小さな事務所だった。机の上には資料が山と積まれ、隣に座る人の顔も見ることができない。そんな資料を前に、ジェス・リブルは新聞を広げていた。
新聞にはずいぶんと絵になる男性が難民の手当をしている写真が大きく載せられていた。ブルー・コスモスの元代表が小惑星落着の被災者を救護した事実が紹介されている。
ジェスはトレード・マークである赤いジャケットを室内にも関わらず身につけたまま、呆れたような顔でため息をついた。
「エインセル・ハンター代表の慈善活動か。そもそもブルー・コスモスがプラントとの関係をこじらせてなければこんなことにならなかったのにな」
ジェスが座りながら傾ける椅子を、誰かが軽く蹴とばした。思わず転倒しそうになるジェス。歩き去っていく後ろ姿に抗議の声を挙げた。
「何するんだよ、フレイ?」
とうのフレイ・アルスターは手を振るだけで悪びれた様子を見せない。年下のフレイだが、ジェスにとって事務所の先輩に当たる。なかなか強く出ることができない。
そしてもう1人、ジェスが頭のあがらない存在が、資料山脈の向こう側から声をかけた。若い女性だが、堅苦しい印象を与える声だった。
「ジェス、フレイの前でエインセル代表の悪口はよしなさい。それより、原稿はもういつ仕上がる?」
新聞を放り投げ、頭をかくジェス。この事務所の所長は、妙な威圧感があり、ジェスには慣れない相手だった。
「いや、なかなか難しいんですよね。ジャーナリスととしちゃ、努めて冷静に書きたいけど、下手に左寄りの意見書くとうるさいですから。特に、戦中状態の今は。右よりならそれだけで賛同者がつくんで、楽っちゃ楽なんですけどね」
コーヒーの香りとともにフレイの声がした。
「ザフトが破砕活動妨害したって話? あれ、本当のことでしょ?」
フレイはジェスの机にコーヒーを置くと、所長の机へと歩き出す。幸い、砂糖の代わりに塩が入っていることもなく、ジェスは一息つくことができた。
「一応、確認はとれたけどね。ただ、ザフトがどうしてそんなことしたのかが謎なんだよ。たしかに、今回の落着でプラントが丸儲けしたのは事実だと思うけど、地球にだってコーディネーターは何万人といるんだ。それに、ここで地球と衝突してもプラントに勝ち目なんてないだろ」
「もう、記者会見の時のバイタリティはどうしたのよ?」
フィンブル落着が発表された時、身分を偽ってまで会見場に押し掛け、大統領を質問責めにしたことをフレイは言っている。
ジェスに言わせれば、取材と記事を書くことは意味が違う。取材は自分のしたいことができるが、記事にするとなるとバランス感覚を要求されるからだ。
所長はフレイからのコーヒーを一口含むと、すぐにカップを置いた。ソーサーとカップのぶつかる音が妙にジェスの耳に届き、つい所長の方を見た。
「ジェス、何がしっくり来ない?」
立ち上がった所長は鋭いシルエットの眼鏡にぴしっとしたスーツ姿だった。かつては軍隊にいたと噂されるほど凛とした雰囲気の女性だった。わずか3人の小さな事務所は、このナタル・バジルール所長がフレイと1年ほど前に始めた事務所だった。
「……ナタル所長。それが、俺、プラントがどんな国なのか、行ったこともないんですよね。それなのに一方的にプラントのこと、記事にしていいのかなって?」
「でもこのご時世、わざわざプラントまで行く?」
「だが、記者としては悪くない考えではある。それに、ちょうどいいかもしれないな」
ナタルが資料の山から取り出したのはたった数枚の書類だった。
「あくまでも推測の域を出ないが、昔の仲間が漏らしてくれた情報の中にフィンブルの由来が書かれていた。木星圏が疑わしいらしい」
「なら、やっぱり災害ってことですかね?」
「そうとも言い切れない。木星はコーディネーターにとってある種の聖地とも言える。ファースト・コーディネーター、ジョージ・グレンが人として初めて到達した場所だからだ。そのルートは現在、今でも往復4年という気の長い資源探索に利用されている。この輸送船団は表向きはNPOだが、プラントの息がかかっているとの噂もある」
フレイが口を挟んだ。
「じゃあ、やっぱりプラントが何かしたとか?」
「それはわからない。だが、プラントに行ってみるのも悪くない」
「アイリスに会うのも久しぶりですもんね」
笑顔でジェスの知らない人物を挙げた2人を前に、ジェスはどこかきまずい思いでコーヒーを一口すすった。
人のまばらな閑散とした格納庫。ステイガラー級航空母艦の格納庫には、4機のGAT-333ディーヴィエイトガンダムが整然と並べられていた。中央に置かれているのは傷だらけのZZ-X300AAフォイエリヒガンダム。
そして、床にはGAT-X255インテンセティガンダム汎用型が破損したままの状態で寝かせられていた。
アウル・ニーダは傷ついた愛機のそばに立ち、その傷口を確認していた。癖の強い髪が、今は一層乱れている。仲間であったスティング・オークレーがいなくなってから、アウルには気が落ち着く暇もなかった。今こうしているのも、仇を討つためにこのガンダムが必要だからだ。
そんなアウルに唐突に声がかかった。ずいぶん軽い調子の男の声だった。
「おい、何やってんだ、坊主?」
アウルが振り向くと、男が資材を椅子代わりに座っていた。褐色の肌をしているせいか、サングラスが伊達眼鏡にも見えた。そのため、とにかく軽薄そうな男だ、それがアウルの抱いた第一印象だった。
「おっさん誰だよ?」
「俺はまだ23だ。たく、いつまでも部屋引きこもってるから俺の顔も知らねえんだよ。俺はシャムス・コーザ。ネオ隊長は知ってるな? その部隊のパイロットだ」
見ると、他にも色白の男と不機嫌そうな女が立っていることに、アウルは気づいた。この3人は全員、珍しくも黒い制服を身につけていた。
「あんたらもパイロット?」
「俺はスウェン・カル・バヤン。彼女はミューディー・ホルクロフト」
「ならわかるだろ? ガンダムの修理するんだ。邪魔すんな」
アウルが愛機の状態を確認しに戻ろうとしたところ、シャムスが大げさに手を振った。
「やめとけやめとけ。乗れるくらいで整備や修理ができるほどモビル・スーツは単純じゃねえよ」
「この艦の整備の連中がしっかり仕事しねえからだろ!」
シャムスはため息をつくでしかなかった。代わりに、スウェンが静かな口調で話し始めた。
「この艦には修復用のパーツがない。オーブはインテンセティガンダムのライセンス生産をしてる。今、アーノルド副隊長がパーツを融通してもらえるよう掛け合ってるところだ」
説明書のように要点を押さえ、味気ない言葉だった。シャムスとのあまりの違いに、アウルはつい戸惑ってしまう。その隙をつくように、唯一の女性であるミューディーが資材に腰掛け、着席を促すようにすぐ横を叩いた。
「まあ座んなさい」
別に座る義理はないと、アウルは立ったままで、それでも彼らと話をする気にはなった。ミューディーが仕方のない子とでも言いたげにお手上げのポーズを見せた。
「仇討ちたいって気持ちもわかるけど、焦っても仕方ないでしょ。ただでさえガンダムは整備性が悪いんだし、素人が手出しても性能落とすだけよ」
何だよ偉そうに、それがアウルの率直な感想だった。シャムスはもちろん、アウルが不機嫌にしていてもお構いなしだった。
「ところで坊主」
「アウルだ」
「じゃあ、アウル。お前たちは当分、俺たちの部隊の預かりになった。今まではどうだったか知んねえが、ネオ・ロアノーク隊長の指示には従え。いいな?」
「頼りになんのかよ、あんたたち?」
弱い奴に道連れにされるのはごめんだった。そう考えるアウルに対して、シャムスでさえどこか余裕を見せていた。この3人の中ではスウェンがリーダー格なのだろう。静かに、しかし自信を滲ませながら3人を代表した。
「問題ない。我々はファントム・ペインだ」
同じ頃、シン・アスカは同僚であるヴィーノ・デュプレとともに隊長であるレイ・ザ・バレルの言葉に耳を傾けていた。ブリーフィング・ルームを借りているため、声を大きくしてもいいはずと、シンは思わず驚きの声をあげた。
「ファントム・ペイン!? あの、ネオって人が……?」
昨日、街に繰り出した時に出会った青年のことを、レイ隊長は大西洋連邦の軍人であるとともに特殊部隊の隊員であることを明かした。
ただ、シンが驚く一方、ヴィーノの方はよくわかっていない顔をしている。
「なあ、シン……。ファントム・ペインって、何……?」
シンは思わず、ヴィーノは本当に赤服を与えられるほどのエリートなのか、いや、軍学校を卒業したのだろうかと疑いの眼差しで見てしまった。そのため、代わりにレイ隊長が話し始めた。
「そのためにはまずブルー・コスモスの説明が必要だな。現在の代表はロード・ジブリールだが、この男は文民出身で堅実な政策で知られている。よく言えば穏健派だが、そのことに物足りなさを覚える者も少なくないようだ。そのため、ジブリール代表は一つのわがままを許す羽目になった」
3人が前にするブリーフィング・ルーム備え付けの机には世界地図が映し出される。現在、世界の国々は3色に色分けされている。大西洋連邦、プラント、それ以外。
レイ隊長は指で地球側の国々に触れていく。
「世界安全保証機構加盟国に働きかけ、ブルー・コスモスが独自に命令権を持つ特務部隊の設立を認めさせることになった。その指揮命令権はいまだにエインセル・ハンターが握っているという話だ」
スカンジナビア王国を除いた大西洋連邦、ユーラシア連邦、大洋州連合、南アメリカ合衆国、南アフリカ統一機構、赤道同盟、東アジア共和国の七カ国にそれぞれ特殊部隊が設立されている。
事実上のエンセル・ハンターの私兵だった。これにはさすがのヴィーノも首を傾げた。
「そんなこと、できるんですか……?」
「できたからできた。そう言う他ないが、エインセル・ハンターの影響力は健在と言っていいだろう。事実、エインセル・ハンターの支持者は内外に相当数残っている。南アメリカ合衆国のエドモンド・デュクロ将軍も熱心な支持者として知られているな」
プラントでは魔王のように恐れられ、忌み嫌われる男が地球では絶大な支持と影響力を背景に獲得した私兵、それがファントム・ペインだと言えた。
レイ隊長の話は続く。
「加えて、ファントム・ペインはスカウト制だ。異名を持つようなエース格が多数在籍している。赤道同盟には片角の魔女セレーネ・マクグリフ、東アジア共和国には白鯨ショーン・ホワイトといった具合にな。出会えば強敵であることは間違いない。そして、それは決して遠くない話だろう」
シンが思わず疑問を口にする。
「どうしてですか?」
「俺たちはオーブ出航後、カーペンタリア基地に向かう。かつてはアラスカ基地攻撃のための橋頭堡でしかなかった、ジブラルタル基地を失って久しい今、地上におけるザフト軍の最重要拠点だ。この海に集う者なら、考えることは同じだろう」
あのネオ・ロアノークもまた、ただの船遊びのためにオーブを訪れているはずもなかった。
「ファントム・ペインは青い薔薇のエンブレムを機体に描く。ザフトの天敵と言っていいだろう」
そうして、レイ隊長の簡単なミーティングは終わった。ブリーフィング・ルームを抜け出そうとするシンは扉を開いた途端にある人物と出くわした。アスラン・ザラ大佐だった。思わずぶつかりそうになるところを、すんでのところで踏みとどまることができた。
「ザラ大佐、すいません……」
「いや、こっちは大丈夫だ」
そう微笑むアスランのすぐ後ろには、同僚であるルナマリア・ホークの姿があった。
「気をつけなさいよ、シン」
そう言って、ルナマリアは歩き出したアスランへとついて行った。
シンはふと考えた。この頃、ルナマリアがザラ大佐と行動していることが多くなったと。
ハイネ・ヴェステンフルスはザフトの軍人であった。軍学校を優秀な成績で卒業し、赤服を与えられるとともに即地球行きを志願した。鮮やかな金髪の手入れを欠かしたことはなく、戦場でもそれ以外でも前に出ようする性分から、周囲には伊達男だと思われていた。
ハイネはZGMF-23Sセイバーガンダムを与えられ地球への配属が認められた。フィンブル落着の際、ハイネの部隊は小惑星の欠片に紛れて地球へと降りた。
耐熱処理を施したボズゴロフ級潜水艦で直接地球に降下し、降下後は海中に潜むことで誰に知られることなくオーストラリア大陸カーペンタリア基地へと合流する計画だった。火事場泥棒にも等しい行為だが、ザフト軍の多くへの兵士はそのことを気にすることはなかった。地球軍の卑劣な行為に比べれば些事にすぎないと考えたからだ。
地球降下を無事成功させ、ボズゴロフ級潜水艦は水深150mを航行していた。この艦ばかりではない。他にも多数の部隊が混乱に紛れて地球への降下を果たした。
ザフト兵たちはキャット・ウォークに立つ艦長をはじめとして無事に地球降下を果たすことができた喜びを分かち合っていた。今頃、太平洋沿岸では多大な被害が発生している最中だとしても。格納庫の中、並ぶZGMF-23Sセイバーガンダムに見守られるようにパイロットも整備士も手を叩いて喜びを表現している。
しかしハイネはどこか違っていた。騒ぎに加わろうとせず、愛機をその足下から見上げていた。セイバーガンダムは大型ウイングを背負うその赤い体を静かにたたずませていた。
強烈な揺れが格納庫を揺さぶったのはその時のことだった。
多くザフト兵が床へと投げ出され、警報音が鳴り響く。何が起きたのか、事態を把握するまもなく天井が甲高い音を立てるととも裂けた。海の底をつついたように膨大な量の水が滝のように流れ込んでくる。押し寄せる水が人々と資材とを押し流し、格納庫を荒れ狂う海へと変えていく。
波に飲み込まれる人もいれば、資材に掴まり浮かぶ者もいる。
そして、一際大きな衝撃が格納庫に響いた。
滝の中に光る目があった。地球軍の水陸両用モビル・スーツ、インテンセティガンダムが水の壁を突き破り三叉戟をセイバーガンダムへと突き立てた。
起動していないモビル・スーツなど鉄くずにすぎない。セイバーをたやすく破壊したインテンセティは甲殻類のバック・パックで頭部を覆うと、口を思わせるビーム砲を船首側へと向ける。
この時ハイネは、全身を濡らしながらもコクピットへと這い上がっていた。ハッチを閉じるとともに排水機構が入り込んだ海水を排出する。映し出されたモニターはインテンセティから放たれたビームが強烈な輝きを放つ光景が描かれていた。
しかし、まだセイバーが動き出す気配がない。いつもなら気にならない程度の起動時間が、ハイネを苛立たせた。
すでにこの潜水艦は致命傷を浴びている。船首に向かって大きく傾き始め、流れ込んでくる水は勢いを増している。もはやこの艦は沈む。インテンセティはハイネのセイバーの方を見た。
インテンセティが三叉戟を構えた時、ようやくセイバーが動き出した。
構えている余裕などあるはずもなく、体当たり同然でぶつかっていく。シールドを前にガンダム同士を激突させる。合計140tもの衝撃が波を揺さぶる。そのまま、ハイネはインテンセティをさらに押し出していく。やがて2機は滝の真下で膨大な水を浴び始める。
これこそがハイネの狙いであった。
セイバーのミノフスキー・クラフトが強烈な輝きを放つ。水が、光に弾かれるような不自然な動きを見せた。 ハイネは仲間への未練を振り払う勢いで、セイバーを急上昇させた。流れ来る水に逆らうように一気に海中へと飛び上がる。
機体全体にかかる強烈な負荷が襲うと、ハイネはその目に焼き付いた光景を最後に記憶がとぎれた。インテンセティのシールドに描かれていた一輪の青薔薇のエンブレム、その強烈な印象がハイネの意識を奪い、また覚醒させた。
つい先程までコクピットにいたはずが、ハイネはいつの間にかベッドに寝かせられていた。全身がだるく、身につけているのは入院着のようなゆったりとしたものだった。
どうやら脱出の際に気を失ってから長いこと寝ていたらしいと、ハイネは重く感じる体を持ち上げベッドから降りた。仕切りようのカーテンをどかすと、ここがどうやら医務室なのだとわかる。しかし、医者らしい姿はない。いるとすれば、足を組んで座る女性が1人だけ。
ただ、とても医師には見えなかった。長い黒髪に切れ長の目をしたなかなかの美人で、黒を基調とした魔術師のように凝った意匠の服を身につけていた。
ハイネは自信をもてないまま尋ねた。
「俺を助けてくれたのは、あんたか……?」
「打ち身が3カ所。擦り傷が1カ所。ベルトもつけずに乗り回していた割に、君はずいぶんと運が強いようだ」
容貌に違わず凛々しい声だった。
ハイネはこの女性が医者であることを前提にするしかなかった。
「俺はハイネ・ヴェステンフルス。状況は理解しているかも知れないが、地球降下部隊の者だ」
「私はロンド・ミナ・サハク。この艦の船医をしている。そして君はその患者だ」
「俺の他に生存者は?」
「水深200mにいきなり投げ出された人間が助かる術があるなら教えてもらいたいものだ。君とて我々が見つけなければ、セイバーが鉄棺桶になっていた」
セイバーを逃がすこと。それがあの状況では最善の策だと理解してはいても、ハイネはどうしようもなく表情を曇らせた。
「俺だけか……。それで、状況を教えてくれないか? 俺のセイバーは? この部隊の所属は? 戦況はどうなってる?」
「セイバーは無事だ。この部隊の所属はカーペンタリア基地。確かに地球軍の手痛い反撃はあったが、大部分の降下はうまくいったようだ。カーペンタリアでは今頃大量の物資の相手に大わらわだろう」
ハイネの脳裏には青い薔薇の紋章が浮かんでいた。部隊を襲ったのはファントム・ペインであったようだ。
ミナ医師は終始、不敵な笑みを崩すことはなかった。
「それで、次は何を聞きたい?」
言いながらミナ医師は足を組み替えた。タイト・スカートなので医者にしては不必要に色っぽい。
しかしハイネが質問するよりも早く、警報が鳴った。艦内放送で第1種戦闘配備への移行が告げられる。
「敵襲か!」
言うや遅しとハイネは医務室を飛び出した。艦内を見てすぐにわかった。この艦も同じボズゴロフ級である。構造は熟知している。慌ただしく走り回る人々をかわしならブリッジへと駆け込んだ。
「艦長はどこだ!?」
潜水艦が窮屈であるのはどこも変わらない。わかりやすい艦長席などない。しかし、部屋の中央にいた人物に、ハイネの目は釘付けとなった。そこにはミナ医師がいた。しかし、振り向くと、いつの間にか追いついていたミナ医師が後ろにもいた。
ミナ医師は妖しく笑っている。
「この艦長は私の双子の兄でね。名はロンド・ギナ・サハク。サハクでは紛らわしい。ギナ艦長とでも呼ぶといい」
ハイネが改めてブリッジ中央を見ると、ギナ艦長は妹とほどよく似た笑い方をしていた。そして服装まで同じ。よく見れば多少違いがないような気がしないでもない。だが観察する時間もなく、艦が激しく揺さぶられた。
「艦長、状況は?」
「敵ストライクダガーに発見された。どうやら、君を拾ったところを哨戒機にでも見つかったらしい。東アジア共和国の機体だろう。たちの悪い嫌がらせだ」
無論、嫌がらせですませられる問題ではない。ハイネはギナ艦長に詰め寄った。
「艦長、俺がセイバーで出る! 出撃許可をくれ」
医師からはストップがかかるものの、艦長は笑って許した。
「君は病み上がりなのだがね……」
「構わんさ。我々がどんな拾いものをしたのか、確かめるのも悪くない」
こうして、ハイネはパイロット・スーツどころか軍服さえ身につけないまま、格納庫へと向かって走り出した。
ボズゴロフ級が潜行する上空では、2個小隊6機のGAT-01A1ストライクダガーが飛行していた。バック・パックの換装機構を備えるストライクダガーは、2機が機動力に優れるジェット・ストライカーを装備し、残りの4機は砲撃に特化したドッペンホルン・ストライカーで統一している。
ドッペンホルン・ストライカーは一対の長大なキャノン砲を有する無骨な姿ながらミノフスキー・クラフトが採用されている。バック・パックが輝きながら機体を浮かせ、安定した姿勢を確保することで砲撃を繰り返していた。
ビーム全盛の時代に昔ながらの実弾は海面を貫き、海中のボズゴロフ級潜水艦を揺るがしていた。
潜水艦というより、潜行もできる輸送船としての意味合いが強いこの海底空母は深度を稼ぐことはできない。このまま直撃ではやがて直撃を許すことになる。
しかし、ザフトがこのまま手をこまねいているはずがないことは、東アジア共和国もまた理解していた。
水面が慌ただしくなる。海面下から急速に浮上する影が大きさを増し、海を叩き割る。飛沫が白く柱を立てた。正面に4つの船内カタパルトを持つ潜水艦がそのまま飛び出さんばかりの勢いで急速浮上してきたのである。
展開するハッチ。4機のモビル・スーツが同時に空へと解き放たれた。
東アジア共和国軍のモビル・スーツを取り囲むように旋回する4機のモビル・スーツ。それはすべてモビル・アーマー形態をしていた。
ZGMF-953ゼーゴッグは足を折り畳み尖った頭部を機首にすることで重戦闘機を思わせる姿をしていた。
そして、セイバーは一対のビーム砲を双頭の機首として、その深紅の機影をどこまでも広がる地球の空にさらしていた。そのコクピットの中で、ノーマル・スーツを羽織ったハイネは初めて訪れた地球の途方もない空に見せられていた。
「これが、地球か……。これが空か……」
しかし、すぐにギナ艦長から通信が入る。
「聞こえるかね? リーダーは君に任せたい。できる限り手際よく、追い払ってくれたまえ」
「了解だ!」
射撃、爆撃を得意とするゼーゴックでは機体の性質上、リーダーは務まらない。ゼーゴックのパイロットたちとはまだ顔さえあわせていない状況の中、ハイネは戦闘を開始する。
まず動いたのはゼーゴックだった。人型に変形すると、両手に構えたビーム・ライフルを敵へと向けて攻撃を開始する。対して地球軍はドッペンホルン・ストライクダガーを中心に隊列を整えると、砲撃で応戦する。
空は突如、激しい撃ち合いとなった。
そんな中、ハイネ、そして敵のジェット・ストライクダガーは隊列に加わろうとはせず、お互いを牽制しあっていた。
すると、戦況はある形を描き出す。被弾を恐れて距離を開けた結果、両者が鮮明に2つの塊となって対峙した。そのまま、お互いに攻撃をしてはかわし、戦いは硬直する。
攻撃力に優れるビームは連射がきかず、大型のキャノン砲は取り回しが悪い。結果、お互いに有効打を出すことなく撃ち合いが続いていた。
この状況を打開するために動き出したのは、他ならぬハイネであった。セイバーガンダムがモビル・アーマー形態のまま敵へと突撃を開始する。その動きを察した味方のゼーゴックたちが援護射撃を開始した。ハイネを撃とうとしていたドッペンホルン・ストライクダガーはゼーゴックの攻撃にさらされ標準を絞ることができない。
セイバーは加速を続ける。
ジェット・ストライクダガーが針路に割り込み、牽制すべくライフルを発射する。その時、セイバーは機首を扇状に回転させ、体の重心を大きくずらすことで機体の位置をずらしながらモビル・スーツ形態へと変形を果たす。
攻撃を外したストライクダガーは再度標準をあわせようとするも、ビームは連射がきかない。ミノフスキー・クラフトで加速したセイバーは一気にストライクダガーの懐に入ると、膝蹴りで敵の顔面を強打しつつ通り抜ける。
首をもがれ体勢を崩したストライクダガーには目もくれず、その奥のドッペンホルン・ストライクダガーへと加速し続ける。
「モビル・スーツを腕の生えた戦闘機だと思うな!」
ハイネのかけ声とともに、ビーム・サーベルを抜きはなったセイバーガンダムはストライクダガーを斜めに切り裂いた。