ザフト地上軍のカーペンタリア基地では、勲章の授与式が行われていた。前のカーペンタリア防衛戦で特に戦功のあった者、勇敢な戦いぶりを見せた者を中心に、10名のザフト兵に勲章が授けられることになっていた。
兵士で満員の会場に、10名のザフト兵が横一列に並べられている。その1人1人に、プラント最高評議会議長ギルバート・デュランダルは勲章をつけ、握手を交わしては言葉をかけていく。
シン・アスカもまた、勲章を授けられる1人として体を固くして順番を待っていた。
現在、隣でシンよりもやや年上と思われる若者が物怖じしない態度で議長から勲章を胸につけてもらっていた。どこか気取った髪型が特徴的だと、シンは感じた。
「ハイネ。君の胆力と幸運をこれからのもザフトのために役立ててほしい」
「もちろんです、デュランダル議長」
そして、シンの出番がやってきた。議長が勲章をシンの胸に取り付けると、握手を交わしてからシンへと話しかけた。
「君の活躍がなければ、ザフトはカーペンタリアの機能を喪失していたことだろう。ありがとう」
まだ30歳という若さにも関わらず、その態度はシンに威厳を感じさせた。
「こ、光栄です……」
そんなことしか言うことのできなかったシンにも、議長は笑みを絶やさないまま、シンの隣へと向かった。そこには、シン以上に体を固くしているルナマリア・ホークがいる。
議長は一連のやりとりを終えた後、同じように語りかけた。
「辛い境遇にも関わらずよく戦い抜いてくれた。ザフトは君の勤勉さを称えるだろう」
「こ、こ、こ、光栄です……、ぎ、議長!」
ルナマリアの声は完全にうわずっていた。
こうして授与式を終えると、次は晩餐会が始まった。夕食と呼ぶにはまだ早い夕方の時間だが、窓から差し込む赤い日の光は、会場を独特の雰囲気で染め上げていた。細長いテーブルの上座に議長が座り、席には勲章を受けた10名を中心に佐官クラスの軍人が並んでいる。
晩餐会のはじめ、議長は最初に10名の紹介を始めた。授与の順番と同じ並びで紹介されたため、シンは自分の説明を聞く前に例の伊達男の紹介を耳にしていた。
「彼はハイネ・ヴェステンフルス。優秀なパイロットで、奇襲にさらされたボズゴロフ級からただ1人生還した勇敢な男だ。それどころか病み上がりにも関わらず出撃し、敵機を撃墜した気骨のある男でもある」
続けて、シンに議長の視線が向けられた。
「シン・アスカ軍曹、いや、今は曹長だったね。優れた機転によってカーペンタリアの窮地を救ってくれたのは彼だ。彼はすでに何度も撃墜されながらその度に立ち上がってきた。不屈の闘志とは彼のためにある言葉ではないかな」
その場の全員の人の視線が集まり、シンは軽く頭を下げた。
そして、ルナマリアが紹介される。
「ルナマリア・ホーク。彼女はシン・アスカ曹長のよき相方としていくつもの戦場を渡り歩いてきた。満足な補給さえない環境でさえ戦い抜くそのひたむきさは、心が痛む以上に賞賛の気持ちがわきあがる」
こうして10人の紹介を終えたところで、晩餐会が始まった。
「緊張しないでくれとは言っても難しいこととは思うが、同じザフトの未来を担う者として、今日は親睦を深めてもらいたい」
そうは言われても、シンは1人で黙々と料理を食べ進めていた。外人部隊にいた時は連戦続きで栄養チューブを胃に流し込んでしのいだこともある。栄養価は抜群と聞いていたが、人間、栄養だけでは生きていけないことを学んだ。
シンの前に置かれている料理は何かの薫製肉にソースをかけたものだった。こくがある、とでも言うのだろうか。ソースを口に入れると、3種類の味が代わる代わる現れて肉のうまみを引き立たせていた。肉そのものも柔らかく、丁寧な下拵えを感じさせる。普段の食生活が豊かとは言えないシンであっても、この料理の味はわかっているつもりだった。
もっとも、味なんてまともにわかってなさそうな人物が、シンのすぐ隣にいた。ルナマリアだ。手にするフォークとナイフが目に見えて震えていて、まるで睨みつけるような眼差しで料理を見つめ続けている。
シンに話し相手がいないのも、ルナマリアがこの調子であることが一因になっている。仕方なく、シンはふと、議長の方を見た。
デュランダル議長はすぐ脇に座る白い軍服の女性と話をしていた。意外にもシンにとって見覚えのある人物だった。母艦であるミネルヴァの艦長であるタリア・グラディスだった。
2人はずいぶん親密そうな印象で話をしていた。いったいどんな話をしているのか、シンの席からでは聞くことはできない。特装艦の艦長とは言え、議長と一軍人に親交があることをシンは不思議に思ったが、そもそも、シンはそう考えることができるほどグラディス艦長のことを知ってはいない。
そして、今後も知ることはないだろう。胸には授与された鉄十字勲章が鈍い輝きを放っている。それでも、シンは在外コーディネーターである事実は、今後も変わることはない。
晩餐会が終わって、シンはルナマリアと休憩室のテーブルに座っていた。そこに妙な走り方で駆け込んできたのは同僚のヴィーノ・デュプレだった。
「シン、ルナ。2人ともすげえよ! 鉄十字勲章もらえるなんて、もう英雄だろ」
相変わらずのテンションに、シンはついていけていないことを自覚していた。もっとも、ヴィーノの関心はすぐに他に移った。
「で、ルナはどうしたんだ?」
普段ならヴィーノにもついていくことができるルナマリアだが、今はテーブルに突っ伏して身動き一つない。代わりにシンが答える必要があった。
「気疲れなんだってさ。終始緊張しっぱなしだったから」
顔も上げずに、ルナマリアはくぐもった声を出した。
「だ、だって、目の前にあのデュランダル議長よ、議長……!」
これでは当分まともな受け答えは期待できないと、シンはため息をついた。そして、ヴィーノは何とも移り気だ。
「なあ、勲章見せてくれよ、勲章!」
シンは胸ではなくポケットから取り出した勲章をテーブルに置いた。
「シン? 胸につけないのか?」
「いや、なんだか、悪い気がしてさ」
「悪い? 何の話だよ? なあ、教えてくれよ、友達だろ?」
「友達か? 俺たちって?」
シンが自然な言い方で疑問を口にすると、ヴィーノは大げさなまでに落ち込んでしまった。テーブルのすぐ脇で両膝を抱えてうずくまってしまった。仕方なく、シンは折れることにした。
「悪かったよ。話すから立ってくれ」
すると、ヴィーノは素早い動きでシンたちと同じテーブルにつくなり、目を輝かせてシンを見た。まるで、これから映画でも始まるかのように。
シンはため息をつきながらも、仕方なく話を始めた。
「俺たちが在外コーディネーターの部隊、要するに外人部隊にいたことは知ってるだろ? その時、嫌な噂があったんだ。外人部隊は任期を終えても本国に帰還が許されるまでは除隊できないって話が。それが本当かどうかははっきりしないんだけど、艦長たちは真に受けてた。だから功績を挙げて本国に戻ろうって無茶して……」
みな戦死した。
「そんな艦長たちがほしがってたのが、この勲章なんだよ」
「じゃあ、その人たちが勲章もらえてたら……?」
「めでたく市民権を得て、家族の下に帰れたってお話だな」
家族を残していた人が死んで、帰りを待つ人もいなければ任期もまだ残すシンが勲章を受け取った。シンが勲章を飾りたいと思えない理由がそこにある。
テーブルに置かれたままの勲章を、シンは特に何の感慨もなく眺めていた。ヴィーノは相変わらずヴィーノだったが。
「へ~、シンて意外とそういうこと気にするんだな」
「どういう意味だよ?」
「いや、シンならその点、割り切ってそうだからさ」
あまりヴィーノの言葉を重く受け止めても仕方がない。ヴィーノの言葉はよくも悪くも軽い。あまり真剣になる必要はない、それがシンの結論だった。
爛れた黄金のガンダムが横たわる。見上げる男の髪も同じく黄金をしている。
「この状態では、フォイエリヒの修復には相応の設備が必要ですね」
小惑星フィンブル落着の際、傷ついた体を構うことなく大気圏突入を行ったZZ-X300AAフォイエリヒガンダムは全身が傷つき、まったく修復されないままの姿をさらしていた。本来の主であるエインセル・ハンターに看取られるように。
「ごめんなさい。私が、壊しました」
エインセルの傍らに立つヒメノカリス・ホテルは桜の木を折った子どものように伏し目がちにうなだれる。普段感情を顔に出すことのないヒメノカリスとて、父の前では表情を作る。
そんなしおらしい愛娘の頬を手を添えて、ヒメノカリスが顔を上げる時節にあわせて、エインセルはその澄んだ青の瞳で見つめあう。
「私は喜ばしいと考えています。フォイエリヒがこれほど破壊されながら、ヒメノカリスが無事であったのですから」
頬に触れる父の手を包み込むように手にとって、ヒメノカリスはただその優しさに身を委ねようとする。
しかし、そんなヒメノカリスのドレスの裾を引く手があった。ステラ・ルーシェが、まるで捨てられた子犬のような眼差しをしていた。
「お姉ちゃん……」
ステラは体を小さくしてヒメノカリスの方を見ていた。正確には、エインセルのことを見ないようにしている。人見知りの激しい妹のために、ヒメノカリスは父を手で示した。
「ステラ、この人はエインセル・ハンター。私のお父様」
ステラとしては大切な、唯一頼ることができる姉をとられてしまいそうな不安も手伝って、エインセルの顔を見ることさえできないでいる。
「その、あの……」
エインセルの背は高い。少しかがんだところで、その顔はステラの上にある。
白く大きな手。その手がしなやかに、ステラの前髪をそっとかき分けた。開けた視界に吸い寄せられるように見上げたステラの瞳を、エインセルは柔らかな微笑みで受け止める。
「あなた方エクステンデッドは元来、戦闘要員ではありません。それによく耐え、頑張ってくれましたね、ステラ」
手はそのまま握手を求めるようにステラの前にさらされる。ステラは恐る恐るといった様子で両手をゆっくりと、添えるようにエインセルの手を掴む。手を通して伝わる体温と内からあふれる確かな力強さ。ステラの一挙手一投足をすべて受け入れてくれるようにエインセルは微笑みを絶やさない。
いつしか、ステラは視線を合わせることを恐れることはなくなっていた。ヒメノカリスは、父と急速に距離を縮めつつある妹に、どこか複雑そうな視線を送っていた。そんな2人の様子に不愉快さを隠さない人物がいた。
アウル・ニーダだ。子どもらしく、不機嫌さとわかる大股でエインセルへと近づいていく。
「ヒメノカリス姉ちゃんの父さんとか聞いてるけど、ここは格納庫だぜ! 民間人が入ってくんなよ!」
エインセルを音が聞こえそうなほど力強く指さすアウル。青薔薇の王へと向けられたその指は、しかし姫君によって絡めとられる。ヒメノカリスが真顔でアウルの人差し指を握りしめる。
「アウル。人には優先順位というものがあるの。私の場合、最上がお父様。あなたは二の次。お父様に口答えはしないで」
とても静かな声だった。抑揚も感傷もない。澄んだ風ほども感情が含まれていない声は、すなわちアウルへの一切の気遣いが放棄されたことを意味する。
「そう言うことはもっとすまなさそうとか、言いにくそうに言ってくれよ!」
無理矢理掴まれた指をふりほどくと、アウルはエインセルを露骨に睨みつける。
「なあ、おっさん。あんた強いんだろ。なら、俺と勝負しようぜ。模擬戦てやつでさ」
ファントム・ペインの面々は格納庫におかれたテーブルを囲んでいた。ロアノーク隊のアーノルド・ノイマン、スウェン・カル・バヤン、ミューディー・ホルクロフトとともに座っているのは東アジア共和国のファントム・ペインであるショーン・ホワイトだった。
ショーンは自国の最高司令官への不満を口にしていた。
「ええ、ウィリアムズ首相は完全に腰が引けてるわ。本当なら、戦争に巻き込まれたくないのが本音なのでしょうね」
ミューディーは呆れた様子を隠そうとしない。そんな同僚をたしなめる役割は、通常スウェンが担っている。
「プラントとの戦争って、もう地球対プラントの戦いなのにね。新しいジェネシスが製造されたら全部燃やされるんだから」
「しかし東アジア共和国は潤沢な軍事力を保持しているとは言い難い。政治家として、必ずしも不合理とは言えない判断だ」
ただ、ミューディーとスウェンには共通点がある。それは、ファントム・ペインに参加しているということ。
「でも、あたしたちはプラントを許すことも、認めることもできない。でしょ、スウェン」
スウェンは答えなかった。そして、各国のファントム・ペインが集まった時、必ず上る話題があった。
「あたしは父さんと兄さんだったけど、ショーンさんは?」
「両親を船舶事故で」
これにはスウェンも続いた。
「家族に被害はなかったが、親戚の中には一家全員が亡くなったことがあった」
10年前、プラントは血のバレンタインの報復として地球全土に核分裂抑制装置を投下した。その結果引き起こされた恐慌によって、10億もの人命が失われた。地球人口の実に7分の1。当時地球にすんでいた者なら誰もが誰かを失っている計算になる。
エイプリルフール・クライシスを切っ掛けに軍に加わった者は少なくない。それが、地球側の常識だった。
ミューディーはだらしなく背もたれに体重を預けた。
「知ってる? プラントじゃ、あたしたちがブルー・コスモスの言いなりになってるって喧伝されてるんだって」
こちらが、プラントの常識だった。
ファントム・ペインであるショーンもスウェンも、態度にこそ露わにはしなかったものの不快感をにじませていた。
「私がファントム・ペインとして、エインセル・ハンター……、元代表に仕えているのは、私がプラントを憎むからです」
「そう。我々の憎悪は、あくまでも我々のものにすぎない。故に、我々は青い薔薇の紋章を掲げている」
そんな中でも、アーノルド・ノイマン副隊長は新聞を手に静観を続けていた。
そこに、丸めたノートを片手にシャムス・コーザが現れる。サングラスの上からでもそのにやけた様子がよくわかる。
「よう、そろそろ模擬戦が始まるけど、どっちに賭ける?」
ミューディーはわかりやすく呆れていた。
「何、胴元やってんの?」
「みんな娯楽に飢えてんだよ。で、アウルか、それともエインセル代表か?」
「それで、レートはどんな具合?」
「……アウルが27倍で、代表が1倍……」
要するに、エインセル・ハンターに賭けた人が賭けに勝ったとしても賭けた金額がそっくりそのまま返ってくることになる。
これにはさすがにスウェンも噛みついた。
「賭けが成立してないように聞こえるが?」
「仕方ないだろ。誰もアウルに賭けないんだからよ。じゃあ、アーノルド副隊長が戦ってみません? 副隊長ならせめて賭けが成立しますって」
「やめておくよ。あの人に勝てる人間が、今の世界にいるとは思えないからね」
格納庫のモニターは、シミュレーターを用いた模擬戦を投影する予定だった。モニター前に整備士たちに加え、普段格納庫に顔を見せない船員たちも集まりはじめ、お祭り騒ぎの様相を呈し始めている。
そんな時でさえ、格納庫から離れた休憩室に人影があった。
ヒメノカリスが紅茶の香りを楽しみ、真紅がテーブルの上に置かれたプロジェクターの立体映像の中で紅茶をたしなんでいる。そんな2人の様子を、ステラだけが落ち着かない様子で見ていた。
「ねえ、ヒメノカリスお姉ちゃん?」
「何?」
「アウルと、エインセルさんの戦い、見なくていいの?」
真紅はティー・カップを置くと、その小さな唇からは吐息がこぼれる、ような映像が投影された。
「ステラ、あなたは太陽が東から登ることを毎朝確認するかしら?」
少し考えてからステラは首を大きく左右に振る。
「しないと思う」
「それと同じこと。太陽が東から上るように、水が低いところへ流れるように、人は自明のことをわざわざ確認しようとは思わないものだわ」
シン・アスカはZGMF-56Sインパルスガンダムのコクピットに座っていた。以前のものはGAT-04ウィンダムとの戦いで破壊されてしまったので、シンには新しい機体が支給されていた。操縦桿を握り、新品特有の固さを少しでも早く手になじませようとしていた。
コクピットは薄暗い。ハッチは閉めていないが、奥まったところにあるパイロット・シートにまで格納庫の光は届かない。
勲章なんてもらったところで、シンが在外コーディネイターであることは何も変わらない。プラントが変わってくれるとも思わない。それが、シンが今日の1日で感じたことだった。
場の雰囲気を完全に無視した少女の声が聞こえてきたのは、本当に突然のことだった。
「どうしたですか、ちび人間?」
コンソールの上にいつの間にか置かれていた円盤型のプロジェクターから緑のドレスを身につけたアルビノの少女、翠星石が現れた。思えば、その姿は赤い瞳を持つヒメノカリスのようだと、シンは感じていた。
「君には関係ないだろ」
「聞いたですよ、ウィンダムに負けたってこと」
翠星石はとても意地悪そうに笑う。ヒメノカリスはこんな顔絶対に見せない、そう、シンは確信じみて感じていた。
ただ、シンは心のどこかでまだ翠星石たちアリスのことを理解していなかったのかもしれない。人工知能というよりも、どこか腹話術の人形のように感じていた。そのため、翠星石にしてもそのマスターであるアスラン・ザラの分身かのように、同じ違和感を向けていた。
「まったく、どうやって入り込んだんだよ?」
本体は18mものモビル・スーツでも、プロジェクター自体は手のひらに乗る程度の小さなものだ。シンは放り出してしまうつもりで、手を伸ばした。
「お母様の仇、討ちてえですか? エインセル・ハンターに勝ちてえですか?」
シンの手が止まると、好機とみた翠星石の行動は早かった。
「仕方ねえです。翠星石が一肌脱いでやるです」
両手を腰に当てて、わかりやすく胸を張る翠星石。シンは操作なんてしていないはずなのにコンソールが点灯し、ハッチが閉まっていく。
シンには翠星石がたくらんでいることが理解できた。
「勝手にシミュレーター起動するなよ」
「ちび人間に見せてやるです。フォイエリヒを使ったエインセル・ハンターの力を。ちびるでねえですよ」
モニターには宇宙空間が展開されている。そして、敵として黄金のガンダムが形作られていた。
「エインセル・ハンターのデータがあるのか? て、どうして俺の母さんのこと知ってるんだよ?」
「翠星石はザフトの機密データにまでアクセスする権限が与えられてるです。それに、フリーダムやってた頃、ゼフィランサス・ナンバーズとはみ~んな戦ったです。だから見せてやるでしょ。C.E最強と謳われた力を」
シンの返事を待つことなくフォイエリヒは完成していた。機体の状態を示すモニターはインパルスがソード・シルエットを装備していることを示している。
今、シンの目の前には最強と呼ばれた力そのものがたたずんでいた。
つい先程までの喧噪が嘘のように静まり返った格納庫の中で、コードを引きずる音が聞こえる。子どもの胴くらいの太さのコードを、アウルが脇に抱えて運んでいた。
格納庫の床から生えている装置の前まで来たところで、真紅が声をかける。
「そう、それをここに繋ぎなさい」
装置の上には妖精のように小さな真紅の姿があった。渋々指示に従って装置とコードをつないで、アウルはつい口を滑らせる。
「何で俺がこんなこと……」
「口よりも手を動かしなさい」
「はいはい。ほら、できたぜ」
「次は私をコクピットまで運んでちょうだい」
渋々と、アウルは真紅、正確にはその足下のプロジェクターを手に、愛機であるGAT-X370インテンセティガンダム特装型のへと移動する。すでに修復を終えているため、立った状態で置かれている機体へと、乗降用ロープに引き上げられる形でコクピットへと乗り込んだ。
「ほらよ、で、次は何だ?」
プロジェクターをコンソールの上に置き、アウルはパイロット・シートにいい加減な様子で座り込んだ。その態度が、真紅をさらに怒らせてしまったらしい。
「アウル、エインセル様に10連敗をきして泣きついてきたのは誰だったかしら?」
「それは……。本当に見せてくれんだろうな? エインセル・ハンターの本気って奴」
「私はオーベルテューレとしてフォイエリヒとの戦いを経験したものよ。あなたにはそれを見せて上げるわ、アウル。夢のような悪夢と恐れられた魔王の力を」
コクピット・ハッチが閉まり、あたりが暗くなる。モニターや計器の明かりで自分の姿を確認できる頃には、すでにシミュレーターが立ち上がっていた。黄金の輝きを持つガンダムがアウルの前にいる。