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No.32266の一覧
[0] 機動戦士ガンダムSEED BlumenGarten(完結)[後藤正人](2023/10/28 22:20)
[1] 第1話「コズミック・イラ」[後藤正人](2012/10/12 23:49)
[2] 第2話「G.U.N.D.A.M」[後藤正人](2012/10/13 00:29)
[3] 第3話「赤い瞳の少女」[後藤正人](2012/10/14 00:33)
[4] 第4話「鋭き矛と堅牢な盾」[後藤正人](2012/10/14 00:46)
[5] 第5話「序曲」[後藤正人](2012/10/14 15:26)
[6] 第6話「重なる罪、届かぬ思い」[後藤正人](2012/10/14 15:43)
[7] 第7話「宴のあと」[後藤正人](2012/10/16 09:59)
[8] 第8話「Day After Armageddon」[後藤正人](2014/09/08 22:21)
[9] 第9話「それぞれにできること」[後藤正人](2012/10/17 00:49)
[10] 第10話「低軌道会戦」[後藤正人](2014/09/08 22:21)
[11] 第11話「乾いた大地に、星落ちて」[後藤正人](2012/10/19 00:50)
[12] 第12話「天上の歌姫」[後藤正人](2012/10/20 00:41)
[13] 第13話「王と花」[後藤正人](2012/10/20 22:02)
[14] 第14話「ヴァーリ」[後藤正人](2012/10/22 00:34)
[15] 第15話「災禍の胎動」[後藤正人](2014/09/08 22:20)
[16] 第16話「震える山」[後藤正人](2012/10/23 23:38)
[17] 第17話「月下の狂犬、砂漠の虎」[後藤正人](2014/09/08 22:19)
[18] 第18話「思いを繋げて」[後藤正人](2014/09/08 22:19)
[19] 第19話「舞い降りる悪夢」[後藤正人](2012/10/25 21:56)
[20] 第20話「ニコル」[後藤正人](2014/09/08 22:18)
[21] 第21話「逃れ得ぬ過去」[後藤正人](2012/10/30 22:54)
[22] 第22話「憎しみの連鎖」[後藤正人](2012/10/31 20:17)
[23] 第23話「海原を越えて」[後藤正人](2012/10/31 21:07)
[24] 第24話「ヤラファス祭」[後藤正人](2012/11/01 20:58)
[25] 第25話「別れと別離と」[後藤正人](2012/11/04 18:40)
[26] 第26話「勇敢なる蜉蝣」[後藤正人](2012/11/05 21:06)
[27] 第27話「プレア」[後藤正人](2014/09/08 22:16)
[28] 第28話「夜明けの黄昏」[後藤正人](2014/09/08 22:15)
[29] 第29話「創られた人のため」[後藤正人](2012/11/06 21:05)
[30] 第30話「凍土に青い薔薇が咲く」[後藤正人](2012/11/07 17:04)
[31] 第31話「大地が燃えて、人が死ぬ」[後藤正人](2012/11/10 00:52)
[32] 第32話「アルファにしてオメガ」[後藤正人](2012/11/17 00:34)
[33] 第33話「レコンキスタ」[後藤正人](2012/11/20 21:44)
[34] 第34話「オーブの落日」[後藤正人](2014/09/08 22:13)
[35] 第35話「故郷の空へ」[後藤正人](2012/11/26 22:38)
[36] 第36話「慟哭響く場所」[後藤正人](2012/12/01 22:30)
[37] 第37話「嵐の前に」[後藤正人](2012/12/05 23:06)
[38] 第38話「夢は踊り」[後藤正人](2014/09/08 22:12)
[39] 第39話「火はすべてを焼き尽くす」[後藤正人](2012/12/18 00:48)
[40] 第40話「血のバレンタイン」[後藤正人](2014/09/08 22:11)
[41] 第41話「あなたは生きるべき人だから」[後藤正人](2014/09/08 22:11)
[42] 第42話「アブラムシのカースト」[後藤正人](2014/09/08 22:11)
[43] 第43話「犠牲と対価」[後藤正人](2014/09/08 22:10)
[44] 第44話「ボアズ陥落」[後藤正人](2014/09/08 22:08)
[45] 第45話「たとえどんな明日が来るとして」[後藤正人](2013/04/11 11:16)
[46] 第46話「夢のような悪夢」[後藤正人](2013/04/11 11:54)
[47] 第47話「死神の饗宴」[後藤正人](2014/09/08 22:08)
[48] 第48話「魔王の世界」[後藤正人](2014/09/08 22:08)
[49] 第49話「それが胡蝶の夢だとて」[後藤正人](2014/09/08 22:07)
[50] 第50話「少女たちに花束を」[後藤正人](2014/09/08 22:07)
[51] 幕間「死が2人を分かつまで」[後藤正人](2013/04/11 22:36)
[52] ガンダムSEED BlumenGarten Destiny編[後藤正人](2014/09/08 22:05)
[53] 第1話「静かな戦争」[後藤正人](2014/09/08 22:01)
[54] 第2話「在外コーディネーター」[後藤正人](2014/05/04 20:56)
[55] 第3話「炎の記憶」[後藤正人](2014/09/08 22:01)
[56] 第4話「ミネルヴァ」[後藤正人](2014/06/02 00:49)
[57] 第5話「冬の始まり」[後藤正人](2014/06/16 00:33)
[58] 第6話「戦争の縮図」[後藤正人](2014/06/30 00:37)
[59] 第7話「星の落ちる夜」[後藤正人](2014/07/14 00:56)
[60] 第8話「世界が壊れ出す」[後藤正人](2014/07/27 23:46)
[61] 第9話「戦争と平和」[後藤正人](2014/08/18 01:13)
[62] 第10話「オーブ入港」[後藤正人](2014/09/08 00:20)
[63] 第11話「戦士たち」[後藤正人](2014/09/28 23:42)
[64] 第12話「天なる国」[後藤正人](2014/10/13 00:41)
[65] 第13話「ゲルテンリッター」[後藤正人](2014/10/27 00:56)
[66] 第14話「燃える海」[後藤正人](2014/11/24 01:20)
[67] 第15話「倒すべき敵」[後藤正人](2014/12/07 21:41)
[68] 第16話「魔王と呼ばれた男」[後藤正人](2015/01/01 20:11)
[69] 第17話「鋭い刃」[後藤正人](2016/10/12 22:41)
[70] 第18話「毒と鉄の森」[後藤正人](2016/10/30 15:14)
[71] 第19話「片角の魔女」[後藤正人](2016/11/04 23:47)
[72] 第20話「次の戦いのために」[後藤正人](2016/12/18 12:07)
[73] 第21話「愛国者」[後藤正人](2016/12/31 10:18)
[74] 第22話「花の約束」[小鳥 遊](2017/02/27 11:58)
[75] 第23話「ダーダネルス海峡にて」[後藤正人](2017/04/05 23:35)
[76] 第24話「黄衣の王」[後藤正人](2017/05/13 23:33)
[77] 第25話「かつて見上げた魔王を前に」[後藤正人](2017/05/30 23:21)
[78] 第26話「日の沈む先」[後藤正人](2017/06/02 20:44)
[79] 第27話「海原を抜けて」[後藤正人](2017/06/03 23:39)
[80] 第28話「闇のジェネラル」[後藤正人](2017/06/08 23:38)
[81] 第29話「エインセル・ハンター」[後藤正人](2017/06/20 23:24)
[82] 第30話「前夜」[後藤正人](2017/07/06 22:06)
[83] 第31話「自由と正義の名の下に」[後藤正人](2017/07/03 22:35)
[84] 第32話「戦いの空へ」[後藤正人](2017/07/21 21:34)
[85] 第33話「月に至りて」[後藤正人](2017/09/17 22:20)
[86] 第34話「始まりと終わりの集う場所」[後藤正人](2017/10/02 00:17)
[87] 第35話「今は亡き人のため」[後藤正人](2017/11/12 13:06)
[88] 第36話「光の翼の天使」[後藤正人](2018/05/26 00:09)
[89] 第37話「変わらぬ世界」[後藤正人](2018/06/23 00:03)
[90] 第38話「五日前」[後藤正人](2018/07/11 23:51)
[91] 第39話「今日と明日の狭間」[後藤正人](2018/10/09 22:13)
[92] 第40話「水晶の夜」[後藤正人](2019/06/25 23:49)
[93] 第41話「ヒトラーの尻尾」[後藤正人](2023/10/04 21:48)
[94] 第42話「生命の泉」[後藤正人](2023/10/04 23:54)
[95] 第43話「道」[後藤正人](2023/10/05 23:37)
[96] 第44話「神は我とともにあり」[後藤正人](2023/10/07 12:15)
[97] 第45話「王殺し」[後藤正人](2023/10/12 22:38)
[98] 第46話「名前も知らぬ人のため」[後藤正人](2023/10/14 18:54)
[99] 第47話「明日、生まれてくる子のために」[後藤正人](2023/10/14 18:56)
[100] 第48話「あなたを父と呼びたかった」[後藤正人](2023/10/21 09:09)
[101] 第49話「繋がる思い」[後藤正人](2023/10/21 09:10)
[102] 最終話「人として」[後藤正人](2023/10/28 22:14)
[103] あとがき[後藤正人](2023/10/28 22:17)
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[32266] 第34話「オーブの落日」
Name: 後藤正人◆ced629ba ID:8a6b0ab7 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/09/08 22:13
 西の海にまもなく日が落ちる。早朝から開始された戦い--戦争そのものは洋上での小競り合いが四日前から行われていた--はすでに大局が決しようとしていた。オーブ軍は技術的には大西洋連邦に引けをとらないとは言え、その物量、モビル・スーツの開発技術においては溝をあけられている状況にある。辛うじて持ちこたえていた防衛線は、大西洋連邦軍が新型を投入したことで瞬く間に劣勢に立たされた。
 GAT-X303イージスガンダム。そのコクピットのモニターにはオノゴロ島を中心として、敵勢力があらゆる方向から進軍している様子が略図として描かれていた。それを見つめるカガリ・ユラ・アスハは歯を噛みしめ、苦い顔を隠そうとしない。

「プラントのために戦ってやるようで気に入らんが、これ以上、オーブを踏みにじらせるわけにはいかないからな」

 オノゴロ島の高台の上から、イージスは海を臨んでいる。激戦の様相を呈して、夕日の指す海からは黒煙が消えることはない。イージスの周囲にはモビル・スーツが並んでいる。赤いフレームを白い装甲で包む機体であり、機動力を優先して装甲はところどろこ隙間が存在した。ライフルにシールド。現在のモビル・スーツの基本的な装備を備えたこの機体の名はORB-01アストレイ。モルゲンレーテ社がラタトスク社のガンダムの技術を盗用して造り上げた機体であり、そのためか基本性能はGAT-01デュエルダガーと大差ないそうだ。
 そして、オーブがプラントのために秘蔵し続けた兵器でもある。この兵器を表に出せばオーブは国際世論を失うことになる。エピメディウム・エコーはオーブの信頼よりも大西洋連邦軍に少しでも多くの損害を与えることを優先した。アストレイの出撃を決断したのである。

(1人でも多くオーブの民が救われると思わなければやってられんな……)

 まだ一つ、プラントのためにできることがある。

「レドニル、アーク・エンジェルにカグヤ島へ移るよう命じておけ。ヴァーリと議員の子息をブルー・コスモスには渡したくないからな。いざとなればいつでも逃がせるよう準備しておく」

 了解しました。そんな太い声が通信を通って帰ってくる。レドニル・キサカ、カガリが国外に出る時はいつも付き従う頼もしい相方は、今イージスと並んでいるアストレイに搭乗している。

「カガリ様は如何されますか?」
「それを私に聞くのか?」

 堅物で、どこか気の利かないところも相変わらずだ。
 イージスの足が一歩前へと出る。それだけ、戦場の空気が近く、色濃さを増す。

「ヴァーリじゃないが、お父様のため、カガリ・ユラ・アスハ。この身朽ちるまで戦わせてもらう!」




 アストレイの投入。それはオーブ軍を確かに勢いづけることとなった。
 オーブ軍はオノゴロ島周囲の群島に部隊をそれぞれ配置し、海上を戦艦で埋める形で防衛線を年輪状に張り巡らす戦法を採用していた。対する大西洋連邦軍は艦隊による洋上突破と平行して大型輸送機による降下部隊によって各島を攻撃する二段構えの作戦がとられた。
 洋上の戦いは戦艦入り乱れる混戦模様を呈していたが、大西洋連邦軍がモビル・スーツを投入したことによってオーブ軍は艦船の損耗を拡大させていった。新型機の投入に至ってはそれが加速し、防衛線はところどころで綻びを見せ始めた。
 島では降下したモビル・スーツ部隊とオーブ軍の戦車隊との壮絶な撃ち合いの末、膠着状態が維持されていた。高い汎用性を誇るモビル・スーツとは言え、砲撃力、生産性に優れる戦車に防衛に回られてしまっては十分な威力を発揮できなかったのである。
 そして、オーブ軍はアストレイの出撃を決定した。
 各島にあらかじめ配置されていたアストレイは戦車部隊と合流。戦車の砲撃から隠れていたデュエルダガーをその走破力を最大限に発揮する形で次々と追いつめていった。不整地も小高い丘もかまわず進軍するアストレイの姿は、モビル・スーツの真価である、歩兵並の走破力に戦車並の防御力、戦闘機並の攻撃力の並立という性能を見せつけた。
 オーブ軍防衛戦力は、確かに息を吹き返したかのように思われた。
 しかし、それはオーブ軍に限られない。軍上層部には、ブルー・コスモスが勝手に決断した侵略戦争、そう考える者も少なくはなかった。事実、アラスカでは急進派と言われる面々からも反対意見が出ている。ここで、オーブ軍がモビル・スーツを開発していることが事実であるとすれば、大西洋連邦軍の開戦理由は単なる口実ではなく一定の正当性を得ることになる。少なくとも、大西洋連邦軍の将兵にとっては。
 戦う正当な理由がある。この事実は、オーブによって明らかにされた事実は、皮肉なことに大西洋連邦軍を勢いづかせた。
 各島ではオーブ軍が善戦している。しかし洋上ではモビル・スーツを搭載した空母がオーブ軍の防衛線を氷砕船のようにかち割りながら突き進む。
 戦況は二極化していた。島の防衛は機能している。しかしこれはもう一つの皮肉を浮かび上がらせた。島内防衛戦力は自身の持ち場を守ることに成功し、その反面撤退時期を遅らせてしまったのである。各島がすでに大西洋連邦軍が制海権を獲得した海の上、まさに孤島として孤立してしまうことを意味していた。オノゴロ島へと合流できるはずの戦力が島の中に封じ込められ、大西洋連邦は揚陸の準備を着々と整えている。
 もはや、戦局は決定していた。




 太陽はすでに半分以上が水平線の向こう側に沈もうとしていた。黄昏時。明るくとも暗く、最も見誤ることの多い時間帯でさえ、オーブ軍の劣性ははっきりと見えていた。
 開戦時は遠くに見えていたオノゴロ島がすぐそばに見えていた。
 GAT-X303AAロッソイージスガンダムはミノフスキー・クラフトの恩恵で絶えず空に浮いていた。見下ろす光景は刻々と変わり、美しかった海は油と火、兵器の残骸が漂う戦場へと変わり、防衛線に守られたオモゴロ島は最後の防衛線として機能しようとしていた。
 黒煙はアイリス・インディアのいる同じ高さにまで伸びていた。

「随分オノゴロ島が近くなりましたね」

 アイリスは並んで戦い続けたGAT-X207SRネロブリッツガンダムへと話しかけたつもりであった。しかし、返事のタイミングで返ってきたのはアーク・エンジェルからの通信であった。操舵手を務めているはずのフレイ・アルスターからの声だ。

「アイリス、アーク・エンジェルは負ける前にカグヤ島から逃げろって。戻れる?」
「ルートを送ります。機会を見計らって合流してください」

 今度こそ管制の人--確か、ジュリ・ウー・ニェンというメガネの人からだ--からの通信が入り、隅のモニターにはオノゴロ島とカグヤ島の間に針路図が描かれた。

「わかりました」

 そろそろまた補給に戻ってもいい時期でもある。
 ディアッカ・エルスマンにも図は送られているはずである。ネロブリッツが空中を器用に進みながらアイリスのロッソイージスへと並ぶ。

「負け戦だな……。機体は大丈夫か?」
「フェイズシフト・アーマーはビームの直撃さえ受けなければ無敵ですからありがたいです。細かい傷とか結構怖いですから」
「経験あんのか?」
「機会があったら教えてあげます、ディアッカさん」

 10年前の、血塗られたと名付けられたお話を。




 ついに太陽が沈んだ。オーブはもはや朝日を見ることはない。
 ここはちょうど島の影になっているのだろう。特に暗く、GAT-X105Eストライクノワールガンダムのモニターには暗闇の中、身動きをとらないZZ-X000Aガンダムオーベルテューレの姿が暗視で表示されている。
 オーバーヒートを起こし、これ以上出力を上げることはできないはずだ。今にも傾いた空母--すでに撃沈され、漂着したものだ--の甲板から滑り落ちてしまうのではないだろうか。
 そう、ヒメノカリスは考えなが眺めていた。お父様に与えられた機体の中に、お父様に与えられた衣装とともに。

「オーブは大西洋連邦から盗用した技術でモビル・スーツを開発。ザフトと共謀して大西洋連邦を脅かそうとしていた。故に討った。お父様の描いた筋書き通りにこの戦争は終結する」

 お父様はいつもそうだから。誰よりも正義を尊び、だからより大きな悪を滅するためには自身が悪に染まることさえ厭わない。傷ついて汚れた玉のよう。それなのに人はその美しさに見せられ、汚れがあろうと関わらず輝く眩しさを賞揚する。
 キラからの返事はない。まさかコクピットの中で茹であがってなどいないだろうに。

「聞いてる、キラ?」
「聞いてるよ。でも、僕はゼフィランサスを信じる」
「言ってる意味がわからない」

 キラは、テット・ナインと呼ばれている頃からそうだった。
 もう倒してしまおうか。お父様からドミナントを殺すことは控えるよう言われている。ただ、絶対的禁止が課されていることとは違う。
 ストライクノワールの翼から一対のレールガンを起きあがらせる。その銃口がオーベルテューレを向くとともに発射。肉眼では確認できないほどの速度で放たれた弾丸は、しかしオーベルテューレにかわされ、空母の甲板に新たな風穴を開けるに止まった。
 オーバーヒートしている以上、セーフティーが働いているはず。もうビーム兵器は使用できない。そんなオーベルテューレのまま、それでもキラはストライクノワールへと飛びかかってくる。動き自体は見事なもので、レールガンを必要最低限の動きでかわした末の反撃である。
 だが、動きは鈍い。ストライクノワールが腹部めがけて蹴りを放つと、かわすこともできずにオーベルテューレは体勢を崩した。そのまま踏みつけるように押し出す。オーベルテューレは背中から海へと落ち、ストライクノワールもまたキラを海へと踏み落とすように海中へと潜る。
 コクピットには水の抵抗からくる弱い衝撃。モニターには白い泡が所々を埋めていた。そして、海中はすでに闇に包まれている。
 ほぼ同じタイミングで海中に入ったはずが、しかしオーベルテューレの姿はすぐに見失ってしまっていた。それほどまで光が全くなく、深海に放り出されてしまったように海中は暗い。何も問題はない。海水程度で冷却がすぐに終わるとは考えられない。逃げ出してとしても熱量をばらまいての移動ならすぐにセンサーが拾うだろう。

「キラ、あなたがお父様に逆らうことさえなかったら、私はあなたを殺す理由なんてなかった」
「それは順番が逆だ。僕はエインセル・ハンターに逆らいたいから逆らってる訳じゃない。ゼフィランサスを守りたい。それが必然的にエインセル・ハンターと対立することだから戦ってるだけだから」

 センサーに反応があった。ただ、それは何の意味もない。センサーが機能したことは知っている。それでも、ヒメノカリスはそのことを直接確認はしなかった。モニターの中に映る姿に、目を奪われていた。
 暗い海の中。この事実は揺るがない。しかしオーベルテューレの姿は見えていた。何とも不思議な光景だ。赤い光に輪郭が浮かびあがり、それが人のシルエットを描き出している。闇に浮かぶ赤い巨人。それは赤い双眸を持ち、V字に輝く黄金の角を持つ、ガンダムの顔をしていた。
 ガンダムオーベルテューレはガンダムでありながら、しかしガンダムの顔はしていなかった。ではこの機体は何か。
 コクピットに揺れが走る。海流がかき乱され、大きな流れとなってストライクノワールを包んだのだ。その原因は、やはりガンダムであり、赤い巨人は海中を引き裂かんばかりの勢いでその手を突きだした。モニター上に赤い指が大きく開く。ガンダムはノワールの頭部を鷲掴みにすると、その勢いを殺すことなく突進んを続けた。
 頭を掴まれたままのノワールが海中を通り抜けたやすく空へと投げ出された。ガンダムはまだ掴んでいる。

「この! 程度でー!」

 ノワール・ストライカーからビーム・サーベルを取り外し、居合いの如く横に振り抜く。敵の腹を一刀で両断する。そんな感触が伝わってきそうなほど必殺のタイミングであった。
 モニターから赤い指が消える。ビーム・サーベルは空振りに終わった。敵は、ノワールのすぐ後ろに回っていた。

(いつの間に……!?)

 ハウンズ・オブ・ティンダロスの動きは、まるで通り抜けたような回避を可能にする。可能と不可能の狭間。論理的には可能で、しかし実現は可能なのか。ヒメノカリスは努めて自身のうちに芽生えた疑念を振り払い、振り払うようにして振り向きざま、ノワールのサーベルを薙払う。いや、薙払おうとした。
 敵は素早く、放った蹴りがノワールの顔面を直撃する。コクピットにさえ伝わる衝撃。メイン・カメラが砕け、モニターが一気に不鮮明となった。ノワールは蹴り飛ばされたまま後ろ向きにはね飛ばされた。下には海が迫る。
 それでも敵の姿がようやく見えた。
 赤い巨人。それは同時に白くもあった。装甲の白さは見覚えのあるもので、オーベルテューレのもの。装甲が変形、展開し赤いフレームが内側に光って見えた。その姿はかつてのものより逞しく、フェイズ・ガードが展開し、額の角は縦に割れてブレード・アンテナへと変わっている。
 それはガンダムへと姿を変えたオーベルテューレそのものであった。

「キラ、その姿は……?」
「ゼフィランサスがオーベルテューレに与えた強制排熱機構だよ。装甲を展開し、ミノフスキー・クラフトを利用して熱を強制的に外部へ逃がす。姿がガンダムに変わるのはゼフィランサスのお遊びなんだろうけど、僕は言ったはずだよ。ゼフィランサスが、機体にオーバーヒートだなんて危険を残したままにしておくはずがないって信じるってね」
「装甲を展開してフレームをむき出しにするなんてそれ以上に危険」
「確かにね。でも、これでオーベルテューレは戦える!」

 腰にマウントしたままであったビーム・ライフルへと、オーベルテューレの手が伸びていく。抜かせる訳にはいかない。ノワールのレールガンはそれより早く立ち上がり、左右のウイングから1発ずつ、2発の弾丸を電磁誘導によって放つ。モビル・スーツさえ1撃で破壊するのに十分な破壊力をもつレールガンは、しかしオーベルテューレを通り抜け、その銃を抜き放つ動作に一切の影響を与えることはできなかった。
 銃口が向けられ、ストライクノワールをその射線上からわずかに逃す。ビームが放たれる。かわせてしまえるはずのそれは、膨大な熱量でしてノワールの右腕をかすめた。それだけ、それだけのことで、ビームは右腕と背後にあったウイングとを吹き飛ばした。
 コクピットに鳴り響く被弾を告げる警報音。ヒメノカリスは呆然と右腕が消失していることを確認していた。怖いのではない。信じられないのでもない。信じてもいい。目の前の現実であるのだから。だから許せない。

「お父様からいただいた機体をー!」

 お父様に送られた。この機体で役に立ってほしいと頼まれて。だからこの機体で敵を倒し、ただお父様のために戦ってきた。キラはそれを壊した。
 まだ左腕、レールガンも一つは無事である。戦えないはずがない。戦わない理由がなかった。キラに償いをさせるために、ヒメノカリスはスラスターの出力を上げようとして、しかしそれは阻止された。

「ヒメノカリス」

 声がしたのだ。愛しいあの人の声が。体から自然と力が抜け、スラスター出力と直結するペダルを踏む足は踏み込むことをやめていた。

「お父様……?」
「ここは退きなさい、ヒメノカリス」
「お父様、私は!」

 まだあなたのお役に立てます。まだ戦えます。役立たずじゃありません。あなたに見てもらう資格のある人間です。だから。

「あなたを失うことはできません。退いてくれますね、ヒメノカリス」

 お父様のお言葉は、ヒメノカリスを優しく諭し、反論することを許さない。

「わかりました……、お父様」

 お父様が出撃されようとしている。誰よりも美しく、誰よりも賢くお強いあの人が。

「キラ、一つ忠告してあげる。あなたは、お父様には勝てない」




 西の海に日が沈んだ。あたりが闇に包まれ、燃えさかる戦火の輝きは、それでも夜闇を完全にぬぐい去ることはできない。
 この光景、ごくありふれた夜の光景は、何故か、かつて一度だけ目にしたことのある皆既日食を思い起こさせた。突然太陽の光が遮られ、世界が闇に包まれる。不思議と音さえ消えて、世界が一斉に凍り付いてしまったような出来事だった。
 日食なんて起きていない。これはただの日没だ。そう、カガリは自分へと何度も言い聞かせた。それでも世界は、太陽が蝕まれてしまった、そんな光景を投影していた。

「攻撃がやんだ……?」

 まるで日が沈むのと示し合わせていたように大西洋連邦軍の攻撃がやんだのだ。先程までうるさいほど放たれていた高射砲は見えない。攻撃対象をなくしたアストレイたちがビーム・ライフルをどこに向けてよいものかわからず、首だけを回していた。
 撤退を開始するには唐突すぎる。意味もなく、訳もわからず突如耳鳴りさえ聞こえてきそうなほどの静寂が帳をおろした。
 何が起きた。何が起きようとしている。切っ掛けがなく、予兆も見あたらない。しかし気づかぬほど小さな変化は着実に積み上げられ、それはやがて目に見えるほどの大きさを見せるようになる。
 誰から始めたのかわからない。カガリ自身、いつから彼らに加わったのかわからない。誰かが空を見上げ、誰かが続き、やがて誰もが空を見上げていた。

「何だ……、あれは……?」

 太陽のように厳かで、ダイヤモンド・リングの輝きのように人々はこぞってそれを見上げていた。日の沈んだ空。新月の夜空を我がもの顔で漂う黄金の輝きがあった。

(落ち着け、あれはただのモビル・スーツだ……)

 皆既日食など何ら関係がない。夜は毎日訪れる。新月の夜など一月もかからない周期で訪れる。あれが何か特別なものでなどあるものか。
 全身を黄金の装甲で包み、手足が細長く全体として大型の人型をしている。25m前後だろうか。モビル・スーツにしては大型の体を淡い光に包み込み、オーブの夜空を漂っていた。
 ガンダムの顔を持つ、ガンダムだ。
 手に武器はなく、その姿は黄金のまばゆさを伴い、彫刻、神を模した像のようにさえ思えた。それが単なる兵器であり、ガンダムと呼ばれる最強の兵器であるということを、カガリでさえ一瞬意識の外に投げ出した。
 それは背中からさも2対、4枚の翼を広げるように、腕を伸ばした。やはり黄金の装甲をもつ細長いユニットが4機、多節式のアームで連結され蠢いたのだ。ユニットの先端には、複数の銃口が開いているのが見えた。

「散れ!」

 この指示さえすでに時遅い。4機のユニットから計16門ものビームが降り注ぐ。ビーム・ライフルを束ね、まとめて発射するようなものだ。オノゴロ島に次々と着弾し、派手な爆発をいくつもまき散らした。

「気を抜いていたつもりはないが……」

 では何故先制攻撃を許した。ゼフィランサスの作り出す兵器はいつも見栄えよく、つい見とれてしまうことがある。あれはガンダム。である以上、ゼフィランサスが造り上げた機体なのだろう。
 イージスのライフルが上空を狙う。アルトレイたちが次々とビーム・ライフルの引き金を引いた。幾条ものビームが立ち上り黄金のガンダムを目指す。夜空に黄金。的にしてくださいと言っているようなものだ。
 嫌な感覚だ。ガンダムは兵器にすぎない。兵器である以上、必ず破壊することができる。しかしゼフィランサスの作品だと思いあたると、なかなか破壊される瞬間が想像できない。黄金のガンダムはその通り、ミノフスキー・クラフトの輝きに全身を包みながら、滑るようにビームを回避していく。そして再び16門のビームが火を吹いた。オノゴロ島の地表が焼かれ、木々の破片が飛び散っていく。
 イージスの側にいたアストレイが、正面から胸部を撃ち抜かれ爆散する。
 入射角がおかしい。上空から放たれたビームが正面から突き刺さる訳がない。気づくのは、いつも一呼吸遅れている。海岸線からデュエルダガーが足を使って、上空からデュエルダガーがスラスターで降りて、オノゴロ島へと揚陸しようとしていた。肝心要のアストレイがあたりもしない攻撃を黄金のガンダムに繰り返している最中にだ。

「黄金にばかり気を取られるな!」

 カガリも人のことをいえた義理ではないが、完全に策略に乗せられた。目立つ機体がこちらの注意を引き、主力部隊が隙をついて揚陸を果たす。ガンダムは究極の決戦兵器でなぞないが、では、たった1機の登場がオノゴロ島の防衛線を引き裂いた事実をどう説明する。
 アストレイたちは完全に浮き足立っている。すでに上陸したデュエルダガーへと反撃しようとすると、黄金のガンダムは狙い澄ました一撃でアストレイを撃ち抜いた。黄金のガンダムを恐れ空を見上げれば文字通り足下をすくわれる。
 辛うじて敵の猛攻をしのいでいたオノゴロ島は、急速に戦線が動き始めていた。最悪の方向へ。

(黄金の奴を潰さなければオーブは終わる!)
「レドニル、ここの指揮はお前がとれ! 私は奴をしとめる!」

 恐らく堅物のレドニル・キサカはカガリを止めようとすることだろう。あくまで推測なのは、イージスがすでに空へと飛び出していたからだ。
 すでに皆既日食は終わっていた。空はすでにやかましいほどに慌ただしい。黒塗りの輸送機からは次々とデュエルダガーが降下し、撃ち上げる弾と撃ち下ろす弾とが交錯する。
 全身が黄金。やはり大きさはイージスよりも一回りほども大きい。しかし巨大というよりは雄大。まるでその大きさに必然性を持つ芸術品のような機体である。あれほどのビームにさらされたというのに、その黄金はくすみもしていない。
 これまで大きさに怯えたことなどなかった。ただ大きいだけなら鼻で笑っていられたことだろう。血なまぐさい戦争の風景と硝煙の香りの中、それは神々しいばかりの姿でカガリのことを待ち受けていた。戦場のただ中で見せつける圧倒的な余裕は、プレッシャーさえ伴っているようにさえ思えた。
 神像にしては黄金はいささか俗な印象がある。ではこれは何だ。神の騙る膨大な悪意そのものか。かつて天使の長は、自らを造物主との対等を主張し、そして天の国から追放された。
 ならば魔王か。
 イージスがライフルを向けるとともに引き金を引く。大きな体は、それだけ回避が難しいことを示している。ガンダムがこれで終わるとは思えない。しかしどのように回避するのか想像もつかないまま、ビームは直撃の軌道を描いた。そして、その黄金の装甲に触れるもおこがましいかのように、装甲表面を滑って通り過ぎていった。

「ビームを弾く……!?」

 こんなことを叫んでいる暇があるのなら動くべきであったのだ。
 黄金のガンダムは、まったく無駄のない動きで空を滑るとイージスへと接近する。すわ体当たりかという軌道であったはずだ。それなのに、黄金のガンダムはイージスの体を通り抜け背後に移動していた。
 何をされたのかもわからない内に、ライフルとシールドが切断されていた。ただれた傷跡。ビームによって切断されたことはわかっている。両手からそれぞれ投げ捨てると、眼下の地面に届く前に両方とも爆発する。
 イージスを振り向かせる。黄金のガンダムは何事もなかったかのようにその体を輝かせていた。
 まったく不気味な光景だ。目の前にありながら、しかし実在を確信できない。その大きさ、その輝き、不可視のプレッシャーと相まって絵空事のようにさえ思えてならない。まさに魔王か。悪魔の実在を証明することは一般的ではないが、悪魔の実在を信じない人であろうとその恐ろしさは知っている。

「私は、おまえを倒す!」

 無理をして大声を出す。こうして自分を無理矢理にでも奮い立たせる必要があった。そのためのごくありふれた儀式であるとしていい。
 イージスにはまだ武器が残されている。つま先のプレート、袖口のプレート、計4枚のプレートからビーム・サーベルを発生させることができる。たとえ装甲がビームを弾こうとフレームなら破壊できるはずだ。
 スラスター出力を全開に、イージスは黄金のガンダムへ突撃する。
 こうして近づくと大きさの違いがよくわかり。1.5倍程度も違う。子どもが大人に切りかかるようなものだ。だが、問題はこの大きさではない。カガリを幻と現の狭間に追い込んでいるのはスケールではない。
 両手足。4本ものビーム・サーベルを振るい、振り回し、叩きつける。この攻撃をすべて防いだのは黄金の装甲ではなく、ビーム・サーベルそのものであった。
 黄金のガンダムは手から足から、それぞれビーム・サーベルを発していた。イージスと同様の機構で、しかしイージスよりも多大な出力を象徴して太く肉厚である。イージスのビーム・サーベルがフルーレなら、相手のは鉈のようなものだ。モビル・スーツなら4、5機まとめて両断してしまえそうなサーベルが軽々と振るわれる。
 守りに入れば一気に押し切られる。イージスのサーベルをとにかく振り回した。正確に狙っている余裕などない。ただ攻撃を繰り出し続け、敵に反撃の隙を与えないように動き回る。夜空の中、サーベルから漏れだしたビームの粒子にまぶしい。

(戦えない相手ではない!)

 まるで光の壁を叩きつけているかのように相手の防御を突破できる気配はない。ゼフィランサスもとんだ化け物を作り出したものだ。
 だが、それにも増してこのパイロットは一体なんだ。まるで激情や激昂というものを感じない。カガリ1人が必死で、機械の相手でもさせられているかのようにさえ思える。カガリを相手にそれほどまでに余裕でいられる敵など、これまでに考えたこともなかった。
 相手の型が変わった。四肢から延びるビーム・サーベルがイージスを襲い、そのすべてを防ぐ。鍔迫り合いなど生やさしいものではない。振り下ろされる一撃を、受け止めてなどいられない。こちらから迎え撃つようにサーベルを叩きつけ勢いを殺す。四肢の攻撃を四肢で防ぎ、そして反撃のために右腕を引き戻す。
 当然のことであるかのように、右腕は肘から先が消失していた。
 いつ、どのように斬られたのだ。確かに敵の攻撃は防いだはずであった。少なくとも、四肢にのばされたビーム・サーベルについては。黄金のガンダムは第5の、第6の、第7、第8の腕を伸ばしていた。バック・パックの4機のユニットがそれぞれビーム・サーベルを発生させていた。四肢と合わせて8本ものビーム・サーベル。
 もはや光そのものが瀑布となって襲いかかってくるとしか思えない。それほどまぶしく、激しく、意識さえ追い越してしまうほど速い。手が足が、頭が、イージスが切り刻まれていくわずか一瞬を、カガリは惚けたように呟くことしかできなかった。

「私は、夢でも見ているのか……?」

 黄金のガンダムの姿が、落ちていくイージスの中で急速に遠ざかっていく。




「カガリさん!」

 たたき落とされて助かる高さではない。アイリスはロッソイージスを変形させ、すでに胴体しか残されていないイージスを目指した。6本指の手のように機首を展開し、覆い被さるようにイージスを確かに掴み取る。
 ロッソイージスにかかる重量。余剰推進にゆとりのあるロッソイージスとは言え、突然の質量の増加は機体の機動に大きな負荷を与えていた。同時に落下中であったイージスを無理に持ち上げることは慣性からして両方に大きな負担となってしまう。
 アイリスは落下速度を弱めるように推力を調整し、海岸線を飛び越えてオーブの海へと降りる道を選んだ。
 うまい具合に周囲には敵影はない。イージスの残骸を掴んだまま、ロッソイージスは海面を裂いて海中へと入る。生じる泡の中、すでに側にはネロブリッツの姿もあった。暗い海の中ぼんやりとしか浮かばないネロブリッツへと、イージスの残骸を投げ渡すように指を開いて、受け止めてもらったことを確認してからロッソイージスを変形させる。水中での変形は初めてのことであったが、いつもより時間をかけてロッソイージスは人の姿を取り戻す。
 ディアッカと協力する形でイージスの胴体部分を運ぶ。浅瀬に横たえた。イージスの損傷は言うまでもなくひどい。機体はここに遺棄した方がいいだろう。コクピットのある胸部を2機のガンダムが覗き込むようにして確認する。

「無事か、オーブの姫さん?」

 ディアッカの言葉に呼応したわけではないのだろう。それでもコクピット・ハッチが開き、水が外へとあふれ出た。破損したことでコクピットの機密性が損なわれていた証拠だ。コクピットから姿を現したカガリは当然のように濡れていて、外に出た途端に、意識を失って倒れた。危うくイージスから落ちそうになったところをロッソイージスの手のひらで受け止めることができた。
 完全に意識を失っている。これでよくコクピットから出られたものだと思う。ディアッカも同じことを考えたようだ。

「気力だけでコクピットから這い出たのかよ……?」
「さすがですね……、その……」

 どんな誉め言葉を用意してもゴキブリ並の生命力だとかゴリラ顔負けだとか本人に聞かれたら怒られそうな言葉しか思いつかなかった。ゆっくりと言葉を考えている余裕もないようだ。近くの海面が爆発して、波が腰まで海水につけていたロッソイージス、ネロブリッツにかかる。

「アイリス、援護する。本陣まで運ぶぞ」

 ネロブリッツがビームを放ち敵を牽制する。その間にコクピット・ハッチを開き、ロッソイージスの手を誘導する。アイリスはカガリを背負うなりコクピットへと戻る。ノーマル・スーツを着たカガリのヘルメットを脱がせると額を切っているくらいで大きな外傷はないらしい。

「カガリさん、あと少し待ってくださいね」

 ハッチを閉じ、アイリスもまたビームで海に腰を浸している敵部隊の方にビームを撃ち込む。吹き出した水柱が視界を塞いでいる内に2機のガンダムはミノフスキー・クラフトの輝きを纏い飛び上がった。




 オノゴロ島。大西洋連邦軍が揚陸を果たし、各地で火が燃えさかり、夜空を削っていた。立ち上る黒煙を朱に染めている。
 黄金のガンダムは空にあった。それは万軍の王のように攻め進む軍勢を見下ろし、獄卒のようにその様を眺めている。そして、戦士のように対峙すべき敵を待ち受けていた。やがて白い装甲に赤いフレームを輝かせた、ガンダムが同じ空で顔を合わせる。ZZ-X000Aガンダムオーベルテューレ。キラ・ヤマトの機体である。

「エインセル・ハンター……。その機体もゼフィランサスが?」
「ZZ-X300AAフォイエリヒガンダム。ゼフィランサスが我々ムルタ・アズラエルのために造り上げてくれたゼフィランサス・ナンバーズ。その初号機です」

 まばゆいばかりの機体である。巨大でありながら均整のとれたその造形はただモビル・スーツを大きくしたわけではないことを示している。
 GATシリーズで得られたデータを基にして作り上げたでは時間が合わない機体である。すなわち、GATシリーズよりも以前に造られた機体、GATシリーズこそが黄金のガンダムのデータを基に造られた、量産のテストベッドの一つであることを意味した。量産機であるデュエルダガーと平行して造られた、高級量産機のような位置づけなのだろう。

「10年前、我々の下に来た、失礼、我々が連れ去ったゼフィランサスはゼフィランサス・ナンバーズの開発から着手しました。その過程で生み出された技術、ノウハウを利用する形でメビウスが、GATシリーズが造られました。そしてそのデータを還元する形でゼフィランサスはゼフィランサス・ナンバーズを完成させてくれました」
「そのためにユーリ・アマルフィ議員の子息を殺害したんですね?」

 これほどの機体を動かすためには核動力を必要とする。そして核動力を使用するために必要なニュートロン・ジャマーを無効化する装置を開発したユール・アマルフィ議員が装置の封印を解く切っ掛けには、間違いなく子息の死が挙げられる。
 冷静と誠実は人の美徳だと誰かが言おうとも、それはすべての場合において適用される訳ではないらしい。エインセル・ハンターはあくまでも冷静で、嘘偽りない言葉で、しかし冷酷な悪意を語る。

「それだけではありません。議員は穏健派の議員でした。それでは困るのです。ザフトにはアラスカに攻め込んでいただきたかった。同じく子を愛する父として、議員の気持ちは痛いほどわかります」
「仮にそれが本心だとしても、それでもこんなことができるあなた方のことは、僕には理解できない」
「だから敵なのです。私とあなたは」

 血のような赤に包まれた純白の一角獣と黄金の輝きを放つ魔王。
 どちらもZと、終わりの花を名付けられた少女の手によって生み出され、そして少女のために戦うことを目的としている。




 戦時中であり、国防の中枢を担う指令室は誰もが職務に呑まれていた。他の軍事基地と何ら変わることはない。巨大なモニターに戦況が映し出され、オペレーターたちが各自のデスクを覗き込んでは矢継ぎ早に指示を飛ばしている。
 その中で、ウズミ・ナラ・アスハは上等な椅子に、ゆったりと座っていた。椅子は1番高い場所にある。ただし、それが意味するところは何とも虚しいものである。所詮文民にすぎないウズミが作戦指揮をとれるはずもなく、ただ焼かれる祖国と民の姿を眺めていることしかできない。
 所詮は象徴でしかないのだ。もはや、何事においてさえ。

「お父様」

 呼びかけられ、横を向く。ウズミのことをお父様と呼ぶ者は2人しかいない。カガリは戦場に出ている。だとすると、エピメディウム・エコーに他ならない。
 椅子が床より高い位置に置かれているため、程良い高さで娘と視線が交わる。赤と青の瞳を持つ少女である。とても指令の権限を有しているとは思えない軽やかな服装をしている。

「エピメディウムか。……防衛線は崩れてしまったそうだな」

 聡明な娘はウズミの顔を見たまま、目をそらそうとはせずに、同時に何も語ろうともしない。
 目をそらしたのはウズミの方であった。戦況を確認するためとかこつけて正面を向く。オーブを裏から操り、この状況を招いたのはエピメディウムによるところが大きいが、娘は大きな力に従っていたにすぎず、そして、それを抑えられなかったのはウズミの責任である。だがそれを、娘と向き合ったままでは恨み節の1つでも言ってしまうのではないか、それが恐ろしかった。
 視界の隅で、エピメディウムが何かを取り出している仕草が見えた。

「不忠の娘を、お許しいただけるとは思えません。そして僕は、役割を果たさなければならない」

 もう1度横を向く。すると、エピメディウムが手に何かを握りしめていた。グリップであり、その先端には何らかのボタン。ケースによって防備されているため、不注意で押されることなどない、厳格な基準の下使用されるものであることに疑いはない。

「これは起爆装置です。すでにモルゲンレーテ本社、及びマスドライバーに十分な量の爆薬を設置済みです。このボタン一つで、僕はオーブを大いに傷つけることができる立場にあります」

 エピメディウムは極めて淡々と事実を明かした。本来は朗らかな気質であるが、父であるウズミの前では伏し目がちで、明るい表情を見せることは少ない。
 愚かではあれ、無能な為政者になったつもりはない。わかっていたことなのだ。オーブが陥落すると、大きな被害を受けるのは無論オーブである。だが、不利益を被るのはプラントなのだ。モルゲンレーテ社の技術やマスドライバーが大西洋連邦に渡れば、宇宙への侵攻が速まることとなるのだから。エピメディウムをはじめとするオーブに潜入している工作員がそれを見過ごすはずがないのだ。そして、何よりもプラントの国益を優先するであろうことも。

「そんなことをすれば、オーブの戦後復興が大きく遅れることになる。それに、まだ社員や家族が残されている。わかっているのか、エピメディウム……」

 国家元首を1度は担った者として、そのような暴挙は決して認めることはできない。プラントに利するために民の財産と命を危険にさらすことはできないのである。
 エピメディウムは弱々しくあけられた瞳をしながら、その手は確かにグリップを握りしめている。

「君は……、私の娘ではいてくれないのだね……?」

 ひどいことをした。エピメディウムは自分のしようとしていることをすでに悔いている。悪いことだと誰よりも理解している。それを今1度蒸し返したところで、エピメディウムの心をいたずらに苛むでしかない。ウズミもまた、エピメディウムの父であることはできなかったのだ。

「それがヴァーリ。そしてダムゼルです……」

 エピメディウムがケースに親指をかける。それを、ウズミは止めようとは思わなかった。どこかで期待していたのかもしれない。娘が、このような暴挙を思いとどまってくれることを。
 その時、指令室の扉が勢いよく開いた。自動ドアであるため、速度は一定のはずだが、どこかのせっかちが手で無理矢理扉を加速させたらしかった。だいたい想像はつく。現れたのは、やはりウズミのもう1人の娘、カガリである。ノーマル・スーツを着崩し、ところどころに包帯やテープが貼られている。
 そのすぐ後ろからはエピメディウムと同じ顔をした少女と、褐色の肌をした少年とがいる。

「ちょっとカガリさん、まだ意識が戻ったばかりなんですよ」
「医者の言葉なんて聞いていたら、墓場に行くまでベッドから起きあがれん」

 医者の許可もなく飛び出してきたらしい。まったく、カガリは無鉄砲がすぎる。

「エピメディウム、それをよこせ」

 それ。エピメディウムが握りしめている起爆装置のことである。そのことを聞いていたはずはないが、カガリは確信じみて手を差し出した。妙に勘が鋭く、直感を疑わずに行動することが多い娘である。悪く言えば考えなしの猪突猛進であるが、行動力、実行力があると言えなくもない。
 エピメディウムは一瞬呆気にとられた後、小さく笑みをこぼした。

「駄目だよ。これは起爆装置で、モルゲンレーテやマスドライバーを破壊するための大事なものなんだから」

 ケースに再び指が置かれる。赤い色をした半透明のケースで、持ち上げてボタンを露出する仕組みである。

「わかるかい、カガリ? 僕はオーブを傷つけたくなんてない。でも、マスドライバーは壊さなければならない。そのためにオーブを犠牲にしなければならないのなら、そうせざるを得ないんだ」

 まだケースを開けようとはしないが、その指には力が込められていることがわかる。

「僕の苦しみを、君はわかってくれるかな?」

 エピメディウムは微笑む。ただそれは、どこか無理をしているような寂しさがある。カガリは睨む。自分の心のありようをありのままさらけ出している様子で、人に遠慮を感じさせない。

「ああ、わかった」

 言うなり、カガリは跳び出した。瞬く間にエピメディウムの腕をとると、あり得ない方向へとねじ曲げる。そのまま、腹部に強烈な膝蹴りを見舞うことで、エピメディウムを壁へと叩きつきた。見事な動きで、無駄がない。起爆装置はカガリの手に握られていた。

「爆破は私に阻止された! これでいいんだろ!」

 カガリに見下ろされて、エピメディウムは壁によりかかりながら座っていた。口の端に血がつき、起爆装置を握っていた右腕は不自然な形になっている。息が途切れがちでありながら、それでも顔は笑っているようにも見える。

「あ、ありがと……、でも、やりすぎ……」
「エピメディウムさん……」
「ここまでするかよ、普通……」

 痛みをこらえながら、苦痛にうめきながらも、エピメディウムはしっかりとした眼差しをしていた。

「でも、まだ終わりじゃない……。デンドロビウムが次の手を、打つはず……」

 この言葉を耳にした途端、ウズミは椅子から跳びあがるように立ち上がった。

「施設からの民を退避させよ!」

 オーブの主要な施設に爆弾が仕掛けられている事実を、ウズミはオペレーターの反論を一切許すことなくまくし立てた。議論をしている暇もなければ、押しつけてでも事態を把握させる必要があったのだ。
 張り子の虎でもよい。虚勢であろうとも、この一瞬に信じ込ませればそれでいいのだ。

「しかし、それでは市民が戦場に投げ出されることになります!」

 オペレーターの1人が声を張り上げる。だが、反論などさせている余裕はないのである。

「敵軍司令部に通信をつなげ! 当方にこれ以上の戦闘の意志はなく、貴君の冷然たる判断を期待すると伝えるのだ! 伝えよ!」

 ウズミの突然の指示に戸惑っていたオペレーターたちが、再び職務へと集中する。ここで、ウズミは息を吸い込んだ。わかっている。防衛線が突破され、戦況は混戦模様を呈している。この混乱の最中、どこまで指令が徹底されるかは疑わしい。
 市民に多大な被害が出るであろうことは、わかりきっているのだ。結局、民を危険にさらし、その命を奪うことしかできない。この事実に打ちのめされる思いが、ウズミを再び椅子へと座らせた。退避勧告が出ている様子がモニターに映し出されている。流れ弾がいつ落ちても不思議でない場所が、これから市民の逃げる先となる。

「カガリ、敗北の責任を負うのは私だけでよい。行くのだ……」

 目をそらすわけにはいかない。モニターを見つめたままで、カガリへと声をかける。

「お父様……」

 すがってくるような娘の声。だが、応えるわけにはいかない。そんなことをしている余裕はないのである。

「行くのだ!」

 返事はない。カガリの方を見てやることもできなかった。無言のまま、娘たちが走り去る音だけが聞こえていた。走り去る2人の娘。その姿を、ウズミは眺めようとはしなかった。そんな資格など、ありはしないのだ。
 エピメディウムに起爆装置を見せられても、ウズミは危機感を覚えることはなかった。だが、他のダムゼルの手に危機が握られていると知ると、それは圧倒的な焦燥感としてウズミを襲った。
 娘のことを信じてやれたのだ。ただ一つの慰めを、ウズミは抱いていた。




 眼下には地球が広がり、投下されたコンテナは瞬く間に赤熱しながらと落ちていく。降下先はオーブ上空。正確にはオノゴロ島、及びカグヤ島の上空である。
 ちょうど卵の殻が剥がれるようにコンテナが弾ける。すると、内部から露出したのはあらゆる方位から串刺しにされた球体であった。黒いコア・ユニットにいくつもの突起が取り付けられている。
 電磁パルス発生装置グングニール。
 強力な電磁パルスを生じることでその範囲内の電子機器を破壊することができる。数、規模さえ揃えられたのならモビル・スーツさえ機能停止に追い込むことのできる極めて強力な兵器であるが、これまで実戦に投入されなかった理由は2つある。いくら宇宙における制空権が確保されているとは言え、それぞれの地球国家は自国へ降下する物体へ目を光らせており、大規模に投下する前に発見されてしまうこと。また試作段階にとどまっているため、そこまで強力な電磁パルスを発生できないことが挙げられる。
 それでも、簡単な機器の誤作動を誘発することなら可能である。たとえば、事前に仕掛けられた爆弾の起爆装置など。グングニールが起動すると、それは人の目には何も変わって見えることはなかった。
 モルゲンレーテ本社、マスドライバーの要所に仕掛けられた爆弾、正確にはその起爆装置の基盤に不自然な電流が発生し、あってはならない誤作動が発生する。
 モルゲンレーテ社社屋の至るところで爆発が散発する。正当な起爆プロセルを踏んだ訳ではない爆発は各爆弾ごとにばらばらのタイミングで、あるいは爆発しないものとしたものとに別れ、建物全体を崩落させるまでには至らなかった。一角が崩れ落ち、それに伴い発生した粉塵が覆い尽くす。
 空へと反り返った巨大なレール。マスドライバーにも爆発は同時に発生していた。構造そのものは鉄筋でできたマスドラアイバーは、遙かに少量の爆薬でより深刻な被害を発生させる。土台から延びた鉄筋が破断し、マスドライバーそのものが大きく揺さぶられる。軋み、巨大な生物が断末魔の声を上げながら倒れていくように、マスドライバーは海へと倒れ込んだ。海水が吹き上げられ、巨大な白い壁を築く。
 太陽が完全に沈んだ夜はまもなく静けさを取り戻し、オーブの敗北を象徴していた。




 デンドロビウム・デルタの乗艦する艦は特異な形状をしていた。2つの長大なコンテナが平行に並べられ、その下にブリッジをはじめとする艦船機能が集中した小型ブロックが取り付けられている。それは飛行船を思わせる。
 ただし、何も補給物資しか運搬できない理由は用意されていない。事実、グングニールはこの輸送艦から投下されたのである。
 狭いブリッジ--輸送艦に戦艦ほどの機能は必要とされない--は暗い。風防から覗く地球の光の方がよほど照明の代わりを果たすほどだ。この艦長席に、デンドロビウムは体育座りのように膝を抱えて座っていた。すぐ後ろにはいつものようにコートニー・ヒエロニムスが立っている。

「マスドライバー、及びモルゲンレーテの破壊を確認しました、デンドロビウム様」
「そうか……」

 膝を抱えているのは、心細いとかそんなことでは決してない。少なくとも、コートニーは何やら勘違いしたようなのだが。

「エピメディウム様はオーブを守りたかった。違いますか? それなのにあなたはそんな妹君を裏切ってまでオーブを破壊しようとした。私にはそれがただのシーゲル・クラインへの忠誠だけでは説明できないように思われます」
「私の側にいたいなら余計なことは聞くな。そう約束したな?」

 デンドロビウムとエピメディウム。DとE。そして、同じ第2研のFのことは、姉妹だけの秘密でいいのだから。


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