大西洋連邦首都、ワシントンD.C。大統領の直接選挙制を採用するこの国では記者会見の場で大統領が姿を見せることも珍しくはない。記者たちも慣れたもので大統領の姿を前にしても体を固くすることもない。
しかし、今回ばかりは例外であった。
国旗が掲げられた会見台にはジョセフ・コープランド大統領の姿があった。薄い色をしたスーツのごく普通の中年男性が第一印象であろう。国内では地味ながら堅実な大統領と評価されている。
「これは映画ではありません。昨日の15時37分、小惑星が地球への衝突軌道に入っていることが確認されました。小惑星の名称はフィンブルとなりました。直径は約7km。地球への到達予測日時は約10日後であると予想されています」
堅物で知られるコープランド大統領にしては珍しい出だしだった。会見場に詰めかけた記者たちから戸惑いの声が漏れる中、コープランド大統領はあくまでも冷静に事実を並べていく。
「被害を受けると思われる地点への避難命令を発令しており、迎撃準備を行っている最中であります」
どのような地区にどのような対策が講じられているのか、また、どのように軍が動いているのかが一通り並べられた後、記者による質問が許可された。並ぶ記者の中から手が上がる。コープランド大統領はその内の1人を指し示した。
「10日後とは急な印象です。発表が遅れた理由をお聞かせください」
「まず、この小惑星の由来がはっきりとしていないこと。また、プラント領空をかすめる軌道であったことから、地球の観測では発見が遅れてしまったことが原因と考えられます」
突然現れ、そしてプラント政府を刺激しないようとの配慮から監視の緩い地点を小惑星が通過しているために発見が遅れた。戦争の弊害はこのようなところに影響を及ぼしていた。
コープランド大統領は次の質問者を指す。
「被害想定はどの程度と予測されていますか?」
「現在、計算中です」
食い下がろうとする記者に対してコープランド大統領は算出中とだけ繰り返す。根負けしたのは記者の方である。
次に立ち上がったのは若い男性だった。会見場にいる以上、記者であることは間違いないのだろうが、メモをとることもなく、また赤いジャケットを羽織った姿は周囲と明らかに違う雰囲気を醸し出していた。
「隕石に対してはどんなアプローチをかけるつもりですか?」
「出撃可能な軍艦を動員し、破砕作業を開始する予定です」
「プラントとの連携はどうなっていますか?」
「現在、協議を打診しております」
「もし協力が得られない場合、衛星軌道内で破砕活動を行うということも考えられますか?」
矢継ぎ早に質問を繰り返す若い記者に対して、コープランド大統領は表情こそ変えないものの疎ましさを覚え始めたらしい。
「失礼ですが、質問は1人1つまでと区切らせていただきます」
若い記者を無視する形で大統領は次の質問者を指名する。新たな質問者が起立したことで、口元を歪ませて残念さを隠そうとしないで若者は席に着いた。
そんな血気盛んな記者へと、隣に座っていた少女が声をかけた。この少女も、若者同様ラフな格好をしていた。ズボンに薄いジャケット。動きやすく、それでいておしゃれも欠かさない。そんな機能的な姿をしていた。
「ジェスさん、また無茶して。ナタルさんに怒られても知らないからね」
少女を後目に、ジェスと呼ばれた記者は今更になってメモにペンを走らせていた。その姿に、少女はため息をつく。
「バジルール所長ならわかってくれるさ。でも、これから忙しくなりそうだ。フレイも準備だけはしっかりしててくれよ」
衛星軌道を周回中であった艦船が隕石の予想航路へと移動を開始した。
ダーレス級MS運用母艦を中心とした艦隊が、それでも最大船速とはほど遠い速度で運行を続けていた。
現在、地球連合軍は明確な目標地点を絞り切れていない。本来、地球から遠い地点で迎撃を始めることができるのが理想である。しかし、プラント宙域への進行が認められていない以上、軍を進める範囲には限界があった。
艦隊の歩みが遅い理由はここにある。プラント宙域にまで移動が許されないのであれば時間的猶予は十分すぎる。月と地球の間、小惑星が衛星軌道内に入るまでの約30万kmの間に迎撃しなければならない。
格納庫ではモビル・スーツが整備を終えている。ストライクダガーの他、ガンダム・タイプが積載量ギリギリまで搭載されている。艦の外では、横付けされる形で左右2機ずつメテオ・ブレイカーの名を持つ小惑星破砕用の大型重機が抱えられている。モビル・スーツの倍の高さを持つ3脚に円柱状のドリルを取り付けた地球防衛の切り札である。
隕石が落ちることを前提に人々が逃げまどい、隕石を落とさぬために戦士が戦場へと赴く。
後にフィンブルと命名されることとなる隕石が、災いとともに地球へと近づいていた。
地球では落着が予想される東アジアを中心に住民の避難が進められる。津波の発生が懸念される海岸線からは人々が離れ、シェルターへと避難する。
雨降り仕切る中、昼間だというのに薄暗い。人々は最低限の荷物を背負いレインコートを目深に被りながら列をなす。そのすぐ横では過密渋滞で立ち往生した車が並び、混乱をさけるために派遣された兵士の声が雨音に混ざり辛うじて聞き取れる。
そんな人々の流れと逆行する人の姿があった。ただし、正確には人ではない。人の形をした巨人、モビル・スーツたちが地響きを響かせながら避難民とすれ違う。
GAT-01A1ストライクダガーと呼ばれる機体である。GAT-01デュエルダガー同様GATシリーズと呼ばれるガンダムの量産機に当たる。この機体は簡素ながらもオリジナルであるGAT-X105ストライクガンダムに近い明確に凹凸を持つ装甲が採用されている。その背には大きなウイングを持つジェット・ストライカーが装備されている。手にはライフルとシールド。
避難民は見上げていた。歩くモビル・スーツは武装している。目的は混乱に乗じた暴徒の制圧、あるいは、ザフト地上軍との戦闘を視野に入れているのかもしれない。
また戦争が始まるのだろうか。人々の見上げる顔に、雨はただ降りしきる。
政治もまた、大きな動きを見せていた。
プラント最高評議会が緊急召集され、12の議員が並ぶ。議題は小惑星落下について地球軍とどう連携するか。
しかしその実態は単なる茶番でしかなかった。召集を待たず、議会の意思は決定しているのだから。
「我々が留意しなければならないことは、ナチュラルはどう取り繕おうと我々コーディネーターに対する潜在的な嫉妬を抱いているということです。持たざる者と持たざる者の違いはそれほど大きなものなのです」
「さよう。仮に領空侵犯を許せば多少の犠牲は目をつぶって我が国を攻撃せぬとも限りません。何せ、アラスカでは味方ごと火を放つような輩だ」
「コーディネーターを失うことは人類にとって大きな損失です。敢えて地球とプラントを秤にかければどちらに傾くかは自明でしょう」
議員たちが口々に意見を交わし合う。ただそれは、すでに議論ではなくなっていた。すでに結論は出ている。後は、論理構成をまとめるだけ。地球軍に協力しない言い訳をどう取り繕うべきかが話し合われているにすぎない。
「核の使用を打診しておるようだが、ユニウス・セブン条約の一時凍結などとんでもない。例外を作れば次の機会にどのように利用されるかわかったものではない」
条約ではプレア・ニコルの兵器への搭載が禁じられている。すなわち、核分裂を利用する兵器はそのすべてが使用できない。核ミサイルは小惑星破壊に大きな力になることは間違いないが、プラントにその封印を解くつもりはなかった。
宙域への進行を認めなければ、核の使用を認めなければ危険性は格段に増す。しかし、そのリスクを負うのはすべて地球であり、ナチュラルにすぎない。それが議論の前提として横たわっていた。
議員たちがお飾りの議論を繰り返す様子を、ギルバート・デュランダル議長は目を閉じ、静かに聞き入っていた。そして何の前触れもなく、風を思わせる声を響かせた。
「熟議を重ね正しい結論を出すことも大切だろう。だが、貴重な時間を浪費することもできない。決をとろう。我々は地球軍の進軍を許すべきだろうか? プラントを危険にさらす危険を冒してまで?」
デュランダル議長が首を回す。議員たちを一通り眺めた後、その視線は正面に戻る。ただ首をなおしたのではない。正面に座るタッド・エルスマン議員を見たのだ。
「勘違いはしないでほしい。我々は地球がどうなってもいいと言っているのではない。破砕作業には軍を参加させるべきだろうとも考えている。だが、それはあくまでも人道的な措置にすぎない。我々には地球に協力する義務などないのだからね」
それは議会全体へと向けられた言葉であるようでありながら、しかしその眼差しはエルスマン議員ただ1人へと向けられている。
「では、地球軍の申し出を受け入れるべきと考える者は起立願おう」
票決は、12名と少人数とは言え集計をとるまでもなかった。たった1人、たった1人の議員だけが立ち上がっていた。デュランダル議長の真向かいで立ち上がる、タッド・エルスマン議員だけが賛成票を投じたのだ。
プラント最高評議会は、地球軍の申し出を拒否することを正式に決定した。
ヒメノカリス・ホテルは慌ただしさのただ中にある格納庫にいた。
密命を帯びているはずの特務艦ガーティ・ルーでさえ小惑星迎撃に参加することが決定していた。地球の大事に動かない艦隊があることをザフトに気取られないための措置である。
まるで、ザフトに戦力がふるいにかけられているようだと、ヒメノカリスはZZ-X300AAフォイエリヒガンダムを見上げながら考えていた。
アウル・ニーダとステラ・ルーシェ。ヒメノカリスを姉のように慕う子どもたちが姿を現したのはちょうどそんな時だった。
「姉貴。星が落ちてくるって本当か?」
「私たちも戦う?」
忙しい整備士たちの間を縫うように、無重力の中を子ども2人が漂ってくる。ヒメノカリスは勢いのつきすぎたステラを抱きしめるように止める必要があった。
「そう。アウルもステラも準備の手を抜かないで。プラントが領空侵犯を許すとは思えない。小惑星破砕は私たちの手で行うことになる」
抱き留めたステラを床におろしてから、ヒメノカリスは近くにいた整備士に目で合図を送る。すると、整備士は冊子を一つ、放り投げた。無重力なので受け取ることはたやすい。
「破砕用のメテオ・ブレイカーの準備は始まってる。簡単な使い方くらい、目を通しておいて」
格納庫には入りきらない大きさで、ガーティ・ルーの船側に取り付けられている。巨大な破砕機をモビル・スーツの手で運び、起動しなければならない。
姉から見せられた冊子を、アウルとステラは真剣な眼差しでのぞき込んでいた。
その様子を、アウル、ステラと同じ立場であるはずのスティング・オークレーはキャット・ウォークの上からただ眺めていた。手すりを両手で掴み、体重を預けるように下を覗き込む様子は、自信ありげな普段のスティングの様子が見られない。
何か漠然とした不安を感じているような、そんな落ち着きのない目は、ヒメノカリスのことを見つめていた。見つめたまま、ただ時間だけがすぎていく。
シン・アスカは再びノーマル・スーツに袖を通した。自然とこれから戦いが始まると心が引き締まる思いを、シンは感じていた。
今回の任務は小惑星破砕作業の支援。戦闘になることはない。ただ破砕計画の詳細を聞かされていないことへの不安が、シンの胸中をよぎっていた。
シンはパイロットたちが集まる待機室へと向かう足を早めた。すぐ後ろにはルナマリア・ホークが続いていた。外人部隊に所属していたとは言え正規のプラント市民であるルナマリアは、シンとは別のことに不安を覚えているようだ。
「ミネルヴァで初めての出撃だけど、うまく連携とれるかな?」
人当たりのいい性格で、すでにミネルヴァにとけ込んでいるように思えるルナマリアのことだ。言葉ほど心配している訳ではないだろうと、シンは勝手に判断した。
シンが振り返ると狭い通路の中を漂うように歩くルナマリアの姿を確認できた。
「なあ、ルナ。バレル隊長の機体って、何て名前なんだ?」
救援にかけつけたリングを背負った白いガンダム。ザフトが量産しているガンダムとは違う。ルナマリアが口を軽く膨らませたところを見ると、タイミングが悪かったらしい。
「私の相談は無視? まあいいわ。バレル隊長に聞いたけど、確かローゼンクリスタルだったかな」
やはり、シンには聞き覚えのない名前だった。
シンは首を前に戻した。話に興味がなくなったのではなく、単に目的地が近くなっただけだ。無重力に漂う体を扉の前でうまく止めて、スライド式の扉を開く。
中には2個モビル・スーツ小隊、合計6人のパイロットが時間を潰していた。全員が赤服。緊張感なんてものは感じられない。ずいぶんと和やかな様子で、シンたちのことを気にとめる者もいない。
2人のパイロットが立ち話をしている。どちらもまだシンと同じくらいで、調子の軽い少年が一方的に話しかけ、褐色の肌をした少年が静かに聞き役に回っていた。
その脇を抜けて部屋の真ん中へと進もうとする。
その時のことだった。言葉が聞こえたのは。
「隕石か、面倒なことになったよな」
少年の口調が事態の深刻さに反して余りに軽いものであったことに、シンの意識はさらわれた。
「いっそこのまま落っことせばいいんじゃないか? そうすればナチュラル全滅で問題みんな解決するだろ」
こっちを向け。そう考えた時にはすでにシンの腕は少年の胸ぐらを掴んでいた。気づくと、シンは間近で相手の顔をのぞき込んでいた。
「もう一度言ってみろ」
シンの視界一杯に広がる少年の顔は明らかに狼狽えていた。その瞳には目を見開いたシンの顔が写っている。
「もう一度言ってみろ!」
シンの腕に力がこもる。
かつて地球を滅ぼそうとした民は、地球の人のことをいつまでも同じ人間と見ようとしない。こんな怒りを、シンは何度も経験した。
ルナマリアの声がした。
「シン!」
しかし、体を引きはがしにかかったのは明らかに男の力だった。他のパイロットが2人がかりでシンの体を少年から引き離した。少年は苦しそうに首をさすっている。シンにこれ以上暴れるつもりもないが、パイロット2人はシンを離そうとしない。
「落ち着けよ、在外コーディネーター」
ここで正規軍を相手に殴り合ってやろうか。シンがそんな決意を瞳にたたえ始めた時、落ち着き払った声があった。
「何をしている?」
その場の全員が扉の方を見た。ノーマル・スーツ姿のレイ・ザ・バレル隊長がいた。状況を把握はしているのだろう。それでも、隊長から冷静さは消えない。
腕を押さえていたパイロットたちの力が弱ったことを機に、シンはその手をふりほどいた。隊長の前でなら危険はないと判断したのか、再び抑えようとはしてこない。
あの少年は曖昧な笑みを浮かべて、シンをなだめでもしているかのような仕草を見せた。
「冗談だよ、冗談……」
「状況を考えろ、ヴィーノ」
別の少年がヴィーノと呼ばれた少年の頭を軽く小突いた。名前を聞いて、シンはようやく思い出す。ヴィーノ・デュプレ。それが軽薄な少年の名だ。シンは自分のことながら余計なことだとすぐに2人の少年を意識から閉め出した。
パイロットたちが隊長の前に整列する中、シンは1人、離れた場所に残った。
バレル隊長はそんなシンを咎めることもなく話を始めた。
「作戦内容を説明する。地球軍と連携はしないが、我々は破砕活動を支援する」
これでザフト軍にいても地球のために戦うことはできる。シンが密かに心奮い立たせているその目の前で、現実は冷たい否定を含んでいた。
「ただし、作業中に地球軍と遭遇した場合、これを優先的に撃破する。以上だ」
皆が返事をしながら敬礼する中で唯一シンだけが了解の返事どころか敬礼の手を上げることさえできないでいた。周りのパイロットたちは指示の意味を理解しているのだろうか。声を上げるのは、結局シンしかいなかった。
「ちょっと待ってください。作業中って、遭遇しないわけがないじゃないですか! それじゃ、手伝うどころか、妨害だ!」
小惑星の直径はわずか7km。そこにザフト軍が行くことになれば確実に両軍は遭遇する。破砕準備に集中している地球軍に対してザフト軍は通常の戦闘用装備。襲撃するも同然の作戦内容だった。
それでも、戸惑っているのはシンだけだった。振り向くパイロットたちは平然として、バレル隊長はいつもの調子を崩すことがない。
「これは命令だ」
「俺は反対です。そんな戦い方、地球の足を引っ張るだけだ!」
「お前は作戦に意見できる立場にはない。嫌だと言うなら今回に限って出撃拒否を許可する」
痛くなるほど歯を強く噛み合わせる。シンが悔しさを噛みしめている間、バレル隊長はあくまでも職務遂行を続けていた。
「各員、機体へ乗り込め。出撃は追って指示する」
部屋を出ていく隊長に続いてパイロットたちが次々と待機室を後にする。シンはなかなか動き出すつもりになれず、つい動くことが遅れた。すると、部屋にはシンとルナマリアだけが残された。
「シン……、やっぱり、行かないとよくないと思うよ……」
心配そうに話しかけてくるルナマリア。シンもわかってはいた。ここで騒いだところで何も変えられない。出撃しなければ地球を見捨てることになるだけだと。
「わかってる……」
これ以上話しても何もいいことはない気がして、シンは格納庫へと向かうことにした。地球の危機を冗談と片づけてしまえる仲間と肩を並べて戦うために。
スティングは自分が自分でなくなるような感覚に襲われていた。ザフトの軍艦を爆沈した時のような覇気を失い、自分を見失っていた。すべては、地球に小惑星が落ちると聞いた瞬間から。
ここはモビル・スーツのコクピット。ジェネレーターは起動していない。暗く狭い部屋の中で、スティングはそれでも操縦桿を握ることをやめられないでいた。GAT-X133イクシードガンダム・バスターカスタムという力だけが心のより所となっていた。
しがみついていないと奈落の底に引きずり込まれてしまうような恐怖がスティングの体を萎縮させる。
空が落ちてくる。またあの日の光景が繰り返されようとしている。頼ろうとした姉は、アウルやステラにも頼られていた。スティングの中に渦巻く漠然とした不安は、仲間との接触さえ拒絶させていた。
ただ話がしたいだけ。話を聞いてもらいたいだけ。これまで簡単にできていたことが突然できなくなってしまう。このことは、スティングにあの日のことをさらに強く意識させた。
すべてが崩れてなくなってしまったあの日のことを。
スティングは操縦桿から手を放すと、コンソールのスイッチを手当たり次第押し始めた。顎を震わせたその顔は明らかに混乱している。ボタンの押し方がでたらめで、そもそもシステムが立ち上がっていない以上、反応するはずもない。
今のスティングは闇をおそれる子どもだった。
コクピット内の暗さが、あの日と同じだと突然に気づいてしまった。その瞬間から、スティングはあの日と同じく無力な子どもに戻っていた。すぐにでも泣き出しそうな弱々しい表情。でたらめの手の動きだけが激しい。
そんなスティングをまばゆい光が照らした。コクピット・ハッチが開いたことで差し込む光。スティングは思わず両手で顔をかばう。
目を閉じていても伝わる光の強さが急に和らいだ時、姉の声がすぐそばで聞こえたのはそんな時のことだった。
「こんなところにいた」
ヒメノカリスは、光からスティングをかばうようにコンソールに身を乗り上げていた。スティングが目を開くと、ちょうど顔をのぞき込んでくる位置に姉はいた。
「姉貴……」
スティングが求めていた姉の姿が、そこにはあった。