『ああ、彗星の正体だって? ……ハウスダストだよ』
―――――モリ・カク ミッドチルダ特派員の質問に答えて一言
目の前の全方位が真っ白に染まる。ビームを出したと思ったら、周りが木っ端微塵に吹き飛んでいた。頭がどうかなっちまいそうだった。
白い光が収まると、俺は一人宇宙空間に漂っていた。頭の中に教授AIの声が響く。
『おーい、森君。大丈夫かい?』
『あー、はい。俺の体の方は何とかなりそうなんですが……』
と、手をにぎにぎしながら答える。首を180度見回しても、先程見た宇宙船らしき構造物は見当たらなかった。
『……教授ぅー 先のビームとやらがなんか強すぎて、一個宇宙船が吹き飛びました』
おかしいなーなんて、脳天気な声を出している教授AIをぶん殴りたい。――それは多分、自分の頭を殴る事になるのだろうけど。
『でも森君。むこうの送信機のネジはオフになってるはずなんだけどね』
『オフ? 切ったままなんですか?』
『ああ、まだ設定してないはずだから。電源プラグは刺したみたいだけど。ツマミはねじってないはずだよ』
そういえば、母さんにこまめに電化製品のコンセントは抜いておけって叱られたっけな。
待機電力、だっけか?
『……教授、多分、ですけどその待機電力分だけでもカットしてもらえませんか?』
『了解』
受信設定したことを知らせる声を聞いて、俺は今度は小指だけに力を込める。
……出てこない。
『教授、やっぱり待機電力ですよ。というわけで、待機電力分から、こう、ちょろちょろと出る感じで設定してもらえないですかね?』
『んー、制御が難しいなぁ、これでどうだ』
もう一度、俺は荒ぶる右手を前に出して力を込める。こう、第二関節に力をかける感じで……どっせい!
今度は俺の右手から腕の太さほどの大きさのビームが飛び出た。その一筋の光は宇宙空間を瞬く間に進んでいった。
まあそうだろうな。ビームって光速だから目で追える訳がない。多分、どっかの培地にでも当たるんだろうけど。
『教授、いい感じです! この設定をキープしてくださいね! くれぐれも待機電力分が勿体ないからって、ビームにまわしたりはしないように!』
『うむ、先の話を聞くにへたすると、貴重な変種たちが一気に全滅なんてことになりかねんからな』
『そうですよ、教授。せっかく金山を掘り当てたんだから、それを自分で爆破しちゃあ世話ないです』
『それもそうだな』
『『ワハッハッハ!!』』
「あー、そこの君! 笑っているとこすまないが、こっちの話を聞いてくれるかな」
「へ?」
気がつくと、何やら武装した人たちに囲まれていた。困惑した様子でこちらを眺めるおっちゃんの顔は少し歪んでいる。
「あーあ、こう言っちゃなんだが……」
言い出し難そうな顔をしていたので、俺はそのおっちゃんに助け舟をだすことにした。いつまでも宇宙空間で油売ってるわけにはいかない。
「どうしたんですか?」
「ここは宇宙だし、裸は寒くないのかね?」
俺は、マッパで漂っていた。
「いや、君がマッパで宇宙に漂っているのを見たときは、心臓が止まりそうだったよ」
あっははと気さくに俺に声をかけてくれるのは、先程宇宙で衝撃的な出合い方をした俺のファーストコンタクト菌。エンクルマ執務官だ。
話を聞くと、巡航艦からレスキュー信号をうけた彼らは現場に向かう途中、謎の爆発を感知。急行すると、そこにはマッパの成人男性が高笑いしていたというのだ。
「でも君は丈夫なんだねぇ、素肌で宇宙空間をクロールとはなかなか剛毅だよ」
「いや、そんな事ないですよ。俺の肌なんか年中肌荒れがひどくて、ボディーソープなんか弱酸性使ってますから」
「そうなんだ。それは大変だね。ところで君は次元遭難者だって聞いたけど」
先の話が大分スムーズにいったのは、この培地では時々他の世界から人が紛れ込んでくることがあるからだと聞いた。たぶん、それは教授がピンセットで暇つぶしに他の菌たちを運んで遊んでいるからなんだと思うけど。
「はい……たぶん、そういうことになってると思うんですけど」
「そうか、俺たちの本拠地、あ、ミッドチルダって言うんだけどね? そこでいっぱい書類とか書いてもらわないといけないから、そこまで取りあえず送っていくよ」
「ありがとうございます。色々と親切にしてもらって」
「いいってことよ! 俺たちはこれで給料もらってるんだからね」
と何とか、魔法使いの国に密入国なんかせずに入れそうだ。次元漂流者か……教授の暇つぶしのおかげでなんだか楽に調査が進められそうだ。
……まぁ、あとはこの国には『レアスキル』なるものがあるらしい。どうも科学で解明できないとかオカルトチックなやつらしいが、宇宙クロールも
「レアスキルデス」
といえば何とかなった。便利な言葉だレアスキル。なんて凄い言葉だレアスキル! ガンガン多用していこう。
「エンクルマ執務官、ありゃ、何ですか!?」
先の取調室兼軟禁室から出てきたエンクルマを囲んだのはクルー達であった。彼らがあの宇宙クロールを最初に発見したのだ、気になるに決まってる。
「……レアスキルらしい」
「……執務官、それ、本気で信じていませんよね?」
頭ダイジョーブ? と可哀想な人を見る眼でこちらを見てくるクルー達に、エンクルマは深々とため息をつく。
「信じる訳ないだろう。大体、先の爆発だって彼が原因だそうじゃないか」
「らしいですね。通信官が自分で自分を疑ってましたが」
その場全員がため息をつく。エンクルマも長い間、管理局で執務官として働いてきたが、こんなにデタラメなことに出会ったのは初めてだった。
部下はモニターに映る森と名乗る未確認生命体を観察する。見た目からは普通の青年にしか見えないのだが……
「執務官、今回の事件、俺たちが担当するのでしょうか?」
言外に関わりたくないという気持ちを滲ませ、部下は上司であるエンクルマに尋ねる。エンクルマは、先程きたばかりの通信の内容を思い出しながら答えた。
「いや、本局から直々に命令が来たのだが、今回の件はハラオウン執務官が担当するらしい」
「ハラオウンと言えば……」
「ああ。クライドの奥さんだよ」
顔を歪めながら、エンクルマは答える。最初に事件に遭遇した執務官がその事件担当になるのが普通であるのに、こうしたあからさまな事が行われるということはバックに上層部が関わっているという証拠に他ならない。
夫が死んだ事件を担当するハラオウン執務官の気持ちを思うと、彼らは遣る瀬無い気持ちになった。
「まぁ、俺たちに出来る事は本局へ彼を無事送り届けることだけさ」
エンクルマはブツブツと独り言をしゃべる森を見つめながら、つぶやいた。
「彼……モリ・カクでしたか」
「はい。今は第二取調室にて取調べを受けています」
「分かったわ。ありがとう、下がっていいわよ」
彼女、リンディ・ハラオウンは部下を下がらせ、モニターに映る取調べの様子を観察する。彼女自身、今自分がどのような感情を持って彼と接すればいいのかわからないでいた。
彼女の夫であるクライドはロストロギア『闇の書』を封印・輸送中に救難信号を発信。それを受信した近くの巡航艦が現場に急行する途中で謎の高エネルギー反応が検出される。
そしてその現場にいたのは、次元漂流者と自称する謎の青年が一人……
謎だらけ、というか一つも理解できることが無いとハラオウン執務官は頭を抱えていた。
どう考えてても、モリと名乗る青年が怪しいのは間違いない。高エネルギー反応も彼から検出されているらしいし。しかし、動機もなければ次元漂流者がそういきなりワケも分からず破壊をばら撒くというのも納得の行かない話だ。
通常、次元漂流者は訳も分からないまま衰弱死することが多い。本局に保護されるというのは幸運な方であろう。だから、彼には動機が全く無い。
そもそも、一巡航艦を跡形も無く破壊するという馬鹿げたことを一人で出来るとも思えない。さっき上がってきた報告書がいうには彼にリンカーコアは存在しないということだ。ますますそんなことをできるとは思えない。
けれども……、彼女は自嘲する。こんなに彼が気になるのは夫を失った悲しみや怒りのやり場に困っているからなのかもしれないわね、とリンディは思った。
「ハラオウン執務官、時間です」
彼女は無言で頷いて、彼の待つ第二取調室に向かった。
「で、あなたは何も覚えてないのね」
目の前の若々しい女性は先程のムサ苦しい男に比べて、硬い顔でこの取調室に入ってきた。正直、顔がすごく好みです。
なんか額に、点字みたいなのがあるがどうでもいい。顔が全てだ。
そんなデレデレした空気が伝わったのか、彼女は大きくため息をついて、再び同じ質問を繰り返す。
「……もう一回、あなたの覚えている限りでいいから、話してもらえる?」
「ええ。いや、本当にここに来るまでの記憶が一切思い出せなくて…… いえ、名前だけは覚えているんですけどね。爆発…ですか? 見たことないんで、俺がここに来るまでに起こったことじゃないんでしょうか」
さっきと同じ話を繰り返す。今のモリの格好は、支給してもらった病院に入院しているような服を着ている。
「……分かったわ。あなたは他の事件で重要参考人になっているから、一応、裁判に出てもらうけどそれが終われば自由よ」
彼女はそういいながら、この世界について基本的なことを書いてある絵本みたいなものを出した。無論、文字がわかるはずもない。話が普通に成り立っているこの状況にも森はひどく驚いたものだ。
「これを見て勉強しなさい。たぶん、管理局の次元漂流者枠があるから仕事には困らないと思うけど……」
何故か、彼女は自分を胡散臭げな目で見ながら説明を続けた。ありがたい、本格的に生活の心配はしなくてよさそうだ。今後の方針を教授に相談するなんてことが害悪にしかならないことは、これまでの経験が証明している。
彼に相談するくらいなら、牛乳に相談したほうが多分ましだ。というかこの体で食事をとれるのだろうか?
「あとは追って説明するわ。少し窮屈な思いをするかもしれないけれど、もう少しの我慢よ」
最後に励ましらしきことを言って彼女は席をたった。俺は手を振る。
「では、また」
「ええ、また会いましょう」
こうして、今後俺を悩ませ続けることとなるリンディ・ハラオウンとの初めての邂逅は終わったのだった。
森が一時勾留所で、意外に快適な生活を過ごしている頃、外の世界では奈多教授は発信機をどの距離に置けばいのか試行錯誤していた。
待機電力で発せられるエネルギーでさえ、森にとっては過ぎた力だろうと予測した彼はいい感じの距離を探っていた。
具体的には、色々な物がうず高く積まれた研究室でバタバタしていたのだった。
「こうやって、もっと遠くしたほうがいいのか……? クソッ、コードが足らねぇ」
バタバタとこんな乱雑な部屋で動き回れば、結果としてホコリが舞い上がる。
鼻炎持ちである彼の鼻孔には、それは少々刺激が強すぎたようだった。
「へぁ? は、は、は、ハクション!」
隣の研究室まで聞こえそうなほどの大きな声を響かせて、彼はくしゃみをする。彼の彼たる所以はその方向がバッチシ培地方面であるような、驚異的な間の悪さであろう。
「……あ」
こうして、管理局史上、最悪の被害を出し、最も意外な終りを見せることになる一連の騒動が始まるのだった。