『宇宙背景放射? ああ、やっぱりあの機械からの電波ってこっちでも観測できるのか……』
―――――モリ・カク ミッドチルダ観測台で呟いて一言
裁判所は外とは違って重い沈黙に包まれていた。それもそのはずで、今回のオークションにでた傍聴券は憎き犯人であるモリ・カクを見ようと、遺族たちが買い占めていたからである。
遠くで鳴り響く祭りの様な喧騒。それは裁判所の周りを行進する市民団体のシュプレコールであった。その低く響く声は、まさに呪詛の声である。
開廷の時刻となると、裁判長、検事、弁護人が入廷してきた。裁判長は無表情、検事はこれから始まる世紀の裁判に自分が関わることに興奮を隠せない様であった。対照的に、顔が面白い様に青白いのは弁護人である。事件後、対個人テロ組織が出来るほどの恨みを買っている森の弁護をすることは、文字通り命をかけることと同義であったからだ。
裁判所がざわざわとする。
「被告人、入廷」
との声に、奥から世紀の大犯罪者、モリ・カクが入ってくる。好奇心、憎々しげな視線などに晒された森はやはりどこか他人事のような態度を崩していなかった。態度は自然体、むしろ憎いと睨めつけるこちらが間違ってるのでは? なんて事まで思ってしまうほどの自然さであった。
「では、まずは被告人。氏名・年齢・職業・住居・本籍を」
裁判官が裁判所の中央に位置する被告席に向かって言う。森は素直にその質問に答えた。
「森恪、年齢は22歳です。職業は、無職。住居は不定です。本籍は……」
考え込む森。そう言えば、本籍はどこだろう。というか自分が次元漂流者だと知っての質問なんだろうか?
「本籍は、まあ、無しで」
ピクっと裁判長のほほが引くつくが、森が気にした様子は無い。弁護人の額から汗が、たらりと一筋流れた。
「わ、分かりました。検察、起訴状を読み上げてください」
「はい、わかりました」
検察の若い男が前に進み出る。その手には厚い起訴状が握られていた。
「被告、モリ・カクは新暦54年先月五日、午前11時五分ごろ、中央第二司令所近辺から第18管理世界方向にビームらしきものを発射。その結果、第38管理世界を含む13もの管理世界を重大なる危機に陥れ、約167億人もの尊い命が失われました。その罪は重いと言わざるを得ません」
読み上げる検察官に同調するように、傍聴人たちが頷く。
「この行為は多くの法律に違反すると思われますが、その規模の大きさなどを鑑みて『銀河消滅及び惑星間戦争における大量殺人の罪』に問いたいと思います!」
言い切った検察官は、静かにもとの席に戻る。裁判長はそれを見て頷き、被告に語りかける。
「被告人には黙秘権があります。ですから、自分に不利な証言はしなくても罪には問われません」
頷いた森を見て、続けて裁判長は被告人の陳述へと進める。
「モリ被告、今回の事件について何か言いたいことがあれば言っていいですよ」
それを聞いた森は静かに語り出した。
「私は無罪とかそういう物を主張はしません」
森は静かに、裁判長の目を真正面から見て言う。それはそうだ、やってないとは言えないだろう、証言や証拠は有り余るほどある。今回の裁判の焦点はただ一つ。あの突如宇宙空間に現れた水の大群、あれを回避しようとして結果こうなってしまったという場合、その行為は罪に問えるか、という事だった。
確かに正当防衛とも言えなくもない状況であるし、もし森が何もしなければ人類が滅亡していた可能性すらある訳である。そう言う意味では森は英雄といっても間違いではない。
だがしかし、167億人の命を奪ったことも事実である。そこが焦点になるであろうというのがこの裁判の下馬評であった。
しかし、森はその予想を上斜めに行く反論を展開したのであった。
「皆さん、何故人を殺してはいけないか? 考えたことありますか?」
森のその言葉は、テレビ中継によって全管理世界のお茶の間に流された。この前例のない、裁判の実況中継は史上最高の視聴率を叩きだすこととなる。
「それは、どういうことかな?」
裁判長が困惑した顔で問う。何故人を殺してはいけないか? 当たり前だと思っていた事に、敢えてほじくり返す森の意図が彼は分からなかった。
「それは、道徳的な事を抜けば法律に違反するからですね」
検察が口をはさむ。その答えに森は満足げに頷いた。
「そうです。もしある人がどうしても殺人をしたいとする、その時、彼が殺人をすることによって受けるデメリット、まあ裁判を受けないといけないとか、就職が困難になるとかですね、そういったものと殺人によって得られるメリットを比べた時、もしメリットの方が勝った場合、彼に殺人を止めさせることは出来ないでしょう」
その詭弁のような話に検察が反論しようとすると、それを裁判長が手で遮るようにして止める。とりあえず、彼の言い分を聞いてみろ、そういうことらしい。
「そして今回の場合ですが、私に法律をあてはめようとすることが間違ってます。つまり、法律云々に関するデメリットがゼロです」
すんなりと、とんでもない事を言う森。
「な、どういうことだ、それは!?」
検察が狼狽する。それを見た森はにやりと、それは見る物が見れば悪魔のようだと評すほどの悪人顔で口をゆがめた。
「いや、だから法律は『人間』に対してに物でしょう? 私は『人間』ではありませんから」
まさかの人外宣言。すると当然持ちあがってくる質問がある。
「では君は何だね? まさかデバイスなんて言ったりするのではないだろうね?」
魔法世界では、人以外のものも裁判で裁けるか? これが近代法学で活発に議論されている問題でもあった。
「いいえ、私は神です」
静まりかえる裁判所。あいつ、頭大丈夫かとこそこそと話される中、検事はこれが弁護人と共謀して精神異常を偽装しようとしているのではないかと弁護士を睨めつけた。が、その弁護士はただあたふたしているのみである、どうも事前の協議の結果ではないようであった。
「実際の神の定義はともかく、自分が神のような力を持っていることは皆さん知っているでしょう? なんせこの世界、一瞬ですべてを滅ぼす力を持っている訳ですし」
青ざめる裁判長。同じく傍聴していた人々も青ざめた顔をしていた。これを聞いているテレビの前の人間も顔を青くさせているはずである。それはそうだ、彼が言わんとしていることは……
「もし私を罪に問おうというなら、この世界を全て破壊します」
この時、森は全世界を人質に取ったのだ。
そして、森のターンはまだ終わらない。
「まあ、せっかく出来たこの世界ですし、私も壊したくないんですよ、やっぱり。ただ私は観察がしたいだけですし」
あげて落とす。ヤクザの手口だった。
「それと、そうですね…… 私は体制側に味方したいと思います。ここでは管理局ってことですかね?」
もう森の独壇場であった。
「管理局のお偉い方、聞いてますか? 私を雇ってもらえません? そうすれば反抗的な世界なんて一発ですよ」
右手を空に向けて、ビュンと口で音を出す。どこまでも、どこまでも彼の行動は軽かった。言い終えた森はいい顔で被告席に座る。
「い、一旦、裁判を中断します」
裁判長が慌てながら、やっとのことでそれだけを言う。ざわめく法廷の中、去ろうとする森に声を掛ける一人の女性。担当執務官でもないのに、傍聴席にいたリンディ・ハラオウンであった。
「モリ・カク! あなたががエスティアを……、クライドを殺したの?!」
泣き声と怒声の混じったような声、その必死な声に、森は振り返りつつ歩きながら、何でもないように言い放った。
「……あなたは今まで踏みつぶしたアリを覚えています?」
リンディは茫然と、森が去っていくのを見つめるしか出来なかった。
森は裁判が中断された後、何故か管理局の最奥へと連れて行かれた。おかしい、裁判の途中であるはずなのだが……
『いやぁ、森君のあの口上! 痺れたね!』
「適当に思いついたこと出まかせにしゃべっただけですけどね」
暗い通路を森と秘書だという女性、二人っきりで歩く。先ほどまでは、厳戒すぎるほどの警備が張っていたというのに、この差は一体なんだろうか? そして自分はどこに連れていかれているのだろう?
まあいざとなれば上にビームを撃てばいい、そうすれば外までの通路は確保できるだろう。とか考えていると、秘書がある扉の前で足をとめた。この通路に入ってから誰とも会わなかったが、そんな所にだれがいるのであろうか?
ラスボスチックな扉から入るように秘書に促された森は恐る恐るその扉を開ける。中には、なんだかよく分からないポットの中に浮かぶ脳みそがあった。しかも三体。地下深くに浮かぶ三体の脳みそ……どう考えても悪役、黒幕であった。
な事を考える森も今では全世界を人質に取る、大悪党である。脳みそも森にだけは言われたくないであろう。
その燐光に照らされた、ある意味では幻想的とも言えなくもない脳みその前に森は進みでる。立つとどこからともなく機械音声が聞こえてきた。
「君が……モリ・カクかね?」
「はい。まあそうです。えーと、あなた方は……人間?」
そのともすれば失礼とも言えなくもない疑問を見事にスルーして、機械音声は森に質問を浴びせかけた。
「君はこの世界を滅ぼす、と言っていたそうだが、そうなるとこちらとしては困るのだがね」
「いえ、私もこの世界を破壊したくありません。観察、したいだけだったんですがねぇ?」
どうしてこうなったんだろう。考えるとコンマ一秒で答えにたどり着いた。
『……呼んだ?』
うっせ、黙っとけ。
「ともかく私はこの世界の事をもっと知りたい、それだけです。だから管理局に協力、することも吝かではありません」
「ふうむ……」
脳みそ、もとい管理局側からしてみても彼の協力はありがたいことであった。彼のチカラは抑止力としてはこれ以上のものがないと言ってもよいほどのものであるし、協力してもらえるならそれはありがたい。
しかし、その『世界』を破壊出来るほどのチカラを個人に任せておくのはどうだろうか、どう考えても不味いだろう。
だからと言ってどうすることも出来ないのであるが。
「よし、分かった。君を管理局は歓迎する」
「ありがとうございます。出来れば、私が調べたいと思った物を自由に調べたり知ったり出来る権限も欲しいですね」
「よかろう。その代わり……」
「分かってます。あなた方の要請には出来る限り従いますよ。それに破壊した世界が13になろうが14になろうが、そう変わりませんしね」
こうして『管理局の最終兵器』『史上最強のメッセンジャー』と後に呼ばれる、管理局最高評議会付属連絡分室が誕生したのであった。
なお裁判は、最高評議会が手をまわして見事無罪を勝ち取ることとなる。また、その後のマスメディアによる情報操作(印象操作とも言う)によってモリは『世界の危機を救った英雄』と認知されることとなる。
「はぁ、転属ですか」
ビアンテ・ロゼは何故ここに呼ばれたのかすら検討もつかなかった。
転生してからもう13年、最初は戸惑うこともあったが、これどこのオリ主? と言わんばかりの恵まれた素質によってトントン拍子に出世し、花形の戦技教導隊で活躍している現状に不満は無かった。ありようがない、何せ総合SSランクの才能、交際の申し入れが後を絶たないその美貌。もう、人生の勝ち組と言ってもいいほどである。
原作どうしよーかなー、まあ、始まる頃にはもう24だしなー、なんて軽く考えていた彼女の悩み事と言えば、最近起きたモリとかいう奴の事件ぐらいであってそれも解決したようだしと軽く考えていた。
そんな彼女が本部に呼ばれたわけである。また出世かとほほを緩ませても仕方がないだろう。
「そうだ」
目の前の隊長は苦しそうにうめき声を上げる。彼女は、いつも見る凛々しい隊長とのギャップに嫌な予感を感じていた。
「出向、ではないんですよね?」
「ああ。行き先は……」
口ごもる隊長。なんだ、そんなに言いたくないことなのか。この完璧オリ主様が行く所だ、凄い所に違いない。
「何ですか、ハッキリしてくださいよ、隊長」
「……ああ、そうだな。本日付けで、ビアンテ・ロゼ二等空尉は管理局最高評議会付属連絡分室に転属となる」
「は? どこですか、そこ」
あまりにも予想外の返事を聞いて、軍隊では許されないような返答をしてしまうビアンテ。その驚くビアンテに、管理局に入ってから色々と面倒を見てきた隊長は苦笑してしまう。
「ああ。新設される分室らしい。わざわざ君をご指名だよ」
「はあ」
この時、彼女はこの転属が彼女の人生を大きく歪めることとなるのを知らなかった。