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No.26404の一覧
[0] 【けいおん!】放課後の仲間たち[流雨](2012/06/28 20:31)
[1] プロローグ[流雨](2011/06/27 17:44)
[2] 第一話[流雨](2012/12/25 01:14)
[3] 第二話[流雨](2012/12/25 01:24)
[4] 第三話[流雨](2011/03/09 03:14)
[5] 第四話[流雨](2011/03/10 02:08)
[6] 幕間1[流雨](2012/06/28 20:30)
[7] 第五話[流雨](2011/03/26 21:25)
[8] 第六話[流雨](2013/01/01 01:42)
[9] 第七話[流雨](2011/03/18 17:24)
[10] 幕間2[流雨](2011/03/18 17:29)
[11] 幕間3[流雨](2011/03/19 03:04)
[12] 幕間4[流雨](2011/03/20 04:09)
[13] 第八話[流雨](2011/03/26 21:07)
[14] 第九話[流雨](2011/03/28 18:01)
[15] 第十話[流雨](2011/04/05 15:24)
[16] 第十一話[流雨](2011/04/07 03:12)
[17] 第十二話[流雨](2011/04/21 21:16)
[18] 第十三話[流雨](2011/05/03 00:48)
[19] 第十四話[流雨](2011/05/13 00:17)
[20] 番外編 『山田七海の生徒会生活』[流雨](2011/05/14 01:56)
[21] 第十五話[流雨](2011/05/15 04:36)
[22] 第十六話[流雨](2011/05/30 01:41)
[23] 番外編2『マークと夏音』[流雨](2011/05/20 01:37)
[24] 第十七話[流雨](2011/05/22 21:00)
[25] 番外編ともいえない掌編[流雨](2011/05/25 23:07)
[26] 第十八話(前)[流雨](2011/06/27 17:52)
[27] 第十八話(後)[流雨](2011/06/27 18:05)
[28] 第十九話[流雨](2011/06/30 20:36)
[29] 第二十話[流雨](2011/08/22 14:54)
[30] 第二十一話[流雨](2011/08/29 21:03)
[31] 第二十二話[流雨](2011/09/11 19:11)
[32] 第二十三話[流雨](2011/10/28 02:20)
[33] 第二十四話[流雨](2011/10/30 04:14)
[34] 第二十五話[流雨](2011/11/10 02:20)
[35] 「男と女」[流雨](2011/12/07 00:27)
[37] これより二年目~第一話「私たち二年生!!」[流雨](2011/12/08 03:56)
[38] 第二話「ドンマイ!」[流雨](2011/12/08 23:48)
[39] 第三話『新歓ライブ!』[流雨](2011/12/09 20:51)
[40] 第四話『新入部員!』[流雨](2011/12/15 18:03)
[41] 第五話『可愛い後輩』[流雨](2012/03/16 16:55)
[42] 第六話『振り出し!』[流雨](2012/02/01 01:21)
[43] 第七話『勘違い』[流雨](2012/02/01 15:32)
[44] 第八話『カノン・ロボット』[流雨](2012/02/25 15:31)
[45] 第九話『パープル・セッション』[流雨](2012/02/29 12:36)
[46] 第十話『澪の秘密』[流雨](2012/03/02 22:34)
[47] 第十一話『ライブ at グループホーム』[流雨](2012/03/11 23:02)
[48] 第十二話『恋に落ちた少年』[流雨](2012/03/12 23:21)
[49] 第十三話『恋に落ちた少年・Ⅱ』[流雨](2012/03/15 20:49)
[50] 第十四話『ライブハウス』[流雨](2012/05/09 00:36)
[51] 第十五話『新たな舞台』[流雨](2012/06/16 00:34)
[52] 第十六話『練習風景』[流雨](2012/06/23 13:01)
[53] 第十七話『五人の軽音部』[流雨](2012/07/08 18:31)
[54] 第十八話『ズバッと』[流雨](2012/08/05 17:24)
[55] 第十九話『ユーガッタメール』[流雨](2012/08/13 23:47)
[56] 第二十話『Cry For......(前)』[流雨](2012/08/26 23:44)
[57] 第二十一話『Cry For...(中)』[流雨](2012/12/03 00:10)
[58] 第二十二話『Cry For...後』[流雨](2012/12/24 17:39)
[59] 第二十三話『進むことが大事』[流雨](2013/01/01 02:21)
[60] 第二十四話『迂闊にフラグを立ててはならぬ』[流雨](2013/01/06 00:09)
[61] 第二十五『イメチェンぱーとつー』[流雨](2013/03/03 23:29)
[62] 第二十六話『また合宿(前編)』[流雨](2013/04/16 23:15)
[63] 第二十七話『また合宿(後編)』[流雨](2014/08/05 01:53)
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[26404] 第七話
Name: 流雨◆ca9e88a9 ID:a2455e11 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/03/18 17:24

「カノン、僕は日本の萌えとやらを見くびっていたようだ……」
「やっと理解したか。これから見識を広めるといいよ」
 


 夏音は日本の梅雨が大嫌いである。故に、自然と六月が嫌いという事になる。連日降り続く雨、雨、雨。息を吸うだけで水分補給できるのではないかというくらい湿気にまみれた外の外気、気が付けば肌がじっとりと濡れていることなど当たり前。お気に入りの服を着ても、じっとりと汗が滲んで気分が台無し。
 肌寒い季節などとうに過ぎ、むしろ春の陽気すら懐かしく感じる程の熱気が幅をきかせている。善い人ほど早くいなくなる、というが心地良い季節も一瞬で通過してしまうのは悲しい。やっと自分達の元へ来てくれたんだね、と思ったらF1で言うとピットインしただけ。アーバヨ、と手をすり抜けていった。

 ジョンとの再会以降、夏音の生活も徐々に変化を見せ始めた。普通の学校生活を送りながら、ジョンが持ってくる仕事をこなす日々は久しく感じていなかった修羅場の空気を思い出させてくれた。アメリカでばりばり仕事をこなしていた時は、まさに東奔西走。ばたばたと音楽に明け暮れていた。それでも、夏音はそんな生活を気に入っていたし、音楽の中に身を委ねる以外に他は必要なかった。
 いかんせん不登校が続いたせいか、急激にめまぐるしくなった生活につい遅れを取るのは仕方がなかった。ジョンもその辺をしっかり把握しているので、夏音にまわしてくる仕事量を絶妙にコントロールしてくれている。今まで苦労させていた分、早く慣れねばと意気込む夏音であった。
 初めにまわってきたのは、某手数王と呼ばれる日本人ドラマーのアルバムへの参加。夏音は二曲だけ参加する事になっており、事前に渡された譜面を移動中に読んでスタジオへ向かう。こちらにはローディーがいないので、機材を運ぶのはジョンが手配した信頼できる人材が手伝ってくれた。何あれ、スタジオに着くと過去に共演したミュージシャンが数人いた。
 何を隠そう、夏音の父である譲二にドラムを教えて事がある、という人物こそが中心人物であったのだから。
「お久しー。あンさァ送った譜面なんだけどー」
 というような言葉から始まり、「アレンジなんだけどー」と言って九割以上の変更を申しつけてきた。まさか急にベース枠にすっぽり入る事になったのが夏音だとは思っていなかったらしくて、よもや今ある譜面を破り捨ててもよいのでは、と思ったくらい別の曲になってしまった。父に劣らず、クレイジーなドラマーだとは聞き及んでいた夏音だが、身をもって知ることになった。
 とはいえ、久々にプロのミュージシャン達とアンサンブルを考えていく作業は懐かしい風を夏音に吹き込むことになった。
 そんな感じで昼は学校、真夜中にはレコーディングに参加、時には母親つながりのジャズヴォーカリストの公演のトラとして呼ばれたりする日々を送っていた。
 楽しい、が忙しい。睡眠が足りなくて苛々とする事もしばしばあった。しかし、軽音部の皆の前ではおくびにも出さないように気をつけていた夏音だが、ついに抑えきれない衝動に大声を張り上げてしまった。



「外で洗濯物干せんやん!!!」


 沈黙が部室を覆った。軽音部の女子一同は目を丸くしてぽかんとたった今怒鳴り上げた人物に視線を注いだ。怒鳴った際、バンッと机を叩いたせいで少し紅茶がこぼれている。
「い、意外に家庭的な悩みだな」
 かろうじて律が言い返す言葉を絞り出した。

 軽音部の部室。いつものごとく夏音たちがお茶をしていると、誰かが湿気に対する文句を言い始めた。すると誰かが口火を切るのを待っていたかのように、全員が次々に不平を漏らす梅雨悪口大会に突入した。
 くせ毛がまとまらない。外で遊べない。楽器を持ってくるのが大変。つい傘をなくす。夏音は、次から次へと出てくるものは低次元の悩みだと思い切り鼻で嘲笑った。
「へぇー。そんなに言うならお前の悩みはさぞかしすごいんだろうなー?」
 と律がふっかけた事によって夏音が爆発するハメとなった。


「そんな専業主婦みたいな悩みを抱える高校生ってのもなんだかなー」
 外の天気とは対照的にからっと笑いながら律は気楽な意見を口走ったが、瞬時に夏音に目線で射殺されそうになった。
「そいつぁ、お前さん……自分で毎日洗濯をする身分になってから言ってみやがれってんだ」
「わ、分からなくはないけどさぁ……」
 自分もたまに家事を担う者として共感はできるものの、律は夏音のあまりの過剰な反応に怯えて少し後ろに退いた。
 夏音はこの一週間ほど、この雨と湿気に悩まされた。普段は乾燥機を使って梅雨を乗り切れるはずだったのだが、そんな乾燥機は一昨日壊れた。修理した結果、数日かかるそうだ。そもそも、夏音は干せるのであれば外で干したい派である。日光にあたって干された洗濯物の手触り、においは室内だと再現できない。これは夏音の密かな、しかし強いこだわりであった。
「え、もしかして夏音くん一人暮らしなの!?」
 唯がわっと驚いた顔で夏音に訊ねた。
「そうだよ。言ってなかったっけ?」
 そうだっけな、と夏音が記憶を探っているうちに、律が大変なことを聞いたと騒ぎ出す。
「えー! 夏音一人暮らしなのか! そいつは知らなかったなー! それは是非とも遊びにいかないと!」
「Not talking!!」
 すかさず夏音からは拒否反応が返った。
「えー、夏音くんのお家行ってみたいなー」
 唯が口を尖らせて抗議をするが、夏音は露骨に嫌そうな表情で断固首を縦に振らなかった。
「なんだよ、家に来られて困ることでもあんのかー」
 律がしつこく食い下がり、それを見かねた澪は夏音をフォローする。
「まあ夏音がいやだって言っているんだからあまりしつこくするなよ」
 自分は既に何回もお邪魔してます、とは口が裂けても言えない澪としては何となく都合が悪い。しかし、その発言は二人を引き下がらせるどころか律の耳に大きくひっかかってしまった。
「おい、澪。やけにすんなり夏音の肩をもったわねー」
 その瞬間、律のその瞳に好奇の光が宿ったのを見て、澪はぎくりと体を硬直させた。そして、その実直すぎる反応が律の格好の餌となる――そんな未来が克明になろうとした瞬間、ムギが口を開いた。
「どうして夏音くんは一人暮らしなの?」
「あぁ、うん。別にたいした理由じゃないよ」
 もっともな疑問を忘れるところだったと唯が夏音に説明を求めた。そこで律も澪に対する意識がそれて「そういえば何でだ?」と首をかしげた。
「両親が頻繁に仕事で家を空けるんだよ。今回はかなり長くなりそうというか、よっぽどでないと戻ってこないかもね」
 だから実質、一人暮らしなんだと淡々と語った夏音であった。はい、これでおしまいと会話を終焉に導こうとしたが、甘かった。
「そ、それは夏音くんが死んじゃう!」
「……はい?」
 唯がそれは一大事だとふるふると肩を震わす。言っている意味が全くもって理解できなかった夏音は思わず素っ頓狂な声で返してしまった。不思議な生物を見るような目で唯を見詰めると、彼女は真剣に語り始めた。
「夏音くん。人はね……人は独りぼっちでいると死んでしまう生き物なんだよ!」
「それは兎ちゃんでは?」
 ムギから冷静なツッコミが入るが、どこか変なスイッチが入ってしまった唯はどこ吹く風である。
「そうだ唯! 唯がいいこと言った!」
 そして唯の発言に乗った律が高らかに訴えた。それからトーンを落として夏音に悲痛をこらえたような表情で向き合う。
「ごめんな夏音……私たち、同じ部活の仲間なのにお前がずっと寂しい思いをしていたことなんて気がつかないで……」
 完全に悪ノリ状態の律は役者のように瞳を震わせた。
「今まで何を見てきたんだろうな私たちは……」
 夏音はそれに対して、完全にしらけた表情で沈黙を守る。
「でも、大丈夫! 今夜は私たちがずっと一緒にいてあげるから!」
「お前の魂胆はお見通しだけど、挙句の果てに泊まるつもりなのか!」
 流石に黙っていられなかった夏音はこれ以上エスカレートしてしまう前に釘を打とうと思った。
 遅かった。
「ということで放課後は夏音の家で遊びまーつ!!」
「おーー!! お菓子いっぱい持ってこー!」
 結局、そこに落としたかった律の明言に、素で同調している唯が叫んだ。
「これが穏やかな心で激しい怒りに目覚めるという感覚なのか……」
新感覚を覚えた夏音であった。
 やっていられない、と律たちを相手にしないことに決めた夏音であったが、ニコニコとこちらを向いているムギに気付いて表情がぴしりと固まった。
「夏音くんのお家、楽しみです」
 まさかのユダがいた。そして、より複雑な表情をしている澪がいた。


 元来、男は女の押しに弱いとはいうが、それがまさか自分にも当てはまるとは思いもしなかった。その事を身をもって痛感した夏音は流れに身を任せる、否、流されている真っ最中であった。鉄砲水に巻き込まれる勢いで流されている。
 決まってしまったモノは仕方がない。どうにもならない事への諦めの良さは自分の持つ美徳の一つと思って夏音は沸き起こる不満を飲み下した。よくよく考えてみれば、自宅に友達を呼ぶのは悪い事ではないし、むしろ良い事かもしれない。別に家の中にやましい事を抱えている訳ではない。
 いや、それは嘘だ。やましい所ばかりであった。
 いつの間にか軽音部の面々をあますところなく引き連れて自宅へと向かう道の途中、夏音はふいに頭に浮かんだ未来にはっとした。
(このまま、何の用意もなく女の子を家に入れるだなんて……)
 すぐに問題点を洗いざらい頭の中に浮かべた。まず家の中は部屋干し中の洗濯物ばかり。部屋干しに臭いはつきものだ。いや、待てよと思い直す。洗濯剤はアレを使っている。エ○エールで良かった。夏音は基本的に綺麗好きに部類される人間であるので、他所様に見せて恥ずかしいと思われるほど汚くすることはない。それでもここ二日間の洗濯物をまだ取り込んでいない。恥ずかしい。家に入ったら即行で片付けねばならない。
 一番見られたらまずいと思われるスタジオへと続く扉はしっかり封印すれば完璧ではないか。万が一のために鎖などを使おうと心に決めた。
 あと、何があるだろう。家の中の臭いは平気だろうか。洗濯モノを別として、自分で生活していて気付かない立花家オンリースメルが充満していたら事である。玄関入った瞬間にUターンされ、影で「あいつん家、玄関入った瞬間トイレの臭いしたけど」とか言われたら目も当てられない。
 そういえば滅多に使わないが、ド○キで買ったアメファブがあったと思い出す。 家中にぶっかけよう。
 夏音は家に帰ってから自分がすべき事をシミュレートし、あらゆる問題点を脳内で解決しながら、自宅へと続く最後の坂道へと曲がり角を折れた。

「しがない我が家ですが」
 夏音の家に着き、澪ともちろん本人をのぞいて一同はその高級住宅街に並んでいても遜色ない建物を見て呆然とした。
「ちっ、やっぱボンボンか」
 部室に運んできた機材とか、思い当たる節はいくでもあった。律が舌を打ち鳴らしてぼそりと呟いたが、幸い夏音の耳へは届かなかった。ムギは家の広さに、というより庭の花壇で美しい均整を保って咲き誇る花に嘆息していた。
「まあ綺麗……夏音くんが世話してるの?」
「世話は俺がしてるよ。枯らすと母さんに泣かれるからね」
「おおきーい」と口をあけっぱなしで騒ぐ唯を横目に見ながら「実質、趣味になりかけてるけど」と心で呟いた。
 それから夏音は家の玄関扉の前で振り返った。
「しばしお待ちを……この扉を開けてはなりませぬ」
 眉をきゅっと引き締め、それだけ言い残すとさっとドアに身を滑り込ませた。玄関先に取り残された軽音部の女子たちは顔を見合わせてきょとんとして「鶴の恩返し?」と思ったが、大人しく何もせずに待つことにした。待っている間中、ずっと家の中からドッタンバッタンと恐ろしい音が鳴り響いていた。
 数分してから夏音が笑顔で扉を開けて言った。
「どうぞー。散らかっているけど、あがって?」
 そういう夏音は、この数分でどれだけ動いたんだと思う程、服が乱れていた。一同は、第六感に従って、見ないふりをして玄関にあがった。
 夏音は前回、唯の家を訪問した際にスリッパを出すという日本の習慣に感銘を受けており、早速それを取り入れていたりした。玄関には、すでに人数分のスリッパが綺麗に並べられており、夏音は誇らしげに彼女達がスリッパを履くのを見守った。
「んー。なんか良い匂いがするね」
 そう唯が一言、それにムギが確かに、とうなずいた。
「これは……お花、かしら」
 そんな話を広げる二人に、律が鼻をくんくんとさせて言った。
「これ、ファ○リーズじゃないか? それにしては匂い、きつすぎないか?」
「う、うちは母さんが家中で香水ふりまくから……」
 律の一言にぎくりとした夏音だったが、余裕を見せるつもりで笑いながら言った。アメファブの威力を甘く見ていた。
「まぁ、私もよく使うけどなー」
 何も気にしない様子で律は言ったが、若干頬をぷるぷると震わせていた。この数分間の夏音の動きが手に取るようにわかってしまうのだ。
 夏音はひとまず彼女達をリビングに案内した。開放感あふれるリビングの広さに唯と律は「おー」と驚嘆の声を漏らし、それとは対照的にすでに何度も夏音の家に上がっている澪は家の内装には知らん顔を通していた。少しだけ自分は何回も来たけどな、と先輩風を吹かしたい気持ちもあった。
 夏音が勧める間もなく、どかっとソファに腰を下ろした唯と律はこれまたソファのふかふか加減にはしゃぎだす。その様子を苦笑しながら眺めていた夏音はお茶の用意に台所へ消えた。
 そんな中、ムギはきょろきょろと部屋を見渡してから、ふと収納棚の上に飾ってある写真立てに目を止めた。ムギはささっと立ち上がると写真立てに近づいて興味津津な様子で眺める。
「やっぱり夏音くんのお母様、すごい美人……」
 ムギがそう漏らすのを聞くと、澪はそういえば自分はリビングに飾ってある写真に触れたことがなかったなと思い、ムギの肩越しからそれらを覗いた。
「あ、本当だ。夏音そっくり……ていうか瓜二つ?」
 気がつけば唯と律もやって来て、飾ってある写真を次々に眺めていった。
「うおー。この人夏音の父ちゃん、かな?」
「チョイ悪っ! て感じだね!」
「でも、何か最近のしかないみたいだな」
 確かに、と全員が唸った。リビング中に写真があるが、どれも最近撮られたような物ばかりである。普通、幼少期からの写真とかも飾っているものではと頭をひねった。彼女たちが盛り上がっている中、紅茶とケーキを運んできた夏音が声をかける。
「写真がそんなに物珍しいのか?」
 ソファの間のテーブルにティーセットを用意すると、彼女たちはそろそろと集まった。
「夏音は良好に育ったんだなー」
「良好ってどういうことだよ?」
「生まれ持ったものを損なわないでよかったな!」
「……馬鹿にされているのか」
 律がにやにやそう言うもので、夏音はむっとしてよいものか分からずに軽く眉をひそめた。
「でも、夏音くんはお母様にそっくりなのね。よく言われないの?」
「うん、母さんとはたまに姉妹みたいだってね……喜んでいいやら」
「贅沢な悩みだなー、おい。敵はあまり作るなよー」
 夏音も自分の顔が男らしいものだとは思っていないが、それでいて個人的に得をしたことはなかった。むしろ大損ばかり。美人だ、私より綺麗、女の子みたいー、じゅるり……という言葉は聞き飽きるくらい言われた。格好良い、と言われると嬉しいのだが、皆もっと男らしい特徴を褒めてくれてもよいのではないだろうかと思う。
「ねえ、夏音の両親は何やっている人たちなの?」
 唯が好奇の目で訊ねた。
「う、おっおー……芸術家、かな?」
「芸術家!? なんかすごーい! 格好いいね!」
 夏音は目を輝かせて反応した唯に罪悪感を覚えた。つい口を出てしまったが、芸術家といってもすべて間違いというわけではないような気がするので、問題無いと言えば無い。案の定、人を疑わない軽音部の面々が夏音の言葉を信じ込む姿を見て、肩の力が抜けた。
 ふと、このままいくと家族のことやらを根掘り葉掘り話さないといけなくなる気がして、夏音は話題をそらした。
「そ、そうだ。とりあえず家に来たのはいいが……何をすればいいんだろう?」
「何をって……遊べばいいだろう?」
「その、遊ぶってどうすれば?」
「普通に遊べばいいだろ」
「普通の遊び方が分からないんだ。今まで学校の友達、っていなくてさ」
「…………」
 沈黙が下りた。夏音は似たような空気を以前も味わった記憶がある。気の毒なものを見るような目で夏音を見る視線が痛かった。
「あ、あの……夏音くんのお部屋とか見てみたいなー」
 おずおずと唯がそう提案すると、一斉に賛成の声があがった。
「…………………………」


 結局、部屋に彼女たちを案内した夏音であったが、部屋に入れた途端にさらに絶句した空気を放つ彼女達に首をかしげた。
「どうしたの?」
 広さは一人部屋にしてはかなり余裕のある十畳分くらいかそれ以上。ベッドがあり、机があり、クローゼットがある。しかし、普通の男の子の部屋というには無理があった。その部屋の半分ほどのスペースを占めるのは楽器、機材であったのだから。
 何種類もの楽器、機材。ベースやギターが何本も立てかけられ、中には壁にかけられているのもある。
 キーボード、電子ドラムにミキサー、マイク、スタンド、スピーカー、それらとつながっているケーブルが七、八本。ごっちゃごちゃとケーブルが絡み合っていて、近寄りがたい空気を放っている。
「こればっかりは片付けられなかったしなぁ」
 ぼそりと呟いたが、呆気にとられている彼女達の前ではそんな言い訳は通用しない。だから、夏音はあえて無視した。
「き、汚くてごめんね!」
 勇気を出して後ろを振り返って、表情を見ないようにして声をかけた。
「夏音くん……何者!!?」
 唯が切実にそう叫ぶのも無理はなかった。金持ちの息子だ、と胸を張ると納得された。

「ていうか、そのことにも突っ込みはあるけど! なんなんだこの部屋の! ソレとか! コレとか! アレとか!」
 わななく律がびしびし指さした場所には、天井付近までの高さの巨大な本棚にびしっと詰め込まれている漫画、ライトノベル、画集やアニメのDVDがあった。他にも、ベッドの天井に貼られている美少女アニメに登場するキャラクタのポスター。
 片や、プロ顔負けの機材設備を誇り、片や二次元に侵略されている領域。玉石混合の部屋に一同は騒然とした。
「それが何かおかしいの?」
 心の底から何を指摘されているのかわかりませんという顔の夏音に、律は思わず口をつぐんだ。あまりに純粋そうに首をかしげられた。
「夏音がオタクだとは思わなかったっていうか……意外すぎっていうか」
 気まずげに視線を合わせない律に、夏音は「あぁ!」と頷く。
「オタク……クールだよね」
「どこがっ!?」
「日本の文化は本当に尊敬できるよね!」
「うわーっ! なんかコイツ本当に外人って感じなんだけど!」
 ぎゃーぎゃーと律と夏音との攻防が続いた。「クールジャパン!」「ファンタスティックカルチャー」などの単語が飛び交う中、唯はさして気にしていない様子でギタースタンドに立てかけてあったギターに目を奪われていた。
 一方でムギはこの部屋のすべてに対して純粋に感心した様子。彼女にとっては真新しく見えて面白いのだろう。
 澪は……どん引きしていた。実は彼女が夏音の私室に入るのは初めてであった。いつもはリビングか、スタジオにしか用がなくて私室に上がる理由もなかったのだ。
 隠された夏音の趣味は、彼女にとって衝撃的であった。
(オ、オタク……オタクってアニメとか見て萌えーゲフフとか言っちゃうんだろ!?)
 深夜、何故か暗い室内でアニメを鑑賞する夏音。その顔は情けなく緩みきって「ゲヘヘ……○○たん萌えー」と言ってしまう夏音。
(い、いやいやいやいや! ないだろ! それは、流石にない!)
 現実から目を背けようとしても、至る所に現実が貼ってある。そもそも、ポスターの取り揃え方が半端ない。飾ろうと思えば幾らでもスペースがあるのに、何という無駄なスペースであろう。
 唯一、澪が目線を置ける場所は楽器コーナーしかなかった。そちらに目をやると、既に唯がちょこまかとうろついている。なんだかんだと、彼女ももう楽器を見たら興味がそそられてしまう人種になったのだ、と澪は頬をゆるめた。
「ねぇ、このギターはなんていうの?」
 唯が律と言い争っていた夏音に訊ねた。
「ジャズマスター」
「これはー?」
「ジュニア。Wカッタウェイモデル」
「この太っちょのとこれは?」
「リッケンバッカーとストラトだよ」
 次々とギターを持ち出して質問する唯。律やムギなども置いてあるドラムやキーボードに釘付けになった。律などは、「コレ、ドラムにパッドて……」とげんなりしていた。
「ここで演奏できるんじゃないか?」
 律が冗談交じりにそう言う。
「やる?」
「謹んで遠慮します!」
 もちろん軽音部の一同が夏音の部屋で楽器を演奏することはなかった。その日は大画面でテレビゲームをやったり、莫大な量のCDやレコードの試聴会。お菓子を食べながら、わいわいと談笑をしていた。
 どこにいても軽音部のすることは変わらない。夏音はこんな風に友達と過ごすのは初めてで、何とも新鮮な気持ちだった。同い年の友達よりか、遙かに年上の人間に囲まれ、音楽に携わっていた。学校内に友達はいたが、誰かを家に招いたことも招かれたこともない。
 ふと自分の家でくつろぐ彼女達の姿をじっと眺める。心からリラックスしていて、彼女達は今までもこうして誰かの家で遊んできたのだろう。それは夏音の知らない経験。自分に与えられなかった時間だ。
 こうして遊んでいると、時間が経つのが早く感じられる。そろそろ夕飯の時間だろうということで澪がそろそろお暇しようと言い出した。斜陽が窓から射し込んできて、もうすぐ日暮れだという事を教えてくれる。一同は少し残念そうな声を出したが、すんなりと澪に賛同した。簡単に片付けをしてから、玄関先までおりたところで律が何の気なしに夏音に尋ねた。
「そういやぁ、夏音は自炊もするのか?」
「もちろん。ご飯を作らなきゃ生きていけないもの」
「ほほう……」
「律……またよからぬことを考えているんじゃないだろーな」
 親友の企みをいち早く察した澪が律の制服の襟をひっぱった。
「ま、まだ何も言ってないだろー」
 思わず苦笑する面々であったが、ふと夏音が思わぬ一言をその場に零した。
「夕飯、食べてく?」


 数十分後には、夏音たちは近所のスーパーに買い物に出掛けていた。全員それぞれの家に電話を入れて、夕飯を外で済ますことの了承を頂いたようだ。全員で並んで歩き、それなりに栄えているスーパーへ向かう。夕飯時で駐車場は満車御礼。がやがやと買い物客で賑わっていた。店内は冷房をガンガンとかけており、従業員は皆外で過ごすより厚着をしている。まるっきり薄手でやってきた一同は「長くいると風邪ひきそう」と、さっさと買い物を済ませてしまおうと店内を練り泳いだ。
「大人数だし、今日は焼き肉にしようか」
 と夏音が提案し、皆それに目を輝かせて賛成した。カートを押して肉コーナーへ向かうと、ついてきているのは澪とムギだけだった。
「あれ、唯と律は?」
 後ろを振り返ってそう問うた夏音に澪は目を閉じてくいっとある方向を促した。
「……お菓子売り場」
「何歳だよ……」


 目的の精肉売り場へ着いたが、どうにも人が多い。主婦とみられる女性たちの群れが妙に殺気だちながらあたりをうろうろとしているのだ。まるで肉食獣のように互いを牽制するような視線……それは傍目にとても緊張感のあるフィールド。
「何かあるのかしら?」
 ムギも尋常ならぬ様子に疑問を抱いたのか、頬に手をあて首をかしげた。
 夏音たちがその場で立ち尽くしていると、店の裏方から壮年の男が颯爽と出てきた。この店の制服を着ているので、店長かもしれないと夏音はあたりをつけた。
ところが、その男が登場したことであたりの殺気がぐんと増した。
 奥様たちの雰囲気がただならぬものへ変化して、夏音は緊張のあまり唾をごくりと飲んだ。
「お待たせしました!! 只今から、こちらの牛肉、豚肉、鶏肉のお値段をお下げしまーーーーす!!!」
『きゃーーーーーー』
 ぞくり。
 生物としての本能が何かを告げた。
「え、どういう……」
「邪魔よ!!」
 唐突の事態にうろたえていたムギを一閃、はねのけた奥様の一人が人の波に突進していった。
「いったい、これはなにー?」
 澪が数歩後退しながら涙目で言った。
「おぉー、タイムセールじゃん!」
 いつの間にか背後にやってきていた律が興奮した口調で声をあげた。
「律! この場合、どうすればいいんだ!?」
 夏音は事態を打開する人物として近年稀にみる珍しいケースとして、律を頼った。
「つまり、ここはもう戦場ということだよ夏音くん!」
 気がつけば唯もが横にやってきていた。いつもの彼女の雰囲気とは違い、その様子は時代が時代であればどこぞの武将のように厳格な佇まいであった。
「男を見せろ、ってことさ」
 律がぽんと夏音の肩に手をやって、叫び声をあげながら戦場に突進していった。
 それに続く唯。
「お、おぉ……Unbelieveable!!」
 先に向かった唯と律に負けていられなかった。
 「お、俺………男・夏音いきます!!」

 
 主婦の力をその身をもって思い知らされた夏音はぼろぼろになってスーパーを出た。
「あなどれないな大和魂……」
 全身ぼさぼさになった夏音がげんなりとそう呟くのを笑って唯と律はご機嫌に歩いていた。
(あの二人が何であんなにぴんぴんしているのか理解できない)
 買った食材を全員で分けて持ち、夏音の家へと歩く。外はすっかりと暮れかかっていたが、西の空に落ちかかっている太陽が世界をオレンジ色に染めている。川沿いの土手が残光に浮かんでいて、まるっきり違う場所に来たみたいだ。会話はない。それでも言葉にない充足感が夏音の心を満たしていた。

 その晩は、せっかく立派な芝生があるのだからと夏音の家の広い庭でバーベキューとなった。作業があるからと髪をアップにして作業にあたり、たくさん肉を焼いた。
 女の子といえど高校生の食欲は恐ろしいもので、小一時間をすぎたところで食材のほとんどを食べつくしてしまった。
「唯は肉食い過ぎなんだよー」
「夏音くんは野菜ばかりよね」
「バランスよく食べないと……」
 肉が無くなっても他愛ない話は止まらない。
 夜が更けてから大分経ち、制服のままで遅くまで帰さないのはまずいと思ったので、お開きにしようと夏音は言った。
 そのことに反対する者もいなく、全員で協力しあって後片付けをした。さて帰るか、と全員が帰り支度を終えようとしたところで、一人夏音だけは思いつめた顔をしていた。
 その様子に気づき、しばらく地面を見つめて喋らない夏音に軽音部の面々も沈黙を守らざるをえなかった。
 そして、夏音は何かを決心したように勢いよく顔をあげた。



「皆、聞いて欲しいんだけど。俺、実は――――」 



※投稿遅れました。


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