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No.26404の一覧
[0] 【けいおん!】放課後の仲間たち[流雨](2012/06/28 20:31)
[1] プロローグ[流雨](2011/06/27 17:44)
[2] 第一話[流雨](2012/12/25 01:14)
[3] 第二話[流雨](2012/12/25 01:24)
[4] 第三話[流雨](2011/03/09 03:14)
[5] 第四話[流雨](2011/03/10 02:08)
[6] 幕間1[流雨](2012/06/28 20:30)
[7] 第五話[流雨](2011/03/26 21:25)
[8] 第六話[流雨](2013/01/01 01:42)
[9] 第七話[流雨](2011/03/18 17:24)
[10] 幕間2[流雨](2011/03/18 17:29)
[11] 幕間3[流雨](2011/03/19 03:04)
[12] 幕間4[流雨](2011/03/20 04:09)
[13] 第八話[流雨](2011/03/26 21:07)
[14] 第九話[流雨](2011/03/28 18:01)
[15] 第十話[流雨](2011/04/05 15:24)
[16] 第十一話[流雨](2011/04/07 03:12)
[17] 第十二話[流雨](2011/04/21 21:16)
[18] 第十三話[流雨](2011/05/03 00:48)
[19] 第十四話[流雨](2011/05/13 00:17)
[20] 番外編 『山田七海の生徒会生活』[流雨](2011/05/14 01:56)
[21] 第十五話[流雨](2011/05/15 04:36)
[22] 第十六話[流雨](2011/05/30 01:41)
[23] 番外編2『マークと夏音』[流雨](2011/05/20 01:37)
[24] 第十七話[流雨](2011/05/22 21:00)
[25] 番外編ともいえない掌編[流雨](2011/05/25 23:07)
[26] 第十八話(前)[流雨](2011/06/27 17:52)
[27] 第十八話(後)[流雨](2011/06/27 18:05)
[28] 第十九話[流雨](2011/06/30 20:36)
[29] 第二十話[流雨](2011/08/22 14:54)
[30] 第二十一話[流雨](2011/08/29 21:03)
[31] 第二十二話[流雨](2011/09/11 19:11)
[32] 第二十三話[流雨](2011/10/28 02:20)
[33] 第二十四話[流雨](2011/10/30 04:14)
[34] 第二十五話[流雨](2011/11/10 02:20)
[35] 「男と女」[流雨](2011/12/07 00:27)
[37] これより二年目~第一話「私たち二年生!!」[流雨](2011/12/08 03:56)
[38] 第二話「ドンマイ!」[流雨](2011/12/08 23:48)
[39] 第三話『新歓ライブ!』[流雨](2011/12/09 20:51)
[40] 第四話『新入部員!』[流雨](2011/12/15 18:03)
[41] 第五話『可愛い後輩』[流雨](2012/03/16 16:55)
[42] 第六話『振り出し!』[流雨](2012/02/01 01:21)
[43] 第七話『勘違い』[流雨](2012/02/01 15:32)
[44] 第八話『カノン・ロボット』[流雨](2012/02/25 15:31)
[45] 第九話『パープル・セッション』[流雨](2012/02/29 12:36)
[46] 第十話『澪の秘密』[流雨](2012/03/02 22:34)
[47] 第十一話『ライブ at グループホーム』[流雨](2012/03/11 23:02)
[48] 第十二話『恋に落ちた少年』[流雨](2012/03/12 23:21)
[49] 第十三話『恋に落ちた少年・Ⅱ』[流雨](2012/03/15 20:49)
[50] 第十四話『ライブハウス』[流雨](2012/05/09 00:36)
[51] 第十五話『新たな舞台』[流雨](2012/06/16 00:34)
[52] 第十六話『練習風景』[流雨](2012/06/23 13:01)
[53] 第十七話『五人の軽音部』[流雨](2012/07/08 18:31)
[54] 第十八話『ズバッと』[流雨](2012/08/05 17:24)
[55] 第十九話『ユーガッタメール』[流雨](2012/08/13 23:47)
[56] 第二十話『Cry For......(前)』[流雨](2012/08/26 23:44)
[57] 第二十一話『Cry For...(中)』[流雨](2012/12/03 00:10)
[58] 第二十二話『Cry For...後』[流雨](2012/12/24 17:39)
[59] 第二十三話『進むことが大事』[流雨](2013/01/01 02:21)
[60] 第二十四話『迂闊にフラグを立ててはならぬ』[流雨](2013/01/06 00:09)
[61] 第二十五『イメチェンぱーとつー』[流雨](2013/03/03 23:29)
[62] 第二十六話『また合宿(前編)』[流雨](2013/04/16 23:15)
[63] 第二十七話『また合宿(後編)』[流雨](2014/08/05 01:53)
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[26404] 第十七話
Name: 流雨◆ca9e88a9 ID:a2455e11 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/05/22 21:00


 夏休みに較べて冬休みは極端に短い。だから長期と名のつく休みを挟んだとして、寒さがゆるむ事などなく、むしろより厳しく増した冷気は容赦なく生徒達を襲う。
 さみーさみー、と暖かい校舎に逃げ込んでくる生徒たちの姿もまた見慣れたものであった。ごうごうと暖房を焚かれ、ほっと暖かい教室内には異様な眠気が満ちていた。
 次から次へと登校してきたクラスメートが教室の外から冷気を持ち込んできては、顔を顰める廊下側の席の子は不憫ともいえる。それというのも教室内で気温の格差が存在するからだ。
 たいていの生徒は窓側に備え付けられたラジエータ付近に密集する。教室における唯一の暖房機器は窓側にしか備え付けられておらず、温もりを求める生徒達はこぞって暖房の前に向かうのだ。夏は微かに入ってくる風を求め、冬は暖かみを。
 やはり窓側の恩恵はことのほか大きいらしい。それでも教室人口の大半を女子が占めているため、男子達は窓際に陣取る女子達を悔しげに眺めていたりする。しかし、実をいうと窓際に座る男子生徒が一番気の毒だったりする。周りを異性に囲まれて身動きできない姿はなかなか涙ぐましい。
 そんな何とも言い難い、ぬっくーい雰囲気が流れている教室内に別の理由で凍りついている生徒が一人いた。
「そんな……ひどい……ひどいよ!」
「だ・か・ら! ちゃんと誘っただろー?」
「俺、遅くからなら行けたんだよ!?」
「だって家族でクリスマス過ごすなんて言われたら、こっちもしつこく誘えないじゃんよー」
 今にも泣きそうな表情で机にすがりついている夏音とそれを面倒くさそうに慰める律の姿は注目の的であった。あまり朝の娯楽が無いのか、誰もが遠巻きに眺めている。
「あの、マークっていう人もいたんだろ? 久しぶりだったんだからたっぷり一緒に過ごせて良かったんじゃないの?」
「マークはクリスマス前に帰りましたー!」
「そ、そうか」
 がばっと顔をあげ、恨みがましい視線を向けられた律がたじろぐ。予想以上に根にもたれているなと、内心ひやりとしていた。
 昨年のクリスマス。夏音から非常に重要なカミングアウトがあった後に訪れた毎年恒例のイベント。
お祭り好きの律としては、世間に蔓延しているこのイベントの副次的な意図を唾棄すべきだ、という名目によって友達同士でわいわい過ごしたいねーと考えるのは当然であった。
 そもそも、クリスマスに自宅にいる事で弟含めた家族に「今年も予定ないのねー」的な生暖かい目線を向けられる未来を想像するだに、ぞっとしないのだ。
 だから、勝手に計画をたてた。ダメもとでムギの家を使えないかと画策したが、断念。甘い考えだったようだ。とはいえ、結果的に唯の自宅が使えることになり、晴れて軽音部の仲間でクリスマスを過ごす事にあいなったのだ。

「そこは押してよー。しつこいくらいに押してよー」

 目の前で半べそかいている美少女――ならぬ、美少年かっこ年上かっことじ、はそのイベントに参加することができなかった。
 律が部活でクリスマス会の開催宣言をした日、夏音が風邪をひいて学校に来ていなかったことから始まる。
 彼女はメールで「クリスマスにみんなで遊ぼうって話したんだけど、夏音は来れるか?」ときちんと連絡したのだ。だが、それに対する答えは「家族と過ごすからごめんねー」というそっけないものだった。
 そういえば、アメリカだとそういう習慣だよなーと納得してしまった律はそれ以降は夏音を気にかけることはなかった。悪気は一切なく、家族で過ごすなら仕方ないのだと思ったからだ。
 律は、振り返ってみて自分はそこまで悪いことをしたとは考えられなかった。
「初詣は一緒に行けたんだからいいだろー?」
 律はそれでも夏音が可哀想だと思って相手していたのだが、だんだん面倒くさくなってきたので、携帯をいじりながら相手をしだす。
 初詣は軽音部の全員で行った。律の策略によって澪がただ一人だけ晴れ着姿でやって来たのを見た夏音がやたら興奮していたのが記憶に新しい。
 日本の初詣の作法などまるっきり知らない彼に一から説明して、お参りも一緒にしたし、おみくじもひいた。正月を過ぎ、主に体重関係の悩みでデリケートになっている澪とムギに対して、懲りもせずに地雷を踏んだ唯には焦った。まあ、和気藹々と過ごした楽しい思い出である。
「それに父さん達は九時前には知り合いのミュージシャンが集まるパーティーに出かけたよ」
「そっちに行けばよかったんじゃないのかー?」
「……………最近、いろいろあったから観るもの溜まっていてさ……」
「あぁ、そっち関係の……」
 オタクスティックな用事だ。律たちが紆余曲折はあったものの、ワイワイと楽しんでいた隙にどれだけ寂しい時間を送っていたのか。一人、暗い室内でアニメ鑑賞に耽る姿を想像して、胸を締め付けるものがあった。

「何か……すまんっ」
「もう仲間外れはいやだからね」
「………わーかったよ」
 どうして自分がこんなに責められているんだ、と不服しか生まれない。それでも律の中の面倒くさいという感情がそれを上回ったので、しぶしぶ引き下がった。
「あ、そういえばそのマークさんとお前の母さんが……」
 律はそう言いかけたところで、はっとして口をつぐんだ。
「ん? 母さんとマークがどうしたって?」
 非常に聴覚が優れた夏音は律の発言を聞き零さなかった。小首をかしげて見詰めてくる夏音に、オホホと決まり悪そうに笑う。
 自分がうっかり口に出しかけた内容は、本人の耳に入れていいものか微妙であった。このことは、夏音をのぞいた軽音部でも簡単に話し合った。
 そこでこちらから夏音に問いただすようなことはよそう、と決めたのである。


 それというのも、例のカミングアウトの翌日。珍しく、遅刻した澪とは別々に登校していたのだが、学校に到着すると校門のあたりに異様な雰囲気が轟々と漂っているのを見かけた。
 すぐ前方を歩く一組の生徒が「あれ、昨日の人じゃない?」などと会話しているのを耳にキャッチした律はその視線の先をたどってみた。たどってみたところで、顔が引き攣った。
 見れば、どこか及び腰の生活指導の教師を気にもかけずに存在する一組の男女。

 片や洋画にでも出てきそうな金髪美女。片やサングラスをかけた黒人の放つ存在感は、早朝の学校前にはえらくミスマッチだった。
 まるで子供を産んだようには見えないが、夏音(十七)の実母であるアルヴィ。もう一人は、世界的人気を誇るバンドのギタリスト。

 律はうわーいやだなーと思いながらも仕方ないので、校門に向かう。すると歩いてくる律たちに気付いたアルヴィがはっきりとこちらに向けて手を振ってきた。
 微笑むだけで背後に不可視の花が散らばる。
(うわー後光がさしてるよ)
 オーラが半端ない。おまけに二人そろって近づいてくる。この時点で無視することなどできず、会釈をする。
「ハーイ! 寒いわねー」
「は、はい。あの、夏音のお母さん……」
「あら、気軽にアルヴィって呼んでちょうだい。あなたはたしか、えっと……ごめんなさいね」
「あ、律です。田井中律って言います。あ、アルヴィさんはどうしてここに?」
「律ちゃんねー。私というより、この子があなた達に用があるみたい。どうしても言っておきたいことがあるそうよー?」
 どうみてもこの子、という柄ではないが。ぽん、と肩に手を置かれたマークは嫌そうに顔を顰めて、それがとんでもない迫力なのだ。
「この子、まだ日本語が上手じゃないから私が通訳なの」
 そのまま背中にまわされた腕がマークを律たちの前に押し出す。少しよろめいてから咳払いを一つ。不機嫌そうだった表情とは裏腹に割とフランクな声で「Hi」と話しかけられた。
 律は「ハ、ハイっ!」といかにも日本語のままの発音で返す。
 昨日のこともあり、すごい人なのだという事は骨身に沁みているのだが、それでも気軽に話せるような相手ではない。
 律がガチガチと固まっていると、マークはぽつぽつと口を開いた。
「君たちはこの一年、あいつと一緒にいたそうだな」
 アルヴィによる通訳で即座に日本語に直される。
「ずっと音楽をやっていた。そうだな?」
「え、ええ。まあ、ハイ」
 “ずっと”音楽をやっていたかと言うと語弊がある。十割の内、音楽は四割ほどしか占めていないのではないか。
 そう考えると、プロのミュージシャンと過ごしていたというのに、なんてもったいない時間を過ごしていたのだろうか。
「一緒に音楽をやっていて……どう感じた?」
「どう……って?」
「楽しかった。切なかった。色々あるだろう? あいつと一緒にやる音楽はどうだったんだ?」
「あいつとの……音楽」
 考えずにはいられなかった。昨日の晩はその事がずっと頭を占めていたし、おそらく他の皆も同じだと思う。
「あいつとの音楽は………疲れます」
 そんな事を言うつもりではなかった。
 楽しい、とか興奮するとか。終わった後の達成感なんか、伝えるべき事がたくさんあった。
 それでも、この口は選ぶべき言葉を選べなかった。ふと、口に出してしまったことへの罪悪感がわき上がる。
「いや、何て言うか内容が濃すぎるって意味で!」
 慌てて律が弁解を口にすると、マークは声を立てて笑った。なんかウケた……と律はほっと胸を撫で下ろした。なんて疲れる会話。
「君はドラマーだろ?」
「ええ、まあ」
「楽器をやめたいと思った?」
「ドラムを? それはないです!」
 ドラムをやめたいと思ったことなんてない。予想外をついてきた質問につい声を荒げてしまった。
 はっとしてマークを見ると、腕を組んでこちらをじっと見詰めていた。
「オーケイ、わかったよ。君は……君たちはまだ知らないんだな」
「知らないって……何ですか?」
「あいつの本当の意味での恐ろしさを知らないんだ」
 その言葉を聞いたアルヴィがくっと眉をひそめるのが判った。数秒、躊躇った後に彼女はその通りに訳した。
「恐ろしさ?」
「そうだ。君たちはあいつの本当の実力も見ていないし、そんな奴と一緒に音楽をやっているという行為を理解していない」
 彼はどうしてか晴れやかな顔をしている。滔々と語られる言葉が律の頭を鈍らせていく。
 何を言っているのか、理解ができない。
「そうか。安心したよ。君たちは楽しく音楽をやっているんだな。俺が言うまでもないだろうけど、これからも是非、音楽を楽しんで欲しい」
「は、はあ……」
「よかった。遊びの範囲で」
「…………え?」
 律はその言葉がかなりしゃくに障った。自分たちの活動がお遊びと言われたのだ。
 プロから見ればお遊びかもしれないが、これでも真剣にやっている音楽を馬鹿にされた気がしたのだ。
「それ、どういう意味ですか?」
 思わず語気を荒げて反問したが、アルヴィがそれを許さなかった。非常に困った様子で額に手をあててマークに何かを言うと、マークは肩をすくめて笑うと「サヨナラ」と律に手を振った。
「んなっ」
「ごめんなさいね」
 律が呼び止めようとすると、アルヴィが遮った。眉尻を下げて申し訳なさそうに律の頬に手をやる。その困り顔さえも美しい友人の母はふぅ、と甘い溜め息をついて律に対して切なげに微笑んだ。
「悪気はないの。むしろ、あなた達を心配してるのよ」
「あの言い草で? すっごく馬鹿にされた気がするんですケド!」
「まあまあ。そんなに目くじらたてないでちょうだいなー。あの子の言った事もまるっきり外れてはいないのよ」
「だから、それが意味わかんなくて……」
「それはね。私はあなた達が実際にソレを味わうのが良いと思うの。言葉で語っても仕方がない事だもの」
 律はショックだった。突然現れた友人の家族がそろって訳の分からない事を述懐していく。その内容が気に障る。
「さっきからあいつがひどい事をする奴だって聞こえるんですけど」
「あなた、あの子のために怒ってくれるのね。もちろん私たちはそんなつもりはない事は分かってちょうだい」
 アルヴィは、彼女の息子と同じように人を真っ直ぐ見詰める青い瞳で律を射貫いた。
「それでも、過ぎた才能が時に人を傷つけることもあるの」
「……よくわかんないです」
「大丈夫よ。今はそれだけで……あなたはあの子を好きかしら?」
「………………そんなの、仲間ですから」
「そう」
 アルヴィは律に顔を近づけると、昨日のように頬に口づけを落とした。ちゅっとくすぐったい音が響いて、律が硬直する。
「よろしくね。願わくば、あの子の事をもっと知ってあげてね」
「ひゃ……ひゃいっ!」
 美人のキスの威力を侮ってはいけない。律は舌がもつれて上手く返事ができなかった。

「じゃ、また会いましょう」

 顔を真っ赤にさせている律に手を振って彼女は去っていく。しばらく行った処にマークが待ち構えていて、登校してくる生徒たちの群れを真っ二つにしながら歩み去っていった。
 やはり凄まじい存在感。律はリアルモーゼを目の当たりにした律はぽかんと彼らを見送った。
 その後、夏音がいない間に軽音部の皆に今朝の事を報告したのだった。


「ヘイヘイ、母さんとマークがどうしたってー?」
 そんな事もあって、うっかり口が滑るところだった。ギリギリセーフである。律はしつこく繰り返してくる夏音の顔を眺めた。
 相変わらず、麗しい。彼の母親と瓜二つの美貌が自分だけに向いている。内心で舌打ちすると、ぺしんっと夏音の顔を両手で挟んだ。
「お前、本当にうらやましいなー」
「な、なにが?」
 若干喋りづらそうに夏音が返す。
「その睫毛とかムカつくなー」
「り、律しゃんはなしてっ」
そのまま頬を引っ張って遊ぶ。すべすべもちもちの肌が面白いように形を変えて、律は意地悪く笑った。
 結局、少し前の発言も頭からぶっ飛んだらしく律は難を逃れることができた。



「そういえば夏音くんの動画いっぱい観たんだけど、すごいよねー」
 放課後、それまでと変わらない形でティータイムが行われている最中。いつものように菓子をめいっぱい口に含んだ唯がもぐもぐと咀嚼しながらそんな事を言い出した。
「唯ちゃんも観たの?」
 ポットの中身が空になったため、新しく茶葉を蒸らしていたムギが唯の発言に顔をあげた。
「うん。もしかしてムギちゃんも?」
「ええ。素敵だったわー」
ムギは恍惚の表情で微笑んで、こくりとうなずいた。
 両者の会話を何気なく耳に入れていた律は「やっぱり全員同じ事考えるんだな」と半ば呆れるように感心した。
 かく言う律も、ユーチューブ等の動画サイトでカノン・マクレーン関連の動画を漁るようにチェックしていたのであった。
 どんどん関連動画が貼られており、次から次へと自分の知らない夏音を目にすることになった。
コメントは英語がほとんどだったりするが、中には日本人がアップしている動画もあり、なかなかの認知度がある事を思い知らされた。
 枝分かれするように際限なく連なっている動画の中には、律が尊敬しているドラマーの一人とのセッション動画もあり、度肝を抜かされた覚えがある。
「えー、何それ。超恥ずかしいんだけど!」
 そんな彼女たちの会話を前にして夏音が頬に手をあてて顔を赤らめた。こうして見れば、普通の女の子……百歩譲って少し綺麗すぎる男の子にしか見えない。
「夏音くんって髪の毛染めてたんだねー」
「うん……ま、色々あってね」
「でもムギちゃんのとはちょっと違う感じだよね」
「え、私?」
 急に話を振られたムギはついどぎまぎする。その際、ティーカップに注いでいた紅茶を溢しかけていた。
「私も色素が薄いけど、金色ってほどでは……。どっちにしろ夏音くんほど綺麗な色じゃないもの」
「ええーっ? 私、ムギちゃんの髪の色好きだよー」
「ふふ、ありがとー」
 やや虚をつかれたような顔つきで、それでも嬉しそうにムギは笑った。

 そんな中、澪は何とも言えない眼差しで彼らを見ては小さく溜め息をついていた。よく見ればその表情はどこか憮然としていて、ふてくされているようにも映る。
 実際に、澪は少しだけ面白くなかった。もともと自分だけが気付いていた秘密があっけなく他の部員にバレた。それでいて何かしらの変化が表れるものだという懸念も何のその。
 軽音部はいつもと変わらぬ安穏とした空気を醸し出している。まさに順風満帆、平凡な航路をのほほんと漂い続けているのだ。
 百歩譲って、澪だけが夏音の秘密を知っていた事を散々からかわれたことは仕方がないと思う。
幼なじみが自分をからかうための隙を与えてしまったのだから、そうなるのは自然の流れだったといえよう。結局、自分が今までずっと夏音にベースを教わっていたことが露見してしまった。
 もちろん死ぬほどからかわれた。多大な羞恥心を犠牲にしたというのに、ここまで部に変化がないのはどういうことだろうか。
 澪は和やかに頬をゆるめている仲間たちを一瞥した。
 プロのミュージシャンが側にいることを知ったのだ。それなりに音楽的な意識に変化があっても良いのではないか。
 むしろ向上心がある者なら、千載一遇のチャンスとばかりに夏音を利用するくらいの勢いがあって然るべきだろう。何かないか。普通では考えられない何かすごいことを達成する機会があるはずだ、と期待する心が生まれるはずなのだ。
 しかし、彼女たちは今まで通りに仲良く高カロリーのお菓子をつっつき合うだけ。
 これではまるで宝の持ち腐れのようなものだ。
(宝の持ち腐れ……)
 ふと、頭に湧いて出た言葉にはっとなる。
 思えば、この言葉はまさに軽音部にぴったりではないか。
 ギター歴が一年にも満たないのに、飲み込みの良さとセンスだけは抜群の唯。
 堅実な鍵盤を操る技術と、夏音の影響によってシンセの知識を増大させたムギ。
 いまだ怪しいテンポキープながらも、普通の女子高生よりは卓越したドラミング技術を持っている律。
 そして、カノン・マクレーンからほぼ一年間もベースの手ほどきを受けた自分。完成というには程遠いが、それなりの土壌を持っているはずである。
 むしろ、依然として伸び代が十分に残されているといってもいい。

 だというのに軽音部でライブをやったのは一回きりというのはこれ如何に。

 自分たちの実力を確かめる機会がない。いや、機会を放棄しているといってもいい。
 このままだと、次のライブがいつになる事か。どうにかしないと。
 自分が、唯一まともな自分が何か行動を起こさないと……と悩むだけの澪は、いつまでも行動に起こすことのできない自分の小心さ加減を呪った。
 結局、今の自分だって彼女たちと同じく、高カロリーの菓子と高級茶葉を消費するだけの存在なのだ。
 情けなくて溜め息をつくことしかできない。
「おーい澪。さっきから難しい顔してどうしたー?」
「うるさい。今考え事してるんだ」
「恋煩い?」
「ぶふぅーっ!?」
 澪は思わず口に含んだ紅茶を噴き出した。滅多に見られない澪の粗相に一同が唖然としていた。
「ず、図星かっ!?」
 とりあえず澪は、焦って違う方向に勘違いを進めようとする幼なじみの頭に拳固を落とした。
「何をくだらないこと言ってるんだよっ!」
「い……っ……」
 ワリと切羽詰まった表情で頭をおさえる律。予想以上に澪の拳固の威力が強かったようだ。
「り、りっちゃん大丈夫?」
 見慣れた光景だが、普段の十割増しの威力を放った澪の拳は傍目にぞっとしない鈍い音を奏でたのであった。確実にべードラ一発分の音はした。
「す、すまん……強くしすぎた」
 あまりに痛がるので流石にやりすぎたかと不安になった澪。
「だ、大丈夫か?」
 そっと歩み行って、うずくまる律をのぞきこんだ。その瞬間。
 バッ。
「へ?」
 赤い水玉と私。
 立ち上がり様に勢いよく振り上げられた律の手は、親友のスカートにひっかかり、思い切りまくりあげた。
 当然の結果として、露わになる澪の下着。
 その瞬間、学園祭の事件が電光石火で脳裏に浮かんだ夏音は目をそらすこともできずに、澪の下着を拝んだ。
 刹那がスローモーションに引き延ばされ、赤と白のストライプが全員の目に焼き付く。
「Jesus……」
「お返しだーっ。今日のパンツは何色かなーってね!」
 頭に巨大なタンコブをこさえた律は驚異の回復力で反撃を加えた。けれども、彼女の幼なじみはしっかりと成功したその復讐を笑顔でむかえてくれるはずもなかった。

「りーーーーつぅーーーー!!!!」

 血を吐くような悲鳴が部室に木霊した。



「で、澪は何を悩んでたんだよ?」
 見事な二段タンコブを咲かせた律は、ふと神妙な表情をつくって澪に向き合った。その横では、何故か巻き添えをくらった夏音が小さめのタンコブをさすりながらうなずいていた。一応、見たということで夏音は甘んじてその一発を受けた。
 ただでさえ吊り目なのに、怒りによって目尻がきつくなった澪は完全にブチ切れている様子である。
喉をならし、怒りのオーラをふしゅーっと発している彼女は、無理矢理律に献上させたタルトに勢いよくフォークを刺した。
「うっ」
 まだ怒っているらしい。ここまえ怒りを引き摺るのは滅多にないので、律はたじろいだ。
「軽音部なのに」
 一言、口を開いた澪が溢す。
「なのに?」
「軽音部なのに、何で私たちはライブをしないんだ?」
「…………………」
 澪をのぞく全員分の沈黙が流れる。
「な、何でだろうなー」
 乾いた笑みで笑う律に視線が集まる。その中に混じる厳しい目線に律の態度がしぼんでいく。
「澪の言う通りだね」
 夏音は腕を組み、強くうなずいた。夏音の言葉を受け取った全員の視線が彼に照射される。
「せっかく練習してるんだからライブに出ないと損だよ」 
 夏音の言葉に全員の顔が引き締まった。
 練習。練習といえば、軽音部で練習をする頻度が問題である。冬休み前のハプニング勃発の時点で一週間も練習をサボっていた状況だった。その上、すぐに冬休みが始まったので合わせて二週間以上は裕に演奏していない。
「確かに練習量は少ないね。絶望的なくらい」
 それでも、と夏音は続ける。
「みんな家ではきちんと練習しているみたいだし、その成果を本番で出す事も必要じゃないかな」
 全員がその言葉に思うところがあった。中でも唯は去年ギターを始めたばかりの頃の自分と今の自分を比べて思わず唸ってしまう。
 自分でリフを考えられるくらいに腕をあげる事はできたと思う。学校祭以来、かなりのオリジナル曲を作ったが、そのどれにも頭を絞ってひねり出した彼女のギターフレーズが紛れ込んでいる。
 同じように律やムギも自分が持っていなかった技術を着実に身につけている。それらのきっかけはやはり夏音である。
 今思えば、自分たちはこの年若いプロミュージシャンの元でそれなりに演奏技術を向上させていたのではないか。
 中でも澪は、他の者とは比べようもない程の上達を見せていた。
「私、ライブやりたい!」
 唯が胸の前で両手を握って力強く言い放った。
「ライブやろ! やりたいよ!」
「急に態度変わったな……でも、私も」
 律も、本番のステージで自分の腕をかき鳴らしてみたいと思った。
「わ、私もライブできるならやりたいです!」
 次々と沸き起こるライブコールに夏音はふっと笑って澪を見た。
「だ、そうだよ。これでいいよね?」
「そ、そんなの私の方がもっとライブやりたいもん!」
 よく分からない返事をしてきた澪に苦笑した夏音は、ぱんっと手を打った。
「とにかく! 全員一致だね! ライブしよう!」
「「「「おーっ!」」」」

 それから一同はライブをやるにあたって、「いつ、どこで」を決める事にした。二月に入れば学年末のテストが入ってくる。やるなら、その前。問題は「どこで」やるかだ。

「場所は講堂でいいよね」
「うん、そこしかないと思う」
 体育館ともなると、他の部活動が練習に使っているので無理がある。文化祭のように限られた時間でセッティングする必要もないので、リハーサルの余裕もある。
「ちょっと待ったー!」
 すんなりと決まりかけた場所の件に異議を申し立てる者がいた。
「どうしたんだ律?」
 注目を浴びた律はコホン、と咳払いをした。
「いやいやー。お前らちょっとばかし考えてみようぜ」
 と彼女は講堂でライブをするにあたっての問題を挙げた。
 第一に、セッティングとリハーサルの時間に余裕があるとして、本番が開始可能になる時間はいったい何時頃になるか。
 第二に、ほとんどの生徒が何らかの部活動に勤しんでいる中、客が来るのかといった問題だ。
「そもそもある程度お客さんがいないと話にならないだろ? それで言うなら放課後にやるって時点で何人が来るんだ? しかも授業が終わってすぐに始められないなら帰宅部の人だって帰っちゃうだろ」
「…………Oh」
 ここで誤解が無いようにしておくが、それに反応したのは夏音ではなく澪であった。澪は律の口からすらすらと出てくる至極まっとうかつ的を射ている指摘に心底驚いた。
 それでついついネイティブっぽい発音で驚きを表してしまったのだ。
「そんなの考えてもいなかった……」
「そうだなー。俺も聴いてくれる人がいないとやる気が出ない」
 いつでも自分の演奏を聴きにくる大勢の客に恵まれていた夏音にしてみれば、本番という名で誰もいないようなホールでぽつんと自分たちの演奏が響く事など、何にも耐え難い事態なのである。
 声をかければ……かけなくても謎に自分を慕ってくるファンクラブのメンバーが集まってくるだろうが。
 ひょっとして澪のファンクラブと合わせれば、結構な数になるのかもしれない。試す気はさらさらないが。
「でも、他に演奏できる場所なんてあるのかしら?」
 心なしか前向きに傾いていたムードが失速したように思える。各自、頭をひねってどうしようかとうなっていると、問題を指摘した張本人である律だけは自信に満ちあふれていた顔をしていた。
「ふっふー。やっぱりここは部長である私の天啓めいたアイディアが必要みたいねー」
 今日の律はどこかおかしい。まっとうな部長としての自覚がついに目覚めたのかと誰もが疑いかけたくらいである。
「一応、聞くだけ聞いてみようかな」
「お前、私の扱いひどくね?」
 夏音から全面的に信用されていない事を知った律はがくっと肩を落とした。しかし、自分の発言に注目が集まっている事に気を持ち直して再び尊大な態度を復活させる。
「まー聞いて驚くがいいさ。実を言うと、私の友達でバンドやってる子がいるんだけどさ。その子が今度あるイベントに出場するって言ってたのを思い出したんだよ」
「ん……? 今、出場って言った?」
「まーまー最後まで聞きなさいよ。確かあのイベント何て名前だったけな………轟音……いや、爆音……えーと……」
「も、もしかして」
 まるで痴呆老人と化した律の言葉を聞いていた澪が青ざめたような顔で震えだした。

「爆メロじゃないだろうな!?」
「あー、それだ」

 律が澪の発言にぽんと手を鳴らした。頭の奥でつっかかっていた物が判明してスッキリした笑顔だ。その笑顔と対照的に頭を抱えて悲鳴をあげる澪に一同はぽかんとした。
 その悲鳴に切迫した響きを感じたのだ。
「爆メロってなに?」
 何だか美味しそうな名前かも、と涎を垂らしそうになった唯に不敵な笑いを浮かべた律が説明する。
「爆メロ☆ダイナマイト! 十代限定のバンドイベントさ!」
「意外に男くさい名前だね」
 唯がガッカリしたような声を出す。
「いや、誰も殴り合ったりしないからな」
 全く予想外の感想に律がむっとした。もっとこう、バーンと驚きを示されると思っていたのだが。
「い、いやだ。いやいやいやいやいや!!」
「澪さん?」
 突然、引き付けを起こしたように痙攣する澪は頭を抱えて窓際に移動するとぶるぶると縮こまった。
 尋常ではない様子の澪の様子に誰もが唖然とした。
「いったい澪ちゃんはどうしたのかしら」
 ムギが心配そうに澪の側による。そっと肩に触れると稼働中の洗濯機のように振動している。思わず手をひっこめたムギであった。
「ムリムリムリムリムリ」
 念仏のように呟く澪の表情は蒼白いのを通りこして土気色へと変化しそうになっていた。やがて、これは相当な異常事態だと悟った一同は、彼女をそんなにさせた爆メロについて律に問い正した。
「ペニーマーラーってライブハウスで毎年開催される十代限定のバンド合戦なんだ。コンクールっ言ったら違う気がするけど、そんな感じ! 優勝したら賞金二十万円!」
「あー、そういう感じのか」
 夏音は納得したように頷いた。どこにでもあるコンテストだという事だ。
「二十万円!?」
 そこに反応したのは唯だった。彼女の中で二十万円があれば、どれだけのケーキを買う事ができるかという妄想が思い描かれていた。
「あ、もうそんな食べられないや……」
「唯は何言ってんだ?」
 律は一向に自分の思い通りに進んでくれない会議に苛立ちを感じ始めていた。
「だから出ようぜ! 爆メロ!」
「ちょっと待って。それってテレビとか入るの?」
 勢い込んで立ち上がった律に夏音が声を差し挟む。
「いや、そこまで大きいコンテストじゃないからテレビは無いよ。もともと閃光ライオットを真似ただけのローカルなものだし……って言ったら開催者が怒りそうだけど」
「そうか。なら俺は出てもいいかなと思う。賛成一票!」
「おおっ! これで賛成二票だな!」
「わ、私も一票!」
 いきなりの大舞台に逡巡していたムギだったが、意を決めて手をあげた。
「おーい唯は?」
 律はそう言っていつまでも妄想の世界に入り浸る唯の肩を揺する。
「はっ! 出ます! 超出ます!」
「よし、これで残るは………澪しゃーん」
 律はずっと隅で震える澪の脇に手を差し入れて、持ち上げて立たせる。小さな首を振っていやいやした澪だったが、強引に立たされたのでかろうじて地面に足を踏ん張る。
「そんな……あれ、何人来ると思ってるのよ!?」
「えっと……前に二人で言った時はハコが満杯ぎゅうぎゅう詰めだったから……二千人くらい?」
「ヒィーーッッ!!!」
 再び悲鳴をあげて崩れ落ちた。
「二千人かー。ライブハウスにしては結構キャパあるんだね」
「まー基本的にプロのバンドが来る場所だからな」
「それなら不足なし、だな」
 少しだけやる気を出した夏音であったが、ふいに怨嗟のこもった視線を感じた。
「何で俺を睨むの?」
「絶対イヤだからな」
「頑なに拒むねー。別にいいじゃんか」
 人前に出る事が苦手なのは分かる。ここまで拒むとは誰も思っていなかったが、考えてみれば初めてのライブでトラウマを持っているのだ。
「あんな事は滅多に起こらないよ?」
「そ、その事じゃなくて! ていうかそんなの今ので思い出したよ! やっぱり、ライブやめましょう!」
「さっきライブやらないのかって怒ってたの誰だろーね!?」
 支離滅裂な澪に夏音は呆れた。このままだと基本的に逃げ腰の澪はあれよこれよと理由をつけて拒み続けるだろう。
「澪は人前でやる度胸をつけないと! 練習で出来たんだけど本番出来ませんでしたーじゃ意味ないんだよ?」
「そ、それは分かってるんだけど……」
「まあ、こういう場合は澪の意見は無視しよう」
 夏音の言葉に澪が目を剥く。
「なっ!? 私だって軽音部員なんだぞ!」
「民主主義の原理は多数決なのです」
「くっ……これだから民主国家から来た人間は……」
「日本も民主主義じゃないか」
 うっ、と返す言葉を無くした澪はしおしおとうなだれていった。
「まー澪を口説き落とす方法は幾らでもあるんだなー」
 意固地に反対する澪の頭に手を置いて律はごそごそと携帯をいじり始めた。何だ何だ、と様子を見守っていた一同だったが、「おっ、コレだ」と動きを止めた律が澪に携帯の画面を見せたのを見て「なるほど」と頷いた。
「こ、これはっ!」
 澪の顔が真っ赤になる。
「これ、公開しちゃおうかなー。ファンクラブの人とか、飛びつくぞー」
「この悪魔っ!」
 明らかに涙を浮かべて悔しそうにほぞをかむ澪の敗北だった。その携帯に何が映ったのかは二人しか知らない。


「と言う訳で全員の意見が一致したって事でよござんすねー!」
 反対の声はあがらない。
「あの、こちらのイベントは誰でも出る事が可能なんですか?」
 ムギがおずおずと疑問を挙げる。すると、ビシッとムギに指を突きつけた律が「よく気付いた!」と叫んだ。
「もちろん誰でも、はムリ。だからデモ音源を送らないといけないんだよなー。その方法も考えないと」
「音源か……」
 夏音は頬に手をあてて思案する。
「それなら俺の家で録音しようか」
「できるの? 録音」
「もちろん。我が家の自宅スタジオに不可能はない!」
 澪は床に伏せながら「あー確かに」と思った。毎週通っているので今さらスタジオの機材設備を見ても驚かないが、他の者は度肝を抜かれるだろう。
「すごいのねー夏音くん」
「まぁ、これでも本業ですから?」
 少し鼻を高くする夏音に一同は苦笑した。本人に言われたら返す言葉もない。
「とにかく、決まりだね。その前にそのデモ音源の応募締め切りはいつまでなんだ?」
 新曲も作る事を考えると、あまり余裕がないと困る。すると、律は再び携帯をいじる。しばらくして「あっ」と重たい声をあげた。
「今週の……金曜日だ」
 その場に戦慄が走った。
「それ………世間では明日って言いませんか?」
「………そうとも言う」
 唯一、澪だけが「それなら間に合わないな」と喜んだ。


 郵送する事を考えたら、当日の午前中までには音源が完成していなければならない。つまり、この瞬間から明日の朝までにレコーディングを済まさなければならないのだ。
 夏音としては、そのイベントの敷居がどこまで高いのかは判らないが、万が一にでも落選する事など許されない。夏音の全プライドをかけても許されない。
「今日……今日は俺の家に泊まり込み!!」
 夏音の裂帛の宣言を拒否できる者はいなかった。一同には既に参加を見送るという選択が見えていなかったのである。ただ一人をのぞいて。

 もう放課後に部室にいる暇もないくらいにてんやわんやとなった。まずは機材をどうするかという話になったが、部室にある機材より遙かに良い物が夏音宅にあるということで事なきを得た。
 とりあえず、各自の家に帰ってから最低限の支度をしてから夏音の家に集合することになった。唯一人だけ実家が離れているムギは夏音の家に直行する事になった。
 実家にその由を連絡するムギが受話器越しに「ええ、もちろんみんな女の子よ」と言っていたのを夏音は聞き逃さなかった。
 まあ嘘も方便、男が混じっているなど家族が聞いたら事だもんな、と心に繰り返し納得させた。
「お友達の家にお泊まりって初めてでわくわくしちゃう!」
 と胸を高鳴らせるムギを一瞥した夏音はふっと笑った。

「今夜は寝かさないぜ?」
「あら、うふふ」

 夏音の言葉を冗談だと受け取ったムギは案外まんざらでもない笑顔で返したが、まさかこの時の夏音が本気で言っていたと知るハメになる。



「ストップ!」
「…………ハァ」
 律は作業開始してからもう何度目にもなるその言葉にうんざりといった顔をした。現在時刻は夜中の零時を超えて久しい午前三時。真夜中である。
「だから、さっきからずっと同じ所で台無しになってるんだよ。そこのキックは百歳でくたばりかけのお婆さんに肩叩きするくらいの気持ちで!」
「私だってさっきからやってるつもりだっての!」
「フェザリングが苦手といっても程があるだろう。不格好な音で支えられてもこっちが音を乗っけたくないよ」
「………いつにも増して厳しすぎないか……?」
「そりゃそうだよ。わりと厳しい審査になるんだろ? 半端な物出したくないだろう」

 もう一回、と夏音はカウントを促す。知れず溜め息をついた者は律だけではない。
同じく何時間もレコーディングを共にしている他のメンバーも疲労にひしがれた表情で肩を落としている。
 レコーディングを開始してから六時間がまわっていた。
 夕飯を済ませた一同が夏音の家に集まったのが夜の八時。それからあらゆるセッティングと音作りを入念に済ませ、一時間後にレコーディングを開始させた。

 初めは各楽器ごとに録る予定だったのだが、ほとんどの者がクリックに合わせた演奏だとどうも調子が発揮できなかった。そうと分かった夏音は、やはりバンドで合わせた演奏を録音した方がいいとすぐに判断して、それからほぼぶっ通し状態で録音を続けている。
 間に休憩を挟みつつであったが、いつもの軽音部のようにゆったりとお茶を淹れる暇はなかった。
集中を途切れさせたくないと主張する夏音は最長で十五分の休憩しか許可しないのだ。
 体力的に限界が訪れようとしていた。それでも夏音が妥協を許すことはなかった。

「疲れたのは分かるけどさ、みんながしっかりやれば早く終わるんだよ。ぱっぱと終わらせようよ。頑張ろうよ!」
 夏音が励ます言葉も、どこか白々しく聞こえてくる。
 皆は表面上では頷いていたが、夏音の言葉の裏には自分達の下手さを皮肉るような意味が含まれているのでは、と疑ってしまったのだ。
 今までの練習の時とは明らかに違う。練習の時もそれは厳しかった夏音だが、ここまで他人を追い詰める事はなかった。
 特にドラムの律に対する指摘はいっそうの厳しさを増していた。
 ことあるごとにドラムである律が注意をされ、次第に律の精神にも不可がかかってきた。
 ちなみに先ほどから夏音が止めている理由はサビ終わりで打って変わって静かになる部分で、律のドラムの音が大きすぎるというものであった。
 ドラムを小さい音で叩くのは、意外に技術を要する。
 熟練した者になれば、ボリュームだけでなくニュアンスさえ自由自在なのだが、律はそうは行かない。弱く弱くと言われて努力しても、なかなか満足いく出来にならないのだ。

 今度は一曲を通す事ができた。
 各楽器の音の余韻が消えるのを待って、夏音が口を開いた。
「うん、今のは良かったよ律!」
「………で、今度はどこがダメなんだ?」
 及第点を得たと知っても、全く嬉しそうなそぶりを見せない律。むしろ、次はどんな指摘がくるのかとげっそりしていた。
「んー、色々あるけど……」
 まだ色々あるのか、と青ざめた。
「まぁ、とりあえず大丈夫かな。最後のタムとバスドラ絡めた三連まわしのフィルもいい感じだったし、そこから転調する所をもっと勢いよくやってくれれば最高だね。ていうかドラムより、キーボードなんだけど」
「わ、私ですか!?」
 急に方向転換して自分に指摘が入ると思っていなかったムギは狼狽してビッと背筋を伸ばした。
「やっぱリバーブもっと浅めにしてくれないかな? 何となく、深すぎる気がね。俺も俺で揺らしてるじゃない? 上手く噛み合ってない気がするんだよね。こう……もっと湖畔に落ちた波紋みたいな? 生まれたての静かな波。岸まで行かない感じで。わかる?」
「あ、ハイ!」
「でも……どう思う?」
「そ、そうですね。試してみるね」
「うん、お願い。あと決めのグリッサンドはもっと大胆にやってもいいよ」
「はいっ!」
 それから1コーラスだけ通す。演奏が止まると「やっぱこっちのがいいね」と頷いた夏音は額に流れた汗を拭った。
「よし、休憩しようか」
 その一言に一斉に安堵の息が漏れた。
「もうこんな時間か! 夜食でも用意しようか?」
「夜食!? わーい!」
 夏音の言葉に咄嗟に反応した唯はぶんぶんと尻尾を振る。少しでも多く体を休められるなら、と他の者も楽器を置いてそれに賛同した。
 今から本格的に作るには手間がかかるとの事で、一同は立花家に常備していたカップ麺にありついた。


「うぅ……夜中にこんなの食べたら太る……」
「こんだけカロリー消費してるんだから平気だって」
 涙を飲んで麺をすする澪を慰めるように律が言う。
「あっ」
 律が箸をぽろりと落とした。握力がほとんどなくなっているのだ。律は「ポロっちゃったー」と笑いながら周りを見ると、他の皆の箸を持つ手が震えていた。
 唯もムギも。食べづらそうに箸を動かしている。特に旺盛な食欲を余している唯は手が上手く動かない事への歯がゆさにもだえている。
「うー、もっと大胆に食べたいのにいけんですばい……」
 全員、こんなに連続して楽器を弾く機会がなかったから腕に来ているのだ。
 律は改めて、夏音の音楽への厳しさを知らしめられた気がした。もしかして、マークが言っていたのはこういう事なのかもしれないと思い返す。
 しかし、厳しいものの自分は音楽をやめたいなんて気持ちにはなっていないし、やはり大げさな口を叩いていただけだと一笑する。

「あー、やっぱ久々に食べるとうみゃい!」

 隣でずるずると麺をすする夏音はまったく体に変調をきたした様子はない。手が震えるどころか、疲れているそぶりさえ見せない。その一人だけ余裕綽々といった態度に律がむっと目を眇めた。
「今日はあとどれくらい続くんだろうなー」
 箸を置いた律が椅子に背をもたれかけて、ぽつりと言った。麺をすする音が止む。意識して皮肉を言ったつもりはないが、律の発言は夏音の耳にひっかかってしまった。
「終わるまで、じゃない? 最低でも学校行く前に郵送しなきゃだめだし」
 真剣に答える夏音は「そもそも今日中に届くのかな……」と頭をひねっていた。
「ていうか夏音が満足するまで、の間違いじゃないか?」
「お、おい律っ」
 澪が何を慌てたのか、自分の幼なじみの名前を呼んだ。
「ん、どうしたんだ澪?」
「何をぴりぴりしてるんだよ。ここで録った曲が審査されるんだから、みんな良いもの作ろうと頑張ってるんじゃないか!」
「そりゃ私だって同じだけどさー。こだわりすぎじゃないか? はっきり言って、向こうだって別にCD音源レベルを求めてなんかないだろうしさ?」
 律の意見は間違ってはいない。今回のイベント規模で、アマチュアのバンドにCD音源のような音質、ましてや絶妙なニュアンスまで求める審査員はいないだろう。
 むしろ、そういう物は一挙に本番で味わうものであり、最低限の水準を持っていないバンドを篩にかける作業としてのデモ審査である。
「こだわる事は悪くないけど。ちょっとはウェイトを考えろよってェ話」
 その言葉はハッキリ夏音へ向かっていた。夏音は律の意見に黙って耳を傾けていたが、何も言い返さなかった。ずるずると麺をすすり、スープまで飲み干して息をつく。やがて顔を上げ、
「…………そうか」
 たった一言。夏音はそれだけ言うと、立ち上がってカップ麺の容器をゴミ箱に捨てた。
「それなら、あと一回だけ通して終わろうか」
 それだけ言うと、食べ終わったら降りてきて、と言い残して先にスタジオへ行ってしまった。
「律、今のはお前が悪い」
「…………なんだよ。みんなだって同じ事考えてくせに」
 ふてくされたように口を尖らせた律は澪を軽く睨んだ。本気で怒っている訳ではない事がわかっている澪は、ふぅと息を漏らして頬をゆるめた。
「たぶん、これが普通なんだよ」
 誰にとって、と澪は言わなかった。少なくとも、自分達ではない誰か。
「…………わーかってるよ」


 全員が夜食を食べ終えてスタジオに降りると、夏音が椅子に座ってうつらうつらと船を
こいでいた。
「んぇ?」
 律を先頭に全員が戻ってきたのに気付くと夏音はハッとして立ち上がる。
「よーよーお前さんも実は超疲れてんじゃねーのー?」
 律があえて元気よく夏音に絡むと、少しだけふらりとしていた夏音がむっとした表情をつくった。
「俺はちゃんと睡眠とらなきゃ厳しいんだもん」
「ああ、毎朝あれだけ眠そうだもんな」
 と言うことは、今もかなり無理をしているはずである。年が上だとしても、肉体年齢には関係がない。見るからに折れそうなくらい華奢な体。
律は、むしろ自分の方が体力あるんじゃないかと思った。
(こいつも無理してんのかな……)
 律は、自分達だけが苦しんでいると思っていた。
「ヨッシャー! カンッペキにやったろー!」
 夏音は急に大声で叫んでドラムセットに座った律に驚いて目をぱちくりさせた。人間夜更かししているとハイになるというが、これがそうなのだろうかと首をかしげる。
「おーい夏音もぼーっとしてんなよー! 始めるぞー」
「あ、あぁ……それじゃあ、やろうか」
 急にフルテンになったテンションに気圧されつつ、夏音はギターを構える。ボリュームペダルを踏み込むとノイズが部屋の中に溢れ始める。
 顔を上げると先ほどまでと違い、どこか堅さがとれた彼女たちの顔が目に入った。音に意識を集中しかけていた夏音はそっと笑みを零した。
「オーケー。楽しもう!」
 乾いたスティックの音が鳴り響き、彼らの音が混じり合った。


「あれ、夏音まだ起きてるのか?」
 まだ地下室に続く階段の電気が消えていないのを見て、律は目を瞠った。まさかと思い、そっと階段を下りて透明な分厚い窓がはめ込まれた防音扉から中をのぞく。
 すると案の定、ヘッドフォンをかけてパソコンに向かって作業する夏音の後ろ姿があった。
 軽音部女子一同は、地獄のレコーディングが嵐のように過ぎ去ると、一同は精根尽き果てた有様でベッドに倒れこんだ。なんとロハスな立花家にはなんと客室用の部屋があり、そこに巨大サイズのベッドが用意されていたのだ。
 女の子として、というより人としての体裁もそっちのけで床に就いた他の者とは違って、律はシャワーを浴びることを望んだ。
 もはやスポーツと言ってもいいくらいに体を動かすドラマーとして、大量にかいた汗をそのままに寝る事は堪えられないのだ。夏音から客用のタオルを借り受け、シャワーでさっぱりする。
 もちろん入念にドライヤーをかけ、使い捨ての歯ブラシで歯を磨く。
 流石にここまで来ると律も恐縮を通り越して呆れてしまった。
 ホテルばりのアメニティが完備されている理由を尋ねたら、その身一つで客が泊まりに来ても大丈夫なようにしているのだ、と返された。
 その割には客室が使用された形跡はまったく見られなかったのだが。
 寝る前の支度を終えたところで、さあ登校まで残りわずかな睡眠をとるかと部屋に向かおうとした所だったのである。


「おーい、夏音? 寝ないのか?」
 扉を開けて入った律がそっと声をかけても夏音は気付かない。よく聞いたら若干ヘッドフォンから音が漏れている。
 背後に近づく律の気配にも気付かず何に没頭しているのかとパソコンの画面をのぞき見る。
 英語だらけで、LOOPやらTRACKやらの文字が律の目をぐるぐるとまわす。波形みたいな物がいくつも並び、まるで病院にある生命維持装置を分かりづらくしたみたいである。
 じーっと前のめりになって画面を見詰めていると、ふと腕が夏音の肩に触れた。
「うひゃぁっ!?」
 文字通り飛び上がって奇天烈な悲鳴をあげた夏音。あまりに声を出すので、律の心臓も飛び出そうになった
「り、律!?」
 夏音は胸を押さえながら、律を指差しながらかろうじて声を発した。
「前髪がある!」
「前髪くらいあるわ!」
「いや、ほんと髪下ろすと印象変わるねー。なかなか可愛いじゃん」
「余計なお世話だー」
 律にとってあまり触れて欲しくない部分である。褒められると体がむずがゆくなるので、それを誤魔化すように話題を変えた。
「なーに一人でこそこそとやってるんだよ?」
「別にこそこそなんてしてないよ。ミックスをしてるんだ。だいぶ突貫作業になっちゃうけどね」
 さらっと告げられたその言葉に律は素直に感心してしまった。
「とっことんこだわるなー」
「まぁ、時間がないから雑になっちゃうだろうけど」
 肩をすくめてパソコンに向き直った夏音はマウスをいじって律にはさっぱり意味不明な操作を続ける。その様子をしばらく見送っていた律は腰に手をあてて感嘆の息を漏らした。
「夏音はプロなんだもんなー」
「んー? まあ、プロですよー」
「それ、どれくらい続けるんだ?」
「ギリギリまでやるつもり」
「それ、さっきから何やってんの?」
「いろいろだよ。EQいじったり、ちょいちょいエフェクトかけたり……まー語り尽くせないけど、いろいろ」
「あー……なるほどな!」
 二秒で理解することをぶん投げた律がうんうんと力強く頷く。明らかに理解していない。
 そんな律に視線は向けないまま、夏音はふふっと軽く笑った。
「ま、色々かっこよくするための作業ってこと」
「あー私にもわかる説明をどーもありがと」
 夏音の周りにはごちゃごちゃと機械が並んで、何本もケーブルが繋がり合っている。そういう様子を見ていると思わずいじりたくなってしまう衝動を抑えて律は真面目な表情を作った。
「まぁ、私に言えることがあるなら、あまり無理するなよーってことくらいか」
「はーい。善処するよー」
「すっかり日本人みたいな逃げ方を覚えやがって……」
 律が苦笑いを浮かべて夏音の小さい頭を小突く。
「アテッ」
「じゃ、私は寝る!」
「うん、おやすー」
 またどこかのアニメから覚えたな、と笑いながら律はスタジオを後にした。





 それから数時間後。外は完全に朝陽がのぼっている。
 早朝の立花宅のスタジオに死者も目覚めんばかりの大音声が響く。
「う、うおーっほほほ!」
 頬に手をあてた唯が奇妙な叫び声を出す。本人的に感動のあまり出た喜びの声らしい。
「すごーい! これ、本当に私達が演奏してるのかな!?」
「もちろん!」
 ミックス作業を終えてCDを完成させた夏音は二階の客間で死んだように眠る彼女達を叩き起こした。僅かな睡眠時間しかとれず、揃って寝ぼけ眼の彼女達に音源を聴かせたのだ。
 曲が始まると同時に、ばっと意識を覚醒させた一同は興奮に満ちた様子で自分たちの曲を聴き終えた。
「俺としてはまだまだな出来だけどね。これで予選ごときを落とすような審査員は耳が腐って死ねばいい」
 自信に満ちあふれてそう豪語する夏音は自らの言葉に何度も頷いた。
「正直、自分達で聴いてみてもかなり良いんじゃないか!?」
 唯の喜び様に負けないくらいの勢いで澪が言い放った。
「これで今回の有望株とか期待されちゃったりしてー?」
 律が調子づいた言葉を口にしても、反論する者はいなかった。
「これで優勝ね!」
 同調するように強くうなずくムギは意気込むあまり律の手を握った。
「い、いやー。突っ込んでくれないと恥ずかしいってか……」
 突っ込まれない事に戸惑った律は苦笑い。
「まぁ、戦う相手が分からないけど俺がいるからには優勝しかないでしょう!」
「げっ……マジな奴ばっかでやんの」
「りっちゃん! 優勝だよ! 二十万円でケーキ食べ放題だよ!」
「お前は煩悩だけだなー」
 唯の瞳の奥に浮かぶ数々の甘味が彼女の考えを如実に表していた。
「優勝かー。もし、そんな事になったら………なったら………」
 調子が上がっていく会話に乗っかろうとした澪は自分の言葉の途中でふと留保していた重要事項が喉の奥からせり上がってくる感覚を覚えた。

「ゆ、優勝……目立つ……ていうか、アレ。やっぱり出場しちゃうのーーー!?」

 頭を抱えて青ざめた澪が壊れたように叫ぶ。

「今さらかよっ!?」

 とりあえず、全員が突っ込んでおいた。




※思えばけっこうなペースで更新してきましたが、少しだけ更新が落ち着いてくるかもしれません。

 感想をお待ちしております。


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