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No.26404の一覧
[0] 【けいおん!】放課後の仲間たち[流雨](2012/06/28 20:31)
[1] プロローグ[流雨](2011/06/27 17:44)
[2] 第一話[流雨](2012/12/25 01:14)
[3] 第二話[流雨](2012/12/25 01:24)
[4] 第三話[流雨](2011/03/09 03:14)
[5] 第四話[流雨](2011/03/10 02:08)
[6] 幕間1[流雨](2012/06/28 20:30)
[7] 第五話[流雨](2011/03/26 21:25)
[8] 第六話[流雨](2013/01/01 01:42)
[9] 第七話[流雨](2011/03/18 17:24)
[10] 幕間2[流雨](2011/03/18 17:29)
[11] 幕間3[流雨](2011/03/19 03:04)
[12] 幕間4[流雨](2011/03/20 04:09)
[13] 第八話[流雨](2011/03/26 21:07)
[14] 第九話[流雨](2011/03/28 18:01)
[15] 第十話[流雨](2011/04/05 15:24)
[16] 第十一話[流雨](2011/04/07 03:12)
[17] 第十二話[流雨](2011/04/21 21:16)
[18] 第十三話[流雨](2011/05/03 00:48)
[19] 第十四話[流雨](2011/05/13 00:17)
[20] 番外編 『山田七海の生徒会生活』[流雨](2011/05/14 01:56)
[21] 第十五話[流雨](2011/05/15 04:36)
[22] 第十六話[流雨](2011/05/30 01:41)
[23] 番外編2『マークと夏音』[流雨](2011/05/20 01:37)
[24] 第十七話[流雨](2011/05/22 21:00)
[25] 番外編ともいえない掌編[流雨](2011/05/25 23:07)
[26] 第十八話(前)[流雨](2011/06/27 17:52)
[27] 第十八話(後)[流雨](2011/06/27 18:05)
[28] 第十九話[流雨](2011/06/30 20:36)
[29] 第二十話[流雨](2011/08/22 14:54)
[30] 第二十一話[流雨](2011/08/29 21:03)
[31] 第二十二話[流雨](2011/09/11 19:11)
[32] 第二十三話[流雨](2011/10/28 02:20)
[33] 第二十四話[流雨](2011/10/30 04:14)
[34] 第二十五話[流雨](2011/11/10 02:20)
[35] 「男と女」[流雨](2011/12/07 00:27)
[37] これより二年目~第一話「私たち二年生!!」[流雨](2011/12/08 03:56)
[38] 第二話「ドンマイ!」[流雨](2011/12/08 23:48)
[39] 第三話『新歓ライブ!』[流雨](2011/12/09 20:51)
[40] 第四話『新入部員!』[流雨](2011/12/15 18:03)
[41] 第五話『可愛い後輩』[流雨](2012/03/16 16:55)
[42] 第六話『振り出し!』[流雨](2012/02/01 01:21)
[43] 第七話『勘違い』[流雨](2012/02/01 15:32)
[44] 第八話『カノン・ロボット』[流雨](2012/02/25 15:31)
[45] 第九話『パープル・セッション』[流雨](2012/02/29 12:36)
[46] 第十話『澪の秘密』[流雨](2012/03/02 22:34)
[47] 第十一話『ライブ at グループホーム』[流雨](2012/03/11 23:02)
[48] 第十二話『恋に落ちた少年』[流雨](2012/03/12 23:21)
[49] 第十三話『恋に落ちた少年・Ⅱ』[流雨](2012/03/15 20:49)
[50] 第十四話『ライブハウス』[流雨](2012/05/09 00:36)
[51] 第十五話『新たな舞台』[流雨](2012/06/16 00:34)
[52] 第十六話『練習風景』[流雨](2012/06/23 13:01)
[53] 第十七話『五人の軽音部』[流雨](2012/07/08 18:31)
[54] 第十八話『ズバッと』[流雨](2012/08/05 17:24)
[55] 第十九話『ユーガッタメール』[流雨](2012/08/13 23:47)
[56] 第二十話『Cry For......(前)』[流雨](2012/08/26 23:44)
[57] 第二十一話『Cry For...(中)』[流雨](2012/12/03 00:10)
[58] 第二十二話『Cry For...後』[流雨](2012/12/24 17:39)
[59] 第二十三話『進むことが大事』[流雨](2013/01/01 02:21)
[60] 第二十四話『迂闊にフラグを立ててはならぬ』[流雨](2013/01/06 00:09)
[61] 第二十五『イメチェンぱーとつー』[流雨](2013/03/03 23:29)
[62] 第二十六話『また合宿(前編)』[流雨](2013/04/16 23:15)
[63] 第二十七話『また合宿(後編)』[流雨](2014/08/05 01:53)
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[26404] 第十七話『五人の軽音部』
Name: 流雨◆ca9e88a9 ID:a2455e11 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/07/08 18:31


 もうすぐ六月も終わる。アメリカにいる知り合いのミュージシャンが、ニューヨークで行われるゲイ・プライド・パレードに向けていかに自分が気合い十分かを証明するビデオ・メッセージを送ってきて初めて気が付いた。
 ちなみに、彼は全身ピンクのタイツに星形のサングラスという格好でサックスを吹きながら五番街に赴くそうだ。

 どうか彼の素性がバレないように。夏音はその一点だけ祈ることにした。
 ひょんなことから、もう暦上では半年が過ぎたことを知った。
 日本とアメリカだと季節感に差がある。例えば、日本は学校も四月から始まるが、アメリカは九月から新学期である。
 学生は、もうじき始まる長い休暇に胸を躍らしているような時期だ。
 夏音のような職業の場合、人々が休む時こそ動くことが多く、演奏する機会も増えるので、それほど悠長な気分でいられたわけではないが、バカンス半分で全米を渡る演奏旅行は楽しい想い出がたくさんある。
 何もない夏を過ごすのはこれで三度目だ。
 遠く離れた土地に向かう時の高揚感は、どんなものだっただろうか。
 知らない人間が沢山いるこの土地で三年も過ごしているのだ。
 楽しいことが大半だが、嫌なこともある。この国の人間は、時折ひどく面倒くさく、態度や言動の裏に巧妙に物を隠すのが上手い。
 まるで詐欺師みたいに、気付かなかったお前が悪いとでも言わんばかりの駆け引きの上に生きている。

 正気じゃない。

 ただ楽器を弾くだけの仕事にありついて、顔色を窺うような仕草を抑えながら、それでも相手の目線が気になるようになった。
 カノン・マクレーンが遠い。鏡に映る自分が少しだけクマのできた顔で自分を見詰めていた。
 そのまま鏡の中の男が何か言葉を紡ぎそうで、目を背けた。


★      ★

 太陽が西へ傾き、空にグラデーションを描き始めていた。涼しげな景観とは裏腹に、蒸し蒸しとした空気がお暇する気配はない。
 しつこい蒸し暑さの中に漂う排気ガス。大通りは仕事終わりなのか、車通りが激しい。少し坂になった道の先は淡い陽炎になって揺れている。

「なんか、みんな上の空だね」

 前を歩く少女達の様子をずっと眺めていたが、ついに声をかけた。まるで徹夜明けの人間みたいにふらふらとしていて、見ていて危なっかしかったのだ。

「すっげー不安」
「あれ、やけに素直」

 すかさず返ってきた律の返答に夏音はきょとんとした。一番荷物の少ない律だが、誰よりも気が重そうだった。

「やっぱドラムってさ。自分のやつでできないじゃん」
「ああ。それが心配なんだね」

 弦楽器隊やキーボードは、使用するアンプが違っても、肝心の楽器は自前である。
 自分の手に親しんだ感触でプレイできる他の楽器に比べて、ドラムはライブハウスに置いてあるドラムセットを使用することが多い。
 自分のセットを持ち込む者もいるが、通常のブッキングライブだと転換に時間を費やす上に、PAとの絡みもなかなか容易にはいかない。
 つまり、今日これから律は触れたこともないドラムセットで本番を迎えることになるのだ。それが不安で仕方ないらしい。

「大丈夫。爆メロの時だって違うやつだったでしょ」
「そうだけどさ」
「律がそんなにあからさまにナーバスになってるのって珍しいな」

 そんな会話に横から入ってきた澪が意外そうに言う。その発言に夏音は「そうか?」と首を傾げた。
 記憶の中の田井中律は、人並みに緊張しいである。誰よりも神経質で、抱え込みやすい。それ故の衝突を夏音と起こしたのも彼女だった。
 でも、長年の付き合いである澪にとっては律の様子は珍しく映ったらしい。

「なんか澪のくせに余裕しゃくしゃくなのが腹立つー」

 ついには他人にあたりだした。

「馬鹿言うなよ! 私だって、さっきから足の震えが止まらないんだ」

 澪のすらりとした脚を見てみると、小刻みに揺れていた。その横では先程から一言も喋らない梓が思い詰めた表情で歩いている。
 皆、似たようなものらしい。この中で平然としているのは唯とムギ、そして今回は完全に外野にまわる夏音だけであった。

「つーかお前の格好はなんだよ」
「え、どこかおかしい?」

 一度帰ってから着替えてきた夏音は、ハンチングにサングラスとどこぞの芸能人のお忍び姿のようだった。
 「はい、変装(笑)変装(笑)」と律が鼻で笑う。
 逆に目立つのではないかと思われるその格好は、むしろ様になっているのだが、制服姿の女子高生に紛れるにはふさわしくない。

「堂々としてた方が案外バレないんじゃないか?」

 ふと真面目に指摘してきた律の言うことにも一理あるかもしれない。実際に日本で声をかけられた経験は稀であった。もともと日本のメディアに露出することはほとんど無く、一般人の認知度は高くない。パパラッチの心配も低いし、そもそも自分を付け狙うパパラッチは遠い海の向こうに置いてきた。
 とはいえ、これから向かう先は常人よりどっぷりと音楽に浸りながら生きる人間達が集う場所なのだ。
 万が一、ということも考えられる。

「まぁ、バレたらバレたで何とかなるでしょ」

 正体が割れたからといって何だと言うのだ。夏音はそう割り切って、笑った。

「暑いねー」
「バーベキューにでもなった気分だ」
「いいねバーベキュー。今度やろうよ」

 

 電車を降りてからバスで二駅分と聞いていたライブハウスは道沿いにあった。控えめな看板には『グルーヴィン』と印されてある。

「ここですね」

 先頭を切って歩いていた梓が立ち止まり、看板を見上げる。見たところ出入り口は一つしかない。
 中に入ると、ホコリとヤニ臭さが鼻をつく。正面にある受付で女性が煙草を吸っていた。

「あの、すみませーん」
「あ、おはようございます」

 女性は一行に気が付くと、すぐさま火を消してこちらに歩み寄ってきた。立ち上がった女性は澪より頭一つ分ほど背が高く、どう色を入れたのか砂色の髪にサイドが緑のメッシュ。グランジ・ファッションの中にパンキッシュなエッセンスが感じられる。
 なかなか強烈な出で立ちであった。
 少女達がすっかりその女性の容貌に呑まれていると、女性は軽く頭を下げて笑った。

「おっと。君ら、マキちゃんの知り合いの子かな?」
「ひゃ、ひゃいっ!」

 女性は迫力に押されている様子の律をおかしそうに笑いながら、懐から名刺を取り出した。

「私、ここのオーナーのジーンって言います。よろしくお願いします」

 女性がジーンと名乗ると、「じーん?」と横で唯が不思議そうな声を出す。

「あ、こ、こちらこそ! 本日はい、いくひさしくよろしくお願い申し上げます!」

 夏音は律が発した言葉の意味が理解できなかったが、それを聞いたジーンは耐えきれないといった様子で爆笑し始めた。

「っ、ご、ごめんねー! めっちゃツボった……っ!!」

 おかしな人だ、と夏音は体をくの字にして震えるジーンを眺めた。自身の発言が彼女の笑いのツボを刺激したらしいことだけは察した律は苦笑いともつかない笑顔で困惑している。

「い、幾久しくって! ゆ、結納じゃないんだから! アーーッハッハッ! おもしれーこん子! マキちゃんに言っとこ」
「す、すいません! それだけはご勘弁を!」

 報告されて何が困るか分からないが、とりあえず自分の不利になりそうな予感。ジーンは最後に「うふっ」と怪しく笑うと、真面目な顔に戻った。

「次、リハでしょ? ここ初めてだもんね。とりあえずそこの階段降りてホール行って、荷物とかはてきとーにそこら辺置いとけばいいよ。もう他のバンドも入ってるから、まあてきとーにやって」

 どれだけ「てきとー」にやればいいと言うのか。彼女は、ここのオーナーと名乗ったが、これで経営が成り立っているのだろうかと少し心配になった一同であった。
 言われた通りホールに向かうと、他のバンドがリハーサルの最中であった。
 先程から演奏の音が漏れていたが、今は静かだ。ステージの上ではフロントの三人が何やら肩を寄せて話し合っていた。

 一同は、邪魔にならないようにしながら荷物を壁際に置いた。ぼそぼそと聞こえてくる話し声に、ホワイトノイズの音だけが存在する空間。
 息を潜めて立っていると、ヴォーカルと思しき少女がPAに向かってマイクを通して言った。

「大丈夫です。これで本番よろしくお願いします!」
「はい、お願いしまーす」

 それにPAが平淡な声で応え、リハーサルが終わったようだ。弦楽器隊の者はアンプのセッティングを携帯で写真に撮ると、機材を片付け始めた。

「次だね」

 ホールには他のバンドもいたが、機材を持ってきていないことから、既にリハーサルを終えたバンドだと思われる。
 逆リハで軽音部の出番は最初なので、リハーサルも最後となる。

「次、放課後ティータイムさんお願いします」

 マイクを通したPAの呼びかけに、軽音部のメンバーはぴくりと肩を揺らした。
 『放課後ティータイム』とは、今回ライブハウスに出演するにあたって考えられた軽音部のバンド名である。
 話合いでは、爆メロに出場した時のバンド名『Crazy Combination』は控えるべきだという意見が一致した。ともすれば、代わりの名前を考える必要がある。

 様々な案が出て、議論はいつも通り平行線を突き進んでいたのだが、いつまでも決めかねている少女達に業を煮やした山中さわ子が強引にも、

『あぁーもう煩わしいわね! こんなのテキトーに決めればいいのよ! 貸しなさい!』

 バンド名は律の友人にメールで教えなくてはならなかった。律の友人がライブハウスとの橋渡しをくれることになっていたので、彼女にメールした内容が決定となる。
 メール作成画面を開いていた律の携帯を奪うと、さわ子は驚くべき速さでテンキーに指を滑らせる。

『はい送信、と』

 勝手に送ってしまったのだ。その傍若無人の振る舞いに対して非難の嵐を浴びせた少女達。
 顧問は涙ながらに『だって、お茶が静かに飲めないじゃない!』と逆ギレしながら部室から逃げ出していった。
 送信ボックスを見ると、そこには『放課後ティータイム』の文字が。

『意外に当たってる?』

 釈然としないものの、とりあえずは受け入れたのであった。


 ステージの上から機材を撤収しながら、前のバンドの少女達は軽音部に向かって「お疲れ様です!」と声をかけてきた。

「あ、どうもどうも!」

 律はにっこり笑って手を振る。隣では澪が「失礼だろ!」と嗜める姿が目に入った。
 夏音はステージから人がいなくなると、少女達を促した。

「ほら、リハーサルは30分しかないんだから」

 すると、彼女達は慌てたように機材を持ってステージに上がるのであった。

 それから夏音はリハーサルを見学しつつ、外の音に対して幾つか指摘をする役目を担った。
 このハコの特性を考えながら、ブーストしすぎるベースをカットするように指示したり、音量などについて口を挟んでいく。
 傍から見れば、一緒にいる夏音は何者だろうと思われているかもしれない。
 本来なら客として観るつもりであったが、それではあまりに他人事ではないかと思って考え直した。
 それに、聞くところによるとアマチュアでもマネージャーやカメラマンがいるバンドもあるらしく、演者以外の人間がリハーサルの段階からいるのは珍しい光景でもないらしい。

 ステージの上での『放課後ティータイム』を眺めていると、不思議な気分になる。
 唯がヴォーカルで、ステージの中央にいる。そこは自分がいた場所であり、その役割の半分を梓が請け負っている。
 それ以外は何も変わらない。けれども、何故か胸がしくしくと痛む。
 この光景を面白いと思う気持ちがある一方、あまり見たくなかったと思う気持ちもあることを感じていた。

「本番よろしくお願いします!」

 元気いっぱいな唯の声に続く少女達の声がリハーサルの終了を告げた。
 緊張が解れない様子なのがまる分かりだが、何とか無事にリハーサルを終えることができたようだ。
 出番が最初なので、機材はそのままにしてステージを降りる。皆、汗をハンカチで拭いながら、既に疲れ果てた様子で夏音に近寄ってきた。

「いやー、やっぱりステージの上は熱いねー」

 本番は、もっとあつくなるよ。夏音は心の中そう呟いた。
 ただ、何も返さずに笑っていると他の者も次々にリハーサルの感想を口にしてきた。まるで小さな子が、外であったことを親に必死に報告するようだ。

「音は良い感じだったよ」

 夏音の感想に少女達はほっとした顔つきになる。実際に音のバランスは悪くない。PAの腕がよいのか、ステージ上のモニターの音もやりやすかったそうだ。

「もうちょっとで本番かあ~」

 律が時計を見て、言った。あと20分でオープン。その30分後にはスタートが迫っていた。

「うわー。あと、ちょっとじゃん!」

 唯が大事だと言わんばかりに叫ぶ。

「お茶する時間あるかな」

 心配の種はそこだったらしい。唯の発言にずっこけさせられそうになり、場の空気は和らいだ。

「控え室でお茶にしましょう!」

 そうして持ってきていたらしいティーセットを掲げるムギにほとんどの者は唖然とするしかなかった。


★     ★


 楽屋に向かうと、既に他のバンドが勢揃いだった。今回の出演は5バンド。楽屋は、軽音部を除く4バンドが楽屋にいるというのに、まだ余裕がある広さである。
 おそるおそる中に入っていくと、幾つかの視線が軽音部に向けられた。「ひっ」と声を上げた澪につられたのか、ごくりと唾を呑み込む一同。
 今日のブッキングはガールズバンド限定らしく、どのバンドも女性しかいないのだが、それぞれ独特の雰囲気を醸し出している。中にはメンバー全員が煙草を吹かしているバンドもあり、場慣れしていない少女達にプレッシャーを与えてきた。
 律を先頭に楽屋に入った一同が尻込みしていると、奥のソファに座っていた少女がすたすたと近づいてくる。
 ツナギにオレンジのパーカー、頭にはでかでかとしたサングラスという格好の少女は律に一直線に向かう。
 すると、律はその人物に心当たりがあるのか「あっ」と漏らすと、その少女の手を取った。

「マキちゃーん!」
「りっちゃん久しぶりー!」

 二人して手を取り合い、抱き締め合っている。もしかして、彼女が律の友人なのだろうかと夏音は黙って二人のやり取りを見守っていると、律が「あ、紹介するね」とこちらを振り返った。

「こちら中学の友達で、Love Crisisのドラムのマキちゃん! 今回、ライブに誘ってくれた人!」

 紹介されると、マキと呼ばれた少女が会釈してくる。

「はじめましてー。よろしくねー?」
「マキちゃんは律のドラムの先輩でもあるんだよ。ドラム始めたての律にドラム教えたのも彼女なんだ」

 後ろに控えていた澪がぼそりと説明を挟んでくる。

「へー」
「いやいや、教えたって言っても触りだけじゃん」

 マキはそう言って少し照れくさそうに笑った。それから澪に親しげな眼差しを向けた。

「澪ちゃんも久しぶりだねー。いやー! 澪ちゃんもベース上手くなりすぎで、びっくりしちゃったよ!」
「そ、そんなことないって!」
「これはホントだよ。うちのアヤなんてすっかりファンになっちゃってるんだよ?」
「う、うそ!」

 こういった賞賛の言葉に弱い澪がしどろもどろになっていると、いつの間にかマキと同じく、オレンジのパーカーを着た少女がマキの横で瞳を輝かせていた。

「み、澪さんだあ」

 じっと澪の顔を覗き込みながら限界まで目を見開いている少女。澪は興味津々に自分を見詰める少女にたじろいだ。

「あ、この子。ベースのアヤ。実は爆メロ観に行っててさ」
「え、ほんと?」

 まさか爆メロの名前をここで聞くとは思わなかった。澪が驚いて目を丸くすると、目の前の少女はうんうんと大きく頷きを繰り返す。

「マキちゃんの友達があのバンドだって知って、もう! 今日楽しみでしょうがなかったんです!」
「あ、そうなんだー」
「はい! 私、あの時は皆さんに票入れたんですよ!」

 アヤは興奮を抑えきれぬようで、鼻息を荒くして訴えかけてくる。意外なところにファンがいたものだ。

「なんか格好いいですよねー。あのバンドは誰だ!? ってネットで騒ぐ人けっこーいたんですよ?」

 アヤの言葉に後ろの方に控えていた梓が大きく頷くのが見えた。
しかし、そんなことは軽音部一同、承知している。だからこそ、こうして名を変えて出演に臨んでいるのだ。

「まあ、色々あってさー」

 苦笑いでお茶を濁した律だった。その後、立ち話もなんだからとテーブル周辺に座った一同はムギの淹れたお茶を囲って話すことにした。

「放課後ティータイム、だっけ。すると、あのバンドは解散したの?」

 律から細かい事情まで聞いていないのだろうか、マキも気になっていたらしい。そして、先程から一言も言葉を発していない夏音をちらちら見てくる。

「いやー解散っていうか、ねえ?」
「アレはあの時にテキトーに決めた名前だから」

 律と澪の説明にマキとアヤは揃って「ふーん」と唸った。

「それで、さっきリハちらっと見てたけど、こちらの人は出ないの? あの時のヴォーカルの人だよね?」

 マキが何気ない口調で核心をついてきた。途端に口籠もる律を不思議そうに見詰めながら、彼女は夏音の顔に視線を向ける。
 探るような眼差しを受けて、夏音はどう答えたものかと迷った。既に軽音部が爆メロに出場したことは知っているようだが、自分のプロフィールまで知っている様子ではない。

「残念ながら俺は出ないんだよ」

 ありのままをシンプルに口にした。変に誤魔化しても意味のない話だと考えたからだ。夏音の答えにマキは残念そうに言う。

「へえー。すごかったのにもったいないなー」
「はは、ありがと」
「ていうか、俺って言った? 見かけによらずボーイッシュなんだね」

 彼女はすぐに別の部分に興味をそそられたらしい。感心をこめて笑うその笑顔に夏音は苦笑をこぼす。

「ボーイッシュっていうのは女の人に使う言葉だよ。俺は男だもん」

 この、空気が固まる音は耳慣れたものだ。夏音がこう言うと、多くの人間が同じような反応を示す。

「う、うそっ!? 男!? 何で?」
「何でって言われても困る。君は性別に理由を求めるのかい?」
「いやー、っつわれても……うん、気を悪くしたらごめんよ。度肝抜かれたっていうか、久しぶりにこんな驚いたよ」

 夏音にとっては驚かれる筋合いもないのだが、他人からして見れば、こうするのが当然なのだと言わんばかりの人間の方が多い。
 特に気を悪くするということもなく、夏音は事務的に彼女に対応していた。

「やっぱり夏音くんは誤解される運命なんだね。それだけ綺麗な男の子っていないからしょうがないよね!」

 唯が明るい調子で言うと、部の仲間が口々に「そうだそうだ」と賛同する。自分の容姿についてイジられるのは慣れたもので、夏音は「はいはい」と軽くあしらった。

「あ、もうオープンの時間だ。ごめんね。私、物販のとこ行かないと!」

 マキが時計を気にして、両手を合わせて言った。自分達で作ったCD等を物販に出しているらしく、バンドの貴重な収入源でもある。

「また後でね! あ、そのサングラス前もしてたけどイカしてるよ!」

 最後に夏音にウインクを残して、嵐のように過ぎ去っていった。一同はラブ・クライシスの面々が楽屋を出て行くのを呆然と見送り、ひと息ついた。
 楽屋には、先程まで出演バンドの人間がいたのだが、気付けばほとんどの者が姿を消していた。

「みんなホールにでも行ったのかな?」
「さあ。マキちゃん達みたいに物販の場所にいるのかも」

 一方、軽音部は売りたくても売れるものがない。以前作ったデモCDを複製して持ってこようかという話も出たが、ヴォーカルが違うという点で却下された。

「そろそろ出番だなー」

 オープンの時間が過ぎ、ホールにはSEが流れ始めていた。かかっているのは、日本のロックンロールで、歌詞はよく聴き取れないが、なかなかイベント序盤の空気に馴染んでいる気がした。

「流れも確認したし、SEの音源もばっちり」

 律が確認するように呟く。

「わ、私ピックどこにやったかな」
「落ち着いてください澪先輩。さっきベースの弦に挟んでたの見ましたよ」
「そうだっけ?」
「ヘッドの上にも置いてたわよね」

 急に慌て始めた澪にくすりと笑った唯とムギが返す。

「そ、そうだった! 本番ピック落としたらどうしようって思って取りやすいところに……あぁ、本番ピック落としたらどうしよう」

 自身が施した対処法を全否定する弱音を零し始めた。澪が本番前にこうなるのはいつものことだ。
 唯などは「落ち着いて澪ちゃん。手の平にヒトって書いてのむんだよ!」とおそろしく古典的なことを口にしている。
 いつの間にか梓はぎゅっと膝を合わせて座り、熱心に指のストレッチに取り組んでいた。
 夏音はそんな彼女達の様子をぼんやりと眺める。
 自分が出ないライブで、彼女達が緊張しているのが不思議でたまらない。他人事のようで、そうではないことが。
 何よりこの中で一番気持ちが落ち着かないのは自分だという自信がある。
 夏音は、自分が出演するライブより緊張していた。
 彼女達の緊張が伝染したのかもしれない。しかし、緊張というより他に胸に疼く感覚の正体を彼は知っていた。
 それは「不安」という。
 彼女達が大きな失敗をしないか。客に否定されて、傷ついてしまわないだろうか。
 ライブ経験値の低い梓は緊張にやられて上手く弾けない可能性だってある。人一倍頑張り屋なのに、神経質な梓のことだ。終わってから沢山悔やむだろう。

「(何だろうこの気持ち……まるで、)」

 少女達をぐるりと見渡して、夏音は確信する。

「(まるで子供の学芸会を観に行く親の気持ち?)」

 うちの子、失敗したりしないかしら。
 そんな情景が目に浮かぶ。

「んなアホな」

 同時に、夏音はソファに沈み込んだ。

「お母さんかい……」
「なにが?」
「何でもない」

 耳ざとく夏音の独り言を拾った唯が首を傾げたが、夏音は首を振って答えた。
 確かに、この感じは我が子が舞台の上で恥をかかないか心配する親のようである。自分が彼女達の親だなんて思ったこともないし、思いたくもない。
 よりにもよって、こんな例えを思いつくなんて、と夏音は自己嫌悪に陥った。そして、それがさほど間違っていないような気もして、余計に落ち込んだ。

「(俺は保護者になった覚えはない!)」

 こんな面倒な連中の世話をするなんて考えたくもない、と夏音は粟立つ腕をぐっと押さえた。
 しかし、と冷静になって考える。
 保護者になるということは最後まで見届けるということだ。
 自分で手一杯な夏音が彼女達の何を見届けられるというのだろうか。
考えるうちに自嘲したい気分に陥った。自分は保護者になる資格なんてないのだ。
 気付かなくてもよかったことを、また一つ発見してしまった。
 会場の方は人の話し声によるざわめきが増している。SEに負けないくらいの人の気配。
 彼女達の気分が手に取るように分かる。爆メロの時とは違い、人の視線が近い。
 それは、全く別種のプレッシャーを彼女達に与えるだろう。
 「見届ける」。その行為がいつまで続くのか、夏音は分からない。
それが叶わないなら、自分はどうあるべきなのかも、迷い続けている。
 ただ、見届けること。もしかして、この胸の疼きの何割かは、たったそれだけのことを諦めようとする夏音の罪悪感かもしれなかった。
 そのために敷いてきたバンドとしての布陣。
 夏音が自分の代わりにしようと梓に託したポジションは少し荷が重いだろう。でも、いつか彼女なら立派に果たしてみせるはずだ。
 夏音が準備していたことが、これから形になる。それが叶えば、この先は大丈夫なのだと夏音は確信できる。

「夏音、さっきから具合でも悪いのか?」

 澪が自分の心配もよそに、夏音の顔を覗き込んでくる。気遣う目に夏音は淡く微笑み返した。

「ありがとう、平気」

 本番前の彼女達にいらない心配をかけたくはない。
 夏音は立ち上がり、ドアの方に歩き出してから振り返った。

「じゃあ、俺は客席の方に行くよ。今夜はお客さんみたいなものだから、ただ聴いてればいいもんねー」
「チクショー。他人事みたいに言いやがって~!」

 恨みがましく律が言った言葉に笑いが起きる。確かに、と夏音は思う。
 勝手に少女達の手を引っ張って連れていったくせに、今はその背中をどんどんと押しているのだ。
 そんな工程の最中で、彼女達は夏音の思惑に気付いてなどいないのだろう。

「じゃ、頑張って。楽しんでおいで」

 いつもの台詞だけ残して、夏音は楽屋を後にした。

 ホールに続くドアをくぐり抜けると、誰かが吐き出した煙草の煙が淡くステージを照らすライトの中を漂う光景が目に入った。
 満員とまで行かなくとも、客入りは悪くない。
 ホール自体が狭く、箱詰めされた石鹸のように人を並べて立たせても150人が限界だろう。
 丁度良い人の隙間があり、夏音はその中をすいすいと抜けていく。  ホールの一番後ろの壁際に向かうと、壁によりかかった。
 整列させる必要もない。まばらに空いた人と人との間にできたスペースが印象深かった。
 この場にいる人間はどこまでも自由に音楽を楽しみにきているのだろう。いつ出て行ってもいいし、好きな時に煙草を吹かして酒を飲んでいい。
 狭いのに、窮屈な感じは不思議としない。

「(これがライブハウスか)」

 アメリカでも行ったことはあるが、日本のライブハウスはペニー・マーラー以外に知らなかった。
 客の顔ぶれを観察してみると、若者ばかりである。それも高校生くらいの人間が多いように見えた。
 今日のライブが高校生バンドが多いのも理由にあるのだろう。しかし、中にはガチガチのパンクファッションに身を包んでいる年配の人間もいる。

 照明が暗くなる。ステージ脇から出てくる部の仲間達の姿に夏音は目を凝らした。暗くてあまり見えないが、明らかに緊張しているのが分かる。
 演者がステージに上がったというのに、歓声も拍手もない。SEと混じるざわめきが収まることはなく、彼女達の存在を認識しつつも、聴く姿勢になる者は少ない。
 急に出演することになった名も知らぬバンドに期待している者などいないのだ。
 おそらく、客のほとんどが他の出演バンドを目当てに来ている。
 中には、対バンになど興味はないので早く目当てのバンドを見せろと思っている人間もいるだろう。
 だからこそ、夏音は笑いを抑えきれなかった。
 こういったシチュエーションは嫌いじゃない。あの場所に自分が立っていたならば、あまりの嬉しさに同じように笑いをこさえていただろう。

 自分がこれから放つ音楽で、お留守になっている耳を鷲づかみにしてやればいいのだ。
 一斉に自分の音楽に捉えられた人の顔というのは忘れられない。

 しかし、今夜それを実行できるのは自分ではない。夏音が託した少女達の音だ。

 ただの高校生バンドだと思っていればいい。
 SEがそっとフェードアウトする。
 静まる客。遠くからきこえてくるようなギターの音色。
 ヴァイオリンのように小刻みに揺れるトレモロ。膨らんでいくフィードバックは美しく、スピーカーから放たれる振動が身体を大きく震わせていく。

 夏音は酔いしれるように、そっと目を閉じた。


★        ★

 三曲目、澪ヴォーカルの「クマ」が終わると、すぐにアンプの上に置いていた水を飲む唯。その間に生まれた沈黙に、澪が身動ぎした。
 唯が黙るとMCが静かになる。

「今の曲はクマちゃんって曲でした! この曲は私達が二番目に作ったオリジナルなんです!」

 それに対する客の反応は薄い。けれども、しっかりと唯の言葉に耳を傾けており、好意的な笑いを浮かべている人が多かった。

「真摯な森のクマさんが森を破壊する歌です!」

 途端に爆笑が沸き起こった。ほんわかした唯の口から語られるのがシュールで、夏音でさえもくすりと笑ってしまった。
 もちろん曲の概要はおおまかに言うと、その通りだ。それだけではないのだが。

「あ、でも森の破壊はよくないですよー。木をいっぱい採りすぎると、森のバンビさんやリスさんとかが住めなくなっちゃうってテレビで言ってました」

 さらに続く唯の天然トークにくすくすと笑いが漏れる。唯の堂に入ったMCは聴いていて面白いのだが、ふとした拍子に予想のつかない場所へ着地しそうで恐ろしい気もする。
 着地どころか、クレーターをこさえて周りに被害を及ぼす可能性もある。

「あ、でもよく考えたらこのギターも木なんですよね」

 肩から提げるギターに目を落として、今気が付いたかのように呟く。かのように、ではなく、本当に気付いたばかりなのだろう。

「じゃあギターの木だけ、採らせてくれればいいです!」

 そうくるか、と夏音は膝の力が抜け落ちそうになった。他にもツッコミ所が満載な唯のトークだったが、後ろの方で咳払いをした律がそれを止める。
 残り数曲を唯の喋りで終わらせてしまうのは、笑えない。

「あ、じゃあ残り二曲聴いてください! 次、カヴァーの曲で、『Autumn Shower』」

 その曲名を聞いた瞬間、夏音の唇が震えた。心臓を鷲づかみにされたような衝撃。どっと汗が背中を伝う。
 彼女達がカヴァー曲をやることなど初耳である。それだけではない。 その曲名は誰よりも自分が知っているものだった。
 それは、夏音が最初に出したアルバム内の一曲の名だった。
 おそらく、この曲を知っている者はこの場にいないだろう。
 しかし、夏音にとっても想い出の曲だった。一部の人間には、背伸びした子供の鼻歌のようなものだと酷評されたが、それでもこの曲の美しさを夏音は誇りに思う。
 コード進行は非常にシンプルであり、中盤で二転する転調を挟む部分以外は目立った展開はない。
 ただし、和音の組み合わせをいかに美しく聴かせるかがポイントであり、歪んだギターの音色で表現するには些か無理がある。

 落ち着いたオレンジ色の照明に照らされたムギが鍵盤に手を置く。
 鍵盤の音がしっとりと、低音から立ち上っていく。水の音、深海を思わせる音をその上に重ねる。
 そういう解釈なのかと夏音は驚いた。原曲に無い音。それはムギが捉えたイメージによる色づけに他ならない。夏音にとって、イントロのメロディは朝霧を思い起こす調べだが、ムギには別の世界がみえたのだろう。
 実は人より馬力のある彼女だが、そのタッチはきわめて繊細だ。鍵盤に触れる指使いは、彼女が小さい頃から培ってきた練習の重みを感じる。
 導入部の穏やかなピアノにベースが追いついていく。いつの間にか、隣にいるのだ。まるで、それまで巧妙にいないフリをしていたかのように。
 八小節後に全ての楽器が歩みを寄せる。
 そこから展開される、誰よりもなじみ深い音楽。
 自分の曲をカヴァーするために、彼女達はCDを何度も聴いたのだろう。
 カヴァーだからまるまるコピーしているわけではないが、そこに妥協はない。彼女達なりのアレンジが散りばめられた演奏に夏音は夢見心地で体を揺らしていた。
 どういったつもりで彼女達がこの曲を演奏しているかは定かではない。
 それでも、この短期間でよくこの曲を覚えたものだと素直に感心させられる。
 それぞれのパートのソロもあり、誤魔化しがきかない曲だ。多弦のベースで鳴らすパートは別の楽器が補い、形にしている。
 いつの間に、彼女達はこんな曲を弾けるようになったのだろう。
 夏音の記憶に存在する彼女達はこんな音を奏でたことがあっただろうか。巧みにハーモニクスを鳴らす梓と澪のユニゾンはとても美しく、溶け合うように優しい。
 他の客も、先程までとは打って変わった音楽を受け入れている。
 自分の音楽が、彼女達を通して伝わっているのだ。
 六分弱の演奏がぴたりと止まった瞬間、放課後ティータイムはひときわ大きな拍手に包まれた。

「ありがとうございました! この後も楽しんでってください!」

 それまでの空気を切り裂くようなドラムのビートに乗っかった唯が声を張り上げ、少女達は最後の演奏を全速力で駆け抜けていった。



 皆がステージから捌けるのを見計らってから、夏音は楽屋へと赴いた。すると、各々の機材を床に置いて抱き締め合う彼女達の姿が飛び込んできた。

「楽しかったー!」
「お疲れ様~! ミスりまくった~! アハハハーッ!」

 興奮冷めやらぬ状態で、汗だくになっている唯と律が肩を組んで騒いでいる。その側にムギがいて、胸の前で腕を組んで笑っている。
 その輪を薄く微笑みながら見守りつつ、澪と梓は機材の片付けに勤しんでいる。
 だが、二人とも同じように満足気であった。
 膨れあがったエネルギーの残滓を、彼女達から感じる。
 少しだけ、眩しかった。おそらく、それはステージから持って帰ってきた輝きのせいだった。

「お疲れ様!」

 夏音はその喜びの輪に入っていき、ねぎらいの言葉をかけた。

「あ、夏音くんどうだった!?」

 笑顔の夏音に気が付いた唯が今にも飛びつきかねない勢いで身を乗り出してきた。

「最高。この一言だね」

 幾つもミスもしていたし、完璧とは言えない。しかし、そんなことは関係なかった。最高だった。それ以外の感想は持ち合わせていなかった。

「ほんと!? 夏音くんの曲、上手くできてたか心配だったんだー!」

 ほっと胸を撫で下ろす仕草の唯に同意するように周りが頷く。

「先輩の曲、昨日ぎりぎりまでアレンジしてたんです!」

 梓がぐっと小さな握り拳をつくって夏音をきらきらとした瞳で見詰めてくる。

「そうだったんだね。すごいよ! みんなこれからもライブするべきだよ!」

 夏音が力をこめて言うと、皆の顔に照れ笑いが浮かぶ。

「うん! すっごく楽しかった! またライブハウスでライブできたらいいな」

 ムギは今夜のライブに強く胸を打たれたらしい。彼女はステージの上で、誰よりも楽しんでいた。
 抑えきれないように鍵盤を叩く彼女は今までにないくらい活き活きしていたように思えた。

「私ら、結構イケてたよな!?」

 律が調子づいて言った言葉にも反論する者はいなかった。少女達がまんざらでもないように頷いていると、そこに新たな声が加わった。

「お疲れー! いやー超かっこよかったよ!」

 楽屋に飛び込んできたマキだ。ラブ・クライシスの面々も揃って軽音部の演奏を褒める言葉をかけてきた。

「さっすが爆メロ出場したバンドだね!」
「いやあ~それほどでも~」

 マキは、ぐにゃりと頬を緩ませる唯に「アハハッ」と笑った。

「でも、ほんとによかったよ。また対バンして欲しいんだけど、どうかな?」

 その提案に驚く一同は、マキをまじまじと凝視した。

「今度、別のハコでうちらの企画あるんだけどさ。まだ二バンドくらい空きあるんだ。みんなさえよかったら、出てくれない?」
「是非、出てください!」

 その隣でアヤが後押しの言葉を重ねてくる。その視線は澪に固定されているようだが。
 思いもよらぬ早さで次のライブの話が舞い込んできた軽音部だったが、誰も即答する者はいなかった。
 互いに顔を配らせ、どう答えるべきか探り合っている。気乗りしないわけではないものの、まだライブハウスへの進出へは手探り状態もいいとこの軽音部である。
 ライブの誘いは魅力的だったが、答えを出すには話合いが必要だった。
 一方、答えあぐねている状態の彼女達を見たマキは明るい調子で言った。

「あ、急だから今すぐじゃなくていいんだ。流石にフライヤーとかポスターとか刷る関係もあるから、二週間前には決まって置いて欲しいけど」
「ちなみに、いつライブなの?」

 律が代表して肝心な日程を訊ねる。「来月の二十二日。土曜日だよ」と即回答が返る。

「あー。一応、ちょっと話し合ってからにするね」

 申し訳なさそうに言う律に頷くと、マキは「じゃ、よろしくね!」と言うと楽屋から出て行った。

「出た方がいいんじゃない?」

 他に楽屋に残る者が軽音部以外にいなくなると、夏音が開口一番でそう言い切った。

「う、うーん。出たい気持ちは十分なんだけどさ」

 歯切れの悪い律の隣で、唯は淀みなかった。

「またタダでライブ出れないかな~」
「そう何度もできるわけないだろ? 今回だって特例なんだから」

 意外に金汚い唯を嗜める澪。金銭の話になると、何だか後ろめたい空気になるが、実際問題はそこだ。

「でもなあー。これからライブ出るにしても、誘われるライブ全部にほいほいと出るわけにもいかんだろー」
「月に一回ないし二回が限度だな」
「たしかに……お小遣いじゃまかないきれないですね」

 そう言って現実的な問題に唇を曲げて悩むのであった。
 ノルマ代を払い続けるのも一苦労である。バイトをするというのも手だが、その判断は彼女達次第だった。

「毎回抜け目なく無料で出れる機会を狙うバンド……なんかセコいな」

 言い出してから嫌そうにうなだれた律。ちなみに、その意見には夏音も同感である。

「あ、ていうか! 次のバンドのライブ始まった!」

 唯が発した一言で楽屋に隣接しているステージから響いてくる振動に気付いた。

「まあ、また学校で話し合うか」

 とりあえず、そう結論づけてから一同は急いで楽屋を出て行った。


★      ★


 結局、その日のライブが終わって帰れたのは二十三時を過ぎた頃だった。
 門限つきのムギは律の家に泊まるという話をつけていたらしく、澪と律にくっついて別れた。

「そういえば誰も知り合いを呼ばなかったんだね」

 唯の妹である憂や、和。他にも各々の友人を呼ぶものだと思っていたが、一人もいなかった。

「うーんとね。今回は実験みたいなものだったから、私達だけでやってみようってことにしたんだ」
「へえ。それまた、どうして?」
「だって夏音くんに観てもらいたかったから」
「え?」
「今回は夏音くんだけに見守ってて欲しかったんだ」

 唯の口から出てきた意外な理由に夏音は瞠目した。

「でも、本当はそんなに深い理由はないよ? 最初のお客さんにぴったりなのは夏音くんだよね! って話してて、友達とか呼ぶ? って話になった時に『最初だから、とりあえず様子見で……な? そうしよう!?』って澪ちゃんが言い出したからなんだけどね」
「そういうオチなんだね」

 続いて聞かされた話に夏音はどっと肩の力が抜けた気がした。今夜の彼女達はとても良い演奏をしていたのだが、不安でいっぱいだったのだろう。
 夏音は自分を見くびるつもりはない。自分が抜けたことで生じる穴の大きさも理解はしている。
 少女達はバンマスである夏音抜きでライブをする重圧をくぐり抜けた。
 大切な人に不甲斐ない演奏を見せる可能性があると思った以上、気軽にライブに招待することをしなかったのだと思われる。
 しかし、それも今回までの話だ。彼女達も重々承知しているだろうが、これからは客を呼ぶためのことを考えねばならない。
 夏音はそれを口にしなかった。
 彼女達のバンドだ。もう、自分の問題ではない。
 一線を引きたくはないが、バンドに関しての決め事を話し合うのはあの五人でなくてはならない。
 意見を求められるのはかまわないが、舵を切るのは彼女達以外の人間を挟んではならない。
 そう思ったからこそ、夏音は今回のライブに向けての準備も任せきりにした。セットリストも、アレンジも知らぬまま、純粋に夏音は客として皆の演奏を聴いたのである。

「でも、先輩とライブできる機会が減るのはなんか寂しいです」

 夏音の後ろを歩いていた梓がぽつりと言った。

「そうかな。軽音部としてライブをいっぱいすればいいんじゃないか?」
「それは、そうなんですけど……」
「あずにゃんは心配性だなあ」
「ひ、人が真剣に話してるんですよ!」
「まあまあ。今までのライブ頻度がおかしかったって思えばいいじゃないか。これからは、たくさんライブをしようよ。そういうのを考えるのも楽しいでしょ?」

 夏音は努めて明るく梓に語りかける。

「そうですよね。学校でもライブ三昧、ですね!」

 元気を取り戻した梓の言葉に唯は頬を引き攣らせている。きっと練習浸けの毎日を想像しているのだろう。

「あ~、もうお腹すいた~」
「ほら、あとチョットなんだから頑張ろうよ」
「なんで夏音くん車で来てないの~」
「そういう発言は信用なくすよ」
「機材が重くて腰が……」
「じゃあケースだけ持つから」

 唯の漏らす不平不満を夏音が涼しい顔であしらっていると、そんな二人を苦笑して見詰めていた梓がぽつりと小さな声で呟いた。

「あれ……? でも、先輩はどこのパートをやるんだろう」

 夏音は、ハッキリと耳に入ったその疑念の言葉を聞こえないふりをして歩き続けた。



※にじファンが閉鎖らしいですね。きっと、すぐにそうなるだろうと思っていましたが、ついに来ましたねー。

 この騒ぎの中で投稿するのは少し躊躇ったのですが、投稿いたしました。
 こんな作品ですが、読んでくださる方もいらっしゃるので、更新しても気付かない間に流れていくんでは、と不安もあります。

 


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