展開した宙域図に映る廃船置き場は、まさに迷路。 種別や年代事に分けるでも無く、空いている場所にただ乱雑に艦艇を停泊させており、なかには停止させる推進剤も勿体ないという不精者もいたのか、位置固定処理された大型艦に無数の小型艦が突き刺さっている有様だ。 傍目には、大穴が空いた壊れかけた艦船や、いまでは辺境宇宙でもみない型遅れのポンコツばかりなゴミ屑、ジャンクの山。 しかし目線を変えれば、今は作られていない旧式装備や、足の付かない違法品製作のパーツ取りに使える宝の山となる。 広大な廃船置き場内には搬出のために、いくつもの違法航路が筋のように作られていた。 「ここからは、鬼ごっこからかくれんぼになります。私達のスキルレベルでは航跡は完全には消せませんから、逆にそこを利用します」 どれだけリアルであろうとも、周囲のブリッジ乗員達はAI制御のNPC。わざわざ意図や状況を説明する必要もないが、ミツキは自身が状況を整理するために、口頭で指示を出す。 複雑に入り組んだ廃船置き場内部では高速移動は到底不可能。息を潜め、徐々に動く隠密移動がメイン。 相手に気づかれず如何に逃げるか。もしくは隠れている相手を見つけて追いつくかの勝負。それを偽装戦闘として行い、サクラたちをおびき寄せる疑似餌とする。「探査ポッド1番は、欺瞞情報を最低限度に出しながら最深部へ先行。2番は強度索敵レーダーを出しつつ、1番の追跡を開始。残りのポッドは敵艦が通過後に浄水カプセルを圧搾空気でデブリに紛れ込ませ放出。袋の入り口を閉じていってください。子ポッドは監視網を維持しつつ、くれぐれも気づかれないように最低出力のパッシブモードを維持してください」 ミツキの指示にNPC達が一斉に返事を返し、宙域図に映る大きな光点と小さな光点がそれぞれ動き始める。 大勝負に出た以上、失敗は出来ない。フルダイブした仮初めの肉体ではあるがその緊張感からか喉が渇き、ブリッジに満たされた水を無意識でミツキは飲み込む。 羽室の指示書通りに罠は仕掛けれた。後は如何にミツキが上手くやるかだけだ。 しかし羽室にも予想外の事が1つ。標的がサクラだけで無く、プレイヤー不明艦が1隻増えてしまった事だ。 指示書に無い事態には自分で考え、判断するしかない。「1番航路設定。航跡を微量に残しながら、欺瞞情報を発信。2番追跡開始。両ポッドの移動経路を表示。誤差を30秒で設定していいですかお嬢」 二隻目にどう対応するべきかと考え過ぎ集中しすぎていたミツキは、本来はマンタの操舵手であるが、今はポッドの航路設定も行っているトビーからの指示確認に慌てて、宙域図に表示された航路設定に目を通す。 どれだけ精巧に作られていようとも、反応が人間じみていても彼らはサポートAI。ミツキが指示を出し、承認しなければ、あらかじめ決めた緊急行動時以外は、自己判断で動くことはしない。 あくまでも決断するのはミツキだけだ。「は、はい。これでお願いします。出来るだけミスが無く進めてください」 ただどうしても相手がリアルすぎて割り切れないミツキは、人に頼むように言葉を付け足してしまう。元々ファンブル以外ではミスなど無いAIだというのに。 「それとシャーロッタさん。敵艦Bの観測予想ができる装備情報の詳細を送ってください」 相手がサクラだけならば、乗艦は短距離、中距離突撃戦闘艦の戦闘特化タイプで、索敵能力はさほど高くない。今の低いスキルレベルでも、距離を取った遠距離戦闘にのみしぼれば、勝算は十分以上にある。 今必要なのはサクラよりも、プレイヤー不明艦の情報だ。「イエスマム! 子ポッドから映像及び主機エネルギーエネルギー情報を取得。検索開始……ヒット! データ回すぜ!」 姉御肌なシャーロッタのぎらついた鋭い牙をみせる獰猛な笑顔と共に、敵艦装備推測データがメインモニターに展開表示される。 プレイヤー不明艦は長距離通信アンテナを持った遠距離戦闘艦。艦底には荒い望遠カメラ映像でも一目でわかった、これ見よがしにつけられた対要塞超長距離転位狙撃砲、プレイヤー間の通称【物星竿】を装備。 ここまでは最初の観測情報と一致する。 それ以外に判ったのは、主機エネルギー量の推測から、デブリ除去兼ミサイル迎撃用の小型機関砲をいくつか装備しただけで、目立った武装は無い遠距離一撃先行攻撃特化タイプ。 対艦武装は1つだけとはいえ、それは星系1つを丸まる射程距離とする長物。マンタが停泊する現在位置も楽々と射程圏内に捉えている。 あの不明艦の装備構成は、マンタとの相性が最悪と、まだ拙いゲーム知識、判断力のミツキでも即時に断言できるほど悪い。 マンタが最大の能力を発揮するのは、艦を停泊させテールアンテナを展開した、今使用している調査モード。 本職の電子戦艦には大分劣るが、親子ポッドを展開すれば距離を問わない電子戦を行えるが、その代償として、移動能力は著しく制限され、防御能力も低下した無防備状態を余儀なくされる。 一方不明艦は、連射能力こそ無いが、要塞内部に精密に砲撃が可能な特殊装備持ち。 頑強な要塞を内部から破壊できるほどの威力を持つ砲弾を撃たれたら、いくら改造して船体HPと装甲値を上げていても元が調査船であるマンタでは、直撃せずとも至近距離着弾で十分致命傷だ。 同じ遠距離特化型だが、ミツキが色々と仕掛けは出来るが時間の掛かるクラックタイプ。一方で不明艦は、一撃特化な先行砲撃型。 こちらの位置と正体がばれたら、一気に不利になってしまう。 一度宙域図に目をむけると、サクラたち敵艦2隻は、感知されないように最低出力ながら物陰伝いに船を動かし、徐々に囮が隠れているエリアへと近づいている。 おびき寄せが上手くいっていることを確認したミツキは、再度手元のモニターに目線を戻す。 所有する武装データから物星竿のデータを呼び出し、その詳細情報を確認する。打ち出し可能な砲弾の種類。種別事の再装填時間。効果範囲。 一々諸々細かい設定が決められているPCOでは、武装の一つ一つにさえ来歴が決められていて、美貴曰く、物によっては見かけからは想像できない魔改造が施されている事もあるとのことなので、何か隠し球を持っている可能性も否定できない。 もっとも不明艦の装備している物星竿は、観測した感じでは補修あともなく、どうやら新造品のようなので、カタログスペック通りの性能を持っている可能性が高いようだ。 「命中率は艦装備とプレイヤー及びクルーのステータス値に完全依存……特殊スキル付与効果あり?」 長い詳細カタログを所々飛ばしつつも要点だけ目を通していたミツキは、強調された項目に気づき、画面をタップして特殊スキルと書かれた項目を展開する。 物星竿を装備することで、砲に付随する特殊スキル【祖霊転身】が種族関係なく選択可能と表記されてはいるが、そのさきは別枠情報となっていて確認までは出来ない。 ここから先は自分で所有するか、もしくは戦闘で対峙する。あるいは安くない情報料を支払って手に入れるか。概ねその3通りの手段に限られる。 他プレイヤーから聞いたり、攻略サイトを見て回れば情報は手に入るが、PCOではプレイヤーが知るだけではあまり意味がない。 あくまでもゲーム内で体験、もしくは知った知識で無ければ、初見装備相手には、無視出来ないペナルティーが生じる仕様となっているからだ。「地球人専用船だから種族特性の祖霊転身なら予想できるから対処は可能。だけど武器特性だったら……」 初期種族の地球人の祖霊転身なら最初から公開されているのでミツキも知っていて、データも取得済み。だが癖のある物星竿は不明。 傾向として初期種族特性なら、オーソドックスに強化される反面、特殊効果は少なく対処はしやすい。 逆に武器特性由来の祖霊転身なら、特殊効果持ちなど尖った傾向が多く、一手対応を間違えただけで致命的なミスになりかねない。 つがう側のプレイヤーも、場面を選ばない万能型の初期祖霊転身と、特定の状況下で最大の効力を発揮する特化型の装備祖霊転身で悩むはずだ。 サクラの使うメガビーストは、初期特性だが、艦由来でもある祖霊転身で近接特化型。 なら釣り合いを取るために、万能型の種族特性を選んでいるか? フルダイブのタイミングを間違えたかもしれない。フルダイブは全体的な強化が出来るが、同時にゲーム外とは緊急通信以外が禁止されており、もし繋いだ場合はフルダイブが解除される。 初見ペナルティは変わらなくても、物星竿の祖霊転身効果だけでも攻略サイト経由で知っておければ。 ミツキの判断に僅かだが迷いがよぎる。 物事を深く考え、行動するのはミツキの利点。しかしそれは同時に、状況次第では決断の遅さとなりかねない。「敵艦群。予定ポイントを通過。接触予測ポイントまであと20秒。祖霊転身の準備に移行しますか?」 罠の最大効果が発揮できるポイントで祖霊転身を使用する。それがこの罠の肝。相手を足止めし、ステータスを下げ、麻紀の到着までの時間を稼ぎ、到着と共に決着をつける。 渡された指示書の策は高プレイヤースキル持ちのサクラに対抗するための手段であり、単艦を想定していたが、予定外の乱入者によって狂わされた。 ここからはミツキのアドリブだのみ……ならば。「祖霊転身準備! 水分子機械(ウンディーネ)を発動! 艦指定クラックを仕掛けてステータス低下を狙います!」 まだ最大効果範囲までは到達していないが、艦長席を立ったミツキは切り札を切る。 仮想体の額に嵌まった澄み切った青色のアクアマリンが、青白い光を放ち、ブリッジをみたし、アクアライドの祖霊転身が発動した。「イエスマム! 信号受諾。ウンディーネ全機起動! 親子ポッド及びコピー子機との回線最大受信レベルで接続! 艦指定クラックを開始する!」 「モリさん。1番ポッド及び2番ポッドは敵艦のルート遮断のために、予備弾薬も含めて全てばらまいて周囲の廃艦を攻撃! デブリで高速移動を封じ」「緊急報告! 敵艦がフルダイブ! 同時に祖霊転身反応1つ!」 指示を出していたミツキの声を遮って、モニターが黒く染まり警報をかき鳴らすと同時に、索敵担当のシャーロッタが、子機ポッドの監視映像を拡大表示する。 そこではサクラの艦ビースト1が、大振りな意味のない見栄を張った動作と共に、何故か宇宙空間で降り注ぐ雪を身に纏いながら、急速に艦を変形させていた。「1番、2番攻撃不可! 敵艦のスキルにより特殊拘束されています」 ビースト1の変形中に発動する特殊スキル【お約束】によって、攻撃シーケンスが一時停止され、周囲にデブリを撒く妨害攻撃の手が止まる。 発動が遅かったか? これが罠だといつ気づかれた!? それともステータスをあげて、変形発動までのウェイトタイムを減らしていたのか? 先手を取られたと臍をかんでいる暇など無い。幸いにもお約束の効果は敵味方を問わない。不明艦も行動を停止していて、お約束範囲外のポッドも稼働可能だ。「効果範囲外のポッドはそのまま妨害工作を開始してください! ともかく敵艦の抜け出る隙間をデブリで塞ぎ、高速機動妨害とシールド減少を最優先させてください! 分子ポッドは敵艦への強制通信レーザー照射を準備してください!」 デブリの元となる廃艦はいくらでもある。サクラのビーストワンが無理矢理に突破しようとしてもそれだけでエネルギーと時間を使う。そこに勝機はある。 艦指定クラックは常に通信要レーザーを目標艦に当て続けなければならず、超高速で飛び回り仕掛けあう通常宙域では使用が難しい。そういう場合は、効率は落ちるが、一定範囲の空間を指定して仕掛ける範囲クラックが主になる。 だがこのデブリに囲まれた廃船置き場ならば、そしてミツキの本艦が離れた宙域にいるからこそ、相手を指定し追い続けなければならないが、艦指定クラックが最大威力を発揮する。 目標が1つから2つに、倍になったことで、クラックスピードも、照射できる強制通信レーザーも単艦辺りでは半減したが、それでも十分に数と本艦までの距離がある。「敵艦変形完了! 高エネルギー反応!」「構いません! 両艦への艦指定クラックを発動してください!」 バトルモードになったビーストワンの二つになった尾が目も眩むような放電と共に、白く輝く。 いきなり大技を決めるつもりのサクラを無視して、ミツキは攻撃への優先指示を出す。 お約束解除後、即座に攻撃が再開され、老朽化していた廃船の部品が散らばり。サクラたちの周囲に、即席の足止め陣を形成。 同時に廃船の隙間に隠れていた分子コピー機たちが、一斉に強制通信レーザーを撃ち、敵艦へと襲いかかった。『双撃超振狼(ダブルインパクト)!』 大きめのモニターが展開され、技名通りのインパクトのある力強い墨字の技名が表示される。 隣にいた相棒の不明艦を蹴ってミツキの強制通信レーザー範囲から逃れつつも、勢いをつけたサクラが、尾を足側に向けて全身のスラスターを噴射し縦軸のスピン体勢をとる。 その予測進路をみれば、障害物の少ない火の輪のような体勢で一気に突破を計ろうとしているようだ。 周囲には竜骨のしっかりしている大型艦が多い。なら、 「サブスラスターを一時的で良いいいので指定クラック! 進路妨害してください!」 強制通信のレーザーを集中照射し、スキルポイントを追加使用しながらも、ビーストワンのサブスラスターを緊急停止させるクラックを発動。 低レベルのクラックスキルで妨害できるのは1秒にも満たない。しかしその僅かな時間が、宇宙船にとっては狭い空間で効果を発揮する。 急なスラスター停止で体勢を崩したビーストワンが大きく横に逸れて、すぐ近くの大型船の船殻へと突っ込む。 必殺攻撃を受けた大型艦が船殻に大きな穴を開け、まだ内部に残っていた推進剤かなにかが、内部で爆発したのか、いくつかのハッチが水蒸気と共に吹き飛び残骸をまき散らす。 その残骸を掻き分けて、ビーストワンは何事も無かったかのように立ち上がった。 並の船なら爆発の中心部に飛び込めば、それだけで結構なダメージがあるはずだが、ぱっと見ではダメージは見てとれない辺りは、さすが戦闘艦といったところか。 「足止めした敵艦Aに追撃。機能低下を狙ってください。B艦には索敵機能妨害」 運良く嵌まった攻撃をいつまでみていても、状況が良くなるわけでは無い。ミツキがすぐに次の指示を出す。 立ち上がったビーストワンは足元から、破砕した船殻の一部を手に取り構え、追撃として放たれた強制通信レーダーを遮断する。 一方サクラに蹴られ体勢を崩していた不明艦は、防御用の小火器から、レーザー攪乱幕弾を即座に放出し、艦周囲に防御幕を形成して、レーザー濃度を下げクラック効果を低下させ対応してくる。 両艦とも判断が早い。だけどもう戦いは始まって、いや始めてしまった。「敵艦の死角からクラックを継続! 相手の移動をとにかく阻害してください」 ここから先は殴り合いの世界。手を休めた方がやられる。 如何に狩るか、狩られるか。 猟師と狼たちの戦いが今始まった。