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No.32266の一覧
[0] 機動戦士ガンダムSEED BlumenGarten(完結)[後藤正人](2023/10/28 22:20)
[1] 第1話「コズミック・イラ」[後藤正人](2012/10/12 23:49)
[2] 第2話「G.U.N.D.A.M」[後藤正人](2012/10/13 00:29)
[3] 第3話「赤い瞳の少女」[後藤正人](2012/10/14 00:33)
[4] 第4話「鋭き矛と堅牢な盾」[後藤正人](2012/10/14 00:46)
[5] 第5話「序曲」[後藤正人](2012/10/14 15:26)
[6] 第6話「重なる罪、届かぬ思い」[後藤正人](2012/10/14 15:43)
[7] 第7話「宴のあと」[後藤正人](2012/10/16 09:59)
[8] 第8話「Day After Armageddon」[後藤正人](2014/09/08 22:21)
[9] 第9話「それぞれにできること」[後藤正人](2012/10/17 00:49)
[10] 第10話「低軌道会戦」[後藤正人](2014/09/08 22:21)
[11] 第11話「乾いた大地に、星落ちて」[後藤正人](2012/10/19 00:50)
[12] 第12話「天上の歌姫」[後藤正人](2012/10/20 00:41)
[13] 第13話「王と花」[後藤正人](2012/10/20 22:02)
[14] 第14話「ヴァーリ」[後藤正人](2012/10/22 00:34)
[15] 第15話「災禍の胎動」[後藤正人](2014/09/08 22:20)
[16] 第16話「震える山」[後藤正人](2012/10/23 23:38)
[17] 第17話「月下の狂犬、砂漠の虎」[後藤正人](2014/09/08 22:19)
[18] 第18話「思いを繋げて」[後藤正人](2014/09/08 22:19)
[19] 第19話「舞い降りる悪夢」[後藤正人](2012/10/25 21:56)
[20] 第20話「ニコル」[後藤正人](2014/09/08 22:18)
[21] 第21話「逃れ得ぬ過去」[後藤正人](2012/10/30 22:54)
[22] 第22話「憎しみの連鎖」[後藤正人](2012/10/31 20:17)
[23] 第23話「海原を越えて」[後藤正人](2012/10/31 21:07)
[24] 第24話「ヤラファス祭」[後藤正人](2012/11/01 20:58)
[25] 第25話「別れと別離と」[後藤正人](2012/11/04 18:40)
[26] 第26話「勇敢なる蜉蝣」[後藤正人](2012/11/05 21:06)
[27] 第27話「プレア」[後藤正人](2014/09/08 22:16)
[28] 第28話「夜明けの黄昏」[後藤正人](2014/09/08 22:15)
[29] 第29話「創られた人のため」[後藤正人](2012/11/06 21:05)
[30] 第30話「凍土に青い薔薇が咲く」[後藤正人](2012/11/07 17:04)
[31] 第31話「大地が燃えて、人が死ぬ」[後藤正人](2012/11/10 00:52)
[32] 第32話「アルファにしてオメガ」[後藤正人](2012/11/17 00:34)
[33] 第33話「レコンキスタ」[後藤正人](2012/11/20 21:44)
[34] 第34話「オーブの落日」[後藤正人](2014/09/08 22:13)
[35] 第35話「故郷の空へ」[後藤正人](2012/11/26 22:38)
[36] 第36話「慟哭響く場所」[後藤正人](2012/12/01 22:30)
[37] 第37話「嵐の前に」[後藤正人](2012/12/05 23:06)
[38] 第38話「夢は踊り」[後藤正人](2014/09/08 22:12)
[39] 第39話「火はすべてを焼き尽くす」[後藤正人](2012/12/18 00:48)
[40] 第40話「血のバレンタイン」[後藤正人](2014/09/08 22:11)
[41] 第41話「あなたは生きるべき人だから」[後藤正人](2014/09/08 22:11)
[42] 第42話「アブラムシのカースト」[後藤正人](2014/09/08 22:11)
[43] 第43話「犠牲と対価」[後藤正人](2014/09/08 22:10)
[44] 第44話「ボアズ陥落」[後藤正人](2014/09/08 22:08)
[45] 第45話「たとえどんな明日が来るとして」[後藤正人](2013/04/11 11:16)
[46] 第46話「夢のような悪夢」[後藤正人](2013/04/11 11:54)
[47] 第47話「死神の饗宴」[後藤正人](2014/09/08 22:08)
[48] 第48話「魔王の世界」[後藤正人](2014/09/08 22:08)
[49] 第49話「それが胡蝶の夢だとて」[後藤正人](2014/09/08 22:07)
[50] 第50話「少女たちに花束を」[後藤正人](2014/09/08 22:07)
[51] 幕間「死が2人を分かつまで」[後藤正人](2013/04/11 22:36)
[52] ガンダムSEED BlumenGarten Destiny編[後藤正人](2014/09/08 22:05)
[53] 第1話「静かな戦争」[後藤正人](2014/09/08 22:01)
[54] 第2話「在外コーディネーター」[後藤正人](2014/05/04 20:56)
[55] 第3話「炎の記憶」[後藤正人](2014/09/08 22:01)
[56] 第4話「ミネルヴァ」[後藤正人](2014/06/02 00:49)
[57] 第5話「冬の始まり」[後藤正人](2014/06/16 00:33)
[58] 第6話「戦争の縮図」[後藤正人](2014/06/30 00:37)
[59] 第7話「星の落ちる夜」[後藤正人](2014/07/14 00:56)
[60] 第8話「世界が壊れ出す」[後藤正人](2014/07/27 23:46)
[61] 第9話「戦争と平和」[後藤正人](2014/08/18 01:13)
[62] 第10話「オーブ入港」[後藤正人](2014/09/08 00:20)
[63] 第11話「戦士たち」[後藤正人](2014/09/28 23:42)
[64] 第12話「天なる国」[後藤正人](2014/10/13 00:41)
[65] 第13話「ゲルテンリッター」[後藤正人](2014/10/27 00:56)
[66] 第14話「燃える海」[後藤正人](2014/11/24 01:20)
[67] 第15話「倒すべき敵」[後藤正人](2014/12/07 21:41)
[68] 第16話「魔王と呼ばれた男」[後藤正人](2015/01/01 20:11)
[69] 第17話「鋭い刃」[後藤正人](2016/10/12 22:41)
[70] 第18話「毒と鉄の森」[後藤正人](2016/10/30 15:14)
[71] 第19話「片角の魔女」[後藤正人](2016/11/04 23:47)
[72] 第20話「次の戦いのために」[後藤正人](2016/12/18 12:07)
[73] 第21話「愛国者」[後藤正人](2016/12/31 10:18)
[74] 第22話「花の約束」[小鳥 遊](2017/02/27 11:58)
[75] 第23話「ダーダネルス海峡にて」[後藤正人](2017/04/05 23:35)
[76] 第24話「黄衣の王」[後藤正人](2017/05/13 23:33)
[77] 第25話「かつて見上げた魔王を前に」[後藤正人](2017/05/30 23:21)
[78] 第26話「日の沈む先」[後藤正人](2017/06/02 20:44)
[79] 第27話「海原を抜けて」[後藤正人](2017/06/03 23:39)
[80] 第28話「闇のジェネラル」[後藤正人](2017/06/08 23:38)
[81] 第29話「エインセル・ハンター」[後藤正人](2017/06/20 23:24)
[82] 第30話「前夜」[後藤正人](2017/07/06 22:06)
[83] 第31話「自由と正義の名の下に」[後藤正人](2017/07/03 22:35)
[84] 第32話「戦いの空へ」[後藤正人](2017/07/21 21:34)
[85] 第33話「月に至りて」[後藤正人](2017/09/17 22:20)
[86] 第34話「始まりと終わりの集う場所」[後藤正人](2017/10/02 00:17)
[87] 第35話「今は亡き人のため」[後藤正人](2017/11/12 13:06)
[88] 第36話「光の翼の天使」[後藤正人](2018/05/26 00:09)
[89] 第37話「変わらぬ世界」[後藤正人](2018/06/23 00:03)
[90] 第38話「五日前」[後藤正人](2018/07/11 23:51)
[91] 第39話「今日と明日の狭間」[後藤正人](2018/10/09 22:13)
[92] 第40話「水晶の夜」[後藤正人](2019/06/25 23:49)
[93] 第41話「ヒトラーの尻尾」[後藤正人](2023/10/04 21:48)
[94] 第42話「生命の泉」[後藤正人](2023/10/04 23:54)
[95] 第43話「道」[後藤正人](2023/10/05 23:37)
[96] 第44話「神は我とともにあり」[後藤正人](2023/10/07 12:15)
[97] 第45話「王殺し」[後藤正人](2023/10/12 22:38)
[98] 第46話「名前も知らぬ人のため」[後藤正人](2023/10/14 18:54)
[99] 第47話「明日、生まれてくる子のために」[後藤正人](2023/10/14 18:56)
[100] 第48話「あなたを父と呼びたかった」[後藤正人](2023/10/21 09:09)
[101] 第49話「繋がる思い」[後藤正人](2023/10/21 09:10)
[102] 最終話「人として」[後藤正人](2023/10/28 22:14)
[103] あとがき[後藤正人](2023/10/28 22:17)
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[32266] 第38話「夢は踊り」
Name: 後藤正人◆ced629ba ID:8a6b0ab7 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/09/08 22:12
 月面グラナダ。地球より反対側、賢者の海に設営された要塞都市である。C.E.67年の開戦当初、快進撃を続けたザフト軍は月面の半分を占拠。ユーラシア連邦の所有していたグラナダ基地を接収、増設する形で巨大な要塞を作り上げた。
 クレーターに蓋をしたかのような外観はユーラシア連邦時代から変更されていない。しかし内部構造は大きく変更が施されている。軍事施設としてばかりではなく居住性を高める再設計がなされたこの要塞はプラントと地球とを繋ぐ玄関口の役割を果たしていた。
 太陽光を直接取り込む開けた天井には硬質ガラスが幾重にも張られ、紫外線の緩和、魚類の養殖場を兼ねた巨大な水槽が天井には埋設されている。太陽の光は月面の地下に地球と変わらぬ光を降り注がせていた。大西洋連邦の古都を模して作られたこの街は、その中央に風光明媚な自然公園を置き、その周囲をビル群が取り囲む。外周には水が張られ、奇妙な形状をしたザフト軍の宇宙戦艦が何隻も浮かべられていた。
 兵器庫と街を分け、中央には憩いの場を配する。単なる要塞ではなく、プラントの国民の生活の場として設計されたこの街はプラントの国民性を現していると言えた。本国であるコロニーは強度を優先する密閉型ではなく開放型。どこか優雅さを求める国民なのである。
 そして、この街はグラナダ陥落に伴いもう一つの顔を見せ始めていた。
 月と地球。その距離、実に30万km。その間、いくつかのラグランジュ・ポイントのコロニー群を除いてあとは虚空が続く。あまりに分子密度さえ乏しい無の砂漠が続くのである。
 ザフト地上部隊はアラスカへの奇襲を部隊戦力の大半を失する形で失敗。最大規模の基地であったジブラルタル基地は地球軍の猛攻によって陥落。残されたのは30万kmの荒野の果てにある月、そしてグラナダなのである。地上での敗北。それはすなわち、戦線が一時に30万kmも移動したことを意味した。人類史上空前絶後の戦況の変化である。
 グラナダには、自動的に最前線の基地の称号が与えられた。
 プラント本国を守るボアズ、ヤキン・ドゥーエ。そして、本国への道を閉ざすグラナダ。ここ、グラナダにはホワイト・ファング、白い牙と呼ばれる守護者がいることで知られている。卓越した作戦指揮によって最前線に出ながらもただの一発たりとも放つことなく敵を殲滅せしめる手腕から、その牙は一度も血で汚れたことがない、まさに白い牙の持ち主だと賞賛されたエース・パイロットで知られているのである。
 ここはグラナダ。白い牙に守られた、ザフト軍最後の占領地であった。




 立ち並ぶビル群は細い路地を入り組ませ雑多な光景を生み出していた。それぞれのビルが大型のゴミ箱、室外機、あるいは非常階段、人目につかせる必要のないものを路地に集め、それが二つとして同じもののない混沌とした路地を作り出している。このような人目につかない路地の中を、か細い吐息が通り過ぎていく。
 それは少女であった。赤い瞳、白い髪をふわりと浮かせながらその吐息は荒い。漆黒のドレスのスカートを掴み上げて、息を切らせながら走り続けている。月面の低重力の中でさえ決して鍛え上げられた足運びではない。速い動きではなかった。時折息を切らせては立ち止まり、少女はその胸を押さえた。立っていることがやっとなのだろう。胸を押さえ、苦しげに息をしたまま動こうとはしない。
 しかし、音がした。革靴の固い靴底がアスファルトを強く叩く音。一つ、二つではない。
 少女は足を引きずるように、それでも歩いてその身をコンテナを思わせるほども頑丈なゴミ箱の後ろへと隠した。
 やがて遠ざかる足音。しかし少女はすぐには動き出せずにいた。胸に手をあてたまま、少しずつ、わずかずつ呼吸を整えていく。借り物の心臓はゆっくりとその鼓動を落ち着かせていった。




 黒塗りのハマーのボンネットに背を預け、レイ・ユウキはただでさえ朴念仁、無愛想、むずかしい顔だと言われることの多いその眉をさらにつり上げていた。
 それほど、今回の仕事は厄介なことが多い。難しい仕事の類ではない。難しいなら難しいなりに虎狩りにでも出向くつもりで自身を奮い立たせることもできるだろう。相手が見知った相手だということも、猟犬の嗅覚を鈍らせていた。
 公安職員ともあろう者が甘いものだ。そんな感覚が、レイの顔を険しいものにしていた。通信機から聞こえる、聞き慣れていない者には判別のしずらい独特の音を、レイは正確に把握する。

「引き続き周囲を探せ」

 通信から、やはり聞き取りずらい声で了承の返事があった。
 部下たちもやりにくさを感じているのかもしれない。普段に比べ動きが鈍く、要領を得ない。すぐ隣に立つ全身黒いスーツ姿の部下など、手にした写真--手のひらに隠せてしまえるほど小さなものだ--を先程から眺めたきりである。

「レイ部長、本当にこんな小娘がプレア・ニコルのデータを流出させたのでしょうか?」
「人は見かけによらないものだ。事実、地球軍のモビル・スーツには核動力が搭載されている。プレア・ニコルがなければできないことだ」
「部長は会ったことがあるとお聞きしますが?」
「ああ……」

 思い出すのは、プレア・ニコルが最初の流出の危機を迎えた話だ。ゼフィランサス・ズール技術主任の部下であった研究員、プレア・レヴェリー--名前の由来の一つである--がプレア・ニコルの搭載された機体を持ち出し、その調査に当たったのがレイであった。その際、まずゼフィランサス主任の関与を疑い、一時拘留している。その後の調査で無関係と判明し、主任は釈放された。その調査は何ら間違っていない。事実、事件はプレア・レヴェリーの犯行であり、少なくともこの件に主任は関わっていなったのだから。
 同時に別の事件を計画していたとは気づきもしなかったが。

「別件でな。あの際はことなきを得たが、うまく裏をかかれた。ザラ議長はたいそうご立腹だ。今後の査定を気にするなら小娘と侮らないことだ」
「了解」

 部下はレイの下を離れて歩き出す。レイもまた、車からその背を離した。
 コピーを許可されたデータをコピーし、プレア・レヴェリーを追とともに国外へ渡航する機会を得る。一体どこまで計画ずくのことかはわからないが、ブルー・コスモスはまんまとプレア・ニコルを手に入れたことになる。
 その事実はさらにレイの眉間にしわをよせさせた。

「ザラ議長に失点が積み重なることは構わないが、今回ばかりは事が大きすぎる……」

 誰に聞かせてよい訳でもない言葉は、よって誰に聞かせることもなかった。




 グラナダは月の重力を緩和するため、戦艦を水に浮かべて停留させておくようだ。波止場から眺める白亜の戦艦、アーク・エンジェルの様子は、地球の港と何も変わっていないようにも見えた。もっとも、岸にあたった波が地球ではなかなか見られないほど高く水を跳ね上げ、ゆっくりと戻っていく光景は月面ならではだろう。
 フレイ・アルスターは港をアーノルド・ノイマンと一緒に水辺を眺めながら歩いていた。

「低重力でもやっぱり重力下での着地って緊張しますね」
「いや、見事な操舵だった。私が教えて上げられることはもうなさそうだ」
「そんなことありませんよ。もっといろいろ教えてもらわないと」

 アーク・エンジェルの操舵手としてそろそろ板についてきたと思う。それでもアーノルドに技術で勝てるとは思えないし、まだまだ教えてもらいたいことがある。それはフレイにとって嘘偽りのない気持ちだった。両親を亡くして、自暴自棄になった時、アイリス・インディアは決してフレイのことを見捨てなかった。そしてこのアーノルドも支えてくれようとしていた。
 頼りになる大人の男性。並んで歩くと見上げてちょっと首が痛くなるのも悪くない。
 軽いデート気分。それを台無しにする甲高い音が聞こえた。見ると、フレイの足下に空き缶が転がっている。明らかに狙って投げられたものだ。見ると、堤防の上に座っているザフト兵たち--今はフレイもザフト兵だが--が数人、こちらのことを見ている。あからさまに睨みつけている。空き缶を投げたのもこいつらだ

「ちょっとあんたたち!」

 怒鳴りながらザフト兵に近づこうとすると、アーノルドもついてくる。

「フレイ……!」
「アーノルドさん、こいつらわざとしたのよ!」

 怒ってもいいはずだ。当てるつもりがあったのかどうかは別にして、露骨に喧嘩を売られたのだから。
 ザフト兵たちは堤防を降りていた。まだほんの少年ばかりが2、3人。どいつも軽薄そうな顔をしている。たぶんリーダー格は真ん中の少年。如何にも虚勢だけで生きてきましたって顔してフレイのことを見ていた。

「お前たち、あの戦艦のクルーだろ」
「そうだけど、何か文句でもあるの?」
「あの戦艦がモビル・スーツを運ばなきゃこんなことにはならなかった。そのくせ国を追い出されたら今度は仲間です、一緒に戦ってくださいってか? ふざけた話だとは思わないのか!?」

 要するに、お前たちを仲間と認めたくない。そういうことだろう。

「戦争ってそういうもんでしょ。言っといてあげるけどね、自分だけが被害者なんて考えてるとろくな目に遭わないから覚悟しときなさい!」
「何だと!?」

 少年の手がフレイの胸ぐらに伸びようとして、これにはさすがに怖くなって体を引こうとする。少年の手は、フレイのすぐ後ろにいたアーノルドによって掴みとめられた。アーノルドは無言のまま少年を睨んでいた。すぐにでも殴り合いが始まってしまいそうな、そんな感じだ。
 どうしていいかわからない。アーク・エンジェルから人を呼んできた方がいいのだろうか。それでも、変に動くと少年たちを刺激してしまいそうで決断できない。後ろの少年たちもどう動こうか決めかねているようだった。

「そこまでだ、馬鹿者」

 堤防の上にまだ残っていたザフト兵がいた。寝そべっていた体を起こして、歳は少年たちよりも少し上に見える。軍服は白くて、確かザフトでは部隊長の着る服だ。
 少年はアーノルドの手を振り払い隊長へと向き直った。

「でも隊長、こいつらに何人の仲間が殺されたと思ってるんですか?」
「気がたっていることはわかるが、余計な問題を増やすな」

 少年に納得した様子はない。隊長は堤防の上に腰掛けたまま、面倒くさそうに髪をかきあげた。

「命令だ」

 この言葉は効いたのだろう。少年は仲間たちと嫌々ながら歩いていく。時々フレイたちの方を振り返っては苦々しそうな顔をしていた。
 隊長は堤防から降りた。

「すまないな。ジブラルタル陥落でここは自動的に最前線だ。兵たちは気がたっている。俺はラスティー・マッケンジー」
「アーノルド・ノイマンと申します」
「フレイ・アルスターです。その……」

 名乗っても、隊長は決して握手の手を差し出してくることはなかった。このフレイの違和感は残念ながら間違いではなかったらしい。隊長の表情は決して友好的とは言えないものだったから。

「俺も本音ではあいつらと変わらない。お前たちの戦艦の活躍のせいでザフトが窮地に追い込まれたのは事実だからな。たとえ、国力に劣るザフトがいずれは逆転されることが頭ではわかってたとしてもな。あいつらほどじゃないにしろ、今更仲間だと言われても釈然としない奴も多い」
「あなたもあいつ等と同じってこと?」
「納得している奴もいる。そうでない奴らは理解して自分を落ち着かせているか、理解もしないが行動にはでない奴、あとは理解もしないで行動に移す奴の3つだ。これだけは言っておく。もうこんなことを起こさせるつもりはないが、お前たちもあまり目立つことはしてくれるな。それだけだ」

 言い捨てるように、隊長は少年たちの行った方向へと歩き出した。結局、隊長としての職務を優先しただけで、個人としてはフレイたちのことをよく思っていないのだ。どう考えるべきかわからないけど、少なくとも不快な感じは完全に消えてはいなかった。どうしても瞼のあたりに力が入ってしまう。

「何となくわかってましたけど、やっぱり私たちってどこにも居場所ないんですね」
「国を捨てるとはこういうことなのかもしれないな。それでどうしようか?」

 聞かれているのは、本当は街にでかけてみようと考えていた予定について。
 フレイは小さくため息をついた。

「今日はやめておきましょう。おとなしくしてろって言われたし。でもごめんなさい。オーブの時はスパイのまねごとみたいなことしちゃって、今回も今回で。せっかくお誘いいただいたのに」

 オーブでは街の案内を頼まれて、それでも、ゼフィランサス・ズールの姿を見つけて追いかけた。するとモビル・スーツの戦闘に巻き込まれて案内どころではなくなってしまった。今回はその埋め合わせができると考えていただけに残念。
 ところが、アーノルドは少し違った顔をしている。眉間にしわを寄せて口元に手を。落胆しているというより、考え事や悩み事があるような顔だ。

「オーブでは君が案内してくれると?」
「え、でもアイリスがアーノルドさんが案内して欲しいって……」
「私もアイリス軍曹から君が……」

 矛盾する二つの事実が、1人の人物によって繋ぎあわされていた。
 潮風のない港。軽い重力が体を動かしやすくする。フレイは地球上ではあり得ないほど早い動きでアーク・エンジェルの方を睨みつけた。

「あいつ!」

 今、あの艦には話題の人物がくつろいでいる最中だろうから。




 アーク・エンジェルのは人生の数奇さを教えられることが多くある。少なくともディアッカ・エルスマンにとってここほど異常な体験をさせられた場所は他にない。たとえば、食堂兼ねた休憩室で同じ顔をした3人姉妹とテーブルを囲むこととか。
 艶やかな黒髪を腰ほどまでのばしたヴァーリはいかにも剛胆と言った様子で腰掛けている。赤い軍服を身に付けていて、ということはパイロットであるのかもしれない。そういえば新型のテスト・パイロットをしていたとか言っていただろうか。

「私はミルラ・マイク。Mのヴァーリで、彼女は一つ上の姉でジャスミン・ジュリエッタ。覚えているかな、アイリス?」
「はい、もうほとんど」

 テーブルにはディアッカとミルラの他、桃色の髪のアイリス・インディアと赤い髪のジャスミン・ジュリエッタもついている。特にジャスミンはかつての同じ部隊の同僚だが、ヴァーリだということは知らなかった。もっとも、ディアッカの知っていることなどごく限られた範囲のことでしかないのかもしれない。ミルラが次々語っていることは、とにかくわからないことが多い。

「お父様は君たちの記憶を封印、正確には思い出さないよう厳命していたはずだが、君がこうして思い出しているところを見ると忠誠心の弱い君を放出したお父様のお考えは正しかったことになるのだろうか?」

 正直ついていける気がしないので、ちょうど向かいに座っているジャスミンに小声で話しかけた。

「ジャスミンもヴァーリだったんだな」
「いつもバイザーつけてましたから。気づきませんでした?」
「無理言うな……」

 ジャスミンは今もバイザーをつけている。言われてみれば口元の印象は似ている気もしないではないが、これで理解しろとは無理な話だ。
 ミルラは話を続けている。

「さて、私は回りくどい話し方は苦手としている。単刀直入に話に入らせてもらうことにしよう。アイリス、君は第3研の出身で、君は2人の姉がいて、その内の1人はラクス・クライン、そう、以前はガーベラ・ゴルフと呼ばれていて、もう1人の姉はヒメノカリス・ホテルだった。3人は仲睦まじい姉妹だった訳だが、私もユニウス・セブンでは3人そろって歩いている姿を何度か……」
「どこが直球ストレートなんだよ?」

 さすがに横やりをいれても許されるレベルだろう。ミルラは笑っていた。

「アイリス、君にはヒメノカリス・ホテルという姉がいる。ヒメノカリスは、エインセル・ハンターの元にいるそうだ、ブルー・コスモスの代表の」
「知ってます」

 そう言ってアイリスが取り出したのは封筒に入れられた手紙。

「カルミアさんからいただいたお手紙にもそうありました。それに、エインセルさんがヒメノカリスお姉ちゃんを連れてるの、見てますから」
「君は思ったよりも世界の中心に近い位置にいるようだな」

 さて、カルミアとは誰のことだっただろうか。名前からしてKのヴァーリだろうか。
 ジャスミンまでディアッカのことを蚊帳の外に置こうとする。

「でも、私たちヴァーリはお父様には逆らえません。それなのにヒメノカリスがエインセル・ハンター代表に従うなんて矛盾してませんか?」
「ああ、ちょっと待ってくれ。せめて俺にもわかるように話してくれないか?」

 ミルラというヴァーリは、どうも上から目線とまではいかないが妙にディアッカを見くびった話し方をする。何というか、年下扱い--実年齢はディアッカの方が上のはずだが--されている気分だ。

「ディアッカ、元々私たちヴァーリには幼少期に記憶を捏造する形で洗脳が施される。私の頭の中には、お父様との大切な思い出がいくつもしまわれている。もっとも、そのどれも事実ではないのがな。それを知っていながら、それでも私たちはお父様には逆らえない」
「ヒメノカリス姉ちゃんはその洗脳がいきすぎて、お父様への愛で心のバランスを欠いてしまうほどでした。そんなお姉ちゃんを、お父様は決して認めてくれませんでした……」
「お父様が認めてくれないから安定を欠き、安定を欠いているから認めてもらえない。典型的な悪循環だ」

 アイリスに続いてジャスミンさえ訳知り顔で話そうとする。

「こんなこと、言っちゃだめだと思いますけど、正直、生きてるなんて考えてませんでした。ユニウス・セブンで亡くなったか、そうでなかったとしても長くはないんだろうなって、そう考えてました」

 何にせよ、ヴァーリという奴は少々普通ではないらしい。記憶をいじられるディアッカならごめんこうむりたいところだが、気質もあるのかもしれないが、特にミルラなどあっけらかんとしている。

「アイリス、君が知っているならもう結構だが、彼女がエインセル・ハンターにつき従う以上、刃を交えることもあるかもしれない。その覚悟だけはしておくことだ。私たちヴァーリは所詮道具だ。エインセル・ハンターもその点はよく理解している。ヒメノカリスを戦わせているようだからな」

 いくらプラントでも人を道具として扱うことは許されないはずだ。まして、そんな境遇を受け入れている存在というのは違和感を禁じ得ない。
 アイリスと出会った時、コーディネーターについて尋ねられたことがあった。懲罰房の扉越しに、ディアッカはプラントの一般論を語った。今思えば、軽い発言だったと思う。そのことを、アイリスはどのように考えているのだろう。
 見ると、何故かつい先程まで座っていたはずのアイリスの姿がなかった。忽然と消えている。

「……リスー」

 その原因は、ディアッカには聞き取ることができなかった、この遠くから聞こえてくる声だろう。近づくに連れてこの声がフレイのものであることアイリスのことを呼んでいることがわかる。

「アイリスー!」

 ちょっと友達を探している風ではない。明らかに怒った声だ。
 さて、肝心のアイリスはどこに行ったのか。何故か足にむずがゆさを感じた。ズボンをテーブルの下から引っ張られているらしい。見ると、下に潜り込んだアイリスがディアッカの足の間にいた。

「あの声の出し方は危ないパターンです。私、隠れてます。口裏あわせてください……」
「ああ……」

 アイリスの微妙な位置にちょっとどきどきさせられたのは秘密だ。
 足音、月面であるため、走るというより跳ねるような音がしてフレイが食堂の入り口に顔を見せた。このテーブルからでは位置が遠く、アイリスの姿は見えていないようだ。
 ディアッカを見つけたフレイは声を大きくする。

「ディアッカ、アイリス知らない?」
「あ~、格納庫の方にいたぞ」

 フレイはどんどん近づいてくる。テーブルは下を隠すものがテーブルと座る人の足くらいしかない。あまり近づかれるとばれる可能性が高い。できるなら早めに追い払ってしまいたかったが、フレイは顔をしかめた。

「格納庫の方から来たんだけど?」
「……きっと入れ違いになったんだな。今追いかければ間に合うんじゃないか?」

 フレイはまだ近づいてくる。

「最短ルートで来たんだけど、わざわざ遠回りしたの、アイリスは?」

 フレイの足取りはしっかりとしている。テーブルの下で下半身が締め付けられた。アイリスがディアッカのズボンを掴んだのだろう。

「まあ落ち着け。何があったんだ?」

 テーブルのすぐそばにまで来たフレイ。ここまで近づけばかえって安心か。

「オーブでアーノルドさんからお誘い受けたんだけど、アーノルドさんはアーノルドさんで私から誘われたと思ってた。それで、どっちもアイリスから話を聞いたってことになった訳。どういうことかわかるでしょ?」

 以前なかなか招待に応じない2人を招待するために、それぞれに相手が来るという招待状を送りつけた人の話を聞いたことがあった。それぞれ、あんな招待に応じない人が来るとは珍しいと興味を抱いてその両方が参加したとかいう話だったか。隠し事は得意な方じゃない。口元が変に歪んでしまうことを隠すため、さも考え事をしている風を装って口に手を当てる。

「まあアイリスの奴もお前のこと考えてしたことなんだろ。俺が言えた義理じゃないが、オーブについた頃のお前は荒れてたしな。反対に考えてああでもなきゃ街に出ようなんて気分にもならなかっただろ」
「まあ、そうだけど……」
「わかった。とりあえず今回はあんたに免じて許してあげる」

 よし、うまくいったか。少なくとも、フレイは落ち着いた様子を見せていた。かと思うと突然、テーブルを強く叩いた。

「でも、今度嘘ついたら怒るからね、アイリス!」

 そうして、フレイは大股--ちょっと足に力を入れただけで体が浮き上がってしまうため、ここでは別に怒っている様子を必ずしも示していない--で食堂を後にした。
 テーブルの下から、穴蔵暮らしの小動物が捕食者がいなくなったことをうかがうように首を出すアイリス。ジャスミンは笑っていた。

「嘘ついてもすぐにばれるところ、変わってませんね、ディアッカさん」

 女と関わるとろくなことにならない気がするのは気のせいだろうか。




 グラナダは以前はもっと賑わった街だった。鉱物関連の企業が支社を置いて、地球に派遣される部隊がこの街を中継して各地に散っていったからだ。大地を持たないプラントにとって地平線というものへの憧れは強い。最も近い大地として月は観光地としても多くの観光客が集まっていた。
 それも少し昔の話。
 森林公園に面したオープン・カフェから見える街並みは寂しい。人通りが少なくて、見たとしても軍服姿の人しかいない。地球での劣勢が伝えられる度、企業は撤退して代わりに軍人が増えた。こんな最前線基地に来たがる観光客なんているはずもない。全体的に人が減って、軍人の姿ばかりが目に付くようになる。
 同じテーブルにつく3人の仲間たちも落ち着かない様子で周りのことを見ていた。
 リュウタ・シモンズの前で、いつも大袈裟な少年が両手を強く叩き合わせた。

「びしびしと伝わってくるな。戦場の空気って奴が」
「実戦まだだろ。それにひしひしと、だね」

 この中で実戦を経験したことのある人なんていない。この中だけじゃない。オープン・カフェで同じようにテーブルを囲む同じ中隊の仲間たちもそうだ。
 リュウタは新兵だった。軍学校を卒業したばかり。一般兵の緑の軍服を身につけ、回りの仲間も緑色の軍服を着ている。本国の1Gに慣れた体は月面の6分の1の重力に未だに違和感を覚えていた。そんな、初陣さえすませていない仲間たち。
 戦ったこともないのに、大袈裟な仲間はその態度を変えない。

「でもさ、ナチュラルは間違いなくグラナダを攻めてくるぜ」

 答えたのはリュウタではない。隣に座る少女の仲間だった。

「ボアズを直接攻めないで?」
「当然だろ。グラナダを落とせばプラントは完全に孤立する。ブルー・コスモスがコーディネーターの絶滅をもくろんでいる以上、見逃すはずなんてない! 俺たちは、戦わなくちゃならないんだ!」

 声が大きい。ほかの人の迷惑になっていないかとつい周囲を見た。その中で、テーブルを囲む最後の仲間が首を曲げたまま動かそうとしていないことに気づいた。この少年はさっきから話に参加しようともしていない。

「さっきから何見てる?」
「あの人たち、もしかして……」

 指さされた方向。人を指さしてはいけないと注意するよりも先にその先にいた人々の姿に意識を完全に奪われた。カフェの片隅のテーブル。そこに3人がついている。2人は赤服--これはすごいことだ--で、1人は緑。そして何より、赤い軍服を着た2人には見覚えがある気がする。
 銀髪を丁寧に切りそろえた赤服の軍人が、新聞を広げたままの緑の人--こちらは女性だ--に話しかけていた。

「カガリ・ユラ・アスハ。初対面の人間に言うべきことでもないが、お前は俺をなめているのか? どこに捕虜を勝手に出歩かせてモビル・スーツの操縦さえさせ、あまつさえガンダムを与える軍隊がある?」
「ディアッカがアーク・エンジェルを連れてきた理由を聞かせろと言われたから答えたまでだ。聞いたことを、ありのままにな。それと私をフルネームで呼ぶ必要はない。カガリで構わない。ただし、私もイザークと呼ばせてもらうがな。家出して最前線に行った御曹司の話は、とある筋じゃ有名な話だそうだな」
「別に俺が議員という訳じゃない」

 女性が新聞をめくる。そんな音さえ聞こえていた。リョウトたちのテーブルとは距離があるはずなのにはっきりと聞こえた。理由は簡単なことだった。リョウトたちだけじゃなかった。回りのテーブルでも声を潜めて、みんなで一斉に一つのテーブルに聞き耳を立てている状態だ。
 同じテーブルの中で唯一の少女は声を潜ませた。

「ねえ、イザークって……?」
「ああ、俺も同じこと考えてた……」

 同じ名前を聞いたことがある。地球でナチュラルを相手に激戦を繰り広げた若き英雄。その名前だ。その顔はこちらからでははっきり見えないにしても、テレビで見たのとよく似ている気がする。
 3人は異様な雰囲気になってしまったことを一切気にした様子はなかった。金髪の女性は新聞に視線を落としたまま話を続けている。

「地球でもザフトは完全に分断されてゲリラ活動が中心になっているようだ。ほぼ地球各国は主要な拠点を取り戻した形だが、これで戦争が終わるとは思えん。グラナダだけでは到底防ぎきれんように思えるが?」

 答えたのはもう1人の赤服の男性だった。何でもないような髪型なのに、どうしてだか精悍さだとか強さだとか、そんな雰囲気が伝わってくる人だ。

「上層部としては保険をかけておきたいんだろ。グラナダがあれば敵を挟み撃ちにすることもできるし、わざわざ敵に塩を贈る必要もないと考えているらしい」
「しかしグラナダが目標なら兵士に死ねと言っているようなものではないのか、アスラン?」

 女性が赤服の男性をアスランと呼んだ時、リョウトは、リョウトだけではないオープン・カフェでテーブルについていた仲間全員が一斉に立ち上がった。全員で30人を越える。中には月の重力を忘れて不必要に飛び上がって転んでしまった人もいるくらいだ。
 もう偶然だとか人違いなんかじゃない。そう、きっとみんな理解してる。
 さすがに男の人たちも周囲の変化には気づいたようだ。それでも特に大きな動きはない。すごく落ち着いていた、動じてなんかいない。
 この人たちに間違いない。リョウトは唾を飲み込んで、大きく跳ねる心臓を押さえつけるように強く最初の一歩を踏み出した。どんどん男の人たちのテーブルに近づいていく。あちらもリョウトには気づいたようだった。もう後には引けない。立ち尽くす仲間たちをかき分けるようにしてテーブルの前に立つ。
 最後にもう一度唾を飲み込む。

「あのう……、アスラン・ザラさんにイザーク・ジュールさんですか? ガンダムのパイロットの?」
「そうだが……、君は?」

 気持ちが大きく膨らんで、体は自然と敬礼の体勢をとった。こんなしかっかりした敬礼なんて卒業式の時だってしたことがなかった。仲間たちも同じだ。みんなで一斉に敬礼した。
 声は、のどがつぶれるくらい張り上げた。

「ジブラルタルの黄昏で挙げられた偉大な戦果、確かに聞き及んでおります! 第2師団第7中隊一同、かねてより尊敬の念を抱いておりました!」

 顔をしかめたのはイザークさんで、まだ名前も知らない女性は新聞の一面を2人の英雄たちの方に見せた。

「ジブラルタルの黄昏?」
「ジブラルタル基地から脱出する仲間を守るため最後まで戦った2人の若き英雄、アスラン・ザラ、イザーク・ジュール。すっかり有名人だな」

 新聞には一面に煙の上る空で戦うガンダムの姿がある。その脇には間違いなく2人の顔写真が飾られていた。

「はい! 僕たち憧れてました」
「歳はいくつだ?」
「14です」

 イザークさんの言葉に敬礼したままで答える。誰も敬礼を崩してなんかいない。

「志願年齢が引き下げられたのか?」
「いえ、軍学校のカリキュラムが短縮されました。残念ながら赤服はいただけませんでしたが、アスランさんたちがグラナダに来ると聞いて是非お会いしたいと考えてました。感激です!」

 みんなも同じだ。もう我慢なんてできなかったんだろう。リョウトを押しのけて男たちはアスランさんのところに、女性たちはイザークさんを取り囲んだ。

「是非、お話聞かせていただけませんか、アスランさん!?」
「それは構わないが、君たちが期待しているような話は語って上げられそうにない。多くの人に助けられて、多くの人の死を目の当たりにしてまで逃げ延びた男の話だ」
「聞かせてください、是非!」
「サイン、いただけませんか?」
「断る。俺は軍人だ。タレントや歌手じゃない」
「かっこいい~!」

 まだ2人とも15くらいのはずだ。自分んたちとはほとんど変わらないのにすごい戦果を上げている人たちに出会えたことで、リョウトたちは興奮していた。自分たちもこの人たちみたいになれたら、この人たちみたいになってみせる。
 みんな、考えてることは同じだ。




「ザラ議長、ジブラルタル撤退をどうお考えですか?」
「現在の戦況は決して芳しくないものと思われますが、戦争を続けるお考えでしょうか?」
「お話を聞かせてください」
「議長!」

 無言のまま歩き去っていくパトリック・ザラ議長に食いつくようについて行く記者たちの姿。モニターに映される映像はスタジオに戻されアナウンサーが失態続きの議長を糾弾している。
 そういえば、この局番は比較的穏健派よりだっただろうか。そんなことを考えながら、モニターの電源を落とした。途端に、不必要に広い部屋は静かになった。暗くなったモニターにはそんな部屋の様子と、簡単なシャツにホット・パンツ姿の女の姿が映る。
 女性、アイシャはモニターに映るだらしない姿にも構わずにあくびを一つついた。

「どうなるのかしらね、プラントは……」

 座っているのはフローリングの床。仮住まいを飾りたてる気にはなれなくて殺風景なものだ。リビングとキッチンが一続きの大きな部屋だが、おいてあるものと言えば床に置かれたモニターと小型冷蔵庫。後は、空き缶が山と放り込まれたゴミ箱くらいなものだ。
 元々は本国から出向していた会社員が家族と使用していた部屋は、1人で住むには広すぎた。隣近所も本国に帰ってしまい、真っ昼間だというのに生活の音は一切聞こえてこない。聞こえてくるものとすれば、警察のサイレン。なぜか今日はやかましくパトロール・カーが動いている。

「脱走兵でも出たの? まあ、無理もない話だけど」

 地べたに置かれた小さな冷蔵庫をあけると、残念ながら中は空だった。先程まで座っていた場所の周囲には空き缶がいくつも転がっている。これは買い出しに行くしかないようだ。
 めんどくさい。そんな思いに引きずられる足を引きずりながらリビングを抜ける。玄関のドアにかけられた上着を羽織ると、上着をとると開くように設定しておいたスライド式のドアが自動で開く。絶えず適温に調整されている外気は寒くも暑くもなく、アイシャは外に出た。この部屋の利点はドアのすぐ目の前に外階段があること。残念ながらエレベーターは遠いのだが、ここは月だ。重力は軽く、ここ--5階--から飛び降りても問題ない、のではないかといつも試してみようと考えていつまでも実行できないでいる。結局、螺旋状に折り曲がった階段を一歩一歩、律儀に歩いて降りていく。
 またパトカーの音が聞こえた。手すりから外を覗いてみると、パトカーの他にも公安の特殊車両がちらほら見える。追っている相手はよほどの大物で、おまけにこの近辺にいるらしい。何があったのか聞いてみようか、そう端末を取り出したまではよかったが、つい妙なものに気をとられた。
 たまたま覗いた路地の中、ちょっと面白いものを見つけた。
 口が楽しげにつり上がっていることがわかる。うきうきした気持ちで階段を駆け下りて、路地まではそんなに遠くない。道路を駆け足で横断しようとして車にクラクションを鳴らされた。ひかれてないから問題なし。
 アイシャが路地の中にまでたどり着くと、見つけたものはまだそこにいた。大型のゴミ箱に背中から寄りかかって肩で息をしている。波立つ髪は綺麗で、ゴミ箱に触れていることがもったいない。少女はその赤い瞳で、アイシャのことを見た。

「お嬢さん、警察が慌ただしいけど追われてるのはあなたかしら?」

 さて、この少女はなんと答えるだろう。

「はい……、そうだと、思います……」

 うん、予想外。アイシャは口元を押さえた。そうしないと緩む口元を見せてしまうことになってしまうから。しばらくして落ち着いて、今度はその手を口ではなく少女へと差し出した。

「私の家に来なさい」

 今度戸惑うのは少女の番。アイシャは構わず少女の小さな手をとると、そのまま我が家へと歩き始めた。もちろん、強引でも無理にはひかない。少女は困惑したまま、それでも足を交互に動かしてアイシャに連れられる。

「いいから、いいから。隠れる場所が欲しいんでしょ」

 今度はちゃんと信号で道路を渡る。マンションではエレベーターを使うことにした。鼻歌さえしているアイシャのことを、まだよく捉え切れていないのだろう。少女は時々アイシャの顔を見上げては、徐々に呼吸が整っているようにも見える。そして5階に到着。離れているとは言っても何kmも歩かされるわけではない。無事部屋の前に着くなり、扉が開く。

「さ、入って、入って。何もないところだけど」

 正真正銘何もない。短い廊下を抜けたリビングは冷蔵庫とモニターだけ。少女は大きな瞳を丸くした。
 クッションは確かクローゼットに押し込んだままだっただろうか。クローゼットを開けた途端、崩れそうになる洋服の山を片手で押さえてクッションを取り出す。我ながらなかなかうまく取り出せたものだ。クローゼットを閉めて無事クッションを奪還する。
 クッションを少女の前に置いて、アイシャは次とキッチンへと移動する。てきぱきてきぱき。ポットに水を入れてお湯を沸かす。

「何か飲む? コーヒーくらいしかないけど、パックの」

 自分では飲むこともないから、未だ新品のパックが戸棚にあったはずだ。戸棚を開けるととてもわかりやすい。料理なんてしないから食器なんて一つもなくて、無造作に置かれたコーヒーのパックだけが目に付いた。
 少女の声が聞こえた。

「どうして、ですか……?」
「どうして匿ってるのかって?」

 パックを手にして、まだお湯はわかない。とりあえず包装を外してティー・パックを取り出しておく。カップは、食器乾燥機の中に放置していたものを使うことにしよう。
 少女は用意されたクッションに座ってくれていた。どのような座り方をしているのか、床に広がったスカートに足は隠されて見えない。その姿は本当にお人形のよう。彼女にこのドレスを設えた人は、とてもいい趣味をしている。

「あなたみたいにかわいい子に悪い人なんていないわ。自分が追われてるなんて話したら通報されるに決まってるでしょ。それなのにあなたは聞かれたことをつい正直に話した。そんなかわいい子が悪い子であるはずなんてないじゃない」

 とても正直で、きっといいところのお嬢様なのだろう。周囲の悪意から守られ、大切に育てられてきたことがよくわかる。人を疑ったり、保身を優先しなければ生きていけないような生き方をしてこなかったのだろう。
 カップは、少し拭いた方がいいだろうか。ナプキンで拭くことにする。

「ああ、もちろん、ドレスもよく似合ってるわ。私はアイシャ。あなたは?」
「ゼフィランサスです……」
「そう、ゼフィランサス。ところで、どうして追われてるのか興味あるんだけど、話してくれる気はある?」
「私が……、プラントを裏切ったから……。……アイシャさん、私は技術者です。でも、そのデータを地球に流しました……」
「よほどのデータなんでしょうね、この様子だと」

 外ではまだサイレンが響いている。

「ニュートロン・ジャマーを無効化できる装置です……」

 危うく拭いているカップを握り潰してしまうところだった。幸い、割れてはいない。一瞬呼吸もとまっていただろうか。

「とんでもないもの逃がしたものね。何か弱みでも握られたの?」

 ちょうどお湯が沸いた。この頃のコンロは優秀だ。お湯もすぐに沸かしてくれる。コーヒーを2人分入れている間にも、ゼフィランサスは小さな声で話をしていた。

「大切な人たちに頼まれました……。それに、あの人たちがしようとしていることは……、間違ったことです……。でも、おかしなことにも思えません……。アイシャさんは、プラントやコーディネーターをどう思いますか……?」
「正直わからないわ。うちの場合、おじいさん、これはナチュラルなんだけど、この人が熱心なコーディネーター推進者でね。父さんは当然コーディネーターだったし、相手もコーディネーターじゃなきゃ認めないってナチュラルの恋人と別れさせられたこともあったそうよ」

 別に高級レストランのコーヒーを注いでいる訳ではない。インスタントのコーヒーはあっさりとできあがった。コーヒーは2人分。アイシャはブラックのつもりだが、若い子には苦いかもしれない。あまりコーヒーに使うものではないかもしれないが、ガムシロップとミルクのケースを入れた瓶を一緒に持って行くことにした。

「反感があったんでしょうね。父さんは建国間もないプラントに単身渡ったそうよ。おじいさんは喜んで送り出したそうだけど、父さんはおじいさんから離れられれば十分だったみたい。それで結婚相手はコーディネーターで娘をコーディネーターにして、実の父に対してはコーディネーターを崇拝してますって風を装って、心中ではどうでもよかったみたいね。なんちゃってコーディネーターの家系なのよね」

 コーヒーのカップを熱いから気をつけてと言い加えて手渡した。ガムシロップの瓶は側に置いておく。アイシャの方はキッチンに起きっぱなしであったコーヒーを、自分は地べたに座った飲むことにした。

「だからコーディネーターの理念なんてわからないし、ブルー・コスモスのしたいこともわからない」
「コーディネーターだとか……、プラントを守るためではなくて、ですか……?」

 ちょっとコーヒーを口に含んだゼフィランサスは、如何にも苦そうな顔をした。ガムシロップを入れ始めた。

「友達の中には人類の未来を守るんだって人もいるけど、まさか全員が全員そんなこと言ってるような国じゃないわ。コーディネーターだってみんながみんな優れてる訳じゃないし、みんながみんな付き合いがいい訳でもないのよ」
「それなら、どうして戦争を……?」
「生活の基盤を壊されたくもないし、同じ国の人が殺されていい気もしないでしょ。私にとってこの戦争もその他の戦争も何も変わりないのよ。ザラ議長が言ってるみたいに、コーディネーター万歳なんて言うつもりもないしね」

 ゼフィランサスの瞳は赤い。赤い瞳は、こんなことを思わせた。上質なルビーを示す言葉でPigeon Blood、鳩の血と表現するそうだ。他にも、今のゼフィランサスには鳩を思わせる要素があった。

「どうしたの? そんな鳩が豆鉄砲喰ったみたいな顔して?」

 瞳を大きくして、何か特別なものでも見ているような顔をしているのだ。感情に乏しいように見えても、意外と表情豊かなようだ。

「お兄様たちは……、とても立派な人だと思います。理想に燃えていて……、そのためにはどんな犠牲も惜しまないような……。そんなお兄様たちは利益でも、権益のためでもなくてプラントを破壊しようとしていて……」
「ちょっと庶民的すぎたかしら?」

 要するに、戦争に臨む姿勢があまりに違って戸惑っているのだろう。やはりどこかいいところのお嬢様というのは間違っていないかもしれない。人というものの捉え方、少なくともその平均が極めて高いように思えた。

「いえ、そんな……」
「プラントを滅ぼしたいは結構だけど、コーディネーターの理想にもナチュラルの現実にも付き合いきれない人はたくさんいるのよ。それなのに一緒くたに攻撃されちゃたまらないでしょ」

 そんなことよりも、この子はどれほどコーヒーにガムシロップをつぎ込むのだろう。すでに小さなケースとはいえ、5つが開けられている。さらにミルクまで投入され始めた。これも2個、3個と数を増やしていく。結局合計で10個ほど注ぎ終えたところで、ようやくゼフィランサスは口を付けた。
 正直、これはすでにコーヒーの飲み方ではないと思うのだが、余計な指摘だろう。加えて、ゼフィランサスの眼差しはどこか真剣な色を帯び始めていた。まっすぐにアイシャのことを見つめ、目があっても動じることはない。

「アイシャさん……。お兄様の……、地球軍の目標はグラナダです……。まもなく攻撃が開始されます……。グラナダは、陥落させられます……」
「あなたは大丈夫なの?」
「お兄様が迎えに来てくれます……」
「なら安心ね」

 こんな小娘の言っていることもすんなりと信じられる。この子は素直な子だから。それに、地球軍がグラナダを目標に設定していることは、グラナダの基地上層部ではすでに確定的でないとしても掴んでいる。何ら矛盾はない。

「アイシャさんも一緒に行きませんか……? お兄様は強い人です。津波のような人たちです……。来るとわかっていても、防ぐことも……、止めることもできなくて、ただ通り過ぎた場所すべてを押し流します……。お兄様は決して攻撃の手を緩めません……。でも、非情な人でも、残酷なことを好む人でもないから……」

 津波。見たことはないが、地球には海というものがあって、時々その水が陸地に押し寄せてくることがあるのだそうだ。その勢いはすさまじく、建物を破壊し、すべて海に引き込んでしまうと聞いている。見た事なんてないが。
 そんな者に例えられる人たち。そんな人がプラントを攻めてくるのだとすれば、アイシャの心は決まっている。

「国も仲間も家族も捨てて?」
「……ごめんなさい」
「あなたが悪いんじゃないでしょ。それに、地球には行ったことがないから、海は見たこともないのよ」

 津波の怖さなんてわからない。そして、ゼフィランサスにも攻撃を止めることはできないのだろう。押し寄せてくることは、すでに確定している。ただ、押し流すのはグラナダであって、助けられる人は助けたい。そんな少女の優しさを責める気にはなれない。
 口に含んだコーヒーはずいぶんと苦く感じた。ゼフィランサスの甘く、薄められたコーヒーはどうだろう。少なくとも、ゼフィランサスは甘いものを飲んでいるような顔はしていない。

「強がりだっていうのはわかってるつもり。国のお偉いさんが勝手に始めた戦争だけど、ここが私の国で、ここに暮らしてる家族や仲間がいる。人が戦う理由なんて、そんなものでも十分じゃないかしら?」

 断続的に聞こえていたサイレンを吹き飛ばして大きな音が聞こえた。爆発音。その中に混じるモビル・スーツの駆動音とも言える風切り音を、アイシャは聞き逃さなかった。
 窓の外。グラナダの空とも言うべき天井に穴が開き、貯水槽の水が降り注いでいた。そして、白銀に輝くモビル・スーツの姿。ずいぶんと大仰なバック・パックを背負い、その顔は今話題のガンダムのものだ。

「あれがあなたのお兄さん?」
「はい……」

 ガンダムは全身を輝かせながら街に降りると、それだけで周囲のガラスが砕けた。輝く装甲そのものが推進力を持つ。ミノフスキー・クラフト。聞いてはいたが目にしたのは初めてのことだ。
 どうやらゼフィランサスの場所はわかっているらしい。白銀のガンダムは正確にアイシャのマンションを目指している。街中を歩いているモビル・スーツの姿を見ると、モビル・スーツも案外と小さく見える。せいぜい18m。周囲のビルよりも背が低く、道路の道幅でも十分に歩くことができるのだから。そしてアイシャのいる5階はちょうど、ガンダムの顔がよく見える高さだった。フェイズシフト・アーマーの輝きを消して、ガンダムはマンションの前に立った。
 ゼフィランサスを連れてベランダに出る。するとガンダムが手を差し出していた。1m四方程度の手のひらの上に乗ることは度胸が必要に思える。ゼフィランサスはそれでも構わずベランダの手すりを乗り越えモビル・スーツの手のひらの上に飛び乗った。

「アイシャさん……、ありがとうございました」
「大したことじゃないでしょ。あなたのお兄様によろしくね」

 ガンダムの手が離れ、振り向いて歩き出そうとしている。その間、ゼフィランサスはアイシャのことを見続けてくれていた。手を振って、別れの挨拶に代えておく。
 遠ざかっていくガンダムの背。足音が徐々に遠くなる。
 代わりにアイシャの背中側からは別の音が聞こえていた。扉を無理矢理こじ開ける音だ。ひときわ甲高い音が聞こえて扉が破壊される。なだれ込んできたのは黒いスーツを着た男たち。手には拳銃を握り、アイシャの顔を見るなり驚いたように銃を下に向けた。

「騒がしいのね」

 男たちは敬礼する。

「いいわ、そんなことしてくれなくても。それより、用件は何?」

 男たちの中、ただでさえ仏頂面の男たちにあってさらに口元を堅く結んだが歩み出るなり身分証を見せた。名前はレイ・ユウキ。

「ホワイト・ファングのアイシャ。お会いできて光栄です。この人物をご存知ありませんか?」

 見せられたのはゼフィランサスの写真。

「かわいい子ね。うちについさっきまでいたわ。あの白いモビル・スーツに連れ去られてしまったけど。どこかのご令嬢だったのかしら? 疲れてる様子だったから休んでもらっていたのだけど、さすがの私も生身でモビル・スーツにはかなわないわ」

 驚いた様子を見せた男たちは、一体何に驚いたのだろう。レイでさえ戸惑った様子ながら、切り替えは早い。

「ご協力に感謝します」

 そう言うなり、公安職員の面々は足早に引き返す。壊されたままのドアをそのままに、後で請求書でも送ることにしよう。ただそれも、ホワイト・ファング、そんなご大層な名前をいただいたパイロットとしての職務を果たしてからでいいだろう。
 取り出した端末には、スクランブル命令が表示されている。
 遠く。ガンダムは飛び上がり、自ら開いた穴からグラナダの空へと消えた。
 グラナダの空は幾重にも重ねられた層で構成されている。破られてもすぐに大気が流出することもなければ、貯水槽の水が一斉に降り注ぐこともない。水は、滴となって降り注いでいた。
 どこかで見たことのある光景だ。確か、地球の環境を紹介したデモ・テープだっただろうか。

「空から水が降ってくる。ああ、地球ではこれを雨と呼ぶのよね」




 突然の奇襲に、グラナダ全域に警報が鳴り響く。スクランブル要請に、あわただしく走り回る軍服姿の人々の姿があった。
 それは戦艦内部でも変わりない。
 グラナダは中央に島を置き、その周囲に停泊場を兼ねた運河が取り囲むように流されている。水に浮かべることで特殊な形状をした宇宙戦艦を均一に支え、月面の重力の影響を緩和しているのである。ここから、1隻のローラシア級が出航しようとしていた。
 全体を緑に染め、艦の主要ブロックとその左右に腕のように延びた1対の構造。水面下に格納庫、及びハッチが沈められている。全体として3つの胴を持つ船のように、水に浮かんで見えていた。
 ローラシア級が動く。水面を移動するその姿はまさに普通の船を思わせる。それはやがて壁にあけられた穴へと入り込み、そして密閉された部屋に通された。左右の壁から勢いよく水が放出され、部屋の水かさが増していく。水かさが増すにつれ船体は徐々に持ち上げられ、地表の滑走路へと運ばれていく。
 ブリッジではクルーの声が響いていた。

「警備は何をしていた!?」
「ピザでも食っていたんだろう」
「無駄口はよせ。今は奇襲部隊の殲滅に専念しろ」

 クルーをたしなめた艦長は同時に状況の把握に務めていた。完全な奇襲である。グラナダの警備網が機能しなかったということはすなわち、敵の規模がそれだけ小規模であることを示していた。いくらミノフスキー粒子の影響下にあるとは言え、大規模艦隊の接近に気づけぬはずがないのだ。
 そして、仮に少数部隊ならば奇襲には成功できたとしてもその優位性はたやすく瓦解する。

「ナチュラルというのは目先のことばかりに囚われて合理的な判断がでんらしい」

 奇襲部隊は全滅する他ないことだろう。そしてさらなる警戒を敷かれることになる。
 ローラシア級はまもなく十分な水位を得て滑走路へと到着した。それは長大な水路である。車輪のような不必要な構造を持たないローラシア級はこの水路で加速し、速度を得るとともに月面を離れることになる。まだ先へと伸びていく水路は、ハッチが開かれ月に届いていた陽光が水路をきらびやかに輝かせた。
 その中に、艦長は異質な輝きを目にした。黄金の色をした、ガンダムの姿である。

「なっ! 待ち伏……!」




 グラナダのクレーターから伸びる幾本もの滑走路。水路として伸びるその一つが突如巨大な爆発を起こす。その爆発の中から黄金の輝きが飛び上がる。それは槍の穂先のように鋭く、しかし芸術品のように黄金に輝いている。戦闘機の姿を持ち、次の滑走路へと飛翔する。すると、それは機首を4つに展開し、それぞれ四肢に、黄金のガンダムが姿を現した。その背にはアームで連結された4機のユニット。ユニットから一斉に放たれたビームが滑走路を包む分厚い構造に突き刺さり、さらなる爆発を引き起こす。
 ZZ-X300AAフォイエリヒガンダム。エインセル・ハンター。

「グラナダを落とし、ボアズを落とし、そしてプラントを攻め滅ぼす」




 グラナダ上空に常時待機中であった船団は、その足並みを完全に乱していた。光の矢がローラシア級に迫る。矢は装甲を貫通し、ブリッジを正確に内部から吹き飛ばす。頭を失ったローラシア級は月の重力に引かれゆっくりと降下を開始し、徐々に加速しながら月面に巨大な火柱を打ち立てた。
 そして、光の矢が次の標的へと突き刺さる。
 戦艦による攻撃ではない。威力こそ同列。しかしそれはモビル・スーツほどの機動力をもって発射地点を変えていた。
 赤銅のガンダムが、そのバック・パックのリボルバーとケーブルで繋がれた大型ライフルを両手で抱えていた。このライフルこそが光の矢の弓であり、光はビームである。
 ライフルを抱えているにも関わらずガンダムは軽々と動き回り、ローラシア級に先回りしてはブリッジへと正確に高火力のビームを撃ち込む。ザフトの艦隊は、ただ1機のガンダムによって翻弄されていた。
 ZZ-X100GAガンダムシュテュルメント。ムウ・ラ・フラガ。

「よし、ゼフィランサスは無事か。なら、少し派手にしても問題ないな」




 クレーターを塞ぐ蓋。その一角に風穴を開け、吹き出す大気とともに白銀のガンダムが月面へとその姿を現す。
 そのコクピットでは、誰もノーマル・スーツなど身につけてはいない。ラウ・ル・クルーゼはいつも通りのサングラスを身につけた姿であり、ゼフィランサス・ズールはドレスを着ている。そして、普段と変わらず、表情に乏しい顔をしてる。
 しかしそんな中にも、普段とは異なる表情があることを、ラウは見逃さなかった。普段に比べてラウから目をそらしがちなのだ。

「ゼフィランサス、グラナダで何があった?」
「少しだけ、お兄様のしていることがおかしいって思えるようになりました……」
「君は素直すぎる。世界のどこでも聞いてみたまえ。我々のしていることなど、10人が10人間違っていると答えるだろう。10年前のあの日、我々は誰もが望まぬ戦争を始めたのだからな」

 グラナダを離れ飛行するガンダム。
 ZZ-X200DAガンダムトロイメント。ラウ・ル・クルーゼ。
 男は突如反応を見せた。操縦桿を握る腕が動き、機体全体が振り向くように上を向く。ライフルを持たぬ左腕にはいつの間にやらビーム・サーベルが握られ、トロイメントへと叩きつけられたビーム・サーベルを受け止める。

「ムルタ・アズラエル!」
「キラ・ヤマトか!」

 純白の装甲。額に一角を生やしたモビル・スーツがトロイメントへとビーム・サーベルを叩きつけていた。触れ合うサーベルがビームを放出し、あたりに火花を散らす。


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