<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


No.26404の一覧
[0] 【けいおん!】放課後の仲間たち[流雨](2012/06/28 20:31)
[1] プロローグ[流雨](2011/06/27 17:44)
[2] 第一話[流雨](2012/12/25 01:14)
[3] 第二話[流雨](2012/12/25 01:24)
[4] 第三話[流雨](2011/03/09 03:14)
[5] 第四話[流雨](2011/03/10 02:08)
[6] 幕間1[流雨](2012/06/28 20:30)
[7] 第五話[流雨](2011/03/26 21:25)
[8] 第六話[流雨](2013/01/01 01:42)
[9] 第七話[流雨](2011/03/18 17:24)
[10] 幕間2[流雨](2011/03/18 17:29)
[11] 幕間3[流雨](2011/03/19 03:04)
[12] 幕間4[流雨](2011/03/20 04:09)
[13] 第八話[流雨](2011/03/26 21:07)
[14] 第九話[流雨](2011/03/28 18:01)
[15] 第十話[流雨](2011/04/05 15:24)
[16] 第十一話[流雨](2011/04/07 03:12)
[17] 第十二話[流雨](2011/04/21 21:16)
[18] 第十三話[流雨](2011/05/03 00:48)
[19] 第十四話[流雨](2011/05/13 00:17)
[20] 番外編 『山田七海の生徒会生活』[流雨](2011/05/14 01:56)
[21] 第十五話[流雨](2011/05/15 04:36)
[22] 第十六話[流雨](2011/05/30 01:41)
[23] 番外編2『マークと夏音』[流雨](2011/05/20 01:37)
[24] 第十七話[流雨](2011/05/22 21:00)
[25] 番外編ともいえない掌編[流雨](2011/05/25 23:07)
[26] 第十八話(前)[流雨](2011/06/27 17:52)
[27] 第十八話(後)[流雨](2011/06/27 18:05)
[28] 第十九話[流雨](2011/06/30 20:36)
[29] 第二十話[流雨](2011/08/22 14:54)
[30] 第二十一話[流雨](2011/08/29 21:03)
[31] 第二十二話[流雨](2011/09/11 19:11)
[32] 第二十三話[流雨](2011/10/28 02:20)
[33] 第二十四話[流雨](2011/10/30 04:14)
[34] 第二十五話[流雨](2011/11/10 02:20)
[35] 「男と女」[流雨](2011/12/07 00:27)
[37] これより二年目~第一話「私たち二年生!!」[流雨](2011/12/08 03:56)
[38] 第二話「ドンマイ!」[流雨](2011/12/08 23:48)
[39] 第三話『新歓ライブ!』[流雨](2011/12/09 20:51)
[40] 第四話『新入部員!』[流雨](2011/12/15 18:03)
[41] 第五話『可愛い後輩』[流雨](2012/03/16 16:55)
[42] 第六話『振り出し!』[流雨](2012/02/01 01:21)
[43] 第七話『勘違い』[流雨](2012/02/01 15:32)
[44] 第八話『カノン・ロボット』[流雨](2012/02/25 15:31)
[45] 第九話『パープル・セッション』[流雨](2012/02/29 12:36)
[46] 第十話『澪の秘密』[流雨](2012/03/02 22:34)
[47] 第十一話『ライブ at グループホーム』[流雨](2012/03/11 23:02)
[48] 第十二話『恋に落ちた少年』[流雨](2012/03/12 23:21)
[49] 第十三話『恋に落ちた少年・Ⅱ』[流雨](2012/03/15 20:49)
[50] 第十四話『ライブハウス』[流雨](2012/05/09 00:36)
[51] 第十五話『新たな舞台』[流雨](2012/06/16 00:34)
[52] 第十六話『練習風景』[流雨](2012/06/23 13:01)
[53] 第十七話『五人の軽音部』[流雨](2012/07/08 18:31)
[54] 第十八話『ズバッと』[流雨](2012/08/05 17:24)
[55] 第十九話『ユーガッタメール』[流雨](2012/08/13 23:47)
[56] 第二十話『Cry For......(前)』[流雨](2012/08/26 23:44)
[57] 第二十一話『Cry For...(中)』[流雨](2012/12/03 00:10)
[58] 第二十二話『Cry For...後』[流雨](2012/12/24 17:39)
[59] 第二十三話『進むことが大事』[流雨](2013/01/01 02:21)
[60] 第二十四話『迂闊にフラグを立ててはならぬ』[流雨](2013/01/06 00:09)
[61] 第二十五『イメチェンぱーとつー』[流雨](2013/03/03 23:29)
[62] 第二十六話『また合宿(前編)』[流雨](2013/04/16 23:15)
[63] 第二十七話『また合宿(後編)』[流雨](2014/08/05 01:53)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[26404] 第十九話『ユーガッタメール』
Name: 流雨◆ca9e88a9 ID:a2455e11 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/08/13 23:47


 照りつけてくる日射しに肌が焼ける。夏音の白い肌は紫外線に負けやすく、すぐに赤くなってしまうから、アルヴィには常日頃からUVケアを厳命されている。
 そんな母親の言いつけのことなど頭になく、晒された肌がひりひりしてくる。
 夏音はただ道を彷徨っていた。
 髪を揺らす風すらなく、厚く盛り上がった雲はいつまでもそこから動こうとしない。どこを目指すわけでもなく坂道を上っていると、耐えきれなくなった。

「ハァ……何やってんだろ」

 薄汚れたガードレールの上に腰を下ろして、乱れた呼吸を整える。汗まみれになった体にTシャツが張りついて、気持ち悪い。
 学校は今日も休んでしまった。まだ進級の心配をする段階ではないはずだが、それすらも夏音にとってはどうでもよくなっていた。
 卒業に意味を見出すのは、とっくのとうにやめた。自分の履歴書に載せることのできる資格の重みなど、夏音にとっては価値の薄いものでしかないのだ。
 坂の途中で休むうちに、また深い思考に捕らわれてしまう。
 自分という人間が、今までどれほど考え無しに生きてきたのか思い知らされた。きっかけは七海の言葉でも、彼の言葉によって引き出されたのは自分がうっすらと気付いていた事実だった。
 表側に出さないようにしていた感情を掬い出されてしまっただけで、七海に責はない。
 自分が傷ついたように、同じだけ、もしくは自分以上に傷ついただろう七海の顔が忘れられない。
 地味だが、あんなに他人に対して懐が広い人間は珍しい。桜高で送る学校生活で彼に助けられた場面は数え切れない。
 本人はそのことの重大性を欠片も認識していないが。
 日本で出会った良心、と七海を捉えていた夏音だったが、甘えすぎたようだ。痛いしっぺ返しをくらってしまい、こんな体たらくに陥ってしまっている。

「今度こそ呆れられちゃったかな」

 自嘲気味な笑みを浮かべるも、すぐにそれは引っ込む。数少ない友人は、夏音以上に夏音を見ていたのだ。
 彼の言葉はほとんど正しくて、それだけに痛かった。
 正解のフリップを一気に剥がしてしまわれたような、彼の才能なのだろう。周りをよく見ている眼は、正解を探す能力に長けている。
 そんな人間が側にいることが夏音にとってありがたかった。
 だから、彼に対して伝えた「ありがとう」の言葉は心から出たものだった。あのタイミングで不思議と出てきた理由は分からない。
 余計に彼を落ち込ませてしまったかもしれないけど、それは意地悪から出たものでもなく、また伝えねばならないと考えている。
 それがいつになるかは分からないが。

「帰ろうかな」

 独りごちて、立ち上がる。帰り道は分からないが、元来た道を歩いて行けばなんとかなるだろう。
 しばらく歩いていると、後ろから来た黒のセダンが夏音を少し通りすぎたところで停車した。すると、車から降りてきた人物が夏音に近づいてくるではないか。

「おい立花。こんな所で何やってるんだ?」
「あれ堀米先生?」

 堀米はやや非難がましい目つきで夏音を見詰めてきた。桜高で古文を受け持つ教師であり、桜高の中でも古株といっていい存在である。

「今日はお休みです」
「お休みです、じゃないだろーが」
「体調不良なんです」
「そうは見えんがな」
「薬買いにきたんです」

 すらすらと言い訳が出てくる自分に驚いたが、それなりに教師経験の長い人物は易々と騙されてくれなかった。

「あのなあ。お前みたいのはごまんと見てきた俺にそれが通用すると思うかあ? 体調不良ってのはな、俺がさっきまで助手席に乗せてた人間みたいのを言うんだ」

 馬鹿にするような口調で夏音にぐいと顔を近づけてきた。こういった距離感が不人気な人物だが、夏音は怯まなかった。

「体調不良ったら体調不良です。顔、真っ白でしょ。あと人生に迷ってます」

 目に力を込めて言い返すと深い溜め息をつかれた。

「これだから軽音部は……」

 その台詞の九割以上は自分達の責任じゃないと思った夏音であったが、聞かないフリをした。
 さわ子いわく、堀米はヅラだとか口うるさいから注意とか悪い噂ばかり聞かされていたが、夏音から見ればそこまで悪い人間だとは思えない。

「もういい、わかった。とりあえず家まで送るから乗りなさい」

 夏音の言葉を鵜呑みにした訳ではないだろう。どうやら諦めたらしく、こうして面倒を見てくれるあたり良い教師の鑑といっていいはずだ。
 それから夏音は自宅まで送ってもらい、礼を言って車から降りた。

「ねえ先生」

 運転席側に回った夏音は、ふと堀米に尋ねてみた。

「先生は俺のこと誰に見える?」
「はぁ?」

 突然の質問に堀米は思いきり眉を顰めて怪訝な顔をした。こうした質問を受け流す大人もいるが、堀米はいちいち真面目に捉える人間らしい。

「誰って……立花夏音だろう? お前はそういう質問をするが、自分が誰だか分からないのか?」
「ちょっとね。そのへん迷ってるんです」
「なら、それは他人に決めさせちゃいかんだろう」
「……そうですね。それもそうです」
「まあ頼りないかもしれんが、何か悩んでいるなら山中先生に相談してみろ。俺でも構わんが、一応顧問だからな」
「そうしてみます。送ってくれてありがとうございました」
「おお。ちゃんと安静にしてろよ。あと、お前はサボろうとしてもいやでも目立つんだからな。警察になんか補導されてみろ? ヤキ入れるぞ」
「はいはい。了解です」
「じゃあな。お大事に」

 そのまま発進した黒いセダンを見送り、夏音は家に入った。そして、一日以上ベースを弾いていないことに気付いてスタジオに向かった。


★     ★


「浮かばないよ~浮かばないよ~」
「おいおい。今週も明後日で終わりだぞ大丈夫かー?」

 頭を抱えて机に突っ伏した唯に苦笑する律がぽんと肩に手を置く。

「ムギちゃんヘルプー!」
「残念でしたー! ムギヘルプモーツッカエーマセーン!」

 律が両手でバッテンを作っておかしげに笑う。虚しく伸ばされた手が自分へと向かっていることに申し訳なさそうにするムギ。律の言う通り、そういう風に決めたルールであった。

「りっちゃんなんて作曲すらしないじゃん!」
「私はドラムつけるのが仕事だもーん!」
「ずるい! 不公平だよ! あずにゃんも何か言ってやってよ!」

 そして、混ざりたくないはずの会話に強制的に引きずり込まれた梓は眉を下げて困り果てた。

「えっと……」

 律の方をちらりと窺うと、じっと見詰め返してくる瞳があった。しかも、それは何か期待する眼。
 度々、このように面白さを求めてくる空気に梓は弱い。

「そ、そんなことより!」
「そんなことだってりっちゃん! あずにゃん冷たい」
「まあこの子ったら素っ気ないわね!」

 そうは言うが、自分は面白いことなど言えないし、求められても困るのだ。
 梓はすかさず澪に助けを求めた。

「澪先輩は何かアイディアありますか?」
「うーん。私も自分から曲を作るのは苦手だからなあ」

 そう言って腕を組む澪だったが、梓は彼女が作るベースラインが好きだ。基本的に前に出すぎず、曲を支えるベースを好む澪だが、時に攻めることもあり、そうしたギャップも好みにどんぴしゃりとはまる。

「でも、この目論みって開始二週間で見事に詰まってるな」
「面白い発想だと思ったんですけど」

 一週間に一度、曲を作って持ってくるという企画。一人ずつ交替でローテーションを決め、曲を持ってくるというアイディアは、発案当時はよさげに思えたのだ。
 既存曲を練習するのも大事だが、新曲を作ってなんぼという見解で一致したことで、こうして週一ノルマが決められたのである。

「先週はムギ先輩だったからすんなりといきましたけど、今週は……」
「あずにゃん? それはどういう意味かな?」

 にっこり微笑む唯に梓は慌てて澪に視線を戻した。

「こ、今週は今までの曲を練習するってことでいいのではないでしょうか!?」
「それでもいいんだけどな」

 梓の案も間違いではない。新曲に費やす時間も大切だが、既存曲を詰めることも等しく大切だ。

「じゃあ新曲は追々やるとして。次のライブのセトリ中心にやるとしますか」

 律が立ち上がると練習に向かう空気になった。梓も嬉々としてアンプに電源を入れ、準備に取りかかる。
 最近の軽音部はお茶の時間もそこそこに練習をする日が増え、梓としても充実した軽音部ライフが送れて大変ご満悦であった。
 しかし、姿勢が変わったことは喜ばしいのに、足りないものがある。

「先輩は明日こそ来てくれるんでしょうか」

 チューニングをしながら梓が発した言葉にすかさず答える者はいなかった。しばらく微妙な沈黙が流れると、澪が素っ気なく言った。

「さあな。それは私達には分からないよ。スケジュール知らないし」
「そんなにお仕事いっぱいなんですかね」
「そうみたいだな」

 何だかこの話題を避けているような気がしてならなかった。澪だけではない。淡々とセッティングを進める他の者さえ、どこか気まずい表情を浮かべているように見える。
 梓の中では、夏音が音楽の仕事に時間を取られてしまうのはごく自然なことのように思われている。
 むしろ、日本国内でも引く手数多なのだと驚嘆すべき事柄でしかない。
 やはりどうあっても、夏音という存在は梓の中では芸能人のような位置から離れることはない。
 部活動の先輩であり、いち個人として見ることのできる部分と、どこか遠い世界の人として存在する部分が半々であるので、一年の時間を共にしてきた先輩達と同じ考えには至れていないのだろう。
 彼女達の代には、色々と突っ込めないことがある。後輩という立場もあるが、やはり過ごしてきた時間が違うのは大きい。
 溝、というほどではない。しかし、共有している物の差というのは歴然と間に聳えているのだ。

「何から始めますか?」
「あずにゃんは何やりたい?」
「そうですね。最初は手慣らしにゆったりなのがいいのですね」
「あ、なら『Autumn Shower』やる?」
「あ、それいいね!」

 前回のライブで披露した夏音の曲。梓が口にした「ゆったり」としたテンポである。
 そして五人で合わせて曲が終わると、誰もが浮かない表情であった。

「なんか……ダメダメじゃない?」

 正直な感想が唯の口から漏れると、全員がそれに頷く。

「何がダメだったんだろ?」

 律が首を傾げる。

「ちょっと間延びしすぎてたかも?」

 ムギが言うと、澪がバツの悪そうに顔をしかめた。

「ごめん。ちょっと違ったかも」

 澪が申し訳なさそうにする理由は、軽音部の曲のノリはベースである澪が握っているからだ。
 澪が曲のノリ、タイム感といったものを示す指針になって曲を進めていくのが軽音部の音楽であり、各々が微妙なタメを持っていても中心となるのは彼女である。
 それに対してドラムの律が合わせるのであり、梓の聴いた限りでは、律は澪にしっかり合わせていたように思えた。

「やっぱりこの曲ってすごく難しいですね」

 梓は改めて感じた。雰囲気重視の楽曲なだけに、各々の技量が存分に発揮できなければならない。
 指が速く動くとか、気の利いたオカズがどうこうという話ではない。

「よくあの時できたもんだ」
「ねー」

 律の言う通り、よくこんな曲を人前でやろうと思ったものだ。この曲をやると決めた時は何とかなる精神で押し切れたが、こうして振り返ると無茶としか言いようがない。
 夏音は高評価をくれたが、改めて真に受けない方がよかったのかもしれない。

「この曲作ったのって確かあいつが十歳にもなってない時なんだっけ? どんな子供だーって感じだよなー」
「早熟の天才っていう評価もあながち間違いじゃないよな」

 本人がいないだけに素直な賛辞がぽんぽんと出る。梓にとっては、既に色々と規格外な人間としか思えないので、彼が何歳で何を成し遂げていようと今さらな話だ。

「まあ手慣らしだし、もうやらないかもしれない曲だしな。他の曲やろーぜ」

 律が仕切り直して他の曲をやっているうちに調子が出てきた。リズム隊の絡みもキレており、唯の声もだいぶ伸びてきた。

「なんか……なんだろ」

 一時間ほどぶっ続けでやった後、唯がぶつぶつと言い始めた。周りが耳を傾けると、唯は勢いよく顔を上げて言い放った。

「お腹空いた」



★        ★


 練習はいつも通りに終わった。日が長くなって、十九時になってもまだ辺りは明るい。夏は特に夕方を過ぎたあたりからもわっとした熱気が襲ってくるが、こうした点だけ好ましい。
 やはり夜は寂しいから、日は長い方がいい。
 学校を出てみると、外は少しだけ湿気が低くて比較的過ごしやすい夜になりそうだ。朝方降った雨のせいだろうか。
 日中の湿気は気になったが、照りつける太陽が珍しくまともな仕事をして空気をカラカラにしてくれたのだろうか。
 楽器を背負っての登下校というのは厳しいものだ。ギグケースにはギター本体だけではなく、シールドやら小物が詰まっているし、それに加えてぎっしりとエフェクターが詰まったペダルボードに教科書その他もろもろが入った鞄。
 全部を持って移動することなど、力のない自分には無理だと梓は早々にギブアップを済ませていた。
 梓は生来の真面目な性分のせいか、置き勉という所行を忌避して中学まで過ごしてきた。
 体育があると、必ず汚れたシャツやジャージを持ち帰り、その日の復習や明日の予習のための教科書類は欠かすことなく鞄に詰め込むのだ。
 しかし、高校にもなると教科書や資料集等の数も増え、このまま全てを持ち帰ると筋肉のための強化書類になってしまう。
 冗談ではない。運動部でもないのに筋肉痛をこさえて登下校などたまったものではない。
 置き勉の誘惑を払いきれなかったのは、軽音部にも責任がある。
 部長の律を筆頭に、何と全員が置き勉常習者だと知った時はカルチャーショックだった。真面目な澪やムギ、夏音までもが当たり前のように部室へと教科書を置いていっていた。
 これがロックの道なのか、と疑ったが、しばらくしてこれが当然の帰結なのだと知った。
 身軽になったとはいえ、機材だけでも辛いものは辛いので、カートを買うことを真剣に検討している。

「あずにゃ~ん。荷物持ちジャンケンは~じま~るよ~」
「ええっ!? そんなのいやです!」

 唯が勝手に喚きだした言葉に悪寒が走った。通学路での鞄持ちジャンケンと言えば、男子がよくやっているのを見たことがあったが、あんな可愛いものではないだろう。
 総重量で自分の体重を超えるだけの荷物を前にして、それは拷問といってよかった。

「先輩のギターは特に重いんですから無理です!」
「ね~? も~ダイエットさせよっかな~」

 また、とんでもないことを口走った唯に戦々恐々としながら、梓は唯から少しだけ距離を空けた。
 早歩きで澪の横まで歩くと、「ん、どうしたんだ?」と澪が訊ねてきた。
 こういう気の配り方など、心がじんとしてしまう。やはり通学の最中は澪の隣に限ると梓は思った。

「いえ。唯先輩が荷物持ちジャンケンなんて言い始めたので逃げてきちゃいました」
「どう考えても無理だろ。まあ放っておけばいいよ」

 彼女は唯に対しての経験は長い。経験故の言葉は信用に足りるので、梓は大人しく頷いておいた。

「思えば、私達の機材ってどんどん増えていきましたよね」
「そうだなー。全部自分のじゃないってのがちょっといたいけどな」

 澪の返した言葉に梓は押し黙ってしまう。
 全部が自分達のものじゃない。
 その通りだ。
 梓のペダルボードの中身は高校生が易々と揃えられるものではない。全て、立花夏音の物だ。
 名目上、レンタルというものである。
 唯も、澪も同じように何らかの機材を夏音から借り受けている。全てが高価なものという訳ではない。
 必要に応じて、選ばれたものであるが、本来であれば梓一人で作れるセッティングではない。
 それを考えると、今自分が出している音は誰の音なのだろうかと考えてしまう。自分の音の根っこの部分は、どれ程その中で存在を示しているのだろうか。
 些細な問題なのかもしれない。
 後ろで騒いでいる唯などはこんな悩みに捕らわれていないだろう。彼女はアンプ直の音を愛している傾向があるし、仕方なくエフェクトを噛ませているように思えた。
 それはそれで、本当に唯が出したい音なのか疑問が残るが。
 でも、もしも急に夏音が「全部かえして」と言ってきたとして、彼女は何も困らないだろう。
 夏音がそんなことを突然言ってくるとは夢にも思えないが。
 梓は澪の何気ない返事に深く考えこみそうになり、はっと我に返った。

「どうした梓?」
「い、いえ何でも」
「お人好しっていうのかな」
「え?」
「夏音のこと。考え無しなのか、大らかすぎるのか」

 澪は視線をこちらに寄越さず、前だけ向いている。その瞳はどこか遠いものを見詰めているように見えた。

「こんなに機材をほいほいと貸しちゃう奴っていないよな。財力の違いってのもあるかもしれないけどさ。けれど、あいつはそういうの抜きにして純粋に音を追い求めることが第一なんだよな。私が出したい音や、あいつが欲しい音が手に入らないだけで我慢できないんだよ」
「そうなのでしょうか。やっぱりプロだから、音には貪欲ってことですか?」
「そんな風に言葉にして言い切ってしまうのとはちょっと違う気もするな。なんていうか、梓にも分かると思う。もう少し付き合いが長くなれば」

 音に貪欲という話に間違いはないと思うのだが。梓は澪の話す内容に頭をひねった。
 必要だから、高い機材がプロには必要になる。
 エフェクターを揃えれば、良い音になると考えるではない。揃えることに意味があるのではない。
 素人との大きな違いはそこにあるだろう。
 梓も大量のエフェクターを使いこなせているとは思っていないが、全て必要なものだけ詰め込んでいるつもりだ。
 それぞれの特徴を理解して、どのような音を出すかを計算して実践する。
 彼にとっては、どれとどれを揃えればどんな音になるか計算ができていたのかもしれない。数多ある機材の山から選んだのは梓だが、それらをアシストしたのは夏音だ。
 思い出すと、夏音の助言に従って今のセッティングになった気がする。
 澪が話しているのは、そういうことなのだろうか。
 夏音が思い浮かべた音を、自分が出している。いや、出させられているような。

「梓。あんまり深く考えちゃだめだぞ。梓が持ってるそのケースは、梓に必要な重さなの。ずっしりと重くて持ち運びが大変だけど、大切なものだからな」
「……はい」

 何て返せばよいのか上手い言葉が出てこなくて、ただの返事になってしまったが、梓は今度こそ澪が何を言いたいのか理解できた気がした。
 一瞬、自分でも何を考えかけたのか分からない。あまり考えちゃいけない方向に思考が逸れてしまったようだ。

「でも、落としたりしないように必死です。これ全部なんて弁償すること考えたら……」

 頭の中でそろばんが弾ける。円マークの後ろに並ぶ総額がぱっと思い浮かべられて、顔が青ざめてしまった。

「うん、わかる」

 澪は目を細めて笑うと、梓に顔を向けた。

「私もそればっかりは恐ろしくてたまんないよ」
「今度、カートを買おうかなって思うんです」
「ああ、それいいな! 落とす心配もないし、だいぶ楽になるぞ」

 こうしてその日の帰り道は澪との音楽談義でも充実して、意気揚々と帰宅した梓であった。
 梓は家に帰ると機材を二階の部屋まで運び、まずはギターを取り出す。取り出されたギターはギタースタンドに置かれる。
 こうしておかないと、いざ安らいでしまってから、いちいちケースから取り出すのが億劫になってしまうからだ。
 汗をびっしょりとかいたので、帰宅早々にシャワーを浴びることにした。今日はたっぷりと時間をかけて湯船にまで浸かり、その日の疲れを流した。
 風呂を出ても、長い髪がすぐに乾くことはなく、梓は半分ほどタオルドライと自然乾燥に任せることにしている。
 そうしてぽっかり出来てしまった空き時間はメールのチェックなどに使う。
 だから、寝間着に着替えてソファに横たわったまま新着のメールを確認していたのだが。

「え………?」

 携帯を持つ手が震える。思わず取り落としそうになった。

 携帯の画面には、信じがたい文面が。簡素な文脈は見間違えようもないくらい、簡潔であった。
 自分の目を疑いたいくらい、ハッキリと送信相手が伝えたい情報は伝わった。
 何度見ても、同じ。
 あの人が、

『立花夏音』
『件名:♪こんばんはー♪』
『本文:とても急でごめんなさい。俺、いったんアメリカに帰ることになりました。今は急いでいるから詳しいことは後で連絡します。アーバヨ! かしこ(←これどういう意味?)』

 いなくなる。



※堀米先生、ここで出してしまった。ベテランの先生に昔送ってもらった時、色々と思ったことがありました。
 まず、真っ赤なRX7だし。車の中汚いし。灰皿が容量オーバーだったし。
 教師も人間なんだなあ、と実感。
 まあ、どうでもいい話ですね。


前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.029014825820923