「西ヶ丘のIDも打ち込み完了。これで高山の情報とリンクして戦闘領域ライブビューイング再設定完了と」 峰岸伸吾がフレンド登録していた美月と麻紀のゲーム内IDを打ち込む。 先ほどまで廃船置き場での戦闘を美月の放ったポッドからの視点で映していた映像から、テールアンテナを全展開して、綿毛をびっしりと生やしたタンポポの様なマンタと、その隣に停泊して、新装備の巨大なメカニカルアームを稼働させたホクトが、きらめく星をバックにしてアップとなった映像へと切り変わる。「伸吾。もうちょっと引いた方が良い映像になる。艦対艦なら俯瞰で見たほうが全体像が見やすいし、説明コメントつける余白もほしい。あと近接撮影用に課金別カメラで撮ったが良いかも。お試し用課金アイテムチケットを使おう」「あいよ。んじゃこんなんもんか。2カメは西ヶ丘を追尾だな」 動画中の戦闘解説やスキル使用時の補足説明コメントを埋め込む役になった中野亮一の要望に合わせてカメラ位置を大きく引いて、多少両艦が小さくなるが周囲の宙域を見やすい状態でカメラを固定し、ついでに正式オープン記念で無料配布されていたチケットをつかい、課金用第二カメラも設置する。 近接カメラの方は、近接戦闘時にメインで動くことになるだろう、麻紀のホクトを自動追尾設定にしておく。「誠司。今回のトップページに埋め込むんだよな。画面2分割にしとくか?」「それ全体映像の方が小さくて見にくくねぇか。切り変え制にして、別ウィンドウでも同時視聴可能の方が俺らの設定も楽だろ」 伸吾からの問い合わせに、難色を示した谷戸誠司は、画面テンプレートリストから、切り変え・別ウィンドウ型に設定し直して、今回の為に作成している特設ページの作成を急ぐ。 彼らが弄るのはPCOで新規導入された視聴法の一つである、祖霊転身時のみ稼働するフレンドビューイング編集機能。 文字通りゲーム内映像を、簡易に録画、編集か出来る機能で、ゲーム動画配信を積極的に推奨している運営側による利便機能の一つだ。 観戦者が戦場にいかなくても、簡易に迫力のあるプレイ視聴を、視聴先プレイヤーが有するゲーム内情報と同様の映像を第三者視点から楽しめるという物だ。 元動画の方も見られるプレイヤー側の設定で、非公開、フレンドのみ、全プレイヤーに公開、そしてプレイヤー以外にも公開と、4種類の設定がされており、さらに視聴とは別に録画、編集許可を個別プレイヤー事に設定も可能となっている。 勝手に第三者に動画公開、編集されない為の物で、美月達二人はデフォルトのフレンドのみ視聴可能、映像加工は不許可設定となっていたのを、今回はフレンドである伸吾達に編集許可をだして、弄れるように変えてあった。 これらは全て美月の提案した、準公式プレイヤーと誤認させる作戦の一環。 ユーザー獲得に向けた宣伝プレイっぽい映像を配信して、ついでに美月達が新たに獲得した両者が祖霊転身時のみに使用可能となるシークレットレアスキル『合体』がブラフでないと証明するためでもあった。 その証明とは、一目瞭然。 麻紀が祖霊転身し美月と接触したことで、コンソールの一部が変化していて、これ見よがしのレバーが美月の場合は艦長席の真横、そしてゲーム内仮想体である麻紀の場合は、頭上に出現している。 特殊スキルの取得条件を公開する『始祖』となるか、公開せず隠匿し『使い手』となるかを選択していないので、今は触れても動かないが、選択さえすれば稼働状態になるとのことだ。 間違えて触れないようにだろうが、実用性皆無で何とも趣味的なレバーの形と色使いと良い何者かの強い意思を感じさせるデザインとなっている。「しかし校内からゲーム動画配信って、どうなんだよハムタロウセンセよ」 手際よく動画撮影の設定を変え、多少は苦労しながらも公式っぽい特設ページを作りあげていく後輩達を、大鳥は後ろから見守る。 母校の校風は公立では緩い方だが、さすがに校内設備からプライベートのゲーム動画配信となれば問題となりかねない気もするが、「その辺は既に解決済み。あいつが臨時講師で来たときに、校長やら教務主任をたらし込んでったんで。簡易動画編集ソフトの使用テスト用の一環つって、あれの元システムを無料で置いていって、生徒さんに積極的に使わせてほしいうんぬんと……後ハムタロウってホウさんまで呼ぶな」 周囲にはインパクトの強さで大好評だが、個人的には何ともファンシーすぎるので止めてほしいかつての二つ名に心底嫌そうな顔を羽室は浮かべるが、ゲーム画面へと目を向けている大鳥は気づいていないようだ。「相変わらず根回しいろいろしているな。どこまで計算して、陰謀を張り巡らしてやがるんだあいつ?」 羽室が名前を出さずとも、大鳥の脳裏に浮かぶ顔はただ1つ。いい加減いい歳しているくせに、いつまでも悪巧みに悪ガキのような楽しそうな顔を浮かべる腐れ外道だ。 大鳥が指摘するのはこの動画配信の件だけでは無い。 美月達をゲームへ誘導した事に端を発し、シークレットレアスキル、サクラ、そして美月の父、ルナプラント、サンクエイク。 ゲーム内外、極々小さいことから、世界的規模の事件にまで暗躍し、複雑に絡み合った糸を束ねる三崎の狙いは、長い付き合いの大鳥や、羽室にも不明だ。「その辺はさっぱり。使うか、使わないか別にして、とりあえず仕込んでおく方針なのはホウさんも知ってんだろ。一応高山と西ヶ丘は、家庭環境やら、本人の精神的に色々と難しいから、変な手は出すなよって釘は刺してありますけど」「いやもう手遅れだろ。特に高山って子。ぱっと見には一か八かの賭けに見えても、この状況で、勝つために一瞬で罠を考えて勝算を少しでも重ねて仕掛けにいくなんぞ。シンタっぽい思考じゃねぇか」「……夏前までは、真面目で融通が利かなくて、裏をついた策なんて考える生徒じゃ無かったんだけどな」 せっせとあちらこちらに種を埋め込んでおく、働き者な策謀家という実に質の悪い後輩に絡まれて、ゲーマー思考に染まりつつある二人の生徒に、同情の色を含んだ目を羽室は向けていた。 耳が痛いほどに鳴り響く警告音が、転位の前兆現象である空間湾曲が発生したことを高らかに告げる。「上方14㎞に転位反応感知! 反応微弱ながら質量計測中級クラス! 出現まで20秒! 迎撃は間に合いません!」 宙域図に示されたポイントは調査モードになったマンタを、最も広い面で捉える事の出来る直上であり、そして十分な加速するだけの空間があるので、最大級の一撃を叩き込むだけの距離もある。 距離があれば転位直後に動きを封じる事も出来るかと考えて、事前にサポートAIに予測させていた転位座標ポイントの1つだったが、出現までの時間はこちらの予測よりも遥かに早く、さらに余剰エネルギー最小限度で、バックファイアも皆無と静かな物だ。 空間転移出現までの時間と転位体へのバックファイアを決めるタイミングは基本は運ゲームというのが、PCOプレイヤーの間でのもっぱらの見方だ。 目まぐるしく数字が変わる【時空間数値表】やら、理解不能に波打つ幾重もの線【空間相違座標軸線】と名付けられた物が転位兵器には付随しているが、それらはランダムに動きすぎで、そこに意味があるとは思えず、いわゆるフレーバーテキスト。 サクラを送り込んできたプレイヤーがよほどの剛運持ちか、それとも購入するため高難度クエスト必須な上に挑戦回数規制が入るレア課金アイテムを使用し、転位効率を爆あげしてきたのだろうか。 あるいは、運営からなんらかのバックアップを…… 見え隠れする黒幕の影に、自分達の圧倒的な不利が一瞬心の中をよぎるが、既に覚悟は決めルビコンを渡っている。何があろうとも、誰が相手だろうとも今更引くのは無しだ。「敵艦B転位砲艦へのクラックを集中してください。単艦になったあちらに集中。シャルンホルスト君。麻紀ちゃんから回してもらった敵艦データから次弾転位砲発射までの時間をあらゆる条件から推測してください」『ヤヴォール。全情報から精査します。しばしお待ちください』「僚艦ホクト移動を開始。転位直後に接触します」 麻紀の駆るホクトが、物理・重力制御、2系統のスラスターを全力で噴かして、天を駆け上がっていく映像がメインモニターに映し出される。 新装備の特殊船体装備『グランドアーム』は既に展開しており、両碗十指にあわせて、両手の中指と薬指の指先からは、精密作業を可能とするサブアーム群が起動を始めていた。 矢のように上昇し一直線に転位予測座標に向かうホクト。その側面扉が開き、小型ミサイルほどの大きさの細長い飛翔体が射出され、ホクトの船体に隠れるように併走を始める。「タンデム戦闘スキルを順次発動。麻紀ちゃんのサポート優先で設定してください」 通常にパーティを組むよりも、さらに各種情報の交換速度や、データのやり取り量を増大させるタンデム戦闘スキルを発動させ、ホクトの自動防御兵器補助をマンタで受け持つ。 サクラとの近接戦闘に集中できるように、B艦へのクラックを継続しながら美月はサポートへと廻る。「僚艦プレイヤー【ニシキ】とのタンデム戦闘スキル発動。各種戦闘情報をリアルタイムリンク開始。自動防御兵装の60%をこちらで制御を受け持ちます。緊急跳躍ブースター起動、射出。カウントダウン開始します」 艦内でしか起動できず、しかも起動したら停止ができない緊急跳躍ブースターが発動するまで30秒のカウントダウンが始まった。 起動したブースターには転位座標のセット項目は無い。接続された艦を亜空間ホームへと強制転位させるだけ。そこには使用者指定の項目さえない。 一見逃げるためのアイテム。しかしアイテム欄を熟読し、裏読みすれば、使用時の制限は厳しいながらも、非殺傷型ながら、防御力を半永久半減させる凶悪極まりない攻撃アイテムへと変貌を遂げる……はずだ。 確信は無い。このアイテムが敵艦へも使用可能だという。 だが推測し、実行に至る根拠はある。 それはGM三崎伸太……いやギルドKUGCギルドマスター【シンタ】時代のプレイスタイルと、数々の打ち立てた作戦。 シンタの考案した奇をてらったそれらは、システムの不備や、運営やプレイヤーの思い込みを利用した作戦が主となっている。 ゲーム情報に精通し、調べられる限り調べ尽くし、それに沿って、普通のプレイヤーならこう思うはず、運営ならプレイヤーがこう動くと考える思考の裏をかき、からかうように、あざ笑うかのように、楽しげに罠に嵌めていく。 ついた二つ名が【腐れ外道】なのも納得のプレイスタイル。 そんな男がメインで絡むゲームでのアイテム説明欄に、対象指定を記載忘れる事などありうるだろうか? 否、無い。ありえない。 その不備こそ、三崎が利用してきた隙だ。その隙を見逃すはずが無い。だからこの隙はわざと作られた隙のはずだ。 三崎は美月にとっての敵。倒すべき敵。その為にはその思考を理解し、トレースし、読み切って、勝たなければならない。 美貴達に貸してもらっていた三崎の現役時代のプレイ動画や、各ギルドに配った作戦立案書。それらが美月に確信させる。 作戦の肝はスピード。 組み合ってからブースターをビーストワンへと強制接続させた方が、余裕はある。だが同時にこっちの余裕は、相手の余裕でもある。 緊急跳躍ブースターには防御力は皆無。耐久値も艦載機の機銃掃射すぐに破壊出来るほどしかない。 意図に気づかれ簡単に破壊されてしまっては、賭けに勝ち目は無い。いかに不意と隙を突き、相手が読み切る前に決めるかだ。 だから最初に組合った段階で一手で決める。それが美月の作戦であり、麻紀ならば出来ると信じた結果だ。 『フロラインミツキ。敵転位砲艦の次弾発射までの推測を終了致しました。通常で1分。ですがウェポンブレイクアタックならば20秒で次弾の発射が可能となります』 シャルンホルスト君がずいぶんと差がある答えを導き出す。 通常時より半分以下に減らすことが可能なそれは、全アイテムに導入されているシステムで、文字通り装備アイテムの耐久値を一度に使い切り、使用後に確定破壊されるが、選択した性能を限界以上に引き出す一撃。 しかしそれはハイリスク、ローリターンの代名詞のようなシステム。一度選択すればキャンセル不可能な上に、選択した性能は上がるが、それ以外の性能値はだだ下がりするからだ。 攻撃力をあげれば、命中率や射程が激減。命中率を上げれば、同様に攻撃力や射程が激減する仕様で、賭けるには癖が強すぎるからだ。 強力なレアアイテムなら、非選択数値が激減しても、元の数値が高いので使えるだろうが、レアアイテムを使い潰すのは惜しい。 祖霊転身の一部、これらの弱点をカバーし、非戦闘状態になるまでアイテムロストしない『残滓の剣』や、ロストはするが必中クリティカルとなる『ラストショット』等の強化スキルと組合わさなければ、とても使い物にならない。 そして敵艦Bは既に祖霊転身を使用して、サクラを送り込んできた。 勝算の見積もりが低い賭けにでる可能性。そして物星竿の武器特性……「圧搾空気放出してください。位置を少しでもずらします」 マンタに備え付けられた無熱補助移動機能の1つである圧搾空気移動機構を稼働させて、艦を僅かずつだが動かしていく。 近接戦闘のために動く麻紀達はともかく、ミツキのマンタは動かない的状態。艦自体も中型で多少ずれても命中は出来る。 だが、物星竿は一度照準位置を決めれば再設定はできない。 なら少しでも移動し、攻撃予測範囲から外れてしまえば。賭に出ていたとしても対応は出来る。 ミツキのプレイスタイルは、ただの一か八かの賭けでは無い。 考え、少しでも不安があれば種を埋め込み、必要があれば自由自在に組合わせて使い、少しでも勝算を積み上げていく行為。「こちらのウェポンブレイクアタックリストを再確認。B艦が無力化すれば、テールアンテナの切り札使用も考慮します」 だから敵艦の行動予測から思い出した特性も一応作戦のリストに加えていく。 三崎に勝つためにその思考を理解する行為は、美月自身も知らずに強く影響を与えていた。