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No.32266の一覧
[0] 機動戦士ガンダムSEED BlumenGarten(完結)[後藤正人](2023/10/28 22:20)
[1] 第1話「コズミック・イラ」[後藤正人](2012/10/12 23:49)
[2] 第2話「G.U.N.D.A.M」[後藤正人](2012/10/13 00:29)
[3] 第3話「赤い瞳の少女」[後藤正人](2012/10/14 00:33)
[4] 第4話「鋭き矛と堅牢な盾」[後藤正人](2012/10/14 00:46)
[5] 第5話「序曲」[後藤正人](2012/10/14 15:26)
[6] 第6話「重なる罪、届かぬ思い」[後藤正人](2012/10/14 15:43)
[7] 第7話「宴のあと」[後藤正人](2012/10/16 09:59)
[8] 第8話「Day After Armageddon」[後藤正人](2014/09/08 22:21)
[9] 第9話「それぞれにできること」[後藤正人](2012/10/17 00:49)
[10] 第10話「低軌道会戦」[後藤正人](2014/09/08 22:21)
[11] 第11話「乾いた大地に、星落ちて」[後藤正人](2012/10/19 00:50)
[12] 第12話「天上の歌姫」[後藤正人](2012/10/20 00:41)
[13] 第13話「王と花」[後藤正人](2012/10/20 22:02)
[14] 第14話「ヴァーリ」[後藤正人](2012/10/22 00:34)
[15] 第15話「災禍の胎動」[後藤正人](2014/09/08 22:20)
[16] 第16話「震える山」[後藤正人](2012/10/23 23:38)
[17] 第17話「月下の狂犬、砂漠の虎」[後藤正人](2014/09/08 22:19)
[18] 第18話「思いを繋げて」[後藤正人](2014/09/08 22:19)
[19] 第19話「舞い降りる悪夢」[後藤正人](2012/10/25 21:56)
[20] 第20話「ニコル」[後藤正人](2014/09/08 22:18)
[21] 第21話「逃れ得ぬ過去」[後藤正人](2012/10/30 22:54)
[22] 第22話「憎しみの連鎖」[後藤正人](2012/10/31 20:17)
[23] 第23話「海原を越えて」[後藤正人](2012/10/31 21:07)
[24] 第24話「ヤラファス祭」[後藤正人](2012/11/01 20:58)
[25] 第25話「別れと別離と」[後藤正人](2012/11/04 18:40)
[26] 第26話「勇敢なる蜉蝣」[後藤正人](2012/11/05 21:06)
[27] 第27話「プレア」[後藤正人](2014/09/08 22:16)
[28] 第28話「夜明けの黄昏」[後藤正人](2014/09/08 22:15)
[29] 第29話「創られた人のため」[後藤正人](2012/11/06 21:05)
[30] 第30話「凍土に青い薔薇が咲く」[後藤正人](2012/11/07 17:04)
[31] 第31話「大地が燃えて、人が死ぬ」[後藤正人](2012/11/10 00:52)
[32] 第32話「アルファにしてオメガ」[後藤正人](2012/11/17 00:34)
[33] 第33話「レコンキスタ」[後藤正人](2012/11/20 21:44)
[34] 第34話「オーブの落日」[後藤正人](2014/09/08 22:13)
[35] 第35話「故郷の空へ」[後藤正人](2012/11/26 22:38)
[36] 第36話「慟哭響く場所」[後藤正人](2012/12/01 22:30)
[37] 第37話「嵐の前に」[後藤正人](2012/12/05 23:06)
[38] 第38話「夢は踊り」[後藤正人](2014/09/08 22:12)
[39] 第39話「火はすべてを焼き尽くす」[後藤正人](2012/12/18 00:48)
[40] 第40話「血のバレンタイン」[後藤正人](2014/09/08 22:11)
[41] 第41話「あなたは生きるべき人だから」[後藤正人](2014/09/08 22:11)
[42] 第42話「アブラムシのカースト」[後藤正人](2014/09/08 22:11)
[43] 第43話「犠牲と対価」[後藤正人](2014/09/08 22:10)
[44] 第44話「ボアズ陥落」[後藤正人](2014/09/08 22:08)
[45] 第45話「たとえどんな明日が来るとして」[後藤正人](2013/04/11 11:16)
[46] 第46話「夢のような悪夢」[後藤正人](2013/04/11 11:54)
[47] 第47話「死神の饗宴」[後藤正人](2014/09/08 22:08)
[48] 第48話「魔王の世界」[後藤正人](2014/09/08 22:08)
[49] 第49話「それが胡蝶の夢だとて」[後藤正人](2014/09/08 22:07)
[50] 第50話「少女たちに花束を」[後藤正人](2014/09/08 22:07)
[51] 幕間「死が2人を分かつまで」[後藤正人](2013/04/11 22:36)
[52] ガンダムSEED BlumenGarten Destiny編[後藤正人](2014/09/08 22:05)
[53] 第1話「静かな戦争」[後藤正人](2014/09/08 22:01)
[54] 第2話「在外コーディネーター」[後藤正人](2014/05/04 20:56)
[55] 第3話「炎の記憶」[後藤正人](2014/09/08 22:01)
[56] 第4話「ミネルヴァ」[後藤正人](2014/06/02 00:49)
[57] 第5話「冬の始まり」[後藤正人](2014/06/16 00:33)
[58] 第6話「戦争の縮図」[後藤正人](2014/06/30 00:37)
[59] 第7話「星の落ちる夜」[後藤正人](2014/07/14 00:56)
[60] 第8話「世界が壊れ出す」[後藤正人](2014/07/27 23:46)
[61] 第9話「戦争と平和」[後藤正人](2014/08/18 01:13)
[62] 第10話「オーブ入港」[後藤正人](2014/09/08 00:20)
[63] 第11話「戦士たち」[後藤正人](2014/09/28 23:42)
[64] 第12話「天なる国」[後藤正人](2014/10/13 00:41)
[65] 第13話「ゲルテンリッター」[後藤正人](2014/10/27 00:56)
[66] 第14話「燃える海」[後藤正人](2014/11/24 01:20)
[67] 第15話「倒すべき敵」[後藤正人](2014/12/07 21:41)
[68] 第16話「魔王と呼ばれた男」[後藤正人](2015/01/01 20:11)
[69] 第17話「鋭い刃」[後藤正人](2016/10/12 22:41)
[70] 第18話「毒と鉄の森」[後藤正人](2016/10/30 15:14)
[71] 第19話「片角の魔女」[後藤正人](2016/11/04 23:47)
[72] 第20話「次の戦いのために」[後藤正人](2016/12/18 12:07)
[73] 第21話「愛国者」[後藤正人](2016/12/31 10:18)
[74] 第22話「花の約束」[小鳥 遊](2017/02/27 11:58)
[75] 第23話「ダーダネルス海峡にて」[後藤正人](2017/04/05 23:35)
[76] 第24話「黄衣の王」[後藤正人](2017/05/13 23:33)
[77] 第25話「かつて見上げた魔王を前に」[後藤正人](2017/05/30 23:21)
[78] 第26話「日の沈む先」[後藤正人](2017/06/02 20:44)
[79] 第27話「海原を抜けて」[後藤正人](2017/06/03 23:39)
[80] 第28話「闇のジェネラル」[後藤正人](2017/06/08 23:38)
[81] 第29話「エインセル・ハンター」[後藤正人](2017/06/20 23:24)
[82] 第30話「前夜」[後藤正人](2017/07/06 22:06)
[83] 第31話「自由と正義の名の下に」[後藤正人](2017/07/03 22:35)
[84] 第32話「戦いの空へ」[後藤正人](2017/07/21 21:34)
[85] 第33話「月に至りて」[後藤正人](2017/09/17 22:20)
[86] 第34話「始まりと終わりの集う場所」[後藤正人](2017/10/02 00:17)
[87] 第35話「今は亡き人のため」[後藤正人](2017/11/12 13:06)
[88] 第36話「光の翼の天使」[後藤正人](2018/05/26 00:09)
[89] 第37話「変わらぬ世界」[後藤正人](2018/06/23 00:03)
[90] 第38話「五日前」[後藤正人](2018/07/11 23:51)
[91] 第39話「今日と明日の狭間」[後藤正人](2018/10/09 22:13)
[92] 第40話「水晶の夜」[後藤正人](2019/06/25 23:49)
[93] 第41話「ヒトラーの尻尾」[後藤正人](2023/10/04 21:48)
[94] 第42話「生命の泉」[後藤正人](2023/10/04 23:54)
[95] 第43話「道」[後藤正人](2023/10/05 23:37)
[96] 第44話「神は我とともにあり」[後藤正人](2023/10/07 12:15)
[97] 第45話「王殺し」[後藤正人](2023/10/12 22:38)
[98] 第46話「名前も知らぬ人のため」[後藤正人](2023/10/14 18:54)
[99] 第47話「明日、生まれてくる子のために」[後藤正人](2023/10/14 18:56)
[100] 第48話「あなたを父と呼びたかった」[後藤正人](2023/10/21 09:09)
[101] 第49話「繋がる思い」[後藤正人](2023/10/21 09:10)
[102] 最終話「人として」[後藤正人](2023/10/28 22:14)
[103] あとがき[後藤正人](2023/10/28 22:17)
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[32266] 第50話「少女たちに花束を」
Name: 後藤正人◆ced629ba ID:8a6b0ab7 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/09/08 22:07
 父は、誰よりも高慢な人でした。
 ゼフィランサス・ズールが招き入れられた一室。こここそがジェネシスの中枢であった。壁一面には原子炉の状態を示すパネル。複雑な配置がされているコンソールの前には誰もいない。本来いるべきはずの人員が配置されていない。本来所長が座るべき椅子に、ヴァーリの父であるシーゲル・クラインが座っていた。
 この人だけが、この部屋にはいた。
 ヴァーリを従わせる瞳が怖い。ゼフィランサスは極力父と顔を合わせることなくその脇を通り抜けた。父は咎めない。微笑んで、ゼフィランサスのことを見送ってさえいるようだった。
 この人はいつも変わらない。いつもこうしてきた。
 ゼフィランサスはコンソールへと飛びつくなり操作を開始する。
 原子炉を暴走させることは決して難しくはない。原子炉は核燃料が反応することでエネルギーを取り出すシステムである。ウランをはじめとする放射性物質は分裂して他の物質に変わる際、多数の中性子と膨大な熱を放出する。問題は、放出された中性子は次の反応を引き起こすということ。分裂すると、放出された中性子は次の核燃料を分裂させる。そうして新たに放出された中性子はまた次の反応を引き起こす。それが燃料が尽きるまで際限なく繰り返される。そして分裂の度に膨大な熱量が発生するのである。
 そうならないために、中性子を吸収する性質を有する素材でできた制御棒を原子炉内に挿入して中性子の数を制御する、循環系で熱を外部へ逃がすことで反応を制御可能な状態においておく。それが原子炉。
 だから、暴走させることは難しくない。システムとして二重三重に張り巡らされた制御装置は、すべて外部から破壊する。後はほんの少しバランスを崩してやれば原子炉は勝手に暴走をはじめ、極大にまで達した反応は爆発を引き起こす。原子炉と原子爆弾の違いは、制御するかしないかの違いでしかない。
 そのために、ゼフィランサスはまず制御棒のシステムを探った。モビル・スーツ開発を生業とするゼフィランサスにとって畑違いの分野ではあったが、今は何が何でもやるしかなかった。必死にコンソールを叩いて、制御棒を球体の外側へと露出させることに成功した。整備のためのシステムなのだろう。今頃、球体の壁から突き出るように制御棒とその周辺システムが露出しているはずだ。
 後は、炉のバランスを崩しておく。

「ゼフィランサス」

 炉を暴走させるべき指は、父の呼びかけにぴくりとも動かなくなった。

「寂しいな。せっかくの親子水入らずだというのに原子炉に執心とはね」

 これでは制御棒を破壊できても炉は暴走しない。したとしても時間がかかりすぎてしまう。それがわかっていても、ゼフィランサスの指は動かない。

「私の元に来なさい、ゼフィランサス」

 唇は震えるばかりで言葉にならない。体はぎこちなく、未練がましくコンソールに残る指をひきはがすようにしてお父様の元へと移動する。その動きは糸の絡んだ操り人形のようにぎこちなく見えることだろう。
 ゼフィランサスの体は父の隣についた途端、はべるように頭を下げた。

「見えるかね? あれは君の造り出した力だ。すごいものだ。もはやモビル・スーツの動きとは思えんよ」

 首を動かすことができようになった。見てみなさい。そう命じられている以上、頭を下げたままではいられない。すなわち、首を動かすことが許されたということ。
 そこで2機のガンダムが戦っていた。モニターの映像ではない。いつの間に開かれたのか、壁の一面が展開しガラス越しに広大な空間を覗けるようになっていた。
 2機のガンダムの戦いは光が衝突しているようにさえ見える。それぞれがミノフスキー・クラフトの膨大な輝きを放ち、ぶつけ合うビームは強力な光を放つ。
 ZZ-X000Aガンダムオーベルテューレはガンダムの姿をしていた。
 ZZ-X300AAフォイエリイヒガンダムは人の姿をしてはいなかった。GAT-X303イージスガンダムに継承された変形システム。それをフォイエリヒはより攻撃的な姿として用いる。四つん這いの姿勢になるように四肢を伸ばし、それを脚とする。起きあがったバック・パックが上体となる。アームで連結されたユニットを四方に伸ばすその姿は人の原型を保ってはいない。
 フォイエリヒが飛ぶ。四脚の装甲すべてがミノフスキー・クラフトとして機能する。それは通常のスラスター推進では考えられないほど機体をなめらかに動かす。
 そして4機のユニット。対艦刀を上回るほどの高出力ビーム・サーベルがそれぞれに搭載され、装甲に覆われている。すなわち、その運動にミノフスキー・クラフトの推進力を利用できるということ。アーム本来の力に加えミノフスキー・クラフトの推進力によって加速したビーム・サーベルは極めて速く自在に動く。
 肩。肘。手首。モビル・スーツが人の形をしている以上、関節の限界を超えることはできない。フォイエリヒが振り下ろすビーム・サーベルをオーベルテューレが受け止める。その一方でフォイエリヒは鞭のようにしなる一撃を振り上げた。人の腕から繰り出されるではあり得ない軌道と速さを持つ攻撃はオーベルテューレの胸部装甲を強烈に輝かせた。もしもキラが後少し逃げ遅れていたならジェネレーターを破壊されていたかもしれない。

「キラ……!」

 ゼフィランサスは思わず目をそらした。このことは明確に禁じられてはいなかった。
 ムルタ・アズラエルがゼフィランサス・ナンバーズに要求したことはただ一つ。人間の限界を超えること。ただそれだけ。人間が扱うことを想定した機体では、3人の兄は決して満足しなかった。求道者であったのだろう、ムルタ・アズラエルは。
 神を求めて戦場を歩いていた。自分たちはこれからひどいことをしようとしている。もしも神と呼ばれる存在が、人の善行も悪行もすべてを目にしているのだとすれば、きっと自分たちを止めるだろう。死という形で。そう、自ら前線に出向き、激戦の渦中に身を置き続けた。
 目的のためには手段を選ばない。自分たちの命さえ手段として、だから戦場に出ることも平気で行えた。だから時に、ムルタ・アズラエルの行為は冷酷でありながら冷徹であり、その流した血を称揚される殉教者を思わせた。
 だから、ムルタ・アズラエルはゼフィランサス・ナンバーズを求めた。
 世界の理を訪ね歩くように戦場を歩く。それを、彼らは力ずくで成し遂げた。彼らは正義であることを望まない。しかし正義を為そうとしていた。その姿は信仰にも似て、神にこの世の法を問いかけ続けていた。
 そのためのゼフィランサス・ナンバーズなのだろう。
 この世界は強者のためにあると誰かが言った。世界は一見、そう見えてしまう。それなら自分たちが最強になればいい。最強こそが正しいなら、それでムルタ・アズラエルは正義を為す。誤りと処断されるならばそれもよい。正義が力を凌駕するのなら、正義は自分たちが為すまでもない。
 世界のあり方を問いかけ続け、世界が正義で動くと信じた。その命を賭けてまで。
 エインセル・ハンターは言っていた。自分を打ち倒す者は敵であって敵ではない者に、復讐者にして復讐者でない者に、何より愛を知る者でなければならないと。では、キラは、ムルタ・アズラエルが打ち倒されるだけの存在なのだろうか。
 ゼフィランサスにとって、キラは大切な人で、エインセルは兄にあたる。どちらも失いたくはない人なのに、それでもゼフィランサスはキラの心配ばかりが胸をつんざいた。
 キラ・ヤマトでは、エインセル・ハンターには勝てないから。

「ふむ、キラ君が押され気味だね。これではまずいことになる」

 しかしシーゲル・クラインの声音は楽しげにさえ聞こえた。そのことが、ゼフィランサスの不安をかき立てる。シーゲルは椅子に取り付けられた受話器を己の耳へとあてた。

「キラ君、聞こえているかね?」

 確かに聞こえているのだろう。ガンダムは対峙したままそろって動きを止める。

「君は優れたドミナントだ。君のような将来有望な若者が娘を好いていてくれることはうれしい限りだ。私は、君とゼフィランサスの仲を認めてもよいと考えているよ。君が力を示してくれれば、だがね」

 右手は受話器を持ったまま、左手が拳銃を取り出した。無重力の中、漂うように放り渡された拳銃を、ゼフィランサスは両手で受け止めた。その意味も知らずに。

「ゼフィランサス、もしもキラ君が負けた場合、それで自分を撃ちなさい」
「あなたって人は!」

 キラの大きく叫ぶ声を聞きながら、それでもゼフィランサスの手は拳銃を自分の胸へと押しつけていた。いただいた衣装を通して伝わる金属の感触に、心臓が怯えたような細動を繰り返した。

「君が勝てばいいだけの話だろう。クライン家1000年の夢破れる時、ヴァーリはその存在価値そのものを失ってしまう。違うかね?」
「人は、道具なんかじゃない!」
「しかし利用価値がある。そうではないかね。エインセル・ハンター代表?」
「ごもっとも。故に、私はあなたを認めない。同族嫌悪とはよく言ったもの。なまじ似通っているが故、醜さも汚らわしさも手にとるようにわかるものです」

 エインセル・ハンター。ゼフィランサスが兄と呼び慕ってきた男の声に、普段には決して現れない抑揚が聞き取れた。聞き慣れていない人にはわからないほどかすかに。
 お父様は知ってか知らずか、本当に楽しげに笑われている。

「愉快なことを言う。ではどうするかね? ゼフィランサスを犠牲にしてまで私を殺すかね? それもまた一興ではあるのだがね。さあ、戦いたまえ。私は死者に花を捧げるつもりはないよ」




 球体下部から露出した制御棒は、棒とするよりは柱を思わせた。制御棒そのものではなくシステムそのものが突き出たため、それは柱と呼ぶほど太く、電子機器の灯す光に包まれていた。その姿は、現代のストーンヘッジだろうか。土台部分が丸く浮き上がり、さも魔法陣にでも突き立てられた柱に見えたのだ。
 合計3本。モビル・スーツをして抱えきれないほどの大きさの柱こそ、ここで戦う者たちの最終目標である。
 GAT-01A1ストライクダガーが、ZGMF-600ゲイツが球体でくり抜かれた空間で殺し合う。柱を狙うストライクダガーのビーム・ライフル。防がんと突き出されるゲイツのビーム・クロー。至近距離でビームの火力をぶつけ合った2機は一塊となって爆発する。
 GAT-01デュエルダガー。ZGMF-1017ジン。すでに旧式のそしりを免れない両機でさえ、ここでは激闘を繰り広げていた。火力では圧倒的に劣るジンは最初から撃ち合いに持ち込むつもりなどなかった。なりふり構わずデュエルダガーに突撃し、タックルの体勢のままデュエルダガーを壁へと叩きつけた。潰れる装甲、破損したバック・パックから火の手が上がっていることが確認される。まもなく爆発する。しかし、ジンもまた、デュエルダガーが突き出したサーベルに胸部を貫かれていた。
 ジェネシス外部。そこには多数のミサイルの残骸が漂っている。地球軍は核ミサイルをグラナダで、ボアズで多数使用した。加え、ジェネシスの2度にわたる照射がミサイルを保有していた部隊に与えた被害は軽微なものではなかった。事実上、すでに核ミサイルによるジェネシスの破壊は不可能であった。
 両軍の目的は必ずしも対応関係にはない。地球軍の目的はジェネシスであるが、ザフト軍はジェネシスの防衛を目的とはしていないのである。破壊されようとかまわない。ただ一射。地球への照射を終えるだけでよい。時間だけが勝敗を決する。
 ここはそんな、狂った戦場であった。




 広いはずの空間が、アイリス・インディアにはそうは思えなくなっていた。あまりに多くの残骸がここ--ジェネシス内部--には溢れているのだから。

「よかった。自爆装置はロッソイージスと同じなんだ……」

 元々実験機であるガンダムには自爆装置が当然取り付けられていた。あくまで機密保持のためのものであるため爆発力はそんなに大きくない。周囲に漂う残骸に残された推進剤や燃料を誘爆させれば十分に柱を破壊できる。
 シートの脇のノブを押し込みながら回転させる。思ったよりも固い。誤用を防止するためなのだろう。これでもまだ自爆装置は起動しない。起動ボタンのケースを開けたにすぎない。ノブのすぐ上が開いた。薄いプラスチックに覆われた仰々しいボタンが姿を現す。
 これが自爆装置の起動スイッチ。

「フレイさん……、ディアッカさん……」

 もしも最期の別れを告げたいのだとすればこんな人たち。そんなことはないだろうか。姉が2人いる。アーク・エンジェルの人たちにもお世話になった。別れを告げなければならない人は大勢いる。
 それでも、1人で死のうと決めた。
 そんなことはとても寂しいから、泣きたくなるほど寂しいことだから、アイリスは1人で死のうと決めていた。それなのに、アイリスはボタンを押す覚悟がつかないでいた。この期に及んでまだ未練を残す自分の浅ましさに、涙がこぼれ落ちる。そんな資格なんてないはずなのに。

「アイリス」

 通信から聞こえたのは他ならぬディアッカ・エルスマンの声であった。接近してくるストライクダガーの姿がモニターには表示されている。全身傷だらけで、どこか動きがおかしい。妙に無機質な動きで、オートマチックに頼る部分が多い時の動きだ。ディアッカはこれまでこんな操縦は見せなかったのに。

「ディアッカさん……」
「お前を迎えに来た」

 バスターの前で停止するストライクダガー。モニターには顔に包帯を巻いた--左目は完全に覆い隠されている--ディアッカの顔が映し出されている。

「傷の方は大丈夫なんですか……?」
「死んじゃいない」

 頑丈なはずのガンダムが半壊するほどの衝撃に見舞われたはずのディアッカが無事であるはずなんてない。一度はアイリスもディアッカの死を覚悟したほどなのだから。
 無事であるはずのないディアッカの姿をこれ以上見ていられなかったのかどうか、アイリスは自分でもわからなかった。つい顔を伏せると、涙は無重力の中を漂う。

「ディアッカさん、私、思い出しました……。人を殺した時のこと。今ならわかるんです。自分がどれだけひどいことしたのかって。どれだけたくさんの人を殺したのかって……」

 戦うことに恐怖なんて感じなかった。殺すことが苦痛ではなかった。戦って、敵を撃墜することなんて平気だった。自分が何をしているのか深く考えもしなかった。
 どうして考えなかったのだろう。死んでいく人のことを。どうして考えてあげられなかったのだろう。もう家族の下に帰ることができない人もいるのに、そんな人たちのこと考えもしないで笑っていた自分がいる。アイリスには、そんな自分が許せなかった。
 ケースを叩き割る。砕けたケースの下で起動ボタンがしっかりと押されていた。

「自爆装置を起動しました。この制御棒は私が破壊します。ディアッカさんは行ってください」
「アイリ……!」

 通信を切る。すると、ディアッカの顔は消え去った。

「さよなら、ディアッカさん。私、あなたに会えてよかったです」




 モビル・スーツが登場した時、それは荒唐無稽なものと思われた。戦闘機に手足が生えている。そう、時の技術者たち--ほんの4年前の話だが--は笑ったそうだ。今では手足がないと戦闘機が笑い物である。

「ジェット機が開発された時、プロペラ機の役割は終わった。だがジェット機が高性能化するにつれプロペラ機を落とすことはかえって難しくなったそうだ。旋回半径が1kmにも達するジェット機に対してプロペラ機はわずか100m。機動力がまるで違うのだからな」

 アーノルド・ノイマン操るコスモグラスパーのミサイルを、ミルラ・マイクのゲイツは軽々とかわす。すると、コスモグラスパーは大きく旋回を開始する。モビル・スーツならば四肢の移動だけで行うことのできる方向転換さえ、戦闘機は大量の推進剤を消費してようやく成し得る。

「もっとも、圧倒的に速度で劣るプロペラ機が勝つこともどだい無理な話だったそうだが」

 だがモビル・スーツはプロペラ機とは違う。言うならばプロペラ機の旋回性能を持つジェット機ともすべき性能を有する。
 ゲイツは体を振る動作で方向転換。いまだ旋回中のコスモグラスパーの軌道に先回りしてビーム・クローを振りかざす。戦闘機の垂直尾翼が千切れ飛ぶ。

「厄介なものだろう、モビル・スーツは」




「ジャスティスが万全の状態ならばいざ知らず。このようなお姿では」
「何が問題だ! 左手がちぎれた。右足がない。装甲のフェイズシフト・アーマーがまともに機能していない。バック・パックは借り物だ。ライフルは貴様に壊された! 何ら問題ない!」

 ZGMF-X09Aジャスティスガンダムがゲイツの攻撃を受け止める度、手首のフレームが疲労していることを伝えるアラームがコクピット内に鳴り響く。ビーム・サーベルは腕に持つため取り回しに優れる。ゲイツのバックラー型のシールドから発出するクローは腕にくくりつける形であるため攻撃範囲に難を持つが、肘の太いフレームに由来する力をダイレクトに伝えることができるのである。
 ビーム・クローが振り下ろされる。幾たびも攻撃を受け止めてきたサーベルは再度クローを防ぐ。成形から漏れ出したビームが閃光として弾けて踊る。光が不安定に揺らいで見えていた。それはすなわち、ぶつかり合うビームが安定していないことを意味している。
 ジャスティスの右手首は限界を迎えていた。呆気ないほどするりと、サーベルは握る手首ごと滑り落ちた。

「お覚悟!」




 GAT-X105ストライクルージュが大きく振りかぶった大剣がゲイツの腹を切り裂く。その直後、ビームがルージュの胸部をかすめフェイズシフト・アーマーを輝かせる。
 幸い、装甲を貫通するほどではない。問題は、攻撃のあったタイミングだ。まるでカガリ・ユラ・アスハが攻撃を命中させるタイミングを見計らって撃ってきたような攻撃であった。そのくせにゲイツからの攻撃は頻度が確実に減っていた。
 カガリが敵を落とせばその隙に反撃される。近づこうと動けば邪魔が入る。遠目に柱を眺めながら、それでも進めなくなっている理由がこれだ。
 ゲイツたちは2機1組になりながらカガリの隙をうかがっている。時間をかければ少しずつ数を減らすこともできることだろう。だがそれでは時間がかかりすぎる。無理に打って出れば1機を撃墜している間にもう1機の手痛い反撃を浴びることになる。

「こいつら……、何が何でも制御棒を守るつもりか……」

 さて、どこかに命惜しんで及び腰になる間抜けなザフトはいないだろうか。いるはずもないことだが、カガリは期待せずにはいられなかった。ここにいる者で命を惜しむ者などいるはずがないのだ。




 天使の羽はたゆたう。特装艦アーク・エンジェルは、数奇な運命をたどった戦艦であった。
 ガンダム運用のためにヘリオポリスに入港。ザフトの奇襲を受け単独の逃避行を余儀なくされた。しかしその決死の脱出劇さえ、大西洋連邦軍の事実上の自作自演であった。そのたどり着いた先でさえ壮大な焦土作戦に利用され、オーブ、プラントとその船籍を渡り歩いた。
 これほどこの戦争に翻弄され続けた戦艦は他にはない。この戦いにおいてさえザフト軍として参列し、大西洋連邦軍として戦いを終えようとしていた。
 白亜の戦艦であった。それが今や見る影もない。全身を焼かれ、ウイングは片翼が完全にへし折れている。あらゆる方向からの攻撃にさらされたその艦体はいつ撃沈されてもおかしくない有様であった。
 よって、まだ撃沈されていないのである。
 この戦艦ほどこの戦争を象徴するものはないのかもしれない。
 接近するゲイツの1個小隊。その部隊にビームの斉射を浴びせかけたのは傷だらけのストライクダガーの部隊であった。所属を異にする。この部隊はアーク・エンジェルを守る義務はなく、本来ならば撤退を許されるほど損傷であった。
 アーク・エンジェルはこの戦争を象徴していた。
 地球に守るべきものがある者はすべて、所属の違いを越えて戦わなければならない。撤退するには帰るべきところを守り抜いてからでなければならない。それは、どれほど傷つき、くじけそうになろうとも。
 傷だらけの天使が、それでも必死に翼をはためかしているように。




 コートニー・ヒエロニムスが必殺の一撃として狙い澄ましたビームは、確かにジャスティスに命中した。まったく望まぬ形として。ジャスティスはこともあろうにライフルの銃口へと足裏を押しつけたのだ。
 発射されたビームは確かにジャスティスの足を貫通した。しかし装甲に残されていたフェイズシフト・アーマーは一瞬ながらビームを押し返し、逆流したビームは銃身へと流れ込んだ。足とライフル。内側から破裂するように破壊される。
 片足を犠牲にバイタル・エリアを守る。この捨て身の防御にコートニーが驚かされたのは行為そのものよりもその決断であった。まるで迷いがないのだ。機体を損傷させることに慣れているかのように。

「あいにくだが……、整備万全の機体には乗り慣れていなくてなあー!」

 突き出されるジャスティスの手首のない右腕。ゲイツの頭部を正確に捉えた一撃に体を揺さぶられる感覚を味わいながら、コートニーはイザークがかつてザフト地上軍にて隊長を務めていたことを思い出していた。本国から40万kmも離れた主戦場を生き抜いた男であると認めていた。




 見える範囲で残り6機。わずか1機を相手にするにゲイツ2個小隊は大げさだと言えた。キルレシオはどうなっているのか。カガリは壁として立ちふさがるゲイツを相手に攻めあぐねいていた。
 対艦刀は攻撃力は高いがモーメントが大きい。敵機を撃墜しようと振り回せば撃墜できなかった他の機体が仲間のことなどかまわず撃ってくる。安全に敵機の数を減らすには時間をかける必要があった。
 今はその時間が何よりも貴重なのである。
 カガリはなりふり構わずルージュを突撃させた。ゲイツのビームが肩の装甲を撃ち抜きながらもルージュの勢いは止まらない。突き出した対艦刀が突撃の勢いのまま、ゲイツの腹部を刺し貫く。
 誤射も恐れず攻撃を開始するゲイツは、剣で繋がったルージュとゲイツをまとめて破壊しようとビームを発射した。ならばまとめて壊させてやればいい。ゲイツを串刺しにしたまま、この哀れな生け贄の背中を盾としてビームを受け止める。

「作法を身につけている余裕などない!」

 ビームが盾となったゲイツのバック・パックを破壊した様子は肩越しに確認できた。第2射はわき腹を貫通し、ルージュをかすめた。だが、命中弾はない。破壊されたゲイツの爆発。それがルージュの姿を包み隠したところで、カガリは一息に飛び出した。
 仲間をかまわず攻撃していたゲイツを両断するために。




「戦闘機も悪くはないさ。推進力はモビル・スーツに勝る。攻撃力も優れていた。ビームが登場するまではな。だが如何せん白兵戦に弱すぎる。メビウスもそうだった。巨艦巨砲主義が想定されていた時代は移動砲台にもなっただろう。ビームの登場まではな。今やモビル・スーツの方が火力は上だ」

 ビーム兵器を使用するためには大電力のバッテリーを必要とする。従来の機体ではまかないきれなかった。そのため、ゲイツのような新型機の開発が急がれた。ただ、すでにロートルの戦闘機をわざわざ高い金かけて改造しようという物好きはいなかったようだ。ビームは装備されず、モビル・スーツ未満の攻撃力に、ビームを防ぐこともできない装甲を背負わされる羽目になった。

「そろそろここも静かになりつつある。終わりにしようか。楽しかったぞ、戦闘機乗り」

 ビーム・ライフルの銃口を向ける。さて、どのように逃げるのかと眺めていると、こともあろうに戦闘機は銃口へとめがけて加速を開始した。正確にはゲイツをめがけて。
 残された片翼からミサイルを飛ばしてくる。これが最後の一発。ビームで撃ち落として、ビーム・クローで切り裂いてやろうとゲイツを加速させる。ちょうど、真っ正面からぶつかる軌道で両者は急速に接近しつつあった。
 特攻でも仕掛けるつもりだろうか。それも悪い判断ではないように思える。すでに武器は小口径のバルカン砲くらいなものだろう。戦闘機の加速と質量ならばらば十分な破壊力を持つ。全身の装甲が爛れ、吹き出す煙に機体後部が見えないような機体の最後の一手など自爆くらいなものだろう。

「悪いが、ここで心中するつもりはない」

 攻撃を諦めて機体の軌道を変えさせる。弧を描くように機体を浮き上がらせて、ミルラは自らの失策に気づかされた。コスモグラスパーもまた、ゲイツを追うように軌道を曲げていた。
 戦闘機が登場した当初、一つの狂った戦術があったと聞いたことがあった。戦闘機の戦いは背中の取り合いである。後ろに回り込んだ方が勝つ。そのための手段の一つだ。戦闘機同士が真っ正面から急接近する。このままでは正面衝突で両者共倒れになる。死を恐れた片方が逃げ出すと、逃げ出した機体は簡単に背中をとられてしまう。命をかけた我慢比べがあったことを、ミルラは聞いたことがあった。
 まさにこのような状況ではないか。ミルラは逃れ、追われる立場となった。
 加速した状況では急激な方向転換はパイロットへの負担が大きすぎる。戦闘機はゲイツの後ろにつき、距離を急速に縮めている。

「あなたがおっしゃったことでしょう。推進力では、戦闘機が勝ると!」

 意志を持った巨大ミサイルに追い回されているような有様だ。逃げる先に追ってくる。

「やってくれる!」

 モビル・スーツ最後の意地。身を翻し後ろを向く。ビーム・ライフルは固定式の機銃と比べたならば遙かに取り回しに優れる。しかし、それで当てられるかどうかは保証の限りでない。
 ゲイツが振り向いた時、ミルラが眺めるモニターには、戦闘機の翼が横一文字に映し出されていた。




 もしもゼフィランサスに安寧を与えてくれるなら、それが悪魔であってもかまわないとキラは思っていた。この世界はゼフィランサスに冷たすぎる。ゼフィランサスの力を知ったなら誰もがその力を利用しようとすることだろう。ムルタ・アズラエルがそうしてガンダムを得たように。
 それでも、ゼフィランサスはこの世界で生きるしかない。だから悪魔であってもかまわなかった。ただその悪魔は、悲しい声をしていた。

「ヒメノカリスは哀れな子どもでした。愛を求め、しかし愛されなかった。愛情を受け止める術も知らず、愛を得られる方法もわからない子どもでした」

 その姿は黄金の捕食者で、4本もの巨大な光の鎌をそれぞれが意志を持つかのように繰り出してくる。オーベルテューレのサーベルは、そのすべてを防いでいた。握る剣で、肘から突き出す剣で防いでいた。
 時に雨のようにサーベルが襲いかかった。あるいは鞭のように今や上半身となったバック・パックを回転させた勢いを持った一撃が、サーベルで防いでもなおオーベルテューレを弾き飛ばす。これほどの攻撃が、しかしキラに恐怖を与えることはなかった。
 殺気というものを感じないのだ。事実、弾き飛ばされたオーベルテューレが体勢を整えるまでの間、フォイエリヒの攻撃はなかった。今も異形の姿のままたたずんでいるだけにさえ見える。

「ヒメノカリスは愛されるための担保として奉仕することを必要としているのです。私はお父様のためにこれほどのことをしています。だからお父様は私のことを愛し続けてくれる。そう、自分に言い聞かせるための手段が、私のために戦うという事実そのものでした。命をかけた戦闘を行うほど、危険な戦いに身を投じ続けるほど、ヒメノカリスは私に愛されていると実感できる。愛への渇望だけがヒメノカリスを突き動かしているのです」
「でも、あなたが本当にヒメノカリスのことを愛してるなら!」

 オーベルテューレが敵へと向かう。その大きさの違いからまるで怪物に挑んでいるかのように思わせられる。4本の足と4本の腕に光の鎌を持つ怪物を。
 振り抜いたビーム・サーベルは確かにフォイエリヒを捉えた、そのはずだった。それなのに、サーベルの先には何もない。フォイエリヒの姿そのものが剣の軌跡の中から消滅していた。
 まるで通り抜けたみたいに、敵の姿は後ろにあった。ハウンズ・オブ・ティンダロス。超人的な回避術。

(まさかこんな姿でも……!?)

 振り向く最中のことだ。どう斬られたのかもわからない内に、オーベルテューレは左腕を失っていた。フォイエリヒの長い脚が突きつけられると、強烈な光とともに吹き飛ばされる。ミノフスキー・クラフトの推進力を攻撃に応用したのだろう。単純な力比べなら1.5倍ほども大型のフォイエリヒが有利に決まっている。
 悲鳴はあげまいと口を固く閉じる。それでも漏れる苦悶の声。キラは何とか体勢を取り戻すと、オーベルテューレが叩きつけられたも同然に壁に着地する衝撃に耐えた。
 左腕は二の腕部分から切断されている。しかし右腕は健在。フォイエリヒの追撃に備えようと見上げた時、しかしフォイエリヒは動いていなかった。

「私は娘を愛しています。ですが、私は恐ろしい。果たして言葉だけで娘の心を満たすことができるのかと考えると心が震えて止まらないのです。私はヒメノカリスを失うことはできません」
「そんな矛盾!」

 負ける訳にはいかなかった。ゼフィランサスはシーゲル・クラインの命令に逆らうことはできない。もしもキラが負けたなら躊躇なく自分を殺すだろう。
 オーベルテューレは再度攻撃をしかける。ビーム・サーベルをただ叩きつける。それだけだ。残されたのは右手だけ。ゼフィランサスを救う手段もこれだけしかない。
 機動力ではこちらが上のはず。サーベルを防がれる度、回り込もうとオーベルテューレを動かす。しかしフォイエリヒは上体を素早く回転させ向きを変える。高出力ビーム・サーベルが振るわれると、オーベルテューレの左足が切断される。

「でも僕は!」

 オーベルテューレの渾身の一撃。そのはずだった。それがいともたやすく受け止められ、ビーム・サーベル同士が触れ合ったことで漏れ出すビームが閃光を発する。輝きの向こう側、まるでこちらを見透かすようにカマキリ然とした顔がこちらを見ている。
 キラは矛盾ばかりしている。ヒメノカリスのことを語りながら、しかし行動は少女から父を奪おうとしている。勝つと叫びながら、同時にエインセル・ハンターの実力も理解している。そして今キラがしようとしていることは、結局エインセルと何も変わらない。ヴァーリが洗脳の呪縛から逃れることはできないと恐れて安易な手段を選ぶことしかできない。

「それでも僕は!」

 決めたのだ。
 鍔迫り合いを力任せに解除する。オーベルテューレが離れるとフォイエリヒが浮き上がる。これが最後の一撃になることをキラは理解していた。ミノフスキー・クラフトの強度を限界に設定。スラスター最大出力。オーベルテューレの全身を輝かせて、右腕のサーベルにすべてをかける。

「それでも! 守りたい人がいるんだー!」

 振り切るべきは迷い。
 オーベルテューレは光を纏い加速する。フォイエリヒのかざす4本のサーベル。瞬時、脳裏にいくつものパターンを描き出す。どの方向から切り込むか。そうすればどうなるか。経験から導き出される予測が現実の失敗を描き出す。これではだめだ。これでも返り討ちにあう。
 敵が近い。
 予測が次々と不可能を導き出す中、次第に絶望が鎌首をもたげた。だが諦めない。逃げ出さない。そう、10年も前に決めたのだから。絶望の一歩先へと足を進めたその時だった。たった一つだけ剣の通り道が見えた。まるで用意されたように描き出された道が見えた時、キラは、オーベルテューレはその剣をフォイエリヒへと突き立ててた。
 黄金の装甲は壊せない。しかしビーム・サーベルはカマキリの首もと、装甲の隙間に入り込みその熱をフォイエリヒの体内へと送り込み続けていた。熱がアームの接合部分から炎となって溢れ出すほどに。
 見えたはずの道。しかし今はそれが幻であったかのようにさえ思えた。こうして目の前に剣を突き立てられたフォイエリヒの姿を見せられてもなお。

「エインセル……、ハンター……?」
「目的のためには手段を選ばない。それが、ムルタ・アズラエルなのです。そして、我々の命は、決して目的ではありません」

 ヴァーリを救うことこそが目的だと言うのなら。

「お父様ー!」

 少女の声とモニターに映り込んだ高速接近する何か。キラの戦士として鍛えられた感覚はサーベルを振り抜かせた。

(ヒメノカリス……!)

 傷だらけのGAT-X105Eストライクノワールガンダムへと、オーベルテューレのビーム・サーベルが向けられていた。反応は間に合わない。しかし見えていた。サーベルの軌跡は確かにノワールの胸部ジェネレーターを目指していると。
 そして、割り込む黄金の輝き。フォイエリヒがその最後の力を振り絞るようにサーベルの前に立ちはだかる。すでに疲弊していたフォイエリヒには最後の一撃として破壊して、サーベルの余波はノワールを巻き込んだ。それでも、フォイエリヒがかばったことで、ノワールは頭部を破壊されるもジェネレーターへの直撃は避けることができた。
 目的のためには手段を選ばない。エインセル・ハンターは、娘を守るという目的のため、自らを危険にさらす手段を選ぶことに躊躇を見せなかった。これまでに彼らムルタ・アズラエルが語ったすべてに違うことなく。
 父と娘。傷ついた2機のガンダムは互いを庇い合っているようにさえ、キラには見えていた。




「戦闘機の翼でモビル・スーツを叩き切った男の話、どこかで聞いたことがあったな」

 確か南アフリカ統一機構軍のパイロットの話だったか。
 撃墜こそ免れたが戦闘機の突進を顔面にまともに受けた。頭部は完全に消失。装甲も引っ張られる形で歪んだらしい。関節のモーターがいかれて動きがぎこちない。
 戦闘機も無事ではないはずだが、わざわざ探し出す意味もない。
 さて、これからどうしたものか。戦闘も不可能ではないのだが。ジェネシスの姿--すでに周辺での戦闘はまばらになっている--を眺めながら考えてみた。

「どうし……、ラクス……動かな……!」

 ずいぶん聞き取りにくい通信だ。声はデンドロビウム・デルタのもの。どうやら混線しているらしい。改めて波長を合わせる。

「デンドロビウム姉さん、状況はどうだ?」
「奴ら制御棒を狙ってる。コートニーやキラがいるが、何とも言えない状況だ……。それに、ラクスの動きが鈍い……!」

 普段がさつなファースト・ダムゼル--ダムゼルの中ではデンドロビウムが最年長である--にしてはその声はずいぶん気弱に思えた。
 無理もないことだろう。まだお父様の、シーゲル・クラインの脱出は確認されていない。お父様にもしものことがあったらと考えるといてもたってもいられなくなってしまう。それがダムゼルだからだ。

「では私が行こう」
「ミルラ、お前の機体じゃ……」
「1人くらいなら潜り込める。それに、見届けたいものがある」

 見せてあげたいものがあった。ユニウス・セブンとともに散った、大勢の姉たちに。




 このまま膝を抱いて目を閉じて、アイリスは最期の瞬間を待っているつもりだった。それでもつい顔を上げたのは違和感を覚えたから。ふと開いた視線がモニターに映る大きな影を見たから。

「ディ、ディアッカさん!」

 メイン・カメラ--モビル・スーツの額にある--の前にいるとしか思えないくらい、メイン・モニター一杯に映し出されていた。思わずコクピット・ハッチを開けると、それが狙いだったのだろう。アイリスがシートのベルトを外すことが精一杯の時間でディアッカが滑り込んできた。

「よう。邪魔するぞ」

 いくらジェネシス内部に大気が充填されているからと言って、ディアッカはヘルメットさえつけていなかった。そして、左腕は肘から先が、左目にはしっかりと包帯が巻かれている。
 決して浅くはない傷を負ったディアッカの姿。
 ここは変な空間だった。戦闘はまだ行われている。それでもどこか遠くの出来事で、鈴虫でも鳴いているみたいに戦闘の音が静かに聞こえているだけだった。それでも、戦いは終わっていない。終わっても傷跡は残り続ける。

「ディアッカさん、この機体、まもなく爆発します。早く行ってください」
「だがお前が乗っている必要もない。こいつだけ置いて帰るぞ」

 この人ならきっとこんなことを言ってくれるとアイリスは考えていた。だからこそ、アイリスは泣き出したくなる気持ちを必死に抑えながら声を張り上げた。

「できません……! 私って、ひどい女なんです。たくさんの人を殺して、傷つけても平気な顔してました! 何にも感じませんでした!」
「殺さなきゃ殺される。それが戦争ってもんだろ」
「じゃあ、私が傷つけてしまった人や、殺してしまった人にそう言えって言うんですか!? これは戦争です。あなたが死んだことやあなたの大切な人を殺してしまったことは仕方のないことでした。私悪くありませんって、そう言えってことですか!?」

 泣くつもりなんてなかった。でもどうしても涙は出てしまった。こんなこと言うつもりなんてなかった。八つ当たりでしかないとわかっているのに、自分を抑えることができない。

「知ってますか、ディアッカさん? ヴァーリって、異性に対する依存心がとても強いんです。洗脳の影響で誰かにすがってないと生きられないところがあるんです。私の場合、洗脳が弱いからそんなことないんだろうなって考えてきました。でも、ディアッカさんがいなくなるってことに耐えられない自分に気づいたんです!」

 本当に情けなくてみっともない。失いそうになるまで自分の気持ちに気づきもしないで、こんな勢いを借りた告白しかできない。ディアッカはハッチの縁に背中を預けたままで聞いていてくれた。アイリスは一息に言い切ったことに一息つくようにシートに体を預けた。興奮したせいか、それとも息継ぎを忘れたためか、体温が少しあがっていて息苦しい。
 涙をハンカチで拭って、最期くらいいい顔を見てもらいたいから微笑もうとした。最後が泣き顔なんていやだから。いやなのに、笑っているはずなのに、涙はなかなか止まってくれない。

「だから私ディアッカさんと一緒には行けません。ずるいですよね。私だけ、好きな人と一緒にいたいなんて……。もう、大切な人に会えない人だってたくさんいるのに。私、償いを言い訳になんてしたくありません……」
「なあ、アイリス……」

 ディアッカがハッチから身を乗りだろうとした時、アイリスはつい体を強ばらせた。そのせいか、ディアッカはすまなそうにハッチに背中を戻す。

「お前の考えるハッピー・エンドってなんだ? 戦争があって大勢の人が死んで、それを悔いるいい人がみんな死んで、人のことなんて平気で殺せる悪党ばかりがのさばることか?」
「私知ってます。ディアッカさんが、戦闘で敵のパイロットを殺さないように戦ってたこと」

 気づいたのはいつだったろう。人を殺さない戦い方をしていた。極力コクピットを狙おうとしないで、コクピットを狙った方がいい場合でも敢えて狙いを外していた。だから、そんな非効率的な戦いをしていたから、撃墜数はいつもアイリスの方が上だった。そんなことも、当時のアイリスは何も感じなかった。どうしてそんな面倒なことをするんだろう、そんな不思議にさえ思えていた。

「別にそんなんじゃない。ただ、コクピットを狙えなくなっただけだ……」
「私は殺しましたよ。大勢の人を。たくさんの人を」

 まったく、何の罪悪感もなく。コクピットは胴体。手足を狙うよりも命中させやすいから積極的に狙ってさえいた。

「俺は……、後何回ジャスミンを見捨てればいい?」
「私はジャスミン姉さんじゃありません」

 ディアッカはジャスミン・ジュリエッタ--Jであるから、アイリスの18上の姉にあたる--のことを気にしていることを知っている。決死隊に入れられて、知らぬ内に戦死させられたことをディアッカは悔やんでいた。元々は同じ隊の仲間で、アイリスと同じ顔をしている少女を死なせたことに、ディアッカは怒りを露わにしていた。

「そうだ。だけど何が違う?」

 ディアッカが動いたのは突然のことだった。開け放たれたままのハッチを離れ、コクピットのコンソールに乗り上がる。シートで動けないままのアイリスに迫るように手を掴んできた。残された右手で、アイリスの左手を。

「ただ普通の女の子だろ。それが戦争に巻き込まれて傷つけられて、利用された挙げ句死のうとしてる。何が違う?」
「それでも私、ジャスミン姉さんじゃありません。誰かを救ってあげたいだけなら他の人を救ってあげてください!」

 戦争に巻き込まれただけの少女ならアイリスに限らない。他にいくらでもいるだろう。救うことのできなかったジャスミン・ジュリエッタの代わりを務めてくれる人くらい。

「俺はお前を救いたいんだ、アイリス」

 ふりほどこうと力を込めた左手は、それでもディアッカにしっかりと握られたままだった。痛くなんてないのに、それでも力強さを感じる。

「こう言うの、代償行為だとかって言うんだろうな。誰かにできなかったことを他の誰かにすることで自分を慰めるってやつだ。俺がお前を救いたいってことはエゴなんだろうさ。お前はそういうのが嫌なんだろ! だが俺はこれが償いだと思った! ジャスミンのこと、助けるどころか理解してやれなかった。だからアイリス、お前のことはわかってやりたいと思った。それが駄目なのか? なら!」

 のぞき込んでくるディアッカの目から、アイリスは目をそらすことができないでいた。

「俺はどう償えばいい? 償う方法なんてないってことか? それなら、俺もここで死ぬべきなんだろうな。大勢殺して、ジャスミンだって死なせたんだからな!」
「ディアッカさんは……、生きてください……!」
「ジャスミンにそうしたようにお前を見捨てて、お前にそうするようにジャスミンのこと割り切ってまでか?」

 すぐそこで戦闘がまだ続いているはずなのに、コクピットの中は耳に痛いほどの静けさで満ちていた。アイリスが何も言い返せないまま、涙が滴となってアイリスの瞳を離れた。

「選べよ、アイリス。2人で死ぬか? それとも、2人で生きて、償ってみせるかだ」

 また静寂。アイリスは何も答えることができないでいた。自分は死ぬべきだと思う。でも、そのための理屈は同時にディアッカを苛んでしまう。アイリスにとって死は救済ではなく罰だった。一人寂しく死んでいくことが自分への罰だった。2人で死ぬことは許されない。それでも生きていく覚悟ももてないでいる。
 結局ディアッカに手を掴まれたまま体を小さくして顔をそらす。そんなことしかできないでいた。
 そんな時だ。突然体が浮かび上がった。ディアッカに引っ張り上げられて体がシートから離れる。右腕だけで無理に引こうとしたからだろう。ディアッカはコンソールの上で体勢を崩した。引っ張り上げられた勢いのままアイリスの体は無防備にディアッカに飛び込んでいく。どちらも無防備なまま、抱き合うような姿勢でゆっくりとバスターのコクピットから漂い出てしまう。
 戻りたい。そう回した顔は、強く抱きしめられたことでディアッカの胸に沈められた。

「言っただろ。俺のこと、頼ってくれていいってな。辛いなら、俺が一緒に悩んでやる。償いが必要なら、2人で方法を探そう。だから、1人で自分を追いつめるな。もっと頼ってくれてもいいだろ、アイリス」

 アイリスを抱きしめる手が、そっと髪を撫でた。

「俺にはお前が必要だ、アイリス」
「ディアッカさん……、ディアッカさん!」

 漂いながら抱き合う2人。ディアッカの胸に、アイリスの涙はしみこみ消えていく。




 一体何がこの男をここまで戦わせているのだろうか。コートニーには理解しきれないでいた。この男、イザーク・ジュールのことを。
 武器はなく、損傷を並べることがためらわれる。ジャスティスに無事な部位など一つたりともないのだ。もはや制御棒の柱を破壊する術はなく、スクラップ以外の名称に耐えうる姿ではない。
 それでさえ、このイザーク・ジュールという男は微塵も戦意を衰えさせることがない。バック・パックの機能こそ辛うじて生きているようだが、残されているのは頭部、及び右腕だけ。まともに戦いうる姿ではないにも関わらず。
 それが、コートニーには理解できないでいた。
 ビーム・クローを使うまでもない。ただ蹴り飛ばす。それだけジャスティスは体勢を崩しあらぬ方向へと流されていく。
 それでもジャスティスは戦いをやめようとはしない。ザフトであるイザークがなぜここまでして地球を守ろうとするのか、コートニーには理解できないでいた。
 コートニーはユニウス・セブンの出身であった。しかし血のバレンタインには遭遇していない。仲間とちょっとした冒険のつもりで出かけた旅行で難を逃れた。正確には、ただ命を拾うことができただけだ。作りかけの模型はもう二度と完成させることはできない。進学するはずであった高校は存在そのものが消滅した。旅行から帰ったらしようと考えていたすべての予定が永遠に失われる喪失感は忘れることができない。
 すべて地球が、ブルー・コスモスがしたことだ。ではなぜザフトであるイザーク・ジュールは地球を救おうとする。
 コートニーの疑問は、もはや怒りに近いものへと変わっていた。突き出したビーム・クロー。それは正確にジャスティスの頭部を貫いた。
 ゲイツは確かにジャスティスの機能のすべてを奪い取った。しかしそれでさえ、コートニー・ヒエロニムスは勝利の確信を得ることはできなかった。イザーク・ジュールという男がそうさせた。この男の存在がそうさせたのだ。
 コートニーにイザークという存在は理解できない。理解できない以上、
 ではなぜだ。頭部を打ち砕かれながらもなお戦うことをやめないジャスティスの姿に飽くなき戦意も勝利への渇望が見て取れるのはなぜだ。
 ジャスティスの唯一残された腕が突き出されたままのゲイツの腕に巻き付いた。

「この爪、借り受ける!」

 抱えられる形で完全にゲイツは腕を中心に引きずり回される。ジャスティスは装甲をところどころ輝かせていた。わずかに残されたミノフスキー・クラフト、その最後の力を振り絞り、ガンダムはゲイツを引いていく。
 ビーム・クローは依然発生したままである。そして、制御棒を内蔵した柱が、すぐそばに見えていた。
 コートニーがイザークの狙いに気づいた時、すでに手遅れであった。
 機能停止間際のジャスティスが最後にしかけた大博打。自身を囮として、ミノフスキー・クラフトの最後の輝きがゲイツを揺り動かした。
 ジャスティスは投げ技でも放つかのような勢いで突き出されたゲイツのビーム・クローを柱へと突き刺した。一気に根本まで突き刺さるビーム・クロー。激突の衝撃に柱には亀裂が急速に広がり、その傷からはビームの輝きが漏れた。柱を縦横無尽に引き裂きながら輝きを増していく。クローを発出するシールド自体、衝撃に無傷ではなかった。頑強であるはずの表面には大きな歪みが見て取れた。ビームの輝きはこの傷からも漏れていた。
 シールドが先に限界を迎えた。風船のように溶けた表面が膨らんだ。外へと逃げだそうとする膨大な熱は一気に膨れ上がりシールドを中心として爆発する。この衝撃が引き金となって柱からもまたビームが溢れ出す。たれ流されるように穴という穴から輝きが漏れているように見えたのは一瞬のこと。すぐに、輝きは爆発となって吹き荒れた。




 柱はすぐそこに見えている。
 カガリが必死であると同じく、敵もまた必死であった。残るは2機のゲイツ。この激戦の中を最後までしぶとく食らいついてきた奴らだ。引き離そうとしても決して離れず、こちらの動きを見計らうような消極的な戦い方ではない積極的に撃ってくる。2機の見事なコンビネーションでビームの十字砲火が飛ぶルージュを急速に追いかけていた。
 柱に近づく姿勢をわずかでも見せればビーム・クローを構えて突進してくる。突進の勢いを乗せた一撃は重く、簡単に進路を阻害されてしまう。ゲイツから始末するにしても今度標的をゲイツに移したと悟られるや、敵機は距離を開ける。
 柱が一つでも残れば原子炉の暴走はそれだけ遅れてしまう。少なくともジェネシス発射に間に合わなくなることだろう。ザフトにとってそれで十分なのだ。
 このままではオーブが焼かれてしまう。あの場所は、あの国はカガリにとって故郷に他ならない。ユニウス・セブンを命辛々脱出したカガリを受け入れてくれたあの国は、父は、ウズミ・ナラ・アスハは父も母も持たないドミナントに父という存在を教えてくれた。

「知っているか? 私はな、オーブで初めて道具ではない自分を知ることができた!」

 あの場所は、カガリと父が愛した場所なのだ。柱はなんとしてでも破壊する。
 接近しようとするルージュをゲイツが妨害してくる。振りかざされるビーム・クローはかわしたつもりがルージュの顔を撫でた。額から頬にかけて刻まれた傷は片目を潰し、モニターの精度が低下する。かまわず殴りつけた左の拳はゲイツの顔面をとらえ怯ませた。
 まだ遠い。まだ届かない。2機目のゲイツが立ちふさがるをかまわず柱を目指す。対艦刀を警戒していたのだろう。ビーム・クローを高くかざした。その下を潜り抜けるように頭からつっこんでやった。いわゆるところの頭突きである。ルージュの額はゲイツの顔面を突き刺さるように強打した。
 乱暴な使い方をするな。そう言いたげに警告音がけたたましい。事実打突兵器として作られた訳ではない頭部はセンサーに深刻なダメージを与えていた。ブレード・アンテナもへし折れたらしく、ガンダムらしくないしまらない顔をしていることだろう。
 だが道は開いた。
 柱を目指す。一度は怯ませたはずのゲイツたちはすぐさま追ってくる。バック・パックはない。脚部のアポジモーターも使用できない。推進剤は払底している。好材料など何一つなく、ゲイツは当然のようにルージュに追いつきつつあった。
 ゲイツが追いつくなりビーム・クローを突き出す。ルージュは振り向きながら対艦刀でそれを防いだ。しかし勢いまで殺すことはできず、ルージュの体は大きく揺らいだ。
 柱が近い。敵は誤射を恐れてか、それともライフルでは埒が明かないと踏んだのか、攻撃をビーム・クローによるものに集中していた。交互にルージュへと襲いかかっては一撃加えただけで離れていく。対艦刀で防ぎながら、しかし推進剤を節約しなければならないルージュの動きは鈍い。時に胸部装甲を爪が削り、フェイズシフト・アーマーの輝きが瞬いた。わき腹をかすめた際にはその熱がコクピット内の温度を上げたほどだ。
 機体は徐々にその力を失っていく。敵機は2機とも健在。時間は残されてはいなかった。しかしカガリは諦めてなどいない。

「お前たちには!」

 ただこの瞬間を、待ちかまえていた。
 スラスターから残された推進剤、その最後の輝きが放たれる。飛び出したルージュは、ゲイツの虚を突く形で襲いかかる。振り上げられる対艦刀。

「はあああああぁぁぁぁぁー!」

 まさに渾身の一撃。ルージュに残されたすべての力を結集した一撃は必死にシールドをかざすゲイツの努力をあざ笑う。対艦。戦艦を剣で破壊するという荒唐無稽な役割を命じられた刀はその力を遺憾なく発揮した。シールドを切り裂くとするより叩き割り、そのままゲイツの体を縦に裂く。
 攻撃はこれにとどまらない。最後のゲイツは、振り下ろす剣の軌跡の上に乗せられていた。カガリはこれを待っていたのだ。2機のゲイツが、そして柱そのものが一刀の太刀筋の上に重なる瞬間を。
 対艦刀が振り下ろす勢いと軌跡のままゲイツを肩からわき腹にかけて両断する。そのまま柱へと叩きつけられた。ビームの粒子が太刀筋を形作る。それは2機のゲイツを左右に切り分けながらそれでも一筋に柱へと伸びていた。
 モビル・スーツの胴回りの5倍はあろう太い柱に走る光の輝きが一筋。カガリの気迫に呼応するかのように深く深く広がっていく。

「お前たちにだけには! 踏みにじらせはしない!」

 やがて光は貫通する。柱を吹き飛ばされたも同然に両断された。
 ルージュの手の中で、対艦刀はその役割を終えたように砕け散った。




 オーベルテューレの突き出した手が壁に穴を開けた。人が通ることができるくらいの小さな穴を抜けて、キラは制御室へと足を踏み入れた。老紳士と着飾った令嬢。国王と王女の組み合わせみたいな2人がキラを出迎えた。シーゲルばかりが楽しげで、ゼフィランサスが目をそらしている様が、悲しかった。
 赤色灯が点滅し、等間隔にアラームを響かせている。このような状況でさえ、シーゲル・クラインは笑うのだ。すべてをあざ笑うのだ。

「ああ、制御棒は破壊されたようだが問題ない。ジェネシスはまもなく発射される。よくやった、キラ・ヤマト君」

 応える気にはなれなかった。この男はいつもそうだ、柔和な笑みにうつも冷酷な顔を隠す。穏健派代表であるとともにエイプリルフール・クライシスを引き起こした歴史上最大の殺戮者は良心の呵責というものをまるで感じさせない。

「ゼフィランサス、僕と一緒に行こう。この世界は、君に冷たすぎる!」
「私はゼフィランサスを手放すつもりはないよ」

 もしもそばにゼフィランサスさえいなければこの男は今すぐにでも殺している。ゼフィランサスはダムゼルだ。父に危機が及べば、たとえ命をかけてでも父を守ろうとするだろう。この男はそんなことまで計算に入れている。

「そんな顔をしないでくれ。愛など所詮粘膜の生み出す幻想にすぎん。大いなる理想の前には吹き飛んでしまう程度のものだ。キラ君、君がこれからも私の下で働いてくれるというなら、ゼフィランサスのことは好きにしたまえ。しかしそれが嫌だと言うなら、娘のことは忘れてくれないか?」
「あなたはダムゼルを失いたくないだけだ!」
「否定はせんよ」

 この男はいつもこうだった。ゼフィランサスが行方不明になっても積極的に探そうとはしなかった。大西洋連邦と通じていると知ってもなお、それを引き留めることはなかった。命令一つでいつでも取り戻せる。それがダムゼルだからだ。

「ゼフィランサス、僕と行こう!」

 キラが手を差し出すと、ゼフィランサスの手はひきつったような動きを見せて、結局動くことはなかった。今でもけいれんしているみたいに震えていることがわかる。相反する二つの意志がせめぎ合っている。震えがなかなか止まらないことは、それだけ、キラとともにいたいと思ってくれているということだろう。
 それが、シーゲルには気に入らなかったようだ。

「仕方がない。ゼフィランサス、キラ君を撃ちなさい」

 銃声。キラの頬を弾丸がかすめた。無重力下の硝煙はいつも不気味な動きをする。地上のように立ち上ることがなくて銃口の周囲をゆっくりと漂っているだけだから。その硝煙の向こうに、ゼフィランサスは見えていた。銃は小刻みに震えていて、その顔はキラを見ていない。怯えたように顔をそらしていた。

「お父様……、やめ、て……」

 どれほど拒もうとしてもダムゼルはお父様には逆らえない。そう創られた。ゼフィランサスは抵抗することはできる。それでも、引き金を引かないことはできない。だから、手が震えて、それでも発砲した。

「一度見てみたいと思っていたよ、ダムゼルがどこまで私の命令に従うのかね。さて、ゼフィランサス。次はもっとよく狙うんだ。心臓はよく左胸にあると誤解されるが中央のやや左寄りだ」

 再び引かれる引き金。弾はキラの左腕に命中した。驚いたようにキラを見るゼフィランサスの顔には涙が浮かんでいた。低反動で女性でも扱えるほど口径の小さな銃だ。命中したと言っても肉が削がれたくらいのこと。出血にしても傷口を抑えているだけでよかった。それよりもゼフィランサスが泣いている姿を見ていることの方がよほど苦痛を与えてくる。

「もっとしっかりと目を開けて狙わないか」
「お父、様ぁ……。私は……、いや……」

 涙を流したままの赤い瞳がキラを見る。とても綺麗な瞳なのに、とても悲しい色をしている。

「ゼフィランサス……、僕が守るから。君は僕が守るから。もう1人になんて絶対にしないから……」
「ゼフィランサス。君たちはクライン家1000年の夢を実現するために創られた存在だ。もしも、もしもだよ。君がその役割を否定してしまったら、君のために犠牲になったユッカはどうなってしまうのだろうね? 犬死にかな?」

 どうしてこんなことを平然と言うことができる。ゼフィランサスの瞳から涙が止めどなく流れる。それでも、拳銃はキラを向いている。涙を拭うことさえ、この男は許さない。

「君だってゼフィランサスが救われて嬉しいはずだ、キラ君」

 10年前、そうやってキラはこの男とジャン・カローロ・マニアーニがユッカ・ヤンキーを殺害するつもりだったことを見逃した。それでも、決して同じではない。

「あなた方の計画が、どうゼフィランサスのためになるって言うんですか!?」

 思わず力のこもった指は左手の傷口を締め付ける。痛くないことはなかった。それでも、キラは痛みよりも息を詰まらせるほどの憤りを強く感じていた。

「おかしなことを言う。人は社会を営む生命だ。社会全体の幸福の総和、その最大化こそが求められるべきものではないかね? もしも君が社会全体を犠牲にしてもゼフィランサスを救いたいのだとすれば、それはエゴでしかない。社会の害悪だ。君のような子どもはそう叫んでも許される。しかし人類を導く者が私情に流されてはならない」
「ムルラ・アズラエルがそうしたようにですか?」

 うまく息を吸うことができない。大きく息を吐きながらゆっくりと吐き出した言葉に、シーゲルは初めて顔をしかめた。
 キラはシーゲル・クラインを否定した。そして、ムルタ・アズラエルを認めることができなかった。どちらもゼフィランサスを利用して傷つけたからだ。ただそれでも、両者には何かが違うと感じていた。その正体が、今わかった。

「ゼフィランサス、今わかったよ。ムルタ・アズラエルとシーゲル・クラインの違いが。どちらもしていることは同じだった。でも何かが違った! それは、人が人だってことを、ムルタ・アズラエルが忘れなかったことなんだ! 人間が人間だってことだけは、ムルタ・アズラエルは忘れなかった!」

 道具として利用できるとシーゲル・クラインもムルタ・アズラエルも言っていた。それでも、道具として利用するかどうかはまったく別の問題になる。エインセル・ハンターには、せめてあの男にはヴァーリを人として愛していた。シーゲル・クラインとは違う。
 これ以上、この男のそばにゼフィランサスを置いておきたくなんてなかった。銃口はキラを向いている。その小さな手で、震えながら。それでも、キラはかまわず歩き始めた。

「キラ……、これ以上、近づかないで……」
「ゼフィランサス、君は優れた技術者だ。でも、道具じゃない! ヴァーリだよ、ダムゼルだよ! でも、人じゃないか! ただの女の子じゃないか!」

 初めて思いを伝えたのはもう10年以上前のことだ。まだ愛と好意の区別もつかない子どもだった時のことだ。でもそれがままごとだったとは思わない。ドミナントはヴァーリとは違う。王となるべく自律が許された。ヴァーリのように洗脳が施されているわけではなく、だから理解していた。自分たちが道具でしかないと。だから守りたかった。道具でしかないゼフィランサスを、せめて。
 銃口がまっすぐに心臓を向いていた。それでよかった。ゼフィランサスは正面に銃を構えているのだから。だから、このまままっすぐ、ゼフィランサスの体を抱きしめた。

「好きだよ、ゼフィランサス」

 だからもう泣かないで。

「撃ちたまえ、ゼフィランサス」

 銃声があった。
 キラは静かに目を閉じる。血で汚れてしまった手にためらいを覚えながら、それでもできるだけ血がついてしまわないように、少女の小さな体を抱きしめた。波立つ髪の感触が、ゼフィランサスを抱きしめていることを実感させてくれる。
 弾丸はキラを捉えることはなかった。ゼフィランサスの力ない手に握られた拳銃は床を向いていた。弾は床に突き刺さっていた。
 ゼフィランサスはキラのことを受け入れてくれたのだ。キラが抱きしめようとした時、ゼフィランサスはとっさに銃を下ろした。父の命令を無視してまで。そんな拳銃も、やがて手を離れ、自由になった少女の手はそっとキラのことを抱きしめてくれる。

「私には……、できません。お父様……。キラのことを愛しています……」
「ゼフィランサス」

 この腕の中の温もりをずっと探してきた。もう絶対に手放したくなんてない。できることなら、このまま思う存分、ゼフィランサスの温もりと香りを堪能していたかった。
 耳障りな拍手が聞こえてくるまでは。

「いやはや、なかなか面白い見せ物だったよ。だが、こういうものを茶番と言うのだろうね。何の意味もない。ジェネシスは……!?」

 突然、アラームが鳴り響いた。制御室の機器という機器が警報音を鳴らしうるさいほどだ。異常事態をこれ以上ないほど伝えてくる。シーゲルさえ思わず立ち上がり周囲を見回したほどだ。

「何事だ!?」
「原子炉が暴走を開始したのですよ、お父様!」

 制御室の一角。豊かな黒髪のヴァーリがたたずんでいた。




「ミルラ! 貴様、何のつもりだ!」

 お父様のお言葉は、たいそう胸に響く。まるで人でも殺してしまった--これまでに何人も殺してきたが--かのように罪悪感がかき立てられる。ミルラは自分がヴァーリであると実感するとともに、ダムゼルにはなれないはずだとつい笑ってしまった。この男のために命をかけるほどの気概を、ミルラは持ち合わせていないようだから。

「聞いたか、キラ? まもなくジェネシスは吹き飛ぶ。早くゼフィランサスを連れて脱出しろ!」

 義父の前で娘への愛を語った男は、それでも一瞬のためらいを見せた。状況を把握しきれていないのか、それとも父を裏切ったヴァーリの末路を案じてくれているのか、まあ、どちらもでよいことではないだろうか。

「守ると大見得切った覚悟はどうした?」

 ようやく、キラがゼフィランサスを抱き抱えてオーベルテューレへと戻っていく。これでこの部屋にはミルラとお父様だけ。まさかこのままジェネシスを心中するつもりもないシーゲルは非常口へと飛び出した。愛娘を置いて。それはないだろう。

「お父様!」

 手元のボタンを押す。あらかじめ仕掛けておいた小型爆弾が扉のところで爆発した。お父様は爆風に吹き飛ばされ室内を転がる。扉はなまじっか頑丈であったため、形こそ歪んだが健在。ただ、これでももう正規の方法で開けることはできないことだろう。変形して完全には枠にまってしまっている。

「あなたが我々の命を積み上げて造った城だ。その最期くらい見届けてもよいのではありませんか?」
「貴様!」

 向けられる銃口。走馬燈として思い出したのは、ユニウス・セブンで見た、生まれることさえ許されなかった失敗作の姉たちの姿。ビン詰めの姉が棚に並べられている光景であった。




 ヒメノカリスをその胸に抱きながら、エインセルは制御室での光景を眺めていた。全天周囲モニターは半分が死に、フォイエリヒはその機能を著しく低下させていた。バック・パック--すでに切り離した--を破壊した際の熱量がコクピットにも入り込もうとしていたのだ。無理もない。
 後少しヒメノカリスの到着が遅ければ焼死していたことだろう。それでもかまわないのだが、身を挺してまで助けようとしてくれた愛娘に愛しさを覚えないではない。
 ヒメノカリスは今、エインセルの腕の中で気を失っている。10年前に比べると重くなった。親にとって子どもはいくつになっても子どもというのは本当だ。
 すべては10年前のあの日から始まった。ドミナントという存在に絶望した御曹司がプラントの明確な敵対者となった。父に愛されなかった子どもの父になろうとした。思い合う2人を引き裂いた悲劇は、今日終わりを迎えることができたのだろうか。
 キラ・ヤマトがゼフィランサスを連れて離脱する様を見送った。オーベルテューレ、序曲を意味する機体が恋人たちを連れてこの場を離れた。
 しかしムルタ・アズラエルには最後の役割が与えられていた。
 通信があった。ZZ-X100GAガンダムシュツルメントがフォイエリヒに並ぶ。ヤキン・ドゥーエを落としたガンダムは、決して楽な戦いではなかったのだろう、全身を傷だらけにしていた。その赤銅の輝きがかすむほどに。

「結局、俺たちは何もできなかったな、エインセル。とんだ間抜けだ。だが、最後の仕上げが残ってる」
「プレア・ニコルをこの部屋に置く。しかしザフトの最後の妨害を打ち払う必要がある。その役割、私が担いましょう」

 モニターに映る友--ムウ・ラ・フラガ--の顔。同じ者を父と呼び、同じ時を過ごした。理想も現実も、理念さえも共有して友の顔だ。

「いや、フォイエリヒのその状態じゃプレア・ニコルが正常に作動してるかわからない。残るのは俺だ」
「しかし……」

 さて、エインセルは何を続けようとしたのか。それは彼自身にさえわからなかった。ただ一つわかることは、決して、この戦いを独占してはならないということ。エインセルはドミナントであるためにこの戦いに臨む資格を得たのではなく、ムウもまた、ナチュラルであるからブルー・コスモスを率いたわけではない。
 ドミナントでないムウがこの戦いの責任を負うべきではない。こんな言葉は、無意味以外の何者でもないのだから。

「おいおい、お前を残して俺だけ逃げてみろ。ヒメノカリスに人類史上希にみる惨たらしい殺され方しかねない。冗談抜きでな。それに、俺たちは目的のためには手段を選ばない。その目的に、俺たちの命は含まれていない。ヴァーリを救うことが目的であってもな」

 エインセルの腕の中でHのヴァーリは静かに眠っている。娘として守る誓いながら、戦わせることでしか関係を築くことができなかった娘が。

「ありがとう、ムウ。あなたは私のよき兄弟であり、何より友でした」
「ラウによろしくな、兄弟」




 エインセル、ラウとの出会いはいつのことだったか。物心ついた時にはすでにそばにいて、兄弟として育った。自分たちが違う存在なんだと気づいた頃には2人はすでに大切な存在だった。ムウにとって、この戦いはすべてが矛盾に満ちていた。
 戦争なんてしたかった訳じゃない。それでも、ムウは自分たちが最も憎む存在と同じ手段を選ばざるを得なかった。もしもコーディネーターなんてものが生まれず、プラントなんて国がなかったとしたなら、ムウはかけがえのない友に会うことはできなかった。
 もしも運命というものがあるのなら、この物語はずいぶんと手が込んでいる。愛しいものも憎いものもあまりに多くがこの手には転がり込んできた。
 ジェネシスの中心部であるここにシュツルメントに搭載されたプレア・ニコルを置いておけばいい。完全に逆転だ。時間は今や地球の味方をしてくれている。今度はザフトが時間制限内にこのシュツルメントを撃墜しなければならないのだから。
 だが、果たして敵機がここにたどり着くことができるだろうか。すでに球体の周囲の空間では戦闘は沈静化している。ラウ・ル・クルーゼのZZ-X200DAトロイメントガンダムはジェネシス内部へのこれ以上の敵機の侵入を防いでいた。
 あとはただ待っていればいい。ジェネシスの原子炉が暴走し、すべてを吹き飛ばす瞬間を。
 それとも、怨敵の最期でも見届けようか。シーゲル・クラインは半壊した非常口の扉をこじ開けようとしていた。太めのパイプを扉の隙間に差し込み、こじ開けようとしているらしい。もっとも、扉の厚みからして人の力で開けられるようなものではない。多少隙間は大きくなっただろうが、大の男が通り抜けられる隙間ではない。
 ムウはシュツルメントのコクピットの中から高見の見物をするつもりでいた。

「いい加減諦めろ。ここは吹き飛ぶ。俺もあんたもおしまいだ」

 制御室のある壁に接触して窓から内側をのぞき込む。キラが開けた大穴が開いているためか、集音マイクはよく音を拾う。もちろん、けたたましいサイレン音はカットしている。

「確かに、これが限界だろう」

 シーゲルはパイプを投げ捨てた。すると、制御室の端から倒れたヴァーリを抱き上げた。ミルラ・マイク。先程シーゲル自ら射殺した少女だ。しかし、拡大モニターで見る限り、抱き抱えられているミルラの額にはかすめたような傷しかない。致命傷ではない。外れたのか、外したのか。
 どちらでもいいことだ。ムウはコンソール脇に押し込んでおいた雑誌に手を伸ばした。お気に入りの雑誌だが、まだ今月号を読んでいなかった。とりあえず星占いのコーナーから見るか。恋愛運はまあまあだが仕事運が悪い。ラッキー・アイテムはアイドルが撮った写真。アイドルの写真でないところがこの雑誌らしい。

「お父様……?」
「ここから道なりに行きたまえ。脱出艇がある。急げばなんとか間に合うだろう」
「君に、この私に未練を残す理由があるのかね?」

 雑誌を中心に眺めながら、それでも様子はうかがっていた。シーゲル・クラインはミルラを扉のわずかな隙間に押し込み、鍵のような何かを投げ渡した。ミルラがどうしてのかは、ここからは見えないが、脱出艇かゲートの鍵なりを渡したと見るのが正解だろう。

「鬼の目にも涙ってやつか?」
「合理的なだけだよ。私が通ることができるほど広げている時間はないが、ミルラなら通ることができた。貴重なヴァーリを無駄に使い潰したくない」

 見ると、シーゲルは窓際に来ていた。ほんの少しシュツルメントの腕を動かすだけで潰してしまえる位置だ。雑誌を閉じてどうしようかと考えたが、とりあえずやめておくことにした。プラントを率いたシーゲル・クラインの姿には、どこか在りし日のジョージ・グレンを彷彿とさせる。話し方といい雰囲気といい、まさに後継者と言うところだろうか。
 何にせよ、殺すということに大きな意味は見いだせない。

「まさか最期の時をあんたと過ごすことになるなんてな」
「私としても同感だ。せっかくだ、これだけは言っておこう。この戦い、君たちが勝ったと考えているならそれは大きな間違いだ。まだ娘たちがいる。そして、我々は何も失ってはいないのだからね」

 確かにプラントは健在。ザフトもまだ十分な余力を残している。だが、ムルタ・アズラエルの目的はジェネシスの破壊だった。痛み分けだが、どちらを勝者とするかは解釈次第だろう。
 わざわざコクピットから這いだしてまで姿をさらす気にはならない。ザフトがシュツルメント破壊を試みる可能性が0でない以上、コクピットに籠城させてもらおう。

「ハイムダルのことか?」
「ほう、驚いた。まさかそこまで知っていたとはね。ならばわかるのではないかね? 我らが神は快楽の神の御下でただ時を待っている。私など尖兵もいいところだ」

 はてさて、どこまで本気で驚いていることやら。少なくとも、シーゲルからは余裕はなくなってはいない。ああ、癪だ。ではこちらも余裕を見せつけてやろう。ムウは再び雑誌を開く。どうせ相手からは見えていない。返事さえしておけばいい。

「俺たちにだって仲間がいる。夢は夢のままにしておくことだ」
「だが、君たちのしていることに何の意味があった? 人類の歴史は、それこそ戦争の歴史だ。我々はその負の連鎖を断ち切り、人々が争うことない理想郷を築こうとしていた。君のしていることは結局、新たな戦いを招くだけだろう」
「ほざくな。お前さんたちはいつも勝手だな。あんたらの方法で本当に世界を平和にできる確証なんて一度だって示していないだろ。意にそぐわない存在を自分の都合で殺しといてそれを必要悪のように気取るのはやめておけ」
「だが、世界にはどうしようもない存在というものはあるものだ。我々はそれを排斥しなければならない。たとえ、どれほど世界に疎まれようとな」
「それは世界がどうこうってよりロゴスが気にくわないってだけだろ。自分たちとは異なった意見も価値観も認めようとしないだけだ。だから道具が欲しかったんだろ。だからヴァーリとドミナントを創った。俺たちは、そのことが許せなかった」

 つい力がこもった指が雑誌を握りつぶす。紙が裂けてずいぶんと読みにくくなってしまった。だが、それでいい。そろそろ、すべてが終わる時間を迎えるのだから。




 杯の形をしたジェネシス。その口に水面のように並べられた特殊鏡面パネルが力場を発生させ輝きを増して見えた。巨大な鏡に光が燦々と浴びせられているかのような光景が、しかし突然変化したこと。これこそが、崩壊の合図であった。パネルが砕けて飛んだ。それは乱反射を伴いながら浮き上がる。
 最初はほんのわずかな部位での出来事だった。ところが、ほかの部位にもパネルの剥離が確認された。まだ剥がれるのだろうか。そう思わせたその時、パネルは一斉に砕け散った。吹き出すパネル。それは吹き上げられるともに乱反射を繰り返し輝きを放つ。それはジェネシス内部に封じ込められていた光が一斉に塊となって飛び出したような光景だった。
 わずかな時間。パネルの崩壊から数刻後、ジェネシスの穴という穴から光が漏れた。その一瞬後、光はジェネシスを呑み込みやがて巨大な爆発に姿を変える。
 確認することなどできない。センサーを働かせるにはおびただしい光量子が邪魔をする。熱と圧力からは逃れるほか、人は生き延びる術を知らない。
 ただ待つほかない。衝撃波が通り抜け、膨大なエネルギーが拡散する。そしてようやく、宇宙は元の静けさを取り戻した。するとそこには、もはや何も残されてはいなかった。
 地球は青い姿を湛えている。




 C.E.67年に開戦したこの戦争は当初、大西洋連邦軍を中心とする同盟国の圧勝によって早期終結するものと考えられていた。
 しかし、プラントによるニュートロン・ジャマー降下事件--エイプリルフール・クライシス--による傷跡は地球に確かに刻まれていた。何より、ザフト軍が史上初めて投入した人型兵器モビル・スーツの登場、及び近年電波妨害が観測されていたミノフスキー粒子の存在は既存の戦術を否定。結果、ザフト軍は新たな環境にいち早く適応した軍隊として快進撃を繰り返した。
 当初の予想を大きく裏切ったばかりか地球降下を果たし当時4基存在したマスドライバーの1基の奪取に成功する。ザフト軍はこの戦果を下に和平交渉を開始。戦争は終結するかに思われた。
 しかし、この戦争は誰の予想通りにも進むことはなかった。大西洋連邦軍は和平交渉を拒絶。戦争は継続されることとなった。
 地球軍はモビル・スーツに代わる兵器を持たない。ザフト軍は補給線が伸びきりこれ以上の作戦行動を難しくしていた。それでもなお戦争が推進されたのは、当時ブルー・コスモス新代表に就任したばかりのムルタ・アズラエルによる強烈なロビー活動であったことが知られている。
 開戦から4年後、C.E.71年。大きな動きがあった。ガンダムと呼ばれる機体群の開発である。当時単なる電波妨害の悪者でしかなかったミノフスキー粒子の兵器転用を一つのシステムとして完成させたこの機体群はまさに革新的であった。ビームの高い攻撃力はそれが武器の基準となり、各国はガンダムの技術のフィード・バックを目指した。
 その過程で、二つの命が失われたことを知る者は少なくない。
 プレア・レヴェリー。ニコル・アマルフィ。プレア・ニコルの名で知られるニュートロン・ジャマー無効化装置の名称は、この2人の死を悼んだ技術者によって繋ぎ合わされた。2人の技術者は自分たちが生み出してしまった力を恐れ、そのために失われる人命に心を痛めていた。
 ジェネシス。それは大量破壊兵器である。内部にプレア・ニコルによって使用される原子炉を持ち、遙か40万kmもの彼方から地球のすべてを焼き尽くす。技術的には可能であった。しかし、誰もが想定しなかった。
 プラントはあらゆる意味において初めての国家であった。コーディネーターの国という訳ではない。この国は、地球に国土を持たない。独立、併合、革命、そのいずれにもよらず誕生した初めての国家であった。歴史を持たず、地球を故郷としない初めての国である。
 そのためであろうか。プラントは、地球全土を攻撃することにためらいを見せたことはなかった。エイプリルフール・クライシスを引き合いに出すまでもなく、ジェネシスのような大規模兵器を極秘裏に開発するためには大規模な組織力と膨大な資金力、何より時間を必要とする。
 プラントは戦争など望んではいなかった。戦争など起こすことなく、地球全土を支配する力を手中におさめようとしていたからである。
 ここにすべてのパズルは完成する。
 ブルー・コスモスはジェネシスの存在に気づいていた。示威行為に用いるだけとするには、プラントはエイプリルフール・クライシスという前例を自ら作出してしまっている。そのため、地球は戦うと決めたのである。ジェネシスは一戦交えることなく地球のすべてを焼き払う。ならば完成を待たず破壊する他ない。
 地球軍の核ミサイルを用いてまでの性急、焦燥を覚えるほどの火急の軍事行動はすべてジェネシス破壊を目的としたものであった。
 ジェネシスは破壊された。それは皮肉なことに、それとも運命的とでもするべきか、両軍がすべてをかなぐり捨ててまで得ようとした力そのものでなく、苛烈極まる戦火を憂う技術者たちがその悲しみを託した少年たちの名、その名を冠するプレア・ニコルによってなされた。
 一つの事実として、この戦争のさなか犠牲となった2人の少年、彼らを思う心が、地球を救ったのである。


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