「ZGMF-X10Aフリーダムガンダム……?」
アスラン・ザラが何気なく読み上げたのは、ザフト製のガンダムの名前であった。
今、アスランはジブラルタル基地の一室、応接間の一つを借りていた。ソファーに腰掛けて、ヴァーリの1人--それともドミナントの1人と言うべきだろうか--であるサイサリス・パパの話しを聞きながら情報の書き込まれたボードに目を落としていた。サイサリス、青い髪のモビル・スーツ開発者は立ったまま、その顔はいつも以上に嬉々として見えている。アスランの他、もう1人イザーク・ジュールに向けて話している。
「そう、ザフトのガンダムですよ、アスラン」
イザークはアスランの向かい側のソファーに腰掛けたまま、どこか渋い顔をしている。普段の彼と同じだと言えばそれまでもかしれないが。
「こちらはジャスティスか……。お前の前で何だが、パトリック・ザラ議長らしいネーミングだな」
「フラグ・シップ機が欲しかったんだろ。あの人はこの戦いをジハードと位置づけたいらしい」
「そんな機体をどうして一兵卒にすぎない俺に回す?」
ようはこれか。イザークはサイサリスの方を睨みつけた。猜疑というよりもすでに確信じみているのだろう。イザークには心当たりがあることを、アスランは知っている。
「エザリア・ジュール議員の推薦ですよ」
この言葉を聞くなりイザークは席を立ち歩き出す。部屋を出ていこうとしている。
「俺はこんなことが嫌で家を出たんだ!」
「イザーク。ここは意地を張っている場合じゃないだろ。それに、君のモビル・スーツの腕前は俺が保証する。それでだめなら、ジブラルタル基地防衛には少しでも多くの戦力が欲しい。これなら納得できないか?」
ちょうどドアに手をかけたところで、イザークは立ち止まった。少しは説得がきいてくれたのだろう。不機嫌な表情こそ変わることがなかったが、イザークは渋々ながら元の席へと戻った。エザリア・ジュール議員はイザークの母親である。何かと過保護な母親で、イザークはよく反発していた。軍学校卒業後、内地勤務につかせるつもりだった母の意向を振り切って最前線に降りたとは聞いていた。家庭内の不和はいまだ解消されてはいないらしい。しかしそのことを割り切ってくれるあたり、イザークは軍人として優れていると言えた。
「サイサリス、この機体なんだが、ゼフィランサスは関わっているのか?」
「いいえ。私が作りました。GATシリーズのデータもありましたから大丈夫。フリーダムはGAT-X103バスターガンダムのデータを、ジャスティスはGAT-X105ストライクガンダムのデータを使ってます。換装機構は間に合いませんでしたけど」
それにしたところで開発が早すぎる。武装こそサイサリスがかねてから開発していたものなのだろうが、素体はYMF-X000Aドレッドノートガンダムのものを使っているのだろう。そういう意味においては性能は保障される。だが、サイサリスはどちらかと言えば低コスト化、性能の安定化を得意とする。ガンダムのような高級機はゼフィランサス・ズールの得意分野であり、サイサリスの機体にしては違和感を覚える。
(いくらザラ議長の頼みとは言え、らしくないな……)
アスランが手元のボードを見ている間に、イザークが声を上げた。
「カタログ・スペックとは言え4000kwの出力は下駄をはかせすぎではないのか?」
「核動力搭載機ですからそれくらい当然です」
「噂には聞いていたが……。自爆装置は完備されてるんだろうな?」
サイサリスは頷く。普段プラントから離れたがらないサイサリスが地球に来てまでプレゼンするところを見るならよほどの自信作なのだろう。何を聞かれてもいいと言うほど、サイサリスは楽しげだ。
イザークの方が根負けしたようにため息をついた。
「機体はいつ届く?」
「だいたい5日くらい」
「微妙なところだな」
「ああ。とりあえずディンに乗ることを前提に準備しておいた方がいいな、イザーク」
この5日後、アスランとイザークは大西洋連邦軍の猛攻にさらされていた。
真上に上った太陽が眩しい。降り注ぐ陽光を遮って立ち上る黒煙。そして、パラシュートで吊られて落ちてくる2機のコンテナ。丸みを帯びた円錐状のコンテナがジブラルタル基地上空へと出現した。
傷だらけのAMF-101ディンの中で、アスランは疲れ切った眼差しで空を見上げていた。
「まさか今になって届くとはな……」
それほど大西洋連邦の進撃は素早かった。本来の見込みではジブラルタル基地で受領してから防衛戦に臨む手はずであったのだから。
もしも一つだけ願いが叶うなら、アスランはこう願うだろう。後少し、仲間たちが故郷へと帰ることができるだけの時間を与えて欲しい、そのための力が欲しいと。そう、ガンダムに対して。
「敵に機体を渡すことはできない。乗り込んで、動かせないようなら自爆装置を起動させる。いけるか、イザーク?」
「当然だ!」
2機のディンは、傷だらけの翼を広げて飛び上がる。アスラン機はそのまま上空へ。コンテナに気づいた敵の戦闘機が急速に接近していた。イザーク機は海面に水平に飛び出した。コンテナの内一つはすでに海へと落ちる軌道に入っていた。すでに敵機が動き出す気配を見せている。
2機のガンダム。たった2機の機体を巡って、両軍が動き出す。
アスラン機は上空を目指して飛び上がる。
戦闘機の群がコンテナを目指していた。地上から光線が立ち上り、戦闘機の翼を切断する。味方からの援護で、しかしビームではない。フォノン・メーザー。水中でも減衰しにくいメーザー砲、そして視認できない軌跡を見せるためのガイド・ビーコンの輝きである。グーンからの支援攻撃だ。
地上からの攻撃されたことで戦闘機が旋回する。このタイム・ロスの分だけ、アスランの方が先にコンテナへと到達することになる。
攻撃は味方からばかりではない。今度こそビームの輝きが地上から伸びた。ディンの翼をかすめ、しかし直撃でなければ問題ない。ディンは飛び続けコンテナを目指す。
海面では白波が絶え間なく立ち続けていた。戦艦が縦横無尽に動き周り、爆発、炎上、海を揺らす出来事に事欠かない。すでに着水していたコンテナは半分以上が水没し、そばに着弾したビームが水柱を立てる。水柱は徐々にコンテナへと接近している。そして、列となって迫っていた。
海に体を写すほどの低空飛行でイザーク機がコンテナを目指す。外れたビームが水柱を立て、それがいくつもディンを追いかけるように列をなす。水柱の立ち上がる衝撃。それさえ損傷したディンをさらに痛めつけるには十分な力を有していた。傷だらけのディンは、しかし一切の迷いも恐れもなくコンテナを目指す。
2機のディンは、2人のパイロットはほぼ同時にコンテナへとたどり着く。まだパラシュートに引かれたままのコンテナは空にある。アスラン機は両手のライフルを投げ捨て、抱きつくような勢いと姿勢でコンテナへと張り付いた。水没を始めたコンテナにはイザーク機が、墜落と変わらぬ様子で飛びつく。激突と変わらぬ激しい音。
そして、2機のディンは破壊された。
戦闘機の放ったミサイルが群となってアスラン機とコンテナへと殺到する。度重なる爆発の連鎖が続く。破片が飛び散り、煙があたりを覆い、ディンが破壊されたことだけは確かに見えていた。
たった一発のビーム。それがイザーク機を捉えた。ビームの破壊力はディンの瞬く間に吹き飛ばし、コンテナさえ破損させる。一気に水が入ったのだろう。コンテナは急速に沈降速度を増し、やがて見えなく沈んだ。
空にはいまだに煙が立ちこめる。
海はもはや今まで通り、戦いの波が揺らしていた。
ザフトが戦いをやめていた。連邦軍が攻撃の手を緩めていた。状況の確認がまずなされなければならない。何が起きている。結果や如何。ただ煙が視界を遮り、海は波立つ。わずかな変化が、しかし訪れていた。煙が蠢く。それは恣意的な作為でして、煙を明らかにかきまわしていた。波が立つ。それは洋上に浮かんでいた連邦軍空母を明らかに自然のものとは異なる動きで揺らしていた。
それは剣の翼である。
それは鮮烈な光である。
煙を吹き飛ばし、膨大な光の粒子があたりへと放たれた。粒子そのものが力を持つように煙をは晴らし、それは10の翼を広げた。
鮮烈な輝きが波を分け海を割る。放たれる光そのものが圧力を持ち、海面が歪む。それは赤い輝きを身に纏う。
そして、それらはガンダムであった。
ZGMF-X10Aフリーダムガンダム。
背負う5対10枚の翼は青く、剣ほどの鋭さを持ちながらそのガンダムの背にあった。この剣で切り裂かれたのだろう。煙は完全に晴れ渡り、その白い手足、何より青く輝く翼を完全に見せつけていた。
フリーダムガンダムは空にあった。
ZGMF-X09Aジャスティスガンダム。
全身を朱に染めたその機体は、戦闘機そのものを背負っているかのように大きく巨大なウイングを備えるバック・パックを背負い、全身を輝かせている。海中からあがったばかりであるにも関わらずその身は濡れてなどいない。
ジャスティスガンダムは空母を見下ろす高さにある。
攻撃が再開される。その有様は、どこか常軌を逸したものであったのかもしれない。わずか2機。このたった2機のガンダムを撃墜するために大西洋連邦軍はその勢力を結集しているかのようであった。
フリーダムガンダムへと巡洋艦、駆逐艦、戦闘機のミサイルが一斉に発射される。どこの要塞へ一斉攻撃を仕掛けているのか。それほどのミサイルが我先にとフリーダムを目指す。
2隻の空母。10機を越えるモビル・スーツ。これがジャスティスガンダムへとし向けられた戦力の総数である。小規模の要塞ならば余裕をもって制圧できるほどの戦力は、対モビル・スーツにしては過剰すぎる。
ガンダムという存在が、戦場の意識を支配していた。
フリーダムはまさに飛ぶ。推進力など持ち得ないはずの10枚の翼。それはミノフスキー・クラフトの輝きに包まれ淡い光を放っていた。この光の生み出す推進力がフリーダムガンダムに自在の飛行を許し、ミサイルの網をかいくぐってすすむ。降り注ぐミサイルの中を縦に横に。スラスターの位置からではあり得ない機動で突き進む。
やがてフリーダムはミサイル群を抜け、迫る戦闘機の眼前へと躍り出た。
右腕にはビーム・ライフル。左手にはシールド。武装は至ってこれだけである。少なくとも見えている範囲では。
フリーダムはライフルを構えた。迫る戦闘機の数にはしては物足りない武装。しかし、サイド・スカートが左右同時に展開する。それは折り畳まれた銃身であり、引き延ばされ構造が一直線に並ぶとそれは長大なレールガンの姿を現す。翼に沿う形で隠されていた起き上がり、回転し、肩に担がれる形で固定される。2丁のビーム砲、2丁のレールガン、そしてビーム・ライフル。合計5門もの圧倒的な火力を誇る火器が一斉に放たれた。
光が瞬くほどの一瞬の光景。ビームはかすめる程度の距離でさえ戦闘機を破壊し、レールガンの弾速は敵を逃さない。10機を越える戦闘機が一斉に撃墜され爆発し、火の花は一面の爆発の壁を作り出す。
ジャスティスは猛る。全身を包むミノフスキー・クラフト、バック・パックの戦闘機並の大型スラスターが生み出す推進力は爆発的な加速を生みだし、その姿は敵の目から消えるほどである。想定外の機動力に、モビル・スーツの機動力はせいぜいこの程度と限界を設定していたデュエルダガーのパイロットたちはたやすくジャスティスの姿を見失う。
空母の甲板、複数のデュエルダガーが立つこの場所に、ジャスティスもまた立っていた。着地の衝撃で歪んだ甲板をさらに踏みつけ跳び上がる。跳んだ勢いでそばのデュエルダガーの顔面を膝で打ち付け、足を延ばす勢いで蹴り飛ばす。デュエルダガーは体勢を崩し、仲間たちの方へ背中から倒れ込む。
ジャスティスのビーム・ライフルから放たれたビームは、デュエルダガーをまとめて貫通し、ブリッジのある構造に風穴さえ開けた。生じる数機分の爆発。しかしその爆発から、すでにジャスティスは逃れていた。
空を飛び回り、次の空母を目指している。対空砲火など意味をなさない。複雑な機動を繰り返し、ビーム・ライフルを構えるジャスティス。そのバック・パックから肩越しに延びる2門のビーム砲、その銃口が空母へと向けられていた。ビーム・ライフルとあわせて放たれた三条のビームは、空母の船側へと吸い込まれ貫通。膨れ上がった炎が甲板を砕いて吹き出した。
わずか2機。このガンダムたちの挙げた戦果は敵を押し返すには不十分であったとしても、ザフトの兵に今一度誓いを思い起こさせるには十分なものであった。
仲間たちを故郷の空へ帰す。そのため、死さえ恐れず殿を進んで願ったのだと。
「全軍、ガンダムに続け!」
紅海の鯱、マルコ・モラシムの野太い怒号が戦場に木霊する。声ならぬ声が響きわたる。誰も耳にしていない。しかし誰もが理解している。戦士たちの雄叫びが心の中に響いてるのだと。
隻腕となったグーンの放った魚雷の爆発は巡洋艦を傾かせる。未だ空を飛び続けるディンは、何故飛行ができるのかわからぬほど傷だらけの翼を必死に羽ばたかせていた。
ゾノの爪がデュエルダガーの胴を鷲掴みにする。左爪は腰を押さえ、右爪はデュエルダガーの頭部を覆うようにその爪を深々と食い込ませる。そのまま腰部、腰関節をねじ切り胴を裂く。
誰もが理解していた。もしも連邦軍を押し返すチャンスがあるとすれば今しかないのだと。
「イザーク! 時間がない。ここで旗艦を落とす」
「斬り込み役は任せてもらおうか!」
上空を飛び回るフリーダムから放たれるビームは的確に大型空母上のデュエルダガーを撃ち抜いていく。シールドでは防ぐことができず、飛行能力を持たないデュエルダガーは狭い甲板から降りることができない。連邦軍は満足な連携をとることもできずにフリーダムの猛威にさらされていた。
その隙を、ジャスティスは強引にかすめ取る。全身を赤く輝かせ、その加速たるや戦闘機顔負けの速度と勢いを持つ。シールドを前腕に固定し、ライフルを腰にマウントする。自由になった両腕はそれぞれサイド・スカート上部に設置されたビーム・サーベルを抜刀する。
空母甲板上へと現れたジャスティスはその勢いのままデュエルダガーの上体に蹴りを見舞った。靴底で踏みつけるように足を置き、仰向けに押し倒す。デュエルダガーは背中から甲板へと強打。ジャスティスは文字通りの踏み台として走り出す。
咄嗟のことだ。デュエルダガーたち--換装機構を持つ新型も混ざっている--はいまだにライフルを握っていた。中にはジャスティスの強襲に気づかぬ者までいる。
走っているようで、しかしそれは優雅でもなければ華麗ではない。甲板を軋ませるほどの力強い踏み込みに、振り抜かれるサーベル。デュエルダガーの胴を裂き、体を左右に揺らしながら踏み込み続ける、斬り続ける。敵のひしめく甲板の上を、ジャスティスは死と破壊とを突き抜けながら突き出た構造のブリッジを目指して走り続ける。
破壊された敵機が爆発となってジャスティスの後を追う。怯えたデュエルダガーには逃げ出す間さえ与えず走り抜け、ジャスティスは力強く掲げた二振りのビーム・サーベルをブリッジへと叩きつけた。
モビル・スーツが保有する最強の攻撃力を誇るビームの一撃はたやすくブリッジを引き裂き、ジャスティスは次の瞬間には高く飛び上がっていた。ミノフスキー・クラフトの輝きを放ちながら。
「アスラン!」
空母上空。ビーム砲、レールガン、ビーム・ライフル。そのすべての火力を解放したフリーダムガンダムがジャスティスの離脱を見届けた。光の柱が甲板へと突き刺さる。それは分厚い装甲さえ通り抜け、船底を貫通したビームは海を湯立たせる。膨大な数の気泡が船を下から爆発的にあふれ出し、やがて空母そのものが内側から膨れ上がった爆発によって粉々に千切れ飛ぶ。
敵旗艦の爆沈。このことは目に見えて敵部隊の勢いを殺した。
「敵旗艦沈黙! 今ならいけます」
「よし。シャトルに出航を急がせろ。我々はこのまま戦線を維持しつつ後退する」
マルコ・モラシム指令の撤退の判断。
ザフト軍の撤退が開始される。傷だらけのグーンを、こちらもやはり満身創痍のグーンが手を引き海面を泳いでいた。飛行機構が阻害され、満足に飛行できないディンは、しかし心なしか満足気にも見える。
2機のガンダムは仲間たちの様子を見下ろして空にいる。
「どうだ、イザーク? これがガンダムだ」
「すごいものだな。これではジンには乗れない体になってしまいそうだ」
イザークにしては珍しい軽口に、コクピットの中でアスランは笑みをこぼした。
遠く海を越えた先には複数のシャトルがマスドライバーに乗せられている。防衛線に参加したすべてのモビル・スーツを乗せることは不可能ではあっても、モビル・スーツならば置き去りにしてしまってよい。人間の身勝手な見方であるのかもしれないが、役割をまっとうしたこの旧式の新型機たちは満足してれくることだろうから。
アスランはふと胸元に目をやった。そこには赤い薔薇が飾られている。もっとしっかりとつけられていた気がしたが、止め方が甘くなっている。外れかかって揺れていた。ディンでは動き回り、フリーダムに乗り込む際にはコクピットからコンテナに飛び乗るなど曲芸紛いのこともした。それでも、赤い薔薇はアスランの戦いを見届けようとしてくれていた。
紅海の鯱、マルコ・モラシムは最後までこの戦場に残ろうとしていた。ジブラルタル基地から最も遠い海洋に、ゾノの丸い緑の体が浮かぶ。ジブラルタルを守った虎、狼、そして鯱。最後の守り手としての責任を果たそうとするその男が、まず最初に変化に気づいたことは当然であると言えた。
沖合に輝く強烈な閃光。ゾノの右腕が千切れて飛んだ。
「ロベリア。こういう時は互いに名乗りあげてから撃ち合うものだぞ」
ムウ・ラ・フラガはノーマル・スーツの手袋をなおしていた。現在のところ全天周囲モニターの片隅にはGAT-X103APヴェルデバスターガンダムが映っている。やや腰を屈め、肩越しに背負ったレールガンが前に突き出されていた。
「すいませんって……、いつの時代の話しですか?」
「まだ2000年は経っていないな」
返事はない。へそを曲げてしまったのだろう。Lのヴァーリは、本当にごく普通の反応を返してくれる。個性の強い普通のヴァーリに慣れすぎたようだ。
反対側のGAT-X1022ブルデュエルガンダムのカズイは静かなものだ。
「よし、ロベリア、カズイ。俺たちはガンダムを狙う。ただし、絶対に無理はするな」
「はい!」
「うん!」
ロベリア・リマもカズイも決して了解とは言わなかった。自分自身、大尉として遊んでいた時には軍規などいい加減にしか守ってはこなかった。人のことを言えた義理ではない。続く通信は部隊全体へと繋げた。
「目標はあくまでもマスドライバーの奪還だ。投降した奴まで撃つ必要はないが、手加減は不要だ。心してかかれ」
押し寄せる大西洋連邦軍の船団。その先頭の空母には多数のGAT-01A1ストライクダガーが乗り込み、2機のガンダムがその前に出ている。誰より前に、戦場に近い場所に、ムウ・ラ・フラガ、ムルタ・アズラエルとそのガンダムはあった。
ZZ-X100GAガンダムシュツルメント。それがガンダムの名である。
もはや十分な時間を稼いだ。だがこれ以上はもはや限界であった。旗艦を撃沈し、確かに敵の構成は緩んだ。しかしそれは援軍の到着を待ち、部隊を再編するための時間であったのだろう。
おまけに敵にはガンダムがいる。ガンダムによって支えられた志気がガンダムによって消し飛ばされることになるとは何とも皮肉がきいている。
マルコ・モラシムは片腕を失った愛機の中で、通信に声を吹き込む。
「ガンダムたちを下がらせろ……」
「モラシム指令、俺たちも残ります!」
通信を入れたか否かというタイミングでの返事だった。まったく、熱意のほどが伝わってくるというものだ。これで少しでも渋ろうものなら考えなくもなかったが、これほどの熱意ある若者がこんなところで死ぬべきではない。
「貴様等はこんなところで死ぬべきではない。生きろ。この戦争、まだ終わりではないのだからな」
「しかし……!」
「どうせこんなデカ物、シャトルには乗りゃあせん」
太陽は燦々と降り注ぎ、何とも心地のよい風が吹いていることだろう。死ぬには悪くない日だ。アスラン・ザラとか言ったか。ザラ議長の子息というだけでガンダムを与えられたというわけではないようだ。
「ご武運を……」
戦艦が群をなして迫ってくる中、マルコ・モラシムの横にグーンが、ゾノが並ぶ。どれも無傷なものなどいない。それどころか、スクラップ場に特等席を予約してしたきたかのような機体まで含まれている。
モビル・スーツに顔などないが、それでもマルコにはそれが紅海を守り続けた部下の機体であるとわかっていた。どれも癖があるのだ。緊急回避のため、いつも左腕を犠牲にする者もいれば、何故か頭から吹き飛ばされていた奴もいた。それぞれの傷つき方、いや、戦い抜き方に生き様そのものを写しているかのように。
「まだくたばってなかったか、死に損ないども……」
涙など流すな。それは弱さに他ならない。泣く理由などないのだ。仲間のために戦い、その命を燃やし尽くすことができるのだから。
それは、古兵たちの最後の意地であったのかもしれない。
時代はすでにビームへと急速に入れ替わろうとしている。ビーム兵器を装備できないゾノたちではこれ以上戦線を維持することはできない。停滞した戦況を打破し、ザフトに輝かしい勝利をもたらすはずであった彼らの任務をまっとうする機会は永遠に訪れない。
しかし彼らは戦いを続けてきた。
時代の変化を受け入れられないからではなく、時代の変化から死に逃げようとしたのでもない。
よってそれは意地と呼ぶ他ない。彼らの誇りを守るための戦いが許される場所。
最初で最後の主戦場。
彼らは、ここを死に場所に定めた。
フリーダムガンダムが身を翻しながら滑空する。地上からはビームの線条がいくつもフリーダムを追って光の筋を立ち上らせていた。
銃身自体が長大で展開にした場合、増大した空気抵抗を無視できない。そのためのビーム・ライフルであり、翼なのだろう。フリーダムは基本コンセプトをサイサリスの言葉通りバスターガンダムを踏襲している。圧倒的火力で敵を制圧する。そしてそれをより確実にするために機動力と汎用性が与えられた。
少しでも眼下の敵モビル・スーツを削らなければならない。ビーム・ライフルを向けようとして、命中軌道を描いた攻撃に回避運動を余儀なくされた。
バスターガンダムの改修機--アフリカの砂漠で見かけた機体だ--が肩越しのレールガン、両腕のビーム・ライフルを構えてフリーダムの方を見上げていた。レールガンにビーム。武装のタイプがフリーダムと相手のバスターとはよく似ている。どちらもGAT-X103バスターガンダムのデータを基にした後継機だとよくわかる。
射撃はお手の物だろう。狙いは正確でなかなか反撃の機会が回ってこない。いざライフルを構えたとしても、バスターの改修機はあっさりと攻撃を中断して身を引いた。すると敵の量産機たちがまたビームを撃ち上げてくる。
イザークにしても状況は大差ないらしい。海面付近で両手にビーム・サーベルを構えたデュエルガンダム--こちらの改修機もアフリカで目にした--がジャスティスに猛攻を仕掛けている。ビーム・サーベルが縦横無尽にふるわれ、イザークもまたビーム・サーベルで防ぐ。ところがいざイザークが反撃に移ろうとするとデュエルはあっさりと攻撃をやめ、周囲の量産機がジャスティスへと攻撃を仕掛けるようになる。
ガンダムたちの攻撃の手が緩い。彼らにとって、ガンダムを撃墜する必要などないのだ。後少しここに足止めしておけば、シャトルに乗り遅れとり残されることになる。そうすれば脱出の機会を奪われる。
バスターの攻撃をかわす。直撃させられるような危うさはないはずなのに、余計に焦らされる。この焦りは、新たなガンダムを目にした時心臓を鷲掴みにされるような痛みとなって頂点に達した。
それは赤銅色で全身を包んだガンダムだった。その姿はストライクガンダムをより強靱に、より頑強な鎧を着せたかのように思えた。特筆すべきはそのバック・パックだろう。前からも見えるほど大型で、拳銃のリボルバーを思わせる回転式の構造が左右に見えた。それぞれ3種ずつ武装らしきものが縁には取り付けられ、回転することで武装を取り替えるような機構が採用されているのだろうか。そして、両手にはビーム・ライフル。
アスランがここまで相手のことを観察できたことには訳がある。攻撃が止み、宙に漂っていることができたからだ。敵と対峙していることが許されたからだ。
この機体の登場が、敵に攻撃をやめさせた。
「いい機体だ。ゼフィランサスには負けるがな」
突然通信機から聞こえてきた声。それには聞き覚えがあった。
「その声は……、まさかフラガ大尉!」
アフリカからカーペンタリア基地へと向かう輸送機の中で、ラウ・ル・クルーゼ隊長--裏切り者であったことがほぼ確定している男である--に友人として紹介された人物は、さも当然のような声音でアスランの前にいた。敵として。
「大佐だ、大佐! 大尉ってのは世を忍ぶ仮の姿、ってやつだな。だがその機体のアリスもそういじられてはいないらしいな」
それが通信が通じる理由なのだろう。アリス、ガンダムのサポート・システムであるこのOSには、やはりゼフィランサスらしい遊び心が見られる。正直、余計なものでしかないのだが。
「あなたもスパイだったんですね。クルーゼ隊長と同じく……」
「そういうことだ。ヘリオポリスははじめから俺たちで仕組んだことだ。本当はストライクには俺が乗るはずだったんだが、いいところは全部キラにもってかれたな」
「そうやって、あなた方はガンダムを奪わせたふりをして、同時に地球側にもガンダムを残した!」
フリーダムのビームを放つ。それは当然のように回避され、敵のガンダムは滑るようななめらかな動きで飛ぶ回る。回避されるとわかっていたことだが、それでもアスランは引き金を引かずにはいられなかった。
ヘリオポリスの戦いでは大勢の仲間が犠牲になった。その中には見知った顔もあった。
フリーダムが動く。10枚の翼を輝かせ、ミノフスキー・クラフトの推進力が輝きとともにフリーダムを突き動かす。
「3機も持って行かれたのは計算外だったがな。くれてやるのは1機だけにするつもりだったが、ラウの奴思ったよりも用兵上手でな。ゲームは俺の負けだ」
敵も全身をミノフスキー・クラフトの輝きに包んでいる。機動力は互角。放つビームもすべて回避される。
「そんなことまでして、あなた方ムルタ・アズラエルは何がしたい!?」
敵のバック・パックのリボルバーが回転を始めた。回転して、武器コンテナのような箱が上にでる。それは間違いなくコンテナであり、垂直にいくつもの小型ミサイルが発射された。至近距離で放たれたにしては数が多い。回避を諦め、シールドをかざすと衝撃が重なる。シールドは幾枚も重ねられた構造材がばらばらになる形でシールドが破壊される。
苦痛にうめきながらフリーダムの操縦桿を握り続ける。
「今更聞くのか、アスラン? プラントを潰してコーディネーターをなくす。何ならブルー・コスモスの会報誌を送ってやろうか?」
その声は普段と何ら調子を変えているようには聞こえない。余裕に満ちていた、しかしそれは戦場で聞かされた時、嘲笑にさえ聞こえる。
「今はもうプラントに2000万ものコーディネーターが生活している。それを今更!」
ひるんでなどいられない。
敵の動きは決して速いものではない。フリーダムと同程度。これなら後少しミノフスキー・クラフトの強度をあげるだけで優位に立つことが可能となる。フリーダムが速度を増し、敵の上をとることができた。ライフルを必殺の確信とともに引き金を引く。ビームは、しかし敵を素通りしてしまう。外れたとも命中したとも確信できない現象だった。
ハウンズ・オブ・ティンダロス。異常な回避技術によってなされる完璧な見切り。あのモーガン・シュバリエ中佐やアンドリュー・バルトフェルド指令でさえ完璧ではなかったと聞かされている技術だ。
「2000万? せいぜい1000万だろ。それにな、どうしてブルー・コスモスのような急進的勢力が反対派の中から現れたか、歴史を習わなかったか?」
返事をしている余裕なんてない。逃げた敵を追ってフリーダムを飛行させる。しかし追いつけない。先程は確実に相手を上回る機動力で敵の上をとったというのに。
「推進派は満足な議論も経ないまま勝手にコーディネーターを作り続けたんだ。お前の言うとおり、一度生まれてしまったコーディネーターを始末なんてできないと二の足を踏む反対派を無視する形でな。いい加減にしろと反対派を怒らせて、それなのにまだそんなことを口走るのか?」
ビームは敵を素通りし、敵の反撃として放たれたビームは危ういところを通り抜けていった。まただ。戦いに違和感がある。しかその違和感の正体を突き詰めることができないまま、戦いに集中する他ない。
今度こそ、敵を上回る機動力を発揮するためさらに加速して敵に迫る。シールドを失った左手はサイド・スカートの上部からビーム・サーベルを抜き放つ。
「プラントは……!」
確実に捉えた。確実に敵を上回る速度であった。それでも敵はアスランの攻撃をたやすくかわし、その姿は斬りつけたフリーダムの後ろへと通り抜けていた。
「いつもそうだな。自分たちの言いたいことだけ言って、それでさも議論は尽くされたと嘯いて勝手に既成事実を積み上げていく。この怒り、反対派はどこにぶつければいい? 一体どこで、誰が歯止めをかける?」
不気味な戦いだ。違和感がいつまでも拭えない。こちらが10の速度で追いかければ11の速度で、10の力で斬りつければ11の力で打ち返してくる。いつまでもどこまでも乗り越えることのできない。そんな錯覚がいつまでも離れない。
アスランは意識して声を大きくする必要に駆られた。
「それこそ身勝手だ。あなた方も自分たちの理論が正しいことを前提に話を進めようとしているだけだ!」
コーディネーターは悪い。そんな前提に立つからこその行動だろう。コーディネーターの誕生に仮に問題があったとしても、コーディネーターの性質そのものがよいものであればそれを排斥していいということにはならない。
放ったビームは、アスランが予想していたよりもわずかに速い速度でかわされた。ある意味では予想通りなのだが。
「だが、野放しにすればお前たちはすぐに勝手なことをし始める。プラント独立機運が高まった際、地球では歯止めがかけられなくなると大勢が声を上げた。ところがお前たちは独立を押し進め、エイプリルフール・クライシスさえ引き起こした」
エイプリルフール・クライシス。この言葉は、アスランにアフリカの大地で出会った男の姿が思い起こされた。かの人も、家族をこの忌まわしい事件で亡くしていた。
攻撃の手が緩み、その隙に、敵のガンダムはリボルバーを回転させた。今度上に出たのは、折り畳まれた銃身であった。展開すると長大な銃身が左右の肩越しに現れた。放たれたビームはフリーダムの翼をかすめ--それでさえて熱を吸収したフェイズシフト・アーマーは強烈な光を放つ--て、海面へと落ちていった。激しい水柱の立ち方はフリーダムのビーム砲と少なくとも同等以上の破壊力を持つことが如実に示されていた。
すべてにおいてフリーダムの上にあり、どれほど力を高めようと追いつける気がしない。そんなはずがないとわかりながら。
ムウ・ラ・フラガはなおも苛烈にアスランを攻め立てる。
「自分たちのしたいことだけする。歯止めをかけられるつもりもない。その癖、自分たちを認めない相手には残酷な攻撃さえ辞さない。お前たちプラントが、俺たちの何を責めることができる?」
この声は本当に目の前のガンダムから聞こえているのだろうか。
ガンダムは絶えずアスランを上回り、そして確実な死をもたらす。挑むことはできない。挑めど相手はさらに大きな力を見せるでしかない。抗えば、その反撃は容赦がない。決して逃れ得ぬ運命そのもののようであって、死神というものがいるのだとすれば、それはこのような姿と性質の持ち主なのではないだろうか。
「それでも……、プラントの民が殺されなければならない理由なんてありません……」
「そのためには地球で10億の民が死んでも仕方がない。それがプラントの言い分か?」
「それは……」
意志を強く保たなければならない。それはわかっている。しかし声はうまく言葉にならず、意志はかき乱されている。
全身を赤銅に輝かせながら飛び込んでくるガンダムに対して、アスランは反応が完全に遅れていた。その蹴りがフリーダムの腹部を捉え強い衝撃に大きく後ろへと飛ばされる。
アスランは知っている。かつてプラントが引き起こした事件が、どれほどの悲劇を生んだのかということを。プラントは糾弾されてしかるべきであり、しかしアスランはザフトの兵である。プラントの民を守らなければならなかった。この矛盾を、アスランは解決する術を見いだせないでいた。
その時、フリーダムと敵のガンダムとの間をビームが割り込むように通り過ぎていく。
「アスラン、何をしている! 敵の戯れ言に惑わされるな」
フラガ大佐はアリスが通信を繋いでいると言っていた。それならフリーダムにも会話の内容が聞かれていても不思議なことはない。
ジャスティスがフリーダムを庇うように前に回り込み、ライフルを敵のガンダムへと向けた。
「ここでガンダムを失えばまた多くの仲間が死ぬ。今はそのことだけを考えろ!」
見たなら、すでに周囲では戦況は決しているようだった。海には至る所にザフト軍機の残骸が浮かび、イザークが押さえてくれていたのであろう2機のガンダム--GATシリーズの改修機だ--をはじめとする敵勢力は周囲を包囲しようとしていた。
「脱出するぞ。今ならまだシャトルに間に合うはずだ!」
「……わかった!」
ジャスティスの放ったビーム。これは単なる合図の意味でしかない。攻撃は当然のようにかわされたが、アスランとイザークは同時に身を翻しジブラルタル基地の方角へ飛行を開始する。
眼下からはビームが次々と立ち上りフリーダム、そしてジャスティスを狙う。当たるつもりはないが、回避のためにどうしても軌道を曲げざるを得ない。それだけ速度が削がれていく。これでは間に合わない。そんな焦り。しかしアスランにできることは何もない。操縦桿を握りしめ、少しでも速くフリーダムを飛行させていくことしかできない。
それでも、敵の攻勢が突然緩んだ。モニターには、敵モビル・スーツへと最後の攻撃を仕掛けるザフトの機体が映し出されいた。グーンもゾノもどの機体も無傷なものなどない。それでも、その体を張ってガンダムへの攻撃を防ごうとしてくれていた。ディンの一団がフリーダム、ジャスティスの飛去った後を閉じるように敵のガンダムの前に立ちふさがる。
敵のガンダム--結局まだ名前を聞かされていない--はさらにリボルバーを回転。第3のコンテナは、そのまま直接発射された。ある程度突き進んだコンテナは突如展開し、多数の子爆弾を周囲にばらまく。一撃一撃は弱くともそのあまりの数はディンの体の至る所に爆発の破片を突き刺し、ディンの体をずたずたに引き裂いてしまう。
このままでは全滅する。引き返すべきではないのか。そんな迷いが操縦にでたのだろうか。それとも偶然か。
イザークが叫んだ。
「振り向くな!」
そう、今残ったところで命がけで送り出してくれた仲間の意志を無にしてしまうことに他ならない。
フリーダムはその翼を一際輝かせ、ザフト最後の地上戦を後にした。
「隊長、早くしてください! シャトルが……!」
シャトルの操縦室で操縦士たちの席から通信機をひったくっているのは少年である。アイザック・マウ。イザーク・ジュールが隊長を務める部隊のオペレーターであり、最年少の少年である。このような場合には決まって取り乱すのはアイザックであった。
「隊長!」
しかしそのあわてようも無理はない。すでにシャトルは宇宙へと向けて動き出していた。徐々に加速をはじめ、動き出しているのである。もはや悠長に格納庫に乗り込んでいる余裕はない。アイザックの慌てようを理解しているのだろう。操縦士たちも迷惑気ながら止めようとはしない。
落ち着いているのは壁を背に立つカナード・パルス、そばのシホ・ハーネンフースの両名。ともにジュール隊のパイロットであるが、その落ち着きようはアイザックとは反対に違和感を覚えるほどである。
「シホ。隊長は戻ると思うか?」
「ええ、戻るわ、必ず。だってあの人がとっておきの舞台を見過ごすはずがないもの」
マスドライバーのレールの上、大型シャトルが徐々に加速を始めている。ジャスティスガンダムが全身の装甲を輝かせ、その手は目一杯にシャトルへと向けてのばされる。後少し。わずかずつ。その手はやがてシャトルの円柱状の構造を掴み、その体を一気にシャトルへと引き寄せる。
しかしまだフリーダムが追いついていない。
「手を伸ばせ、アスラン!」
「くっ、イザーク!」
フリーダムが手を伸ばす。ジャスティスは手すりを掴んだままその手を限界まで延ばし、それでもまだ届かない。互いが最後の限界を越えて延ばした手がしっかりと結ばれる。ジャスティスがフリーダムを一気に引っ張り上げ、両機はミノフスキー・クラフトの強度を上げていく。
シャトルは光り輝く2機のガンダムを引き連れてその姿を空へと一気に加速させた。反り返るレールに導かれるまま、空へと飛び上がる。
ジブラルタルのマスドライバーからいくつもの飛行機雲が一直線に空を目指した。シャトルは、そしてガンダムは空へと帰ったのである。
ゾノが波間に漂う。周囲にはザフト軍機の残骸が漂い、ゾノもまた、無事な部分を探すことが不可能なほど装甲が破損し内部構造が露出していた。
「ガンダムは行ったか……」
メイン・カメラが破損している。コクピットのモニターさえ縦に大きな亀裂が走っていた。パイロットであるマルコ自身、目には血がかぶり視界が不鮮明この上ない。それでも、マルコは確かに仲間たちが空へと帰ったことを見届けた。
すでに戦闘は終息していた。海はかつての静けさを取り戻しつつあった。
ゾノの上に日の光を遮り影が落ちた。赤い、赤いガンダムだ。航空力学なぞ無視した人型ながらかまうことなく宙に浮いている。日影だというのにかえってまぶしいほどに輝きながら。その輝きの中に明滅しているのは、モールス信号なのだろう。
「降伏勧告とは、なめられたものだ」
右腕は失われ、しかし左腕は残されている。
「敗残の将は敗残の将らしくあらねばなあ!」
いまだ健在であるその爪を、ゾノは振りかぶるなり自らの体へと突き立てた。コクピットを守るハッチが破損し、隙間から風が吹き込んだ。砕けた破片はマルコ・モラシムの体に突き刺さる。吐き出す血の味が口腔と鼻腔とを満たす。
ここでは多くの部下が死んだ。紅海の鯱がジブラルタルを守りきれなかったばかりに。それでおめおめと生きながらえることなぞ許されない。
まだ死にきれない。ゾノの爪をより深く、自らの体に沈ませる。
ガンダムは、ライフルを向けてゾノを撃ち抜いた。
死んでいく様をただ眺めていればよいものを、余計なことをしてくれるものだ。
「介錯、痛み入る……」
ゾノの体は海へと沈み、二度と浮かび上がってくることはない。
「外から地球を眺めるのは久しぶりだ……」
イザークがふと漏らした声を、アスランは聞いていた。フリーダム、ジャスティスは結局格納庫に入ることなくシャトルの周囲で飛行を続けている。その背後には青い地球が見えているのだ。全天周囲モニターの広い視野には青い星の姿が大きく見えていた。
「初めて地球に降りたのは戦闘中に重力に囚われた時のことだった。どうも、俺は地球と相性が悪いらしい」
そして降下も脱出もアリスに助けられた。サイサリスは完全にガンダムを再現しようとフリーダムとジャスティスを造ったらしかった。やはりどこかサイサリスらしさがない。
しかし、そんなことは、今はどうでもいいことだ。
「疲れたな……」
「ああ……」
どちらも言葉が少ない。モニターにイザークの顔は映っていないが、どんな顔をしているのかだいたい想像がつく。シートに横たわって、視線が何かを見つめているようで何も見ていないような顔をしていることだあろう。今のアスランがそうなのだから。
「イザークはプラントに戻ったらどうする?」
「ボアズかグラナダへの転属を願う。まだ戦争は終わってないからな」
ボアズは月とプラントとの間の宙域を守る宇宙要塞のことだ。グラナダは月面のザフト基地。どちらもザフト宇宙軍の防衛拠点である。戦線が宇宙に移った今、激戦地になることが予測される場所だ。
「イザークらしいな。俺は、きっと戦うんだろうな」
「煮え切らん態度だな」
「俺たちは、確かに地球を追い出された。ただ、地球の人たちから見れば、俺たちは侵略者もいいところだろう。突然ニュートロン・ジャマーなんてものを落として、利用価値があるからとマスドライバーを占拠までした。どこかで、ザフトが地球から離れてよかったようにも感じてる」
「そうか……」
「怒らないのか?」
ザフト軍人としての心構えに欠けているだとか甘えたことを抜かすなと叱責されるかと思っていたが、イザークの様子は想像していたどれとも違っていた。
「地球の様子は、少なくともお前より見てきているつもりだ」
軍学校卒業後、イザークは真っ先に地球に降りた。聞けば隊長がイザークの配属直後に戦死。その中で臨時に隊長を務めることで今までその状況が継続しているらしい。部隊単位での上下関係が緩いザフトらしい話だ。
「この戦争は終わらないだろう。ムルタ・アズラエルが銃を下ろすとは思えない。パトリック・ザラ議長は今更振り上げた拳を下ろすことはしないだろうから」
「ではムルタ・アズラエルを殺してクーデターでも起こすか?」
「悪くないな」
冗談か本気か。イザークの場合なかなか区別しずらいが、とりあえず冗談だと考えて笑っておくことにする。イザークにしては上々のジョークだと思えたからだ。
「ただ先にプラントにまで帰らないといけないな……」
モニターには複数のシャトルが見えている。全部で5隻。ジブラルタル基地からの脱出は適宜行われていたが、直前に脱出した船団と合流後、グラナダに寄港する手はずになっていた。予定では、まもなく合流地点にさしかかる。
しかし、レーダー--ミノフスキー粒子の影響で精度は下がっているとは言え--には船団らしい影は表示されない。何かぼやけた像が投影されているだけである。デブリか何かのようにしか投影されていない。
アスランは勢い顔を上げた。
イザークが声を張り上げた。
「何だ、これは……!?」
そこには多数の残骸が浮かんでいた。モニター上に拡大された映像をいくつも表示させる。その中には、ジブラルタル基地所属のシャトルであることを示す番号が記載されている破片があった。
「脱出したシャトルが……」
ことごとく撃沈されている。この残骸の量からして、前のグループのシャトルはすべて撃墜されていることになる。
レーダーにもはや仲間の船団が映ることはない。しかし、船団は映し出されていた。大西洋連邦軍の戦艦に、その周囲にスラスターの燐光が多数見えていた。モビル・スーツの部隊であり、その先頭、見覚えのない機体があった。全身を輝かせ、この距離ではまだ姿がはっきりとはしない。ただ全身を包む色だけが見えて、その顔がある特徴を持つことだけは理解することができた。
「白銀のガンダム……」
まだ戦いは、終わりを迎えてなどいなかった。