二人の魔導師が睨みあっている。
一方は黒い、所々からは直接肌が見えているという情操教育上大変よろしくない格好をした魔導師。格好はバリアジャケットと呼ばれる、いわゆる戦闘服であるのに対してその外見はケンカを売っているようにしか見えないのは何故だろう。まぁ、魔法だし、とモリの心の中で決着をつけた。
もう一方の魔導師は、濃い紺のブレザーを着ているように見えるが、これもバリアジャケットである。ブレザー、スカートとこれも空中戦になることも多い空戦適正のある魔導師としてはどうなの? という格好であったのだが、まぁ魔法だし、とモリは納得した。
見つめ合う魔導師二人。
向かいあった二人は先に動いた方が負けとでもいうかのごとく微動だにしない。その間に、地面に降り立った白い魔導師がオコジョとモリに合流する。
最初に行動を起こしたのはブレザーの魔導師、ビアンテであった。その無骨なデザインのストレージデバイスを黒の魔導師に突きだす。
「私たち、連絡分室がジュエルシードを回収します。もし、邪魔をするなら武力行使も辞ません」
真っすぐ黒の魔導師の目を見てビアンテは警告する。
「ハッ、どこぞの零細部署か知らないけどね。ジュエルシードを渡す訳にはいかないのさ!」
黒の魔導師の隣に控えていた犬の使い魔が勢いよく前に飛び出した。それをチラリと横目で見たビアンテは、足元に魔法陣を生み出しそれを強く前に蹴り出した。作用反作用の法則に則って、ビアンテの体は後方に吹っ飛んでいく。
モリの横で見上げていたオコジョが、思わず声を漏らした。
「あんな術式見たことない……」
「うん、空戦のくせに珍しいよね」
確かに最初の頃、見た時は同じ様に思ったのだったとモリは昔を思い出す。
ビアンテに理由を聞くに、空中で踏ん張るにはやはり足場が必要だということ、急な方向転換が楽、後はその有り余る魔力を身体強化に注げば、より効率よく魔力を運用できる、とのことだった。という訳で彼女の戦いのコンセプトは『空中で殴る』という至極単純な物となる。ちなみのこのスタイルは、キムラをリンチ中にタコ殴りに目覚め、確立したらしい。
そしてもうひとつ。この足場には使い道がある。
後ろに飛んだビアンテを追うように使い魔は追撃する。が、そのスピード格差は歴然としていた。二人の間は瞬間、広く開く。
「は、速い……!」
その様子を見ていたオコジョが思わず呟いたその言葉は、その場にいたモリ以外の人々の心の声をも代弁していた。
一蹴りでその場を離脱したビアンテは、再び空中に魔法陣を描き出した。既に使い魔とビアンテの距離は彼らのスピードではどうにもならない距離まで広がっている。
ビアンテはガラス窓に描かれたような魔方陣に着地したかと思うと、脚を精一杯曲げて力をためる。一拍の静止の後、ビアンテは水平方向にロケットの様な速度で飛び出した。使い魔とは入れ違いとなり、その先には戸惑うばかりの黒い魔導師が見えた。
黒の魔導師の顔からは、無表情を装いつつも焦りが滲みでている。その焦りは今までに見たことがないタイプの敵に相対していることからくるものであろう。
「デ、ディフェンサー!」
黒い魔導師が迫るビアンテに対して薄い膜の様なバリアを張る。
本来、機動性を重視し攻撃を回避するのに特化した魔導師であることは彼女のバリアジャケットからも容易に想像しうることだった。そして、その速さで相手に敵わないとみた魔導師が採る方法として、バリアを張る方法は下策に思える。
しかし、彼女の思いついた方法はバリアで”受けとめる”のでなく”受け流す”方法であった。
高機動型の魔導師の攻撃は軽い傾向がある。砲撃ならまだしも、その攻撃方法が打撃による物理攻撃なら受け流すのは理に適った対処だったであろう、普通ならば。
しかし、残念ながらビアンテは普通でなかった。
「フォトンランサー・ファランクスシフト」
ビアンテがその薄い膜に弾かれながら、短く呟いた詠唱に怪訝な顔をする黒い魔導師。
「フェイト! 危ない!」
遠く使い魔が叫んだ、その方向を振り向いた彼女の目に映ったのは、おびただしい数の光線の束であった。
「ほー、相も変わらずエグイねー」
眩しいかぎりの光線の海に沈む黒い魔導師を興味深げに見ながら、観戦に徹していたモリは感心したように呟く。隣のオコジョ、白い魔導師は共にそのとてつもない魔力量を感じさせる光の海にただ言葉を失っていた。
しばらくして、光が引くと魔力ダメージに気を失い、垂直に落下していく魔導師の姿が見える。あたふたする隣に苦笑しながら、モリはその光景をただ眺めているといつの間にか使い魔を横に引っ提げたビアンテがそのまま、落ちる魔導師も回収した。ビアンテは先ほどの戦闘なぞ無かったような、自然体でモリのねぎらいに応える。
「おつかれさん」
「ま、初見の人は大概間違えてくれますからね。楽勝でした」
だよな、と返事を返しながらその黒い魔導師と使い魔を観察するモリを見るに、今後この物語はどのような経緯をたどるか、ビアンテ自身はその表情とは裏腹に戦々恐々していた。
無論、彼女の心配は主に”原作”を軽やかにぶち壊してしまったことであり、先ほどの戦闘の事などの事では無い。彼女は彼女自身も先の戦いで負ける、ひいては苦戦するなんてことすらを思いもしなかったのである。
「さ、先のは……」
未だ先の膨大な魔力量に当てられ、たどたどしい言葉使いになりながらも説明をオコジョは求めた。
頷くモリは、自分の事のように先の戦闘を自慢げに解説しはじめる。
「先の戦闘のキモはね、実は巧妙な心理戦なんだよ」
「心理戦?」
「うん。彼女が空戦っぽいのに足場を使ってるのを見てどう思った?」
モリの質問に、少し考えオコジョは答える。
「ベルカ式の、それか砲撃に適正が無いとかですか」
「そうだよね」
うんうんと望んだ通りの答えに満足げに頷くモリ。
「そう思わせたらこちらの勝ちさ。彼女は実は砲撃が、どっちかって言うと得意でね。まぁ、でもそれだとその膨大な魔力が有り余るから身体強化にも使ってるんだけど、それだけじゃもったいないでしょ? だから、空中を飛びはねながら撃つってことにした訳。で、その足場にスフィアを使えばいいんじゃね? ってことになって……」
「だから足場がそのまま残ってたんですね」
「そう。相手は忘れた頃に思いがけないところからの砲撃にやられるわけさ」
実際、この黒い魔導師も最初の足場からの砲撃を見事に食らったしな、と魔法でビアンテに縛られていく魔導師をチラリと見るモリは続けて、
「でも、まあ、身体強化と、その足場にもそれ相応の魔力を残してばらまいていく訳だからその変態的な魔力量あってこそ、の戦闘スタイルだと思うけどね」
という貶しなのか褒めなのか、微妙な言葉で解説を締めくくった。
「ちなみに、私たちはそのスタイルを『殴りメイジ』と呼んでいます」
使い魔、黒い魔導師ともに縛り終わったビアンテがこちらに歩を進めながら補足する。
「は、はぁ」
多少、先の激しい戦闘の記憶が残っているのか、少し気後れしながらオコジョは返事を返した。
「申し遅れました、私は管理局最高評議会付属連絡分室所属のビアンテ・ロゼ、と申します」
と丁寧に自己紹介をするビアンテに、あ、そういえばと自分自身の名前を言っていなかったとモリも彼女に続く。
「お、そうだったな。まだ自己紹介もしてなかった。俺はモリ・カク。室長だ、つまりこの子の上司ってわけ」
といいつつ彼女の頭を撫でるモリの手を表面上は嫌そうに振舞いながらも、ビアンテの顔は少し緩んでいた。
「あ、まだ猫ちゃんが……!」
思いだしたかのように声を上げた白い魔導師をモリはチラリとみて、ふむと顎を擦りながら今後の事を考える。いつの間にか、オコジョ、白い魔導師の視線を集めていたモリは、指示を部下に出すように自然に提案を出したのだった。
「そうだな……、とりあえずジュエルシードの封印をビアンテちゃんよろしく」
頷くビアンテは早速封印を始める。その様子を白い魔導師は羨ましげに見つめていた。
「それと詳しい事情を聞きたいけど、ここじゃ不味いよねぇ。ここって、魔法関係者の住んでるとこって具合に、都合のいいことない、もんね?」
問いかけるモリにオコジョは頷いたのか、その頭を上下に振る。
「……了解。俺達もさ、ここに来るまで結構強引な方法で来たから……そうだな。町の方に喫茶店が、ああ、あっちの方なんだけど」
と指し示す方向とその話を聞いているうちに白い魔導師がその喫茶店の娘であることが判明した。その偶然にモリは少し驚きながらも好都合だとして、彼女らとそこで落ち合うことを約束する。
約束をし終わるころにはちょうどビアンテが封印を終えて戻ってきた。そのことをビアンテにも伝え四人は解散したのだった。
「ホント、あの後大変だったんですからね!」
大声で目の前のモリを非難しながら、その乱れた髪をいじるのは一人あの後も残されたままであったキムラである。帰りがけに連絡したのみで、そのままほっておかれた為、キムラは一人で脱出しなければならなかった。それも、目に見える魔法無しでである。
だから空を飛んで逃げる訳にもいかず、お子様と死闘を繰り広げるしかなかった。その結果が彼の今の頭の状態である。
「ま、脱出できたんだからいいじゃないか」
と上の空で返事を返すのは、その手にあるジュエルシードをニヤニヤしながら見ているモリであった。
「どうするんです、これ?」
と喫茶店のおいしいシュークリームを頬張りながらビアンテは上を指さす。その指し示す先を一般人が見ても何も見えないだろう、というのもその先には認識阻害をかけられたまま中に浮いてる、見るものが見ればあっと驚くような技術を用いられている縛られた魔導師と使い魔の姿があった。喫茶店に戻ってきたキムラは一目それをみて、技術の無駄使いと呟いたという。
「どうしよっか、結局、この魔導師の名前とかは……?」
「うーん、指名手配、はされていないみたいですね」
「そうか…… でもこいつら確実にこのジュエルシードを狙ってたみたいなんだよ」
「そうなんですか?」
先の説明をまともにしてもらえなかったキムラは、中に浮かぶ容疑者たちをしげしげと眺める。
「そうなんだよなぁ、ということはこいつらがあの最初に輸送船にぶっ飛ばした奴らか?」
「しかし、彼女はまだ小さな子供みたいですよ? 空間跳躍魔法なんて、高度な魔法使えますかね?」
「分からんぞぉ、さすがにビアンテ君が相手だと瞬殺だったけど、キムラ君だと負けるかもな」
「ええ! そんなに強かったんですか、この子?」
「AA以上は確実にあるわね」
ようやくシュウクリームを食べ終えたビアンテが話に入ってくる。その時、喫茶店の扉が開く鈴の音が聞こえ、キムラが振り向いた先には少女とその肩に乗るオコジョの姿があった。
「あら、おかえりなさい、なのは」
「ただいま」
奥から高町桃子が顔を出して、今入ってきた少女と挨拶を交わす。
彼女もテーブルを囲む三人に気付いたようで、とことこと近くにやって来ては頭を下げた。
「さっきは助けてもらって、ありがとうございました」
「……よく出来た小学生だなぁ」
感心するモリの勧めに従い、一人と一匹がテーブルに着いた。
二人の自己紹介の後、オコジョのユーノがこの星に堕ちた理由を語る。
「僕はスクライア一族の代表として、発掘したそのジュエルシードを輸送してたんですけど、突然何者かの攻撃を受けて……」
どんな魔法か兵器かは分からないんですけど……、と語るユーノの話を聞いてビアンテ、キムラがモリをジーと見つめる。モリは何も気にしたようなそぶりも見せず、
「この魔導師たちの仲間かもしれないね」
とナチュラルに責任を押し付けた。
「かもしれません…… それで積み荷がこの世界に堕ちてしまったんで、回収に来たんですけど」
失敗してこんな姿で過ごす破目に……とユーノは肩(?)を落とした。
「その時、ピンチの僕を助けてくれたのが彼女なんです!」
と我が事の様に、自慢げに言うユーノに、にゃははと照れて笑うなのは。その様子を微笑ましげに見ていたビアンテと、顔をしかめているキムラの表情は見事に対象的であった。
そしてその様子を面白がっているのはモリ、と連絡分室は平常運転である。
「人助けは立派だけど……少し無謀過ぎないかな」
諭すようなキムラの口調に、なのはは顔を曇らせる。ともすれば説教になりかねない空気を察したビアンテが、慌てて話題を変えた。
「そ、そういえばなのはちゃんは、ホント強そうですよね!」
「何で非魔法文明に、こんなに素質を持った子が生まれてくるかな?」
そう言えばグレアムのおっさんもここ出身だったか、とモリは思いだしながら口にする。
「グレアムって……時空管理局歴戦の勇士の、あの?」
いつもの事なので余り突っ込まないが、とりあえずキムラは確認しておく。英雄をおっさん呼ばわりするのに、怒るような普通の人間はここにはいなかった。