空母の格納庫の中、大きなウイングを持つバック・パックを背負った赤いガンダム・タイプがたたずんでいた。その姿は、ZGMF-X09Aジャスティスガンダムと、3年前にヤキン・ドゥーエ攻防戦にて大量破壊兵器ジェネシスの破壊に活躍したザフト製のガンダムとよく似ていた。
そんな赤いガンダムを、アウル・ニーダは見上げていた。愛機であるGAT-X255インテンセティガンダムが修復中であり、することがなかった。
アウルが見ると、近くで2人の男が立ち話をしていた。1人はすでにアウルと面識があった。シャムス・コーザという、やかましい黒人男性で、もう1人はまだ若い男性だった。ただ、少佐の階級章から、アウルは若い方が聞かされていたネオ・ロアノーク隊長だと判断した。
「このガンダム、ゲルテンリッターだろ? あんたがパイロット?」
シャムスの方がサングラスの奥で嫌な顔をした。もっとも、とうの隊長は特に気にした様子を見せていない。
「アウル、せめて隊長と呼べよ」
「別に構わないよ。そう、僕がこのライナールビーンのパイロットを務めてる。型式番号ZZ-X5Z000KY。正確には違うけど、ジャスティスガンダムの後継機みたいなものと考えていいよ」
ここまではアウルでも知っていることだった。聞いた当人があまり関心なさげにまた赤いガンダムを見上げた。
ゼフィランサス・ズールがユニウス・セブン休戦条約後に手がけた7機の特務機ゲルテンリッターのことは知っていた。そのすべてがエース・パイロットに渡され、オリジナル・ガンダムとも言うべき圧倒的な性能を有していることも。そして、もう一つの共通点も。
アウルは首をネオたちの方へと戻した。
「ゲルテンリッターなら、心を持ったアリスがいるはずだろ」
ネオは懐からコンパクトを一回り大きくしたような物を取り出した。ネオの掌の上に乗せられたそれは、小型の立体映像投影装置だった。電源が入れられると、お人形のような大きさで、お人形のような少女の姿が現れる。
フリルが多用された赤いドレス。雪のように白い肌、血のように赤い瞳を持つ10歳前後の少女が凛とした眼差しでアウルのことを見つめていた。
「アウル、紹介しよう。ゲルテンリッター5号機ライナールビーンの心、真紅だ」
同じ頃、シン・アスカもまた珍しい出会いを体験していた。
ザフトでは伝説的な機体ZGMF-X10Aフリーダムガンダムを思わせる翼持つ青い機体の前で、アスラン・ザラは集められたシンたち3人のパイロットたちを前にコンパクトのような物を取り出した。
「君たちに紹介しておきたい子がいる」
投影された立体映像はお人形の姿を浮き上がらせた。白く長い髪に、肌も白い。身につけるドレスは緑のロングスカートが印象的だった。映像の少女が瞳を開くと、その赤い瞳がシンたちを捉えた。
「そこ……」
フリルに包まれた袖口から伸びる白い指が、床のつなぎ目を指さした。
「そこの線からこっち来んな、ですぅ!」
シンは、猫とか子犬とかの小動物に威嚇されている気分だった。
「アスラン大佐……、話が見えないんですけど……」
一体この子は誰で、何のために会わせたのか、会って早々警戒心をむき出しにされるのはなぜなのか、疑問は尽きない。もっとも、アスランは人形を手にしたまま笑っていた。
「この子は翠星石。少し人見知りだけど、このガンダムの心だよ」
アスランは明らかに青いガンダムを見ていた。ただ、アスランを信奉するルナマリア・ホークでさえ、まだ戸惑っているらしかった。
「この……、フリーダムに似たガンダムのですか?」
「そう。この機体はZZ-X3Z10AZガンダムヤーデシュテルン。正確に言えばフリーダムガンダムと直系の関係にはないけど、ゲルテンリッターと呼ばれる7機の特務機、その3号機だ。このシリーズに搭載されているアリス・システムは少々変わっていてね、人の姿と心を持っているんだ」
シンが翠星石を見ると、緑の少女はあからさまにシンを睨んだ。
「あの、大佐ゲルテンリッターなんて聞いたことありませんけど、ザフト軍の秘密兵器なんですか?」
「そこは少々複雑なんだけど、これはゼフィランサス・ズールが直接手がけたオリジナル・ガンダムとも言うべき機体だ。だからザフトに直接は関係がないし、実際、ゲルテンリッターは各勢力に散っている。俺の知っている限りだと2号機はオーブに、4号機はプラントに、5号機は大西洋連邦に置かれている。だから君たちが今わかっておかなければならないことは、ゲルテンリッターが量産型のガンダムとは一線を画する強力な機体であるということ、そして戦場で対峙するかもしれないということだ」
今まで発言がなかったヴィーノ・ディプレが普段通り落ち着きのない様子で尋ねた。
「でも、どうして擬似人格なんて……? アリスって単なるパイロット・サポートですよね?」
「元々、アリスは高度な学習機能を備えたサポート・システムだった。そのため、成長することで個体差が激しくなるようにさえ設定されていた。ただ、それでは生産性が悪いことから量産型ガンダムには簡易版しか積まれていない。両勢力ともにね。そう言う意味では、翠星石たちの方がより本来の形に近いことになる」
この説明で、ヴィーノはある程度納得したらしかった。しかし、シンはまだ抱いている疑問があった。それを尋ねるよりも先に、レイ・ザ・バレル隊長が現れた。
「アスラン、ゲルテンリッターの説明は終わったか?」
「レイ。元々君が話すべきことじゃないのか?」
「ヴィーノはともかく、シンとルナマリアは正式にこの部隊に配属された訳ではない。いらんことに巻き込む必要はないだろう」
ただ、ヴィーノの様子を見る限り、彼もまた何も聞かされていなかったのだろうと、シンは判断した。そして、せっかくだからとレイ隊長の方へと向き直った。
「じゃあ、レイ隊長のローゼンクリスタルもゲルテンリッターなんですか?」
後光を背負ったかのような白いガンダムはヤーデシュテルンの隣にたたずんでいる。
「いや、ローゼンクリスタルの開発者はゼフィランサス・ズールではないからな。それに翠星石のような心は持たない。開発者曰く、兵器に心はいらないとのことだからな」
シンが疑問に感じていた点もそこだった。
「だったらどうして、ゼフィランサス・ズールは兵器に心を与えたんですか?」
翠星石の映像を消してから、アスランはどこか楽しげに答えた。
「会う機会があったら直接本人に聞いてみるといい。翠星石たちは彼女自身の若い頃がモデルだから、会えばすぐにわかるさ」
すでに世界有数の開発者である以上、年齢は少なくとも40、50はいっているのだろう。白い肌と赤い瞳をした老婆を、シンは思い浮かべていた。なぜか、アスランが悪戯が成功した子どものような顔をしていたが、そのことにシンが気づくことはなかった。
その後、パイロットたちが解散し、ガンダムの前にはレイとアスランとが残された。
「しかしアスラン、本当に話してよかったのか?」
「ミネルヴァにいる以上、遅かれ早かれゲルテンリッターには関わることになる。それより、オーブはどうだった?」
「休暇のように穏やかな時間だった。懐かしい弟にも会えたしな」
「キラとはおそらくカーペンタリアでぶつかることになるだろうな。あの基地はすでに2度の大規模攻撃にさらされてる。3度目は近いとみていい。今までが嘘みたいな激戦になるだろう」
そして、アスランは付け加えた。
「あの3人も何人が生き残れるかわからない」
レイもその意見を否定しようとはしなかった。
「世界は、確実に動き出しているのだからな」
小惑星フィンブルが地球に落ち、情勢は一気に開戦へと舵を切った。ただでさえ小規模な軍事衝突が頻発している以上、くすぶった火種はすぐにでも燃え広がることだろう。
そのことはレイにもアスランにもわかっていた。
地球から月を挟む形で40万km離れたプラントでも、戦いに備えた準備は着々と進められていた。全寮制の軍学校のグランドで、生徒たちの名簿を眺める教官がいた。すでに時刻は夕方。薄暗いせいか、それとも元々の目つきか、まだ若い教官はまるで睨みつけるような鋭い目つきで生徒の名前の羅列を見ている。
プラントにはナチュラルは限られることになってはいるが、相当数のナチュラルが存在している。そして現場ではそのことを前提に動いていた。名簿にはナチュラルかコーディネーターかが明記され、成績順に並べられていた。
面白いことに、成績トップはナチュラルだった。ただし、平均点ではコーディネーターが優れ、ナチュラルの平均点はコーディネーターよりも一段低いところに山を作っている。同時に、ナチュラルの平均点以下のコーディネーターも存在した。
結局、コーディネーターとは秀才を作ることはできても天才を作ることはできない。平均点を押し上げる程度のことしかできない。そのことがこの紙には現れていた。
「この紙切れ1枚がこの国の縮図とはな……」
つい先ほどまで眺めていた紙を、教官は畳んで懐にしまう。生徒の1人が走ってきたからだ。赤い髪をツインテールに束ねた少女だった。
「ジュール教官、少しいいでしょうか?」
「メイリン・ホークか、聞こう」
教官であるイザーク・ジュールはメイリンが呼吸を整えるのを待っていた。
「昔、ガンダムのパイロットだったってお話は本当でしょうか?」
「例の映画では描かれていないはずだが、よく知っていたな」
「実は、私お姉ちゃんがいるんですけど、ガンダムに乗ってるみたいで、少しお話を聞かせてもれたらと思って……」
それで調べていたということなのだろう。しかし、ガンダムの情報の多くは機密情報に該当する。調べることは大変だっただろうと、イザークは考えていた。事実、メイリンはすがるような目でイザークを見ていた。これが考えられる最後のつてなのだろう。
「そうか。しかし、当時と今とではガンダムも様変わりした。あまり参考になるような話はできないと思うが」
メイリンはまだ13と若いせいか、感情をすぐに顔に出す。明らかに意気消沈した様子で目を伏せた。イザーク自身、まだ19とまだ20歳にもなっていない身であったが、教え子を失望させたままにはしておくつもりはなかった。
「しかし、手がかりは俺の方が多いはずだ。しばらく時間をもらうが、調べてみよう」
「ありがとうございます!」
今度はわかりやすく笑顔を見せたメイリンだったが、お礼とともにした敬礼にまだ拙さが残っていた。後でまた教え込まなければならないと、イザークは胸中で苦笑した。
「まだ動くと決めただけだ。礼には早い」
ただ調べる、そのことだけで満足したメイリンを見送ってから、イザークは寮の自室に戻ることにした。すでに完全に日が落ち暗くなっていた。ここはコロニーの中なので、あくまでも太陽光を反射していたミラーが角度を変えただけなのだが、人は昼夜の区別なしに暮らせるほど器用ではない。
イザークは歩きながら、ガンダムと自分との関係を思い起こしていた。ZGMF-X01Aを親の七光りで与えられ、先の大戦を戦い抜いた。しかし、終盤、大量破壊兵器ジェネシスが地球を狙っていることを知ったイザークは敵軍である大西洋連邦と協力し、ジェネシス破壊工作に参加した。そして、イザークの母親は失脚したザラ派のエザリア・ジュールである。当然、休戦条約後のザフト軍にイザークの居場所はなく、不名誉除隊を言い渡され、現在は軍学校の教官として食いつないでいる。映画ではジャスティスガンダムに乗っていたのがイザークであるという事実は隠されていた。
よくも悪くも激動の人生だと、イザークは自分の半生を振り返った。
寮に入り殺風景な廊下を進んだ先、自室の扉を前にした時、イザークは全身の筋肉を緊張させた。鍵が開いていた。生徒たちの個人情報も置いてあるため、鍵かけはいつも慎重に確認していた。誰かが鍵を開けて入ったことは確実だった。
イザークは懐に手をやり、慎重にドアノブに手をかける。そして、一気に扉を開き室内へとなだれ込む。
しかし、拳銃を抜く必要はなかった。
満足な家具もないのに3脚の椅子だけが置かれた室内には1人の男が立っていた。若い男で、冷静な顔が印象的な男だ。イザークはこの男を知っていた。
「何だ、お前か?」
「お久しぶりです、イザーク様」
「様はよせ。しかし、キラとゼフィランサスの式以来だな」
もうスパイの真似事をする必要はない。イザークは適当な椅子に腰掛けると、相手にも着席を促した。座り心地のいい椅子を探して次々と買ってはみたものの、なかなかお気に入りの椅子に巡り会えず部屋に転がしていた結果、椅子だけは豊富な部屋になっていた。
男、コートニー・ヒエロニムスはイザークの正面の椅子に座ると、素早く話を切り出した。
「イザーク様、花園の騎士は花を守ることが使命です。ゆえに、あなたにはデンドロビウム様を守る責務があるはずです」
イザークはすぐに返事をしなかった。ゼフィランサス・ズールが7機の特務機を様々な勢力に配った理由は、6人のダムゼルを守らせるためだということは理解している。イザークもまた、4号機のパイロットとしてDのダムゼルであるデンドロビウム・デルタを守護する任務を機体とともに与えられた。
しかし、イザークがこれまでに必要とされたことは一度もなかった。
「……なぜ今、俺を、いや、ゲルテンリッターの力を必要とする?」
今度、返事に窮するのはコートニーの番だった。
イザークとコートニーの出会いはヤキン・ドゥーエで敵味方として戦った時からだ。その時から、コートニーが実直な人柄であることを、イザークなりに理解していた。何か理由があるのだとも。
「コートニー。デンドロビウムに危機が迫っているのか?」
「……プラント国内では大きなニュースとはなりませんでしたが、プラントからオーブへと向かっていたプライベート・シャトルが消息を絶ちました。その便にはデンドロビウム様の妹君であるEのダムゼルが搭乗していました」
「Eのダムゼル……、エピメディウムとか言ったか。会ったことはないが、オーブで親プラント工作を行っていたと聞いているが?」
コートニーはなかなか答えようとしない。それをイザークは、コートニーの置かれた微妙な立場ゆえだと判断した。おそらく、主であるデンドロビウムの命令で来たのではないのだろう。もしかすると独断かもしれないと、イザークは考えた。
「その様子だと、単なる事故ではないようだな。しかし、地球側が今オーブで危ない橋を渡るとは考えにくい。テロなら大騒ぎになってもいいはずだが……。まさか、プラントが関わっているのか……?」
これならコートニーが黙り込んでしまう理由も納得できると、イザークは判断した。しかし、それでも聞かなければならないことは変わらない。
「コートニー。この国で一体何が起きている?」
話せないのか、あるいは話せるまでの確証がないのか。コートニーはその重たい口を開くことはなかった。
イザークは肩の力を抜いて、椅子に深く腰掛け直した。
「今すぐに何かできるということでもないようだな。すまないが、教え子を放って出て行くことはできない。だがコートニー、俺はジェネシスでの続きをするつもりはない」
わざわざ敵対するつもりはないと告げ、イザークは常備している立体映像投影装置を取り出した。現れるのは、帽子をかぶり青い男性向けの礼装をした赤い瞳の少女だった。青い少女、蒼星石はイザークへと恭しく頭を下げた。
「お呼びですか、マスター?」
「蒼星石と俺はいつでも動けるようにはしている。状況が変化したら報告しろ」
「感謝します」
普段表情を変えることが少ないコートニーは、それでもイザークと第4のゲルテンリッターの心へとかすかな微笑みを向けた。
エピメディウムの乗ったシャトルが消息を絶った。この事実をもっとも重く受け止めたのはオーブだった。
オーブの総合戦略室に1人の少女の声が響いた。
「レドニル! レドニル・キサカはいるか!?」
カガリ・ユラ・アスハだった。普段からはきはきとした話し方をするが、今は見るからに感情を高ぶらせていた。大勢のオペレーターたちが並んでいるにも関わらず、カガリの声はその存在感を損なわなかった。
カガリが大股で向かった先にはオーブ軍の軍服の上からでもわかるほど体格のよい男性がいる。男性はたじろいだ様子を見せていた。レドニル・キサカは側近としてカガリが外遊する際には同行することも多かったが、そんな彼でさえ、今のカガリの様子には驚きを隠せなかった。
カガリは自分より頭二つ分は背の高いレドニルに臆することなく詰め寄った。
「状況を報告しろ!」
しかしレドニルは答えない。オペレーターたちも沈黙し、部屋は瞬く間に重たい空気に飲み込まれた。普段なら聞こえないはずの自動ドアの開閉音が誰の耳にも届いたほどだ。ついカガリが扉の方を見ると、曖昧な表情をしたユウナ・ロマ・セイランが立っていた。
この許嫁はカガリに1枚の写真を差し出した。
「カガリ、悪いニュースだ。エピメディウムの乗っていたシャトルの残骸が見つかったよ……」
カガリが写真を受け取ると、そこには海面に浮かぶ翼の一部が映っていた。しばらく、カガリは写真を見つめていた。しかし、何の前触れもなくいきなり走り出す。
「カガリ……!?」
戦略室から出て行くカガリを、ユウナとレドニルの2人は追いかけていて。カガリは2人の様子を気にすることもなく携帯電話に繋ぎ始めた
「金糸雀(カナリア)、すぐに私を拾いに来い!」
呼ばれた名前が、カガリの所有するゲルテンリッター2号機の心であることをユウナは知っている。
「レドニル、すぐに航空管制に連絡してくれ。無茶なのはわかってるよ。でも、君だったら管制とカガリだったらどっちが説得に応じてくれると思う?」
答えは考えるまでもなかった。レドニルは即座に引き返し、ユウナはカガリを追いかけ続けた。
やがて、カガリは建物の屋上まで登り詰めたところで、ようやく立ち止まった。遅れてユウナもやってくる。息一つ乱れていないカガリに比べ、ユウナは肩で息をしている有様だった。
「カガリ……。今行ってもどうにもならないよ……」
すでに救助隊は手配されているが、成果はほとんど期待できないと言ってよかった。ガンダムは高性能とは言え、万能ではない。
カガリもわかってはいるのだろう。ユウナに背中を向けたまま空を見上げる様子からは、先ほどまでの勢いがなくなっていた。
「わかっている、そんなことはな……。これが偶然の事故じゃないってこともな……」
果てしない大空の向こうに、地球10週分の距離をまたいで地球とプラントは戦争をしている。そんな大空の狭間で、エピメディウムは命を落とした。
「エピメディウムと私は一体何なんだろうな……? 同じ養父を持つ姉妹だが、その前にドミナントとヴァーリの間柄だ。政治的には対立してさえいる」
「とりあえず、友達ってことでいいんじゃないかな?」
「そうだな……」
対立することはあっても、衝突をすることはなかった。エピメディウムがいたからこそ、カガリはオーブの国益のために世界を飛び回らなければならなかった。しかしそうできたのもエピメディウムがオーブにいてくれるという安心感があったからこそだとも言えた。
「私は友をなくしたんだな……」
やがて、空から猛禽類を思わせるシルエットをした黄金のガンダムが舞い降りた。ゲルテンリッターの2号機、カガリのガンダムであるカナーリエンフォーゲルだった。
議員としての執務室にて、ラクス・クラインは机に座り事務に専念していた。そこに、扉を荒々しく開きデンドロビウム・デルタが飛び込んできた。
「ラクス! エピメディウムの乗った船が消息を絶った!」
同じ研究室出身の妹が事故に遭った。そう報告するデンドロビウムは明らかに取り乱した様子でラクスに詰め寄る。ラクスの態度は、そんなDのダムゼルとは対照的だと言えた。
「そうですか」
また、すぐに机に視線を落としてしまう。デンドロビウムは思わず戸惑ったものの、下を向くラクスの顔をのぞき込むように机に半分乗り上げた。
「ダムゼルがまた1人いなくなったんだぞ!」
「デンドロビウムお姉様とエピメディウムが、フリージアという深い絆で結ばれていることは存じてます」
「フリージアのことは言うな! ……あいつは、私たちを逃がすために犠牲になったんだ……、血のバレンタインのあの日に……」
それでも、ラクスは顔を上げない。デンドロビウムがラクスの名前を叫ぼうとした時にようやく、それを見透かしていたように顔を上げた。ペンを置き、話に応じるそぶりをみせる。
「それで、私に何をして欲しいのですか?」
「お前は、関わってないんだよな……?」
ダムゼルが集められた際、至高の娘に対して真っ向から反対意見を述べたのはエピメディウムだけだった。そのEのダムゼルが都合よく消えた。デンドロビウムの目は疑惑に震えていた。
ラクスは答えない。張り付けた微笑みのまま、慌てふためく姉の顔を眺めていただけだった。
デンドロビウムが開けっ放しにした扉から、第三の人物が登場する。長い黒髪の女性で、ザフト軍のエースの証である赤服を身につけている。その顔は、不敵な笑みを除けばラクスとよく似ている。ここにいる3人は同じ顔をしていた。
ザフト軍の少女の名前はミルラ・マイク。Mのヴァーリだった。
「お~い、ラクス、エピメディウムの始末は終わったぞ。次は何をする?」
デンドロビウムは呆けたようにミルラの顔を見ると、素早く首を回し怒りの形相でラクスを睨みつけた。しかし、そこまでだった。それ以上、至高の娘に対してできるはずがなかった。
ラクスはあくまでも涼しい顔をしていた。
「デンドロビウムお姉様は、ラクス・クラインに何を求めるのですか?」
何かができるはずがなかった。ラクス・クラインは至高の娘、ヴァーリのお父様であるシーゲル・クラインが最も愛した娘なのだから。デンドロビウムにできることは、ただ受け入れ、立ち去るだけだった。
しかし、部屋の外では話が違っていた。ミルラが壁に押しつけられ、その胸ぐらをデンドロビウムが掴んでいる。緑と黒、髪の色に違いはあっても顔は同じ。しかし、デンドロビウムは本来ならラクスに向けるべき怒りさえも上乗せしてミルラを睨んでいた。
ただ、ミルラは不敵な笑みを崩そうとはしない。
「そんな怖い顔をしないでくれ。私は単なるフリーク、失敗作なんだぞ」
「どうしてお前がラクスに従うんだよ? 知ってるんだぞ。お前がお父様を裏切ったこと。3年前のジェネシスで、お前はお父様を道連れにしようとした! 違うか!」
「ではお姉様、そんな私が生きてるのはどうしてか知っているかな?」
デンドロビウムはその点も調べていた。しかしそれは、あまりに不都合な事実にも思えた。説明がつかないことから情報の正確さに確信がもてない。そのため、デンドロビウムの声は自然と勢いを失った。
「お父様が、お前を助けたからだ……」
「そうだ。あの人が失敗作にすぎない私を助けたからだ。では、それはなぜだ?」
今のデンドロビウムの手を引きはがすことは簡単なことだった。ミルラは軍服を整え直した。
「この国は好ましくない状況だ。先鋭化したナショナリズムに選民思想。それを利用して政権は高い支持率を保っているような有様だ。だが、それも仕方ない。わずか2000万の民で60億を相手にしろと言われればこうもなるだろう」
政治が民の右傾化を促し、右傾化した民が右傾化した政治を支持し、民の支持を受けた政府がまた民を右傾化していく。
ミルラが歩き出しても、デンドロビウムは止めようとはしなかった。一度失った勢いを取り戻せぬまま膝をついて崩れ落ちると、亡き妹のために涙を流した。そんなデンドロビウムを置いて、ミルラは置き去りにする。
「だが私は知りたいんだ。この国がどうなっていくのか。そしてそれが本当にお父様の望まれた世界なのかどう。見届けたいんだよ、私はな」
しかし、ミルラがか細いことで続けた言葉からは、これまでに感じられたような確かな信念はなく、後ろめたさを覆い隠すだけで精一杯なものに思われた。
「たとえ、どんな手段を使ったとしてもな」