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No.32266の一覧
[0] 機動戦士ガンダムSEED BlumenGarten(完結)[後藤正人](2023/10/28 22:20)
[1] 第1話「コズミック・イラ」[後藤正人](2012/10/12 23:49)
[2] 第2話「G.U.N.D.A.M」[後藤正人](2012/10/13 00:29)
[3] 第3話「赤い瞳の少女」[後藤正人](2012/10/14 00:33)
[4] 第4話「鋭き矛と堅牢な盾」[後藤正人](2012/10/14 00:46)
[5] 第5話「序曲」[後藤正人](2012/10/14 15:26)
[6] 第6話「重なる罪、届かぬ思い」[後藤正人](2012/10/14 15:43)
[7] 第7話「宴のあと」[後藤正人](2012/10/16 09:59)
[8] 第8話「Day After Armageddon」[後藤正人](2014/09/08 22:21)
[9] 第9話「それぞれにできること」[後藤正人](2012/10/17 00:49)
[10] 第10話「低軌道会戦」[後藤正人](2014/09/08 22:21)
[11] 第11話「乾いた大地に、星落ちて」[後藤正人](2012/10/19 00:50)
[12] 第12話「天上の歌姫」[後藤正人](2012/10/20 00:41)
[13] 第13話「王と花」[後藤正人](2012/10/20 22:02)
[14] 第14話「ヴァーリ」[後藤正人](2012/10/22 00:34)
[15] 第15話「災禍の胎動」[後藤正人](2014/09/08 22:20)
[16] 第16話「震える山」[後藤正人](2012/10/23 23:38)
[17] 第17話「月下の狂犬、砂漠の虎」[後藤正人](2014/09/08 22:19)
[18] 第18話「思いを繋げて」[後藤正人](2014/09/08 22:19)
[19] 第19話「舞い降りる悪夢」[後藤正人](2012/10/25 21:56)
[20] 第20話「ニコル」[後藤正人](2014/09/08 22:18)
[21] 第21話「逃れ得ぬ過去」[後藤正人](2012/10/30 22:54)
[22] 第22話「憎しみの連鎖」[後藤正人](2012/10/31 20:17)
[23] 第23話「海原を越えて」[後藤正人](2012/10/31 21:07)
[24] 第24話「ヤラファス祭」[後藤正人](2012/11/01 20:58)
[25] 第25話「別れと別離と」[後藤正人](2012/11/04 18:40)
[26] 第26話「勇敢なる蜉蝣」[後藤正人](2012/11/05 21:06)
[27] 第27話「プレア」[後藤正人](2014/09/08 22:16)
[28] 第28話「夜明けの黄昏」[後藤正人](2014/09/08 22:15)
[29] 第29話「創られた人のため」[後藤正人](2012/11/06 21:05)
[30] 第30話「凍土に青い薔薇が咲く」[後藤正人](2012/11/07 17:04)
[31] 第31話「大地が燃えて、人が死ぬ」[後藤正人](2012/11/10 00:52)
[32] 第32話「アルファにしてオメガ」[後藤正人](2012/11/17 00:34)
[33] 第33話「レコンキスタ」[後藤正人](2012/11/20 21:44)
[34] 第34話「オーブの落日」[後藤正人](2014/09/08 22:13)
[35] 第35話「故郷の空へ」[後藤正人](2012/11/26 22:38)
[36] 第36話「慟哭響く場所」[後藤正人](2012/12/01 22:30)
[37] 第37話「嵐の前に」[後藤正人](2012/12/05 23:06)
[38] 第38話「夢は踊り」[後藤正人](2014/09/08 22:12)
[39] 第39話「火はすべてを焼き尽くす」[後藤正人](2012/12/18 00:48)
[40] 第40話「血のバレンタイン」[後藤正人](2014/09/08 22:11)
[41] 第41話「あなたは生きるべき人だから」[後藤正人](2014/09/08 22:11)
[42] 第42話「アブラムシのカースト」[後藤正人](2014/09/08 22:11)
[43] 第43話「犠牲と対価」[後藤正人](2014/09/08 22:10)
[44] 第44話「ボアズ陥落」[後藤正人](2014/09/08 22:08)
[45] 第45話「たとえどんな明日が来るとして」[後藤正人](2013/04/11 11:16)
[46] 第46話「夢のような悪夢」[後藤正人](2013/04/11 11:54)
[47] 第47話「死神の饗宴」[後藤正人](2014/09/08 22:08)
[48] 第48話「魔王の世界」[後藤正人](2014/09/08 22:08)
[49] 第49話「それが胡蝶の夢だとて」[後藤正人](2014/09/08 22:07)
[50] 第50話「少女たちに花束を」[後藤正人](2014/09/08 22:07)
[51] 幕間「死が2人を分かつまで」[後藤正人](2013/04/11 22:36)
[52] ガンダムSEED BlumenGarten Destiny編[後藤正人](2014/09/08 22:05)
[53] 第1話「静かな戦争」[後藤正人](2014/09/08 22:01)
[54] 第2話「在外コーディネーター」[後藤正人](2014/05/04 20:56)
[55] 第3話「炎の記憶」[後藤正人](2014/09/08 22:01)
[56] 第4話「ミネルヴァ」[後藤正人](2014/06/02 00:49)
[57] 第5話「冬の始まり」[後藤正人](2014/06/16 00:33)
[58] 第6話「戦争の縮図」[後藤正人](2014/06/30 00:37)
[59] 第7話「星の落ちる夜」[後藤正人](2014/07/14 00:56)
[60] 第8話「世界が壊れ出す」[後藤正人](2014/07/27 23:46)
[61] 第9話「戦争と平和」[後藤正人](2014/08/18 01:13)
[62] 第10話「オーブ入港」[後藤正人](2014/09/08 00:20)
[63] 第11話「戦士たち」[後藤正人](2014/09/28 23:42)
[64] 第12話「天なる国」[後藤正人](2014/10/13 00:41)
[65] 第13話「ゲルテンリッター」[後藤正人](2014/10/27 00:56)
[66] 第14話「燃える海」[後藤正人](2014/11/24 01:20)
[67] 第15話「倒すべき敵」[後藤正人](2014/12/07 21:41)
[68] 第16話「魔王と呼ばれた男」[後藤正人](2015/01/01 20:11)
[69] 第17話「鋭い刃」[後藤正人](2016/10/12 22:41)
[70] 第18話「毒と鉄の森」[後藤正人](2016/10/30 15:14)
[71] 第19話「片角の魔女」[後藤正人](2016/11/04 23:47)
[72] 第20話「次の戦いのために」[後藤正人](2016/12/18 12:07)
[73] 第21話「愛国者」[後藤正人](2016/12/31 10:18)
[74] 第22話「花の約束」[小鳥 遊](2017/02/27 11:58)
[75] 第23話「ダーダネルス海峡にて」[後藤正人](2017/04/05 23:35)
[76] 第24話「黄衣の王」[後藤正人](2017/05/13 23:33)
[77] 第25話「かつて見上げた魔王を前に」[後藤正人](2017/05/30 23:21)
[78] 第26話「日の沈む先」[後藤正人](2017/06/02 20:44)
[79] 第27話「海原を抜けて」[後藤正人](2017/06/03 23:39)
[80] 第28話「闇のジェネラル」[後藤正人](2017/06/08 23:38)
[81] 第29話「エインセル・ハンター」[後藤正人](2017/06/20 23:24)
[82] 第30話「前夜」[後藤正人](2017/07/06 22:06)
[83] 第31話「自由と正義の名の下に」[後藤正人](2017/07/03 22:35)
[84] 第32話「戦いの空へ」[後藤正人](2017/07/21 21:34)
[85] 第33話「月に至りて」[後藤正人](2017/09/17 22:20)
[86] 第34話「始まりと終わりの集う場所」[後藤正人](2017/10/02 00:17)
[87] 第35話「今は亡き人のため」[後藤正人](2017/11/12 13:06)
[88] 第36話「光の翼の天使」[後藤正人](2018/05/26 00:09)
[89] 第37話「変わらぬ世界」[後藤正人](2018/06/23 00:03)
[90] 第38話「五日前」[後藤正人](2018/07/11 23:51)
[91] 第39話「今日と明日の狭間」[後藤正人](2018/10/09 22:13)
[92] 第40話「水晶の夜」[後藤正人](2019/06/25 23:49)
[93] 第41話「ヒトラーの尻尾」[後藤正人](2023/10/04 21:48)
[94] 第42話「生命の泉」[後藤正人](2023/10/04 23:54)
[95] 第43話「道」[後藤正人](2023/10/05 23:37)
[96] 第44話「神は我とともにあり」[後藤正人](2023/10/07 12:15)
[97] 第45話「王殺し」[後藤正人](2023/10/12 22:38)
[98] 第46話「名前も知らぬ人のため」[後藤正人](2023/10/14 18:54)
[99] 第47話「明日、生まれてくる子のために」[後藤正人](2023/10/14 18:56)
[100] 第48話「あなたを父と呼びたかった」[後藤正人](2023/10/21 09:09)
[101] 第49話「繋がる思い」[後藤正人](2023/10/21 09:10)
[102] 最終話「人として」[後藤正人](2023/10/28 22:14)
[103] あとがき[後藤正人](2023/10/28 22:17)
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[32266] 第21話「逃れ得ぬ過去」
Name: 後藤正人◆ced629ba ID:8a6b0ab7 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/10/30 22:54
 静かな夜だった。窓の外には夜の砂漠が見えている。暗く、何もない平らな黒い大地にしか見えない。砂柱もなければ銃火器の轟音も聞こえてこない。
 アスラン・ザラは窓辺に腰掛け、キンバライド基地における戦いとは比べものにならない砂漠の夜を過ごしていた。与えられた個室には何もない。ベッドと必要最低限の荷物を包んだ鞄が床に放られている。椅子さえもなくて、アスランは窓枠に直接腰掛けている有様だ。すぐに転属する以上、この程度の設備でも十分だと言えなくもない。
 ヘリオポリスでガンダムを強奪し、敵の戦艦を追う形でプラントから40万km以上も離れた地球で友を失った。生涯忘れることのできないであろう月下の狂犬との出会い。色々なことが、様々なことが起こりすぎた。
 そのせいかもしれない。扉をノックもなしに開けられた時、アスランは大して驚くことができなかった。
 入室してきたのが見覚えのある女性であったからかもしれない。
 桃色の髪が長く伸びて、第4研特有の青い瞳は月明かりしか頼る光のない部屋でさえもよく見えた。ゼフィランサス・ズールが身につけていたドレスとは違うシンプルな衣装は、ラクス・クラインが好んで使用しているものだ。
 そう、プラントの歌姫が部屋を訪ねていた。

「ラクス、いいのか? プラントの歌姫がこんな砂漠の最前線に来ても?」
「つれませんのね、アスラン。私たち、許嫁ですのに」
「親同士、いや、家同士が決めたことだし、それに、今は君の軽口につきあってあげられるほど余裕がないんだ」

 ラクスはいつも静かな微笑みを絶やすことのない。それも今回ばかりは神妙な面もちで答えた。

「ニコル様のことは聞きました お悔やみ申し上げます」
「ありがとう……」

 思えばどうしてラクスがプラントを出たのか、少し考えてみるべきだったかもしれない。ラクスはゆっくりとした足取りで近づくと、アスランにそっと耳打ちする。

「アスラン、ユーリ・アマルフィ議員が核の封印を解きました」
「あの噂は本当だったのか!?」

 ニコル・アマルフィの父の名前を思いもかけないところで耳にする羽目となった。プラントは核兵器の恐ろしさから世界を解放するためと嘯きながら裏ではニュートロン・ジャマーを無効化する装置を開発している、地球ではまことしやかに囁かれる陰謀論だそうだが、人の憶測も馬鹿にはできないということらしい。

「ニュートロン・ジャマーは所詮、プラントに都合のよい形で核を使うための小道具にすぎません。地球側も動きを活発にさせつつあります」
「次の議長にはパトリック・ザラ議員がなる。どいつもこいつもそんなに戦争がしたいのか!」

 これではモーガン・シュバリエ中佐も、ニコルの死も浮かばれない。同時に、それほどまで追いつめられたユーリ議員のことを思うとやるせない。

「西暦1864年にジュネーブ条約が、1899年にはハーグ陸戦条約が。アスラン、人はどれほど遠回りしていても必ず前には進んでいるのです」
「それで人はどこにたどり着けばこんなことがなくなるんだろうな? 犠牲はなくなるんだろうな?」




 アーク・エンジェルの医務室に人の姿は疎らだった。キンバライド基地の激戦を潜り抜けてきた後とは言え、クルーに出たけが人はフレイ・アルスターが曲芸飛行した時のことくらいなもので、重傷者はいないからだ。
 キラ・ヤマトとて乗機であるGAT-X105ストライクガンダムほどの怪我はしていない。それでも医務室に用を覚えたのは、キラが脇に座るベッドの上にあった。純白のカーテンに周囲を囲まれている。この狭い空間の中で、キラは話をしていた。
 ゆったりとした入院衣を身につけ、体にコードを張り付けた姿でヴァーリが上体を起こしてベッドに腰掛けている。姉妹の中で唯一褐色の肌を持つカルミア・キロである。傷を負わせたのもキラであり、ここに連れてきたのもキラ。複雑な気持ちで、キラは声を潜ませた。

「カルミア、どう? 調子は?」
「大丈夫よ。それよりも私はあなたはどうなの 少しは周りが見えるようになったみたいだけど、まだ少し心配ね」
「君にそんなに心配かけるほどかな?」

 10年以上も前から姉であったこのヴァーリはいたずらっぽい笑いを見せることが多い。今回もそんな顔を見せて、それでも瞳だけは真剣にキラのことを見ていた。

「何があったの?」

 この10年の間のことを聞かれている。それも、必要以上にハウンズ・オブ・ティンダロスにこだわった訳を。

「10年前、君たちと別れてから僕はやっぱりゼフィランサスを探していてね。ヘリオポリスにいるって知ったのはまだ1年にもならない時のことだった。街に潜入したんだけど、その時、友達ができたんだ。カズイや、サイ。でも、2人とも死んでしまった。僕には力があるはずなんだ。それでも、誰も助けることなんてできなかった。自分でもよくわからなくなってしまったんだと思う」

 気ばかりが焦って、何かをしていないと落ち着かなくなった。それが目の前のわかりやすい目標であって、ハウンズ・オブ・ティンダロスという力を得るという手段であったのだろう。
 問題は、手段そのものが目的と化していたこと。戦うことが勝利や守護を目的とするのではなくて、ハウンズ・オブ・ティンダロスという手段のために戦っていた。

「僕には力がない。だから力が欲しかった。でも力を手に入れたところで自分の望む人を助けられるかどうかなんてわからない。だから僕はわからなくなってしまったんだ。力が欲しくて、でも失うことは怖かった。だからゼフィランサスだけを守ろうとしてしまった」
「手段と目的がまぜこぜになってしまったのね」

 やっぱりカルミアにはお見通しらしい。キラの見せた戦い方はゼフィランサスを助ける手段を得るためのもので、同時にゼフィランサス以外を見捨てるような戦い方でもあったから。ゼフィランサスを守りたいという思いと、ゼフィランサス以外を犠牲にすることは意味が違う。そんなことに気づかされた時、キラは少しだけ周りのことが見えるようになっていた。
 急に肩から力が抜けた、そんな感じだ。

「君にもバルトフェルドさんにも感謝してるよ。バルトフェルドさんは戦い方を見せてくれた。君は、やっぱり僕のお姉さんなんだと思うよ。ありがとう」

 正確にはカルミアは、12女。決してヴァーリの中で姉にあたる方ではないのだが、兄弟たちの中で末弟にあたるキラには姉のような人だった。そんな人の乗るモビル・スーツさえ撃墜できてしまう。ドミナントとは、もしかしたらそんな人種なのかもしれない。

「また来るよ、カルミア」

 重傷者を気遣うと言い訳して、キラは立ち上がった。カルミアは笑顔のまま手を振って見送ってくれる。こちらからも手を振り替えして目隠し用のカーテンをどかす。すると、外には思いがけず人が立っていた。

「アイリス……」 




 アーク・エンジェルの医務室。ここを訪れるのは、アイリス・インディアにとって2度目のことになる。初めて訪れた時は、カズイ・バスカークの、友達の死を告げられた。フレイ・アルスターと疎遠になった切っ掛けも、この部屋で起きた出来事に起因している。
 清潔すぎる白い壁はどこか近寄りがたい。消毒薬の匂いは足を遠ざけるに十分な理由であると思える。それでもアイリスがここを訪れたのは、会わなくてはならない人がいるから。
 その人はベッドに寝かされていた。ゆったりとした衣の下からケーブルがベッド脇の機械に繋がっている。装置の詳しい性能はわからないくとも、それが生命維持に重要なものであることは想像に難くない。この人が重傷を負ってここに運び込まれた。
 乗機を撃墜されたのだそうだ。それほどの体験をしておきながら、その人はベッド脇で立っているしかできないアイリスに対して微笑みさえ浮かべて応対する。この人は、褐色の肌と赤い髪をたらしたヴァーリだった。

「初めまして。私はカルミア、Kのヴァーリ」

 カルミアの立場は捕虜であるはずのなのに、アーク・エンジェルの正規搭乗員であるアイリスの方が畏まっている有様である。

「私はアイリスです。Iですよね?」

 ベッドの周りにひかれたカーテンの中で、2人のヴァーリの話が始まろうとしていた。




 フレイ・アルスターは意識して足音を立てないようにして廊下を歩いていた。特に意味なんてない。ただなんとなく、そんな風に考えていた。

「フレイ」

 声をかけられたのはちょうど医務室の前の廊下だった。声はヘリオポリスから聞き慣れた少年のもの。だから戸惑いがあった。すぐに振り返ることができずにいた。

「フレイ」
「何よ……!」

 結局振り返ると、白い軍服を着こなしたまるで若手将校みたいないでたちでキラ・ヤマトがいた。話をするには若干遠い位置ではあったが、睨みつける顔がはっきりと見える距離ではある。フレイはかつての友人を睨むことに、何の躊躇も覚えなかった。

「何の用!?」

 キラはフレイの言葉をまったく介することなく歩み寄ってくる。その顔はかつてのように、相手の顔色をうかがっているような様子はない。顔かたちはまるで変わらないのに、まるで別人のような印象を受けてしまう。

「だから何の用よ!?」

 2人の距離が会話に適したものに変わった時、改めて怒鳴ってやった。それでも、キラは涼しい顔で真っ直ぐにフレイの顔を見てくる。

「2人のこと、ごめん」

 何を言われているのかわからない。その戸惑いはそのまま、表情となってフレイの混乱を体現していた。キラはすました顔をしていた。それが気に食わない。

「僕はカズイを見捨てたし、サイを助けることもできなかった」

 カズイ・バスカーク。サイ・アーガイル。この2人の死を、フレイはキラのせいだと考え、そう当人をなじったこともある。キラの言っていることは当たり前のことで、別段目新しいものなんてない。それなのに、フレイは息が詰まるような思いを感じていた。怒りが呼吸のリズムを崩している。そう言えば以前にもキラに対して同じ感情を抱いたことがあった。

「急に何よ!?」

 どんなに怒鳴っても、どんなに責めても、どんなに迫ってもキラは怖気づくどころかフレイから目をそらそうとしない。なんて自分勝手なんだろう。自分だけ勝手に2人の死を受け入れて、それをフレイに見せ付けて、自分のご立派な人間性を見せたいだけのくせに。優越感に浸りたいだけのくせに。蔑みたいだけのくせに。
 馬鹿にして。見下して。まだ偽善を続けようとする。

「どうしても謝っておきたかったんだ」
「身勝手なだけでしょ! 馬鹿にして!!」

 間髪いれず、フレイの手がキラの頬を叩く。防がれると思っていたに。痛いのは嫌だって、キラが結局自己満足のためだけに謝罪しているんだって証明できるとばかり考えていた。それなのに、キラはかわそうとも、動こうとも、目をそらそうともしないで平手打ちを頬で受けた。その眼差しは一向に曇ることも、フレイから離れることもない。

「わかってるよ。でも、僕は君に謝らないといけない」

 赤い頬のまま、さすろうともしない。その瞳に迷いはなかった。フレイに謝ること。それを最優先に定めているから、痛みなんて二の次だと言っているみたいに。
 見れば見るだけ、惨めな気持ちにさせられる。先に目をそらしたのはフレイの方だった。そのままキラの脇を通り抜けて歩き去ろうとする。キラは止めようとはしなかった。止めるよりも先に、フレイが立ち止まったからだ。
 別に特別な事情があったわけではない。ただ、通路の先から歩いてくる男性が妙に気になった。癖の強い髪はブリッジで見たことがある。ダリダ・ローラハ・チャンドラⅡ世だっただろうか。これまでに満足に話をしたことはなかったが、その目は明らかにフレイのことを見ている。
 こんな往来で怒鳴り散らしていたことを責めるつもりはないらしい。どうしてそんなことがわかったかというと、ダリダはキラと同じ顔をしているのだ。使命を遂行すると決めていて、他の何事にもかまうつもりはない、そんな顔をしている。
 フレイの前で立ち止まったダリダは薄く色のついた眼鏡越しに、こちらのことをこれでもかと見ていた。

「フレイ・アルスター2等兵。マリュー・ラミアス艦長の命により、懲罰房入りを命じます」




 カルミア・キロの言葉を、まるで反芻するようにアイリスは囁いた。

「私たちは26人のヴァーリで、1人だけが至高の娘と選ばれた。そうですよね?」

 視線は自分が座っている椅子に注がれていた。うつむいていた。しかし、言い終えることで意識と視線がカルミアへと向く。ベッドに寝かされた状態で腰掛けるカルミアへと。
 アイリスと同じ顔で、しかし褐色の肌をした少女は、アイリスが決して見せない大人びた仕草で首を振る。

「キラ君は嘘なんて言ってないけど、本当のことも明かしてないみたいね」

 カルミアはまるで、子どものいたずらを知った母親のよう。思いついたのはこんな表現しかない。

「アイリス、私たちは1人と25人じゃなくて、6人と20人よ」

 それこそ子どもの非礼を詫びるような表情を、カルミアはしていた。しかし、どこか視線を伏しがちであることにはそれ以外の情感が含まれている気がしてならない。カルミアの言葉の意味を完全に理解することもできずに、アイリスはただ体の緊張を強めた。

「26人がそろった段階で、私たちはまず、成功作と失敗作とに分けられた。成功作は乙女と呼ばれ、失敗作は奇形とひとまとめにされた」

 これまで自分が失敗作と判断されたのだろうと考えなかったわけではない。しかし、いざ告げられてみると、その事実は想像よりも重い。
 ダムゼル。古めかしい言葉で乙女を意味する単語であるのだそうだ。
 フリーク。遺伝学における失敗作のことを指す場合がある。その場合、複数形のフリークスを用いることが常のようだが、失敗作を数える必要などない。そう、ひとくくりにされた。

「6人のダムゼルと、20人のフリークがいたの。そして、私もあなたもフリーク」

 筋肉の緊張が嫌なくらいに高まっていた。アイリスが片手を上げたのは質問のための意思表示であるとともに、これ以上の緊張に耐えられなかったからでもある。

「ゼフィランサスさんは、ダムゼルなんですよね……?」

 カルミアの微笑みは静かなものと言えば聞こえはいいが、どうみても乾いた寂しさの混じるものであった。

「ダムゼルはDのデンドロビウム・デルタに、Eのエピメディウム・エコー。あなたのお姉さまにNのニーレンベルギア・ノベンバー、Pのサイサリス・パパ、そしてZのゼフィランサス・ズールの6人」

 この中に至高の娘はいる。

「あなたも私もゼフィランサスとは違うの」

 カルミアの微笑みは、もしかすると自嘲に近いものであるのだろうか。

「彼女たちは成功作。お父様にお目通りも叶う。でも、私たちは失敗作。お父様は見向きもしてくれない」

 手を額に当てて髪を掴む。そんな何でもない動作にさえ、カルミアは憔悴しきった様子で臨んだ。手の動きが妙に遅い。それは、カルミアが病床の身にあることだけが原因であるはずがない。自分では、どこにでもいる学生にすぎないと考えていた。事実が明らかになる度、その推察から大きく外れていく。

「教えてください。私がどうしてそのことを覚えていないのか……」

 返事はない。少なくとも、すぐには。そして、返ってきた言葉は返事ではなかった。

「お父様の話なんて、するものじゃないわね」

 カルミアはそう、首をゆっくりと回した。すると、その顔には、出会ったその時のように微笑みが戻る。

「それにはまず、私たちにかけられた呪いについて話さないと」

 呪い。そんな言葉を用いたのに、カルミアはどこか楽しげでさえある。

「人の人格や意識は記憶の積み重ねで形成される。たとえば昔母親に優しくされた男性はそのことを意識下に覚えていて、自分に優しくしてくれる可能性の高い女性、母親に似た女性をパートナーに選びやすいこととかね」

 男性は母親に似た人に恋をしやすい。確かに、そんなことは聞いたことがある。それをちょっと理屈っぽく話すとカルミアの言ったようになるのだろうか。そんな疑問は意図的に封じてしまおう。大切なことは、記憶が意識を作るということ。

「この理屈だと反対に、意図的な記憶を与えることができたとしたら人の意識さえ操れることになるでしょ」

 特に答えないでいると、カルミアは微笑んだまま、アイリスを眺めて放さない。あわてて相づちを打つ。

「洗脳できるっていうことですか……?」

 これに満足したように、カルミアは続ける。

「ええ。でも、そんな風に偽の記憶を植え付けようとしてもちぐはぐな記憶が障害になるし、記憶量を膨大にしようとするとコストの増大や被験者の負担が許容できないものになったそうよ」

 相手を愛しているはずなのに、憎んでいる意識も持っているとしたら。それは自分の愛に素直になれない恋愛下手な女性のお話ではなくて、記憶を操作された人の話。そのどちらが真実で、どちらが作りものかわからず、その人の意識は混乱してしまう。それが極端になるほど、記憶の操作をすればするほど、洗脳としては安定する代わりにその人の意識は壊れていく。手で何かを払うような仕草を見せながら、カルミアはこう片づけた。

「忠実な廃人を目が飛び出るくらいのお金をかけて作る意味なんてない。結局、計画は中断」

 この言葉に、アイリスはつい安堵のため息をついた。記憶や人格を操作してしまえるなんて事実、決して楽しいものではない。

「でも、このお話には続きがあるの。作り替えることができないなら、1から作ってしまえばいい。ヴァーリが作られたのはこんな考えもあったから。そして、まだ幼いうちにお父様を愛しているという記憶を植え付けてしまえばロー・コスト、ロー・ストレス。優秀で忠実な娘が出来上がる」

 そして、カルミアは妙な溜めを作る。言いにくいことをそれでも絞り出すように。

「そうして作られたのが私たちヴァーリ」

 正直な話、どう反応してよいものかわからない。確かに、アイリス自身が記憶操作にさらされていたという話は決して気持ちのよいものではない。それでも、戸惑いの方が勝ってしまった。目を大きくして、瞬きを繰り返すくらいがせいぜいである。

「思ったより淡泊な反応ね」

 似たような、というよりは同じ顔、同じ表情を、カルミアもしている。

「とても大切なことを聞かせてもらったことはわかるんですけど……」
「じゃあ、もっと怖いお話を聞かせてあげる」

 そう言うカルミアの笑顔は、なぜだか楽しそうで、でもどこか無理をしているようでもあった。

「あなたは思い出すことができないでしょうけど、ダムゼルは基本的に記憶操作が成功して、お父様への忠誠が強い子の中から高性能の6人が選ばれたの」

 個体差が激しい。こんなところも、洗脳技術が見直された理由であるらしい。

「でも、フリークの中にはダムゼル以上に強い忠誠心が発現した子もいたわ。でも、お父様は彼女を至高の娘どころかダムゼルにさえしようとはしなかった」

 話している内に、次第にカルミアの表情は沈痛なものに変わっていく。

「見ていられなかったわ。いつも猛って暴れて、日に日に心を病んでいく様子なんて。きっと、もう生きてはいないでしょうね」

 アイリスは、26人の内自分を含めて4人しか知らない。それでも、ヴァーリがどんな存在で、どう扱われてきたのかくらい、想像ができた。

「アイリスの場合、鈍いのか純なのか、あまりお父様への愛は発現しなかった。能力はどうだったかは知らないけど、お父様は自分の思い通りにならないことを極端に嫌うの」

 そして、もう1つわかっていることはヴァーリのお父様は、絶対に好きになれない人だろうということ。

「アイリスの他にも何人かのフリークは自分は覚えていないという偽の記憶を植え付けられたはずだから、忘れているというよりは、思い出せないようにされていると言った方が正解ね」

 ただ、カルミアはこう付け加えることを忘れなかった。記憶のいわば上書きがなされたのは5歳前後の頃。よって、洗脳は不完全な形にとどまっている可能性が高い。よって、思い出す可能性は極めて高いと。
 アイリスは目を閉じた。そうして意識を集中したところでそうそう都合よく思い出せるわけがない。ただ、これまでにも何度となく違和感を感じたことが意識に登る。ヘリオポリスが襲撃された時、どこかで見た光景だと感じたこと。モビル・スーツに乗った時、デジャブを覚えずにはいられなかったこと。
 瞼をあけると、カルミアと視線が合う。記憶を思い出せなかったことに引け目を感じてつい目をそらす。それでも、カルミアは暖かい眼差しを向けてくれていた。

「さて、ここまでがあなたが知っているはずのお話」

 そして、突きつけてくるのは選択である。

「ここからがあなたが知らなくて、もしかしたら、知らない方がいいかもしれないお話」

 もう、カルミアの顔に冗談めいた笑いはない。同じ顔でも、アイリスならどれだけ真剣になっても作れないような表情をしている。

「だから、そのことは次までにお手紙にしたためておくわ。読むか読まないかは、あなたに決めてもらうことにする」




 南極条約。軍学校の授業で聞かされていたが、ディアッカ・エルスマンはほとんど聞き流していた。地球連合とプラントがC.E.67にどの国の領土でない場所として南極大陸で結んだ戦時条約のことだ。その中には禁止兵器のリスト化や、戦争犯罪の規定、捕虜の取り扱いに関する取り決めなどが含まれていたらしいが、自分には関係ないことだと決めつけていた。
 BC兵器だの劣化ウラン弾、クラスター爆弾に対人地雷、ダムダム弾、レーザー失明兵器を使うなと言われたところで、現場の人間にどうこうできる話ではない。
 戦争犯罪なんてものは、勝った側が負けた側を叩く恰好の口実でしかないだろう。早い話が、自分が関わることは決してないと高をくくっていたのだ。だが、それも実際捕虜になってみるまでの話であった。
 今、ディアッカは敵艦の懲罰房の中にいる。何もすることがない。どうせなら条約違反だと、大して中身も知らない癖に叫んでみたかったが、扱いは決してひどいものではない。一度転換の天地が逆転して部屋を360度転がり回る羽目になったが
 飯も出るし、尋問などあってないようなものだった。そうすると、3食の食事だけを楽しみにベッドに寝そべり、天井を眺めているでしかない。ただ、今日はやや状況が違う。

「おい新入り、お前も捕虜か?」

 向かいの懲罰房へと届くくらいの声を出した。無論、大きな独り言ではない。つい先ほど、誰かが入れられた気配があったのだ。返事はなかったが、かまわず続けてみる。

「俺はな、モビル・スーツのパイロットしてたんだが、へましてな。お前は何しでかした?」

 大きな戦闘があった気配を感じたのは、確か10日くらい前だったろうか。もしザフト兵だとしたら、時期が合わない。おそらくは懲罰房本来の使われ方をしているのだろう。単なる暇つぶし相手なら、別にどんな立場の相手でもいい。

「ああ、言っとくが、俺が弱かったんじゃないぞ。相手のおっさんが強かっただけだ」

 おっさん。名前はムウ・ラ・フラガとか言っていただろうか。そう言えば、この頃顔を見ない。まさか戦死したとも考えにくいが、以前の戦闘があった時期とおっさんが顔を見せなくなった時期は符号する。
 相手が敵兵なら敵兵で、そんなことも聞き出せるかもしれない。しかし、それも反応があればの話だ。

「なあ?」

 頭の下に敷いていた腕を片方だけ取り出して、目の前で振ってみる。腕がしびれたからだ。ところが、こうしている内に反応があった。

「黙って!」

 若い女の声で一言だけ。以前食事を運んできたことがあるアイリス・インディアとは違う女のようだ。




 アーク・エンジェルのエンジンが不調をきたしたのは1週間ほど前になる。だましだまし使ってきたが、それでも限界は訪れる。ブリッジのもっとも高い位置に座って、マリュー・ラミアスは男3人の話を聞いていた。
 話しているのは修理責任者であるコジロー・マードック。様々な専門用語を並び立てて説明している。門外漢であるマリューはつい注意をそらして風防から見える夜の砂漠を眺めていた。
 アーク・エンジェルは現在飛行できない。その巨大な艦影を砂漠に横たえているだけである。こんな時に敵に襲われでもしたら大事である。よって、この原因を作り出した本人を懲罰房行きにしたのである。
 視線をコジローに、無精ひげをはやした整備主任に戻すと、彼はそろそろ詰めに入っていた。

「ええ、まあ、あの曲芸飛行がエンジンに影響しなかったといっちゃあ、嘘ですがね。でも、大半は戦闘時の過負荷が問題で懲罰房送りにすることのほどもなかったと思うんですが」

 前半の言葉を引き出したいがために話をさせていたというのに、後半は余計としか言いようがない。今なら、憂さ晴らしに艦長権限で無精ひげを剃らせても許されるのではないだろうか。
 コジローの隣りには、キラ・ヤマト軍曹が立っている。どこにでもいそうだ。初対面の時はそう考えたが、現在では一端の戦士を気取っている。軍服がずいぶんと様になり、ブリッジに違和感なくとけ込んでいる。

「僕も同意見です。あなたのしていることは結局、戦力に影響のない範囲で行っている見せしめにすぎません。フレイを一刻も早く独房から出してください」

 それは1つの側面を捉えるなら、そんな見方もあるだろう。飛べない天使は操舵手を必要としていない。しかし、これは厳正な処罰である。たかが1兵士に指図さることではない。
 厳格な艦長を演じて沈黙しておく。反論してしまえば、さらに相手の反論を招く。もはや、これは議論以前の話なのだ。わざわざ話し相手になってやる必要はない。
 そうして黙っていると、しびれを切らせたのは意外な人物だった。ダリダ・ローラハ・チャンドラⅡ世である。ダリダはキラをなだめるような口調で対談に加わる。

「艦長の判断に文句があるのもわかる。しかし異論は挟まない方がいい。上官の命令には従う。そうしておかないと、指揮系統の混乱と停滞を招くことになるからだ」

 正確であろうと時節外れの命令よりも、多少不正確でも迅速な対応が軍には求められる。巧遅よりも拙速を それが命令遵守の理念なのだが、正規の軍人でないヤマト軍曹はどのような反応を見せるだろうか。
 部下の動向を把握できないのは艦長として失格かもしれない。そして、不測の事態がたて続くことは、艦長としての力量を試される。だが、予測はできていた。
 ブリッジに扉が開く静かな音が響くとともに、大きな声が染み渡る。

「ラミアス艦長!」

 声の主はアーノルド・ノイマン。そろそろ来る頃だと考えていた。フレイ・アルスター2等兵の教官を務めているアーノルド曹長はこの頃妙に肩入れしすぎている。まじめな男で、こんなことをしでかすとは考えていなかったが、堅物ほど1度つまづくと堕落が早いと聞く。小娘にうつつを抜かしているのだ。アルスター2等兵の処置に不満を覚え、抗議に来るとすればそろそろだろうと、見当はついていた。
 ただ、肝心要の予測は大きく外れていた。この地点はザフトの勢力圏の外れであり、敵襲はまずないと高をくくっていた。エンジンの修復が終わるのを待っていればいいと考えていたのである。
 敵襲があった。それを判断する必要などなかった。轟音が響き轟き、アーク・エンジェルを揺るがしたからである。何とも分かりやすい、宣戦布告ではないだろうか。
 レーダーに反応などなかったのは、敵がハーフトラックを用いて接近してきたためであるらしい モビル・スーツによる襲撃ばかりを警戒していた
 管制--人手不足からほとんど便利屋と化している--のナタル・バジルール少尉からの報告は状況が急速に悪化していることを如実に示していた。

「78番ハッチが突破されました!」

 敵の攻撃は恐ろしいまでに早い。歩兵部隊があっさりと艦内への侵入を成功させたのである。
 窮地にありながら、窮地にあるからこそ、マリューは爪を噛む癖を見せてしまった。だが、こんなことをしている場合でないことは理解している。爪を口から離す。同時に、その手を振りあげる。

「隔壁降ろして!」

 アーク・エンジェルには敵の侵入を許した場合に備えて隔壁によって主要な区画を隔離できるよう設計されている。問題は、乗員全員を隔壁内に収容できないことだ。報告を聞く限り、複数の侵入経路が存在している。これでは多くの乗員が敵の攻撃にさらされることになる。
 マリューは艦長席から受話器型の通信機を取り上げる。

「各員へ告げます! 現在この艦は敵の侵入を許しました。艦長の権限において、武器の携帯、使用を許可します。各自防衛に当たりなさい!」

 すぐ、通信機を置く。これで、艦内に命令は通じたはずだ。後は隔壁が閉まりさえすれば、ブリッジは安全になる。
 アーク・エンジェルのブリッジは、比較的単純な構造をしている。先端が空へと突き出した風防に囲まれた長方形で、基本的に平らな作りである。風防を見渡せる部分に舵が取り付けられ、奥へ進むと、その両脇は各種オペレーターの席である。幸い、ナタル・バジルールやダリダのような主要なオペレーターはその席についている。そして、中央やや後方で1段高くなっているところに、艦長席があり、無論、艦長は座っている。
 艦長席の後ろは谷になっている。両脇から階段で降りることができて、底に出入り口が設置されているのである。このような一見不便と思われる構造が採用されている理由は、このような非常時のためである。
 隔壁がこの階段に蓋をするように展開され、ブリッジを隔離するのである。
 幸運と不幸に、マリューは同時に見舞われた気分がする。まず、キラ・ヤマト軍曹とアーノルド・ノイマン曹長、2人のパイロットがここにいることである。隔離が完了しさえすればパイロットの安全は確保される。ただ、この2人が命令を聞いてくれるとは考えにくい。
 案の定、隔壁を降ろすという警報音の中、キラ、アーノルドの2人は明らかに出入り口の方向に目をやった。先手を打つ形で、マリューは2人へと命令を発する。

「あなたたちはここにいなさい!」

 こう命じて、反応を見せたのはアーノルド曹長の方だけである。もっとも、それはせいぜい、こちらを向いたか否かという違いでしかない。

「しかし!」
「パイロットを危険にさらすわけにはいきません」

 抗議を握りつぶす形で、間をおかず言葉を続ける。それも内心では無駄だろうと理解しながら。
 警報音がけたたましく、分厚い隔壁が閉まり始めると、まずヤマト軍曹がその隙間へと跳び込んだ。そして、すぐ後にアーノルド曹長が続く。結局、2人のパイロットは隔壁の向こうである。
 なんとか、爪を噛み直すことだけはかろうじて堪えた。

「どうしてこうも……」

 部下をうまく動かすことができない。加えて、どうしても腑に落ちないこともある。敵の攻撃が早すぎる。ハッチの位置は侵入防止のため、外見からでは確認しにくい作りになっている。それなのに敵は瞬く間に侵入を果たした。
 急進派がアーク・エンジェルの情報を入手した形跡はない。ムウ・ラ・フラガ大尉がスパイであったとしても、正確な設計図を入手できる立場にはないのだ。




「ノイマン曹長はこれを」

 ブリッジを出るなり、キラはアーノルドへとオートマティックの拳銃を手渡した カートリッジを外し、弾の有無を確認しながら、しかしアーノルドは釈然としない様子で聞き返した。

「銃なんてどうやって……?」

 通常戦艦では武器の携帯は禁じられている。ところがキラは懐からリボルバーの銃を取り出しながら曖昧な笑みを浮かべていた。

「バジルール少尉には秘密にしておいてください」




 珍しい艦内放送は、何とも耳障りの悪いものだった。
 敵が侵入した。捕虜であるディアッカ・エルスマンにとって、それは朗報とも訃報とも判断しかねる。ザフトなら救出してもらえるが、今回の急襲劇には違和感がある。
 ザフトは若い軍隊だ。プラント自体が建国されてまだ40年にもならない若輩者で、ザフトは元々自警団から発展した軍組織である。設立からまもなく、戦術、戦略のノウハウが決定的に不足しているのだ。モビル・スーツを用いた戦法にこそ一日の長があるが、その経験不足が地球降下以後の侵攻を停滞させた一因でもある。
 もちろん、白兵戦が行えない訳ではないが、そんな用兵を作戦に組み込める隊長は、ディアッカの知る限りラウ・ル・クルーゼ隊長くらいなものである。そして、クルーゼ隊長は所属は宇宙軍であるはずだ。
 ベッドに寝そべっているつもりにはなれない。もっとも、できることはせいぜい格子に顔を近づけて、外の様子を探る程度である。
 自動小銃の発射音が響いている。その音は残念なことにザフト軍で採用されている銃のものではない。敵の敵は味方。とはならないのはどこの世界でも同じだ。
 ディアッカは扉ののぞき窓をかねた格子に手をかけた。スライド式の扉が開くかと試してみたが、しっかりとロックされている。懲罰房が中から開けられないのは当たり前だが、腹が立たないでもない。
 毒づいて、扉を叩く。すると、照明が一斉に落ちた。辺りが闇に包まれる。このことは誰にとっても予想外のことであったのか、銃撃の音が一時的に収まった。

「発電施設が落ちのか?」

 こんな独り言が、はっきりと聞き取れるほどだ。やはり、襲撃はザフトではないらしい。この艦の構造を知りすぎている。
 やがて、予備電源が復旧したのか、照明が弱いながらも戻る。薄暗いが、敵の姿を確認するには十分な明るさだ。銃撃戦の騒がしさが戻ってくる。そして、ディアッカの焦りも同様である。
 もう一度、格子に力を込めると、なんと、扉が開いてしまった。一時的に電源供給がストップしたことでロックが初期化されてしまったらしい。何とも初歩的な設計ミスだ。
 扉を開ける。だが、いきなり飛び出したりなどしない。できる限り頭を出さないように通路の様子をうかがうと、幸いなことに、攻めている敵も、守っている敵の姿もない。
 まずディアッカが向かったのは、向かいの房。ここも、ロックが外れている。力を加えるだけで開くことができた。

「おい! お前も出てこい!」

 薄暗い照明に輪をかけて薄暗い部屋。声は当たりをつけて発しただけで、まだ相手の姿を確認しきれてはいなかった。ようやく目が慣れてきたところで、少女が1人、部屋の隅で膝を抱えて座っていた。大西洋連邦の白い軍服。赤い髪がコーディネーターであるのかと思わせたが、この質感はおそらく染めているだけだ。
 銃撃の音がする度に体を震わせている。腕の階級章は2等兵。要するに、戦い慣れしていない新兵だということだ。
 こういった奴の場合、いちいち状況の説明をして適切な対応を促すよりも引っ張っていった方が早い。腕を掴み、無理矢理立たせた。そのまま引きずり出そうとすると抵抗する。

「離してよ! コーディネーターのくせに!」

 感触からしてずいぶんと腕が細い。そのくせ、ディアッカの手を剥がそうと掴む手の上から掴みとろうとしてくる。大した力は加わっていないが、この女は相当コーディネーターがお嫌いらしい。至上主義者、原理主義者はどこにでもいるものだ。構うことはない。

「粋がんなよ、メダカのくせに」

 ちなみに、メダカとは以前刑事ドラマで見た初犯の受刑者の隠語だ。
 力ではこちらが圧倒的に強い。掴んだまま走り出してしまえば、女はこちらに引きずられるまま走るほかない。時々女のうめき声が聞こえるが、多少我慢してもらおう。早くここを離れる必要がある。そして、できることならどこか隠れられる場所を見つけることだ。
 通路はどこも似たり寄ったりの構造で、今どこを走っているのか見当もつかない。とりあえず、銃声から離れる方向を選ぶことにした。
 すると、扉のない、開けた部屋に出る。とりあえず立ち止まってから、女から手を離す。
 決して広い場所ではない。資材置き場に使われているのだろう。抱えるには辛い大きさのコンテナが整然と並べられていた。コンテナの後ろには適度な隙間もあるようで、ここなら隠れられるかもしれない。ただ問題は、この部屋にはディアッカたちが入ってきた通路のほかにも、2つ通路が繋がっていることである。
 出入り口が多いということは、それだけ警戒すべき経路が多いと言うことだ。
 面倒なことだ。だが警戒しないわけにもいかない。そう、何の気なしに最寄りの通路に目をやった時、サブマシンガンをぶら下げた男が大した警戒もなしに部屋に入ってきた。
 ディアッカはその瞬間に飛びかかった。相手は正規の訓練を受けたわけではないのか、ずいぶんと反応が鈍い。引き金に手をやる前に体当たりで引き倒す。固い床に頭でもぶつけたような鈍い音がしたが、まだ相手に意識がある。それでも、こちらの方が早い。相手が羽織っているジャケットの胸の部分にナイフがさしてある。いかにもゲリラといった格好は、こいつがこの艦の乗員でないということを知る手がかりにはなったが、目はナイフに向く。
 抜き取るなり即座に喉と頸動脈を切り開く。心臓に極めて近い動脈が切り裂かれ、驚くほどの血が吹き出す。喉を切ったのは悲鳴をあげられない為だったが、それは女が無駄にしてしまった。
 目の前で人が殺される光景など目にしたことがなかったのだろう。抑えきれない、そんな様子で少女特有の高い悲鳴を響きわたらせた。これでは敵が来る。

「隠れろ!」

 コンテナの方を示す。血がべっとりとついたままのナイフで指し示すのはいささかデリカシーにかけるという気がしないでもないが、今はそんな時ではない。
 女は怯えた様子で、目には涙さえ浮かんでいる。

「隠れろ!」

 こうして発破をかけることで、泣きながら女は走る。
 ディアッカはナイフを捨て、殺した相手の腰からハンドガンを取り上げた。サブマシンガンもいただこうとしたが、首からつり下げられていて、すぐに外すことはできそうにない。そうしている内に、死んでいる男が現れた通路の奥から武装した男たちが血相を変えて走ってくる。母親から、初対面の人に挨拶を欠かしてはならないとよく聞かされたものだ。だが、挨拶代わりのことならすでにしでかしてしまった。
 サブマシンガンを諦めて、ディアッカは走った。
 相手はサブマシンガンで攻撃してきたが、走っている相手にそうそう当たるものでもない。それに、相手はまだ通路の深いところにいるため、ちょっと脇に逃れるだけで壁が邪魔をし、死角に入ることができる。
 コンテナの後ろへと走り抜ける。コンテナ同士には隙間があいている箇所があり、それは通路として利用できた。
 すでに女はディアッカが選んだコンテナとは、この通路を挟んだ反対側のコンテナに背をついて座り込んでいた。頭を両手で抱え込んで、譫言のように泣き言を繰り返している。

「どうして……、どうしてよ……?」

 グリップからカートリッジを取り外すと、弾は1発も発射されていない。単なる拳銃では心許ない。だが、やるしかない。カートリッジを戻す。コンテナから手と片目だけを見せるようにして、弾丸を見舞う。
 相手は、確か3人くらいだったろうか。通路の入り口で、先ほどのディアッカ同様、壁を盾にしていた。距離は目算で10mいや、15mか。確認している余裕はない。身を乗り出して発砲する。すると敵の反撃が始まって、すぐにコンテナの影に身を戻す。この繰り返しだ。
 だが、状況は圧倒的に不利だ。
 銃が無限に弾を吐き出してくれるわけじゃない。こちらが1発撃つと、相手は10やら20発を撃ち返してくる。

「お前、銃はあるか?」

 頭を抱えて震えていただけの女は、泣きながらこちらのことを睨んできた。ずいぶんと器用なことをする。この女にとっては、ディアッカも敵でしかにないらしい。事実ディアッカは敵軍の兵士である。だが、状況をわきまえない態度には、苛立ちしか覚えない。

「大方、コーディネーターに仲間を殺されたんだろ」

 反撃をしながら、わざわざこの程度の女に目を合わせて話す必要もない。見てなどやるものか。どうせ、こちらを睨んでいるだけだろうから。

「お前だけが悲劇のヒロインのつもりか?」

 1、2発牽制として撃ち出す。これで、相手が部屋に踏み込んで来られないよう弾をばらまき続ける。

「これは戦争だ。殺すのが当たり前。死ぬのは当然だ」

 敵の攻撃がコンテナに瞬く度、貫通しやしないかとひやひやする。

「イライラするんだよ。自分だけが不幸だって思いこんでる面見てるとな」
「あんたに……」

 その声は突然聞こえてきた。会話ではない。相手が話している最中であったも構わず、ただ自分が言いたいことだけを言う。だからこそ、ディアッカが言い終えるとすぐに女は声を出した。
 声に釣られてみると、女はそれはそれはすごい形相で、そして泣いていた。結局これだ。所詮これだ。自分は何も悪くない。悪いのはみんな周りの人。

「どうした? 何か文句があるなら言ってみろ。自分だけが悲しんでるんだって、不幸なんだって証明してみろよ!」

 どうせ聞いてやしないだろう。周りの意見に聞く耳があったなら、ここまで偏屈で独善的な思考は形成されない。女は一方的に、身勝手に話しているだけだ。

「あんたなんかに……、あたしの何がわかるって言うのよ!?」

 言うや早いか、女は走り出した。突然のことで、止めることなんてできやしない。ただ、幸運なことに、銃撃がやんでいる間の出来事だった。まだ、タイミングを見計らう余裕があったのだろうか。
 だがどちらにしろこのままでは蜂の巣にされる。ディアッカはコンテナから飛び出た。この女を助ける義理もなければ義務もない。それでも、残りの弾数からして、勝負をかけるに悪くない頃ではある。
 ディアッカが飛び出したことで、相手は多少なりとも狼狽し、反応が遅れている。まず壁からもっとも離れている1人へと向けて発砲する。うまく胸の当たりに当たった。
 これで1人。しかし、残りの2人はすぐに壁に隠れてしまう。急襲は失敗した。この隙に女の方はディアッカたちが入ってきた道とも、敵がいる通路とも違う第3の出口へ走り出た。だが、ディアッカの位置はほぼ部屋の中央。隠れる場所はない。敵をかばって死ぬ。何とも間抜けな死にざまを覚悟しなくてはならなかった。だが、ただで死んでやるのも癪に障る。せめて相打ちにしてやろうと、銃を両手で構えた。

(さあ、撃ってこい。顔を見せた時、その眉間に風穴を開けてやる)

 ところが、飛び出してきたのは相手ではなく、短い銃声であった。2人が上半身を部屋に入れる形で倒れてきた。額を正確に撃ち抜かれているらしく、床が瞬く間に血に浸る。見事な1撃を見舞った人物には、見覚えがあった。確かキラ・ヤマト。おっさんと一緒にいた少年兵だ。あの女と同じくらいの年頃なのだろう。しかし、今の動きは少年兵のものではない。銃を持つ相手に躊躇ない攻撃を仕掛けられるのは天賦の才ではなく、訓練によって身に付く慣れでしかない。キラは、軍事訓練を、それも殺しの技術を身につけている。こんな相手に銃を向けるのはよそう。
 銃を降ろす。願わくは、キラがこちらを敵と判断しないことだ。キラは大して驚いた様子を見せなかった。捕虜が艦内をうろついていることを見咎めない。明らかに銃に目をやりながらも、そのことを指摘することもない。

「ディアッカ、フレイを見なかったかい? 君の向かいにいた女の子だ」

 答えるよりも先に、キラに続く形でもう1人の若い男が部屋に入る。髪を切りそろえている。ただそれだけが根拠だがずいぶんと生真面目な堅物という印象を受ける。

「あの女なら、ちょっと脅かしたらあっちの方に逃げてった」

 言ってから、後悔を覚えた。余計なことを言ってしまったからだ。まだあの女への不快感が払拭されていないことを自覚する。このことに過敏に反応したのが若い軍人の方であったのは、意外な感じがする。若い男はそれはそれは、あのフレイとかいう女を彷彿とさせる剣幕で怒鳴った。

「フレイに何をした!?」

 しかし、怒りに駆られながらも手に持つ拳銃をディアッカに向けようとはしないことには好感が持てる。それだけ自制がきいているからだ。それほどの人を怒らせたということも理解していた。同時に、ディアッカは自分がひねくれもので、まだ怒り冷めやらぬ状況であることも知っている。
 いい加減な調子で髪をかく。

「言ってやっただけだ。悲劇のヒロイン症候群には付き合いきれないってな!」

 男はディアッカを憎々しげに突き放すなり、指し示した方向へ走り出した 恋人にしては歳が離れているが、ただならぬ関係であることはうかがいしれる キラなど死体から銃器をはぎ取ることにご執心だというのに

「お前はいいのか?」
「ディアッカ、君も気づいているとは思うけど、この襲撃はザフトの仕業じゃない おそらく地元のゲリラだ」
「だろうな。で? 」

 投げ渡されたのはサブ・マシンガン。この手の銃身の短い銃は室内で扱うには正直ありがたい。

「協力してもらいたい 少なくとも利害に関しては僕たちは一致している」

 ゲリラに捕虜だと言っても聞いてはもらえないことだろう そういう意味ではこの戦艦とディアッカは一蓮托生の状況にある。提案を蹴ってもいいことはなさそうだ。

「わかった」

 キラを初めて見た時はもっと棘々しかったようにも思えたが、気のせいだったのだろうか。


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