『この宇宙はワシが創った』
――――モリ・カク 裁判後、インタビューに応えて一言
第18管理世界 首都ハイネセン
「本当に……本当に連絡が途切れたのか……?」
「はい……! 先ほど、第六基地から『避難せよ』との打電があった後、連絡が取れなくなりました」
「総理、これは……」
「ああ、基地は全滅、したと思った方がいいだろうな」
「そんな……」
危機管理センターには、再び重い沈黙が訪れた。
ここは第18管理世界の緊急事態に対する対策本部、首都に設置してある危機管理センターである。その名の示す通り、ここには管理世界の政府の高官、軍の高官などそうそうたるメンバーが集まっている。その目的は一つ。迫りくる災厄に対していかにして対応するか、それを話し合うための会議であった。しかし、その機能が十分に発揮されているとは言い難い。
その管理世界全域に迫る危機は突然現れた。勿論、前触れなどもなく、本当に突然現れたのだ。最初の被害者となった第五開発衛星に住む千五百人の開発団は何が起こったか分からないまま、この世から去らねばならなかっただろう。そして、同じことがこの管理世界の人的、経済的な中心であるハイネセンでも起ころうとしていた。つまるところ、この第18管理世界自体の危機であった。
そのあまりにも突発すぎる災厄に対して、こうして高官などが集まれた事だけでも、その危機管理体制は褒められるべきであろう。しかし、すべてが遅すぎた。いや、その災厄が常識外であったのだ。
観測した者の報告によると、その災厄はただただ巨大な水であった。この宇宙空間で水である。
その成分を解析するなど悠長なことを言っている場合ではない。ただの水ではあるが、その質量がバカでかすぎた。この星と比べて……といったほどのふざけた質量を持つ水の塊なのである。しかもそれが群となってこの星に飛んでくるのだからたまらない。
ただの水。そう、ただの水であるがその質量に太刀打ちできるものはいなかった。頼みの綱であるアルカンシェルを撃ったところでその当たった所が少し蒸発する程度である。その災厄に一番近かった衛星はこれといった対策もなされずにその質量に飲みこまれ、粉々になっていた。文字通り、粉々になってしまったのである。その一瞬のうちに千五百名もの尊い命が失われてしまった。
「……到着まであと何分なのだ」
「えー、あと三分ほどです」
「三分、三分しかないのか……!」
ドンッ! と机を叩く中年の男性。彼はこの管理世界政府の最高責任者であった。彼に残された手は無い。
「本当に、何も手は無いのか!?」
軍高官が怒鳴る。その怒鳴りにその質問はもううんざりと技術者は答えた。
「無理ですよ。あの水の塊を破壊出来る訳ありません。アルカンシェルでも無理です。管理局の部隊全てでアルカンシェルをぶっ放してもその質量の一部も蒸発出来ないでしょう」
「……もう、無理なのか……」
力なくうなだれる高官。彼にはミッドチルダに家族たちがいた。彼らが助かる保証は無いが……少なくとも数日の間、彼らには逃げるための時間が残されている。その間に逃げることを彼は祈ることしかできなかった。
彼らはその危機が迫っていることをテレビやラジオで国民に伝えることはしなかった。無用の混乱を招く事になると考えたからだ。
人生最後の日を人々とその逃亡手段を醜く争って終わるなんてことにはしたくなかった。どうせ、伝えたところで逃げることなど出来ないのだ。それなら一瞬のうちに、気づかぬ間に滅亡した方がよい。
「で、各管理世界に連絡は……」
「はい。今もデータを送り続けています。この世界が終わるまで、データは送られると思います」
「そうか……他の世界の人達が避難出来ればいいのだが……」
呟く首相。その言葉に、ある軍高官は問い尋ねた。
「しかし首相、……どこに逃げればいいので?」
三分後、ミッドチルダ中央レーダー分隊に絶え間なく送られ続けていたデータが途切れることとなる。
「なんですって!?」
リンディ・ハラオウンはとんでもない報告を受けていた。何でもレーダー分隊が第18管理世界からSOS信号を受信、その後しばらくしてその救難信号は途絶え、ある事象のデータのみが送られ続けることとなった。そのデータが解析されるにつれ、恐るべき事が分かった。つまり、巨大な、あまりも巨大な水の塊がこの宇宙空間を飛んできたといううのである。その推定される質量は、文字通り天文的な数と言ってよく、おおよそ人間にどうにか出来る物ではなかった。勿論、魔法というファンタジーを使ってもである。
この事はすぐに管理局全体に知れ渡ることとなった。最初はそのあまりにもふざけた、理不尽な事態に信じない者もいたが、第18世界からの通信が途絶えると、その危機を認識せざる得なかった。第18管理世界に住む、何数十億もの人間が死んだことを意味したからだ。勿論、生存者はいることはいるだろうが、救難に行くことも叶わなかった。なぜならその災厄は現在もその軌道上にある数々の世界を飲み込んでこのミッドチルダにも迫って来ていたからだ。とても救難などに行く余裕があるはずがなかった。
タイムリミットは一日半。その間にこの都市に住む住民を避難させることなど無理だ。だからと言って、その災厄をどうにかできるという妙案もないことは明白であった。それにしても時間がない。次々に入る管理局への救難信号も黙殺するしかなかった。
「ですから、提督は会議にご出席ください。何よりもこの問題は時間との戦いです」
職員が顔を青ざめながら言う。当然だろう。もし避難となれば彼の様な一般人は取り残される可能性が高い。つまり、死を意味する。
「分かったわ。その会議室はどこ?」
緊張感漂う会話を交わしながら、目的地に行こうとしているリンディを呼び留めたのは、先から面白そうな顔を隠そうとしない、自称次元漂流者、森であった。
森自身、急に騒がしくなったこの状況が掴めずにいた。いきなり何か連絡を通信によって受け取ったかと思うと、この部屋にいる職員が突然騒がしくなったのだ。何が起こったのか? このどこか他人事のようにふるまう青年に教えてあげる様な親切な職員はここには誰もいなかった。誰もが精一杯だったともいえる。
そして森は空気が読めない奴だった。いや、空気は読めるが、好奇心が勝ったのだろう。声をかければ嫌な顔をするであろうリンディに彼は声をかけた。
「リンディさん、一体何が起こったんです?」
明らかに嫌そうな顔をしたリンディは、その顔を取り繕うともせずにこちらの質問を無視しようと歩を進めた。それを追って、横から執拗に聞き出そうとする森。周りに他の職員が居るのにわざわざリンディに付纏う森は、勿論嫌がらせも多分に入っていたと思われる。
「リンディさん! おしえてーくださいよー」
「ああもう!」
その長い綺麗な髪を、がりがりとかきむしって、リンディは森の顔を睨めつける。その顔は、お前うざいからどっかいけと、誰にも分かるほど明確に語っていたが、森にはそんなのは関係なく、期待した目でこちらを見つめるだけであった。
その顔に、はぁと溜息をつき、リンディは仕方がなしに今、起こっていることを教えた。つまり、この星の危機であると断言したのに森の顔はさしたる変化を見せなかった。
「なるほど…… ちなみにここからどっちに方面なんですか? その水の塊ってやつは?」
空を指す森にそんなこと、そこらへんのオペレーターに聞きなさい! と怒鳴ってからリンディは会議室へと向かった。そして、その会議室で、リンディはまたもや、あのいけすかない次元漂流者の名を聞くことになる。
リンディに振り切られてから、森は近くのオペレーターにどの方面から水の塊が来るのか尋ねることにした。森は、幸いにもオペレーターに大体の方向を教えてもらった。結果的にこのオペレーターがめんどくさいと思わずに、この一見ふざけた質問に真剣に応えたことが人類を救うこととなる。
「ありがとうございました!」
先ほどのリンディとは打って変わって、真面目に方向を教えてもらった森は礼を言って、この喧騒に包まれた司令室を後にした。
「さて、教授、聞こえていますか!」
『ああ、大丈夫だ、聞こえてる』
頭に響く声に顔をしかめながら、森は先の事件について問いただす。その件に関して、教授は、
『ごめん、外の自分がくしゃみしちゃったみたい。えへっ』
と頭が腐ったような答えを森に返した。森もそこらへんはすでに慣れているので、何もなかったのように設定の解放を教授に頼む。
『どれぐらいがいいのかね』
「そうですね…… 一目盛りじゃなんか不足っぽいですし、五目盛りぐらいまわしてください」
『こっちからワイヤレスでネジをまわしても少し時間がかかる。それぐらい、こっちとあっちじゃ時間の流れが違うからね』
このやり取りの後、森は建物から外に出た。この緊急事態、ただの次元漂流者一人が外に出たところで、何ら特に言われることはなかった。
「あそこらへんか……? もういいですか教授? ええ、まだ?」
五分ほどたって、教授からOKの合図が出る。
「えーと、行くぞー」
指の具合を確かめ、掌を先ほど教えてもらった方向に合わせる。右の手首を左手で固定し、空のある一点を狙う。
「あたれーーーー!」
『ビュン……!』
「ん、なんだ……!? おい! あの水の塊の反応が消えてるぞ!」
「そんなはずが……! 本当だ、消えてる、消えてるぞ!」
驚きに動揺が隠せない司令室のオペレーター達。何度も計器の故障かと確認するもあの災厄という他ない水の塊たちはすべて蒸発していたのだ!
徐々にその事が分かるにつれ、部屋は喜びの声で包まれる。やった! これで俺達は生き残る事が出来る! 人生はまだまだ続いて行くんだ……!
しかし、その喜びもそう続かない。
「おい、第19管理世界からの連絡はまだか……!」
「27も応答がないぞ……」
「まさか、第38管理世界はどうだ!? あそこには俺の家族が住んでんだ!」
「反応……ありません……!」
次々と寄せられる驚愕の声、連絡をたった管理世界の数は十三にも上った。
その後、森は管理局の執務官に逮捕されることとなる。
罪状は『銀河消滅及び惑星間戦争における大量殺人の罪』 管理局史上でも、この罪状が適応された最初にして最後の例となった。
テレビには、裁判所の中が映る。テレビ中継は管理世界全域に放送されることになる。興奮気味のリポーターがその裁判所周りの様子を詳細にレポしていた。
「ごらんください! この裁判所の周りを囲む市民団体の数を! まさに人の海です! モリ被告が滅ぼした管理世界の数は、13! 人数にして167億人にも達します! この人類史上まれにみる大殺戮に対して、ミッドチルダ上級裁判所はどのような判断を下すのでしょうか?!」
『大殺戮者のモリを許すな!』『悪魔に死刑を!』
プラカードを下げながら、裁判所周りを行進するのは家族や友人が消えた管理世界に居た人達である。滅んだ管理世界の人間と何らかの関係がある人は、全管理世界人口の約半数にも上るとの試算もあった。
今回の裁判の傍聴希望者はかなりの数にのぼり、その傍聴券はプレミヤがつくほどであった。それほどの人気があったのだ。
後に、法曹界でも最大の事件の一つに数えられる裁判が始まったのである。