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No.26404の一覧
[0] 【けいおん!】放課後の仲間たち[流雨](2012/06/28 20:31)
[1] プロローグ[流雨](2011/06/27 17:44)
[2] 第一話[流雨](2012/12/25 01:14)
[3] 第二話[流雨](2012/12/25 01:24)
[4] 第三話[流雨](2011/03/09 03:14)
[5] 第四話[流雨](2011/03/10 02:08)
[6] 幕間1[流雨](2012/06/28 20:30)
[7] 第五話[流雨](2011/03/26 21:25)
[8] 第六話[流雨](2013/01/01 01:42)
[9] 第七話[流雨](2011/03/18 17:24)
[10] 幕間2[流雨](2011/03/18 17:29)
[11] 幕間3[流雨](2011/03/19 03:04)
[12] 幕間4[流雨](2011/03/20 04:09)
[13] 第八話[流雨](2011/03/26 21:07)
[14] 第九話[流雨](2011/03/28 18:01)
[15] 第十話[流雨](2011/04/05 15:24)
[16] 第十一話[流雨](2011/04/07 03:12)
[17] 第十二話[流雨](2011/04/21 21:16)
[18] 第十三話[流雨](2011/05/03 00:48)
[19] 第十四話[流雨](2011/05/13 00:17)
[20] 番外編 『山田七海の生徒会生活』[流雨](2011/05/14 01:56)
[21] 第十五話[流雨](2011/05/15 04:36)
[22] 第十六話[流雨](2011/05/30 01:41)
[23] 番外編2『マークと夏音』[流雨](2011/05/20 01:37)
[24] 第十七話[流雨](2011/05/22 21:00)
[25] 番外編ともいえない掌編[流雨](2011/05/25 23:07)
[26] 第十八話(前)[流雨](2011/06/27 17:52)
[27] 第十八話(後)[流雨](2011/06/27 18:05)
[28] 第十九話[流雨](2011/06/30 20:36)
[29] 第二十話[流雨](2011/08/22 14:54)
[30] 第二十一話[流雨](2011/08/29 21:03)
[31] 第二十二話[流雨](2011/09/11 19:11)
[32] 第二十三話[流雨](2011/10/28 02:20)
[33] 第二十四話[流雨](2011/10/30 04:14)
[34] 第二十五話[流雨](2011/11/10 02:20)
[35] 「男と女」[流雨](2011/12/07 00:27)
[37] これより二年目~第一話「私たち二年生!!」[流雨](2011/12/08 03:56)
[38] 第二話「ドンマイ!」[流雨](2011/12/08 23:48)
[39] 第三話『新歓ライブ!』[流雨](2011/12/09 20:51)
[40] 第四話『新入部員!』[流雨](2011/12/15 18:03)
[41] 第五話『可愛い後輩』[流雨](2012/03/16 16:55)
[42] 第六話『振り出し!』[流雨](2012/02/01 01:21)
[43] 第七話『勘違い』[流雨](2012/02/01 15:32)
[44] 第八話『カノン・ロボット』[流雨](2012/02/25 15:31)
[45] 第九話『パープル・セッション』[流雨](2012/02/29 12:36)
[46] 第十話『澪の秘密』[流雨](2012/03/02 22:34)
[47] 第十一話『ライブ at グループホーム』[流雨](2012/03/11 23:02)
[48] 第十二話『恋に落ちた少年』[流雨](2012/03/12 23:21)
[49] 第十三話『恋に落ちた少年・Ⅱ』[流雨](2012/03/15 20:49)
[50] 第十四話『ライブハウス』[流雨](2012/05/09 00:36)
[51] 第十五話『新たな舞台』[流雨](2012/06/16 00:34)
[52] 第十六話『練習風景』[流雨](2012/06/23 13:01)
[53] 第十七話『五人の軽音部』[流雨](2012/07/08 18:31)
[54] 第十八話『ズバッと』[流雨](2012/08/05 17:24)
[55] 第十九話『ユーガッタメール』[流雨](2012/08/13 23:47)
[56] 第二十話『Cry For......(前)』[流雨](2012/08/26 23:44)
[57] 第二十一話『Cry For...(中)』[流雨](2012/12/03 00:10)
[58] 第二十二話『Cry For...後』[流雨](2012/12/24 17:39)
[59] 第二十三話『進むことが大事』[流雨](2013/01/01 02:21)
[60] 第二十四話『迂闊にフラグを立ててはならぬ』[流雨](2013/01/06 00:09)
[61] 第二十五『イメチェンぱーとつー』[流雨](2013/03/03 23:29)
[62] 第二十六話『また合宿(前編)』[流雨](2013/04/16 23:15)
[63] 第二十七話『また合宿(後編)』[流雨](2014/08/05 01:53)
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[26404] 第十六話
Name: 流雨◆ca9e88a9 ID:a2455e11 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/05/30 01:41

「全て語るのか?」
 譲二は複雑そうな表情を浮かべて息子をじっと見詰めた。
「うん。全て、包み隠さずに言おうと思うよ」
 それに対して夏音は柔らかな微笑で父に応えると、強い意志をこめた瞳を部の仲間達に向けた。
「父さんや母さんだけじゃなくて、もしかしたらこの場にいる人みんなが嫌な思いするかもしれないけど」
 真剣な表情でその場の者を見渡し、夏音は少しだけ肩を震わせた。
「特に君たちにはショックな話もあると思うけど、聞いて欲しい」
 軽音部の一同に向けて視線を向け、どこか引き攣った顔をしている彼女達を見詰める。
「夏音………俺は、いや……お前がそう言うのだったら」
 譲二は横にいるアルヴィの肩を抱き、力強く頷いた。
「大丈夫。後悔はしないから」
 自分を信じてくれているのだと父親から感じ取った夏音は少しだけ頬をほころばせると、再び真剣な面持ちに戻って彼の事情を話し始めた。




 立花夏音は生まれからして、人より恵まれていたといえよう。世界でも有数の才能あるミュージシャンの両親の間に生まれ、両親の周りには常に多くのミュージシャンが集い、その中にクリストファー・スループがいたという時点で彼の将来は決定されていたのだ。
 夏音の父、譲二が親友とも呼べるほど仲が良い彼の家族は例外なく全員が音楽に関わっているいわゆる音楽一家である。
 彼らの周りには音楽がない日など存在しない。
 そのような特殊な環境で育った夏音が音楽に関わらないはずがなかった。
 生まれた時から夏音にとって音楽とは片時も離れずにそばにあるもので、間近で音楽が鳴っていない生活などありえないものだったのである。
 夏音は誰からも可愛がられ、誰もがありとあらゆる楽器を教えこもうとした。ギター、サックス、ピアノ、ドラムに始まり、幼稚園児には持つことすらままならない楽器をぐいぐい押しつけられ、はたまた陽気にセッションを聴かされる毎日。
 子守歌は最前線をひた走る音楽家達が生み出す至高のアンサンブルだった。
 結局、より多くの楽器に触れた夏音がもっとも心を奪われたのはベースだった。将来、それでベーシストとしてデビューすることになる彼の音楽性を支える一番のバックグラウンドはこの環境だったことは間違いない。
 そんな中、一年のほとんどをスループ一家と過ごす夏音は当然、そこの家の者とも家族同然に育つことになる。年が近かったマークとは一番仲が良く、マークが兄貴面で夏音の面倒を見ることが多々あった。
 すくすくと、そして貪欲にあらゆる音楽を呑み込んでいった夏音はあらゆる者に天才と囁かれた。もちろんその裏に弛まぬ努力もあった。容姿が並外れて可憐であったこともあり、世間は彼に飛びつくことになる。
 それがスループ一家の小さな音楽家、として七歳でその才能を見出されてプロとしてデビューすることへ結びつくのは時間の問題だった。
 超大物メーカー。伝統高き老舗メーカーが行った前例のない最年少契約。どうせ青田買いだろうと見くびる者もいたが、彼らの度肝を抜くような演奏をその頃、すでに身につけていたのである。
 年齢に似つかわしくない成熟した感性は長年音楽を愛してやまない音楽フリークの耳にも十分に耐えうるもので、むしろお釣りが返ってくるほどのものであった。
 現在に至ってはすでに個人のアルバムを三枚出している上、参加したプロジェクト、セッションは数知れない。
 そんな音楽人生を順風満帆でいく彼が、どうしてプロのステージを離れることになったのか。

「耳が、きこえなくなったんだ」

 片耳だけどね。それが救いだったかのように添えられる一言。夏音はその事を何でもないことのように語った。さらに続けて、

「あと、別に契約に待ったをかけたのはそれが直接の原因じゃないよ」

 当時、あまりに憔悴を見せる夏音の様子に毎日葬式のような空気が流れた。活気あふれるミュージシャンのセッションも、心なしかマイナーコードがあふれる物悲しいものが増える。
 ある時、スペイン音楽の哀愁に満ちたギターを弾いていたマークの七つ上の兄が、ふと、おふざけで葬式の曲を弾いていたところ、マークをはじめ、あらゆる人間にボコボコにされたこともある。
 いつの間にか、それだけ中心的人物となっていた夏音が落ち込むと、彼の周りの人間は一様に彼のことを心配した。あらゆる手で慰めをしたが、それが空回りして慰めようとした人物が落ち込んで帰ることもしばしばあった。
 耳が聞こえなくなる。その原因はなんだったのか。
「ストレスだって」
 心因性の難聴。突然。しかもステージの上で聞こえなくなった。自分を襲った事態に動転した夏音はその場で意識を失った。
「ストレスの原因………今になって考えると思い当たる節がバリバリありまくりなんだけどね。あそこまでひどくなるなんて自分でも思ってもいなかったんだよね」
 彼に対するあらゆる賞賛の裏には常に嫉妬や心ない批判が絶えなかった。その理由として挙げられるのが、夏音が一所にとどまらなかったからであった。
 夏音はどんな音楽シーンにも足を踏み入れた。最初はジャズ、ファンク、ブルースやフュージョン。それがロックやメタルへと広がり、さらにはミリオンセールスのポップアーティストのバンドで演奏したりすることもあった。
 実は、現在マークが加入しているSilent Sistersの二つ前のベースが夏音だったことは一部では有名な話である。
 住み分けを強調する人間。縄張り意識を強く持つ人間にとっては面白くない話だったのだ。中でも最も大きな理由としては自分より遙かに年下、息子といって良いくらいの年の子供の活躍を良く思わない者がいたということである。

「まー。もちろんそんな心狭い人間が真剣に音楽に向き合ってるとはいえないがな」
 夏音の語りに思わず、と言った様子で口を挟んだ譲二は続けた。
「もちろん夏音に危害を加えたり、暴言を吐いた人間には然るべき処置をとってきたよ」
「然るべき処置って、俺よくわかんないんだけど」
「お前には言ってないもん」

 もちろん全ての人間が夏音に批判的だった訳ではない。多くの者は夏音を守ろうと動き、フォローした。
 なかでも両親を除いて一番に夏音を擁護する壁となったのは、クリストファー・スループ。誰もが一目を置く音楽会の巨匠その人であった。
 クリストファーは夏音にそうと気付かせずに庇護を置き、夏音の音楽性をのばすことに身を入れ続けた。業界きってのビッグネームに明らさまに夏音を攻撃する者は数を減らし、表沙汰には一件落着かと思われた。

『クリストファーの妾のくせに』

 夏音はその言葉の意味がわからなかった。
 首をかしげ、その意味を問おうと相手に尋ねようとした刹那。その相手は肩をひっつかみ、壁に押しつけてきた。二回り以上も大きい体躯をもつ相手が覆い被さって耳元で囁く。
『どら、俺にも試させろよ』
 物理的に身動きができないだけでなく、経験したことのない恐怖が金縛りのように夏音の身を縛り付けた。生ぬるい息遣い。
 締め付けられる首が痛み、悲鳴をあげようと思っても声は引きつったように出なかった。
『ふ、ふふ……ヒャハハ』
 狂気が相手の瞳に宿る。夏音はSF映画のモンスターにでも襲われたヒロインのように誰かが助けてくれるのを願った。
 しかし助けてくれる者は現れない。
 どうするべきか。動かなくては。そういえば、マークにこういうシチュエーションになった時はこうしろと教わったことがあった。ふいに閃いたその行動を夏音は躊躇いもなく行った。
「地獄に落ちろ糞野郎!!」
 ちょうどハマっていたマフィア映画の台詞つき。
 ゴールデンクラッシュ。
 相手の股間を思い切り蹴り上げた。
 見事に命中した一撃は相手の呼吸を奪い、相手が悶絶している隙に夏音は逃げ出すことができた。
 何かわからないが助かった。おっかなかったが、何とかなったな、と安堵と共に帰宅した夏音はそのことを両親に告げた。
 夏音は、その事を聞いた瞬間の両親の表情は今でも忘れられないという。数秒後に家を飛び出した両親が「妾」という言葉の意味を教えてくれることはなかったので、自分で調べた夏音は目を疑った。
 自分に縁のない単語。しかし、襲ってくる生々しいイメージ。身に覚えのない侮辱に訳がわからなくなり、何より侮辱の対象が自分ではなく大好きなクリストファーに向かったことに悲しくなった。
 当時、年配の人間関係が主流だったために性については人並み以上に知識だけは持っていた夏音は嫌悪感がまとわりついて離れなかった。自分がそういう対象として見られることへの汚らわしさ。
 聞けば、その男は周りの人間にもあることないことを吹聴していたらしい。いわゆる悪口仲間みたいなものがあり、その中で幅をきかせていたという。
 “まだ小さいから相当“具合”が良いらしい“
 “クリストファーだけでなく、まわりの男の格好の玩具”
 などと聞くに堪えないことばかりを好き放題言い荒らすだけの集いだ。
当然のごとく、夏音のフォローに動く人間が大勢いた。
 余程のショックを受けているのでは、と夏音の心を憂慮する周りの反応とは裏腹に本人は気丈な様子を見せた。
 何も気にしていない。自分で撃退できたのだから、むしろ褒めろと茶目っ気たっぷりに振る舞うものだから誰もがほっとした。
 トラウマなどになって、人格形成に影響があるばかりか音楽にも悪い影響が及ぶかもしれないという懸念はおさまりつつあった。
 ステージで倒れた夏音の姿を見た誰もが、それが甘い考えだったと後悔することになる。
「ま、最初は落ち込んだけどね。けど俺を見てあまりに落ち込むみんなの様子が逆に心配になってさ。マークなんて滅多に泣かないのに、影で嗚咽まじりに俺のCDを聴いてるんだもん。まいるよね」
 自分は愛されている。それだけでやっていけると思った。
「ステージで倒れたのも、なんかパニックになっちゃってさ。ほんと。耳聞こえなくなるほどひどいとは自分でも思わなかったよ」
 心因性の難聴が回復する期間は個人差がある。半年以内で治る者もいれば、三年かかる場合もある。

 それでも夏音は片耳でやっていこうと考えた。
 では、何で日本に来たのか。

「つまり、グランパだね」
 夏音は遠い目をする。
「父さんって家出人間なんだよね。父親から勘当されてこの年まできちゃった人なんだけど」
 ずっと実家とは疎遠になっていた譲二が妻と息子を両親に会わせたことはない。一方的に結婚した事と、子供ができた事だけを手紙で知らせた手紙をのぞけば、他に連絡をとったことはない。
 そのどれにも返事はなかったという。
「俺も話の中でしか知らなかったからさ。父さんの親なんて架空の人物くらいに思ってたんだけど」
 夏音がふさぎ込んでいた頃。一通の手紙が来た。
 送り元は『立花浩二』。
 一度も会ったことのない夏音の祖父だった。
「『拝啓 立花夏音様』なんて書いてあるんだよ! それに季節の挨拶とか。難しい漢字ばかりでよくわからなかったんだけどね」
 ニュースにもならなかった話をどこでどう知ったのか。
 手紙には夏音に起こった事を心配する内容でびっしりと埋まっていた。その中には、譲二に対して「ふがいない」だとか「息子を守れなくてなんとする」といった節がたびたび登場して笑えたという。それでいて、日本に来い。会いに来い、とは書けない頑固な不器用さは譲二とそっくり。
 何となく祖父の人柄が染みこんだような手紙だった。
 一度も顔を合わせたことのない自分を心から心配していた。夏音はその手紙からは確かな愛を感じた。
 すぐに返事を送ったが、もう一度祖父から手紙が届くことはなかった。
 祖父の訃報が届いたのはその一ヶ月後だった。
 
 夏音はそのことをアルヴィから聞かされたが、譲二から夏音に何か言うことはなかった。
 今までもそうたったように、あくまで実家のことを夏音に話すつもりは一切なかったのだと思われる。
 譲二は葬式に出ることもなかった。祖父は妻――夏音の祖母――を亡くしていたので、葬儀や諸々のことを親戚で執り行ったらしい。
 夏音は祖父の訃報を聞いて泣くことはおろか、特別悲しいと思う感情も湧かなかった。もちろんまったく悲しくなかった訳ではないが、「あぁ、死んだのか……」といった程度の感興のみで、むしろ一度も会えなかったことが残念という気持ちが強かった。
「せめて一度くらいは会ってみたかったな」
 いくら想っても、もう会えないものは仕方がない。

 そう思ったのが夏音だけではなかったということだろう。しばらくして譲二が夕食の席で夏音に尋ねた。

 何気なく、意図がないように。
「夏音、日本行かなーい?」
 だから、息子も何気なく答えた。意図など知らないように。
「いーよー?」

 今さら日本に行ってどうなるものでもないだろう。しかし、譲二は何を思ったのか日本に行くことを決めた。
 夏音も似たような心境だったのだ。
 日本で暮らしてみたい。
 祖父のいた国。父親の生まれ育った国。
 自分は生まれてこの方、音楽に包まれて生きてきた。それ以外はあまり知らない。
夏音は今まで生きてきた環境から少しだけ離れることを決めた。

「という訳なんです」

 息を呑みながら全てを聞かされた軽音部の面々は、知れずと詰めていた息を吐き出した。
 目の前には三人そろって座る立花親子。
 それぞれ苦々しげな表情をしていて、怒りのオーラが立ち上っている。
 それに向かい合って座る自分たち。
 マークは一人ソファーの方で遠巻きに話を聞いていた。

 最初に出されたお茶はすでに湯気をおさめている。

「あ、ちなみに耳はもう治ってるからね」

 言葉なく、押し黙る彼女たちに慌てて補足される。
 立花夏音という男は常に何かを隠していた。その隠し事の正体をさらっとこぼされた一同はたまったものではなく、説明を願ったのも当然の話であった。
 とりあえずお茶を囲みながら、とムギが紅茶を淹れてから夏音がすべてを語ることになった。時折、譲二が説明を加えたりしながらアメリカにいた頃の話があまねく語られた。
「へ、へえー」
 初めに声を出したのは律だった。
「なんていうか、その………」
 彼女はしどろもどろになりながら、夏音を見詰めた。
「お前がプロだったーって言われても正直………全然驚かないんだけどさ」
「え!? 驚かないの!?」
 予想外の返答に夏音の方がぶったまげた。ナンダッテー、と絶対に腰を抜かすと思っていたのに。
「むしろプロって言われるとそれはもう……すっと腑に落ちるというか」
「ムギまで!?」
 もとより知っていた澪は言わずもがな、唯もうんうんと頷いていた。
「ま、といっても。実際にプロなんだーって言われるとやっぱり驚きはするけどな」
 律は先ほど悲鳴をあげた理由を語る。周りを見ても、おそらく自分と同じ。
 夏音がただ者ではないことを察していたのは間違いなかった。
「そもそも。あれだけの事をやっておいて素人ですーって方がかえって不自然だよな」
 思えば、数々の常識外行動。部室に高級機材一式を運んでおいてなお余りがあったり。 そもそもの実力がおかしい。
「それよりか……お前のアメリカでの出来事の方がだんぜんヘビーすぎて……その……なんてーか………ねぇ?」
 先ほどの話を思い返してそう述懐する律は顔をひきつらせた。
 十代にして、とんでもない経験の持ち主だったことが判明したのだ。
 まるで映画でしか聞かないような壮絶な過去に、たじろいでしまうのも無理はない。
「あぁー。ま、そういう部分がちょっと刺激的かなーっとね。みんなそういうのに免疫なさそうだし」
「あ、あってたまるか!」
「語り口からも伝わったかと思うけど、俺としては当時もあんまり臨場感がなかったんだよねー。何だかんだ言ってすぐに撃退したわけだし。自分が性的な目で見られるのはすごく嫌なんだけど、ぶっちゃけどこにいてもエロイ目で見られることはあるしね。かなり不本意だけど、そういう人は多いらいし。みんなこそ女の子なんだからそういうの分かるようになると思うよ」
「お、お前……何て暢気な」
 そもそも、エロイ目で見られているのは女の子だと思われているからに相違ない。
「そ、そんな過去があったなんて私も聞いてなかった!」
 今の今まで固まっていた澪が不満そうに夏音を凝視した。その目には、ありありと私との間にまだ秘密を残していたなんて、と書いてある。
「ん? みーおー?」
 律は些細な隙でも食らいつく。
「そういえばソッチの話もあったんだ。何でお前だけ訳知り顔で参加してるんだ?」
「あ、ち、ちがう! これには訳があってだな!」
 しまった、と顔に出して口籠もる澪だったが、すでに遅かった。
「その訳を教えてもらいたいなー」
「そんな話は今どうだっていいだろ!」
「よくなーい。そこのところハッキリせんかい!」
「私も聞きたいでーす」
 挙手一名、琴吹紬。そこにごく自然に唯も加わる。
「そういえば、何で澪ちゃん知ってたの?」


「賑やかな子たちねー」
 火がついたように騒ぎ出した少女たちに目を細めたアルヴィが夏音にうっすら微笑んだ。
「良い子たちばかりじゃない」
「まーね……」
 このように喧しいけど、と心で付け足す。それが救いになっているという事は口に出さない。夏音はそもそもこれだけヘビーな話をしているのにこの反応は何だと不満を抱いた。自分が予想していた反応とはえらい違いである。
「て、ゆーかさ」
 途中からずっと押し黙っていた譲二が口を開いた。思いがけず響いた低い声に騒いでいた者たちもしんとなった。
「親父から手紙とか超初耳なんですけどっ!? ねぇ、それどういうこと!?」
「あー………そうだね」
「そうだね、じゃなくてっ! 何か……何かやだっ!」
「何がだよ。友達の前でごねないでよ」
「しかも何かその話だと俺が親父のために日本に来たみたいなっ!?」
 そこか……と夏音は溜め息をついた。
 それとなく濁したが、明らかに理由はソレだろうと呆れた目線を実の父に投げかける。
「実はねー。私がお義父さんに夏音のことを伝えたのー」
「アルヴィ!?」
 思わぬ所で現れた伏兵に譲二がぎょっとする。真横の妻を信じられないといった表情で食い入るように見詰めた。
「これはあなたへの唯一のナイショ話だったんだけどね? 実はたまーにお義父さんと手紙のやり取りをしてたのよー」
「そんな話は聞いてないっ!」
「言ってなかったもの」
 バッサリと返され、思わず頭を抱える譲二。
「あんのエロ親父が! 人の妻に色目つかいやがって!」
「それはちがうだろ」
 息子も思わずつっこむ。
「ナイショにしていてごめんなさい……けど、これは私のわがままだから」
「アルヴィ?」
 譲二は妻の様子をそっと窺う。そして俯いた妻の顔に表れる悲痛の表情に彼女の肩を抱いた。
「夏音が生まれることになって結婚を決めて……私があなたの家族を知らないまま一生を過ごしたくなかったの。今しかない、って思って私からご両親へコンタクトをとったわ。
 ほら、ちょうどあの頃に一週間だけ外出したことあるじゃない? その時に日本へ行って、お義父さまに会ってきたの」
「あ、あの時……マイアミにバカンスに行ったんじゃなかったのか……?」
 妊婦だったアルヴィが突然、フロリダに行くと飛び出た時は恐慌した。
 譲二はマリッジブルー、いやマタニティブルーかと青ざめて仕事をキャンセルしかけたのと思い出す。
「ふふ、そうやってあなたは疑いもしなかったわね」
 彼女はそうやって自分を疑うことを知らない夫を見やって笑った。
「会うとね。あなたの親だ、ってすぐにわかった。あなたの育った町を見たわ。あなたが昔使っていた部屋も。夕食をご馳走になって、あなたの好きだった料理なんか出してもらったりして」
 遠くを見るように微笑むアルヴィは息子を愛おしげに見詰めた。柔らかい笑みだった。
「お腹の中にいるこの子のことを紹介したかったのよ」
 それからアルヴィは義理の父と連絡を取り合うようになった。出会った時にも目を丸くしただけで、すぐにアルヴィを受け入れてくれた優しい義父は、実の息子のことなんかよりアルヴィと夏音のことを気にかけた。
 手紙の内容も、主に夏音のことが中心であったという。
 そんな話を聞くのは夏音も初めてだったが、これでどうして祖父が自分の事を知っていのか明らかになった。
「そんなことが……」
 譲二はいまだその顔に驚愕をありありと表していたが、妻をじっと見ていると次第に頬をゆるめていった。
「まだまだどうしようもねえガキだな、俺も。そうだ夏音、まだお前に確認してなかったな」
「何のこと?」
「これから先のことだよ。一度は逸れた道だが……このまま高校生を続けるのか?」
 譲二の言葉に息を呑んだのは軽音部の一同であった。
 プロという事実を知った上で、夏音には二つの選択肢が存在していることが明らかになった。
 わざわざ日本で高校生をやらずとも、人とは違う輝ける道が用意されている。それは決して自分たちとは交わらないであろう行き先。遠い場所へ旅立つ切符を与えられた者なのだ。
 思えば、この毛色の変わった同級生は自分たちとは違う遠い場所から訪れただけなのだ。もともと自分たちと同じ囲いの中にいた訳ではない。彼がこのまま平凡な高校生活を続けることの意味を探す方が難しいはずなのである。
「続けるけど?」
 それに対してあっさりと夏音は答える。
「そうか」
 子が子なら親も親である。譲二はそれだけ言うと、にこっと笑って席を立った。
「なら、それでいい」
 息子を見て、うなずいた。そのまま夏音の方へまわり、頬にキスを落とす。
「俺たち帰るわ」
 と残すと、その様子をぽかんと見ていた少女たちに手をふった。
「お邪魔したね。これからも息子をよろしく頼むよ」
 そしてマークに声をかけると、嫌がるマークを無理矢理に肩を組んで部室を出て行った。
「あれ、どうしたの母さん?」
 瞬く間に姿を消した父親と親友の後を追わずに佇んでいたアルヴィに声をかける。彼女は息子の仲間たちをじっと見ていた。
「ううん、私も帰るわ。その前にこの子たちにお別れの挨拶をしなくっちゃ」
「あ、私らですか!?」
 慌てて立ち上がった律に続いて、皆がアルヴィに向き合う。
「ありがとうね。カノンをお願い」
 真剣な面差しで言うと、全員を抱きしめ頬にキスをした。
 そのような挨拶習慣に慣れていない彼女たちはそろって顔を真っ赤にさせた。おたおたする彼女たちに柔らかく微笑むと、夏音に向かって「家で待ってるからねー」と残して部室を出て行った。
 部室に残るのはいつものメンバー。
 まるでハリケーンが過ぎたようにかき乱された空気がしん、と静寂を落とした。
「い、いい匂い……」
 一人、誰知らず呟いた者の言葉がよく響いた。全員がそれに同意とばかりにうなずく。
「じゃなくて軽音部ミーティング!!」
 切羽詰まった部長の一声が今までで一番それらしかったという。


 陽も完全に落ちて、電気を点した部室。先ほどまで遠くから聞こえてきたソフトボール部のかけ声はもう聞こえない。一同はお茶を淹れ直して、いつもの形で席についていた。
 いつもの静穏とした雰囲気はない。誰もが言葉を発しづらい中で律は全員の心の内を代表してずばり夏音に訊いた。
「で、夏音はこれからも軽音部なんだよな?」
「もちろん。今までも、これからも俺は軽音部だよ」
 夏音は淀みなく、彼女たちの硬くなった体の緊張をほぐすような言葉を落とした。
「そっっっっっかぁ~」
 尋ねた律が長く重たい息を吐いたのをきっかけに、全員がほっと安堵の表情を浮かべた。
「はぁ~。よかった~。一時はどうなるかと思った~」
 彼女にとって緊張を保てる我慢の限界だったのか。唯が机にへなへなと崩れ落ちていった。
「それにしても夏音くんがプロだったなんて! びっくりじゃないけど、びっくり!」
「ムギ、意味わかんないよそれ」
「違うの。プロでも不思議じゃないなーって思ってたのに、いざ本当にプロだって言われると……やっぱりすごいよ」
「ま、確かにな……」
 うまく言葉がまとまらずに要領を得ないムギだったが、その気持ちを共有できると律はうなずいた。
「いろいろ合点がいくっていうか。パズルの最後のピースが見つかったっていうか……」
「うん! まさにそんな感じ!」
 簡潔にまとめた律がムギ称賛の目線を送られる。
「でも、いいのか?」
 澪は今まで二人きりの時でも聞けなかった事を口にする。
「卒業するまでずっと活動しなくていいのか?」
 人の関心は移ろいやすい。高校生活を三年。一年のブランクがあるとして、四年以上も姿を現さない状態で再び認めてくれる人がいるだろうか。
 過去の人になってしまわないか。無用の心配かもしれないが、澪はその部分を夏音がどう考えているかをずっと気にしていた。
「活動しないなんて言ったつもりはないよ。実を言うと、今でも仕事はやってるんだ」
「え?」
「カノン・マクレーンとして堂々と世間に露出したりはしないけどさ。スタジオミュージシャンみたいにレコーディングに参加したりはしてるんだ」
「そ、そんなの聞いてないぞ!」
「もちろん澪にも言ってないもの」
 それから夏音が幾つか挙げたアルバムや曲のタイトルの中にはCMで流れるような有名なものもあった。
「あ、あの曲のベースってお前だったのか!?」
 律は世界的に有名な自動車会社のCMに使われた曲を思い出す。エコロジーを訴えるために頻繁に流れたため、何となくテレビを流している人でも聞き覚えのある曲である。
 昔、グラミー賞を獲ったカントリー歌手がヴォーカルに抜擢されていた。
「いや、あの曲はベースだけじゃなくて俺が作ったんだよ」
 さらっとそこに加えられた新たな事実に流石に言葉をなくした一同であった。
「まぁ、こそこそとやってるわけですよ。そういう仕事を再開したのも桜高に入学してからの話なんだけど」
「ま、マジか……」
 彼女たちは、改めて目の前にいるのがとんでもない人物なのだと思い知らされた。
「みんなには謝らなくちゃね。隠していてごめん」
 かしこまって頭を下げる夏音に一同は顔を見合わせて噴き出した。
「な、なに?」
 急にくすくすと笑い出した彼女たちに何かおかしなことでも言っただろうかと当惑する。
「今さら、だっつーの」
 夏音はうんうんと同調するようにうなずく彼女たちを上目遣いで見詰めた。
 次々に暖かい言葉をかけられるのをむずがゆそうにしながら。はにかんで。白磁のような肌に朱がさしているのを誤魔化すようにぽりぽりと頬をかいた。
「ありがと」



※あとがき

 とりあえず夏音が隠していたことがバレた訳ですね。それに対して軽音部の反応はぽかーんとしつつも受け入れるという。
 中には「え、こんだけ?」と肩すかしをくらったような気分の方もいるでしょう。
 ただ、私はスケールこそ違っても似たような体験をしたことがあります。

 そもそもプロといっても境界線は曖昧かなと思います。プロの定義も皆さんによって違いますし。
 皆さんは自分の周りの人間が、プロでしたーってなったらどう思うでしょうね。
 案外、プロといっても普通の人ですからね。先に知り合ってから後で知ったパターンもありますし、もともとプロだと知っておきながら会うパターンもありました。
 私自身、そういう人が近くにいてもおかしくない世界にいましたので、わりと「プロ」という人種は近くにいました。あ、もちろん私はプロではありません。

 そこで女子高生たちならどんな反応をするか……と考えに考え抜いた結果「ま、こんなもんだろう」という感じで作りました。

 例えば「な、なんだってーっ!!? キャー(バタンキュー)」という流れも考えたのですが、どう考えても不自然に感じてしまったのです。

 よく「あいつ、マジでプロ並にうまい!」と盛り上がっている人物が「プロなったってー」て言われたら驚きつつも「あー、やっぱりそうか-。そうなるよなー」っなりませんか。

 たぶん彼女たちにとって、今はそんな感じ。

 スゴイっていう感覚が麻痺しているのもありますが、仲間として知り合った相手だから極端に反応することはないだろう、という結論です。
 どちらにせよハッキリ言えるのは「これから」です。夏音がプロであることが物語に関わってくるのはこれより後のお話になります。
 これはいわば大きなプロローグが終わったに過ぎないかな、と。エロゲで言ったらここからOPが流れる、みたいな。長過ぎですね、OP。

 それでは、残りのお話もお付き合いしていただければ幸いです。


※5月30日 準強姦の表現について、ご指摘がありましたので加筆修正を加えました。


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