「いやー、懐かしいねぇ。なんというか、数十年ぶり?」
『……あんたは一体何歳何だ?』
心の中で、二人の声が重なる。無事、地球に着陸した分室一行は海鳴市という地方都市を歩いていた。ビアンテのサーチによって、ジュエルシードが地球の、それも日本の一地方にばらまかれた可能性が高いと分かると、モリは狂喜し、ビアンテは額に手を当て空を仰いだ。一方、キムラはその反応っぷりに首をかしげるのみである。
「それにしても」
モリは機嫌良く鼻歌を歌いながら、横目に元気な小学生で埋まった校庭を視界に入れて感慨深げに言う。
「こんな、奇跡もあるんだな」
「……室長、さっきから気になっていたんですが、こんな管理外世界の一惑星がなんでそんなに気に入っているんですか?」
ビアンテは顔を青くさせながら言う。ビアンテのその心労のもっともたる原因は目の前でへらへらと笑う、ご機嫌よさげな雰囲気の男だ。
もともと、彼女は原作に関わる気は一切なかった。過去に考えていたように、この年齢になって一管理外世界のややこしい事件に巻き込まれるのは御免だったし、正史を変えることも恐れたからだ。
しかし、あっという間にジュエルシードの分捕り作戦が始まり、艦体を借りて出航……と関わる可能が大になってくるのを見て早々に諦めた。
彼女は、モリと出会って天命を待つことを早期に覚えていたのだった。
「ん? ああ、この惑星とはちょっとした因縁があってね。因縁?……んー因縁ってわけじゃないんだけど」
「深く、は教えてくれないんですよね、分かってます」
分かってる、と口の上では了解の意を示すもその頬は膨れている。不満に思っていることは二人にはバレバレだった。
「ははっ、ビアンテちゃんはそう言うところを線引きできるから好きだよ」
「す、好き!?」
「はぁ……」
キムラは大きく溜息をついた。もじもじと乙女のように体をくねらせるビアンテを、可哀想な人を見るような目で見ていたキムラであったが、彼ら自身が周りの道行く人達の視線を一身に浴びているのに気づき、顔を歪ませながら尋ねる。
「室長、なんでこんなにみられているんですかね?」
「ああ、多分、ここら辺では外国人の顔が珍しいんだろうね。この国は単一民族で構成されているはずだから」
「なるほど……、この服装は関係ないんですかね?」
「たぶん、関係ないと思うけど……」
「そう、ですか」
キムラは自分たちの服装を改めて見直した。
三人は『海』の制服をそのまま着ている。その服装は白を基調としたどこか戦隊物の制服を思い出させるデザインだ、もっともキムラはそんな感想を持つこともなく室長の答えになるほどと思い疑問に思うことなど無かった。所々に入る、青いラインが特徴的だ。
「にしても、めんどくさいね、ジュエルシードって本当。聞いた話によると、発動した後じゃないとサーチするのが難しいんだって?」
「はい、そうです。ですので、歩きまわる必要がありますね」
トリップから現実に早々と戻ってきたビアンテが答える。その打てば響いてくるような答えに満足そうに頷くモリ。
「ということは、結構日数がかかるってことですか?」
キムラがビアンテに尋ねる。
「そうね、一個だけを回収するのだったらそれこそ運頼みね。すぐ数分後にすぐ見つかるかも知れないし、一週間ぐらいかかるかもしれないわ」
「うへー、そうですか」
さっさと終わるもんだと思っていたキムラは呻く。
「そうだな……、まず今日一日探してみてみつからないようだったら本格的な拠点でも探してみよう。ホテルぐらいならあるだろうし」
思いのほか発展している海鳴市を見渡しながらモリは言った。
「そうですね、それがいいと思います」
ビアンテ的には、ぱっぱと一つ見つけて帰りたいところである。そう願いつつもそうはならないだろうな、と彼女は諦観していた。なぜなら、ビアンテはモリの『面白い物』に対する執着を知っていたからである。こんな『別の世界』を楽しまない筈がない。
小学校から離れ、少し歩くとモリは最近の運動不足による足の痛みを訴え始めた。子供である。
「わかりました、わかりました! では一度……」
ビアンテが周りを見渡し、こじゃれた喫茶店を見つけた。
「……ここにしましょう」
『?』
戦場に行く新兵の様な、そんな腹をくくったような顔のビアンテに男二人組は首をかしげるのだった。
「ほんとおいしいですね! ここ! ホント、噂には聞いていましたけど、こんなにおいしいとは!」
「噂、に聞いていたんですか……」
「あらあら、嬉しいこと言ってくれるわね」
怪訝そうな顔をするキムラに、嬉しそうな顔をする妙齢の女性。彼女が嬉しそうに見ている先には、この世の最上級の幸せをかみしめているといった表情のビアンテが、ほっぺがとろけ落ちると言わんばかりに、そのほほを抑えてニヤついていた。
「ほんっ、とうにおいしいです! ミッドチルダに出店しません、これ!?」
「……ミッドチルダ?」
聞いたこともない地名に首をかしげる高町桃子であったが、どこか外国の地名だろうと一人納得する。店にコスプレ染みた外国人が入ってきた時は緊張したのだが、自分の作品を絶賛してくれるのはうれしいものだった。
「ビアンテさん! ああ、気にしないでください」
「うん、本当においしいな、これ」
しげしげと、目の前のシュークリームをしげしげと眺めるモリ。甘い物があまり好きでない、彼も思わずおいしいと呟いてしまうほどであった。
数分後、回転ずし寿司をたいらげた後のように皿が積まれたテーブルを満足そうに眺める一行の姿があった。無論、そのタワーの主はビアンテである。甘いものは別腹を地で行ったビアンテに、男二人の顔はひきつり気味だ。
「あー、おいしかったですねー」
明日も来ましょうと、言い放つビアンテの頭にはすでに先の原作に関わるまいという決意は一ミリも見られない。お土産もらえますかー、との声にまだ食うのかよ! と男二人は心の中で突っ込んだ。
「ありがとうござい……む?」
嬉しそうに受け取ろうとしたビアンテが、受け取る途中で動きを止め、宙を睨む。
「……室長、反応がありました」
「! そうか、近いか?」
「そんなに離れてないようです」
「じゃあ、急行しないと」
「チィ、お土産は後です。キムラ! 着いてきなさい! 早めに終わらしてお土産よ!」
「は、はい!」
雰囲気に押されて、キムラは久しぶりに反射的に敬語を使ってしまう。モリはすみません、後で受け取りに来ますんでと、ボー然としたままの桃子に説明した後、嵐のように出て行った二人を追いかけた。
「待ってくれよ、ビアンテ君! そんなに急いでもシュークリームは逃げないぞ!」
「ああ! 室長! この人が中に通してくれないんですけど!」
「あたりまえです! いきなり押し掛けてきて、不審者を通す訳にはいかないでしょう!」
モリが何やらお化け屋敷のような、立派な屋敷の前に到着してみるとそこには押し問答をする二人の女性と、うろうろするのみのキムラの姿があった。もう一人の女性は、どうやらこの屋敷のメイドのようで漫画からそのままでてきたような格好をしている。
「すみません、どうしても緊急を有する問題なんです。ここは一つ、通してくれませんか?」
「だから、ダメですって!」
頭を下げるモリとそれでもなお突っぱねるメイド。他の二人は、モリが常識的に交渉したのこともだが、素直に頭を下げたのにも驚愕していた。
「……どうしても、だめですか」
「ダメ、です」
腕を組み、なおも拒否をし続けるメイドをじっと見た後、モリは歩きながら一歩屋敷内に踏み入れメイドの脇を素通りする。
「なっ!」
驚き、止めようとするメイドを背中に感じながら、モリは親指と突き出し、肩の上で後ろを指し示す。
「やれ」
「了解!」
バンッ! と後ろで魔法がぶっ放される音を聞きながらモリは悠然と敷地内を歩く。その先には発動しているだろうジュエルシードがあるはずだ。
「ちょ、ちょっと! あんた、どこから入ってきたの!?」
メイドを一瞬で排除したビアンテ、キムラと合流した後、三人がジュエルシードがあるはずの場所に急いでいると、横から何処かで聞いたことがあるような声がしてきた。
「ん?」
一刻も早く現場に急行したいと逸る三人の前に、金髪ツインテールのいかにもな美少女が行く手を遮りながら、そう叫ぶ。
見下ろすモリの前で、その顔を警戒で染めながら美少女はモリを睨めつける。その美少女を見て、ビアンテは目を大きくした。
「また邪魔が…… お嬢ちゃん、おじさんたちはオトシモノを取りにきたんだ。危ない物だから回収しないといけないの。すぐ帰るからちょっと通してくれないかな?」
「そんな、怪しい理由で通す訳にはいかないわよ!」
猫のように、フシャーと音が聞こえてきそうな剣幕で食ってかかる少女に、モリはむぅと考える。
さっきのように潰すか? ……いやいや、いくらなんでも少女に暴力は不味い。幸い、この子はパンピーそうだし、横を抜けるぐらい簡単だ。
そうなると……
考え込むこと三秒。モリは、なるほどいいこと思いついたと、掌を打ってこう、言い放った。
「この男を置いておくから、詳しい話はこいつから聞いてくれ! じゃ!」
シュタ! と手を挙げながら『お、俺!?』と混乱するキムラと、待ちなさい! と怒鳴る少女をおいてモリ、ビアンテは走る。
そして、ついに二人は現場に到着したのだった。
「はは、面白そうな事になってんな」
モリの目に、バカでかい猫と白いバリアジャケットを身にまとった少女。使い魔らしきオコジョ。そして、なんだか目をそらしたくなるようなデザインのバリアジャケットを身にまとった魔法少女が対峙していた。
「か、管理局!?」
オコジョが叫ぶ。その言葉に真っ先に反応したのは、黒色の方であった。
「……管理局? そんな、まだ来ないはずじゃ……」
「管理局だって!?」
黒色の使い魔らしき犬も叫んだ。彼らの視線が二人に集まる。
「あ、ああ。管理局だ。管理局最高評議会付属……つっても分からないか。ま、どっちでもいいさ! とりあえず、ジュエルシードを」
「室長! そこの猫がジュエルシード使ったようです!」
「分かってる! で、この状況は……」
黒い魔導師が、デバイスを構える。どうやら、平和裏にこそこそっと拾うなんてことは出来なさそうだ。
「白いの!」
「白いの!?」
白いバリアジャケットを着た少女が、こちらに振り向く。
「黒い奴が、敵、それでいいんだな!?」
「ち、ちがうの! まだ話をし……」
「そうです! あの黒い魔導師がジュエルシードを奪おうと」
「ユーノ君!」
白い少女が叫ぶ。しかし、そこのオコジョの言質は取った。ニヤリとしたモリは手をかざそうとする。
それを不思議そうに眺める黒い魔導師。
「室長! それはヤバいです!」
必死に止めようとするビアンテ。彼女が必至に止めるにも訳がある。モリがビームを撃つのも、宇宙空間であればさほど問題は無い。いや、対象物はひとたまりもないのは変わらないが。
しかし、地球には大気がある。そんな所でビームをぶっ放せばどうなるか? 周りへの被害はとてつもない物になるだろう。大気をなめてはいけない。
「そ、そうだったな。不味い、不味い」
「室長、さすがに笑えません」
笑ってごまかそうとするモリを冷たい目で睨めつけるビアンテ。
「……わかったよ。ビアンテ君、黒いのを速やかに排除してくれ、あと、使い魔っぽいのもな」
「了解っ!」
言うが早いかビアンテは、デバイスを取り出し、いつものバリアジャケットを纏う。それを横目で見ながら、先ほど、声をあげたオコジョの方にモリは近づいて行った。
「……オコジョ?」
「い、いや、今は魔力が切れていて…… それより! あの子は大丈夫なんですか!? 黒い魔導師はすごいやり手のようですけど」
さらに言い募ろうとするオコジョを手で制するモリ。そして、ニンマリとした顔で言い放った。
「彼女に勝てる存在は、そうだな…… 自分以外に知らないね」