軽薄な雰囲気で戯れ言を吐く。 VR世界から、リアル世界を侵略する。 普通なら狂った若造の言葉なんて、まともに相手なんてしてもらえない。 会場には懐疑的な雰囲気が蔓延する。 でもそれで良い。(なんでこう腹に一物有りますって演技が無闇矢鱈に上手いのよシンタは。ほんとに) わざわざ自らの評価を落とすような立ち居振る舞いをするパートナー三崎伸太に、アリシティアはいつも通りだと安心感を覚えるが、ついでそれで良いんだろうかと、自分が不安になる。 諸々の事情はあろうとも、世界一のゲームを作ろうというのは紛れもない三崎の本心だ。 だがその手管が策謀めくのは、三崎伸太の習性だと諦めるしか無いだろう。 「あ、あんた頭がおかしいの!? VRからリアルへ侵略って! VR中毒じゃ無いの!? 世界が違うのよ! それともVRゲームで売り上げ作って、それを資金に政治に干渉するって言うの!? それこそ馬鹿馬鹿しい!」 クロガネの取り繕ってた顔が、三崎の突拍子のない言葉に翻弄されたのか、少し剥がれる。(いくらVR世界で大金を持っていようがリアルじゃ一銭の価値も無いし、大型モンスターを一撃で沈める高位魔法が使えようが、リアルじゃそよ風にもならない……けどそんな風に世界を分けて考えているあいだは、シンタの敵じゃ無いね) リアルヨーロッパでのGuildの発祥から考えれば、業界の力を集め結集させ、政治へと干渉していくってのは、そのままなんだから三崎の言うことはあながち間違ってはいない。 しかし現在の日本が企業献金を全面禁止し、個人献金にもいろいろ規制を加えている状況下で、軽々しい手は使えない。 それこそVRMMO条例撤廃なんて政財癒着で、露骨すぎれば後ろに手が回る。 だが三崎の考え……いや、ホワイトソフトウェアの考えている事は違う。 今日の本来の目的であるVR同窓会プラン発表会で社長が触れていたが、これの目的はVRに対するイメージ改善と、今までVRを知らない世代の人にもその利便性と無限の可能性を知って貰う事。 民意を規制撤廃方向に向ける為の一歩。 三崎の目的はそれに+して、すでにVR技術と密接に関連している世代、産業にVR技術利用において発生する利便性、そして利益を指し示すこと。 そうすることでVRの発展が、自らの利益に直結すると再認識させる事が目的だ。 少々回りくどいかもしれないが、これにも避けて通れない事情がある。 正直な話、手持ちの札で前代未聞な利益を一気にたたき出す手が無いわけじゃ無い。 有り余る資金があれば打つ手なんて無限にあるだろう。 何せアリシティアは、地球文明を原始初期文明と言ってのける銀河文明人。 そして、アリシティアの会社がどれだけ衰退していようが、リルという銀河文明でも屈指の稼働年数と性能を誇るチート存在を所有している。 それこそ地球では未知の技術、宇宙的にはとうの昔に陳腐化した技術をいくらでも掘り起こせるし、地球で研究中の最先端極秘技術も探り放題だ。 その気になれば経済から、世界を牛耳ることも無理は無い。 武力に訴えても、創天が銀河の反対側にいる現状でも、地球征服なんぞ1日でやってのけるほどの超技術のオンパレード。 電子防壁を無効化して軍事衛星を掌握し、外部と遮断された施設にハッキングかまして、ナノセルシステムで気象を操り、世界中の政府に降伏を迫るなどと、手段を選ばずにやりたい放題で出来るだろう。 もっともそれらをやった瞬間、銀河文明を統べる星系連合が敵に回る。 恒星間跳躍が可能なトップクラスのディメジョンベルクラドに率いられた懲罰艦隊相手では、いくら創天といえど単艦では対抗しようも無い。 基本原則として、未開文明には不干渉というのが今の星系連合のスタンス。 未開文明保護やら遺伝子売買防止、文明進化汚染対策等々。 耳障りの良いお題目があるが、この不干渉を採択している理由は結論から言えば、連合内部での勢力争いや小競り合いなどから生まれた結果だ。 過去には連合総議会での票源確保やら、優先的商業権利を得る為、未開文明への技術提供やら、原生生物へと遺伝子干渉して恒星間宇宙文明へと強制進化させ、支持基盤を増やそうとしたりといった、かなり乱暴な手が横行しまくった名残だという。 勢力争いの果てに、前覇者である銀河帝国が滅んだ銀河大戦再来という事態にまで激化しかけたところで、何とか最悪の事態は回避したが、それぞれの陣営にしこりを残したままの先延ばし的な現状維持路線がとられている。 チート技術や、世界征服が可能な力が腐るほどあっても、おおっぴらには使えない。 創天が有するオーバーテクノロジーのアドバンテージが著しく制限されているが、三崎はさほど気にしていない。 むしろ燃えていた。 『チートコードを使ったらセーブ不可能ってのはよくある仕様だし、第一ゲームが面白くない』 それらの規制条件を聞いた三崎が笑いながら言った一言が脳裏で蘇る。 三崎にとって、リアル世界とVR世界の間に境界線なんて存在しない。 リアルとVRでの違いは重々承知した上で、どちらも自分の前に存在する攻略目標だと思っているのだろう。「全く……どっちがVR中毒なんだか」 VR世界が自分の世界だと盲信し、生きるクロガネは確かにVR中毒といっても差し支えないだろう。 しかしVR世界も自分の世界だと自覚した上で、リアルもVRもどちらの利点も最大限まで利用する三崎はどう表現すべきなのだろうか。 この世の全てをゲームのように認識して楽しめる三崎こそ最強の廃人だろう。 自分のことは遙か何光年先に置きつつアリシティアは呆れていた。 「まぁそこはいろいろと…………さてクロガネ様、そして会場の皆様にここでお伺いいたしましょう!」 クロガネ様からの罵声には答えず、俺は露骨な話題変更をする。 ちょいと壊れちゃいるが、アレは元が真面目タイプと予測。 揺さぶりを弱めて、ワンクッションを置いて、もう一度揺さぶりをかけた方が効果的だろう。 必要なのはクロガネ様を引き込む、つまりは口説き落とすタイミング。 そしてクロガネ様の”どちら”がより引き込みやすいかを見極める。 見極めたらあとは針を引っかけて、こちらの巣穴に引きずり込んでやろう。 「万人が面白いと思えるゲーム。もしくは貴方が面白い、好きだと思えるゲームとはどのようなゲームでしょうか!? はい。まずはそこのお嬢さん!」 強制的な進行を行いながら、芝居っ気の強い道化じみた身振りで手を振り指を鳴らす。 俺の電波な発言に、ぽかーんとしていた大磯さんをスポットライトが照らしだす。「へっ……ちょ! み、三崎君いきなり無茶振り!」 よし。目論見通りの反応。 大磯さんには悪いが、周囲を信じ込ませる為の演出かつ、ハードル下げに必要な生け贄になって貰う。「制限時間は10秒。不正解だったり嘘、もしくはカウントが過ぎると強制コスチェンのバツゲームモンスターの餌食に!」 慌てふためく大磯さんの抗議の声を馬耳東風で聞き流しつつ、再度指を打ち鳴らす。 きわどいバニースーツを中に納めたクリスタル製柱時計型モンスター『パンドラボックス』を召喚。 こいつはかつてリーディアンにおいて、戦闘開始一定時間経過でプレイヤーの外見装備を”男女種族の区別無く”強制的に交換してしまうスキルを用いて、プレイヤーをいろんな意味で恐れさせたレアモンスターだ。 制作者の趣味が十二分に発揮されたモンスターが抱え込む衣服は、どれも露出が高かったり、極めてマニアックだったりと、偏りが酷かった。 しかも質の悪いことに、その巫山戯た嫌がらせメインの見た目に反して、修理不可能防具扱いであるが、特殊スキル習得や強力なステータスアップ効果のサブ効果が付属しているレアアイテムだった。 悪趣味きわまりないと大半の女性プレイヤーから非難を受ける一方で、男性プレイヤーや女性プレイヤーの一部からは絶賛されていた曰く付きのモンスターだ。「ちなみにこいつは回答者が嘘をついても判別できますので、正直にお答えください!」 しかし特殊スキルやらステータスアップなどの、特殊効果はリーディアンの中だけの話。 さらに嘘発見器なんて機能なんて便利な物なんぞ組み込んである訳も無し。 単なるブラフだ。 俺がGMスキルで会社鯖から、外見データを呼び出しただけなのだから、同じGM権限を持つ大磯さんなら消去も可能だし、それ以前に外面だけの張りぼてだと気づけるはずだ。 しかし我が社が誇る高性能どじっ娘大磯さんに、とっさの事態での冷静な判断力を求めるのは些か可哀想だろう。 うん。もう少しカウントを多めにとって……「あー!? な、なんて機能を!? っていうか奥さんで見なれてるでしょ! バニフェチド外道!」「はい。あと5秒」 ……巡り巡って全地球人の命が掛かる戦いに同情は禁物だな。 というか誰がバニフェチだ。知り合う前からアレはウサギだ。 心の中で突っ込みながら、悪戯心込みの私怨を込めつつ、微妙な嫌がらせとしてカウントを少し早くしてやろう。「あ、あ、うぁ……シ、ショタゲー!」 無情にもカウントを減らしていく柱時計の針と、その中に浮かぶセクハラ気味なエロ装備に交互に目をやって顔を青ざめさせた大磯さんは、涙目になりつつも秘匿してきた趣味を暴露する。「……また直球な。さすが弟大好きお姉ちゃんらしいブラコン回答ありがとうございます!」「あぅっ!」 大磯さんの悲壮な鳴き声が響く。 しかし俺が思い描いていた状況は完璧に描けた。 大磯さんがウチの社員であることは、そのIDやら服装を見れば一目瞭然。 その社員がここまで慌てふためいているんだから、あの張りぼてが本物だと周囲のお客様は誤認しただろう。 さてこれで周囲のお客様から、本音で好きなゲーム、もしくは理想のゲームを引き出す土壌は出来た。 あとついでに生じた懸念が2つ。 1つはあの服装を喜んでしまうような特殊性癖の持ち主(特に中年男)がいないことを祈るのみ。 んで2つ目は、あとの始末だ。 『この嘘つき! 極悪人! ペテン師! 覚えておきなさいよ三崎君! 今度奥さんにいろいろ暴露してやるんだから!』 佐伯さんや中村さん辺りから、種明かしでもしてもらったのか、自分がペテンに担がれた事を知った大磯さんの実に恨みがましい目線と呪詛の篭もったWISが送りつけられてきた。 いやまぁ、その恨みがましい殺気混じりの目線が、今のやり取りにさらなるリアリティを加えるんだから、ありがたいっちゃありがたい。 アリスに暴露するという内容が信頼度だだ下がりで無い事を祈っておこう。 もっとも本人が秘匿できているつもりの大磯さんのトップシークレットだが、実のところそう秘密でも無かったりする。 同僚やらさらに身近な両親はもちろんのこと、俺が臨時講師に行った近所の高校に通うショタ気味な実弟本人にもばれている。 大磯さん。自分のデスクの引き出しに弟さんの入学式の写真を飾っている辺りで、諸々判明しています。 まぁ隠しているつもりでもバレバレなのが、大磯さんの大磯さんである所以だ。 いきなりのブラコンカミングアウトに、俺の時とは別の意味で目を丸くしているお客さんらを見回しつつ、次の獲物へと目を向ける。 「……はい次は貴方!」 俺が次に指を指した人物の横には、我が相棒にして若干引き気味の引きつった笑みを浮かべるアリスがいる。 その顔が語るのは、 『最低だこの男っていうか私もそんな目で!?」 というところだろうか。 失礼な奴め。安心しろ。中身諸々知っているお前はウチの姪っ子と同ランクの存在だ。「いやはや、万人に面白いゲームですか。難しい質問ですね……」 俺の無茶振りに対してにこやかに笑みを浮かべるのは、最初の方で俺にいろいろ鋭い質問をしてきた岡本さん(の皮を被った何か)。 アリスが横にいることからして、あの人がおそらくアリスの攻略目標。 ディケライア社の大番頭サラス女史。 相棒に攻略を任せちゃいるが、俺らはコンビ。 あちらの御仁の思考を、ほんの僅かでも俺とアリスのジャンルに引きずり込み、さらに少しでも同調させることが出来れば、相棒の攻略の手助けにはなるはずだ。 まぁ、それとは別に純粋にサラスさんがどう答えるか興味があるのと、ちょっとした挨拶代わりだ。 「万人受けが出来る答えが私では見つけられないようなので、好きなゲームでいいですかな……私はこれでも若い頃はスピード狂でしてね。派手な加速と難関なコースが存在するレース系辺りが好みです」 人畜無害な中年おっさんな演技でサラスさんが、一瞬で思考し答えてくる。 うむ、痛い所をついてくる。 一番出て欲しくない答えをあっさりと返され、少しばかり動揺しつつも、そのレスポンスの早さに舌を巻く。 VR条例で規制制限されたジャンルの中でも、脳内ナノシステムサポート込みの超反応を利用したハイスピード系レースジャンルは、接続時間制限はあまり気にしなくてもすむが、そのスペック差が如実に出るジャンル。 その最高峰たるHFGOと比べれば、PCOで可能な情報処理速度は2/3程度だろうか。 しかもこっちは、規制条例をどうにかしない限りそこが最高値なのに、あちらさんはまだまだ技術進歩で伸ばす余地有りと。 地球のゲーム事情なんぞほとんど知らないだろうに、攻め所が的確だ。 うん。この人も味方に欲しいな是非に。「おっと顔に似合わず、なかなか過激なお答えどうもありがとうございます! ……さてさて、では次は……」 まぁ前者である速度はともかく、後者である難解なコースをどうこうするか一応は考えはある。 世界最高の技術屋集団を抱えるHFGOのアップデートに対抗……いや上回るほどの更新速度が期待が出来て、無理ゲー、鬼畜難易度のコースがぽこぽこ生まれる裏技的な反則を。 しかし、それを出すのはまだ早い。 こうご期待と言わんばかりの強気な笑みを岡本(サラス)さんへと返しつつ、次に見繕った目標へと話を振った。『……姫様。彼は私がこの場にいること知っていますね』 自分のあともギャラリーから適当に人を選んで矢継ぎ早に質問を続ける三崎伸太を見ながら、サラスはアリシティアへと秘匿回線で話しかける。 質問に答えたサラスへと向けた挑戦的な笑みは、中身が自分だと気づいている証拠だろう。 『あーと……うん。でも一応言っておくけど誤解しないでね。シンタがおばさんにあんな無茶なモンスターをけしかけてきたのは、おばさんを敵視しているんじゃ無くて、挨拶みたいな物だから』『挨拶というよりも試してきたと判断します。短絡的なシャモンなら十二分に喧嘩を売られたと思いますよ』『あーシャモン姉はシンタと相性が悪いと思う。シンタとか天敵だもん。逆にシンタにもある意味天敵だけど』 ば……不器用すぎるほど気真面目な従姉妹を、嬉々とした表情で軽々と罠に嵌めるパートナーの図がアリシティアの脳裏にばっちりと浮かぶ。 同時に策謀やら回りくどいことが大嫌いで、すぐに実力行使に出たがる武闘派な従姉妹が暴れ回る図も浮かんで消えた。 怒ったシャモンの爆発力なら三崎の罠も力ずくで突破してくる。 実に不吉な未来図。 もしこれが実際に起きた時には、幼なじみな従姉妹と、気心の知れたパートナーのどちらに味方すればいいのだろうか? とてつもなく悩まされる問題だ。 二人がぶつからないように、気をつけなければいけないだろう。 特に三崎は、からかったり遊ばないように厳重に注意しておく必要があるかも知れない。 考え込んでしまったアリシティアは、無意識にウサ髪をクルクルと回していた。 その仕草に、サラスはつい目を奪われる。 普段と姿形は微妙に違えど、愛くるしい姿は姪そのもの。 私人としての気持ちになりかけ、我知らず僅かに心の箍を緩めそうになったサラスは気を立て直す。 『そう心配なさる必要はありません。彼は人心を操る統べに長けているようです。シャモン相手には別対応が十分出来るでしょう……道化色や策謀色が強すぎるのはいかがと思いますが、この会場の雰囲気、そして質問者、その順番、自分の立ち振る舞い、その全てを計算していますね』 先ほど三崎が発したリアル世界への侵略という妄言で生み出された微妙な空気は、会場の一部を除いて、この短時間ですでに払拭されている。 その証拠に三崎の質問が、誰かに飛ぶと『そのまま答えるなよ姉ちゃん!』やら『トラウマになる次回せ。次!』等、ヤジやら声援めいた物まで飛びかい始めている。 質問者が答えたら、答えたで、『嘘つけ! エロゲーだろ』との訂正を求める声、具体的なソフト名があがれば『ウチの製品だからと面白くて当然だ』と喚声を上げる者まで出る始末で、盛り上がっている。 最初に質問した同僚女性を最大限に利用して、強制仮装を1つのイベントとして大半の人間に無意識下で認識させ、さらにランダムに見えている質問者もその答えを計算し、盛り上がるように三崎が仕掛けていると、サラスは断言する。 『正解。さすがおばさん……シンタはその場のノリで行き当たりばったりとかに見えて、結構堅実計算タイプなんだよね通常時は。それに昔から盛り上げるのは得意だよ。ギルドイベントとか、新スキル使った遊びとかいろいろやってたし、すごい楽しかった』 答えるアリシティアは表情には出ていないが、いろいろと思い出しているようで、その証拠に頭のウサ髪が楽しげに揺れていた。 ディケライア社が窮地の現状で、精神的に追い詰められ張り詰めているはずの姪アリシティア。 だが今の姪からは、そんな重苦しい雰囲気は一切感じ無い。 消えてしまった兄義姉夫婦がいた頃のアリシティアがそこにいた。 こんなにも楽しそうにしている姪が信じるパートナー。 三崎をバックアップするべきでは。 私人としての気持ちが生まれかけ、サラスはまたも心の箍が外れそうになる自分を自覚する。 『……姫様。そのお答えも彼の狙いでしょうか』 公人として己を律しようとするサラスの心の箍が外れそうになるのは、アリシティアの存在だけが原因ではない。 この楽しげな会場の雰囲気が、言動に出さず秘めているがアリシティアと同様に追い込まれ追い詰められているサラスの心に一時の安らぎを与えているようだ。 『どうだろ。シンタはいろいろ仕掛けてくるからね。ただ私が楽しそうにしてたり、シンタを頼りにしてれば、おばさんとかシャモン姉は落としやすいとか前に言ってたよ』 サラスの心理にまで影響を与えたのが三崎の計算なのか、それとも偶然なのか。 わざとらしくアリシティアは回答を濁す。 純真無垢と言えば聞こえは良いが、世間知らず出箱入り令嬢だった姪が、言うようになった物だと思いつつも、サラスは懸念する。 これは良い影響なのだろうか。悪い影響なのだろうか。『………………姫様。少し性格が悪くなられておりますよ』 確実に言えることは1つ。 その感染源であるあの男は相当性格が悪いのだろう。 「おっと懐かしい! しかしある意味で新しい! 半世紀を経ても未だ有志MODが作られている生きる伝説ゲーですね!」 ブロックを組合わせて建造物を作るという基本形からはじまり、ユーザーによって無限の可能性を、細々だが今も見せ続ける伝説ゲーの名前に俺はほくそ笑む。 さすが大磯さん情報ファイル。 ネタを振った俺が言うのもなんだが、こちらがびっくりするほどの的中率。 お客様のお答えが予想しやすくて助かった。 その大恩人からは恨み言めいた呪詛と視線がいまだ送られてきているのだが、今は無視しておこう……衆人環視の元でブラコン突っ込みはやり過ぎたか。 あとで差し入れだな。うん。 まぁ、でも舞台は整えた。 相棒の方も特に何も言ってこないから、説得が上手くいっている最中だろう。「さて、いろいろ答えはあがりましたね…………では最後に貴方にお聞きしましょう。クロガネ様」 お答えいただいた14人分の答えを空中に展開した大型仮想ウィンドウにリスト表示しつつ、俺は本日のボスキャラに向けて一礼する。 先ほどまでのお祭り的な雰囲気が静まり、会場に緊張が奔る。 俺の馬鹿げた発言にあれほど動揺していたクロガネ様は、今は静かにただ敵対的な目を向けているだけで、表面上は落ち着いた物だ。 少しだけ時間をおいて立て直しが出来たのか……まぁ俺の相手はクロガネ様であってクロガネ様じゃない。 その裏側に潜む者だ。 「私が好きな……いえ、生きる世界はカーシャスだけよ」 俺の振りにクロガネ様は、一切の迷いも無く、いっそ清々しいほどに命をかけたゲーム名を告げる。 まぁ予想通り。 そしてクロガネ様が上げた答えを俺が予想していることも、その表情を見る限りクロガネ様も確信していただろう。 しかしこの答えで疑念が予測に変わる。 VR世界至上主義者で有るクロガネ様らしい迷いの無い答え。 だが、だからこそ、そこに矛盾が生じる。 リアルへの未練を感じさせるその言動が端々に見える。 俺はそこを攻める為に、最終的な攻略ラインを決定する。「おっとさすがに説得力のあるお答えですね。あ、ちなみにウチの相棒でしたら、聞くまでも無いので聞く気はありません……さてここまで答えが揃いましたが、皆さんがお答えになったのは好きなゲームで、万人受けできるゲームについては出ませんでした! まぁそれも無理ありません。皆様が好きなゲームとして上げた物だけ見ても、見事なまでにばらばらです!」 FPSからRPG、育成、渋い所で囲碁やら今時珍しい格闘系、懐かしのアドベンチャー系とお客様のお答えは多々に渡っている。 もっとも極力被らないよう回答者を選んだ所為だが。まぁ狙わなくても、結構ばらけていただろうとは思う。 それはおそらく会場のお客さまも、そしてクロガネ様も気づいているだろう。 「ふん。白々しい。わかりきってたことでしょ……それで貴方は何がおっしゃりたいの。人が好むゲームはジャンルがばらばらでまとめようが無い。だから全てを持ち合わせ、全ての要素を混ぜ合わせたゲームこそが、万人受けすると結論づけたいのかしら」 1つに決められないなら全部混ぜ合わせれば良い……なんて俺は思っていない。 というか無理がある。 似たようなジャンルなら混ぜ合わせて、コラボ系としてお祭り的な物でいけるだろう。 だが別ジャンル過ぎるゲームを掛け合わせても、長所を殺し合う結果になるのはよくある話。 さらにそれが複数ともなれば、カオスなゲームは一部のマニアには受けても、万人受けなんて到底無理な話だ。 そんな事は、この会場にいるほぼ全員が判っているだろう。 ……ではどうするか?「GM三崎伸太。逆に貴方に尋ねるわ……万人受けするゲームが有るなら答えてみなさい」 まぁ、当然そう来るわな。自分が答えられない物を人に聞くなってか。 クロガネ様は吐き捨てるように問いかけると、鋭い切っ先を持つナイフのような視線を飛ばす。「…………………」 質問に考えるふりをしつつ、パンドラボックスを頭上に展開。 人にバツゲームを押しつけといて自分だけノーリスクなんて、会場の雰囲気は許さないだろう。というか大磯さんが。「ふん。誰もが納得できる答えなんてあるわけないでしょ。そして作れるはずも無いなんて誰もが知っている事実よ」 わざとらしく考え込む俺に対して、これ以上は茶番に付き合ってられないとでも、言いたげだ。「いやいや答えは簡単ですよ…………万人受けするゲームなんぞ俺に作れるわけが無い。でも作る事は出来る。そして作るのは貴方達ですよ。クロガネさん。俺が出来るのは惑星という遊び場を提供するだけです」 いやいや本当の茶番はここからですよクロガネさん。 アリスやリルさんは気にしていなかったが、俺にとっちゃアレはVR業界で革命を起こす恰好の材料であり最高の見せ金だ。 ”地球”に実在するディケライア社の持つ巫山戯た切り札で、世界を変えてやろうじゃ無いか。