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No.32266の一覧
[0] 機動戦士ガンダムSEED BlumenGarten(完結)[後藤正人](2023/10/28 22:20)
[1] 第1話「コズミック・イラ」[後藤正人](2012/10/12 23:49)
[2] 第2話「G.U.N.D.A.M」[後藤正人](2012/10/13 00:29)
[3] 第3話「赤い瞳の少女」[後藤正人](2012/10/14 00:33)
[4] 第4話「鋭き矛と堅牢な盾」[後藤正人](2012/10/14 00:46)
[5] 第5話「序曲」[後藤正人](2012/10/14 15:26)
[6] 第6話「重なる罪、届かぬ思い」[後藤正人](2012/10/14 15:43)
[7] 第7話「宴のあと」[後藤正人](2012/10/16 09:59)
[8] 第8話「Day After Armageddon」[後藤正人](2014/09/08 22:21)
[9] 第9話「それぞれにできること」[後藤正人](2012/10/17 00:49)
[10] 第10話「低軌道会戦」[後藤正人](2014/09/08 22:21)
[11] 第11話「乾いた大地に、星落ちて」[後藤正人](2012/10/19 00:50)
[12] 第12話「天上の歌姫」[後藤正人](2012/10/20 00:41)
[13] 第13話「王と花」[後藤正人](2012/10/20 22:02)
[14] 第14話「ヴァーリ」[後藤正人](2012/10/22 00:34)
[15] 第15話「災禍の胎動」[後藤正人](2014/09/08 22:20)
[16] 第16話「震える山」[後藤正人](2012/10/23 23:38)
[17] 第17話「月下の狂犬、砂漠の虎」[後藤正人](2014/09/08 22:19)
[18] 第18話「思いを繋げて」[後藤正人](2014/09/08 22:19)
[19] 第19話「舞い降りる悪夢」[後藤正人](2012/10/25 21:56)
[20] 第20話「ニコル」[後藤正人](2014/09/08 22:18)
[21] 第21話「逃れ得ぬ過去」[後藤正人](2012/10/30 22:54)
[22] 第22話「憎しみの連鎖」[後藤正人](2012/10/31 20:17)
[23] 第23話「海原を越えて」[後藤正人](2012/10/31 21:07)
[24] 第24話「ヤラファス祭」[後藤正人](2012/11/01 20:58)
[25] 第25話「別れと別離と」[後藤正人](2012/11/04 18:40)
[26] 第26話「勇敢なる蜉蝣」[後藤正人](2012/11/05 21:06)
[27] 第27話「プレア」[後藤正人](2014/09/08 22:16)
[28] 第28話「夜明けの黄昏」[後藤正人](2014/09/08 22:15)
[29] 第29話「創られた人のため」[後藤正人](2012/11/06 21:05)
[30] 第30話「凍土に青い薔薇が咲く」[後藤正人](2012/11/07 17:04)
[31] 第31話「大地が燃えて、人が死ぬ」[後藤正人](2012/11/10 00:52)
[32] 第32話「アルファにしてオメガ」[後藤正人](2012/11/17 00:34)
[33] 第33話「レコンキスタ」[後藤正人](2012/11/20 21:44)
[34] 第34話「オーブの落日」[後藤正人](2014/09/08 22:13)
[35] 第35話「故郷の空へ」[後藤正人](2012/11/26 22:38)
[36] 第36話「慟哭響く場所」[後藤正人](2012/12/01 22:30)
[37] 第37話「嵐の前に」[後藤正人](2012/12/05 23:06)
[38] 第38話「夢は踊り」[後藤正人](2014/09/08 22:12)
[39] 第39話「火はすべてを焼き尽くす」[後藤正人](2012/12/18 00:48)
[40] 第40話「血のバレンタイン」[後藤正人](2014/09/08 22:11)
[41] 第41話「あなたは生きるべき人だから」[後藤正人](2014/09/08 22:11)
[42] 第42話「アブラムシのカースト」[後藤正人](2014/09/08 22:11)
[43] 第43話「犠牲と対価」[後藤正人](2014/09/08 22:10)
[44] 第44話「ボアズ陥落」[後藤正人](2014/09/08 22:08)
[45] 第45話「たとえどんな明日が来るとして」[後藤正人](2013/04/11 11:16)
[46] 第46話「夢のような悪夢」[後藤正人](2013/04/11 11:54)
[47] 第47話「死神の饗宴」[後藤正人](2014/09/08 22:08)
[48] 第48話「魔王の世界」[後藤正人](2014/09/08 22:08)
[49] 第49話「それが胡蝶の夢だとて」[後藤正人](2014/09/08 22:07)
[50] 第50話「少女たちに花束を」[後藤正人](2014/09/08 22:07)
[51] 幕間「死が2人を分かつまで」[後藤正人](2013/04/11 22:36)
[52] ガンダムSEED BlumenGarten Destiny編[後藤正人](2014/09/08 22:05)
[53] 第1話「静かな戦争」[後藤正人](2014/09/08 22:01)
[54] 第2話「在外コーディネーター」[後藤正人](2014/05/04 20:56)
[55] 第3話「炎の記憶」[後藤正人](2014/09/08 22:01)
[56] 第4話「ミネルヴァ」[後藤正人](2014/06/02 00:49)
[57] 第5話「冬の始まり」[後藤正人](2014/06/16 00:33)
[58] 第6話「戦争の縮図」[後藤正人](2014/06/30 00:37)
[59] 第7話「星の落ちる夜」[後藤正人](2014/07/14 00:56)
[60] 第8話「世界が壊れ出す」[後藤正人](2014/07/27 23:46)
[61] 第9話「戦争と平和」[後藤正人](2014/08/18 01:13)
[62] 第10話「オーブ入港」[後藤正人](2014/09/08 00:20)
[63] 第11話「戦士たち」[後藤正人](2014/09/28 23:42)
[64] 第12話「天なる国」[後藤正人](2014/10/13 00:41)
[65] 第13話「ゲルテンリッター」[後藤正人](2014/10/27 00:56)
[66] 第14話「燃える海」[後藤正人](2014/11/24 01:20)
[67] 第15話「倒すべき敵」[後藤正人](2014/12/07 21:41)
[68] 第16話「魔王と呼ばれた男」[後藤正人](2015/01/01 20:11)
[69] 第17話「鋭い刃」[後藤正人](2016/10/12 22:41)
[70] 第18話「毒と鉄の森」[後藤正人](2016/10/30 15:14)
[71] 第19話「片角の魔女」[後藤正人](2016/11/04 23:47)
[72] 第20話「次の戦いのために」[後藤正人](2016/12/18 12:07)
[73] 第21話「愛国者」[後藤正人](2016/12/31 10:18)
[74] 第22話「花の約束」[小鳥 遊](2017/02/27 11:58)
[75] 第23話「ダーダネルス海峡にて」[後藤正人](2017/04/05 23:35)
[76] 第24話「黄衣の王」[後藤正人](2017/05/13 23:33)
[77] 第25話「かつて見上げた魔王を前に」[後藤正人](2017/05/30 23:21)
[78] 第26話「日の沈む先」[後藤正人](2017/06/02 20:44)
[79] 第27話「海原を抜けて」[後藤正人](2017/06/03 23:39)
[80] 第28話「闇のジェネラル」[後藤正人](2017/06/08 23:38)
[81] 第29話「エインセル・ハンター」[後藤正人](2017/06/20 23:24)
[82] 第30話「前夜」[後藤正人](2017/07/06 22:06)
[83] 第31話「自由と正義の名の下に」[後藤正人](2017/07/03 22:35)
[84] 第32話「戦いの空へ」[後藤正人](2017/07/21 21:34)
[85] 第33話「月に至りて」[後藤正人](2017/09/17 22:20)
[86] 第34話「始まりと終わりの集う場所」[後藤正人](2017/10/02 00:17)
[87] 第35話「今は亡き人のため」[後藤正人](2017/11/12 13:06)
[88] 第36話「光の翼の天使」[後藤正人](2018/05/26 00:09)
[89] 第37話「変わらぬ世界」[後藤正人](2018/06/23 00:03)
[90] 第38話「五日前」[後藤正人](2018/07/11 23:51)
[91] 第39話「今日と明日の狭間」[後藤正人](2018/10/09 22:13)
[92] 第40話「水晶の夜」[後藤正人](2019/06/25 23:49)
[93] 第41話「ヒトラーの尻尾」[後藤正人](2023/10/04 21:48)
[94] 第42話「生命の泉」[後藤正人](2023/10/04 23:54)
[95] 第43話「道」[後藤正人](2023/10/05 23:37)
[96] 第44話「神は我とともにあり」[後藤正人](2023/10/07 12:15)
[97] 第45話「王殺し」[後藤正人](2023/10/12 22:38)
[98] 第46話「名前も知らぬ人のため」[後藤正人](2023/10/14 18:54)
[99] 第47話「明日、生まれてくる子のために」[後藤正人](2023/10/14 18:56)
[100] 第48話「あなたを父と呼びたかった」[後藤正人](2023/10/21 09:09)
[101] 第49話「繋がる思い」[後藤正人](2023/10/21 09:10)
[102] 最終話「人として」[後藤正人](2023/10/28 22:14)
[103] あとがき[後藤正人](2023/10/28 22:17)
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[32266] 第25話「別れと別離と」
Name: 後藤正人◆ced629ba ID:8a6b0ab7 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/11/04 18:40
 C.E.61初頭。
 白い部屋の中。汚れが見つけやすいように白く染められたこの部屋はそれを徹底していた。床、天井、壁には一面ガラス張りで通路の様子を目視できる構造があるがそこさえ除けばやはり白い。部屋の中央に置かれたベッドのフレームからシーツに至るまでやはり白い。照明のもたらす光が白く染め上げているのではないか。そう疑惑の念を抱くように、照明にも白色光が採用されている。
 この部屋の主たる少女はベッドで上体を起こして座っている。衣服は清潔感のある、やはり白。少女の白い肌の上を這う幾本ものケーブルさえ白を徹底していた。ケーブルの先はベッド脇の物々しい器具に消えている。この器具さえ白いのだと言えば、もはやくどい。
 何か別の色を探すとすると、少女の瞳の赤さと、その瞳が捉える1人の少年である。
 少年はベッドの脇に立っていた。少女と同じくまだ5歳程度の子どもであり、そのためベッドの上の少女とは視線の高さが一致している。そのためか、2人はその視線を外そうとはしない。

「テット、また実験機、壊したんだって?」

 少女が楽しげに笑うと背中まで伸びた白い髪が揺れた。少年は低い位置で手のひらを上に向け、大げさな仕草でお手上げだとか手に負えないといったポーズを見せた。

「サイサリスの設計が悪いんだよ。コスト・パフォーマンス、コスト・パフォーマンス。安物をどれだけマシにできるかしか考えてないじゃないか」

 濃い栗色の髪の少年は幼子特有の癇癪を見せるように口を尖らせる。床を軽く蹴って見せるなど、その言動には幼さ故の粗暴さが目立つ。少女の白い髪に無造作に手を伸ばした時も、少年は躊躇いや配慮というものを見せない。無遠慮にその指に少女の髪を絡ませた。

「やっぱり、一度君の機体に乗ると、もう他の奴が設計したのなんて乗れないよ」

 嫌がる素振りもなく少年の愛撫を少女は受け入れる。その顔から笑顔が離れることは決してない。

「でも、私のはお金がかかりすぎるってジャンさんにいつも怒られてるんだよ」

 感情を抑えることを知らない少年はやはり、露骨に顔をしかめた。

「今度あったら文句言ってやるよ!?」
「駄目だよ、テット」

 まるで少年ならそう言うとわかりきっていたかのように、少女の対応は早い。少年の頬を優しく撫でながら、まるで諭すような声をかける。そうされることで、少年も次第に落ち着いた素振りを見せ始める。
 少年はその代わりとして、熱にでも浮かされたような眼差しで少女を見つめると、ゼフィランサスと少女を呼ぶ。少女もまた少年をテットと呼ぶと、扉が開く音がした。
 少年は少女の髪に指を絡ませながら、少女は少年の頬を撫でながら、2人は扉の方を見る。通路の様子がわかる窓の脇に、この部屋唯一の出入り口として設置されている扉が開かれている。そこには赤い瞳の少女と同じくらいの歳で、同じ顔をして白い髪、ただし瞳は黒い少女が立っていた。
 赤い瞳の少女の柔らかい微笑みとは異なり、どこか不機嫌とも見える顔をして、その視線は少年を射抜く。

「テット、もう時間だ。寝床へ帰れ」

 声質もどこか重苦しい。大きなため息をついて、少年は黒い瞳の少女の来訪を露骨に嫌がる。

「またお邪魔虫がきた」

 この少女もまた、少年を睨むことを隠そうとしない。少年が一瞬だけ睨み返したのは、決して脅しに屈したわけではないという、子どもなりの自尊心の現れである。ベッドから離れながらも、少年の手は名残惜しげに赤い瞳の少女の髪を撫でていた。

「また来るよ、ゼフィランサス。それに一応ユッカも」

 赤い瞳には手を振って、黒い瞳にはそのすれ違いざまもう1度睨みつけてから、少年は扉から出ていく。扉が閉められた音を確認してから、黒い瞳の少女はベッドへと歩き出す。

「テットは相変わらず餓鬼だな。あいつのどこがいいんだ、ゼフィー」

 それは難しい質問だよ。そんなことを笑いながら言いながら、赤い瞳の少女は同じ顔をした少女がベッドの脇にまでたどり着くことを待つ。赤い瞳の少女は何かに祈るように胸の前でその小さな白い手を合わせた。

「私はテットが好き。でも、何かあって、テットが変わり果ててしまったとしてもきっと私は、テットを好きでいられると思うから」

 だから何が好きかと聞かれるとよくわからない。そう、笑いながら結論づける。ため息をついたのは黒い瞳の少女である。

「お前はまだ子どもだ。まだわからないとは思うが、男なんて考えてることはみんな同じだ。普段は1人で平気みたいな面しておきながら、ちょっと挫折するとすぐに女にすがってくるような弱虫だ!」

 力強く断言する黒い瞳の少女。赤い瞳の少女は大きな赤い瞳を丸くする。

「ユッカお姉ちゃんも同い年でしょ。それに、そんなところもかわい……」
「それはそうと、手術の日が決まったぞ」
「本当!」

 赤い瞳の少女は手を叩いてまで喜びを表現する。そのあまりの喜びように、対比として黒い瞳の少女が暗い顔をしているようにさえ見える。

「手術受けたらテットと一緒にいろんなところ行けるよね。動物園とか行ってみたいなぁ。夜行性の動物しか見られないかもしれないけど」

 努めて冷静に。黒い瞳の少女はそう自分に言い聞かせているようである。

「私は、どうした?」

 黒い瞳の少女は赤い瞳の少女の頭に手をおいた。これで、少女の黒い瞳からは赤い瞳が見えなくなる。

「だって、ユッカお姉ちゃんはこれからも一緒にいてくれるでしょ。男の人って、ほら、放浪癖あるから」

 ませたことを言うな。そう、ユッカ・ヤンキーは妹ゼフィランサス・ズールの髪をくしゃくしゃにかき回す。ゼフィランサスは苦情を言いながらも、笑って、姉との触れ合いを受け入れていた。




 部屋から追い出されても、テット・ナインはすぐ仲間たちのところへ戻るつもりにはなれなかった。仲間のことが嫌いなわけではない。アルファ・ワンは単純だけどいい奴だ。ギーメル・スリーはよく殴り合いの喧嘩はしても、反面1番よく話す。
 嫌なのは、テットだとかナインだとか、テットのことを9号機としか扱わない奴らのところへ帰ることだった。しかし、ゼフィランサスにもう1度会いに行ったとしてもユッカは許してはくれない。せめて顔を見てから帰ろうと、扉のすぐ横の窓を覗き込もうとした。
 まだ幼いテットでは少し背伸びする必要がありそうだ。そんなことを考えていると、足音が聞こえた。すると、テットの対応は早かった。足音から人数、距離、位置を素早く割り出す。足はすでに駆け出し、部屋のすぐそばの路地に身を隠した。
 部屋とは違い通路はまともに照明が照らされていないため、異常なほど静かに思えた。呼吸を整え、気配を殺し、路地で身動きしないよう息を潜める。こんなことならば何時間だって行える。あいつらからそんな訓練なら受けさせられてきた。
 やがて、足音が近づいてくる。数は2。革靴の音で、おそらくは男性。誰かは知らないくとも、どうせろくでもない奴に決まっている。テットはこのまま隠れてやり過ごすつもりだった。
 ところが、男2人は思いも寄らない場所で立ち止まった。距離からして、ゼフィランサスの部屋の前である。

「あれがズールか」

 聞こえてきたのは、これまでこの施設で聞いたことのない男の声だった。どうやら、窓の前で話をしているらしい。

「はい、ゼフィランサス・ズールです」

 こちらの声はわかる。ゼフィランサスに技術的な指導をしている技術者で、ジャン・カローロ・マーニとか言う奴だ。この施設の大人たちの間では比較的ましな部類に入るが、どうしたところでこんなところで働いている奴なんて高がしれている。
 テットはジャンの不必要とも思える軽い口振りが、やはり嫌いであった。
 また、ジャンではない方の男の声。何だか如何にも偉そうな声だ。

「確かに新機軸の兵器を生み出す力には優れているようだが、金がかかりすぎやしないかね」
「ですが、彼女の力はすばらしいものです。我々は1つの技術を得るために10の実験を行います。しかし、そうして得た技術の中でも実用に耐えるものは10に1つあるかどうか」

 自分で言ったことに勝手に興奮しているのだろう。ジャンの声はどんどん大きくなっていく。

「ところが、ゼフィランサスは頭の中にすでに完成品ができあがっているのです。10の実験? ナンセンスだ! ゼフィランサスなら1つでいい。そして得られた技術はそれはそれは見事な宝物です」

 10の実験を必要とせず、10の回り道も要らない。ゼフィランサスがどれだけすばらしい技術者であるのか、ジャンはまくし立てている。
 体を動かしては気づかれる恐れがあるため、相手の姿は見えない。それでも、テットは相手が何となく呆れ始めているのではないかと気づき始めていた。子どもでもわかることを、ジャンはどうしてわからないのだろう。
 相手はジャンの言葉を遮るように声を大にした。

「いいだろう。ズールをダムゼルに加えよう。第6のダムゼルにな」

 足を踏みならす音がしたのは、きっとジャンが小躍りしたから。ただ、ダムゼルとは何か、まるでわからない。これからも、わからない話が続く。

「だが、手術が成功しなければ意味がない」

 ゼフィランサスは生まれつき心臓が悪くて、車椅子なしだとベッドから出ることもできない。いつか手術を受けないと10歳まで生きられない。それなのにいつまでも手術の日程が伸びていることに、テットは周りの大人に怒りをぶつけたこともあった。
 それがようやく決まったことに、できることなら飛び跳ねて喜びたい。テットはあくまでも気配を消して聞き耳を立て続ける。どんなことがあっても気取らせてはならない。

「心得ております。移植心臓は遺伝型が近いものを用います」

 ようやくドナーが見つかったらしい。プラントの移植技術は優秀だって聞いている。免疫抑制剤を生涯にわたって接種する必要もないし、検査のために毎年細胞の一部を切り取る必要もない。1度移植さえしてしまえば、ゼフィランサスはきっと助かる。
 ジャンたち2人がいなくなったらすぐにでもゼフィランサスに報告してやろう。きっと、ユッカも喜んでくれる。そのためにもいつ、こいつらの話が終わるかが気になってしかたがない。そのためにも注意して聞いていると、思いも寄らない単語が耳に飛び込んできた。

「ユッカ・ヤンキー」

 どうしてユッカの名前が呼ばれたのか、理解することができなかった。それでもジャンは話を進めていく。

「同じ第9研です。近似の技術で作られた姉ならば拒絶反応の初期値を低いレベルに抑えられるでしょう」

 心臓が嫌な鼓動を刻む。

「ヴァーリを1つ潰すのか?」

 男はよほど演技派みたいだ。こんな時なのに、その声音はまるで変化を見せない。

「ユッカの才能は残念ながら妹には遠く及びません。生かしたところで見窄らしい人生を送るだけです。ところが劣った命で希代の才能が得られるのだとすれば素晴らしいではありませんか!? 妹のために姉が命を捧げるとは。正に命の贈り物。受け継がれる命のリレーです!」

 足音。大きさからして、ジャンではなくて相手の方がきびすを返したのだろう。

「だが、ヴァーリを公にするわけにはいかん。モビル・スーツ開発者はお前の名前を記すことになるだろう。ジャン・カルロ・マニアーニ」
「身に余る光栄です」

 ジャンの声がしてから、2人分の足音が遠ざかっていく。相手の気配が完全になくなって、それでもテットは動く気にはなれなかった。




 アスラン・ザラがつい伝えてしまったこと、それはゼフィランサスとキラ。そしてYのヴァーリであるユッカの悲しい物語。ゼフィランサスの口からアスランが拾い上げたその物語は砕けて割れて、代わりにキラがかけらを拾い集めた。

「僕はゼフィランサスにこのことを話さなかった。そして、手術は滞りなく成功した」

 遠くでゼフィランサスがあのことについて話始めた時、読唇術が使えるアスランは話をみんなに伝えようとはしなかった。だからみんなにはキラが話すことにした。ゼフィランサスが話すと決めたことを、隠したままでいることは卑怯な気がしたからだ。
 もう2人の様子を監視するつもりにもなれなくて、キラたちは近くの木を取り囲むように一周しているドーナツ状の椅子にバラバラに腰かけていた。
 だから誰もが誰の様子を見ることもない。傾きかけた日が、それぞれの顔に薄影を投げかけていた。あと1、2時間もすれば、あの日と同じように夜が来る。そろそろ地べたから伝わる熱も冷めつつあった。
 聞こえてきたのはミリアリア・ハウの声。事情を知るアスラン・ザラやジャスミン・ジュリエッタは押し黙ったままだ。

「それって……、ユッカさんが……」

 どんな顔して答えればいいかわからない。顔から力を抜くと、果たしてどんな顔になっているのだろう。

「死んだよ。いや殺された、それとも解体されたの方が正確かな?」

 実際、無駄なく利用されたらしい。角膜は移植用に摘出され、腎臓、肝臓、膵臓、脾臓はそのまま利用できる。筋繊維は引きちぎられて、骨髄を得るために骨格は取り出された。葬儀の必要もないからパイプを詰めて人の形に戻されたとも思えない。
 ふと思い浮かんだのは、見たこともない、鳥葬の光景。崖の上に安置された埋葬者は鳥にすべて食べられることで、死後の安寧を得るのだそうだ。喰い散らかされたユッカは、ではどうなるのだろう。
 ゼフィランサスを救うためにはユッカが犠牲になる他なかった。果たしてそうなのだろうか。少なくとも、キラはそう信じ、今も結論は変わっていない。
 もしもあの時を100回繰り返したとしても、キラは同じ決断をして、同じ結論を招くことだろう。キラはユッカを見捨てたのだ。ゼフィランサスという恋人を守るために。

「なあ……?」

 様子をうかがうようなトール・ケーニヒの声が聞こえていた。話しかけてくるのはヘリオポリスの友人ばかりだ。

「人工心臓とかないのか? 今なら、結構いいものができてるって……」

 皆が重く沈んだ中、せめて自分だけはと必死にもがいて、それでも抜け出すことはできない。
 自分の顔を覆うバイザーに手を当てながら、ジャスミンはまるで独り言のように小さくて、誰の顔も見ないまま語り出す。

「プラントは人工臓器とか、バイザーとか、その類の技術は驚くほど遅れてるんです」

 地球でならもっと小型で高性能なバイザーは存在する。ジャスミンが変更に踏み切れないのは、高性能パーツを手に入れられないプラントでは保全、修理ができないため恒常性を維持できないからだろう。機械よりも人の体の方がはるかに安価で安定して入手することができる。プラントとはそんな国なのだ。
 アスランがキラを呼んだ。

「俺は、お前が悪いなんて考えてない」

 無理矢理にでも力強く。そんな発声の仕方をアスランが選んだのは彼なりの優しさだろう。話すことさえ億劫だったろうに。

「でも、僕は選んだんだ。ゼフィランサスには生きてもらいたい。そのためにはユッカが死んでも仕方がないって」

 だからゼフィランサスには黙っていた。

「命は決して平等なんかじゃない。僕は選んでしまった。ユッカじゃなくてゼフィランサスを。カズイじゃなくてゼフィランサスを」

 姉が生きたまま心臓を抉えぐり出されそれが妹の胸に収まるまで、キラはゼフィランサスに黙っていた。

「命は等価なんかじゃないんだ。少なくとも、僕にとってはね……」

 気持ちでは動きたくないと考えていた。だが鍛えられた体は、いとも簡単に動かせてしまう。キラは立ち上がった。横から指してくる光が眩しい。

「僕は、ゼフィランサスからとても大切なものを奪ってしまったんだ……。そんなこと、わかってたはずなのに」




 ゼフィランサス・ズールはとても愛おしげで寂しげに、自分の胸を両手で押さえた。

「私の胸の中で……、ユッカお姉ちゃんはまだ私のことを守ってくれる……。お姉ちゃんが望むと望まざるとに関わらず……」

 ドナーがユッカであるということ。ゼフィランサスが知らないことをキラは知っていた。知っていて黙っていた。
 刻々と鋭さを増す陽光の中を1人の少年が歩いてくる。そのことにまず気付いたのはプレア・レヴェリーである。白い軍服を身につけたその少年は、見紛うことなくゼフィランサスとプレアの座るテーブルへと歩いている。
 プレアの視線に気付いて、ゼフィランサスもまた、少年を見る。少年はテーブルの側で立ち止まり、少年は少女の名を呼んだ。

「ゼフィランサス……」

 そして、少女は少年の名を呼ぶ。

「キラ……」

 この最中、プレアが起こした行動はまず立ち上がること。そして一語一句正確に発音された言葉を発すること。

「キラ・ヤマトさん」

 キラはプレアの方へと首を向けながらも、自身がキラであることを否定しない。この時点で、プレアはこの少年こそがキラ・ヤマトであると、ゼフィランサスの思い人であると確信する。
 プレアはおもむろに左手から手袋を外すと、キラへと投げつけた。

「あなたに決闘を挑みます」

 その手袋は白く、キラの胸へと衝突する。

「日没後、とても大きな花火を上げます。その時、最良の礼装と最高の力で、僕と戦ってください」

 プレアは歳不相応に落ち着き払って決闘を挑み、キラは身分不相応に覇気のない戦意でして応える。

「わかった」




 オーブの海に日が落ちた。日没を迎えたとは言え、打ち上げ花火が予定されているヤラファス祭はこれからが本番だと言えた。恋人たちが手を取り合い、夜空を見上げている頃合いだ。しかし、そんな華やかさはこことは無縁であった。
 山一つ挟んだヤラファス港にはトーチカの明かりが灯り、夜間航行の船が汽笛を鳴らす音が鈍く響きわたる。必要最低限。この言葉を絵に描いたような薄闇の光景の中、積み上げられたコンテナに隠れるように、闇に紛れる一団があった。

「配置完了しました、カガリさま」

 屈強な男が防弾チョッキを着込んでいる。レドニル・キサカはカガリ・ユラ・アスハの側近として、この少女の行く先には必ず同行している。そう、カガリもまたここにいた。
 止められた車のボンネットに広げられたタンカーの見取り図、狙撃班からもたられされる映像が小型モニターに表示されている。カガリを含め、その周囲にいる者はすべて防弾チョッキを身につけていた。カガリはその中で一際小柄であったが、物怖じしない態度はここの指揮官が誰であるのか語っている。

「よし、全員配置についたな。ターゲットはプレア・レヴェリーだ。そばにゼフィランサスがいるはずだが、2人とも殺すな。特にゼフィランサスにはかすり傷一つつけるな。いいな!」

 カガリが見渡すと、武装した一団は一斉に銃のチェックを終えた。彼らはオーブの警察ではなく軍人である。ことは機密に関わる問題であるため、司法職員に出る幕はない。まずはプラントから持ち出された物の回収を優先されるのである。
 カガリ自身、拳銃にカートリッジを差し込んだ。小気味よい音と、カートリッジがしっかりと拳銃に格納されたことを示す感触は心ならずもカガリを落ち着かせた。ガン・マニアではないが何かがはめ込まれる音というんは悪くない。
 銃を懐に戻す。そんなカガリへと話しかけてくる少女は、カガリ以上にこの場に似つかわしくないものであった。

「カガリ」

 桃色の髪に清楚な出で立ち。防弾チョッキどころかペーパー・ナイフさえ似合わない様子で、ラクス・クラインがアイリス・インディアを伴っていた。アイリスの方は軍服、周囲の光景に多少なりとも動じているらしい。軍人が動転し、歌姫が平然としている。何ともアンバランスな姉妹だ。

「ラクス。ここは私にまかせてもらおう。お前たちヴァーリにオーブで好き勝手されるつもりはない」

 どうせ監視のつもりで来たのだろう。別段、カガリは持ち出されたものを着服しようなどと考えてはいない。外交のカードにするつもりもなかった。何事もなかった。現在のオーブにはそれが一番いいのだ。物を押さえ、プラントに引き渡す。それで終わりだ。
 カガリが指示を出す。それで5分もすれば終わりだ。
 ところが、今夜は何かと客人が多い。

「ちょっと、何なのよ、これ!」

 隊員たちに男女が1組、連れてこられた。男はずいぶん地味な格好で、少女は気合いが入っている。自然界では派手なのは決まって雄の方だが、人間の世界では綺麗に正反対であるようだ。行動にしてもそうで、少女は暴れて、男は冷静に周囲の様子を観察している。この港はデート・スポットとは聞いていない。それに、恋人同士にしてはやや年齢が離れているようにも見える。風変わりな組み合わせに思えた。

「何だ、お前たちは?」

 カガリの前にまで連れてこられる2人。レドニルは警戒しているようだが、特に危険な相手でもないだろう。カガリは指示して隊員を下がらせた。
 意外にもアイリスの知り合いであったらしい。

「フレイさん……」

 しかしそれにしてはどこか対応がぎこちない。アイリスはラクスの後ろからでようとしないし、フレイと呼ばれた少女もアイリスと目を合わせようとはしていない。
 ただ、フレイという名前には聞き覚えがあった。すると自然に2人の正体もわかるというものだ。

「ああ、どこかで見た顔だと思えばフレイ・アルスターにアーノルド・ノイマンか。アーク・エンジェルのクルーの顔と名前くらい調べ上げてある」

 驚いたような顔をしたのはアーノルド--階級は曹長だっただろうか--くらいなもので、フレイはアイリスをぞんざいに扱うことに忙しいらしい。

「フレイさん、どうしてこんな場所に……?」
「あのゼフィランサスって女見つけたからつけてきたらこいつらに捕まえられたのよ!」
「あなたのご両親が亡くなられたことの直接の責任はゼフィランサスにはありませんわ」

 ラクスを見るなり、フレイは目を大きくする。本当に忙しいことだ。

「何なのよ、あんたたち……? アイリスにゼフィランサスにカルミアに……」
「私はラクス・クラインと申します。以後お見知り置きを」
「あんたはフォネティック・コードじゃないのね……」

 特にヴァーリのことを知っている訳ではないようだが、立て続けに同じ顔に遭遇すれば混乱もするだろうか。
 周囲の隊員たちは話など聞こえていないように配置にいっさいの乱れを見せない。ゴーグルに防毒マスク。息づかいさえないかのように思えるほどだ。
 レドニルはマスクをつけていない。

「カガリさま、相手に動きがありました」
「よし、全員時計を合わせろ。これから5分後に作戦を開始する!」

 アイリスのことは放っておいてもいいだろう。特に何かできるとも思えない小娘と下っ端だ。
 ラクスも同じように考えているらしい。もっとも、カガリにとってラクスも十分に邪魔なのだが。

「お帰りなさい。ここはあなたのような方がいてよいような場所ではありません」

 銃器の音にあてられたのか、フレイは怯えたような顔をする。

「アイリス、これ何なのよ……? 何なのよ、あんたたちって!?」
「それは……」

 興味のないことだと無視しようかとも思ったが、ヴァーリのこととなるとそうも言ってはいられない。ヴァーリはその存在を公にするなとお父様厳命されているはずだが、アイリスなら言うことも可能だろうか。もっとも、可能不可能以前に今のアイリスにその覚悟が備わっているようには思えない。
 友人である--資料にはそうあった--フレイに目を合わせることもできないでいるのだ。フレイは、友人と目を合わせることを諦めたらしい。

「友達だと思ってたのに……」

 まさに苦いものでも噛んだようだ。歯茎に力がこもり、苦々しく言葉が吐き捨てられている。

「フレイさん……!」

 慌てて差し出された手は、フレイにたたき落とされる。Iのヴァーリなら決してかわせない速度ではなかったはずだが、よほど気が動転しているのか、それとも視界が曇っているのだろうか。アイリスはなす術なく差し出した手を叩かれた。アイリスは泣いているのだ。

「あんたは私たちとは違うんでしょ! そうやって自分は特別な世界の住民ですって私たちのことバカにしてたんでしょ!」

 のどを痛めるほど声を張り上げている。時折声がかすれ、瞳には涙さえにじんでいる。それほど苦しいならやめればいいようにも思えるが、フレイは大げさな手振りさえ交えてまくし立てる。その手の動きは荒々しく、アイリスが近づくことを阻害しているようにも思える。

「モビル・スーツの操縦ができるから何? 怖くて、でも何もできなくて逃げ回って! その挙げ句パパもママも亡くしたあたしの気持ちなんて! あたしとは違う癖に、それでもあたしのことわかってますなんて顔して……。いらいらすんのよ、そういうの!」

 乾いた音が響いた。さすがに発砲音と聞き間違えることはないが、さすがのSWATも何事かと振り向いた者もいる。そうしてところで、フレイの頬をラクスがはっただけのことだ。隊員たちはすぐに視線を戻す。

「訂正してくださいな。あなたは妹の気持ちを踏みにじりました」
「悲しんじゃいけないの……? みんなそう! 悲しいのはわかる。でも前を向け、涙なんて見せるなって、そればっか! 地べた這いずる人の気持ちなんてわからない癖に、お説教なんて聞きたくない!」

 フレイは走り出した。ラクスはとめようとなんてしない。アイリスは涙を押しとどめられないほどで、ラクスに体を支えられているくらいだ。

「フレイ!」

 アーノルドがフレイを追いかけていく。
 5分が経った。

「よし。作戦開始だ!」




 徐々に、しかし確実に体から自由がぬけ落ちていくことがわかる。その兆候を感じたのはもうだいぶ前のことになる。なだらかに、削り落とすように体力が奪われている様は、蝕まれている、こんな表現がよく似合う。
 プレアは横になっていた。薄いベッドが背中に辛くて、それでも頭には温もりを感じる。この温もりだけで、プレアは蜻蛉の人生を一時忘れることができた。
 むき出しの板金にパイプで設えられた簡素な寝具。ここが、プレアの選んだ最後の寝室になる。タンカーの船室。オーブのヤラファス港に停留中のものだ。
 プラントを捨てたプレアはマルキオ導師の協力を得てあれをいくつものパーツに分けてオーブへと持ち込んだ。税関を抜け、このタンカーですべてのパーツが揃えられた時、プレアはそれを組み立てた。初めて買ってもらった模型を、心を躍らせながら作り上げる子どものように。
 ゼフィランサスの顔が、真下にあるプレアの顔を覗き込む。その手が、プレアの額を撫でる。

「プレア……、どうしても決闘するの……?」

 この歳になって気恥ずかしさを覚えないではなかったが、手を払いのけるには倦怠感がまとわりついて離れない。起きあがるにはあらがいがたい魅力がある。ゼフィランサスの膝枕を求めたわけではない、お願いしたわけではなかった。
 軽い発作に見舞われたプレアを、ゼフィランサスがこの方法で支えてくれているだけである。

「ドレッドノートは僕とゼフィランサスさんの力で完成させた機体です。この機体なら誰にも負けません」

 初めは単なるザフト軍次世代型モビル・スーツの試作機でしかなかった。これまでザフト軍の機体は装甲の間にモーターを設置し、装甲が骨格をかねる外骨格系と呼称される構造をしていた。ところがプレアの元上司であるサイサリス・パパがある日突然持ち込んだプランには、フレームに電子機器を埋め込むことで簡略化、そのフレームの上に装甲をかぶせる形で設計するまったく新しい発想の構造が描かれていた。
 外骨格系の弱点は装甲が骨格を兼ねていることから被弾すなわち構造の破壊につながるという矛盾にあった。この新たな構造だとモビル・スーツの形をより人間に近づけることができるため、より人に近い動きを可能とする。
 無論、ことはそう簡単なことではない。装甲に支えられていた負荷をフレームが独自に支えなければならない。材料工学の権威が呼ばれ100を越える合金が試作されたが、最適な組み合わせを見いだすまでには最低でも半年の時間が必要だとされていた。アビオニクスの配列はコンピュータに試作させた場合、装甲の配置、コードの素材選別、量産体制の構成、高機動時の負荷算出、従来の開発ノウハウだけではとても対応できない雑多な問題をはじき出した。
 ザフト軍とてモビル・スーツの実戦運用を開始してまだ5年と経っていない。新たな技術革新をもたらすにはすべてが足りていなかった。
 地球軍がガンダムを開発し、戦況が動きだそうとする今、悠長に開発している余裕などない、そのはずだあったのだ。
 それをゼフィランサスが関わることで協力で優れた機体に完成させることができた。今思えば、サイサリスが持ってきた計画そのものが、ゼフィランサス主任の発想であったのかもしれない。
 ドレッドノートは完全な失敗作だった。高すぎる目標設定は歪みを生み、完成しない傑作機として倉庫の埃を被る、それどこか機密保持のために処分されてしまう、そんな機体だった。そして、ゼフィランサスが来てくれたことで完成したとしても基本設計そのものは変更されておらず--そのため、原型を土台とすることでゼフィランサスは短時間でドレッドノートを完成させることができた--ガンダムとしての機体性能についていくことができない。
 本当に、ドレッドノートはプレアとよく似ている。

「まるで僕みたいな機体ですよね」

 バランスや安定性を、性能と引き替えにしているのだから。
 そのことがおかしくてつい笑う。赤い瞳を湛える顔は、やはり表情に乏しい。その顔色からゼフィランサスの真意を見抜くには、まだ一緒にいた時間が短すぎたようだ。

(キラさんならわかるのかな……?)
「ゼフィランサスさん、キラさんのこと、本当はどう思ってるんですか?」

 ゼフィランサスの白い髪は長くて、膝の上のプレアの頬をかする。波だった髪の間に残された洗髪剤の上品な香りの粒子が鼻孔に届く。話をするために必要だとかこつけて、鼻から吸い込む息を通常よりも大きくする。

「距離を開けてるって言ってましたけど、嫌っているとも、もうよりを戻すつもりがないとも言ってませんよね」

 人間、病に伏していると、妙に心細くなるとともに、変なところで気が大きくなる。今のプレアは、たとえどんな言葉が返ってきても受け入れられるような、そんな錯覚を覚えていた。

「キラさんのこと、どう考えてるんですか?」

 ゼフィランサスはプレアの髪を優しく撫でながらその瞳を閉じた。その様子は、子守歌を聞かせる母を思わせる。もっとも、生母とはここ数年会っていない。

「ユニコーンって知ってる……?」

 プレアも目を閉じて、その言葉に聞き入ることにした。
 ユニコーンとは、角を持つ馬で、その姿は様々伝わっている。馬の体に角を生やし、足は象だというのが一般的だっただろうか。もともとは、サイが誤って伝わったことが始まりではないかと言う説や、立派な角を持つ山羊ではないかとも言われている。しかし、最も広く流布されているユニコーンは、とても綺麗な姿をしている。

「伝説上の角を生やした馬のことですよね?」

 ユニコーンは白く美しい馬であり、額に生やした角には癒しの力がある。ゼフィランサスの手にはそんな力なんてないはずなのに、撫でられると心地よい。

「ユニコーンはね……、その角が万病に効き目のある妙薬になることから……、邪な人間たちに狙われ続けたの……」

 深い森の中、ひっそりと暮らしていたいだけ。自分の角にそんな力があるかなんてきっと、どうでもいいこと。それなのに、人はユニコーンをその欲望の犠牲にしようとする。

「そうして……、ユニコーンは心清らかな乙女にしか心を許さなくなってしまった……」

 頬が熱を帯びていくことがわかる。ここで言う心清らかな乙女とは、経験に乏しい、いや、経験のない女性のことを指す。それはつまり、男性と付き合ったことのない女性のことであり、つまりは、そう言うことである。

「そしてユニコーンは乙女を守ろうとする……。傷ついても、辛くても、乙女を守ろうとする……。でも……、もしユニコーンが心開いた乙女がその心を失ってしまったとしたら……、ユニコーンはあまりに可哀想……? 傷ついているのに、怪我までしてるのに……」

 キラがユニコーン。ゼフィランサスが乙女にたとえられていることはわかっている。問題は、当てはめようとすれば当てはめようとするほど、邪念がプレアの発想を支配しようとすることである。目を開いて、ゼフィランサスの顔を眺める。大きく息を吸い込んで、決意が固まるまでの時間を稼いだ。

「それって、性的な、意味ですか……?」

 今度目を開くのはゼフィランサスの番である。瞬きを繰り返して、その様子は明らかに事態を把握していない。こんな時ばかりは、ゼフィランサスの考え、戸惑いがわかってしまう。

「政敵……?」

 発音は同じでも、ゼフィランサスは明らかに別の単語を思い浮かべている。顔から火が出るという慣用表現があるが、今のプレアならこんな言葉を作った先人の思いが痛いほどよくわかる。

「いえ! 何でもありません! お願いですから忘れてください!」

 叫びながら顔を両腕で覆う。できることなら、のたうち回ってしまいたかった。体は幸い徐々に復調をみせている。すでに鼓動は落ち着き、動かせないほどではない。それでも膝枕への未練と、起きあがるきっかけが見つけられずにいた。
 それでもそろそろ決闘の時間が近い。男は戦いに出向かなければならない。
 プレアは声にせず乙女に問いかけた。もしも乙女の前に2頭のユニコーンが出くわしたとしたら、どうなると思いますか。




「なあ、キラ。俺はどうしてここにいるんだろうな?」
「哲学的だね」

 向かいに座るキラへと、ディアッカ・エルスマンは問いかけた。漠然とした問いだが、まったくもって哲学的ではない。

「常識的な疑問だ。俺は捕虜だろ?」
「そうだね」

 ユニウス・セブンでの戦いで捕縛され、それ以来この戦艦に乗せられている。自他ともに認める生粋の捕虜なのだ。それなのに、今のディアッカは戦艦の食堂で特に手錠をかけられることなくコーヒーをごちそうになっていた。
 キラはその前で何故かノーマル・スーツを着込み本を読んでいる。何か約束でもあるのか、しきりに時間を気にしている。

「そうだね、じゃなくてだな。あ~、ここの艦長ってずいぶんリベラルな人なのか?」

 そうでもなければ捕虜に外出--あくまでも艦内だが--を許し、食後のコーヒーをごちそうしてくれるはずがないだろう。軍規がまだ洗練されていないザフト軍でさえこのようなこと、あるはずがない。
 何故自分はここにいるのか、この問いは、至極常識的なものだった。

「いや、軍規に厳しいくらいでクルーと軋轢を起こすような人だよ」

 キラは本から目を離さない。
 そう言えばフレイ・アルスターとか言う女も理由は知らないが懲罰房に入れられていた。そう考えるとなおさら意味が分からない。
 コーヒーを口に含みながらこんなことを考えた。

(そう言えばどこかのマフィアは殺す相手に殺意隠して贈り物するなんて話があったな……)

 まさか毒なんて入ってないだろうか。そんなことを考えると、コーヒーの苦さが増す。どうやらアイリスにあんなもの食わせられたにしては味覚は無事であるらしい。
 訳が分からないというのが正直なところだ。状況も、現状も。

「キラ……、ヴァーリって何だ?」
「アイリスから?」

 キラは視線をずらすだけでディアッカのことを見る。

「ああ。ラクス・クラインとよく似ていることだとか、それにゼフィなんとか……」
「ゼフィランサス」
「そう、そのゼフィランサスって奴とも顔が似てるんだろ。単純に考えてクローンだが、さすがのプラントでもクローンはそうはいない。そもそもクライン家の息女は1人としか聞いてない。兄や弟がいるなんて話も知らないしな」
「26人だよ」
「何?」
「国に帰ったらお父さんに聞いてみるといいよ。きっと君のお父さんならヴァーリについても知ってるだろうから」

 タッド・エルスマン議員殿なら確かに何かを知っていそうだ。過激な中道派と呼ばれることもある、徹底した中立主義者でプラント最高評議会では完全に浮いているそうだ。そんな変わり者の議員なら一癖も二癖もある情報くらい握っていそうなものだ。
 淡泊--恐らく、実の息子が行方しれずだとしても一切狼狽えていることなんてないだろう--な父のことを思い浮かべながら、しかし同時に新たな疑問がわく。

(どうしてもこいつは俺がタッド・エルスマンの息子だと知ってる?)

 エルスマン姓が珍しいわけでもない。尋問でも知っているようなこと匂わせなかった。
 何かが自分の知らないところで動いている。




 日が落ちて夜が帳を下ろす。ヤラファス祭は佳境を迎えようとしていた。空一面に花火を打ち上げ、お祭りを締めくくるのである。街には昼間にもまして人が多く、店に入っていた人々も野外に繰り出して花火の時間を待つ人々が道に立ち尽くしている。
 そんな人々の間を一組の男女が歩いていた。恋人の集まるヤラファス祭において珍しい組み合わせでは決してない。多少歳が離れているとしてもそのことが問題になることはないだろう。それでも男女とすれ違う人々は決まって視線を奪われた。
 女性はまだ少女と言ってよい。着飾った姿に愛らしい微笑みを浮かべて男性の腕にしがみついている。愛しくて愛おしくて放したくない。男性の手を抱きしめていた。
 男性は背の高い青年である。ずいぶんと身長差のある少女にしがみつかれながらも相手を気遣い、歩調を完全に合わせていた。少女は不自由を感じる様子なく男性にそっと寄り添う。
 人々の視線と意識を奪って仕方がない。
 少女は着飾った姿をしていた。白いドレス。波立つ長い髪は桃色。西洋人形がそのまま歩いているかのように可憐で優美。男性は美しい。青い瞳。くすみのない金髪。彫像のように完璧に整った体形。まさに絵に描いたような、現実離れした男女が寄り添い歩いていた。

「お父様、私は幸せです」

 お父様が愛してくださるから。他の誰でもない、自分を愛してくれるから。自分を頼りにしてくれるから。だから今はメリオル・ピスティスは、あの私設秘書気取りの余計な女はいない。アフリカの砂漠ではGAT-X207ブリッツガンダムを仕留めて見せた。あの時、お父様はヒメノカリスのことを褒めてくれたのだから。

「ヒメノカリス、そろそろ花火の時間です。あなたはどのような花火を見たいですか?」
「お父様がご覧になりたいものがいいです。お父様と見られるならどんな花火でも麗しいです」
「そうですか。では今日はきっと美しい花火が見られることでしょう」

 ラタトスク社代表エインセル・ハンター。その娘、ヒメノカリス・ホテル。2人はやがて雑踏と夜の闇の中に消えていく。娘の桃色の髪は第3研の証。その名はHのヴァーリであることを意味している。


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