『だというのに、あたしのパートナーは無駄だの、意味がないだの……って!? シンタなんでいきなり! いい所だったのに!』 合体スキルの説明をしているはずが、いつの間にやら俺への愚痴に変わっていたアリスからキャラクター操作権を取り上げる。 ご立腹の奥さんは怒髪天ならぬ怒耳天状態で、頭のウサミミを押っ立てている。「後で交代だって言っただろ」 ここが創天だったら最上位権利者はもちろんアリス。これ以上は無いほどに興が乗っているアリスから、キャラクター操作権限をインターセプトなんぞ出来はしないが、しかしここは地球のホワイトソフトウェア。 GM権限を発動させ、ゲストアカウントのアリスからミニキャラ操作権を取り上げるのは造作も無い。『だからっていきなりすぎ!』「あーはいはい。後で聞いてやるから黙ってろ」 停止状態が続いて、美月さん達に不審がられても厄介。取り上げたミニキャラと動作連結を手早く設定しつつ、アリスをおざなりになだめておく。 リアルの仕事が本命で、飛び込み仕事のこっちにさほど時間はかけられないのでハーフダイブでリンクと。「失礼。少々取り乱しました。で、ではでは、スキル説明を再開させていただきます」 中身の入れ替わりを悟られないためにアリスの口調をまねつつ、仮想ウィンドウに映るVR世界の美月さん麻紀さんへ一礼と。 アリスにあわせて作ってあるが、俺が使っても動作や声の追従性に問題は無い辺り、ここら辺はさすがアリス謹製2頭身キャラ。 設定簡単、反応早い、それでいて動作が細かいと三拍子揃っている。 ただ追従性が高すぎて、何時もの笑いを浮かべると、速攻で不審がられそうなので控えなきゃならないのと、真似するのが精神的にきつい口調で顔が引きつるのまで再現しちまうので、要注意だ。 あと頭上のウサミミはさすがに動作不可能。仮想体の4本腕や翼と同じで、馴れれば動かすくらいは出来るだろうが、いい歳してなに付けてんだと嘲笑されそうなので無しだ。 「文字通り、艦種の違う船同士が合体して、ステータスを強化できるスキルとなります。スキルLV1合体中は10分間お二人のステータスを足して、二で割ったあと、掛ける1.5倍のステータス値が基本値となり、またお二人が持つ通常スキルは、スキルレベルが全て+1されます。そしてスキルレベルが上がれば、これらの数値や合体可能時間は強化されていきます」『それだけ……?』 仰々しい搭乗やもったいぶった説明の割には、たいしたことないとでも思ったのか、麻紀さんが気の抜けた声をあげる。 美月さんの方も声は出していないが拍子抜けという顔を浮かべていた。 まぁ、もっともだ。合体すればスキルレベルは全て+1になるが、戦闘力を単純計算したら1+1で両艦2の力が、単艦で1.5になるのだから。 もっともゲーマー感覚としちゃ常時1.5倍ってのは舐められない。 力を溜めるコマンド無しで、2回攻撃で3回分の攻撃が出来るんだから、相手艦防御力分の減退分を考えりゃ、かなりの強化。レベル1のスキルとして考えりゃ破格だ。 もっとも破格な分だけ取得条件はどれも厳しく、まさかオープニングイベントの段階で取得者が出るなんて、さすがに俺らも想像はしていなかったし、まさかそれが美月さん達だってのはまさに青天の霹靂。 急な雷鳴に慌てて俺が対処に出るくらいだからな。「おやおやお二人とも、たいした事も無いスキルをやけに大仰にとでも言いたげですね。さ、さてさて、本番はここからです。このシステムの心臓部。重要要素はシークレットスキルの取得条件なのです」 アリスの物まねしつつスキル説明は、やりづらいことこの上ない。なんで要所要所で言葉を二回繰り返すなんて、あざとい癖を入れやがったあの馬鹿兎。「し、しかし、三崎の女口調って、似合わなすぎて気持ち悪いな」『あ、なら、今年の打ち上げでの三崎の出し物は女装で今の再現って事にしますか』『そりゃいい、三崎の所為で仕事が増えて奢りも溜まってたな』『なら任せてください。ミャーさんと相談してとびっきり可愛い衣装を用意します。ふふん。シンタ着飾ってあげるから首を洗って待ってなさいよ』 横で見ている中村さんが笑いを堪え、画面の向こうの林さんが面白い見せ物があるとでも言ったのか、開発部の面々が見物に来たうえに、年末向けの恐ろしい企画を考え出しやがり、俺にキャラをとられて怨み心骨なアリスまで悪のりして来やがった。「では本邦初公開。タンデムスキルを一定時間使用をした上で片方の艦がブロック構造艦。そしてどちらかの艦が祖霊転身戦闘で一方的に攻撃を受けている最中に、もう1艦が祖霊転身で救援に来ること…………以上が合体スキル取得のフラグ解放条件となります。やっぱり合体シチュエーションはこうじゃなくちゃって感じですよね……おいやっぱ無理だってこのノリ」 うむ。我ながら引きつる笑顔を避けられず、説明途中だったが、なるべく小声でアリスに文句を言うと、あの野郎、にやにやと笑いながら舌を出してあっかんべーと返しやがった。 くそ。楽しんでやがるな。しかも年を考えろ。一児の母親が子供みたいな反応しやがって。エリスが真似するから止めろつってんだろうが。 本当ならこのまま尊厳を賭けた対アリス戦に切り変えたい所だが、俺の説明はブロックワードを含んでいるので、今の美月さん達にはノイズが混じって半分も中身が伝わっていない。 さっきからの長い茶番に麻紀さんが切れそうになっていて、画面の向こうから身を乗り出して来そうなほどだ。 『ちょっと! さっきから何の茶っ』「ではお叱りを受ける前に詳しいご説明を。通常のレベルスキル取得には、一定以上のステータス値や、前提スキルがあればそのスキルレベルや使用回数、さらには一部スキルの取得には専用アイテムが必要となりますよね。これを私共はステータスフラグと呼んでいます」 しゃーない。こうなりゃ方針変更。口調はなるべくそのままだが、維持でき無い作り笑いを捨て、せめて俺本来の表情でいくしかねぇ。「シークレットスキルの解放条件には、このステータスフラグにプラスして、もう一つのフラグが必要となります。それがシチュエーションフラグ。これはプレイヤーの皆さんがゲームプレイ中に遭遇した、もしくは起こした行動がトリガーとなります。つまりお二人は合体スキルのシチュエーションフラグを建てたため、今回のレアスキルを取得となった次第です。こちらは極々簡単に書いた一例です。本来はもっと複雑になります」 秘技一気にまくし立てて流れを引きよせるを発動し、ミニキャラ側にクリップボードを出して美月さん、麻紀さん達の反応を窺いつつ、当初の目的を達成する為に説明を続ける。 普通なら公開した方がお得だってレアスキルを、公開が罠だと疑わせる為に胡散臭さ全開だ。 手振りやボードでの説明を交えつつ、場の流れを調整していくと、美月さんが疑いの眼差しを徐々に増していくのが手に取るように判ったが、ちょっとその増加具合が俺が思っているより早い。 うむ。色々とゲーム内や私生活で怪しい影(俺)がちらついているから、軽い人間不信になっているのだろうか。清吾さんにばれたらぼこられそうだ。あの人かなりの娘馬鹿だからな。 もっとも、そんな大切な一人娘を残して月にいくなよって、突っ込みたい所だ。「貴女達はスキル開祖になりますか? それとも準ユニークスキルの使い手として更なる高みを目指しますか?」 中身が俺だと今ばれるとちょいとまずいので、早めに切り上げて一気にフィニッシュまで持っていって驚きと不審交じりの顔を浮かべる美月さん達を残して切断と。「……ふぅ……ばれたかな?」 疲れた。馴れないアリスの物まね+無駄に増えたギャラリーの衆目のプレッシャーで溜まった疲労をはき出しながら、俺は独りごちる。 ヘイト管理的にはここまで直接的な妨害行為は、美月さんらのヘイトを高めすぎてやばいことになりそうなので、ばれるのは避けたい所だ。 「見る奴が見ればすぐにばれるだろ。笑顔に三崎の性格の悪さが滲み出てたからな」『あの再現度。さすがアリシティアさん特製ってとこですね。うちの主任から挙動データを回してくれって要請がきてます』『それ以前にシンタ途中で隠す気なかったじゃん! あたしがせっかく迫真の説明していたのに! しかもあたしのミニキャラで邪悪笑顔しないでよ! イメージ悪くなったじゃん!』 中村さんが俺の下手な演技にあきれ顔をみせたり、林さんが佐伯さんに頼まれたらしき今のやり取りの録画データを送ったりする中、不満たらたらで吠えるうちの嫁。 どうやら熱も入った最高潮な説明の良い所で、ちびキャラを俺がインターセプトしたのに加えて、途中で素の説明に切り変えたのがお気に召さなかったご様子。 しかしこっちにだって主張がある。あのキャラはきつい。きつすぎる。自重しろってあらかじめ注意しておいたに、出てきたのがあれは無い。 一児の母親で、いい歳した生物がやって良い言動じゃない。 ただ俺の感想をそのまま伝えると喧嘩になりそうなので、少しオブラートに包んでみる。「いやーだってな……あのまま続けたら生物としての尊厳が無くなるぞ」『生物失格レベルってどういう意味!? ……シンタ。ちょーっと今晩お話しましょうか』 画面の向こうのアリスのウサミミがガッと逆立って、俺を威嚇するかのようにゆらりと左右に揺れる。 うむ。今にも両手パンチならぬ、両耳ブローを繰り出しそうな怒り様だ。 しかしこっちだって意味も無くアリスを挑発したわけも無い。「ははっ。サラスさんの説教を受けた後でその気力があれば、いつでも受けてたってやろう」 どこぞのバカ野郎が仕事ほっぽり出してきた所為で、今晩サラスさんに夫婦揃って説教を喰らう運命が決まっている。先払いで意趣返しをしておいても罰は当たらないだろ。『うっぅっ! そういう事言うならぜっーったい気力残して、文句言ってあげるんだから! もうそれこそシンタが2、3日寝込むぐらいで! あたしの特製手料理で看病してあげるわよ!』 涙目な半泣きで恐ろしい事を言いだしやがった。アリスの特製料理なんて甘ったるい物体X。そんな物を食わせ続けられた2、3日どころか、血糖値が上がりすぎて糖尿病コースまっしぐらだ。「おまっ! だから特製料理が罰ゲームだって思ってんならすこしは直せ!」『なっ! せ、せっかく少しは甘えさせてあげようって思ったのになんでその言いぐさ! 美味しいのに! シンタがお酒ばかりで味覚壊れてるだけでしょ!』 うぉっ余計に怒りやがった。まさかの未だに自覚無しだと……こうなりゃ俺の健康と愛娘の味覚正常化の為にも、この場に来やがった物見遊山な先輩共にもアリスの特製手料理を食わせて憂さ晴らし兼現実を突きつけて、『あーもう限界っ! 三崎君! 犬もはき出すような夫婦喧嘩してないでこっちに早くヘルプ来て!? 柳原さんへの時間稼ぎがもう無理! じょうろからおかわりのお茶コンボってなっちゃうよ!?』 対アリス戦を始め様とした俺の眼前に、半切れ気味な大磯さんからの救援要請が飛んでくる。 ご来社なさったサクラさんの叔父。柳原宗二さんの足どめを頼んでいたんだが、どうやらあっちはあっちで限界が来ているらしい。 さらには、『アリシティア社長。そろそろご休憩時間が終わりです。お戻りください。もしまだお戻りにならず、三崎様とじゃれ合っているようでしたら、サラス様と一緒に私からも、お二人にお話をさせていただきます』 いつの間にやら30分が過ぎていたらしく、真の意味でのディケライアの最高権力者な創天AIリルさんの冷たい声が響いた。 サラスさん+リルさんの説教コンボなんぞ、ボスラッシュと変わらねぇぞ。『くっ! シンタ覚えてなさいよ! いつかシンタの味覚変えてあげるんだから!』「そりゃ味覚破壊の間違いだろうが! すぐいきます! 後頼みます」 捨て台詞と共に消え去ったアリスに無駄と知りつつ怒鳴り返しながら、俺は会社玄関に戻るためにGMルームから駆け足で抜け出した。