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No.32266の一覧
[0] 機動戦士ガンダムSEED BlumenGarten(完結)[後藤正人](2023/10/28 22:20)
[1] 第1話「コズミック・イラ」[後藤正人](2012/10/12 23:49)
[2] 第2話「G.U.N.D.A.M」[後藤正人](2012/10/13 00:29)
[3] 第3話「赤い瞳の少女」[後藤正人](2012/10/14 00:33)
[4] 第4話「鋭き矛と堅牢な盾」[後藤正人](2012/10/14 00:46)
[5] 第5話「序曲」[後藤正人](2012/10/14 15:26)
[6] 第6話「重なる罪、届かぬ思い」[後藤正人](2012/10/14 15:43)
[7] 第7話「宴のあと」[後藤正人](2012/10/16 09:59)
[8] 第8話「Day After Armageddon」[後藤正人](2014/09/08 22:21)
[9] 第9話「それぞれにできること」[後藤正人](2012/10/17 00:49)
[10] 第10話「低軌道会戦」[後藤正人](2014/09/08 22:21)
[11] 第11話「乾いた大地に、星落ちて」[後藤正人](2012/10/19 00:50)
[12] 第12話「天上の歌姫」[後藤正人](2012/10/20 00:41)
[13] 第13話「王と花」[後藤正人](2012/10/20 22:02)
[14] 第14話「ヴァーリ」[後藤正人](2012/10/22 00:34)
[15] 第15話「災禍の胎動」[後藤正人](2014/09/08 22:20)
[16] 第16話「震える山」[後藤正人](2012/10/23 23:38)
[17] 第17話「月下の狂犬、砂漠の虎」[後藤正人](2014/09/08 22:19)
[18] 第18話「思いを繋げて」[後藤正人](2014/09/08 22:19)
[19] 第19話「舞い降りる悪夢」[後藤正人](2012/10/25 21:56)
[20] 第20話「ニコル」[後藤正人](2014/09/08 22:18)
[21] 第21話「逃れ得ぬ過去」[後藤正人](2012/10/30 22:54)
[22] 第22話「憎しみの連鎖」[後藤正人](2012/10/31 20:17)
[23] 第23話「海原を越えて」[後藤正人](2012/10/31 21:07)
[24] 第24話「ヤラファス祭」[後藤正人](2012/11/01 20:58)
[25] 第25話「別れと別離と」[後藤正人](2012/11/04 18:40)
[26] 第26話「勇敢なる蜉蝣」[後藤正人](2012/11/05 21:06)
[27] 第27話「プレア」[後藤正人](2014/09/08 22:16)
[28] 第28話「夜明けの黄昏」[後藤正人](2014/09/08 22:15)
[29] 第29話「創られた人のため」[後藤正人](2012/11/06 21:05)
[30] 第30話「凍土に青い薔薇が咲く」[後藤正人](2012/11/07 17:04)
[31] 第31話「大地が燃えて、人が死ぬ」[後藤正人](2012/11/10 00:52)
[32] 第32話「アルファにしてオメガ」[後藤正人](2012/11/17 00:34)
[33] 第33話「レコンキスタ」[後藤正人](2012/11/20 21:44)
[34] 第34話「オーブの落日」[後藤正人](2014/09/08 22:13)
[35] 第35話「故郷の空へ」[後藤正人](2012/11/26 22:38)
[36] 第36話「慟哭響く場所」[後藤正人](2012/12/01 22:30)
[37] 第37話「嵐の前に」[後藤正人](2012/12/05 23:06)
[38] 第38話「夢は踊り」[後藤正人](2014/09/08 22:12)
[39] 第39話「火はすべてを焼き尽くす」[後藤正人](2012/12/18 00:48)
[40] 第40話「血のバレンタイン」[後藤正人](2014/09/08 22:11)
[41] 第41話「あなたは生きるべき人だから」[後藤正人](2014/09/08 22:11)
[42] 第42話「アブラムシのカースト」[後藤正人](2014/09/08 22:11)
[43] 第43話「犠牲と対価」[後藤正人](2014/09/08 22:10)
[44] 第44話「ボアズ陥落」[後藤正人](2014/09/08 22:08)
[45] 第45話「たとえどんな明日が来るとして」[後藤正人](2013/04/11 11:16)
[46] 第46話「夢のような悪夢」[後藤正人](2013/04/11 11:54)
[47] 第47話「死神の饗宴」[後藤正人](2014/09/08 22:08)
[48] 第48話「魔王の世界」[後藤正人](2014/09/08 22:08)
[49] 第49話「それが胡蝶の夢だとて」[後藤正人](2014/09/08 22:07)
[50] 第50話「少女たちに花束を」[後藤正人](2014/09/08 22:07)
[51] 幕間「死が2人を分かつまで」[後藤正人](2013/04/11 22:36)
[52] ガンダムSEED BlumenGarten Destiny編[後藤正人](2014/09/08 22:05)
[53] 第1話「静かな戦争」[後藤正人](2014/09/08 22:01)
[54] 第2話「在外コーディネーター」[後藤正人](2014/05/04 20:56)
[55] 第3話「炎の記憶」[後藤正人](2014/09/08 22:01)
[56] 第4話「ミネルヴァ」[後藤正人](2014/06/02 00:49)
[57] 第5話「冬の始まり」[後藤正人](2014/06/16 00:33)
[58] 第6話「戦争の縮図」[後藤正人](2014/06/30 00:37)
[59] 第7話「星の落ちる夜」[後藤正人](2014/07/14 00:56)
[60] 第8話「世界が壊れ出す」[後藤正人](2014/07/27 23:46)
[61] 第9話「戦争と平和」[後藤正人](2014/08/18 01:13)
[62] 第10話「オーブ入港」[後藤正人](2014/09/08 00:20)
[63] 第11話「戦士たち」[後藤正人](2014/09/28 23:42)
[64] 第12話「天なる国」[後藤正人](2014/10/13 00:41)
[65] 第13話「ゲルテンリッター」[後藤正人](2014/10/27 00:56)
[66] 第14話「燃える海」[後藤正人](2014/11/24 01:20)
[67] 第15話「倒すべき敵」[後藤正人](2014/12/07 21:41)
[68] 第16話「魔王と呼ばれた男」[後藤正人](2015/01/01 20:11)
[69] 第17話「鋭い刃」[後藤正人](2016/10/12 22:41)
[70] 第18話「毒と鉄の森」[後藤正人](2016/10/30 15:14)
[71] 第19話「片角の魔女」[後藤正人](2016/11/04 23:47)
[72] 第20話「次の戦いのために」[後藤正人](2016/12/18 12:07)
[73] 第21話「愛国者」[後藤正人](2016/12/31 10:18)
[74] 第22話「花の約束」[小鳥 遊](2017/02/27 11:58)
[75] 第23話「ダーダネルス海峡にて」[後藤正人](2017/04/05 23:35)
[76] 第24話「黄衣の王」[後藤正人](2017/05/13 23:33)
[77] 第25話「かつて見上げた魔王を前に」[後藤正人](2017/05/30 23:21)
[78] 第26話「日の沈む先」[後藤正人](2017/06/02 20:44)
[79] 第27話「海原を抜けて」[後藤正人](2017/06/03 23:39)
[80] 第28話「闇のジェネラル」[後藤正人](2017/06/08 23:38)
[81] 第29話「エインセル・ハンター」[後藤正人](2017/06/20 23:24)
[82] 第30話「前夜」[後藤正人](2017/07/06 22:06)
[83] 第31話「自由と正義の名の下に」[後藤正人](2017/07/03 22:35)
[84] 第32話「戦いの空へ」[後藤正人](2017/07/21 21:34)
[85] 第33話「月に至りて」[後藤正人](2017/09/17 22:20)
[86] 第34話「始まりと終わりの集う場所」[後藤正人](2017/10/02 00:17)
[87] 第35話「今は亡き人のため」[後藤正人](2017/11/12 13:06)
[88] 第36話「光の翼の天使」[後藤正人](2018/05/26 00:09)
[89] 第37話「変わらぬ世界」[後藤正人](2018/06/23 00:03)
[90] 第38話「五日前」[後藤正人](2018/07/11 23:51)
[91] 第39話「今日と明日の狭間」[後藤正人](2018/10/09 22:13)
[92] 第40話「水晶の夜」[後藤正人](2019/06/25 23:49)
[93] 第41話「ヒトラーの尻尾」[後藤正人](2023/10/04 21:48)
[94] 第42話「生命の泉」[後藤正人](2023/10/04 23:54)
[95] 第43話「道」[後藤正人](2023/10/05 23:37)
[96] 第44話「神は我とともにあり」[後藤正人](2023/10/07 12:15)
[97] 第45話「王殺し」[後藤正人](2023/10/12 22:38)
[98] 第46話「名前も知らぬ人のため」[後藤正人](2023/10/14 18:54)
[99] 第47話「明日、生まれてくる子のために」[後藤正人](2023/10/14 18:56)
[100] 第48話「あなたを父と呼びたかった」[後藤正人](2023/10/21 09:09)
[101] 第49話「繋がる思い」[後藤正人](2023/10/21 09:10)
[102] 最終話「人として」[後藤正人](2023/10/28 22:14)
[103] あとがき[後藤正人](2023/10/28 22:17)
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[32266] 第7話「宴のあと」
Name: 後藤正人◆ced629ba ID:8a6b0ab7 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/10/16 09:59
 アーク・エンジェルはクルーは交代制で仕事につく。そのため、昼食時といったような決まった時間に混雑するということはない。集中して混むことはない代わり、いつも食事をする人の姿が見られた。今回ばかりは例外であった。
 どうしても手を離すことができない仕事を持つ人や夜勤明けで仮眠をとる人、そんな人たち以外はほぼ全員が食堂に集まっていた。縦に並べられた長テーブルの両側に座る形で席が適度に埋まっている。この時点では、懇親会は成功していると言えた。
 懇親会開催の挨拶は、この艦の最高責任者であるマリュー艦長がつとめた。座る人々の前で1人立ちあがる。

「この度は集まってくれたことに感謝します」

 そう言って始まった挨拶はマリュー艦長の堅苦しい雰囲気に後押しされ、演説じみている。

「私たちは新型を3機まで失い、今なおザフトの追撃にさらされています。ですが敵戦艦を撃沈する殊勲を上げ、無事な航行を続けています」

 熱がこもってきたのだろうか。拳を握りしめる。手振りが大仰になるなど、もはや演説以外の何者でもなくなっていく。

「しかし、新型を友軍に引き渡すまでは私たちの戦いは終わりではありません」

 そして、演説の終わりはこう締めくくられた。

「最後まで気を抜かぬためにも、あなた方には親睦を深めていただきたい!」

 難民の少年少女はともかく軍人たちは姿勢さえただして上司の発言を聞いていた。何はともあれ、懇親会が始まったのである。




 座席は意図して同じような立場の人が集まらないようにし向けられている。そのため、サイ・アーガイルは周りに友達が1人もいない状況にあった。周りは軍人ばかり。慣れない環境だが、1つ幸いなことがある。話相手が軍人とは言え、多少面識のあるナタル・バジルール小尉であったことだ。
 いつも生真面目に軍帽をかぶっている小尉も、さすがにここでは帽子をとっていた。懇親会を開こうとするなど、意外と融通のきく性格であるようだ。会話の中にもそれはあらわれている。

「ナタルさんは、モビル・スーツ開発を担当してたんですか?」

 アーク・エンジェルのクルーではなく、ヘリオポリスにいた理由を聞いたときのことだ。この時浮かんだ疑問が、ナタルが技術系の軍人ではないだろうかと考えたことだった。
 ナタルは右手を上げて、指を動かして見せた。

「こう見えて技術士官だからな。ゼフィランサス主任には遠く及ばないが、OSの一部は私も関わっている」

 もしかすると、指の動きはコンソールを叩く動きであったのかもしれない。それでも、その動きで技術士官を連想しろと言うのは無理だと思う。

「OSってことはモビル・スーツの操縦方法も知ってるんですよね。どうやって人型のものを動かすのか、どうしてもわからなくて」

 こう言うと、急に難しい顔をされた。機密に触れることなのかと、つい緊張で体がこわばった。ナタルはこちらに目を合わせていない。どこかで聞いた話で、人は考え事をするとき右側を見るのだという。今のナタルはまさに右を向いていた。しばらくして顔を上げると、もう難しい顔はしていない。

「君は、ゲームをしたことがあるだろうか?」

 今度難しい顔をして右側を向くのはサイの番だった。これは単純に、モニターで遊ぶ、テレビ・ゲームそのものを指していた。

「モビル・スーツの操縦は、言ってしまうならばゲームとは大差ない」

 スティックを前に倒せば歩き出す。トリガーを引けば所有する武器に合わせて攻撃する。ただ、その動作に関わるOSは、無論ゲームとは比べものにならないほど高等で高価なものであるらしい。現実はゲームと違って様々な要素が絡む。歩く1つにしてもそれは言える。たとえば、床が固く平らなコンクリートとは限らない。ぬかるんでいるかもしれないし、砂のように脆いかもしれない。岩が転がっていることもありうる。あるいは、それらが複雑に絡み合って地面を構成しているかもしれない。
 モビル・スーツのOSは諸要素を計算して、最適な歩き方で進むことができるのだそうだ。また、特筆すべきは格闘戦なのだという。

「私が君を殴るとしよう」

 ナタルはそう言って、サイへと拳をつきだした。まっすぐ前から。鋭く横から。弱くすぐ拳を戻す。ボクシングで言うところのストレート、フック、ジャブ。単に殴るというだけでも3種があげられた。
 パイロットが行うことは、狙いを定め、殴るよう操作する、ここまでで肝心の殴り方はOSが決定する。あらかじめ設定された動作の中から最適と判断したものが選ばれ、実行されるのだそうだ。ただ、パイロットも何もせず殴らせているわけではない。腰を捻る。一歩踏み込む。攻撃を中断し、別の攻撃に切り替える。そんなことが許される、いわば遊びが設定されていた。

「ゼフィランサス主任は特に格闘戦に重きをおいた設計をしていた。それは、モビル・スーツに搭載されたOSに学習機構が組み込まれていることに理由がある。熟練兵は限られた動作でも、それをアレンジ、あるいは組み合わせて様々な動きをする。すると、OSはその動きを学習し、登録された動作をより実戦的に、柔軟に変化させる。実戦を数多く経験したOSは、まるで格闘技の達人のような動きをするようになると考えられる」

 もちろん、学習型のOSは大変高価で量産機にはとてもではないが、積むことができない。搭載できるのはガンダムのような高級機に限られる。逆を言えば、高性能な機体が戦闘を経験することで動きがしなやかになり、その戦闘データが量産機にあまねく反映されることになる。

「たった1機の活躍が、場合によっては戦況そのものを変えかねない。主任からこのことを聞かされたとき、私は心が踊った」

 技術屋冥利に尽きるということなのだろう。ナタルの様子は、本当に楽しそうだ。
 このことから、モビル・スーツの性能や、兵の熟練度の違いが如実に現れるのは格闘戦になるのだそうだ。

「キラ・ヤマト軍曹とストライクガンダムなら、ジン程度徒手空拳で破壊できるだろう」
「それじゃあ、反対に射撃戦なら兵隊の経験値はあまり関係ないんですか?」
「一概にそうとも言えないが、格闘に比べたならば違いは自ずと小さくなる」

 結局狙う、かわすというだけの動きはよほどのエースでもない限り、そう違いがでるものではないそうだ。極端な話、基礎訓練しかできていない新兵であってもとりあえずさまにはなるのだそうだ。

「ビームが開発され、モビル・スーツは高火力化の道を歩むことだろう。それでも最高峰には格闘戦に主眼をおいた機体がその名を連ねることになるだろうと、私は考えている」

 モビル・スーツがどれほど特殊な兵器で、ナタルがいかに熱意を注いでいたのかはわかった。しかし、射撃を行うことに技能は重要ではないということが、サイの耳には妙に残った。




 ゼフィランサス・ズールの前には、一組の男女がいた。女性は男性をトールと、女性は男性をミリアリアと呼んでいた。おそらく、これが2人の名前なのだろう。
 2人は互いの名を呼びながら、何やら小声で相談していた。いくつか拾った単語から類推するに、ゼフィランサスと話をするきっかけを掴みかねているらしい。仕方ないのでこちらから話しかけようと、ゼフィランサスは声をかけた。すると、2人はそろって困った顔をして、また相談を始めた。今度は、話題探しに苦労しているらしい。
 ゼフィランサスの仕事と、彼らの学生生活に共通点があるとは考えにくい。何か共通の話題があるとすれば、キラのことくらいだろう。

「キラの話でもする……?」

 ここでようやく、2人の話はまとまったようだ。トールと呼ばれていた癖の強い髪をした少年が率先して話を切りだした。

「あのう、ゼフィランサスさんとキラは、以前からのお知り合いだったんですか?」

 ゼフィランサスは頷いた。

「そう……。幼なじみかな……」

 次に話しかけてきたのはミリアリアという少女の方。ずいぶん変わった髪型をしている。扇状に広がる髪なんて、どうやってセッティングしているのだろう。
 そう考えているうちに、少女は話を始め、勝手にしどろもどろになっていった。

「キラ君とは、どんな関係だったんですか……?その関係というのは、恋人だとかそんなことじゃなくて……、その……」

 頬を赤くしている。恥ずかしいなら聞かなければいいと思いながら、それでも聞いたからこそ、顔を赤くしているのだろう。ゼフィランサスは妙に納得した。

「恋人だったよ……。昔の話だけど……」

 ミリアリアは顔を赤くしたままでトールの耳に口を近づけた。手で口元を隠している。音漏れを防ごうとしているのだろう。ただ、動揺しているため、声は聞き取れてしまうほど大きい。

「別れた理由なんて聞いて平気かな……?」
「それはまずいだろ、いくら何でも……」

 2人は示し合わせたようにゼフィランサスへと視線を戻した。疑問を発したいという欲求と、それはまずいと押しとどめる理性が拮抗して、口元が緊張しているのが見て取れた。

「話そうか……?」

 2人はすごい勢いで顔を見合わせると、今度は首の角度がそのままで、視線だけがゆっくりとゼフィランサスへと戻った。トールが緊張を綻ばせながら口を開いた。

「できれば……」

 ゼフィランサスは視線を落として、2人から視線をそらした。そうした方が思い出しやすい。とても大切で、永遠に失われてしまった。それをすべて奪っていった男は、10年の月日を経てゼフィランサスの前に現れた。
 その力を鍛え上げ、姿を偽って、新たな名とともに。

「キラが私を傷つけたから……。だから、私はキラを許さない……」

 顔を上げる。すると、トールは完全に慌てふためき、ミリアリアは限界まで顔が染まっていた。何か、この話に思うところがあったのだろうか。ただそれは、ゼフィランサスにはどうしてもわからないものだった。




「キラ・ヤマト軍曹。いくつか聞きたいことがあります。まず、モビル・スーツの操縦をどこで覚えましたか?」

 そう、キラに問いかけたのは目の前に座るマリュー・ラミアス艦長だった。
 思えば、こうして対面するのは初めてのことだ。GAT-X105ストライクガンダムのことはゼフィランサス1人で十分。艦との直接の通信は、ナタル小尉が務めていたからだ。

 艦長には決して高圧的ではないものの、融通のきかない人という印象を受けた。懇親会開催時の演説にしても、今の会話の内容にしてもその傾向は見受けられた。

「以前いた施設です。そこでは、英才教育として幼い頃から訓練を受けさせていましたから」

 マリュー艦長は右手を、キラに掌が見えるようにしてかざした。何の癖かはわからないが公の場で何かを証言する前の宣誓にも思える格好だった。
 つい苦笑しそうになる顔を抑えながら、続く質問を聞いていた。

「では続いて、ゼフィランサス・ズール技術主任との関係は?」

 恋人ですと答えることは、ゼフィランサスが許してくれないだろう。恋人でしたと答えるには抵抗がある。

「その施設にいた頃の仲間です」

 適当に濁しておいた。すると、話し方に不信感を抱いたのか、マリュー艦長は眉間に浅くしわをつくってキラを眺めた。
 無言の駆け引きが行われる。答えをはぐらかした。そのことは見抜いていると、キラを見ている。キラは一度視線を逸らし、はぐらかしたことを認めた。しかしすぐに視線を戻して、今度はまっすぐに見据えた。これは、だからといって、これ以上答えるつもりはないという意思表示。
 マリュー艦長が目を閉じることで、キラの行為を許した。代わりに、ほかの質問に対して、そんな甘えを許すつもりがないということは、見開かれた瞳の力強さが語っていた。

「わかりました。では……」

 そう言いかけたマリュー艦長を制止した人物がいた。隣にいた癖毛の若い軍人が、声を割り込ませた。

「艦長、これは懇親会であって尋問ではありません……」

 そう言われた艦長は、目を泳がせた。きっとこれは失態に気づき、それをどう取り戻そうかと思案するための時間稼ぎだろう。




「戦艦て、こんなに少ない人数でも動かせるんですね。知りませんでした」

 アイリスは懇親会に集まった人を見回した。ブリッジ・クルーの人数が10名足らずである事実に、思わず感想がでる。
 アイリスの前にはその内の2名が座っていた。アーノルド・ノイマン曹長と、ジャッキー・トノムラ軍曹である。
 アーノルド曹長はアーク・エンジェルの操舵を担当していると紹介された。切りそろえられた髪が特徴的で、しっかりとした大人の人に思えた。ジャッキー・トノムラ曹長は、いろいろ説明はしてくれたがアイリスに理解できたのは、レーダーを担当しているということだけだった。アーノルド曹長に比べて、快活な雰囲気のある男性で、そのため親しみやすさも感じていた。
 まず答えてくれたのはアーノルド曹長である。

「たしかにこの艦は少人数での運用が可能なように設計されています」
「ほかにも整備の連中が大勢いる。今はストライクの整備で忙しいようだが、全員あわせれば6、70人くらいにはなるさ」

 ジャッキー軍曹の手は、まるで花束でも差し出すかのようにアイリスへと向けられていた。身振り手振りの大きな人なのだろうか。

「そうなんですか?」
「元々この艦には5機の新型が運用される予定でした。そう考えるならばまだ少ないほどです」
「ただ、キラ・ヤマト軍曹は相当操縦が荒っぽいらしい。整備の連中がどう動かせばこんなに機体が痛むんだと嘆いていたよ」
「でも、少ない人数で艦を動かすなんてすごいですね」
「自動化が進められた艦だからね。クルーとしても扱いやすくて助かっているよ」

 軍人なんて言うとつい厳つい人を想像してしまうけれど、こうして見る2人はごく普通の人。命のやりとりをしている姿が思い浮かばないくらいに。

(フレイさんもくればいいのに……)

 親友の姿はこの部屋にはない。
 視線は2人の軍人を通して扉の方をその視野に捉えていた。開け放たれた扉を通して見える通路のほんの一画。そこを見慣れた赤い髪が通り過ぎたことを、アイリスは見逃さなかった。
 アイリスに迷いはなかった。立ち上がるなりテーブルを飛び越えて通路の方へと飛び出す。2人の軍人の間を飛び抜けた体は不必要に浮かび上がってしまっていた。扉を通り抜けたまではいいとしても、すぐに壁へとぶつかってしまった。額をぶつけて、痛みが浸透してくるように広がっていく。
 悲鳴と、ぶつかったときの音に注目を集めてしまった。そうでなくてもアイリスが飛び出した姿を多くの人が目撃している。
 食堂を素通りしたフレイ・アルスターも立ち止まり、首だけで振り返っていた。だが、すぐに振り向き歩き出そうとする。

「フレイさん!」

 立ち止まってはくれた。それでも振り向いてはくれなくて、いつ歩きだしても不思議ではないくらい意識が前を向いている気がする。

「少しお話していきませんか? 皆さん、いい人ばかりですよ……」

 また、フレイは首だけで振り向いてアイリスを見た。これまでは気づかなかったが、フレイの目のしたにはうっすらとくまができていた。そのことに気づかないくらい、アイリス自身がフレイのことを避けていたのだという事実に愕然とさせられた。フレイの口が開くたびに、いつ、アイリスのことをコーディネーターと一くくりにしないかと恐れていた。
 フレイが話し出そうとしただけでも、アイリスは必要以上に怯えてしまった。つい腕を抱いて、身を小さくする。

「馴れ合ったところで、あいつらがヘリオポリスでしてたことは変わらないし、カズイが帰ってくるわけでもないでしょ」

 去っていくフレイを、アイリスはどうすることもできなかった。

「それなら悪いのは俺たちであってこの子じゃないんじゃないか?」

 思わず振り向くフレイにあわせるようにしてアイリスもまた首を曲げた。食堂へと通じるドアの縁に手をかけた姿勢でジャッキー軍曹がフレイへ手を振っていた。呆気にとられたように手を振り返すフレイ。しかしすぐに自分のしていることの違和感に気づいたのだろう。怒ったように顔を赤くして早足で歩き去ってしまった。

「よくない傾向だな。自分でもどうしていいかわからなくて無理にでも敵を作ろうとしている頃だ。だが見捨てないでやってくれ。ここを乗り越えないと君にとっても彼女にとってもいい結果にはならない」
「はい……」
「まあ、頼りないかもしれないが俺でよければいつでも声をかけてくれ。アーノルド共々相談に乗るからな」

 今頃になって顔を見せたアーノルドにヘッド・ロックを仕掛けておどけてみせてくれる。アーノルド曹長本当に苦しそうだったが、思えば曹長の方が軍曹よりも階級は上なのではないだろうか。




 ムウ・ラ・フラガは自らの宣言通りブリッジに1人留守番をしていた。今頃懇親会が盛り上がっている頃だろう。
 マリュー艦長がいないことをいいことに、艦長席に足を組んで座っていた。人がいないと決して広大とは言えないブリッジが妙に奥行きをもって感じられる。特に目の前に広がる宇宙の闇はどこまでも奥深く、獲物を虎視眈々と待ち伏せる奈落の口にさえ思える。
 ではその先に、地獄というものは本当に広がっているのだろうか。
 そんなことを、ムウは通信機越しに友に問うてみた。

「知らんよ」

 艦長席備え付けの通信機から聞こえてくる声はずいぶんと素っ気ない。ただ、冗談に乗ってくれる気はあるらしい。

「だが、プラント本国でよければ間違いなくその奈落の底にあるがな」

 この言葉にムウは額に手をあてて笑った。

「おいおい、自国をそんな風に言っていいのか?」

 笑わせてはもらったが、それが精一杯の冗談であったらしい。友はやはり愛想がない。すぐ話を切り替え本題に入ろうとする。

「聞いておきたいことがある。イージスガンダムを所有しているのは君か?」

 GAT-X303イージスガンダム。ヘリオポリスにおいて奪取された機体である。無論、大西洋連邦は、アーク・エンジェルは所有していない。しかし、ザフトが運用しているとも、ムウは考えていない。アルテミスで見られたイージスの行動には、ザフトとの同調がまるでなかった。誰かが混乱に乗じて火事場泥棒を働いたと見る方が正解だろう。

「いや、俺は持ってない。お前も違うようだな」

 では、イージスの目的は何か。ムウと友の意見は一致していた。互いが同じ固有名詞を答えると、その言葉は偶然重なり合った。

「ムルタ・アズラエル」

 ブルー・コスモス代表の名前だった。この名前こそがイージスが目標としている存在だろう。ムウがつい口の端を歪める。通信機越しに友の皮肉めいた吐息が聞こえた。

「たしかに、あの宙域にはムルタ・アズラエルがいたのだからな」

 ムルタ・アズラエルを暗殺できたなら、確かに歴史が変わる。
 ムウは今一度含み笑いを漏らした。

「物騒な世の中になったもんだな。お前も気をつけろよ」
「君に心配されるほど私は柔ではないつもりなのだがね」
「ならいいが、俺たちの次の目的地はユニウス・セブンになりそうだ。言っとくが別に狙ったわけじゃないぞ。単に位置的に都合がよかっただけだ」

 物資についてはそれほど逼迫していないが、待ち伏せを仕掛けるには適度な大きさがある浮遊物はそうざらにはない。

「お前も逃げ込むとしたらここしかない、くらいに説明してついてこい。ヘリオポリスじゃとんとんだったようだが、次が勝負だな、ラウ」

 ラウ・ル・クルーゼ。そう、友の名を呼ぶ。

「覚悟しておくことだ、ムウ」

 ムウ・ラ・フラガと返事があった。そろそろ懇親会も終わる頃だろうか。




 C.E.61.2.14。
 ユニウス・セブンはプロメテウスの火に襲われた。
 プラント型のコロニーは、諸外国とは異なった形状をしている。2つの三角錐を頂点で向き合わせた、砂時計のような構造をしており、側面の硬質ガラスが人々が居住する底面へと太陽光を透過させている。従来の円筒状密閉型コロニーに比べ、はるかに地球環境に近い、快適な住環境が約束されたこの構造は、その対価として強度が犠牲にされていた。
 プラントの公式発表では、核爆発は三角錘の頂点の連結された中央部分で発生したとされている。
 ガラス壁は熱で瞬く間に融解し、人工重力を生み出していた遠心力は2つの三角錐を泣き別れにした。三角錐1つは遙か宇宙の彼方へと放り投げられその行方は明らかでない。残りの1つは衛星軌道に捕らわれた。
 その骸は、底の丸まった皿のような形をしていた。縁からは焼け残ったガラス壁がまるでクラゲの触手のように、あるいは、地獄から立ち上る黒煙を体現しているかのように伸びる。地獄のような出来事の墓標が地獄のような姿とともに、未だ世界を回り続けているのである。
 10年という時間が、何ら慰めも償いももたらしてはいないことを証明しているかのように。




 同胞たちの巨大な墓標を戦場とすることに、コーディネーターたちは躊躇しなかった。
 クルーゼ隊には、新たなローラシア級1隻が加わり、ヘリオポリス戦当時の戦力を取り戻していた。ZGMF-515シグー。ZGMF-1017ジン。GAT-X103バスター。GAT-X207ブルッツ。総数で11機もの戦力、そのすべてがユニウス・セブンへと向けられる。
 多数のスペース・デブリにとり囲まれながら浮かぶ地獄の皿。その皿の底に敵艦アーク・エンジェルは浮かんでいる。遠距離射撃を加えるにはこの宙域に浮遊するデブリが邪魔をする。接近するには残骸をさけながら迂回する間、敵に無防備な姿をさらさなくてはならない。
 ナスカ級とローラシア級。2隻の戦艦の攻撃力を生かすことはできない。モビル・スーツがザフトで早くから取り入れられた理由の一つとして、このような大型戦艦では接近不可能な戦闘を予測していたことが挙げられる。
 モビル・スーツの性能の範疇でしかない。ザフトは何ら焦りを抱いてなどいない。モビル・スーツならば砲撃もデブリもかいくぐることができる。一度デブリ帯を抜け、ユニウス・セブンに降りたってしまえば、今度身動きを封じられるのは敵の方である。
 モビル・スーツに囲まれ撃沈されるか、あるいは、デブリの迷路の中を艦砲の集中砲火に遭うか。選択肢は2択。大西洋連邦は、敵は自ら進んで地獄の釜へと飛び込んだも同然だった。




 ラウ・ル・クルーゼ自ら率いる部隊は、シグーにジン3機の合計4機で構成されている。
 シグーを先頭に、遠回りながら比較的障害物の少ないルートでアーク・エンジェルを目指す。ジンはみな一様にアサルト・ライフルを装備している。
 ラウがこのルートを選択したことには無論、意味があった。
 敵艦に搭載されている機動兵器は2機。GAT-X105ストライク。及びTS-MA2mod.00メビウス・ゼロである。モビル・スーツであるストライクはともかく、ゼロは広い場所でしか戦うことができない。自然と、この部隊の迎撃に当たらざるを得ないはずなのだ。
 ラウはムウ・ラ・フラガと戦うために、敢えてこのルートを選んだのだ。

「さて、君はどうでる、ムウ?」

 シグー右手の剣が鈍い輝きを放つ。左手のバルカン砲がシールドからその銃身を覗かせていた。その仮面の下で、ラウ・ル・クルーゼは楽しげに、そして妖しく笑っている。




 ブリッツに搭乗するディアッカ・エルスマンは、後輩であるニコル・アマルフィ、ジャスミン・ジュリエッタの2人を部下として与えられていた。小隊長とはいえ、初めての隊長職である。そのことは、俄然、ディアッカの意欲を掻き立てる。デブリ帯を分け入り最短で敵艦に接近するルートを担当させられているならなおさらだ。
 ここでアーク・エンジェルを撃沈できればそれは大きな手柄になる。ディアッカが意気揚々機体を進ませているのも理解してもらえることだろう。
 ただ、何も問題がないとも言えない。ユニウス・セブンの崩壊に伴い発生したデブリは大小様々だが、元々が建造物に由来するため平均してモビル・スーツほどの大きさがある。中には原型をとどめているものもあり、不必要にユニウス・セブン在りし日の情景を想起させた。ディアッカは意識して、デブリを単なる障害物、作戦行動を阻害するものでしかないと考える必要があった。
 中には同胞の遺体が残されたデブリもあるかもしれない。だが、そんなことに構っている余裕などないのだ。
 ディアッカは意識を前に向けるためにも、意識して作戦内容を思い返す。
 敵は最短のルートでブリッツが接近していることを確認したなら、対抗するためにストライクを向かわせざるを得ないはずだ。そこをストライクと唯一戦闘経験のあるディアッカと、その性能の恐ろしさを知るニコル、ジャスミンの2人で抑える。すると、敵はすべての手駒を失い母艦が丸裸になることになる。
 もしもブリッツを無視するならそれはそれで構わない。ディアッカは自らの手で殊勲を挙げるつもりでいた。アーク・エンジェルをこの手で落とすチャンスだ。

「派手に暴れてやるとするか!」

 そんなディアッカをたしなめるのは、普段からジャスミン・ジュリエッタの役目であることが多い。

「ディアッカさん、私たちの役目はあくまでも囮ですよ」

 ブリッツのすぐ後ろを併走するジンからの通信は、ジャスミンの少女特有の高い声を伝えていた。ジャスミンが口をかわいらしく尖らせた様子を想像しながら、ディアッカは気のない返事をする。

「わかってるさ。だが、戦場じゃ、なかなか作戦通りにはいかないもんだろ」

 だが、ディアッカはブリッツのステルス機構を使用することはなく、敢えて敵に発見されやすいよう移動している。言っていることとは裏腹に、作戦内容を完全に把握していた。命令を受けた以上は、それに違えるわけにはいかない。
 ブリッツ、そして2機のジンは確実にデブリ帯を潜り抜け、アーク・エンジェルへと向かっていた。
 それぞれがそれぞれの任務を全うする。その覚悟を言葉で示したのはニコル・アマルフィだ。

「アスラン、後は頼みます。気をつけて」

 自分たちは任務を遂げてみせる。自信の中にも他人への気遣いがにじんでいる。なんともニコルらしい言葉だった。




 敵艦にはストライクとメビウスしかない。その両者を別動隊が抑える手はずになっている。こちらは3であり、敵は2。戦争とは乱暴なまとめ方をするなら引き算でしかない。
 3から2を引けば1である。もう敵艦に手札は残されていない。
 ザフト軍第3の部隊の部隊長として、アスラン・ザラはGAT-X105バスターの歩みを着実に進ませていた。後ろには3機のジンがついてきている。
 ここはユニウス・セブンの地下に張り巡らされた通路である。モビル・スーツが2機並んでも歩けるほどの幅がある。高さは、2機分とはいかないまでも手を伸ばして届くところに天井はない。
 バスターの手をふと壁につかせてみる。その手の近くに、古い傷跡があった。もう10年以上も前につけられたものだ。アスランは懐かしいと、つい見入った。
 そうしている間に、バスターの後ろを歩いていたジンが1機、横を通り抜けて路地の1つをのぞき込んだ。その道は5mと待たずに行き止まりになっている。ジンがあわてて引き返した。アスランは隊長として、一度も直に顔を合わせたことのない部下に注意を促した。

「気をつけて。ここは迷宮のように入り組んでいます」

 ジンのパイロットはまだ若い女性だった。そうは言ってもアスランよりは年上なのだろう。慣れた調子で、了解と返事があった。
 あくまでもアスランが先頭を歩く。それは隊長であるからというよりも、この通路を唯一知っているからにほかならない。
 部下たちはアスランに続きながら、あたりを見回していた。

「ユニウス・セブンの地下にこんな施設があったなんて……」

 ジンのモノアイが小刻みにあたりの様子を確認している。それが警戒ならばいいのだが、単なる興味では注意が散漫になっているだけだ。しかし、相手はビームという矛に、フェイズシフト・アーマーという盾で武装した新型である。ジン程度の性能ではどれだけ用心してもし過ぎにはならない。
 ディアッカの部隊をニコルとジャスミンに担わせるラウ隊長の判断は正しかった。いくらベテランでも、いや、反対に考えればベテランだからこそ戦術論とかけ離れた相手を敵にすることの戸惑いは大きいだろう。
 この通路を抜けてしまえば、敵艦のすぐそばまで行くことができる。新型のない敵艦なら、このベテランたちもその力を遺憾なく発揮できるはずだ。
 それにしてもここは本当に懐かしい。かつて仲間たちとモビル・スーツの操縦訓練に明け暮れたのは、もう10年も前のことだ。ゼフィランサスの開発した機体に乗って、またここを訪れることになろうとは、これはもう、運命とさえ思えた。
 そういえば、ゼフィランサスにはいつも付き従う騎士殿がいたことを思い出す。

「あいつが生きていたなら、黙っちゃいないだろうな」

 通信は繋がったままであったが、部下たちには聞かれずにすんだらしい。通信が入ったことに一瞬警戒したが、それは別件でのことだった。

「道が崩れておりますな」

 そう指摘したのは女性パイロットとは別の中年パイロットだった。
 道が壁から突き出た支柱で塞がれていた。柱は壁に内在していたコードの類を巻き込んでおり、見える隙間以上に進路を阻害している。
 バスターのセンサーで状況を確認させる。モニターには、モビル・スーツが通れるほどの隙間は映し出されてはいない。武器で除外できないこともないが、それでは敵に察知される恐れがある。
 打開策を模索している内に、アスランはあることに気づいた。

「この傷は新しい……」

 この壁に刻まれた傷に錆は浮いていない。偶然この時にできた傷が、偶然アスランたちの進路を塞いだ。そして、もう1つの偶然が重なっていた。

「こちらに平行な通路があります。進行可能なようです」

 アスランがバスターを振り向かせた時にはすでにジンがその通路へと入り込んでいた。
 たしかに、そこには今いる通路と薄壁1枚を挟んで平行に延びる通路がある。迷路のようなこの場所で、唯一長く、わき道のない通路になっているはずだ。
 3度、偶然という言葉を繰り返した。あまりにできすぎではないか。
 意識の変化に筋肉が緊張をみる。アスランはこの直後、自らの判断の正しさを確認するとともにその遅さを呪うこととなった。
 熱源反応があった。真空中でありながら察知できるほどの熱量である。平行する通路とアスランのいる通路とを隔てる壁が赤熱し、膨れ上がり、ところどころ爛れできた穴から輝きが漏れた。
 まっすぐで逃げ場のない通路。それは狙撃に最適だといえた。それが通路の中心を大きく占めるような射撃ならなおさらのことだ。
 通路の中へとまんまと誘い込まれたジンが撃墜されたことは反応の消失と、この迷宮を震わせた振動が証明していた。敵はわざと通路を塞ぐことでジンを通路へとおびき寄せ、強力なビーム砲で攻撃したのだ。
 壁は爛れ、吹き出した熱風に混ざった黒煙が一挙に視界を塗りつぶす。

「一体何がいる!?」

 通路に飛び込むことは危険が大きい。アスランはバスター両腰のライフルを敵がいると思われる地点めがけて壁ごと撃ち抜く。ビームとレールガン。それぞれの破壊の痕跡を残しながら吹き飛ばされた壁の向こうには、しかし敵の姿はなかった。
 残された2機のジンはスラスターを噴かせ、別々の方向へと散開した。いや、してしまった。確かに敵の火力が高い場合、被害を拡散するために2機以上が同じ場所にとどまらないことが定石である。しかし、ここは入り組んだ迷宮も同然の場所だ。
 ニコルやジャスミンなら指示を出さなくともアスランの考えを察し、そうでなかったとしても指示を待っていてくれる。気心のしれない相手を従わせるということの難しさを感じるとともに、アスランは自らの隊長としての未熟を恥じた。
 長時間直進していては二の舞になると警戒したのだろう。ジンは路地に入り込もうとした。しかしそこは、かつて女性パイロットが入ろうとして、すぐ行き止まりになっていることにあわてた場所である。飛行するジンは、突入した時と同じ勢いで壁に跳ね返され、通路へと戻る。正面の装甲がひしゃげ、パイロットのうめき声が聞こえた。
 無重力空間で敢えて歩行していた理由は、推進剤の節約ばかりではないのである。
 動けないジンを、敵は見逃そうとはしなかった。通路の先から熱源反応があった。助けている余裕はない。アスランはバスターをすばやく別の路地へと避難させた。ビームがジンと通路とを焼き払う。壁、通路をかまわず呑み込みながら爆炎へと変えてしまう。戦艦やコロニーの外壁さえ簡単に破壊してしまうビームの火力は一瞬にして光景を変えてしまう。
 アスランは反撃にでた。この迷宮の地図は頭に入っている。ビームの火力で壁ごと貫かんと右腰のライフルを構えた。ビームは圧倒的な熱量で壁を爆発させながら貫いた。
 煙と熱でセンサーはまともに働かない。しかし、アスランが敵の立場だとしたら、この攻撃で位置を確認し、攻撃を仕掛けてくる。
 バスターを急いで退避させると、予測通り、敵の攻撃がアスランのいた場所を単なる通過点として、ビームが射線上のすべてを焼き払いながら貫通していった。
 今度位置を察したのはアスランの方である。敵を確認することなく反撃する。そして、移動し、敵の攻撃を待ってさらに反撃する。
 圧倒的な攻撃力の応酬が行われた。哀れなのは間にたたされた迷宮の構成物である。みるも無惨に破壊され、迷宮というよりは廃墟。それも、戦いで焼き払われた古城のような光景をさらしていた。
 もはや視界を遮るものはない。
 壁という壁は撃ち抜かれ、溶解したあらゆる物質が至る所にへばりついていた。3機目、最後のジンの反応はいつのまにやら消失してた。壁に行動を阻害されるというのに、相手は壁を無視して攻撃してくる。迷宮の構造を理解していない限り、かわせるはずがない。
 それは相手にも言えることだった。敵は構造を知っている。
 そして姿がない。
 風穴だらけの迷宮の中、それでも敵は姿がない。2丁のライフルを構えながら油断なくあたりの様子をうかがう。周囲には瓦礫が浮遊している状況であり、まだ壁も穴だらけとは言え柱状に残されている。
 もしも敵が仕掛けてくるとすればどこかに隠れて待ち伏せをしていると考えるべきだろう。特殊な電波障害が発生しているようだ。ただでさえ障害物の多い中だ。レーダーもまるで役に立たない。
 熱量計が一際熱量の高い地点を示した。もはや柱同然の壁の後ろに向けてアスランは躊躇うことなく引き金を引く。放たれたビームが壁をつき崩し、そして敵の姿を露わにする。
 長大なビーム砲、そしてそれが接続されたバック・パック。しかしそれだけだ。新型の換装ユニットのみがビームの直撃をくらい破壊されていた。
 瓦礫の山が吹き飛ばされる。モニターの隅には瓦礫から飛び出した敵の新型が映し出されていた。挙動が完全に遅れてる。敵の拳がバスターの頭部を打ちつける衝撃にアスランは歯を食いしばって耐える必要があったほどだ。
 反撃するため崩れた体勢のまま右腰のライフルを突き出した。砲撃に特化したバスターは、しかしそのために銃身が長すぎる。新型はビームの直撃の危険を省みず突進してくる。結果としてそれは正解だろう。敵はビームが発射されるよりも早く懐に入り込み、その蹴りがバスターの腹部を強打する。
 放たれたビームは目標を失ったまま天井に吸い込まれ、炎を吹き上げながら貫いていった。




 ラウ・ル・クルーゼの覚えた違和感は、戸惑いと言ってもよいものである。
 予想通りラウの選択したルートに現れたのはメビウス・ゼロである。だが、その動きはムウのものではない。3機のジンの攻撃を回避し続けているが、その動きには獲物を狙う鋭さというものが感じられなかった。
 敵の母艦は完全にこの部隊に狙いを定めたらしい。砲火が曳光弾の輝きをモビル・スーツへと投げはなっていた。
 誰かは知らないがパイロットはよほど戦艦の動きに熟知しているらしい。回避技能もさることながらその逃げ方がうまく戦艦の射線上にジンたちを誘導するように動いている。
 この機体がムウの手によるものでないのだとすれば、この部隊は名もなき兵士に足止めを食っていることになる。
 では、肝心のムウはどこへ行った。
 この奇策に、ラウはゼフィランサスの意図を感じずにはいられなかった。
 ガンダムの開発者、モビル・スーツのことを誰よりも知り尽くした少女の布陣を、今しばらく眺めてみることも悪くない。
 ザフト軍において指揮官に優先的に配備されるシグーはユニウス・セブンの空を漂いながら、戦闘の様子を傍観さえしていた。




 クルーゼ隊長が攻めあぐねいている中、ビームの光がユニウス・セブンの地表を横切った。一直線に爆発が列をなし、その爪痕を刻む。地下で、新型同士の戦闘が行われている証拠だ。どうやら、敵の新型はアスランの方へ行ったらしい。
 作戦を変更する。ディアッカは瞬時に判断した。
 敵艦はこの部隊で落とす。そうと決まれば、わざわざデブリを避けて進む必要はない。
 ブリッツが右手の複合兵装を構える。装備されたライフルからビームが放たれる。行く手を塞ぐかつてはユニウス・セブンの建造物を形作っていたであろうデブリへとビームが命中する。
 ビームの熱量は、付近のデブリを2、3まとめて吹き飛ばすほどの爆発を生じさせた。
 すると、その爆発が届いたぎりぎりの場所で、もう1つの爆発が起きた。ビームのせいではない。そう考えなければ2回目の爆発は不自然なタイミングだった。そこに、別の爆発物があったのだ。
 ディアッカは叫んだ。

「2人とも止まれ!」

 ブリッツが前進を停止するに合わせて、ジン2機が静止する。

「迂闊に動くなよ、爆弾が仕掛けられてやがる」

 どうやら、敵はこちらの侵攻ルートを予測しデブリ帯に爆弾を仕掛けていたらしい。これが初めての爆弾なのか。それとも、偶然、これまでの爆弾に触れずにすんでいただけなのか。どの規模、どの程度の範囲に爆弾が仕掛けられているかわからない今、迂闊に動くことはできない。
 フェイズシフト・アーマーを有するブリッツなら爆発に耐え切れるだろうが、ジンでは致命傷になりかねない。それにも関わらず、先に動こうとしたのは脆弱な装甲に守られたニコルの方だった。あたりの様子を確認しながら進もうとする。

「このまま立ち止まっていたら、それこそ相手の思う壺です!」

 ディアッカはヘルメット越しに額に手を当てた。
 まったくこの後輩は仲間のことを優先しすぎる傾向にある。人として誉められることであるのかもしれないが、戦場に出るにはこの少年は優しすぎる。できるなら、とっととママのところに追い返してやりたいところだ。
 そのためにも、それまでは生きていてもらわなければならない。
 ブリッツを加速させる。新型の優れた推進力はジンをあっさりと追い抜く。

「道は俺が作る。2人はあとからついて来な」

 それを隊長命令ととったのか、ニコルもジャスミンも、ブリッツから一定の距離を開けてついてくるようになった。
 デブリ帯は決して厚い層をなしていない。しかし、これから、もっともデブリの密度が高まる場所を通らなければならない。爆弾が仕掛けれられている可能性がもっとも高い場所だ。
 モニターから片時も目を離さす、あたりの様子をうかがう。すると、ディアッカの目の前に思いも寄らない敵が現れた。
 卵を橙色に染めて横に倒したような機体だった。灰色のアームが左右に2本ずつ前後に伸びて、機体の下にコンテナを抱えていた。コンテナは、片側に申し訳程度のミサイル・ポッドと思しき武装が取り付けられている。これが、こいつの唯一の武器のようだ。
 ミストラルとか呼ばれる多目的ポッド。民間でも使われているような代物で、いくら武装を持たせようとメビウスにさえ及ばない。件の言い方を借りるなら、ミストラル5機でメビウスと対等。そのメビウス5機でジンと並ぶ。では、ジンは一体何機並べれば新型に匹敵するだろうか。概算でブリッツを抑えるために必要な最低でもミストラルは125機にもなる。
 それだけの数はそろえられなかったらしい。確認できたミストラルは全部で3機。
 ディアッカは思わず声をあげて苦笑した。

「おいおい、これは何の冗談だよ」

 爆弾設置に夢中になるあまり、逃げ遅れでもしたのだろうか。ずいぶんと間の抜けた話だ。ディアッカはミストラルをロックオン・サイトに収めた。ビームでは広範囲を攻撃しすぎる。左手の射出兵器を発射する。

 漆黒の体に黄金の爪を備えた射出兵器が、一番目立つ位置にいたミストラルへと突き進む。戦車さえ一撃で破壊する攻撃に、作業用の小型機が耐えられるはずがない。
 こいつを撃墜したら、他の2機は武器を使うまでもない。素手で破壊してもいいかもしれない。そんなことを考える余裕さえあった。
 ただし、その余裕も、ミストラルが予想外の動きで射出兵器を回避するまでの話だった。機体を回転させることで重心をずらし、爪が本体をかすめるほどにぎりぎりの間合いで攻撃をかわしたのだ。
 命中した際の衝撃に備え、ディアッカはブリッツに構えさせていた。ところが当てが外れたことで、ブリッツがおかしな動きをする羽目になった。妙に前のめりになり、ディアッカは慌てて制御する必要に見舞われた。

「何の冗談だ!」

 射出兵器を急速に引き戻す。思ったよりも、ユニットを戻した反動が大きい。左手で受け止める形で、機体が左に傾いた。普段なら問題にならない程度の反動だが、小型で軽やかな動きを見せるミストラル相手には大きな隙となった。
 もっとも、そんな動きを見せるのは回避した1機だけだ。その1機が、ミサイルを発射する。ジンの装甲さえ貫けるかわからないほどに小さなものである。フェイズシフト・アーマーを破壊できないことくらい、敵さんの方が詳しいだろう。
 残念ながら、敵にこの皮肉は通用しなかった。わざわざ、頑強なフェイズシフト・アーマーを狙ってはくれない。
 ミサイルはブリッツの後ろにあるデブリに命中した。すると、小さな爆発が起きて、すぐさま生じた大きな爆発が、小爆発を呑み込んで一気に膨れ上がる。その爆発はブリッツの背中を強く叩きつける。
 歯を食いしばり、衝撃に耐える。その間、ディアッカの名を呼ぶ、ニコルたちの声を聞いたような気がした。
 ミストラルはさらにミサイルを発射する。ディアッカの援護に来ようとしていたニコルたちの近くにあったデブリが、大きな爆発を起こす。2人は接近を中断せざを得なかった。
 ブリッツがたかだかミストラルに翻弄されている。これは残念ながら事実以外の何者でもない。しかし、民間機が軍用機を撃墜することができないことも、同じく事実である。
 ライフルを構える。ビームの破壊力ならばミストラル1機破壊しても十分おつりが来る。そのおつりが問題だった。威力が高すぎるため、いつどのように爆弾が誘爆するかわからない。ニコルたちが巻き込まれれば命取りになりかねない。躊躇が、ディアッカにトリガーを引かせることを遅らせた。
 その時のことだ。右手に何やらワイヤーが撒きついた。すぐさま、左手も捕縛される。戦闘に参加していなかったミストラル2機がコンテナに装備されたワイヤーガンでブリッツと繋がった。出力では雲泥の差があるが、腕1本で振り回してやれるほどの違いはない。
 ブリッツの攻撃力は腕に依存していた。右手の複合兵装。左手の射出兵器。それしか武器と呼べるものがない。動きとともに、武装まで封じられた。

「離しやがれ!」

 動こうと足掻くが、敵も必死だ。まっすぐにはられたロープが一時も緩むことがない。1機のエースが注意を引いて、残り2機で捕縛する。まんまとしてやられたらしい。
 エース機が正面からミサイルを発射した。今度の目標は間違いなくブリッツそのものだった。ミサイルが顔面に命中し、小規模の爆発が起きる。フェイズシフト・アーマーがこの程度で破壊されるはずがない。

 その証拠に、モニターは爆煙で覆われていたが、死んではいない。ただ、視界を塞がれたこの状態はまずい。ブリッツの上半身を少しでも動かして、煙を払おうと画策する。
 このとき、ブリッツが操作を受け付けないことに気づいた。ハッチが独りでに開いていく。モニターが上下左右に格納され、コントロール・パネルが道を譲るように床下に沈み込んだ。内部ハッチが完全に展開すると、外部ハッチはすでに開ききっていた。
 宇宙空間が見えるはずだった。しかし、そこには、宇宙を押しのけて存在感を主張する男が立っていた。クルーゼ隊長を思い出させるような長身の男は不敵な笑みを浮かべながら、ディアッカへと銃を向けていた。


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