「戦術ステージは、AI操作の僚艦を率いる多数のプレイヤー分艦隊がぶつかり合う大規模戦闘や、他プレイヤーとの連携をメインとしたクエスト型小規模パーティプレイ。それらとは真逆の少人数もしくはソロプレイが可能な、単艦でのステルス偵察艦による敵勢力圏への情報種集や、作業艦、市場艦による惑星、衛星での資源開発、工場建設、商業活動などの形を考えています」 巨大な星図をバックに俺の説明に合わせて星図の各所がクローズアップされる。 衛星クラスの要塞艦をバックに行われるまばゆい閃光と爆発が花咲く大規模艦隊戦。 小惑星帯で高速で交差する小規模艦隊では、小型戦闘艇と蜘蛛のような多脚型の機動防衛兵器が近接戦闘を繰り広げる。 プロミネンス渦巻く恒星近傍に建造されていく大規模工場の大型反射板がきらりと輝く。 大気固定フィールド開放型デッキを持つリゾート艦の大海原には近隣の星々がきらめき、併走する巨大マーケット艦が辺境の極寒鉱山惑星で働く鉱山技師達へと娯楽と快楽をもたらす。 リアルすぎるこれらの映像にお客様から再度ざわめきが上がる。 最大拡大すりゃわかるが、損傷した戦闘艦から噴き出す空気やら壁面から噴き出す修復用の緊急ジェルやら、果てにはリゾート艦の海には泳いでいる六腕宇宙人やらまで描かれているんだから、細かいにもほどがあるって話だ……まぁ、何せリアル映像だからな。 少しばかりいじってはいるが、これらはアリスが創天の映像ライブラリーに残っていた帝国末期に行われた機動要塞攻略戦やら、開発中の工場建設記録映像やら、恒星間ネットの一般普及に伴い今ではすっかり廃れたという銀河キャラバンの宣伝映像から持ってきたんだから、そりゃリアルだって話だ。 反則手段な上にさすがにこのレベルのVRを再現となると相当な金と時間が掛かるので、資金、時間に乏しい現状ではちょい難しいが、最終的な目標という所でご容赦だ。 「全てのプレイは、自プレイとAIによる選択、併用を可能とし、自らは最前線の戦闘に参加しつつ、後方での資源開発や技術開発による戦力強化をAIに指示、または逆パターン。リアルに合わせ平日は戦力増強、社員強化をAIに任せて、週末や空き時間に報告を確認しつつ新たな指示を出していく半自動的なプレイなど、お客様のプレイ可能時間、ニーズに合わせ、柔軟に対応していく形を考えています」 他者と同一世界において競い合うオンゲーでのプレイヤーの強さは、多少の差異はあるが、身も蓋もない言い方をすればプレイした時間に比例する。 無論アクション系のゲームはプレイヤー自身の反射神経に左右されるし、戦略系はプレイヤーの知略が試される。 だがMMORPGの場合、判断基準の基になるステータス値に大きな差があれば、プレイヤースキルの差が、いとも容易く逆転されるのは言うまでも無し。 しかし現状の規制状況下では、従来のプレイ時間の半分すら無理。そうなると従来型ではキャラ育成すらもままならない。 短時間プレイに合わせて、ゲーム内でやれることを少なくして簡略化するってのも方針の一つだろうが、それはお客様の飽きが来るのも早くなりゲーム自体の寿命も短くなる。 ディケライア社の破産か地球売却まであと100年あるとはいえ、せめて俺がまともに活動できて生きているうちに、他ならぬ相棒のためにも、プレイヤーの定数確保へある程度の道筋をつけるには、進化し続ける拡張性と奥行きの深いゲームを求めるしかないだろう。 100年経っても飽きないゲームってのは、さすがに無理でも新規もベテランも楽しめる長寿ゲームデザインが俺の模索する形だ。「プレイスタイル毎に求められるスキルは大幅に変わりますが、これは先ほどの戦略ステージでも多少説明いたしましたが、乗艦を変えてステータス変更や、持ちスキルの違う乗員チームを自由に入れ替えるという形を用いて、対応する形を考えています」 説明をしつつ仮組みしたNPC乗員チームのリストを表示する。 艦内の部署は基本系として5つに分類している。 内訳は艦橋、機関員、船内保全、戦闘、整備の5チーム。 艦橋チームは読んで字のごとく、艦の操舵や探査、通信、指揮系統能力に影響を与える部署。 機関員チームの優劣は船の跳躍力や速度といった基本的な物から、巡航出力から戦闘出力へのスムーズな切り替えや、メイン炉の耐久度を左右する艦の基礎となる部門。 船内保全チームは食事や清掃といった船内環境から、乗員の能力や士気を維持するといったどちらかといえば裏方だが、長期航海になればなるほどその重要性が増していく。 戦闘チームは強襲艦による敵船内へ直接攻撃やら、逆に乗り込まれた場合の防衛。機動兵器、生体兵器群による艦外戦闘。 整備チームは戦闘中の継続戦闘能力や母港、補給基地への帰還が出来ない状態での状態維持、船内生産装備がついた艦でなら星間物資をもちいた生産など。 初期状態で保有できるチームは各一つずつでスキルも少ないがコストは少なめ。 チームのレベルが上がる毎にスキルの増大と共にコストも増していくが、プレイヤーレベルを上げたり、スキルなどで運用可能な空きコストを増やしていく、SRPGの基本形のシステムとする。 また所持チーム数や同時運用できるチームもプレイスタート時は少ないが、艦を増やす、ホームとなる拠点の拡大などで保有、同時運用が出来るチームは増えていく。 基本形の5チーム以外には、特殊クエストで取得可能なチームとして、潜入工作チーム、巨大艦製造チーム、長距離狙撃戦闘チーム等の、最初から一部の特異スキルを確保したり、能力に秀でているが、コストが高い特化型などをいくつか用意する算段を立てている。 「乗員のレベル上げはキャップ制限有りで、一つのチームで全てのスキルの取得は不可能とすることでチーム毎の差別化独自性を出していきます。レベル上げは実戦はもちろんとして、ネットワークを用いた仮想戦闘、ゲーム内通貨を用いた拠点や本社での教育プログラムなど複数の手段を用いて上げていく形になります。プレイヤー側の負担減とやり込みを両立するために、こちらも艦隊構成と同じく、プレイヤーによる完全操作でのレベル上げと、ある程度の方針を指示した後はAIによる自動教育の両立を考えています」 一つ一つのチームを精魂込めて育てて、特定状況下に強い特化型をいくつもに作るもよし。 全部をAIに任せて、いかなる状況でも無難に動ける万能型を大量に用意するってのも王道だ。 お気に入りチームはプレイヤー自身が事細かにカリキュラムを組んで特化型にし、残りはAIによる平均的な育成なんて合わせ技もあり。 個々のプレイスタイルに合わせて変化可能な柔軟的な育成システムを示していく。「またこれ以外にもプレイヤー間の交流の一つとして、余剰チームをヘルプ傭兵として、同勢力の他プレイヤーへのレンタル可能な方法も考えています。借り手と貸し主の関係も画一的な物では無く、借り手側の人手が足りない、練度が低いから借りるという文字通りの傭兵という形だけで無く、新兵を効率的に鍛える事が可能な教導隊スキル持ちのチームや、教練設備、衛星、はたまたその為に作られた技能訓練惑星を持つ別プレイヤーに鍛えて貰うというような、相互的な交流方法を考えています」 自ら育て上げた高レベルチームを作り他プレイヤーに貸し出していく派遣会社を起こして勇名を馳せる。 逆に大規模な訓練惑星を創りあげ大勢のプレイヤーから新規チームを託される、学校経営者なんてプレイも有りだな。「乗員の容姿についても選択型自動生成とプレイヤー制作。またプレイヤー有志制作のMODを公式配布させていただく三種類を基本として考えています。MODを公式配布とする理由はRMT対策の一環であり、DLされた数に応じて制作者にはゲーム内での特典や、リアル方面での非売品公式グッズプレゼントを選択という形で、制作意欲とプレイヤー間での交流を活発化させる案を計画しています」 VRにおいてキャラの造形は、アリスを筆頭にとことんまで拘り楽しむお客様もあるが、俺みたいに面倒だからリアルそのままでも良いというお客様もそれなりにいる。 まぁ、これがプレイキャラだけならリアルと同じ容姿をちょい変更等でもいいが、さすがに艦内が全部公式の用意した同じ判子顔というのはさすがに気持ち悪い。 一昔前のVR化される前のオンゲーじゃそれでもいいかもしれないが、昔のノリでNPCのキャラを流用した初期VRゲームの中には、違和感がありすぎる、同じ顔ばかりで精神的に不安になると、大不評で全NPC作り直しという大型アップデートもあったそうだ。 PCOの仕様だとキャラの造形は完全自動生成モードでそれは避けられるが、中には自動生成キャラがお客様が生理的に気に入らないといったこともあり得る。 だったらある意味第二のゲーム制作者ともいえる、MOD職人なお客様にご協力してもらおうという訳だ。 兎にも角にもオンラインゲームの醍醐味は他者との繋がり。 知らない奴らと出会い、意気投合し、時には反目し合い、パーティーを組んだり、PK合戦になったりと、決まり切ったシナリオなど無い自由で騒がしくも楽しい遊びを繰り広げていく。 それが俺とアリス。ユッコさんやギルメン達。他の大勢のプレイヤーが嵌まっていた世界。 その懐かしくも楽しく、時には殺伐としていた世界を取り戻すため、原点に帰りプレイヤーの交流を重視した仕様とするのが俺とアリスの基本方針だ。 チームの貸し出し機能や、開発ツールを提供してのMOD推奨型MMOとしプレイヤーコミュニティを活発化させ、ゲームプレイヤーが新規プレイヤーを誘いたくなるゲームとすることで、多数のプレイヤーを呼び込む。 これが当面の第一目標だ。 この大人数のプレイヤーを呼び込むという方針と、AIへの指示を多めにするというゲーム構成は、プレイ時間の都合もあるがこの先に備えてということもある。 表の目的はホワイトソフトウェアそしてVRゲームの復活なのは間違いないが、裏の本命である暗黒星雲調査へむけて、適切かつ瞬時にAIからの報告に判断、指示が出来るプレイヤーをある程度、見極めていくと共に、それに合わせたアリス側で用意するAIの調整のためのデータどりも兼ねているからだ。 地球人の理解力、反応に適した報告文や操作速度、同時処理できる情報量、プレイヤー個々の特徴に合わせた機体チューニング。 未だ自分たちの星からも簡単に出て行けない地球人を使って、暗黒星雲の調査計画なんて未知の事をやろうってんだ。 欲しいプレイヤーと情報はそれこそ膨大。 なるべく多くのプレイヤーとデータを得るための、プレイヤーコミュニティ活発化方針なんだが、必然的にいくつか問題が発生する可能性も高くなる。 参加人数が増える毎に飛躍的に増していくサーバー処理能力やら、そのお客様に合わせたゲーム開発力など諸々あるが、それらは運営側の努力次第で何とかなるかもしれないし、手も考えているが、お客様要因の懸念はこちらのコントロール下に納めるのは難しく頭の痛い所だ。 当面の懸念は他ならぬRMT。 プレイヤー間の交流が活発になれば、公式で禁止されていてもRMTで儲けを得ようとするお客様もいるだろうし、買おうというお客様もいるはず。 RMT対策としてもいろいろ考えてはいるが、運営側をあざ笑うかのようにあの手、この手ですり抜けていくのがRMトレーダー達だ。 実際に稼働してからが本番。次々に問題が発生するのはまず間違いないだろう。 対策>回避策>さらなる対策>ならそこから回避。 この連続で、お客様と俺らのイタチごっこになりそうな悪寒がひしひしとする。 またMODを有償公開していたような人気職人達などの活動が、条例で禁止されているRMTの範疇に入るかどうかってのが、今ひとつ曖昧なグレーゾーンだったりするのも、懸念事項の一つだ。 ゲーム内アイテムやアカウントの売買ならRMTとして言い逃れできないが、プレイヤー制作の完全オリジナル容姿キャラMODやら、便利MODの場合ちょっと事情が変わってくる。 これらを制作者から購入したプレイヤーが自分が制作したModとして登録申請してきた場合、これはRMTの範疇に含まれるのかという事だ。 担当者の考え方によって、黒にも白にもなりそうなんで、正直どちらに転ぶか読めない。 当面はPCO関連MODは基本ツールDLをユーザー登録と連動した登録番号制とし制作者を特定出来る体勢にした上で、譲渡は全面禁止ってところか。 そこらの理由方針はしっかりとお客様に説明した上で納得していただき、配布は公式を通した限定として、違反者には垢停止、削除と宣言し、悪質な場合は実際に処理していくというのが基本路線だろうか……絶対に反発を買うのは目に見えているが。 元々世論に押されて急遽作られたVR規制条例。 関係各所や某掲示板で重箱の隅をつつくような突っ込みが上がっているほどに、曖昧で穴がある。 その声の大きさに、近々もっと実状に合った形で改正されるだろうという噂もちらほら聞こえる。 その改正に合わせて、業界に有利な状況になるように世論を作るというのがうちの会社、ひいてはうちの社長の方針だ。 この状況で、下手な揚げ足を取られるわけにいかないというのも、俺の慎重策の理由だ。 「…………では戦術ステージに引き続き、育て上げたチームを用いた戦闘ステージと平行して実際のプレイスタイルの説明に移らせていただきます。ここからはアリシティアさんにデモ版のテストプレイをお願いします」 アリスを本名で呼ぶことに何ともむずがゆしさを覚えつつも、当初の予定通りバトンタッチして裏方を変わる。 戦術ステージの説明を終えたが、やはりクロガネ様はこっちの誘いには乗ってこなかった。 他のお客様と同じく驚き混じりの表情。しかし情報から推測するに擬態の可能性有り。 とかくゲームは、ゲーム内容に凝れば凝るほど、プレイヤーがシステムに慣れるまでの習熟時間が必要となる。 PCOにおいては、チュートリアルやらなんやらを含めて、プレイヤーが独自行動を取れるようになるまでは、俺は最大20時間ほどを見積もっている。 さらにプレイ時間となればMMOならば、一気に年単位とかに跳ね上がるほど膨大になる。 全容をまだ知らせていないがPCOが、一日2時間、週10時間、月20時間の時間規制状況下では不向きなタイプだと会場のお客様もちらほら気づいている様子。 こんな簡単な欠点をゲーオタなアリスと並ぶほどの、知識を有するクロガネ様が気づいていないわけはない。 突っ込みがきたら限定型VR戦闘システムの即返し、戦闘ステージへのコンボと繋げたかったんだが、こちらの思惑通りには状況は進まない。 アリスに表側を託している間に、こちらから仕掛けるべきか。 一瞬方針を考えあぐねた俺だが、もう一つの手。このままの流れに任せるを選択する。 下手な介入やゲーム説明よりも、アリスが今から行うデモプレイの方が生粋のプレイヤーであるクロガネ様に効くかもしれないからだ。「はい。ではまだ未完成な部分が多いですが、ここから私のデモプレイをお見せいたします」 クロガネ様への警戒を高めつつも何食わぬ顔で司会を譲った俺に、アリスはにこやかに笑いかえす。 実に楽しげなその表情はこれからゲームをやるのが楽しくて仕方ないとありありと語っている。 アリスの場合、これらの楽しげな表情は演技というより限りなく素の表情だと思う。何せ治療不能なゲーオタ廃(宇宙)人だ。 だからこそ、デモプレイヤーとしてこいつほどふさわしい奴はいない。 うちのギルメンの中にも楽しそうに戦闘を繰り広げるアリスに惹かれて、面白そうだとうちのギルドに入った奴も結構いるくらいだ。 クロガネ様相手なら楽しそうにゲームをやるアリスの姿は、百の言葉を費やすよりも効果的かもしれない。「皆様。こちらをご覧ください」 ゲームがやりたくてウズウズしているのか、ウサ髪を揺らすアリスが手を振ると同時に、俺は仮想コンソールを弾き空に大きなシャボン玉をいくつも出現させる。 シャボン玉の中にはVRプレイヤーなら見慣れた形の筐体やデスク、さらには小型端末が収まっている。 筐体はうちの会社のGMルームに並ぶ汎用型のVR筐体の断面図。二メートルほどの内部スペースに配線一体型のリクライニングチェアと空調システムが設置されたありふれた物。型落ちの廉価版とはいえそこは業務用、一台数百万はする会社の重要な資産であり、リアルの身体がすっぽりと収まっている場所でもある。 机は簡易型のVR接続用ダイブデスク。一般でも手が出る低価格帯で大半のVRゲームに対応したVR用大衆品。俺が大学時代からも愛用している品だ。 小型端末はフルダイブは無理だがVRネットに繋げて仮想ウィンドウを用いたVR空間の限定的な閲覧や映像チャットが可能な簡易接続機器で、出先で重宝する昨今のサラリーマン必須ツールだ。 「日本国内では今現在VR規制条例によるフルダイブの時間制限があり、従来のVRMMOの仕様ではゲームとしては成り立ちません。それは現状を見れば多くを語るまでもありませんよね」 困り顔を浮かべつつも微笑むという微妙に器用な真似をしながら、アリスは自らを注視する会場全体に話しかけ、流暢な日本語を話す異国の令嬢というキャラクターを最大限に使い、会場の他社お偉方な親父層の警戒心を緩めていく。 クロガネ様は俺の最大ターゲットであるが、こっちは予想外の飛び入り。 元々の計画上アリスのターゲットは、うちの社長を含めた会社組織内で権限を持つ重役連中だ。 まだ温存している最後の切り札を切ったときに、如何にこれらを多くを落とせるかが、PCOのスタートダッシュの成否を決めると言っても過言じゃない。 このために練り上げたアリスの外見とカバーストーリー。上手く作用してくれるのを祈るのみだ。「そこで私達が提案するのは、フルダイブを前提としたVRゲームではなく、フルダイブを限定的に、そしてより効果的に用いる形です。先ほどまでのシンタの説明でお気づきの方もいらっしゃるともいますが、戦略、戦術ステージゲームプレイは、プレイヤーは麾下NPCやAIに指示を下す形。シミュレーションタイプのゲーム様式を取っています。これはフルダイブを必要とせずに、手軽にゲーム世界に介入する手段だからです。たとえば小型端末を用いたプレイ方法ですが……」 地上のアリスが虚空に手を伸ばすのに合わせて、空に浮かぶアリスも出現していた端末を手に取って、その周囲に可視化した仮想ウィンドウをいくつも出現させていく。 仮想ウィンドウに表示されるのは、銀河系の各所に派遣されたプレイヤー麾下の艦隊情報やら、本拠地ドッグでの整備、生産状況、さらには活発に値動きする取引用オークションなどの各種情報ウィンドウだ。 そこに踊るのは簡易な文字の報告書やらグラフの類い。それらがアリスの周囲をぐるりと取り囲み、目まぐるしく変動している。「このように周囲に仮想ウィンドウを展開してゲーム内情報に手軽にアクセスが出来るようにいたします。さらに……」 アリスがウィンドウの一つに手を伸ばし触れると、それが拡大され身体の真正面に移動してメインディスプレイとして表示され、惑星を囲むリングである小衛星帯にある防衛基地に収まって整備真っ最中の真っ赤に塗装されていく戦艦の映像へと切り替わる。 しかしその解像度は荒く平面な2D映像だ。 もっとも安価な携帯用VR端末でも処理できる仕様に合わせた映像が映る仮想ウィンドウを、空のアリスが自らの横へと移動させ画面がお客様からも見えるように表示する。 「限定的ですがVR世界内のリアルタイム映像も閲覧可能となるように調整しています。もっとも端末機能の性能問題もあって最低限度の解像度ですけど、私本人はリアルにいながらも、こちらから整備チームへと指示を出す形で干渉出来るような仕掛けになっています。こんな感じで、ちょいちょいっと♪」 別のウィンドウを呼び出したアリスが右手で整備チームへの指示を変更しつつ、左手を戦艦が映った仮想ウィンドウへと手を伸ばしてその表面に触ると、画面に映っていた戦艦にディケライア社のトレードマークでもあるウサミミのマーキングがでかでかと施され、同時に画面に3分とカウントダウンが表示される。「はい。これで3分後には塗装完了です。今の私の動作はあらかじめ決めていたマーキングを接触箇所に施す簡単な処理なんで、こちらの端末でもパッとできます。でもこれだけだと凝り性なあたしは物足りないのでもうちょっと変化をつけたいなと思って、VRデスクへと変更します」 戦艦を眺めたアリスは不満ありげなため息を吐きつつ首を横に振り、コミカルな動きで手に持っていた端末を投げ捨てる。 それにあわせて俺はアリスの側にVRデスクのオブジェクトを半透明タイプで実体化させ、空に映っていたダイブデスクも巨大アリスのサイズに拡大して真横に移動させる。「皆様ご承知の通りVRデスクは端末と同じく、VR機能の根幹である私たちの脳内ナノシステムを強化補正する物です。だけどその性能は端末とは断違い。だから先ほどと同じ情報ウィンドウもこんな感じで表示されます」 軽やかなステップでVRデスクの前に座った二人のアリスが仮想コンソールの上で指を踊らすと、VRデスクを中心に映像ファイルや3D画像が出現する。 それらは先ほど小型端末で表示したのと全く同一の情報だが、こちらの方がより情報が細かく、さらに映像やら箇所を示した星図付きで見た目も派手になっている。「だからさっきの戦艦の映像もこんな感じになっちゃいます」 椅子に腰掛けるアリスの目の前のVRデスクの上ではビーチボールほどの大きさの球状仮想3Dウィンドウが出現し、その中では先ほどアリスが、塗装用のアームが伸びてマーキングを描かれている最中の戦艦の縮小映像が表示されている。 先ほどは平面で表示されていた映像が3Dに変わった事で、立体的にその詳細を観察できるようになっている。「さてさて、これでだいぶ見やすくなりました。後はこれをちょっいっちょいちょいとマーキングに追加修正を施して、ついでに周辺環境に合わせて、3連装長距離ビーム主砲を5連装型の近距離ビームガトリング砲に変更と」 どこからともなく筆ペンを出したアリスは目の前の戦艦へと、いくつもの線を書き込んでペイントを施しつつ、左手を軽やかに動かし兵装ウィンドウを呼び出して、ミニ映像に映るいくつかのユニット型の兵装から、ガトリングタイプを選択して主武装を変更する。 アリスの操作に合わせて、戦艦の周りに自動機械群が群がり瞬く間に外装をペイントし直しながら、取り外しが容易なユニットタイプの武装を変更していく。 「はいと。これでこの画面の下に表示されるのが、あらたな換装終了時間です。少し伸びて10分ほどですね。じゃ、メイクアップが終わる前での間にお買い物と♪ 今いる開拓惑星開発に使う資源衛星を探しちゃいましょう」 整備中の戦艦が映る映像をアリスが手で摘み左横に移動させるとウィンドウが自動収縮してサブウィンドウ化する。 開けた目の前のメインウィンドウ枠へと、アリスは今度は右側からプレイヤー間での取引に使うオークションネットのウィンドウを移動させて、販売リストを呼び出す。 PCOにおいて俺は対RMTの主軸としてプレイヤー間で全ての商品、サービスに関する直接取引機能の廃止を考えている。 その代わりに用いるのが、運営側も関与しやすい時限オークション形式。 通常アイテムは日々行われる取引でワールド全体でいくつも設ける主要市場平均価格を算出し、市場毎に上限下限を平均値から公式が設定した+-10~20%以内でしか設定できないようにし、平均値は週毎に集計を取った上で設定を変動させていく。 最初の入札者が現れてから1~10分ほどを出品者権限で時間制限し、他入札者が現れなければ、そのまま落札。 入札者が複数いた場合はダイスロールによる抽選で最大値を出したプレイヤーが落札する。 ワールド中でありふれた資源、だが必須な物、たとえば水素だったり酸素。 これらの市場での動向を把握し上手くやれば、底値の市場で大量仕入れして、高値の市場に運び売りさばくことで、大きな儲けを出す事が出来るかもしれないし、逆に当てが外れて売りさばくはずの市場が貨物船が移動する間に値下がりを起こして大損をするかもしれない。 利益を安定させたいなら、平均値が変動する前に市場を移動することだが、宇宙を舞台にしたゲームだけに果てしなく広大な世界にするつもりなので、市場移動にも一苦労するだろう。 価値が変動しやすく値段が付けづらいレアアイテムにおいては、公開オークション方式とし公正公明な取引が出来る体勢として最短で1日最長で1週間程度の期間を設けつつ常に監視していく。 おそらくこれだけでは対策は不十分なんだろうが、下手にガチガチのルールに縛ると不便でお客様からの反感を買うことになりかねない。 そこらのさじ加減もテストプレイを重ねて見極めていくしか無いか。「うん。早速良い物を発見しました。稀少鉱石含有確率3~4%の質量1000万トンサイズ小衛星お一つ40万。あたしのパートナーはこの手の勝率は20%はないと買わないチキンですけど、あたしなら買います……とっとやはり結構いますね。では勝負。ここは6面ダイス4つですね」 誰がチキンだ。0.03ってギャンブラーすぎだお前は。堅実っていえ。ダイスロール勝たせるシナリオだが負けさせるぞ、この野郎。「ぽいと……よし24♪ 勝ちは貰いましたね」 ディスり気味な軽い口調を混ぜつつお客様を前にアリスは実に楽しそうにゲームプレイを続けていく。 やらせだってのいうのに、ガッツポーズを決めて心のそこから嬉しそうな笑みを浮かべている様は、少し大人びた外見に似合わず子供のように無邪気で、中身が俺がよく知るアリスそのもだと改めて認識する。 俺の役目はデモプレイを行うアリスの補佐。アリスのプレイに合わせてお客様達へ補足説明を載せた補助ウィンドウを開いたり、今みたいに他のプレイヤーがいるように見せかけゲームとしての体裁を整えること。 兎にも角にも付き合いの長いアリス相手だ、ゲーム限定ならこいつの楽しむツボ、喜ぶタイミングを俺以上に詳しい奴なんぞいるはず無いと自負できる。 「落札できました。ではでは落札した市場に停泊している麾下の運送特化チームに目的地までの自動運搬させますね。あたし自慢の高速衛星運搬船の出番です」 持ち船リストを呼び出したアリスは、インデックスをつかい目当ての中型運搬船をすぐに探り出すと待機していた運搬チームを乗船させる。 NPCから売りに出される吊し売りの低価格貨物船を自らチューニングし改良船を作るか、基礎能力が段違いな製造プレイヤー工場制作の高速船を買うなど、いろいろ手段を考えているが、今回アリスが選んだのは、竜骨から軽量かつ硬質素材を選んで、衛星を固定する重力アンカーまで特注したという設定のワンオフな高性能運送艦だ。 今は落ちぶれたとはいえ、元々は銀河屈指の大会社の令嬢。 リーディアン時代から金遣いが荒いというか無頓着というか、なんつーか無意識で良い物や最高品質を好むアリスらしい選択だと思う。 アリスの無意識な金持ち志向に呆れつつ、運送艦のスペックと運送特化型チームのスキルをお客様のウィンドウに表示と。 衛星の大きさ形に合わせて自由に変更できる重力力場型格納機能。 大出力の転換炉とその出力を惜しみなく使った膨大な運搬力。 大型質量運搬時、移動速度と跳躍質量ペナルティの低減スキル。 海賊やらライバル社に対する広域警戒スキル。 敵探索機器への欺瞞、妨害などの逃走特化型電子戦装備とスキル諸々。 戦闘能力は防衛武装がちょろちょろだけだが、早く、安全に運ぶ事に特化した船とチームであることをステータスは表している。 「次は航路の設定です。AI選択の場合主要航路を運んでくる設定となりますが、ここで主要航路と近道と裏道を駆使した最短ルートを使いますね」 主要航路の絶対安定型大ワープゲートを自船の跳躍能力で飛んでいくのが基本手段だが、そんな主要航路から外れた宙域には、別の地域にしかも主要航路より長大な距離を跳躍できる未知のワープゲートが転がっているかもしれない。これを発見、利用するなんてのもいいだろう。「まずは今いる惑星から市場惑星への判明済み最短ルートを検索と……はい出ました。3つのワープゲートを使う道ですね。主要航路のみを使った場合の半分ほどに短縮可能みたいです。このうち所属ギルド所有のワープゲートは定期パスがあるので利用可能と。でも残り二つは他のプレイヤーさんが所有するワープゲートなのでゲートパスが必要ですね。では市場に戻ってパスを買いに行きましょう」 主要航路の公共用ワープゲートと違い、発見されたワープゲートは基本その宙域に拠点を持つプレイヤーやギルドが所有する。 武装ステーションを配置し周辺を警戒すると共に、ワープゲートに干渉を施すことで特定パスを持つ船しか跳べない仕様としている。 だから所有者以外がゲートを用いようとすれば、大まかに二つの方法になる。 所有者がオークションへと出品したパスを買い利用するか、武装ステーションへと攻撃を仕掛け破壊、その宙域を略奪するかだ。 所有者側はパスの利用は一回のみや回数、定期など枚数も自由に発行でき、敵対勢力や特定プレイヤーへの販売禁止も可能という形を考えている。 有益なゲートを巡って大規模な争奪戦が起こるかもしれないし、立ち回りの上手い所有者なら周囲を戦闘禁止域として上手いこと中立圏を作って、貿易の一大流通ルートへと自分のゲートを成長させる事も可能だろう。 私有ゲートを使わなくても、主要航路を使えば少し時間はかかるが到達も可能。さらには銀河には無数のゲートが眠っている。他の航路を作り出すなど、幅広いゲームプレイを考えている。 本当にごく少数なゲートは、そこを使わなければ到底到達できない宙域へと繋がるってのもいいかもしれないな。「はい。無事に買えました。他にも買いたい物が出るかもしれませんから回数券にしてみたらだいぶお得でした。結構良心的なプレイヤーさんです。フレンド申請をだして、うちのギルド所有ゲートと定期パスを交換しませんかとお誘いしておきますね……っとと、換装が終わったみたいですね」 アリスが文面を作り終えると同時に整備ウィンドウを拡大。塗装、換装を終えた戦艦を表示、膝の上でその映像を転がしながらアリスはつぶさに観察してから、「はい。上手に出来ました♪」 どこかで聞いたことのあるような台詞を、大きく頷いてから極上の笑顔で宣っていた。