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No.26404の一覧
[0] 【けいおん!】放課後の仲間たち[流雨](2012/06/28 20:31)
[1] プロローグ[流雨](2011/06/27 17:44)
[2] 第一話[流雨](2012/12/25 01:14)
[3] 第二話[流雨](2012/12/25 01:24)
[4] 第三話[流雨](2011/03/09 03:14)
[5] 第四話[流雨](2011/03/10 02:08)
[6] 幕間1[流雨](2012/06/28 20:30)
[7] 第五話[流雨](2011/03/26 21:25)
[8] 第六話[流雨](2013/01/01 01:42)
[9] 第七話[流雨](2011/03/18 17:24)
[10] 幕間2[流雨](2011/03/18 17:29)
[11] 幕間3[流雨](2011/03/19 03:04)
[12] 幕間4[流雨](2011/03/20 04:09)
[13] 第八話[流雨](2011/03/26 21:07)
[14] 第九話[流雨](2011/03/28 18:01)
[15] 第十話[流雨](2011/04/05 15:24)
[16] 第十一話[流雨](2011/04/07 03:12)
[17] 第十二話[流雨](2011/04/21 21:16)
[18] 第十三話[流雨](2011/05/03 00:48)
[19] 第十四話[流雨](2011/05/13 00:17)
[20] 番外編 『山田七海の生徒会生活』[流雨](2011/05/14 01:56)
[21] 第十五話[流雨](2011/05/15 04:36)
[22] 第十六話[流雨](2011/05/30 01:41)
[23] 番外編2『マークと夏音』[流雨](2011/05/20 01:37)
[24] 第十七話[流雨](2011/05/22 21:00)
[25] 番外編ともいえない掌編[流雨](2011/05/25 23:07)
[26] 第十八話(前)[流雨](2011/06/27 17:52)
[27] 第十八話(後)[流雨](2011/06/27 18:05)
[28] 第十九話[流雨](2011/06/30 20:36)
[29] 第二十話[流雨](2011/08/22 14:54)
[30] 第二十一話[流雨](2011/08/29 21:03)
[31] 第二十二話[流雨](2011/09/11 19:11)
[32] 第二十三話[流雨](2011/10/28 02:20)
[33] 第二十四話[流雨](2011/10/30 04:14)
[34] 第二十五話[流雨](2011/11/10 02:20)
[35] 「男と女」[流雨](2011/12/07 00:27)
[37] これより二年目~第一話「私たち二年生!!」[流雨](2011/12/08 03:56)
[38] 第二話「ドンマイ!」[流雨](2011/12/08 23:48)
[39] 第三話『新歓ライブ!』[流雨](2011/12/09 20:51)
[40] 第四話『新入部員!』[流雨](2011/12/15 18:03)
[41] 第五話『可愛い後輩』[流雨](2012/03/16 16:55)
[42] 第六話『振り出し!』[流雨](2012/02/01 01:21)
[43] 第七話『勘違い』[流雨](2012/02/01 15:32)
[44] 第八話『カノン・ロボット』[流雨](2012/02/25 15:31)
[45] 第九話『パープル・セッション』[流雨](2012/02/29 12:36)
[46] 第十話『澪の秘密』[流雨](2012/03/02 22:34)
[47] 第十一話『ライブ at グループホーム』[流雨](2012/03/11 23:02)
[48] 第十二話『恋に落ちた少年』[流雨](2012/03/12 23:21)
[49] 第十三話『恋に落ちた少年・Ⅱ』[流雨](2012/03/15 20:49)
[50] 第十四話『ライブハウス』[流雨](2012/05/09 00:36)
[51] 第十五話『新たな舞台』[流雨](2012/06/16 00:34)
[52] 第十六話『練習風景』[流雨](2012/06/23 13:01)
[53] 第十七話『五人の軽音部』[流雨](2012/07/08 18:31)
[54] 第十八話『ズバッと』[流雨](2012/08/05 17:24)
[55] 第十九話『ユーガッタメール』[流雨](2012/08/13 23:47)
[56] 第二十話『Cry For......(前)』[流雨](2012/08/26 23:44)
[57] 第二十一話『Cry For...(中)』[流雨](2012/12/03 00:10)
[58] 第二十二話『Cry For...後』[流雨](2012/12/24 17:39)
[59] 第二十三話『進むことが大事』[流雨](2013/01/01 02:21)
[60] 第二十四話『迂闊にフラグを立ててはならぬ』[流雨](2013/01/06 00:09)
[61] 第二十五『イメチェンぱーとつー』[流雨](2013/03/03 23:29)
[62] 第二十六話『また合宿(前編)』[流雨](2013/04/16 23:15)
[63] 第二十七話『また合宿(後編)』[流雨](2014/08/05 01:53)
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[26404] 第十八話(前)
Name: 流雨◆ca9e88a9 ID:a2455e11 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/06/27 17:52

※今回、四万字を裕に越えてしまったので二つに分けました。



「ねえ、バンド名ってどうしようか?」
 爆メロの公式サイトからダウンロードしたエントリー用書類とにらめっこをしていた夏音がふと顔を上げて放った一言に食後のティータイムを楽しんでいた者達がぴしりと固まった。
 バンド名。
 それは自分達を表す一番の象徴となるもの。その瞬間、軽音部の面々の脳裏に閃光のごとく映像が流れた。
 ある者にはCDショップで自分達のバンド名がどでかくコーナーを占拠する光景。またある者には音楽好きな子供が「○○ってマジ熱くてさー」と友人に語る様。とある姉には「うちのお姉ちゃん、○○のギターなんだよ!」と語る妹の姿が。
 当然それぞれの○○には自分が考えついたバンド名が当てはまり、妄想は瞬時に熱を帯びて加速していく。どこまでも行ってしまいそうになる脳内世界に歯止めはきかず、現実から離れたままぽーっとうっとりする彼女達を眺めていた夏音は手に挟んだボールペンをとんとんと机に打ち鳴らした。しばらくぼんやりした表情で彼女達を見詰めていたが、大きく悩ましげな息をついてから書類に向かい直った。
「ま、テキトーでいいか」
 ときめく妄想の世界へ旅立った彼女達を放っておくことにして、さてどんなバンド名にしようかと頭をひねることに専念したが、いち早く現実へ引き返してきた唯がびしっと手を挙げた。
「はい! ノースイーツ・ノーライフがいいと思います!」
 思わず夏音の手から落ちたペンが乾いた音を立てる。
「私は女っ気如雨露が良い!」
 続いて律が負けじと声を張り上げる。そのセンスに寒気を感じた夏音はぶるりと身を震わせた。
「ぽ、ぽわぽわチェリー、とか?」
 お前は出場に反対じゃなかったのかと半眼でまじろがずに澪を見詰めた。
「…………一応、聞いておこうかな。ムギはどう?」
 声をかけられるまで陶然と虚空に視線を彷徨わせていたムギがその表情のままに衝撃の言葉を紡ごうと、
「私はー………カミングアウ―――」
「なんかそれ以上言わないといて!」
 するのをなんとか防いだ。
 夏音は途中まで耳に入った時点で背筋を通り抜けた悪寒に従い、ムギの言葉を遮った。何だかそのまま台詞を完結させたらまずいような気がしたのだ。
はー、と重たい溜め息をついて眉間に手をあてた。個性的と言ってしまえば聞こえは良いかもしれないが、見事に方向性がバラバラである。おまけにセンスがところどころ崩壊している。
「あー……Crazy Combination、と」
 夏音はその時ふと思いついたバンド名を書類に書き込んだ。何と言うか、個性的な人間がこれでもかと揃った軽音部である。並べて見るとちぐはぐな組み合わせだが、どこかまとまりがあるので案外ぴったりだと思ったのだ。
 何より、あくまで仮決定なのだからこんな事で時間を無駄にしたくないというのが率直な感想だった。都内に郵送なので、今日中に届くはずだが学校に行かなければならない時間は目前に迫っているのだ。
「あーっ! 勝手に決めてやんの!」
 その行動に目敏く反応した律が盛大にブーイングを飛ばした。それに続いて次々に幾つもの不平が夏音に飛び交う。
「あ、あくまで仮だから!」
「そんなこと言って強行決定するつもりだろー抜け目ない奴め。そんなの長いし覚えづらいし英語だし! 何よりダサイ!」
「ダサイって………言いたいこともわかるよ。俺だってじっくり話し合って決めたい。でも、このままだと学校遅刻するんだけど!」
 例え自分のセンスを全否定されたとして、夏音の気持ちはあくまでこの一言に集約される。これから取り急ぎ郵便局に寄らなければならない。しかも営業時間の都合で本局まで遠回りしなければならないのだ。いつもより早く家を出なければ間に合わない。
「ねーねー。ていうか、あの時計おかしくない?」
 居間に備え付けてある壁掛け時計を指し示した唯が自分の携帯と交互に見比べて不審を訴える。
「何が?」
「あれ私の携帯より二十分くらい遅れてるよ」
「はぁ? 唯の携帯がおかしいんじゃないの?」
 律が唯の携帯をのぞき込む。そして、自分の携帯と見比べて―――、
「う、うそーん」
 青ざめた顔が呆然と固まる。
「…………」
 夏音はあくまで冷静にその事態を受け止め、おもむろにテレビを点けて朝のニュース番組を見た。そこに表示される左上の数字を確認して、ふっと小さく微笑んだ。
「あ、あの時計………滅多に見ないからさ……」
誤魔化すような微笑を浮かべながら、声を震わせながら弁解する夏音は、背後で彼女達が浮かべている表情を確かめる勇気はなかった。


 その日、見事に軽音部全員が大遅刻をするという不始末のせいで、顧問であるさわ子にしわ寄せがいったらしい。仲良くお揃いで遅刻する必要もなかったのだが、どうあっても一緒に郵便局に行くと言ってきかなかった彼女達を振り切ることが夏音にはできなかった。速達の荷物を預かった瞬間「どーか通りますように」の願いをこめてパンパンと二拍手のちの一礼をされた郵便局員の表情は見物であった。
 結局、一同は放課後に部室に訪れたさわ子にくどくどと文句を言われるハメになったが、もちろん神妙に話を聞く者などいない。
 説教をする人物が手に持つフォークと次々と口に消えていくケーキがなかったらそれらしく聞けるのに、と全員一致で思った。
 そもそも彼女達は肉体的にも精神的にも誰かの説教を聞いている余裕などなかった。
 レコーディングぶっ通しのオール空け後すぐに全力疾走をかました上に六コマの授業を乗り超えた一同は完全にグロッキー状態。授業中は死人のように眠り、移動教室は幽鬼のようにふらつく。
 どのクラスも体育の授業が入ってなかったのは不幸中の幸いであった。唯は太陽が黄色く見えるぜ、としきりに呟いていた。
 ちなみに爆メロに応募したことはさわ子には伏せてある。ひとまずの結果が出ない内に話したところで、いざ落選という情けない事態になった時に恥ずかしいからという理由だ。夏音はしきりに大丈夫と訴えたにも関わらず、部長とその幼なじみが強く反対した。
「これの結果はいつ分かるんだろう」
「たしかどんなに長くても二週間くらいで発表されるって」
「二週間ねー………どう考えてもこの選考日程、テストとかぶっちゃうよな」
 むぅ、と眉間に皺をつくって唸る律。あまりテストなど気にするタイプに見えない彼女でも相応の懸念はあるらしい。
 何と言っても学年末は成績に重要な影響を及ぼす。一年の復讐的なテストでもあるので、平均点が高めになるという情報も流れているだけに、その捉え方は深刻になりやすい。
 基本的に成績なんてどうでもいい夏音にとってはテストなど瑣末事でしかないのだが、他の者にとってはそうでもない。あからさまに我関せずと聞き流すような軽率な態度は控えた。
「どうにかメリハリつけてやらないといけないな。審査が通ったら、の話だけど」
 あらぬ所へ視線をやりながら語る澪の内心は明け透けである。どうあっても大舞台に立ちたくない澪は自然の流れで審査落ちすればいいなあーと思っているのはバレバレである。
 どうしてそこまで拒否るのか、と問いただせば、過去数回も足を運んでいるイベントだけに憧れが強すぎるだそうだ。
 小規模なイベントだが、根強いファンがいる音楽イベントだ。ここからメジャーに駆け上がって成功しているバンドは幾つもある。澪曰く、最初から敷居の高い所から始めるより、自分としては小さな所からこつこつとやっていきたいらしい。
 夏音はその言葉に、ずいぶん悠長な話だと呆れた。
 彼はチャンスとは自ら掴むものであって、ふと自分が大注目を浴びる覚悟くらいなくてどうするのだ、と考えている。
 かつて自分が四歳でドロシー・チャンドラー・パビリオンの舞台に立たされた時、または六歳の時に急遽、代役でカーネギー・ホールに放り込まれた時は覚悟などこれっぽっちもなかったものの、土壇場で何とかやってしまう胆力があったおかげで乗り越えたのだ。  
 だから、これをきっかけで軽音部が一般聴衆の前に出る事は大変良い事である。
 優勝までは望まないが、外からの評価という物を与えられた彼女達に大きな変化が訪れる事は間違いないのだ。
「そうだね。がっつり練習してからテストを挟むとモチベーションが下がっちゃうだろうし。今のうちから手をつけようか、勉強」
「ほぇ? 夏音くん何でこっち見るの?」
 その言葉と同時に確実に自分に照準が合わせられた瞳に唯がたじろぐ。
「唯さん。我々はあなたが心配なのですよ」
「だ、大丈夫! 今回はいけると思ってる!」
「ダウトー!」
「ひ、ひどーい!」
「悪いんだけど、唯の大丈夫は信用がないのです」
「うぅ……ハイ」
 因果応報という。過去に全力で部に迷惑をかけた覚えがある唯はその言葉に素直にうんと頷く事しかできないのだ。
「とりあえずは選考結果を待つかー」
 あくびをかみ殺しながら律が会話を戻した。
「驚くことに音源が通っちゃったら後は実演審査一回で最終なんだってさ」
 理由は審査に金と手間をかけていないイベントだから。ならばスタジオ審査に向けての練習もせねばならない。ますます勉強に集中している時間などなかった。何にせよ、唯一人だけが頑張ればいいのだ。
 他の部員から発せられる無言のプレッシャーをぴりぴりと肌に感じた唯はごくりとツバを飲み込んだ。


 それから二週間と数日はあっという間に経ち、放課後まで一枚の封書を取っておいた夏音は全員が集まったところで立ち上がった。
「皆さんにお伝えすることがございます」
 一様に息を飲む音。今まさに全員の注目を浴びる一枚の紙を手に持つ夏音は絶妙な溜めをつくってから、高らかに叫んだ。
「一次審査通りましたー!!!」
 その瞬間、爆発したような歓声と共に澪が意識を手放した。

「いやーまさか通るなんてなー」
「通るさ。アレだけやって一次すら通らないはずないって」
 偶然だが、いつになく豪勢に振る舞われた茶菓子をわいわいと囲む一同はいまだ興奮冷めやらぬ状態である。
 一同はブラックアウトした澪をソファに安置すると、全員が手を取り合い飛び跳ねて喜びを表した。
 純粋にやれめでたい、と口にするムギや唯とは違い、律はまさか自分があのステージに参戦しようとする日が来るとは思いもしなかった、と柄にもなく眦に涙を滲ませていた。
 嬉しすぎて出る涙だ。
 もし、このまま次の審査を通ったら憧れのステージでライブができる。彼女にとっては紛れもなくとんでもない事態だ。
 デモが通る事がどれだけすごい事態なのか。通って当然だと言い放つ夏音の言葉に納得している唯やムギはまるで理解していない、と律は暢気な彼女達に呆れた。 何十というバンドがこの一次審査で落とされるのだ。運で残るはずがない。
 爆メロは野外ステージを貸し切って本物のフェスさながらのステージ、といった規模のものではない。他のイベントの二番煎じと評される事もあるが、何と言っても主催者側の意気込み方が半端ないのだ。
 まず主催する会社で働く人物のありとあらゆるコネを使って審査員に誰もが知っているプロミュージシャンを数名据える事で、大きく箔をつけている。
 審査員がメディアへの露出度が少なかろうとも全く関係なし。
 露出などしていなくても、その道の者から圧倒的支持を受けている人物達をよくもここまで、という程集めている。
 特徴としては、イベント当日の様子をメディアに乗せて発信することがないという点が際立っている。
 自宅で悠々と新鋭バンドをチェックすることなどできない。その場所に足を運んだ者だけ、新たな伝説の始まりを目撃しに来た者のみが口伝てに出場バンドの評判を広めることができるのである。
 さらに優勝したバンドへのフォローもないしレーベルのプロモーションを期待しても無駄だ。
 イベントで観客の期待を勝ち得たとしても、後は自分達で道を切り拓いていかねばならない。優勝してデビューすることはない。そこで得たチャンスを活かすことができた者たち。そこで生き残った良質の音楽を世に送り出したい、という音楽提供者の熱い想いが詰まった仕様。
 人はそういうのに弱い。大がかりなプロモーションが背後にチラチラ見えるようなライブイベントが蔓延する世の中に突如として現れた隠れ家的イベント。
ぷんぷんする「本物」の臭い。ミーハーなコンテストなんかぬるい。
 どれ、いっちょ本物っていうのを俺が発掘してやるんだ、という人間が一挙に押し寄せるアングラかつ敷居の高いライブイベントとして成功を収めているのだ。
 十代限定、というのも面白い。よくこんな若手どもを見つけたな、という程の才能の塊ばかり。律は中学二年の時に友達に誘われて観に行った時、かつて味わったことのない刺激を与えられた。
 自分とそう変わらない年の人間が千人単位の人を熱狂の渦に引きずり込むリアルを体感させられた。
 言葉に出来ないくらい悔しかったし、まだ何も始まっていない歯がゆさを噛みしめて帰った記憶が鮮烈に思い出される。
 翌年は澪を連れて行き、そこで一年前の自分と同じような反応を見せる幼なじみと一緒に爆メロのステージへの畏敬の念をよりいっそう高めるのであった。
 ちなみに、その二回目で優勝したバンドは最近、二枚目のフルアルバムをリリースしていた。
 でも、まさか通ってしまった。浮かれていようが、楽天的だろうが通ってしまったのだ。
 まだ一次審査、されど一次審査。このイベントに至っては次が最終審査という短いレース。それを勝ち進めば本選が待っている。
 何回も審査を重ねるような形ではなく、より厳しい審査をたったの二回の内で行うのだ。経営側は音楽に対して辛口もいいところで、デモの時点で特大の篩にかけられる。
 次に演奏を直接聴く事で審査する。バンドの良さを色んな角度から知る必要なんてない。彼らが良いと思うか思わないかが決め手なのだ。
 一次を通った時点でそこにはRPGでいうボス級軍団しか残っていないのだろう。よーいのドンした瞬間、有象無象を蹴散らして最終審査を乗り越えようとしている猛者達が。
 そんな中に軽音部が紛れ込んでしまった。まぐれではなく、自分達で作り上げた形が誰かに認められてしまった。
 律は途端に恐ろしくなった。おそらく、この恐怖に気付いている者は他にはいない。
 いや、いたとしてもそいつは気絶している。使えない。
「ちょっと私も予想外っていうか、こんなにあっさり行くとは思わなかったなー。結構動揺してるんだけど」
「そもそも言い出しっぺは律じゃないか。通らないと思って提案したんじゃないでしょ?」
 夏音はまるで理解できない、と涼しい眼差しを律に送る。
「いや、そうじゃなくてさ! 私もこのメンバーでどこまでやれるか、っていうのが興味あって……そういう意味で爆メロを推したんだけど。いざこうやって通ってしまったら現実感なくてさ……この微妙な感じ、伝わるかなー?」
「まったく意味がわかんないや」
「あぁー、外人は日本人の曖昧で繊細な心の機微を捉えられないからなー」
「そういう事じゃないだろ! ていうか二重国籍なめんじゃないよ!」
「あーつまり! この展開は、な。ガチでヤバイってことだ」
「ガチで……ヤバイとな?」
「あぁ、そのとーり」
「日本語、おかしくない?」
「お前に指摘されたくないわ!」
 今までずっと外国にいた人間に母国語を指摘されて、ついムカっとしてしまった律は憤然と言い返す。
「これはスラングなの! 帰国子女さんもっとフランクな日本語に触れたらどーかしらー!?」
 言い放ってから馬鹿にするように思い切り夏音を見下す。彼はそれに対してむっと眉を寄せて何か言いたげに口をぱくぱくとしたが、ふんっと鼻で笑った。
「つまり、律はびびってるってことだ」
「誰がっ!」
 憤慨した律だったが「いや、実際そうなんだけども」と一瞬だけ心に浮かべてから、それを振り払うように「ここまで来たら逆にあがるわー! やってやろーじゃんかー!」といきり立った。
 反動もあってか、若干空回り気味になってしまった律の威勢を見てにたりと笑った夏音は両手を振りかざして「そうだー!」と追従した。
「もーこの際だから優勝目指しちゃおー!」
 流れに乗って唯が拳を振り上げる。すると火がついたように全員が立ち上がり、机をばんばんと叩く。
「優勝! 優勝!」
「イェー!」
 ジャンベを打ち鳴らすアフリカ少数民族のようにアフリカンビートで加速していく机。全員のテンションが明らかにおかしくなった部室。
「うぅ……ここは、どこ……?」
 不幸なことに全員が飛び跳ねてドタバタと床を振動させている最中に意識を取り戻した澪が呻いた。騒がしさに顔をしかめ、そっと上体を起こしてみると、目の前に異様なテンションで飛び跳ねる仲間達の姿が。
「ど、どうしたんだよみんな?」
「Yeah!!?」
「いや、Yeah!? じゃなくて」
 完全に取り残された澪は全てを放り投げてもう一度意識を失えないかを必死に試みた。


 あれから三週間。目の前の行事が頭を占めるあまり、全員が完全にスルーしていた澪の誕生日を遅ればせながら祝ったのが四日前。唯に関しては多大なプレッシャーをかけて猛勉強を命じた効果があったのか、期末試験は何とか乗り切れそうだと言う。
 あくまで本人談だが。部としても唯が赤点を取らなければ良いので、人様に迷惑をかけない結果であれば問題ないのだ。
 まるっきり信頼なしで傷ついたよという唯。前科者の汚名を雪ぐにはそれなりの時間がかかるというものだ。
 スタジオ審査という名目の最終審査だが、なんと実際に爆メロの会場となるライブハウスのステージで演奏する事実上のライブ審査となっている。
 本番さながらの音でじっくり正確に品定めをされるそうだ。公式サイトの発表では、一次通過者の数は十四。全応募者数、実に八十五組の中から選ばれた十四の中に軽音部が含まれるという事に一同は身震いする思いだった。
 審査日はライブハウスの運営するライブの隙間を狙って行われ、一日何組といったように数日に分けて行われる。各組の予定を合わせた結果、二月の中旬――テスト直後に決定した。
 日付が決まれば、後はそれに向けて驀進するのみだ。
そこで夏音は一度気合いを入れ直してやっていくために、本日の放課後は部室ではなく自宅に皆を集めることにした。
 楽器を持ち込み、早速例の自宅スタジオでミーティングが行われる。
「今の私達らしい曲ってなんだろうね」
「うーん………曲調がバラバラだもんなぁ。何のバンドって言われたら答えに詰まっちゃうような」
 議題は自分達が演奏する当日のセットリストである。提出したデモの曲は必ずやるとして、現在の軽音部が持つ十一曲のオリジナル曲の中から選び抜くのだ。あの緩やかな活動の中、半年で十一曲を作ったといえば、相当な数だといえよう。
 軽音部はいまだ未知数。各自がバラバラのバックグラウンドを持ってバンドとして集まっているだけでなく、それぞれがこの一年で様々な音楽的背景を獲得してきた。それが上手い具合に混ざり合うこともちぐはぐになってしまうこともある。
 ここがバンドの面白い所であるが、バンドで生み出される化学反応は一プラス一ではなく、時によっては百にも千にもなる。しかし今の軽音部はその段階にない。
 自分達の音楽を模索中といったところで、あらゆるジャンルに手を出して試行錯誤の最中である。とどのつまり、どの音楽もやってみないと、自分達に合うかわからないんだから色々やってみよーということだ。
 それ故に次々に曲が生み出されていった。中にはイマイチ出来が悪い、と二度と演奏しなくなった曲もある。
 そのような試行錯誤を経た後に残っている曲はそこそこの出来だという認識が共通してあり、現にその内の一つが他者に認められたわけである。
 甘いバラード、物悲しいバラード。メロコア風の曲もあれば、プログレだったりアンビエントなニュアンスを出す曲もある。
 こうして並べてみれば現在軽音部が用意できるセットリストは見事にバラバラな曲調ばかりである。
 夏音は総じて音楽のジャンルという垣根を良く思わない傾向があった。正確には、ジャンルを気にして選り好みするという思考。お堅い頭の連中が棲み分け、などと声を大きく主張する現実が嫌いだった。
 本人がプロとしてバリバリ活動していた時の活動範囲がその音楽に対する意識を如実に語っている。
 縦横無尽に幅広い音楽の中を駆け巡っていた夏音は、それぞれの音楽に良い部分が数多あることを知っている。
 良いものは良い。それが全てだ。
 その思想は徐々に軽音部内にも浸透していき、次々に生み出されていくオリジナルの曲にも反映されていると言える。
 そんな中、十一曲の中から絞って演奏する事は実に悩ましい問題なのだ。どの曲も悪くない、だがどれにしよう。バンドとしては嬉しくも悩ましい。
「クマさんは良いと思うんだよなー。二曲目に勢いつけるのに最適じゃない?」
「確かに二曲ぶっ通しでいくならそれが良いかも」
 Walking of Fancy Bear。通称クマさん。学校祭でやったイントロのエグい一曲だ。そのベースラインを澪が弾けるようになり、レギュラー曲に定着しつつある。
 とりあえず律の意見を一つとして頭に入れる。なかなか的を射ている意見だと皆が頷き、皆の同意となりかけたのだが。
「でもチューニングがなあ」
「その問題があったねー」
「とにかくバランスを見ないと。技巧が目立つ曲ばっかりだと単調だし。バラードは必ず入れたいよね。それでいてやっぱり一曲は本当にヤバイ曲が欲しい……」
「ヤバい曲……アレかな」
 ふと律が遠い目をする。
「“バス亭”な」
 律の言葉に夏音以外の者が息を呑む。現在、軽音部が持っている曲の中で最も物理的に難易度が高いのが「バス亭」である。Bメロに三十二分の休符がごちゃごちゃとあり、律にまるまる十六小節呼吸が止まると言わしめた曲。
 ギターソロの最中に転調、ごちゃごちゃしてからまた転調。合間にはキーボードと他楽器との掛け合いに加え、ベースとリードのユニゾンフレーズが目白押し。なお、夏音の満足行く演奏を行えた事は未だかつてない無茶ぶり曲。
「あれ、本番でやれる勇気はないな」
「えーアレ弾き通せたらかなり格好良いじゃん!」
 げんなりと呟いた律に夏音は頬をふくらませて訴えた。
「とりあえず保留で」
 部長の言葉にほっと胸を撫で下ろす反応に夏音はさらに頬を膨らませた。
 夏音の意見を何とか押し込めて曲決めは進んでいく。
 気が付けば一時間以上も曲決めに費やし、何とか五曲に絞る事ができた。
「曲はトリビュート、クマさん、夢日記、キャンディーウォーズ、スクールデイズで良いですかー」
「はーい!」
 嬉々として声を張り上げた律に元気よく手をあげた三人。渋々と手をあげる一人によって全員一致で可決された。
 とはいっても五曲全てを演奏できるか分からないので、前三曲が中心になる。
「じゃぁ、曲が決まったところで練習開始!」
 そう言って下がりかけていたテンションを引き上げた夏音はすかさず「おー」と威勢良い返事が返ってくるかと思いきや、
「その前にお茶……しませんか?」
「異議なーし!」
 まぁ、いっかと夏音もその決定に従った。まだ焦ることもない。そう楽観的に考えていたことがすぐに裏目に出るとは知らずに。


「はぁ」
 重苦しい溜め息がスタジオの温度をどんどん下げていく。溜め息一つとっても見る者が惚けてしまうくらいに絵になる男がいる。しかし、例え見た目が華やかでもそれを目の当たりにした者はその男から溢れ出る冷気に身を縮めた。
「もう何度目だろう……果たして何度目だろー」
 がしがしっと乱暴に髪の毛をかき乱すとストラトを置いた夏音はふっと椅子に座った。少女達は不安げに視線を交わし合い、どういった反応をするべきかを探り合った。
「あのね。アンサンブルが完全にぶっ壊れてんの。みんなお互いの音が聞こえないの?」
 顔を俯かせたまま、うんざりと吐かれる言葉が張り詰めた空間に鈍く広がる。
「ご、ごめんね夏音くん。私がリズム狂わせちゃうんだよね」
 物音を立てる事さえ憚れる雰囲気の中、勇気を振り絞った唯が口を開いた。
「正確なリズム感を持つ事は最低条件……だけど、みんなできてないから。唯だけじゃないよ」
 一言がぐさりと胸を抉る。
「曲が速くなっちゃうのはもーこの際仕方ないとして。みんなすぐに合わせないと。かといって律も周りが聞こえてないから合わせようとしても意味ないし。お互いが引き摺り合ったりしてごっちゃごちゃですよ」
 夏音の指摘は一つとして間違ってはいない。フィーリングが全く合わないどころか、今の彼女達の演奏の中にグルーヴを見つける事は難しい。時折、良い感じになったとしても誰かが必ずそれを崩す。あろうことかそれがドラムであったり、べースといったリズムセクションだったりする。
「ねえムギ。指、疲れた?」
「だ、大丈夫です!」
「そう。悪いけど、がんばってね」
 激励の言葉とは裏腹に絶対零度の、感情の乏しい表情で言われたら堪ったものではない。顔にかかった前髪の間から覗く瞳の鋭さにムギはかろうじて悲鳴を抑え、震えそうになる足を踏ん張った。
 強張りそうになる表情を微笑で隠して「うん、ごめんね」と返した。
「夏音。少し身体も頭も冷やさない? 煮詰まった時はインターバルを置いた方が良いって前に言ってただろ?」
 自身もいい加減に指の力が無くなってきそうだった澪。学校祭以降、ヴォーカルを降りて幾分かベースに専任することができるようになった澪にも夏音の叱責は遠慮なく飛ぶ。自分も怒られる身だとしても、彼女はこの険悪な空気を払拭しなくては、と休憩を提案した。
 このような諫言も、他の部員より一番接する機会が多い澪だから言えたことである。いわゆる、怒られ慣れた弟子の特攻だった。
「…………うーん休憩……okay。そうしよっか」
 澪の提案にあっさり頷いた夏音がギターをスタンドにかけてぐっと伸びをした。そして自らが重くしてしまった空気を透き通る一声で切り裂いた。
「おーーー茶だあーーーーーーーーい!!!」
 張り詰めた空気が不思議な程、一瞬で消え去った。依然として胸にわだかまる物をすぐに消し去ることはできなかったが、彼女達はずっと強張っていた頬を緩めることに成功した。

 スタジオを出てリビングに集まると、一同は淹れ立ての紅茶とワッフルを囲んでくつろいだ。驚いたことについ先ほどまでのざらついた空気は一切ない。
 一度落ち着くと身体に溜まった疲労が押し寄せてくる。今すぐにでも眠ってしまえそうな疲労感と格闘中の律は震える手で紅茶をすすりながら、そっと他の者の様子を窺っていた。唯、澪、ムギ。つい今し方まで真っ青になって楽器を弾いていた彼女達だが、この場においてはぎこちない様子などは見られない。
 身じろぎしただけで傷ついてしまうやすりのような空気はどこにいったのだろうと思う。皆、すっかりリラックスしている。何より、一番だらーんとソファーでまったりしている夏音は先刻まで鬼教官のような檄を飛ばしていたというのに。

 不思議な男である。
 この男がどれだけ練習で怒ったり、剣呑な雰囲気を醸し出した時でも、練習が終わってしまえば一気にそれが白昼夢であったかのように霧散してしまう。すぐにいつもの立花夏音の空気に巻き込まれてしまう。ぐっさり心に傷をつけられても、おかしな事に気にならなくなってしまうのだ。
 人の顔色を伺いがちな澪でさえ、肩の力が抜けきっている。
 唯やムギは言わずもがな。
 その反面、律は物事を引き摺りがちな自分を自嘲していた。
 練習の最中に言われた一言が彼女の頭の中を離れない。
 練習は練習、とオンオフで割り切るだけの余裕が自分に欠けている悔しかった。
 他の皆が大人なのかと問われると首をひねってしまうが、それでもそんな割り切り方がうらやましかった。
 自分の普段の外面とは正反対な内面を知ったら周りはどう思うか心配になる。田井中律という少女の意外にも思える一面が彼女を余計に悩ませる。
 律はこのままではイケナイと気持ちを切り替えようとした。自分一人が重苦しく悩んでいるというのに、目の前のふやけた顔をしている美貌の主を見ていると馬鹿らしくなってくるのもある。
 曖昧にその場の話に合わせて笑っていた律だったが、ふとその態度に気付いた澪が声をかけた。
「どうした律? ぼーっとして」
「え? い、いやー腹減ったなーって思ってさ!」
「ああードラムは一番エネルギー使うからねー。仕方ないよね」
 クッキーを頬いっぱいに詰め込みつつ、ハムスター化した夏音が神妙に頷いた。ばりぼり。その真剣な態度と顔があまりに合わなすぎて、一同は「ぶっ」と紅茶を噴き出した。
「ん? なに、どしたの?」
「そ、その顔をどうにかしろっ! くふふっ!! アハハハハ!!」
「だから何がぶふぉっ!」
 クッキーの細かい欠片が喉にいったのか、夏音がクッキーを噴き出した。
「きたなっ!?」
「げほっげほっ!」
「もーお前、サイアク!」
 何だかんだでいつもの空気に戻ってしまうのが軽音部だったりする。

 気が付けばミーティングを含めて練習が始まってから三時間以上が経っていた。世間のご家庭では立派に夕飯時といっていい時間だ。
 休憩を終えてまた練習、とは行かなかった。話合いと軽く練習のつもりがこんなに根を詰めてやるハメになるとは思いもしなかったのだ。
 律は弟に夕飯を作らねばならず、唯も憂がご飯を作って待っている。今日はここまで、という事で一同は解散した。
 夏音が車で送ろうかと申し出たが、丁重に断れた。なら玄関先まで、と見送りに出ると澪が声を潜めて夏音に話しかけてきた。
「なあ夏音、あまり根を詰めすぎないように頼むよ」
「別にそこまでやってないと思うけどなー」
「夏音がそうでも。こう言うのはなんだけど、私達はプロじゃないんだから。とりあえず明日、いつもの時間に行くから」
 というのはベースのレッスンの話だ。
「うん、わかった。待ってるよ」
「じゃあまた明日」
「気をつけて帰ってね」
 澪が門の向こうへ消えるのを確認してから、夏音はしばらくぼーっと空を見上げていた。それから星も何もない鈍色の夜空を視界から外すと家に入っていった。



 時間割の中に卒業式演習なるものがちらほらと含まれる中、部内に卒業生を抱えていない軽音部はこれといって特定の卒業生に何かすべきこともない。目下、最終選考に向けて練習するのみ……のはずだったのだが。
「最近どうも誰かに見られている気がする、とな」
「うん……そうなんだ」
 真剣だが、どこか諦観したような乾いた笑顔の澪がかくかくと頷いた。何となく、煮えきらない様子だ。
 妙な態度である。夏音は「相談があるんだ」と改まって澪に声をかけられたので、思わず姿勢を正して話を聞いていたのだが、その内容を聞くと「なんだ」と嘆息した。
「俺なんて学校祭以降いつでもどこでも視線を感じるよ」
 犯人は言わずもがなだ、と付け加えられる。なんと言っても立花夏音には恐ろしい集団がつきまとっているのだから。
 それはファンクラブという名をもって時折、夏音の日常にささやかなスリルをもたらす。リアルに振り返れば奴がいる状態。
「あぁーあー。澪しゃんもファンクラブあるんだっけねー」
 虚ろな目をした夏音がふと思い出したように澪を見る。「あータイヘンねー」と自らを棚に上げて同情的な眼差しに澪の眉がひくつく。この男にそういった憐憫を向けられる筋合いはないと思ったが、何とか腹に落として先を進める。
「そ、その話はいいから!」
 何より澪にとって話題にしたくない内容だ。自分などにファン、とは何事。あの失態の末にできたファンなんていかがわしいものに決まっている。
 とはいえ、案外トップの人間は礼儀正しいようで以前にファンクラブ設立の許可を賜るための慇懃な文体の書状が届いたのは記憶に近しい。承諾したつもりはない(どこに承諾したものか分からなかったから)が、活動は水面下で行われているらしいと風の噂に聞いた。
「他のみんなには相談したの?」
「したからこうやって夏音に相談してるんだ」
「あぁ、そういうこと」
 鷹揚に頷く夏音。納得である。役立たずという漏斗を通り越しても濾しきれなかった悩みなのだろう。それは大きい悩みが残ったものだ。そして夏音は最後の砦のように信頼されているのだろうと鼻を高くした。
「そういうことなら俺に任せなさい」
「ほ、ほんとかっ!?」
「うん、まずは澪に問いたい。自意識過剰という言葉を知っているかい?」
「お前もかっ!」
「いや、まずその線から潰していこうかと」
「もういい!」
 基本的に人の役に立たず。軽音部クオリティここにあり。かの歴史の名言に近い台詞を吐くと、憤懣やるかたない様子で澪は部室の扉を蹴破って出て行った。最近、行動が荒々しくなってきていることに彼女は気付いていない。

 数十分後。
「それでライブをやりたいと。へぇー」
 また突拍子もない事態が発生した。軽音部の得意分野である。
他の面子が揃ったところでお茶を開始していた頃に出戻ってきた澪がとても気まずそうにライブをやらないかと持ちかけてきた。
 いわく件の視線の正体は澪の妄想ではなくて本当に存在していたようで、やはりファンクラブの者によるものだったらしい。
 しかし話はそこで終わらない。何とそのファンクラブの者はクラブの会長張本人で、加えて生徒会の元会長だったという驚天動地の事実が露わとなった。
 元会長の曾我部恵は容姿端麗、公明正大、頭脳明晰と誰もが認める生徒会長の鑑のような人らしい。皆も全校集会で何度も目にしたことがあり、確かにそんな四字熟語が似合いそうな人物に見えた。
「ていうか恵って名前はファンクラブの会長になる素質でもあるのかな」
 立花夏音ファンクラブの会長もめぐみという名前だ。
 ともかく、そんな人間もつい魔がさしてストーカーに陥ってしまったのだという悲しい事件はこうして幕を……閉じなかった。
「曾我部先輩も悪気があったわけじゃないみたいなんだ。なんか、好きな人をつい目で追ってしまうような感覚だったらしい」
「それ、自分で言って悲しくないかい?」
 夏音のツッコミに言葉を詰まらせる澪だったが、あえて無視して続けた。
「私としてもなんか面はゆいんだけど、そこまで想ってもらって知らんぷりするのも嫌なんだ。だから、卒業する先輩に私達からお祝いと見送りを兼ねてライブを贈ってあげられたらなって」
 顔を赤くしながら言い切った澪はつぃ、と顔を俯かせる。もじもじと指をいじって反応を待っているあたり、いじらしさが満開だ。そんな彼女の想いを受け取った唯がにっこりと微笑んだ。
「澪ちゃんすっごく最高なアイディアだよそれ!」
「ほ、ほんと?」
「ええ、澪ちゃんらしくて素敵! 曾我部先輩も絶対に喜んでくれるわね!」
 ムギの力強い後押しに澪の顔がぱあっと輝く。澪も時期的に一大イベントに向けて高まるモチベーションに水を差さないか不安であったのだ。余計な時間を割いてまでやりたくない、とでも言い出されたらおそらく何も言い返せなかっただろう。
 結果、弾き語りでも何でもやるつもりではあった。よく考えたら軽音部の中に反対するような心が狭い人間なんているはずなかったのだ。
「ま、澪らしいな」
「そうだね。ライブ審査前に誰かに聴いてもらうのも良い機会だし、どうせなら高校最後にさいっこうに贅沢な想いをしてもらおうよ」
 律と夏音も乗り気な発言を加えて、一気にライブムードになった。何の曲をやるか、構成はどうするかという話に火がついてミーティングをした結果。
「私が……ヴォーカル?」
「そこはそうでしょう」
「………や、だ…」
 いつもなら即答で「やだ!」と反応する澪も歯切れが悪い。秋山澪のファンというのであれば、彼女自身のヴォーカルが聴きたいはずだし、学校祭の時はしっかり一曲歌ったのだ。
「学校祭が終わってから俺がヴォーカルをやってきたわけだけど、澪だってちゃんと歌えるんだからもったいないよ」
 夏音はひそかに澪にヴォーカルの素質を見出していた。声量はまだまだまだまだ足りないが、しっかり音を取れる上になかなかヴォーカル映えする声を持っている。
 そもそも、ギターと歌を同時にこなすことのできない唯をのぞいて軽音部全体のコーラスワークはなかなかのものである(特訓によって)が、中でも澪の声域は下に出る分、重宝されている。
 全曲の中で一番低いヴォーカルの時に六度下を通る声で出せるのは澪くらいである。
「という訳で澪ヴォーカル!」
「ちょっ、ちょっと待って! 考えさせて! 熟考させて!」
 逃げ腰の澪に猶予を与えてはならない。この一年でそれをよく学んだ一同は強制的に澪をヴォーカルに据える事にした。
「澪が良いと思う人~」
「はーーい!」
 澪を除く全員分の賛成。民主主義の原則に則った文句のつけようもない採決である。前にもこんな事があった気がして澪は深くうなだれた。
 どうせこういう時は自分に決定権はないのだから、と諦める事が肝要であると、彼女もまたこの一年で学んだのだ。
「ただ、それだとやれる曲が絞られてくるぞ?」
 最後の抵抗と唇を尖らせて澪が言う。
「ヴォーカルしながら弾けない曲なんて幾つもあるんだからな!」
 威張って言う事ではないが、一理ある。
「そうだねー。どうしようか」
 夏音が笑いながら首をひねった。明らかにこの事態を楽しんでいる顔である。すると同じくにやにやしていた律がふと気難しい表情で口を開いた。
「それ言うなら、夏音はリード弾きながらよく歌えるよな」
「うん、本当そうだねー! すごいよね! ていうか私が早くリード弾けたら良いんですがね……へへ…へ」
 前半は素直に賛同しながら、後半は自嘲気味に笑う唯がずんとテーブルに重い視線を落とした。ギターが二人いる軽音部だが、実際にリードを弾いているのはヴォーカルを担当している夏音である。
 一般的にはギターヴォーカルがバッキングに徹する姿が多く見られるが、まだ唯にはリードを任せられないという理由で夏音がリードをとる形態となっている。唯が腕を上げたらツインリードというのも面白いかもしれないと夏音は考えているのだが、基本的にギターが二本あってもお互いがボス級の実力を持っていないと釣り合わないものだ。現状はなかなか抜け出せない。
「コツだよコツ」
 そう簡単に言ってのけるこの男を基準にしてはならない、という共通の見解を持っている他の部員達はそろって溜め息を落とした。
「コツで何とかなれば苦労しないってーの」
 そんな全員の気持ちを代弁した律が苦笑混じりに言い返した。
「ところでコツのコツってどういう意味?」
「知らんわ!」
 珍妙なやり取りを挟んだ後、また真剣な話し合いに戻る。確かに、色々難しい曲が多い。というより、この時点で一同の頭にはハッキリとある感想が浮かび上がっていた。「面倒くさい曲ばっかだな」と。犯人は一人だが。
「なるべくシンプルな曲にしよう。ほら、前にやったふわふわ時間。それにクマさんでしょ。カレーのちライスとか私の恋はホッチキス、とか!」
「あぁー。あれなー」
「それってほとんど澪ちゃんが作詞したやつだよね。私、あの歌詞好きだからもう一度やりたいなー」
 唯には大好評だった小っ恥ずかしい歌詞がのった曲達。夏音が歌うにあたって羞恥心とのせめぎあいに敗れて消えそうになっている数々の曲。
「うん、私もいいと思う!」
「そ、そう? それなら、いいかな」
 べた褒めされて悪い気はしない澪が頬をかきながらやる気を出しつつあった。さらに夏音が一押しする。
「そうだよ! あのクレイ…独創的な詩の世界を表現できるのは澪しかいないよ!」
 聞く者によっては完全に馬鹿にしている発言だが、自分の師匠的な人物にそう言われて澪の瞳がぴかんと輝いた。
「よ、よし。それならヴォーカルと一緒にできるな! そうと決まれば練習しないと!」
 がたんっと立ち上がり、楽器に向かう澪を尻目に一同はにやにやと視線を酌み交わした。ちょろい。
「あ、ちょうど良い機会だから今回は唯もしっかりコーラスするんだよ」
「嘘っ!?」
「ほんと」
「わ、私まだギターと歌できないよ!」
「だから特訓するんじゃないか」
「とっくん?」
「Special Trainingをね」
「す、すぺしゃるとぅれーにん?」
「Yes」
 にたりと口角をあげる夏音に唯は嫌な汗が背中を垂れる感覚にぶるりと震えた。


 唯にギターと歌を両立する地獄の特訓三日間を経た後、ライブ当日を迎えた。
現生徒会の和に協力を得て、講堂に曾我部先輩を連れてきてもらえる手筈となっている。
 もう学校に用もない先輩を学校に連れてくる口実として、和が生徒会の引き継ぎで分からない所を見てもらう事になっており、その間に講堂に機材を運ぶのだが、今回は最小限の機材を使う事になった。
 アンプも持ち運びやすい低出力のコンボタイプに。さらに外音を使わないので楽器を奥だけ、という驚異的な早さでセッティングが完了した。マイクは仕方がないので講堂備え付けの音響設備で何とかすることに。
「ていうかよー。ライブ直前にこんなこと言うのもなんだけど…………唯、喉やばくないか?」
 コーラスマイクの前で発声練習をしている唯を不安げに見ていた律がたまらず口を開く。
「え、そう?」
 屈託無い笑顔で首を傾げる唯の声はかなりハスキーだ。ハスキーというか嗄れてしまっていうる。こんな老婆のような声でコーラスなんかしたら聴くに堪えられないのではないか。
「ていうか今朝会った時から突っ込みたかったよ! おい、お前どういう練習させたんだよ?」
「フツーにやっただけなんだけどなー」
 おかしいなー、と頭をひねる夏音に非難の視線が飛ぶ。
「お前の言う普通の尺度がおかしい!」
 三日間でふわふわとした雲のようなキャンディーボイスが巣鴨のばっちゃんに早変わりだ。とんだビフォーアフター。明らかに指導者のミスの結晶がここにあり。
「でも、わりとギター弾きながら歌えるようになったよ?」
「とりあえず、今日は夏音がコーラスな」
「えぇー! せっかく特訓したのにねー」
「ねー?」
 ぶーぶーと文句を言う二人に澪が爆発した。
「今日は曾我部先輩のために演奏するんだからな! ちゃんと真面目にやれ!」
 講堂によく響く澪の怒声に二人は「……うっす」と大人しく従った。
「あ、和ちゃんがもうこっち来るって!」
「マジか! セッティングまだ途中なのに!」
「四十秒で済ませな!」
 わーわーと慌てふためいている内に、ガチャリと講堂の重い扉が開く音がした。
 来た。
 閉じられた幕の向こうに聞こえる、確かな二人分の足音がこちらに近づく。
「ね、ねえ真鍋さん。こんな所に呼んで何があるの?」
「実は軽音部に呼ばれて来たんです」
「え!? ま、まさかお礼参りとか!? いや! 堪忍してちょうだい! そういうのは成美にお任せよっ!」
「そんなバカな」
 その瞬間、端っこにいた唯が幕を開けるボタンを押して慌てて所定位置に着いた。
 幕の向こうに見えてきた曾我部先輩のぽかんとした顔を見て、夏音はまずはサプライズ成功だと笑った。
「曾我部先輩! ご卒業おめでとうございます!」
 全員で声を合わせて先輩を祝う言葉をかける。中央に立つ澪が緊張でカチコチになりながらも先輩にじっと目を合わせた。
「あの……私達、桜高軽音部がお祝いの意味をこめて演奏させていただきます! 聴いてください!」
 そして澪の底深い歌声が夕陽射し込む講堂を震わせた。


 終始うっとりと演奏に聴き入っていた、というより澪に観入っていた先輩は飛び跳ねて喜んでくれた。しっかり澪からサインを貰っているあたり、抜け目がない。とにかく、ライブは無事に成功した。
 終わってみて夏音は今回演奏した曲は自分が歌うのには合わないとして切り捨ててきたが、いざヴォーカルを代えただけでしっくりきたことで、バンドの新たな可能性をもう一度考えねばならないと考えていた。
 こういうのも悪くない。そう感じたのだ。
 ともあれ最終選考へのモチベーションが少しでも高まったかな、と悪くない感触に頬をほころばせていたところ。
「ズルイです!」
「………ウヒャー」
 夏音は人間とは思えない機械的な悲鳴を漏らした。
「お姉様!」
 一同が部室に戻ると、扉の前に夏音にとって嫌なくらい見覚えのあるクロワッサンヘアーの少女が憤然と待ち構えていた。
 一難ならぬ一めぐみが去った後にまためぐみ、である。
 夏音はその姿を発見した瞬間、階段から落ちそうになったが何とか踏みこたえた。
 部室に帰還してきた軽音部に気付いた彼女はひどく息巻いた様子で、その表情には若干の恨みがたっぷりとこもっている。
 ついでに涙目で上目遣いという小技を用いるこの少女に夏音は弱い。
「会員の報告で軽音部が講堂に楽器を運んでいたって耳に挟んだので、向かってみたら演奏しているじゃないですか! しかも二人の観客のために! こんなの二人占めですよ二人占め!」
 ビシッと指二本を立てて猛然とまくし立ててくるこの超絶巻き髪ヘアーの少女の名は堂島めぐみ。立花夏音ファンクラブの会長だ。
 夏音には、現代に生きるガチ百合っ子という認識をされているが、何故か男である夏音に傾倒しきっている。挙げ句の果てにお姉様などという屈辱的な呼称を堂々と言い放ち、夏音をナチュラルに苦しめている。お姉様とは言うが、学年は二年。事実上、夏音と同い年である。
「………っ」
 夏音は助けを求めて仲間達に視線を送る。光の速さで反らされた。
「私達にはそういうの無いのでしょうか?」
「そ、そうだね……今回は特別講演だったわけだし……しょっちゅうはチョット」
「そこを曲げられませんか?」
 曲げたくないなあ、とは言えない夏音はたじたじと言葉を詰まらせる。嫌な汗が身体中の至る所から噴き出ている。
「い、いやあんまり講堂を自由にするのも……ねえ? 今日だって軽く怒られちゃったし」
「そんな……」
 そのままがっくしと膝をついためぐみは人生に絶望した中年サラリーマンのような悲愴感を漂わせる。ここで可愛い描写が出てこないのがこの少女らしい。
「そんな…………もう、今の私じゃだめなの……」
 夏音にはよく分からない言葉をぶつぶつと呟きだした。いけない傾向だ、と急変した彼女の様子を危ぶみながら夏音は悩んだ。
「め、めぐみちゃんさ。とりあえずその……お姉様ってところを直してくれたら考えるよ」
「え? どうしてですか?」
 いったい何言っているのこの人? みたいな目で夏音をじっと見上げためぐみの瞳に曇りはない。曇り無き眼に射貫かれた夏音は「うっ」と一歩退いた。
「お姉様はお姉様でしょう?」
 ガチ百合世界に生きる少女はやはり恐ろしい。本当にお姉様、等と言う者がまわりからどんな目で見られるかに気付いていないのだ。
 最低限、人前で呼ぶなという命令に従っているだけマシであるが。
「ひ、人のことは名前で呼ばないと」
「名前で?」
「そうそう。名前で、ね?」
「な、名前で…………キャッ」
 かぁーーっと顔を真っ赤にするめぐみは頭を抱えてふるふると首を振った。見た目だけは可愛らしいが、何とも寒々しさを覚えた夏音であった。
「ついに……ここまで来たのね」
「え!? いや! 君がどこまで行ったのかわかんないけど! ただ名前で呼ぶだけだからね! 今時の幼稚園児でもやってるよ!」
「でも……恥ずかしいです」
「お姉様の方がよっぽど恥ずかしいから!」
「そう……ですか?」
「そうだよ!」
「お姉様がそう言うなら……」
「いや、直ってないよ! 肝心なところ直ってない!」
「か、夏音さま」
「初心に還っちゃったよ! せめて『さん』でお願いします!」
「か、夏音さん!!」
 目を閉じて意を決した様子のめぐみが夏音の名を呼ぶ。
 そこに至るまでどんな壁を乗り越えたのかは不明だが、相当な体力が必要だったらしい。ゼェーハァーと荒い呼吸をする彼女は「一仕事したぜ」みたいな爽やかな笑顔で額に流れた汗をそっとぬぐった。
「名前で呼んだら、演奏していただけるのですよね?」
「………あ」
 そんな事を三十秒前くらいに言った記憶があった夏音はしっかり言質を取られていた事に愕然とした。いや、しかし考えると言っただけでやるとは一言も言っていない。
「明日、同じように講堂でお願いします」
 だが、今さら断れるはずもなかった。
「……………ミンナ、イイカナ?」
 ハイライトが失せた瞳で振り向かれた軽音部一同は首を横に振れるはずもなかった。
 ちなみに、蛇足として奇しくも2デイズとなってしまったライブだったが、二日目に集まった十五名の生徒を前に終始ヴォーカルが顔を引き攣らせていた。




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