なんだこの男は? ころころ変わる口調と同じように、何を考えているのか判らない。 胡散臭い言動に反して、用意された資料は重厚で精細な代物。 最大で数十万人分の独立思考型AIを用いた市場予測など、聞いたことは無いが、存在するのか? 対峙する三崎伸太の言動に翻弄され続ける彼女の率直な感情を表すなら、巫山戯た言動で徐々に蓄積される苛立ちから来る敵愾心。 そして時折軽口を交えながらも、未だ底を見せない三崎への恐れだ。 分厚い資料を端折り端折りながらも説明を終えた三崎が、クロガネに向けて苛立つ視線を向けた。 「さてクロガネ様……このソフトで私共は、どのような手で資金を稼いでいくと思われますか?」 底が読めない。読ませない。 またも性格の悪い成分を僅かに含有させた、にやけ面で三崎は問いかけてくる。 三崎が呈示したプロジェクトによる資金集めが正解か? いや、だがこの底意地の悪い男が、正解のわかりきった問いを投げ掛けてくるか? それとも他の手段があると思わせているだけで、自分を翻弄しているだけなのかもしれない。 感情のこもっていない仮面のような笑顔を浮かべる三崎が、あんたには判らないだろうと、心の中でせせら笑っているように彼女は受け止める。 どうする? 自分ならどうするか? 自問自答しても見通せない答えに苛立ちに、無意識に爪を噛む。 リアルなんて興味が無い。 関わり合いたくない。 自分が生きるのは、生きられるのはVR世界だけだ。 黙殺され否定され拒絶されたリアルから捨てられ、そんなリアル世界を捨てた彼女ではたどり着けない。 VR世界でなら、系統が違うゲームであろうと経験がある。 敵の属性、回復率、手持ちスキルで効率的なレベリングをすぐに見いだせるだろう。 流行る装備やアクセを見抜いて、関連アイテムを先んじて集めたりと金策をいくらでも思いつける。 だがそれはあくまでもVR世界。ゲームの世界。 リアルで金を稼げと言われても彼女には思いつけない。 だから、三崎が仕掛ける手が浮かばない。 自分は負けるのか? この憎むべき相手に。 憎むべき相手? 何故憎む? 三崎は新たな世界を作ろうとしているのに? 焦りから思考が空回りし、支離滅裂に飛び散らばっ……………… 追い込まれた。 彼女、クロガネは精神的ストレスが限界に達した瞬間に沈み込んだ事で、思考の主導権を握った金黒浩一は舌打ち混じりに覚醒する。 自分を、クロガネを追い詰めるこの男はやはり敵だ。 憎むべき仇敵だ。 その心に浮かぶのは、根源を重ねるクロガネよりも深い敵対者への憎悪だ。 彼女の防壁として生まれた存在。 本来は彼女がメインであり、彼がサブであった関係性。 だが互いの過ごした年数がその主従関係を、逆転させいびつに歪ませていた。 「……今あげた手で無いのは確かだ……と思うわね」 VR世界はクロガネの領分。 だからあくまでもクロガネとしての口調を保つ為に、金黒は無理矢理語尾を整えながら先ほどまでと違い、ぼっそと低い声で断言する。 元の声は小さいが、拡大され会場に響く音は先ほどまでのクロガネの声色と変わらず、今の一言に違和感を抱いた者は極々少数だった。「っと。なるほど”貴方”がどうしてそう思ったか教えていただけますか?」 対峙する三崎はそのごく少数の一人だ。 口元の薄い笑いを引っ込めると、僅かに身を引いた。 先ほどまでのクロガネ様呼ばわりでは無く、意味ありげなアクセントを付けた貴方呼び。 どうやら中身が違う事に三崎が気づいたようだと判断しながらも、金黒は無視する。 金黒=クロガネは彼の中での絶対不変の事実。 狂った思考は他人が抱く違和感を気遣う神経など、忘却の彼方に追いやっている。 「呈示された膨大な資料と長期的な取引記録から、このソフトを制作しようとした事は事実で間違いない。でも、これが開発に成功したのかと問われれば個人的見解で答えは否と即答する……わ」 三崎が提示した、多数の独立思考AIを用いた市場予測アプリケーションソフトウェア開発が失敗したと金黒は断言する。「ソフトの開発に成功していたのなら、それを声高々にこの場で広めるメリットなんて皆無。むしろデメリットしか存在しない。精度の高い市場予測が出来るならば、警戒を避ける為に、他人に気づかれず、存在を隠し通した方が、圧倒的に有利に活動を続けられる。ましてや、開発者であるというディケライアの先代社長とやらが、ゲーム制作資金調達の一環として開発していたのならなおさら。だからこのソフトの開発には完全に失敗したか、収支から推測して僅かにプラスになる程度の成果しか生み出せなかった、技術的失敗とみるのが妥当……だわね」「いやいや、ひょっとしたら誰もが予想だにしない革新的な方法で」 「くだらない……複数の独立AIを連動させ市場傾向を予測していくなんて、どうせ別パターンの思考AIを多数用意して、直前までの取引状況でどの銘柄が好まれ嫌われるかの傾向を大まかに判断する。簡潔に言ってしまえばそんな機能だろ……うと思うわ。程度の差はあれ、テクニカル分析ソフトなら大昔から存在する。お前……貴方の説明はただ最新技術と規模で誤魔化しただけだ」 軽口を一刀両断で切り伏せた金黒の返答に対しても、三崎の表情は変わらず涼しいままだ。 金黒の予想が合っているのか、間違っているのかは答えず、続きを促すように肩を1度すくめて見せる。「この仕様では安定状況では一定の方向性は見いだせるかも知れない。だが大規模事故や関連企業の倒産、不祥事等が招く突発的な乱高下に即時対応は無理で……しょう。さらに規模が小さくなるが、個人投資家の気変わりや思いつきなど、予測不可能な事態で生じる微妙な影響も、積もり積もれば無視は出来ない幅になるはず……絶対的な信頼度を持って稼働するはずが無い……わね」 状況が安定し続けていれば、市場傾向の予測で損失を最小限にしつつ安定安全的な投資で小金を稼げるかも知れない。 それが僅かにプラスを維持できた理由だろうか。 元手が大きければ、それなりの利益を出せるかも知れないが、このソフトは基本的に場の流れを見て状況を読む。 自らが大きな流れを作り始めた場合、修正に修正を重ねる必要が生まれてくる。 そうなればどこまでその予測が正確性を保てるかは疑問符がつくのは避けられない。 過信しすぎれば、予測不能な事態で致命的な打撃を受ける可能性も否定できない。 金黒の冷徹な指摘に、三崎の真に迫る説明で浮き足立っていた会場の空気が急速に冷めて静まりかえっていく。 冷静に思い返してみれば、株式市場で絶対に損をしない予測ソフトなんて、噴飯物の程度の低いジョークでしかないと、誰もが気づかされはじめる。 そんな怪しげな話を一瞬でも大勢の者に信じかけさせたのは、三崎の話術と周到に用意された資料。 その言動とやり口は例えるなら詐欺師に近い。 三崎の言動に懐疑的な視線が集中しはじめ、「くっ……ぷっ……はははははぁっ! なるほどそりゃ俺が嫌われるわけだ」 冷えた会場に、唐突にからからと辺りを憚らずに笑い声が響く。 笑い声の主は、疑いの目線を向けられた三崎本人だ。 何が可笑しいのか、終いにはむせるほどの爆笑をしていた。「ちっ……道化が」 これも演技か? それとも本気の笑いか。 しかし何の意味がある? 場の流れが自分に都合の悪くなったのを誤魔化す為か? だがいきなりの三崎の奇行に、言動を怪しむ視線が増え始めている。 意味不明な行動をとる三崎に、金黒は被るべき仮初めを忘れ、つい地を見せた舌打ちをならす。 しかし幸いと言うべきか、誰も今の独り言を聞いた者はいなかったようだ。 いらつく。なんだこの男は? 何故笑っている? 笑えるような状況か? 気でも狂っているのか? 自分が狂ったと自覚も無い金黒が、思わず侮蔑したくなるほどに支離滅裂な行動を取る三崎に対する会場の信頼度は最低レベルまで一気に落ちている。 今この場で自分が握るこの男の不正を晒せば…… 違法ソフトを取り扱っているVRカフェに出入りしていた証拠を晒せば、この男を業界から永久に抹消できる。 ここが勝負所だ。『シンタ! 敵方動き! 切り札準備中!』 アリスの鋭い声が脳裏に響く。 っとやばいやばい。ついつい爆笑していた間に、あちらさんのヘイトを変な方向にやっていたらしい。 右手を仮想コンソールに奔らせる。 GMスキル発動。 指定プレイヤー強制音声カット機能オン。 仮想ウィンドウ展開禁止処置発動。「貴方の本性が」「っと。失礼。長年にわたり”開発”はされていたが失敗した。それはご指摘の通り事実です」 切り札を切ろうとしたクロガネ様が声を出した瞬間に、そこから続く言葉と映像を文字通りかき消し俺は割り込む。 自分の声が会場に響かず、展開しようとした仮想ウィンドウが開かず、一瞬呆気にとられたクロガネ様だが、すぐに何をされたのか気づいたのか、恐ろしい目つきで睨み付けてきた。 くっくっ甘いっての。 ここはウチの会社のフィールド。セクハラ防止機能や暴言対策機能を使えば、そちらさんの発言やら映像をいくらでもかき消すなんぞ訳も無い。 そこにのこのこ乗り込んできて、痛恨の一撃が易々と出来ると思うなよ。 まぁ今のGMスキル使用は会社にばっちりばれているわけで、そこらの理由はきっかり聞かれるが、仕方なしと思うしか無い。 それにここで防いでも、後から別の場所で拡散なんぞされた日には、今の行動も相まって致命的なことになりかねない。 そいつを防ぐ為にも、ここで逃がすっていう選択肢は無し。 とりあえずは周囲の不信感を撤廃と。「あまりにご指摘が的を射ていたので、つい笑ってしまいました。失礼しました。そうなんですよね。冷静に考えればこの企画に無理があるのはすぐに判る。しかしそこは儲け話の魅力というか魔力って奴ですね」 口調をフレンドリーにし、クロガネ様を上げつつも、黙らされたご本人からすれば挑発でしか無い笑顔を浮かべてやる。 これに乗ってくれば大体アナライズ終了だ。 「まずはどれだけの情熱というか、執念を持って制作されていたかを感じて貰う為に、資料の半分を公開いたしました。そしてこちらが残り半分。無数の失敗やエラーと改善の記録です」 怨念さえ篭もった視線を無視して、あらかじめ用意していた膨大な失敗と、その原因を推察して細かく、または大きなバージョンアップを行っていた記録資料を周囲に展開表示していく。「これだけの失敗と改良を重ねていった末の最終バージョンでも、ご指摘いただいた部分の絶対的な改善が出来ずに、先代のヘルケン社長がお亡くなりになったと同時にこのプロジェクトは終わっています」 ここまで詳細な資料(制作期間1分ちょいリルさん作)を展示すりゃ、俺が投資予測ソフトで騙す気なんぞ、さらさら無かったことが、クロガネ様以外には一応理解してもらえるだろう。 「まぁ失敗は成功の母って古い言葉もありますように、一介の個人事業プログラマであったヘルケン氏はこの開発過程で得た物を礎とし、ディケライア社を立ち上げたそうです」 俺がこの長年の開発過程というギミックを用意した理由は2つ。 1つはディケライア社という実際には活動記録の無いペーパーカンパニーとその創立者であるヘルケン・ディケライアという人物にキャラクターを肉付けして、歴史を作り上げる為。 そしてもう1つが、ディケライア社がこれから公開していく技術に信憑性を持たせる為。 ミッシングリンクを消し、何故こんな技術が有るでは無く、この過程があったからこの技術が存在すると錯覚させる。「その成果とは長年の開発過程で派生した技術やプログラム。特定環境下VR世界作成、AI思考連動、状況自動更新プログラム、多種メーカー既存パーツの組合わせた性能強化や低価格化のノウハウ、使用機種に合わせた細やかな設定変更等。ディケライア社が得意とする分野は多岐にわたります」 ディケライア社のカバーストーリーとして俺が用意したのは、メイン事業は様々な用途で使用される個人向けVR空間制作。 様々な状況、要望の元で磨かれたスキルは、特化した企業には及ばない物の、その汎用性は高くオールマイティーにこなせるという物だ。 全く新しい物や斬新な発想、技術を数多く持つわけでは無いが、既存技術を最大限まで利用し使う術に長けた企業。 それがディケライア社であり、先代のヘルケン・ディケライア氏という筋書き。 アリス側のルールである未開惑星原則干渉禁止に抵触しない為に、地球ではまだ開発所か概念さえ無い未知技術をストレートに持ってくる訳にもいかない。 かといってリルさんの能力を使わないのも、もったい無し。 そこらの穴を突く為に俺が提案したのは、ブラッシュアップテスト方針。 地球人が見落としている、もしくは気づいていない、技術の組み合わせやロストした技術の再発掘など、地球既存技術を最大限まで磨き上げればどこまで出来るのか? そして地球原生生物がどれだけのヒントで最適解へとたどり着けるか? これらの実験と考察レポートを星系連合へと提出する事で、例外処置の1つである現地生物の現有能力調査という学術目的での干渉で、行動を正当化する予定だ。 そして地球側では、後もう一ひねり、二ひねりの改良で劇的に性能が向上したり、新しい技術へと派生する、少しばかり惜しい技術をディケライア社がばらまき、他企業に気づかせるというスタイルで、PCOを作り上げる舞台を整える算段になっている。 与えられた物が使い勝手が良ければ、そこからさらに改造改良しようとせず、現状で満足する人間が俺を含めて多いだろうが、親父さんやら佐伯さんら例外存在がいるので、ヒントさえあればどんどん突き進んでいく事だろう。「その一例として手がけた仕事と使われた技術を紹介しますのでこちらをどうぞご覧ください」 俺が呈示した資料に、また観客の目と意識が集中した隙に、手を動かし相棒へと礼をいれておく。 (GJアリス)(笑いすぎ。もう一人のクロガネの属性が判ったからって油断しないの) ベストタイミングで警告をくれた相棒に礼を伝えるが、そのご本人からは呆れかえっている感情が文字からも漂ってくる即レスが返ってきた。 (でもアレは卑怯だろ。クロガネ様が俺を嫌う理由って同族嫌悪だろ。思考組み立てが俺そっくりだ。俺って捻くれるとあんなのになるのか?) そう。俺が爆笑していた理由。 それは今俺が対峙するクロガネ様の中の人。何者かは知らないが、こちら御仁。 欠点を指摘してきた、その論理の組み立て方や攻め方があまりにも俺にそっくりだったからだ。 リアルなんぞ全部クソだと言いたげな鬱屈とした性格をひたひたと感じさせる。 一歩間違えれば俺自身もあんな感じになっていたのだろうか? そしてそんな自分の姿を想像したら、ついつい大爆笑していた。 (あっちはかなり歪になってるけど根が大まじめ。シンタは根っからのお調子者のお巫山戯屋で、元々曲がってるんだから、なるわけ無いじゃん。真面目な部分は少しは見習えば) 褒め言葉と考えて良いのかなり微妙なラインを漂うアリスの評価を聞き流しながら、俺は同意見だと一人で納得する。 怒り心頭だろうが、こちらの質問に律儀に答え俺を真っ正面から打ち負かそうと打ち込んでくる姿勢。 大磯さんに集めて貰った無数の情報から拾い上げた、クロガネ様名義のVR雑誌コラムや、ご本人の日記からも敵対者は徹底的に叩きつぶす苛烈さの一面で、文章や映像からも丸わかりの悔しさを滲ませながらも、相手の良い部分は渋々評価し、己の感情で意見をねじ曲げようとしない。 VRに関してだけかも知れないが、常に真摯であろうという姿勢が垣間見える。 だから俺に相当いらつき未だに恐ろしい目つきで時折こちらを睨みながらも、俺を倒そうと律儀にクロガネ様は資料に目を通している。 ありゃ確かに真面目だ。 俺はまたも小さく噴き出していた。 (まったく。言ってるそばからまた笑ってるし、もうちょっとマジにやれば良いのに) アレがどのような存在なのかは判らないが、先ほどまでのクロガネとは中身が微妙に違う事に、アリシティアも気づいていた。 クロガネというキャラを複数のプレイヤーで回していたのか。 それとも重度VR中毒者にたまにいるような解離性同一症か? どちらにしろ。今考え手判ることではない。 クロガネを落とすならば、アレを落とすのが効率が良いと三崎が判断した事が重要だ。 自分と同じような思考パターンをする相手。 自分ならどうするかを最初に考え、攻略の糸口とする三崎伸太にとっては、もっとも組みやすい相手だろう。 アリシティアの今の目的は、パートナーである三崎伸太の力を叔母であるサラスに認めさせその協力を取りつける事。 だから勝ちやすい相手は望む所だが、問題は勝ち方だ。 勝つ為なら、かなりえぐい事も平然とやらかすというのもあるが、勝敗に限らす三崎の判断基準が普通と少しずれている事だ。 『どうやら全くの別人か、クカイさんと同じように根を同一とする複数の人格を持つようですね。地球人にもよくある例でしょうか?』 サラスも僅かな仕草や語尾などの違和感から、対象人物が入れ替わった事に気づいたようだ。『さすがにクカイみたいな軟体生物的節操の無い人格交代はしないけど、特定状況下だと性格が変わるってのはよくあるよ』 暑さ寒さや風が吹いていたとか、果てにはご飯が辛かったや、何となくというなんて、どうでもいい理由でころころと身体と人格を入れ替えるクカイ達のような節操が無いのは、さすがに地球人にはいない……だろう。『そうですか……しかしどちらにしろ敵意は衰えない所か、より鋭くなっていますね。この状況から、どうやって仲間にするつもりなのでしょうか彼は? 先ほどからの発言や行動はどう考えても喧嘩を売っているようにしか見えませんが』『えーと。なんて言うか一言で言うと、おばさんの言う味方と、シンタの味方って”範囲”が違うから大丈夫』 サラスの疑問はもっともだろう。 しかしアリシティアは心配などしない。 三崎が仲間にすると言ったのだ。どうやってもこちらに引きずり落とすだろう。 ヘイト極限真っ赤な状態のMOBモンスターだろうが、果てにはボスキャラだろうが、場と状況を操り心理を読み、その場で”味方”とする。 それが三崎伸太の真骨頂であり、身内にまで性格が腐っていると、素で評価される一因だ。 『それよりおばさん。シンタが提案している研究目的を名目で、どこまで仕掛けられると思う』 『……技術と分野を平和利用目的に限定させれば申請に問題は無いと判断いたしますが、問題は彼ら地球生物の闘争本能が著しく強い事です。新しい企業が幅を利かせてくれば、排除、対抗しようとこちらの詳細を調べに来るでしょう。ですがあちらのディケライア社は確固たる根を持ちません。民間ならばともかくとして、国家クラスの調査では正体が疑われます。最悪露見する危険性がありますが』 『えとその辺は、ある程度情報漏洩させてこちらの思惑に載せていく方針。本当にまずい情報に接触、もしくは違和感をもたれた時は、緊急事案特例処置の事後承諾における記憶改竄とかで対応」 叔母の好む傾向は、計画性と採算性。 1つの失敗で全てがダメになるのでは無く、常に対応策とカバー案を考え、さらに先の先まで考えつつも、なるべく合理的な手段を用意しておく事。「ネットワーク越しの処理には限界があると考えますがどうするおつもりですか?」「実行戦力として地球にナノセル体を複数体配置予定。ついでに私と向こうのディケライア社社員のリアルボディとしても使う予定。必要素材は現地調達で、製造は現在ナノセルを生成している別会社名義のアメリカの貸し倉庫で作成予定。今やっている資金増殖はその一環も兼ねてる。あとリアルオフィスが事業発展とかナノセルメンテの関係で、日本でも必要になるから候補地をいくつか絞り込んでる所』 叔母の問いかけにすらすらと答えながら、アリシティアは説得できるだけの資料を提示していく。 三崎が先ほど提示した資料よりも新しい収支表や、事務所の候補地と予算を呈示、これが思いつきやその場しのぎの答えで無く、すでに想定している事を示す。 長年の付き合いでどうすれば叔母を説得できるか、納得させられるかは判っている。 隙の全く無い計画を作るのは難しいが、叔母はその隙を埋めるのを得意とする。 だから叔母に提示する資料は、アリシティアが思いつく限りに隙を埋めた物。 もし不備があれば叔母の性格からすれば指摘し却下してくる。 だったらその指摘を元に改善した計画をもう一度呈示する。 宇宙でのディケライア社復興と、地球でのVRMMO復活。 目標達成には困難を極めるだろうが、この2つはアリシティアにとって、心からの願い。 一度や二度の却下を喰らったくらいで、諦められる物では無い。 パートナーである三崎を心配しつつも、アリシティアは自分の戦いを開始した。「いやはや三崎君は出来上がるまでもう少し掛かるかと思っていたけど、一気に成長したね。やっぱりあれかね逆境は若者を成長させるって奴? ねぇ親父さん」 自分の所の若手社員がこれだけの数の業界関係者を前にしても、堂々と事業案をぶち上げる姿に、ホワイトソフトウェアを率いる白井健一郎は、提示された資料を流し読みながら緩い笑顔で満足そうに笑っていた。 三崎本人が気づいているのかは微妙だったが、元々三崎の立場は幹部候補生。 将来的には業界全体を見据え、会社を支えていく事が出来る人材へと育成しようと下積みを積ませていた。 全部署の仕事を理解させるため各部署に廻らせ、近隣には直接顔を売らせ、白井の付き添いとして関係各社へと顔を繋がせる。 後は三崎が本来持つ類い希な企画立案能力と、それを実行まで持っていける汚いまでの強かさを十二分に発揮できればと考えていた。 『違うだろ。ありゃ追い込まれないと本気出せないタイプだ。しかも逆境になればなるほど力を発揮するな。あの野郎、さっきあっちの嬢ちゃんの発言カットしやがったし、相当やばい何かに顔を突っ込んでやがるな』 統合管理室で三崎の動きをモニターしつつ同じように資料に目を通している須藤は、禿げ上がった頭を掻きながら断言する。 三崎が能力を発揮するのは追い込まれてから。 これだけどでかい仕掛けを無理矢理にしてきたのは、それに見合う何かが起きたのだろう。 GMスキルまで駆使して相手の発言カットをするなんぞ後ろめたい証拠だ。 「さぁどうだろうね。まぁ後でおいおいと話あるでしょ。それより親父さん精査した感じどうです?」 だが白井は特に気にしていないのか、それとも三崎を信頼しているのか、あまり重要視していない事が判る気の緩んだ笑顔で後回し宣言する。『量が膨大すぎで終わるまでこれ一本に絞っても一週間は掛かるぞ。さわりだけの感想で言えば、綺麗すぎるのが気になるが、概ね問題無い感じだな。しかし本気か? 俺も若い頃に手を出したがあそこは終着点が無いぞ』 三崎が手を出そうとする部分は業界最先端分野。 進んでも進んでも終わりの見えない永遠に続く道だ。 生半可な覚悟で突っ込めば、大やけどですまない事になる。「だからこそ面白いけどね。では三崎君以外の全社員に通達……あー白井だ。さて今の資料で、三崎君が言っていたリアルへの侵略計画の大体の狙いが判ったと思う。無論仕掛ける規模から言ってウチだけで無く、アリシティア社長の所だけでも到底こいつは無理だ。だから他の会社を巻き込もう。元々同窓会プロジェクトで提携する予定の他社を中心に、規模を拡大させていく」 三崎の事だ。PCOだけで無く、ホワイトソフトウェアが元々進めていたシニア初心者向けの同窓会プロジェクトも計算のウチでこの博打を仕掛けてきたのだろう。 文字通りの老若男女が集まる場を狩り場に定めて。「開発部はこれまで提示された資料を使って、今日の手土産にPCO計画を盛り込んだ物を至急制作開始してくれ。広報担当は公式HPにPCOを我が社の提携プランとして告知する準備を。営業部は今日こちらに見えられていない企業向けに資料制作……我が社はこの瞬間から、二輪の輪を武器に戦線へ復帰する。では営業開始だ」 黒々と渦巻く怨嗟の感情を活力に金黒は、提示された資料からディケライア社の技術と三崎の手を推測する。 市場予測で培ってきた成果。 それは多数の思考パターンの異なるAIを用いた未来予測。 最初は数パターンを組合わせていた物が、精度を求めるうちにより細分化し、複雑なパターンを持つAI同士を組合わせた予測を数千数万回と繰り返して、蓄積された経験とコツの集大成。 これをゲーム以外に用いるには? たとえば大型商業施設建設計画。 たとえば都市再開発計画。 たとえば新規出店計画。 たとえば店内レイアウト変更。 人がどう考え、何かが起きた時どう動くかを高いレベルでの予測が出来れば、事業の大小関係なく、それは大きな力になる。 さらには計画立案だけで無く、VRを用いた実地訓練などにも用いれば。 考えるまでも無くいろいろなことが出来る事がすぐに判る。 ならば三崎が打つ手とは……「さてクロガネ様。そろそろお考えがお纏まりでしょうか?」 金黒の考えがまとまった瞬間、まるでこちらの思考を見抜いたかのように三崎が声をかけてくる。 慇懃無礼とはこの男の為に生まれてきたのでは無いだろうかと思うほどに憎らしい。 この男はプレイヤー心理を読む術に長けているのだろう。今行き着いた予測もそれならすんなりと納得できる。 この男は全てのプレイヤーを利用するつもりなのだと。 「……外道が」 侮蔑を込めてはき出した言葉が、今度はしっかりと響き渡る。 今なら先ほどの言葉の続きを言えるかも知れない。 しかし先ほどのようにこの男の不正を告発しようとしても、今の会場の雰囲気は一変している。 第一金黒自身も、少なくともこの男は、あんな稚拙な物で人を騙して金品を巻き上げよういう気は無いという事を察していた。 この男の考えている事は、一歩間違えれば、さらに被害が広大になるもっとあくどい物だ。「高精度シミュレーションによる動向予測。VR会社ではありふれた業務の一環だ……わね」 まずは小手調べとばかりに最初の予測だけを繰り出す。「なるほど。ですがシミュレーション予測なんて専門でやっている会社がこの世に腐るほどいますが、後発でシェアをかげますかね?」「だからこそこの時期に巫山戯た規模の新規ゲーム開発を打ち出したんだろ……と考えますわよ。むしろ自らの会社の同窓会プロジェクトも利用するつもりで仕掛けてきた」 何を白々しい。 わざとらしいすっとぼけた表情で再度質問を投げつけてくる三崎に内心舌打ちしながら答えを返す。 異なる思考を持つ多数のAIを用いた予測ソフトをもっとも有効的に生かす方法。 それは単純に予測その物を売りにすること。 そしてその予測をさらに高性能化する為に必要な物は、多種多様な元データだ。 AIが必要とする判断基準となる元データさえあれば、条件を変更して、あらゆる動向予測が高い精度で可能となるだろう。 そしてその多種多様な元データを集める手段が三崎達の手にはある。 「新規MMOで若者中心の思考パターンを。そして同窓会プロジェクトで年配者の思考パターンを収集。あんた達の狙いはビックデータだ……わね」 金黒の回答に三崎は一瞬だけ面白そうに笑った。 どうやら予想は当たりだ。 自分を試しているのか? それとも挑発しているのか? 周囲の観客内にも提示された資料で、狙いを付けた分野に気づいた者達がやはりという顔で頷いている。「ご名答。そうです俺らの狙いは、まずは新規事業二種による顧客確保と多様化させたゲーム内容による様々な条件下でのプレイヤーの行動パターンの収集です。もちろん集めるだけで無く、将来的にはそれらを保存、解析し予測へと用いていく一連の流れを考えています」 蓄積された複雑巨大なデータ群を解析し、様々な分野で応用するビックデータプロジェクトは政府が主導したり、大企業が中心となって、今世紀初頭から世界各地で行われて、効率的に扱う手法が確立されていた。 しかし巨大なデータに対する処理速度が追いついていなかった所で、VR技術が完成した事により収集できる情報量が爆発的に増加。 今まで行われてきたやり方では到底追いつかず、VR技術世代にあった新たなる活用法を求め、今も各国で様々な試行錯誤が行われている。 だから今は実験室止まりの試験的段階が精々。 それを商業的段階へと一気にステップアップさせようという、一見無謀きわまりない物。 無論三崎達には、地球に存在する全ての電子情報機器処理速度を統合しても遙かに上回る、リルという文字通りモンスター的存在が手札としてある。 どれだけ巨大なビックデータであろうと、高々惑星一個から上がってくるデータならば片手間で解析出来るだろう。 だがリルの処理能力をストレートに使う事は出来ない。 アリシティア側のルール縛りと、地球で余計な懐疑をもたれない為に。 巨大なデータを処理できると疑われないだけの物を揃えるしか無い。 なら無いならば自分たちで作る。 巨大なビックデータを解析し、利用できるだけの組織を。機能を。 その為の地球ディケライア社。 その為の数十年分の蓄積された様々な実験データと称したヒント群。 技術進化を思い描く方向へとコントロールする為のギミック。 リルによって計算された未来予想図にあわせて、どこまで合わせる事が出来るか。 「世界初の商業目的VRビックデータ活用プロジェクトの第1段階。それが俺が呈示するリアル世界への侵略計画の概要です」 三崎が断言した瞬間に周囲が、先ほどの市場予測ソフトだと嘯いた時の比で無いほどにざわめき上がった。 この場にいるのは業界関係者ばかり。三崎が言い出した事がどれだけ無茶苦茶かよく判っている。 それと同時にどれだけ莫大な利益を作り出すかも判っている。 しかしそれを言い出したのは有り余る人材と潤沢な資金を持つ大企業で無い。 潰れかけのゲーム会社の新人GMと無名会社の社長。 彼らが語るには、一見身の丈に合わない話だ。 だがこの世界はまごう事なき実力主義。 最大の能力を持つ機構を、最も速く開発できた者が大きなアドバンテージを得る。 これだけの実験データの蓄積と、先ほどまでのデモプレイで見せた高い技術力。 資金さえあれば開発を成し遂げるのでは無いかという予感を僅かに抱かせる。 ましてや三崎が所属するのは、業界屈指の顔の広さを持ち、少人数ながら魔法使いクラスのプログラマを幾人も抱える業界の異端児白井健一郎が率いるホワイトソフトウェア。 裏ではすでにいくつもの企業と協力して、話を具体的な部分まで進めているのでは無いかと勘ぐりたくなるだけの、情報が揃い始めていた。