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No.32266の一覧
[0] 機動戦士ガンダムSEED BlumenGarten(完結)[後藤正人](2023/10/28 22:20)
[1] 第1話「コズミック・イラ」[後藤正人](2012/10/12 23:49)
[2] 第2話「G.U.N.D.A.M」[後藤正人](2012/10/13 00:29)
[3] 第3話「赤い瞳の少女」[後藤正人](2012/10/14 00:33)
[4] 第4話「鋭き矛と堅牢な盾」[後藤正人](2012/10/14 00:46)
[5] 第5話「序曲」[後藤正人](2012/10/14 15:26)
[6] 第6話「重なる罪、届かぬ思い」[後藤正人](2012/10/14 15:43)
[7] 第7話「宴のあと」[後藤正人](2012/10/16 09:59)
[8] 第8話「Day After Armageddon」[後藤正人](2014/09/08 22:21)
[9] 第9話「それぞれにできること」[後藤正人](2012/10/17 00:49)
[10] 第10話「低軌道会戦」[後藤正人](2014/09/08 22:21)
[11] 第11話「乾いた大地に、星落ちて」[後藤正人](2012/10/19 00:50)
[12] 第12話「天上の歌姫」[後藤正人](2012/10/20 00:41)
[13] 第13話「王と花」[後藤正人](2012/10/20 22:02)
[14] 第14話「ヴァーリ」[後藤正人](2012/10/22 00:34)
[15] 第15話「災禍の胎動」[後藤正人](2014/09/08 22:20)
[16] 第16話「震える山」[後藤正人](2012/10/23 23:38)
[17] 第17話「月下の狂犬、砂漠の虎」[後藤正人](2014/09/08 22:19)
[18] 第18話「思いを繋げて」[後藤正人](2014/09/08 22:19)
[19] 第19話「舞い降りる悪夢」[後藤正人](2012/10/25 21:56)
[20] 第20話「ニコル」[後藤正人](2014/09/08 22:18)
[21] 第21話「逃れ得ぬ過去」[後藤正人](2012/10/30 22:54)
[22] 第22話「憎しみの連鎖」[後藤正人](2012/10/31 20:17)
[23] 第23話「海原を越えて」[後藤正人](2012/10/31 21:07)
[24] 第24話「ヤラファス祭」[後藤正人](2012/11/01 20:58)
[25] 第25話「別れと別離と」[後藤正人](2012/11/04 18:40)
[26] 第26話「勇敢なる蜉蝣」[後藤正人](2012/11/05 21:06)
[27] 第27話「プレア」[後藤正人](2014/09/08 22:16)
[28] 第28話「夜明けの黄昏」[後藤正人](2014/09/08 22:15)
[29] 第29話「創られた人のため」[後藤正人](2012/11/06 21:05)
[30] 第30話「凍土に青い薔薇が咲く」[後藤正人](2012/11/07 17:04)
[31] 第31話「大地が燃えて、人が死ぬ」[後藤正人](2012/11/10 00:52)
[32] 第32話「アルファにしてオメガ」[後藤正人](2012/11/17 00:34)
[33] 第33話「レコンキスタ」[後藤正人](2012/11/20 21:44)
[34] 第34話「オーブの落日」[後藤正人](2014/09/08 22:13)
[35] 第35話「故郷の空へ」[後藤正人](2012/11/26 22:38)
[36] 第36話「慟哭響く場所」[後藤正人](2012/12/01 22:30)
[37] 第37話「嵐の前に」[後藤正人](2012/12/05 23:06)
[38] 第38話「夢は踊り」[後藤正人](2014/09/08 22:12)
[39] 第39話「火はすべてを焼き尽くす」[後藤正人](2012/12/18 00:48)
[40] 第40話「血のバレンタイン」[後藤正人](2014/09/08 22:11)
[41] 第41話「あなたは生きるべき人だから」[後藤正人](2014/09/08 22:11)
[42] 第42話「アブラムシのカースト」[後藤正人](2014/09/08 22:11)
[43] 第43話「犠牲と対価」[後藤正人](2014/09/08 22:10)
[44] 第44話「ボアズ陥落」[後藤正人](2014/09/08 22:08)
[45] 第45話「たとえどんな明日が来るとして」[後藤正人](2013/04/11 11:16)
[46] 第46話「夢のような悪夢」[後藤正人](2013/04/11 11:54)
[47] 第47話「死神の饗宴」[後藤正人](2014/09/08 22:08)
[48] 第48話「魔王の世界」[後藤正人](2014/09/08 22:08)
[49] 第49話「それが胡蝶の夢だとて」[後藤正人](2014/09/08 22:07)
[50] 第50話「少女たちに花束を」[後藤正人](2014/09/08 22:07)
[51] 幕間「死が2人を分かつまで」[後藤正人](2013/04/11 22:36)
[52] ガンダムSEED BlumenGarten Destiny編[後藤正人](2014/09/08 22:05)
[53] 第1話「静かな戦争」[後藤正人](2014/09/08 22:01)
[54] 第2話「在外コーディネーター」[後藤正人](2014/05/04 20:56)
[55] 第3話「炎の記憶」[後藤正人](2014/09/08 22:01)
[56] 第4話「ミネルヴァ」[後藤正人](2014/06/02 00:49)
[57] 第5話「冬の始まり」[後藤正人](2014/06/16 00:33)
[58] 第6話「戦争の縮図」[後藤正人](2014/06/30 00:37)
[59] 第7話「星の落ちる夜」[後藤正人](2014/07/14 00:56)
[60] 第8話「世界が壊れ出す」[後藤正人](2014/07/27 23:46)
[61] 第9話「戦争と平和」[後藤正人](2014/08/18 01:13)
[62] 第10話「オーブ入港」[後藤正人](2014/09/08 00:20)
[63] 第11話「戦士たち」[後藤正人](2014/09/28 23:42)
[64] 第12話「天なる国」[後藤正人](2014/10/13 00:41)
[65] 第13話「ゲルテンリッター」[後藤正人](2014/10/27 00:56)
[66] 第14話「燃える海」[後藤正人](2014/11/24 01:20)
[67] 第15話「倒すべき敵」[後藤正人](2014/12/07 21:41)
[68] 第16話「魔王と呼ばれた男」[後藤正人](2015/01/01 20:11)
[69] 第17話「鋭い刃」[後藤正人](2016/10/12 22:41)
[70] 第18話「毒と鉄の森」[後藤正人](2016/10/30 15:14)
[71] 第19話「片角の魔女」[後藤正人](2016/11/04 23:47)
[72] 第20話「次の戦いのために」[後藤正人](2016/12/18 12:07)
[73] 第21話「愛国者」[後藤正人](2016/12/31 10:18)
[74] 第22話「花の約束」[小鳥 遊](2017/02/27 11:58)
[75] 第23話「ダーダネルス海峡にて」[後藤正人](2017/04/05 23:35)
[76] 第24話「黄衣の王」[後藤正人](2017/05/13 23:33)
[77] 第25話「かつて見上げた魔王を前に」[後藤正人](2017/05/30 23:21)
[78] 第26話「日の沈む先」[後藤正人](2017/06/02 20:44)
[79] 第27話「海原を抜けて」[後藤正人](2017/06/03 23:39)
[80] 第28話「闇のジェネラル」[後藤正人](2017/06/08 23:38)
[81] 第29話「エインセル・ハンター」[後藤正人](2017/06/20 23:24)
[82] 第30話「前夜」[後藤正人](2017/07/06 22:06)
[83] 第31話「自由と正義の名の下に」[後藤正人](2017/07/03 22:35)
[84] 第32話「戦いの空へ」[後藤正人](2017/07/21 21:34)
[85] 第33話「月に至りて」[後藤正人](2017/09/17 22:20)
[86] 第34話「始まりと終わりの集う場所」[後藤正人](2017/10/02 00:17)
[87] 第35話「今は亡き人のため」[後藤正人](2017/11/12 13:06)
[88] 第36話「光の翼の天使」[後藤正人](2018/05/26 00:09)
[89] 第37話「変わらぬ世界」[後藤正人](2018/06/23 00:03)
[90] 第38話「五日前」[後藤正人](2018/07/11 23:51)
[91] 第39話「今日と明日の狭間」[後藤正人](2018/10/09 22:13)
[92] 第40話「水晶の夜」[後藤正人](2019/06/25 23:49)
[93] 第41話「ヒトラーの尻尾」[後藤正人](2023/10/04 21:48)
[94] 第42話「生命の泉」[後藤正人](2023/10/04 23:54)
[95] 第43話「道」[後藤正人](2023/10/05 23:37)
[96] 第44話「神は我とともにあり」[後藤正人](2023/10/07 12:15)
[97] 第45話「王殺し」[後藤正人](2023/10/12 22:38)
[98] 第46話「名前も知らぬ人のため」[後藤正人](2023/10/14 18:54)
[99] 第47話「明日、生まれてくる子のために」[後藤正人](2023/10/14 18:56)
[100] 第48話「あなたを父と呼びたかった」[後藤正人](2023/10/21 09:09)
[101] 第49話「繋がる思い」[後藤正人](2023/10/21 09:10)
[102] 最終話「人として」[後藤正人](2023/10/28 22:14)
[103] あとがき[後藤正人](2023/10/28 22:17)
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[32266] 第9話「それぞれにできること」
Name: 後藤正人◆ced629ba ID:8a6b0ab7 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/10/17 00:49
 左舷を撃ち抜かれた。ユニウス・セブンで受けたイージスからの攻撃は思いのほか深刻な損害をアーク・エンジェルに与えていた。直撃を受けた箇所には加圧室とカタパルト・ハッチが存在し、主砲が上に格納されていたことも被害を拡大させた。ビームは1撃で艦体を貫通したのである。熱量は上記の施設を瞬く間に焼き払い、主砲に至っては誘爆さえ起こした。
 幸い格納庫への被害は抑えられたが、爆発によって整備士の中から7名の負傷者と3名の死者を出していた。そして、ゼフィランサス・ズールを失ったこと。これらを対価に、アーク・エンジェルはその所属部隊である第8軌道艦隊へと合流することに成功していた。
 第8軌道艦隊旗艦メネラオス。その背景には地球が大きく青い輝きを発している。その隣ではアーク・エンジェルが傷ついた艦体を痛々しくさらしていた。
 メネラオスのブリッジは新鋭艦であるアーク・エンジェルほど少人数で運用できるほど洗練されてはいない。決して広くはない空間に所狭しとモニターが取り付けられ、それぞれオペレーターがその前に座っている。今は客人を向かえ、さらに手狭な印象を受けていた。
 マリュー・ラミアス大尉がアーク・エンジェル艦長としてメネラオスのブリッジを訪れていた。体が自然と緊張し敬礼の姿勢で固まったまま、1人の男性を前にしていた。
 男性はメネラオスの艦長にして第8軌道艦隊の指揮官、マリューをはじめとするアーク・エンジェルの直属の上官であった。口ひげを生やした初老の男性で、しわの寄った顔つきは高圧的でも威圧的でもないが気迫を纏っていた。威厳ある、そんな言葉がなんとも似合う穏健派きっての名将である。
 このハルバートン少将の前では、マリューなどいつも身がすくむ思いがする。もちろん、芳しくない戦果を報告し終えたばかりだということも、その理由の1つである。
 ハルバートン少将は何か考えているように顔をしかめると、それでも早速話に入った。

「ゼフィランサス主任を失ったことは、あまりに大きな損失であることに間違いない」

 敬礼の姿勢を崩さないまま、マリューは肯定の返事をした。それは軍隊式の受け答えであったのだが、ハルバートン少将はこのような形骸化した形式というものを嫌う。敬礼を解くよう、そして、そのような堅苦しい物腰は必要ないと告げた。

「私は君たちに感謝こそすれ、非難するつもりはない。ザフトに制空権を奪われ身動きできない我々に代わってよくここまで新型を運んでくれた。よくやってくれた、ラミアス大尉」

 威厳とは物腰の柔らかさとさえ同居できるほど度量の広いものであるらしい。上官からの労いの言葉に、マリューは安堵以上に認められたことへの達成感が芽生えた。つい敬礼してしまい、ハルバートン少将の苦笑を招いてしまう。気恥ずかしく手をおろす羽目になってしまった。

「だが、まだ終わりではない」

 途端にハルバートン少将が表情を厳しくする。マリューは指示を待つべく、緊張を高める。

「アーク・エンジェルは修理が終了次第、アラスカ本部へと降下、新型を届けてもらいたい」

 アラスカには大西洋連邦の総司令部が存在する。たしかにここへ新型を届けることができれば、一気に量産体制が整う。同時に、本部に新型を持ち込むことで穏健派の影響力を高める絶好の機会となる。メネラオス級に大気圏突入する性能はない。汎用母艦として開発されたアーク・エンジェル級の真価を見せるなら、今ここしかない。
 今度は敬礼しないよう注意する。それは、敬意を示しつつ、決意を表明する方法をマリューは他に知らない。ここでは敢えて、敬礼する。すると、ハルバートン少将も敬礼を返してくれた。




 プラントは12の市より構成されている。最高意志決定権はプラント最高評議会によって担われる。この議会はプラントが実質合衆国制を採用しているため、12市それぞれから選出された議員によって運用されている。12名の議員が公式の会議場にてコーディネーターの総意を定めるのである。
 ひどく天井が高い。12名が余裕をもって座れる円形テーブルが敷地面積の大半を占めている程度の狭い部屋ながら、閉塞感はまるでない。吊り下げられたシャンデリアがその光で日光の下にいるかのような解放感を与えていた。円形テーブルにはそれぞれの議員の前にモニターが埋め込まれている。テーブルの中心は開けており、そこは証言台としても機能する。
 現在は仮面を身につけた白い軍服の男が立たされていた。
 本来、円形のテーブルは議長、副議長と言った要職の違いこそあれ、各議員、ひいては12市が対等であることを示すためのものだ。しかし、証言に立つものにとっては、これが詰問の場とも思えることだろう。12議員があらゆる方向から証言者を取り囲んでいるのだから。
 今回の証言者、ラウ・ル・クルーゼは軍隊式の厳粛な姿勢こそ崩さないが、緊張した様子は見受けられない。議員の方がかえってどう話を切りだしていいものかと思案している様子であった。
 議題は民間コロニー・ヘリオポリス破壊の件について。ザフト軍とは関係の遠いプラント穏健派議員からはこの男を戦争犯罪の被告人として召喚すべきとの意見もあった。それは地球連合との戦争継続を望むプラント急進派によって握りつぶされている。大西洋連邦が二派に分かれていることと同じように、プラント最高評議会でも戦争継続か和平模索かで割れていた。そして、急進的な意見が優勢であることも等しい。
 急進派議員は5名。穏健派議員は4名。両者の勢力は偏りを見せているとはいえ大差ない。その緩衝地帯であるかのように、証言者への質問が遅れていた。まず手を上げたのは、どちらにも属していない中道派の議員だった。
 波立つ長い髪をしているが男性である。髪には白髪が混じり、顔のしわは深い。ただ、この容貌は老いを強調するよりも、この人物の厳格さを示していた。タッド・エルスマン議員。フェブラリウス市選出の議員である。中立の立場こそ守りながらも穏健派よりの意見をすることで知られている。

「証言と関係のないことで悪いのだが、仮面は外せんのかね?」

 ラウがタッド議員へと向き直る。手を仮面に当てはしたが、それは外すためではなく、少々位置を直しただけだった。

「以前戦闘で醜い顔になりました。また、この仮面の有無が証言の正当性を脅かすものとは考えません」

 タッド議員とて仮面を外すことを望んではいなかったらしい。あっさりと質問をやめ、他の議員に発言を譲った。それを引き継いだのはアイリーン・カナーバ議員。タッド議員同様波立つ髪をしているが、こちらは女性である。大人の女性を形容するには不適切かもしれないが、利発な印象を受ける強い眼差しをしている。
 穏健派を率いるプラント最高評議会議長の片腕として知られるやり手である。

「戦争にもルールと礼儀というものがあります。民間人の虐殺など軍人の倫理にもとる行いと捉えざるを得ません。そのことを、クルーゼ隊長はどのようにお考えですか?」

 今度はアイリーン議員の方へと、ラウは振り向いた。質問の内容がどうであれ、その程度のことで変化は見られない。

「その質問の仕方はお止めいただきたい。私は被告としてではなく、事実確認の証人として参ったにすぎません」

 ザフトの行為がいきすぎたものだと判断さえれば世論は穏健派に傾く。そのために、アイリーン議員はこの機会を逃すことはできないと考えていた。

「しかし、貴君の指揮した戦闘行為によって、民間人だけで死者、行方不明者合わせて500名を越す惨事を招いた……」

 そして、急進派も同様に、この事件を最大限に利用するつもりであることは共通している。突然立ち上がったのはパトリック・ザラ副議長である。厳つい顔をさらに険しくしその剣幕たるやすべての議員の耳目を一身に集めながら揺るがぬほどである。

「勘違いも甚だしい! 今問題にすべきはこの男の処分などではない。プラント存亡に関わる大事なのだ!」

 議員各のモニターへと、ヘリオポリスでの作戦の映像資料が映し出される。この画像に関しては、三派の態度は一致していた。誰もが驚愕に目を見開き、モニターから視線を外そうとしない。
 そこにはガンダムと呼ばれる大西洋連邦の新型がその姿をさらしていた。
 ガンダムは、ザフト軍の主力であるZGMF-1017ジンの攻撃力をことごとく無効にした。
 ガンダムは、ただの一撃で艦砲並の攻撃力を有し、ジンを、コロニーを破壊した。
 映像が続くさなか、パトリック副議長の言葉は続く。

「ガンダムの堅牢性は異常以外の何者でもない。このような装甲が量産されたと仮定していただきたい。こちらの戦力ではどうにもならない軍勢が押し寄せることになる。その結果はどうだ!?」

 まさに無敵の軍団だろう。物資、人的資源に劣るプラントではひとたまりもない。

「ではガンダムの攻撃力は如何か! この力をナチュラルどもがあまねく手に入れた日には、我々に安息の日は永遠に訪れることはない」

 国土のすべてが脆弱なコロニーであるプラントは脅かすには、ただ1機のガンダムがあれば十分であることを意味する。

「私はこの男を、ラウ・ル・クルーゼを讃えたい。この危機に誰よりも早く気づき、行動をもって我らに警鐘を鳴らしたのだからな!」

 もはやパトリック副議長の独壇場であった。居並ぶ穏健派議員は言葉もない。そして、パトリック・ザラはまだ隠し玉を用意していた。

「そして、これもこの男の成果だ。このガンダムの開発者は今や我らの手にある」

 ラウが通ってきた証言場への道。それは円形テーブルの一角を切り崩して会議場の外にまで続いている。高く、軽い音が響いた。高い音は固い、ブーツのような靴音。軽い音は足音の主の体重の軽さ。闇から紡いだドレスを身に纏い、くすみのない雪がその化粧。先見の明持つ者が神より盗み出した宝と同じ色をした瞳。天からの光を、もっとも強く受ける部屋の中央へと少女は歩みでた。

「ゼフィランサス・ズールと申します……」

 スカートをつまみ上げ最上の礼を持って、少女はプラント最高評議会の場で名乗り上げた。




 プラント最高評議会の会議場はプラントの要人がすべて訪れる場所と言っても言い過ぎにはならない。会議場どころか、その建物自体に入ることさえ難しい。ところが、アスラン・ザラとニコル・アマルフィはそろって施設へ入ることを許されていた。それは2人がエリートの証である赤い軍服を身につけているからではない。ラウ隊長が議会に召喚されているからでもなかった。
 アスラン、それにニコルは議員の父を持つ。最高権力者の子息には警備も手薄になる。2人の目的は、大きく分けて2つ。父に会うことと、ディアッカ・エルスマンの私物を家族に手渡すためだった。
 ディアッカの父親も議員として会議に参加していているのだ。
 会議場の出口は1カ所しかない。そこは開けたロビーになっており、両脇に小さなテーブルがおかれていた。アスランとニコルは出口から見て右側に腰掛けていた。テーブルの上にはディアッカの私物を詰めた箱が置かれている。これが互いの視線を遮るせいか、会話は弾まない。話し出してもすぐに途切れてしまう。
 そのたびに、アスランは時計に目をやった。
 証人としてクルーゼ隊長とゼフィランサスが入って行ってからずいぶん時間が経つ。そろそろ出てきてもいい頃ではないか。

「クルーゼ隊長は大丈夫でしょうか……?」

 一瞬、何を言われているのかわからなかった。ただ、考えてみれば何のことはない。新型であるガンダムを取り逃がしたことで責任を問われるのではないかと心配しているのだ。この後輩はアスランにはできないくらいに他人を気遣うことができる。つい考え込んでしまった自分がおかしくて、たまらず笑ってしまった。
 このことを自分が笑われたのだと勘違いしたのだろう。ニコルが怒り出す。もっとも、この少年ほど怒りという感情が似合わない人も珍しい。決して本気で人を非難するものでもなければ、一言お詫びするだけで許してくれるからだ。

「すまない、そんなつもりじゃなかったんだ」

 この一言だけで、ニコルは柔和な様子に戻る。

「クルーゼ隊長なら心配いらないさ。戦争被告人として裁かれることもないだろう。それに、ゼフィランサスを連れてきた功績は決して小さくない」

 何の気なしに言った一言だった。それが、ずいぶんとニコルの心に引っかかったらしい。不安げな顔をした。それは彼なりの訝しがっている顔である。

「ゼフィランサスさんは一体どんな人なんですか……? いくらコーディネーターでも技術者としては若すぎます。それにその、顔があの人とよく似ているようにも思えます……」

 ガンダムの開発者だと言って欲しい訳ではないだろう。あの人が誰を指すのかも見当がつく。アスランは悩んだ。それは、明かすか否かという段階のものではなく、どこまで話してもいいかということに対してだった。妙に目が乾いた気がして、瞬きを故意につく。それだけのことでも、話しだす決意を固めるには十分なこともある。

「これから話すことは、決して他言しないで欲しい」

 ニコルが吹聴して回るとは正直考えていない。それでも口止めせざるを得ないほど、ことは大事だった。彼が頷くのを待ってから話を始めた。

「彼女たちはヴァーリ。一言で片づけるならクローンだ」

 遺伝子操作が当たり前のプラントでもクローンを、遺伝子を複製された人間を作ることは建前では禁止されている。違和感があるのだろう。ニコルの顔が強ばり、緊張したことがわかった。

「一つの胚を複製して、複製された胚それぞれに別々の遺伝子調整が施された。その結果、顔は同じでも髪や瞳の色、能力が違う姉妹が生まれた」

 それがヴァーリと呼ばれている姉妹たち。ゼフィランサスはその末妹に当たる。

「ニコルはまだ顔を見たことはないかも知れないけど、ジャスミンも、ジャスミン・ジュリエッタもその1人だ」

 このことには本当に驚かされたらしい。同僚である少女がそのような生い立ちだと知らず、気づかず過ごしてきたことの反動だろう。ニコルはずいぶん悲しい顔をして黙り込んでしまった。ジャスミンは絶えずバイザーで目元を覆っているため、顔を知らないのは無理もないことなのだが。
 しばらくして、ニコルが疑問を絞り出したことと、会議終了のサイレンが鳴ったのはちょうど重なった。

「一体、誰が何のためにそんなことを……」

 会議が終わった。そのことを告げるサイレンにニコルの言葉はかき消された。そんな風を装ってアスランは席を立った。会議場へ続く入り口へと歩くと、ニコルが箱を抱えてあとからついてきた。
 目的の議員にいつ会えるかはわからない。会議終了後、議員は各派閥で集まって情報交換をすることが通例だからだ。すぐに出てくるとも考えにくい。わかっていることは、それでも決して遅くはないだろうということだ。目的の議員は中道派に属している。中道派は派閥というより両派に属さない議員をひとまとめにしたもので、所属する3名の議員はそれぞれ孤立している。そんな中道派が最初に出てくるだろうという予想があった。
 その予想は想像以上の形で的中した。
 重苦しい扉を開いて、最初に姿を見せたのはタッド・エルスマン議員。中道派の議員にして、ディアッカ・エルスマンの父親である。この親子は、正直なところ、あまり似ていない。タッド議員は息子と違い褐色の肌はしていないし、厳格な顔つきをしたディアッカは想像もできない。
 会うこと自体初めてのことだが、そんな印象は顔を合わせたことでより強いものとなった。箱を持つニコルはともかく、アスランは敬礼した。ここには議員の子息としてではなく、同僚の私物を家族に返却する軍人として来ている。
 タッド議員は足を止め、こちらを見た。息子が行方知れずになっているというのに、ひどく落ち着いた様子が印象深い。

「アスラン・ザラ、及びニコル・アマルフィ。子息ディアッカ・エルスマンの私物の返却に参りました」

 ニコルがそっと箱を手渡すと、タッド議員は静かに受け取った。手が空いたことでニコルもまた、アスランの横で敬礼した。

「ディアッカは戦闘中に行方不明になりました。でも、状況から考えて生存している可能性は十分にあります」

 気休めはいらない。それは決して強がりではなく、タッド議員は本当に息子の行方がわからないという事実をただ受け止めているようだった。

「そうか。ありがとう」

 そんな短い言葉を残して、タッド議員は箱を抱えたまま歩き去った。
 タッド議員を見送った後、2名の中道派議員が2人の前を通り過ぎて、4名の急進派議員が通った。急進派議員の中にはアスランに対して会釈さえする者もいた。
 アスランは2つの意味で顔をしかめた。1つはパトリック・ザラの息子だから急進派議員はアスランに会釈をしたのだ。そして、アスランと父の関係は一言で片づけられるものではない。
 扉が開かれて、姿を見せたのはクルーゼ隊長だった。ニコルが話しかけようとするが、クルーゼ隊長は先に扉を抑える姿勢を見せた。
 開かれた扉から、パトリック副議長が姿を現し、そのすぐ後ろにゼフィランサスが付き従っていた。ゼフィランサスは関心を示さなかったが、パトリック副議長はアスランを一瞥はした。
 その隙を逃さず、アスランは話しかけた。

「パトリック・ザラ副議長……」

 話しかける。こうでもしなければ足を止めてもらえなかっただろう。

「アスランか、話は聞いている。励んでおるようだな」

 表情は厳しいままで、父は議員としての顔を崩そうとはしない。

「だが、お前ならばより大きな戦果を得られるはずだ。お前はそういう存在なのだからな」

 パトリック副議長はそうとだけ言い残して、歩きだした。ラウ隊長も、そしてゼフィランサスもその後に続く。その姿を目で追いながら、アスランは自然と気持ちが沈んだ。父に相手にしてもらえなかった。そのことに加え、父であるパトリック・ザラがゼフィランサスを利用しようとしていることがわかっているからだ。
 今頃になってキラ・ヤマトの言葉が突き刺さってくる。ゼフィランサスを利用する者は許さない。そんな声が今にも聞こえてきそうな気さえした。
 父と隊長、そしてゼフィランサスの後ろ姿を見送ってからも、気づかぬうちに呆然としていたらしい。いつの間にか、穏健派議員が会釈なしにアスランの前を通り抜けていた。穏健派2人目の議員が通った時のことだった。ニコルがその議員へと駆け寄った。
 議員の名はユーリ・アマルフィ議員。国防委員を兼任するニコルの父親である。
 会議では穏健派にとって思わしい結果が出なかったのだろう。難しい顔をしていたが、ニコルの姿を見るなりユーリ議員は笑顔を取り戻した。
 ニコルと同じ癖のついた髪質が特徴の中年男性で、アスランとも面識がある。父親同士は対立する派閥にあるが、アスランが挨拶すると、返事を返してくれる。
 パトリック副議長は急進派の国防委員長。ユーリ議員は穏健派の国防委員。同じ委員会に勤める者として、戦争が激化し、派閥に分かれる以前には両家に交流があった。
 アスランにとって、ユーリ議員は初めて知った普通の父親であった。端から見ていても、ユーリ議員がどれだけ息子を気遣っているかがよくわかる。

「なにやら大変な事態に巻き込まれたみたいだが、怪我はしていないみたいようだね」

 ニコルはおどけて敬礼してみせた。笑顔でする敬礼など、この時初めて見た。ユーリ議員にしても、たどたどしい動きで敬礼し返した。

「時間はとれるのかい? それなら一度家に戻ろう。ロミナもお前に会いたがってる」

 ユーリ議員の妻、ニコルの母のことだ。とても優しく、温かい人で、ニコルの性格は母親譲りなのだと思える。ニコルも会いたいはずだ。しかし、それは叶いそうにない。

「いえ、本国には一時的に帰投したにすぎません。すぐにでも追撃に戻らないと」

 ユーリ議員はやはり笑顔を曇らせた。そのままの表情でニコルを抱きしめた。

「お前にはすまないと思っている。私に力がないばかりに、お前のような若者を戦場に送らなければならない」

 国防委員からは4名が最高評議会に参加している。その内3名は急進派であり、唯一穏健派として活動するユーリ議員を戦う覚悟のない臆病者とそしる風潮もある。息子であるニコルが戦場に出ることは、そんな父へのいわれのない非難をかわすことにも繋がっている。
 そんな、息子を危険な目に遭わせなければならない自身をユーリ議員は責めているのだろう。ニコルは優しく父の背中を撫でた。

「この作戦が一段落すれば、お休みが取れます。そしたら帰ってきます。その時は、またピアノを聴いてください」

 生物学的な父が曖昧なアスランにとって、この親子の様子は何とも不思議でしかし価値のあるものであるのだとは理解していた。




 アーク・エンジェルには捕虜を監禁する専門の施設は用意されていない。しかし、軍規に反した軍人に反省を促す懲罰房は存在している。ベッドが部屋の半分をしめるような狭い部屋で扉は無論、外側からしか鍵をかけられずいつも閉じられている。
 現在は例外的に開放されていた。
 ベッドには1人の男が座り、もう1人の男は室内で立っていた。さらに扉の縁に背をつけて男が立っていた。この部屋には合計3人の男がいる。
 立っている1人はずいぶんと背が高く、また年齢も残り2人よりも高い。ムウ・ラ・フラガ大尉である。ムウ大尉は扉にもたれかかっている男に注意を向けているようだった。扉の方では腕を組んで、キラ・ヤマト軍曹が話に耳を傾けていた。その額には包帯が巻かれている。

「いいか、お前は防御や回避よりも攻撃を優先し過ぎる。攻撃されると同時に反撃できる技能は褒めてもいいが、機体にダメージをためすぎる」

 手振りだけでムウはキラの戦い方を再現していた。右手の人差し指で左の掌をつく。同時に、左指は右人差し指に突き立てられていた。

「こんな戦い方をしてるから上位の相手には押し負けるんだよ」

 ラウ・ル・クルーゼとの戦いは1歩差の敗北であった。しかし、その戦いを何度しても1歩差で負けるだろうということを、キラは理解していた。

「でも少しでも攻撃して敵の数を減らさないとかえって不利になることがあります。少なくとも、僕はそうして生き延びてきました」

 ムウは首を振る。

「攻撃するなと言ってるわけじゃない。回避してから攻撃しろって言ってるんだ」

 口で言うだけなら簡単だろう。キラはそんな反感も相まって、表情は晴れない。若者特有の反骨精神というより自信の現れのとしてムウの言葉を聞き流そうとしていた。ムウもそれには気付いているのだろう。嘆息するほかなかった。そして、もう1人ため息をついた男がいた。
 男はベッドに座っている。キラやムウのように軍服を身に着けてはいない。白無垢の簡単な衣類だけである。この男、ディアッカ・エルスマンは捕虜として連れてこられたザフト兵である。ため息の理由は捕虜の尋問に来たはずの2人が、ディアッカに名前を聞いただけですぐに互いの戦術論をぶつけ合っているからである。もう一度ため息をついてから、ディアッカは不満を口にした。

「俺が言う事じゃないかもしれねえけど、……尋問はいいのか?」
「ディアッカ、だったな。俺は艦長殿より捕虜からできうる限りの情報を聞き出せと仰せつかっている。だが、優秀なザフト兵である君がそうそう情報を明かしたりもしないだろう。すぐに諦めましたじゃあ、怖い艦長殿は許してくれない。否応なしに一応頑張りましたってことを見せなきゃならない。そのためには時間はかけたと言っとけばいい。だが、時間を無駄にしたくもない。だから、今のうちに坊主と話を詰めておきたい。わかるか?」

 ディアッカは大げさではないが、それでも大きなため息をついた。ムウはかまわずキラとの会話を再会する。

「伝説的な技術がある。聞いたことはないか?」

 キラもディアッカも反応を示すことはない。

「敵に最も速く接近するためにはどうすればいいか。簡単だ。一直線に全速力で突っ込めばいい。だが、必死な敵さんは攻撃してくる。速く近づきたいが、痛いのは嫌だ。そんな時どうする?」

 相変わらず答えない少年2人に、ムウはいたずらっぽく笑う。

「これも簡単だ。敵の攻撃をミリ単位で見切ってかわせばいい。そうれば限りなく直線に近い動きで敵機に接近できる」
「机上の空論だな。できるはずがない」

 これはディアッカの指摘である。キラは、以前より真剣な眼差しでムウを見ていた。人間の格闘技においてもミリ単位で見切るなど達人の域に達する。それを巨大なモビル・スーツや重戦闘機で行うとすればどれほどの技能が要求されるかわからない。

「もしできるとしたらどうだ? モビル・スーツのように格闘戦で絶大な威力を発揮する機体がこんなことをしてのけたとしたらどうなると思う?」

 ムウは指を鳴らした。その音は極めて大きく、この話の雰囲気と良く合う。ディアッカにとっては、その誇張され加減が。キラには、その戦法が持つ意味の大きさが。

「ハウンズ・オブ・ティンダロス。俺はこの技を体得している人間を、少なくとも3人知ってる」




「スカイグラスパー?」

 作務衣に油で汚れた手袋。髪留めではまどろこしいとバンダナを額に巻いた。無論、化粧など論外だ。技術屋の正装をその出で立ちとしてナタル・バジルールは格納庫に吊り下げられた重戦闘機を見上げていた。
 翼を持つ明らかな大気圏内用の機体である。白と青で塗装され、配色はGAT-X105ストライクガンダムと似ているように思える。要するに、視認性など度外視した実験機ということだ。これが2機並んでいる。
 ナタルのすぐ横に立つコジロー・マードック主任が髪を書きながら答えた。

「へえ、いや、はい。ラタトスク社が押しつけてきたもんでアーク・エンジェルを体のいい宅配便にしたいんだじゃないですかね?」
「実戦には?」
「ちょっと手を入れればすぐにでも使えるようになりますよ。あの会社、実験機の方が量産機よりも強いってことがざらですからね」

 ガンダムなどその最たるものであろう。同じラタトスク社製のメビウスもその試作機であるはずのメビウス・ゼロの方が高性能である事実もあるのだ。ラタトスク社としてもアーク・エンジェルが無事アラスカに降りられれば試作機を送り届けることができる。仮に地上で交戦することになっても新兵器の実験ができるくらいに考えているのだろう。

「余計なものを……」

 ラタトスク社としてもアーク・エンジェルがストライクを頼りにここまでたどりついたことでよい宣伝になったことだろう。軍需産業の手の上で踊らされているようで腹が立つが、如何ともしがたい。今の大西洋連邦、そしてアーク・エンジェルにはガンダムが必要なのだ。
 ナタルは歩き出すことにした。格納庫にハンガーで固定されたストライクの修復はまだ完全には完了していない。

「シャトルかなんかで新型だけでも先に降ろすとかできないんですかね?」
「ザフトも警戒していることでしょう。ザフト地上軍の制空権が広大な中、戦闘能力を持たない大型シャトル単体での降下は撃墜の危険がどうしても拭えない」

 最悪撃墜されて終わりだ。
 さっさとストライクだけでも降ろしてしまいたい、そんな気持ちは理解できる。しかしザフトも最後の意地を見せてくることが考えられた。ユニウス・セブンの戦闘で中破したストライクの修復。コジローのくたびれた姿からその苦労はうかがい知れる。だが、まだまだ苦労してもることになるだろう。

「ストライクの修復状況は?」
「いかれてたフレームを取り替え終わったところです。正直ぼろぼろでパーツをかなり喰われました」

 ストライクにはすでに整備士がとりついている。マードック主任の言葉通りフレームこそ形を取り戻しているようだが、まだ完璧にはほど遠い。特に頭部周りは複雑な配線と高級センサーの取り扱いから難儀させられそうだ。
 歩いた分だけストライクに近づく。よりストライクの頭部の惨状が目に付くようになる。整備士の一人が絶妙なタイミングで設計図を手渡してきた。西暦からC.Eに変わって70年が経つというのにこのような現場ではいまだに紙が重宝される。決して故障しない。そんな言葉の魅力が痛いほどよくわかっている人の群だからだろうか。
 設計図には子どもがクレヨンで殴り描いたように幾本もの線が混沌とのたうっている。ゼフィランサス・ズール主任なら作業の進捗さえ把握した上で完璧な指示を送っていたのだが。

(こんなこと主任でなければ不可能ではないのか……?)

 設計図から顔を上げると、頭部の周囲に張り付いている整備士たちがナタルの指示を待っていた。

「主任がいないとこうも大変だとはな……」

 覚悟の決め時だろう。格納庫の奥をふと見やると、アーク・エンジェルの修復に奔走している別の班の様子が見える。

「あちらの修復班とは競争だな。マードック主任、不眠不休とまではいかないが、まだこれからが正念場となりそうだ」
「そうそう、デュエルの修復もだいたい終わりました。OSやアプリやらのの確認、後でお願いします」

 作業に取りかかろう。そう一歩を踏み出したところで、ナタルは早速足がとまった。

「ゼフィランサス主任……」

 どんな複雑なプログラムでも感覚として把握し、バグを取り払う少女がいたことを、ナタルは思い出していた。




「軍人になるなんておかしいですよ、フレイさん」
「どうしようと私の勝手でしょ」

 こんなやりとりを頭の中で反芻して、アイリス・インディアはブリッジのハッチをくぐり抜けた。ヘリポリスで1度だけ足を踏み入れたアーク・エンジェルのブリッジはひどく閑散としていた。癖の強い髪をした若い男性が手に持つ資料から顔を上げて人の良さそうな顔を見せた。

「民間人の立ち入りは禁止だよ」

 見たことくらいはあるかもしれない。アーク・エンジェルの軍人で、でも誰かなんてわからない。焦る気持ちと整わない呼吸はアイリスから名前を尋ねる、そんなありふれた選択肢さえ奪っていた。

「あの……」
「ダリダ・ローラハ・チャンドラⅡ世」
「ダリダさん、そのフレイさんが軍人になるって!」
「ああ、志願兵としてね。……聞かされてなかったのかい?」

 驚いた時人は同じ顔をする。目を開いて、瞳孔を広げて。きっと、フレイが志願したと聞かされたアイリスも同じ顔をしていたのだろう。

「やめさせてもらうこととかできませんか?」
「いや、私は担当者じゃないから……」

 まだ若い人で階級--階級章の見方なんてわからない--も低い人なのだろう。話は何だか要領を得ないで頼りない。

「ナタルさんは、ナタルさんはどこですか?」
「格納庫で急ピッチで作業にあたってる。よほどのことじゃないと連絡は……」
「アーノルドさんていますよね。アーノルド・ノイマンさん!」
「いや、あいつは医務室の方に。ユニウス・セブンの出撃で搭乗機が撃墜されて……」

 メビウス・ゼロにムウ・ラ・フラガ大尉の代わりに搭乗していて時間稼ぎをしていた。そんなアイリスは知らないし、今知ってもどうしようもない情報をわざわざ教えてくれる。

「ジャッキーさんに会わせてください!」

 これで、アイリスが面識のある軍人さんの名前を全部挙げてしまった。そろそろ息が整ってもいい頃なのに、なかなか動悸が収まらない。
 ダリダはなかなか話し出してくれない。こちらは焦っているのに。

「あいつは……、ユニウス・セブンで戦死しました。ブリッツを攻撃する班で、ミストレルじゃジンから逃げ切れなくて……」

 だからどうでもいい。一つの事実として、アイリスはローラハの言葉の半分は聞こえていなかった。きっとまだ何かつけくわえているのだろう。その言葉を無視するように、アイリスは言葉をしぼりだす、ただそれだけのことに喉を酷使することを強いられた。

「私は……、どうすればいいんですか? フレイさん、ちょっと自棄になってるだけなんです!」
「しかしすでに志願は受け付けられている。私ではどうにも……」

 そう、どうしようもないことなんてわかってる。何かしようとしてもできることなんてないことも。ブリッジの扉が開く音がした。もしかしたら誰か知っている人かもしれない。何分の一かの期待で振り向いて、神様のいたずらを呪った。

「フレイさん……」

 白い上着にタイト・スカート。ナタルが身につけていたのと同じ軍服を身につけたフレイがアイリスの横を通り過ぎた。ローラハの前にまで来るとまるで見せつけるように敬礼の姿勢をとった。

「敬礼って、これでいいんでしょうか?」
「ああ、うん。少し足が開いてるから力を入れて、後、指はそろえてまっすぐ伸ばせばいいと思うよ」
「フレイさん!」

 特に何でもない。フレイの横顔はそんな顔をしている。感情がこもらない、そんな人の顔はこうも冷たく見えるものだろうか。ゼフィランサスは努めて感情を表に出さないようにしていただけだとしても、今のフレイは無理矢理押し殺していた。

「ここは民間人は立ち入り禁止だって。早く出てったら?」

 もう振り向いてもくれない。
 胸にそのままのし掛かってくるような重さに息ができなくなる。実際はかすかに肺は呼吸を続けていて、その分だけ息苦しさが実感となってアイリスの言葉を詰まらせた。
 また扉の開く音がした。もう、期待することはやめてしまうと振り向く必要がない。

「フレイ! 軍人になるって……」

 声からわかる。サイ・アーガイルだ。フレイに詰め寄ろうとしてその軍服姿に唖然としたのだろう。何かの間違いであってほしい。そんな期待を一息に吹き飛ばされる気持ちなら、今のアイリスには理解できた。
 足音はまだほかにもしていた。きっと仲間たちがそろっているのだろう。

「今なら志願取り消しもできるかもしれない。友達も心配している。君は本当にそれでいいのかい?」
「別に私が死んでも困る人なんていませんから」
「フレイ……!」

 アイリスの脇を抜けてフレイに詰め寄ろうとしていたサイを、フレイは睨みつけるだけで拒絶する。鋭い眼差しにサイは明らかにたじろいでそれ以上近づけない。

「あんたたちはとっとと家族のところに帰ればいいでしょ!」
「ちょっとフレイ、そんな言い方!」

 ミリアリア・ハウの言葉にも、フレイは鼻で笑ったように哄笑を作る。アイリスを含めた女子3人でいる時には、恋人であるトール・ケーニヒとの関係を相談するミリアリアに呆れることはあっても一度だって馬鹿にしたような顔なんてすることはなかった。

「いいよね、あんたたちは。パパもママも無事で。それで私の何がわかるって言うの? 私の悲しみなんてわかってもない癖に! お願いだからやめて。私のことわかったふりして同情するの!」

 帰るところがないから、迷惑をかける人がいないから軍人になる。そんなことはどう考えてもおかしい。軍人になる真っ当な理由なんてアイリスには想像もつかない。それでもおかしいことだけはわかる。
 わかるからとめたくて、とめられないことも理解していた。自分の境遇を盾にするならその盾を外してみせる。

「ダリダさん! 私も志願します」

 手を挙げた。仲間たちが驚く中、ダリダはある意味ではさすがに軍人である。驚くよりも先に現状の把握を優先しようとする。

「だから私は担当者じゃ……」
「じゃあ担当の人、呼んできてください!」

 煮えきらない態度の軍人をアイリスは手でブリッジの外へと押しだそうとする。
 家族がいないということならアイリスも同じだ。他の仲間たちにはできなくてもアイリスなら軍人になることができる。フレイと同じ状況になることができる。そうすればフレイもきっと話を聞いてくれる。

「同情で死ぬつもり?」
「フレイ、いい加減に……!」

 動いたのはサイだった。フレイにわからせようと今度は怯むことなくフレイに歩み寄るとその肩を強く掴んだ。力では男性の方が強い。フレイの体は揺さぶられてその胸元から、黒い塊が宙を漂った。
 始めは何かわからなかった。拳ほどの大きさで、筒状のものにグリップがついていた。フレイがサイの手を強引にふりほどいてそれを上着の下にしまいこむ。その直後に、それが何かわかった。
 拳銃である。
 
「フレイさん、そんなの、一体どこで……?」
「どこだっていいでしょ!」

 仲間たちを突き飛ばす勢いでブリッジを離れようとするフレイを誰もとめることはできなかった。




 化粧などすでに拭い、身につけている服はつなぎの作務衣。格納庫脇にいくつも並べられた寝袋の中で、ナタルは目を閉じていた。突然アラームが鳴り始める。警報ではない。ありふれた目覚まし時計の音である。
 すると、寝袋の芋虫たちが一斉に起きあがった。即座に腕時計を確認するナタル。

「よし! 2日で2時間。上出来だ!」

 休んでいる時間はない。整備士たちが作業に戻り始める中、ナタルもまた足早にストライクを目指す。




 射撃訓練場に銃声が幾度となく響きわたる。人型のスコア・ボードの頭及び胸の部分に穴が開いてしまうほどの弾痕が見られた。銃声がやむ。キラが銃に新たなカートリッジを差し込むまでの間、射撃場は静寂に包まれた。
 そして新たな銃声。ボードの額に新たな穴が開く。

「思ったより集弾率が悪いな。これだから粗製乱造の量産品は」

 この銃は大西洋連邦軍に所属する際に支給されたもの。銃の構造は200年前からそんなに大きく変わっていない。ケースレス弾に低反動。低重力下で使用されることを想定した改良こそされているが、キラにはどうしてもオートマチックが手に馴染まない。リボルバーに比べて引き金が軽いせいだ。
 次に放った一撃は狙った箇所よりもやや上にずれた。リボルバーに慣れた指が力を込めすぎてしまうことが原因だ。射撃ではいつもアスラン・ザラに及ばなかった。やはりキラには殴り合いが似合っているらしい。

「ハウンズ・オブ・ティンダロス……」

 大尉の言っていた技術は理論上は可能だ。直進できれば最速で接近できる。反撃を必要最小限の動きでかわせば接近軌道は直線に限りなく近くなる。生身でさえそのような見切りは達人の境地だ。モビル・スーツで実践するとなると誤差が10倍にも跳ね上がる体で敵の攻撃をみきる必要がある。人間業で可能なのか。この言葉はキラにとってより大きな意味を持つ。

「ゼフィランサス。僕は必ず君を取り戻す」




 船医の許可がおり、久しぶりのブリッジでまず話しかけてきたのはローラハ伍長であった。ローラハ伍長はアーノルドの額に巻かれた包帯と腕をかばうような仕草を気にかけているようである。

「アーノルド少尉、もう動けるのかい?」
「ああ、心配かけてすまない」

 しばらくベッドの住民であったが、ブリッジは特に大きな変化を見せていない、はずだった。
 だが、クルーたちの中に鮮やかな桃色の髪を見つけた時、その衣服が軍服に変わっている事実をアーノルドの目は目敏く認識した。懇親会では戦いの服など着ていなかった。

「インディアさん……」
「アイリスでいいです。まだ二等兵ですから」

 いつもは首の後ろでまとめているだけの髪を今は三つ編みに束ねている。少しでも動き易さを重視してのことだろうか。詳しい事情を訪ねるまもなく、ブリッジの扉が開く鋭い音がした。姿を現したのはラミアス艦長と、そのすぐ後ろの少年兵。

「新しい志願兵を紹介します。サイ・アーガイル二等兵」

 艦長に促され、少年兵はたどたどしいながらも敬礼の構えをする。

「はい。サイ・アーガイルです。若輩者ですがご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」




 第8軌道艦隊の船団が並ぶ光景が徐々に遠ざかっていく。
 オーブ首長国を目指して降下を開始したシャトルの窓には2人の少年少女の顔があった。トール・ケーニヒ。ミリアリア・ハウである。
 2人は大艦隊の中にそれでも目立つ純白の戦艦を、その姿が見えなくなるまで眺め続けていた。
 宇宙は静かに、アーク・エンジェルとシャトルとを隔てていた。




 プラントの国防を担い、兵器研究からザフトの指揮権を有する部署である。パトリック・ザラ最高評議会副議長が委員長を兼任し、委員会からはパトリック副議長を含め4名の議員が選出されている。地球連合との戦争が長引くにつれてプラント市民の支持を獲得し、その影響力と資金力が年々の増加している部署である。
 国防委員会委員長室とはまさにプラントの力が束ねられる中枢ともいえる場所だった。だが、そこに血なまぐささはない。硝煙の香がすることもなかった。前線の兵が感じる死とも恐怖とも無縁の場所だった。そんな場所が、一体誰を死地に送るのか、どれだけのナチュラルに死を強いるのかを定めるのである。
 天井は通常と同程度の高さしかない。しかし、面積は50平方mはあろうかという広さがある。1つしかない扉から離れた位置に机一式が置かれている。だがそれだけで、他に調度品の類はない。天井には証明が均等に並べられているが、一部しか灯されていない。扉から机にいたる道と、机そのものを照らしているだけである。
 光の道には仮面の男を従えた漆黒の姫君が、光の照らす机にはいかめしい顔をしたこの部屋の主が鎮座していた。
 パトリックは少女を眺めていた。淡い光の中で、少女はその赤い瞳をそらそうとしない。

「ナチュラル共に与する同志がガンダムを作った。それがヴァーリだと知ったとき、私は笑ったよ」

 表情は変わらない。ただ口が動いて少女の声がした。

「お笑いになった……?」

 副議長は笑っているつもりなのだろう。しかし、その表情からいかめしさは消えてはおらず、不敵とも高圧的ともいえる笑みになっている。

「失われたズールが敵に捕らわれながらも兵器の開発を続け、そしてその技術を今もってわれらのために使ってくれるというのだ。腹が立つより、いじらしいではないか」

 今度は、ゼフィランサスからの返事はない。かまわずパトリックは続けた。

「君の生み出したガンダムだが、ビームにフェイズシフト・アーマー、実に素晴らしい。ガンダムとは、この2つの力によって定義付けられる最強のモビル・スーツの名称となることだろう」

 すると、ゼフィランサスは右手をまっすぐにパトリックへと伸ばした。単に呼びかけるための仕草にすぎないのだが、まるで、呪文でも唱えるかのような雰囲気がある。

「いいえ……。私はガンダムに3つの力を与えました……。ビームというすべてを貫く矛と……、フェイズシフト・アーマーという強固な盾……。それに心を……」

 心。
 この言葉の意味をパトリックは理解しなかった。だが、そんなことをおくびにも出すことはない。国防委員長としての威厳を崩さないまま、あくまでも偉丈夫であることを固持して声を張り上げる。

「その力を、今度はプラントのために造りたまえ!」

 大げさな手振りであった。パトリックはいつもこのように敵を萎縮させ、味方を鼓舞してきた。だが、ゼフィランサスは静かに、その言葉を受け止めるだけであった。

「ガンダムを造ればいいの……?」
「誰がガンダムを造れと言ったかね? ガンダムを超える機体を……」

 反対にゼフィランサスの仕草は小さなものだった。ほんの一歩机に近づく。

「いいえ……。私が造るのはガンダム……」

 何であれ、ナチュラルよりも優れた機体を生み出せるのであればそれで構わない。パトリックは嗜虐的な笑みを形作る。ナチュラルどもが頼りにしていた力がナチュラルどもを駆逐する。その抹殺すべき対象の中には白亜の戦艦も含まれているのだ。
 パトリックの意向に従いかつての仲間たちを害することも辞さない。コーディネーターの力はプラントのためになければならない。悪魔に魂を売った魔女を神の威光の下に取り戻した。高潔な司祭のような愉悦を、パトリック・ザラ国防委員長は味わっていた。


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