命令に、ヴィレッタ以外の者の口からも疑問の声が上がった。

「殿下の!? それは、まずいのではありませんか」

 ジェレミアは笑みを引っ込めて、首を振った。

「心配はいらない。全責任はわたしがとる。よいか、絶対に、中のお二方をお守りせよ。万が一お二方の身に何かあったら、お前たち全員、二度と日の目を見れると思うな。私の命に代えてでも、地獄に叩き込んでやる」

 声にも眼差しにも、冷え冷えとした力がこもっていた。全員が背筋を正し、敬礼する。

「イエス、マイロード」

 見事に揃った言葉に、ジェレミアは満足げに頷くと、マントを翻し、走り出さんばかりの早足で、廊下の向こうへと消えて行った。
 呆然としてそれを見送ったヴィレッタは、我に返って、背後の病室を振り返る。
 上官の口振りからして、件の少年と少女は、相当な大貴族の子息辺りか。周知がされていなかったということは、お忍びで遊びに来ていた際に、たまたま騒動に巻き込まれたのだろう。

「厄介なことだな……」

 ヴィレッタは、眉を寄せて、病室にかかったプレートをにらみ付けた。


* * *


 病院の一画で、感動的な再会のドラマが展開されていた頃、ブリタニア軍親衛隊の隊長も、自らの執務室で、戦闘終了後病院に運びこまれたという少年の存在を耳にしていた。他ならぬ、ルルーシュを撃つように命じた張本人である。

「あのイレブンめ……殺し損なったのか」

 少年の特徴を聞く限り、自分が排除を命じた対象であることはほぼ間違いない。続けて、報告の兵士が、未確認情報ですが、と断ってから、総督直属のナイトメアフレーム隊の一隊がその病院に向かったらしいと告げると、男は目を見開いて立ち上がった。

「馬鹿者、それを早く言え!」

 重要機密を見られた相手を始末しそこなったとなれば、失態を追及されても仕方がない。冷や汗が背中から噴出した。

「我々もすぐに病院へ向かう」

 へまをやったイレブンを連れて来い、と言いかけて、男は舌打ちした。自分の命令で少年を撃ったイレブンは、つい先ほど転属で、全く命令系統の違う第二皇子肝煎りの部隊に配属になってしまった。そうなれば、こちらからは命令はできない。しかも、ナイトメアフレームの操縦者になったという。非支配民であるナンバーズ出身がナイトメアフレームの操縦を任せられるなど、軍内では前代未聞の珍事だ。相当な反対があったそうだが、第二皇子のごり押しで通ったという。
 通常は騎士候以上しかナイトメアフレームの操縦者とはなれない。そう、自分ですらナイトメアフレームに訓練以外で騎乗したことなどないのだ。
 劣等感とナンバーズへの蔑みと、この事態への焦りが入り交じって、どす黒い感情が男の胸の内に蠢く。
 あの気に入らない名誉ブリタニア人を、軍命無視として、その身の程知らずな場所から引きずり落としてやろう。……だが、まずは少年の始末が先だ。

「一隊を編成せよ。武装は最低限でも構わん。とにかく急げ。五分後には出発する」

 部下の復唱を聞きながら、男は忌々しげに帽子を手に取った。


* * *


 ブリタニア第三皇子にして、エリア11総督であるクロヴィス・ラ・ブリタニアは、政治家肌でなく、軍人肌でもなく、芸術家肌の皇子として知られている。彼は日々を公の場に立っての演説や、華やかな社交に費やし、余暇は絵画などに親しんで過ごす。基本的に、軍事や内政の詳細に関わることはない。ある意味で、非常に特権階級らしい生活を送っている青年の一人だった。
 外見も芸術を愛する皇子に似つかわしく、非常に華やかだ。豪奢な金の髪に縁取られた優しげで甘い顔立ちと、優雅な物腰は、自身の描く絵画にも負けない、繊細なタッチで描き出された名画のようだった。
 そのクロヴィス殿下は、今宵も、総督府で開いている夜会に出席していた。
 こういった社交の席は、彼にとっての戦場である。皇帝となることなどに興味はないが、廃嫡される気もない。そのためには、忠誠を高めつつ、不穏な動きをする貴族がいないか、監視しておく必要があるのだった。
 夜会は、まだ始まったばかりだ。だが、今日は昼間にテロや軍事行動があったせいか、どことなく落ち着かない雰囲気が漂っている。
 ひっきりなしに挨拶にやってくる貴族たちに鷹揚に頷きを返しながら、クロヴィスは僅かに眉をひそめた。侍従長が滑るような足取りで自分に近付いて来るのを、視界の端に捉えたからだ。

 ――また厄介ごとか。

 昼間はバトレーの失策で、随分な時間を取られた。この上クロヴィスの裁可が必要な問題が持ち上がるとは、どうやら今日は厄日のようだ。
 しかし、侍従長は、このエリアの軍部を統括する将軍の名前ではなく、クロヴィスにとっては意外な名前を告げた。

「ゴッドバルト辺境伯が至急のお目通りを願っております」
「バトレーを介さずに、私に直接か」

 ゴッドバルト辺境伯は、クロヴィス麾下のナイトメアフレーム隊の隊長だ。貴族でありながら優秀な軍人でもある彼は、上昇指向と野心の強い男だったと記憶している。軍事をバトレー将軍に一任しているクロヴィスとは、特に個人的な交流はない。

「どうしても殿下に直接、と請われておいでです。如何なさいますか」

 暗に追い返しますか、と訊く侍従長に、クロヴィスは首を振った。
 ゴッドバルト辺境伯と言えば、帝国の中でもそれなりの名門だ。理由もなくその願いを無下にすれば、後々に響く。

「よい。控えの間に通せ」

 侍従長は丁寧に礼を取って、また滑るような足取りで広場の外に消えて行く。
 何ごとかあったのかと、好奇心を面に上らせている貴族達を、クロヴィスは眺めわたした。

「私の裁可が必要な案件が出来てしまったようです。主催者の身でここを離れるのは心苦しいのですが、少々席を外すのをお許しください」

 貴族たちは、返事の代わりに一斉に頭を垂れた。



 緋絨毯の敷かれた部屋の中央には、軍服姿の青年将校、ジェレミア・ゴッドバルトが立っていた。彼はクロヴィスが入っていくと、急いで跪き、臣下の礼を取る。

「殿下。この度は急な拝謁をお許し下さり……」
「よい、何ごとだ」

 青年の口上を、クロヴィスは途中で遮った。至急と言って急がせたからには、暢気に挨拶をしている暇などないはずだ。

「は、それが……」

 ジェレミアは顔を上げてクロヴィスの顔を見つめ、言葉を選んでいるような顔になる。クロヴィスは眉を寄せた。

「どうした、言いにくい話か?」
「いえ、何からお話しするべきか……殿下は、故マリアンヌ妃殿下とご交流がおありだったと記憶しておりますが」

 間違いはございませんか、と念を押してくる。無礼を咎めだてすることも忘れて、クロヴィスは、目を瞬かせた。それくらい、ジェレミアの口から出てきたのは意外な人物の名前だった。

「マリアンヌ妃殿下? いいや、間違いではない」
「では、覚えておいででしょうか。七年前、このエリア11に人質として送られた……」

 青年の言わんとすることを察して、クロヴィスは怒気も露に眉を逆立てた。

「お前が言いたいのはルルーシュとナナリーのことか。覚えているかとは、随分と不敬なことを聞く。この地でむざむざと命を落とした義弟と義妹の名前を、この私が忘れていると言いたいのか、お前は!」
「滅相もございません、どうかお許しを。……殿下、ルルーシュ様とナナリー様は、このエリア11で、生きておいでです」

 青年が、懸命な様子で口にした内容に、クロヴィスは言葉を失った。
 マリアンヌ、そしてルルーシュとナナリー。それは、彼にとっては特別な名だった。
 七年前、密かに憧れていた父帝の妃、マリアンヌは暗殺され、彼女の幼い子供達は人質として、当時敵国だったこのエリア11――日本へと送られてしまった。助けてやりたくとも、その頃の自分は何の力も持たず、ルルーシュを可愛がっていた次兄は別のエリアに出ていて不在だった。
 自分に出来たことは、ただ、マリアンヌの冥福を祈り、そして二人の子供達の無事を祈って、ありし日の幸福な三人の姿を絵の中に留めておくことだけで――結局、その数ヶ月後には日本と戦争が起こり、戦渦の中で、二人は永遠に帰らぬ人となってしまった。……その筈だった。だが、確かに、その知らせを受けただけで、骸をこの目で確かめたわけではない。

「あの二人が、生きていた……? それは真の話か、ジェレミア卿」

自失から立ち直ると、クロヴィスはつかみ掛からんばかりに身を乗り出した。

「は。わたくしはマリアンヌさまの警護で、七年前、アリエス宮におりました」

 間違いはございません、と答える青年を、クロヴィスは信じられない気持ちで見下ろした。

「では本当に……二人は生きているというのか。こちらに連れて来ているのか?」

 突然そんな話を聞かされても、直接会って確かめるまでは、到底信じられるものではない。
 すると、目の前に跪く青年将校は、表情を曇らせた。

「いえ。ルルーシュ様は簡単にお動かしできるような状態ではありません」

 ですから取り敢えずご報告に、と続けられて、クロヴィスは眉を上げた。

「足が動かないのはナナリーの方の筈だが?」

 足だけではなく、確か目も見えなくなっていたと聞いている。マリアンヌが暗殺されてから、危険を理由に二人に会うことは禁じられ、日本に旅立つ際も見送りすら許されなかったから、実際にナナリーがどういう状態だったかは、人づてに聞いて知ったのみの話だ。

「はい。ですが……ルルーシュ様は、本日の作戦に巻き込まれたようで、危篤状態だと」

 ジェレミアの言葉を理解するにつれ、クロヴィスの顔から血の気が引いていく。

「馬鹿な……」
「ルルーシュ様を、何卒総督府にて治療する許可をいただきたく存じます。どうか、ご寛恕を」

 そう言って、青年将校が頭を先ほどよりも一層低く垂れるのを、クロヴィスは茫然と眺めた。

「――顔を上げよ」

 ようやく我を取り戻したクロヴィスが命じても、青年は顔を上げない。

「話は分かった。二人に会った上で判断しよう」

 青年が勢い良く顔を上げた。目には抗議の光がある。

「もし本当に、二人がルルーシュとナナリーであるというのなら、私の許可など求めるまでもない」

 むしろ、許可を求めること自体が無礼であるのだと含みを持たせると、青年は再び頭を垂れた。

「ありがとうございます……!」
「お前も、マリアンヌ様に特別な思い入れがあるのか」

 クロヴィスは、ある種の感慨をもって青年伯爵を見下ろす。
 閃光のマリアンヌ。帝国のナイトメアフレーム乗りならば、知らぬ者などない最強の騎士の名。没して七年を経ても、今なおその名前は、軍部に確固とした影響力を誇っているのだろうか。

「あの方をお守りしきれなかったことは、わが生涯の悔いでございます」

 この一見野心家で、抜け目のなさそうな男にも、意外と純粋な一面があるらしい。

「私も、あの二人をこの地で果てさせたことは、一生忘れることはないだろうと思っていた。……二人の許まで案内せよ」
「イエス、ユアハイネス」

 応える青年の声は、涙声のようにも聞こえた。


* * *


 ヴィレッタは、困惑顔で、廊下の先に立つ男を見やった。親衛隊の一隊を従えたその男がやって来たのは、ジェレミアが去ってからしばらくしてのことだ。
 当初は、中の少年に会わせろ、バトレー将軍に逆らうつもりか、などと散々な罵声を浴びせられたが、ヴィレッタたちが上官の命令に忠実に行動した結果、現在は少々距離を置いて監視されるに留まっている。とはいえ、こちらは出口に繋がる通路を抑えられ、閉じ込められたも同然の状態だ。
 ヴィレッタ達が第三皇子の名前を出したのはハッタリにすぎないと、向こうも見破っているようだ。だが、幸運なことに、肝心の総督とまだ連絡が取れていないため、膠着状態に陥っている。しかし、それもいつまで続くかは分からない。総督の名を騙ったことが明らかになったところで、さすがに戦闘に突入することはないだろうが……果たして、この責任は、ジェレミアの首だけで済むのだろうか。

(頭が痛いな……)

 元々、親衛隊の歩行部隊である彼らには、軍の花形であるナイトメアフレーム隊を妬んでいる節がある。ひきずり降ろせる絶交のチャンスを、逃してくれたりしないはずだ。
 この一時間で何度目かもわからない溜め息をつきかけて、廊下の先、こちらを油断無く窺う親衛隊の背後に現われた人影に、ヴィレッタは眉を寄せた。ここには人を寄せ付けないよう、病院には通達済みだ。ジェレミアだろうか。
 しかし、次第に近づいてくる人物の造形に、ヴィレッタは、姿勢を正して敬礼した。視界の端で、率いてきた兵士が、驚愕の表情を顔に貼り付けて同じく敬礼するのが見えた。――どうやら、幻覚ではないらしい。
 近づいてくる豪奢な姿は、このエリア11総督、第三皇子クロヴィス・ラ・ブリタニア。背後にはジェレミアが付き従っている。
 ヴィレッタは皮肉に口の端を歪めた。負傷した少年がよほどの大貴族の子息かという自分の推測は、間違いではなかったようだ。

(……まさか、総督閣下が自ら足を運ぶほどの大物とはな)

 頭の中で、記憶にある限りの大貴族の名をさらう。だが、ランペルージなどという家名はこれまで聞いたこともない。おそらくは偽名か。
 ともあれ、これで、クロヴィスの名前を勝手に出したことについて、自分の責任が追及されることは無いだろう。
 安堵の息を吐くヴィレッタの視界の先では、親衛隊の隊長が異変を察して振り向き、そして絶句している。

「ク、クロヴィス殿下……!?」

 動揺し切った男の声が耳を打つ。男の驚愕は当然のことだ。
 ここは市井の病院で、総督閣下がおでましになるような場所ではない。まして、連れている供は、下がってついて歩くジェレミアと、幾人かの兵士のみ。昼にはテロがあったというのに、無防備にも程がある。

「これは一体、何の騒ぎか!」

 棒立ちになっている親衛隊とナイトメアフレーム隊の双方を見比べて、第三皇子は鋭く一喝した。
親衛隊の面々はそれでようやく我に返ったようだ。慌てて直立不動の姿勢を取って敬礼する。

「こ、これは、クロヴィス殿下、このような場所においでになられるとは……」
「無礼であろう。殿下の御前を遮るつもりか」

男の口上を、総督の背後からの冷然とした声が遮った。クロヴィスのすぐ後を歩くジェレミアだ。
 親衛隊の兵士達もヴィレッタ達も、慌てて廊下の壁に張り付いて頭を垂れる。
 コツ、コツ、という靴音と共に、悠然とクロヴィスは親衛隊の前を通り過ぎる。靴音はヴィレッタの前までやってきて、そして止まった。そっと様子を伺えば、第三皇子は、ヴィレッタの傍ら、病室のドア脇のネームプレートをじっと見つめている。何を思っているのか、その横顔からは窺い知れない。

「ルルーシュ・ランペルージか……」

どこか苦々しげに少年の名前を呟いて、無造作にその部屋に入ろうとする総督に、離れた場所から異議の声が上がった。

「お待ちください! 危険でございます! 中にいるものはテロリストの可能性がございます」

 声の主をみれば、親衛隊の隊長が思い詰めた表情で立っている。その顔に浮かぶのは、焦りと不安だ。
 制止されたクロヴィスは、男を一瞥して眼を細めた。

「お前がそう考える理由は、後で聞く。今は、優先すべきことがある」

 断固とした口調に、男が気圧されたように口を噤む。
 そして、第三皇子は、後について歩く兵士たちを振り返り、制するように言った。

「誰もついてくるな。私一人で中の人物と話がしたい」

 この命令に、ジェレミアが真っ先に頭を垂れた。ヴィレッタは唖然としてそれを眺める。
 このような外の場で、総督を一人にするなどあってはならないことだ。もし何かがあったら、誰がどう責任を取るというのか。
 クロヴィスとジェレミア以外の全員が呆然として動けない中、病室のドアは、第三皇子の姿を飲み込んで、静かに閉まった。


* * *


 病室に入ってまず視界に入ってきた車椅子の背中に、クロヴィスは足を止めた。ごくりと唾を飲み込む。
 ジェレミアの言葉が本当ならば、そこには七年前に会ったきりの、彼の義妹が座っているはずだ。……そして、その向こうの寝台には、義弟が。
 室内は、外の騒然とした様子とは裏腹にひどく静かで、ピッ、ピッ、という規則的な電子音だけが響いている。まるで、別世界に迷い込んだかのようだ。

「本当に……ナナリー、なのか」

 信じられない気持ちで声をかけると、車椅子はゆっくりと回転して、クロヴィスの方を向いた。
 泣きはらして充血した瞳は紫、流れ落ちる髪はプラチナブロンド。憔悴した可憐な顔立ちには、確かに義妹の面影がある。
 いいや、この少女が、誰かに用意された偽物という可能性はないだろうか。瞳の色は無理だが、他は整形でもすれば何とかなる。
 しかし、その疑惑は次の瞬間、呆気なく消し飛ぶ。

「お久しぶりです、クロヴィスお兄様……」

 小鳥がさえずるような優しい声。記憶にあるとおりの、彼の義妹の。

「生きて……生きていたのか……」

 ふらふらと、クロヴィスは車椅子に近寄った。少女の前に膝をついて、視線を合わせる。余人が見たら、我が目を疑う光景だ。ブリタニア帝国第三皇子であるクロヴィスが義務として膝をつかねばならない相手は、皇帝と兄皇子以外にはない。

「一体、どうやって……?」
「アッシュフォード家が、私達を助けてくださったのです」
「アッシュフォードが……」

 クロヴィスはその名前を聞いて得心する。かつてマリアンヌ妃の後見を務めていた貴族の名前だった。彼女の暗殺と共に失脚して、今は爵位を失ってエリア11にいると聞いている。兄妹の冥福を祈るため、という名目だったはずだが、その実、7年間ずっと、兄妹を匿ってきたのか。

「……なぜ知らせてくれなかった? 私だけではない、君たちを心配していた人間が多くいたというのに」

 クロヴィスが責めると、ナナリーは悲しそうに微笑んだ。

「申し訳ありません。それが、お兄様の望みだったのです」
「ルルーシュが……」

 七年前に伝え聞いた父皇帝と義弟のやり取りを思い出して、クロヴィスは沈痛な面持ちになる。
 母を暗殺された彼らを、皇帝は使い捨てにした。皇位継承権を剥奪し、人質として二人を日本に送り、そして彼らを見捨てて日本と開戦に至った。十歳足らずの敵国の皇子が戦乱の中を生き抜くのは並大抵のことではなかったはずだ。まして、足の不自由な妹を抱えてのことである。だから、二人の死亡の報を聞いたとき、それを疑う者は誰もいなかった。

「クロヴィスお兄様……。もし、お兄様と呼ぶことをまだ許していただけるなら……お兄様を……ルルーシュお兄様を、どうかお助け下さい」

 紫の瞳からはらはらと涙を零し、頭を垂れる義妹に、クロヴィスは立ち上がった。ナナリーの向こう――無意識に視線を向けることを避けていた、寝台の上に視線を投げる。
 艶やかな黒髪、白い肌。マリアンヌの面立ちをよく写した秀麗な顔立ちの、彼の義弟が生きて成長していたらそうなっていただろうと思われる姿形の少年が、寝台の上に力無く横たわっている。今は閉ざされている両の瞳は、開けばクロヴィスと同じく美しい紫色で、生き生きとした生意気な光を放っていたはずだ。
 だが、肌は白さを通り過ぎて青白く、目覚める気配はない。彼が瀕死の状態であることは、素人目にも疑いようはなかった。

「何ということだ……」

 思わず呟いたクロヴィスの声の後に、懸命な言葉が続く。

「今更、勝手なお願いだと分かっています。でも、どうか、どうか、お願いします」

 少女が膝の上で祈るように握り締めている小さな細い手は、微かに震えていた。痛ましくそれを見下ろして、クロヴィスは頷く。

「勿論だ。必ず、助けよう。……君たちにまた会えて、嬉しいよ」

 最後に付け足すと、見開かれた紫の瞳に、みるみる涙が盛り上がった。 


* * *


「クロヴィスが?」

 シュナイゼル・エル・ブリタニアは、報告を聞いて、微かに眉を上げた。
 プラチナブロンドの髪に縁取られた、整った顔立ちに浮かぶ表情は穏やかだが、切れ長の紫の瞳は、一切の感情をうかがわせない、怜悧な光をたたえている。背筋が綺麗に伸びた立ち姿は、世界の三分の一を占める神聖ブリタニア帝国第二皇子にして、帝国宰相という要職に相応しく、堂々としていた。
 彼がEUの要人との昼の会食を終え、自分専用の空中戦艦、アヴァロンに戻ってきたところにもたらされたのは、義弟であり第三皇子であるクロヴィスが、緊急の通信を希望しているという知らせだった。
 珍しい相手である。クロヴィスとは、腹違いの兄弟として、また帝国宰相とエリア11総督として、顔を合わせれば会話くらいは交わすが、それくらいしか交流の無い相手だ。直接の通信を希望されたことなど例にない。どうやら、余程の面倒ごとが持ち上がったらしい。
 副官を伴って自室の通信装置の前に座ると、待ちかねたように、画面に緊張した面持ちのクロヴィスの顔が浮かんだ。

「お久しゅうございます、帝国宰相閣下、シュナイゼル義兄上。この度は突然の通信を受けて頂いて……」

 義弟が胸に手を当てて正式な礼を取るのを、シュナイゼルは微笑んで止めた。

「堅苦しい挨拶はいらないよ。一体、何の用だい?君が私に直接連絡をくれるとは珍しいね」

 問われて、クロヴィスは迷うような顔になって口を噤んだ。辺りを憚るように声を落とす。

「畏れながら、他に聞いている者は……」
「カノンだけだよ。彼ならば心配はいらない」

 シュナイゼルが頷くと、では、とクロヴィスは唾を飲み込んで、簡潔に用件を述べた。

「ルルーシュとナナリーを見つけました」

 シュナイゼルは軽く目を瞠る。
 通信画面の中では、彼の義弟が緊張した顔のまま、先を続けている。

「先ほど保護致しましたが、本国に報告する前に、皇帝陛下に義兄上のお口添えをいただきたく」
「保護、ということは二人は生きている、ということかな。俄かには信じがたいね。それが本当ならば、陛下に奏上する前に、私も二人と話をしておきたいが」

 暗に通信に出せと要求すると、クロヴィスは浮かない顔で首を振る。シュナイゼルは首を傾げた。

「どうした?画面に出せないのかな」
「勘違いなさらないでください、義兄上。二人は間違いなく二人です。遺伝子情報も合致しました。ただ……ルルーシュの方は現在重体で、助かるかはまだ不明なのです」

 穏やかでない内容に、シュナイゼルは眉を寄せる。

「本日のテロに巻き込まれたようです。現在総督府に移して医療団に治療に当たらせていますが……」

 クロヴィスの表情を見れば、その先は聞くまでもない。

「そうか……」

 シュナイゼルは嘆息した。両肘を通信机について、手を組む。
 よく、生きていたものだと思う。
 シュナイゼルの中では、ルルーシュが現在重体であるという事実に対する動揺よりも、彼らが侵略戦争を生き延びていたことへの感慨の方が大きかった。
 七年前、父帝の勘気に触れて、敵国に人質として送られた弟妹たち。当時、訃報は一片の疑念もさしはさむ余地の無い事実として宮廷に伝えられた。だからこそ、今日まで捜索もされなかった。帝国内に協力者がいなければ、到底かなうことではない。関与していたのは――。

「アッシュフォード家か」

 考えられる可能性を口に出せば、クロヴィスが頷く。

「そう聞いています」
「なるほど。陛下への口添えの件は分かった。出来る限り努力しよう」
「ありがとうございます」

 明らかにほっとして礼を言う義弟に、シュナイゼルは首を傾げて微笑する。

「それにしても、君がそんなに弟妹思いだったとは知らなかったな」

 すると、クロヴィスは僅かに顔を赤くする。

「チェスに一度も勝てなかったことが心残りだったので」

 いかにもとってつけたような理由だ。シュナイゼルは小さく笑った。
 幼いながらも頭の回転が速く、誇り高かったルルーシュのことは、シュナイゼルも、数多くいる兄弟の中で一番愛していた。

「コーネリアにも私から話をしておくよ」

 ルルーシュとナナリーを気にかけていた義姉の名前を聞いて、クロヴィスは嬉しそうに頷く。マリアンヌ妃を崇敬する武闘派の第二皇女がこの知らせを聞いたら、クロヴィスを怒鳴りつけることは疑いようも無いから、この申し出は渡りに船だろう。

「お願い致します。……ナナリーを通信に出しますか?」
「いや、いい。私が呼び出したばかりに、ルルーシュの最期に立ち会えなかったら、可哀想だからね。そう、私もこれからエリア11に向かうとしよう」

 クロヴィスが驚いたように目を見開く。

「義兄上がわざわざ……?EUとの交渉はよろしいのですか?」
「もうまとまった。それに、ルルーシュは危ないのだろう。何もできない兄だったが……もし逝ってしまうのなら、最後に顔を見ておきたいからね」

 慈愛に溢れた義兄の言葉に、クロヴィスは感じ入ったように姿勢を正す。

「では、義兄上が到着するまでは何をおいても死なせるなと厳命して参ります」
「ああ、頼むよ」

 シュナイゼルが頷くと、第三皇子の優雅な一礼を最後に、通信画面は暗転した。

* * *

 白く瀟洒なドレスを着た優しい面立ちの美少女が、椅子の上で忙しなく瞬く。腰までもあろうかというピンクがかった金髪を左右に小さく結い上げ、紫の瞳には穏やかで上品な光が浮かんでいる。一目で、良家の子女であることが伺える少女だった。

「お姉さま、今、何と?」
「ルルーシュとナナリーが見つかった」

 紫檀の丸テーブルの対面に座って、素っ気無い声で答えるのは、少女よりもやや赤みがかった緩やかに波打つ髪を、結い上げもせずに背中に流した美女だ。こちらはドレスではなく、臙脂色の軍服を着込んでいる。少女とは対照的な、軍人らしい硬質な雰囲気を纏っているのに、どことなく似た印象を人に与えるのは、同母の姉妹という近い血のせいだろう。

「それは、本当に?」

 少女が信じられない様子で念を押すと、美女は頷く。

「宰相閣下よりの知らせだ。エリア11で保護されたらしい」
「では、二人は生きていたのですね……!」

 そう言って、じんわりと瞳に涙を浮かべる少女は、ユーフェミア・リ・ブリタニア。対する美女はコーネリア・リ・ブリタニア。神聖ブリタニア帝国第三皇女と第二皇女である。

「お前は二人と仲が良かったからな……」

 どこか複雑そうに言う姉に、妹は眉を吊り上げる。

「もう、お姉さまったら。こんな嬉しいことなら、早く言ってくださればよろしいのに。では、今はエリア11に向かっているのですね?ああ、あの二人とまた会えるなんて夢みたい……!」

 ここは飛行機の中だ。
 姉が朝早く、それも直接自分を起こしに来た時は何事かと思った。幼い時分ならともかく、姉が成人してからは一度も無かった。支度を急かされ、飛行機に乗せられて、離陸して数分。今に至るまで、一切の事情説明は無かった。その間、ひどく不安な心持だったのだ。
 涙ぐんで喜ぶ妹から、コーネリアは視線を逸らした。

「ナナリーには会えるはずだ」

 その口調に含みを感じて、ユーフェミアは首を傾げる。

「お姉さま?ナナリーには、って……ルルーシュは?」

 沈黙が落ちた。答えを得られるまで、たっぷり数分ほどもかかっただろうか。コーネリアは、ぽつりと呟いた。

「危篤だそうだ。助かるかは、分からない」

 ユーフェミアは、ぽかんと口を開けて姉の横顔を見つめた。その言葉の意味を理解するにつれて、顔から血の気が引いていく。

「そんな……そんな!」
「助かるにせよ、助からないにせよ、お前も会っておきたいだろう。ナナリーも心細いはずだ。力になってやるといい」

 淡々とした姉の言葉が、無慈悲にユーフェミアに現実をつきつける。少女は涙をぽろぽろと零して頷いた。
 幼い日に遊んだ、義兄と義妹。優しかったルルーシュも、お転婆で我がままで、けれど愛らしかったナナリーも、ユーフェミアは大好きだった。彼らが遠い異国の地で死んでしまったのだと聞かされた時は、どれほど悲しかったことだろう。

(ルルーシュ、お願い、生きていて……)

 ――そしてまた、昔のように三人で笑いあいましょう?

 記憶の中の彼に、話しかける。七年前から変わらない姿の少年は、困ったように微笑むだけで、何も答えてはくれなかった。


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