== 魔法少女リリカルなのは A's ~ちょっとだけ、やさぐれフェイトさん~ ==
八神家に妙な居候が増えて三日……。
寝食をともにして、はやての体の倦怠感というか違和感というものは止まっている。
そして、それが証明されるように、昨日の病院の定期健診は成果があった。
石田医師の嬉しそうに喜んでくれた顔が忘れられない。
しかし、逆に言えば、この妙な居候を手放せないことが証明されたことにもなる。
そして、その妙な居候は、はやてが隣で勉強しているにも拘らず、漫画を読んでいる。
「勇次郎……。
まさか、暫く見ない間に尖がり過ぎて雷が落ちるとは……。
刃牙の表現は最高だ……。
あたしも、こういう生き方をしたいと思わせられる……。
そう、魔法少女とはこうあるべきだ……。」
やさぐれフェイトは、範馬刃牙を読みながらニヤニヤと笑っている。
はやては、やさぐれフェイトが二日ほど前から読み耽っている漫画が魔法少女に関するものとは思えなかった。
第6話 やさぐれとの生活①
場所は、テーブルとソファの並んだリビング……。
一方の守護騎士達は、主の少女のリンカーコアを成長させる方法を話し合っていた。
シャマルが顎に手を当てて話し出す。
「私、ヴィータちゃんの言っていた
『何か大事なことを忘れてる気がする』
というのが気に掛かっているんです。」
「実を言うと私もだ。」
「シグナムも?」
ザフィーラも無言で頷くと、全員が納得したことになる。
「もしかしたら、それが重要な鍵になるかもしれないな。」
「でもさ、シグナム。
何を忘れてんだろう?
私らの中には、主であるはやてに忠誠を誓うことと、
はやてが闇の書の真の主として覚醒することで病気が治るってことだけだろ?」
「ああ……。
もしくは……。」
「…………。」
全員が押し黙る。
蒐集して願いを叶えさせる方法が直ぐに頭を過ぎった。
「あのさ……。
よく思え出せねーんだけど……。
今まで何回も転生を繰り返して来たはずなのに、
戦い続けて来た記憶ばかり鮮明に残っていて……。
主が願いを叶えた記憶がないんだ……。
・
・
闇の書って、願いを叶えてくれるんだったよな?」
「……そのはずですよ。
だけど……。」
「我等は、戦場を駆け抜けた記憶しかない。」
ヴィータ、シャマル、ザフィーラの言葉にシグナムも考え込む。
そもそも闇の書は、何をするロストロギアで、自分達は、何のために主を守るのか?
シグナムは、両手で頭を押さえて俯く。
(何かが変だ……。
守護騎士である我等を呼んで覚醒が進み、
主はやての病の麻痺が進んだ……。
・
・
麻痺の進行は、抑圧された魔力が未熟なリンカーコアを蝕んだからだ。
それなのに真の覚醒を果たして大丈夫なのか?
更にリンカーコアを抑圧するのではないか?)
「……どうして、我等は、主の覚醒を優先するのだ?」
「「「シグナム?」」」
「ヴィータの言った通りだ……。
願いを叶えた記憶がないのに、
何故、主の覚醒を果たせば病が治ると思っているのだ?」
「…………。」
分からない……。
しかし、頭の片隅に優先すべきという確信がある。
ザフィーラが口を開く。
「確かに我等には、主の覚醒に対する手助けをしなければいけないという思いがある。
欲求、衝動、そういうものがある……。
しかし、それは本来、主が望むもの命令するものであり、
我等、守護騎士の役目とは少し違う……。」
「…………。」
「この思い……。
少し脇に置いておきませんか?」
他の守護騎士達がシャマルを見る。
「はやてちゃんのことを考えましょう。
はやてちゃんの体のこと。
はやてちゃんの未来のこと。
・
・
幸い、あの子のお陰で病気が改善に向かってる。
時間が出来た。
だから、リンカーコアを成長させる方法を考えませんか?」
「ああ、それがいい。」
「私も賛成だ。」
「うむ。」
守護騎士の考えが一つの方に向く。
ヴィータが腕を組む。
「もしかしたら、アイツが居ればこのまま治るんじゃないか?」
「それも考えられるが、主人格が目覚めるまでという話だ。」
「だったら、主人格が目覚めそうになったら、
アイゼンで、ぶっ叩けばいいんじゃないか?」
「お前、また頭を割る気か?
加減を間違えれば死にかねんぞ?」
「それは……ダメだな。」
「そうですよ。
はやてちゃんの人生も考えないといけないんですから。」
「じゃあ、はやてとアイツの距離を少しずつ離していくんだ。
闇の書からの魔力の抑圧をコントロールして、
はやてのリンカーコアを鍛えるんだ。」
「それはいいかもしれんな。」
「だろ?」
「でも、今は、はやてちゃんの麻痺を完全に治癒したいですから、
はやてちゃんと闇の書の魔力の行き渡しを止めて置きたいですね。」
ザフィーラが、テーブルの上の闇の書を叩く。
「これも、アイツに持っていて貰う方が良いのではないか?
闇の書から『我等に魔力を提供しろ』という主に向かう命令も、
主に向かわなくなるのではないか?」
「なるほど……。」
「上手くいけば、はやてちゃんに魔力の影響が一切なくなりますね。」
「よし! じゃあ、実行に移そう!」
ヴィータが闇の書を手に取った。
…
はやての部屋をヴィータが訪れる。
ヴィータは、はやてとやさぐれフェイトに近寄ると、闇の書をやさぐれフェイトに突き出した。
「お前、これも持ってろ!」
「何で……?」
「いいから、持ってろよ!
はやてのためだ!」
「ヴィータ?」
はやての視線に、ヴィータは戸惑う。
現在、言い訳を持ち合わせていない。
「と、兎に角!
ちゃんと持ってろよな!」
ヴィータは逃げるように、はやての部屋を出て行った。
やさぐれフェイトが押し付けられた闇の書を手に取る。
「何、これ……?」
「闇の書。
それ、私が持ってたんよ。」
「じゃあ、ヴィータのじゃないの……?」
「そやね。」
はやては、クスリと笑う。
「どうする……?
返そうか……?」
「持ってて。
よう分からんけど、あの子がすることに意味ないことはないと思うから。」
「ふ~ん……。
信用してんだ……。」
「家族やからね。」
「家族か……。」
やさぐれフェイトは、闇の書を椅子の後ろに置く。
「さすがに持ち続けるのはキツイ……。」
「大きいからなぁ。
・
・
もう少しで、今日の分が終わるから、
終わったら買い物行こか?」
「家で刃牙見てる……。」
「ダ~メ。
私が行くとこに、やさぐれちゃんは強制参加や。」
「え~……。」
「ずっと、見てたやないの。」
「二度読み、三度読みするごとに味が濃くなる……。
最近、烈海王に支点を置いて読み返してる……。」
「それ、面白いん?」
「世界観が変わる……。
意味もなく壁とかにパンチ入れたくなるし、
車に撥ねられる瞬間に集中力が高まって、
死なないんじゃないかと思えて来る……。」
「……どんな漫画なん?」
「魔法少女を目指す全ての女の子に推奨出来る……。
文部科学省認定も付けちゃう……。」
「絶対付かんわ。
表紙の絵の人の体付きからして思えへん。」
「表紙で判断してはいけない……。
貸してあげるから、読んでみて……。」
「正直、あんま興味をそそられないんやけど……。」
「分からないよ……?
ただの読まず嫌いかもしれない……。
試しに読んでみるといい……。」
「じゃあ、後で貸してな。」
「うむ……。
そして、これからザフィーラに背中に鬼を出して貰う予定……。」
「鬼?」
「ザフィーラなら、きっと出来る……。
だって、守護騎士だから……。」
「そうなん?」
「楽しみにしているといい……。
主の期待には、きっと応えてくれる……。」
(無理難題な気がする……。)
リビングに戻った後、盛大なグーの炸裂音が響いた。
そして、やさぐれフェイトの手の中で、闇の書がエラーコードを吐き続けているなど、この時、誰も予想していなかった。