ユニウス・セブン休戦条約では10の条項が制定された。
その中で最も有名な項目は、国力に合わせモビル・スーツの保有台数を制限するという取り決めであろう。この条文は過剰な兵器開発を抑制するため、プレア・ニコルの兵器への搭載禁止とともに条約に並べられた。
しかし、この条項が無意味であったことは歴史の審判を待つまでもなかった。条約締結からわずか数年で形骸化していたのである。
当初から軍縮がモビル・スーツの保有台数に限られ、軍事費が抑制されていないことを危惧する声はあがっていた。
これまで300機を製造していた保有台数を半分にしろと言われれば、150機を製造できるだけの資金がまるごと浮くことになる。それはモビル・スーツ1機あたりにかけることができる資金が2倍に跳ね上がることを意味する。
当然のように、モビル・スーツ開発競争は激化の一途をたどることになる。
重要なファクターであるコスト・パフォーマンスが事実上撤廃されたことでモビル・スーツは高性能化、高コスト化が際限なく推進されることとなった。
各勢力がともに少ない保有台数を補うため、換装機構を備えた主力機の開発に成功した。
地球各国は名機として知られるGAT-X105ストライクガンダムの正式量産型であるGAT-01A1ストライクダガーの配備を完了した。換装式のバック・パックはミノフスキー・クラフトを搭載した新型が開発され、性能の底上げがなされている。
プラントの国軍ザフトは新たにZGMF-1000ヅダを量産ラインに乗せた。この機体もまた、ウィザード・システムと呼ばれる3種の換装機構を備え、高い汎用性を誇る。
そして、両勢力はガンダム量産計画に着手した。希代の技術者であるゼフィランサス・ズールが開発したガンダムの唯一とも言える欠点が高コストであった。条約はその最後の鎖を解いてしまったのである。地球軍は3機の量産型ガンダムの開発に成功。ザフト軍はZGMFー56Sインパルスガンダムの他、ZGMF-42Sセイバーガンダムの2種を量産している。
敵対する勢力に同名、同じ特徴を持つ機体が存在する事実は、開発者であるゼフィランサス・ズールへの敬意と、この戦争の特殊性を如実に示していた。
小惑星フィンブルはプラントの脇を抜けるようにして月軌道内へと侵入を果たした。地球まではわずか30万km。地球の直径わずか0.02%の岩と氷の塊が巨大な尾を引いて宇宙を駆ける。
地球全体から見れば石ころでしかない小惑星とて落着すれば甚大な被害をもたらす。かつて恐竜を滅ぼしたとされる小惑星とて、その直径はわずか10kmとも言われている。
小惑星を破壊すべく地球軍は行動を開始していた。月面基地を離れた艦隊が加速し、小惑星との相対速度を合わせようとしていた。小惑星は絶えず地球へと向けて落ちている。そのため、破砕作業を行うものも同じ速度で落下していなければたやすく取り残されてしまう。
月を利用したスイング・バイによって加速した艦隊が小惑星と横並びになりながら徐々に接近していく。艦からは次々とGAT-01A1ストライクダガーが出撃する。水平翼を持つジェット・ストライカーがミノフスキー・クラフトの輝きを放ち、後ろからストライクダガーを押し上げていた。
現在、換装機構とミノフスキー・クラフトの搭載はモビル・スーツの基本設計と化している。ミノフスキー・クラフトによって十分な加速を得たストライクダガーは宇宙に浮かぶ岩の塊へと接近していく。中にはモビル・スーツよりも大きな三角錐型のフレーム、メテオ・ブレイカーを数機がかりで運び入れようとする光景が見られる。
計画ではメテオ・ブレイカーでフィンブルを破砕後、破片を艦砲で順次破壊するというものである。まずはフィンブルを砕かなければ始まらない。
モビル・スーツ部隊を運んできた母艦の艦長は、メネラオス級の狭苦しいブリッジの中で祈るような気持ちで小惑星へと降りていく幾筋もの光を見つめていた。
たるみ、染みの目立つその顔は壮年の男の哀愁というものを漂わせていた。しかしそれとは対照的とも言えるほど確かな眼差しが輝くユーラシア連邦軍少将である。禿かかった頭を隠すように軍帽をしっかりとかぶり、その目は小惑星フィンブルへと向けられている。
モニターに映るフィンブルは細長い形に、いくつものクレーターをつけたよく想像される小惑星であった。
「艦長、ザフトの艦隊が接近中です!」
「我々の任務は小惑星の破砕活動だ。ザフトのことは無視して構わん」
「了解!」
艦長はオペレーターからの言葉を言葉少なに返事する。その目は、接近するザフト軍の動向を眺めていた。
ザフトの艦船は航空力学を無視した独特の形状が特徴である。地球軍の戦艦はいまだに旧暦の洋上戦艦を思わせる形状をしたものが多いが、お国柄というものなのだろう。
ただ、このような些細なことにさえ、艦長はプラントの異質さを覚えずにはいられなかった。
それは、この艦長自身コーディネーターであることに起因しているのかもしれない。最初期に遺伝子調整を受けたものの、プラントに参加せず地球に残った1人だった。詳しい理由は彼自身忘れていたが、ただ人の遺伝子を取捨選択しただけのコーディネーターが新たな人類を名乗ることに対する違和感だけは今でも残り続けている。
ザフトを見つめる眼差しの中で、突然光が瞬いた。そして、艦を激震が走る。
「何事だ!?」
肘掛けに掴まりながら艦長は声を張り上げる。
「ザフトからの攻撃です!」
「ドレイク級中破! 航続不能、離脱します!」
「ザフト軍、モビル・スーツの出撃を確認!」
僚艦の離脱とともに、ザフトが戦闘行動を明確にしたことが報告される。驚くよりも、怒りを覚えるよりも早く艦長は指示を出す。
「各機、迎撃にあたれ!」
地球軍艦隊が回頭する間にもザフトの攻撃は続いている。隙だらけのわき腹めがけてビームが次々と放たれていた。
「モビル・スーツ隊を引き戻せ!」
「しかしまだマスドライバーの設置が!」
「構わん! 起動は後続の部隊にさせればよい! 今はザフトを抑えねばならん!」
艦長の決断は早く、オペレーターの行動に迷いはなかった。
地球もまた、プラントを信用してはいなかったのかもしれない。地球をただの資源惑星として見ることのなかった国が、今更になって地球を守るとは誰も考えてなどいなかったのかもしれない。
ヅダはザフト軍最新の量産機であり、その意匠は従来のザフト機を踏襲している。姿は緑の無骨な甲冑を身につけた一つ目の巨人を思わせる。ザフトが量産するガンダムを除いた3種のモビル・スーツの中で最も汎用性に優れ、あらゆる戦場で使用されている。それは小惑星フィンブルを巡る戦いにおいても変わることはない。
ブレイズ・ウィザードを装備したヅダがライフルを手にフィンブルを目指していた。ブレイズ・ウィザードは最も一般的な換装装備であり、2機のロケットを背負った高推進力による高い機動力を誇る。ウィザードはすべてミノフスキー・クラフトが装備され、ブレイズ・ウィザードが輝きを放ちながらヅダをさらに加速させる。
行く先には地球軍の艦船が無防備な背中をさらしていた。フィンブル破砕に気を取られ、完全にザフトへの対応が後手に回ったのである。
ヅダたちは地球軍の艦船にとりつくと、破壊力で知られるビーム・ライフルで次々と光の柱を船の装甲に打ち立てた。
高射砲で反撃する地球軍は、誰の目にも苦し紛れであることは明白だった。モビル・スーツはここ数年、飛躍的な性能向上が図られた。ミノフスキー・クラフトによる機動力の向上は特にめざましく、鈍重な軍艦ではヅダを捉えることなどできない。
次々と艦が爆発の中に消えていく。
立ちこめる爆煙。煙の中から飛び出した一筋のビームがヅダを貫いた。ヅダが爆発するも、ザフト軍に仲間の死を惜しんでいる暇はなかった。煙の中から現れた地球軍のストライクダガーがさらにライフルを発射した。ヅダは胸部を撃ち抜かれ、また1機撃墜される。
しかし、反撃はここまでだった。ストライクダガーは背後をとられた。回り込んだヅダが長柄の戦斧を大振りに振り抜いた。三日月型のビームの刃を持つ斧はストライクダガーを胴裂きにする。
ストライクダガーの爆発の中から再び姿を現したヅダはズレイズ・ウィザードとは異なるバック・パックを装備していた。小型軽量化されたバック・パックであり、戦斧を武器として戦うスラッシュ・ウィザードと呼ばれる装備である。ヅダの中で接近戦に特化した性能を有する。
そんな斧を構えるヅダに斬りかかったのもやはり格闘に優れた機体であった。対艦刀を両手で構えたストライクダガーの一撃を、ヅダが戦斧で受け止める。漏れ出したビームがスパークを生じて輝く。
ソード・ストライカーⅡ。ストライクダガーにもまた、接近戦に優れた装備が用意されていた。そして、互いに射撃戦に優れた装備もまた用意されている。
鍔迫り合いをしていた2機が離れると、その場所をビームと実弾とが横切った。大型ライフルを腰だめに構えたヅダは、ガナー・ウィザードを装備している。背中に2門のキャノン砲を背負ったのは、ドッペンホルン・ストライカーを装備したストライクダガーである。
ヅダに中距離戦に優れたブレイズ・ウィザードがあるように、ストライカーには同様のコンセプトを持つジェット・ストライカーが存在する。そして、近距離、遠距離それぞれにおいても同様の装備が存在していた。GAT-X105ストライクガンダムによって確立された換装システムは両軍に受け継がれていた。
1種の機種にして3種の性能。量産機は汎用性を高めるコンセプトで開発が進められていた。
フォース・シルエットによって加速するインパルスガンダム。これが今のシン・アスカの機体である。普段使い慣れているソード・シルエットの使用は足並みを乱すとして許されなかった。
周囲ではレイ・ザ・バレルのガンダムを先頭に、同じフォース・シルエットで統一されたインパルスが編隊を組んでいる。
すでに戦闘が始まっていた。破砕活動を支援するが、しかし遭遇した敵軍を優先的に撃墜する。この指示通り、ザフトは目につく地球軍に手当たり次第攻撃を仕掛けていた。
シンには破砕機器一つ持ち込んでいない友軍の姿に、人命救助とは別の狙いを邪推せざるを得なかった。歯を強くかみしめ、必要以上に体に力が入っている。その割に、表情は全体として嘲笑じみた顔になっていた。
「バレル隊長。俺たちの任務は破砕活動の支援であるはずです。このままではフィンブルにたどり着くことさえできません。急ぐべきではありませんか?」
さて、隊長はどんな答えをするだろうか。シンの予測では、白々しい言い訳を並べて答えになっていない答えではぐらかすと考えていた。それとも、部下の通信にわざわざ返事などしないかのどちらかだろう。
個別通信がルナマリア・ホークの心配そうに声をシンへと届けた。
「ちょっとシン。何言ってるのよ……?」
「別に変なことじゃないだろ? 破砕活動しようって時に、こんなところで遊んでるのはおかしいんじゃありませんかって聞いただけだし」
隊長からの返事はない。それはシンの予想が当たったことを意味していなかった。後光を背負う純白の機体が身を翻し、部下のインパルスたちを一望できる位置に移動する。インパルスの隊列はそれに合わせて停止し、ちょうど隊長の話を聞く体制ができあがる。
「シン・アスカ軍曹。お前は上官非服従で懲罰房送りにされたいのか?」
「俺はただ作戦の……」
「この作戦におけるザフトの目的はフィンブル破砕を妨害し、地球の民を虐殺することにある」
「なっ……!」
シンの他にも通信からは動揺した声はいくつも聞こえていた。部下の動揺にかまうことなく隊長の言葉は続いている。
「本気で破砕活動を行うつもりの者がこの中にいるのか?」
装備は通常の戦闘用のもの。地球軍が破砕活動を行う以上、遭遇しないはずがない。そんなことは誰もがわかっていた。真の目的をうすうす感じていた。
生粋のプラントのコーディネーターたちでさえ動揺を隠せないでいる。隊長の真意を読み切れずうろたえることしかできない部隊の中で、意外にも反論に転じたのはルナマリアだった。
「待ってください、バレル隊長! 確かに結果的にはそうかもしれませんよ。けど! 私たちザフトはプラントの正当性の示すために……!」
「ジェネシスで地球のすべてを焼き払おうとした。今更何を言っている?」
「あれは確かに大きな犠牲を伴うことです。でも、やむ得ないことでした。仕方ないことでした!」
「では今回も割り切ればいい。地球軍の戦力を削るためにやむ得ない、人殺しは仕方がないとな」
いつもと立場が逆になっている。熱くなるルナマリアのことをシンが心配する羽目になっていた。シンに隊長の真意を読み切れない混乱も手伝って話に割り込めないことも原因になっている。
冷静な隊長の言葉に押し切られる形でルナマリアが言葉に詰まる。そのタイミングで、シンはようやく話に参加することができた。
「バレル隊長……、じゃあ俺たちは何をすれば……」
「私は言ったはずだ。今回に限り隊の拘束を解く。破砕に向かいたい者がいれば好きにしろ」
シンに隊長の真意は掴めない。
戸惑いながらも、すべきことだけは分かり切っていた。シンはフォース・シルエットの赤い水平翼を輝かせながら隊長機の脇を抜けた。フィンブルを目指す。
そんなシン機に、迷いながらもついて行くインパルスがあった。ルナマリアの機体だ。
8機中の2機。この機体だけがフィンブルへと向かうはずだった。しかし、あと1機だけが、シンとルナマリアの後に続いてミノフスキー・クラフトを輝かせた。
シンは驚くほど簡単にフィンブルへと到達した。地球軍の大半はザフト軍の迎撃に戦力を奪われている。ザフトも遭遇すれば応戦せざるを得ないという建前上、あからさまに破砕作業を妨害するつもりまではないのだろう。主戦場を避けてフィンブルに到達することだけなら難しいことではなかった。
フィンブルは太陽の光を反射してまばゆいばかりに白く輝いていた。この巨大な石ころが地球を吹き飛ばそうとしている。シンは小惑星を射程に収めるとともにビーム・ライフルの引き金を引いた。
高い攻撃力で知られるビームだが、堅い岩盤を砕くことはできても小惑星全体に与える影響は微々たるものでしかない。何度ビームを撃ち込もうとそれは小惑星にクレーターを刻むだけだった。
「人を殺すことしかできないのかよ! ガンダムは!?」
その時、インパルスのアリス・システムがモニターの一部を拡大した。インパルス同士を繋ぐアリスは他のインパルスが見た映像も投影してくれる。シンの位置からでは見ることのできない岩陰にメテオ・ブレイカーが設置されていることを他の誰かが確認したらしかった。
もっとも、アリスは敵性施設としてメテオ・ブレイカーを識別していた。何とも優秀なパイロット補助システムだと、シンは胸中で皮肉りながらメテオ・ブレイカーを目指すことにした。
モビル・スーツの倍はある巨大な三脚にドリルがとりつけられたメテオ・ブレイカーは起動していなかった。しっかり固定されていないのだろう。フィンブルが震える度に目に見えて揺れていた。
シールドは邪魔になる。シンは自機のシールドを投げ捨てると、あいた左手でメテオ・ブレイカーのとってを掴ませた。幸い、システムそのものは立ち上がっているらしかった。固定さえすれば動き出すはずと、シンはインパルスのスラスター出力を調整しながら位置の微調整を続けることにした。
コクピット内に鳴り響いた警告音をシンは耳にした。
ストライクダガーが接近していた。ビーム・ライフルを撃ってこないのはメテオ・ブレイカーに当ててしまうのを避けるため、距離をつめようとしているからなのだろう。地球軍にはシンの姿は破砕活動の妨害にしか見えていないはずだ。
シンは声を挙げることしかできなかった。
「待ってくれ! 違うんだ!」
通信は繋がっていない。ザフト軍が奇襲を仕掛けた中、シンだけは味方だと地球軍に保証してくれる人がいるはずもない。
ここでインパルスの手を離せばメテオ・ブレイカーは一気に安定を失ってしまう。シンが決断できないまま、ストライクダガーは接近してくる。モニターに銃口が拡大していく中、どこからともなく飛来したビームがストライクダガーを撃ち抜いた。
聞こえたのはシンには聞き慣れた少女の声。
「ちょっと、シン。いくら何でも危険すぎない?」
「メテオ・ブレイカーを離せば破砕できなくなる。手伝ってくれ。1機じゃ無理だ」
「無茶言わないでよ。レーダー見えてないの?」
ルナマリアの言葉通り、レーダーには味方信号のない反応が接近していた。
地球軍も必死なのだ。メテオ・ブレイカーの近くにザフト軍が現れたとなれば排除に全力を傾けるに決まっていた。
インパルス1機ではメテオ・ブレイカーを安定させることができない。ルナマリアからの加勢も期待できなかった。シンが諦めかけた時、メテオ・ブレイカーから伝わる振動が明らかに減少した。反対側を抑える別のインパルスの姿がある。ルナマリアの機体ではない。
モニターには、シンにとって意外な少年の姿が映し出された。
「手伝うよ……、その、なんか微妙な空気だけどさ」
小惑星なんて落としてしまえばいい。そう言ってシンと一悶着を起こしたヴィーノ・デュプレだった。想像していなかった加勢に、シンも何を言っていいかわからなかった。
「……ありがとう……」
ただそうとだけ言って、後は黙々と作業を続けていた。やがて、設置を終えると、メテオ・ブレイカーは動き出した。ドリルが岩盤に潜り始める。一定の深さに到達したところで爆発し、小惑星を砕くことになる。
ただし、この1機だけでは足りていない。少しでも多くのメテオ・ブレイカーを起動する必要がある。
フィンブルの上空に未設置のメテオ・ブレイカーが漂っていた。ザフトの攻撃に晒され投棄せざるを得なかったのだろう。
「ルナと、……ヴィーノ・デュプレはあのメテオ・ブレイカーを設置してくれ」
「シンはどうするの?」
「俺は、あいつを抑える!」
レーダーに接近が知らされていた敵はガンダムだった。
バズーカにシールド設置型の二連ビーム・ライフル。背中には2門のビーム砲を担いだ火力の化け物のようなガンダムだ。暗い緑色が何とも毒々しい色を放っている。ルナマリアが謎のコロニーで交戦した相手だ。
敵のガンダム、GAT-X137イクシードガンダム・バスターカスタムがその火力を惜しみなく放ってくる。激しい爆発が巻き起こり、フィンブルの地表を衝撃波が吹きすさぶ。
それでも、シンたちへの直撃は一つとしてなかった。メテオ・ブレイカーのそばにいたことで敵が標準を甘くしたのだ。
「ルナ、早く行ってくれ! 抑えるだけなら俺にだってできるはずだ!」
「……わかった。シンも気をつけて」
ルナマリア機とヴィーノ機が離れていく。
シンは敵の次の手を想像できないでいた。敵は火力が仇となってメテオ・ブレイカーを巻き込むような攻撃はできないはずだからだ。よって、敵の一手は合理的でありながら、ひどくシンを驚かせた。
コクピットに鳴り響く警報がシンの耳に届くのと、爆煙を切り裂いて敵機が姿を見せたのはほぼ同時だった。誤射を避けるために敵との距離をつめる。射撃特化型の機体がそんな常識破りの常道を選択したことにシンは動揺する。
イクシードガンダムの放った蹴りがシンのインパルスの胸部へと直撃する。フェイズシフト・アーマー同士の接触は激しく輝きを、インパルスを弾き飛ばす。
シンは叫び声さえ上げられないまま、必死に操縦桿を握りしめていた。辛うじて体勢を立て直したインパルスが地面に足を擦り付けながら勢いを殺す。
イクシードガンダムはそんなシン機を無視し、その火力をルナマリアたちへ向けようと上空へと機体を向けた。
シンは咄嗟にライフルを放つ。
「やめろぉ!」
敵のビーム砲からビームは放たれた。しかし、シンの攻撃をかわすために体勢を崩したせいで狙いがまとまらなかった。ビームがルナマリアたちを捉えることはなかった。
インパルスとイクシードとの戦いは、傍目にはひどく不格好に見えたかもしれない。
互いに強力な火器を手にしながら泥臭い殴り合いに終始していた。
イクシードの横蹴りをインパルスがライフルを握ったままの腕で防ぐと、反撃として膝蹴りを放つ。腹部を直撃した膝に耐えたイクシードの体当たりがインパルスを弾き飛ばす。そして、メテオ・ブレイカーを巻き込むことがない角度になると、思い出したように放たれたイクシードの大火力がフィンブルの一角に巨大な爆発を引き起こした。
インパルスのコクピットには警報音が鳴り止まない。無理な格闘で関節にダメージが蓄積されていたからだ。そんな音の中、シンは肩で息をしていた。相手がいつメテオ・ブレイカー防衛を諦めて火力の封印を解くかわからない。そんな緊張感がシンを想像以上に疲労させていた。
それでも、シンはここで引く訳にはいかなかった。地球を守るためにも。
それは相手にとっても同じだった。
イクシードガンダムのコクピットの中で、スティング・オークレーはその鋭い目つきで敵のガンダムを睨みつけていた。
「まだ空を落としたいのか! お前たちは!」
もはやセオリーなど存在しなかった。バック・パックにミノフスキー・クラフトの輝きを灯し、イクシードガンダムが突進する。射撃機としての適切な会敵距離をあっさりと踏み越えたことで、インパルスのビームがイキシード右腕のバズーカを捉えた。破裂する銃身を投げ捨て、イクシードはさらに接近する。開いた手で固めた拳をインパルスの顔面へと叩きつける。
はじき飛ばされるインパルスのコクピットではデュアル・センサーが破損したことでモニターが鮮明度が低下する。それでもシンの眼差しはイクシードガンダムを捉えている。もしもシンがこの敵を逃せばルナマリアたちが攻撃を受けることになる。引くことはできない。
「俺は、俺はぁ!」
ただフィンブルを破壊し、地球を救いたい。それがシンの願い。
インパルスのビーム・ライフル、イクシードのビーム砲から放たれたビームがすれ違い、フィンブルの上で爆発を引き起こす。
もう二度と空を落とさせない。それが、スティングの希望。
地球を守りたい。そう等しく願う少年たちは、壮絶な殺し合いを演じていた。