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No.32266の一覧
[0] 機動戦士ガンダムSEED BlumenGarten(完結)[後藤正人](2023/10/28 22:20)
[1] 第1話「コズミック・イラ」[後藤正人](2012/10/12 23:49)
[2] 第2話「G.U.N.D.A.M」[後藤正人](2012/10/13 00:29)
[3] 第3話「赤い瞳の少女」[後藤正人](2012/10/14 00:33)
[4] 第4話「鋭き矛と堅牢な盾」[後藤正人](2012/10/14 00:46)
[5] 第5話「序曲」[後藤正人](2012/10/14 15:26)
[6] 第6話「重なる罪、届かぬ思い」[後藤正人](2012/10/14 15:43)
[7] 第7話「宴のあと」[後藤正人](2012/10/16 09:59)
[8] 第8話「Day After Armageddon」[後藤正人](2014/09/08 22:21)
[9] 第9話「それぞれにできること」[後藤正人](2012/10/17 00:49)
[10] 第10話「低軌道会戦」[後藤正人](2014/09/08 22:21)
[11] 第11話「乾いた大地に、星落ちて」[後藤正人](2012/10/19 00:50)
[12] 第12話「天上の歌姫」[後藤正人](2012/10/20 00:41)
[13] 第13話「王と花」[後藤正人](2012/10/20 22:02)
[14] 第14話「ヴァーリ」[後藤正人](2012/10/22 00:34)
[15] 第15話「災禍の胎動」[後藤正人](2014/09/08 22:20)
[16] 第16話「震える山」[後藤正人](2012/10/23 23:38)
[17] 第17話「月下の狂犬、砂漠の虎」[後藤正人](2014/09/08 22:19)
[18] 第18話「思いを繋げて」[後藤正人](2014/09/08 22:19)
[19] 第19話「舞い降りる悪夢」[後藤正人](2012/10/25 21:56)
[20] 第20話「ニコル」[後藤正人](2014/09/08 22:18)
[21] 第21話「逃れ得ぬ過去」[後藤正人](2012/10/30 22:54)
[22] 第22話「憎しみの連鎖」[後藤正人](2012/10/31 20:17)
[23] 第23話「海原を越えて」[後藤正人](2012/10/31 21:07)
[24] 第24話「ヤラファス祭」[後藤正人](2012/11/01 20:58)
[25] 第25話「別れと別離と」[後藤正人](2012/11/04 18:40)
[26] 第26話「勇敢なる蜉蝣」[後藤正人](2012/11/05 21:06)
[27] 第27話「プレア」[後藤正人](2014/09/08 22:16)
[28] 第28話「夜明けの黄昏」[後藤正人](2014/09/08 22:15)
[29] 第29話「創られた人のため」[後藤正人](2012/11/06 21:05)
[30] 第30話「凍土に青い薔薇が咲く」[後藤正人](2012/11/07 17:04)
[31] 第31話「大地が燃えて、人が死ぬ」[後藤正人](2012/11/10 00:52)
[32] 第32話「アルファにしてオメガ」[後藤正人](2012/11/17 00:34)
[33] 第33話「レコンキスタ」[後藤正人](2012/11/20 21:44)
[34] 第34話「オーブの落日」[後藤正人](2014/09/08 22:13)
[35] 第35話「故郷の空へ」[後藤正人](2012/11/26 22:38)
[36] 第36話「慟哭響く場所」[後藤正人](2012/12/01 22:30)
[37] 第37話「嵐の前に」[後藤正人](2012/12/05 23:06)
[38] 第38話「夢は踊り」[後藤正人](2014/09/08 22:12)
[39] 第39話「火はすべてを焼き尽くす」[後藤正人](2012/12/18 00:48)
[40] 第40話「血のバレンタイン」[後藤正人](2014/09/08 22:11)
[41] 第41話「あなたは生きるべき人だから」[後藤正人](2014/09/08 22:11)
[42] 第42話「アブラムシのカースト」[後藤正人](2014/09/08 22:11)
[43] 第43話「犠牲と対価」[後藤正人](2014/09/08 22:10)
[44] 第44話「ボアズ陥落」[後藤正人](2014/09/08 22:08)
[45] 第45話「たとえどんな明日が来るとして」[後藤正人](2013/04/11 11:16)
[46] 第46話「夢のような悪夢」[後藤正人](2013/04/11 11:54)
[47] 第47話「死神の饗宴」[後藤正人](2014/09/08 22:08)
[48] 第48話「魔王の世界」[後藤正人](2014/09/08 22:08)
[49] 第49話「それが胡蝶の夢だとて」[後藤正人](2014/09/08 22:07)
[50] 第50話「少女たちに花束を」[後藤正人](2014/09/08 22:07)
[51] 幕間「死が2人を分かつまで」[後藤正人](2013/04/11 22:36)
[52] ガンダムSEED BlumenGarten Destiny編[後藤正人](2014/09/08 22:05)
[53] 第1話「静かな戦争」[後藤正人](2014/09/08 22:01)
[54] 第2話「在外コーディネーター」[後藤正人](2014/05/04 20:56)
[55] 第3話「炎の記憶」[後藤正人](2014/09/08 22:01)
[56] 第4話「ミネルヴァ」[後藤正人](2014/06/02 00:49)
[57] 第5話「冬の始まり」[後藤正人](2014/06/16 00:33)
[58] 第6話「戦争の縮図」[後藤正人](2014/06/30 00:37)
[59] 第7話「星の落ちる夜」[後藤正人](2014/07/14 00:56)
[60] 第8話「世界が壊れ出す」[後藤正人](2014/07/27 23:46)
[61] 第9話「戦争と平和」[後藤正人](2014/08/18 01:13)
[62] 第10話「オーブ入港」[後藤正人](2014/09/08 00:20)
[63] 第11話「戦士たち」[後藤正人](2014/09/28 23:42)
[64] 第12話「天なる国」[後藤正人](2014/10/13 00:41)
[65] 第13話「ゲルテンリッター」[後藤正人](2014/10/27 00:56)
[66] 第14話「燃える海」[後藤正人](2014/11/24 01:20)
[67] 第15話「倒すべき敵」[後藤正人](2014/12/07 21:41)
[68] 第16話「魔王と呼ばれた男」[後藤正人](2015/01/01 20:11)
[69] 第17話「鋭い刃」[後藤正人](2016/10/12 22:41)
[70] 第18話「毒と鉄の森」[後藤正人](2016/10/30 15:14)
[71] 第19話「片角の魔女」[後藤正人](2016/11/04 23:47)
[72] 第20話「次の戦いのために」[後藤正人](2016/12/18 12:07)
[73] 第21話「愛国者」[後藤正人](2016/12/31 10:18)
[74] 第22話「花の約束」[小鳥 遊](2017/02/27 11:58)
[75] 第23話「ダーダネルス海峡にて」[後藤正人](2017/04/05 23:35)
[76] 第24話「黄衣の王」[後藤正人](2017/05/13 23:33)
[77] 第25話「かつて見上げた魔王を前に」[後藤正人](2017/05/30 23:21)
[78] 第26話「日の沈む先」[後藤正人](2017/06/02 20:44)
[79] 第27話「海原を抜けて」[後藤正人](2017/06/03 23:39)
[80] 第28話「闇のジェネラル」[後藤正人](2017/06/08 23:38)
[81] 第29話「エインセル・ハンター」[後藤正人](2017/06/20 23:24)
[82] 第30話「前夜」[後藤正人](2017/07/06 22:06)
[83] 第31話「自由と正義の名の下に」[後藤正人](2017/07/03 22:35)
[84] 第32話「戦いの空へ」[後藤正人](2017/07/21 21:34)
[85] 第33話「月に至りて」[後藤正人](2017/09/17 22:20)
[86] 第34話「始まりと終わりの集う場所」[後藤正人](2017/10/02 00:17)
[87] 第35話「今は亡き人のため」[後藤正人](2017/11/12 13:06)
[88] 第36話「光の翼の天使」[後藤正人](2018/05/26 00:09)
[89] 第37話「変わらぬ世界」[後藤正人](2018/06/23 00:03)
[90] 第38話「五日前」[後藤正人](2018/07/11 23:51)
[91] 第39話「今日と明日の狭間」[後藤正人](2018/10/09 22:13)
[92] 第40話「水晶の夜」[後藤正人](2019/06/25 23:49)
[93] 第41話「ヒトラーの尻尾」[後藤正人](2023/10/04 21:48)
[94] 第42話「生命の泉」[後藤正人](2023/10/04 23:54)
[95] 第43話「道」[後藤正人](2023/10/05 23:37)
[96] 第44話「神は我とともにあり」[後藤正人](2023/10/07 12:15)
[97] 第45話「王殺し」[後藤正人](2023/10/12 22:38)
[98] 第46話「名前も知らぬ人のため」[後藤正人](2023/10/14 18:54)
[99] 第47話「明日、生まれてくる子のために」[後藤正人](2023/10/14 18:56)
[100] 第48話「あなたを父と呼びたかった」[後藤正人](2023/10/21 09:09)
[101] 第49話「繋がる思い」[後藤正人](2023/10/21 09:10)
[102] 最終話「人として」[後藤正人](2023/10/28 22:14)
[103] あとがき[後藤正人](2023/10/28 22:17)
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[32266] 第47話「死神の饗宴」
Name: 後藤正人◆ced629ba ID:8a6b0ab7 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/09/08 22:08
 外では戦闘の真っ最中なのだろうが、特にすることがない。ベッドの寝そべったまま戦闘の振動を感じている。その程度だ。しかしずいぶん前から戦艦を揺らす振動は激しさを増す一方だ。ほんの30分ほど前に発生したものはそのまま艦が分解するのではないかと思えるほど激しいものであった。

「騒がしいな。一体何が起きている?」

 体を起こす。それで何かが見えてくる訳でもない。狭い独房の中には時計さえない。結局、退屈を紛らわせるためのどうでもいい行動にすぎない。ボアズで捕虜にされて以来こんな毎日が続いている。
 しかし今日は違った。何の前触れもなく独房の扉が開いた。ベッドに腰掛ける形で向き直ると、どんな屈強な男が尋問に訪れたのかと思いきやまず見えたのは無重力に漂う髪であった。
 白く長い髪がそれこそ波のように揺れている。黒いドレスはずいぶんと派手だがそれにも負けず赤い瞳がずいぶんと鮮やかだ。そしてその顔はヴァーリ特有のものであった。

「会ったことはないな。ヴァーリか?」
「Z……、ゼフィランサス・ズール」

 これで何人目か。決して多く会った訳ではないのだろうが、多少は見慣れたらしい。このゼフィランサスはミルラ・マイク--ヴァーリのことはこのMのヴァーリから聞かされた--とはずいぶん様子が違って見える。瞳の色に頼らずとも見間違うことはないだろう。

「俺に何の用だ?」
「一つお願いがあるの……、イザーク・ジュール」




 静まりかえった宇宙。そこには幾多の残骸が浮遊している。戦いによって破壊されたもの、敵によって壊されたもの、すなわち戦闘の傷痕であった。
 この宙域がわずか数刻前まで激戦地であったと言われれば多くの者は我が耳を疑うことになるだろう。すなわち膨大な数の戦艦が一瞬とも言える短時間のうちに撃沈させられたことに他ならないからである。ザフト軍が使用した広域ガンマ線照射装置ジェネシス。その暗い輝きは地球軍艦隊をひとまとめに消し飛ばした。
 戦闘は当初、地球軍の圧倒的戦力による絶対優位のまま進んでいた。ザフト軍はモビル・スーツという質的優位を失い、量において国力に勝る地球軍に及ぶべくもない。プラントの劣勢は、しかしジェネシスの登場によって一変した。
 最大有効射程50万kmにも及ぶこの大量破壊兵器は地球軍の後続部隊を焼き払った。消失艦船は全体の3割を越え、3割が何らかの損害を被った。残存兵力さえその混乱をおさめるには至っていない。後続部隊は事実上壊滅。前線部隊が取り残される形となった。その結果、最前線における彼我戦力差は逆転。ザフト軍はこれを千載一遇の好機ととらえ攻撃を即時再開したのである。
 戦いはザフト軍勝利で幕を閉じるものと思われていた。しかしこの戦争は偉大な特徴を有し続けていた。蓋然性まで高められた予想を、戦争は絶えず裏切ってきたのである。
 地球軍は決して弱くはなかった。
 頭部と左腕を吹き飛ばされたGAT-01デュエルダガーが突き進む。すでに撤退が許可されるほどの損害である。それでさえ、デュエルダガーの残された右腕はライフルの引き金を弾き続けていた。シールドを失ったゲイツがいた。本体は健在。まだ十分な量の推進剤を残しながらも、すでに撤退の準備を始めていた。
 この違いはどこに原因を求めるべきであろうか。それは一つには当事者意識の有無であった。
 ザフトはユニウス・セブンを除き、これまで本土攻撃にさらされたことはなかった。血のバレンタイン事件における20万の死者。しかしプラントには2000万を越える人々がいる。一つのコロニーの中だけで完結した大災害。100人に1にも及ばない犠牲者。プラントにとって同胞の死は、しかしどこかで遠い出来事であった。さらにはヤキン・ドゥーエ、ジェネシスを残す今、すでに地球軍にはプラント本国まで攻撃する余裕がないことは明らかであった。焼かれぬ国土、それがプラント。
 地球は追いつめられていた。エイプリルフール・クライシスでは10億もの人が殺された。停電による闇の夜を経験しなかった者などいない。地球人口の7人に1人が殺された。父親、母親、姉、弟、叔父にいとこが2人。ではこの中の最低1人が殺されていることになる。友人を7人挙げる度、知人を7人挙げる度、分かれた恋人を7人並べる度、人が1人死んでいく。地球は本土全土を対象とした爆撃にさらされたのである。そしてジェネシス。
 並べてみよう。
 地球軍は追いつめられていた。ザフトはジェネシスを地球へと容赦なく照射するだろう。彼らはすでに親族と友人、知人、恋人を奪った。たとえどれほど劣勢に立たされようと、どれほど傷つこうと引くことは許されない。自分が引けば地球が焼かれ皆が殺されるのだから。
 ザフト軍は追いつめていた。すでに本国は安泰である。ジェネシスが照射さえされれば自分が戦う必要はない。ユニウス・セブンに親戚は住んではいなかった。自分が引いてもかまわない。勝ち戦で命を落とすことも馬鹿げている。
 これが故であり、目の前に結果は示される。ゲイツとデュエルダガーとが向かい合う。
 ゲイツはビームによる牽制を繰り返していた。

「ジェネシスは……!? 照射はまだか……」

 ジェネシスさえ発射されればすべてが終わる。ザフトが勝利し、この戦争は終わるのだ。勝利は間近。今更ここで命を落とすつもりにはなれない。放ったビームが無理な接近をしていたデュエルダガーを捉えたことでザフト軍パイロットは一息つく。
 ビームは確かに命中した。デュエルダガーは頭部を巻き込む形で左腕を失っていた。位置から考えてジェネレーターに飛び火している。爆発まで間もない。そのことに何の意味があるだろうか。元より命を望んでこの戦場に来た訳ではないのだ。ここで引けば地球が焼き払われる。愛した人も、苦手だった奴も、憎みさえした相手さえ皆殺しにさせられる。

「これ以上やらせん! やらせはせんぞー!」

 デュエルダガーの放ったビームは、まさに執念がとりついたか。ゲイツは慌てたようにシールドで防ぐ他なかった。破壊されたシールドが合板の剥離という形で爆発する。
 シールドを失っただけのゲイツは、それでも怯えたように逃げ始めた。すでに腕を残すだけのデュエルダガーは止まることはなかった。逃げるゲイツに後ろからとりつくと、ジェネレーターはついに限界を迎えた。燃料、推進剤に引火した爆発がゲイツを巻き込んだ。その爆圧はゲイツそのものを破壊し、続けざまにゲイツが爆発する。
 撤退を自らに許さず戦い続ける者とわずかな損傷を理由に撤退を望む者。
 戦争はいつだとて数で語ることはできない。




「第4から第11大隊まで壊滅状態です!」
「旗艦リンカーン及びケネディ沈黙!」
「ユーラシア連隊より入電! 部隊に甚大な被害あり。後退するとのことです!」
「全艦隊に混乱が生じています!」

 大西洋連邦軍の旗艦の一つはエインセル・ハンターの妻であるメリオル・ピスティスに任せられていた。クルーたちの声が響くブリッジにて、メリオルは特に目立つ行動することなく眼鏡の位置を直す。
 慌てることなどないのだ。クルーたちの声は大でありながら、しかし慌てふためている訳ではない。ただ状況の報告をより正確にせんと声を張り上げているだけなのだ。誰もが理解していた。ここですべきは慌てることではないのだと。

「アズラエル様の部隊は?」
「ムウ・ラ・フラガ大佐麾下の部隊はヤキン・ドゥーエへ接近中。ラウ・ル・クルーゼ大佐、エインセル・ハンター大佐の各部隊はジェネシスを目指しています!」

 すべてが計画通りという訳ではない。しかしそれは最悪の経過をたどっていることを意味しない。まだ地球は健在であり、戦士たちの心意気は失われていない。

「本艦隊は隊列の再編、維持に努めなさい。無事な母艦、部隊を優先的にリスト・アップなさい。有志の形でかまいません。後続部隊として援護にまわします」

 元々すべてが後手の戦いを、ムルタ・アズラエルは必死にプラントに肉薄していた。遙か遠くにあった目標は手に届く範囲にようやくところにまで転がり込んだ。この戦いは、何ら窮地を迎えてなどいないはず。
 3輪の青薔薇を象徴に掲げる主にとっては。




 チューブを握りつぶすように携帯食料を口へと流し込む。腹持ちがいいだけのひどい代物だが、こんなものでも今のカガリ・ユラ・アスハは必要としていた。食わなければ戦えず、そして臥薪嘗胆というやつだ。
 ジェネシス発射後、ラウ・ル・クルーゼのZZ-X200DAガンダムトロイメントは傷だらけのGAT-X105ストライクルージュを見逃してジェネシスを目指した。相手にもされなかったのだ。
 ストライクルージュは両足を破壊され、装甲のところどころを削られた形でアーク・エンジェルの格納庫にぶら下げられている。整備の連中にすでに作業に取りかからせているが、こうしている間にも時間はすりつぶされている。
 カガリがうまくもない携帯食料をかみ砕いているのはそのためだ。何かできることもなく格納庫の隅で憤りを食料にぶつけ続けていた。
 そんな時格好の獲物が訪れた。ウサギとするには少々無骨すぎるが、アーク・エンジェルの整備長であるコジロー・マードックだ。端末片手に髪をかいている。清潔感に乏しい風袋だ。

「カガリさん、ルージュのことなんですがね。脚部の修復には時間が……」
「足は必要ない。とにかく整備を急がせろ」

 宇宙空間では重力下ほど脚部は重要ではない。あるにこしたことはないがなければないでごまかしも十分にきくことだろう。
 だというのにマードックの表情は冴えない。文句があるんなら文句があるではっきりと言えばいい。煮え切らない態度がいらいらとさせられる。カガリの腕はついマードックの胸ぐらを掴みあげていた。

「足など飾りだ。偉いことが起きていることがわからんのか!」

 地球が滅びた後に完全な機体を渡されても泣くに泣けない。

「な、なら終わりました」
「そうか、では引き続き……」

 整備作業に取りかかれ。そう言い繋ぐつもりであった。実際そのつもりでマードック整備長を解放した。それから聞き間違えに気づかされた。この男は、確かに整備を終えたと言っていなかっただろうか。
 カガリは整備長の持つ端末を奪い取る。表示された情報には、ルージュに必要最低限の整備が施されていることを示していた。時間的制約の中で完璧と言っていい。機体の性能を取り戻しながらカガリが驚くほどの早さなのだから。つい目が、睨みつけるように無精な整備士を追った。

「これほどの整備、モルゲンレーテ社でもできる者はそう何人もいなかった! 思えばお前は疑わしい。ここは確かにマンハッタンではないが、運用される予定もない核動力搭載機の整備などそうそうとできるものか!?」

 結局、手は再び胸ぐらをつかんでいた。体格ではカガリの方が圧倒的に分が悪いのだが、完全に気圧している。

「どういうことだ? はじめからパーツを積み込んでいたのか? 最初から核動力搭載機が乗ることを知っていたのか? ならお前は全部知っていたということだな!」

 そうでなければどう考えても整備の難しい核動力搭載機などすぐに使い物にならなくなる。ただでさえモビル・スーツは出撃の度に整備が必要になるほどデリケートな代物なのだ。それに加え放射性物質の調達から被爆の問題もある。そんなものを成り行きで整備などできるはずがない。
 カガリは目を尖らせてマードックの顔をのぞきこんだ。

「お前、さてはブルー・コスモスだな?」
「え、ええ、まあ一応。でも、今更な気が……」
「そうか! ムルタ・アズラエルは最初からヘリオポリスでのガンダム開発計画に参与していた。ガンダムはラタトスク社の広告塔でもあった。そんな大切な機体をどこの馬の骨ともわからない奴に任せるはずがない!」

 興奮するカガリが揺らす腕の先でマードックは揺れていた。

「お前はブルー・コスモスなんだろ! それも上位の構成員だ」
「いや、そこは……」
「なんたることだ! ムルタ・アズラエルは何から何まで計算付くだったんだな!」

 ガンダム開発に関わっていたことは知っていた。しかし穏健派が必死でかき集めた人員の中に急進派の手の者が入っていたとなれば笑い話ではすまされない。

「答えろ、コジロー・マードック!」

 カガリの手によりいっそう力がこもる。ミシミシと首がしまっていくが、カガリは自身の力を過小評価していた。小娘の細腕--本人はそう考えている--は万力のように男の太い首を締め付けていた。その力が急に緩み、マードックは解放された。

「ムルタ・アズラエルのしようとしていることは……、正しいことなのか?」

 喉をさするマードック。その様子は飄々とさえしていた。まるで柳のような男だ。周囲に流されてばかりいるようで、しかし決して折れることはない。

「さて……、どうで、しょう。60億の命を救おうとすることが、正しい保証は確かにありませんからね……」
「皮肉るな! お前、どうしてブルー・コスモスに入った?」

 この男が声高らかに青き清浄なる世界のためにと叫ぶ姿など想像もつかない。また、カガリはコーディネーターだ。ブルー・コスモスが対象としているのはコーディネーター思想そのものであってコーディネーターそのものではないということは今更かも知れないが。

「誰かが立ち上がらなければならない時に立ち上がった人たちがいる。そんな人について行きたいと考えるのは当然。これは、死んだ女房の口癖でしてね」
「ムルタ・アズラエルは、そんなに信用に値する人物なのか?」

 マードックは答えなかった。代わりに髪をずぼらにかいていた。男とは時にひどく卑怯な生き物に感じる。身だしなみに無頓着であることが、時に仕事への熱意や誠実さを感じさせる要素になるからだ。
 脇に置いてあったヘルメットを掴みとる。

「装備はエール・ストライカーを頼む。私も最後の仕上げに行くことにする」




 ジェネシスが再び動き始めた。再び始められる聖杯と鉄塔との不可視のやりとり。ガンマ線が中空を漂う分子に触れる度生じる放電。それが次第に線条を描き出し、殴り書きされたかのように瞬く間に光の柱となって杯と塔との間を暴れ回る。
 水面が揺れた。聖杯を満たす水のように敷き詰められたミラー・パネルが一斉に蠢動する。塔へと打ち返されていたガンマ線が指向性を与えられることで一気に放たれた。
 光の暴力。輝きの暴威。欺瞞の太陽の輝きが我先にと突き進む。
 1枚でも多くのミラー・パネルを破壊しようと接近しすぎた部隊があった。無理を承知で最短距離を進んでいた部隊があった。そこには地球を救いたいという思いがあった。プラントにとって、ナチュラルはブルー・コスモスの妄念に突き動かされるだけの及ばぬ者にすぎない。
 ジェネシスは、そう、すべてを一緒くたに消し飛ばした。
 禍々しいほどの輝きは呑み込み破壊しなおもその勢いを弱めることはない。その進む先、目標、あるいは標的とすべきか。光の槍は月へと突き立てられた。
 彼方、地球で見るよりも大きい月は美女の横顔も蟹の鋏もウサギの姿も見せてはいない。ジェネシス命中箇所を爆心地として丸く広がる衝撃波が光の帯となって月面を撫でるように広がる。光のリングは反対側へと月の直径に比して伸縮し爆心地の反対側に集結して消えた。
 この光景は、地球からでも見えたことだろう。




 ザフトは月面最大規模の基地、グラナダをすでに失っている。主要な基地からは撤退を余儀なくされた。しかしザフト兵のすべてが脱出に成功したわけではない。地球軍の基地を破壊するためとは言え、味方の犠牲さえ辞さない攻撃は、より地球の危機を顕在化させた。
 プラントはザフト地上軍の被害をかまうことなく撃つ。そう鮮烈に示されたに他ならない。
 アーク・エンジェルのブリッジには重苦しい沈黙が帳をおろしていた。自分の心音が最も大きな音であるような、肌の張り付く緊張感の中、月へと照射されたジェネシスの輝きが消えるまでを眺めていた。

「ナタルさん……、こんなのって……」

 フレイの言いたいことは途切れた言葉でさえ理解されることだろう。ブリッジの中、誰もが同じ考えを共有していた。それはブリッジにとどまらない。通信では戦闘機からパイロット--アーノルド・ノイマン--の声が届いていた。

「バジルール艦長、具申をお許しいただけるのでしたら、我々はこのままザフトであるべきとは考えません」
「しかし、我々は脱走兵に他ならない。ここでザフトを離反するということはこの世界に居場所をなくすことにも等しい……」

 では地球が破壊される様子をこのまま手をこまねいてみているつもりなのだろうかと言葉ならず問いかけられた時、ナタル・バジルールは返す舌を持たない。
 それは誰であっても同じことだろう。地球を守るべきかと問われれば是であろう。しかしザフトを離れること、地球軍に合流すること双方にためらいを覚えていた。

「いっそ宇宙海賊になるってのもありかもな、艦長?」
「ディアッカ……?」

 艦長席備え付けのモニターには笑っていた。

「ザフトがジェネシスを照射して地球は丸焼けになりました、めでたしめでたし。なんて結末ごめんだろ。どっちが勝つかなんてわからねえけど勝ち馬に乗りたい訳じゃないなら、すべきことは決まってるだろ」
「しかしそれでは君の立場が……」
「評議会議員のボンボンが土壇場で部下に見捨てられました。週刊誌にうまいネタくれてやるのも悪くない」

 どう答えてよいものかナタルにはわからなかった。ただ、つぼにはまった者はいたらしい。クルー三人娘がくすりと笑いをもらすことはともかく、軽はずみな言動とは無縁のダリダ・ローラハ・チャンドラⅡ世が大きく笑っていることには、ナタルとて少々驚かされた。

「行ってくれ。そんな結末は誰も望んじゃいない」




 宇宙の暗闇を切り裂いてストライクダガーの一団が駆け抜ける。その体は18mもありながら小さく、要塞へと通じるハッチを高速でくぐり抜けた。戦艦発進用のハッチは大きく格納庫は巨大。相対的にストライクダガーは小さく見える。
 ストライクダガーたちは格納庫へと飛び込むなら各々の方向へ急遽軌道を変えた。動きが遅れた1機のストライクダガーが突如、ビームに撃ち抜かれ爆散する。
 残されたストライクダガーの動きは速かった。格納庫の壁に沿うように旋回し、振り向きざまにビーム・ライフルを放つ。しかし敵はより速かった。サイトに捉えることさえできない。反撃としてストライクダガーに命中したビームはモビル・スーツの分厚い装甲を貫通してなお格納庫の壁を吹き飛ばす威力を残していた。このストライクダガーが爆発する頃には最後の1機がビーム・サーベルでその胴を両断されていた。
 残されたのは、10枚もの青い翼を鮮烈に輝かせるガンダムの姿であった。ZGMF-X10Aフリーダムガンダム。

「こんなところにまで敵の侵入を許すとはな……」

 アスラン・ザラはモニター上に映し出されている格納庫の外、宇宙の様子を眺めながら囁いた。外では激しい戦いが続いている。前線の戦力差はジェネシスによって逆転したが、それが地球軍の戦意をそぎ落とすことはできなかった。
 アスランは、窮地に陥りながらも地球のために戦う人々の姿にかつて地球で出会った戦士の姿を重ねていた。光の線条と線条が交わる先で火の花が爆ぜる。この光景の中で人々は戦っているのだ。地球もザフトの人々も。
 そしてアスランはザフトであった。プラントのために戦わなければならない。
 フリーダムはその翼を淡く輝かせた。すると生じた推進力が機体を進ませ、格納庫壁に設置された小型ハッチ--あくまでも戦艦がくぐれない規模というだけだ--を通り抜けヤキン・ドゥーエのさらに奥へと進んでいく。すでに内部にまで敵は侵入している。

(だが、排除することに意味があるのか?)

 すでに主戦場はジェネシス周辺宙域へと移行しつつあった。主力部隊とてすでにヤキン・ドゥーエを離れつつある。そして、クライン派はパトリック・ザラを野放しにしておきことはないだろう。
 理解はしている。パトリック・ザラは始末されるだろうと。しかしどうすればよいのかわからない。息子として父を救うべきなのか、ドミナントとしてクライン家の意向に従うべきなのか。おそらく後者なのだろう。そのため、アスランはフリーダムでヤキン・ドゥーエから逃げるように戦場へと向かい、そして戻ってきた。
 アルファ・ワンとしてクライン派を妨害することはできなかった。しかしアスラン・ザラとして、パトリック・ザラの息子としての自分を捨てきれないでいるのだろう。
 フリーダムはアスランを運びながら細い通路を飛行している。やがて格納庫へとたどり着いた途端、視界は開けた。ここは要人用の脱出シャトルが置かれている格納庫である。アスランがアスラン・ザラでなければこうもたやすく入り込むことなどできるはずもない場所だ。
 あわただしい他の格納庫とは違い、ここは静かなものだ。シャトルが何隻か置かれたまま使用された形跡はない。もしもパトリック・ザラが生きているとすればここを目指すと踏んでいたが、あてが外れただろうか。その時、フリーダムの対人センサーが静謐な格納庫の中に人影を捉えた。モニターに表示されたカーソルが人の姿を捉えたのだ。

「ザラ議長!」

 シャトルへとつながる連絡通路の上にその人はいた。手すりに寄りかかるように座っている。いや、倒れているのか。ガンダムの優れた解像度は周囲に漂う血の滴さえしっかりとモニターに表示していた。シャトルにたどり着く前に力尽きたのだろう。しかし体はわずかに揺れている。重々しく持ち上げられた首は、しっかりとフリーダムを捉えた。

「貴様もこの茶番劇の仕掛け人か……? だが、今となっては……、どうでもいいことだ……」

 ミノフスキー・クラフトの膨大な推進力では人の小さな体など簡単に吹き飛ばしてしまう。よって使用できない。体を支えるためにシールドを投げ捨てあいた左手でうまくフリーダムの体を固定しながら、ライフルを捨てた右手を差し出した。

「早くこちらへ」
「貴様の施しは受けん……!」

 振り払うどころか、体は首以外まともに動いていない。それでも言葉は明確にアスランのことを拒絶していた。この人は、アスランを息子とは認めてくれていないのだ。

「ではアズラン・ザラでなくて構いません。一兵卒に命じてください。ザフトの最高指揮官である自分を救えと!」
「貴様は私とレノアの子どもどもではない。それだけだ……」

 それが、急進派筆頭、パトリック・ザラの最後の言葉だった。急に首が力をなくして震えた。地球のような重力がないため垂れ下がることがないのだ。その動きは人のものとはとても思えない。アスランに一つの死を見せつけていた。
 これで父を亡くした。それとも、最初から父などいなかったのだろうか。遺伝子提供者としての父はいることだろう。しかし遺伝子そのものは高度に調整され、おそらく親子鑑定は否定されるはずだ。アスランに父と呼べる人など最初からいなかった。

「俺たちをこのように作り出したのはあなた方ではありませんか……、パトリック・ザラ」

 パトリック・ザラ議長はもはや応えてさえくれなかった。
 さて、どうしようか。とりあえずジェネシスに出向いてしまおうか。ジェネシスを守りきって地球を焼き払う手助けをする。そんなことも悪くないかもしれない。
 そんなことを本気で考えた。格納庫の一角が爆破され、黒煙が一気に吹き込んでくる。視界を塞いでしまうほどではなく、発破口に敵の姿を認めることは容易だった。
 赤銅色に全身を包み、背中には大げさなバック・パック。ジブラルタル基地において死を振りまいたガンダムであった。ZZ-X100GAガンダムシュテュルメント。ムウ・ラ・フラガ大佐の機体だ。腕には対艦刀。ミノフスキー・クラフトの輝きに全身を包まれながらフリーダムのことを見下ろす位置にいる。

「パトリック・ザラか。思えば、そいつも哀れな男だった」

 不思議と何の感慨もわかなかった。心は空虚で、強大な敵が姿を現した、その程度事実確認にしか考えが及ばない。しかし片隅に生まれたわずかなわだかまりは、アスランにフリーダムを戦いの構えに移行させた。投げ捨てたライフルとシールドを拾い上げ、シュテュルメントと対峙できる位置にまで移動する。
 シュテュルメントは動かなかった。聞こえてくる声はまるで世間話でもしているかのように聞こえる。

「以前ジョージ・グレンの言われたことがある。2000万を救うために20万を犠牲にすることはやむを得ない。そんなジョージ・グレンを殺した男たちの始めた戦争ですでに戦死者だけで500万を越したそうだ。まったく、ムルタ・アズラエルはつくづく救いがたい」

 たった一度だけ、カーペンタリア基地へと向かう機内で乗り合わせただけだ。それなのにこの人は旧知の仲であるかのように話しかけてくる。

「お前はどう考える? アスラン・ザラ」
「あなたたちは、身勝手だ。そうやって自分の非を認めて対価さえ支払うなら何をしても許されると考えている」
「ジョージ・グレンが成果さえ示せば人心は後からついてくると考えたようにか?」

 はじめからこうすべきだった。ジョージ・グレンもムルタ・アズラエルも、話し合いで物事を解決することを放棄したことだけは共通してる。
 合図などなかったが、しかし同時に互いの銃を向ける。フリーダムはライフルを、シュテュルメントはバック・パックからバルカン砲を放つ。
 攻撃力は激しい。互いにかわした攻撃は流れ弾となって格納庫の各所で爆発する。壁の構築板が弾け飛び、弾丸が突き刺さる穴が列をなす。ミノフスキー・クラフトの特徴である小刻みな機動を繰り返す両機が撃ち合い続けるだけで格納庫は瞬く間に光景が変わっていく。
 要人脱出用のシャトルがフリームダの放ったビームによって一瞬で吹き飛ばされた。パトリック・ザラの遺体が巻き込まれたのではないか。こんなどうでもいいはずのことが、思いの外アスランの注意を引いた。一瞬だけ敵の姿を視界から外してしまったのだ。
 時間にして一瞬とも言えないわずかな時間。それでさえシュテュルメントは動いた。まるで刃が伸びたように錯覚させられるほどの強烈な踏み込みはたやすくシールドを引き裂く。フリーダムを引く。なおも追すがる勢いを止めるために放ったビームはシュテュルメントに命中するも素通りした。
 一切勢いを落とすことのなかったシュテュルメントの開かれた指が画面を埋め尽くした時、フリーダムは強烈な勢いで後ろへと押し出され始めた。シュテュルメントがフリーダムの頭部を鷲掴みにしたまま加速している。ZGMF-1017ジンに比べたなら5倍のエネルギー・ゲインを持つはずのフリーダムでさえ勢いを殺すことができない。そのままハッチへと叩きつけられるように押しつけられる。
 機体に損傷はないようだ。だが、翼はハッチに鋭く食い込み、なおシュテュルメントはフリーダムを押しつけ続けている。肩越しにバルカン砲が狙っていた。次々と放たれる弾丸は、フリーダムのフェイズシフト・アーマーに弾かれハッチへと突き刺さっていく。
 その衝撃に、アスランは歯を食いしばったまま耐えている他なかった。
 やがてハッチが限界を迎えた。フリーダムが背中でハッチを突き破り背後に広がる空間へと投げ出された。カタパルトへと通じる前段階の部屋である。その十分な広さは利用できる。
 フリーダムは10枚の翼を輝かせ体勢を立て直すとともに飛翔する。翼に設置されているビーム砲を展開し、加速の勢いを殺さないままハッチに開けられた穴へと大火力のビームを放った。膨大な輝きが爆発へと変わり、吹き出す黒煙に包まれた。
 これでしとめられるほどムルタ・アズラエルは善良な存在ではない。
 ミノフスキー・クラフトを搭載した機体には目に見えてわかる特徴がある。それはとにもかくにも隠密性がないということ。全身が光り輝き推進力を放っている。まず煙の隙間から光が漏れた。次に、全身から放つ力が煙を払いのけ、ガンダムシュツルメントはその威風堂々たる姿を現す。さも、王者の登場に臣下たる黒霧が道を開けるように。

「ゼフィランサス・ナンバーズの本気を見せてやる。全力で来い、アスラン」

 シュツルメントはスラスター推進だけでは説明のつかない加速を見せ、スラスターの位置からではありえない機動でフリーダムへと大剣を叩きつけた。ビーム・サーベルで受け止めたフリーダムの腕がきしみ、衝撃がコクピットを揺さぶる。

「ムルタ・アズラエルは世界を思い通りにしたいのか?」
「正解だ。世界を変えてやろうともくろんでる」

 サーベルを振り払う。その勢いで敵を突き放す。一度距離を開けるためだ。

「今日もまた人が死ぬ。あなた方はどうしてこんなことを何の痛痒もなく行うことができる!」

 展開した腰部レールガン、ビーム砲を言葉とともに撃ち放つ。現在のモビル・スーツの中ではトップ・クラスの火力を誇るフリーダムの一斉砲撃は格納庫の一角を消し飛ばし、黒煙をまき散らす。ミノフスキー・クラフトが煙を一息に吹き飛ばし光となってシュツルメントが加速してくるところまで先程と何も変わらない。

「迷い癖は抜けていないようだな、アスラン!」

 振り下ろされた大剣をかわすことはできなかった。レールガンごと左足が斬り落とされた。この格納庫には大気が充填されている。長大な銃身は大気のある場所では抵抗となる。決して大きな空気抵抗ではないが、このレベルの敵となると些細なものでさえ隙となる。

「それともジャスミンを見捨てたことが堪えたか?」

 サーベルで受け止める。フェイズシフト・アーマーさえたやすく切断するような攻撃をそうそうと食らう気にはなれない。叩きつけるような重い攻撃は左腕だけでは防ぐことが難しい。ライフルを投げ捨てるとともに右でもサーベルを抜く。どうせ命中などさせられるはずもない。

「ムルタ・アズラエルは異常だ。これほど人を殺しながらなぜ迷わない! どうした戦える!」

 言葉の勢いほど攻撃に力は乗ることはなかった。シュツルメントに力負けしている。振り抜かれた斬撃に体勢を突き崩され、頭上から振り下ろされた次撃を受け止めるには2本のビーム・サーベルを必要とした。

「俺たちが正しいからだ。俺たちが正しいから、俺たちは戦える」

 つい息み、息があがっていることを自覚していた。モニターには剣を押しつけてくるシュツルメントの顔が大きく映し出されている。

「正しい目的のために必要なことを行っている。だから犠牲はすべて必要な犠牲だ」
「それは傲慢だ……!」

 必死に声を絞り出したつもりが思いの外声にならなかった。
 2機のガンダムが示し合わせたように距離を開ける。その離れた勢いのまま狭い格納庫を飛び回る。壁に激突すればフェイズシフト・アーマーでも大破は免れない。だが、そんな間抜けな結末は誰も期待していないだろう。相手も、こちらも。時折直角に近い機動で格納庫の中心へと突撃する。同じタイミングで敵も動いた。
 そこには奇妙な信頼関係があった。高速でサーベルとサーベルとを打ち付けあい勢いを殺す。そうすることでより安全に離れることができる。そしてまた接近し剣戟を打ち鳴らす。奴なら必ずこの攻撃を受け止める。それは信頼ではなく認識。相手の実力を知ることで互いに勢いを殺すことを前提に激突を繰り返す。

「俺はあなたたちのしていることが理解できない」
「そりゃそうだ。俺たちは目的のためには手段を選ばない。だが、お前は手段のためには目的を選ばない」

 わずかに衝突のタイミングがずれた。そのせいでフリーダムは鍔迫り合いの形で攻撃を受け止めてもらうことができず、すんでのところで軌道を変えることができなければ壁に激突するところだった。
 それほど揺らがされるような言葉があっただろうか。
 2機は再び剣を交えようと壁に沿う軌道で格納庫を飛び回る。

「アスラン、お前は怖かったんだろ。目の前で人に死なれることが。誰かに言ってもらいたかったんだろ。仕方のない犠牲だった。あなたは何も悪くないってな」
「違う!」

 再び剣を交えるためにガンダムは壁から垂直に部屋の中央へと飛び立つ。すでに何度目かわからない。だがわかっていることもある。この打ち合いはこれまでとはちがう違和感をアスランに強いた。これまで通りにできない。そんな気持ちの悪さはまとわり離れない。激突のタイミングでシュツルメントの像がぶれて見えた。ハウンズ・オブ・ティンダロスが見せる小刻みな機動。シュツルメントがフリーダムをすり抜けた時、残されていた右足が切断されていた。
 フリーダムは再び壁に激突しそうなところを辛うじて踏みとどまる。両足の破壊はミノフスキー・クラフト搭載機の場合そのまま機動力の低下につながる。フリーダムは壁の前で勢いを殺すことが限界であった。その粋をムルタ・アズラエルが見逃すはずがなかった。

「違わないさ。犠牲を目にしたお前は怖くなった。だからその犠牲を正当化してくれるだけの目的が欲しくなった!」

 対艦刀が速度を落としたフリーダムへと叩きつけられる。刃というより鈍器。斬るというより砕く。剣ほども鋭い棍棒をぶつけられたようにビーム・サーベルで防いだ腕に過度の負担を強いられた。その勢いのまま、壁へと叩きつけられた。鍔迫り合いなどという生やさしいものではない。このまま押し潰すつもりではないかと錯覚させられるほどの力が伝わってくる。

「だが今度は目的を得ると不安になる。この目的は本当にそれだけの価値があるものなのだろうかってな。すると次に目的のための犠牲を支払いたくなる。この目的のためにはこれほど大きな犠牲が必要になる。ってことはこの目的は正しいことに違いないと思い込むためにな。だからジャスミン・ジュリエッタを犠牲にしてみせたんだろ。犠牲を肯定してもらうための目的を肯定してもらうためだけに!」
「ジャスミンの死は……」

 仕方のないことだった。崇高なる目的のためには。こんな言葉は何の意味もないことに途中で気づかされた。ムウ・ラ・フラガの問いかけていることは犠牲の意味でも意義でもない。その利用の様態に他ならない。一言言ってしまえばいいのだ。ジャスミンの死を自己を肯定するために利用したことなどないと。
 しかし、アスランには言い出すことができなかった。一瞬でも気を抜けば頭から両断される状況ではそこまでの余裕がない。仕方のないことだった。

「お前にとって目的なんてその程度のことなんだよ。何でもいいんだろ? 自分が支払った犠牲を肯定さえしてくれる程度の目的ならな。俺たちは目的のためには手段を選ばない。お前は手段のためには目的を選ばない。そうだな、アスラン?」
「あなたに何がわかる! 俺にも目的はある。プラントの未来のために戦うという目的が!」

 2機がビーム砲を展開したのはほぼ同時のことだった。フリーダムは翼から起きあがった銃身を大きく回転させ肩越しにシュツルメントへと突き出す。シュツルメントはトリガーを回転させる。上にきたユニットは折り畳まれた銃身を後ろへと展開し長大なビーム砲となった。
 鍔迫り合いの状態ではフリーダムの長すぎる銃身が邪魔をし相手を直接狙うことはできない。狙いは敵の後ろ。大型のバック・パックなら十分に銃口の先にある。シュツルメントのビーム砲は後ろへと銃身を伸ばした。2機のガンダムはサーベルを正面でぶつかりあわせたまま、互いの銃口を向き合わせていた。
 銃口から溢れ出す光がそれぞれ輝きを増していく。
 ヤキン・ドゥーエの一角に巨大な爆発がその輝きを示した。勢いよく吹き出す炎と黒煙に混ざる残骸から、この爆発が岩盤で構成された外殻を突き破り内部へと貫通していることが見て取れた。内から飛び出した2つの光はぶつかっては離れ、離れては衝突するを繰り返す。
 周辺宙域では大規模戦闘の跡を見せていくつもの残骸が浮遊している。すでに戦闘そのものは散発的となりビームの輝きは遠くに浮かぶジェネシス周辺へと移動を初めて久しい。

「だがそんなちっぽけな目的はあっさりと揺らいだ! 実際の戦場を見て犠牲にされる人を前にしてな。だからお前はより大きな目的を求めたんだろう。自身が作り出してきた犠牲を認めさせてくれるだけの目的をな!」
「違う……! 違う!」

 屍漂う海の中、2機のガンダムはビーム・サーベルを叩きつけあう。互いのビーム砲は銃身が破裂したように破壊されている。残骸の合間を縫うような光の軌跡がぶつかり合ってはビームが瞬いた。

「だから地球を焼き払うのか? 地球を焼き払ってみせるのか? その目的はそれほどの犠牲が必要なほど尊いものだと思いこむために!」

 これで幾度目の衝突か。互いが高速でビーム・サーベルをぶつけ合う際、フリーダムの体勢が揺らいだ。ミノフスキー・クラフトを搭載する機体はその推進力の一部を装甲に依存する。両足を失っているフリーダムでは力負けは当然だと言えた。
 通信には食いしめた歯の隙間から息をもらすアスランの声が聞こえる。同時にそれは力強くもあった。

「この戦争が、終わらなければもっと多くの人が死ぬ!」

 勢いを取り戻したフリーダムの一撃をシュツルメントは受け止めるでしかない。しかしフリーダムは二刀流。攻勢に回れば、まだ一刀を手に残す。右腕のサーベルは防がれた。ならばと左腕を力任せに振り抜く。フェイズシフト・アーマーを破壊してあまりある攻撃力がその体を横切ろうとした時、シュツルメントはその身を引いた。空振りするサーベル。切っ先を装甲にかすらせるほど見事な見切りは、動きを必要最小限度とすることで即座に反撃へと移ることを許す。
 アスランの反撃は、たやすくムルタ・アズラエルによって封じられる。

「ならプラントを滅ぼせばどうだ? 犠牲はもっと少なくすむ」
「俺の目的はプラントを守ることだ!」
「そうだな。そうだろうな!」

 リボルバーが回される。バルカン砲、ビーム砲に続く最後のウェポン・ポッドは、一見したところその通り箱の形状をしていた。箱を縦に裂くように展開したポッドの中にはユニットが整然と並べられている。小型ミサイルのような形状のそれは、ビーム・ナイフとも言うべき小型ビーム・サーベルを先端に発生させるとともに発射される。
 ナイトゴーントと呼ばれる独立機動型ユニットは何もガンダムトロイメントだけの力ではない。ビーム・ナイフはスラスター推進だけでは説明のつかない動きで、餌へと殺到する魚の群のようにフリーダムを追い回す。
 ビーム・サーベルで打ち払う。しかしビーム・ナイフもまたビームを弾く性質のIフィールドに包まれている。せいぜい弾き返すことが精一杯。ユニットはすぐさま軌道を修正しフリーダムへと迫った。単純な機動力では小型ユニットに分があった。仮にフリーダムが万全の状態であったなら、回避することもできたかもしれない。同時にシュツルメントは相手の機動力を十分に奪ったからこそこのユニットを初めて投入したという事実がある。
 フリーダムが逃げられる道理はどこにも用意されていなかった。青く輝くウイングへとユニットが突き刺さる。フェイズシフト・アーマーがエネルギーを吸収した際に伴う発光が眩しく輝き、突如消失した。フェイズシフト・アーマーを被覆するミノフスキー粒子が剥離したことを示している。左側、片側5枚の翼を引きちぎられ、推進力の大部分を担う翼を失ったことでフリーダムは一気にバランスを崩す。
 シュツルメントはその隙を逃すことはなかった。

「お前は今更目的を捨てられない。犠牲を肯定するために目的が必要になる。目的を肯定するために犠牲が必要になる。お前はそんな自己肯定の落とし穴にはまったんだよ。お前は目的のために犠牲を払ってる訳じゃない。目的を正当化するために犠牲にしてみせているだけだなんだよ!」

 振り下ろされた大剣は右腕ごと残された翼を切り裂いた。残るは左腕だけ。この事実がアスランに伝えたことはただ一つ。まだビーム・サーベルを振るう腕が1本は残されているということ。

「俺は、俺はあんたたちほど人を殺しちゃいない!」

 フリーダム最後の力を振り絞った斬撃はシュツルメントの右腕に突き立てられる。フェイズシフト・アーマーの放つ強烈な光の中、子どもの喧嘩のような荒々しい動きで赤銅の腕が斬り飛ばされる。シュツルメントの装備していた長大な剣が回転しながら投げ出され、しかしフリーダムもまたその左腕を失っていた。複数のビーム・ナイフが腕の至るところに突き刺さりずたずたに切り裂かれていた。
 すべての四肢を失ったフリーダムへと、シュツルメントはビーム・サーベルを抜き放つ。その切っ先はフリーダムへと突きつけられていた。

「犠牲の多寡を語るお前が地球を焼くのか? こんなこと、まだ続けるつもりか?」

 モビル・スーツはすべての機能を失った。それが敗北を意味しないことはアスラン本人が理解していた。モニターは大半が停止している。サーベルを突きつけるシュツルメントの姿に、アスランの決断は速かった。

「それを決める権利が、あなたにあるのか!」

 フリーダムは側頭部に内蔵されたバルカン砲を発射する。対モビル・スーツでは牽制にさえならない末梢兵器であるバルカン砲は、しかし標的はシュツルメントではない。その背後、半分以上が死滅した映像の中でアスランが目敏く見つけだした漂流するバズーカ砲。撃墜されたジンが遺したと思しき漂着残骸は大きな爆発を引き起こし、2機のガンダムを包み込む。




 アスランはうまく逃げたらしい。残骸漂う宙域でただでさえ頼りにならないレーダーで1機のモビル・スーツを見つけだすことは不可能に近い。見つけだす意味もない。
 アスラン・ザラ。ドミナントの1人として話はラウから聞かされていた。1度だけだが顔をあわせる機会もあった。ありきたりな言葉で評するなら不器用な男だ。解けもしない問題を無理だと諦めることもできなければ、すべて捨て去るには心が強すぎる。

「昔のエインセルもそうだったな」
「フラガ大佐。ここにはもう何もない」

 ヤキン・ドゥーエにともに突入した友軍からの連絡だ。どうやら感傷に浸るのもここまでらしい。

「クライン派は想像以上にザラ派に入り込んでたらしいな」

 このザフト軍最大の要塞は囮に使われたのだろう。中を空にして敵を誘い込む。アラスカでどこぞの過激派も似たようなことをしていたな。ムウは苦笑しながら答えた。

「もぬけの殻か。本命はジェネシス。まあ当然か」

 要塞を離れる燐光が見えた。ソード・ストライカーを装備したストライクダガーの中隊相当戦力。どいつもこいつもしぶといことこの上ない。装甲などすでに疲弊の色が濃いというのにどいつもこいつも生きている。

「俺たちもいくか、ジェネシスへ」

 聖杯を巡り砲火を交える戦場へ。




 戦闘の中心はすでにジェネシス周辺へと移っていた。防衛部隊はクライン派よりのザフト軍を中心とした私設部隊とも言える戦力である。ダムゼルであるデンドロビウム・デルタ、サイサリス・パパの各自保有する戦艦を母艦としてゲイツが展開する。勝利条件はジェネシスの防衛ではない。破壊されてもいいのだ。後一度の照射さえ行われたならそれでプラントの、いや、クライン派の勝利は確定する。
 残された時間は1時間にも満たない。楽な条件であった。だが、それはすなわち楽な戦いであることを意味しなてはいなかった。
 ジェネシスに影を落として光の華が咲く。その衝撃はサイサリスが指揮を執る宇宙戦艦トーラーを揺り動かした。地球軍がヤキン・ドゥーエ攻略においてさえ使用しなかった核を今になって使ってきたのだ。
 トーラーのブリッジでは押し寄せる地球軍の軍勢が映し出されている。

「核を温存してた……。あいつら、ジェネシスのこと知ってたんだ」

 地球軍は数こそ減らしているようだがジェネシスへと向かってくる部隊はいまだ十分な戦闘力を残している。ジェネシスで後方の部隊さと分断してしまえば前線は数、質、統制に及ぶまでザフト軍が逆転優位に立つ。そんなパトリック・ザラ議長の甘い目論見は画餅に帰したようだ。地球軍は核を温存していた。何よりザフトを戸惑わせているのは志気の高さだろう。
 それは無理もない。コーディネーターの国であるプラントではコーディネータはナチュラルに比して優れていなければならないという大前提が存在する。そのため教育するのだ。ナチュラルとは愚かで蒙昧。決して自分たちと同程度の人間だとは決して考えるなと。もしもナチュラルがコーディネーターと変わらないのであれば、そもそも遺伝子に手を加える意味がなくなってしまうから。これもジョージ・グレンが国を望んだ理由の一つだ。コーディネーターにとって都合のよい教育を施すことができるから。
 そのような教育を受け続けたであろうクルーたちは明らかに浮き足立っている様子であった。無理もない。ナチュラルはムルタ・アズラエルに扇動されているだけの衆愚だと教えられ続けた。ところが、いざ戦ってみればより統制された軍隊--事実、ザフト軍よりも組織としては完成している--として襲いかかってくる。

(だから嫌いなんだよ、人間てさ。馬鹿で臆病で)

 心の中でだけ、サイサリスはローズマリー・ロメオに戻ることができた。偽りのダムゼルはモニターに映る戦場を眺め続けていた。その中に、妙に機敏に動き回るゲイツを見つけることはそう難しくはなかった。

「サイサリス、また抜けた部隊があるぞ。ゲイツを回せ」

 クルーの誰かが気をきかせて映像を拡大させた。ミルラ・マイク、Mのヴァーリの搭乗するゲイツは戸惑う周囲のザフト機を後目に核ミサイルへと挑みかかっている最中であった。もののたとえではない。モビル・スーツほどの大きさのミサイルにビーム・クローで切りかかったのだ。

「ミルラ姉さん!?」

 つい声を大にした。
 ミルラのゲイツは弾頭をたやすく切り落とすとすぐさま身を翻す。

「この程度のことで核弾頭が爆発するものか。オッペンハイマーにどやされるぞ。それよりももっと楽しめ。どうだ? 地球の命運を双肩に担う気分は? 滅ぼす側だがな」

 確かに核爆弾は起爆装置を破壊してしまえば爆発しない。それでもいつ爆発するかわからないミサイルによく切りかかれるものだ。遠くから眺めている身分でありながらミルラがライフルでミサイルを撃ち落とす度ひやりとさせられる。
 もしもここにサイサリス姉さんがいたなら、きっと笑って流したことだろう。よってサイサリスは微笑みを絶やさぬまま応じることにした。

「仕方のないことですよ。ジェネシスはもう恫喝には使えません」
「エイプリルフール・クライシスのせいで地球はもう脅しとはみてくれない。無理もない話だ。プラントはすでに地球全土を標的としたのだからな。政治家は支持を集めようとナショナリズムを利用するが、愛国心とは手綱のない暴れ馬だろう」
「お父様に意見するつもりなの……?」
「まさか。だからこうして愛しきお父様のために命をかけて戦っている。だからもっと楽しめ、サイサリス。ユニウス・セブンにいた頃のお前はもっと笑う女だったぞ。楽しいだろう。人類史上最大の戦争が目の前に転がっているのだからな」

 ゲイツは快活に、迫る核ミサイルを撃ち落としていた。




「コートニー、どうだ? 守りきれそうか?」

 北側--宇宙では所詮便宜上の呼称だが--の守りをデンドロビウムはサイサリスに一任していた。あちらは主に核ミサイルだそうだが、こちらはモビル・スーツ。ヤキン・ドゥーエの周辺宙域でさえなかったのではないか、それほど激しいビームの応酬が行われていた。
 デンドロビウムの側近であるコートニー・ヒエロニムスはゲイツにパイロットとして搭乗している。

「ずいぶんと御しやすいゲームです。後一度の照射で勝利は我らに転がり込む。ただ一つあるとすれば……」
「何だ?」
「神意がどちらを粋と感じるかということでしょう。消化試合と世界を滅ぼそう。望む者と母なる星を守るために命をかける者」

 どこにいってもこの皮肉っぽいところは変わらない。デンドロビウムは艦長席に体を預けながらため息をついた。元々大型輸送船でしかないネビイームではいざ戦闘になるとできることは限られる。

「要するに、楽な戦いだと気を抜くなってことだろ?」

 もっとも、今のザフトにそんな余裕などないことだろう。クルーの報告はそれを如実に伝えている。

「ヤキン・ドゥーエが陥落しました。攻撃部隊の指揮はムウ・ラ・フラガ大佐が執ったとのこと!」
「敵連隊接近中! 先頭はZZ-X200DAガンダムトロイメントです」

 どちらもムルタ・アズラエルのことだ。ヤキン・ドゥーエが落ちたということは、すぐに敵部隊がやってくることを意味する。たった今やってきたラウ・ル・クルーゼの部隊とあわせて地球軍前線の主力部隊がまもなく集結するということだ。そしておそらくザフトはそれを抑えることはできないだろう。ジェネシス近郊はともかく、全体としてのザフトの志気は決して高くない。

「本当の戦いはこれからってことか……」

 ムルタ・アズラエル。やはりこの男たちこそがプラントの最悪にして最強の敵であった。




 ヤキン・ドゥーエにはすでに地球軍がとりつき始めていた。エインセル・ハンター麾下の部隊は当初、ザフト軍との交戦に際してもヤキン・ドゥーエ侵攻においても決して積極的ではなかった。その意味が、ジェネシスとともに現れた。
 エインセル・ハンターは探していた。ジェネシスの位置を。見つけることかなわずとも誰より速く、黄金の王はジェネシスへとたどり着いた。
 血で血を洗う。誰が言ったか、この先人の言葉を賞揚せざるにはいられない。
 GAT-01A1ストライクダガーを切り裂いたゲイツがいた。そのZGMF-600ゲイツはGAT-01デュエルダガーに撃ち抜かれ、デュエルダガーは後ろからZGMF-1017ジンの重斬刀に刺し貫かれる。傷だらけの戦闘機メビウスが機体下部に抱えた核ミサイルを発射する。ゲイツの一団は人の形を欠いた者だけが突き進む。
 すべてがすべて先鋭化されていた。
 地球軍はひけば地球が滅ぼされる。前線の残存部隊は決して多ならずともそのすべてがジェネシスを目指した。この期に及んでその命をかけてでもジェネシスを守ろうとするザフトのみがこの戦場へと殺到する。高密度混戦。ひかず退かず、ただ押し寄せる波がしぶきをあげるように人が死んでいく。
 光が瞬く度、そこには致命的な力が生まれていた。ビーム・ライフルの輝きであり、ビーム・サーベルの瞬きであり、爆発するモビル・スーツの消滅。あるいはそのすべて。
 ビームの軌跡が交わりあう。その間に浮かんでいた破壊され、もはやどの機体であったのかの判別も難しい残骸は突如十字に裂かれ爆発する。
 少女の声が響いていた。

「お父様は10年のすべてを賭けた!」

 GAT-X105Eストライクノワールガンダムがその黒いウイングを振り回しているかのような激しい動きでビーム・サーベルを叩きつける。それを受け止めたのは横薙ぎに叩きつけられたビーム・サーベルであった。激しくぶつけられたビームが十字に輝きを残し、モビル・スーツの残骸を破壊した光の正体をさらす。
 切り結ぶ2機は一瞬たりとも動きを止めることなく次々と十字の輝きを刻む。
 ノワールのパイロットはヒメノカリス・ホテル。ZZ-X000Aガンダムオーベルテューレ、キラ・ヤマトを相手とする。

「そうだろう。プラントの殻を壊すために戦争状態を利用した! 金と権力を手元に集めることにだって腐心していただろう!」
「そう、お父様は世界を救うためにすべてを惜しまなかった。時間も努力も命さえも! キラ、あなたもプラントのしていることがおかしいと思うなら、創られた命であることを憎むなら、道を開けなさい!」

 2機のガンダムは高速で衝突しながら離脱を繰り返していた。一度も鍔迫り合いの体勢に持ち込むことはない。ジェネシスを前に両勢力の精鋭とも言うべき部隊が激突していた。このような混戦下にあって速度を落とすことはすなわち死を意味する。飛び回りながら、両者は時折激突してはビームの輝きを残す。

「僕は、ムルタ・アズラエルのことを信じきれない!」
「お父様はすばらしい人!」
「でも彼らもゼフィランサスを利用していた事実には何も違いはない」
「そう、お父様もシーゲル・クラインも同じ。目的のために犠牲をためらうほど弱くない。でも違うことがある。お父様は、目的のために手段を選ばない!」

 戦いは続いている。宇宙が見えなくなるほどのビームの光は、それこそ両勢力の思惑と手段が激突した結果であろう。ムルタ・アズラエルは地球を救うため、シーゲル・クラインは人類のために、手段を選ぶことはなかった。

「お父様は目的のためには手段を選ばない。だからお父様は尊いの。理想のために命さえかけることができるから!」
「あれほどシーゲル・クラインに陶酔していた君がずいぶんな変わりようだね。一体何があったんだ?」
「お父様は、私を救ってくれた!」

 父に陶酔する娘を乗せ、漆黒のガンダムは戦火を抜けて突き進む。


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