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No.32266の一覧
[0] 機動戦士ガンダムSEED BlumenGarten(完結)[後藤正人](2023/10/28 22:20)
[1] 第1話「コズミック・イラ」[後藤正人](2012/10/12 23:49)
[2] 第2話「G.U.N.D.A.M」[後藤正人](2012/10/13 00:29)
[3] 第3話「赤い瞳の少女」[後藤正人](2012/10/14 00:33)
[4] 第4話「鋭き矛と堅牢な盾」[後藤正人](2012/10/14 00:46)
[5] 第5話「序曲」[後藤正人](2012/10/14 15:26)
[6] 第6話「重なる罪、届かぬ思い」[後藤正人](2012/10/14 15:43)
[7] 第7話「宴のあと」[後藤正人](2012/10/16 09:59)
[8] 第8話「Day After Armageddon」[後藤正人](2014/09/08 22:21)
[9] 第9話「それぞれにできること」[後藤正人](2012/10/17 00:49)
[10] 第10話「低軌道会戦」[後藤正人](2014/09/08 22:21)
[11] 第11話「乾いた大地に、星落ちて」[後藤正人](2012/10/19 00:50)
[12] 第12話「天上の歌姫」[後藤正人](2012/10/20 00:41)
[13] 第13話「王と花」[後藤正人](2012/10/20 22:02)
[14] 第14話「ヴァーリ」[後藤正人](2012/10/22 00:34)
[15] 第15話「災禍の胎動」[後藤正人](2014/09/08 22:20)
[16] 第16話「震える山」[後藤正人](2012/10/23 23:38)
[17] 第17話「月下の狂犬、砂漠の虎」[後藤正人](2014/09/08 22:19)
[18] 第18話「思いを繋げて」[後藤正人](2014/09/08 22:19)
[19] 第19話「舞い降りる悪夢」[後藤正人](2012/10/25 21:56)
[20] 第20話「ニコル」[後藤正人](2014/09/08 22:18)
[21] 第21話「逃れ得ぬ過去」[後藤正人](2012/10/30 22:54)
[22] 第22話「憎しみの連鎖」[後藤正人](2012/10/31 20:17)
[23] 第23話「海原を越えて」[後藤正人](2012/10/31 21:07)
[24] 第24話「ヤラファス祭」[後藤正人](2012/11/01 20:58)
[25] 第25話「別れと別離と」[後藤正人](2012/11/04 18:40)
[26] 第26話「勇敢なる蜉蝣」[後藤正人](2012/11/05 21:06)
[27] 第27話「プレア」[後藤正人](2014/09/08 22:16)
[28] 第28話「夜明けの黄昏」[後藤正人](2014/09/08 22:15)
[29] 第29話「創られた人のため」[後藤正人](2012/11/06 21:05)
[30] 第30話「凍土に青い薔薇が咲く」[後藤正人](2012/11/07 17:04)
[31] 第31話「大地が燃えて、人が死ぬ」[後藤正人](2012/11/10 00:52)
[32] 第32話「アルファにしてオメガ」[後藤正人](2012/11/17 00:34)
[33] 第33話「レコンキスタ」[後藤正人](2012/11/20 21:44)
[34] 第34話「オーブの落日」[後藤正人](2014/09/08 22:13)
[35] 第35話「故郷の空へ」[後藤正人](2012/11/26 22:38)
[36] 第36話「慟哭響く場所」[後藤正人](2012/12/01 22:30)
[37] 第37話「嵐の前に」[後藤正人](2012/12/05 23:06)
[38] 第38話「夢は踊り」[後藤正人](2014/09/08 22:12)
[39] 第39話「火はすべてを焼き尽くす」[後藤正人](2012/12/18 00:48)
[40] 第40話「血のバレンタイン」[後藤正人](2014/09/08 22:11)
[41] 第41話「あなたは生きるべき人だから」[後藤正人](2014/09/08 22:11)
[42] 第42話「アブラムシのカースト」[後藤正人](2014/09/08 22:11)
[43] 第43話「犠牲と対価」[後藤正人](2014/09/08 22:10)
[44] 第44話「ボアズ陥落」[後藤正人](2014/09/08 22:08)
[45] 第45話「たとえどんな明日が来るとして」[後藤正人](2013/04/11 11:16)
[46] 第46話「夢のような悪夢」[後藤正人](2013/04/11 11:54)
[47] 第47話「死神の饗宴」[後藤正人](2014/09/08 22:08)
[48] 第48話「魔王の世界」[後藤正人](2014/09/08 22:08)
[49] 第49話「それが胡蝶の夢だとて」[後藤正人](2014/09/08 22:07)
[50] 第50話「少女たちに花束を」[後藤正人](2014/09/08 22:07)
[51] 幕間「死が2人を分かつまで」[後藤正人](2013/04/11 22:36)
[52] ガンダムSEED BlumenGarten Destiny編[後藤正人](2014/09/08 22:05)
[53] 第1話「静かな戦争」[後藤正人](2014/09/08 22:01)
[54] 第2話「在外コーディネーター」[後藤正人](2014/05/04 20:56)
[55] 第3話「炎の記憶」[後藤正人](2014/09/08 22:01)
[56] 第4話「ミネルヴァ」[後藤正人](2014/06/02 00:49)
[57] 第5話「冬の始まり」[後藤正人](2014/06/16 00:33)
[58] 第6話「戦争の縮図」[後藤正人](2014/06/30 00:37)
[59] 第7話「星の落ちる夜」[後藤正人](2014/07/14 00:56)
[60] 第8話「世界が壊れ出す」[後藤正人](2014/07/27 23:46)
[61] 第9話「戦争と平和」[後藤正人](2014/08/18 01:13)
[62] 第10話「オーブ入港」[後藤正人](2014/09/08 00:20)
[63] 第11話「戦士たち」[後藤正人](2014/09/28 23:42)
[64] 第12話「天なる国」[後藤正人](2014/10/13 00:41)
[65] 第13話「ゲルテンリッター」[後藤正人](2014/10/27 00:56)
[66] 第14話「燃える海」[後藤正人](2014/11/24 01:20)
[67] 第15話「倒すべき敵」[後藤正人](2014/12/07 21:41)
[68] 第16話「魔王と呼ばれた男」[後藤正人](2015/01/01 20:11)
[69] 第17話「鋭い刃」[後藤正人](2016/10/12 22:41)
[70] 第18話「毒と鉄の森」[後藤正人](2016/10/30 15:14)
[71] 第19話「片角の魔女」[後藤正人](2016/11/04 23:47)
[72] 第20話「次の戦いのために」[後藤正人](2016/12/18 12:07)
[73] 第21話「愛国者」[後藤正人](2016/12/31 10:18)
[74] 第22話「花の約束」[小鳥 遊](2017/02/27 11:58)
[75] 第23話「ダーダネルス海峡にて」[後藤正人](2017/04/05 23:35)
[76] 第24話「黄衣の王」[後藤正人](2017/05/13 23:33)
[77] 第25話「かつて見上げた魔王を前に」[後藤正人](2017/05/30 23:21)
[78] 第26話「日の沈む先」[後藤正人](2017/06/02 20:44)
[79] 第27話「海原を抜けて」[後藤正人](2017/06/03 23:39)
[80] 第28話「闇のジェネラル」[後藤正人](2017/06/08 23:38)
[81] 第29話「エインセル・ハンター」[後藤正人](2017/06/20 23:24)
[82] 第30話「前夜」[後藤正人](2017/07/06 22:06)
[83] 第31話「自由と正義の名の下に」[後藤正人](2017/07/03 22:35)
[84] 第32話「戦いの空へ」[後藤正人](2017/07/21 21:34)
[85] 第33話「月に至りて」[後藤正人](2017/09/17 22:20)
[86] 第34話「始まりと終わりの集う場所」[後藤正人](2017/10/02 00:17)
[87] 第35話「今は亡き人のため」[後藤正人](2017/11/12 13:06)
[88] 第36話「光の翼の天使」[後藤正人](2018/05/26 00:09)
[89] 第37話「変わらぬ世界」[後藤正人](2018/06/23 00:03)
[90] 第38話「五日前」[後藤正人](2018/07/11 23:51)
[91] 第39話「今日と明日の狭間」[後藤正人](2018/10/09 22:13)
[92] 第40話「水晶の夜」[後藤正人](2019/06/25 23:49)
[93] 第41話「ヒトラーの尻尾」[後藤正人](2023/10/04 21:48)
[94] 第42話「生命の泉」[後藤正人](2023/10/04 23:54)
[95] 第43話「道」[後藤正人](2023/10/05 23:37)
[96] 第44話「神は我とともにあり」[後藤正人](2023/10/07 12:15)
[97] 第45話「王殺し」[後藤正人](2023/10/12 22:38)
[98] 第46話「名前も知らぬ人のため」[後藤正人](2023/10/14 18:54)
[99] 第47話「明日、生まれてくる子のために」[後藤正人](2023/10/14 18:56)
[100] 第48話「あなたを父と呼びたかった」[後藤正人](2023/10/21 09:09)
[101] 第49話「繋がる思い」[後藤正人](2023/10/21 09:10)
[102] 最終話「人として」[後藤正人](2023/10/28 22:14)
[103] あとがき[後藤正人](2023/10/28 22:17)
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[32266] 第37話「変わらぬ世界」
Name: 後藤正人◆f2c6a3d8 ID:c129d3c1 前を表示する / 次を表示する
Date: 2018/06/23 00:03
 月に黄金の雪が降った。
 撃墜されたフォイエリヒガンダムの砕けた装甲がいくつもの破片となってゆっくりと降り注ぎ、雪の景観を演出しているのである。
 そんな雪景色の中、天使が降り立った。月面の砂をわずかに吹き上げ着地する天使は光の翼をたたみ、まばゆい光の鎧はまた漆黒のそれへと戻っていた。それは勝者の出で立ちではなく、立つことがやっとなほど疲れ果てているようにさえ思われた。
 そんなメルクールランペのコクピットの中、再びヘルメットを外したシン・アスカは涙を流していた。
 それをのぞき込むのはメルクールランペの心、水銀燈だ。

「泣き止んだと思ったらまた泣くの?」

「いろんなもの、いっぺんになくしたんだぞ……」

 母の仇であり、乗り越えなければならない相手でもあるとともに同じ境遇をともにし、過去の自分でもあるとともに目標とも言える相手だった。シンにとってエインセル・ハンターとの関係を一言で言い表すことはとても現実的でないように思われた。だからこそ、シン自身、自分がどうして泣いているのか、明確な説明はできないのかもしれない。
 水銀燈には、不可思議な人間の一面に見えているのだろうか。

「なら殺さなければよかっただけでしょ?」

「あの人はプラントを撃つ気なんてなかった。でも、撃たない気もなかったんだ……。他に方法なんてなかったんだよ……」

 シン自身、まだプラントが無事であることは確認していない。しかし作戦が終わったことは誰も目にも明らかだった。先ほどまでは激しい戦闘が行われていた。だが、現在は小康状態に入り、地球軍の撤収に伴い戦いは次第に沈静化していた。
 戦いは終わったのだ。
 ただ、そのことに何の意味があるだろう。
 黄金の雪の下に新たに舞い降りた者がいる。白く塗装されたウィンダム、ヒメノカリス・ホテルの機体だ。不時着も同然の荒々しい着地で月の砂をまき散らすと、着陸後は打って変わって膝をついたまましばらく動こうとさえしなかった。モビル・スーツの無骨な手が、それでも少女がそうするかのように黄金混じりの砂をすくい上げる。黄金の砂はエインセル・ハンターの死、その象徴である。

「どうして……?」

 シンには、それが聞き間違いではないかと思えるほど弱くか細い声に聞こえた。声がヒメノカリスのものであると確信が持てないほどに。
 そして続く声もまた、白薔薇の少女のものとは思えないものだった。

「どうしてあなたは奪っていくの……? 私から……! すべてを!」

 冷淡な少女、ヒメノカリスからは想像できないほどに激昂し、憎悪に満ちた声がした。
 ウィンダムが動く。スラスターを機体に負荷が生じるほどにまで全開にし、バック・パックのウイングから抜きはなったビーム・サーベルを勢いそのままにメルクールランペへと叩きつける。
 メルクールランペは即座に大剣を構え、その腹で攻撃を受け止めた。

「やめてくれヒメノカリス! 俺は君と戦いたくなんてないんだ!」

 そんな言葉でとまるはずもなく、ウィンダムは両手、左右、2本のビーム・サーベルをがむしゃらに振り下ろし続ける。その姿はだだをこねる子どもというよりは、傷の痛みにのたうつ猛獣だろう。
 攻撃は激しく、だが、それをしてもシンにはフォイエリヒガンダムほど苛烈なものには感じられなかったはずだ。怒りに冷静さを欠いた攻撃がガンダムに通用するはずもなかった。
 メルクールランペは一瞬の隙を突いて相手の懐へと飛び込むと、その大剣でウィンダムの両腕をまとめて切断する。その斬撃は勢い余り右足まで巻き込んだことで、この白いカスタム機は叩きつけられるように月面に倒れ、そのまま動かなくなった。

「ヒメノカリス……」

 まだ涙の残る瞳でシンは自分が命を奪った男、その娘の姿を求めて倒れた機体を見つめていた。




 ユグドラシルを巡る戦いはザフトの勝利に終わった。
 プラント本国を狙った照射は屈折コロニーを外れ、宇宙の彼方へと過ぎ去っていったのである。いつ撃たれるのかと怯えていた市民たちは恐怖からの解放感を味わい、撃たせまいと戦っていた戦士たちは誇らしげに胸を張った。
 しかし、それがギルバート・デュランダル議長の演説会場ともなると話は変わる。誰もがただ議長のお言葉を待っていた。同時に、指でつつく程度でも弾けてしまいそうな高揚感が会場中から感じられる。
 壇上に立ったデュランダル議長はただ一言述べるに留めた。

「まずは言わせて欲しい。おめでとう、君たちの勝利だ」

 その途端だ。会場は興奮のるつぼとなった。人々が一斉に歓声を上げ、激情に任せて放り上げられた帽子が宙を舞う。抱き合い喜びを顕す人々、あふれる涙を隠そうとせずに声を張り上げる人、誰もが魔王の死を、プラントの勝利を祝福していた。
 この様子を映し出していたテレビは、次に街の様子を映す。

「正義はなされた! 正義はなされた!」

 ほとんど半狂乱になって叫びながら行進する人々の様子はパレードというより、どこか暴徒じみて感じられる。それほど興奮している様が見て取れた。
 そんな人々を紹介する若手の女性レポーターもまた、満面の笑みを浮かべている。

「ご覧下さい。街は喜びにあふれかえっています。我らが強壮なるザフト軍は要塞を失うものの月面基地への決死の作戦を敢行、みごとエインセル・ハンターを討ち取りました。街の人の意見も聞いてみたいと思います」

 テレビに映り込んだのは、明らかに一般人だった。

「とにかく嬉しいです。これで地球の土人どもも目を覚ましてくれると思います。平和のため戦い抜いてくれたザフトの皆さん、本当にありがとうございました」

 これで一通りプラント国内の様子は確認できただろうか。それはわからないが、少なくともこの映像をミネルヴァのレスト・ルームで見ていた3人のパイロット、シンたちはテレビから目を離した。
 3人は一つのソファーに腰掛けているが、それは三日月型に弧を描いており話をするには申し分なかった。左端に座っているヴィーノ・デュプレが右端のレイ・ザ・バレルの顔を楽に見ることができるほどだ。

「エインセル・ハンターを倒したって言っても、なんか、実感わきませんよね……? これで本当に戦争が終わるのかって……」

「実感などそもそもないだろうな。魔王の死の影響はおそらく限定的だろう。彼はすでにブルー・コスモスの代表ではなくその影響力にしても間接的と言っていい。エインセル・ハンターはあくまでも指導者の1人に過ぎず、彼を失ったところで大西洋連邦さえスタンスを変える理由にはならんだろう」

「でも、エインセル・ハンターに地球の人たちはだまされてるって」

「それはプラント国内だけの事実だ。地球での反プラント感情は根強くまた苛烈だ。無理もない。エイプリルフール・クライシスでは10億、ジェネシスの照射では比較的プラント寄りだった国家さえ標的とした大量虐殺を企てた。そして、フィンブルの落着だ。地球の政治家の中には戦争継続を疑問視する意見もあるようだが、それも戦争が不経済であるという合理的な理由によるものだ。少なくともプラントの被害者面を許す地球人はまずいないことだろう」

「でもデュランダル議長は戦争は終わるって言ってますよ。それ、嘘ってことですか?」

「嘘だ」

 はっきりと断言するレイの前に、ヴィーノはわかりやすく口を開いた。普段から表情が大きな少年だが、今の様子はまさに開いた口が塞がらない、と言ったところだろう。

「たしかに議長は支持率が5割を超えている。だが、同時に彼を呼吸するように嘘をつく人物だと毛嫌いする人もプラント国内には一定数存在する。それでも政権が盤石なのは政権の内外に対抗馬不在ということもあるが、何よりも彼が国粋主義者であるということが大きいだろう」

 ヴィーノは思わず周囲を見回した。ミネルヴァのクルーの中にも熱心なデュランダル支持派がいることを知っていたからだ。もっとも、クルーの多くは食堂での簡単な祝賀パーティに集まっており人通りは極端にまばらだった。レイはそれを知っていたのか、あるいはそもそも気にしていないのか、まったく意に介した様子は見せていないが。

「ここからの話は私見になるが、彼は裸の王様と言える」

 テレビには見計らったかのようにデュランダル議長の姿がある。無論、裸どころか従来に比べスタイリッシュなデザインの制服を着こなしている。テレビ映り、見栄えを意識した何とも絵になる男である。

「彼が右翼勢力に支持されていることに疑いはないが、左翼にしろ右翼にしろ、極論に走る人間は自己中心的な人間が多い。どの国、勢力にもいい面もあれば悪い面もある。自分に都合の悪い情報から目をそらすことが自然とできる人間のみが、極論に陥ることができるからだ。彼らはそれを指導者にも適用する。その指導者の都合のいい面だけを捉え、勝手に理想の指導者だと思い込む。つまりデュランダル議長が国粋主義者であるということただそれだけで右寄りの人間は彼を理想的な人物と捉え、支持できる人物だから支持するのではなく、支持するから支持するようになる」

 レイは、ある種のプレビシットだと付け加えたが、ヴィーノはまだよくわかっていない様子である。首を傾げるばかりの部下に、レイは少々苦笑しながらも話を続けていた。

「俺は、そんな都合のいい頭の持ち主は国、地域、民族を問わず2割から3割存在するように考えている。仮にエインセル・ハンターの死によっても戦争が終わらなかったと糾弾されたとしよう。それで支持率が急落しても3割をある種のラインとして踏みとどまることだろう」

 まだ辛うじて政権を維持できる程度の支持率は残る。このレイの予想が正しいのであれば、デュランダル政権の嘘が露呈し支持率が急落したところで政権が方針転換を強いられることはないことになる。

「議長はまさに裸の王だ。ありもしない衣装を、それでも万民に豪華な装いだと言わせるほどの力がある。地球側は戦争をやめようとはしないだろう。魔王を倒し世界に光が戻る、そんなファンタジーはあり得ない」

 だからこそ、戦争は続く、続いていく。

「変わらんよ、何もな」

 レイとヴィーノの間で、シンはただ静かに、魔王と偽りの王の話に耳を傾けていた。その手に握られたプロジェクターは何の反応も示さず、シンを主と認めたはずのアリスはその姿を現さない。
 しかし、そんなシンもつい顔を上げる必要に駆られた。表現はしにくいが、雰囲気が変わったことがはっきりとわかったからだ。
 元々、人通りは少ない。しかし、人が急に足を止めた音、足取りが乱れた音、時には息をのむ声さえ聞こえてきた。そしてそれは着実にシンたちへと近づいていた。
 見ると、それは何のことはなく、ただ少女が一人、歩いているだけだった。
 波立つ桃色の長髪に青い瞳。傷病者が着せられる飾り気ない白衣も純白のワンピースかのように見せている。こんな軍艦ではなくて穏やかな湖畔を麦わら帽子で歩いている方が似合っていることだろう。しかもその顔はラクス・クラインと同じときている。すれ違う人がことごとく信じられないものを見た様子で足を止めたのも仕方の無いことだろう。
 シンは思わず立ちあがりヒメノカリスの前に立ったものの、それで何かしようと考えていた訳ではないらしかった。ただ気まずそうに落ち着きのない表情のままだった。乏しい表情のままのヒメノカリスとはどこか対照的に思われる。
 もっとも、レイは一切動揺を見せないままソファーに座っているばかりだった。

「もういいのか?」

「そう何度も寝てられない」

「シンがお前を連れてきた時は焦らされた。地球軍のパイロット・スーツ姿のお前をどう誤魔化そうかとな」

 ヴィーノとてレイがグラディス艦長にヒメノカリスの受け入れについて話していたことは知っている。その際、パイロット・スーツが破損して地球軍の物を借用したと説得したこともだ。

「た、隊長、知ってるんですか?」

「お前もオーブで会ったはずだが、さすがにエインセル・ハンターの娘だとまでは知らんか?」

 そして、ヴィーノはシンがエインセル・ハンターを討ち取ったことも知っている。思わず磁石入りのブーツを床から離してしまったヴィーノは危うく天井へ向けて投げ出されそうになったところを、辛うじてソファーを掴むことで踏みとどまった。これではヴィーノがヒメノカリスの仇のようである。
 とうのシンは戸惑っているとはいえ、ヒメノカリスの前に立っていたが。

「その……、ヒメノカリス……」

 何も言い出せないシン。その頬を、ヒメノカリスは無言のままはたいた。

「今はこれですませてあげる……」

 どれほど人の機微に疎い人間であったとしてもわかることだろう。ヒメノカリスは怒っているのだと。目を少々細めただけ、それだけでヒメノカリスはシンを底冷えさせるような鋭い眼差しを送った。
 シンは無論のこと、ヴィーノでさえ全身を固くする中、レイだけがどこか楽しげであった。

「案内しよう。艦長に話は通しておいたが、幸か不幸かこの艦は万年人手不足でな。ルナマリアが使っていた部屋が開いている。プラントまで使うといい」




 第四次カーペンタリア攻防戦は、月でプラントが国家存続の危機をかけて戦っていたとほぼ同じ時期にひっそりと行われていた。確かに、オーストラリア大陸から太平洋をうかがうことのできるカーペンタリア基地はザフト地上軍最大の拠点であり、要所であることにかわりない。しかし、プラント国民の多くはギルバート・デュランダル議長の演説で示される月面での戦いにばかり気をとられていたのかもしれない。
 戦いは、やはりひっそりと終わっていた。
 結果は痛み分けである。あるいは、地球側の戦術的な勝利か。ザフト軍は基地の防衛に成功したものの、貴重な戦力を減らし、ボズゴロフ級潜水艦にも損害を受けた。攻撃を受ける度、カーペンタリア基地からの補給は滞ることになる。地球各地の地上軍に物資を十分に送れずにいた。
 そのためか基地に勝利の喜びはなく、プラント本国とはどこか対照的にも思えた。
 基地のドッグにボズゴロフ級が停泊している。開かれたハッチから左腕を切り落とされたセイバーガンダムがハンガーごと運び出されている様を見ているのは、整備などごく限られた人物だけ。戦い、傷ついた戦士を出迎える熱狂した民衆の姿はここにはない。ただ、このセイバーのパイロットは、ハイネ・ヴェステンフルスは傷の治療へと向かう愛機を見送っていた。
 邪魔にはならないよう離れた位置で、ハイネはまだパイロット・スーツ姿のままだ。つなぎ姿が多いドッグではやや目立つと言えるが、それも横に並んだ女医の姿には負けるだろう。どこかの貴族か、あるいは奇術師のような出で立ちなのだから。

「苦戦させられたようだな」

 ハイネは横目で相手が乗艦の軍医であるロンド・ミナ・サハクであることを確認する。

「毎度のことだろ。しかし、白鯨はいないと思ってたんだがな」

「うん?」

「エインセル・ハンターだ。奴は月で死んだんだろ? それなら奴の飼い犬たちが地球に残ってる理由がないと思ったんだよ」

 セイバーガンダムの左腕は白鯨の異名を持つファントム・ペイン、ジェーン・ヒューストンに切り落とされたものだ。並の相手であればこのような失態は見せなかった、そう、ハイネは悔しさをにじませているのだろう。
 ミナは小さく笑う。もしかするとつい負け惜しみをしてしまう少年を微笑ましく思ったからかもしれない。

「なるほど、それは確かに奇妙な話だな」

「まあ、エインセル・ハンターに人望がなかったってことだろ」

「飼い犬と呼んだのは君だろう」

 揚げ足をとられ思わず言葉を詰まらせるハイネであるが、ミナはどこか楽しげであった。ハイネにとって、この一風変わった医師は初対面の頃からこうであったが。
 すでにセイバーガンダムは運び出され、ハイネとしても邪魔になる位置ではないと言ってもこうドッグのど真ん中に立ち尽くしている気はなかったのだろう。歩き出そうとして体を傾けた時だった。

「君は少々変わっているな。君くらいならユニウス・セブン世代ではないのか? しかし君はあまりコーディネーターの理想を口にしないな」

 急に話しかけられて戸惑いがあったのだろう。ハイネはとりあえず立ち止まったくらいの様子だ。

「他の奴らは違うのか?」

「着任したての若者は特に顕著だな。デュランダル政権の支持者も多い」

 しかし、ミナの口からは具体的なことを語ろうとしない。いつものミナにしてはまどろっこしいようにさえ思えたのだろう。ハイネは息を強めに吐くとミナへと向き直った。

「お袋がナチュラルだ。こうも近くにナチュラルがいるとどうしてもな、コーディネーターが無条件にナチュラルよりも優れてるって宣伝文句には乗っかりきれなくなるだけだ」

 まさかクーデターを目論んでいて、仲間に引き込むことができるか探られていたとまでハイネも考えてはいないだろう。ただ、今のプラントではデュランダル政権を批判することを反プラント的と捉え非難する風潮があることもまた知っている。
 もっとも、そんなことをこのミナ医師が気にしているのかは、ハイネにも疑問だったが。

「それで、あんたたちはどうなんだ? なんて言うか、暑苦しい本国連中とは違う感じだな」

 事実、人目はあっても人通りはない場所とはいえ、ミナは周囲の様子を確認しようとはしなかった。

「私が地球に降りてからそろそろ4年になる。そこまで長く暮らしていれば地球に友人ができもする。感覚の違いというものにはやはり驚かされる。たとえば地球では、ナチュラル、コーディネーターの申告義務を課している国はないそうだ」

「しかしプラントでは……」

「そうだ。プラントでは入学、就職などことあるごとに証明書の提出を求められ、学校や企業はコーディネーターを優先的に採用している。それも当然だろう。コーディネーターの方が能力的に優れている以上、コーディネーターを採用すれば能力や適性をわざわざ確認する必要はないのだからな」

 コーディネーターはナチュラルよりも優れている。どうせ試験をしたところで結果は分かりきっている。それならば応募者にナチュラルか、コーディネーターであるのか明らかにさせた上、コーディネーターを優先的に採用すれば効率的ということになる。
 ハイネが疑問に感じたのもそんなところなのだろう。地球ではなぜ、わざわざ決まり切ったことを確認する手間を挟むのだろうかと。

「だが、それはある種の矛盾ではないか? 優れた人物を優遇することと、コーディネーターを優遇することは近いようで違う。結局は特定の人種、民族を優遇していることと変わらないからだ。地球からは、この制度はレイシズムにさえ見えているようだ」

「ひねくれた見方だな。コーディネーター優遇は単なる結果だろ? コーディネーターだから優遇されているんじゃない。優遇されるのがコーディネーターだったってだけじゃないのか?」

「君もコーディネーター用OSなどの与太話を信じている口か?」

 耳にしたことはある。そう、ハイネは口にしたが、それがどのようなものであるのかまでははっきりしなかったのだろう。その声は小さなものだった。
 プラント国内では、モビル・スーツを操縦できるのはコーディネーターだけであり、ナチュラル用のOSが開発されるまでナチュラルは操縦できなかったためモビル・スーツの開発が遅れたとする考えが一般的と言えた。ハイネの戸惑いは当たり前のことにわざわざ疑問を呈する意味がわからないためだろう。
 ミナは最初から今まで、前を向いていた。すでにセイバーは運び出され、そこには何もないはずなのだが。

「そんなOS、少し考えれば実在するはずないとわかるはずだ。コーディネーターの新兵にさえ扱えるようなものが、ナチュラルのエース、達人に扱えないと本当に思うのか?」

 この時、ハイネはこれまでに見せたこともない顔をした。目を大きく見開き、口が惚けていた。以前、天井を突き破り白鯨が急襲した時でさえこのような表情をしたことはなかった。それだけ、ハイネにはミナの何気ない問いかけが驚愕の事実のように受け止められたのだろう。
 ミナが口にしたこと、それはコーディネーター用OSなど存在しない、ただそれだけのことだったのだが。

「コーディネーターというだけでナチュラルよりも無条件に優れていることはあり得ない。そんな当たり前のことを、私は地球に来るまで気付かなかったのだよ。コーディネーターはナチュラルよりも平均的に優れている。しかしそれは絶対的に優れていることとは絶対的に異なることだ。だが、プラントは完全に取り違えている。いいや、取り違えざるをえない。コーディネーターとはより優れた人類であると定義する以上、ナチュラルよりも劣っているコーディネーターは自己矛盾に他ならないからだ」

 ファースト・コーディネーター、ジョージ・グレンはコーディネーターを優れた人類と定義し、そのような人々の手によって築かれる楽園としてプラントを建国した。しかし、コーディネーターが必ずしもナチュラルよりも優れているとは限らないとなればプラントという国は存在意義の根幹を失ってしまうことにもなりかねない。
 だからコーディネーターはすべからくナチュラルよりも優れていなければならない。

「プラントとは不幸な国なのかもしれないな。コーディネーターは優れていなければならない。コーディネーターは無条件に優れている。よって、ナチュラルを低く扱い、コーディネーターを優遇することが許される、そうでなければならない」

 だがそれは差別になる。特定の人種、民族、団体を迫害、冷遇すること、あるいは反対に優遇し持ち上げることは差別に他ならない。
 そして、プラントはコーディネーターを優遇しなければ国としての理念も思想も失ってしまう。差別なくしては成り立たない国と言える。

「まるで倫理の坂道さ。意識して踏みとどまろうとしなければ、プラントは滑りやすい坂道を滑り落ちていく。コーディネーターは優れていなければならない。そうであるためにコーディネーターを優遇し、ナチュラルを冷遇することが当然と考える。地球ではレイシズムとして許されないところにさえ、我々は知らぬ間に滑り落ちていた。この国は、あとどれくらい落ちていくのだろうな?」

 母親がナチュラルであるハイネでさえこのことには気付いてはいなかった。では、ユニウス・セブン世代と呼ばれる人々が、熱烈なデュランダル政権支持派が自らの足下の滑りやすさを自覚することができるのだろうか。

「私が地球に来て知ったことは、つまりそんなことだ」

 話はおわったのだろう。ミナは一度もハイネを見ないまま、まっすぐ前を見続けているだけだったが。
 しかし、ハイネの方はそれではすまなかったようだ。

「どうしてだ?」

「ん?」

「プラントに反感を持ってることはわかった。だが、俺に聞かせた理由は何だ?」

 ユニウス・セブン世代のように熱烈なデュランダル政権の支持者でない以上、聞かせやすかったということはあるのかもしれない。しかし、それは消極的な理由であって、積極的に聞かせる根拠とはならない。
 ミナ医師は何も見ていないようにも思えたが、もしかすると母艦であるボズゴロフ級を眺めているのかもしれない。すでに就役から4年を数える潜水艦を。

「3年前、ジェネシスが地球全土を狙った時、地球には多くのザフト地上軍が残されていた。しかしプラント政府はそんな彼らも標的にした」

「あんたやギナ艦長もそうなのか?」

 鯨は宇宙を泳がない。

「ザフトの中にはプラントの理念もコーディネーターの理想も素直にha
信じられなくなっている人もいる。時にはそんなことを無性に誰かに伝えたくなる。ただそれだけのことだ」




 ビクトリア基地。アフリカ東部、ビクトリア湖の一部を干拓して建設されたこの基地はその規模のみならず軍事的要所としてもザフト地上軍アフリカ方面部隊にとって最重要攻略目標と設定されている。3年前、ジブラルタル基地を失ったことでザフトは戦略の転換に迫られた。特にアフリカ方面軍にとっては北と東の守りを同時に失ったことを意味する。そこからなだれ込んでくる地球軍が拠点としているのが、このビクトリア基地なのである。
 この湖の基地の攻略こそが、ザフト軍アフリカ方面部隊にとって反撃であるとともに防御でもあった。
 しかし、要所は要害でもあった。干拓によって建造された基地ではあるが、その外観は水上基地を思わせた。埋め立てこそしながらも敢えて基地の周囲に水を残している。水深はわずか10mに満たない。モビル・スーツが姿を隠すには浅く、しかし巨人たちの機動力を奪うには十分な深さのある湿地帯に基地が取り囲まれているのだ。そして多数設置された対空機銃による重厚な対空防衛網が張り巡らされている。
 地上から攻め込めば湿地に足を取られ、空から侵攻を試みれば対空砲火にさらされる。
 アフリカ方面軍の主力モビル・スーツはヒルドルブ、四足形態では平地で優れた機動力を発揮するこの機体だが、湿地では反対に足をとられることになる。また、空戦能力では劣っている面がある。ビクトリア基地攻略に適した機体とは言いがたい。
 しかし、対空機銃にさらされることもなく湿地を踏みしめる必要もないような、そんな手段が必要だった。事実、そのような道は存在し、攻撃を仕掛けるザフトはその方法を選択していた。
 ビクトリア基地には湿地を渡る大きな橋が架けられていた。ビクトリア大橋と呼ばれる、基地と外部とを結ぶ唯一の陸路である。ヒルドルブで進行可能な唯一の道であり、ゆえに基地の抵抗激しく激戦地と化していた。
 橋の上ではバリケードに隠れたデュエルダガーたちがビーム・ライフルを断続的に放ち続けている。連射のきかないビームだが、数がそろえれば分厚い弾幕となって敵を寄せ付けない。
 まだ橋に入ることもできない位置では、ヒルドルブたちが苦戦を強いられていた。基地から離れた場所では木々がまばらにあるだけであり、身を隠す場所に乏しい。四足形態の加速力も、このような撃ち合いでは無用の長物である。ヒルドルブはモビル・スーツ形態のまま跳び回ってはビームを撃ち返す程度、防戦を強いられていた。
 ヒルドルブの1機が直撃するはずだったビームをシールドで防ぐ。だが、現在、ビームを完全に防ぐことのできる物質は存在していない。爆発とともに半分に割られたシールドは即座に投げ捨てられた。悲鳴にも近い通信はこの機体から発せられた。

「司令代行、これ以上はもちません!」

「堪えろ! ここで退けば立て直しは不可能になる!」

 マーチン・ダコスタ司令代行の機体もまた、逃げ回っていると形容せざるを得ないほどの猛攻にさらされていた。しかし、反撃は勢いに乏しい。無理に攻撃しビクトリア大橋を破損してしまった場合、ヒルドルブたちは基地への道を失ってしまう。ビクトリア基地の機能を大きく減少させることはできるが、作戦は延期せざるを得ない。

「ここでビクトリアを落とせなければ……」

 遊撃部隊である切り裂きエドが襲いかかってくる。アフリカ方面軍は出血し続けている。乏しい物資、滞る補給、時間は強者に味方する。
 決定的な攻め手に欠け、今こうしている間にもダコスタ機のすぐ傍には着弾したビームが爆発を引き起こし吹き上げられた土砂がヒルドルブに降りかかる。
 しかし、ダコスタとて無策でいた訳ではない。本隊を囮に別働隊を用意していたのである。対空機銃の届かない高空から基地の上空まで輸送機で運ばれたモビル・スーツ部隊が基地内に降下、内外から敵を挟み撃ちにする算段だった。
 それでもダコスタの表情は優れない。切り札を隠し持っているとはとても言えないからだ。別働隊をあわせても城攻めに必要な戦力に達しているとは言えない。手札をすべて切っても必要最低限に辛うじて届くかどうかという有様なのである。相手がたった一つ対抗策を用意していれば目論みは完全に瓦解してしまう。
 デュエルダガーの撃ち合いを続けながら、ダコスタは歯を食いしばっていた。それは別働隊からの通信が入ることでさらに強くなった。

「ダコスタ代行、基地の施設内にビーム発射口が確認できました。蓋は閉じていますが、南米ジャブローと同規模と思われます」

 すぐに返事をすることはできなかった。直撃コースに入ったビームをシールドでいなす必要に駆られたからだ。

「ブラフかもしれません。降下を強行しますか?」

 ヒルドルブを飛び退かせ、穴の開いたシールドを投げ捨てる。それは必要なことだったが、同時に判断するまでの時間稼ぎの意味もあったのだろう。ひとまず機体を安全な場所へと逃がしたダコスタ司令代行は、険しい表情のまま、ようやく通信に応えた。

「降下は中止する。全軍、撤退せよ」

 南米ジャブローでは降下部隊は全滅している。ここで戦力を大幅に削り取られてはアフリカ方面軍の今後の部隊行動に深刻な支障を与えかねない。ダコスタ司令代行の判断が正解であったのかはわからなくとも、適切であることに違いなかった。
 ヒルドルブたちがビーム・ライフルによる弾幕を維持しながらも少しずつ後退していく。明らかに撤退の姿勢を見せていたが、ビクトリア基地は追撃の気配を見せなかった。撤退はわずか10分にも満たない時間で完了し、基地は再び落ち着きを取り戻した。周囲に焼ける匂いと立ち上る黒煙を残しながら。
 ビクトリア基地の周囲から離れると、すぐに荒野が姿を現す。広く、荒れ果てた大地はヒルドルブの独壇場である。ビクトリア基地では発揮されなかった機動力を十分に活かす形で四足形態で疾走している。6機、2個小隊相当戦力のヒルドルブが狼の群れのように走り続けていた。
 4本の足を一つ一つ操縦しているはずもない。特にこのようにただ走り続けている状況ではオート・パイロットに切り替えられており、パイロットたちはある意味で暇をもてあましていたのだろう。ゲイル、そんな名前のパイロットが何の気なしに話を始めた。

「エインセル・ハンターが死んだそうですが、本当に戦争は終わるんでしょうかね? そんなはずないか」

 皮肉っぽい口ぶりだ。事実、仲間たちがこのゲイルが相当の皮肉屋であることを知っている。

「俺たちはまだ戦わされるんでしょうね。月で戦った奴らは英雄で、俺たちはいまだに基地一つ落とせない無能。成果を出せなければ補給も十分にされない。そしたら戦力を補充できないからまた成果を出せなくなる。そしたらまた補給を削られる。俺たちはいつまでも無能のままだ」

 今回の作戦では戦死者も出ている。さすがに場違いな皮肉だと憤る者も隊の中にはいた。

「ゲイル! 本国の不満を言えば戦争に勝てるのか!?」

「知るかよ。まあ、現場の不満を握りつぶす国が負けるってことならわかるがな。来るはずだったピートリー級が届くのはいつだ、ショーン? 予定じゃ一月前なんだが?」

「プラントは小国なんだ。兵站が不十分になるくらい当然だろ!」

「ああ、そもそも戦争なんてできないくらいの弱小だな」

「ユニウス・セブンの犠牲を忘れろっていうのか!?」

「じゃあなんだ? この戦争は単なる復讐か? 議長閣下は民を守るためって言ってた気がしたが、俺の耳も悪くなったもんだ」

 ゲイルとショーン、ダコスタ司令代行を含む残りの4人のパイロットはこの2人の会話に割り込むことはなかった。しかし通信を途絶した様子はなく、最低限、傍観者であることをやめる様子も見せていない。
 ゲイルが司令代行にふと話しかけることができたのも、そんな状況があったからだ。

「司令代行。もし戦争が終わったらそれからどうされるんですか? ナチュラルの家族を連れてプラントに帰るんですか? それとも地球に残るんですか? いいや、それなら戦争の終わりを待つ必要もないか。本国はひた隠しにしてますけどね、脱走兵、少なくない数が出てるのは現場じゃ常識だ」

 ヒルドルブたちはただ荒野を走り続けている。

「そもそも切り捨てられた俺たちだ。本国に義理立てしても仕方がないんじゃないですかね?」

 ダコスタ司令代行は答えない。その代わりか、かみつくのはいつもショーンの方であった。

「ジェネシスを持ち出さなければプラント本国が危機にさらされた。それことやむを得ないことだろう?」

「なら、仕方ない犠牲ってことでいつ殺されるかわからないのが俺たちの立場ってことだな」

「じゃあどうしろって言うんだ!? 降伏すれば地球の人々が許してくれるって言うのか?」

「戦い続けることが地球への贖罪になると思ってんのか? 結局、戦争の正体なんてものはそれなんだよ。恐怖だ。敵に何されるかわからない。だから戦うしかないって思い込んでるんだ。ショーン、お前、本気で戦争に負ければプラント国民が皆殺しにされると思ってんのか?」

「コーディネーターがアウシュビッツ送りにならない保証なんてどこにもない!」

「じゃあ、プラントが勝ったらナチュラルを全員ガス室送りにするってことだな」

「そんなことするはずがないだろ!」

「ならなんで地球ならそんな残忍な行為をするって言えるんだ?」

 ショーンはすぐに答えることはできなかった。ゲイルにしてもほとんど相手がいるだけの独り言のつもりなのだろう。特に話の調子を変えることはなかった。

「本当に国民の生命を守りたいなんて考えてる国はな、何が何でも戦争を回避しようとするもんなんだよ。全面降伏して国がなくなったとしても、民は残るんだからな」

「ユニウス・セブンで殺された20万の人になんて言えばいい? 泣き寝入りして降伏までしろって言うのか?」

「エイプリルフール・クライシスじゃ10億だ。コーディネーターのどこがこれまでの人類と違うって言えるんだ? 同じこと繰り返してるだけじゃねえかよ」

 敵に怯え、自分たちだけが正しいと思い込み、その結果、自分たちを正当化する。これは何もコーディネーターなんて作り出す必要などなく、人類を幾度となく戦争に駆り立てた宿痾と言えた。
 やがてヒルドルブたちは砂地へと足を踏み入れていた。砂漠の狐が砂漠に戻ったのである。そんな彼らの前に広がったのは、ばらまかれた仲間の亡骸であった。
 ヒルドルブたちが一斉に足を止める。そのすぐ目の前には破壊されたレセップス級陸上戦艦の姿があり、格納庫にまで及ぶ深い傷からは多数の残骸が周囲に散乱していた。漏れ出すオイルが血液を思わせて、それは腹を食い破られた巨獣が横たわっているかのようである。狐たちの母艦が息絶えていた。
 ヒルドルブたちがモビル・スーツ形態に変形するとともに周囲の様子をうかがい始めた。レセップス級の損傷の具合を確認するため近づいたのはショーン機である。

「切り裂きエドでしょうね。残忍なまでに確実な壊し方だ」

 ジェネレーターが破壊されたのだろう。その爆発が内部からレセップス級を突き破り、乗組員たちを焼き尽くしたらしかった。しかし、なぜ合流地点が露見したのだろうか、そんな疑問は残る。
 ゲイル機は無遠慮に開いた穴から格納庫へと進入する。

「レセップス級なんてすでに旧式だ。速度から航続距離まで掴まれてれば合流地点を推測するくらい楽勝だろうな。本国に報告だな。あんたらの的確な采配のお陰でまた英雄ができましたよってね」

 格納庫内部には黒焦げの死体が残されていた。爆発から必死に逃げようとしたのだろう。みなが同じ方向に向けて倒れ熱で引きつった体は似た姿勢で固まっていた。そして、火はいまだにくすぶっている。まだ爆発から間もないかのように。
 外のヒルドルブたちも違和感に気付いたのだろう。体の向きをレセップス級から周囲へ、互いに背中をあわせる形で警戒を強めていく。気付いたのだろう。シリアル・キラーがまだ殺しに満足していないと。獲物はここを待ち構えるにはここほど適した場所はないのだと。
 ファントム・ペイン、切り裂きエドはまだ近くにいる。
 ゲイル機が格納庫から顔を出した。

「司令代行、俺が死んだ時、骨は地球に埋めてください。ま、地球が受け入れてくれるかわかりませんけどね」




 それは見ようによっては微笑ましい光景だと見えなくもなかった。並べられた椅子に座るいかつい男たちの前で、少女が1人で教鞭をとっている。どこかままごとでもしているように認識することもできるからだ。
 しかし、ここは軍艦のブリーフィング・ルームであり、話し合われているのは軍事行動についてである。
 少女、黒髪のヴァーリはモニターに映し出された同じく黒髪のヴァーリの姿を示した。ミルラ・マイクが、ニーレンベルギア・ノベンバーの姿を部下に確認させたのである。

「作戦目標はニーレンベルギア・ノベンバー。つまり私の妹だ」

 男たちは露骨に嫌な顔をする者、苦笑いをする者、大げさに天を仰いでみせる者など反応はそれぞれだが、揃って動揺を見せた。

「ああ、勘違いするな。今回は捕縛が目的だ。もちろん、生かしたままでな、今回はな」

 以前と違って暗殺が目的ではない。そう知ると、男たちは落ち着きを取り戻す。すると、雰囲気はどこか朗らかなものにさえ変わる。それこそ、教師ごっこをする少女に大人たちが付き合っているような。

「先生、どうして妹を襲うんですか?」

「ニーレンベルギアがユグドラシルのコントロール・システムに関わっていることがわかったからだ」

 次に質問した男は、特にふざけた様子は見せなかった。

「ユグドラシルをこっちで使いたいってことですか? ガンダムの時みたいに」

「本音としてはそうなんだろうが、まあ、無理だろうな。前線の連中が張り切りすぎたみたいでな。司令部を吹き飛ばしてしまったそうだ。解析はしているそうだが、そこに何があったのか必死に調べてる段階とか聞いたな」

「じゃあ、どうして技術者を?」

「システムの全容を解明できていないからだ」

 ミルラが手元のコントローラーを操作すると、モニターには月の模式図と、いくつもの屈折コロニーが表示される。月から照射された一筋の光が屈折コロニーを経由して複雑な軌道を描きながらプラントに到達した。しかし、今度は別の場所から伸びた光が別の経路でプラントへ到達する。

「ユグドラシルはその性質上、設置場所を選ばない。それなら第二、第三のユグドラシルがあると考えた方が自然だろう。実際、南米ジャブローにも巨大ビーム砲が設置されていた。射出装置そのものは比較的簡単な技術ということだな」

 3人目の質問者は男たちの中では最年少であるためか、やや不安げな顔をしている。

「またプラント本国が攻撃されるってことですか?」

「いや、それはない。ユグドラシルは所詮はただデカいだけのビーム砲だ。射程に限界がある以上、プラントを狙える範囲内に屈折コロニーを入れさせなければ問題ない。どんな斬新なコンセプトとて知っていれば対処は楽だ。だが放置していていい問題でもない」

 設計者を確保し、ユグドラシルの位置及び数を特定する。そうすればよりプラントの安全に資することとなる。そのことはすんなりと受け入れられたのだろう。男たちにそれ以上、手を挙げる者はいなかった。
 ミルラの笑みは満足げでさえあった。

「概要は以上だ。さあ、戦争に行こうか」


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