ZZ-X3Z10AZガンダムヤーデシュテルンの放つ2筋のビームがGAT-01A1ストライクダガーのシールドを吹き飛ばし、胸部へと突き刺さる。空に生じた爆煙を突き破って残骸が尾を引き海へと落下する。
青い翼が輝きを放ち、その威光に恐れおののいたように敵部隊が撤退を開始する。敵はストライクダガーを中心に構成された1個中隊。すべてがガンダム・タイプで構成されるアスラン・ザラの部隊と対抗するにして戦力不足甚だしいと言うべきだろう。
「よし、深追いはするな。敵を撃退できればそれでいい」
まだカーペンタリア基地からそう遠い場所ではない。単なる偶発的な遭遇戦で無理をする必要はなかった。アスラン・ザラの指示通り部下達が追撃を控える中、コクピット内を飛び回る人形は落ち着きがなかった。翠星石がパイロット・サポート・システムであることを忘れたかのようにあらぬ方向を見ていた。
「シン、しっかりするですよ!」
シン・アスカがまだ交戦中なのだ。最近、翠星石がシンの特訓に付き合っていることをアスランは知っている。
アスランがヤーデシュテルンをシンの方へと向けると、翠星石もまるで遊覧船の窓から窓に移る子どものように動いた。
シンの搭乗するZGMF-56SインパルスガンダムはGAT-131イクシードガンダムと戦っている。イクシードガンダムは白兵戦に特化した機体で、シンの使うソード・シルエット同様1対の大剣を装備する。ファントム・ペインではないようだが、ガンダムである以上、腕利きが搭乗しているはずである。
翠星石は声を張り上げていた。友達の試合を応援しているかのように。
「意識を加速させるですよ、シン!」
イクシードが対艦刀を力任せに振り下ろしてくる。それを、シンはコクピットの中で冷静に見つめていた。
インパルスが右のビーム・サーベルで対艦刀を受け止める。その時にはすでにシンの操縦は次の段階に移っていた。ビーム同士が激突したことを確認することなく攻撃に転じていたのである。そのため、インパルスは防御した次の瞬間には左腕のサーベルを振り抜いていた。
半歩、反応の遅れたイクシードは右足を切断される。
イクシードのパイロットの反応は早かった。損傷を確認するや否や体勢を立て直そうと即座に反応したのである。しかし、シンはその上を行っていた。損傷を与えたことを確認するよりも先に体が動いていた。損傷を把握した瞬間には、すでにインパルスの刃がイクシードに迫っていた。フェイズシフト・アーマーの輝きがイクシードを肩から縦に焼き払った。
イクシードが破壊された、そう人々が意識した頃にはすでにインパルスの蹴りがイクシードは突き飛ばしていた。こうしてシンは爆発する敵機から余裕で離れるとともに帰還命令に従い母艦であるミネルヴァを目指すこととなった。
意識の加速。
同時刻、GAT-X255インテンセティガンダム汎用型のコクピット内においても同じことが語られていた。
豪奢な椅子に腰掛け紅茶をすする真紅の前でアウル・ニーダが瞬きさえ忘れた様子で操縦桿を握りしめていた。一瞬たりとも気を抜くことはできない。少しでも隙を見せれば8本の刃に切り刻まれるのだ。
ZZ-X300AAフォイエリヒガンダムが4機のバック・パックから、4本の手足からビーム・サーベルを展開して突っ込んでくる。
アウルは意識した。まず来るのは右、次は左、下、上。意識を加速させて、敵の動きに反応していく。インテンセティがアームで連結されたシールドを2枚展開する。まず右のサーベルを受け止める。次は左を止めたことを確認して下を防ごうとした時、アラームが鳴り響いた。シミュレーターが停止し、アウルは前のめりになっていた体を機嫌悪そうにシートに戻す。
負けたのだ。真紅が回避不可能と判断し、インテンセティは撃墜された。これで何度目の戦死か、アウルはとっくに数えることをやめていた。
「反応は確かによくなっているわ。でも、まだまだ認識に頼る癖が抜けていないようね。アウル、人は予測とともに動いているわ。たとえば階段を降りる際、もう一段あるつもりが実際はなかったとしたら、ついつんのめってしまうでしょう。それは予測がはずれたから。人は自らの動きに予定を立てている」
真紅の小言を聞きながら、アウルはあからさまにしびれを切らしていた。早くシミュレーターをやりたくて仕方がないのだろう。しかし真紅の機嫌を損ねることもできず、手を頭の後ろに置きくつろいだ格好をすることがせいぜいだった。
「あなたは敵の攻撃をシールドで受けるつもりでいた。でもそれからは? エインセル・ハンターの意識はすでに2手先、3手先、10手先まで予定されている。そして、いちいち予定の実現を確認してから動いていては達人についていくはできないわ」
攻撃を防御できたことを確認してからでは間に合わない。エインセル・ハンターの場合、攻撃したら防がれることを予定して、そして確認しない。予定が実現することを確信してもう次の行動に移っている。行動にわざわざ確認というクッションを挟むアウルとエインセルではどんどん行動の速さに差が生じてくる。
真紅が言いたいこと、これまでも何度も言い続けてきたことはそんなことだった。
そして、その差が致命的になった瞬間、撃墜されているという訳だ。
「意識を加速させなさい。知覚を捨てなさい。意識と無意識の狭間に、極意は潜むものよ」
確認を挟まず次々行動の予定を立てることを真紅は意識の加速と呼んでいる。無意識にではない。意識的に動いて、無意識的に確認をすっ飛ばす。そんなことをアウルは要求されているのだ。
アウルは軽く息を吹いた。エインセル・ハンターには一度も勝てていない。ほとんどが10秒ともたない瞬殺である。だが、アウルは強くならなければならなかった。スティング・オークレーの仇を討つために。
ここには極彩色の絨毯もなければきらびやかな装飾が施されているでもない。狭い部屋。質素な寝床に2脚の椅子。見紛うことない船室だった。
しかし謁見の間である。王がここにいるのだから。
「シン・アスカ。記憶にない名前です。」
玉座であろうと、単なる安普請の肘掛け椅子であろうとエインセル・ハンターは変わらない。味方からは称揚を集め、敵からは憎悪の対象となる。今はその豊かな水を湛える湖の青さを備える瞳を娘へと向けていた。
「オーブの少年です。お父様を母の仇と認識しています」
ヒメノカリス・ホテルは変化を見せる。その顔には確かな機微を浮かべている。不安か、あるいは焦燥。父への気遣いがそこには見られた。ヒメノカリスは父の前では弱さを露わにする。
「相違ありません。オーブ侵攻の指揮を担ったのは私です。少年の母の死は私の責任です」
「そうであったとしても、シン・アスカにお父様を殺させはしません。何があってもお父様は私が守ります」
ここでも、ヒメノカリスは弱さを見せた。力強く父を守ると宣言したことは、それだけ父を失いたくないという思いの裏返しであるのだから。
そんな娘に対して、エインセルはいつものように優しく微笑みかけるだけだった。
「カーペンタリアでのお話です。私はインパルスと交戦しました。部隊が混乱する中、ただ1機で挑みかかってきたインパルスと戦いました」
「そのパイロットが、シン・アスカなのですか……?」
そもそもヒメノカリスはシンがパイロットであるのかどうかさえ知らない。今し方名前を聞かされたばかりのエインセルがシンに関する情報を持っているはずもなかった。それでも、エインセルの声はどこか確信じみていた。
「わかりません。ですが、不思議と因縁めいた何かを感じずにはいられません」
では、シンはインパルスガンダムのパイロットなのだ。そう、ヒメノカリスは確信した。お父様のお言葉である、ただそれだけが絶対の理由となるのだから。シンが父と刃を交えたという事実は、ヒメノカリスを突き動かす理由としては十分なものだと言えた。
ヒメノカリスが立ちあがると、その身を包む純白のドレスが鮮やかに舞う。
「お父様が似合うと仰いました。だから私はこのドレスが好きです」
スカートを摘み、回る姫君。お父様に見てももらうために、波立つ髪が香りを放って揺れ動かしながらくるりと回る。
「お父様が愛でてくださいます。だから私は私が好きになれました。お父様は私のすべてです。お慕いしています。私のすべてを捧げたいほどに」
エインセルが娘へと向ける微笑みは、しかしそれ以上のものでは決してない。あの時と同じ微笑みだった。ヒメノカリスがその愛を疑い、傷つけた時にもエインセルは娘を許し、微笑んだ。その時からエインセルとヒメノカリスの関係は何も変わっていなかった。
「ヒメノカリス。あなたのその言葉は父として無上の喜びです。そして、私はいつまでもあなたの父でいたいと願い、そしてそのために尽力することでしょう。わかってくれますね?」
これまでにも幾度となく繰り返してきたこと。娘が父に愛を請い、父はただ娘を娘として愛し続けた。
ヒメノカリスはただ、小さく頷くことでしか父に応える術を有していなかった。
夜の海に飛沫をあげて、ガンダムが1機、2機と海に潜る。ファントム・ペインに所属するGAT-255インテンセティガンダムがスペングラー級MS搭載型強襲揚陸艦から飛び降りた水柱が月明かりに照らされる。
露天甲板にはまだ2機のインテンセティが残っている。140tもの重量が一気になくなることに備え、インテンセティはタイミングを合わせて甲板の左右から飛び降る必要がある。先ほどの2機と同様、残った2機も船体軸の対角線上に並び、タイミングを見計らっていた。
しかし、この2機はなかなか飛び降りる気配を見せない。まだ隊長機の方が用を残しているからだ。
隊長であるジェーン・ヒューストンは機体を傾けて甲板を見下ろしていた。同じファントム・ペインに所属する指揮官と話をしている。サングラスをかけ、まだ少年と呼んでもさしつかえない少佐と。
暗いコクピットの中、ジェーンはまだヘルメットをつけていない。相手に自分の姿は見えていないとは知りつつも、自身の金髪に手櫛を入れて身だしなみを整えていた。
「ロアノーク少佐ならご存じのことでしょう。オーブのエピメディウム・エコーが事故死したと聞きました。このことをどう考えますか?」
「ヴァーリのことを知っている、そんな様子ですね」
「これでもファントム・ペインの部隊長です。多少アクセス権は与えられています」
無論、ネオ・ロアノーク少佐の素性についても多少は聞き及んでいる。ロアノーク少佐は特に動揺した様子も見せずに応じた。
「ラクス・クラインが手を下したのだと思います。彼女は至高の娘です。その行動原理はすべて、シーゲル・クラインの望む通りにすることです。だとすると、プラントは本気で動き始めたと言っていい」
「これから戦争が本格的になるとお考えですか?」
「いや、もっと大きなことでしょう。クライン家が1000年にわたって希求し続けた悲願成就のために動き出した、そんなことだと思いますよ」
しかし、それが具体的にどのようなことか、キラはジェーンの機体を見上げたまま言葉を続けようとはしなかった。少なくとも今はこれ以上のことを話すつもりはないのだろう。少なくともジェーンはそう判断した。
「我々はファントム・ペインです。エインセル代表のもとに集った戦士であったそれ以上でも、それ以下でもありません。代表が望むのであればまたお目にかかることもあるでしょう」
これを別れの言葉として、白鯨はその鋼の体を夜の海へと投げ出した。
街の明かりに蹴散らされた星々が見下ろす海の上を、人工の光が並び飛ぶ。C.E.71年に人が新たに手にした光だ。ミノフスキー・クラフトは光を放つ。装甲表面のミノフスキー粒子の被膜が斥力を生み出し、それが推進力を生み出すとともに余った力を光として放出するのだ。
つまり、モビル・スーツが海上を飛行していることを意味する。
一際大きな光が2つあった。ZZ-X3Z10AZガンダムヤーデシュテルンとZGMF-X17Sガンダムローゼンクリスタルが全身から光を放つ。その後ろに5つの輝きが、インパルスガンダムが5機、追従しながら飛行している。
ミノフスキー・クラフトは優れた機動力を生み出したが、その代償として秘匿性は失われている。位置を宣伝しているかのように眩しい光に、その行く先、沿岸の基地が途端に慌ただしくなる。幾本ものライトが立ち上り、スクランブルをかけられた戦闘ヘリが次に次に浮き上がる。
アスランは発見されたことを気にした様子を見せない。ここはカーペンタリア湾から続く水路の一部である以上、敵は当初から警戒していたはずだ。何より、8機ものガンダムであれば力尽くでねじ伏せることができる自信があるのだろう。
「この規模の基地にあまり時間をかけたくないな。パラスアテネ、アリスの発動を頼む。作戦時間は30分。攻撃目標は敵戦力の完全な沈黙」
近づくにつれて夜の闇が薄く薄く剥がれていく。基地がその姿を肉眼でも確認できそうなほど接近した時、ザフト軍は基地に襲いかかる。
C.E.71年。人はガンダムという名前の新たな光を得た。
カーペンタリア基地を出発したミネルヴァは東南アジアの島々の間を縫うようにして赤道同盟を目指す。そう、シンは聞かされていた。エインセル・ハンターが大西洋連邦の同盟国である赤道同盟のZZ-X300AAフォイエリヒガンダムの修復を行うという情報がもたらされたからだそうだ。
ミネルヴァはすでにマラッカ海峡に入った。ここには前情報通りに東アジア共和国の基地があった。シンの任務はパラスアテネの部隊と共同でこの基地を沈黙させることにある。
レイ隊長の声に、シンは戦いに向けて気を新たにした。
「防衛戦力はデュエルダガーだけのようだが、油断はするな」
駆動音響くコクピットの中でモニターには次第に大きくなる名前も知らない基地が映し出されていた。
小規模な基地だった。マラッカ海峡は平均水深が30mもないほど浅い。カーペンタリア基地から海峡を抜けてくるボズゴロフ級を監視するための基地ではなく、さほど重要な基地とは見られていないことがうかがわれる。
シンは決して油断している気はなかったが、それでもガンダム・タイプを7機も投入することもあって不安を感じてはいなかった。敢えて挙げるとすれば、基地に隣接する熱源反応のことだ。基地のすぐ後ろにどうやら町があるらしい。
素速く戦力を削らないと町にまで被害が及んでしまう。その点、シンが好んで使用するソード・シルエットはピンポイントの破壊を得意とする。慌ただしい基地目指して加速しようとした、その時のことだった。
「アリス、発動!」
ザラ大佐が何かの命令を発した。シンには意味がわからず、何か聞き逃したことがあっただろうかとヘッド・フォンにすることと同じようにヘルメットを横から押さえた。その分反応が遅れ、その時にはすべてが始まっていた。
突然ザラ大佐の部下である3機のインパルスが加速を開始した。それも、完璧に同じタイミングで。まったく同じように武器を構え、まったく同じように動き、完璧な編隊を組んで基地へと向かっていく。
まるで機械が動かしているように。
こんなこと以前にもあった。そう、シンは思い出す。フィンブルの破砕活動を妨害した時、インパルスガンダムと一体化したような感覚で、自分が自分と、現実が現実と認識できなくなったことを。
それと同じことがあのインパルスたちにも起きていた。 あの時のシンとルナマリアに。今のヒルダ、ヘルベルト、マーズに。
「何なんだよ、これ……?」
「ほら、シン、何ぼさっとしてるのよ!」
ルナマリアは何ともないらしい。基地ではすでに火の手が上がっていた。ミノフスキー・クラフトの強度を上げて加速する。シンが基地に等着した時、そこは戦場ではなかった。
まだ、基地としての名さえ与えられていないような基地である。国籍は赤道同盟。マラッカ海峡の出口に位置し、防衛戦力がGAT-01デュエルダガーを配備されている。特筆すべきことがないほど小規模の基地である。
ガンダム・タイプの襲撃に耐えられるはずもない。インパルスガンダムの襲来を受けた時点で、勝敗はすでに決していた。
3機のインパルスガンダムは完璧であり、そして残酷であった。
完璧な連携。同じ敵を2機が重複して狙ってしまうことなどない。それどころか、インパルスを狙う敵めがけて他のインパルスから攻撃が加えられる。そこには人間味というものは何もなく、的確で正確、精確な攻撃は瞬く間に基地機能を低下させていく。
示し合わせたように無駄がない。行った攻撃の範囲をすべての機体が理解し、まるで1人が同時に3機を操っているかのように基地全体に均等なダメージが重ねられる。
そして残酷。そこに容赦や自慈悲はなかった。足を破壊されたデュエルダガーが市街地へと落ちていく。偶然か、それともパイロットの意地か、デュエルダガーは建造物をさけ道路へと落ちた。コンクリートが砕け、押しつぶされた車がけたたましいクラクションを奏で続ける。デュエルダガーは動こうとしていた。片足はすでになく、右腕のライフルも銃身がひしゃげている。落下の際背部を強く打ちつけたことが原因であろう。メイン・スラスターがうまく機能していないようにも見える。それでも動こうとしていた。
1機のインパルスが近づいている。ライフルを構え、明らかに撃墜の意志を示しながら。町から離れようと無理に体を浮かせたデュエルダガーの腹にビームが撃ち込まれた。ビームの熱量は爆発を引き起こし、デュエルダガーの胴が引き裂ける。破片は熱と炎を纏いまき散らされ、ビームは直接町を焼き払う。
上半身を含む大きな鉄の塊がビルを直撃する。落ちた破片は道を砕き逃げまどう人々を飲み込んでいく。
シンがすべきことなんて1つも残されていなかった。基地についた時にはすでに一方的な殺戮が行われ、シンどころかアスランたちでさえ何もする必要がないほどだったからだ。
煙は多いが、とにかく火の手が多くて明るい。着陸場所には困らないほど大きな広場がいくつもできていた。
対空砲火はない。適当に選んだ跡地に残骸を踏みつけてインパルスを着地させると、周囲は凄惨な有様だった。ビームの突き刺さった後が焼け焦げた穴となり黒煙を吐き出し続けている。モニターには望遠で町の様子が映っていた。子犬と思われる小さな体が、瓦礫のそばで動かない。
シンは痛ましい街の様子を見つめる視線をアスランの方へと向けると、その目つきは自然と鋭いものへと変わる。
「ザラ大佐! これはどう見たってやりすぎだ! 一般市民を巻き込む戦いなんて許されるはずがない」
アスランのヤーデシュテルンは惨状を見ようともせず、基地の司令部、その残骸へと関心を払っていた。
「……シン、君の言っていることは理想論で、俺たちのしたことは結果だ。この基地にはエインセル・ハンターに関する情報が残されていた可能性が高い。データを抹消する余裕を与えるわけにはいかなかった」
「そんなの俺たちの都合でしょう!」
音声のみの通信であるため、シンにアスランの顔は見えない。どうせ呆れたような顔か、興味のないような顔をしているに決まっていると、シンはこれまで正規軍の多くが外人部隊を相手に見せた顔から想像した。
「一刻も早くエインセル・ハンターを倒さなければもっと多くの人が死ぬ。確かに最善の結果とは言えないかもしれないが、エインセル・ハンターを野放しにするよりは遙かにましだ」
「それじゃあ4年前のジェネシスと同じじゃないですか!」
ここで地球軍を撃退しなければプラントは負ける。そんな考えの下、当時のプラント最高評議会議長パトリック・ザラは地球の全生命の9割を焼き払おうとした。この凶行と同じ理屈で、今度は息子が自らの行動を正当化しようとしている。
そう考えたことが、シンが激昂している理由であった。
「そうだな。ジェネシスのおかげでプラントは救われた」
乾いた声で、そのためか聞き取りやすい。それでもシンには、聞き間違えではないと確認するための時間が必要だった。
「自分が何言ってるのかわかってるのか……!?」
4年前から幾度となくプラントが繰り返してきたことだった。自分のためにためらいなく人を犠牲にし、それを仕方がないと片づける。外人部隊を捨て駒にすること、フィンブルの地球落着さえプラントは容認したのだから。
シンの気迫に危うさを覚えたのだろうか。ルナマリアの操縦するインパルスが2機のガンダムの間に着地した。
「シン、いい加減にしときなさいよ。地球の人たちがどんなにひどい奴らか、シンだって知ってるでしょ。もしジェネシスがなかったら、私たちどんな目に遭わせられてたかわからないじゃない!」
「どうして誰かを悪人にしなきゃ自分の正当性を証明できないんだよ、プラントは!?」
ルナマリアが言っていることはすべて「自由と正義の名の下に」の受け売りでしかないことをシンは知っている。
「プラントははいつになったら気づくんだよ!」
操縦桿から手を離せ。理性が押しとどめて、感情が先走ろうとする。手の筋肉が痛いくらいで、そんな緊張がルナマリアやザラ大佐にも伝わっているだろうとシンは理解していた。
もしもここでレイ隊長の声が聞こえてこなかったなら、何が起きたか、シン自身想像も付かない。
「シン・アスカ、そこまでにしておけ。話しがあるならまずは俺が聞いてやる」
神々しい光を放ちながら降り立つローゼンクリスタルはアスランたちに加勢するには遠いが、シンを抑えるには適した位置を意図的に選んだようだった。
「レイ、隊長……」
少なくとも、シンにレイを相手にしてまでここでことを構えるつもりはなかった。そのことはアスランたちにも伝わったのだろう。ヤーデシュテルンとルナマリアのインパルスは警戒を解いたようだった。
今、シンの足下では燃えるものはすべて焼き尽くした炎がくすぶっていた。燃え始めた炎はなかなか消えてはくれない。下火になったかと思えてもいつまでもくすぶり、再び激しく燃え上がることがあるのだから。