「おー……すげーなこりゃ」 鋼鉄の大地に無数の割れ目が走り、創天そして送天、二つの天がゆっくりと形を変えて、目の前に大地が造形されていく。 アリスが勿体ぶっただけの事は有って、俺は目の前で広がる圧巻の大スペクタクルに思わず、何のひねりもない素直過ぎる感想が飛び出ていた。 俺の横で、頭の狼耳をピンと立てて、目を見開いているカルラちゃんも驚きのあまり声がなく、姉のシャモンさんはどこか感慨深い目で、徐々に形を変えていく創天を見つめていた。 月と同サイズというか、送天が子供の頃から見上げていた月に偽装していたんだから、月そのものなんだが、それほどの巨大物体が轟音も僅かな揺れさえなく、変形していくんだから、スケール感覚が狂ってくる。 衛星サイズ艦があまりに大きすぎて目視できない部分もあるからか、リルさんが気を利かせて、空中へと投影してくれた、リアルタイムの変形に合わせて形を変えていく簡略3Dモデルと、現実へと交互に目をやる。 3Dモデルを見るに創天は、俺たちが今いる展望公園を頂点の北として見た場合、縦に入った一本線を軸に、無数の横線が走っている。 さらに横線に沿って左右に船体の一部が開きながら、その内側から現れた新たなる横線に沿ってまた開きつつ、北側が後方に下がり、南側が前方にせり出して、表面積を一段ごとに爆発的に増やしていく。 ぱっと見のイメージはつぼみが開いていく無数の花弁をもつ花のようだが、その花弁の一つ一つが艀の役割を持っているそうだ。 一番外側のもっとも大きい花弁群は、超大型艦の新造もできる密閉型気密建造ドックで、その内側の花弁が小さくなるごとに、大型、中型、小型と大きさを縮小させながら、数を増やしていく構造。 艀の数を数えようとする気力を最初から叩き折ってくる心折設計なので、リルさんに聞くのが一番手っ取り早い。 「この状態ならどのくらいの数の船が、同時受け入れ可能ですか?」 スペックが変われば攻略手順も当然変わる。ステータス確認は必須だわな。『創天の元のモデルである天級侵略艦において泊地モードは、帝国艦隊四個艦隊、一方面軍の根拠地とすべく、それを十分に補う機能が求められております。帝国において一艦隊は戦闘艦と補助艦軍、大小併せて定数1万2千艦を基準とし、四艦隊計4万8000隻。さらにその倍数以上の民間艦を受け入れ、18万隻を同時に完全整備、補給が可能なことが基準値がなっています。また周辺星域の戦況、惑星開発状況などで必要となれば、拡張機能を用いることで、停泊と補給のみに絞れば最大で1000万隻までが可能となります』 さすが銀河を支配していた大帝国。桁が違いすぎて想像が追いつかない。 要は軍都やら鎮守府って呼ばれるような、軍の根拠地をそのまま移動させるっていう、敵対者絶望な移動大拠点ってわけだ。「創天の場合は、惑星改造機能特化をしておりますので、停泊能力は侵略型艦の10%程度となります。その代わりに恒星生成機能を筆頭に、星系製造が一から可能な各種機能が付与されています。惑星規模の維持管理だけでしたら、現状の巡航形態でも問題はありませんが、第二太陽系作成計画を円滑に行うためには、造成形態である本社モードが必須となります」 俺がよく見知っていた球状の創天は、移動形態であって、この展開した泊地状態が銀河最大の惑星改造企業ディケライア本社として、そして星系級惑星改造艦としての創天の真の姿ってことか。 過去の業務書類や収支表に書かれた規模が天文学的数字過ぎて、逆に実感が湧かなくて今ひとつぼんやりしていた全盛期ディケライアだったが、その規模が一目で分かる壮大な光景だ。 しかも天級は帝国の切り札ではあるが、量産型で、銀河大戦で多くが沈んだとはいえ同型艦が多数。「せっかくの本社モードなのに……それにあった流れってのが有るのに……シンタは空気を読まなすぎ……こうなったお約束を理解するための特訓を……」 これと同規模の移動軍都がいくつもあったってことも恐ろしいが、進行に水を差され、独り言を装ってはいるが俺に聞こえるレベルで未だにぐちぐちと文句を言う、アリスがその大帝国帝家末裔ってのがさらに恐ろしい。 まかり間違って帝国が今も健在だったら、それだけの戦力がノリと勢いが優先なアリスの支配下にあったのか……銀河の危機だな。「送天の方はどうなってんだメル?」 想像するのも恐ろしいカオスな状況を頭から追い払い、俺は意識をもう一つの天に向けた。 規模は変わらないが送天のほうは、創天とは別の形へと粛々と変形を行っている。 前後左右に広がっていく創天と違い、送天の方はまるで風船が膨らむように全方位に膨張しながら薄く伸びていた。 浅い曲線を描きながら広がる風船は、やがて船体各部に、大きさにばらつきのある複数の穴をいくつも開けていく。 その様はなんつーか、致命的に不器用な蜂が作ったハニカム構造の巣? 場所ごとに大きさが揃っているなら見栄えもいいが、線に見えるほどに細い境界線を挟んでやけにでかい穴が並んでいるかと思えば、無駄なほどにスペースを空けた小さな六角穴がぽつんぽつんと点在。 他にも法則性を見いだせない大小入り乱れたランダム配置で広がっていて、几帳面な人ならなんとも不安定になる様相を呈している。 あれだな。じっと見てると人の顔に見えてくるっていう、シミュラクラ現象を催す。 無数の顔面を貼り付けた衛星って、どこの宇宙的怪異だ。「メル。スペック」 ただ俺が理解できないだけで、アレにも意味があるのが、地球人の科学知識レベルで理解しようとすると、非常識で非科学的なオカルトじみたのが宇宙超科学。『ういさキャップ。送天の試製現界跳躍門モードは、従来の跳躍門が双方向に対して、出口側のみに限定された限定跳躍門。出口だけかよという突っ込みが有るのは当然だろうが、ここは最後まで聞いておくんなまし』 メルは下手に突っ込むとアリスと同じく長いので、対テンション高めアリスの基本戦略と同様に本人? 本AIの忠告通り聞き流しておく。 長い年月停止していたメルが、現代に対応するために取り込んだ情報にアリスコレクションが混ざっていた所為なのか、それとも元々そういう設定なのかよく分からんが、相変わらずリルさんよりもやけに感情的に語るのはご愛敬ってか。『試製跳躍門モードの真骨頂は、安定度にあるのですよ。自力オッケーなら、どれだけの数も、どれだけの連続も、どれだけの距離も、どれだけの質量もどんと来いですよ。ちなみに他の跳躍門経由なら、いつでも銀河全域からウェルカム。ようこそお客様フィーバー状態、じゃんじゃんばりばり出まくり。やったねキャップ。お客が増えるよ』 ……今とんでもないこと、さらっと言いやがったなこのハイテンAI。 今現在残存している跳躍門は、基本的に相互跳躍が可能な、銀河のあちらこちらを繋ぐ主要交易路の大元。 だけどそれは常に1対1の対面状態。だから時間ごとに跳躍リンク先を変えた切り替え制。 なのに送天の場合は、現界側、要は跳躍先だけという制約はあるけど、他の跳躍門からのジャンプを無条件で受け止められるって事だ。 あの一つ一つの穴が跳躍受け入れ先、現界ポイントだとしたら、どれだけの艦を一気に展開できることか。 創天が兵站を担う切り札なら、送天は自軍を自在に展開する戦力輸送の奥の手。 今の銀河文明でもこれだけの跳躍数を制御する技術は無いはずだ。「おい、この武器だけでもっと大がかりな手が仕掛けられたじゃねか。先に言えよ」 『と、理論上では言われているけど、何せ試製。しかも試すまえに事故っちた♪ ボクは意識不明で、いやーできるかどうかボクも不明な超兵器な訳ですよ』 『補足しますと最大出力で制御に失敗しますと、最低でも周辺星域100光年距離程度が次元崩壊するという概算が出ております。まだ初期研究段階試作型となりますので、今回は最低出力での現界実験となります。バルジエクスプレス側と協議の上に同意をいただいており、実験データを提供する見返りとして、今回のモードチェンジによって増える諸経費の一部を補っていただいております』 さすが人道無視な絵に描いた悪役な銀河帝国。なんつー危険な物をこしらえてやがる。 リルさんの補足に戦慄を覚えるが、いくら俺でもさすがにそんなのを武器に仕立てる気はしねぇ。 「うぉ。結構経費が跳ね上がりますね。創天の方は特に」「そりゃそうよ。本社モードは広げた分、重力制御も複雑で大変だから、うちの母さんだって躊躇したけど、恒星生成にはどこかでやらなきゃならない。今が勝負どころだから、経費を何とか捻出したのよ。この形こそが私たちの故郷。ディケライアここに有りって誇れる姿……目に物見せてやんのよ」 懐かしさを言葉の端々に見せながらも、どこかに苛立ちを感じさせるシャモンさんが天を見上げ、最大級に開いた送天の跳躍門の一つを睨み付ける。 誰に見せるかなんて聞くまでもなくて、聞ける雰囲気じゃない。 そして、シャモンさんの苦々しい声が響くのと反比例して、もう一つの声が不自然にやんだ。 それに気づいたシャモンさんの耳が、僅かにへたれた。シャモンさん本人もつい口から出てしまった失言に気づいたようだ。 しかしさっきからなんかおかしい、らしくないと思っていたが、やっぱりか……「両艦の完全変形まであとどれくらい掛かりますか?」『変形完了まで共に12分31秒。その後全域チェックに10分。フォルトゥナ跳躍予定時刻5分前には全準備が終了します』 残り30分弱か…… あまりに大きすぎるから変形はゆっくりと見えているが、末端の移動速度は音速を超えるほど。それでもメイン推進力が重力慣性制御航法である天級にとっては、変形中の過負荷を打ち消すことなんぞ余裕のようだ。 たださすがに変形中は安全性が完全には確保できない為、艦内空間転移機能を凍結して、物理的移動だけに制限するのも納得。 だからちょっと話をするにも、場所を変えるって訳にもいかないようだ。「シャモンさん。変形動画をホワイトの佐伯さんにも送っておいてください。そのままだと未開惑星接触法に引っかかるからいい感じで変化をつけて」 たびたび無茶を頼んでいる上司様に、媚びを売れるなら積極的に売っとけってな。 開発部がこの機構フェチ垂涎なシーンを見れば、新しいバトルフォールドの一つや二つ、クエストの10や20思いつくことだろう。 いつもならゲーム開発会社社員の責務として自分でやるんだが、個人的に優先する事がある。「……借りてあげるから頼むわよ」 気分的には、こっちも手を借りてるんでイーブンなんだが、そこを突っ込むとシャモンさんが怒りそうなので、黙って頷いた俺は仮想コンソールを叩く。 シークレットスペース展開と、効果範囲は俺とアリスが十分にゆったり出来る範囲もあれば十分。 半球形状の透明シールドが俺とアリスの周囲を覆い、同時にその範囲外にいるシャモンさんやカルラちゃんの姿だけが消え失せる。 こいつは見ての通り、中と外を切り離して即興のプライベート空間を作る機能で、ここ展望公園の基本装備の一つ。 ここは格好のデートスポットなので、他人が近くにいたら興ざめだったり、静かに星を見上げたいときなんかに使える機能だ。 ちなみにアリスに最初に説明を受けたときに、アオカン機能かよって突っ込んだらグーで殴られたので、あまりいい思い出がないんだが、今回は仕方ない。 「ちょ、ちょっとシンタ。なにしてるの!?」「あーうっせ。ほれ膝枕してやるからこっち来い」 いきなり俺がシークレットスペースを展開したので驚いているアリスの腕を掴み、強制的に横に座らせ、そのままあぐらをかいた膝にアリスを寝かせる。「ま、まって、ち、近くにシャモン姉もカルラもいるのに」 両手で抵抗してくるのでこっちも手で押さえるが、手数に勝るアリスはぺちぺちとうさ耳で足を叩いて抗議してくる。ただその力は弱い。 どうせ見えないからいいだろうが。つーか俺だって身内に見られていたら、さすがに躊躇するっての。「で。何悩んでやがる? さっきかららしくねぇぞ」 このまま時間を浪費するのも無駄なんで、先ほどからどうにも調子が悪いというか、結構気もそぞろな相棒の悩み本題へと切り込む。 つっても、この段階で何を思っているか、不安をいだいているなんて正直丸わかりだが。「……シンタなら言わなくも分かるでしょ」「そりゃな。何十年もおまえの隣にいるからな。それでも分かってやるだけと、聞いてやるのじゃ、またちっとは違うだろ。あと微妙に違っててクエスト失敗なんぞごめんだ。俺はおまえの”相棒”なんだから聞かせてくれ」 大昔に決めたルールは今も健在。銀髪から飛び出たうさ耳が、相棒の一言でおとなしくなり、へたれ込む。 やっぱり無理矢理にテンション上げてたか。この阿呆ウサギ。 昨日の議会に乗り込んだ時の攻勢状態でどうにか、出来る敵じゃねぇよな今回は。 俺に見られないためか、わざと顔を向こうに向けたアリスがぽつりぽつりと口を開き出す。「そのさ、シャルパ姉の写真データ……見たでしょ」「雰囲気はちょっと違うが、やっぱシャモンさんに似てるな。カルラちゃんにもその面影はあるな」 本人に直接会った事はないから、あくまでも第一印象だが、あの三姉妹は上2人が対極的で動と静な雰囲気があり、末の妹はその中間って感じか。 たぶんそういう風に遺伝子をいじっているって事だろうけど。 普通の地球人からすれば、遺伝子をいじって植え付けられた特性は、作り物と感じるかもしれないが、シャモンさん達にとってはそれは誇り。 主と仰ぐ帝国皇家末裔達を守るという意志を、先祖代々に渡り積み上げてきた意志の現れであるアイデンティティ。 アリスの元からは、ディケライアから離れたが、シャルパさんは絶対に自分の味方だとアリスが断言するもう1人の姉。 「今の技術なら、あの顔の傷だってすぐに消せるのに、失明している右目だって再生が出来るのにずっとそのままだった。あの傷ってシャモン姉がつけたの。だからシャルパ姉があの傷を消さないのは、あたしのために何かしようとしている証だと思う。でも、それが何かわかんない。私が分からないせいで、またシャモン姉とシャルパ姉が……って考えるとね」 不安を吐露するアリスの声は僅かに震えている。 イコクさんらに聞いた話じゃ、その壮絶な姉妹喧嘩をアリスは目の前にいたのに、止められなかったって話。 もうじきその姉妹が再開って事で、完全にトラウマを掘り起こしているようだ。 だが不安を形にした事で逆に覚悟が決まったのか、力なくへたれていたうさ耳が、徐々にだがぴんと張って力を取り戻しはじめる。 まぁ不安だからって、そこで止まって一歩も動けなくなるような性格じゃないよな。俺の知る相棒は。 あの空回り気味のハイテンションは1人で何とかしようとした証だ。 多少落ち込みの色は残しているが、少しだけ調子を取り戻したアリスが、全身から力を抜いくと、膝に乗せた頭が少しだけ重くなったように感じる。 正直シャルパさんの真意は、俺にもまだ読めない。だがアリスと一緒に考え、共に対応してやろう。 俺とアリスはどちらかが相手に依存する関係じゃない。互いに背を預けて戦う相棒でありパートナーだ。「でも負けられないし、止まれない。だから昨日みたいに強気で行こうって思ってたんだ。でもよくシンタ気がついたね」「あーまぁアレだ。つきあい長いからな」 何で気づいたかというアリスの問いに、一応二つの理由があるんだが、俺は少し言葉を濁して先ほどと同じような台詞に止めておく。 そりゃそうだ。展望公園で最初に見たときにアリスのうさ耳の速度や角度で、なんかいつもと違うと気づいたと言ったら、あまりに特殊性癖が行きすぎている上に、こっちには俺のトラウマが埋まっている。 地球の時間凍結を解除したときに、社長やら大磯さんらに、こちら側の事情や少し変わったアリスとの関係を説明した。 そしてその時の第一声が宇宙の事情に驚くよりも、俺とアリスが男女な関係になった上にエリスが生まれていたことに対する『えっ……三崎君ってガチのロリケモナー?』のどん引き発言だ。 大磯さん、俺の性的対象は、成長したアリス限定です。「えー私が話したんだから、シンタも聞かせてよ」「断る。おまえの名誉にも関わるからな」 もう一個の理由はさらに馬鹿馬鹿しい。 先ほどアリスが、変形の決め台詞を決めかねて悩んで一回止まったから、確実におかしいと気づいたっていう、あまりにあれな理由。 いつもなら脊髄反射的に台詞を選択しているオタクが、あの流れで決めかねてとちりゃ、そりゃ異常に気づくって話だ。 ただこっちはこっちで嫁さんの異常に気づくにしても、あまりに幼稚すぎてどうよ。可愛い娘様もいるってのに、いい年した夫婦がなにやってんだか。 普段なら俺が逃げたら追求してくるアリスだが、今のまったりした雰囲気を優先したのか、それとも深追いは自傷行為と判断したのか、黙って空に浮かぶ送天を見上げ、俺もそれにつられて空を見上げる。 そのまま時間がすぎ、両艦が変形を終え、送天が作り出した大穴が歪みシャルパさんの乗艦したフォルトゥナが時空を割って、この宇宙へと現界してくるまで、俺たちは久しぶりに夫婦水入らずのゆったりとした時間を過ごしていた。