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No.26404の一覧
[0] 【けいおん!】放課後の仲間たち[流雨](2012/06/28 20:31)
[1] プロローグ[流雨](2011/06/27 17:44)
[2] 第一話[流雨](2012/12/25 01:14)
[3] 第二話[流雨](2012/12/25 01:24)
[4] 第三話[流雨](2011/03/09 03:14)
[5] 第四話[流雨](2011/03/10 02:08)
[6] 幕間1[流雨](2012/06/28 20:30)
[7] 第五話[流雨](2011/03/26 21:25)
[8] 第六話[流雨](2013/01/01 01:42)
[9] 第七話[流雨](2011/03/18 17:24)
[10] 幕間2[流雨](2011/03/18 17:29)
[11] 幕間3[流雨](2011/03/19 03:04)
[12] 幕間4[流雨](2011/03/20 04:09)
[13] 第八話[流雨](2011/03/26 21:07)
[14] 第九話[流雨](2011/03/28 18:01)
[15] 第十話[流雨](2011/04/05 15:24)
[16] 第十一話[流雨](2011/04/07 03:12)
[17] 第十二話[流雨](2011/04/21 21:16)
[18] 第十三話[流雨](2011/05/03 00:48)
[19] 第十四話[流雨](2011/05/13 00:17)
[20] 番外編 『山田七海の生徒会生活』[流雨](2011/05/14 01:56)
[21] 第十五話[流雨](2011/05/15 04:36)
[22] 第十六話[流雨](2011/05/30 01:41)
[23] 番外編2『マークと夏音』[流雨](2011/05/20 01:37)
[24] 第十七話[流雨](2011/05/22 21:00)
[25] 番外編ともいえない掌編[流雨](2011/05/25 23:07)
[26] 第十八話(前)[流雨](2011/06/27 17:52)
[27] 第十八話(後)[流雨](2011/06/27 18:05)
[28] 第十九話[流雨](2011/06/30 20:36)
[29] 第二十話[流雨](2011/08/22 14:54)
[30] 第二十一話[流雨](2011/08/29 21:03)
[31] 第二十二話[流雨](2011/09/11 19:11)
[32] 第二十三話[流雨](2011/10/28 02:20)
[33] 第二十四話[流雨](2011/10/30 04:14)
[34] 第二十五話[流雨](2011/11/10 02:20)
[35] 「男と女」[流雨](2011/12/07 00:27)
[37] これより二年目~第一話「私たち二年生!!」[流雨](2011/12/08 03:56)
[38] 第二話「ドンマイ!」[流雨](2011/12/08 23:48)
[39] 第三話『新歓ライブ!』[流雨](2011/12/09 20:51)
[40] 第四話『新入部員!』[流雨](2011/12/15 18:03)
[41] 第五話『可愛い後輩』[流雨](2012/03/16 16:55)
[42] 第六話『振り出し!』[流雨](2012/02/01 01:21)
[43] 第七話『勘違い』[流雨](2012/02/01 15:32)
[44] 第八話『カノン・ロボット』[流雨](2012/02/25 15:31)
[45] 第九話『パープル・セッション』[流雨](2012/02/29 12:36)
[46] 第十話『澪の秘密』[流雨](2012/03/02 22:34)
[47] 第十一話『ライブ at グループホーム』[流雨](2012/03/11 23:02)
[48] 第十二話『恋に落ちた少年』[流雨](2012/03/12 23:21)
[49] 第十三話『恋に落ちた少年・Ⅱ』[流雨](2012/03/15 20:49)
[50] 第十四話『ライブハウス』[流雨](2012/05/09 00:36)
[51] 第十五話『新たな舞台』[流雨](2012/06/16 00:34)
[52] 第十六話『練習風景』[流雨](2012/06/23 13:01)
[53] 第十七話『五人の軽音部』[流雨](2012/07/08 18:31)
[54] 第十八話『ズバッと』[流雨](2012/08/05 17:24)
[55] 第十九話『ユーガッタメール』[流雨](2012/08/13 23:47)
[56] 第二十話『Cry For......(前)』[流雨](2012/08/26 23:44)
[57] 第二十一話『Cry For...(中)』[流雨](2012/12/03 00:10)
[58] 第二十二話『Cry For...後』[流雨](2012/12/24 17:39)
[59] 第二十三話『進むことが大事』[流雨](2013/01/01 02:21)
[60] 第二十四話『迂闊にフラグを立ててはならぬ』[流雨](2013/01/06 00:09)
[61] 第二十五『イメチェンぱーとつー』[流雨](2013/03/03 23:29)
[62] 第二十六話『また合宿(前編)』[流雨](2013/04/16 23:15)
[63] 第二十七話『また合宿(後編)』[流雨](2014/08/05 01:53)
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[26404] 第二十二話
Name: 流雨◆ca9e88a9 ID:a2455e11 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/09/11 19:11


 放課後、特に示し合わせたわけでもないが、全員が廊下を歩いている途中に合流した。鍵を取っていざ部室へと向かったが、既に先客がいることに気付いた一同は怪訝な表情を浮かべた。
 その答えは扉を開けてみて、すぐに理解させられることに。
「夏音くん……あなたを待っていたわ……いや、オマエをマッテイタ!!!」
「……………………………………………………………」
 部室に入った軽音部一行を待ち構えていたのは我らが顧問、山中さわ子。美人で優しい評判高い女教師。その本人は見た目にそぐわぬフライングVを携えて、今まさに部室に入ってきた夏音を見据えている。
「…………どうしちゃったんだろう、この人」
 全員分の意見である。ぽかんとした表情で首を傾げた夏音は、じっと鋭い視線を向けられる覚えがなかったので、顧問に尋ねた。
「いったいどうしたんですか?」
 頭とか、諸々含めて。
「ふふ……あなたは今とても重大な分岐点に立っているはず。自分の抱える悩み、葛藤の日々。わかる……とても、わかるのよ。けれど、私はあなたがいつまでも悩んでるこの現状が見てられないの! そう、顧問としてあなたにしてあげられることがないか考えたわ。そんなの一つしかないじゃない……本当の音楽を………この魂のぶつかり合いの中で思い出させてあげるの。さあ! ギターを出しなさい! こちとら多少は腕が錆び付いたってその辺のちゃらいギター弾きより劣ったつもりはないわよ!」
 びしっとピックを挟んだ指を夏音に向けるさわ子。
「あなたの魂を解放させてあげるわ!」
 本人としては最高に格好よくキメたつもりなのだろうが、真正面に立つ少年少女達は胡乱気に見詰め返すばかりだった。
「やれやれ。完全に自分の世界に酔いしれてるみたいだね。なんだか俺が原因みたいだけど」
 肩をすくめて、前に歩み出た夏音はギターケースからストラトを取り出す。
「面倒くさいけど、付き合ってみるかな」
 にっと笑う夏音にさわ子の眼がきらりと光った。


「………今日もお茶がうまい」
 しばらくして後、軽音部はいつもの安穏とした空気に満ち足りていた。ケーキと紅茶を囲んで優雅なティータイム。姦しくどうでもいい会話に華を咲かせている。昨日までの殺伐とした空気はどこかへ吹き飛び、以前までの軽音部が戻ったといえよう。
「わかってはいたの……わかってはいたのよ……」
 ただ一人、ギターを抱えてうずくまる女教師だけがこの空間に闇を落としていた。
「プロとはいえ、生徒にこてんぱんにされるなんて……不甲斐なくて泣きそう……」
 嗚咽を漏らし続ける彼女はどう見ても既に泣いていたが、誰もそこに突っ込まない。むしろ、九割五分ほど自分達のティータイムに夢中で、残りなけなしの同情の念によってさわ子の方をちらりと見るくらいだ。それも、ひどく面倒くさそうに。
「さーわちゃん。元気だしなよー。さわちゃんは勝てるとかの前に、色々と方向性が間違ってるんだよ。もう、人としてっていうか」
 心ない律の一言に、さらに激しく泣き伏せるさわ子にいい加減に「めんどくせー」と思い始めた一同だった。


 結局、突如として始まったギターバトル(さわ子いわく、魂の解放)は、序盤からメーターふりきりのさわ子の速弾きから始まり、返す夏音の超絶技巧との掛け合いがしばらく続いた。泣きのチョーキングまで入れ、さらに全力の表情まで使ってギターを弾くさわ子の瞳から一筋の涙が流れたあたりからさわ子の劣勢は始まる。徐々に凄みを増す夏音は早く勝負をつけたかったのか、実力を惜しげなく披露。
 最終的に指が吊ってギターが弾けなくなったさわ子はその場に崩れ落ちることになった。
「先生もやるね。ブランクあるとは全然思えなかったや! たまに部活でも弾いたらいいんじゃないかな」
 爽やかな笑顔で声を掛けられた後、決定的な一言。
「あ、それと俺達はちゃんと仲直りもしたし。今日も平常運行なんで、ヨロシク!」
 勝手に事態を解決されていたのである。夜通し悩んだあげく、このような手段に出たさわ子は、まるで立場がなかったわけだ。


「まあ、心中察しはするけど……」
 気の毒そうに眉を寄せた澪が背を丸めてうずくまるさわ子を見る。十も年下の生徒の前でこの体たらくは、あんまりである。
「さわちゃんカッコよかったよ! ケーキあるからおいでー?」
 いたわりの声をかけてくれる唯に泣き濡れた瞳を向けたさわ子は、唯一の優しさに導かれるようにテーブルに座った。その際、既にささっとお茶の用意を済ませていたムギは流石である。
「………このために生きてきたと言っても過言ではないわ」
 しみじみと茶をすすりながら深い息をつく姿は、まだ若い少女達には直視しがたいものがあった。一回りほど老けたような状態の彼女は、仮にも桜高の美人教師で通っているのだが。
「ま、よく考えたら自分達だけで片をつけるのがイチバンなのよねー」
 今しがたまで晒していた醜態を綺麗さっぱりぶん投げたさわ子は、打って変わって教師の顔をした。
「いちおー顧問としてあなた達の予定とかは把握しておきたいんだけど、結局はどうすることにしたの?」
 この問いに顔を見合わせた面々である。
「出ることにしたよ」
 代表して夏音が答えた。
「出ないっていう選択肢もあったんだけど、せっかくだしね」
「そのコンテストってテレビとかは入らないの?」
「そうだよ。だからこそ俺が安心して出られるっていうのもあるんだ」
「ま、何かの間違いでファイナル進出なんてことになっちゃったけど。こんなチャンスはなかなかないだろうからなー」
 コンテストに出場することは誰にでもできるが、最終舞台まで辿り着けるものは一握りなのである。課程がどうであれ、やれるところまでやってみたいという挑戦心が彼女達の心を占めていたのだ。
「優勝とかは正直無理だろうけど、そういうことじゃないんだ」
 夏音の言葉にしたり顔で頷き合う少女達にさわ子は「ふーん」と目を眇めた。この子供達は何かを乗り越えて、絆をより深めたのだろうとすぐに分かったのだ。満面笑みを湛えてから、すぐに表情を引き締める。
 さわ子は本当ならば心の底から喜んでやりたいが、教師としての自分が課程の段階で手放しで喜ぶのも何か違うと思ったのである。さわ子が満面の笑みで彼女達を迎えるのは全てが終わった後でなくてはならない。さんざん浮かれたあげく、散々な結果になった時に自分も一緒に落ち込みそうだからというのもある。
 微笑程度に留め、何だか「わかり合っている」雰囲気を出す生徒達に改めて言った。
「何にしても後悔が無いようになさい? 学生のうちって全てに全力で向かっていける時期なのよねー。うらやましいわあ……」
 嘆くさわ子の言葉は誰も聞いていなかったが。少しぴくりとこめかみが脈打ったが、さわ子は大人の余裕をもって彼女達に尋ねる。
「当日は私も応援に行くつもりだけど、チケットとかはないの?」
「営利目的のイベントじゃないから入場無料だよ。ただ1ドリンク代だけかかるけど」
「そう。じゃ、これから練習しなくちゃね! 私、もう行くわ。頑張って!」
 いつの間にか平らげてしまったケーキと紅茶の礼を言って、さわ子は職員室に戻っていった。
「ある意味、すごい人だよな」
 色々と強烈な顧問が去っていった後の扉を見詰め、律が苦笑混じりに呟いた。そして、そのまま思い出したように夏音に訊ねた。
「そういえば昨日、夏音はその……夕飯を食べたのか?」
「………ああ」
 その一言にぎっしりと説得力が詰まっていた。誰もが気の毒そうに見詰めるので、座りが悪くなった夏音が大袈裟な、と手を振る。
「大丈夫。生まれてから何度も口にしてきたんだから。それより、よくぞみんなこそ平気だったね。初心者は大抵トイレに直行するんだけど」
 心の底から驚嘆を示す夏音に、昨夜の記憶がよみがえってしまった面々が胃を押さえる。げっそりと視線を泳がせる反応を見て、夏音は心得た様子で頷いていた。
「ご愁傷さま、てやつだね」
 簡単に言ってくれる、と恨みのこもった視線をそこで向けた澪だったが、筋違いかと思い直したのか代わりに小さく溜め息をついた。
「完璧な人間なんてそうそういないってことか」
「え、何か言った?」
「な、なんでもない!」
 仮にも身内をバカにするような発言をされたら気を悪くさせたかも、と澪は反省した。
「ま、いいか。さてお茶も飲み終わったし練習しようか?」
 反対の声は誰一人あがらなかった。




『ハーイ、それじゃあ最後に意気込みをお願いCHA~』
『う、あ、ハイ! んっと……緊張はすごいですが、精一杯頑張りましゅ!』
『オーケィ。明日、あの場所で会おうぜ! クレイジーコンビネーションのRITSUでしたー!』
 通話が切れたことを確認してから、肺の中の酸素を吐き切る勢いで息をついた律にすかさず叫声が叩きつけられる。
「すごーいりっちゃん! ラジオに出演しちゃったよ! 芸能人だよ!」
 興奮冷めやらぬ様子でぴょんぴょんとはねる唯の横では、手を握りしめて同じように頬を上気させたムギがきらきらと瞳を輝かせている。
「お疲れさま」
 特に大した運動をしたわけでもないのに、びっしょりと汗を掻いた律に澪からタオルが差し伸べられる。
「サンキュー………うぅ、最後かんじゃった……もうだめだー! 全国ネットで笑いものだー!!」
 ウギャーと頭を抱えて床で悶えまくる律の耳に、プッと噴き出す音が引っ掛かる。
「笑うな夏音!」
「だ、だって律の声、ラジオからきこえるんだもん! あーヤバイ! 何あの声っ!? つくりすぎだろー」
 終いには腹を抱えて転げ落ちそうになる。自分を馬鹿にする男をきつく睨んだ律は恨みがましい声で唸った。
「つーか何で私だよー! お前の方がラジオとか喋り慣れてそうだろう!?」
「いーや。俺、ラジオは全然出たことないんだ」
「んなことどーでもいいわっ! つまりお前の方がメディア慣れしてんじゃんって話だろ!」
「そんなことないよ? 俺、テレビとかの前だと緊張するし。『あ、あ、あ、あ、あの、オァ、スゥーッハァ。スゥーーッ、ブフォッ! ソ、ソ、ソ、ソソーデスネ!?』みたいな感じになるもん」
「嘘つけっ! めっちゃフレンドリーに喋りまくってる動画観たわっ!」
 有名人は誤魔化しがきかない。
「でも、この部の部長は律なんだからさ。そこが妥当だと思うけどな」
「へっ! そういう時だけ部長部長ってな」
「例えば唯に喋らせてみなよ。何喋るかわかんなくて恐ろしすぎるだろ?」
 公共の放送にはいささかデンジャラスすぎる会話を提供しそうである。
「夏音くんひどい……」
「まあ確かにな」
 そりゃそうだと激しく同意する律に、さらにショックを受けた唯は膝を抱えていじけ始める。
「澪なんかひどいと思うよ。放送事故になること間違いなし」
「それもそうか」
 これにも思い当たる節がありまくりなので、容易に想像できた。思わず抗議の声を上げた澪は無視される。
「ムギはまあ、いいと思うけど……」
「けど?」
「なんか、違う気がする」
「結局、私一択しかねーじゃねーか!」
 おまけに、最後のは理由にすらなっていない。
「まあまあそんな怒りなさんなよー。いい経験じゃないか」
 律は怒りのあまり身を起こすと、がばっと立ち上がった。
「明日、私がどんな目で見られるかわかってんのかよ!? 『あ、ラジオで噛んでた女だ』だぞ!?」
「いや、別に誰も思わないでしょそんなの。微笑ましく捉えられたと思うけどな」
「そうよりっちゃん。緊張のあまり噛んじゃった女子高生! バッチリだと思う!」
 横でニコニコと会話をうかがっていたムギが言う。
「ば、ばっちりってなんだー?」
 律は、日頃からよく考えが読めないムギにたじろいだ。
「大丈夫!」
「いや、自信満々におされても……」
 心の底から言っているだろうムギに弱ってしまった律。これには、抗いたい気持ちも萎えてしまった。
「別に終わったからいーんだけどさ……」
 爆メロ前日にラジオに生放送するという話が襲来した時、一同は誰が電話に出るかでもめにもめた。たらい回しした結果、部長ということで律に白羽の矢が立ってしまったのである。彼女は電話がかかってくる寸前まで抵抗していたのだが、受話器越しに聞こえる喋る自分の声がすぐ側のラジオから流れるのを聞いて腹をくくるしかなかったようだ。頭は真っ白になって何を喋ったか、ほとんどぶっ飛んでしまっている。
「いよいよ明日、か」
 ぽつりと噛みしめるように呟いた澪の言葉に皆が口をつぐむ。今日、夏音の家に皆が集まったのは、律のラジオトークを聞くためだけではない。機材や明日の流れについての最終確認であった。主催側との打ち合わせ内容を確認し、間違いがないようにチェックする。明日はスタジオリハを行った後に夏音の車で会場に向かうので、全員が夏音の自宅に泊まることになっている。
爆メロに出場することが決まって以来、誰しもがこの日を迎えることの実感を得られないでいた。どこか非現実のものとして、ふわふわとした感覚を抱えたまま進んできたのだ。
 夏音がポテトチップスの袋を持ち、残りわずかな欠片を口に押し込んだ。その緊張感のない行為に澪は呆れた眼差しを向ける。
「何か言うことはないのか?」
「言うことって……俺が?」
 ふいに向けられた鋭い視線を不思議に思い、ぽかんとする夏音。
「え、と。明日は楽しもうね?」
「何で疑問系だよ!」
 まるで締まらない言葉に律が憤慨した。先ほどから自分が怒られるような覚えはないので、不服そうに夏音が口を尖らせた。
「だって何言ったらいいのかわかんないし!」
「こう、何かあるあるだろー? みんなを奮い立たせるような熱い言葉がさー」
「意味わかんない。いくぜオラーとか?」
 とことん気合いを入れるには不向きな人材であった。
「そういうのを仰々しくやったことってあまり無いなあ。あ、でも必ず言うことはあるかな」
 改めて至近距離で注目されていることを意識した夏音は気恥ずかしそうに笑った。すっと立ち上がり、両手を広げる。
「楽しもう」
 その瞬間、少女達の頭の中にこの一年の光景がフラッシュバックする。音楽をやろうとする時、この唯一の男はいつだってその一言を口にする。
「あ……」
 ムギがふいに漏らした声に、はっと息を呑む音が響く。
「私、なんか感極まっちゃって……おかしいね」
 彼女は大きな瞳に涙を溜めていた。頬を伝う一筋の痕が、一同の目を引いた。
「ムギ……」
「あ、ごめんね! 別に悲しいとかじゃないの! 私、この一年で今までにないくらいいっぱい濃い体験をしてきて……そういうのとか、一気にきちゃって……」
 笑いながら泣く彼女の横で、同じように鼻をすする者がいた。
「み、澪ちゃんも?」
 目を赤くして涙を零す澪に気付いた唯が驚いた声を出した。
「いや……私、もらい泣きすごくて」
「あー、澪は昔からもらい泣きの女王だからなー。もらわなくても率先して泣いてるくらいだし」
 横で好き勝手言っている幼なじみを無視して、澪は鼻をかんだ。
「でも、ムギの気持ちもわかるんだ。私もこの一年で色々……」
 そう言いかけて、夏音の方をちらりと見る。
「……っ」
 数秒のち、頬が赤くなった。
「え? ナ、ナニ!?」
 澪の反応に狼狽えた夏音。すかさず、からかいの声がかかった。
「おやー二人は何か特別な思い出でもあんのかなー? いや、あるんだっけ。何せ二人だけの放課後レッスン……やらしー」
「そんなんじゃないって!」
「そーいうのじゃない!」
 同時に声を上げる。くつくつと笑う律はどこふく風である。既に機嫌を取り戻した彼女は、これをもってささやかな反撃とした。
 一瞬、静まりかえった雰囲気はすぐに朗らかなものへと変わった。本人の意志は別として、律がこのように部のムードメーカーになっていることは間違いない。
「ま、各々感じ入るところもあるワケだと思うけど」
 脱力したように腰を下ろした夏音だったが、仕切り直すように話し始めた。
「たぶん言葉なんかじゃ表せないよね。俺もこの一年は衝撃の連続だった」
 日本にやって来て、滑り出しこそ失敗してしまった。心の奥深くまで残るような傷ではないが、二度と学校に通いたくないとまで思わせるような体験もした。けれども、再出発は生まれて初めて体験することの連続だった。
 彼にとって桜高に入学してからの出来事は、とても言葉でまとめられるようなものではないのだ。
「あ、そうだ。どうせなら、その気持ちを本番でぶつけるために思い出語りでもしようか?」
「いいよ、そんな。それに思い出語るにはまだ早すぎだろー?」
「それもそっか」
 苦笑で返された夏音は、もう一度心でそれもそうだと繰り返した。
 振り返るには、まだ早い。軽音部は、まだまだこれからなのだ。
「やっぱ仰々しくやっても意味ない! 今日は前夜祭ってことで騒がないと!」
 その為に、お菓子もジュースもたくさん用意したのだ。夏音の言葉に、全員が笑顔でそれに応えた。



 前回、夏音の家に泊まった時と同じように少女達には客室が開放された。深夜に差し掛かるあたりまで前夜祭と称したパーティは続いた。交代で風呂に入り、途中からパジャマパーティと化して団欒のひとときを過ごす。ゲームをやったり、他愛無いおしゃべりに華を咲かせているうちにあっという間に時間は過ぎていった。
 夏音は皆が客室に下がると、リビングに降りた。これから彼女達はさらなる女子トークを繰り広げるのかもしれないが、流石に夏音もその輪に加わることは遠慮せざるを得ない。
 何をする気も起きず、ただぼんやりとソファに寝転がって天井を見上げる。自分の同級生、部活の仲間。そんなものが一つ屋根の下にいることが不思議に思えた。
 アメリカにいた頃は、家に友達を上げたりするような機会はなかった。学校が終わるとすぐに大人達に混ざって音楽に浸るような生活。流行のカートゥーンの話題についていけなく、多くの友達ができることはなかった。
 幼い頃からそのような生活を送っているせいで、どこか早熟な少年だった夏音は、同年代の子供達と合わないことがしばしばあった。皆が口にする話題だったり、彼らの好む遊びなどに違和感を覚えて仕方がなかったのである。
 どこそこから出るおもちゃを買って貰った。パパに野球に連れていってもらった。他にも、その年頃の少年少女がこぞって自慢したがるような事柄に熱烈に興味を示すこともなかったので、自然と接点も消えていく。幼い子供達は、自分と同じものに興味を持つ仲間を欲しがるのである。自分が先んじて手に入れたゲームを羨んで欲しいし、自分が受けたその恩恵をめぐんでやって交流を深めることが重要視されるのだ。
 夏音は週に一度もスニッカーズを食べずにいても平気だし、親がおもちゃを買ってくれなくて癇癪を起こすこともない。人並みに興味を覚えなかったわけではないが、夢中になることはなく。そうやって他の子供達が揃って手に入れていく「当たり前」を横目に生きてきた。
 この一年、夏音は自分が受け取り損ねていた物をたくさん得た。誰もが当たり前に享受していた物の存在を知り、同じように触れていったのだ。
 自分が普通の子供ではないことを充分に承知していた夏音は、今こうやって普通に慣れ親しもうとしている自分に驚いている。
 大切な友達ができた。
 一緒に学び、遊び、目標に向かい、たまに旅行に行ったりするような存在。彼女達は自分が長らく触れてきたもの、自分の一部と化しているくらい自然な「音楽」という物に熱い眼差しを向けている。
 彼女達の考えることが理解できないことも多々あったが、共に音楽を味わうその瞬間には、これとないほどの絆を感じるようにもなった。
 明日、否、既に時刻は本日。短いながらも彼女達と培ってきたものが試されることになる。
 自分も含めて、彼女達は初めて観衆という存在からのジャッジを受けるのだ。文化祭の客とは桁外れな次元。彼らの視線の正体を知ることになる。一生、その視線を味あわない者もいる。だが、彼女達は違う。
 何にしても楽ませてやろうと夏音は心に決めていた。あのステージで、同じ体験をさせることは自分が許さない。彼女達を楽しませること。一緒に弾けることができなければ、自分の音楽家としての生命が潰えるだろう、と思うくらいに真剣であった。
 何気なく投げ出していた足を抱える。誰も居ない家は慣れる以前に、当たり前の日常であった。
 気配だけ、ひっそりと感じる。目に見えないし、音も聞こえないのに、同じ家に誰かが居ることが伝わる。温もりのような、不可視なものを感じている。
 その感覚がどこかしっくり来て、夏音は自宅なのに普段以上にくつろいでいた。
 その時。二階から誰かが降りてくる音がした。
 おや、と顔を上げる前に夏音は目を閉じながらその人物を推測する。
「唯?」
「え、何でわかったの?」
 夏音くんエスパー? と首を傾げながら一気に階段をかけ下りてくる唯。そのまん丸に開かれた瞳がおかしくて、夏音はくつくつと笑った。
「わりと当てずっぽうだったけどね」
 本当は確信に近いものもあったが。細かい違いだが、足音にも個性はある。律の場合はスタスタと規則正しくも、少し大雑把な感じ。澪の場合は注意深く、少し重い感じ(体重のことではなく)。ムギはあまり足音を感じさせない。唯の場合は気が抜けたようにバラバラな歩き方をする。
「みんなはまだ寝てないの?」
「さっきまでお話してたんだけど、もう寝ちゃったよ」
「唯は眠れないの? 水でも飲む?」
「私、いっつももう少し起きてるから眠れなくって……」
 真っ先に眠ってしまいそうな彼女が一番宵っ張りなのは意外である。気恥ずかしそうに答えた彼女は別のソファに腰を下ろした。
「だから寝坊ばっかするんじゃないの?」
「えへへ~憂にもよく怒られてるんだー」
「苦労するなぁ」
 しっかり者の妹君の顔を思い浮かべて気の毒そうに言う。
「夏音くんこそまだ寝ないの?」
「んー。俺もなんか寝れなくてさ」
「へー、一緒だねー」
 含みはないとしても、皮肉のようになってしまった。言外に人のこと言えないだろうと指摘されたようで夏音はむっとした。しかし、すぐにそんな気持ちは霧散してしまう。
「なんか騒いだ後ってやけに静かになるだろう? そういうのが、少しね……落ち着かないんだ」
 祭りの後の静寂に似ている。どこか閑散とした空気がそれまでそこに存在していたエネルギーの残滓を消し去ろうとしている気がするのだ。
「んー。何となく分かるかも」
「そうだろー?」
 例えば、それは素晴らしいコンサート。客とまさしく一体となり、最高の夜を過ごした時などは体のどこかが切なくなるものだ。
「夏音くん、緊張とかしてる?」
「緊張? そんな馬鹿な―――」
 一生に付そうとした瞬間、夏音は言葉を詰まらせた。唯の何の気なしの一言が夏音の心に予想外の衝撃を与えたのだ。
「緊張………もしかして、緊張してるかも」
 これには夏音自身が驚愕していた。前日から眠れなくなってしまうほど思い詰めるような経験は久しい。自分でも気付いていなかったことを言い当ててしまった唯を思わず見詰めてしまう。
 彼女はにたにたと笑んでいた。
「なにさ?」
「いやー夏音くんでも緊張するんだなーって」
「俺でも緊張くらいはするさ」
 いや、少し前に緊張なんて大したことないと偉そうに言っていた。その分、気まずいのだ。
「やっぱり俺にとってもこのライブは特別なんだよ。今までに経験がないと言ってもいい」
 夏音にとってプロの舞台とは異なり「何者でもない自分」として人前で演奏すると、何とも言えない感覚に包まれるのだ。カノン・マクレーンという肩書きが取っ払われた状態で、自分の演奏がどのように評価されるかが気にならないと言えば嘘になる。自分の力を過大に評価することもないが、ライブハウスでの審査の時点で自分を含めた演奏で落とされたことは、夏音に微かな焦りをもたらしていた。
 自分の築いてきた物は、実はカノン・マクレーンというブランドを育てていただけで、その実力だけを抜き出せば大した物とは扱われないのかもしれないという不安である。
 例えば姿を見せないで演奏したとすれば、それを聴いた者は自分の演奏を評価してくれるのか。
 あのライブハウスで演奏した日から自身の評価の軸がぶれてきて、焦りが沸々と大きくなった。だからこそ、夏音は軽音部にいる自分が不安になってしまったのだ。
「でもね。緊張はしてるけど、どちらかというと楽しみのほうが大きいと思うよ」
 緊張すれども、それに押し潰されることはない。緊張は夏音にとって明確な敵にはならないのだ。
「ワクワクしすぎて、どうにかなっちゃいそうだ。誰も知らないこのメンバーで思い切り純粋な音楽をぶつけてやるんだ。どう評価されても、それは悪いことにはならないって確信もある。そうだな……どちらかというと、興奮しているのかもしれないね」
「やっぱり夏音くんは余裕だね! でも、私も少し楽しみ!」
「楽しみは少しなの?」
 夏音が意地悪く笑う。
「うーん……楽しみだけど……うん、やっぱり楽しみかな?」
「きっと楽しいはずさ」
「そだねー」
 唯は目を細めて言った。
「夏音くんが言うんだから間違いないよ」
 夏音はその笑顔を受けて顔を逸らしかけた。少女達が自分に置いている信頼が時折、こうやって自分を見据えてくる。
「俺が言わなくても、きっとそうなるさ……唯もみんなも」
「夏音くん……?」
 夏音は姿勢を正してじっと唯に向き直った。
「唯。ギターは楽しい?」
「うん!」
 訊くまでもない質問に、答えるまでもない答え。唯は当たり前だといった風に強く頷いた。
「なら楽しいことをしに行くんだ。楽しくないはずがない」
 両手を広げ、大袈裟に肩をすくめる夏音。そんな動作が外見と相まってとてもしっくりとしている。
「それもそっかー」
 頬をだらしなく緩ませ、納得する唯。その単純さに思わず夏音は声を立てて笑った。
「さて! 明日起きれなくなっちゃうからもうおねんねだ!」
「はーい」
 おやすみと言い残して唯が客室に消えた後、深夜に良い年の男女が二人きりというシチュエーションにすら何も感じていなかった自分に、いい加減男としての自覚はどこに去ってしまったものかと悩んだ夏音であった。


 

※すみません。今回は激短です。そして、結構前から出来ていたんですけど投稿するのを忘れていました。
 今、次話を書いているので近いうちにまた更新します。


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